(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023164295
(43)【公開日】2023-11-10
(54)【発明の名称】サイクロイド質量分析装置及びその分解能の調節方法
(51)【国際特許分類】
H01J 49/32 20060101AFI20231102BHJP
【FI】
H01J49/32 800
【審査請求】有
【請求項の数】12
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023034556
(22)【出願日】2023-03-07
(31)【優先権主張番号】202210475642.1
(32)【優先日】2022-04-29
(33)【優先権主張国・地域又は機関】CN
(71)【出願人】
【識別番号】000001993
【氏名又は名称】株式会社島津製作所
(74)【代理人】
【識別番号】110001069
【氏名又は名称】弁理士法人京都国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】チャン シャオチィアン
(57)【要約】
【課題】サイクロイド質量分析装置及びその分解能の調節方法を提供する。
【解決手段】本発明に係るサイクロイド質量分析装置は、磁界を提供する一対の磁石と、各セットの電極アレイには互いに平行なストリップ状電極が複数含まれる平行に対向する2セットの電極アレイと、前記各電極アレイに直流電圧を供給して直流電界を形成し、電界と磁界とが互いに重畳して電磁界が形成される少なくとも1つの直流電源と、イオンを電磁界内に入射し、電磁界内でイオンサイクロイド軌跡に沿って運動させるイオン入射部とを含み、前記電界の方向が磁界の方向に対して垂直であり、イオンサイクロイド軌跡の少なくとも一部の領域では、電界強度と磁界強度が同時に低下する。
【選択図】
図2
【特許請求の範囲】
【請求項1】
サイクロイド質量分析装置であって、
磁界を提供する一対の磁石と、
各セットの電極アレイには互いに平行なストリップ状電極が複数含まれる平行に対向する2セットの電極アレイと、
各セットの前記電極アレイに直流電圧を供給して直流電界を形成し、前記電界と前記磁界とが互いに重畳して電磁界が形成される少なくとも1つの直流電源と、
イオンを前記電磁界内に入射し、前記電磁界内でイオンサイクロイド軌跡に沿って運動させるイオン入射部とを含み、
前記電界の方向が前記磁界の方向に対して垂直であり、
前記イオンサイクロイド軌跡の少なくとも一部の領域では、電界強度と磁界強度が同時に低下する、ことを特徴とするサイクロイド質量分析装置。
【請求項2】
サイクロイド軌跡の中心領域からエッジ領域に向かう方向において、前記電界強度低下による電界の相対的な不均一度は、前記磁界強度低下による磁界の相対的な不均一度よりもが高い、ことを特徴とする請求項1に記載のサイクロイド質量分析装置。
【請求項3】
前記電界の相対的な不均一度は、前記磁界の相対的な不均一度の2倍である、ことを特徴とする請求項2に記載のサイクロイド質量分析装置。
【請求項4】
前記磁石は、一対の永久磁石であり、それぞれ、長さが150mm以下、幅が150mm以下、厚さが20mm以下である、ことを特徴とする請求項1に記載のサイクロイド質量分析装置。
【請求項5】
前記磁石は、長さが60mm以下、幅が60mm以下、厚さが15mm以下である、ことを特徴とする請求項4に記載のサイクロイド質量分析装置。
【請求項6】
前記電界は、イオンサイクロイド軌跡の周辺領域の強度が、前記イオンサイクロイド軌跡の中心領域の強度よりも低い、ことを特徴とする請求項1に記載のサイクロイド質量分析装置。
【請求項7】
各セットの前記電極アレイは、ストリップ状電極の延在方向にセグメント化され、各セグメントの前記電極アレイに異なる直流電圧を印加することで電界方向の電界強度を変化させる、ことを特徴とする請求項6に記載のサイクロイド質量分析装置。
【請求項8】
前記イオンサイクロイド軌跡は、複数周期のサイクロイド軌跡である、ことを特徴とする請求項1に記載のサイクロイド質量分析装置。
【請求項9】
前記イオンサイクロイド軌跡上に配置された複数のスリットを含む、ことを特徴とする請求項8に記載のサイクロイド質量分析装置。
【請求項10】
前記イオン入射部の上流に位置するイオン源と、前記イオンサイクロイド軌跡の下流に位置する検出器とを含む、ことを特徴とする請求項1に記載のサイクロイド質量分析装置。
【請求項11】
マススペクトルの分解能を動的に調整する制御部を含み、前記検出器により検出されたイオン信号を上位機に伝達してマススペクトルを取得し、前記制御部が前記サイクロイド質量分析装置の分解能が所定値に達するまで前記マススペクトルの分解能に応じて前記電極アレイに印加する直流電圧値を調整する、ことを特徴とする請求項10に記載のサイクロイド質量分析装置。
【請求項12】
前記イオン源が分析対象イオンを生成するステップS1と、
前記分析対象イオンは、前記電磁界に入り、前記電磁界でイオンサイクロイド軌跡に沿って運動し、前記検出器に到達してイオン信号が生成するステップS2と、
前記検出器で生成されたイオン信号は、前記上位機に伝送され、前記上位機がデータ処理を行ってマススペクトルを取得するステップS3と、
分解能が所定値に達するまで、前記制御部によって前記マススペクトルの分解能に応じて各セットの前記電極アレイのそれぞれのストリップ状電極に印加する直流電圧値を動的に調整するとともに、ステップS1に戻って上記ステップを繰り返すステップS4と、
を含む、ことを特徴とする請求項11に記載のサイクロイド質量分析装置の分解能の調節方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本願は、分析機器に関するものであり、具体的には、サイクロイド質量分析装置及びその分解能の調節方法である。
【背景技術】
【0002】
サイクロイド質量分析器(cycloidal mass analyzer)あるいはサイクロイド質量分析器からなるサイクロイド質量分析装置は磁力によるマススペクトログラフの一種であり、その基本原理は既に1938年にBleakneyとHippleにより提出された。サイクロイド質量分析装置の内部には均一かつ互いに直交する磁界と電界(E×B)が形成され、分析対象イオンがその直交電磁界に進入した後、運動軌跡がサイクロイド(cycloid)になり、サイクロイドのピッチ(pitch)がイオンの質量比m/zによって決定されるため、イオンの質量分析に用いることができる。サイクロイド質量分析装置の最も顕著な特性は、サイクロイド平面上のいわゆる「完全フォーカス」という特性である。「完全フォーカス」とは、イオン軌跡のピッチ(またはフォーカスポイント位置)は、入射されたイオンビームの速度の大きさ及び方向の発散のいずれにも関係しなく、入射されたイオンビームは入射速度の大きさや方向が幅広いものであるにも関わらず、1つのピッチを通過する度に、イオンビームは、初期のイオンビームとほぼ同じサイズまで再集束される。これは、他の二重収束型質量分析装置に対する重要な利点でもあり、二重収束型質量分析装置は、範囲の狭い速度の発散しか集束できないものが多い。
【0003】
しかしながら、80年以上にわたり、サイクロイド質量分析装置が重要視されていない。主な原因は、サイクロイド質量分析装置では、分解能を保証するために均一性が非常に良い磁界と電界が必要となるが、均一な磁界を得ることは相当難しく、巨大で重い磁石が必要となることにある。もう一つの原因は、サイクロイド質量分析装置では、サイクロイド平面上にのみイオンが集束され、サイクロイド平面に垂直な方向においてイオンに対する拘束がないため、このことによるイオンビームの発散により検出器まで到達できるイオンの割合が非常に低くなり、機器の感度が大幅に制限されることにある。例えばイオントラップ、4四重極ロッド、飛行時間型の質量分析装置等、他の種類の質量分析器を用いた質量分析装置と、同様の体積及び重量で比較すれば、サイクロイド質量分析器は性能が低すぎて競争力を持たないことが多い。
【発明の概要】
【0004】
上記課題に鑑み、本発明は、サイクロイド質量分析装置の小型化、分解能及び感度を解決できるサイクロイド質量分析装置及びその分解能の調節方法を提供する。
【0005】
本発明はサイクロイド質量分析装置であって、磁界を提供する一対の磁石と、各セットの電極アレイには互いに平行なストリップ状電極が複数含まれる平行に対向する2セットの電極アレイと、各セットの電極アレイに直流電圧を供給して直流電界を形成し、電界と磁界とが互いに重畳して電磁界が形成される少なくとも1つの直流電源と、イオンを電磁界内に入射し、電磁界内でイオンサイクロイド軌跡に沿って運動させるイオン入射部とを含み、前記電界の方向が磁界の方向に対して垂直であり、イオンサイクロイド軌跡の少なくとも一部の領域では、電界強度と磁界強度が同時に低下する、サイクロイド質量分析装置を提供する。
【0006】
この技術案によれば、磁界の不均一性により、磁界中心領域の磁界強度が強くかつ均一となり、エッジ部分に近い磁界強度が低下しているので、電界強度をイオンサイクロイド軌跡の少なくとも一部の領域で低下させることで磁界の不均一性によるイオンビームの広がりを補償することで、比較的に小さい磁石を用いても均一な磁界の場合と同じような、もしくはそれ以上の分解能を得ることができる。また、径方向の磁界強度の低下は軸方向の拘束力場につながるため、イオンが軸方向に集束可能になり、イオンの伝送効率と最終検出の感度を著しく向上させることができる。
【0007】
本発明の好ましい技術案では、サイクロイド軌跡の中心領域からエッジ領域に向かう方向において、電界強度低下による電界の相対的な不均一度は、磁界強度低下による磁界の相対的な不均一度よりも高い。
【0008】
この技術案によれば、磁界の構築に比べて電界の構築のほうが比較的容易となり、例えば電極形状を調整するとともに電極に印加する電圧を調整することで所要の電界を構築できるので、良好な補償効果及び良い分解能を得るように、磁界の相対的な不均一度に応じて電界の相対的な不均一度を柔軟に調整することができる。
【0009】
本発明の好ましい技術案では、電界の相対的な不均一度は、磁界の相対的な不均一度の2倍である。この場合、質量分析装置の分解能は、電磁界の不均一度の制約を受けることがなく、質量分析装置は高い分解能を有する。
【0010】
本発明の好ましい技術案において、磁石は、一対の永久磁石であり、それぞれ、長さが150mm以下、幅が150mm以下、厚さが20mm以下である。
【0011】
この技術案によれば、磁石の体積が小さいため、小型化サイクロイド質量分析装置の製造に適している。
【0012】
本発明の好ましい技術案では、磁石は、長さが60mm以下、幅が60mm以下、厚さが15mm以下である。
【0013】
この技術案によれば、磁石の体積がより小さくなり、小型化サイクロイド質量分析装置の製造にさらに適している。
【0014】
本発明の好ましい技術案では、電界は、イオンサイクロイド軌跡の周辺領域の強度が、イオンサイクロイド軌跡の中心領域の強度よりも低い。
【0015】
この技術案によれば、径方向の磁界強度の低下は軸方向の拘束力場につながるため、イオンが軸方向に集束可能になり、イオンの伝送効率と最終検出の感度を著しく向上させることができる。
【0016】
本発明の好ましい技術案では、各セットの電極アレイは、ストリップ状電極の延在方向にセグメント化され、各セグメントの電極アレイに異なる直流電圧を印加することで電界方向の電界強度を変化させる。
【0017】
この技術案よれば、電極に印加する電圧を調整することで所要の電界を構築するので、簡単な手段で磁界強度に適応させるように電界強度を柔軟に調整して良好な補償効果を得ることができる。
【0018】
本発明の好ましい技術案では、イオンサイクロイド軌跡は、複数周期のサイクロイド軌跡である。
【0019】
この技術案によれば、イオン運動が1周期を経過する度に、質量分析装置の分解能が上がり、複数周期のサイクロイド軌跡を経過すると、質量分析装置の分解能の大幅な向上に寄与する。
【0020】
本発明の好ましい技術案では、イオンサイクロイド軌跡上に配置された複数のスリットを含む。
【0021】
この技術案によれば、複数のスリットによって、複数のイオンの検出を同時に行うことができ、必要に応じて、検出対象イオンの種類の数を柔軟に調整することができる。
【0022】
本発明の好ましい技術案では、イオン入射部の上流に位置するイオン源と、イオンサイクロイド軌跡の下流に位置する検出器とを含む。
【0023】
本発明の好ましい技術案では、マススペクトルの分解能を動的に調整する制御部を含み、検出器により検出されたイオン信号を上位機に伝達してマススペクトルを取得し、制御部がサイクロイド質量分析装置の分解能が所定値に達するまでマススペクトルの分解能に応じて電極アレイに印加する直流電圧値を調整する。
【0024】
この技術案によれば、電極アレイに印加する直流電圧を変化させることにより、分解能が所定の理想値になるまで、スペクトル分解能をさらに調節する。
【0025】
また、本発明は、サイクロイド質量分析装置の分解能の調節方法であって、
イオン源が分析対象イオンを生成するステップと、
分析対象イオンは、電磁界に入り、電磁界でイオンサイクロイド軌跡に沿って運動し、検出器に到達してイオン信号が生成するステップと、
検出器で生成されたイオン信号は、上位機に伝送され、上位機がデータ処理を行ってマススペクトルを取得するステップと、
分解能が所定値に達するまで、制御部によってマススペクトルの分解能に応じて各セットの電極アレイのそれぞれのストリップ状電極に印加する直流電圧値を動的に調整するとともに、
上記全てのステップを繰り返すステップと、を含む、
サイクロイド質量分析装置の分解能の調節方法をさらに提供する。
【図面の簡単な説明】
【0026】
【
図1】本発明の第1の実施形態に係るサイクロイド質量分析装置のyz平面における構造概略図である。
【
図2】本発明の第1の実施形態に係るサイクロイド質量分析装置のxy平面における構造概略図である。
【
図3】本発明の第1の実施形態における電界強度と磁界強度の分布概略図である。
【
図4】本発明の第2の実施形態に係るサイクロイド質量分析装置のyz平面における構造概略図である。
【
図5】本発明の第2の実施形態に係るサイクロイド質量分析装置のxy平面における構造概略図である。
【
図6】本発明の第2の実施形態において、電界補償を利用しない場合のコンピュータシミュレーションによるマススペクトルである。
【
図7】本発明の第2の実施形態において、電界補償を利用する場合のコンピュータシミュレーションによるマススペクトルである。
【
図8】本発明の第3の実施形態に係るサイクロイド質量分析装置のyz平面における構造概略図である。
【
図9】本発明の第3の実施形態に係るサイクロイド質量分析装置がxy平面において複数周期にわたって運動する構造概略図である。
【
図10】本発明の第3の実施形態において、電界補償を利用しない場合、イオンについて1周期のコンピュータシミュレーションによるマススペクトルである。
【
図11】本発明の第3の実施形態において、電界補償を利用しない場合、イオンについて2周期のコンピュータシミュレーションによるマススペクトルである。
【
図12】本発明の第3の実施形態において、電界補償を利用しない場合、イオンについて3周期のコンピュータシミュレーションによるマススペクトルである。
【
図13】本発明の第3の実施形態において、電界補償を利用する場合、イオンについて1周期のコンピュータシミュレーションによるマススペクトルである。
【
図14】本発明の第3の実施形態において、電界補償を利用する場合、イオンについて2周期のコンピュータシミュレーションによるマススペクトルである。
【
図15】本発明の第3の実施形態において、電界補償を利用する場合、イオンについて3周期のコンピュータシミュレーションによるマススペクトルである。
【
図16】本発明の第4実施形態に係るサイクロイド質量分析装置の構造概略図である。
【
図17】本発明の第4の実施形態に係るサイクロイド質量分析装置の分解能の調節方法である。
【発明を実施するための形態】
【0027】
以下、本発明の実施例における技術案を、図面に合わせて、明瞭且つ完全に説明するが、説明される実施例は本発明の実施例の一部に過ぎず、すべての実施例ではないことが明らかである。本発明における実施例に基づいて、当業者は、創造的な労働なしに取得される他のすべての実施例は、いずれも本発明の保護範囲に属する。
【0028】
図1、
図2に示されるように、本発明は磁界の提供に供する一対の磁石1と、各セットの電極アレイ2には互いに平行なストリップ状電極21が複数含まれる平行に対向する2セットの電極アレイ2と、各セットの電極アレイ2に直流電圧を供給して直流電界を形成し、電界と磁界とが互いに重畳して電磁界が形成される少なくとも1つの直流電源9(
図1に図示せず、
図16を参照)と、イオンを電磁界内に入射し、電磁界内でイオンサイクロイド軌跡4に沿って運動させるイオン入射部3とを含み、電界の方向が磁界の方向に対して垂直であり、イオンサイクロイド軌跡4の少なくとも一部の領域では、電界強度と磁界強度が同時に低下する、サイクロイド質量分析器100を提供する。
【0029】
上記手段によれば、磁界の不均一性により、磁界中心領域の磁界強度が強くかつ均一となり、エッジ部分に近い磁界強度が低下しているので、電界強度をイオンサイクロイド軌跡の少なくとも一部の領域で低下させることで磁界の不均一性によるイオンビームの広がりを補償することで、比較的に小さい磁石を用いても均一な磁界の場合と同じような、もしくはそれ以上の分解能を得ることができる。また、径方向(y方向)の磁界強度の低下は軸方向の拘束力場につながるため、イオンが軸方向(z方向)に集束可能になり、イオンの伝送効率と最終検出の感度を著しく向上させることができる。
【0030】
具体的には、サイクロイド質量分析器100による質量分析の基本理論式は
となり、そのうち、Eは電界強度、Bは磁界強度(磁気誘導強度)、dはピッチ(pitch)である。m/zの異なるイオンが、同じE×Bフィールドでのピッチがそれぞれであるため、アレイ検出器5を用いてマススペクトルを取得できるが、より一般的に使用されるのは、電界Eを走査し、m/zの異なるイオンが順次出射スリットを通過し1つの単一点検出器5に到達し、マススペクトルが取得されるような方法である。イオンの初期広がり幅をΔdとすると、均一な磁界Bと電界Eにおいて、イオンが1ピッチ経過した後、そのマススペクトル分解能Rは
となり、式(2)によれば、マススペクトルの分解能は、イオンビームの初期広がり幅Δdとピッチdとに依存し、初期広がり幅Δdは入射スリットによって決定され、ピッチdは電界強度によって決定される。磁界Bと電界Eの相対的な不均一度が比較的小さい場合には、式(1)と式(2)から、
が得られるため、高い分解能を得るには非常に良好な均一場が必要である。例えば文献「J. Am. Soc. Mass Spectrom. 2018, 29, 2, 352-359」に報告したように、110×90mmの磁界を用いると、中心領域43×46mmの範囲で不均一度<1%の磁界が得られ、良い分解能を得るには、イオンの軌跡をこの中央領域に制限する必要がある。従来のH型磁石設計に従うと、磁石の総重量が9kgを超える可能性がある。それでも、m/z=20のイオンに対する分解能は100を超えない。このような性能は、イオントラップなどの質量分析器とは、まったく比較にならない。
【0031】
しかしながら、発明者は下記の知見を得た。分解能は、全領域にわたったE×Bフィールドの不均一度に関係している訳ではなく、イオン軌跡が存在する領域のE×Bフィールドの不均一度に関係しており、より具体的には、m/zの同じイオンを有するイオンビームがサイクロイド軌跡の中部で広がる幅の範囲内の、E×Bフィールドの不均一度に関係している。つまり、E×Bフィールドは、全領域にわたって不均一、即ち飛行中に同じイオンが経過するフィールドは不均一であっても、イオンビームの広がりが大きくなければ、分解能が必ずしも影響を受けることはない。さらに、特別に設計された、不均一な電界を用いることにより、磁界の不均一性によるイオンビームの広がりを補償することができるため、比較的に小さい磁石を用いても均一な磁界の場合と同じような、もしくはそれ以上の分解能を得ることができる。同様に、式(1)及び(2)から、
が得られ、式(4)によれば、ΔE/E-2ΔB/Bの差が0に近づくと、分解能Rは高くなる。従って、本発明の好ましい実施形態では、電界の相対的な不均一度ΔE/E(ΔEは電界強度の変化量)を磁界の相対的な不均一度ΔB/B(ΔBは磁界強度の変化量)より高くする理由は下記である。磁界の構築に比べて電界の構築のほうが比較的容易であり、例えば電極形状を調整し、かつ電極に印加する電圧を調整することで所要の電界を構築できるので、良好な補償効果及び良い分解能を得るように、磁界の相対的な不均一度に応じて電界の相対的な不均一度を柔軟に調整することができる。さらに、ΔE/E=2ΔB/Bが成立する場合、即ち、電界の相対的な不均一度が磁界の相対的な不均一度の2倍である場合、分解能がE×Bフィールドの不均一度の制約を受けなくなる。
【0032】
本発明の好ましい実施形態において、磁石は、一対の永久磁石であり、それぞれ、長さが150mm以下、幅が150mm以下、厚さが20mm以下である。本発明の実施形態は、電界によって磁界の不均一性を補償することだけで高い分解能が得られるため、磁界に対する均一度の要求は相対的に低く、体積の大きい磁石を用いる必要がないので、小型化サイクロイド質量分析装置の製造に適している。さらに好ましくは、磁石は、長さが60mm以下、幅が60mm以下、厚さが15mm以下である。本発明の実施形態は、より体積の小さい磁石を利用可能であるため、小型化サイクロイド質量分析装置の製造に適合する。
【0033】
図3に示すように、y軸方向50mmの距離内では、磁界の相対的な不均一度が約2%である。ストリップ状電極21のそれぞれに電圧を印加することにより電界が得られる。電気抵抗を利用して均一に分圧すれば、エッジ領域以外は比較的均一な電界が得られる。本発明では、ストリップ状電極21のそれぞれの電圧を調整することにより、
図3に示すような電界分布が得られ、y軸方向50mmの距離内では、電界の相対的な不均一度が約4%、すなわち電界の相対的な不均一度が磁界の相対的な不均一度の2倍となる。このように、イオンがE×Bフィールドの上、下のエッジ領域に近づくと、E×Bフィールドの変化により分解能が低下することがない。
【0034】
コンピュータシミュレーションの結果に示すように、入射スリット100μm、磁界強度0.7Tで、当該構造がm/z=500のイオンに対して500程度の分解能が得られ、すなわちほぼ単位質量(ユニットマス)分解能に至った。一方、従来の抵抗均一分圧方式では、分解能は300程度しかなかった。また、磁界はxy平面に沿って(又は径方向に沿って)強度変化を有し、例えばエッジ領域で磁界強度が低下することは、径方向の磁界強度の低下は軸方向(即ちz方向)の拘束力場につながるため、イオンが軸方向に集束可能になり、イオンの伝送効率と最終検出の感度を著しく向上させることができる。
【0035】
本発明の好ましい実施形態では、電界は、イオンサイクロイド軌跡4の周辺領域の強度が、イオンサイクロイド軌跡4の中心領域の強度よりも低い。イオンは電界の中心領域に拘束可能でさらに良好な分解能が得られる。
【0036】
本発明の好ましい実施形態では、イオンサイクロイド軌跡4に配置された複数のスリットを含む。複数のスリットによって、複数のイオンの検出を同時に行うことができ、必要に応じて、検出対象イオンの種類の数を柔軟に調整することができる。
【0037】
第2の実施形態
図4、
図5に示すように、本発明の第2の実施形態は、第1の実施形態のサイクロイド質量分析器100の構成と類似しているサイクロイド質量分析器100を提供し、両者の相違点は、本発明の第2の実施形態において、磁石1の大きさをさらに縮減するために、各セットの電極アレイ2はストリップ状電極21の延在方向にセグメント化され、各セグメントの電極アレイ2に異なる直流電圧を印加することで電界方向の電界強度を変化させる。電極に印加する電圧を調整することにより所要の電界を構築するので、簡単な手段で磁界強度に適応させるように電界強度を柔軟に調整して良好な補償効果を得ることができる。
【0038】
本発明の第2の実施形態では、x軸に沿った電界によって磁石1の不均一度を補償するように、x軸方向に沿って各セットの電極アレイ2の左右両側にそれぞれ電極1セットを追加することにより、磁石1の大きさを、長さ40mm以下、幅40mm以下、厚さ10mm以下に縮減する。
【0039】
図5に示すように、電圧の印加によってy方向に沿った3つの異なる電界分布が形成され、E
0が中心フィールドの電界強度、E
1が上下エッジの(y軸に沿った)電界強度、E
2が左右エッジの(x軸に沿った)電界強度である。このように、E
0、E
1、E
2の値を調節することで電界分布を最適化できるとともに、x、yの2つ方向の電界補償も実現できる。
【0040】
図6、
図7では、本発明の第2の実施形態に係るサイクロイド質量分析装置によって実現できる技術効果をシミュレーションにより示しており、
図6は、本発明の第2の実施形態において、電界補償を利用しない場合のコンピュータシミュレーションによるマススペクトルである。
図7は、本発明の第2の実施形態において、電界補償を利用する場合のコンピュータシミュレーションによるマススペクトルである。シミュレーションには質量数はそれぞれ500Daと502Daである2種のイオンを用い、それらが
図4、
図5に示すサイクロイド質量分析器100を通過した後、空間的に分離され、検出器5でマススペクトルのシグナルが形成される。
図6、
図7における横軸はイオンが検出器5に入射した位置、縦軸はイオン強度を表す。電界補償なしの場合、すなわちE
0=E
1=E
2とする場合に、磁界強度がイオンサイクロイド軌跡4のエッジで3%程度低下したため、最終的に得られた分解能が低く、500Daと502Daのイオンについてのベースライン分離ができなかった。一方、電界補償を利用した後、即ちE
0=1.06E
1=-2E
2とした後、分解能がほぼ1倍向上し、500Daと502Daのイオンについてのベースライン分離が達成した。なお、イオンサイクロイド軌跡4が位置する領域は、中間にある1セットの電極(E
0に対応する電界)の被覆領域を超えず、浸透しないとE
2はイオンサイクロイド軌跡4での電界強度に影響しないため、E
2とE
0の差がかなり大きい場合のみにイオン軌道に影響を与えることができる。この例では、E
2=-0.5E
0とすることで、エッジフィールドの電界強度を6%程低下させることができた。
【0041】
第3の実施形態
図8、
図9を参照する。本発明の第3の実施形態は、イオンサイクロイド軌跡4が複数周期のサイクロイド軌跡である点で第1、第2の実施形態と相違するサイクロイド質量分析器を提供する。イオン運動が1周期を経過する度に、サイクロイド質量分析装置の分解能が上がり、複数の周期のサイクロイド軌跡を経過することはサイクロイド質量分析装置の分解能の大幅な向上に寄与する。
【0042】
磁界と電界の均一性を保証する前提で、イオン運動の時間が長いほうが分解能の向上に有利であるが、イオンの多周期運動では、軸方向の拡散により感度が著しく低下してしまう虞がある。また、イオンの運動ストロークに適合するために多周期運動にはより体積の大きい磁石1が必要となるのも当然である。ところが、本発明の実施形態では、電界と磁界強度を同時に低下させることで、電界によって磁界の不均一性による広がりを補償し、分解能を向上させることができるので、比較的体積の小さい磁石1を使用しても高い分解能と感度とを両立することができる。
図8に示すように、磁石1のサイズはわずか130mm×40mm×10mmであり、イオンは3周期だけ運動する。y方向のみに電界補償を実施する、即ち、イオン軌跡のy方向の中心領域の電界強度をE
0とし、エッジ領域の電界強度をE
1とする。
図10、
図11及び
図12は、電界補償を利用しない場合に、イオンについて異なる周期のコンピュータシミュレーションによるマススペクトルである。
図13、
図14及び
図15は、電界補償を利用する場合に、イオンについて異なる周期のコンピュータシミュレーションによるマススペクトルである。電界補償なしの場合、すなわちE
0=E
1の場合に、磁界の不均一性によりイオンが拘束されたが、分解能が損なわれたため、周期数を増やしても分解能に何らの改善も出来なかった。一方、電界補償を用いた場合、すなわち、E
0=1.04E
1の場合に、サイクル数の増加に伴って分解能も著しく向上し、感度も何ら損なわれない。本実施形態では、3つのサイクロイド周期の後、1000Daのイオンに対して分解能が3740に達した。実際の幅広い質量範囲(m/z範囲)の適用では、各フォーカスポイントに1つのスリットを追加して、広範囲での異なる質量数のイオンによる干渉を回避することができ、これらのスリットの幅を非常に狭くする必要がないため、感度を損なうことがない。要するに、本発明の実施形態に係るサイクロイド質量分析装置は、分解能、感度、及び質量範囲のいずれについても、優れた安定性及び定量能力を有し、その質量分析性能が従来のサイクロイド型質量分析装置をはるかに上回り、また、その性能は通常のデスクトップ型イオントラップ質量分析装置、四重極ロッド質量分析装置などの機器に劣らない。
【0043】
第4の実施形態
図16を参照する。本発明の第4の実施形態は、イオン入射部3の上流に位置するイオン源6と、サイクロイド質量分析器100の下流に位置する検出器5とを含むサイクロイド質量分析装置を提供する。イオン源6が分析対象イオンを生成し、イオンがサイクロイド質量分析器100に取り込まれて質量分析される。すなわち、イオンがE×Bフィールドにおいてその軌跡によって空間的に分離され、最後に検出器5に到達しイオン信号が発生する。検出器5からのイオン信号が上位機7に伝送されてデータ処理を経てマススペクトルを取得する。本実施形態では、上位機7におけるマススペクトルの分解能に応じてサイクロイド質量分析器100における電極アレイ2上の各ストリップ状電極21の直流電圧値を動的に調整することで、分解能が所定の理想値になるまでスペクトル分解能をさらに調整することができる。サイクロイド質量分析装置は例えば、マススペクトルの分解能を動的に調整する制御部8をさらに含み、検出器5により検出されたイオン信号を上位機7に伝達してマススペクトルを取得し、制御部8がサイクロイド質量分析装置の分解能が所定値に達するまでマススペクトルの分解能に応じて電極アレイ2に印加する直流電圧値を調整する。このような動的調整のプロセスは、機器のいわゆる自動チューニングのプロセスであり、一般的に使用される方法として、例えば、アニーリングソルバー、遺伝的アルゴリズム、PSOアルゴリズム等のマルチパラメータチューニングアルゴリズムがある。
【0044】
図17を参照する。本発明は、
イオン源6が分析対象イオンを生成するステップS1と、
分析対象イオンは、電磁界に入り、電磁界でイオンサイクロイド軌跡4に沿って運動し、検出器5に到達してイオン信号が生成するステップS2と、
検出器5で生成されたイオン信号は、上位機7に伝送され、上位機7がデータ処理を行ってマススペクトルを取得するステップS3と、
分解能が所定値に達するまで、制御部8によってマススペクトルの分解能に応じて各セットの電極アレイ2のそれぞれのストリップ状電極21に印加する直流電圧値を動的に調整するとともに、ステップS1に戻って上記ステップを繰り返すステップS4を含む、サイクロイド質量分析装置の分解能の調節方法をさらに提供する。
【0045】
以上は、本発明を限定するものではなく、本発明の好適な実施例のみであり、本発明の旨に従って実施されたあらゆる修正、同等の置換および改良は本発明の保護範囲に含まれるものとする。
【符号の説明】
【0046】
100 サイクロイド質量分析器
1 磁石
2 電極アレイ
21 ストリップ状電極
3 イオン入射部
4 イオンサイクロイド軌跡
5 検出器
6 イオン源
7 上位機
8 制御部
9 直流電源