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特開2023-165564ベシクル及びその薬物送達のための使用
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023165564
(43)【公開日】2023-11-16
(54)【発明の名称】ベシクル及びその薬物送達のための使用
(51)【国際特許分類】
   A61K 9/10 20060101AFI20231109BHJP
   A61K 38/28 20060101ALI20231109BHJP
   A61P 43/00 20060101ALI20231109BHJP
   A61K 33/30 20060101ALI20231109BHJP
   A61K 9/51 20060101ALI20231109BHJP
   A61K 9/16 20060101ALI20231109BHJP
   A61P 25/00 20060101ALI20231109BHJP
   A61P 1/16 20060101ALI20231109BHJP
【FI】
A61K9/10
A61K38/28
A61P43/00 111
A61K33/30
A61K9/51
A61K9/16
A61P25/00
A61P1/16
【審査請求】未請求
【請求項の数】7
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022076777
(22)【出願日】2022-05-06
(71)【出願人】
【識別番号】305027401
【氏名又は名称】東京都公立大学法人
(74)【代理人】
【識別番号】110000796
【氏名又は名称】弁理士法人三枝国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】朝山 章一郎
(72)【発明者】
【氏名】渡邉 捷太
(72)【発明者】
【氏名】清水 莉乃
【テーマコード(参考)】
4C076
4C084
4C086
【Fターム(参考)】
4C076AA16
4C076AA29
4C076AA65
4C076AA95
4C076CC01
4C076CC16
4C076DD70H
4C076FF16
4C076FF67
4C076GG42
4C084AA02
4C084BA44
4C084DB34
4C084MA21
4C084MA38
4C084MA41
4C084NA05
4C084NA06
4C084NA13
4C084ZA01
4C084ZA75
4C086AA01
4C086AA02
4C086HA03
4C086MA02
4C086MA05
4C086MA21
4C086MA38
4C086MA41
4C086NA05
4C086NA06
4C086NA13
4C086ZA01
4C086ZA75
(57)【要約】
【課題】コレステロールに親水性基を結合してなる両親媒性化合物を含むベシクルの提供。
【解決手段】以下の式(1)で表される化合物を含有する外殻を有する中空形状である、ベシクル。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
以下の式(1)で表される化合物を含有する外殻を有し、かつ中空形状であるベシクル。
【化1】
(式中、Xは
【化2】
(式中、mは2~43の整数であり、nは1~3である。)
または
【化3】
(式中、nは1~3である。)
である。)
【請求項2】
請求項1に記載のベシクルを含む薬物担体。
【請求項3】
請求項1又は2に記載のベシクルと、前記ベシクル内に内包された物質とを含む、物質内包システム。
【請求項4】
前記物質が薬物である請求項3に記載の物質内包システム。
【請求項5】
式(1)で表される化合物は、下記式(4)で表される化合物であり、前記物質がインスリンである、アミロイドβの凝集の抑制のための請求項3に記載の物質内包システム。
【化4】
(式中、mは2~43の整数である。)
【請求項6】
式(1)で表される化合物は、下記式(5)で表される化合物であり、前記物質が亜鉛である、肝細胞を標的とする請求項3に記載の物質内包システム。
【化5】
【請求項7】
以下の式(5)で表される化合物。
【化6】
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、修飾コレステロールを含むベシクルとその薬物送達のための使用に関する。
【背景技術】
【0002】
発明者らは以前に、エチレングリコールを初めとする親水性基と、疎水性基と、それらの間に位置する1~5個の含窒素基とを具備することを特徴とする界面活性剤様化合物を開発した(特許文献1)。これらの界面活性剤様化合物は、生体への毒性が低く、小粒径で標的部位に移送されやすく、標的部位での発現効率が高い核酸複合体を形成することができる。特許文献1の界面活性剤様化合物は、DNAとの複合体を形成した場合の、界面活性剤様化合物・DNA複合体の遺伝子導入効率が、DNAのみを投与した場合に比べて上昇することが報告されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特許第6358661号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
両親媒性分子を自己組織化させることにより、球殻状に閉じた膜構造を有する小胞であるベシクルを形成し得ることが知られている。ベシクルは多様な分子設計が可能であり、物質の徐放、毒性物質の捕捉、臭気及び味分子のマスキングなど、新たな機能を呈する可能性があることから、薬物送達システム(Drug Delivery System, DDS) の担体や、バイオマテリアル、機能性材料等としての利用が検討されている。特に、生体に由来したリン脂質からなる、脂質二分子膜を有するベシクルはリポソームと呼ばれ、生体への安全性の面から様々な検討がなされている。
【0005】
しかしながら、特許文献1には、界面活性剤様化合物とベシクル形成との関係については開示されていない。
【0006】
本発明が解決すべき課題は、コレステロールに由来する疎水性部分と親水性ポリマー鎖の部分とを有する化合物から形成されたベシクルを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、コレステロールのステロール骨格の3位に、エーテル結合を有する親水性ポリマー鎖が結合されてなる化合物から、これを外殻として有する中空のベシクルを形成することができることを見出し、本発明を完成した。
【0008】
項1.式(1)で表される化合物を含有する外殻を有し、かつ中空形状である、ベシクル。
【化1】
(式中、Xは
【化2】
(式中、mは2~43の整数であり、nは1~3である。)
または
【化3】
(式中、nは1~3である。)
である。)
【0009】
項2.項1に記載のベシクルを含む薬物担体。
【0010】
項3.項1又は2に記載のベシクルと、前記ベシクル内に内包された物質とを含む、物質内包システム。
【0011】
項4.前記物質が薬物である項3に記載の物質内包システム。
【0012】
項5.式(1)で表される化合物は、下記式(4)で表される化合物であり、前記物質がインスリンである、アミロイドβの凝集の抑制のための項3に記載の物質内包システム。
【化4】
(式中、mは2~43の整数である。)
【0013】
項6.式(1)で表される化合物は、下記式(5)で表される化合物であり、前記物質が亜鉛である、肝細胞を標的とする項3に記載の物質内包システム。
【化5】
【0014】
項7.以下の式(5)で表される化合物。
【化6】
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、安全性が高く、また疎水性部分がアルキル鎖であるリポソームと比較して構造安定性が高いベシクル、およびかかるベシクルを含む薬物担体ならびに薬物送達システムが提供される。
【図面の簡単な説明】
【0016】
図1】Chol-PEG500のCMC測定のグラフ。
図2】I1/I3対LogCのグラフ。
図3】(A)Chol-PEG500およびChol-PEG2000の動的光散乱による平均粒径の測定。(B)Chol-PEG500の模式図。(C)Chol-PEG2000の模式図。
図4】(A)Chol-PEG500の透過型電子顕微鏡画像。(B)Chol-PEG2000の透過型電子顕微鏡画像。
図5】(A)Chol-PEG500とインスリンを混合したサンプルのゲル電気泳動後のゲルの写真。(B)Chol-PEG2000とインスリンを混合したサンプルのゲル電気泳動後のゲルの写真。
図6】(A)インスリン単体の透過型電子顕微鏡画像。(B)インスリンにChol-PEG500を添加したサンプルの透過型電子顕微鏡画像。
図7】(A)Chol-PEG500を添加していないサンプルの顕微鏡画像。(B)Chol-PEG500を100等量添加した際の顕微鏡画像。
図8】凝集したアミロイドβにChol-PEG500を各種量で添加したサンプルの蛍光強度を示すグラフ。
図9】(A)Chol-LacのCMC測定のグラフ。(B)I1/I3対LogCのグラフ。
図10】Chol-Lacの(溶媒は水)の粒径。
図11】Chol-LacベシクルのTEM観察画像。
図12】(A)Acid Red52の内包を内包したChol-Lacベシクルの共焦点顕微鏡画像、(B)位相コントラストの画像。
図13】健常者(Normal model)とII型糖尿病患者(Type II Diabetes)におけるすい臓からの亜鉛イオンの分泌と、肝臓における亜鉛、インスリン放出の関係を示す模式図。
図14】(A)Chol-Lac 5.0×10-2mg/mL(酢酸ウラニウムで染色)。(B)Zn2+/Chol-Lac 2.5×10-2mg/mL(酢酸ウラニウムで染色)。(C)ZnCl2(酢酸ウラニウムで染色せず)
図15】(A)水中(4℃)でのZn2+内包Chol-Lacの粒径、 (B)胎児ウシ血清アルブミン添加後のZn2+内包Chol-Lacの濁度のグラフ。
図16】HepG2細胞に各種サンプルを添加した後の細胞生存率を示すグラフ。
図17】蛍光プローブ法による細胞に取り込まれた亜鉛イオンの評価。(A),(C)細胞のみ、(B),(D)細胞に亜鉛イオン内包Chol-Lacを添加。(C)及び(D)は位相コントラスト。
図18】(A)Hep2細胞及びC2C12細胞の各々への亜鉛イオンの取り込みを示すグラフ。(B)各種濃度で阻害剤を加えたときのHep2細胞における亜鉛イオンの取り込みを示すグラフ。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下に、本発明の実施形態を説明する。
【0018】
本明細書において、「ベシクル」とは、両親媒性分子が自己集合して形成された外殻を備え、かつ外殻の内部に空間を有し、中空形状である物質を指す。
【0019】
本発明の実施形態のベシクルは、式(1)で表される化合物を含有する外殻を有する、中空形状のベシクルである。
【0020】
【化7】
【0021】
式中、Xは
【0022】
【化8】
【0023】
(式中、mは2~43の整数であり、nは1~3である。)
または
【0024】
【化9】
【0025】
(式中、nは1~3である。)
である。
【0026】
式(1)で表される化合物は、コレステロールと、エーテル結合を有する親水性ポリマーを、アミド結合を介して結合させた化合物である。式(1)で表される化合物は、親水性の部分と疎水性の部分を備えているため、両親媒性である。かかる両親媒性分子が自己集合すると、親水性ポリマー鎖に由来する親水性の部分を外殻の外側に向けた状態で、コレステロールに由来する疎水性の部分が球状の脂質膜を形成し、球状の脂質膜の内部には空隙が形成される。
【0027】
式(2)で表される親水性基は、ポリオキシエチレンの繰り返し単位を有する。nの値が小さすぎると、式(1)で表される化合物は両親媒性の性質を有することができず、ベシクルを形成することができない。また、mの値が多すぎても、式(1)で表される化合物が脂質二重膜を形成することができず、小胞を形成する代わりにミセルを形成する。このため、mは2~43である。好ましくは、mは11~13である。nは1~3であり、好ましくはnは2である。式(2)で表される親水性基におけるnが2の場合、以下の式(2a)となる。
【0028】
【化10】
【0029】
(式中、mは2~43の整数である。)
(2)で表される親水性基の分子量は好ましくは100~1800であり、より好ましくは200~1500である。式(1)で表される化合物のXが式(2)で表される親水性基である場合、式(1)で表される化合物の分子量は好ましくは480~2200であり、より好ましくは480~1900である。
【0030】
式(3)で表される親水性基は、ラクトースの構成単位のグルコースの1位にアミノ基を介してアルキレンが結合している。nは1~3であり、好ましくはnは2である。式(3)で表される親水性基におけるnが2の場合、以下の式(3a)となる。
【0031】
【化11】
【0032】
ベシクル中の両親媒性分子における式(1)で表される化合物の割合が特に限定されないが、ベシクル形成の容易さの点から、質量で50質量%以上であることが好ましく、60質量%以上、70質量%以上、80質量%以上、90質量%以上、または100質量%であってよい。また、モル分率で50mol%以上であることが好ましく、60mol%以上、70mol%以上、80mol%以上、90mol%以上、または100mol%であってよい。
【0033】
ベシクル中の両親媒性分子における式(1)で表される化合物は、1種類であってもよいし、2種類以上の式(1)で表される化合物の組み合わせであってもよい。
【0034】
ベシクルは、構造が壊れない限り、形成助剤、安定化剤、バインダー等の他の成分を含んでもよい。
【0035】
形成助剤としては、特に限定されず、リン脂質、モノグリセリド、ジグリセリド、ポリグリセリン脂肪酸エステル、ステロール類、ポリオキシアルキレンステロール類、ステロール類の脂肪酸エステル、脂肪酸、ポリオキシアルキリレン硬化ひまし油、ポリオキシアルキレンひまし油などが挙げられる。
【0036】
安定化剤としては、アクリル系高分子、ビニル系高分子、ポリオキシアルキレン等の合成高分子、セルロース誘導体、加工澱粉、リグニン誘導体等の半合成高分子、天然高分子等が挙げられる。安定化剤は主に水に添加され、粘性等を高めることで、分散媒体中のベシクル及びマイクロカプセルの保存安定性を向上させる効果がある。
【0037】
本発明の実施形態のベシクルの粒径は特に限定されないが、例えば100nm以上である。上限値は特に限定されないが、例えば1000nm以下である。
【0038】
ベシクルの粒径は、透過型電子顕微鏡観察より、個々のベシクルの粒径を測定できる。また、市販のレーザー回折・動的光散乱式粒度分布測定装置を用いて、レーザー回折・動的光散乱法による粒度分布の測定値から、平均粒径としてベシクルの粒径を求めることもできる。
【0039】
本発明の実施形態の式(1)で表される化合物を含有する外殻を有する中空形状であるベシクルの製造方法について説明する。
【0040】
一つの実施形態では、式(1)で表される化合物は、公知の方法により製造することができる。例えば、Xが式(2)で表される親水性基である式(1)で表される化合物は、S. Asayama et al., Bioconjugate Chem. 2018, 29, 67に記載されているように、PEG-NH2及びクロロギ酸コレステリルをクロロホルム中で溶解させ、これにトリエチルアミンを加えて加熱して反応させ、精製することにより得られる。
【0041】
得られた式(1)で表される化合物の水溶液を室温で調製するのみで、簡便にベシクルを形成させることができる。この時、ベシクルの中空部(内水相)への物質の包摂には、超音波処理を施す。
【0042】
別の実施形態では、Xが式(3)で表される親水性基である式(1)で表される化合物は、ラクトースのDMF溶液と、クロロギ酸コレステリルとアルキレンジアミン(例えばエチレンジアミン)を反応させた化合物(EtdNH2-Chol)のDMF溶液を混合し、1日間室温でインキュベートし、次にこの混合液にNaBH3CNのDMF溶液を加えて、5日間室温でインキュベート後、透析する製造方法により得られる。
【0043】
次に、式(1)で表される化合物を用いて、上記透析後の透析膜内の溶液を超音波処理することで、ベシクルを水溶液中で調製する。超音波処理は、出力50~200W、周波数10~100KHz、温度4~50℃、時間1分~3時間で行い、上述の化合物を使用し、5.4×10-3 mg/mL~1.8×10-1 mg/mLの濃度範囲で行うことができる。
【0044】
本発明の実施形態のベシクルは、物質を内包するための担体として使用することができる。なお、本明細書において、物質の「内包」は、物質のベシクルの内水相中への物質の組み込み、物質の式(1)で表される化合物により形成された外殻への組み込み、および物質の外殻への結合を包含する。
【0045】
本発明の実施形態のベシクルは、疎水性部分がコレステロールに由来するため、疎水性部分がアルキル鎖であるリポソームと比較して、構造安定性が高い。また、本発明の実施形態のベシクルは、式(1)で表される化合物を単純に水中で混合して、超音波処理するのみで、化合物の二分子膜で形成された1枚膜と考えられるベシクルが形成される点で、調製が簡易で好ましい。
【0046】
本発明の実施形態のベシクルは、特に中空部(内水相)に多量の物質(例えば薬物など)を内包できるため、薬物送達(ドラッグデリバリー)、化粧品、医薬品、香料、農薬、インク等、広い分野に応用することができる。物質としては、薬物、蛍光分子、ペプチド、金属(金属単体及び金属化合物のイオンを含む)タンパク質などが挙げられる。また、中空部を区画形成する外殻の疎水部に疎水性の物質を、外殻の親水部には親水性の物質を取り込み又は結合させることもできる。
【0047】
本発明の実施形態の物質内包システムは、上述のベシクルと、該ベシクルに内包された物質とを含む。物質としては薬物、蛍光分子、ペプチド、金属(金属単体及び金属化合物のイオンを含む)タンパク質などが挙げられる。
【0048】
本発明の実施形態の物質内包システムは、上述のベシクルと、該ベシクルに内包された薬物とを含む薬物送達システムであってよい。
【0049】
上記薬物送達システムにおいて、(1)で表される化合物は、下記式(4)で表される化合物であり、薬物がインスリンであってもよい。このような薬物送達システムは、アミロイドβの凝集の抑制のための又は凝集したアミロイドβのリフォールディングを促進するための薬物送達システムとして使用することができる。
【0050】
【化12】
【0051】
(式中、mは2~43の整数である。)
上記薬物送達システムにおいて、式(1)で表される化合物は、下記式(5)で表される化合物であり、薬物が亜鉛であってもよい。このような薬物送達システムは、肝細胞を標的とする薬物送達システムとして使用することができ、DDSキャリアのプラットフォームになり得ると期待される。
【0052】
【化13】
【0053】
本発明の実施形態は、以下の式(5)で表される化合物を包含する。
【0054】
【化14】
【0055】
上述したように、式(5)で表される化合物は、本発明の実施形態のベシクルの製造に使用することができる。かかる式(5)で表される化合物を使用して製造されたベシクルは、疎水性部分がアルキル鎖であるリポソームと比較して、構造安定性が高い。
【0056】
以下に実施例を挙げて本発明をより具体的に説明するが、本発明はこれらに限定されない。
【実施例0057】
実施例1 Chol-PEG 500 の合成
S. Asayama et al., Bioconjugate Chem. 2018, 29, 67に記載されているように、PEG-NH2(PEGの分子量:500)66.81mg(0.01499mol)をクロロフォルム10mLに溶解させ、トリエチルアミン(TEA) 4μL、及びクロロぎ酸コレステリル 129.49mg(0.28884mmol)を加え、攪拌しながら40℃で24時間反応させた。反応後の生成物に蒸留水を加えてTEAを分離し、蒸留及びろ過により精製し、コレステリル末端修飾PEG(分子量913、以後Chol-PEG500で示す)(収率約50%)を得た。合成が完了したことは1H-NMR測定により確認した。
【0058】
同様に、PEG-NH2(PEGの分子量:500)の代わりにPEG-NH2(PEGの分子量:2000)を用いて、上記の製造方法により、Chol-PEG2000を得た。
【0059】
【化15】
【0060】
実施例2 Chol-PEG 500 の臨界ミセル濃度(CMC)の測定
E.D. Goddard, et al, Langmuir. 1985, 1,3,352-355に記載された方法に従って、ピレンによる蛍光プローブ法にてChol-PEG500のCMC測定を行った。図1のスペクトルの第一ピークおよび第三ピークをI1およびI3と表記し、プロットした濃度ごとのI1/I3の値からCMCは0.11~11mMと非常に低濃度であることが示された(図2)。
【0061】
実施例3 粒径の測定
動的光散乱によりChol-PEG500、Chol-PEG2000のそれぞれのCMC以上の濃度での粒径を測定した。Chol-PEG500は平均粒径が約500nmと非常に大きな値を示し(図3(A)、左グラフ)、ベシクルを形成していることが示唆された(図3(B)。一方、Chol-PEG2000は平均粒径は約10-20nmを示し(図3(A)、右グラフ)、ミセルを形成していることが示唆された(図3(C))。
【0062】
実施例4 透過型電子顕微鏡観察
ベシクル形成を確認するために透過型電子顕微鏡(TEM)観察を行った。Chol-PEG500、Chol-PEG2000を2.90mMで調整し、直前に1/100希釈した.そのサンプルをグリット上に2μL添加し、2晩自然乾燥させた。その後、染色剤(2%酢酸ウラニル)を2μL添加してろ紙で吸い取った。加速電圧は120kVにて観察を行った。通常のプロトコルではグリッド上にサンプルをのせた直後に2%酢酸ウラニルを添加するが、今回はベシクル形成が予想されることから、染色時の操作で構造が壊れないように自然乾燥する系を用いた。Chol-PEG500はDLS測定結果(図3(A))と一致するような粒径が観察され、ベシクルが形成していることが示された(図4(A))。一方、Chol-PEG2000はCMC以下であったため、粒子は観察されなかった(図4(B))。
【0063】
実施例5 ベシクルによるインスリンの内包
インスリン50μg (10mg/mL インスリン in 25mM HEPES, pH8.2)とChol-PEG500 7.96μg (1当量)、15.92μg (2当量)、39.80μg (5当量)、79.60μg (10当量)、159.2μg(20当量)、238.80μg (30当量)、318.40μg (40当量)、398.00μg (50当量)をpH7.4 50mMリン酸カリウム緩衝液で全量125μLにし、超音波処理(110W、40kHz)を5分間行った。ゲル濃度8%のゲルを作成し、20mAで45分間電気泳動を行った。電気泳動後、固定液で振盪した後、CBB染色液で30分間染色した後にバンドの変化を確認した。
【0064】
Chol-PEG500を添加したサンプルではすべて、Chol-PEG500を添加していないNaked insulinのサンプル(四角枠で囲んだ)に比べて、バンドが高分子量側へシフトしていることが確認された(図5(A))。また、Chol-PEG500をインスリン1に対してモル比で30当量添加したサンプル(右から3つ目のレーン)では大きく高分子量側へのバンドのシフトが確認された。このことから、Chol-PEGベシクルへインスリンが内包されたと推察された。一方、同一条件で行ったChol-PEG2000とインスリンのゲル電気泳動結果は、いずれにおいてもバンドのシフトが確認されなかった(図5(B))。
【0065】
実施例6 インスリン内包ベシクルの透過型電子顕微鏡観察
Chol-PEG500ベシクルにインスリンが内包されていることを確認するために、実施例5のゲル電気泳動で用いたサンプルと同一条件のものを、1/100に希釈し、グリット上に2μL添加し、2晩自然乾燥させた。その後、染色剤(2%酢酸ウラニル)を2 μL添加してろ紙で吸い取った。加速電圧は120kVにて、透過型電子顕微鏡観察にて観察した。図6(A)に示されるように、インスリン単体では均一な粒径など示しておらず、フレキシブルな構造をとっていることが分かる。一方、図6(B)に示されるように、Chol-PEG500を30当量添加したサンプルでは、フレキシブルなnaked insulinは観察されず、直径数百nmの粒子が観察された。このことから、すべてのインスリンがベシクルに内包されたことが確認された。
【0066】
実施例7 Chol-PEG 500 ベシクルによるアミロイドβ凝集阻害
まず、アミロイドβタンパク質の製造元(ペプチド研究所)のプロトコルを参考に、マイクロプレート中でアミロイドβのリン酸カリウム緩衝液溶液を37℃で48時間インキュベートすることでアミロイドβの凝集操作を行った。その後、凝集したアミロイドβに対してモル比で100等量のChol-PEG500を添加し、37℃で24時間インキュベートした後、蛍光色素チオフラビン(ThT)を加え、蛍光顕微鏡での観察を行った(Ex:442nm、Em:485nm)。ThTは凝集したアミロイドβのβシートに特異的に結合し、蛍光強度が増大することが知られている。Chol-PEG500を添加していないサンプルの顕微鏡画像では緑色の点が観察され、凝集したアミロイドβの存在が確認された(図7(A))。一方、Chol-PEG500を100当量添加した際の顕微鏡画像では緑色の蛍光はほとんど観察されなかった(図7(B))。
【0067】
これを定量化するためにマイクロプレートリーダーを用いて蛍光強度(Ex:442nm、Em:485nm)の測定を行ったところ、Chol-PEG500を100当量添加したサンプルではアミロイドβ単体に比べて優位に蛍光強度が低下しており(図8)、凝集がリフォールドされたことが確認されました。
【0068】
Chol-PEG500は、インスリンを内包するという薬物担体の効果のみならず、凝集したアミロイドβとの相互作用により凝集アミロイドβのリフォールディング効果も有し、2重の機能を有することが、成功裏に実証された。
【0069】
実施例8 Chol-Lacの合成
ラクトース(0.253mmol)の2mL DMF溶液と、EtdNH2-Chol(0.077mmol)の2mL DMF溶液とを混合し、1日間室温でインキュベートした。次にこの混合液にNaBH3CN(0.074mmol)の1mL DMF溶液を加え、5日間室温でインキュベートし、その後透析し、Chol-Lacを得た。透析後、透析膜内の溶液を超音波処理することで、ベシクルを形成した。
【0070】
【化16】
【0071】
実施例9 Chol-Lacのベシクル形成の確認
実施例2と同様に、ピレンを用いて蛍光測定を行った。Chol-Lac溶液の濃度を変えてピレンの蛍光強度を測定すると図9(A)のスペクトルが得られた。このスペクトルの第一ピークおよび第三ピークをI1およびI3と表記し、I1/I3の強度比を縦軸、Log(濃度)を横軸にとると図9(B)の図が得られた。濃度が5.4×10-3mg/mL以上の時に強度比が低下した。強度比の低下は一般的にピレンが疎水場に取り込まれた状態を表していると言われる。よって、この実験から一定の濃度以上でChol-Lacが疎水場を有する集合体を形成していることが示唆された。
【0072】
次に、DLS測定を行った。ピレンの実験結果から疎水場を有する集合体の形成濃度ではChol-Lacベシクルの粒径が150nm以下であった(図10)。この値は、DDSのキャリアとして適切な大きさだと言える。今後、評価する実験におけるChol-Lacベシクルの濃度を5.4×10-2mg/mLとした。
【0073】
さらに、TEM測定を行った。グリッドの調製を行い、2日間乾燥させた後、酢酸ウラニウムで染色した。観察画像は図11に示す通りである。この図からChol-Lacが球状であることが示され、ここまでの実験でChol-Lacが球状のベシクルかミセルを形成していることが示唆された。
【0074】
最後に、ベシクルかミセルかを決定するために、1.5時間超音波処理することでChol-Lacへの親水性の蛍光試薬であるAcid Red52の内包を試み、調製した溶液を4日間透析後、共焦点顕微鏡で観察した。その結果、内部に蛍光が見られた(図12(A),(B))。よって、親水性の試薬を内部に保持したことからChol-Lacが内水層を持ち、ベシクル構造を形成することが裏付けられた。
【0075】
【化17】
【0076】
実施例10 Zn 2+ デリバリーシステムのためのZn 2+ 内包細胞ターゲティングベシクルの調製
亜鉛は生理活性必須微量元素の1つであり、体内において多くの機能を有し、その一つに、肝臓におけるインスリン分解抑制機能がある。糖尿病患者では健常者と比べ、すい臓から亜鉛イオンの分泌がうまく行われず肝臓において亜鉛不足となり、インスリンが必要以上に分解される(図13)。そこで、直接、肝臓に亜鉛イオンをデリバリーすることが出来れば、新たな糖尿病治療となると考えられる。
【0077】
そこで、実施例9で合成したChol-Lacを用いて、亜鉛イオン(Zn2+)を肝臓にデリバリーするためのキャリアの開発を試みた。Chol-Lac分子のラクトース末端のβガラクトースと、肝臓のアシアロ糖タンパク質レセプターとが特異的に作用し、肝臓に効率的に亜鉛イオンをデリバリーすることを目指した。
【0078】
Chol-LacへのZnイオン内包は、Chol-Lac溶液(濃度5.4×10-2mg/mL)と塩化亜鉛水溶液を1.5時間超音波処理後、内包されていない亜鉛イオンを透析(分画分子量=1000)により除去した。透析後、透析膜内の溶液を原子吸光測定を行った結果を表1に示す。Chol-Lacを混合した系では、亜鉛のみを溶解したコントロールを上回る吸光度が得られた。
【0079】
【表1】
【0080】
実施例11 Zn 2+ 内包ベシクルのTEM観察
TEM画像により、実施例10で得られたChol-Lacによる亜鉛イオン(Zn2+)の内包を可視的に確認した。親水化処理したグリッドに3.0μLのサンプルを添加し、2日間自然乾燥させ、2日後に酢酸ウラニル2.0μL添加させ、3秒後ろ紙で酢酸ウラニルを取り除き、TEM観察した。亜鉛イオンを内包したChol-Lac(図14(B))では亜鉛イオンを内包していないChol-Lac(図14(A))に比べて内部が染色されていた。また、塩化亜鉛溶液のみのコントロール(図14(C))よりも大きな粒径であることから、Chol-Lacに亜鉛イオンが内包していることが示唆された。
【0081】
Zn2+内包Chol-Lacは、水中、4℃で1か月粒径の変化がないことから経時安定性があることが分かった(図15(A))。またZn2+内包Chol-Lacは、血清タンパク質中で濁度を示さないことから、血清安定性も有することがわかった(図15(B))。
【0082】
実施例12 細胞実験
本研究では、肝臓をターゲットとしているため、人の肝臓モデル細胞であるHepG2細胞を用いて細胞実験を行った。まず、細胞毒性をアラマーブルーアッセイという方法で評価した。詳細には、HepG2細胞を1ウェルに1.0×104 個の濃度でマイクロプレートに播いて37℃、24時間インキュベートした(5%CO2インキュベーター内)。次に、1ウェル当たり50μLのサンプル(生理食塩水、Chol-LacベシクルまたはZn2+内包Chol-Lacベシクル:溶媒は生理食塩水)を加えて、引き続き、24時間インキューべートし、生理食塩水で洗浄後、100μLのアラマーブルー(Alamar Blue)を加えて2時間インキュベートした。その後、80μL分をブラックプレートに移し、マイクロプレートリーダーにより、蛍光を測定した(Ex. 550nm,Em.595nm)。
【0083】
結果を図16に示す。生理食塩水のみを加えたコントロール(細胞生存率100%)に比べて、Chol-LacベシクルおよびZn2+内包Chol-Lacベシクルは共に細胞生存率が85%以上を示し、細胞毒性が低いことが示された。
【0084】
実施例13 Zn 2+ 内包Chol-Lacによる細胞内への亜鉛イオンの取り込みの増強
次に細胞内に取り込まれたZn2+イオンを蛍光プローブ法を用いて評価した。蛍光試薬としてZnAF-2DAを用いた。この試薬は、亜鉛イオンと反応することで緑色の蛍光を示す。詳細には、8ウェルスライドガラスに、HepG2細胞を1.5×105個播種し、37℃、24時間インキュベートした(5%CO2インキュベーター内)。各ウェルに培地75μL、サンプル(Zn2+内包Chol-Lacベシクル)75μLずつ添加し、37℃、24時間インキュベートした(5%CO2インキュベーター内)。培地を取り除き、生理食塩水で2回洗浄後、各ウェルに、5μM ZnAF-2DAを150μL加えて、37℃、2時間インキュベートした(5%CO2インキュベーター内)。ZnAF-2DAを取り除き、生理食塩水で2回洗浄後、各ウェルにDAPI(1/10000)100μL加え、遮光した状態で30分インキュベートした。DAPIを取り除き、生理食塩水で、2回洗浄した。スライドガラスの仕切りを外し、各ウェルに50%グリセロール200μLのピペッターで1滴加え、カバーガラスを付けた。その後、共焦点レーザー走査型顕微鏡によって細胞を観察した。
【0085】
その結果、図17(B),(D)に示すように、亜鉛イオン内包Chol-Lacを添加した細胞では、図17(A),(C)の細胞のみのコントロールに比べ、より強い緑色の蛍光が見られた。よって、Chol-Lacベシクルから亜鉛イオンがリリースされ細胞内に取り込まれていることが確認された。
【0086】
【化18】
【0087】
実施例14 細胞内へのZnイオンの取り込みへのアシアロ糖レセプターの関与
HepG2細胞またはC2C12細胞を1ウェルに5.0×105個の濃度でマイクロプレートに播いて37℃、24時間インキュベートした(5%CO2インキュベーター内)。培地を取り除き、1ウェル当たり新たに培地250μLと220μLのサンプル(Zn2+またはZn2+内包Chol-Lacベシクル)を加えて、37℃、24時間インキュベートした(5%CO2インキュベーター内)。培地を取り除き、生理食塩水で2回洗浄し、各ウェルに2%TritonX-100溶液450μLを添加した。一晩インキュベートした後、この溶液をマイクロチューブに移し、精製水900μLと1M HCL 150μLを加え、1.5mLの細胞溶解液を調製し、細胞内に取り込まれた亜鉛イオンを原子吸光分析で定量評価した。
【0088】
結果を図18(A)に示す。Zn2+単体を加えたものに比べてZn2+内包Chol-Lacを用いた系では、HepG2細胞およびC2C12細胞のいずれの細胞でも高いZn取り込み量が得られた。また、肝臓のアシアロ糖タンパク異質を有しないC2C12細胞に比べてHepG2細胞ではZn2+取り込み量が増大したことから、肝臓のレセプターを介して効率的に亜鉛をデリバリーできることが示唆された。
【0089】
さらに、レセプターを介した取り込みであることを評価するためアシアロフェツイン(Asialofetuin)試薬を用いて阻害実験を行った。上記の試験で、1ウェル当たり220μLのサンプル(Zn2+内包Chol-Lacベシクル)を加えて、37℃、24時間インキュベート(5%CO2インキュベーター内)する代わりに、260μLのサンプルの中に、各種濃度のアシアロフェツインを加え、4℃で4時間インキュベートした。
【0090】
添加したアシアロフェツインは、細胞表面のアシアロ糖タンパク質レセプターに結合するため、レセプターを介した細胞へのZn2+の取り込みを阻害する。アシアロフェツインを加えた系ではZn2+の取り込み量が、アシアロフェツインの濃度依存的に、低下した(図18(B))。よって、Zn2+内包Chol-Lacはアシアロ糖レセプターを介して効率的に取り込まれていることが示唆された。
【0091】
以上より、本実施例で合成したChol-Lacがベシクル構造を形成し、ベシクル内に亜鉛を内包可能であり、Zn2+内包Chol-Lacベシクルが肝臓におけるアシアロ糖タンパク質レセプターを介して取り込まれることが示唆された。よって、Chol-Lacベシクルは、肝臓を標的する亜鉛イオンデリバリーキャリアとして糖尿病治療に期待できると考えられる。
図1
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図11
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