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特開2023-16496ラムゼー分光装置、光格子時計およびラムゼー分光方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023016496
(43)【公開日】2023-02-02
(54)【発明の名称】ラムゼー分光装置、光格子時計およびラムゼー分光方法
(51)【国際特許分類】
   G01J 3/45 20060101AFI20230126BHJP
【FI】
G01J3/45
【審査請求】未請求
【請求項の数】18
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021120842
(22)【出願日】2021-07-21
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)令和2年度、国立研究開発法人科学技術振興機構、未来社会創造事業「マルチチャネルレーザ制御システムの開発、および、チャンバ駆動光学系の小型モジュール化」委託研究、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(71)【出願人】
【識別番号】521323716
【氏名又は名称】香取 秀俊
(71)【出願人】
【識別番号】521323727
【氏名又は名称】高本 将男
(71)【出願人】
【識別番号】000001993
【氏名又は名称】株式会社島津製作所
(74)【代理人】
【識別番号】100105924
【弁理士】
【氏名又は名称】森下 賢樹
(72)【発明者】
【氏名】香取 秀俊
(72)【発明者】
【氏名】高本 将男
【テーマコード(参考)】
2G020
【Fターム(参考)】
2G020CB23
2G020CC22
2G020CC47
2G020CD01
2G020CD03
2G020CD16
(57)【要約】
【課題】ドップラー効果を効果的に抑制した上で、ラムゼー分光を実現する
【解決手段】ラムゼー分光装置1は、光パス10と、光パス10の長さを安定化する光パス長安定化回路30と、光パス10に光学的に接続され、分光対象の原子、分子またはイオンの共鳴を生じさせる第1の周波数f1の共鳴レーザ光を複数回パルス状に発生させ、かつ、共鳴を生じさせない第2の周波数f2の非共鳴レーザ光を発生させる変調器20と、分光対象を分光する分光部200と、を備え、分光部は、共鳴レーザ光を分光対象に照射することによる、周波数f1に応じた当該分光対象の状態変化を検出する。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
光パスと、
前記光パスの長さを安定化する光パス長安定化回路と、
前記光パスに光学的に接続され、分光対象の原子、分子またはイオンの共鳴を生じさせる第1の周波数f1の共鳴レーザ光を複数回パルス状に発生させ、かつ、共鳴を生じさせない第2の周波数f2の非共鳴レーザ光を発生させる変調器と、
前記分光対象を分光する分光部と、を備え、
前記分光部は、前記共鳴レーザ光を前記分光対象に照射することによる、周波数f1に応じた当該分光対象の状態変化を検出する、ラムゼー分光装置。
【請求項2】
nを任意の自然数、前記共鳴レーザ光の発振間隔をTとし、
時間T1およびT2をそれぞれ
|f1-f2|=n/T1
|f1-f2|=(n+1)/T2
を満たす時間と定義したとき、前記発振間隔Tは、
T1-0.25・(T2-T1)≦T≦T1+0.25・(T2-T1)
を満たす、請求項1に記載のラムゼー分光装置。
【請求項3】
前記変調器は、前記共鳴レーザ光と非共鳴レーザ光とを、時間的に位相が連続するように発生させる、請求項1または2に記載のラムゼー分光装置。
【請求項4】
前記変調器は、前記共鳴レーザ光と非共鳴レーザ光とを切り替えて発生させるスイッチング素子を有する、請求項1から3のいずれかに記載のラムゼー分光装置。
【請求項5】
前記第1の周波数f1と前記第2の周波数f2との差|f1-f2|は、|f1-f2|=n/Tを満たす、請求項2から4のいずれかに記載のラムゼー分光装置。
【請求項6】
前記光パスは、光ファイバを含む、請求項1から5のいずれかに記載のラムゼー分光装置。
【請求項7】
前記光パスは、自由空間を含む、請求項1から6のいずれかに記載のラムゼー分光装置。
【請求項8】
前記変調器と前記光パス長安定化回路とは一体である、請求項1から7のいずれかに記載のラムゼー分光装置。
【請求項9】
前記光パス長安定化回路は、PC制御発振器と、電圧制御発振器と、乗算回路とを備える、請求項8に記載のラムゼー分光装置。
【請求項10】
前記変調器と前記光パス長安定化回路とは独立である、請求項1から7のいずれかに記載のラムゼー分光装置。
【請求項11】
前記光パス長安定化回路は、PLL回路を備える、請求項10に記載のラムゼー分光装置。
【請求項12】
前記光パスの一端に接続されたレーザ光源を備える、請求項1から11のいずれかに記載のラムゼー分光装置。
【請求項13】
前記変調器に接続され、前記レーザ光源から発せられたレーザ光を変調するレーザ光変調器を備える、請求項12に記載のラムゼー分光装置。
【請求項14】
前記レーザ光変調器は、音響光学変調器である、請求項13に記載のラムゼー分光装置。
【請求項15】
請求項1に記載のラムゼー分光装置を備える光格子時計。
【請求項16】
ラムゼー分光装置を用いた分光方法であって、
前記ラムゼー分光装置は、
光パスと、
光パス長安定化回路と、
前記光パスに光学的に接続された変調器と、
分光部と、を備え、
前記光パス長安定化回路を用いて前記光パスの長さを安定化するステップと、
前記変調器を用いて、分光対象の原子、分子またはイオンの共鳴を生じさせる第1の周波数f1の共鳴レーザ光を複数回パルス状に発生させ、かつ、共鳴を生じさせない第2の周波数f2の非共鳴レーザ光を発生させるステップと、前記分光部を用いて前記分光対象を分光するステップと、を備える、分光方法。
【請求項17】
nを任意の自然数、前記共鳴レーザ光の発振間隔をTとし、
時間T1およびT2をそれぞれ
|f1-f2|=n/T1
|f1-f2|=(n+1)/T2
を満たす時間と定義したとき、前記発振間隔Tは、
T1-0.25・(T2-T1)≦T≦T1+0.25・(T2-T1)
を満たす、請求項16に記載の分光方法。
【請求項18】
前記第1の周波数f1と前記第2の周波数f2との差|f1-f2|は、|f1-f2|=n/Tを満たす、請求項17に記載の分光方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ラムゼー分光装置、ラムゼー分光装置を備える光格子時計、およびラムゼー分光方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ラムゼー共鳴を利用した装置が提案されている(例えば、非特許文献1、2参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】国際公開第2014/027637号
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】S. Falke, M. Misera, U. Sterr, C. Lisdat "Delivering pulsed and phase stable light to atoms of an optical clock",Appl Phys B (2012) 107, 301-311
【非特許文献2】Filippo Bregolin "171Yb optical frequency standards towards the redefinition of the second",Doctoral Dissertation, Istituto Nazionale di Ricerca Metrologica (2019)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
以下、ラムゼー分光装置について述べる。ラムゼー分光では、ラムゼー共鳴として知られる現象を利用する。ラムゼー共鳴では、間隔を空けて原子に複数回(2回以上)の電磁波をパルス状に照射し、電磁波と原子を相互作用させることにより、ラムゼー共鳴信号を取得する。複数回のパルスを照射しないラビ分光に比べ、ラムゼー共鳴信号は先鋭化された信号であるため、原子の固有振動数を高分解能で読み取ることが可能となる。これにより、原子の固有振動数を高精度に確定することができる。
【0006】
ここで、複数回照射するパルス(ラムゼーパルス)は、位相連続であることが重要である。これは、パルス照射後に電磁波は一度途切れるが、次のパルスの電磁波の位相があたかも電磁波が途切れずにつながっていることを意味する。仮にラムゼーパルスの位相が不連続であった場合、本来の原子の固有周波数から読み取り値がずれてしまい、精度低下を招いてしまう。従って、ラムゼーパルスは位相連続条件を満たすことが要求される。
【0007】
ラムゼーパルスに用いる電磁波として、単一波長のレーザ光を用いることができる。このとき、レーザ光源から原子へ照射するまでの光パスの長さの変化に起因するドップラー効果の影響を受け、レーザ光の周波数(波長)が変動し、分光精度を悪化させる要因となる。特に、光ファイバなどの光パスを介して分光用レーザ光を分光部まで伝搬する構成では、光パスの長さの変化が大きく、分光精度の低下が顕著である。
【0008】
このようなドップラー効果を抑制する技術として、光パス長の変化に伴うレーザ光の周波数ゆらぎを検出し、これをフィードバックして除去する技術(光パス長安定化技術)が提案されている(例えば、非特許文献1参照)。
【0009】
光パス長安定化技術は、連続的にレーザ光を照射する必要があり、レーザ光が遮断されると安定化も止まってしまうため、一度光を遮断するラムゼー分光にはそのまま適用できないという課題がある。
【0010】
さらに、光パス長安定化技術とラムゼー分光の両立時にも前述のようにラムゼーパルスの位相連続条件を満足する必要があることも課題である。
【0011】
本発明は、こうした課題に鑑みてなされたものであり、その目的は、ドップラー効果を効果的に抑制した上で、ラムゼー分光を実現することにある。
【課題を解決するための手段】
【0012】
上記課題を解決するために、本発明のある態様のラムゼー分光装置は、光パスと、光パスの長さを安定化する光パス長安定化回路と、光パスに光学的に接続され、分光対象の原子、分子またはイオンの共鳴を生じさせる第1の周波数f1の共鳴レーザ光を複数回パルス状に発生させ、かつ、共鳴を生じさせない第2の周波数f2の非共鳴レーザ光を発生させる変調器と、分光対象を分光する分光部と、を備え、分光部は、共鳴レーザ光を分光対象に照射することによる、周波数f1に応じた当該分光対象の状態変化を検出する。
【0013】
前述のラムゼー分光装置において、nを任意の自然数、共鳴レーザ光の発振間隔をTとし、時間T1およびT2をそれぞれ|f1-f2|=n/T1、|f1-f2|=(n+1)/T2を満たす時間と定義したとき、発振間隔Tは、T1-0.25・(T2-T1)≦T≦T1+0.25・(T2-T1)を満たしてもよい。
【0014】
変調器は、共鳴レーザ光と非共鳴レーザ光とを、時間的に位相が連続するように発生させてもよい。
【0015】
変調器は、共鳴レーザ光と非共鳴レーザ光とを切り替えて発生させるスイッチング素子を有してもよい。
【0016】
前述のラムゼー分光装置において、第1の周波数f1と第2の周波数f2との差|f1-f2|は、|f1-f2|=n/Tを満たしてもよい。
【0017】
光パスは、光ファイバを含んでもよい。
【0018】
光パスは、自由空間を含んでもよい。
【0019】
変調器と光パス長安定化回路とは一体であってもよい。
【0020】
光パス長安定化回路は、PC制御発振器と、電圧制御発振器と、乗算回路とを備えてもよい。
【0021】
変調器と光パス長安定化回路とは独立であってもよい。
【0022】
光パス長安定化回路は、PLL回路を備えてもよい。
【0023】
ラムゼー分光装置は、光パスの一端に接続されたレーザ光源を備えてもよい。
【0024】
ラムゼー分光装置は、変調器に接続され、レーザ光源から発せられたレーザ光を変調するレーザ光変調器を備えてもよい。
【0025】
レーザ光変調器は、音響光学変調器であってもよい。
【0026】
本発明の別の態様は、光格子時計である。この光格子時計は、前述のラムゼー分光装置を備える。
【0027】
本発明のさらに別の態様は、分光方法である。この方法は、ラムゼー分光装置を用いた分光方法であって、ラムゼー分光装置は、光パスと、光パス長安定化回路と、光パスに光学的に接続された変調器と、分光部と、を備える。本分光方法は、光パス長安定化回路を用いて光パスの長さを安定化するステップと、変調器を用いて、原子の共鳴を生じさせる第1の周波数f1の共鳴レーザ光を複数回パルス状に発生させ、かつ、共鳴を生じさせない第2の周波数f2の非共鳴レーザ光を発生させるステップと、分光部を用いて分光対象の光を分光するステップと、を備える。
【0028】
前述の分光方法において、nを任意の自然数、共鳴レーザ光の発振間隔をTとし、時間T1およびT2をそれぞれ|f1-f2|=n/T1|f1-f2|=(n+1)/T2を満たす時間と定義したとき、発振間隔Tは、T1-0.25・(T2-T1)≦T≦T1+0.25・(T2-T1)を満たしてもよい。
【0029】
前述の分光方法において、第1の周波数f1と第2の周波数f2との差|f1-f2|は、|f1-f2|=n/Tを満たしてもよい。
【0030】
なお、以上の構成要素の任意の組合せ、本発明の表現を装置、方法、システム、記録媒体、コンピュータプログラムなどの間で変換したものもまた、本発明の態様として有効である。
【発明の効果】
【0031】
本発明によれば、ドップラー効果を効果的に抑制した上で、ラムゼー分光を実現することができる。
【図面の簡単な説明】
【0032】
図1】第1実施形態に係るラムゼー分光装置の機能ブロック図である。
図2】第1実施形態におけるラムゼー共鳴のレーザ光の発振周波数の時間変化を示すグラフである。
図3】第1実施形態における、ラムゼーフリンジである。
図4】共鳴周波数付近における図3の拡大図である。
図5】RF信号の時間変化を示す図である。上段から順に、周波数f2の信号B、周波数f1の信号A、位相連続スイッチを用いてt=Tで信号Bから信号Aに切り替えたもの、位相コヒーレントスイッチを用いてt=Tで信号Bから信号Aに切り替えたものである。
図6】RF信号の時間変化を示す図である。(a)は、第1実施形態におけるラムゼー共鳴のレーザ光の発振周波数の時間変化を示すグラフである。(b)は、ラムゼーパルスと非共鳴波とが位相連続の条件を満たさない場合である。(c)は、ラムゼーパルスと非共鳴波とが位相連続の条件を満たす場合である。
図7】第1実施形態に係るラムゼー分光装置の詳細な機能ブロック図である。
図8】第2実施形態に係るラムゼー分光装置の機能ブロック図である。
図9】第2実施形態に係るラムゼー分光装置の詳細な機能ブロック図である。
【発明を実施するための形態】
【0033】
以下、本発明を好適な実施形態をもとに図面を参照しながら説明する。実施形態は、発明を限定するものではなく例示であって、実施形態に記述されるすべての特徴やその組み合わせは、必ずしも発明の本質的なものであるとは限らない。各図面に示される同一または同等の構成要素、部材、処理には、同一の符号を付するものとし、適宜重複した説明は省略する。また、各図に示す各部の縮尺や形状は、説明を容易にするために便宜的に設定されており、特に言及がない限り限定的に解釈されるものではない。また、本明細書または請求項の中で「第1」、「第2」等の用語が用いられる場合、特に言及がない限りこの用語はいかなる順序や重要度を表すものでもなく、ある構成と他の構成とを区別するだけのためのものである。また、各図面において実施形態を説明する上で重要ではない部材の一部は省略して表示する。
【0034】
[第1実施形態]
図1は、第1実施形態に係るラムゼー分光装置1の機能ブロック図である。ラムゼー分光装置1は、光パス10と、光パス10に光学的に接続された変調器20と、光パス10の長さを安定化する光パス長安定化回路30と、音響光学変調器(以下「AOM」(Acousto Optic Modulator)ともいう)40と、分光対象の原子を分光する分光部200と、を備える。ラムゼー分光装置1には、ビームスプリッタ50、参照ミラー51、格子端ミラー52で構成されるマイケルソン干渉計が設置される。光パス長安定化回路30の前段には、光ヘテロダイン検波器60が設けられる。図面に向かって光パス10の左端にはレーザ光源100が接続され、右端には分光部200が接続される。変調器20と光パス長安定化回路30とは、ハードウェア的に一体に構成されている。
【0035】
光パス10は、その一部または全部が光ファイバで形成されていてもよく、その一部または全部が自由空間で形成されていてもよい。
【0036】
変調器20は、原子の共鳴を生じさせる第1の周波数f1の共鳴レーザ光を複数回パルス状に発生させ、かつ、共鳴を生じさせない第2の周波数f2の非共鳴レーザ光を発生させる。すなわち、第1の周波数f1と第2の周波数f2との差は、ラムゼーパルスが励起する原子を励起しない程度に、十分大きい。原子は、イッテルビウム、ストロンチウムまたはカドミウムであってよい。
【0037】
変調器20は、共鳴レーザ光と非共鳴レーザ光とを、時間的に位相が連続するように発生させてもよい。
【0038】
変調器20は、共鳴レーザ光と非共鳴レーザ光とを切り替えて発生させるスイッチング素子を有してもよい。
【0039】
レーザ光源100は、例えば外部共振器型のレーザダイオードを複数備えていてよい。
【0040】
分光部200は、変調器20から到来する共鳴レーザ光を分光対象の原子に照射することによる、共鳴レーザ光の周波数(第1の周波数f1)に応じた当該分光対象の状態変化を検出する。
【0041】
以下に詳説する通り、本実施形態によれば、ドップラー効果を効果的に抑制した上で、ラムゼー分光を実現することができる。
【0042】
一例として、nを任意の自然数、ラムゼーパルスの発振間隔をTとしたとき、第1の周波数f1と第2の周波数f2との差|f1-f2|は、
|f1-f2|=n/T ・・・(1)
を満たしてもよい。
【0043】
ここで、ラムゼー共鳴について説明する。準位の縮退を解くために、定常磁場を印加して、原子の状態をある準位に揃える。この状態で原子に電磁波のパルス(「ラムゼーパルス」と呼ぶ)を時間τだけ照射する。その後、時間Tの間隔を空けて、再びラムゼーパルスを時間τだけ照射する。このように原子と電磁波とを2回に分けて相互作用させると、原子が他の状態に遷移する確率は、実際に相互作用する時間τだけでなく2回の相互作用間の時間間隔Tにも依存する。これにより量子遷移の発生は、照射電磁波の周波数変化に対して敏感になる。これをラムゼー共鳴という。この現象を利用することにより、高い精度で遷移の中心周波数を測定することができる。観測される共鳴線幅は、時間Tに比例して狭くなる。ラムゼー共鳴を用いた分光器をラムゼー分光器という。
【0044】
図2は、本実施形態におけるラムゼー共鳴のレーザ光の発振周波数の時間変化を示すグラフである。以下時間tに関し、t=-τをt1、t=0をt2、t=Tをt3、t=T+τをt4とする。図示されるように、時刻-τより前(t<t1)、時刻0から時刻Tまでの間(t2<t<t3)、時刻T+τより後(t4<t)では、変調器は、第2の周波数f2の電磁波を発振する。一方、時刻-τから時刻0の間(t1≦t≦t2)、時刻Tから時刻T+τの間(t3≦t≦t4)では、変調器は、第1の周波数f1のラムゼーパルスを発振する。この例では、f1=80MHz、f2=79MHzである。よってf1とf2との差|f1-f2|をΔと表記すると、Δ=1MHzである。
【0045】
図3は、図2のように発振した電磁波を原子に照射したときの原子の遷移確率を、周波数離調(光周波数と共鳴周波数との差)の関数で示す。このグラフは干渉縞のようなフリンジを示し、「ラムゼーフリンジ」と呼ばれる。図4は、図3の共鳴周波数付近の拡大図である。図示されるように、ラムゼー共鳴によれば、1/Tのオーダの分解能で共鳴周波数を測定することができる。これは、ラムゼーパルスの間隔Tが長ければ長いほど、高い測定精度が得られることを示す。一方、図3に示されるように、ラムゼーフリンジの包絡線の半値幅は、1/τのオーダとなる。
【0046】
第2の周波数f2は、ラムゼーパルスが励起する原子を励起しない周波数であること、すなわち非共鳴周波数であることが望ましい。
【0047】
1回目(t1≦t≦t2)のラムゼーパルスと、2回目(t3≦t≦t4)のラムゼーパルスとは、位相コヒーレントである。具体的には、両ラムゼーパルスはともに、同じ原子の共鳴光レファレンスから取り出したものである。もし両ラムゼーパルスが位相コヒーレントでなかった場合、両者の位相関係は[0、2π」でランダムとなる。このため、図3のグラフの干渉フリンジは不鮮明となり、観測されるのは包絡線のみとなる。この場合、共鳴周波数の測定精度は、1/Tのオーダから1/τのオーダに落ちる。
【0048】
上記の通り、ラムゼー共振回路は、t=t1で1回目のラムゼーパルスのスイッチをオンし、t=t2でオフする。そしてt=t3で2回目のラムゼーパルスのスイッチをオンし、t=t4でオフする。このスイッチのオン-オフにより、周波数がf1とf2との間で切り替わる。この場合、ラムゼー共鳴のための変調はFSKである。FSK変調では、AOM結晶に入力される電力は変化しないので、結晶は温度変化せず周波数にチャープが発生しない点に注意する。
【0049】
一般的には、時刻-τより前(t<-τ)、時刻0から時刻Tまでの間(0<t<T)、時刻T+τより後(T+τ<t)に第2の周波数f2を持つ電磁波を照射するのではなく、当該期間に電磁波をまったく照射しない場合をラムゼー共振と呼ぶ場合が多い(この場合、電磁波を照射しない期間は「ダーク時間」とも呼ばれる)。ダーク時間のあるラムゼー共鳴の場合、信号は0(ダーク時間)と1(ラムゼーパルス照射時)の2値を取るので、変調は振幅偏移変調(以下「ASK」(Amplitude Shift Keying)という)となる。ASKでは、FSKとは逆にAOM結晶に入力される電力が変化する。このため、結晶が温度変化して伸縮・屈折率変化することにより、周波数にチャープが発生する点に注意する。
【0050】
図5は、ラムゼー共鳴のレーザ光を変調するRF信号の時間変化を示す。上段から順に、周波数f2の信号B、周波数f1の信号A、位相連続スイッチを用いてt=Tで信号Bから信号Aに切り替えたもの、位相コヒーレントスイッチを用いてt=Tで信号Bから信号Aに切り替えたものである。上述のように、t=T(t3)で2回目のラムゼーパルスのスイッチがオンになる。このスイッチは、前述のように位相コヒーレントなスイッチである。従って、位相連続の条件を要求しないと、信号Bと信号Aとは、t=T(t3)で位相のずれが発生する(図5の最下段)。信号Bと信号Aの位相が不連続であると、高周波成分が発生し、光パス長安定化回路の制御が不安定となる。このため、十分なドップラー効果の抑制ができない。従って、t=T(t3)において、信号Bと信号Aとが位相連続条件を満たすことが求められる(図5の上から3段目)。
【0051】
図6は、図2に示すラムゼー共鳴を与えたときのRF信号の時間変化を示す。図6(a)は、図2の再掲である。図6(b)は、第1の周波数f1の電磁波(ラムゼーパルス)と第2の周波数f2の電磁波(非共鳴波)とが位相連続の条件を満たさない場合である。図6(c)は、第1の周波数f1の電磁波と第2の周波数f2の電磁波とが位相連続の条件を満たす場合である。図6(b)に示されるように、位相連続の条件を満たさない場合は、ラムゼーパルスと非共鳴波との間に位相の飛びが発生する。図6(c)に示されるように、位相連続の条件を満たす場合は、ラムゼーパルスと非共鳴波とに位相の飛びは発生しない。これは、ドップラー効果の抑制のために好ましい。
【0052】
時刻t=0(t2)で1回目のラムゼーパルスのスイッチがオフになった後、時刻t=T(t3)で2回目のラムゼーパルスのスイッチがオンになるまでの間に、信号Aの位相は2π・f1・Tだけ進み、信号Bの位相は2π・f2・Tだけ進む。従って、時刻t=T(t3)において両者の位相が一致するためには、
|2π・f1・T-2π・f2・T|=n・2π
すなわち
|f1-f2|=(Δ=)n/T
を満たすことが必要十分である(nは自然数)。本実施形態は、この関係を満足する。これにより本実施形態は、位相コヒーレントなFSKを実現しつつ、ラムゼーパルスのスイッチオン時に位相連続条件も同時に満たす。これにより、ドップラー効果をより効果的に抑制した上で、ラムゼー分光を実現することができる。
【0053】
上記のnの値は、自然数であれば何でもよく、特に上限や下限で制限されることはない。実用上は、共鳴周波数(f1)とラムゼーパルス間隔(T)とを定めた上で、離調(Δ=|f1-f2|)に該当するnの凡その値を定めた後に、上式に従ってf2を選ぶ、といった使い方をするのがよい。例えば、共鳴周波数f1=80MHz、T=1sを定めた上で、Δを1MHz程度とする。これに相当するnは、
n=T・|f1-f2|=T・Δ=1s・1MHz=106
と定まるので、f2を79MHzに定めるといった具合である。
【0054】
ここで、自然数n、第1の周波数f1、第2の周波数f2、ラムゼーパルスの発振間隔Tは、必ずしも厳密に
|f1-f2|=n/T ・・・(1)
を満たさなくてもよい。例えば、任意の自然数nに対して時間T1およびT2をそれぞれ
|f1-f2|=n/T1 ・・・(2)
|f1-f2|=(n+1)/T2 ・・・(3)
を満たす時間と定義したとき、発振間隔Tは、
T1-0.25・(T2-T1)≦T≦T1+0.25・(T2-T1) ・・・(4)
を満たすものであってもよい。このときの発振間隔Tは、式(1)を満たすTから最大で±25%ずれる。発振間隔Tにこの程度のずれがあっても、ラムゼーパルスと非共鳴波との間の位相は、実用上十分滑らかにつながっており、光パス長安定化回路の制御が正常に動作し、ドップラー効果を十分抑制でき、十分な分光精度が得られる。
【0055】
本実施形態によれば、ラムゼーパルスの発振間隔に関し、最適値から±25%程度の幅を持たせることができる。従って設計の自由度が向上する。
【0056】
レーザ光変調器40は、AOMに限られず、任意の好適な光変調器であってよい。検波器60は、光ヘテロダイン検波器に限られず、任意の好適な検波器であってよい。レーザ光源100は、レーザ光源に限られず、任意の好適なレーザ光源であってよい。
【0057】
[比較例]
第1実施形態に対する比較例を説明する。比較例として、非特許文献1には光格子時計のためのラムゼー分光装置が記載されている。この比較例の部品構成は、本実施形態に類似するが、|f1-f2|=n/T(位相連続条件)の制御を用いていない点で本実施形態と異なる。従って本実施形態は、比較例に対して、ドップラー効果を効果的に抑制した上で、ラムゼー分光を実現できるという顕著な効果を持つことが分かる。
【0058】
[第1実施形態(再)]
第1実施形態の説明に戻る。図7は、図1のラムゼー分光装置1の詳細な機能ブロック図である。変調器と光パス安定化回路とは、ハードウェア的に一体に構成されている。光パス長安定化回路30は、パルス発生器29を含む。光パス長安定化回路30は、PC制御発振器と、電圧制御発振器と、乗算回路(位相比較回路)、ループフィルタを含むPLL(Phase Locked Loop)を備える。
【0059】
レーザ光源100から発振した周波数fのレーザ光は、ビームスプリッタ50で2つに分岐される。分岐されたレーザ光の一方は参照ミラー51に進み、他方はAOM40に進む。後者のレーザ光に対し、AOM40は、意図した周波数シフトfMを与える。AOM40により周波数シフトfMが与えられて周波数f+fMとなったレーザ光は、光パス10を通る間に、意図しない周波数シフトΔf(光パスの長さの変化に起因するドップラー効果。通常は1kHz程度)が与えられる。従ってレーザ光の周波数はf+fM+Δfとなる。このレーザ光は、格子端ミラー52で反射された後、前述と同じ光パスを通ってAOMに戻る。光パスでは、前述と同じ意図しない周波数シフトが与えられるので、周波数はf+fM+2・Δfとなる。このレーザ光に対し、AOM40は、再び意図した周波数シフトfMを与える。この結果、レーザ光の周波数はf+2・(fM+Δf)となる。このレーザ光と、参照ミラー51で反射された周波数fのレーザ光とは、ビームスプリッタ50を介して、光ヘテロダイン検波器60に入力する。光ヘテロダイン検波器60は、これら2つのレーザ光を検波して、差周波数2・(fM+Δf)を検出する。
【0060】
この差周波数2・(fM+Δf)の信号は、乗算回路の入力端子の一方に入力する。一方、PC制御発振器からは周波数2・fMの信号が出力され、乗算回路の入力端子の他方に入力する。乗算回路からの出力は、2・Δfの信号となるが、これがゼロとなるようにAOM40のRF信号が制御される。これにより、ドップラー効果による揺らぎΔfを抑制することができる。fMをラムゼーパルスに対応するRF信号(オン時80MHz、オフ時79MHz)にスイッチングすることで、ドップラー効果による揺らぎΔfが抑制されたラムゼーパルスを与えることができる。
【0061】
本実施形態によれば、PC制御発振器と、電圧制御発振器と、乗算回路(位相比較回路)、ループフィルタを含むPLL(Phase Locked Loop)と、を用いて、ドップラー効果を効果的に抑制することができる。
【0062】
[第2実施形態]
図8は、第2実施形態に係るラムゼー分光装置2の機能ブロック図である。ラムゼー分光装置2は、光パス10と、パルス発生器29と、光パス長安定化回路30と、レーザ光変調器40と、を備える。ラムゼー分光装置2は、ラムゼーパルス発生用の変調器と光パス長安定化回路とがハードウェア的に独立に構成されている点で図1のラムゼー分光装置1と異なる。それ以外の点はラムゼー分光装置1と共通である。
【0063】
図9は、第2実施形態に係るラムゼー分光装置2の詳細な機能ブロック図である。光パス長安定化回路30は、電圧制御発振器、発振器、乗算回路(位相比較回路)、ループフィルタを含むPLL(Phase Locked Loop)を備える。
【0064】
レーザ光源100から発振したレーザ光はAOM42により、周波数をスイッチングすることでラムゼーパルスが発生される。例えば、オン時80MHz、オフ時79MHzとする。AOM42に入力した後の周波数fのレーザ光はビームスプリッタ50で2つに分岐される。その後のラムゼー分光装置2の動作は、図7のラムゼー分光装置1と共通する。
【0065】
この差周波数2・(fM+Δf)の信号は、乗算回路の入力端子の一方に入力する。一方、発振器から発信された基準周波数160MHz(=2・fM)の信号が、乗算回路の入力端子の他方に入力する。乗算回路は、差周波数2・(fM+Δf)と基準周波数との位相差を検出する。ループフィルタは、差周波数2・(fM+Δf)を、基準周波数との位相差が0となるように制御して、電圧制御発振器に入力する。電圧制御発振器は、fM-Δf(=80MHz-Δf)の信号を発振する。この結果、ドップラー効果による寄与Δfが抑制されたラムゼーパルスを与えることができる。
【0066】
本実施形態も、第1実施形態と同様、ドップラー効果を効果的に抑制した上で、ラムゼー分光を実現することができる。
【0067】
[第3実施形態]
第3実施形態は光格子時計である。この光格子時計は、前述実施形態のラムゼー分光装置を備えることを特徴とする。光格子時計な基本的な構成については、既存の技術を用いてよい。例えば、非特許文献5に記載の光格子時計は、光導波路、光路、レーザ光源、レーザ冷却部、光格子を備えている。本実施形態の光格子時計は、非特許文献5に記載の光格子時計に前述のラムゼー分光装置を追加することによって構成することができる。
【0068】
本実施形態によれば、ドップラー効果を効果的に抑制した上でラムゼー分光を実現する光格子時計を与えることができる。
【0069】
[第4実施形態]
第4実施形態は、分光方法である。この分光方法は、前述実施形態のラムゼー分光装置を用いることを特徴とする。すなわち当該ラムゼー分光装置は、光パスと、光パス長安定化回路と、光パスに光学的に接続された変調器と、分光部と、を備える。この方法は、光パス長安定化回路を用いて光パスの長さを安定化するステップと、変調器を用いて、原子の共鳴を生じさせる第1の周波数f1の共鳴レーザ光を複数回パルス状に発生させ、かつ、共鳴を生じさせない第2の周波数f2の非共鳴レーザ光を発生させるステップと、分光部を用いて分光対象の光を分光するステップと、を備える。
【0070】
本実施形態によれば、ドップラー効果を効果的に抑制した上で、ラムゼー分光を実現することができる。
【0071】
ある実施形態では、nを任意の自然数、共鳴レーザ光の発振間隔をTとし、
時間T1およびT2をそれぞれ
|f1-f2|=n/T1
|f1-f2|=(n+1)/T2
を満たす時間と定義したとき、発振間隔Tが、
T1-0.25・(T2-T1)≦T≦T1+0.25・(T2-T1)
を満たすように変調器を制御してもよい。
【0072】
本実施形態によれば、ラムゼーパルスの発振間隔に関し、最適値から±25%の幅を持たせることができる。従って設計の自由度が向上する。
【0073】
ある実施形態では、nを任意の自然数、共鳴レーザ光の発振間隔をTとしたとき、第1の周波数f1と第2の周波数f2との差|f1-f2|が、
|f1-f2|=n/T
を満たすように変調器を制御してもよい。
【0074】
本実施形態によれば、ドップラー効果をより効果的に抑制した上で、ラムゼー分光を実現することができる。
【0075】
以上、本発明を実施形態にもとづいて説明した。これら実施形態は例示であり、それらの各構成要素や各処理プロセスの組合せにいろいろな変形例が可能なこと、またそうした変形例も本発明の範囲にあることは当業者に理解されるところである。
【0076】
例えば、上述の実施形態では分光対象として原子を示したが、本発明はこれに限定されることなく、分子またはイオンを分光対象としてもよい。
【符号の説明】
【0077】
1・・・ラムゼー分光装置、
2・・・ラムゼー分光装置、
3・・・ラムゼー分光装置、
4・・・ラムゼー分光装置、
10・・・光パス、
20・・・変調器、
30・・・光パス長安定化回路、
40・・・AOM、
42・・・AOM、
50・・ビームスプリッタ、
51・・参照ミラー、
52・・格子端ミラー、
60・・光ヘテロダイン検波器、
100・・レーザ光源、
200・・分光部、
f1・・第1の周波数、
f2・・第2の周波数。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9