(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023164366
(43)【公開日】2023-11-10
(54)【発明の名称】高品質黒目漆の製造方法
(51)【国際特許分類】
C09F 1/00 20060101AFI20231102BHJP
C08L 93/00 20060101ALN20231102BHJP
【FI】
C09F1/00
C08L93/00
【審査請求】未請求
【請求項の数】10
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023073089
(22)【出願日】2023-04-27
(31)【優先権主張番号】P 2022074831
(32)【優先日】2022-04-28
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(71)【出願人】
【識別番号】520026504
【氏名又は名称】及川 秀悟
(71)【出願人】
【識別番号】520026515
【氏名又は名称】李 福律
(74)【代理人】
【識別番号】110002147
【氏名又は名称】弁理士法人酒井国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】及川 秀悟
(72)【発明者】
【氏名】李 福律
【テーマコード(参考)】
4J002
【Fターム(参考)】
4J002AD002
4J002AF031
4J002GH02
4J002HA03
(57)【要約】
【課題】長期保存が可能な良質の黒目漆を効率的かつ安全に製造でき、漆製造の産業化を実現できる方法を提供することを目的とする。
【解決手段】本発明は、原料生漆を減圧蒸留及びろ過することを含む、高品質黒目漆の製造方法を提供する。減圧蒸留は、処理後の黒目漆の水分量が3重量%以下となるまで行うこと、原料生漆液の蒸気圧より25~60hPa減圧して行うこと、30分以上行うこと、20~35℃で行うことが好ましい。ろ過は、綿及び/又はろ紙を用いて行うこと、減圧蒸留の前又は後に行うことが好ましい。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
原料生漆を減圧蒸留及びろ過することを含む、高品質黒目漆の製造方法。
【請求項2】
減圧蒸留は、処理後の漆の水分量が3重量%以下となるまで行う、請求項1に記載の製造方法。
【請求項3】
減圧蒸留は、原料生漆の蒸気圧より25~60hPa減圧して行う、請求項1又は2記載の製造方法。
【請求項4】
減圧蒸留は、30分以上行う、請求項1又は2に記載の製造方法。
【請求項5】
減圧蒸留は、20~35℃で行う、請求項1又は2に記載の製造方法。
【請求項6】
ろ過は、綿及び/又はろ紙を用いて行う、請求項1又は2に記載の製造方法。
【請求項7】
ろ過は、減圧蒸留の前又は後に行う、請求項1又は2に記載の製造方法。
【請求項8】
減圧蒸留の前に、原料生漆を、35℃以下で常圧下撹拌又は磨砕するなやし工程を更に含む、請求項1又は2に記載の方法。
【請求項9】
原料生漆を、35℃以下で常圧下撹拌又は磨砕するなやし工程、及びなやし工程を経た原料漆を減圧蒸留する工程を含む、高品質黒目漆の製造方法。
【請求項10】
なやし処理は、密閉容器へ格納し容器ごと撹拌する方法、乳鉢と乳棒を用いて粉砕する方法、及び擂潰機を用いて撹拌及び粉砕する方法の少なくともいずれかによって行う、請求項9に記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、高品質黒目漆の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
漆は、古来より用いられてきた天然塗料である。一般の有機塗料は、塗膜の乾燥反応により皮膜が 形成されるのに対し、漆の皮膜形成には、その成分であるラッカーゼ及びウルシオールが関与する。すなわち、漆を木材等の基材に塗布すると、ラッカーゼが空気中の酸素を用いてウルシオールの酸化反応を生じさせ、更に水分の存在下でウルシオールを重合(架橋:polymerization)して基材上に黒色のフィルムを形成する(非特許文献1)。この点で、漆は一般の有機塗料と異なる、いわゆる生体塗料と言える。
【0003】
漆はその精製段階によって分類される。例えば、生漆(荒味生漆、漉味生漆)は、従来より下塗用の漆や糊漆製造に利用されている。荒味生漆(荒味漆)は、漆の木から採取したそのままの樹液である。漉味生漆(漉味漆)は、荒味生漆に綿を入れ遠心分離機を用いて漉して精製し、樹液採取の際混入した木屑等不純物を取り除いた精製品である。これらの生漆は、空気中の酸素を吸入して容易に酸化されるため、保存時に容器表面に黒化皮膜が生成され、経時的に固まり漆品質が低下する。そのため、通常、木樽の代わりに、乾燥を抑制できるチューブ、陶磁器等の容器(開口部を透明ラッピングフィルムで被覆)が選択される。
【0004】
現在生産されている透黒目漆の大部分は、生漆を加熱蒸発法等の方法により精製して得られる高品質の漆であり、従来より上塗り用の漆として利用されている。透黒目漆の精製方法の一つである加熱蒸発法は、生漆を、その成分であるラッカーゼが変性しない程度の温度(通常、50℃以下)で加熱撹拌し水分を蒸発濃縮する方法である。加熱撹拌は、円筒形の容器(通常、底面直径約1.5m)と、約2~5mm程度の間隔を有する1.4メートル長さの木製の翼を用いる。この木製の翼を回転させるときに起こるせん断力(回転せん断力)を利用することにより、生漆(油中水型(W/O)エマルジョン)中の約0.5~10μm径の水相粒子を粉砕し、水相粒子中に存在する水分、多糖類、ラッカーゼ酵素などのタンパク質成分を油相に溶出させ、これらと油相成分の複合体を形成でき、粘度を上昇させる。精製後には、生漆の水分量(通常、約15~30%)は、一般に、約3%以下まで低下する。透黒目漆は、生漆と比べて、粘性が低く透明で光沢を有し、長期保存が可能である。また、生漆と比較して厚塗りできるという利点もある。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】熊野谷 従(1991年)Jasco Report、33巻、2号、15-29ページ
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
加熱蒸発法による精製には、以下の問題点がある。(1)生漆は高い粘性を有するため、加熱蒸発法による透黒目漆精製には、通常、8時間以上の長時間を要する。作業温度を高める(例えば、50℃超)とラッカーゼが変性し品質が低下する(例えば、漆塗り後の乾燥が困難となる)ため、作業時間の短縮は困難である。(2)加熱蒸発法は、反応終点である水分量の判断を職人の感覚に依存して行っているため、産業化が困難である。(3)加熱蒸発法による精製の作業中、低沸点の炎症誘発物質が蒸発する。そのため、長期間作業に従事した職人及び作業現場の周囲にいた人は、作業中発生する炎症誘発物質を吸入すると、強力な炎症性反応が誘導され、健康に悪影響を引き起こすことがある。これらの問題点により、生産性の向上も、ひいては製造コストの低減も困難である。
【0007】
本発明は、上記問題点に鑑み、長期保存が可能な良質の黒目漆を効率的かつ安全に製造でき、漆製造の産業化を実現できる方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明は、〔1〕~〔10〕を提供する。
〔1〕原料生漆を減圧蒸留及びろ過することを含む、高品質黒目漆の製造方法。
〔2〕減圧蒸留は、処理後の漆の水分量が3重量%以下となるまで行う、〔1〕に記載の製造方法。
〔3〕減圧蒸留は、原料生漆の蒸気圧より25~60hPa減圧して行う、〔1〕又は〔2〕記載の製造方法。
〔4〕減圧蒸留は、30分以上行う、〔1〕~〔3〕のいずれか1項に記載の製造方法。
〔5〕減圧蒸留は、20~35℃で行う、〔1〕~〔4〕のいずれか1項に記載の製造方法。
〔6〕ろ過は、綿及び/又はろ紙を用いて行う、〔1〕~〔5〕のいずれか1項に記載の製造方法。
〔7〕ろ過は、減圧蒸留の前又は後に行う、〔1〕~〔6〕のいずれか1項に記載の製造方法。
〔8〕減圧蒸留の前に、原料生漆を、35℃以下で常圧下撹拌又は磨砕するなやし工程を更に含む、〔1〕~〔7〕のいずれか1項に記載の方法。
〔9〕原料生漆を、35℃以下で常圧下撹拌又は粉砕するなやし工程、及びなやし工程を経た原料漆を減圧蒸留する工程を含む、高品質黒目漆の製造方法。
〔10〕なやし処理は、密閉容器へ格納し容器ごと撹拌する方法、乳鉢と乳棒を用いて粉砕する方法、及び擂潰機を用いて撹拌及び粉砕する方法の少なくともいずれかによって行う、〔9〕に記載の方法。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、透明度が良好で光沢の高い高品質の黒目漆を短時間で簡単に、かつ安全に製造でき、また、漆の物性をユーザーの要望に応じて調整できるため、漆の産業化に寄与することができる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【
図1】
図1は、実施例における、サンプル1~10の電気泳動の結果を示す図である。左側のレーンより順に、L:ラッカーゼ、S:ステラシアニン、レーン1~10:それぞれサンプル1~10の結果を示す。各サンプルの量は、15μgである。
【
図2】
図2は、比較例3(生漆)の顕微鏡画像図である(倍率×1000)。
【
図3】
図3は、実施例19(擂潰処理なし、減圧蒸留処理のみ)の顕微鏡写真図である(倍率×1000)。
【
図4】
図4は、実施例20(擂潰処理30分、その後減圧蒸留処理)のサンプルの顕微鏡写真図である(倍率×1000)。
【
図5】
図5は、実施例21(擂潰処理60分、その後減圧蒸留処理)のサンプルの顕微鏡写真図である(倍率×1000)。
【
図6】
図6は、なやし処理あり(実施例20:実線)と未処理(比較例4:点線)の光沢度の結果を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0011】
〔高品質黒目漆の製造方法〕
-原料生漆-
本明細書において、原料生漆は、ウルシの樹液に由来する成分を少なくとも含む物質であり、通常は液体である。原料生漆は、ウルシの樹木から採取される天然樹液、合成品、及びそれらの混合物のいずれを含むものでもよい。原料生漆は、天然樹液を含む液体が好ましく、生漆がより好ましい。原料生漆は、生漆以外の他の成分を含んでもよい。他の成分としては、例えば、Fe(OH)2、HgS、クロシン、クロセチン及び弁柄等の色素が挙げられる。無添加の原料生漆より本発明の方法により調製される高品質黒目漆を、透黒目漆と称することがある。色素を含む原料生漆から得られる黒目漆としては、例えば、蝋色黒目漆、朱色黒目漆、弁柄黒目漆及び梨子地黒目漆が挙げられる。
【0012】
漆の樹木は、ウルシ科(Anacardiaceae)に属する植物の樹木である。ウルシ科植物の生育地は、一般に日本、韓国、中国、東南アジアであるが、原料生漆の産地は特に限定されない。ウルシ科植物としては、例えば、ウルシオールを主成分として含む植物(Toxicodendron vernicifera、産地:中国、日本、韓国)、ラッコールを主成分として含む植物(T.succedanea、産地:ベトナム、台湾)、チチオールを主成分として含む植物(Gluta usitata、産地:ミャンマー、カンボジア、タイ)の3種類が挙げられる。
【0013】
-減圧蒸留-
本発明の黒目漆製造方法は、減圧蒸留処理を行う。これにより、従来の方法よりも短時間で、かつかぶれの発症を抑制しながら安全に高品質の黒目漆を得ることができる。
【0014】
減圧蒸留の条件は、特に限定されないが、一例を挙げると以下のとおりである。圧力は、蒸気圧より25hPa以上減圧することが好ましく、30hPa以上がより好ましい。減圧条件は、蒸気圧より25~60hPa低下させることが好ましく、30~50hPa低下させることがより好ましい。これにより、原料生漆に含まれる低沸点の揮発性テルペン類、ガス成分、水分を短時間で十分に除去できる。
【0015】
減圧蒸留の温度は、通常、室温以下(例えば、38℃以下、35℃以下又は30℃以下)であり、好ましくは20~35℃、より好ましくは20~30℃である。これにより、原料生漆に含まれる ラッカーゼの変性による失活を抑制できる。
【0016】
減圧蒸留の時間は、30分以上が好ましく、40分以上がより好ましい。上限は特に制限はないが、通常は200分以下、180分以下、120分以下、好ましくは80分以下である。これにより、適切な水分量を含む反応物を得ることができる。
【0017】
減圧蒸留中の水分量を計測管理し、所望の水分量(例えば、3.5重量%以下、3.2重量%以下又は3重量%以下、好ましくは2.5重量%以下、又は2重量%以下)となった時点で減圧蒸留を終了し産物を回収してもよい。水分量の計測法としては、例えば、乾燥減量法、近赤外分光法、ガスクロマトグラフ法及びカールフィッシャー法が挙げられ、これらのうちサンプルが少量でも正確な定量が可能であり、感度がよいこと、再現性に優れることから、カールフィッシャー法が好ましい。カールフィッシャー法は、滴定セル内でカールフィッシャー試薬(ヨウ化物イオン、二酸化硫黄、アルコールを主成分とする電解液)が、メタノールの存在下で水と特異的に反応することを利用して、物質中の水分を定量する方法である。カールフィッシャー法は、滴定の進め方により容量滴定法及び電量滴定法に分類され、容量滴定法が好ましい。容量滴定法は、滴定フラスコに試料に適した脱水溶剤(例えば、無水分子ふるい)を入れておき、滴定剤で無水状態にしてから試料を加え、あらかじめ力価(mgH2O/mL)を標定しておいた滴定剤を用いて滴定を行い、その滴定量(mL)から試料中の水分量(重量%)を正確に求める。
【0018】
-ろ過-
本発明の製造方法においては、ろ過処理を行うことができる。ろ過処理により、ろ過処理に供する漆に含まれる不溶性成分を除去でき、生漆の水相粒子を効率的に粉砕できる。
ろ過処理は、少なくとも1回行えばよく、2回以上行ってもよい。ろ過の時期は、減圧処理の前、又は後に行うことができ、前後とも行ってもよく、少なくとも、減圧処理後に行うことが好ましい。ろ過処理により、原料生漆に含まれ得る不純物、後述するなやし処理を行う場合、その際に生じ得る不溶性メラニン色素等を含む不溶性成分、及び、減圧蒸留処理中に生じ得る不溶性成分を除去することができる。これらの光散乱を生じるおそれのある成分を除去できるので、得られる黒目漆の光沢をより高めることができる。なお、本明細書において、減圧蒸留前に先立ちろ過を行った生漆を、漉味生漆と呼び、ろ過未処理の生漆である荒味生漆と区別することがある。
【0019】
ろ過に用いるろ材は特に限定されず、例えば、綿、ガーゼ等の布、ろ紙(例えば、和紙、再生セルロース紙、試験用ろ紙)等の紙、金網等の金属が挙げられる。ろ材は、2以上のろ材の組み合わせでもよい。中でも、綿、ろ紙、又はこれらの組み合わせが好ましい。綿、ろ紙は、従来より漉味生漆の製造において用いられてきたろ材であり、好ましく用いられる。ろ過の方法は、ろ材に適した条件で行えばよい。綿を用いる場合、例えば、綿を適量(例えば、漆の重量の5~20重量%に相当する量)漆に浸漬して静置(例えば、10~20分)する方法が挙げられる。ろ紙を用いる場合、例えば、ろ紙の上面に漆を注ぎ、下面に染み出たろ液を絞って回収する方法が挙げられる。綿とろ紙の組み合わせを用いる場合、綿によるろ過とろ紙によるろ過の順序は特に限定されないが、前者を先に行うことが好ましい。これにより、綿を浸漬した状態のサンプルをろ紙の上に注ぎ、ろ紙を通過した液(必要に応じてろ紙を絞ってもよい)として処理後の漆を回収できる。
【0020】
-前処理(なやし処理)-
減圧蒸留の前に、原料生漆の前処理(なやし処理)を行ってもよい。なやし処理を行うことにより、原料生漆(例えば、荒味生漆、漉味生漆)の中に存在する水分と水溶性タンパク質を含む大きさの異なる種類のミセル粒子(水相)を破壊し、ウルシオールを含む油相にミセルを均一に分散させることができ、これにより減圧蒸留の際の水分回収を促進できる。また、なやし処理を行うことにより得られる黒目漆の光沢及び/又は粘度を所望に応じて調整でき、顕著に高めることができる。すなわち、前処理の有無により、黒目漆の物性をコントロールでき、ユーザーの要望に合った物性を有する黒目漆の製造が可能である。
【0021】
なやし処理の方法としては、例えば、原料生漆を撹拌、粉砕する方法が挙げられ、例えば、密閉容器へ格納し容器ごと撹拌(例えば、回転撹拌)する方法、乳鉢と乳棒、又は擂潰機を用いて撹拌及び粉砕(例えば、摩砕)する方法が好ましい。密閉容器を用いる方法の場合、減圧蒸留の際に用いる装置が備える容器をそのまま用いてもよい。なやし処理の温度条件は、減圧蒸留よりも低温であることが好ましく、通常、35℃以下が好ましく、34℃以下、又は33℃以下がより好ましく、32℃以下、31℃以下又は30℃以下が更に好ましい。下限は、通常、20℃以上、好ましくは22℃以上、又は23℃以上、より好ましくは24℃以上、又は25℃以上である。圧力は、通常、常圧(大気圧、通常は1atm)で行い、減圧及び加圧処理は行わないことが好ましい。処理時間は、通常、15分以上、好ましくは20分以上である。上限は、250分以下、200分以下、180分以下、100分以下、好ましくは90分以下、より好ましくは80分以下である。
【0022】
乳鉢と乳棒を用いる処理、又は擂潰機を用いる処理の、処理時間は、それぞれ通常、10分以上、好ましくは15分以上である。上限は特にないが、通常、60分以下、50分以下、好ましくは40分以下である。
【0023】
擂潰機としては、鉢と、鉢内部で自公転し鉢内容物を圧接可能な複数の棒(杵)を有する撹拌擂潰機(例えば、特開昭51-110756号公報、石川式撹拌擂潰機(石川工場社製))が好ましい。これにより、撹拌及び/又は粉砕(摩砕)を効率よく実施できる。撹拌擂潰機を用いる場合、回転数は、20rpm以上が好ましく、25rpm以上がより好ましい。上限は、30rpm以下が好ましい。
【0024】
なやし処理は、乳鉢と乳棒を用いる処理及び擂潰機を用いる処理のいずれか;若しくは、密閉容器を用いる処理と、乳鉢と乳棒を用いる処理、又は擂潰機を用いる処理と、の組み合わせが好ましい。
なやし工程の温度条件は、35℃以下が好ましい。これにより、低温で短時間(通常、2時間以内)に水分を約3%以下まで除去でき、そのためラッカーゼ変性を回避できる。
【0025】
なやし処理とろ過処理は、少なくともいずれかの処理を行えばよく、両方を行ってもよい。
【0026】
-黒目漆の物性-
減圧蒸留後には、高品質の黒目漆を得ることができる。
本発明の方法により、高品質黒目漆を得ることができる。高品質黒目漆は、原料生漆と比較して透明で水分含量が低いほか、原料生漆と比較して成分が均一で揮発性テルペン類の含量が低いことが好ましく、炭素原子数15かつ不飽和二重結合を3つ含む側鎖(例えば、下記式(1)中の置換基R1)を有するウルシオール(以下、C15-3ウルシオールと言うことがある)含量、全タンパク質含量、及びラッカーゼ活性が高いことがより好ましい。高品質の漆は、以下の少なくともいずれかを満たすことがさらに好ましい。
(1)C15-3ウルシオールの含有量(重量基準)が、好ましくは25%以上、30%以上又は35%以上、より好ましくは40%以上、45%以上又は50%以上、さらに好ましくは55%以上又は60%以上である。
(2)全タンパク質量(3gあたり)が、好ましくは12.5mg以上又は13.0mg以上、より好ましくは13.5mg以上又は14.0mg以上、更に好ましくは14.5mg以上又は15.0mg以上である。
(3)ラッカーゼ活性(3gあたり)が、好ましくは12.0以上、好ましくは12.5以上、より好ましくは12.8以上である。
これらの測定は、実施例に記載した測定条件によって行うことができる。
【0027】
【0028】
式(1)中、Rは、以下のR
1~R
5のいずれかである。
R
1:以下の3つの式で表される基のいずれか
【化2】
R
2:以下の式で表される基のいずれか
【化3】
R
3:以下の式で表される基
【化4】
R
4:以下の式で表される基
【化5】
R
5:以下の式で表される基のいずれか
【化6】
【0029】
(1)の確認は、高速液体クロマトグラフィー(HPLC)、ガスクロマトグラフィー(GC)等のクロマトグラフィーによることができ、HPLCによることが好ましく、後段の実施例に記載の方法によることがより好ましい。(2)の確認は、紫外吸光光度法、蛍光光度法によることができ、紫外吸光光度法によることが好ましく、後段の実施例に記載の方法によることがより好ましい。
【0030】
〔漆の精製方法〕
原料生漆を減圧蒸留することにより、原料生漆の品質を高めることができる。減圧蒸留の条件は、上記製造方法において説明したのと同様である。
【0031】
〔漆の精製装置〕
漆の精製装置は、原料生漆を収容する反応容器と、容器内で生漆を減圧するための減圧手段を少なくとも有する装置である。本装置を、生漆からの高品質漆の製造、漆の精製の際の減圧蒸留の際に用いることにより、各処理をより効率よく行うことができる。
【0032】
反応容器は、原料生漆を収容できる容器であればよく、漆の色の変化を観察できる点で少なくとも一部が透明または半透明な素材(例えば、ガラス、透明プラスチック製)形成されていることが好ましい。反応容器は、開口部を少なくとも3つ有することが好ましい。第1の開口部は、減圧手段と接続可能な開口部、第2の開口部は、処理後の精製された黒目漆サンプルの取出用開口部、第3の開口部は、処理途中のサンプルの分析用(分析用サンプルを取出すための開口部(分析は、好ましくは組成の確認、より好ましくは水分量の定量)である。各開口部の位置は特に限定されないが、第1の開口部と第2の開口部が反応容器の一端及び他端に位置し、第3の開口部は第1及び第2の開口部の間に位置してもよい。第2、第3の開口部は、必要時以外はコック等で密閉できることが好ましい。減圧手段は、容器内の圧力を低下させることのできる手段であればよく、例えばダイアフラム真空ポンプ、ドライポンプ、油回転真空ポンプ、エジェクタ、アスピレーター等の減圧装置を備えるエバポレータ―が挙げられるがこれに限定されない。
【0033】
装置は、反応容器内の漆の温度を管理する温度管理手段を更に有していてもよい。これにより、容器内の漆の温度変化(主に昇温)を効率よく抑制できる。温度管理手段は、容器内の温度センサー及び冷却器を備えていてもよい。
【0034】
装置は、反応溶液の水分量を管理する水分量管理手段を更に有していてもよい。これにより、減圧蒸留反応の終了時を検討でき、得られる漆の品質を確認できる。水分量管理手段は、減圧蒸留後に回収された水の量を測定可能なメスシリンダ又はカールフィッシャー法による水量センサーを備えていてもよい。
【0035】
装置は、漆の組成分析手段を更に有していてもよい。これにより、得られる漆の品質を効率よく確認できる。組成分析手段は、ウルシオール、全タンパク質量を分析できる手段が好ましい。例えば、HPLC、TOF/MS、NMR、ELISA、SDS-PAGE、好ましくはHPLC、SDS-PAGEを実施できる手段が好ましい。
【0036】
漆の精製装置は、さらに、撹拌又は粉砕(摩砕)手段をふくんでいてもよい。これにより、なやし処理と精製処理を連続して効率的に行うことができる。撹拌又は粉砕(摩砕)手段は、擂潰機(例えば、乳鉢と、鉢内部で自公転し鉢内容物を圧接可能な乳棒(杵)を有する撹拌擂潰機(例えば、特開昭51-110756号公報、石川式撹拌擂潰機(石川工場社製))であることが好ましい。さらに、擂潰機が備える鉢が反転可能であることにより、工程終了後のサンプルの取り出しが容易となる。
【実施例0037】
以下、本発明を実施例により詳細に説明する。以下の実施例は、本発明を好適に説明するためのものであって、本発明を限定するものではない。
【0038】
1.二戸産生漆を原料とする透黒目漆の製造
実施例1(サンプル1)
〔減圧蒸留〕
表1に示す量の二戸荒味生漆(二戸滴生舎製、2021年7月採取、以下同じ)を、Diaphragm式真空ポンプ(NVP-2100,東京理化器械社製)及びウォーターバスを備えたロータリーエバポーター(東京理化器械社製)に付着できる反応容器の減圧フラスコに投入し、系内をアルゴン置換して蒸気圧から約40hPa減圧し、気泡が発生しなくなるまで35℃で減圧蒸留を行い(蒸留時間:1時間)、黒目漆1を回収した(表1)。
【0039】
カールフィッシャー水分測定器(メトローム社製)を用いて減圧蒸留開始前及び終了後のサンプルのそれぞれの水分量を測定した(n=3)。
測定条件は、以下のとおりであった。
減圧蒸留開始時のサンプル重量:50mg±5mg
温度:180℃
抽出時間:400秒
流速:80ml/分
反応終了時、気流を停止し、水分量を測定後、水分測定器からサンプルを取り出した。
【0040】
〔ろ過〕
黒目漆1に脱脂綿(商品名:韓一脱脂綿、韓一両行社製)を蒸留水で10回前後洗浄後、65℃で完全に乾燥させた。乾燥後の綿を、黒目漆に対し、重量が10%となるように添加しよく混ぜた後、5~10分間静置して、不純物及び残渣を綿に付着させた。その後、綿と黒目漆の混合液をろ紙(レーヨン製、商品名:美吉野紙、大塚刷毛製造社製)でろ過して透黒目漆(サンプル1)を回収した。
【0041】
実施例2(サンプル2)
〔なやし処理〕
二戸荒味生漆50gを減圧フラスコ中に投入し、系内をアルゴン置換して、常圧下25℃で1時間撹拌を行い、なやし処理済みのサンプルを得た。
【0042】
〔減圧蒸留〕
なやし処理済みのサンプルを、そのままフラスコ内で実施例1と同様に減圧蒸留を行い、黒目漆2を回収した(回収量約40g)。
【0043】
〔ろ過〕
黒目漆2を実施例1と同様にろ過して透黒目漆(サンプル2)を回収した。
【0044】
実施例3(サンプル3)
二戸荒味生漆の代わりに二戸漉味生漆(二戸滴生舎製、2022年2月精製(漆濾紙によるろ過)、以下同じ)を用いたこと、減圧蒸留後に回収された黒目漆3のろ過は、ろ紙によるろ過のみ行ったこと(綿の添加を省略したこと)以外は、実施例1と同様に行った。
【0045】
実施例4(サンプル4)
二戸荒味生漆の代わりに二戸漉味生漆を用いたこと、減圧蒸留後に回収された黒目漆4のろ過は、ろ紙によるろ過のみ行ったこと(綿の添加を省略したこと)以外は、実施例2と同様に行った。
【0046】
【0047】
(メラニン反応の進行程度)
なやし処理を経た黒目漆2及び4は、減圧蒸留終了時にフラスコ表面に多くのメラニン色素が付着していた。一方、なやし未処理の黒目漆1及び3は、フラスコ表面にメラニン色素が全く付着していなかった。黒目漆1と3はいずれも、ガラス板に薄く塗ると透明に近く、生漆中の粒子が破壊されて均等な粘液であった。ガラス板に薄く塗った直後は透明な液であったが、塗布後、室温(25℃)、湿度75%で3時間経過後には、黒色に変化した。
【0048】
実施例3で使用したろ紙には、残渣がほとんど見られず、実施例4で使用したろ紙にも、残渣はわずかであった。一方、実施例2で使用したろ紙には、実施例1と比較して多くの残渣が含まれていた。この結果は、なやし処理により、ラッカーゼが触媒するメラニン反応が進行することを示唆している。また、荒味生漆を原料として用いると、漉味生漆を原料として用いるより、メラニン反応が進行することを示唆している。
【0049】
(収率)
いずれのサンプルにおいても、減圧蒸留を経て生漆に含まれていた水分が回収されていた。中でも、なやし処理を行ったサンプル2及び4は、水分回収量がより多かった(表1)。この結果は、なやし処理した後減圧処理を行うことにより、水分除去を容易に行うことができ、かつ、なやし処理を行うことにより、水分除去をより効率的に行うことができることを示している。そのメカニズムは、生漆中の様々なサイズのミセルがなやし処理中に均一なサイズに分散され、ミセル内の水分が放出され、その後の減圧蒸留処理の間に水分を効率よく蒸留できるものと推定される。
【0050】
2.中国産生漆を原料とする透黒目漆の製造
実施例5(サンプル5)
二戸荒味生漆の代わりに中国産城口荒味生漆(辻田漆店製、2021年7月採取、以下同じ)を用いたこと以外は、実施例1と同様に行った。
【0051】
実施例6(サンプル6)
二戸荒味生漆の代わりに城口荒味生漆を用いたこと以外は、実施例2と同様に行った。
【0052】
実施例7(サンプル7)
二戸漉味生漆の代わりに城口漉味生漆(辻田漆店製、2022年1月27日精製(ろ過済み)、以下同じ)を用いたこと以外は、実施例3と同様に行った。
【0053】
実施例8(サンプル8)
二戸漉味生漆の代わりに城口漉味生漆を用いたこと以外は、実施例4と同様に行った。
【0054】
【0055】
いずれのサンプルにおいても、減圧蒸留を経て生漆に含まれていた水分が回収されていた。中でも、なやし処理を行ったサンプル6及び8は、水分回収量がより多かった(表2)。この結果は、生漆の原産地にかかわらず、なやし処理と減圧処理を行うことにより、水分除去を容易に行うことができ、かつ、なやし処理を行うことにより、水分除去をより効率的に行うことができることを示している。
【0056】
比較例1及び2(サンプル9及び10)
極上透素黒目漆(辻田漆店、2022年1月27日精製)及び透素黒目漆(堤浅吉漆店、2022年4月精製)をそれぞれサンプル9及び10とした。サンプル9及び10の水分量を、カールフィッシャー水分測定器(メトローム社製)を用いて実施例1と同様の条件で測定したところ、それぞれ、2.96%、2.85%であった。
【0057】
3.透明度
サンプル1~10の透明度を以下の手順で測定した。透黒目漆のサンプルについて、調製直後に、光学透過率測定器(Dynamic transmission counter,model number DST2501、東亜システムクリエイト社製)を使用して、可視光線の光透過率(%)を3回測定し、その平均値を透明度とした(表3)。
【0058】
【0059】
なやし未処理のサンプル1、3、5及び7は、なやし処理を行った2、4、6及び8と比較して、透明度が高かった。また、二戸産生漆を原料とするサンプル1~4は、中国産生漆を原料とするサンプル5~8と比較して透明度が高かった(表3)。なお、なやし処理を行ったサンプル2、4、6及び8を木製の板に塗布した際の透明度は、なやし未処理のサンプル1、3、5及び7を木製の板に塗布した際の透明度よりも良好であったが(図示せず)、その理由は不明である。これらの結果は、水分含量の少ない透黒目漆の方が高い透明度を示すこと、及び、なやし処理の有無により、透黒目漆の塗布前後の透明度を調整できることを示している。
【0060】
4.光沢度
サンプル1~10の光沢度を以下の手順で測定した。木製の平板(20.5cm×20.5cm×0.5cm)に城口荒味生漆で下塗して25℃、湿度75%で12時間乾燥させた。続いて、城口荒味生漆と砥粉(錆)(生漆:砥粉=8:2の混合液)で中塗して、25℃、湿度75%で12時間乾燥させた。続いて、城口呂色黒目漆(辻田漆店、2021年9月精製)で上塗して、25℃、湿度75%で12時間乾燥させた。その後、表面をサンドペーパーで研磨した。塗布及び研磨終了後に、木製の平板をテープで区画し(1区画あたり約5cm×約10cm)、各区画内にサンプル1~10をそれぞれ1滴滴下し、均一になるようコーティングし、25℃、湿度75%で12時間乾燥させた。その後、ハンディ光沢計グロスチェッカIG-331(HORIBA社製)を用いて平板表面の光沢度(測定角60°、バルブ90)を3回測定し、その平均値を光沢度とした(表4)。なお、コントロールの条件として、測定角60°で90となるように設定した。
【0061】
【0062】
二戸産漆を原料とするサンプル1~4は、中国産漆を原料とするサンプル5~8と比較して光沢度が非常に低かった。この結果は、二戸産黒目漆が光沢が低い、いわゆる渋い質感を有する事実を証明するものである。また、なやし処理を行ったサンプル2、4、6及び8は、なやし未処理のサンプル1、3、5及び7と比較して、光沢度が高い傾向にあり、なかでも二戸荒味生漆由来のサンプル2の光沢度は、同由来のサンプル1よりも顕著に高かった(表4)。
【0063】
5.水溶性成分中の総タンパク質量
以下の手順で、サンプルの水溶性成分に含まれる総タンパク質量を測定した。
(1)サンプル1~10それぞれ3gを正確に秤量し、それぞれを50mlファルコンチューブに移した。
(2)アセトン30mlを各チューブに加え、4℃で30分間撹拌した。
(3)各チューブを22,500×g、20分間、4℃で遠心分離した。
【0064】
(4)アセトン上澄み層(30ml)を収集し、これにアセトン30mlを各チューブに追加し、チューブを4℃で30分間撹拌した。
(5)各チューブを22,500×g、20分間、4℃で遠心分離した。
(6)アセトン上澄み層(30ml)を収集し、これに、アセトン20mlを各チューブに追加し、チューブを4℃で30分間撹拌した。
【0065】
(7)各チューブを22,500×gで20分間、4℃で遠心分離した。最後にアセトン上澄み層(20ml)を回収した。
(8)(4)、(6)および(7)で収集したアセトン合計80mlをフラスコに移し、フラスコ内からアセトンの臭いがなくなるまで減圧蒸留した。残留物を10mlの アセトニトリル(AcCN)に溶解させ、溶液を得た。各溶液は、後段で説明するHPLCによるウルシオール分析のストック溶液1として使用した。
(9)アセトンを完全に除去した後、各チューブの残留物を真空デシケーターでアセトンの臭いがなくなるまで減圧乾燥させた。続いて、再蒸留水(DDW)20mlに溶解し、残留物を可能な限り懸濁させた。
【0066】
(10)各チューブを22,500×g、20分間、4℃で遠心分離し、上澄みをADVANTEC(登録商標)ろ紙(No.2)で濾過した。
(11)パススルーした溶液をさらに174,000×g、30分間、4℃で超遠心分離した。
(12)各チューブの上澄み溶液のUV吸光度(280nm)を測定し、全タンパク質量を得た(表5)。各チューブの上澄み溶液は、後段のラッカーゼ試験法の水溶性ストック溶液としても使用した。
【0067】
得られた上澄み溶液(水相:サンプル1~10それぞれ)を目視観察したところ、サンプル1~8の上澄み溶液は緑色を呈し、中でもサンプル1~4の上澄み溶液は澄んだ緑色を呈していた。サンプル9及び10は緑色を示さなかった。ラッカーゼは銅を含むタンパク質であることから、澄んだ緑色を示すサンプル1~4はラッカーゼ酵素含有量が高いこと、緑色を示さないサンプル9及び10はラッカーゼの量が少ないことを示している。これらの結果は、減圧蒸留法による精製を経た透黒目漆は、ラッカーゼを多く含むことを示唆している。また、精製された日本産の黒目漆は、中国産の黒目漆よりも回収された総タンパク質質量は少ないが、単位重量当たりに含まれるラッカーゼ含有量が高いことを示唆している。
【0068】
【0069】
サンプル1~8は、サンプル9及び10と比較して総タンパク質量が多く、中でもサンプル5~8は総タンパク質量がより多かった。サンプル9及び10は、従来の加熱撹拌法による精製を経たと推測されることから、この結果は、減圧蒸留法による精製を経て得られる透黒目漆は、総タンパク質量が多いことを示唆している。
【0070】
6.ラッカーゼ活性
上記項目5(12)の操作で得られた水溶性ストック溶液各15μgについて、SDS-PAGE分析を行った(12%ゲルを使用:
図1)。
図1中、レーン1~10は、サンプル1~10の結果を示す。
【0071】
サンプル9~10と比較して、サンプル1~8においてはラッカーゼを2倍以上含んでいた(
図1)。これらの結果は、従来の加熱精製法と比較して、減圧蒸留法による精製によればラッカーゼの不活性化がより抑制されることを示唆している。
【0072】
上記項目5(12)の操作で得られた水溶性ストック溶液のラッカーゼ活性を測定した。測定は、A.E.Pye(1974)Nature,vol.251,p610-613を参照し、試薬、反応条件及びサンプル準備は以下のとおりとした。
【0073】
試薬
(1)4-methylcatechol(4-MC):M.W.=124.14(Sigma Aldrich)
(2)4-hydroxyproline methyl ester HCl(4HPM):M.W.=181.62(Sigma Aldrich)
(3)Reaction Buffer:40mM MES(pH5.3)
(4)Stock solution:4-MC 20mM(24.8mg/10ml reaction buffer);4HPM 40mM(72.6mg/10ml reaction buffer);透黒目漆3g中のラッカーゼの量を計算するために、基準として、精製ラッカーゼ3μgを使用した。
【0074】
反応条件
(1)samples:15μl
(2)Reaction buffer:445μl
(3)Substrates:20μl 4-MC+20μl 4-HPM
(4)Incubation at 30℃ at 30min
(5)Heat treatment to inactivate laccase at 100℃ for 10min
(6)Absorbance measurement at 520nm
【0075】
サンプル準備
(1)4倍に希釈したサンプル(samples 15μl+reaction buffer 30μl) 使用量45μl
【0076】
なお、ラッカーゼ活性の1単位は、30分あたり520nmで、吸光度0.01の増加として定義された。
【0077】
【0078】
サンプル9~10と比較して、サンプル1~8は高いラッカーゼ活性を示した。その理由は、加熱撹拌による精製プロセスは通常長時間(約8時間)であることから、その間にラッカーゼが不活性化したためと推測される。また、サンプル1~4のうち、サンプル2及び4は、サンプル1及び3と比較してラッカーゼ活性が低かった。その理由としては、漆に含まれる他の成分の影響が考えられるが、解明にはさらなる研究が必要である。
【0079】
7.ウルシオール量
以下の条件で、サンプル1~10のウルシオール量を測定した。
【0080】
実験条件
HPLC注入用のウルシオールストック溶液の精製
(1)項目5(8)で得られたストック溶液1100μlをAcCN 900μlに添加し、ストック溶液2を得た。
(2)ストック溶液2 25μlをAcCN 75μlに添加し、ストック溶液3を得た。
(3)ストック溶液3 25μlをHPLC(Gilson社製)に注入した。
【0081】
HPLC条件:吸光度を254nmで測定した。
感度:0.01;溶媒:AcCN水 酢酸(アセトニトリル:水:酢酸=90:10:2;カラム:YMC HPLC HydrosphereC18、250×4.5mm、3μm、カラム部分:HS12S03-2546;流量:1ml/分。
【0082】
【0083】
サンプル9及び10と比較して、サンプル1~8はトリエンC15 3-ウルシオールを多く含んでいた(表7)。サンプル9及び10は、長時間の撹拌及び加熱による従来の精製を経ているため、その過程でメラニン合成反応が進行し、活性C15 3-ウルシオールが消費されたものと考えられる。
【0084】
サンプル1~8のうち、サンプル1(なやし未処理、二戸産荒味生漆由来)のC15 3-ウルシオール量が最も多く、サンプル2(なやし処理あり、二戸産荒味生漆由来)よりも多かった。一方、なやし処理を行ったサンプル4、6、8のC15 3-ウルシオール量は、なやし未処理のサンプル3、5及び7よりも多い傾向にあった。この結果は、なやし処理後に減圧処理を行うことにより効率よく水分除去でき(表1、3の考察参照)、その結果、C15 3-ウルシオールが効率的に回収されたことを示唆している。
【0085】
8.なやし処理の温度条件
実施例9(サンプル20-F)
二戸荒味生漆の代わりに表8に示す量の毛バ漉味生漆(辻田漆店製、2021.3.3精製(ろ過済み))を用いたこと、なやし処理を20℃で70分行ったこと、及び減圧蒸留処理の蒸留時間を75分としたこと、以外は実施例4と同様に行った。
【0086】
実施例10(サンプル20-FC)
実施例9において減圧蒸留処理を経た後の黒目漆を、実施例1と同様に綿及びろ紙を用いてろ過処理したほかは、実施例9と同様に行った。
【0087】
実施例11(サンプル25-F)
なやし処理の温度を25℃としたほかは、ろ紙を用いてろ過処理した実施例9と同様に行った。
【0088】
実施例12(サンプル25-FC)
なやし処理の温度を25℃としたほかは、綿及びろ紙を用いてろ過処理した実施例10と同様に行った。
【0089】
実施例13(サンプル30-F)
なやし処理の温度を30℃としたこと以外は実施例11と同様に行った。
【0090】
実施例14(サンプル30-FC)
なやし処理の温度を30℃としたこと以外は実施例12と同様に行った。
【0091】
実施例15(サンプル35-F)
なやし処理の温度を35℃としたこと以外は実施例11と同様に行った。
【0092】
実施例16(サンプル35-FC)
なやし処理の温度を35℃としたこと以外は実施例12と同様に行った。
【0093】
実施例17(サンプルF)
なやし処理を経ずに減圧蒸留処理を直接行ったこと、減圧蒸留処理の蒸留時間を75分としたこと、以外は実施例4と同様に行った。
【0094】
実施例18(サンプルFC)
なやし処理を経ずに減圧蒸留処理を直接行ったこと、減圧蒸留処理の蒸留時間を75分としたこと、以外は実施例12と同様に行った。
【0095】
各サンプルの透明度及び光沢度を、項目3及び4に示したのと同様の方法で測定した(表8)。また、ガラス板に各サンプルを1滴垂らし、室温で30分放置した。スポットからストリームの終点までの距離を測定して粘度を判断した。
【0096】
【0097】
(表8の脚注)
原料漆の水分量:31.84%
【0098】
ろ紙によるろ過処理を経たサンプルは、綿及びろ紙によるろ過を経たサンプルよりも収量が高かった。
【0099】
(透明度)
ろ紙によるろ過処理を経たサンプル20-F、25-F、30-F及び35-Fは、綿及びろ紙によるろ過処理を経たサンプル20-FC、25-FC、30-FC及び35-FCと比較して透黒目漆の回収率が高かった。また、30℃以下でなやし処理をしたサンプル20-F、20-FC、25-F、25-FC、30-F、30-FCは、35℃でなやし処理をしたサンプル35-F及び35-FCと比較して透明度が高く、中でも25℃以下でなやし処理をしたサンプルの透明度がより高かった。一方、なやし未処理のサンプルF及びFCは、25℃で名やし処理をしたサンプル20-F、20-FCと同等の透明度を示した。
【0100】
(粘度)
高温でなやし処理を行ったサンプルほど距離が短く、粘度が高かった。また、なやし未処理のサンプルF及びFCと35℃でなやし処理を行ったサンプル35-F及び35-FCの距離は同じ程度(若干後者の方が短い)であった。
【0101】
(光沢)
いずれのサンプルも高い光沢度を示したが、中でも、綿及びろ紙によるろ過処理を経たサンプルは、ろ紙によるろ過を行ったサンプルと比較して光沢度が高かった。この事実は、黒目漆精製過程で生成された未確認不純物を再び綿及びろ紙でろ過することにより、光沢が高い均質な透黒目漆が得られることを示唆している。
【0102】
9.なやし処理における擂潰機の使用
実施例19~21及び比較例3
〔なやし処理及び減圧蒸留処理〕
透黒目漆(いわて漆テック社製)、荒味漆(商品名:生漆(Arami and Koshimi urushis)、メーカー名:有限会社辻田漆店)又は濾味漆(商品名:生漆(Koshimi Urushi)、メーカー名:有限会社能作うるし店)を、石川式撹拌擂潰機(石川工場社製、竪型(プーリー式)22号;機械の外形寸法:長さ610mm、幅610mm、高さ1450mm;磁器鉢(内径305mm、深さ170mm、使用容積4.0L)、T型磁器杵(2本)、かき板(木製)を装備;電動機(モーター単相100V 0.2kW);杵が公転1周に対し自転約2.4周の速さで同じ方向に回転)の鉢(鉢は、前方への引き出し、及び引き出した状態で前傾し鉢内容物を容易に取り出せるよう改造)に注入し、室温で、杵の回転数26rpmで30分(実施例20)又は60分(実施例21)処理した。また、擂潰処理未処理のものを実施例19とした。減圧蒸留を開始する前にエバポレータの減圧が正常に動作していることを確認するために、空のフラスコをエバポレータに取り付けた後、実施例19~21の各サンプルについて、15分間25hPaの減圧処理を行った。正常に減圧処理が達成されたことを確認した後、擂潰処理済みのサンプルを、擂潰機の鉢を前方へ引き出し前傾させて取り出し、フラスコに入れ、エバポレータに付着し、ウォーターバスの温度を約15℃に調整し、15分間で25hpaまで減圧し、テルペンなどの低沸点物質を除去した。15分後(25hpaに到達した後)は、ウォーターバス温度を35℃まで徐々に加熱しながら2時間減圧蒸留し、水分を除去した。2時間で蒸留はほぼ完了したと推測されたが、さらにウォーターバスの温度を38℃に調整して30分減圧蒸留した。処理後のサンプルの水分が、カールフィッシャー水分定量器を用いる定量(バイアルにサンプルを注入し、180℃、400秒、風速100mL/分の条件で定量)により2.5%以下であることを確認後、減圧蒸留を止めて精製された透黒目漆を回収した。その後、ろ紙(レーヨン製、商品名:美吉野紙(530mm×300mm)、大塚刷毛製造社製)で濾過した後、容器(チューブ)に充填して保存した。
【0103】
〔顕微鏡試験〕
実施例19~21の透黒目漆と、濾味漆(商品名:生漆(Koshimi urushi)、メーカー名:能作うるし店)にテルペン20μL(漆に対し50重量%)添加して希釈して粘度を低下したもの(比較例3)について、下記の手順で鏡検を行った。
各サンプル20μLをスライドグラス上に載せカバーグラスをかぶせスライドグラスに密着させた。10分間静置しサンプル溶液を安定化させた後、偏光顕微鏡BX-51(オリンパス社製、倍率×1000)及びデジタルマイクロスコープ(キーエンス社製、倍率×1000)を用いて観察した(
図2~5)。未処理の濾味漆(生漆)は、多くの水相粒子を有する油中水型エマルションであった(比較例3:
図2)。これに対し、減圧蒸留処理を行ったサンプルでは水相粒子が大きく減少し(実施例19:
図3)、さらに、擂潰処理を30分行ったサンプルでは大部分の水相粒子が消失し(実施例20:
図4)、さらに擂潰処理を60分に延長したサンプルでは水相粒子が観察されなかった(実施例21:
図5)。これらの結果は、生漆の水相粒子が本発明の方法により破壊され、その結果高品質の黒目漆を製造できることを示している。
【0104】
〔光沢度及び透明度〕
前述の光沢度の測定手順において、サンプルとして実施例19~21の各サンプル、及び荒味漆(商品名:生漆(Arami and Koshimi urushis)、メーカー名:有限会社辻田漆店)に対しテルペン20μL(漆に対し50重量%)添加して希釈して粘度を低下したもの(比較例4)を用いたこと、上塗り後の乾燥条件を25℃、湿度70%、8時間に変更したこと、測定回数を5回としその平均値を光沢度としたこと、の他は同様にして、光沢度を測定した。その結果、擂潰処理を行った実施例20,21において高い光沢度が観察され、中でも、擂潰処理時間60分の実施例21の光沢度が最も高いことが確認された(表9)。なお、各サンプルは、木製の平板に塗布し25℃、湿度70%で乾燥したところ、4時間以内に乾燥が完了していた。
【0105】
また、透明度の測定にあたり、まず、キューブアプリケーター(BEVS 1805/1フィルム幅16mm、ギャップサイズ37及び75μm)を用いて、ガラス板上にサンプルを塗布しナノフィルム(厚み37μm)を形成し、25℃、湿度70%、8時間乾燥させた。フィルムがガラス板上で完全に乾燥した後、前述の光学透過率測定器を使用して、可視光線の光透過率(%)を5回測定し、その平均値を透明度とした(表9)。その結果、擂潰処理を行った実施例18,19において高い光沢度が観察され、中でも、擂潰処理時間60分の実施例19の光沢度が最も高いことが確認された(表9)。
【0106】
【0107】
比較例4及び実施例2
実施例2のサンプル、及び、なやし未処理の他は実施例2と同じ処理を行って得られたサンプル(比較例4)について、平板への塗布後12時間後、36時間後、48時間後の光沢度を測定した(表10、
図6)。
【0108】
【0109】
表10及び
図6から明らかなとおり、なやし処理の実施により光沢が顕著に増加することが分かった。また、なやし処理により乾燥時間も短縮した(データなし)。これらの結果は、うるしの水相粒子が破壊することにより良好な光沢及び乾燥時間の短縮をもたらしたことを示す。