(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023166120
(43)【公開日】2023-11-21
(54)【発明の名称】アーク溶接継手、自動車部品、及びアーク溶接継手の製造方法
(51)【国際特許分類】
B23K 31/00 20060101AFI20231114BHJP
B23K 9/00 20060101ALI20231114BHJP
B23K 9/02 20060101ALI20231114BHJP
B23K 9/12 20060101ALI20231114BHJP
【FI】
B23K31/00 F
B23K9/00 501C
B23K9/02 D
B23K9/02 S
B23K9/00 330A
B23K9/12 350D
【審査請求】未請求
【請求項の数】7
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022076921
(22)【出願日】2022-05-09
(71)【出願人】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】日本製鉄株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100149548
【弁理士】
【氏名又は名称】松沼 泰史
(74)【代理人】
【識別番号】100140774
【弁理士】
【氏名又は名称】大浪 一徳
(74)【代理人】
【識別番号】100134359
【弁理士】
【氏名又は名称】勝俣 智夫
(74)【代理人】
【識別番号】100188592
【弁理士】
【氏名又は名称】山口 洋
(74)【代理人】
【識別番号】100217249
【弁理士】
【氏名又は名称】堀田 耕一郎
(74)【代理人】
【識別番号】100221279
【弁理士】
【氏名又は名称】山口 健吾
(74)【代理人】
【識別番号】100207686
【弁理士】
【氏名又は名称】飯田 恭宏
(74)【代理人】
【識別番号】100224812
【弁理士】
【氏名又は名称】井口 翔太
(72)【発明者】
【氏名】松田 和貴
(72)【発明者】
【氏名】石田 欽也
(72)【発明者】
【氏名】児玉 真二
【テーマコード(参考)】
4E081
【Fターム(参考)】
4E081AA08
4E081BA05
4E081BB15
4E081FA12
4E081YC01
4E081YX17
(57)【要約】
【課題】アーク溶接部の始端部の疲労強度が高いアーク溶接継手、自動車部品、及びアーク溶接継手の製造方法を提供する。
【解決手段】本発明の一態様に係るアーク溶接継手は、第1の鋼板と、第1の鋼板と重ねられた、板厚t2である第2の鋼板と、第1の鋼板の端部に沿って線状に延在し、第1の鋼板の端部と第2の鋼板の表面とを接合する溶接金属と、を備えるアーク溶接継手であって、溶接金属の第2の鋼板の側の止端に沿った線と、溶接金属の始端部の外縁との交点である断面試料採取位置を通り、且つ溶接金属の溶接線に垂直な断面において、溶接金属の第2の鋼板の側の止端角度が0度超45度未満であり、断面において、第2の鋼板の重ね面側の表面と溶接金属の溶融境界との2つの交点の間隔である溶け込み幅が、2.5×t2以上である。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
第1の鋼板と、
前記第1の鋼板と重ねられた、板厚t2である第2の鋼板と、
前記第1の鋼板の端部に沿って線状に延在し、前記第1の鋼板の端部と前記第2の鋼板の表面とを接合する溶接金属と、
を備えるアーク溶接継手であって、
前記溶接金属の前記第2の鋼板の側の止端に沿っており且つ溶接線と平行な線と、前記溶接金属の始端部の外縁との交点である断面試料採取位置を通り、且つ前記溶接金属の溶接線に垂直な断面において、前記溶接金属の前記第2の鋼板の側の止端角度が0度超45度未満であり、
前記断面において、前記第2の鋼板の重ね面側の表面と前記溶接金属の溶融境界との2つの交点の間隔である溶け込み幅が、2.5×t2以上である
アーク溶接継手。
【請求項2】
前記断面試料採取位置から、前記溶接金属の前記溶接線に沿って前記始端部と反対の方向に15mm離れた位置までの範囲において、前記第2の鋼板の側の前記溶接金属の前記止端が山部及び谷部を有し、
前記範囲において、隣り合う前記山部の頂点と前記谷部の底点との溶接線方向と直交方向での平均距離が3.0mm以下であり、
前記範囲において、隣り合う前記山部の頂点と前記谷部の底点との溶接線方向と直交方向での距離が0.1mm以上3.0mm以下である前記山部と前記谷部とを合わせた平均の数が9個以上11個以下である
ことを特徴とする請求項1に記載のアーク溶接継手。
【請求項3】
前記第1の鋼板、及び前記第2の鋼板の一方又は両方の板厚が0.8mm以上4.0mm以下であることを特徴とする請求項1に記載のアーク溶接継手。
【請求項4】
前記第1の鋼板、及び前記第2の鋼板の一方又は両方の板厚が0.8mm以上4.0mm以下であることを特徴とする請求項2に記載のアーク溶接継手。
【請求項5】
請求項1~4のいずれか一項に記載のアーク溶接継手を有する自動車部品。
【請求項6】
請求項1~4のいずれか一項に記載のアーク溶接継手の製造方法であって、
重ね合わせられた第1の鋼板の端面及び第2の鋼板の表面をアーク溶接する工程を備え、
前記アーク溶接の初期段階をウィービングアーク溶接とする
アーク溶接継手の製造方法。
【請求項7】
請求項1又は3に記載のアーク溶接継手の製造方法であって、
重ね合わせられた第1の鋼板の端面及び第2の鋼板の表面をアーク溶接する工程を備え、
前記アーク溶接の開始点を、溶接対象領域の始端部から、前記溶接対象領域の延在方向に沿ってL1だけ離隔させ、
前記アーク溶接を開始したら、アークを、前記溶接対象領域の前記延在方向に沿って、前記溶接対象領域の前記始端部に移動させ、
前記アークが前記溶接対象領域の前記始端部に到達したら、前記アークを、前記溶接対象領域の前記延在方向に垂直な方向に沿って、前記第1の鋼板から離れるように、前記溶接対象領域からL2だけ離隔し、且つ前記溶接対象領域の前記延在方向に沿って、前記溶接対象領域の前記始端部からL3だけ離隔した第1箇所に移動させ、
前記アークが前記第1箇所に到達したら、前記アークを、前記溶接対象領域上にあり且つ前記溶接対象領域の前記始端部からL1+L4だけ離隔した第2箇所に移動させ、
前記アークが前記第2箇所に到達したら、前記アークを、前記溶接対象領域に沿って、前記溶接対象領域の終端部に移動させ、
L1~L4を、以下の式1~式4を満たす値とする
アーク溶接継手の製造方法。
2.0×t2≦L1≦6.0×t2…(式1)
2.0×t2≦L2≦5.5×t2…(式2)
0≦L3≦2.5×t2 …(式3)
1.0×t2≦L4≦4.5×t2…(式4)
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、アーク溶接継手、自動車部品、及びアーク溶接継手の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
アーク溶接は、様々な機械部品において、材料の接合のために用いられている。例えば自動車の足回り部品においては、熱延薄鋼板の接合のために、多くのアーク溶接部が用いられている。
【0003】
自動車足回り部材には熱延薄鋼板が用いられ,その接合にはアーク溶接が多用される。アーク溶接部の始端部は、疲労亀裂が生じやすい箇所である。従って、始端部の疲労強度を向上させるための手段が求められている。
【0004】
特許文献1には、2枚の鋼板の一部を重ね合わせて、上板鋼板と下板鋼板の隅を溶接して隅肉アーク溶接ビードを形成した重ね隅肉アーク溶接継手において、隅肉アーク溶接ビードの溶接終了点となる上板鋼板側に、上板鋼板と下板鋼板とを点溶接した溶接終了点側上板付加ビードを設け、かつ、前記隅肉アーク溶接ビードの溶接開始点止端部と一部重なり合う溶接開始点側下板付加ビードを下板鋼板に設けたことを特徴とする疲労特性に優れた重ね隅肉アーク溶接継手が開示されている。
【0005】
特許文献2には、重ねた2枚の板において、一方の板の端部に沿って該端部と他方の板の表面に溶接ビードを有する重ね隅肉アーク溶接継手であって、前記他方の板は、前記溶接ビードの開始部又は終了部の少なくとも一方の溶接止端部側に、前記表面側に突出する突出部を有し、該突出部の前記一方の板端部側の傾斜面部に前記溶接止端部が位置することを特徴とする重ね隅肉アーク溶接継手が開示されている。
【0006】
特許文献3には、板厚0.4~4.0mmであり、かつ少なくとも一方が引張強度780MPa以上の一対の鋼母材と、前記一対の鋼母材を溶接する溶接金属であって、溶接金属を平面視したとき、溶接金属の止端部が山部と谷部とを有し、隣り合う前記山部の頂点と前記谷部の底点との溶接線方向と直交方向での平均距離が3.0mm以下であり、隣り合う前記山部の頂点と前記谷部の底点との溶接線方向と直交方向での距離が0.1mm~3.0mmである前記山部と前記谷部とを合わせた平均の数が2~30個/15mmである溶接金属と、を有する溶接継手が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2013-81973号公報
【特許文献2】国際公開第2017/073129号
【特許文献3】国際公開第2021/066192号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかしながら、特許文献1の技術では、付加ビードを上板及び下板に設ける必要があり、製造効率に関して改善の余地がある。特許文献2の技術では、鋼板にプレス成形をして突出部を形成する必要があり、製造効率に関して改善の余地がある。特許文献3では、溶接金属の始端部に関して特段の検討はされておらず、また、そのための構成も開示されていない。
【0009】
以上の事情に鑑みて、本発明は、アーク溶接部の始端部の疲労強度が高いアーク溶接継手、自動車部品、及びアーク溶接継手の製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明の要旨は以下の通りである。
【0011】
(1)本発明の一態様に係るアーク溶接継手は、第1の鋼板と、前記第1の鋼板と重ねられた、板厚t2である第2の鋼板と、前記第1の鋼板の端部に沿って線状に延在し、前記第1の鋼板の端部と前記第2の鋼板の表面とを接合する溶接金属と、を備えるアーク溶接継手であって、前記溶接金属の前記第2の鋼板の側の止端に沿っており且つ溶接線と平行な線と、前記溶接金属の始端部の外縁との交点である断面試料採取位置を通り、且つ前記溶接金属の溶接線に垂直な断面において、前記溶接金属の前記第2の鋼板の側の止端角度が0度超45度未満であり、前記断面において、前記第2の鋼板の重ね面側の表面と前記溶接金属の溶融境界との2つの交点の間隔である溶け込み幅が、2.5×t2以上である。
(2)上記(1)に記載のアーク溶接継手では、前記断面試料採取位置から、前記溶接金属の前記溶接線に沿って前記始端部と反対の方向に15mm離れた位置までの範囲において、前記第2の鋼板の側の前記溶接金属の前記止端が山部及び谷部を有し、前記範囲において、隣り合う前記山部の頂点と前記谷部の底点との溶接線方向と直交方向での平均距離が3.0mm以下であり、前記範囲において、隣り合う前記山部の頂点と前記谷部の底点との溶接線方向と直交方向での距離が0.1mm以上3.0mm以下である前記山部と前記谷部とを合わせた平均の数が9個以上11個以下であってもよい。
(3)上記(1)に記載のアーク溶接継手では、前記第1の鋼板、及び前記第2の鋼板の一方又は両方の板厚が0.8mm以上4.0mm以下であってもよい。
(4)上記(2)に記載のアーク溶接継手では、前記第1の鋼板、及び前記第2の鋼板の一方又は両方の板厚が0.8mm以上4.0mm以下であってもよい。
【0012】
(5)本発明の別の態様に係る自動車部品は、上記(1)~(4)のいずれか一項に記載のアーク溶接継手を有する。
【0013】
(6)本発明の別の態様に係るアーク溶接継手の製造方法は、上記(1)~(4)のいずれか一項に記載のアーク溶接継手の製造方法であって、重ね合わせられた第1の鋼板の端面及び第2の鋼板の表面をアーク溶接する工程を備え、前記アーク溶接の初期段階をウィービングアーク溶接とする。
【0014】
(7)本発明の別の態様に係るアーク溶接継手の製造方法は、上記(1)又は(3)に記載のアーク溶接継手の製造方法であって、重ね合わせられた第1の鋼板の端面及び第2の鋼板の表面をアーク溶接する工程を備え、前記アーク溶接の開始点を、溶接対象領域の始端部から、前記溶接対象領域の延在方向に沿ってL1だけ離隔させ、前記アーク溶接を開始したら、アークを、前記溶接対象領域の前記延在方向に沿って、前記溶接対象領域の前記始端部に移動させ、前記アークが前記溶接対象領域の前記始端部に到達したら、前記アークを、前記溶接対象領域の前記延在方向に垂直な方向に沿って、前記第1の鋼板から離れるように、前記溶接対象領域からL2だけ離隔し、且つ前記溶接対象領域の前記延在方向に沿って、前記溶接対象領域の前記始端部からL3だけ離隔した第1箇所に移動させ、前記アークが前記第1箇所に到達したら、前記アークを、前記溶接対象領域上にあり且つ前記溶接対象領域の前記始端部からL1+L4だけ離隔した第2箇所に移動させ、前記アークが前記第2箇所に到達したら、前記アークを、前記溶接対象領域に沿って、前記溶接対象領域の終端部に移動させ、L1~L4を、以下の式1~式4を満たす値とする。
2.0×t2≦L1≦6.0×t2…(式1)
2.0×t2≦L2≦5.5×t2…(式2)
0≦L3≦2.5×t2 …(式3)
1.0×t2≦L4≦4.5×t2…(式4)
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、アーク溶接部の始端部の疲労強度が高いアーク溶接継手、自動車部品、及びアーク溶接継手の製造方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【
図1】本実施形態に係るアーク溶接継手の平面図である。
【
図2】断面試料採取位置を通り、且つ溶接金属の溶接線に垂直な断面における、本実施形態に係るアーク溶接継手の断面図である。
【
図3】第2の止端の止端角度θの測定方法を説明する拡大断面図である。
【
図4】止端をうねらせるウィービング溶接によって製造されたアーク溶接継手の溶接金属の始端部における、山部と谷部とを合わせた数、隣り合う山部と谷部との距離の測定方法を説明するための模式図である。
【
図5】止端をうねらせるウィービング溶接によって製造されたアーク溶接継手の溶接金属の始端部における、山部と谷部とを合わせた数、隣り合う山部と谷部との距離の測定方法を説明するための模式図である。
【
図6】溶接経路を螺旋状とした、本実施形態に係る溶接継手の製造方法の模式図である。
【
図7】実施例のアーク溶接継手の試験体の模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
本発明の一態様に係るアーク溶接継手1は、例えば
図1~
図3に示されるように、第1の鋼板11と、第1の鋼板11と重ねられた、板厚t2である第2の鋼板12と、第1の鋼板11の端部に沿って線状に延在し、第1の鋼板11の端部と第2の鋼板12の表面とを接合する溶接金属13と、を備え、溶接金属13の第2の鋼板12の側の止端に沿った線Xと、溶接金属13の始端部133の外縁との交点を通り、且つ溶接金属13の溶接線WLに垂直な断面において、溶接金属13の第2の鋼板12の側の止端角度θが0度超45度未満であり、断面において、第2の鋼板12の重ね面側の表面と溶接金属13の溶融境界との2つの交点の間隔である溶け込み幅Wが、2.5×t2以上である。まず、本実施形態に係るアーク溶接継手1に本発明者らが想到した経緯について説明する。
【0018】
なお、本実施形態では、第1の鋼板11を「上板」と称し、第2の鋼板12を「下板」と称する場合がある。
図1及び
図2では、第1の鋼板11を上側に記載し、第2の鋼板12を下側に記載した。また、溶接金属13の止端とは、鋼板の表面に垂直な方向に沿ってアーク溶接継手1を平面視したときの、溶接金属13と第1の鋼板11又は第2の鋼板12との境界のことである。本実施形態では便宜上、第1の鋼板11の側の止端を「第1の止端131」と称し、第2の鋼板12の側の止端を「第2の止端132」と称する場合がある。
【0019】
本発明者らの検討の結果、溶接金属13の始端部133における疲労亀裂は、第2の止端132、及びルート部で生じやすいことが見いだされた。ルート部とは、第1の鋼板11の端面と第2の鋼板12の表面同士の交点、及びその近傍のことである。
【0020】
そして本発明者らは、第2の止端132における疲労亀裂は、止端角度θを小さくすることにより抑制可能であることを見出した。止端角度θとは、
図3に示されるように、溶接金属13の表面と、下板の表面とがなす挟角のことである。また、ルート部における疲労亀裂は、溶け込み幅Wを大きくすることにより抑制可能であることを見出した。溶け込み幅Wとは、
図2に示されるように、下板である第2の鋼板12の表面に形成された溶接金属13の幅のことである。
【0021】
しかし、溶接金属13の始端部133において、止端角度θの低減と溶け込み幅Wの拡大との両方を達成することは容易ではない。なぜなら、溶接金属13の始端部133は、アーク溶接の最初期に形成されるからである。アーク溶接の最初期には、母材鋼板の温度が低い。そのため、溶接金属13の始端部133では母材鋼板の温度が上昇しづらく、母材鋼板の溶融凝固が生じにくい。そのため、溶接金属13の始端部133で溶け込み幅を拡大するように溶接条件を設定した場合、止端形状が急峻になりやすい。
【0022】
溶接金属13の始端部と定常部との差異は、止端形状にある。本発明者らは、疲労強度の向上のために、アーク溶接の開始時期において入熱量を増大させて、溶け込み幅の拡大及び止端形状の改善を試みた。その結果、溶け込み幅を拡大することはできたが、止端形状を十分になだらかにすることはできなかった。
【0023】
本発明者らは種々の検討を重ねた。その結果、アーク溶接の開始時期における溶接経路を特殊なものとすることにより、止端角度θの低減と溶け込み幅Wの拡大との両方を達成可能であることが見いだされた。通常のアーク溶接では、溶接経路は上板の端部の延在方向に沿う。しかし本発明者らは、溶接経路を上板の端部の延在方向に対して角度を持たせた。これにより本発明者らは、溶接金属13の始端部133において、下板側の止端形状をなだらかに保ちながら、溶け込み幅Wを拡大することができた。
【0024】
次に、本実施形態に係るアーク溶接継手1の構成について具体的に説明する。
【0025】
(第1の鋼板11、第2の鋼板12、及び溶接金属13)
本実施形態に係るアーク溶接継手1は、第1の鋼板11と、第2の鋼板12と、アーク溶接によって形成された溶接金属13と、を備える。
図2の断面図に示されるように、第1の鋼板11及び第2の鋼板12は、重ねられている。また、
図1及び
図2に示されるように、溶接金属13は第1の鋼板11の端部に沿って延在して、第1の鋼板11の端部と第2の鋼板12の表面とを接合している。従って、本実施形態に係るアーク溶接継手1は、いわゆる重ね隅肉継手とされている。
【0026】
本実施形態に係るアーク溶接継手1の溶接金属13は、その始端部133において、以下の特徴を有する。
(1)第2の止端132の形状がなだらかである。
(2)第2の鋼板12における溶け込み幅Wが広い。
これらの特徴を兼備することにより、本実施形態に係るアーク溶接継手1の溶接金属13の始端部133は、高い疲労強度を有する。
【0027】
ここで、溶接金属13の始端部133が特徴(1)及び特徴(2)を兼備しているか否かは、断面試料採取位置Yを通り、且つアーク溶接継手1の溶接線WLに垂直な断面において判定される。断面試料採取位置Yとは、例えば
図1に示されるように、
・溶接金属13の第2の止端132に沿っており、且つ溶接線WLと平行な線X、及び
・溶接金属13の始端部133の外縁
の交点のことである。なお、溶接金属の始端部において溶接金属が第2の鋼板の側にせり出している場合がある。この場合は、溶接金属のせり出し部の頂点を断面試料採取位置Yとみなす。また、溶接線WLとは、溶接金属13を一つの線として表すときの仮想線のことであり、上述の溶接経路とは異なる概念である。
本発明者らの実験によれば、断面試料採取位置Yが、疲労亀裂の始点となることが多かった。従って、断面試料採取位置Yにおいて溶接金属13の形状が適切であれば、溶接金属13の始端部133の疲労亀裂を向上させることができる。以下、断面試料採取位置Yを通る、アーク溶接継手1の溶接線WLに垂直な断面を、単に「断面」又は「始端部133の断面」と称する。
【0028】
(止端角度θ)
本実施形態に係るアーク溶接継手1では、溶接金属13の始端部133の断面において測定される、第2の止端132の止端角度θが0度超45度未満とされる。止端角度θとは、
図3に示される直線abと直線acとがなす角度のことである。点aは第2の止端132である。点bは、第2の鋼板12の表面に沿って、点aから溶接金属13の内部に向かって300μm離れた箇所である。点cは、点bを通り且つ第2の鋼板12の表面に垂直な直線と溶接金属13の表面との交点である。
【0029】
溶接金属13の始端部133における第2の止端132の止端角度θが45度超である場合、第2の止端132に応力が集中しやすくなり、始端部133の疲労強度が損なわれる。従って、第2の止端132の止端角度θは45度以下とする。第2の止端132の止端角度θを42度以下、40度以下、35度以下、又は30度以下としてもよい。第2の止端132の止端角度θは、疲労強度の確保の観点からは小さいほど好ましく、従って0度であってもよい。第2の止端132の止端角度θを10度以上、15度以上、又は17度以上としてもよい。なお、第1の止端131の形状は、疲労強度に影響しないと考えられるので特に限定されない。
【0030】
(溶け込み幅W)
本実施形態に係るアーク溶接継手1では、溶接金属13の始端部133の断面において測定される、溶け込み幅Wが2.5×t2以上である。溶け込み幅Wとは、
図2に示されるように、溶接金属13の溶融境界と第2の鋼板12の表面との2つの交点の間隔のことである。なお、2つの交点のうち1つは、第2の止端132と同一である。t2とは、第2の鋼板の板厚のことである。
【0031】
始端部133において、疲労亀裂が発生しやすい箇所は、第2の止端132及びルート部である。ルート部とは、第1の鋼板11の端面と第2の鋼板12の表面同士の交点、及びその近傍のことである。本発明者らは、ルート部と第2の止端132との間隔を拡大することにより、ルート部の疲労強度が向上することを知見した。上述の定義による、溶接金属13の始端部133における溶け込み幅Wを2.5×t2以上とすることにより、ルート部での疲労亀裂を十分に抑制することができる。溶け込み幅Wを2.6×t2以上、2.8×t2以上、又は3.0×t2以上としてもよい。溶け込み幅Wの上限は特に限定されないが、上板及び下板の重ね代の増大を避けて、アーク溶接継手1の重量を削減するために、例えば溶け込み幅Wを4.5×t2以下、4.2×t2以下、又は4.0×t2以下としてもよい。
【0032】
止端角度θ、及び溶け込み幅Wの両方を上述の範囲内とするための方法は特に限定されないが、好適な一例として、ウィービングを挙げることができる。ウィービングとは、溶接棒又はトーチを溶接方向に対してほぼ横方向に交互に動かしながら溶接ビードを置いていく溶接技法のことである。また、ウィービング溶接に代えて、アーク溶接の開始直後に溶接経路を螺旋状にすることによっても、止端角度θ、及び溶け込み幅Wの両方を上述の範囲内とすることができる。
【0033】
まず、ウィービングについて説明する。ウィービングによって溶接金属13の溶け込み幅Wを拡大しようとする場合、単位時間当たりのウィービングの回数、即ちウィービング周波数を高く設定することが通常である。これは、溶接金属13の止端のうねりを抑制するためである。本実施形態に係るアーク溶接継手においても、止端にうねりを形成することは必須ではない。しかし、本発明者らの検討によれば、溶接金属13の始端部133の疲労強度を向上させる観点からは、止端のうねりを回避する必要はないことがわかった。また、止端にうねりを形成することにより、止端に加わる応力が分散され、始端部133の疲労強度が一層向上することも確認された。さらに、止端がうねるようなウィービング条件でアーク溶接をすることにより、止端角度θ、及び溶け込み幅Wの両方を上述の範囲内とすることができた。
【0034】
ウィービングによって止端角度θ、及び溶け込み幅Wを最適化することによって得られるアーク溶接継手1においては、溶接金属13の始端部133を平面視したときに、始端部133が山部及び谷部を有し、これらの形状が適正化されていることが好ましい。以下、
図4及び
図5を参照しながら、ウィービング溶接によって得られた溶接金属13の好ましい形状について説明する。
【0035】
(ウィービング評価範囲Rにおける、山部と谷部の平均距離)
溶接金属13は、断面試料採取位置Yから、溶接金属13の溶接線WLに沿って始端部133と反対の方向に15mm離れた位置までの範囲において、隣り合う山部の頂点Tと谷部の底点Bとの溶接線方向と直交方向での平均距離(以下、「山部と谷部との距離」とも称する)が3.0mm以下であることが好ましい。以下、断面試料採取位置Yから、溶接金属13の溶接線WLに沿って始端部133と反対の方向に15mm離れた位置までの範囲を「ウィービング評価範囲R」と称する。
【0036】
ウィービング評価範囲Rの拡大図を
図4に示す。
図4中、Bは谷部の底点を示し、Tは山部の頂点を示す。WLは溶接線を示し、13は溶接金属を示し、12は下板、即ち第2の鋼板を示す。A1~A4は、「隣り合う山部の頂点Tと谷部の底点Bとの間の、溶接線WLの方向と直交方向での距離」を示す。ウィービング評価範囲Rに含まれるすべての山部及び谷部に関して、隣り合う山部の頂点Tと谷部の底点Bとの間の、溶接線WLの方向と直交方向での距離を測定し、これらの値を平均することにより、隣り合う山部の頂点と谷部の底点との溶接線方向と直交方向での平均距離(山部と谷部との距離)を測定することができる。ただし、後述する判断基準(1)に該当する山部及び谷部は、山部及び谷部を含まない傾斜部とみなされ、山部と谷部との距離の測定において考慮されない。
【0037】
ウィービング評価範囲Rにおいて、溶接線方向と直交方向の山部と谷部の平均距離を3.0mm以下にすることにより、止端角度θ、及び溶け込み幅Wを最適化することができる。さらに、溶接線方向と直交方向の山部と谷部の平均距離を3.0mm以下にすることにより、溶接金属13の形状の局所的な乱れを防止し、疲労強度を一層高められる。溶接金属13の形状の局所的な乱れは、特に、ウィービング溶接によって溶接を行う場合に生じやすくなる。よって、ウィービング評価範囲Rにおいて、溶接線方向と直交方向の山部と谷部の平均距離は、3.0mm以下とすることが好ましい。疲労強度向上の観点から、ウィービング評価範囲Rにおいて、山部と谷部の平均距離は、2.8mm以下が好ましく、2.5mm以下がより好ましく、2.0mm以下がさらに好ましい。
【0038】
(ウィービング評価範囲Rにおける、うねりの数)
また、ウィービング評価範囲Rにおいて、隣り合う山部の頂点Tと谷部の底点Bとの溶接線方向と直交方向での距離が0.1mm以上3.0mm以下である山部と谷部の合計の数(以下、「うねりの数」とも称する)が、9個以上11個以下であることが好ましい。
【0039】
なお、ウィービング評価において、隣り合う山部及び谷部との位置関係が所定範囲内にない場合は、その山部及び谷部は応力集中を緩和する効果を発揮しない。そのため、所定の要件を満たさない山部及び谷部はうねりの数に算入されない。また、一部の山部及び谷部は、そもそも山部及び谷部がない傾斜部とみなされる。
【0040】
うねりの数に算入される山部及び谷部の判定は、以下の判断基準に沿って行われる。
(1)判定対象となる谷部の底点Bと、その両側の山部の頂点Tとの距離のうち、少なくとも一方が0.1mm以下である場合、その谷部はうねりに算入しない。同様に、判定対象となる山部の頂点Tと、その両側の谷部の底点Bとの距離のうち、少なくとも一方が0.1mm以下である場合、その山部はうねりに算入しない。
なお、判断基準(1)によれば、判断基準(1)に該当する谷部の少なくとも片側には(1)に該当する山部が必ず存在する。このような、判断基準(1)に該当する山部及び谷部が連続して形成された部分は、技術的作用が生じないので、山部及び谷部が存在しない傾斜部とみなす。
(2)判定対象になる谷部の底点Bと、その両側の山部(判断基準(1)に該当し、傾斜部とみなされた山部を除く)の頂点Tとの距離のうち、両方が3.0mm超である場合、その谷部はうねりに算入しない。同様に、判定対象になる山部の頂点Tと、その両側の谷部(傾斜部とみなされた谷部を除く)の底点Bとの距離のうち、両方が3.0mm超である場合、その山部はうねりに算入しない。
(3)上記判断基準(1)及び判断基準(2)のいずれにも該当しない山部及び谷部は、うねりに算入する。
(4)ウィービング評価範囲Rの端にある山部又は谷部に対しても、上記判断基準(1)及び判断基準(2)を適用する。その際には、ウィービング評価範囲Rの外にある山部又は谷部を、判断のために用いる。
【0041】
図5に、うねりの数の測定方法を説明するための、第2の止端132の模式図を示す。
図5における丸印1、3、及び5は谷部の底点Bであり、丸印2、4は山部の頂点Tである。また、丸印1及び5は、ウィービング評価範囲Rの端にある谷部の底点Bである。丸印1の左にある丸印、及び丸印5の右にある丸印は、ウィービング評価範囲Rの外にある山部の頂点Tである。
図5に含まれる山部及び谷部に、上述の判断基準(1)~(4)を適用した結果は以下の通りである。
・ウィービング評価範囲Rの外側にある2つの丸印の山部は、判断対象とはならず、うねりに算入されない。しかしながら、これらの山部は、丸印1及び丸印5の谷部の評価のために用いられる。
・丸印2の山部の頂点T及び丸印3の谷部の底点Bは、互いの距離が0.1mm未満である。そのため、丸印2の山部及び丸印3の谷部はいずれも、判断基準(1)に該当し、うねりに算入されない。また、丸印2の山部及び丸印3の谷部は、判断基準(1)に該当し且つ連続的に存在するものであるので、傾斜部とみなされる。
・丸印1の谷部は、その左にある山部と、その右にある丸印4の山部とに基づいて判定される。丸印2の山部及び丸印3の谷部は、丸印1の谷部の判定の際には無視される。丸印1の谷部の底点Bは、その右にある丸印4の山部の頂点Tとの距離が3.0mm超であるが、その左にある山部の頂点Tとの距離が適正である。丸印1の谷部は、判断基準(1)及び判断基準(2)のいずれにも該当しないので、判断基準(3)によってうねりに算入される。
・丸印4の山部は、その左にある丸印1の谷部と、その右にある丸印5の谷部とに基づいて判定される。丸印2の山部及び丸印3の谷部は、丸印4の山部の判定の際には無視される。丸印4の山部の頂点Tは、その左にある丸印1の谷部の底点Bとの距離、及びその右にある丸印5の谷部の底点Bとの距離の両方が3.0mm超であるので、判断基準(2)に該当し、うねりに算入されない。
・丸印5の山部は、その左にある丸印4の谷部と、その右にある山部とに基づいて判定される。丸印5の山部の頂点Tは、その左にある丸印4の谷部の底点Bとの距離が3.0mm超であるが、その右にある山部の頂点Tとの距離が適正である。丸印5の山部は、判断基準(1)及び判断基準(2)のいずれにも該当しないので、判断基準(3)によってうねりに算入される。
従って、
図5に示されるウィービング評価範囲Rにおけるうねりの数は2である。
【0042】
うねりの数、および山部と谷部との距離は、上記基準で、断面試料採取位置Yから、溶接金属の溶接線に沿って始端部と反対の方向に15mm離れた位置までのウィービング評価範囲Rを測定し、その平均値とする。うねりの数は、9個以上11個以下とすることが好ましい。これにより、溶接金属の始端部において、止端角度の抑制及び溶け込み幅の拡大の両方を達成することができる。また、これにより、始端部における応力集中の緩和効果も得られる。
【0043】
次に、溶接方向を螺旋状にする溶接方法について説明する。この溶接方法は、
図6に示されるように、以下の手順で行われる。
(S1)アーク溶接の開始点P1を、溶接対象領域の始端部P2から、溶接対象領域の延在方向に沿ってL1だけ離隔させる。
(S2)アーク溶接を開始したら、アークを、溶接対象領域の延在方向に沿って、溶接対象領域の始端部P2に移動させる。
(S3)アークが溶接対象領域の始端部P2に到達したら、アークを、溶接対象領域の延在方向に垂直な方向に沿って、第1の鋼板11から離れるように、溶接対象領域からL2だけ離隔し、且つ溶接対象領域の延在方向に沿って、溶接対象領域の始端部P2からL3だけ離隔した第1箇所P3に移動させる。
(S4)アークが第1箇所P3に到達したら、アークを、溶接対象領域上にあり且つ溶接対象領域の始端部P2からL1+L4だけ離隔した第2箇所P4に移動させる。
(S5)アークが第2箇所P4に到達したら、アークを、溶接対象領域に沿って、溶接対象領域の終端部に移動させる。
溶接対象領域とは、通常のすみ肉アーク溶接の際に溶接狙い位置となる領域のことであり、例えば、第1の鋼板11の端面と第2の鋼板12の表面との交線に沿った領域である。溶接対象領域の始端部P2、及び終端部とは、溶接金属13を形成すべき領域の始端部及び終端部のことである。L1~L4の大きさは、第2の鋼板の板厚t2に応じて定めることができる。例えば、L1~L4が、以下の式を満たせばよい。
2.0×t2≦L1≦6.0×t2…(式1)
2.0×t2≦L2≦5.5×t2…(式2)
0≦L3≦2.5×t2 …(式3)
1.0×t2≦L4≦4.5×t2…(式4)
【0044】
この溶接方法においては、溶接対象領域の始端部P2において、アークの軌跡が螺旋状となる。これにより、溶接金属13の始端部133の溶け込み幅Wを拡大することができる。また、この溶接方法においては、入熱量を増大させることなく溶け込み幅Wを確保している。そのため、溶接金属13の始端部133において、第2の止端132の止端角度θを45度以下にすることができる。この溶接方法によって得られた溶接金属13の始端部133は、ウィービングの痕跡であるうねりを有しない平坦形状となる。
【0045】
以上、本実施形態に係るアーク溶接継手1の溶接金属13の始端部133における溶け込み幅W及び止端角度θ、並びにこれらの値を上記範囲内とするための製造方法の好適な例について説明した。溶け込み幅W及び止端角度θが上述の範囲内とされる限り、本実施形態に係るアーク溶接継手1には様々な構成を適用することができる。以下に、好適な構成の例について説明する。
【0046】
第1の鋼板の板厚t1は特に限定されない。例えば第1の鋼板11を自動車用鋼板とする場合、第1の鋼板の板厚t1は0.8mm以上4.0mm以下とすることが好ましい。同様に、第2の鋼板の板厚t2も特に限定されず、これを自動車用鋼板とする場合、その板厚t2は0.8mm以上4.0mm以下とすることが好ましい。
【0047】
第1の鋼板11の引張強さは特に限定されない。例えば第1の鋼板11の引張強さを440MPa以上1500MPa以下としてもよい。同じく、第2の鋼板12の引張強さも特に限定されない。例えば第2の鋼板12の引張強さを440MPa以上1500MPa以下としてもよい。これら鋼板の化学成分及び金属組織も特に限定されず、公知の好ましい構成を適宜採用することができる。
【0048】
第1の鋼板11及び第2の鋼板12の一方又は両方が、めっきを有していてもよい。めっきの好適な例は、溶融亜鉛めっき、合金化溶融亜鉛めっき、電気亜鉛めっき、電気Alめっき等である。また、第1の鋼板11及び第2の鋼板12の一方又は両方が、化成処理皮膜を有していてもよい。また、第1の鋼板11及び第2の鋼板12の一方又は両方が、電着塗膜などの塗膜を有していてもよい。塗装は、第1の鋼板11及び第2の鋼板12のアーク溶接の終了後に行えばよい。
【0049】
図2においては、第1の鋼板11の枚数は1枚とされている。しかし、第1の鋼板11の枚数が2枚以上であってもよい。端面を十分に溶融させることにより、複数の鋼板を第2の鋼板12の表面に接合することができる。
【0050】
次に、本発明の別の態様に係る自動車部品について説明する。本実施形態に係る自動車部品は、本実施形態に係るアーク溶接継手を有する。これにより、本実施形態に係る自動車部品では、溶接金属の始端部の疲労強度が従来よりも飛躍的に高められている。自動車部品が有するアーク溶接継手には、上述した種々の好ましい構成を採用することができる。
【0051】
次に、本発明の別の態様に係るアーク溶接継手1の製造方法について説明する。本実施形態に係るアーク溶接継手1の製造方法は、上述した本実施形態に係るアーク溶接継手1のうち、第2の止端132が山部及び谷部を有するものの製造方法である。この製造方法は、重ね合わせられた第1の鋼板11の端面及び第2の鋼板12の表面をアーク溶接する工程を備える。ここで、アーク溶接が、その初期段階においてウィービングアーク溶接を有する。これにより、溶接金属13の始端部133において、第2の止端132の止端角度θを増大させることなく、溶け込み幅Wを増大させて、疲労強度を飛躍的に向上させることができる。
【0052】
ウィービングアーク溶接の条件は特に限定されない。上述した通り、断面試料採取位置Yから、溶接金属13の溶接線WLに沿って始端部133と反対の方向に15mm離れた位置までの範囲において、第2の鋼板12の側の溶接金属13の止端に山部及び谷部を形成させ、当該範囲において、隣り合う山部の頂点と谷部の底点との溶接線WL方向と直交方向での平均距離を3.0mm以下とし、当該範囲において、隣り合う山部の頂点と谷部の底点との溶接線WL方向と直交方向での距離が0.1mm以上3.0mm以下である山部と谷部とを合わせた平均の数を9個以上11個以下とすることができるウィービング条件を、第1の鋼板11及び第2の鋼板の板厚t2等に応じて、適宜選択することができる。
例えばウィービング評価範囲Rの幅は15mmであるので、ウィービング評価範囲Rに含まれるうねりの数は、以下の式によって簡易的に推定することができる。
[うねりの推定数]=15(mm)×[ウィービング周波数](Hz)÷[溶接速度](mm/秒)×2
上記推定式によって算出されるうねりの推定数と、現実に形成されるうねりの数とが常に一致するとは限らないが、両者は近い値になると考えられる。従って、上記のうねりの推定式を利用しながら、うねりの数が9個以上11個以下の範囲内となるようなウィービング周波数及び溶接速度を探索することができる。
また、好適な溶接条件の例は以下の通りである。
・溶接速度:0.4m/min以上1.2m/min以下
・ウィービング周波数:0.5Hz以上3.5Hz以下
・ウィービング振幅:0.5mm以上2.5mm以下
・シールドガスの組成:Ar+3%以上30%以下CO2
・溶接電流:130A以上300A以下
【0053】
次に、本発明の別の態様に係るアーク溶接継手1の製造方法について説明する。本実施形態に係るアーク溶接継手1の製造方法は、上述した本実施形態に係るアーク溶接継手1のうち、第2の止端132が山部及び谷部を有しないものの製造方法である。この製造方法は、重ね合わせられた第1の鋼板11の端面及び第2の鋼板12の表面をアーク溶接する工程を備える。ここで、
(S1)アーク溶接の開始点P1を、溶接対象領域の始端部P2から、溶接対象領域の延在方向に沿ってL1だけ離隔させ、
(S2)アーク溶接を開始したら、アークを、溶接対象領域の延在方向に沿って、溶接対象領域の始端部P2に移動させ、
(S3)アークが溶接対象領域の始端部P2に到達したら、アークを、溶接対象領域の延在方向に垂直な方向に沿って、第1の鋼板11から離れるように、溶接対象領域からL2だけ離隔し、且つ溶接対象領域の延在方向に沿って、溶接対象領域の始端部P2からL3だけ離隔した第1箇所P3に移動させ、
(S4)アークが第1箇所P3に到達したら、アークを、溶接対象領域上にあり且つ溶接対象領域の始端部P2からL1+L4だけ離隔した第2箇所P4に移動させ、
(S5)アークが第2箇所P4に到達したら、アークを、溶接対象領域に沿って、溶接対象領域の終端部に移動させる。
また、L1~L4を、以下の式1~式4を満たす値とする。
2.0×t2≦L1≦6.0×t2…(式1)
2.0×t2≦L2≦5.5×t2…(式2)
0≦L3≦2.5×t2 …(式3)
1.0×t2≦L4≦4.5×t2…(式4)
t2は第2の鋼板の板厚である。これにより、溶接金属13の始端部133において、第2の止端132の止端角度θを増大させることなく、溶け込み幅Wを増大させて、疲労強度を飛躍的に向上させることができる。
【実施例0054】
実施例により本発明の一態様の効果を更に具体的に説明する。ただし、実施例での条件は、本発明の実施可能性及び効果を確認するために採用した一条件例に過ぎない。本発明は、この一条件例に限定されない。本発明は、本発明の要旨を逸脱せず、本発明の目的を達成する限り、種々の条件を採用し得る。
【0055】
重ね合わせられた第1の鋼板の端面及び第2の鋼板の表面を、種々の条件でアーク溶接して、種々のアーク溶接継手を製造した。第1の鋼板及び第2の鋼板は、表1に記載の鋼板A又はBとした。なお、全てのアーク溶接継手において、第1の鋼板及び第2の鋼板は同一のものとした。全ての試験において、試験体の形状は
図7の通りとした。
図7に記載の寸法の単位は全てmmであった。
【0056】
【0057】
溶接条件は、表2に記載の通りとした。表2の「電流」は電流値であり、「溶接速度」はアークの移動速度である。「ウィービング周波数」は、単位時間当たりのウィービングの回数である。
【0058】
表2の「狙い」とは、溶接狙い位置WPと、第1の鋼板11の端面及び第2の鋼板12の表面の交点0との間の距離である。
図8A及び
図8Bに示されるように、溶接トーチWTの先端の延長線及び第2の鋼板12の溶接面の交点が、溶接狙い位置WPである。この溶接狙い位置WPと、第1の鋼板11の端面及び第2の鋼板12の表面の交点0との距離を「狙い」列に記載した。なお、
図8Aに示されるように、溶接狙い位置WPを第1の鋼板11と重ねる向きに動かした場合は、「狙い」列には上記距離を正の値として記載した。一方、
図8Bに示されるように、溶接狙い位置WPを第1の鋼板11と重ならない向きに動かした場合は、「狙い」列には上記距離を負の値として記載した。ウィービング溶接をした場合は、溶接トーチWTが振幅の中心にあるときの溶接狙い位置WPを表2に記載した。
【0059】
なお、試験No.6は、アークの軌跡を螺旋状にしたものであり、この試験例においては狙い位置の記載を省略した。試験No.6においては、L1を10mm、L2を10mm、L3を5mm、L4を5mmとした。
【0060】
また、これにより得られたアーク溶接継手の始端部における第2の止端の止端角度、及び溶け込み幅を測定し、表2に記載した。加えて、第2の止端に形成された山部及び谷部の個数密度も表2に記載した。なお、ウィービングをした例は試験2及び3であるが、これにより得られたアーク溶接継手のいずれにおいても、断面試料採取位置から、溶接金属の溶接線に沿って始端部と反対の方向に15mm離れた位置までの範囲において、隣り合う山部の頂点と谷部の底点との溶接線方向と直交方向での平均距離が3.0mm以下であった。
【0061】
加えて、各アーク溶接継手に疲労試験を実施した。疲労試験では、軸力をアーク溶接継手に載荷した。繰り返し荷重については、常に引張応力となる荷重比(最小荷重/最大荷重)=0.1とした。試験片破断、もしくは200万回の載荷まで、疲労試験を実施した。載荷回数200万回の後で未破断となる最大の荷重を、アーク溶接継手の疲労強度とした。以下の判定基準による判定結果を、表2に記載した。なお、「t」は鋼板A又は鋼板Bの、単位mmでの板厚である。
・疲労強度Δσが120/t(MPa)未満:×
・疲労強度Δσが120/t(MPa)以上かつ160/t(MPa)未満:〇
・疲労強度Δσが160/t(MPa)以上:◎
【0062】
【0063】
試験No.1では、入熱を通常よりも高くし、且つ、狙い位置を通常よりも第1の鋼板に近づけるようにして、溶け込み幅の拡大を試みた。その結果、試験No.1では、溶け込み幅を2.5×t2以上とすることができた。しかしながら、試験No.1では、溶接金属が過剰に盛りあがり、第2の止端の止端角度が急峻となった。その結果、試験No.1では、疲労強度を向上させることができなかった。
【0064】
試験No.2では、ウィービング溶接によって、溶け込み幅の拡大を試みた。その結果、試験No.2では、溶け込み幅を拡大しながら、止端角度の増大を抑制することができた。その結果、試験No.2では、疲労強度を向上させることができた。
【0065】
試験No.3では、ウィービング溶接によって、溶け込み幅の拡大を試みた。その結果、試験No.3では、溶け込み幅を拡大しながら、止端角度の増大を抑制することができた。また、試験No.3では、山部及び谷部の個数を好ましい範囲内とすることができた。その結果、試験No.3では、疲労強度を一層向上させることができた。
【0066】
試験No.4及び試験No.5では、止端角度及び溶け込み幅の両方が不適切であった。その結果、試験No.4及び試験No.5のいずれにおいても、疲労強度を向上させることができなかった。
【0067】
試験No.6では、トーチの移動経路を
図6に示されるような螺旋状とすることにより、溶け込み幅を拡大しながら、止端角度の増大を抑制することができた。その結果、試験No.6では、疲労強度を向上させることができた。