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特開2023-164546組成物、及び、その組成物からなる潤滑被膜層を備える管用ねじ継手
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  • 特開-組成物、及び、その組成物からなる潤滑被膜層を備える管用ねじ継手 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023164546
(43)【公開日】2023-11-10
(54)【発明の名称】組成物、及び、その組成物からなる潤滑被膜層を備える管用ねじ継手
(51)【国際特許分類】
   C10M 161/00 20060101AFI20231102BHJP
   C10M 143/06 20060101ALI20231102BHJP
   C10M 107/08 20060101ALI20231102BHJP
   C10M 117/00 20060101ALI20231102BHJP
   C10M 129/26 20060101ALI20231102BHJP
   C10M 159/06 20060101ALI20231102BHJP
   C10M 125/02 20060101ALI20231102BHJP
   C10M 147/02 20060101ALI20231102BHJP
   F16L 15/04 20060101ALI20231102BHJP
   C10N 50/02 20060101ALN20231102BHJP
   C10N 30/06 20060101ALN20231102BHJP
   C10N 30/00 20060101ALN20231102BHJP
   C10N 40/00 20060101ALN20231102BHJP
   C10N 50/10 20060101ALN20231102BHJP
【FI】
C10M161/00
C10M143/06
C10M107/08
C10M117/00
C10M129/26
C10M159/06
C10M125/02
C10M147/02
F16L15/04 A
C10N50:02
C10N30:06
C10N30:00 Z
C10N40:00 G
C10N50:10
【審査請求】有
【請求項の数】16
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023146691
(22)【出願日】2023-09-11
(62)【分割の表示】P 2020565706の分割
【原出願日】2019-12-25
(31)【優先権主張番号】P 2019000871
(32)【優先日】2019-01-07
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(71)【出願人】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】日本製鉄株式会社
(71)【出願人】
【識別番号】595099867
【氏名又は名称】バローレック・オイル・アンド・ガス・フランス
(74)【代理人】
【識別番号】110001553
【氏名又は名称】アセンド弁理士法人
(72)【発明者】
【氏名】後藤 邦夫
(72)【発明者】
【氏名】安倍 知花
(57)【要約】
【課題】優れた耐焼付き性及び優れたハイトルク性能を有する管用ねじ継手を得るための組成物、及び、その組成物から形成された潤滑被膜層を備え、優れた耐焼付き性及び優れたハイトルク性能を有する管用ねじ継手を提供する。
【解決手段】本開示の組成物は、管用ねじ継手に潤滑被膜層(21)を形成するための組成物であって、ポリイソブチレンと、金属石鹸と、ワックスと、塩基性芳香族有機酸金属塩とを含有する。本開示による管用ねじ継手は、ピン側ねじ部を含むピン側接触表面(34)を有するピン(3)と、ボックス側ねじ部を含むボックス側接触表面(44)を有するボックス(4)と、前記ピン側接触表面(34)上及び前記ボックス側接触表面(44)上の少なくとも一方に、最表層として、上記組成物からなる潤滑被膜層(21)を備える。
【選択図】図2
【特許請求の範囲】
【請求項1】
管用ねじ継手に潤滑被膜層を形成するための組成物であって、
ポリイソブチレンと、
金属石鹸と、
ワックスと、
塩基性芳香族有機酸金属塩とを含有する、組成物。
【請求項2】
請求項1に記載の組成物であって、
前記組成物中の不揮発性成分の合計量を100質量%とした場合に、
ポリイソブチレン:5~30質量%、
金属石鹸:2~30質量%、
ワックス:2~30質量%、及び、
塩基性芳香族有機酸金属塩:10~70質量%を含有する、組成物。
【請求項3】
請求項1又は2に記載の組成物であってさらに、
潤滑性粉末を含有する、組成物。
【請求項4】
請求項3に記載の組成物であって、
前記組成物中の不揮発性成分の合計量を100質量%とした場合に、
潤滑性粉末:0.5~20質量%を含有する、組成物。
【請求項5】
請求項3又は4に記載の組成物であって、
前記潤滑性粉末が、黒鉛及びポリテトラフルオロエチレンからなる群から選択される1種又は2種である、組成物。
【請求項6】
請求項1~請求項5のいずれか1項に記載の組成物であってさらに、
揮発性有機溶剤を含有する、組成物。
【請求項7】
管用ねじ継手であって、
ピン側ねじ部を含むピン側接触表面を有するピンと、
ボックス側ねじ部を含むボックス側接触表面を有するボックスと、
前記ピン側接触表面上及び前記ボックス側接触表面上の少なくとも一方に、最表層として、請求項1~請求項6のいずれか1項に記載の組成物からなる潤滑被膜層とを備える、管用ねじ継手。
【請求項8】
請求項7に記載の管用ねじ継手であって、
前記ピン側接触表面上に、前記潤滑被膜層を備える、管用ねじ継手。
【請求項9】
請求項8に記載の管用ねじ継手であってさらに、
前記ピン側接触表面と前記潤滑被膜層との間に、めっき層を備える、管用ねじ継手。
【請求項10】
請求項9に記載の管用ねじ継手であってさらに、
前記潤滑被膜層と前記めっき層との間に、化成処理被膜を備える、管用ねじ継手。
【請求項11】
請求項8又は請求項9に記載の管用ねじ継手であって、
前記めっき層を備えない場合には前記ピン側接触表面が、ブラスト処理及び酸洗からなる群から選択される1種又は2種の処理をされた面であり、
前記めっき層を備える場合には前記めっき層表面が、ブラスト処理及び酸洗からなる群から選択される1種又は2種の処理をされた面である、管用ねじ継手。
【請求項12】
請求項7に記載の管用ねじ継手であって、
前記ボックス側接触表面上に、前記潤滑被膜層を備える、管用ねじ継手。
【請求項13】
請求項12に記載の管用ねじ継手であってさらに、
前記ボックス側接触表面と前記潤滑被膜層との間に、めっき層を備える、管用ねじ継手。
【請求項14】
請求項13に記載の管用ねじ継手であってさらに、
前記潤滑被膜層と前記めっき層との間に、化成処理被膜を備える、管用ねじ継手。
【請求項15】
請求項12又は請求項13に記載の管用ねじ継手であって、
前記めっき層を備えない場合には前記ボックス側接触表面が、ブラスト処理及び酸洗からなる群から選択される1種又は2種の処理をされた面であり、
前記めっき層を備える場合には前記めっき層表面が、ブラスト処理及び酸洗からなる群から選択される1種又は2種の処理をされた面である、管用ねじ継手。
【請求項16】
請求項7~請求項15のいずれか1項に記載の管用ねじ継手であって、
前記ピン側接触表面はさらに、ピン側金属シール部及びピン側ショルダー部を含み、
前記ボックス側接触表面はさらに、ボックス側金属シール部及びボックス側ショルダー部を含む、管用ねじ継手。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、組成物、及び、その組成物からなる潤滑被膜層を備える管用ねじ継手に関する。
【背景技術】
【0002】
油田や天然ガス田の採掘のために、油井管が使用される。油井管は、井戸の深さに応じて、複数の鋼管を連結して形成される。鋼管の連結は、鋼管の端部に形成された管用ねじ継手同士をねじ締めすることによって行われる。
【0003】
油井管の締結に使用される典型的な管用ねじ継手としては、ピンと呼ばれる部材と、ボックスと呼ばれる部材とから構成されるピン-ボックス構造が挙げられる。ピンは、鋼管の端部の外周面に形成されたピン側ねじ部を含む。ピンはさらに、ピン側金属シール部及びピン側ショルダー部を含んでいてもよい。ボックスは、鋼管の端部の内周面に形成されたボックス側ねじ部を含む。ボックスはさらに、ボックス側金属シール部及びボックス側ショルダー部を含んでいてもよい。鋼管同士がねじ締めされる際、ピン側ねじ部とボックス側ねじ部とが接触する。管用ねじ継手が金属シール部及びショルダー部を含む場合には、ねじ締めの際に金属シール部同士並びにショルダー部同士が接触する。
【0004】
油井管の降下作業時には、トラブルなどの種々の理由により、油井管を一旦油井から引き上げた後、一度締結した管用ねじ継手を緩め、再度締結して降下させることがある。ピン及びボックスのねじ部、金属シール部及びショルダー部は、鋼管のねじ締め及びねじ戻し時に強い摩擦を繰り返し受ける。これらの部位に、摩擦に対する十分な耐久性がなければ、ねじ締め及びねじ戻しを繰り返した時にゴーリング(修復不可能な焼付き)が発生する。したがって、管用ねじ継手には、摩擦に対する十分な耐久性、すなわち、優れた耐焼付き性が要求される。
【0005】
従来、管用ねじ継手の耐焼付き性及び気密性の向上を図るために、「ドープ」又は「コンパウンドグリース」と呼ばれる重金属粉を含有する粘稠な液状潤滑剤(グリス潤滑油)が使用されてきた。コンパウンドグリースは、ねじ継手の接触表面(即ちねじ部、又は、管用ねじ継手が金属シール部及びショルダー部を有する場合には、ねじ部、金属シール部及びショルダー部)に塗布される。コンパウンドグリースの例がAPI規格BUL 5A2に記載されている。
【0006】
しかしながら、コンパウンドグリースに含まれるPb等の重金属は環境に影響を与える可能性がある。このため、コンパウンドグリースに代わる新たな潤滑剤として、様々な潤滑被膜が提案されている。
【0007】
国際公開第2009/057754号(特許文献1)及び国際公開第2014/024755号(特許文献2)は、環境に影響を与える可能性がある重金属を含まず、耐焼付き性に優れる潤滑被膜層を形成するための組成物を提案する。
【0008】
特許文献1に記載されている、管用ねじ継手に潤滑被膜を形成するための組成物は、ロジン及びフッ化カルシウムの一方もしくは両方、金属石鹸、ワックス、ならびに塩基性芳香族有機酸金属塩を含む。この潤滑被膜形成用組成物は、鉛等の有害な重金属を実質的に含有しないため、地球環境への負荷が非常に小さい。また、この組成物から形成された潤滑被膜は防錆性にも優れており、管用ねじ継手の保管中の錆発生を抑制する。したがって、管用ねじ継手は、締付けと緩めを繰り返しても潤滑機能を持続して発揮し、締付け後は気密性を確保することができる、と特許文献1には記載されている。
【0009】
特許文献2に記載されている、管用ねじ継手に潤滑被膜を形成するための組成物は、メラミンシアヌレートと、塩基性芳香族有機酸金属塩と、松脂系物質、ワックス、金属石鹸、及び潤滑性粉末から選ばれた1種以上とを含有する。この組成物を用いて潤滑被膜を形成すれば、管用ねじ継手は、錆の発生が抑制され、締付けと緩めを繰り返しても潤滑機能を持続して発揮し、締付け後は気密性を確保することができる、と特許文献2には記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】国際公開第2009/057754号
【特許文献2】国際公開第2014/024755号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
ところで、管用ねじ継手をねじ締めする際、締結完了時のトルク(以下、締結トルクという)は、ねじ干渉量の大小に関わらず、十分なシール面圧が得られるように設定されている。ねじ締めの最終段階においては、ねじ同士の面圧が高くなる。面圧が高くなった場合でも、焼付くことなくトルクが安定的に増加すれば、締結トルクの調整が容易になる。したがって、管用ねじ継手には、高面圧時においてもトルクを安定的に増加させる性能が要求される。以下、この性能をハイトルク性能という。
【0012】
ショルダーを有する管用ねじ継手の場合、ハイトルク性能は、ねじ締めした際の鋼管の回転数とトルクとの関係を示すトルクチャートの、ショルダリングトルクより回転数が高い領域において、ショルダリング直後のトルク増加率を維持する性能として定義される。ショルダーを有する管用ねじ継手の場合、トルクオンショルダー抵抗ΔT’として表すことができる。
【0013】
管用ねじ継手がショルダー部を有している場合、ねじ締めの際にはピン及びボックスのショルダー部同士が接触する。このときに生じるトルクをショルダリングトルクという。管用ねじ継手をねじ締めする際には、ショルダリングトルクに到達した後、締結が完了するまでさらにねじ締めを行う。これにより、管用ねじ継手の気密性が高まる。ねじ締めを過剰に行えば、ピン及びボックスの少なくとも一方を構成する金属が塑性変形を起こし始める。このときに生じるトルクをイールドトルクという。トルクオンショルダー抵抗ΔT’とは、上記ショルダリングトルクと上記イールドトルクとの差をいう。
【0014】
管用ねじ継手がショルダー部を有している場合、トルクオンショルダー抵抗ΔT’が大きければ、締結トルクの調整が容易になる。管用ねじ継手がショルダー部を有していない場合であっても、高面圧時にトルクが安定的に増加すれば、締結トルクの調整は容易になる。
【0015】
特許文献1及び特許文献2に開示された組成物によっても、耐焼付き性を改善し、締結トルクの調整を容易にする潤滑被膜を形成できる。しかしながら、その他の組成物及び潤滑被膜によっても、優れた耐焼付き性及びハイトルク性能が得られることが好ましい。
【0016】
本開示の目的は、優れた耐焼付き性及び優れたハイトルク性能を有する管用ねじ継手を得るための組成物、及び、その組成物から形成された潤滑被膜層を備え、優れた耐焼付き性及び優れたハイトルク性能を有する管用ねじ継手を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0017】
本開示による組成物は、管用ねじ継手に潤滑被膜層を形成するための組成物であって、ポリイソブチレンと、金属石鹸と、ワックスと、塩基性芳香族有機酸金属塩とを含有する。
【0018】
本開示による管用ねじ継手は、ピン側ねじ部を含むピン側接触表面を有するピンと、ボックス側ねじ部を含むボックス側接触表面を有するボックスと、ピン側接触表面上及びボックス側接触表面上の少なくとも一方に、最表層として、上記組成物からなる潤滑被膜層とを備える。
【発明の効果】
【0019】
本開示による管用ねじ継手は、ポリイソブチレンと、金属石鹸と、ワックスと、塩基性芳香族有機酸金属塩とを含有する潤滑被膜層を最表層として備える。そのため、本開示による管用ねじ継手は、締結を繰り返しても優れた耐焼付き性を有する。本開示による管用ねじ継手はさらに、優れたハイトルク性能を有する。
【図面の簡単な説明】
【0020】
図1図1は、ショルダー部を有する管用ねじ継手をねじ締めした際の、鋼管の回転数とトルクとの関係を示す図である。
図2図2は、実施例中の試験番号9及び試験番号11の組成物を用いてファレックス試験を行った結果を示す図である。
図3図3は、潤滑被膜層中のポリイソブチレンの含有量(質量%)と、トルクオンショルダー抵抗ΔT’(相対値)との関係を示す図である。
図4図4は、潤滑被膜層中のポリイソブチレンの含有量(質量%)と耐焼付き性との関係を示す図である。
図5図5は、本実施形態によるカップリング型の管用ねじ継手の構成を示す図である。
図6図6は、本実施形態によるインテグラル型の管用ねじ継手の構成を示す図である。
図7図7は、管用ねじ継手の断面図である。
図8図8は、本実施形態による金属シール部及びショルダー部を有さない管用ねじ継手の構成を示す図である。
図9図9は、本実施形態による管用ねじ継手の断面図である。
図10図10は、図9とは異なる、他の実施形態による管用ねじ継手の断面図である。
図11図11は、図9及び図10とは異なる、他の実施形態による管用ねじ継手の断面図である。
図12図12は、実施例における、トルクオンショルダー抵抗ΔT’を説明するための図である。
【発明を実施するための形態】
【0021】
以下、図面を参照して、本実施形態を詳しく説明する。図中同一又は相当部分には同一符号を付してその説明は繰り返さない。
【0022】
本発明者らは、管用ねじ継手の潤滑被膜層を形成するための組成物と、管用ねじ継手の耐焼付き性及びハイトルク性能との関係について種々検討を行った。その結果、以下の知見を得た。
【0023】
鋼管同士をねじ締めする際、ねじ締めを終了する最適なトルクがあらかじめ決められている。図1は、ショルダー部を有する管用ねじ継手をねじ締めした際の、鋼管の回転数とトルクとの関係を示す図である。図1はトルクチャートとも呼ばれる。図1を参照して、管用ねじ継手をねじ締めすれば、初めは、回転数に比例してトルクが上昇する。この時のトルクの上昇率は低い。さらにねじ締めをすれば、ショルダー部同士が接触する。この時のトルクを、ショルダリングトルクという。ショルダリングトルクに達した後、さらにねじ締めをすれば、再び回転数に比例してトルクが上昇する。この時のトルクの上昇率は、ショルダリングトルクに達する前よりも、高い。トルクが所定の数値(締結トルク)に達した時点で、ねじ締めは完了する。
【0024】
ねじ締めの際のトルクが、締結トルクに達していれば、金属シール部同士が適切な面圧で干渉し合う。この場合、管用ねじ継手の気密性が高まる。また、油井内においては、ねじ継手には、高い圧縮応力や高い曲げ応力がかかる。この様な応力下においても管用ねじ継手の締結が緩まないためには、十分に高いトルク(適切な締結トルク)で管用ねじ継手が締結されている必要がある。
【0025】
締結トルクに達した後さらにねじ締めを実施すれば、トルクが高くなり過ぎる。トルクが高くなり過ぎれば、ピン及びボックスの一部が塑性変形を起こす。この時のトルクをイールドトルクという。ショルダリングトルクとイールドトルクとの差であるトルクオンショルダー抵抗ΔT’が大きければ、締結トルクの範囲に余裕ができる。その結果、締結トルクの調整が容易になる。したがって、トルクオンショルダー抵抗ΔT’は大きい方が好ましい。
【0026】
トルクオンショルダー抵抗ΔT’を大きくするには、ショルダリングトルクを下げるか、イールドトルクを高めることが有効である。しかしながら、潤滑被膜層の組成を、単純に摩擦係数が増減するように変化させても、ショルダリングトルクとイールドトルクとは一般的には同様の挙動をする。例えば、潤滑被膜層の摩擦係数が高くなると、イールドトルクは高くなるが、ショルダリングトルクも高くなる(ハイショルダリングという)。その結果、所定の締付けトルクに達してもショルダー面が接触せず、締付けが完了しない場合がある(ノーショルダリングという)。反対に潤滑被膜層の摩擦係数が低くなると、ショルダリングトルクは低くなるが、イールドトルクも低くなる。その結果、低い締付けトルクでショルダー部又はシール部が降伏してしまい、高い締付けトルクでの締結ができない場合がある。
【0027】
本発明者らの鋭意検討の結果、潤滑被膜層中にポリイソブチレンを含有させることにより、ショルダリングトルクを従来と同程度に保ちながら、イールドトルクを高め、トルクオンショルダー抵抗ΔT’を大きくすることができるという、従来知られていなかった知見が得られた。この点について、図を用いて詳細に説明する。
【0028】
図2は、実施例中の試験番号9及び試験番号11に示される組成物を用いてファレックス試験を行った結果を示す図である。ファレックス試験とは、回転するジャーナルピンをV型のブロック2個で挟み込み、ブロックに与えた荷重と、荷重を加えることによって発生する摩擦トルクとを測定する試験である。ファレックス試験により焼付き荷重を測定する方法がたとえば、ASTM D 3233に規定されている。図2は、ジャーナルピンの表面に試験番号9又は試験番号11の組成物を塗布してジャーナルピンを回転させ、ブロックに与えた荷重と、回転するジャーナルピン及びV型ブロックの間に生じる摩擦トルクとを測定した結果を示す線グラフである。図2の縦軸は、摩擦トルクを示す。図2の横軸はブロックに与えた荷重を示す。
【0029】
図2を参照して、荷重が低い状態から、ある程度の範囲までは、試験番号9の組成物を用いた場合も試験番号11の組成物を用いた場合も同様にトルクが上昇する。しかしながら、ポリイソブチレンを含有しない試験番号11の組成物を用いた場合は、荷重が一定以上高くなるとトルクの上昇率が減少した。これは、図1のねじ締めの最終段階において、金属シール部及びショルダー部にかかる荷重(面圧)が急上昇する際に、ポリイソブチレンを含有しない組成物では、トルクの上昇が鈍くなることを意味する。つまり、図1に示すトルクチャートの、ショルダリングトルクより回転数が高い領域において、ショルダリング直後のトルク増加率が維持できない。この場合、イールドトルクを高めることはできない。しかしながら、ポリイソブチレンを含有する試験番号9の組成物を用いた場合は、荷重が一定以上高くなった後も、トルクの上昇率が減少しない。これは、図1のねじ締めの最終段階において、荷重(面圧)が急上昇する際にもトルクの上昇が続くことを意味する。つまり、図1に示すトルクチャートの、ショルダリングトルクより回転数が高い領域において、ショルダリング直後のトルク増加率が維持される。この場合、イールドトルクを高めることができる。
【0030】
ショルダリングトルクを低く抑えながらイールドトルクを高めることにより、トルクオンショルダー抵抗ΔT’が大きくなる。図3は、潤滑被膜層中のポリイソブチレンの含有量(質量%)と、トルクオンショルダー抵抗ΔT’(相対値)との関係を示す図である。図3は、後述する実施例から得られた。図3の縦軸は、トルクオンショルダー抵抗ΔT’(相対値)を示す。図3の横軸は、潤滑被膜層中のポリイソブチレンの含有量(質量%)を示す。なお、トルクオンショルダー抵抗ΔT’(相対値)の各数値は、潤滑被膜層の代わりにAPI規格ドープを使用した際のトルクオンショルダー抵抗ΔT’の数値を基準(100)として、相対値として求めた数値である。図3中の白丸印(○)は、潤滑被膜層を形成した実施例のトルクオンショルダー抵抗ΔT’(相対値)を示す。図3中の三角印(△)は、潤滑被膜層の代わりにAPI規格ドープを使用した際のトルクオンショルダー抵抗ΔT’(基準値、すなわち、100)を示す。
【0031】
図3を参照して、ポリイソブチレンを含有しない試験番号11では、トルクオンショルダー抵抗ΔT’(相対値)が60であった。一方で、ポリイソブチレンを含有する試験番号9では、トルクオンショルダー抵抗ΔT’(相対値)が115であった。ポリイソブチレンを含有する組成物からなる潤滑被膜層を備える管用ねじ継手では、ショルダリングトルクを高めることなく、ねじ締めの最終段階の高面圧下においてもトルクが安定的に上昇した。そのため、イールドトルクが高まった。その結果、トルクオンショルダー抵抗ΔT’(相対値)が100を超えた。
【0032】
図3を参照して、潤滑被膜層がポリイソブチレンを含有すれば、その他の実施例においてもトルクオンショルダー抵抗ΔT’(相対値)が100を超えることが分かる。つまり、潤滑被膜層がポリイソブチレンを含有すれば、優れたハイトルク性能が得られる。
【0033】
本発明者らはさらに、潤滑被膜層がポリイソブチレンを含有する場合、従来のAPIドープと同等の耐焼付き性又は従来のAPIドープ以上に高い耐焼付き性が得られることを知見した。
【0034】
図4は、潤滑被膜層中のポリイソブチレンの含有量(質量%)と耐焼付き性との関係を示す図である。図4は後述する実施例から得られた。図4の縦軸は、ねじ部で回復不可能な焼付き、及び、金属シール部で焼付きのいずれも発生しないで締結できた回数(回)を示す。図4の横軸は、潤滑被膜層中のポリイソブチレンの含有量(質量%)を示す。
【0035】
図4を参照して、潤滑被膜層がポリイソブチレンを含有すれば、焼付きを生じずにねじ締めを繰り返すことのできた回数が、従来のAPIドープと同等の10回か、それ以上になる。つまり、潤滑被膜層がポリイソブチレンを含有すれば、優れたハイトルク性能が得られるだけでなく、優れた耐焼付き性が得られる。
【0036】
以上のとおり、潤滑被膜層がポリイソブチレンを含有すれば、優れたハイトルク性能だけでなく、優れた耐焼付き性が得られる。潤滑被膜層がポリイソブチレンを含有することによって、管用ねじ継手のハイトルク性能及び耐焼付き性が高まる詳細な機構は明らかになっていない。しかしながら、本発明者らは、次のように考えている。
【0037】
ポリイソブチレンは、常温(約25℃)において半固体状のポリマーであり、潤滑被膜層に含有されるワックスに溶解しやすいと考えられる。ポリイソブチレンはさらに、管用ねじ継手が摺動する際、温度が高くなっても、ワックスの粘度の低下を抑制できる可能性がある。その結果、管用ねじ継手のハイトルク性能が得られると考えられる。この場合さらに、潤滑被膜層におけるワックスの粘度が保持されるため、潤滑被膜層の厚さが保持される可能性がある。その結果、耐焼付き性が向上するのではないかと考えられる。
【0038】
以上の知見に基づいて完成した本実施形態の組成物は、管用ねじ継手に潤滑被膜層を形成するための組成物であって、ポリイソブチレンと、金属石鹸と、ワックスと、塩基性芳香族有機酸金属塩とを含有する。
【0039】
本実施形態の組成物は、ポリイソブチレンと、金属石鹸と、ワックスと、塩基性芳香族有機酸金属塩とを含有する。そのため、この組成物からなる潤滑被膜層を備える管用ねじ継手は、優れた耐焼付き性及び優れたハイトルク性能を有する。
【0040】
好ましくは、上記組成物は、組成物中の不揮発性成分の合計量を100質量%とした場合に、ポリイソブチレン:5~30質量%、金属石鹸:2~30質量%、ワックス:2~30質量%、及び、塩基性芳香族有機酸金属塩:10~70質量%を含有する。
【0041】
この場合、管用ねじ継手の耐焼付き性及びハイトルク性能がさらに高まる。
【0042】
好ましくは、上記組成物はさらに、潤滑性粉末を含有する。
【0043】
この場合、管用ねじ継手の潤滑性が高まる。
【0044】
好ましくは、上記組成物中の不揮発性成分の合計量を100質量%とした場合に、上記組成物は潤滑性粉末:0.5~20質量%を含有する。
【0045】
好ましくは、上記潤滑性粉末は、黒鉛及びポリテトラフルオロエチレンからなる群から選択される1種又は2種である。
【0046】
上記組成物はさらに、揮発性有機溶剤を含有してもよい。
【0047】
本実施形態の管用ねじ継手は、ピン側ねじ部を含むピン側接触表面を有するピンと、ボックス側ねじ部を含むボックス側接触表面を有するボックスと、ピン側接触表面上及びボックス側接触表面上の少なくとも一方に、最表層として、上記組成物からなる潤滑被膜層とを備える。
【0048】
管用ねじ継手が、ピン側接触表面上及びボックス側接触表面上の少なくとも一方に、最表層として、ポリイソブチレンと、金属石鹸と、ワックスと、塩基性芳香族有機酸金属塩とを含有する組成物からなる潤滑被膜層を備えれば、管用ねじ継手の耐焼付き性及びハイトルク性能が高まる。
【0049】
管用ねじ継手は、ピン側接触表面上に、上記潤滑被膜層を備えてもよい。
【0050】
好ましくは、管用ねじ継手はさらに、ピン側接触表面と潤滑被膜層との間に、めっき層を備える。
【0051】
この場合、管用ねじ継手の耐焼付き性及び耐食性が高まる。
【0052】
好ましくは、管用ねじ継手はさらに、潤滑被膜層とめっき層との間に、化成処理被膜を備える。
【0053】
この場合、潤滑被膜層の密着性が高まる。
【0054】
好ましくは、管用ねじ継手がめっき層を備えない場合にはピン側接触表面が、ブラスト処理及び酸洗からなる群から選択される1種又は2種の処理をされた面であり、管用ねじ継手がめっき層を備える場合にはめっき層表面が、ブラスト処理及び酸洗からなる群から選択される1種又は2種の処理をされた面である。
【0055】
管用ねじ継手は、ボックス側接触表面上に、上記潤滑被膜層を備えてもよい。
【0056】
好ましくは、管用ねじ継手はさらに、ボックス側接触表面と潤滑被膜層との間に、めっき層を備える。
【0057】
この場合、管用ねじ継手の耐焼付き性及び耐食性が高まる。
【0058】
好ましくは、管用ねじ継手はさらに、潤滑被膜層とめっき層との間に、化成処理被膜を備える。
【0059】
この場合、潤滑被膜層の密着性が高まる。
【0060】
好ましくは、管用ねじ継手がめっき層を備えない場合にはボックス側接触表面が、ブラスト処理及び酸洗からなる群から選択される1種又は2種の処理をされた面であり、管用ねじ継手がめっき層を備える場合にはめっき層表面が、ブラスト処理及び酸洗からなる群から選択される1種又は2種の処理をされた面である。
【0061】
好ましくは、管用ねじ継手のピン側接触表面はさらに、ピン側金属シール部及びピン側ショルダー部を含み、ボックス側接触表面はさらに、ボックス側金属シール部及びボックス側ショルダー部を含む。
【0062】
以下、本実施形態による組成物、及び、その組成物から形成された潤滑被膜層を備えた管用ねじ継手について詳述する。
【0063】
[管用ねじ継手]
管用ねじ継手は、ピン及びボックスを備える。図5は、本実施形態によるカップリング型の管用ねじ継手の構成を示す図である。図5を参照して、管用ねじ継手は、鋼管1とカップリング2とを備える。鋼管1の両端には、外面にピン側ねじ部を有するピン3が形成される。カップリング2の両端には、内面にボックス側ねじ部を有するボックス4が形成される。ピン3とボックス4とをねじ締めすることによって、鋼管1の端に、カップリング2が取り付けられる。図示されていないが、相手部材が装着されていない鋼管1のピン3及びカップリング2のボックス4には、それぞれのねじ部を保護するため、プロテクターが装着される場合がある。
【0064】
一方で、カップリング2を使用せず、鋼管1の一方の端をピン3とし、他方の端をボックス4とした、インテグラル形式の管用ねじ継手を用いてもよい。図6は、本実施形態によるインテグラル型の管用ねじ継手の構成を示す図である。図6を参照して、管用ねじ継手は、鋼管1を備える。鋼管1の一方の端には、外面にピン側ねじ部を有するピン3が形成される。鋼管1の他方の端には、内面にボックス側ねじ部を有するボックス4が形成される。ピン3とボックス4とをねじ締めすることによって、鋼管1同士を連結できる。本実施形態の管用ねじ継手は、カップリング方式及びインテグラル形式の両方の管用ねじ継手に使用できる。
【0065】
図7は、管用ねじ継手の断面図である。図7では、ピン3は、ピン側ねじ部31、ピン側金属シール部32及びピン側ショルダー部33を備える。図7では、ボックス4は、ボックス側ねじ部41、ボックス側金属シール部42及びボックス側ショルダー部43を備える。ピン3とボックス4とをねじ締めした時に接触する部分を、接触表面34及び44という。具体的には、ピン3とボックス4とをねじ締めすると、ねじ部同士(ピン側ねじ部31及びボックス側ねじ部41)、金属シール部同士(ピン側金属シール部32及びボックス側金属シール部42)、及び、ショルダー部同士(ピン側ショルダー部33及びボックス側ショルダー部43)が互いに接触する。図7では、ピン側接触表面34は、ピン側ねじ部31、ピン側金属シール部32及びピン側ショルダー部33を含む。図7では、ボックス側接触表面44は、ボックス側ねじ部41、ボックス側金属シール部42及びボックス側ショルダー部43を含む。
【0066】
図7では、ピン3においては、鋼管1の端から、ピン側ショルダー部33、ピン側金属シール部32及びピン側ねじ部31の順で配置される。また、ボックス4においては、鋼管1又はカップリング2の端から、ボックス側ねじ部41、ボックス側金属シール部42及びボックス側ショルダー部43の順で配置される。しかしながら、ピン側ねじ部31及びボックス側ねじ部41、ピン側金属シール部32及びボックス側金属シール部42、及び、ピン側ショルダー部33及びボックス側ショルダー部43の配置は図7の配置に限定されず、適宜変更できる。たとえば、図6において示す様に、ピン3においては、鋼管1の端から、ピン側金属シール部32、ピン側ねじ部31、ピン側金属シール部32、ピン側ショルダー部33、ピン側金属シール部32及びピン側ねじ部31の順で配置されてもよい。ボックス4においては、鋼管1又はカップリング2の端から、ボックス側金属シール部42、ボックス側ねじ部41、ボックス側金属シール部42、ボックス側ショルダー部43、ボックス側金属シール部42及びボックス側ねじ部41の順に配置されてもよい。
【0067】
図5及び図6では、金属シール部(ピン側金属シール部32及びボックス側金属シール部42)及びショルダー部(ピン側ショルダー部33及びボックス側ショルダー部43)を備える、いわゆるプレミアムジョイントを図示した。しかしながら、金属シール部(ピン側金属シール部32及びボックス側金属シール部42)及びショルダー部(ピン側ショルダー部33及びボックス側ショルダー部43)は無くてもよい。金属シール部32,42及びショルダー部33,43を有さない管用ねじ継手を図8に例示する。本実施形態の潤滑被膜層は、金属シール部32,42及びショルダー部33,43が無い管用ねじ継手にも好適に適用可能である。金属シール部32,42及びショルダー部33,43無しの場合、ピン側接触表面34は、ピン側ねじ部31を含む。金属シール部32,42及びショルダー部33,43無しの場合、ボックス側接触表面44は、ボックス側ねじ部41を含む。
【0068】
[潤滑被膜層]
管用ねじ継手は、ピン側接触表面34上及びボックス側接触表面44上の少なくとも一方に、潤滑被膜層を備える。図9は、本実施形態による管用ねじ継手の断面図である。潤滑被膜層21は、後述の製造方法のとおり、潤滑被膜層21を形成するための組成物を、ピン側接触表面34上及びボックス側接触表面44上の少なくとも一方に塗布した後、乾燥させることで形成される。
【0069】
[潤滑被膜層21を形成するための組成物]
潤滑被膜層21を形成するための組成物は、ポリイソブチレンと、金属石鹸と、ワックスと、塩基性芳香族有機酸金属塩とを含有する。したがって、潤滑被膜層21も、ポリイソブチレンと、金属石鹸と、ワックスと、塩基性芳香族有機酸金属塩とを含有する。組成物は、無溶剤型の組成物(つまり、上述の成分のみ含有)であっても、溶剤に溶解させた溶剤型の組成物であってもよい。溶剤型の組成物の場合、各成分の質量%とは、組成物の不揮発性成分の合計量(組成物に含まれる溶剤以外の全成分を合計した質量)を100%とした場合の質量%をいう。つまり、組成物中の各成分の含有量と、潤滑被膜層21中の各成分の含有量とは、同じである。以下、潤滑被膜層21を形成するための組成物を単に「組成物」とも称する。
【0070】
以下、組成物中の各成分について詳述する。各成分に関する「%」は、特に断りがない限り、組成物の不揮発性成分の合計量に基づく質量%を意味する。本実施形態において不揮発性成分とは、組成物に含まれる溶剤以外の全成分を意味する。不揮発性成分とはたとえば、ポリイソブチレンと、金属石鹸と、ワックスと、塩基性芳香族有機酸金属塩とである。
【0071】
[ポリイソブチレン]
ポリイソブチレンは一般式-(-C(CH32-CH2-)n-で表されるイソブテンの重合体である。ポリイソブチレンは、分子中に不飽和結合を持たないため化学的に不活性で、オゾン、酸、アルカリなどに対する抵抗性が強い。ポリイソブチレンは、粘性の高い半固体状のポリマーである。ポリイソブチレンは、粘着性及び粘性が高い。組成物がポリイソブチレンを含有する場合、高温で摺動が起きても、組成物の粘度の低下を抑制できると推定される。その結果、組成物がポリイソブチレンを含有する場合、ねじ締めの最終段階における高面圧下において、潤滑被膜層21の摩擦界面における摩擦抵抗が急激に増加し、ハイトルク性能が高まると推定される。
【0072】
上述のとおり、組成物がポリイソブチレンを含有すれば、管用ねじ継手のハイトルク性能が高まる。組成物がポリイソブチレンを含有すればさらに、管用ねじ継手の耐焼付き性が従来のAPIドープと同程度か又はそれ以上に高まる。
【0073】
ポリイソブチレンの含有量は5~30%であることが好ましい。ポリイソブチレン含有量が5%以上であれば、十分なハイトルク性能が安定して得られる。したがって、ポリイソブチレン含有量の下限は好ましくは5%であり、より好ましくは8%であり、さらに好ましくは10%である。一方で、ポリイソブチレン含有量が30%以下であれば、潤滑被膜層21の強度の低下を抑制できる。ポリイソブチレン含有量が25%以下であればさらに、摩擦の増加を抑制して、高い耐焼付き性が維持できる。したがって、潤滑被膜層21中のポリイソブチレン含有量の上限は、好ましくは30%であり、より好ましくは25%である。
【0074】
ポリイソブチレンの平均分子量(Mv)は30000以上であることが好ましい。したがって、ポリイソブチレンの平均分子量の下限は、好ましくは30000であり、より好ましくは50000である。一方で、ポリイソブチレンの平均分子量が100000以下であれば、組成物の粘度が適切な範囲に抑えられ、生産性が高まる。したがって、ポリイソブチレンの平均分子量の上限は、好ましくは100000であり、より好ましくは90000であり、さらに好ましくは70000である。
【0075】
本明細書において、ポリイソブチレンの平均分子量(Mv)とは、粘度平均分子量をいう。粘度平均分子量は次の方法で測定する。毛細管粘度計を用いてポリイソブチレンの希釈用液の流下時間を測定し、固有粘度[η]を求める。得られた固有粘度[η]と、Mark-Houwinkの式([η]=KMa)とを用いて、粘度平均分子量(Mv)を算出する。
【0076】
ポリイソブチレンはたとえば、JXTGエネルギー株式会社(JXTG Nippon Oil & Energy Corporation)製のテトラックス(登録商標)(グレード3T~6T)、ハイモール(商品名)(グレード4H~6H)等を用いることができる。
【0077】
[金属石鹸]
金属石鹸とは、脂肪酸のナトリウム及びカリウム以外のすべての金属塩の総称である。組成物が金属石鹸を含有すれば、管用ねじ継手の耐焼付き性と防錆性とが高まる。
【0078】
脂肪酸とは、飽和又は不飽和の鎖状モノカルボン酸の総称である。脂肪酸はたとえば、ラウリン酸、トリデシル酸、ミリスチン酸、パルミチン酸、ラノパルミチン酸、ステアリン酸、イソステアリン酸、12-ヒドロキシステアリン酸、オレイン酸、エライジン酸、アラキン酸、ベヘン酸、エルカ酸、リグノセリン酸、ラノセリン酸、リシノール酸、モンタン酸、リノール酸、リノレン酸、リシノレン酸、オクチル酸及びセバシン酸からなる群から選択される1種又は2種以上である。金属石鹸の脂肪酸は、炭素数12~30のものが、潤滑性や防錆性の観点から好ましい。炭素数12~30の脂肪酸はたとえば、ラウリン酸、トリデシル酸、ミリスチン酸、パルミチン酸、ラノパルミチン酸、ステアリン酸、イソステアリン酸、12-ヒドロキシステアリン酸、オレイン酸、エライジン酸、アラキン酸、ベヘン酸、エルカ酸、リグノセリン酸、ラノセリン酸、リシノール酸、モンタン酸、リノール酸、リノレン酸及びリシノレン酸からなる群から選択される1種又は2種以上である。
【0079】
金属石鹸の金属はたとえば、カルシウム、アルカリ土類金属、亜鉛、アルミニウム及びリチウムからなる群から選択される1種又は2種以上である。金属は、好ましくはカルシウムである。塩は、中性塩と塩基性塩とのいずれでもよい。
【0080】
組成物中の金属石鹸の含有量は、2~30%であることが好ましい。金属石鹸の含有量が2%以上であれば、潤滑被膜層21の耐焼付き性と防錆性とを十分に高めることができる。含有量が30%以下であれば、潤滑被膜層21の密着性や強度がさらに安定的に高まる。金属石鹸の含有量の下限はより好ましくは4%であり、さらに好ましくは10%である。金属石鹸の含有量の上限はより好ましくは19%であり、さらに好ましくは17%である。
【0081】
[ワックス]
ワックスとは、常温では固体であり、加熱すると液体となる有機物の総称である。ワックスは、動物性、植物性、鉱物性及び合成ワックスからなる群から選択される1種又は2種以上である。動物性のワックスはたとえば、蜜蝋及び鯨蝋からなる群から選択される1種又は2種である。植物性のワックスはたとえば、木蝋、カルナバワックス、キャンデリラワックス及びライスワックスからなる群から選択される1種又は2種以上である。鉱物性のワックスはたとえば、パラフィンワックス、マイクロクリスタリンワックス、ペトロラタム、モンタンワックス、オゾケライト及びセレシンからなる群から選択される1種又は2種以上である。合成ワックスはたとえば、酸化ワックス、ポリエチレンワックス、フィッシャー・トロプッシュワックス、アミドワックス及び硬化ひまし油(カスターワックス)からなる群から選択される1種又は2種以上である。一例として、ワックスの分子量は1000以下である。好ましくは、ワックスは、分子量150~500のパラフィンワックスである。
【0082】
ワックスは、潤滑被膜層21の摩擦を低減して、耐焼付き性を高める。ワックスはさらに、潤滑被膜層21の流動性を低減して、潤滑被膜層21の強度を高める。
【0083】
組成物中のワックスの含有量は、2~30%であることが好ましい。ワックスの含有量が2%以上であれば、上記の効果を十分に得ることができる。含有量が30%以下であれば、潤滑被膜層21の密着性や強度がさらに安定的に高まる。ワックスの含有量の下限はより好ましくは5%であり、さらに好ましくは10%である。ワックスの含有量の上限はより好ましくは20%であり、さらに好ましくは15%である。
【0084】
[塩基性芳香族有機酸金属塩]
塩基性芳香族有機酸金属塩は、芳香族有機酸と過剰のアルカリ(アルカリ金属又はアルカリ土類金属)とから構成される塩である。塩基性芳香族有機酸金属塩は、たとえば、常温でグリース状又は半固体の物質である。
【0085】
組成物中に塩基性芳香族有機酸金属塩が含有されれば、潤滑被膜層21の防食性が顕著に高まる。組成物中に塩基性芳香族有機酸金属塩が含有されればさらに、管用ねじ継手の耐焼付き性が高まる。この効果は、潤滑被膜層21中に、塩基性芳香族有機酸金属塩がコロイド状微粒子状態で存在することにより、過剰な金属塩が物理的に吸着されたり、有機酸基により化学吸着されたりするためである。
【0086】
芳香族有機酸はたとえば、スルホネート、フェネート、サリシレート及びカルボキシレートからなる群から選択される1種又は2種以上である。
【0087】
塩基性芳香族有機酸金属塩のカチオン部分を構成するアルカリは、アルカリ金属及びアルカリ土類金属からなる群から選択される1種又は2種である。好ましくは、アルカリは、アルカリ土類金属からなる群から選択される1種又は2種である。さらに好ましくは、アルカリは、カルシウム、バリウム及びマグネシウムからなる群から選択される1種又は2種である。
【0088】
塩基性芳香族有機酸金属塩は、その塩基価が高いほど、固形潤滑剤として機能する微粒子金属塩の量が高まる。その結果、潤滑被膜層21の耐焼付き性が高まる。また、塩基価がある程度以上に高いと、酸成分を中和する作用がある。その結果、潤滑被膜層21の防錆性も高まる。したがって、好ましくは、塩基性芳香族有機酸金属塩の塩基価(JIS K2501(2003))(なお、2種以上使用する場合は、量を加味した塩基価の加重平均値を意味する)は、50~500mgKOH/gである。塩基価が50mgKOH/g以上であれば、上記の効果を十分に得られる。塩基価が500mgKOH/g以下であれば、親水性を低下でき、十分な防錆性が得られる。塩基性芳香族有機酸金属塩の塩基価の下限は、より好ましくは100mgKOH/gであり、さらに好ましくは200mgKOH/gであり、最も好ましくは250mgKOH/gである。塩基性芳香族有機酸金属塩の塩基価の上限は、より好ましくは450mgKOH/gである。塩基性芳香族有機酸金属塩の塩基価は、JIS K2501(2003)に準拠した方法で測定する。
【0089】
塩基性芳香族有機酸金属塩の含有量は10~70%であることが好ましい。上述のとおり、塩基性芳香族有機酸金属塩はグリース状又は半固体の物質であり、潤滑被膜層21の基剤の役割も果たすことができる。そのため、組成物中の70%までと多量に含有させることができる。したがって、塩基性芳香族有機酸金属塩の含有量の上限は、好ましくは70%であり、より好ましくは60%であり、さらに好ましくは55%である。塩基性芳香族有機酸金属塩の含有量の下限は、好ましくは10%であり、より好ましくは20%であり、さらに好ましくは40%である。
【0090】
[潤滑性粉末]
好ましくは、組成物は、潤滑被膜層21の潤滑性をさらに高めるために潤滑性粉末を含有する。潤滑性粉末とは、潤滑性を有する固体粉末の総称である。潤滑性粉末は、公知のものを使用できる。
【0091】
潤滑性粉末はたとえば、以下の4種類に大別される。潤滑性粉末は、以下の(1)~(4)からなる群から選ばれる1種又は2種以上を含有する。
(1)滑り易い特定の結晶構造、たとえば、六方晶層状結晶構造を有することにより潤滑性を示すもの(たとえば、黒鉛、土状黒鉛、酸化亜鉛、窒化硼素及びタルク)、
(2)結晶構造に加えて反応性元素を有することにより潤滑性を示すもの(たとえば、二硫化モリブデン、二硫化タングステン、フッ化黒鉛、硫化スズ、硫化ビスマス及び有機モリブデン)、
(3)化学反応性により潤滑性を示すもの(たとえば、チオ硫酸塩化合物)、
(4)摩擦応力下での塑性又は粘塑性挙動により潤滑性を示すもの(たとえば、ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)、ポリアミド、銅(Cu)、及びメラミンシアヌレート(MCA))
【0092】
好ましくは、潤滑性粉末は上記(1)~(4)からなる群から選ばれる1種又は2種以上を含有する。つまり、好ましくは、潤滑性粉末は、黒鉛、土状黒鉛、酸化亜鉛、窒化硼素、タルク、二硫化モリブデン、二硫化タングステン、フッ化黒鉛、硫化スズ、硫化ビスマス、有機モリブデン、チオ硫酸塩化合物、ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)、ポリアミド、銅(Cu)及びメラミンシアヌレート(MCA)からなる群から選択される1種又は2種以上である。より好ましくは、潤滑性粉末は、二硫化モリブデン、黒鉛、ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)及びフッ化黒鉛からなる群から選ばれる1種又は2種以上である。さらに好ましくは、潤滑性粉末は、黒鉛及びポリテトラフルオロエチレン(PTFE)からなる群から選択される1種又は2種である。潤滑性粉末は、潤滑被膜層21の密着性及び防錆性の観点からは黒鉛が好ましく、成膜性の観点からは土状黒鉛が好ましい。潤滑性粉末は、潤滑性の観点からは、ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)が好ましい。
【0093】
組成物中の潤滑性粉末の含有量は、0.5~20%であることが好ましい。潤滑性粉末の含有量が0.5%以上であれば、管用ねじ継手の耐焼付き性がさらに高まる。このため、焼付きを生じないでねじ締め及びねじ戻しができる回数が増加する。一方、潤滑性粉末の含有量が20%以下であれば、潤滑被膜層21の強度がさらに高まる。このため、潤滑被膜層21の損耗が抑制される。したがって、潤滑性粉末の含有量の上限は、好ましくは20%であり、より好ましくは15%であり、さらに好ましくは10%である。潤滑性粉末の含有量の下限は、好ましくは0.5%であり、より好ましくは3%であり、さらに好ましくは5%である。
【0094】
[揮発性有機溶剤]
組成物は、揮発性有機溶剤を含有してもよい。常温で塗布を行う場合には、潤滑被膜層21の成分の混合物に揮発性有機溶剤を添加し、組成物を調製する。揮発性有機溶剤は、組成物に含有される物質とは異なり、潤滑被膜層形成工程で蒸発する。そのため、揮発性有機溶剤は通常、潤滑被膜層21中には実質的に残存しない。しかしながら、本実施形態の潤滑被膜層21は粘稠液体又は半固体であってもよいので、たとえば1%以下の揮発性有機溶剤が残存している場合がある。「揮発性」とは、被膜形態で室温~150℃までの温度で蒸発傾向を示すことを意味する。
【0095】
揮発性有機溶剤の種類は特に制限されない。揮発性有機溶剤はたとえば、石油系溶剤である。石油系溶剤とはたとえば、JIS K2201(2006)に規定されている工業用ガソリンに相当するソルベント、ミネラルスピリット、芳香族石油ナフタ、キシレン及びセロソルブからなる群から選ばれる1種又は2種以上である。
【0096】
揮発性有機溶剤は、引火点が30℃以上で、初留温度が150℃以上、終点が210℃以下であるものが好ましい。この場合、揮発性有機溶剤の取り扱いが比較的容易で、しかも蒸発が速く、乾燥時間が短くてすむ。
【0097】
揮発性有機溶剤の含有量は、組成物の塗布方法に応じて組成物を適正な粘度に調整できるよう適宜調整すればよい。揮発性有機溶剤の含有量はたとえば、不揮発性成分の合計量を100gとした場合、20~50gである。
【0098】
[その他の成分]
組成物は、その他、公知の防錆添加剤、防腐剤、着色顔料等を含有してもよい。
【0099】
[防錆添加剤]
潤滑被膜層21は、実際に使用されるまでの長期間に渡る防錆性を有する方が好ましい。そのため、組成物は、防錆添加剤を含有してもよい。防錆添加剤とは、耐食性を有する添加剤の総称である。防錆添加剤はたとえば、トリポリリン酸アルミニウム、亜燐酸アルミニウム及びカルシウムイオン交換シリカからなる群から選択される1種又は2種以上である。好ましくは、防錆添加剤は、カルシウムイオン交換シリカ及び亜燐酸アルミニウムからなる群から選択される1種又は2種を含有する。防錆添加剤として、他に市販の反応撥水剤なども使用できる。
【0100】
[防腐剤]
潤滑被膜層21はさらに、防腐剤を含有してもよい。防腐剤とは、耐食性を有する添加剤の総称である。
【0101】
組成物中のその他の成分(防錆添加剤、防腐剤及び着色顔料等)の含有量は合計で2~10質量%であることが好ましい。その他の成分の合計含有量が2%以上であれば、潤滑被膜層21の防錆性がさらに安定的に高まる。その他の成分の合計含有量が10質量%以下であれば、潤滑被膜層21の潤滑性が安定的に高まる。
【0102】
上述のポリイソブチレン、金属石鹸、ワックス、塩基性芳香族有機酸金属塩及びその他の成分を混合することにより、潤滑被膜層21を形成するための組成物が製造できる。管用ねじ継手のピン側接触表面34上及びボックス側接触表面44上の少なくとも一方に組成物を塗布した後乾燥させることにより、潤滑被膜層21を有する、本実施形態の管用ねじ継手を製造できる。
【0103】
[潤滑被膜層の厚さ]
潤滑被膜層21の厚さは10~40μmであることが好ましい。潤滑被膜層21の厚さが10μm以上であれば、高い潤滑性を安定して得ることができる。一方、潤滑被膜層21の厚さが40μm以下であれば、潤滑被膜層21の密着性が安定する。潤滑被膜層21の厚さが40μm以下であればさらに、摺動面のねじ公差(クリアランス)が広くなるため、摺動時の面圧が低くなる。そのため、締結トルクが過剰に高くなることを抑制できる。したがって、潤滑被膜層21の厚さは10~40μmであることが好ましい。
【0104】
潤滑被膜層21の厚さは、次の方法で測定する。管用ねじ継手のピン側接触表面34又はボックス側接触表面44の任意の測定箇所(面積:5mm×20mm)を、エタノールを染み込ませた脱脂綿で拭き取る。拭き取る前の脱脂綿の重量と、拭き取った後の脱脂綿の重量との差から、潤滑被膜層21の重量を算出する。拭き取った潤滑被膜層21の重量と、潤滑被膜層21の密度及び測定箇所の面積とから、潤滑被膜層21の平均膜厚を算出する。
【0105】
[潤滑被膜層の配置]
潤滑被膜層21は、ピン側接触表面34上及びボックス側接触表面44上の少なくとも一方に最表層として配置される。図9に示す様に、潤滑被膜層21は、ピン側接触表面34上のみに配置されてもよい。図10に示す様に、潤滑被膜層21は、ボックス側接触表面44上のみに配置されてもよい。図11に示す様に、潤滑被膜層21は、ピン側接触表面34上及びボックス側接触表面44上の両方に配置されてもよい。
【0106】
また、潤滑被膜層21は、ピン側接触表面34上及びボックス側接触表面44上の少なくとも一方の全体に配置されてもよいし、一部にのみ配置されてもよい。管用ねじ継手が、金属シール部(ピン側金属シール部32及びボックス側金属シール部42)及びショルダー部(ピン側ショルダー部33及びボックス側ショルダー部43)を有する場合は、金属シール部32,42、ショルダー部33,43は、ねじ締め最終段階で特に面圧が高くなる。したがって、潤滑被膜層21を、金属シール部(ピン側金属シール部32及びボックス側金属シール部42)及びショルダー部(ピン側ショルダー部33及びボックス側ショルダー部43)を有するピン側接触表面34及びボックス側接触表面44上の少なくとも一方に部分的に配置する場合、ピン側金属シール部32、ボックス側金属シール部42、ピン側ショルダー部33及びボックス側ショルダー部43の少なくとも1か所に潤滑被膜層21が配置されてもよい。一方で、潤滑被膜層21をピン側接触表面34上及びボックス側接触表面44上の少なくとも一方の全体に配置すれば、管用ねじ継手の生産効率が高まる。
【0107】
潤滑被膜層21は、単層でもよく、複層でもよい。複層とは、潤滑被膜層21が接触表面34又は44側から2層以上積層している状態をいう。組成物の塗布と乾燥とを繰り返すことにより、潤滑被膜層21を2層以上形成できる。潤滑被膜層21は、ピン側接触表面34上又はボックス側接触表面44上の少なくとも一方の最表層として配置されれば、ピン側接触表面34上又はボックス側接触表面44上の少なくとも一方に直接配置されてもよく、後述するめっき層又は/及び化成処理被膜を形成した上に配置されてもよい。
【0108】
[めっき層]
好ましくは、本実施形態の管用ねじ継手はさらに、ピン側接触表面34と潤滑被膜層21との間、又は/及び、ボックス側接触表面44と潤滑被膜層21との間に、めっき層を備える。めっき層はたとえば、Cu、SnもしくはNi金属による単層めっき層、又はCu-Sn合金による単層めっき、Zn-Co合金による単層めっき、Zn-Ni合金による単層めっき、又はCu-Sn-Zn合金めっきによる単層めっき、Cu層とSn層との2層めっき層、及び、Ni層、Cu層及びSn層による3層めっき層である。
【0109】
めっき層の硬度は、マイクロビッカースで300以上であることが好ましい。めっき層の硬度が300以上であれば、管用ねじ継手の耐食性がさらに安定して高まる。
【0110】
めっき層の硬度は、次のとおり測定する。管用ねじ継手のめっき層において、任意の領域を5箇所選択する。選択された各領域において、JIS Z2244(2009)に準拠してビッカース硬さ(HV)を測定する。試験条件は、試験温度を常温(25℃)とし、試験力を2.94N(300gf)とする。得られた値(合計5個)の平均を、めっき層の硬度と定義する。
【0111】
上述のCu層とSn層との2層めっき層、又は、Ni層、Cu層及びSn層による3層めっき層のような多層めっき層の場合、最下層のめっき層は、膜厚1μm未満とすることが好ましい。めっき層の膜厚(多層めっきの場合は合計膜厚)は5~15μmとすることが好ましい。
【0112】
めっき層の厚さは、次のとおり測定する。めっき層の表面に、ISO(International Organization for Standardization)21968(2005)に準拠する渦電流位相式の膜厚測定器のプローブを接触させる。プローブの入力側の高周波磁界と、それにより励起されためっき層上の過電流との位相差を測定する。この位相差をめっき層の厚さに変換する。
【0113】
[化成処理被膜]
好ましくは、本実施形態の管用ねじ継手はさらに、潤滑被膜層21とめっき層との間に、化成処理被膜を備える。管用ねじ継手が、ピン側接触表面34上のみにめっき層を備える場合は、化成処理被膜は、ピン側接触表面34上のめっき層と潤滑被膜層21との間に配置される。管用ねじ継手が、ボックス側接触表面44上のみにめっき層を備える場合は、化成処理被膜は、ボックス側接触表面44上のめっき層と潤滑被膜層21との間に配置される。管用ねじ継手が、ピン側接触表面34上及びボックス側接触表面44上の両方にめっき層を備える場合は、化成処理被膜は、ピン側接触表面34上のめっき層と潤滑被膜層21との間、及び、ボックス側接触表面44上のめっき層と潤滑被膜層21との間の少なくとも一方に配置される。
【0114】
化成処理被膜はたとえば、燐酸塩化成処理被膜、蓚酸塩化成処理被膜及び硼酸塩化成処理被膜である。化成処理被膜は多孔質である。そのため、化成処理被膜上に潤滑被膜層21を形成すれば、いわゆる「アンカー効果」により、潤滑被膜層21の密着性がさらに高まる。化成処理被膜の好ましい厚さは、5~40μmである。化成処理被膜の厚さが5μm以上であれば、十分な耐食性が確保できる。化成処理被膜の厚さが40μm以下であれば、潤滑被膜層21の密着性が安定的に高まる。
【0115】
化成処理被膜の厚さは、次の方法で求める。化成処理被膜を形成した管用ねじ継手を化成処理被膜の厚さ方向に(管用ねじ継手の軸方向に対して垂直に)切断する。化成処理被膜の断面を、光学顕微鏡を用いて倍率500倍で観察し、化成処理被膜の厚さを測定する。上記測定方法により測定した化成処理被膜の厚さが10μm以下の場合、切断し直して再度測定する。この場合、管用ねじ継手の軸方向に対して垂直な方向から60°傾いた方向に管用ねじ継手を切断する。得られた化成処理被膜の断面を、光学顕微鏡を用いて倍率500倍で観察し、化成処理被膜の厚さを測定する。化成処理被膜の厚さを再度測定した場合、再測定の厚さを、化成処理被膜の厚さとする。
【0116】
[ブラスト処理又は酸洗]
本実施形態の管用ねじ継手は、潤滑被膜層21と接触する潤滑被膜層21の下の表面をブラスト処理又は酸洗されている表面としてもよい。潤滑被膜層21と接触する潤滑被膜層21の下の表面とは、管用ねじ継手がピン側接触表面34上にめっき層を備えない場合(つまり、ピン側接触表面34上に直接潤滑被膜層21を形成した場合)はピン側接触表面34であり、管用ねじ継手がピン側接触表面34上にめっき層を備える場合はめっき層表面である。潤滑被膜層21と接触する潤滑被膜層21の下の表面とは、管用ねじ継手がボックス側接触表面44上にめっき層を備えない場合(つまり、ボックス側接触表面44上に直接潤滑被膜層21を形成した場合)はボックス側接触表面44であり、管用ねじ継手がボックス側接触表面44上にめっき層を備える場合はめっき層表面である。
【0117】
ブラスト処理又は酸洗されている表面は、表面粗さが高まる。より具体的には、ピン側接触表面34、ボックス側接触表面44及びめっき層表面がブラスト処理又は酸洗されている場合、ピン側接触表面34、ボックス側接触表面44及びめっき層表面の表面粗さは高い。この場合、その上に形成された潤滑被膜層21の密着性がさらに高まる。表面粗さは、好ましくは、算術平均粗さRaで1.0~8.0μmである。算術平均粗さRaが大きいほど、潤滑被膜層21との接触面積が高まる。このため、アンカー効果により潤滑被膜層21との密着性が高まる。潤滑被膜層21の密着性が高まれば、管用ねじ継手の耐焼付き性がさらに高まる。算術平均粗さRaが1.0μm以上であれば、潤滑被膜層21の密着性がさらに高まる。算術平均粗さRaが8.0μm以下であれば、摩擦が抑制され、潤滑被膜層21の損傷及び剥離が抑制される。
【0118】
本明細書でいう算術平均粗さRaは、JIS B 0601(2001)に基づいて、測定される。エスアイアイ・ナノテクノロジー株式会社製 走査型プローブ顕微鏡 SPI3800Nを用いて測定する。測定条件は、サンプルの2μm×2μmの領域で、取得データ数1024×1024である。基準長さは2.5mmとする。
【0119】
[潤滑被膜層、めっき層及び化成処理被膜の配置]
ピン側接触表面34上及びボックス側接触表面44上の少なくとも一方に潤滑被膜層21が配置されれば、めっき層及び化成処理被膜の配置は特に限定されない。潤滑被膜層21のみを備える場合をパターン1とする。潤滑被膜層21を備え、その下にめっき層を備える場合をパターン2とする。潤滑被膜層21を備え、その下に化成処理被膜を備える場合をパターン3とする。潤滑被膜層21を備え、その下に化成処理被膜及びめっき層を備える場合をパターン4とする。潤滑被膜層21を備えない場合をパターン5とする。上記条件を満たせば、ピン側接触表面34及びボックス側接触表面44はパターン1~5のいずれの場合も有り得る。具体的には、ピン側接触表面34が、パターン1~パターン4の場合、ボックス側接触表面44はパターン1~パターン5のいずれでもよい。また、ピン側接触表面34がパターン5の場合、ボックス側接触表面44はパターン1~パターン4のいずれかである。反対に、ボックス側接触表面44が、パターン1~パターン4の場合、ピン側接触表面34はパターン1~パターン5のいずれでもよい。また、ボックス側接触表面44がパターン5の場合、ピン側接触表面34はパターン1~パターン4のいずれかである。いずれのパターンにおいても、ピン側接触表面34、ボックス側接触表面44及びめっき層表面は、適宜ブラスト処理又は酸洗が実施された表面とすることができる。
【0120】
[管用ねじ継手の母材]
管用ねじ継手の母材の組成は、特に限定されない。母材はたとえば、炭素鋼、ステンレス鋼及び合金鋼等である。合金鋼の中でも、Cr、Ni及びMo等の合金元素を含んだ二相ステンレス鋼及びNi合金等の高合金鋼は耐食性が高い。そのため、これらの高合金鋼を母材に使用すれば、硫化水素や二酸化炭素等を含有する腐食環境において、優れた耐食性が得られる。
【0121】
[製造方法]
以下、本実施形態による管用ねじ継手の製造方法を説明する。
【0122】
本実施形態による管用ねじ継手の製造方法は、ピン側接触表面34上及びボックス側接触表面44上の少なくとも一方に、本実施形態の組成物を用いて潤滑被膜層21を形成する、潤滑被膜層形成工程を備える。
【0123】
[潤滑被膜層形成工程]
潤滑被膜層形成工程では、上述の組成物の構成成分の混合物を溶剤添加及び/又は加熱により液状化し、ピン側接触表面34上及びボックス側接触表面44上の少なくとも一方に塗布する。必要に応じて、ピン側接触表面34上及びボックス側接触表面44上の少なくとも一方に塗布された組成物を乾燥して、潤滑被膜層21を形成する。潤滑被膜層21の性状は問わない。潤滑被膜層21の性状はたとえば、固体、粘稠液体又は半固体である。
【0124】
初めに、組成物を製造する。無溶剤型の組成物はたとえば、ポリイソブチレンと、金属石鹸と、ワックスと、塩基性芳香族有機酸金属塩との混合物を加熱して溶融状態として混練することにより製造できる。全ての成分を粉末状として混合した粉末混合物を組成物としてもよい。
【0125】
溶剤型の組成物はたとえば、揮発性有機溶剤中に、ポリイソブチレンと、金属石鹸と、ワックスと、塩基性芳香族有機酸金属塩とを溶解又は分散させて混合することにより製造できる。
【0126】
無溶剤型の組成物の場合、ホットメルト法を用いて組成物を塗布できる。ホットメルト法では、組成物を加熱して溶融させ、低粘度の流動状態にする。流動状態の組成物を、温度保持機能を有するスプレーガンから噴霧することにより行われる。組成物は、適当な撹拌装置を備えたタンク内で加熱して溶融され、コンプレッサーにより計量ポンプを経てスプレーガンの噴霧ヘッド(所定温度に保持)に供給されて、噴霧される。加熱温度はたとえば、90~130℃である。タンク内と噴霧ヘッドの保持温度は組成物の構成成分の融点に応じて調整される。塗布方法は、スプレー塗布に替えて、刷毛塗り及び浸漬等でもよい。組成物の加熱温度は、組成物の融点より10~50℃高い温度とすることが好ましい。組成物を塗布する際、組成物が塗布されるピン側接触表面34上及びボックス側接触表面44上の少なくとも一方は、基剤の融点より高い温度に加熱しておくことが好ましい。それにより良好な被覆性を得ることができる。
【0127】
溶剤型の組成物の場合、溶液状態となった組成物をスプレー塗布等で接触表面上に塗布する。この場合、組成物を、常温及び常圧の環境下で、スプレー塗布できるよう粘度を調整することが好ましい。
【0128】
無溶剤型の組成物の場合、ピン側接触表面34上及びボックス側接触表面44上の少なくとも一方に塗布された組成物を冷却することにより、溶融状態の組成物が乾燥して潤滑被膜層21が形成される。冷却方法は周知の方法で実施できる。冷却方法はたとえば、大気放冷及び空冷である。
【0129】
溶剤型の組成物の場合、ピン側接触表面34上及びボックス側接触表面44上の少なくとも一方に塗布された組成物を乾燥させることにより、潤滑被膜層21が形成される。乾燥方法は周知の方法で実施できる。乾燥方法はたとえば、自然乾燥、低温送風乾燥及び真空乾燥である。
【0130】
冷却は、窒素ガス及び炭酸ガス冷却システム等の急速冷却によって実施してもよい。急速冷却を実施する場合、組成物を塗布したピン側接触表面34又は/及びボックス側接触表面44の反対面(ボックス4の場合は鋼管1又はカップリング2の外面、ピン3の場合は鋼管1の内面)から間接的に冷却する。これにより、潤滑被膜層21の急速冷却による劣化を抑制できる。
【0131】
本実施形態の製造方法は、潤滑被膜層形成工程の前に以下の工程を含んでもよい。
【0132】
[めっき層形成工程]
本実施形態による管用ねじ継手の製造方法は、潤滑被膜層形成工程の前に、めっき層形成工程を備えてもよい。めっき層はたとえば、電気めっき処理、又は、衝撃めっき処理により形成できる。
【0133】
[電気めっき処理]
電気めっき処理はたとえば、電気めっきにより、めっき層を形成する処理である。めっき層を形成する場合、電気めっき処理では、ピン側接触表面34上及びボックス側接触表面44上の少なくとも一方に、電気めっき処理によりZn合金めっき層を形成してもよい。又は、電気めっき処理では、ピン側接触表面34及びボックス側接触表面44の少なくとも一方をブラスト処理又は酸洗により粗くした後で、電気めっき処理によりZn合金めっき層を形成してもよい。
【0134】
電気めっき処理を実施すれば、管用ねじ継手の耐焼付き性及び耐食性が高まる。めっき層を形成する場合、電気めっき処理工程はたとえば、Cu、SnもしくはNi金属による単層めっき処理、Cu-Sn合金による単層めっき処理、Zn-Co合金による単層めっき処理、Zn-Ni合金による単層めっき処理、又はCu-Sn-Zn合金めっきによる単層めっき処理、Cu層とSn層との2層めっき処理、及び、Ni層、Cu層及びSn層による3層めっき処理である。Cr含有量が5%以上の鋼からなる鋼管1に対しては、Cu-Sn合金めっき処理、Cuめっき-Snめっきの2層めっき処理、及び、Niめっき-Cuめっき-Snめっきの3層めっき処理が好ましい。
【0135】
電気めっき処理は、周知の方法で実施することができる。たとえば、めっき層に含まれる金属元素のイオンを含む浴を準備する。次に、ピン側接触表面34上及びボックス側接触表面44上の少なくとも一方を浴に浸漬する。浸漬したピン側接触表面34又は/及びボックス側接触表面44に通電することにより、ピン側接触表面34上及びボックス側接触表面44上の少なくとも一方にめっき層が形成される。浴の温度及びめっき時間等の条件は、適宜設定できる。
【0136】
より詳しくは、たとえば、Cu-Sn-Zn合金めっき層を形成する場合、めっき浴は銅イオン、錫イオン及び亜鉛イオンを含有する。めっき浴の組成は好ましくは、Cu:1~50g/L、Sn:1~50g/L及びZn:1~50g/Lである。電気めっきの条件はたとえば、めっき浴pH:1~10、めっき浴温度:60℃、電流密度:1~100A/dm2及び、処理時間:0.1~30分である。
【0137】
Zn-Ni合金めっき層を形成する場合、めっき浴は亜鉛イオン及びニッケルイオンを含有する。めっき浴の組成は好ましくは、Zn:1~100g/L及びNi:1~50g/Lである。電気めっきの条件はたとえば、めっき浴pH:1~10、めっき浴温度:60℃、電流密度:1~100A/dm2及び、処理時間:0.1~30分である。
【0138】
[衝撃めっき処理]
衝撃めっき処理は、粒子と被めっき物を回転バレル内で衝突させるメカニカルプレーティングや、ブラスト装置を用いて粒子を被めっき物に衝突させる投射めっきにより実施することができる処理である。
【0139】
本実施形態による管用ねじ継手の製造方法は、潤滑被膜層21と接触する表面に対して、ブラスト処理又は酸洗してもよい。ブラスト処理又は酸洗により、表面粗さが形成できる。潤滑被膜層21と接触する表面とは、ピン側接触表面34がめっき層を備えない場合にはピン側接触表面34であり、ピン側接触表面34がめっき層を備える場合にはめっき層である。潤滑被膜層21と接触する表面とは、ボックス側接触表面44がめっき層を備えない場合にはボックス側接触表面44であり、ボックス側接触表面44がめっき層を備える場合にはめっき層である。
【0140】
[ブラスト処理]
ブラスト処理はたとえば、ブラスト装置を用いて粒子を被めっき物に衝突させる処理である。ブラスト処理はたとえば、サンドブラスト処理である。サンドブラスト処理は、ブラスト材(研磨剤)と圧縮空気とを混合して接触表面34,44に投射する処理である。ブラスト材はたとえば、球状のショット材及び角状のグリッド材である。サンドブラスト処理により、ピン側接触表面34、ボックス側接触表面44、又はめっき層の表面粗さを大きくできる。サンドブラスト処理は、周知の方法により実施できる。たとえば、コンプレッサーで空気を圧縮し、圧縮空気とブラスト材を混合する。ブラスト材の材質はたとえば、ステンレス鋼、アルミ、セラミック及びアルミナ等である。サンドブラスト処理の投射速度等の条件は、適宜設定できる。
【0141】
[酸洗処理]
酸洗処理は、硫酸、塩酸、硝酸もしくはフッ酸等の強酸液に、ピン側接触表面34又はボックス側接触表面44の少なくとも一方を浸漬して接触表面34又は44を荒らす処理である。これにより、接触表面34又は44の表面粗さを大きくできる。
【0142】
[化成処理]
本実施形態による管用ねじ継手の製造方法は、潤滑被膜層形成工程の前に、化成処理工程を備えてもよい。化成処理は、表面粗さの大きな多孔質の化成処理被膜を形成する処理である。化成処理はたとえば、燐酸塩化成処理、蓚酸塩化成処理及び硼酸塩化成処理である。潤滑被膜層21の密着性の観点からは、燐酸塩化成処理が好ましい。燐酸塩化成処理はたとえば、燐酸マンガン、燐酸亜鉛、燐酸鉄マンガン又は燐酸亜鉛カルシウムを用いた燐酸塩化成処理である。
【0143】
化成処理は周知の方法で実施できる。処理液としては、一般的な亜鉛めっき材用の酸性燐酸塩化成処理液が使用できる。たとえば、燐酸イオン1~150g/L、亜鉛イオン3~70g/L、硝酸イオン1~100g/L、ニッケルイオン0~30g/Lを含有する燐酸亜鉛系化成処理を挙げることができる。管用ねじ継手に慣用されている燐酸マンガン系化成処理液も使用できる。液温はたとえば、常温から100℃である。処理時間は所望の膜厚に応じて適宜設定でき、たとえば15分である。化成処理被膜の形成を促すため、化成処理前に、表面調整を行ってもよい。表面調整は、コロイドチタンを含有する表面調整用水溶液に浸漬する処理のことである。化成処理後、水洗又は湯洗してから、乾燥することが好ましい。
【0144】
以上の潤滑被膜層形成前の処理は1種類のみを実施してもよいが、複数の処理を組み合わせてもよい。
【0145】
潤滑被膜層形成前の処理は、ピン3とボックス4とで同じ処理を実施してもよいし、ピン3とボックス4とで異なる処理を実施してもよい。
【実施例0146】
以下、本発明の実施例を説明する。ただし、本発明は実施例により制限されるものではない。実施例において、ピン側接触表面をピン表面、ボックス側接触表面をボックス表面という。また、実施例中の%は、特に指定しない限り、質量%を意味する。
【0147】
本実施例において、管状ねじ継手は日本製鉄株式会社製のVAM21(登録商標)を用いた。VAM21(登録商標)は外径:177.80mm(7インチ)、肉厚11.506mm(0.453インチ)の管用ねじ継手である。鋼種は、炭素鋼であった。炭素鋼の組成は、C:0.24%、Si:0.23%、Mn:0.7%、P:0.02%、S:0.01%、Cu:0.04%、Ni:0.05%、Cr:0.95%、Mo:0.15%、残部:Fe及び不純物であった。
【0148】
各試験番号のピン表面及びボックス表面に対し、表1に示すとおり、下地処理を実施した。表1の「下地処理」欄の数字は、下地処理を行った順番を示す。たとえば、「1.研削仕上げ、2.燐酸Zn」の場合、研削仕上げを行った後で、燐酸亜鉛化成処理を実施した。サンドブラスト加工では砥粒Mesh100を用いて、表面粗さを形成した。各試験番号の算術平均粗さRaは表1に示すとおりであった。算術平均粗さRaは、JIS-B0601(2013)に基づいて測定した。算術平均粗さRaの測定には、エスアイアイ・ナノテクノロジー社製 走査型プローブ顕微鏡 SPI3800Nを用いた。測定条件は、取得データ数の単位としてサンプルの2μm×2μmの領域で、取得データ数1024×1024とした。Zn-Ni合金の膜厚は上述の測定方法により測定した。
【0149】
【表1】
【0150】
その後、表2に示す組成を有する組成物を用いて、潤滑被膜層を形成して、各試験番号のピン及びボックスを準備した。表2中、「組成物の不揮発性成分組成」の欄のカッコ内には、組成物の不揮発性成分の合計量に基づく質量%での含有量を示す。ポリイソブチレンは、JXTGエネルギー株式会社製のテトラックス(登録商標)のグレ-ド3T(平均分子量30000)、テトラックス(登録商標)のグレード4T(平均分子量40000)、テトラックス(登録商標)のグレード5T(平均分子量50000)、テトラックス(登録商標)のグレード6T(平均分子量60000)を用いた。金属石鹸は、大日本インキ化学工業株式会社製のCa-STEARATE(商品名)を用いた。ワックスは、日本精蝋株式会社製のパラフィンワックス(商品名)を用いた。塩基性芳香族有機酸金属塩は、塩基性Caスルホネートとして、CHEMTURA社製のCalcinate(商品名)C400CLR(塩基価400mgKOH/g)を用いた。潤滑性粉末は、黒鉛の場合、日本黒鉛工業株式会社製の黒鉛粉末、青P(商品名)(灰分3.79%、結晶度96.9%、平均粒径7μm)を用いた。潤滑性粉末は、PTFEの場合、ダイキン工業株式会社製の製品名ルブロン(登録商標)L-5Fを用いた。揮発性有機溶剤は、Exxon Mobil Corporationの製品名Exxsol(商品名)D40を用いた。表2では有機溶剤として示す。なお、試験番号12では、組成物の代わりに、API規格BUL 5A2に規定されたコンパウンドグリースを用いた。コンパウンドグリースを用いた例を後述するハイトルク性能の基準とした。
【0151】
【表2】
【0152】
[試験番号1]
試験番号1では、ピン表面及びボックス表面に対し、機械研削仕上げを行った。その後、ピン表面及びボックス表面の両方に、潤滑被膜層を形成するための組成物を常温(約25℃)でスプレー塗布して、潤滑被膜層を形成した。潤滑被膜層の膜厚は、所定のスプレー圧力及び対象面までの距離から、単位面積及び単位時間当たりの塗布される組成物の重量とその比重を用いて、目標平均膜厚を算出し、その値が120~150μmの範囲になるように塗布した。
【0153】
[試験番号2~試験番号4及び試験番号8~試験番号10]
試験番号2~試験番号4及び試験番号8~試験番号10では、ピン表面及びボックス表面に対し、機械研削仕上げを行った。ピンに対しては、75~85℃の燐酸亜鉛用化成処理液中に10分間浸漬して、厚さ10μmの燐酸亜鉛被膜を形成した。ボックスに対しては、80~95℃の燐酸マンガン用化成処理液中に10分間浸漬して、厚さ12μmの燐酸マンガン被膜を形成した。その後、ピン表面及びボックス表面の両方に、潤滑被膜層を形成するための組成物を常温(約20℃)でスプレー塗布して、潤滑被膜層を形成した。潤滑被膜層の膜厚は、所定のスプレー圧力及び対象面までの距離から、単位面積及び単位時間当たりの塗布される組成物の重量とその比重を用いて、目標平均膜厚を算出し、その値が120~150μmの範囲になるように塗布した。
【0154】
[試験番号5]
試験番号5では、ピン表面に対し、機械研削仕上げを行った。75~85℃の燐酸亜鉛用化成処理液中に10分間浸漬して、厚さ10μmの燐酸亜鉛被膜を形成した。その上に、潤滑被膜層を形成するための組成物を常温(約25℃)でスプレー塗布して、潤滑被膜層を形成した。潤滑被膜層の膜厚は、所定のスプレー圧力及び対象面までの距離から、単位面積及び単位時間当たりの塗布される組成物の重量とその比重を用いて、目標平均膜厚を算出し、その値が120~150μmの範囲になるように塗布した。
【0155】
ボックス表面に対し、機械研削仕上げを行った。その上に、電気めっきによりZn-Ni合金めっきを実施して、Zn-Ni合金めっき層を形成した。Zn-Ni合金めっき浴は、大和化成株式会社製の商品名ダイジンアロイN-PLを使用した。電気めっきの条件は、めっき浴pH:6.5、めっき浴温度:25℃、電流密度:2A/dm2、及び、処理時間:18分であった。Zn-Ni合金めっき層の組成は、Zn:85%及びNi:15%であった。その上に、潤滑被膜層を形成するための組成物を加熱(約110℃)スプレー塗布して、徐冷し、潤滑被膜層を形成した。潤滑被膜層の膜厚は、所定のスプレー圧力及び対象面までの距離から、単位面積及び単位時間当たりの塗布される組成物の重量とその比重を用いて、目標平均膜厚を算出し、その値が120~150μmの範囲になるように塗布した。
【0156】
[試験番号6及び試験番号7]
試験番号6及び試験番号7では、ピン表面及びボックス表面に対し、機械研削仕上げを行った。その後、ブラスト加工により表面粗さを形成した。その後、ピン表面及びボックス表面の両方に、潤滑被膜層を形成するための組成物を常温(約20℃)でスプレー塗布して、潤滑被膜層を形成した。潤滑被膜層の膜厚は、所定のスプレー圧力及び対象面までの距離から、単位面積及び単位時間当たりの塗布される組成物の重量とその比重を用いて、目標平均膜厚を算出し、その値が120~150μmの範囲になるように塗布した。
【0157】
[試験番号11]
試験番号11では、ピン表面及びボックス表面に対し、機械研削仕上げを行った。ピン表面に対しては、75~85℃の燐酸亜鉛用化成処理液中に10分間浸漬して、厚さ10μmの燐酸亜鉛被膜を形成した。ボックス表面に対しては、80~95℃の燐酸マンガン用化成処理液中に10分間浸漬して、厚さ12μmの燐酸マンガン被膜を形成した。その後、ピン表面及びボックス表面の両方に、潤滑被膜層を形成するための組成物を常温(約25℃)でスプレー塗布して、潤滑被膜層を形成した。潤滑被膜層の膜厚は、所定のスプレー圧力及び対象面までの距離から、単位面積及び単位時間当たりの塗布される組成物の重量とその比重を用いて、目標平均膜厚を算出し、その値が120~150μmの範囲になるようにした。試験番号11では、組成物中にポリイソブチレンが含有されなかった。
【0158】
[試験番号12]
試験番号12では、ピン表面及びボックス表面に対し、機械研削仕上げ及び燐酸塩化成処理を行った。その上に、API規格ドープを刷毛で塗布した。API規格ドープとは、API Bul 5A2に準拠して製造された油井管用ねじ用コンパウンドグリースである。API規格ドープの組成はグリースを基材とし、黒鉛粉:18±1.0%、鉛粉:30.5±0.6%、及び銅フレーク:3.3±0.3%含有すると規定されている。なお、この成分範囲においては、油井管用ねじ用コンパウンドグリースは同等の性能を有すると理解されている。
【0159】
[耐焼付き性評価試験]
耐焼付き性評価は、繰返し締結試験により行った。試験番号1~試験番号12のピン及びボックスを用いて、室温(約25℃)でねじ締め及びねじ戻しを繰り返し、耐焼付き性を評価した。締結トルクは24350N・mとした。ねじ締め及びねじ戻しを1回行うごとに、ピン表面及びボックス表面を目視により観察した。目視観察により、ねじ部及び金属シール部における焼付きの発生状況を確認した。金属シール部は焼付き発生で試験終了とした。ねじ部は焼付きが軽微であり、ヤスリなどの手入れにより回復可能な場合には、焼付き疵を補修して試験を続行した。最大繰返し締結回数は15回とした。耐焼付き性の評価指標は、ねじ部で回復不可能な焼付き、及び、金属シール部で焼付きのいずれも発生しない最大の締結回数とした。結果を表3の「耐焼付き性(ねじ部で回復不可能な焼付き、及び、金属シール部で焼付きのいずれも発生しないで締結できた回数(回))」欄に示す。
【0160】
なお、試験番号12においては、ねじ締め及びねじ戻しを1回行うごとに、新しくAPIドープを塗りなおした。これは、通常、APIドープは、ねじ締め及びねじ戻しを1回行うごとに新しく塗りなおして使用されているためである。また、APIドープはそのような使用方法しか想定されていない。一方、試験番号1~試験番号11では、試験終了まで潤滑被膜層を形成しなおすことなしに試験を続けた。
【0161】
【表3】
【0162】
[ハイトルク性能評価試験]
試験番号1~試験番号12のピン及びボックスを用いて、トルクオンショルダー抵抗ΔT’を測定した。具体的には、締付け速度10rpm、締付けトルク42.8kN・mでねじ締めを行った。ねじ締めの際にトルクを測定し、図12に示す様なトルクチャートを作成した。図12中のTsは、ショルダリングトルクを示す。図12中のMTVは、線分Lと、トルクチャートとが交わるトルク値を表す。線分Lは、ショルダリング後のトルクチャートにおける線形域の傾きと同じ傾きを持ち、同線形域と比べて回転数が0.2%多い直線である。通常、トルクオンショルダー抵抗ΔT’を測定する場合には、Ty(イールドトルク)を使用する。しかしながら、本実施例では、イールドトルク(ショルダリング後におけるトルクチャートにおける、線形域と非線形域との境界)が不明瞭であった。そのため、線分Lを用いて、MTVを規定した。MTVとTsとの差分を、本実施例のトルクオンショルダー抵抗ΔT’とした。ハイトルク性能は、試験番号12において、潤滑被膜層の代わりにAPI規格ドープを使用した際のトルクオンショルダー抵抗ΔT’の数値を基準(100)として、本実施例のトルクオンショルダー抵抗ΔT’の相対値として求めた。結果を表3に示す。
【0163】
[評価結果]
表1~表3を参照して、試験番号1~試験番号10の管用ねじ継手の潤滑被膜層を形成する組成物は、ポリイソブチレンを有した。そのため、ねじ締め及びねじ戻しを10回繰り返しても、焼付きが発生せず、優れた耐焼付き性を示した。さらに、ハイトルク性能が100を超え、優れたハイトルク性能を示した。
【0164】
試験番号1~試験番号5及び試験番号8~試験番号10の管用ねじ継手は、ポリイソブチレンの含有量が5~30%であった。そのため、試験番号6(ポリイソブチレンの含有量5%未満)の管用ねじ継手よりもハイトルク性能が一層改善した。さらに、試験番号7(ポリイソブチレンの含有量30%超)の管用ねじ継手よりも焼付かずに締結できた回数がより多く、さらに優れた耐焼付き性を示した。
【0165】
一方、試験番号11の管用ねじ継手の潤滑被膜層を形成する組成物はポリイソブチレンを含有しなかった。そのため、焼付かずに締結できた回数やハイトルク性能が低かった。
【0166】
以上、本開示の実施の形態を説明した。しかしながら、上述した実施の形態は本開示を実施するための例示に過ぎない。したがって、本開示は上述した実施の形態に限定されることなく、その趣旨を逸脱しない範囲内で上述した実施の形態を適宜変更して実施することができる。
【符号の説明】
【0167】
1 鋼管
2 カップリング
3 ピン
4 ボックス
21 潤滑被膜層
31 ピン側ねじ部
32 ピン側金属シール部
33 ピン側ショルダー部
34 ピン側接触表面
41 ボックス側ねじ部
42 ボックス側金属シール部
43 ボックス側ショルダー部
44 ボックス側接触表面
図1
図2
図3
図4
図5
図6
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図10
図11
図12