(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023165018
(43)【公開日】2023-11-14
(54)【発明の名称】Ni-Cr-Mo系析出硬化型合金
(51)【国際特許分類】
C22C 19/05 20060101AFI20231107BHJP
C22F 1/00 20060101ALN20231107BHJP
C22F 1/10 20060101ALN20231107BHJP
【FI】
C22C19/05 L
C22F1/00 602
C22F1/00 630C
C22F1/00 630D
C22F1/00 630K
C22F1/00 640A
C22F1/00 681
C22F1/00 682
C22F1/00 691B
C22F1/00 691C
C22F1/00 692A
C22F1/10 H
C22F1/00 687
C22F1/00 628
C22F1/00 621
【審査請求】有
【請求項の数】8
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023148651
(22)【出願日】2023-09-13
(62)【分割の表示】P 2019164238の分割
【原出願日】2019-09-10
(31)【優先権主張番号】P 2019159234
(32)【優先日】2019-09-02
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(71)【出願人】
【識別番号】000180070
【氏名又は名称】山陽特殊製鋼株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000556
【氏名又は名称】弁理士法人有古特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】廣野 友紀
(72)【発明者】
【氏名】三浦 滉大
(72)【発明者】
【氏名】澤田 俊之
(57)【要約】
【課題】耐食性、耐摩耗性及び熱間加工性に優れたNi-Cr-Mo系析出硬化型合金の提供。
【解決手段】Ni-Cr-Mo系析出硬化型合金は、
Cr:18.0質量%以上28.0質量%以下、
Mo:10.0質量%以上25.0質量%以下、
及び
Al:1.0質量%以上3.0質量%以下
を含有する。この合金が、2.0質量%以下のNb及び/又は2.0質量%以下のTiをさらに含有してもよい。残部は、Ni及び不可避的不純物である。この合金は、粒界と、マトリックスと、このマトリックスに分散するγ’相とを含む金属組織を有する。このマトリックスは、Ni、Cr及びMoを含有する。このマトリックスに占める、Crの比率とMoの比率との合計P1は、25質量%以上50質量%以下である。
【選択図】
図2
【特許請求の範囲】
【請求項1】
Cr:18.0質量%以上28.0質量%以下、
Mo:10.0質量%以上25.0質量%以下、
及び
Al:1.0質量%以上3.0質量%以下
を含有し、
残部がNi及び不可避的不純物であるNi-Cr-Mo系析出硬化型合金であって、
粒界と、マトリックスと、このマトリックスに分散するγ’相とを含む金属組織を有しており、
上記マトリックスが、Ni、Cr及びMoを含有しており、
上記マトリックスに占める、Crの比率とMoの比率との合計P1が、25質量%以上50質量%以下である、析出硬化型合金。
【請求項2】
上記金属組織が、上記粒界及び上記マトリックスに分散するMo化合物相を有しており、
上記Mo化合物相に占める、Crの比率とMoの比率との合計P2が、60質量%以上80質量%以下である請求項1に記載の析出硬化型合金。
【請求項3】
上記マトリックスにおけるAlの質量とこのマトリックスに分散するγ’相におけるAlの質量との和の、Alの総質量に対する比R1が、0.6以上であり、
上記粒界及びマトリックスに分散するMo化合物相におけるAlの質量の、Alの総質量に対する比R2が、0.4以下である請求項2に記載の析出硬化型合金。
【請求項4】
Cr:18.0質量%以上28.0質量%以下、
Mo:10.0質量%以上25.0質量%以下、
及び
Al:1.0質量%以上3.0質量%以下
を含有し、
2.0質量%以下のNb及び/又は2.0質量%以下のTiをさらに含有し、
残部がNi及び不可避的不純物であるNi-Cr-Mo系析出硬化型合金であって、
粒界と、マトリックスと、このマトリックスに分散するγ’相とを含む金属組織を有しており、
上記マトリックスが、Ni、Cr及びMoを含有しており、
上記マトリックスに占める、Crの比率とMoの比率との合計P1が、25質量%以上50質量%以下である、析出硬化型合金。
【請求項5】
上記金属組織が、上記粒界及び上記マトリックスに分散するMo化合物相を有しており、
上記Mo化合物相に占める、Crの比率とMoの比率との合計P2が、60質量%以上80質量%以下である請求項4に記載の析出硬化型合金。
【請求項6】
上記マトリックスにおけるAlの質量とこのマトリックスに分散するγ’相におけるAlの質量との和の、Alの総質量に対する比R1が、0.6以上であり、
上記粒界及びマトリックスに分散するMo化合物相におけるAlの質量の、Alの総質量に対する比R2が、0.4以下である請求項5に記載の析出硬化型合金。
【請求項7】
上記粒界及び上記マトリックスに分散するMo化合物相におけるNbの質量の、Nbの総質量に対する比R3が、0.6以下である請求項5又は6に記載の析出硬化型合金。
【請求項8】
上記粒界及び上記マトリックスに分散するMo化合物相におけるTiの質量の、Tiの総質量に対する比R4が、0.6以下である請求項5から7のいずれかに記載の析出硬化型合金。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、Ni、Cr及びMoを含有する析出硬化型合金に関する。
【背景技術】
【0002】
耐食性及び耐摩耗性が要求される用途に、Ni基合金、Co基合金等が用いられている。より厳しい環境での使用を意図して、これらの合金に関する種々の改良が、提案されている。
【0003】
特許第3983644号公報には、Niを主成分とするマトリックスにホウ化物が分散した合金が提案されている。このホウ化物は、硬質である。このホウ化物は、合金の耐摩耗性に寄与しうる。
【0004】
特許第4816950号公報には、Niを主成分とするマトリックスに金属間化合物が分散したNi-Cr-Mo系合金が提案されている。この金属間化合物は、合金の耐摩耗性に寄与しうる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特許第3983644号公報
【特許文献2】特許第4816950号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
特許第3983644号公報に開示された合金では、ホウ化物が再固溶しにくい。従ってこの合金は、塑性加工には不向きである。
【0007】
特許第4816950号公報に開示された合金では、耐食性に寄与しうる元素のマトリックス中の量が不足しがちである。この合金の耐食性は、十分ではない。
【0008】
本発明の目的は、耐食性、耐摩耗性及び機械加工性に優れたNi-Cr-Mo系析出硬化型合金の提供にある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明に係るNi-Cr-Mo系析出硬化型合金は、
Cr:18.0質量%以上28.0質量%以下、
Mo:10.0質量%以上25.0質量%以下、
及び
Al:1.0質量%以上3.0質量%以下
を含有する。残部は、Ni及び不可避的不純物である。
【0010】
好ましくは、この析出硬化型合金は、粒界と、マトリックスと、このマトリックスに分散するγ’相とを含む金属組織を有する。このマトリックスは、Ni、Cr及びMoを含有する。このマトリックスに占める、Crの比率とMoの比率との合計P1は、25質量%以上50質量%以下である。
【0011】
好ましくは、この金属組織は、粒界及びマトリックスに分散するMo化合物相を有する。このMo化合物相に占める、Crの比率とMoの比率との合計P2は、60質量%以上80質量%以下である。
【0012】
好ましくは、マトリックスにおけるAlの質量とこのマトリックスに分散するγ’相におけるAlの質量との和の、Alの総質量に対する比R1は、0.6以上である。好ましくは、粒界及びマトリックスに分散するMo化合物相におけるAlの質量の、Alの総質量に対する比R2は、0.4以下である。
【0013】
他の観点によれば、本発明に係るNi-Cr-Mo系析出硬化型合金は、
Cr:18.0質量%以上28.0質量%以下、
Mo:10.0質量%以上25.0質量%以下、
及び
Al:1.0質量%以上3.0質量%以下
を含有する。この合金は、2.0質量%以下のNb及び/又は2.0質量%以下のTiをさらに含有する。残部は、Ni及び不可避的不純物である。
【0014】
好ましくは、この析出硬化型合金は、粒界と、マトリックスと、このマトリックスに分散するγ’相とを含む金属組織を有する。このマトリックスは、Ni、Cr及びMoを含有する。このマトリックスに占める、Crの比率とMoの比率との合計P1は、25質量%以上50質量%以下である。
【0015】
好ましくは、この金属組織は、粒界及びマトリックスに分散するMo化合物相を有する。このMo化合物相に占める、Crの比率とMoの比率との合計P2は、60質量%以上80質量%以下である。
【0016】
好ましくは、マトリックスにおけるAlの質量とこのマトリックスに分散するγ’相におけるAlの質量との和の、Alの総質量に対する比R1は、0.6以上である。好ましくは、粒界及びマトリックスに分散するMo化合物相におけるAlの質量の、Alの総質量に対する比R2は、0.4以下である。
【0017】
好ましくは、粒界及びマトリックスに分散するMo化合物相におけるNbの質量の、Nbの総質量に対する比R3は、0.6以下である。
【0018】
好ましくは、粒界及びマトリックスに分散するMo化合物相におけるTiの質量の、Tiの総質量に対する比R4は、0.6以下である。
【発明の効果】
【0019】
本発明に係るNi-Cr-Mo系析出硬化型合金は、耐食性、耐摩耗性及び機械加工性に優れる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【
図1】
図1は、本発明の一実施形態に係る析出硬化型合金のための素材の電子線回折の結果が示された写真である。
【
図2】
図2は、本発明の一実施形態に係る析出硬化型合金の電子線回折の結果が示された写真である。
【
図3】
図3は、
図2の析出硬化型合金の断面が示されたSEM像である。
【発明を実施するための形態】
【0021】
以下、好ましい実施形態に基づいて、本発明が詳細に説明される。
【0022】
本発明に係るNi-Cr-Mo系析出硬化型合金は、
Cr:18.0質量%以上28.0質量%以下、
Mo:10.0質量%以上25.0質量%以下
及び
Al:1.0質量%以上3.0質量%以下
を含有する。この合金がさらに、
Nb:2.0質量%以下
及び/又は
Ti:2.0質量%以下
を含有してもよい。残部は、Ni及び不可避的不純物である。
【0023】
この合金は、粒界と、マトリックスと、このマトリックスに分散する多数の化合物相とを有する。化合物相は、溶体化処理、時効処理等を経て析出し、マトリックス中に分散している。このマトリックスの主成分は、Niである。このマトリックスでは、NiにCr又はMoが固溶している。典型的な化合物相は、γ’相及びMo化合物相である。γ’相は、合金のNb及びTiの含有の有無にかかわらず、析出しうる。Mo化合物相は、合金がNb又はTiを含有する場合に、析出しうる。Mo化合物相は、マトリックスのみならず粒界にも、分散しうる。この合金は、Bを実質的に含有していない。この合金は、機械加工性に優れる。本発明において機械加工性とは、時効処理等の熱処理がなされる前の段階でなされる塑性加工の容易性を意味する。
【0024】
[モリブデン(Mo)]
Moは、基材であるNiに固溶し、合金の耐食性に寄与する。Moは特に、非酸化性の酸に対する耐食性に寄与する。Moを含有する母材に溶体化処理及び時効処理が施されることにより、多数のMo化合物相が析出する。これらのMo化合物相は、マトリックスに分散する。Mo化合物相の主成分は、Moである。このMo化合物相は、高硬度である。このMo化合物相は、合金の耐摩耗性に寄与しうる。
【0025】
十分なMo化合物相が析出し、かつMo化合物相の析出後のマトリックスにおいて十分なMoが存在しうるとの観点から、Moの含有率は10.0質量%以上が好ましく、12.0質量%以上がより好ましく、14.0質量%以上が特に好ましい。合金のコストの観点から、Moの含有率は25.0質量%以下が好ましく、23.0質量%以下がより好ましく、21.0質量%以下が特に好ましい。
【0026】
[クロム(Cr)]
Crは、基材であるNiに固溶し、合金の耐食性に寄与する。Crは特に、各種の酸に対する耐食性に寄与する。溶体化処理及び時効処理により析出するMo化合物相に、Crは含有されうる。このMo化合物相は、高硬度である。このMo化合物相は、合金の耐摩耗性に寄与しうる。
【0027】
十分なCrを有するMo化合物相が析出し、かつMo化合物相の析出後のマトリックスにおいて十分なCrが存在しうるとの観点から、Crの含有率は18.0質量%以上が好ましく、20.0質量%以上がより好ましく、21.0質量%以上が特に好ましい。合金のコストの観点から、Crの含有率は28.0質量%以下が好ましく、26.0質量%以下がより好ましく、24.0質量%以下が特に好ましい。
【0028】
[アルミニウム(Al)]
Alは、基材であるNiに固溶する。Alを含有する母材に溶体化処理及び時効処理が施されることにより、多数のγ’相(Ni3Al相)が析出する。これらのγ’相は、マトリックスに分散する。このγ’相を有する合金は、高硬度である。このγ’相は、合金の耐摩耗性に寄与する。
【0029】
十分なγ’相が析出するとの観点から、Alの含有率は1.0質量%以上が好ましく、1.5質量%以上がより好ましく、2.0質量%以上が特に好ましい。この含有率は、3.0質量%以下が好ましい。
【0030】
[ニオブ(Nb)]
Nbは、基材であるNiに固溶する。溶体化処理における、NbのNiへの固溶量は、Alのそれよりも大きい。Nbを含む合金では、溶体化処理において多くのMo化合物が固溶しうる。この合金では、時効処理の前後における硬度差が大きい。この合金の、溶体化処理後の機械加工性は、高い。Nbはさらに、Alとの置換によりγ’相に固溶して、Ni3(Al,Nb)相を形成する。このγ’相は、時効処理により硬化する。Nbは、合金の耐摩耗性に寄与しうる。
【0031】
十分なγ’相が析出するとの観点から、Nbの含有率は0.1質量%以上が好ましく、0.3質量%以上がより好ましく、0.5質量%以上が特に好ましい。この含有率は、2.0質量%以下が好ましい。
【0032】
Nbは、必須元素ではない。従って、Nbの含有率が実質的にゼロであってもよい。Nb及びTiを含まない合金では、Mo化合物が析出しない。この合金は、耐食性に優れる。この合金では、γ’相が耐摩耗性に寄与する。
【0033】
[チタン(Ti)]
Tiは、基材であるNiに固溶する。溶体化処理における、TiのNiへの固溶量は、Alのそれよりも大きい。Tiを含む合金では、溶体化処理において多くのMo化合物が固溶しうる。この合金では、時効処理の前後における硬度差が大きい。この合金の、溶体化処理後の機械加工性は、高い。Tiはさらに、Alとの置換によりγ’相に固溶して、Ni3(Al,Ti)相を形成する。このγ’相は、時効処理により硬化する。Tiは、合金の耐摩耗性に寄与しうる。
【0034】
十分なγ’相が析出するとの観点から、Tiの含有率は0.1質量%以上が好ましく、0.3質量%以上がより好ましく、0.5質量%以上が特に好ましい。この含有率は、2.0質量%以下が好ましい。
【0035】
Tiは、必須元素ではない。従って、Tiの含有率が実質的にゼロであってもよい。
【0036】
[Nb及びTi]
合金は、Nb及びTiの両方を含みうる。この場合、NbがAlとの置換によりγ’相に固溶し、TがAlとの置換によりγ’相に固溶して、Ni3(Al,Nb,Ti)相を形成しうる。このγ’相は、時効処理により硬化する。Nb及びTiの両方を含む合金は、耐摩耗性に優れる。
【0037】
[マトリックス中のCr及びMo]
マトリックスに占める、Crの比率とMoの比率との合計P1は、25質量%以上50質量%以下が好ましい。合計の比率P1が25質量%以上である合金は、耐食性に優れる。耐食性の観点から、この比率P1は28質量%以上がより好ましく、31質量%以上が特に好ましい。この比率P1が50質量%以下である合金は、靱性に優れる。従って、この合金の抗折力は大きい。抗折力の観点から、この比率P1は48質量%以下がより好ましく、45質量%以下が特に好ましい。マトリックスに占めるCrの比率は、マトリックスの総質量に対する、マトリックスに含まれるCrの質量の、百分率である。マトリックスに占めるMoの比率は、マトリックスの総質量に対する、マトリックスに含まれるMoの質量の、百分率である。
【0038】
[Mo化合物相中のCr及びMo]
粒界及びマトリックスに分散するMo化合物相に占める、Crの比率とMoの比率との合計P2は、60質量%以上80質量%以下が好ましい。合計の比率P2が60質量%以上であるMo化合物相は、高強度である。このMo化合物相を有する合金の抗折力は、大きい。抗折力の観点から、この比率P2は63質量%以上がより好ましく、65質量%以上が特に好ましい。この比率P2が80質量%以下である合金では、マトリックスにおいてNiに、十分なCr及びMoが固溶する。この合金は、耐食性に優れる。耐食性の観点から、この比率P2は77質量%以下がより好ましく、75質量%以下が特に好ましい。Mo化合物相に占めるCrの比率は、Mo化合物相の総質量に対する、Mo化合物相に含まれるCrの質量の、百分率である。Mo化合物相に占めるMoの比率は、Mo化合物相の総質量に対する、Mo化合物相に含まれるMoの質量の、百分率である。
【0039】
[マトリックス及びγ’相におけるAl]
マトリックスにおけるAlの質量と、このマトリックスに分散するγ’相におけるAlの質量との和W1の、Alの総質量TAに対する比R1は、0.6以上が好ましい。この比R1が0.6以上である合金は、十分な量のγ’相を含有する。この合金は、耐摩耗性に優れる。耐摩耗性の観点から、この比R1は0.7以上がより好ましく、0.8以上が特に好ましい。この比R1が1.0であってもよい。和W1には、粒界に存在するAlの量は加算されない。Alの総質量TAは、この合金に含まれるすべてのAlの量である。
【0040】
[Mo化合物相におけるAl]
粒界及びマトリックスに分散するMo化合物相におけるAlの質量W2の、Alの総質量TAに対する比R2は、0.4以下が好ましい。この比R2が0.4以下である合金では、十分な量のAlが、マトリックス又はγ’相に残存する。この合金は、十分な量のγ’相を有する。この合金は、耐摩耗性に優れる。耐摩耗性の観点から、この比R2は0.3以下がより好ましく、0.2以下が特に好ましい。この比R2が0.0であってもよい。質量W2は、粒界に分散するMo化合物におけるAlの量W2bと、マトリックスに分散するMo化合物におけるAlの量W2mとの合計である。Alの総質量TAは、この合金に含まれるすべてのAlの量である。
【0041】
[Mo化合物相におけるNb]
粒界及びマトリックスに分散するMo化合物相におけるNbの質量W3の、Nbの総質量TNに対する比R3は、0.6以下が好ましい。比R3が0.6以下である合金では、十分な量のNbが、マトリックス又はγ’相に残存する。この合金は、十分な量のγ’相を有する。この合金は、耐摩耗性に優れる。耐摩耗性の観点から、この比R3は0.5以下がより好ましく、0.4以下が特に好ましい。この比R3が0.0であってもよい。質量W3は、粒界に分散するMo化合物におけるNbの量W3bと、マトリックスに分散するMo化合物におけるNbの量W3mとの合計である。Nbの総質量TNは、この合金に含まれるすべてのNbの量である。
【0042】
合金がNbと共にTiを含む場合も、Nbによる前述の効果が発揮されうる。
【0043】
[Mo化合物相におけるTi]
粒界及びマトリックスに分散するMo化合物相におけるTiの質量W4の、Tiの総質量TTに対する比R4は、0.6以下が好ましい。比R4が0.6以下である合金では、十分な量のTiが、マトリックス又はγ’相に残存する。この合金は、十分な量のγ’相を有する。この合金は、耐摩耗性に優れる。耐摩耗性の観点から、この比R4は0.5以下がより好ましく、0.4以下が特に好ましい。この比R4が0.0であってもよい。質量W4は、粒界に分散するMo化合物におけるTiの量W4bと、マトリックスに分散するMo化合物におけるTiの量W4mとの合計である。Tiの総質量TTは、この合金に含まれるすべてのTiの量である。
【0044】
合金がTiと共にNbを含む場合も、Tiによる前述の効果が発揮されうる。
【0045】
以下、本発明に係る析出硬化型合金のための製造方法の一例が説明される。この製造方法では、まず、成分調製された素材が準備される。次に、この素材に溶体化処理が施される。溶体化処理では、素材が1000℃以上1250℃以下の環境下に、1時間から6時間保持される。その後に素材は、冷却される。典型的な冷却は、水冷及び空冷である。溶体化処理により、粒界とマトリックスとが発生する。粒界には、化合物(例えばMo化合物)が析出する。
【0046】
この溶体化処理後の素材の電子線回折の結果が、
図1に示されている。
図1において目視される全ての光点は、γNiの回折である。
図1から明らかなように、この素材には、γ’相は存在していない。この素材に、機械による塑性加工が施される。
【0047】
次にこの素材に、時効処理が施される。時効処理では、素材が600℃以上800℃以下の環境下に、2時間から40時間保持される。その後に素材は、冷却される。典型的な冷却は、炉冷又は空冷である。この時効処理により、析出硬化型合金が得られる。
【0048】
時効処理の直後の析出硬化型合金の電子線回折の結果が、
図2に示されている。
図2において明るい光点は、γNiの回折である。隣接する明るい光点に挟まれた、薄い光点は、γ’相の回折である。
【0049】
図3は、この析出硬化型合金の断面が示されたSEM像である。
図3には、マトリックスと分散体とが示されている。マトリックスの主成分は、Niである。分散体は、Mo化合物相である。
【0050】
溶体化処理後の素材は、例えば240HVの硬度を有する。この素材は、機械加工性に優れる。一方、時効処理後の析出硬化型合金は、例えば450HVの硬度を有する。この析出硬化型合金は、耐摩耗性に優れる。
【0051】
素材は、溶製で得られてもよく、粉末冶金によって得られてもよい。粉末冶金の場合、粉末はアトマイズによって得られうる。好ましいアトマイズは、ガスアトマイズである。ガスアトマイズでは、底部に細孔を有する容器(石英坩堝)の中に、原料が投入される。この原料が、アルゴンガス又は窒素ガスの雰囲気中で、高周波誘導炉によって加熱され、溶融する。細孔から流出する原料に、アルゴンガス又は窒素ガスが噴射される。原料は急冷されて凝固し、粉末が得られる。
【0052】
この粉末に、必要に応じ、分級がなされる。分級後の粉末が、炭素鋼製のカプセルに充填される。このカプセルの内部が真空脱気され、さらにこのカプセルが封止されてビレットが得られる。このビレットに、HIP成形(熱間等方圧プレス)が施される。HIP成形の、好ましい圧力は50MPa以上300MPa以下であり、好ましい焼結温度は1000℃以上1350℃以下である。HIP成形により、成形体が得られる。この成形体が素材とされて、前述の析出硬化型合金が得られる。
【実施例0053】
以下、実施例によって本発明の効果が明らかにされるが、この実施例の記載に基づいて本発明が限定的に解釈されるべきではない。
【0054】
[実施例1]
所定の組成を有する原料を、準備した。この原料を、アルゴンガス雰囲気中にてアルミナ製坩堝で、高周波誘導加熱法にて加熱した。この加熱によって原料を溶融させ、溶湯を得た。坩堝下にある直径が5mmのノズルから、溶湯を落下させた。この溶湯に、窒素ガスを噴霧し、粉末を得た。この粉末に分級を施し、粒子径を500μm以下に調整した。この粉末の組成が、下記の表1に示されている。この粉末を、直径が100mmであり、高さが100mmであり、材質が炭素鋼であるカプセルに充填した。このカプセル内を真空脱気した。このカプセルを封止し、ビレットを得た。このビレットに、HIP成形を施した。HIPの温度は、1200℃であった。HIPにより、棒状の成形体が得られた。この成形体に溶体化処理及び時効処理を施して、実施例1に係る析出硬化型合金を得た。
【0055】
[実施例2-28及び比較例29-37]
原料の組成を変更した他は、実施例1と同様にして、実施例2-28及び比較例29-37に係る成形体(析出硬化型合金を)得た。各合金の組成が、下記の表1及び2に示されている。
【0056】
[耐食性]
成形体(析出硬化型合金)から、切削にて試験片を製作した。この試験片のサイズは、10mm×10mm×15mmであった。この試験片の質量を、測定した。この試験片を、フッ酸10%の水溶液に10時間浸漬した。この水溶液の温度は、40℃であった。さらに、試験片の質量を測定した。下記基準に従い、格付けした。
A:浸漬による質量の減少量が1.0g/m2/h以下である。
B:浸漬による質量の減少量が1.0g/m2/hより大きい。
この結果が、下記の表1及び2に示されている。
【0057】
[硬さ]
成形体(析出硬化型合金)を研磨して、上面と下面とが平行である試験片を得た。この試験片のビッカース硬さH1を測定した。下記基準に従い、格付けした。
A:硬さが380HV以上である。
B:硬さが380HV未満である。
この結果が、下記の表1及び2に示されている。
【0058】
[硬さ増加幅]
時効処理前の成形体のビッカース硬さH2を測定し、上記硬さH1との差(H1-H2)を算出した。下記基準に従い、格付けした。
A:差(H1-H2)が50以上である。
B:差(H1-H2)が50未満である。
この結果が、下記の表1及び2に示されている。
【0059】
[抗折力]
成形体(析出硬化型合金)から、切削にて試験片を製作した。この試験片のサイズは、2mm×2mm×20mmであった。この試験片を、3点曲げ試験に供した。支点間距離は、10mmであった。下記基準に従い、格付けした。
A:抗折力が1.5GPa以上である。
B:抗折力が1.5GPa未満である。
この結果が、下記の表1及び2に示されている。
【0060】
【0061】
【0062】
表1及び2において、比較例29に係る合金では、粒界とマトリックスとに分散するMo化合物が多いので、耐食性、硬さ、硬さ増加幅及び抗折力が劣る。比較例30に係る合金では、Cr及びMoの含有量が少なく、かつ、粒界とマトリックスとに分散するMo化合物が少ないため、耐食性と抗折力が劣る。比較例31に係る合金は、粒界とマトリックスとに分散するMo化合物が多いので、耐食性が劣る。比較例32に係る合金にはAl含まれず、γ’が析出しないため、硬さ及び硬さ増加幅が劣る。比較例33に係る合金では、粒界とマトリックスとに分散するMo化合物が多いので、耐食性、硬さ及び硬さ増加幅が劣る。比較例34に係る合金では、粒界とマトリックスとに分散するMo化合物が多いので、耐食性、硬さ及び硬さ増加幅が劣る。比較例35に係る合金はAl、Nb及びTiを含んでおらず、γ’相及びMo化合物が析出していなので、硬さ、硬さ増加幅及び抗折力に劣る。比較例36に係る合金は、Alを含んでおらず、γ’相が析出していなので、硬さ及び硬さ増加幅に劣る。比較例37に係る合金はAlを含んでおらず、γ’相が析出していなので、硬さ及び硬さ増加幅に劣る。一方、各実施例に係る合金は、諸性能に優れている。この評価結果から、本発明の優位性は明らかである。