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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023016540
(43)【公開日】2023-02-02
(54)【発明の名称】遮熱膜及び遮熱部品
(51)【国際特許分類】
   B32B 9/00 20060101AFI20230126BHJP
   F02F 3/10 20060101ALI20230126BHJP
   B32B 7/027 20190101ALI20230126BHJP
   C23C 28/00 20060101ALI20230126BHJP
   F16J 9/26 20060101ALI20230126BHJP
【FI】
B32B9/00 A
F02F3/10 B
B32B7/027
C23C28/00 Z
F16J9/26 C
【審査請求】未請求
【請求項の数】7
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021120920
(22)【出願日】2021-07-21
(71)【出願人】
【識別番号】390008822
【氏名又は名称】アート金属工業株式会社
(71)【出願人】
【識別番号】000000011
【氏名又は名称】株式会社アイシン
(71)【出願人】
【識別番号】594143433
【氏名又は名称】アクロス株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002398
【氏名又は名称】弁理士法人小倉特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】山野井 亮子
(72)【発明者】
【氏名】山川 直樹
(72)【発明者】
【氏名】田口 陽介
(72)【発明者】
【氏名】宮本 圭資
【テーマコード(参考)】
3J044
4F100
4K044
【Fターム(参考)】
3J044AA08
3J044BA01
3J044BA04
3J044BB14
3J044BB27
3J044BB37
3J044BC01
3J044DA09
4F100AA01B
4F100AA03
4F100AA03B
4F100AA03C
4F100AA17D
4F100AA33B
4F100AA33C
4F100AB04
4F100AC05
4F100AK01C
4F100AT00A
4F100BA03
4F100BA04
4F100BA07
4F100DE02
4F100DE02B
4F100GB31
4F100GB51
4F100JD14
4F100JJ02
4F100JJ02B
4F100JJ02C
4F100JK10
4F100JK14
4F100JK14C
4F100YY00C
4K044AA06
4K044BA13
4K044BA14
4K044BA21
4K044BB04
4K044BC11
4K044BC12
4K044CA17
4K044CA53
(57)【要約】
【課題】無機化合物層を備えつつ,無機化合物層に空孔やマイクロクラックが発生することにより生じる各種の問題を解消した遮熱膜を提供する。
【解決手段】遮熱対象部品2の少なくとも表面の一部上に成膜される遮熱膜10を,アルコキシドから形成された無機化合物21中に鱗片状の無機粒子22が分散されて成る無機化合物層20と,前記無機化合物層20上に形成された,厚さ0.5~30μmで,かつ,金属アルコキシドと樹脂との混合体から成る有機-無機ハイブリッド材によって形成されたトップコート30により形成する。このトップコート30の形成により,無機化合物層20の空孔23やマイクロクラックに有機-無機ハイブリッド材が充填されると共に無機化合物層20の表面が覆われることで,遮熱膜10の遮熱性能が向上すると共に,このような遮熱膜10をエンジンのピストン頂面に形成することで,エンジンの燃費が改善される。
【選択図】図1

【特許請求の範囲】
【請求項1】
遮熱対象部品の少なくとも表面の一部上に成膜される遮熱膜において,
アルコキシドから形成された無機化合物中に鱗片状の無機粒子が分散されて成る無機化合物層と,
前記無機化合物層上に形成された,厚さ0.5~30μmで,かつ,金属アルコキシドと樹脂との混合体から成る有機-無機ハイブリッド材によって形成されたトップコートを備えることを特徴とする遮熱膜。
【請求項2】
前記トップコートの表面が,ISO25178に規定する面算術平均高さSaで0.1~1.5μm,又は,界面の展開面積比Sdrで0.01~1.5である,請求項1記載の遮熱膜。
【請求項3】
前記無機化合物層の下層に更に陽極酸化被膜層を備えることを特徴とする請求項1又は2記載の遮熱膜。
【請求項4】
遮熱対象部品の表面の少なくとも一部を遮熱膜で覆って成る遮熱部品において,
前記遮熱膜が,
アルコキシドから形成された無機化合物中に鱗片状の無機粒子が分散されて成る無機化合物層と,
前記無機化合物層上に形成された,厚さ0.5~30μmで,かつ,金属アルコキシドと樹脂の混合体から成る有機-無機ハイブリッド材から形成されたトップコートを備えることを特徴とする遮熱部品。
【請求項5】
前記トップコートの表面が,ISO25178に規定する面算術平均高さSaで0.1~1.5μm,又は,界面の展開面積比Sdrで0.01~1.5である,請求項4記載の遮熱部品。
【請求項6】
前記無機化合物層の下層に更に陽極酸化被膜層を備えることを特徴とする請求項4又は5記載の遮熱部品。
【請求項7】
前記遮熱対象部品が,エンジン用ピストンである請求項4~6いずれか1項記載の遮熱部品。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は,遮熱膜,及び,前記遮熱膜の形成によって遮熱された部品(本明細書において「遮熱部品」という。)に関し,例えばエンジンのピストンの頂面に形成する遮熱膜,及び,該遮熱膜が形成されたピストン等の遮熱部品に関する。
【背景技術】
【0002】
燃費の向上等を目的として,エンジンの燃焼室内で発生した熱がピストン等を伝って放出されることにより生じる熱損失を低減すべく,ピストンの頂面に遮熱膜を形成して,熱効率を改善することが行われている。
【0003】
このような遮熱膜として,後掲の特許文献1には,図10に示すようにピストン102の頂面に中空粒子80を埋設した樹脂から成る断熱層71と,この断熱層71の表面に形成された,中空粒子80a,80bを含むシリカ,ジルコニア,アルミナ,及びセリア等の無機材料から成る無機系被膜層72(72a,72b)から成る遮熱膜70を形成する構成が提案されている(特許文献1の図4参照)。
【0004】
また,上記特許文献1に記載の遮熱膜に設けられた樹脂製の断熱層71や,中空粒子80a,80bを含む無機系被膜層72(72a,72b)では,エンジンの燃焼室等の高温環境下での耐熱性が不十分であり,無機系被膜層72(72a,72b)にクラックが生じる等して剥離しやすいことに鑑み,後掲の特許文献2では,図11に示すように,ピストン102の頂面に形成する断熱層をアルマイト層241によって形成すると共に,この断熱層(アルマイト層)241上に,保護層としてアルコキシドから形成された無機化合物中に鱗片状の無機粒子が分散されて成る無機化合物層243を形成し,前述のアルマイト層241と無機化合物層(保護層)243から成る遮熱膜240を形成することを提案している(特許文献2の図10図11参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特許第6067712号公報
【特許文献2】特許第6339118号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
前掲の特許文献2に記載の遮熱膜240では,特許文献1において樹脂と中空粒子80によって形成されていた断熱層71をアルマイト層241に変更すると共に,特許文献1で中空粒子80a,80bと無機材料によって形成されていた無機系被膜層72(72a,72b)を,アルコキシドから形成された無機化合物中に鱗片状の無機粒子が分散された無機化合物層(保護層)243としたことで,特許文献1に記載の遮熱膜70の弱点であった,耐熱性が低いという欠点を克服している。
【0007】
しかし,前掲の特許文献2に記載の遮熱膜240に設けられているアルコキシドから形成された無機化合物層243は,無機化合物層243となる液体塗料(無機粒子を含む金属アルコキシド溶液)をピストン102等の遮熱対象部品に塗布した後,焼成により化学反応を生じさせて形成していることから,成膜後の冷却による体積収縮によって無機化合物層243内に空孔が形成されると共に,マイクロクラック等の破壊が発生する。
【0008】
また,このようなマイクロクラック等の破壊の発生は,無機化合物層243の焼成時のみならず,成膜後,高温環境下での使用によって加熱と冷却が繰り返されることによっても生じ得る。
【0009】
このようにして無機化合物層243に発生した空孔や,マイクロクラックの発生は,無機化合物層243の剥離等の起点等となる。
【0010】
また,マイクロクラックの発生によって無機化合物層243の表面が凹凸になり表面積が増大すれば,受熱面積が増え,熱移動量が増えることにより無機化合物層243に熱が伝わりやすくなるため遮熱膜としての機能が低下する。
【0011】
特に,特許文献2の遮熱膜240をエンジンのピストン102の頂面に設ける構成では,無機化合物層243に空孔や,マイクロクラックが生じると,燃焼室内に噴射された燃料の一部が空孔やマイクロクラックに染み込んで,空孔やマイクロクラック内に保持される。
【0012】
また,無機化合物層243に分散されている鱗片状の無機粒子は液体吸収性を有することから,マイクロクラックに染み込んだ燃料は更に鱗片状の無機粒子にも染み込んで,無機粒子中に保持される。
【0013】
このようにして空孔やマイクロクラック,鱗片状の無機粒子等に保持された燃料は,エンジンの燃焼行程においても燃焼されず,未燃焼燃料として排気ガスと共に機外に排出されることで,燃料の損失(以下,このような未燃焼燃料の排出に伴う燃料損失を「未燃損失」という。)が増加する。
【0014】
また,マイクロクラックが発生して表面が凹凸となった無機化合物層243がピストン102の頂面に形成されることで,前述したように遮熱膜240の遮熱性が低下するだけでなく,ピストン頂面で異常爆発(ノッキング)が生じ易くなる。
【0015】
その結果,頂面に特許文献2に記載の遮熱膜240を形成したピストン102をエンジンに搭載して行った「実機エンジン試験」では,遮熱膜240の形成により熱損失が低減されているにも拘わらず,十分な燃費の改善を得ることができなかった。
【0016】
このように,無機化合物層243を備えた特許文献2の遮熱膜240は,高い遮熱性と耐熱性を有するものでありながら,空孔やマイクロクラックの発生によりその性能を十分に引き出すことができていない。
【0017】
そこで,本発明は上記従来技術の欠点を解消するために成されたものであり,前述したように遮熱性と耐熱性に優れた無機化合物層を備えつつ,この無機化合物層に空孔やマイクロクラックが発生することにより生じる,前記各種の問題を解消した遮熱膜,及び,該遮熱膜が形成された遮熱部品を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0018】
以下に,課題を解決するための手段を,発明を実施するための形態で使用する符号と共に記載する。この符号は,特許請求の範囲の記載と,発明を実施するための形態の記載との対応を明らかにするためのものであり,言うまでもなく,本発明の技術的範囲の解釈に制限的に用いられるものではない。
【0019】
上記目的を達成するために,本発明の遮熱膜10は,
遮熱対象部品2の少なくとも表面の一部上に成膜される遮熱膜10において,
アルコキシドから形成された無機化合物21中に鱗片状の無機粒子22が分散されて成る無機化合物層20と,
前記無機化合物層20上に形成された,厚さ0.5~30μmで,かつ,金属アルコキシドと樹脂との混合体から成る有機-無機ハイブリッド材によって形成されたトップコート30を備えることを特徴とする(請求項1)。
【0020】
前記トップコート30の表面は,ISO25178に規定する面算術平均高さSaで0.1~1.5μm,又は,界面の展開面積比Sdrで0.01~1.5とすることが好ましい(請求項2)。
【0021】
前記無機化合物層20の下層には,更に陽極酸化被膜層40を設けることができる(請求項3)。
【0022】
また,本発明の遮熱部品1は,遮熱対象部品2の表面の少なくとも一部を遮熱膜10で覆って成り,
前記遮熱膜10が,
アルコキシドから形成された無機化合物21中に鱗片状の無機粒子22が分散されて成る無機化合物層20と,
前記無機化合物層20上に形成された,厚さ0.5~30μmで,かつ,金属アルコキシドと樹脂の混合体から成る有機-無機ハイブリッド材から形成されたトップコート30を備えることを特徴とする(請求項4)。
【0023】
前記構成の遮熱部品1において,前記トップコート30の表面は,ISO25178に規定する面算術平均高さSaで0.1~1.5μm,又は,界面の展開面積比Sdrで0.01~1.5であることが好ましい(請求項5)。
【0024】
また,前記無機化合物層20の下層には,更に陽極酸化被膜層40を設けることができる(請求項6)。
【0025】
なお,前記遮熱対象部品2は,これをエンジン用ピストン,好ましくはアルミ合金製のエンジン用ピストンとすることができる(請求項7)。
【発明の効果】
【0026】
以上で説明した本発明の構成により,本発明の遮熱膜10及び該遮熱膜10が形成された遮熱部品1では,以下の顕著な効果を得ることができた。
【0027】
成膜の際に空孔23やマイクロクラックが生じた前記無機化合物層20上に,金属アルコキシドと樹脂との混合体である有機-無機ハイブリッド材から形成されたトップコート30を0.5~30μmの膜厚で設けることにより,無機化合物層20に生じた空孔23やマイクロクラック内に有機-無機ハイブリッド材を含浸させた状態で無機化合物層20をトップコート30で覆うことができた。
【0028】
このトップコート30は,ケイ素アルコキシド,ジルコニウムアルコキシド,チタンアルコキシド等の,無機成分である金属アルコキシドと,アルキルシリケート樹脂,シリコーン樹脂,フッ素系樹脂などの有機成分である樹脂の混合体から成る有機-無機ハイブリッド材によって形成されているため,無機成分である金属アルコキシドが有する高硬度,高耐熱という性質と,有機成分である樹脂が有する柔軟性を併せ持っており,加熱と冷却が繰り返し行われる高温環境下での使用によってもマイクロクラック等の破壊が生じ難いものとなっている。
【0029】
その結果,本発明の遮熱膜10を設けた遮熱部品1を高温環境下で使用した場合であっても,トップコート30の剥離等が生じ難く,空孔23やマイクロクラックが生じた無機化合物層20がトップコート30で覆われていると共に,トップコート30を構成する有機-無機ハイブリッド材がマイクロクラックや空孔23内に染み込んで硬化することで,空孔23やマイクロクラックを起点とした無機化合物層20の剥離等を生じ難くすることができた。
【0030】
また,トップコート30の形成によって遮熱膜10の表面が平滑となることで,表面が凹凸形状となっている場合に比較して表面積が小さくなる結果,遮熱膜10の表面での熱交換が起こり難くなり,遮熱膜10の遮熱性を向上させることができた。
【0031】
特に,本発明の遮熱膜10をエンジンのピストン頂面に形成した場合には,無機化合物層20の表面がトップコート30によって覆われることで,燃焼室内に噴射された燃料の一部が無機化合物層20の空孔23やマイクロクラック,鱗片状の無機粒子22に染み込んで保持されることがないため,未燃損失を低減することができた。
【0032】
また,トップコート30の形成によって,ピストンの頂面が平滑な面となることで,ピストン頂面における異常爆発(ノッキング)の発生についても抑制することができた。
【0033】
その結果,本発明の遮熱膜10をエンジンのピストン頂面に形成することで,該ピストンを搭載したエンジンの燃費を改善することができた。
【図面の簡単な説明】
【0034】
図1】本発明の遮熱膜の一構成例を示す断面説明図。
図2】本発明の遮熱膜の別の構成例を示す断面説明図。
図3】実施例1の遮熱膜表面のレーザ顕微鏡像(×50)。
図4】実施例2の遮熱膜表面のレーザ顕微鏡像(×50)。
図5】比較例1の遮熱膜表面のレーザ顕微鏡像(×50)。
図6】比較例2の遮熱膜の表面像(マイクロスコープによるデジタルカメラ画像)(×50)。
図7】比較例3の遮熱膜表面のレーザ顕微鏡像(×50)。
図8】実施例1の遮熱膜の断面SEM像(×2000)。
図9】比較例1の遮熱膜の断面SEM像(×2000)。
図10】従来の遮熱膜の断面説明図(特許文献1の図4に対応)。
図11】従来の遮熱膜の断面説明図(特許文献2の図10に対応)。
【発明を実施するための形態】
【0035】
次に,本発明の実施形態につき添付図面を参照しながら以下説明する。
【0036】
なお,以下の説明では,遮熱対象部品2をエンジンのピストンとし,このピストンの頂面に本発明の遮熱膜10を形成して本発明の遮熱部品1を形成した例について説明するが,本発明の遮熱膜10は,エンジンのピストンのみならず,高温環境下で使用される各種の機械部品等,遮熱を必要とする各種の物品に対し形成することができる。
【0037】
〔遮熱部品及び遮熱膜の全体構造〕
本発明の遮熱部品1は,図1及び図2に示すように,エンジンのピストンなどの金属製の部品である遮熱対象部品2と,この遮熱対象部品2の表面の少なくとも一部分,例えば前述のピストンにあってはその頂面形成された遮熱膜10によって構成されている。
【0038】
この遮熱膜10は,図1及び図2に示すように,遮熱対象部品2に対する熱伝導を遮断するために,遮熱対象部品2の表面に形成される膜であり,アルコキシドから形成された無機化合物21中に,鱗片状の無機粒子22が分散され成る無機化合物層20と,金属アルコキシドと樹脂との混合体である有機-無機ハイブリッド材から形成されたトップコート30を少なくとも含む。
【0039】
図1の遮熱膜10は,前述した無機化合物層20とトップコート30で形成された二層構造の遮熱膜10であり,図2は,無機化合物層20とトップコート30に加え,更に,無機化合物層20の下層に形成された陽極酸化被膜層40を有する,三層構造の遮熱膜10である。
【0040】
図2に示すように,無機化合物層20の下層に陽極酸化被膜層40を設ける場合,遮熱対象部品2をアルミニウムやアルミニウム合金製とし,この遮熱対象部品2に対し予め陽極酸化処理を行って陽極酸化被膜層(アルマイト層)40を形成しておくと共に,この陽極酸化被膜層(アルマイト層)40上に前述の無機化合物層20とトップコート30を形成するものとしても良い。
【0041】
このようなアルマイト層40は,硫酸,シュウ酸,リン酸などから成る酸性水溶液を使用してアルミニウムをアノード酸化させることにより形成することができ,その膜厚の範囲は10~100μmである。
【0042】
このように,無機化合物層20の下層にアルマイト層40を設けることで,無機化合物層20と,アルミニウム合金製のピストンの母材との密着性を向上させることができる。
【0043】
なお,本発明の遮熱膜10は,図1及び図2に示す構成に限定されず,図2に示す構成の遮熱膜10において,アルマイト層40に代えて,例えば中空粒子を分散させた無機材料から成る断熱層等の既知の断熱層を設ける構成や,図2におけるアルマイト層40と無機化合物層20の間に,前述した中空粒子を分散させた無機材料から成る断熱層等の既知の断熱層を設ける構成を採用するものとしても良く,少なくとも前述した無機化合物層20とトップコート30を備える構成であれば,各種構成が採用可能である。
【0044】
〔無機化合物層〕
本発明の遮熱膜10を構成する層のうち,前述の無機化合物層20は,前述したように,アルコキシドから形成された無機化合物21中に,鱗片状の無機粒子22が分散された構造を有するものであり,図1及び図2に示すように,長手方向を遮熱対象部品2の表面と平行に配置された鱗片状の無機粒子22が,アルコキシドより形成された無機化合物21をバインダとして結合された構造を備えている。
【0045】
無機化合物層20を構成する無機化合物21は,ケイ素アルコキシド,ジルコニウムアルコキシド,アルミニウムアルコキシド,セリウムアルコキシドのようなアルコキシドから形成された金属酸化物により構成されている。
【0046】
特に、ジルコニウムアルコキシドはじん性があり,アルミ合金製のピストンである遮熱対象部品2の伸びに追従しやすく好ましい。
【0047】
このように,無機化合物層20の無機化合物21は,アルコキシドから形成された金属酸化物によって構成されるため,アルコキシドを処理した際に副産物として水やアルコールが生じるものの,これらは熱処理により容易に除去することが可能である。
【0048】
これにより異物が残存することを抑制できるので,耐熱性を向上させることが可能である。
【0049】
無機化合物21中には,アミノ基(-NH)を有する結合剤が分散されており,このような結合剤としては,アミノプロピルトリエトキシシランや,アミノプロピルトリメトキシシラン,アミノプロピルメチルジメトキシシランなどのアミノ系のカップリング剤を使用することができる。
【0050】
このようなアミノ系カップリング剤の添加は,金属アルコキシド溶液である塗料(鱗片状の無機粒子を含まない)100mass%に対して0.1mass%~10mass%添加する。
【0051】
以上のように構成された無機化合物層20の厚さは,10~500μmであり,好ましくは,10~200μmである。
【0052】
前述の無機化合物21中に分散される鱗片状の無機粒子22としては,マイカ,タルク,及びウォラストナイトを挙げることができ,これらはいずれか一種を単独で使用しても良く,または,いずれか二種,又は三種全てを混ぜ合わせて使用するものとしても良い。
【0053】
マイカ,タルク,及びウォラストナイトは,いずれも1000℃程度の高温下においても溶融等が生じず,十分な耐熱性を有している。
【0054】
ここで鱗片状とは,長さに対し厚みが十分に小さい形状を言い,板状や片状のものの他,長さに対し厚みが十分に小さな形状であれば,繊維状,針状のものも,ここでいう鱗片状に含まれる。
【0055】
無機化合物層20に分散させる鱗片状の無機粒子22のサイズは,平均粒径において好ましくは0.1~100μm程度であり,より好ましくは1~20μm程度である。
【0056】
このような鱗片状の無機粒子22を,無機化合物層20のうちの35~75vol%が無機粒子22となるように無機化合物21中に分散させる。
【0057】
このような鱗片状の無機粒子の添加により,無機化合物層20の剥離を抑制することができ,高温環境下においても高い遮熱性を確保することができる。
【0058】
〔トップコート〕
上記無機化合物層20上に形成されるトップコート30は,ケイ素アルコキシド,ジルコニウムアルコキシド,チタンアルコキシド等の金属アルコキシドと,アルキルシリケート樹脂,シリコーン樹脂,フッ素系樹脂などの耐熱性に優れた樹脂の混合体から成る,有機-無機ハイブリッド材から形成されている。
【0059】
このトップコート30は,膜厚0.5~30μmの範囲で形成することにより,無機化合物層20に生じた空孔23やマイクロクラックに有機-無機ハイブリッド材を染み込ませた状態で無機化合物層20上を覆うことができる。
【0060】
これにより空孔23やマイクロクラックが発生した無機化合物層20を補強することができると共に,遮熱膜10の表面が平坦化されることで,遮熱膜10の遮熱性を向上させることができる。
【0061】
また,このようなトップコート30を備えた遮熱膜10をピストンの頂面に形成する場合には,無機化合物層20の空孔23やクラック,鱗片状の無機粒子22に対して燃料が染み込むことを防止することができると共に,遮熱膜10の表面が平滑となることで,ピストンの頂面における燃料の異常燃焼(ノッキング)の発生について防止することができる。
【0062】
このトップコート30は,膜厚が薄くなるほど無機化合物層20に対する燃料染み込みの効果が低くなり,また,膜厚が厚くなる程,内部応力が高まってクラックや剥離等が生じ易くなる等,トップコート30を良好な状態に維持することが難しくなる。
【0063】
よって,トップコートの膜厚は,0.5~30μmとすることが好ましく,より好ましくは0.5~10μmである。
【0064】
なお,前述のようにトップコート30の形成により遮熱膜10の表面が平滑となることで,表面積の減少に伴う遮熱性能の向上や,ピストン頂面での異常燃焼(ノッキング)の発生を防止して,エンジンの燃費の改善が行われる。
【0065】
このような観点より,トップコート30の表面粗さは,ISO25178で規定する面算術平均高さSaで0.1~1.5μm,又は,界面の展開面積比Sdrで0.01~1.5とすることが好ましい。
【0066】
〔遮熱対象部品〕
以上で説明した本発明の遮熱膜10は,前述したようにエンジンのピストンを遮熱対象部品とし,このピストンの頂面に形成することで,従来の遮熱膜と同様,ピストンを介した燃焼室内の熱放出を抑制するという効果を維持しつつ,未燃損失を低減することができると共に,表面が平滑に形成された遮熱膜10の形成は,表面が凹凸に形成されていたために表面積が広く熱交換を行い易く(従って,遮熱性が低く)なっていた従来の遮熱膜に比較して,遮熱性能を向上させることができ,また,ピストン頂面における異常燃焼(ノッキング)を抑制して,燃費を改善することができるものとなっている。
【0067】
このように,本発明の遮熱膜10は,エンジンのピストン,特に,熱伝導性の良いアルミ合金製のピストンの頂面に形成するに適している。
【0068】
もっとも,本発明の遮熱膜10の形成によって遮熱を行う部品(遮熱対象部品)2は,エンジンのピストンに限定されず,高温環境下で使用される機械部品,例えば、エキゾーストマニホールド等の排気系システム部品やEGR(exhaust gas recirculation:排気再循環)等,遮熱が必要とされる各種の機械部品に適用可能である。
【実施例0069】
1.評価試験
本発明の遮熱膜に対する評価試験結果について以下に説明する。
〔評価対象〕
SUS304製の試験片に,本発明の遮熱膜を形成した試料(実施例1,実施例2)と,比較例の遮熱膜を形成した試料(比較例1~3:但し,比較例1のみアルミ合金製の試験片を使用)について,それぞれ試験と評価を行った。
【0070】
実施例1,2及び比較例1~3の各試料に形成した遮熱膜は,下記の表1に示す通りである。
【0071】
【表1】
【0072】
〔試験・観察方法〕
(1)吸油試験
遮熱膜を形成した後,そのままの状態の各試料と,熱衝撃を加えた後の各試料をそれぞれ試験対象とした。
【0073】
前述の熱衝撃として,各試料を350℃の加熱状態に10分間保持した後,常温の水に浸漬して冷却する処理を行った。
【0074】
吸油性の評価は,遮熱膜の表面にn-ヘキサデカン(燃料に見立てた低粘性のオイル)を滴下して3分間放置した後,紙製のウエスで拭き取り,オイルの滴下前と,オイルの滴下後,更にウエスで拭き取った後の各試料の重量変化を『吸油量(mg)』として測定した。
【0075】
測定した吸油量を,オイル滴下前の遮熱膜の重量で割って得た値(×100)を『吸油率(%)』として求めた。
【0076】
(2)表面及び断面観察
熱衝撃を与えた後の,実施例1,2及び比較例1~3の各試料の遮熱膜の表面を観察すると共に,実施例1及び2と,比較例1の断面を観察した。
【0077】
表面観察はレーザ顕微鏡により,倍率50倍の対物レンズによって行った。
【0078】
また,断面観察は,走査電子顕微鏡(SEM)を使用し,倍率2000倍として行った。
【0079】
(3)表面粗度の測定
遮熱膜を形成した後,熱衝撃を加える前の実施例1,2及び比較例1~3の試料の表面粗さを測定した。
【0080】
測定は,レーザ顕微鏡(倍率50倍の対物レンズ)を使用して行い,粗さパラメータとして,ISO25178で規定する面算術平均高さSaと,界面の展開面積比Sdrをそれぞれ測定した。
【0081】
〔試験・観察結果〕
前述した吸油試験,表面・断面観察,面粗度測定の各結果を下記の表2に示す。
【0082】
また,実施例1,2及び比較例1~3の各試料の遮熱膜表面の状態を図3図7に,実施例1と比較例1の断面SEM像を,図8及び図9にそれぞれ示す。
【0083】
【表2】
【0084】
〔考察〕
実施例1及び2の試料は,熱衝撃を加える前後のいずれの状態においても吸油率が低く,亀裂の発生等も確認できず,面粗度についても面算術平均高さSa,界面の展開面積比Sdr共に,1.5を大きく下回るものとなっていた。
【0085】
また,図8に示すように,SEMによる断面観察の結果,有機-無機ハイブリッド材が染み込むことにより,無機化合物層内の空孔が埋められていることが確認された。
【0086】
なお,図8は実施例1の試料の断面SEM像であり,実施例2の試料の断面SEM像については掲載を省略するが,同様の結果が確認されている。
【0087】
一方,トップコートが設けられておらず,無機化合物層が表面に直接露出している比較例1の遮熱膜では,吸油率が熱衝撃前で17.9%,熱衝撃後で19.5%といずれも高く,また,表面及び断面観察の結果,無機化合物層にマイクロクラックの発生(図5参照)と,多数の空孔の発生(図9参照)が確認されていると共に,面粗度も,面算術平均高さSaで1.64μm,界面の展開面積比Sdrで4.26と粗いものとなっていた。
【0088】
以上の結果から,無機化合物層上にトップコートを設けた本発明の遮熱膜の優位性が確認された。
【0089】
また,比較例2では,実施例1,2と同様,有機-無機ハイブリッド材によって形成したトップコートを設けており,熱衝撃前の吸油率は0.3%と,実施例1,2の遮熱膜よりも低くなっていると共に,面粗度も,面算術平均高さSaで0.12,界面の展開面積比Sdrで0.03と,平滑な表面が得られていることが確認された。
【0090】
しかし,比較例2の試料に設けた遮熱膜では,熱衝撃を加えることでトップコートに剥離が生じ(図6参照),高温環境下での使用に耐え得ないものであることが確認された。
【0091】
比較例2の遮熱膜に形成したトップコートの膜厚は50μmと,実施例1,2のトップコートの膜厚(実施例1で3μm,実施例2で30μm)に比較して厚くなっており,トップコートの膜厚をこのように厚いものとしたことで膜内の残留応力が高まった結果,熱衝撃を加えることで剥離したものと考えられる。
【0092】
以上の結果から,本発明の遮熱膜におけるトップコートの膜厚を30μm以下とすることの有効性が確認された。
【0093】
比較例3の遮熱膜は,トップコートの膜厚については5μmと本発明のトップコートの膜厚の範囲内であるが,トップコートが無機材料であるアルコキシド金属(Zrアルコキシド)のみによって形成されている点で,本発明の遮熱膜の構成とは異なる。
【0094】
この構成では,熱衝撃前の吸油率において既に16.2%と高く,面粗度については面算術平均高さSaで1.30μmであったが,界面の展開面積比Sdrは4.07と高く,更に,熱衝撃を与えることでトップコートは剥離した。
【0095】
以上の結果から,トップコートの材質として,有機-無機ハイブリッド材を採用した本発明の遮熱膜の優位性が確認された。
【0096】
2.トップコートの膜厚の下限値の確認
トップコートの膜厚の下限値を求めるべく,前掲の試験例におけるトップコートの膜厚の最小値である3μm(実施例1)未満である膜厚0.5~2μmの範囲でトップコートの膜厚を変化させて,形成される遮熱膜の外観の変化と吸油率の変化を測定した。
【0097】
測定は熱負荷をかける前の試料と,熱負荷後の試料の双方に対して行い,外観の観察は,肉眼及び顕微鏡により遮熱膜(トップコート)の表面を観察し,顕微鏡を使用してもクラックが確認できないものを「○」,顕微鏡ではクラックが確認されたが肉眼ではクラックが確認できないものを「△」,肉眼でクラックが確認できたものを「×」とそれぞれ評価した。
【0098】
なお,トップコートの膜厚は断面観察に基づいて把握した。
【0099】
試験結果を,下記の表3に示す。
【0100】
【表3】
【0101】
以上の結果,トップコートの膜厚が0.5μm~2μmの範囲についてもクラックの発生がなく,かつ,吸油率の低い遮熱膜が得られており,遮熱膜に設けるトップコートの膜厚として,0.5μmの比較的薄い膜厚の形成であっても有効であることが確認された。
【符号の説明】
【0102】
1 遮熱部品
2 遮熱対象部品(ピストン)
10 遮熱膜
20 無機化合物層
21 無機化合物
22 鱗片状の無機粒子
23 空孔
30 トップコート
40 陽極酸化被膜層(アルマイト層)
70 遮熱膜
71 断熱層
72(72a,72b) 無機系被膜層
80,80a,80b 中空粒子
102 ピストン
240 遮熱膜
241 断熱層(アルマイト層)
243 無機化合物層(保護層)

図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11