(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023165534
(43)【公開日】2023-11-16
(54)【発明の名称】シリカガラスの製造方法
(51)【国際特許分類】
C03B 20/00 20060101AFI20231109BHJP
【FI】
C03B20/00 A
C03B20/00 F
【審査請求】未請求
【請求項の数】7
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022076697
(22)【出願日】2022-05-06
(71)【出願人】
【識別番号】390005083
【氏名又は名称】東ソ-・エスジ-エム株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000109
【氏名又は名称】弁理士法人特許事務所サイクス
(72)【発明者】
【氏名】堀越 秀春
【テーマコード(参考)】
4G014
【Fターム(参考)】
4G014AH02
(57)【要約】
【課題】汎用的な電気炉を用いて、OH基濃度が10ppm未満であるシリカガラスの製造を可能とする製造方法を提供する。
【解決手段】シリカガラスの製造方法において、70質量%以上の層状ケイ酸塩化合物を含む原料を電気炉で加熱して溶融し、溶融物を冷却しガラス化してシリカガラスを得る。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
70質量%以上の層状ケイ酸塩化合物を含む原料を電気炉で加熱して溶融し、溶融物を冷却しガラス化してシリカガラスを得る、シリカガラスの製造方法。
【請求項2】
層状ケイ酸塩化合物が、マガディアイトおよびケニヤアイトの少なくとも1種を含む、請求項1に記載の製造方法。
【請求項3】
原料中の層状ケイ酸塩化合物の割合が80質量%以上である、請求項1または2に記載の製造方法。
【請求項4】
前記シリカガラスのOH基濃度が1ppm未満である、請求項3に記載の製造方法。
【請求項5】
前記加熱時の加熱温度が1600~1900℃であり、加熱時間が2~20時間である、請求項1または2に記載の製造方法。
【請求項6】
前記原料を加熱してから前記シリカガラスを得るまでの工程を大気下または不活性ガス雰囲気下で行う、請求項1または2に記載の製造方法。
【請求項7】
脱水剤を用いた脱水処理および減圧を用いた脱水処理を実施しない、請求項1または2に記載の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、シリカガラスの製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
赤外線通信分野を中心に、光ファイバおよびレーザ媒質などの光学的機能性材料として、OH基(水酸基)濃度の低いシリカガラス(低水または無水シリカガラス)が利用されている。OH基は赤外帯域に裾野の広い吸収ピークを有するため、OH基濃度の低いシリカガラスを利用することで赤外帯域での伝送損失を低減することができる。
【0003】
OH基濃度の低いシリカガラスとして、電気溶融ガラスが知られている。電気溶融ガラスは、シリカ原料を電気炉で溶融し、溶融物を冷却しガラス化することで得られる。電気溶融ガラスは、汎用のガラス製造装置を用いて比較的簡便な方法で製造することができ、OH基濃度は通常数十ppm程度である。
【0004】
また、減圧処理または塩素ガス処理などの脱水処理を行うことでOH基濃度を1ppm未満にまで低減した合成ガラスも知られている。このような合成ガラスは、例えば気相軸付け法(VAD法)などにより、脱水処理を行いながら合成シリカ原料を焼結し、その後焼結体を溶融し、溶融物を冷却しガラス化することで得られる(特許文献1~5)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開平11-180725号公報
【特許文献2】特表2005-523863号公報
【特許文献3】特開2007-230814号公報
【特許文献4】特開2007-230815号公報
【特許文献5】特表2012-062240号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、従来の電気溶融ガラス中のOH基濃度(数十ppm)は、用途によっては充分に低いとは言えない。例えば、赤外線通信分野においては、シリカガラス中のOH基濃度は10ppm未満であることが望ましい。また、脱水処理を施す場合、シリカガラスの製造の際、真空設備および塩素ガス導入設備といった特殊な設備が必要となるため、そのような脱水処理を実施しなくてもOH基濃度を10ppm未満に低減できることが望ましい。
【0007】
本発明は上記課題に鑑みてなされたものであり、汎用的な電気炉を用いて、OH基濃度が10ppm未満であるシリカガラスの製造を可能とする製造方法の提供を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記課題は、汎用的な電気炉を用いたシリカガラスの製造方法における原料として、主要量の層状ケイ酸塩化合物(フィロシリケート化合物)を使用することにより、解決できた。具体的には、以下の手段[1]により、好ましくは[2]以降の手段により、上記課題は解決された。
[1]
70質量%以上の層状ケイ酸塩化合物を含む原料を電気炉で加熱して溶融し、溶融物を冷却しガラス化してシリカガラスを得る、シリカガラスの製造方法。
[2]
層状ケイ酸塩化合物が、マガディアイトおよびケニヤアイトの少なくとも1種を含む、[1]に記載の製造方法。
[3]
原料中の層状ケイ酸塩化合物の割合が80質量%以上である、[1]または[2]に記載の製造方法。
[4]
シリカガラスのOH基濃度が1ppm未満である、[3]に記載の製造方法。
[5]
加熱時の加熱温度が1600~1900℃であり、加熱時間が2~20時間である、[1]~[4]のいずれか1つに記載の製造方法。
[6]
原料を加熱してからシリカガラスを得るまでの工程を大気下または不活性ガス雰囲気下で行う、[1]~[5]のいずれか1つに記載の製造方法。
[7]
脱水剤を用いた脱水処理および減圧を用いた脱水処理を実施しない、[1]~[6]のいずれか1つに記載の製造方法。
【発明の効果】
【0009】
本発明のシリカガラスの製造方法により、汎用的な電気炉を用いても、OH基濃度が10ppm未満であるシリカガラスの製造が可能となる。
【発明を実施するための形態】
【0010】
<シリカガラスの製造方法>
本発明のシリカガラスの製造方法は、70質量%以上の層状ケイ酸塩化合物を含む原料を電気炉で加熱して溶融し、溶融物を冷却しガラス化してシリカガラスを得ることを含む。
【0011】
原料は、原料の質量基準で、70質量%以上の層状ケイ酸塩化合物を含み、他の材料を含むことができる。他の材料としては、結晶性シリカおよび非晶性シリカなど、層状ケイ酸塩化合物以外のケイ酸化合物、ならびにシリカガラスに一般的に添加されるチタニアなどの金属酸化物が挙げられる。OH基濃度を低減する観点から、原料中の層状ケイ酸塩化合物の割合は、80質量%以上または85質量%以上であることが好ましく、90質量%以上であることがさらに好ましい。原料中の層状ケイ酸塩化合物の割合は、100質量%でもよく、95質量%以下でもよい。
【0012】
層状ケイ酸塩化合物は、ケイ酸塩が層状構造を形成し、劈開性を有する(薄く剥れやすい)ケイ酸塩化合物である。層状ケイ酸塩化合物としては、例えばカネマイト、マカタイト、アイラアイト、マガディアイトおよびケニヤアイトが挙げられる。層状ケイ酸塩化合物の種類は特に制限されず、層状ケイ酸塩化合物は天然鉱物でも合成物であってもよい。層状ケイ酸塩化合物は、特にマガディアイトおよびケニヤアイトの少なくとも1種を含むことが好ましく、マガディアイトおよびケニヤアイトの少なくとも1種からなることがより好ましい。マガディアイトの代表的な化学式は、Na2Si14O29・nH2Oであり、ケニヤアイトの代表的な化学式は、Na2Si22O45・nH2Oである。上記化学式において、nは1~20、より一般的には5~15の整数であり、これらの化合物は、水素原子がNaの1つと置換された構造(「Na2」の部分が「NaH」で表される)または水素原子が2つのNaに加えてさらに付加された構造(「Na2」の部分が「Na2H」で表される)を有することもある。マガディアイトおよびケニヤアイトの合成方法は、特に制限されず、例えば小菅勝典ら、「マガディアイトとケニヤアイトの水熱合成」、Journal of the Ceramic Society of Japan、第100巻(3)、326-331頁(1992)に記載されている。
【0013】
層状ケイ酸塩化合物は、OH基濃度を低減する観点から粉末状であることが好ましい。層状ケイ酸塩化合物粉末の平均粒子径は、10~500μmであることが好ましく、50~200μmであることがより好ましい。層状ケイ酸塩化合物粉末の平均粒子径は、レーザ回折法によって測定した値である。
【0014】
本発明の製造方法では、汎用性の高い電気炉を使用する。これにより、既存の設備を活用することができ、製造コストを削減することができる。電気炉の種類および大きさは、特に制限されず、シリカガラスの用途に応じて適宜選択することができる。電気炉の加熱方式としては、例えば抵抗加熱方式、誘導加熱方式および直通電方式が挙げられる。電気炉の構造としては、例えば箱型、ルツボ型、管型、連続型(トンネル型)、炉底昇降型(エレベーター型)およびロータリー型が挙げられる。
【0015】
原料加熱時の加熱温度は1600~1900℃であり、加熱時間は2~20時間であることが好ましい。また、加熱温度は1700~1850℃であることがより好ましく、加熱時間は3~10時間であることがより好ましい。
【0016】
溶融物の冷却およびガラス化時の条件は、シリカガラスの所望の性質が得られるように適宜調整することができる。冷却速度は、例えば50~150℃/時であることが好ましく、75~125℃/時であることがより好ましい。冷却速度は、段階的に変更してもよい。冷却速度を上記範囲に設定することで、より透明度の高いシリカガラスが得られる。
【0017】
本発明の製造方法において、原料を加熱してからシリカガラスを得るまでの工程を大気下または不活性ガス雰囲気下で行うことができ、品質を安定化させる観点から、不活性ガス雰囲気下で行うことが好ましい。不活性ガスとしては、例えば窒素ガスおよびアルゴンガスを使用することができる。不活性ガス雰囲気の圧力は、特に限定されず、概ね大気圧(101kPa)程度とすることができ、例えば50~150kPaとすることができ、80~100kPaであることが好ましい。特に、大気圧よりも低い圧力(101kPa未満)の減圧を適用することで、シリカガラスからの脱泡が促進され、透明度の高いシリカガラスが得られやすくなる。また、高温の減圧下ではシリカが昇華しやすいが、雰囲気の圧力が50kPa以上であれば、シリカの昇華の問題は生じにくい。大気または不活性ガスの雰囲気は、原料を加熱してからシリカガラスを得るまでの全工程で維持されることが好ましいが、その一部の工程のみで適用されてもよい。大気雰囲気および不活性ガス雰囲気は、必要に応じて製造工程の途中で入れ替えてもよい。
【0018】
本発明の製造方法において、脱水剤を用いた脱水処理および減圧を用いた脱水処理を実施しなくてもよい。脱水剤を用いた脱水処理とは、例えば、脱水剤(例えばハロゲン系ガス、特に塩素系ガス)雰囲気下、原料が溶融しない温度(例えば1100~1300℃程度)で原料を加熱する処理である。減圧を用いた脱水処理とは、例えば、減圧雰囲気下または真空雰囲気下、原料が溶融しない温度で原料を加熱する処理である。本発明の製造方法は、そのような脱水処理のための特殊な設備を使用しなくても、OH基濃度が10ppm未満であるシリカガラスが得られるという利点がある。
【0019】
本発明の製造方法によって、OH基濃度が10ppm未満であるシリカガラスを得ることができる。さらに、原料中の層状ケイ酸塩化合物の割合が高いほど、結果物であるシリカガラス中のOH基濃度をより低減することができる。本発明によれば、5ppm未満、3ppm未満、2ppm未満のOH基濃度を実現することも可能であり、さらには、1ppm未満のOH基濃度(実質的な無水シリカガラス)を実現することも可能である。
【0020】
特定の理論に限定される意図はないが、本発明の製造方法によって、OH基濃度が10ppm未満であるシリカガラスを得ることができる理由は、次のとおりと考えられる。
【0021】
層状ケイ酸塩化合物を含まない原料あるいは層状ケイ酸塩化合物の含有量が低い原料から汎用の電気炉を用いて製造された従来の電気溶融ガラス中のOH基濃度は、一般に数十ppm程度であり、加熱時間の延長や加熱温度の上昇によっても10ppm未満に低減することは難しい。このような電気溶融ガラスのOH基濃度が10ppm未満に低減しない理由は、シリカ構造中に取り込まれたOH基は単純な熱処理では離脱しにくく、原料中のOH基がガラス中に残存してしまうためと考えられる。
【0022】
これに対し、本発明の製造方法では、70質量%以上の層状ケイ酸塩化合物を含む原料からシリカガラスを製造する。層状ケイ酸塩化合物中のOH基は、層状構造の層と層の間の空間(層間空間)に存在するとされている(例えば、池田卓史ら、「層状ケイ酸塩を積み木のように用いて創る新規ゼオライト CDS-1」、真空、第49巻第4号(2006))。したがって、加熱して原料の昇温を開始してから原料を溶融するまでの間に、層状ケイ酸塩化合物中のOH基は、化合物から脱離し、層間空間を通って化合物外に放出されやすいと考えられる。
【0023】
本発明の製造方法では、このようにOH基が放出されやすい層状ケイ酸塩化合物を主要量で原料として使用することで、シリカ構造中に取り残されるOH基を低減することができる。その結果、脱水処理を実施しなくても、汎用的な電気炉を用いて、OH基濃度が10ppm未満であるシリカガラスを得ることができる。
【実施例0024】
以下に、実施例を挙げて本発明をさらに具体的に説明する。実施例に示す材料、使用量、割合、処理内容、処理手順等は、本発明の趣旨を逸脱しない限り、適宜、変更することができる。したがって、本発明の範囲は、以下に示す具体例に限定されるものではない。
【0025】
<実施例1>
100gのケニヤアイト粉末(平均粒子径:150μm)からなる原料を直径50mmの鋳型に入れ、大気圧程度のアルゴンガス流通雰囲気および1800℃の条件下で10時間加熱して、原料を溶融した。その後、雰囲気を変えずに、100℃/時の冷却速度で1000℃まで冷却し、その後は室温まで自然に冷却した。以上の手順により、直径約45mm高さ約30mmの透明なシリカガラスを得た。
【0026】
フーリエ変換赤外分光光度計FT/IR-6600 Plus(日本分光製)を用いて、得られたシリカガラスの2720nmの吸光度を測定し、この吸光度に基づいてOH基濃度を算出した。シリカガラス中のOH基濃度は、1ppm未満であった。
【0027】
<実施例2>
ケニヤアイト粉末からなる原料に替えて、100gのマガディアイト粉末からなる原料を用いて、実施例1と同様の方法で透明なシリカガラスを得た。OH基濃度を実施例1と同様に測定した結果、シリカガラス中のOH基濃度は、1ppm未満であった。
【0028】
<実施例3>
ケニヤアイト粉末からなる原料に替えて、70gのケニヤアイト粉末および30gの水晶粉(天然の結晶性シリカ粉末)からなる原料を用いて、実施例1と同様の方法で透明なシリカガラスを得た。OH基濃度を実施例1と同様に測定した結果、シリカガラス中のOH基濃度は、10ppm未満であった。
【0029】
<比較例>
ケニヤアイト粉末からなる原料に替えて、100gの水晶粉からなる原料を用いて、実施例1と同様の方法で透明なシリカガラスを得た。OH基濃度を実施例1と同様に測定した結果、シリカガラス中のOH基濃度は、35ppmであった。