(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023164367
(43)【公開日】2023-11-10
(54)【発明の名称】カラフル黒目漆の製造方法
(51)【国際特許分類】
C09D 193/00 20060101AFI20231102BHJP
C09F 1/00 20060101ALI20231102BHJP
C09D 7/40 20180101ALI20231102BHJP
【FI】
C09D193/00
C09F1/00
C09D7/40
【審査請求】未請求
【請求項の数】9
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023073090
(22)【出願日】2023-04-27
(31)【優先権主張番号】P 2022074832
(32)【優先日】2022-04-28
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(71)【出願人】
【識別番号】520026504
【氏名又は名称】及川 秀悟
(71)【出願人】
【識別番号】520026515
【氏名又は名称】李 福律
(74)【代理人】
【識別番号】110002147
【氏名又は名称】弁理士法人酒井国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】及川 秀悟
(72)【発明者】
【氏名】李 福律
【テーマコード(参考)】
4J038
【Fターム(参考)】
4J038BA221
4J038KA08
4J038LA05
4J038NA23
(57)【要約】
【課題】カラフル黒目漆を効率的に製造できる方法を提供することを目的とする。
【解決手段】本発明は、原料生漆液を減圧蒸留する工程を含み、着色剤を原料生漆液に添加するか、又は、減圧蒸留後に得られる透黒目漆に添加する、カラフル黒目漆の製造方法を提供する。減圧蒸留は、処理後の黒目漆の水分量が3重量%以下となるまで行うこと、原料生漆液の蒸気圧より25~60hPa減圧して行うこと、30分以上行うこと、20~35℃で行うことが好ましい。着色剤は、無機顔料又は有機顔料が好ましく、酸化鉄、硫化水銀、レーキ顔料がより好ましい。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
生漆を含む原料生漆液を減圧蒸留する工程を含み、着色剤を原料生漆液に添加するか、又は、減圧蒸留後に得られる透黒目漆に添加する、カラフル黒目漆の製造方法。
【請求項2】
減圧蒸留は、処理後の水分量が3重量%以下となるまで行う、請求項1に記載の製造方法。
【請求項3】
減圧蒸留は、原料生漆液の蒸気圧より25~60hPa減圧して行う、請求項1又は2に記載の製造方法。
【請求項4】
減圧蒸留は、30分以上行う、請求項1又は2に記載の製造方法。
【請求項5】
減圧蒸留は、20~35℃で行う、請求項1又は2に記載の製造方法。
【請求項6】
着色剤は、無機顔料又は有機顔料である、請求項1又は2に記載の製造方法。
【請求項7】
着色剤は、酸化鉄、硫化水銀、レーキ顔料である、請求項1又は2に記載の製造方法。
【請求項8】
原料生漆液又は生漆を、35℃以下で常圧下撹拌又は粉砕するなやし処理工程、及び/又は、ろ過処理工程を更に含む、請求項1又は2に記載の製造方法。
【請求項9】
なやし処理工程は、密閉容器へ格納し容器ごと撹拌する方法、乳鉢と乳棒を用いて粉砕する方法、及び擂潰機を用いて撹拌及び粉砕する方法の少なくともいずれかによって行う、請求項8に記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、カラフル黒目漆の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
漆は、古来より用いられてきた天然塗料である。一般の有機塗料は、塗膜の乾燥反応により皮膜が形成されるのに対し、漆の皮膜形成には、その成分であるラッカーゼ及びウルシオールが関与する。すなわち、漆を木材等の基材に塗布すると、ラッカーゼが空気中の酸素を用いてウルシオールの酸化反応を生じさせ、更に、水分の存在下でウルシオールを重合(架橋:polymerization)して基材上に黒色のフィルムを形成する(非特許文献1)。この点で、漆は一般の有機塗料と異なる、いわゆる生体塗料と言える。
漆産業では、カラフル黒目漆が国内外から着目されている。現在のカラフル黒目漆の製造プロセスは生漆を加熱撹拌し精製して得られる透黒目漆に色素を添加混合する方法により行われている。水分含有量が低い透黒目漆に大量の顔料を加えると粘度が急激に増加するため、カラフル黒目漆の生産は透黒目漆の生産と比較してより困難とされている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0003】
【非特許文献1】熊野谷 従(1991年)Jasco Report、33巻、2号、15-29ページ
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
透黒目漆の調製の際には、その水分量を調整して行うところ、従来の方法のように透黒目漆に色素を混合すると、上述のとおり粘度が上昇し、水分量が変化するため、色素を均一に混合して水分量を3重量%以下となるまで蒸発させることは非常に手間がかかる。そのため、カラフル黒目漆の生産はコストが高いという問題がある。一方、原料生漆の加熱撹拌前に色素を添加すると、添加後に系内の粘度が上昇し、加熱撹拌による水分蒸発に長時間を要し、作業が非常に困難となることが予想される。
【0005】
本発明は、カラフル黒目漆を効率的に製造できる方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明は、〔1〕~〔9〕を提供する。
〔1〕生漆を含む原料生漆液を減圧蒸留する工程を含み、着色剤を原料生漆液に添加するか、又は、減圧蒸留後に得られる透黒目漆に添加する、カラフル黒目漆の製造方法。
〔2〕減圧蒸留は、処理後の水分量が3重量%以下となるまで行う、〔1〕に記載の製造方法。
〔3〕減圧蒸留は、原料生漆液の蒸気圧より25~60hPa減圧して行う、〔1〕又は〔2〕に記載の製造方法。
〔4〕減圧蒸留は、30分以上行う、〔1〕~〔3〕のいずれか1項に記載の製造方法。
〔5〕減圧蒸留は、20~35℃で行う、〔1〕~〔4〕のいずれか1項に記載の製造方法。
〔6〕着色剤は、無機顔料又は合成顔料である、〔1〕~〔5〕のいずれか1項に記載の製造方法。
〔7〕着色剤は、酸化鉄、硫化水銀、レーキ顔料である、〔1〕~〔6〕のいずれか1項に記載の製造方法。
〔8〕原料生漆液又は生漆を、35℃以下で常圧下撹拌又は磨砕するなやし処理工程、及び/又は、ろ過処理工程を更に含む、〔1〕~〔7〕のいずれか1項に記載の製造方法。
〔9〕なやし処理工程は、密閉容器へ格納し容器ごと撹拌する方法、乳鉢と乳棒を用いて粉砕する方法、及び擂潰機を用いて撹拌及び粉砕する方法の少なくともいずれかによって行う、〔8〕に記載の方法。
【発明の効果】
【0007】
従来のカラフル黒目漆の方法は、生漆を精製して得られる透黒目漆に色素を混合するため、生産効率が低く産業化が困難であった。一方、本発明の方法によれば、生漆にあらかじめ着色剤を混合して減圧蒸留により精製処理を行うことができるため、カラフル黒目漆を短時間で簡便に製造できる。したがって、本発明は、カラフル黒目漆の量産を実現できる技術として期待される。
【発明を実施するための形態】
【0008】
〔カラフル黒目漆の製造方法〕
-原料生漆液-
原料生漆液は、生漆を含み、着色剤をさらに含んでもよい。
【0009】
生漆は、ウルシの樹液に由来する成分を少なくとも含む物質であり、通常は液体である。生漆は、ウルシの樹木から採取される天然樹液、合成品、及びそれらの混合物のいずれを含むものでもよい。
【0010】
漆の樹木は、ウルシ科(Anacardiaceae)に属する植物の樹木である。ウルシ科植物の生育地は、一般に日本、韓国、中国、東南アジアであるが、原料生漆の産地は特に限定されない。ウルシ科植物としては、例えば、ウルシオールを主成分として含む植物(Toxicodendron vernicifera、産地:中国、日本、韓国)、ラッコールを主成分として含む植物(T.succedanea、産地:ベトナム、台湾)、チチオールを主成分として含む植物(Gluta usitata、産地:ミャンマー、カンボジア、タイ)の3種類が挙げられる。
【0011】
着色剤は、漆の着色成分以外の着色剤であればよく、無機系(例えば鉱物由来)、有機系(例えば、合成色素、植物抽出色素)のいずれでもよい。無機系着色剤としては、例えば、酸化鉄(例えば、Fe(OH)2、Fe2O3)、硫化水銀(HgS)等の無機顔料が挙げられる。有機顔料としては、例えば、クロシン、クロセチン等の色素を含む顔料(例えば、レーキ顔料)が挙げられる。
【0012】
酸化鉄としてのFe(OH)2は、高度に精製されていること(不純物を実質的に含まないこと)が好ましい。不純物としては、例えば、水不溶性成分(例、水不溶性の酸化鉄化合物)が挙げられる。このようなFe(OH)2は、例えば、以下の方法により得ることができる。硫酸鉄(FeSO4)に水酸化ナトリウム(NaOH)を作用させて調製することが好ましい。例えば、硫酸鉄水溶液に水酸化ナトリウム水溶液を混合し、硫酸鉄である黒緑色の沈殿を発生させ、必要に応じて水で洗浄し、同時に生じる硫酸ナトリウム(Na2SO4)を除去する方法が挙げられる。硫酸ナトリウムの除去は、塩化バリウム(BaCl2)を添加して、硫酸バリウム(BaSO4)としての沈殿が生じないことにより確認できる。反応後(洗浄及び/又は硫酸ナトリウム除去確認後)の酸化鉄は、さらに、脱水処理(例えば、ろ紙を接触させる、又は、遠心分離する)により、Fe(OH)2沈殿を回収する。これにより、水分量を低減できるので、凝集反応の抑制、減圧蒸留の効率化(時間短縮など)が可能である。
【0013】
本明細書において、無添加の原料生漆より調製される黒目漆を、透黒目漆と称し、着色剤を含むカラフル黒目漆と区別することがある。着色剤は、原料生漆液に含まれてもよいし、原料生漆液の減圧蒸留工程、及び必要に応じて行うなやし工程の後に得られる透黒目漆に添加されてもよい。カラフル黒目漆は、その着色剤の種類により、様々な色相を有する。その色相、着色剤の種類により、例えば、弁柄黒目漆、呂色黒目漆、朱色黒目漆、蝋色黒目漆、梨子地黒目漆、牡丹黒目漆と称されることがある。
【0014】
原料生漆液における着色剤の含有量は、着色剤の種類によって異なり一般化は難しいが、一例を挙げると、添加対象である漆(生漆又は透黒目漆)100重量%に対し、通常、5重量%以上、好ましくは6重量%以上、より好ましくは7重量%以上である。上限は、通常、150重量%以下、140重量%以下、130重量%以下、100重量%以下、70重量%以下、65重量%以下、又は60重量%以下である。生漆の場合、生漆100重量%に対し、通常、5重量%以上、好ましくは6重量%以上、より好ましくは7重量%以上である。上限は、70重量%以下、好ましくは65重量%以下、より好ましくは60重量%以下である。
【0015】
-減圧蒸留-
減圧蒸留処理を行うことにより、従来の方法よりも短時間で、かつかぶれの発症を抑制しながら安全に良好な品質のカラフル黒目漆を得ることができる。
【0016】
減圧蒸留の条件は、特に限定されないが、一例を挙げると以下のとおりである。圧力は、蒸気圧より25hPa以上減圧することが好ましく、30hPa以上がより好ましい。減圧条件は、蒸気圧より25~60hPa低下させることが好ましく、30~50hPa低下させることがより好ましい。これにより、原料生漆に含まれる低沸点の揮発性テルペン類、ガス成分、水分を短時間で十分に除去できる。
【0017】
減圧蒸留の温度は、通常、室温以下(例えば、38℃以下、35℃以下又は30℃以下)であり、好ましくは20~35℃、より好ましくは20~30℃である。これにより、原料生漆に含まれるラッカーゼの変性による失活を抑制できる。
【0018】
減圧蒸留の時間は、30分以上が好ましく、40分以上がより好ましい。上限は特に制限はないが、通常は200分以下、180分以下、120分以下、好ましくは80分以下である。これにより、適切な水分量のカラフル黒目漆を得ることができる。
【0019】
減圧蒸留中の水分量を計測管理し、所望の水分量(例えば、3.5重量%以下、3.2重量%以下又は3重量%以下、好ましくは2.5重量%以下、又は2重量%以下)となった時点で減圧蒸留を終了し産物を回収してもよい。水分量の計測法としては、例えば、乾燥減量法、近赤外分光法、ガスクロマトグラフ法及びカールフィッシャー法が挙げられ、これらのうちサンプルが少量でも正確な定量が可能であり、感度がよいこと、再現性に優れることから、カールフィッシャー法が好ましい。カールフィッシャー法は、滴定セル内でカールフィッシャー試薬(ヨウ化物イオン、二酸化硫黄、アルコールを主成分とする電解液)が、メタノールの存在下で水と特異的に反応することを利用して、物質中の水分を定量する方法である。カールフィッシャー法は、滴定の進め方により容量滴定法及び電量滴定法に分類され、容量滴定法が好ましい。容量滴定法は、滴定フラスコに試料に適した脱水溶剤(例えば、無水分子ふるい)を入れておき、滴定剤で無水状態にしてから試料を加え、あらかじめ力価(mgH2O/mL)を標定しておいた滴定剤を用いて滴定を行い、その滴定量(mL)から試料中の水分量を重量%として正確に求める。
【0020】
-なやし処理(生漆の前処理の例)-
原料生漆液、又は、着色剤添加前の生漆は、前処理(なやし処理)を経ていてもよい。なやし処理を行うことにより、生漆の中に存在する水分と水溶性タンパク質を含む大きさの異なる種類のミセル粒子(水相)を破壊し、ウルシオールを含む油相にミセルを均一に分散させることができ、これにより減圧蒸留の際の水分回収を促進できる。また、得られるカラフル黒目漆の光沢及び/又は粘度を高めることができる。
【0021】
なやし処理の方法としては、例えば、原料生漆を撹拌、粉砕する方法が挙げられ、密閉容器へ格納し容器ごと撹拌(例えば、回転撹拌)する方法、又は、乳鉢と乳棒を用いて粉砕する方法、又は擂潰機を用いて粉砕する方法が好ましい。密閉容器を用いる方法の場合、減圧蒸留の際に用いる装置が備える容器をそのまま用いてもよい。なやし処理の温度条件は、減圧蒸留よりも低温であることが好ましく、通常、35℃以下が好ましく、34℃以下、又は33℃以下がより好ましく、32℃以下、31℃以下又は30℃以下が更に好ましい。下限は、通常、20℃以上、好ましくは22℃以上、又は23℃以上、より好ましくは24℃以上、又は25℃以上である。圧力は、通常、常圧(大気圧、通常は1atm)で行い、減圧及び加圧処理は行わないことが好ましい。処理時間は、通常、15分以上、好ましくは20分以上である。上限は、250分以下、200分以下、180分以下、100分以下、好ましくは90分以下、より好ましくは80分以下である。
【0022】
乳鉢と乳棒を用いる処理、又は擂潰機を用いる処理の、処理時間は、それぞれ通常、10分以上、好ましくは15分以上である。上限は特にないが、通常、60分以下、50分以下、好ましくは40分以下である。
【0023】
擂潰機としては、鉢と、鉢内部で自公転し鉢内容物を圧接可能な複数の棒(杵)を有する撹拌擂潰機(例えば、特開昭51-110756号公報、石川式撹拌擂潰機(石川工場社製))が好ましい。これにより、撹拌及び/又は粉砕(例えば、摩砕)を効率よく実施できる。撹拌擂潰機を用いる場合、回転数は、20rpm以上が好ましく、25rpm以上がより好ましい。上限は、30rpm以下が好ましい。
【0024】
なやし処理は、乳鉢と乳棒を用いる処理及び擂潰機を用いる処理のいずれか;若しくは、密閉容器を用いる処理と、乳鉢と乳棒を用いる処理、又は擂潰機を用いる処理と、の組み合わせが好ましい。
【0025】
なやし工程の温度条件は、35℃以下が好ましい。これにより、低温で短時間(通常、2時間以内)に水分を約3%以下まで除去でき、そのためラッカーゼ変性を回避できる。
【0026】
-ろ過(生漆の前処理の例)-
原料生漆液、又は、着色剤添加前の生漆は、ろ過処理を経ていてもよい。ろ過処理により、生漆に含まれる不溶性成分を除去できる。
【0027】
ろ過処理は、少なくとも1回行えばよく、2回以上行ってもよい。ろ過の時期は、減圧処理の前、又は後に行うことができ、なやし処理を行う場合にはその前に行うことが好ましい。ろ過処理により、原料生漆に含まれ得る不純物を、さらになやし処理を行う場合にはその際に生じ得る不溶性メラニン色素等を含む不溶性成分も、除去できる。これらの光散乱を生じるおそれのある成分を除去できるので、得られるカラフル黒目漆の光沢及び/又は艶感をより高めることができる。また、なやし処理の時間、種類などの条件を調整することにより、得られるカラフル黒目漆の光沢及び/又は艶感を所望に応じて調整できる。なお、本明細書において、減圧蒸留前に先立ちろ過を行った生漆を、漉味生漆と呼び、ろ過未処理の生漆である荒味生漆と区別することがある。
【0028】
ろ過に用いるろ材は特に限定されず、例えば、綿、ガーゼ等の布、ろ紙(例えば、和紙、再生セルロース紙、試験用ろ紙)等の紙、金網等の金属が挙げられる。ろ材は、2以上のろ材の組み合わせでもよい。中でも、綿、ろ紙、又はこれらの組み合わせが好ましい。綿、ろ紙は、従来より漉味生漆の製造において用いられてきたろ材であり、好ましく用いられる。ろ過の方法は、ろ材に適した条件で行えばよい。綿を用いる場合、例えば、綿を適量(例えば、漆の重量の5~20重量%に相当する量)漆に浸漬して静置(例えば、10~20分)する方法が挙げられる。ろ紙を用いる場合、例えば、ろ紙の上面に漆を注ぎ、下面に染み出たろ液を絞って回収する方法が挙げられる。綿とろ紙の組み合わせを用いる場合、綿によるろ過とろ紙によるろ過の順序は特に限定されないが、前者を先に行うことが好ましい。これにより、綿を浸漬した状態のサンプルをろ紙の上に注ぎ、ろ紙を通過した液(必要に応じてろ紙を絞ってもよい)として処理後の漆を回収できる。
【0029】
生漆は、ろ過処理及びなやし処理およびのいずれかを経ていることが好ましく、両方を経ていることがより好ましい。
【0030】
本発明の方法により、カラフル黒目漆を、短時間で、安定的に得ることができる。カラフル黒目漆は、用いる着色料に応じた発色を示し、良好な光沢、艶感及び/又は粘度を示すことができる。
【実施例0031】
実施例1(サンプル1:弁柄黒目漆)
〔なやし処理〕
表1に示す量の城口漉味生漆(辻田漆店製、2022年1月27日精製、以下同じ)及び弁柄顔料(Bura社)を、ガラス製乳鉢(200ml,Sigma-Aldrich社)に加えた後、ガラス製乳棒で室温下20~30分間強く粉砕してウルシ属のミセルとベンガラ粉末が完全に分散して気泡が発生しないとき、Diaphragm式真空ポンプ(NVP-2100,東京理化器械社製)及びウォーターバスを備えたロータリーエバポーター(東京理化器械社製)の減圧フラスコ中に投入し、系内をアルゴン置換して、35℃で20~40分間、常圧で撹拌を行い、なやし処理済みのサンプルを得た。
【0032】
〔減圧蒸留〕
なやし処理済みのサンプルを、フラスコ内にそのまま維持し、系内をアルゴン置換して蒸気圧から約40hPa減圧し、気泡が発生しなくなるまで35℃で減圧蒸留を行い(蒸留時間:70分間)、サンプル1(弁柄黒目漆)を回収した(表1)。
【0033】
カールフィッシャー水分測定器(メトローム社製)を用いて減圧蒸留開始前及び終了後のサンプルのそれぞれの水分量を測定した(n=3)。
測定条件は、以下のとおりであった。
減圧蒸留開始時のサンプル重量:50mg±5mg
温度:180℃
抽出時間:400秒
流速:80ml/分
反応終了時、気流を停止し、水分量を測定後、水分測定器からサンプルを取り出した。
流速:80ml/分
【0034】
実施例2(サンプル2:呂色黒目漆)
弁柄顔料の代わりに、表1に示す量のFeSO4及びNaOHを用いたほかは、実施例1と同様に行い、ダークブラックの呂色黒目漆(サンプル2)を得た。
【0035】
実施例3(サンプル3:朱色黒目漆)
弁柄顔料の代わりに、表1に示す量の日華朱(HgS、Yamamoto Scinnabar社)を用いたほかは、実施例1と同様に行い、朱色黒目漆(サンプル3)を得た。
【0036】
実施例4(サンプル4:桃色黒目漆)
弁柄顔料の代わりに、表1に示す量の牡丹顔料(レーキ顔料、パーマネントカラー黒函牡丹、堤淺吉漆店)を用いたほかは、実施例1と同様に行った。
【0037】
参考例1~2(サンプル5~6:透黒目漆)
顔料を添加しなかったほかは、実施例1と同様に行った。
【0038】
比較例1(サンプル7:市販透黒目漆)
顔料を添加しなかったほかは、実施例1と同様に行った。
透黒目漆(辻田商店)をサンプル7とした。
【0039】
(光沢度)
サンプル1~7の光沢度を以下の手順で測定した。木製の平板に城口荒味生漆で下塗して25℃、湿度75%で12時間乾燥させた。続いて、城口荒味生漆と砥粉(錆)(生漆:砥粉=8:2の混合液)で中塗して、25℃、湿度75%で12時間乾燥させた。続いて、城口呂色黒目漆(辻田漆店、2021年9月精製)で上塗して、25℃、湿度75%で12時間乾燥させた。その後、表面をサンドペーパーで研磨した。塗布及び研磨終了後に、木製の平板をテープで区画し(1区画あたり約5cm×約10cm)、各区画内にサンプル1~7をそれぞれ1滴滴下し、均一になるようコーティングし、25℃、湿度75%で12時間乾燥させた。その後、ハンディ光沢計グロスチェッカIG-331(HORIBA社製)を用いて光沢度(測定角60°、バルブ90)を3回測定し、その平均値を光沢度とした(表1)。なお、コントロールの条件として、測定角60°で90となるように設定した。
【0040】
(粘度)
ガラス板に各サンプルを1滴垂らし、室温で30分放置した。スポットからストリームの終点までの距離を測定し、粘度を判断した(表1に、粘度の高い順に数字を示した)。
【0041】
【0042】
カラフル黒目漆であるサンプル1~4は、透黒目漆であるサンプル5、6と比較して光沢度が高い傾向にあった。サンプル1~4の粘度は、市販品であるサンプル7と比較して高く、いずれも許容範囲内であった(表1)。
【0043】
なお、実施例1において、減圧蒸留における減圧後の圧力を約25hPaに変更し、蒸留時間を約70~90分間に調整した場合も、実施例1と同様の結果が得られた。
【0044】
実施例5(精製Fe(OH)2を用いた呂色黒目漆の調製)
〔FeSO4の精製〕
FeSO4 162mmol(45g)(Sigma-Aldrich,Catalogue No.7782-63-0)に蒸留水500mlを添加し、撹拌した。得られたFeSO4懸濁液を、ろ紙(ADVANTEC(登録商標)filter paper 2)を用いてろ過して酸化鉄(溶解しない)を除去し、液相を分離した。この液相を、Diaphragm式真空ポンプ(NVP-2100,東京理化器械社製)及びウォーターバスを備えたロータリーエバポーター(東京理化器械社製)の減圧フラスコ中に投入し、系内をアルゴン置換して、35℃で2時間撹拌を行った。回収された緑色の結晶42gは、精製FeSO4であった。
【0045】
〔Fe(OH)2の調製〕
上述の手順で得られた精製FeSO4 4.2mmol(1.16g)を蒸留水100mlに溶解させ、FeSO4溶液を調製した。一方、NaOH 8.4mmol(0.336g)を、蒸留水100mlに溶解させてNaOH溶液を調製し、これをFeSO4溶液に加えながらよく撹拌し均一な沈殿(黒緑色)を生成させた後、1時間放置した。放置終了後、上清のpHが中性~弱酸性(約5~6.5)となるように、FeSO4溶液を添加した。さらに1時間放置後、上清を除去し、副生成物であるNa2SO4の除去のため、残渣を蒸留水で5回以上洗浄し、洗浄後の残渣を以下の工程でFe(OH)2として用いた。洗浄によりサンプルからNa2SO4が除去されていることは、0.1MBaCl2水溶液を洗浄液と1:1で混合した際に白色沈殿(BaSO4)の発生がないことにより確認した。洗浄後の残渣は、室温で200rpmの条件で遠心処理し、脱水した。
【0046】
〔呂色黒目漆の調製〕
上述の手順で得られたFe(OH)2 1gを、実施例1と同じ漉味生漆50gに添加した(漉味生漆に対しFe(OH)2 2重量%)。粉砕時間を15分としたことのほかは、実施例1と同様の粉砕処理を行い、続いて、処理時間2.5時間としたことのほかは、実施例1と同様の減圧蒸留及び水分の確認を行い、呂色黒目漆を得た。減圧蒸留前の水分量27.74%、減圧蒸留後の水分量2.15%、光沢度115であったことから、実施例1と比較して光沢が顕著に向上していたことが分かった。
【0047】
実施例6~9(白色漆の調製)
表2に示す量の城口漉味生漆(辻田漆店製、2022年1月27日精製、以下同じ)を、石川式撹拌擂潰機(石川工場社製、竪型(プーリー式)22号;機械の外形寸法:長さ610mm、幅610mm、高さ1450mm;磁器鉢(内径305mm、深さ170mm、使用容積4.0L)、T型磁器杵(2本)、かき板(木製)を装備;電動機(モーター単相100V 0.2kW);杵が公転1周に対し自転約2.4周の速さで同じ方向に回転)(鉢は、前方への引き出し、及び引き出した状態で前傾し鉢内容物を容易に取り出せるよう改造)の鉢に注入し、室温で、杵の回転数26rpmで15分処理した。減圧蒸留を開始する前にエバポレータの減圧が正常に動作していることを確認するために、空のフラスコをエバポレータに取り付けた後、15分間25hPaの減圧処理を行った。正常に減圧処理が達成されたことを確認した後、擂潰処理済みのサンプルを、擂潰機の鉢を前方へ引き出し前傾させて取り出し、フラスコに入れ、エバポレータに付着し、ウォーターバスの温度を約15℃に調整し、15分間で25hpaまで減圧し、テルペンなどの低沸点物質を除去した。15分後(25hpaに到達した後)は、ウォーターバス温度を35℃まで徐々に加熱しながら減圧蒸留し、水分を除去した。2時間で蒸留はほぼ完了したと推測されたが、さらにウォーターバスの温度を38℃に調整して30分減圧蒸留した(エバポレータ処理時間の合計;2.5~3時間)。処理後のサンプルの水分が、カールフィッシャー水分定量器を用いる定量(バイアルにサンプルを注入し、180℃、400秒、風速100mL/分の条件で定量)により3%以下であることを確認後、減圧蒸留を止めて精製された黒目漆を回収した。その後、ろ紙(レーヨン製、商品名:美吉野紙(530mm×300mm)、大塚刷毛製造社製)で濾過し、透黒目漆を得た。
【0048】
得られた透黒目漆に対し白色顔料(メーカー名:堤浅吉漆店、商品名:パーマネントカラー)を表2に記載の比率で添加し混合し、白色漆を調製した。
【0049】
【0050】
得られた白色漆は、艶感が良好であった。
【0051】
実施例10(弁柄黒目漆10の製造)
生漆及び弁柄顔料の量を表3に示す量に調整し、実施例6と同様の粉砕処理(ただし、粉砕時間30分)を行った。その後、減圧蒸留時間を3時間としたほかは実施例5と同様の減圧蒸留処理を行った(表3)。
【0052】
実施例11(弁柄黒目漆の製造)
生漆の代わりに透黒目漆(いわて漆テック社製)を用いたこと、各原料の使用量を表3のとおりとしたこと、蒸留時間を2.5時間としたことの他は、実施例10と同様に行った(表3)。
【0053】
【0054】
得られた弁柄黒目漆は、良好な光沢度を示した。
【0055】
実施例12~19(カラフル漆の製造)
実施例6において、顔料及び透黒目漆の量を表4に示す種類及び量としたことの他は、実施例6と同様に行った(表4)。その結果、いずれのカラフル漆も、水分含量が低く、良好な光沢度を示し、回収量が高率であった。
【0056】