(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023166132
(43)【公開日】2023-11-21
(54)【発明の名称】パラフィン切片の作製方法
(51)【国際特許分類】
G01N 1/28 20060101AFI20231114BHJP
G01N 1/30 20060101ALI20231114BHJP
【FI】
G01N1/28 J
G01N1/30
【審査請求】未請求
【請求項の数】17
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022076944
(22)【出願日】2022-05-09
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用申請有り 1.電機通信回線を通じて発表 掲載アドレス https://www.pac-mice.jp/jstp38/lib/data/abstract_ja.zip 掲載年月日 2022(令和4)年1月6日 掲載箇所 第38回日本毒性病理学会総会及び学術集会 第1回アジア毒性病理学連盟学術集会 講演要旨集 第194頁の「P-12」 2.電機通信回線を通じて発表 集会名、開催場所 第38回日本毒性病理学会総会及び学術集会 第1回アジア毒性病理学連盟学術集会 Web開催 主催者:日本毒性病理学会およびアジア毒性病理学連盟(Asian Union of Toxicologic Pathology) 開催年月日 2022(令和4)年1月20日~2022(令和4)年2月13日 3.展示会で発表 展示会名、開催場所 第3回ファーマラボEXPO[東京]アカデミックフォーラム 幕張メッセ(千葉県千葉市美浜区中瀬2-1) 開催年月日 2021(令和3)年12月8日
(71)【出願人】
【識別番号】502341546
【氏名又は名称】学校法人麻布獣医学園
(74)【代理人】
【識別番号】100137512
【弁理士】
【氏名又は名称】奥原 康司
(72)【発明者】
【氏名】坂上 元栄
(72)【発明者】
【氏名】小澤 秋沙
(72)【発明者】
【氏名】岩下 直樹
【テーマコード(参考)】
2G052
【Fターム(参考)】
2G052AA28
2G052AB16
2G052AB27
2G052AD12
2G052AD32
2G052AD52
2G052BA16
2G052EC03
2G052FA01
2G052FA08
2G052FC02
2G052FC15
2G052GA32
2G052JA07
2G052JA08
2G052JA11
(57)【要約】
【課題】本発明は、パラフィン包埋組織ブロックから三次元的解析が可能な切片の作製方法の提供、当該方法で作製した切片の提供を課題とする。
の提供を課題とする。
【解決手段】本発明は、パラフィン切片の作製方法であって、パラフィン包埋標本を薄切りする前に、パラフィン融解剤および親水化剤の混合溶液で処理する工程を含む、前記方法、当該方法で作製したパラフィン切片、および当該混合溶液である。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
パラフィン切片の作製方法であって、パラフィン融解剤および親水化剤の混合溶液で処理する工程を含む、前記方法。
【請求項2】
前記混合溶液の、パラフィン融解剤および親水化剤の比率が、体積比で1:0.5~1:4である、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記パラフィン融解剤が、キシレン、リモネン、ピネンからなるグループから選択される1または複数である、請求項1または請求項2に記載の方法。
【請求項4】
前記親水化剤、エタノール、プロパノール、アセトンからなるグループから選択される1または複数である、請求項1または請求項2に記載の方法。
【請求項5】
パラフィン融解剤および親水化剤の混合溶液で処理することを含む工程で処理されたパラフィン包埋標本を薄切りして得られる、パラフィン切片。
【請求項6】
パラフィン融解剤および親水化剤の混合溶液で処理した後に、水で処理する工程を含む請求項5に記載のパラフィン切片。
【請求項7】
厚さが50μm以上、300μm以下である請求項5または請求項6に記載のパラフィン切片。
【請求項8】
パラフィン切片作製用前処理剤であって、パラフィン融解剤および親水化剤の混合溶液からなる、前記前処理剤。
【請求項9】
前記混合溶液の、パラフィン融解剤および親水化剤の比率が、体積比で1:0.5~1:4である、請求項8に記載の前処理剤。
【請求項10】
前記パラフィン融解剤が、キシレン、リモネン、ピネンからなるグループから選択される1または複数である、請求項8または請求項9に記載の前処理剤。
【請求項11】
前記親水化剤、エタノール、プロパノール、アセトンからなるグループから選択される1または複数である、請求項8または請求項9に記載の前処理剤。
【請求項12】
パラフィン包埋標本の解析方法であって、
パラフィン融解剤および親水化剤の混合溶液で処理することを含む工程で処理されたパラフィン包埋標本からパラフィン切片を作製し、当該パラフィン切片を三次元的に解析することを含む、前記解析方法。
【請求項13】
前記混合溶液の、パラフィン融解剤および親水化剤の比率が、体積比で1:0.5~1:4である、請求項12に記載の解析方法。
【請求項14】
前記パラフィン融解剤が、キシレン、リモネン、ピネンからなるグループから選択される1または複数である、請求項12または請求項13に記載の解析方法。
【請求項15】
前記親水化剤、エタノール、プロパノール、アセトンからなるグループから選択される1または複数である、請求項12または請求項13に記載の解析方法。
【請求項16】
請求項12に記載の解析方法で取得された解析画像。
【請求項17】
被写界深度が2μm~100μmである請求項16に記載の解析画像。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、パラフィン包埋標本からパラフィン切片を作製する方法に関する。より具体的には、二次元的解析と三次元的解析の両方が可能なパラフィン切片の作製方法に関する。
【背景技術】
【0002】
生体組織または病変組織を視覚的に捉えるために、生体組織標本を顕微鏡により観察することは古くから行われてきた。現在においても生体組織を視覚的に観察する事の重要性には変わりはないが、より正確に組織の状態を把握するため、二次元的な観察に加え、三次元的な組織の解析も行われるようになってきた。しかし、これまでは、パラフィン包埋標本を10μm程度以下にスライスしたパラフィン切片を光学顕微鏡等で観察した後、さらに三次元的な組織解析を行う場合には、顕微鏡観察した組織サンプルとは異なるサンプルを使用する必要があった。また、三次元的な解析方法として、10μm程度以下のパラフィン切片を連続的に撮影し、データ処理で三次元画像を構築することなどが行われているが、このような手法だと作業量が膨大であり、また所望の情報が得られないことも多い。さらに、二次元的観察と三次元的解析を別のサンプルで行った場合、両者の結果を直接リンクすることが難しく、正確な組織の状態を把握することが困難なこともある。特に、少量の貴重な組織を対象とする場合に、二次元的観察と三次元的解析のためのサンプルを別々に準備すること自体、非常に困難であった。
【0003】
上記状況に鑑み、パラフィン包埋標本から、走査型電子顕微鏡(scanning electron microscope;SEM)などにより有効な三次元的解析が可能な厚さのパラフィン切片へのニーズが高まっている。これまでも、300μm程度の厚さのパラフィン切片について言及している文献はあるものの(特許文献1および非特許文献1)、その詳細な作製方法および実用性に関する報告はない。
従って、容易に三次元的な解析を行うことができる実用性のある厚切りパラフィン切片の作製方法を確立する必要性は、依然として高いといえる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】Feldengutら, J Neurosci Methods. 15:241-244 2013.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
上記事情に鑑み、本発明は、パラフィン包埋組織ブロックから三次元的解析が可能な切片(従来よりも厚い切片)の作製方法の提供、当該方法で作製した切片の提供を課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、キシレンなどのパラフィン融解剤とエタノールなどの親水化剤の混合溶液を、パラフィンブロックの表面(切断面と平行なブロック表面)に塗布またはマウント(混合溶液を載せる)して数分間静置する工程を実施した後、ミクロトームで100μm以上の切片を作製したところ、三次元的解析可能な切片の調製に成功した。
従来の常法によって100μm厚程度の厚い切片を作製すると、切片が断片化したり、カーリング(丸まる)したりして、三次元的解析が困難であった。本発明者らは、脱パラフィンの工程において標本組織の柔軟性を向上させることにより、上記現象(切片の断片化やカーリング)を回避できるのではないかと考え、パラフィン融解剤と親水化剤の混合溶液でパラフィン包埋標本を処理した後、当該標本から50μm~300μm程度の厚さの切片を作製した。得られた切片は、100μm以上の厚さであるにも関わらず、組織の柔軟性が保たれており、断片化やカーリングが生じず、その後の解析に十分耐えうる良好な状態であった。
【0008】
上記知見に基づいて完成された発明は、以下の(1)~(17)である。
(1)パラフィン切片の作製方法であって、パラフィン融解剤および親水化剤の混合溶液で処理する工程を含む、方法。
(2)前記混合溶液の、パラフィン融解剤および親水化剤の比率が、体積比で1:0.5~1:4である、上記(1)に記載の方法。
(3)前記パラフィン融解剤が、キシレン、リモネン、ピネンからなるグループから選択される1または複数である、上記(1)または(2)に記載の方法。
(4)前記親水化剤、エタノール、プロパノール、アセトンからなるグループから選択される1または複数である、上記(1)または(2)に記載の方法。
(5)パラフィン融解剤および親水化剤の混合溶液で処理することを含む工程で処理されたパラフィン包埋標本を薄切りして得られる、パラフィン切片。
(6)パラフィン融解剤および親水化剤の混合溶液で処理した後に、水で処理する工程を含む上記(5)に記載のパラフィン切片。
(7)厚さが50μm以上、300μm以下である上記(5)または(6)に記載のパラフィン切片。
(8)パラフィン切片作製用前処理剤であって、パラフィン融解剤および親水化剤の混合溶液からなる、前処理剤。
(9)前記混合溶液の、パラフィン融解剤および親水化剤の比率が、体積比で1:0.5~1:4である、上記(8)に記載の前処理剤。
(10)前記パラフィン融解剤が、キシレン、リモネン、ピネンからなるグループから選択される1または複数である、上記(8)または(9)に記載の前処理剤。
(11)前記親水化剤、エタノール、プロパノール、アセトンからなるグループから選択される1または複数である、上記(8)または(9)に記載の前処理剤。
(12)パラフィン包埋標本の解析方法であって、パラフィン融解剤および親水化剤の混合溶液で処理することを含む工程で処理されたパラフィン包埋標本からパラフィン切片を作製し、当該パラフィン切片を三次元的に解析することを含む解析方法。
(13)前記混合溶液の、パラフィン融解剤および親水化剤の比率が、体積比で1:0.5~1:4である、上記(12)に記載の解析方法。
(14)前記パラフィン融解剤が、キシレン、リモネン、ピネンからなるグループから選択される1または複数である、上記(12)または(13)に記載の解析方法。
(15)前記親水化剤、エタノール、プロパノール、アセトンからなるグループから選択される1または複数である、上記(12)または(13)に記載の解析方法。
(16)上記(12)に記載の解析方法で取得された解析画像。
(17)被写界深度が2μm~100μmである上記(16)に記載の解析画像。
なお、本明細書において「~」の符号は、その左右の値を含む数値範囲を示す。
【発明の効果】
【0009】
本発明にかかる方法によって作製した切片(その厚さが約50μm以上)は、三次元的解析を含む、種々の解析に使用できる良好な切片である。従って、本発明により、同じパラフィン包埋標本を使用して二次元的解析および三次元的解析が可能となり、従来よりも、多くの情報を収集することが可能なった。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【
図1】
図1の左の切片は、本発明の実施形態にかかる前処理であるキシレンとエタノールの混合溶液で前処理を行ったパラフィン包埋標本から作製した切片で、右の切片は、本発明の実施形態にかかる前処理を行わずにパラフィン包埋標本から作製した切片である。
【
図2】各種混合溶液で前処理を行ったパラフィン包埋標本から作製した切片。矢印は、乾燥によって変形した切片を示す。Xyはキシレンを、Etはエタノールを示す。
【
図4】熱処理後にスライスした切片(100μm厚)。パラフィン包埋標本を、キシレンとエタノールで前処理した後に、薄切りした切片(Xy+Et)と、熱処理した切片(50℃ 10 min、50℃ 15 min、60℃ 10 min)の写真を示す。
【
図5】熱処理後にスライスした切片(300μm厚)。パラフィン包埋標本を、キシレンとエタノールで前処理した後に、薄切りした切片(Xy+Et)と、熱処理した切片(60℃ 5 min、60℃ 5 min、60℃ 10min)の写真を示す。矢印はパラフィンブロックから組織が脱落した部分を示す。
【
図6】切片の厚さを比較した写真。上組織:100μm切片、下組織:300μm切片。
【
図7】上衣細胞の線毛の観察像。A:脳室の上衣細胞のHE染色、B:Aの連続組織のSEM像、C:Bの拡大像。
【
図8】脈絡嚢の観察像。A:脈絡嚢のHE染色、B:Aの連続組織のSEM像。
【
図9】鼻腔の上皮の観察像。A:鼻腔のHE染色、B:Aの枠内(破線)の拡大像(矢印(黒)は嗅上皮、矢印(白抜き)は呼吸上皮)、C:Bの連続組織のSEM像で各矢印は、Bと同じ組織をしめす、D:Aの枠内(実線)の呼吸上皮のSEM像。
【
図10】コルチ器の有毛細胞の観察像。A:蝸牛のHE染色、B:Aの連続組織のSEM像、C:Bの枠内(破線)の拡大像、D:Bの枠内(実線)の拡大像。
【
図11】肺胞上皮細胞の観察像。A:肺胞のHE染色、B:Aの連続組織のSEM像。
【
図12】糸球体の観察像。A:糸球体のSEM像(矢印は糸球体)、B:糸球体の足細胞。
【
図13】蛍光免疫染色による肺胞の三次元解析。青:各染色、緑:HOPX(未熟な1型肺胞上皮)、マゼンタ:界面活性タンパク質C(2型肺胞上皮細胞)
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下、本発明を実施するための形態について説明する。
第1の実施形態は、パラフィン切片の作製方法であって、パラフィン包埋標本を、パラフィン融解剤および親水化剤の混合溶液(以下「本実施形態における前処理混合溶液」とも記載する)で処理する工程を含む方法である。また、第1の実施形態には、パラフィン融解剤および親水化剤の混合溶液で処理したパラフィン包埋標本を薄切りして得られる、パラフィン切片も含まれる。
パラフィン包埋標本は、臓器や組織にパラフィンを浸透させた標本のことで、組織の形態学的観察などに広く用いられている。本実施形態におけるパラフィン包埋標本は、パラフィンを浸透させた組織標本であれば、その作製方法等はいかなる方法であってもよい。また、対象となる組織等もいかなるものであってもよい。
本実施形態にかかる方法は、パラフィン包埋標本をスライスする前に、パラフィン包埋標本の切片化する部分(スライス後に切片になる部分)を、パラフィン融解剤および親水化剤の混合溶液で処理する工程(以下「本実施形態にかかる前処理」工程とも記載する)を含む点に特徴を有している。さらに、適度な保湿性を保持させ、任意の厚さを有する切片をより容易にスライスするため、パラフィン融解剤および親水化剤の混合溶液で処理した後に、水で処理する工程も、「本実施形態にかかる前処理」工程に含まれる点も、本実施形態にかかわる方法の特徴である。水で処理する工程は、パラフィン埋設標本の状態に応じて、任意に実施を選択できる。このように、本実施形態にかかる前処処理を行うことにより、スライスした切片に含まれる組織の柔軟性が向上し、切片の断片化、カーリングなどの変形を防ぐことが可能になる。従って、本実施形態にかかる方法で作製したパラフィン切片は、従来の方法、すなわち、パラフィン包埋標本をパラフィン融解剤および親水化剤の混合溶液で前処理することなく、スライスして得られた切片(特に、50μm以上あるいは100μm以上の切片)とは、組織柔軟性が向上し、断片化やカーリングしない点において、構造的な相違を有している。
【0012】
本実施形態にかかるパラフィン融解剤はパラフィンを溶解することができる有機溶媒であれば特に制限はないが、例えば、トルエン、キシレン(o-キシレン、m-キシレン、 p-キシレンまたはこれらの混合物)などの芳香族炭化水素、n-ヘキサン、シクロヘキサン、石油エーテルなどの脂肪族炭化水素、リモネン、ピネン(α-ピネン、β-ピネンまたはこれらの混合物)などの精油類などをあげることができ、単独で使用してもよいし、2種類以上を混合して使用してもよい。好ましくは、揮発性の有機溶媒であり、例えば、キシレンやピネン、リモネンをあげることができ、より好ましくはキシレンである。また、親水化剤は、パラフィン融解剤に溶解することができ、また同時に、水にも溶解できる有機溶剤であり、切り出された組織の切片に適度の水分を保持させる効果があれば特に制限はなく、例えば、エタノール、プロパノール(1-プロパノールまたは2-プロパノール)などのアルコール化合物、1,2-エタンジオール、1,3-プロパンジオール、1,4-ブタンジオール、グリセロールなどの多価アルコール化合物、アセトン、ジエチルケトンなどのケトン化合物などをあげることができ、単独で使用してもよいし、2種類以上を混合して使用してもよい。好ましくは、エタノール、アセトン、2-プロパノールなどをあげることができ、より好ましくはエタノールである。
【0013】
本実施形態における前処理混合液を構成する、パラフィン融解剤と親水化剤の混合比は、パラフィンを溶解し、かつパラフィン融解剤と親水化剤が混合液として均一な溶液になる限り、特に限定はないが、例えば、体積比で、パラフィン融解剤:親水化剤が、1:0.5~1:5が好ましく、さらに好ましくは1:0.5~1:4であり、より好ましくは1:0.5~1:2であり、最も好ましくは1:1である。
【0014】
パラフィン包埋標本の前処理方法は、切片となる部分に本実施形態にかかる混合液が均一に浸透するような方法であれば、如何なる方法でもよいが、例えば、パラフィン包埋標本の切片となる部分の表面(例えば、切片にしたときに、最も広い面積となる面)に、本実施形態にかかる混合液の適当量を盛る(添加する、または載せる)、または当該混合液を塗布した後、切片となる部分に混合液が浸透するまで(例えば、数分程度)、そのまま静置してもよい。当該混合液を除去した後に、必要に応じて水で処理を行ってもよい。
本実施形態にかかる混合液でパラフィン包埋切片を前処理した後は、常法に従って、ミクロトームなどで所望の厚さの切片を作製し、得られた切片を脱パラフィン化した後、組織染色などに用いることができる。
【0015】
本実施形態にかかる前処理を行ったパラフィン包埋標本は、30μm以上の厚さ、例えば、100μm以上あるいは200μm以上の厚さにスライスしても、得られた切片は、断片化やカーリングなどの変形が生じることなく、二次元的解析の他、共焦点顕微鏡による連続画像の取得など三次元的解析にも十分に使用することができる品質を有している。
二次元的解析による画像は、X軸とY軸の二次元に情報を有する画像であり、三次元的解析による画像は、X軸とY軸に加えて、Z軸方向にも情報を有する画像であり、本発明により取得される三次元的解析による画像のZ 軸方向の奥行き(以下「被写界深度」とも記載する)は、三次元的解析の手法により異なるが、1μm~200μmであり、好ましくは10μm~150μmである。
本実施形態にかかるスライスされた切片の厚さは30μm以上の厚さがあり、二次元的解析や三次元的解析に支障がない限り厚さに上限はないが、好ましくは50μm~300μmの厚さであり、さらに好ましくは50μm~200μmの厚さであり、もっとも好ましくは50μm~150μmである。さらに、三次元的解析を行う手法により、至適な厚さが異なるため、三次元的解析の手法に応じた本実施形態における切片の厚さを選択する必要がある。
【0016】
第2の実施形態は、パラフィン切片作製用前処理剤であって、パラフィン融解剤および親水化剤の混合溶液からなる処理剤(以下「本実施形態にかかる処理剤」とも記載する)である。
本実施形態にかかる処理剤は、パラフィン包埋標本から約30μm以上の切片を作製する場合に、切片の変形を防ぐために、パラフィン包埋標本をスライスする前に処理するために使用されるものである。当該処理剤は、パラフィン融解剤および親水化剤の混合溶液からなる。パラフィン融解剤、親水化剤およびこれらの混合比率については、第1の実施形態における説明箇所を参照されたい。
【0017】
第3の実施形態は、パラフィン包埋標本の解析方法であって、パラフィン融解剤および親水化剤の混合溶液で処理したパラフィン包埋標本からパラフィン切片を作製し、当該パラフィン切片を三次元的に解析することを含む方法である。
これまで、組織標本を三次元的に解析する場合、数μm程度の厚さの数百枚にも及ぶ連続薄切り切片を作製し、各切片の顕微鏡画像をデータ処理し三次元画像を構築していた。このような方法では、膨大な作業量が必要となり、得られた画像も必ずしも所望の目的を達成し得るとは限らなかった。
本実施形態にかかるパラフィン切片の作製方法によれば、厚さが30μm以上、さらに、100μm以上の切片も作製が可能であり、作製した切片は、走査型電子顕微鏡(SEM: Scanning Electron Microscope)、共焦点レーザー顕微鏡や光学顕微鏡によるゴルジ染色法などによる三次元的解析が可能である。従って、本実施形態にかかる解析方法は、1つのパラフィン包埋標本から従来の二次元的解析用の切片(数μm程度の厚さ)を切り出し、その切り出し面を本実施形態にかかる前処理工程で処理し、三次元的解析が可能な切片を切り出すことにより、一つのパラフィン包埋標本から二次元的解析用と三次元的解析用の両方の切片を調製することができるため、二次元情報と連続性のある三次元情報を取得でき、より正確な組織の情報を収集することができる。
さらに、本実施形態における三次元的解析の付加的特徴は、切断された管腔(管状臓器の内部空隙)を側面から観察し、管腔に面する細胞の表面構造の画像を取得できる点である。具体的には、本実施形態にかかる方法により取得した適度の厚みを有するパラフィン切片(例えば100μmの厚みを有する切片)を切断し、切断面を横方向から三次元的解析を行うことにより、容易に所望の画像を取得することができる。
【0018】
本明細書が英語に翻訳されて、単数形の「a」、「an」および「the」の単語が含まれる場合、文脈から明らかにそうでないことが示されていない限り、単数のみならず複数のものも含むものとする。
以下に実施例を示してさらに本発明の説明を行うが、本実施例は、あくまでも本発明の実施形態の例示にすぎず、本発明の範囲を限定するものではない。
【実施例0019】
1.材料と方法
1-1.パラフィン融解剤および親水化剤の混合溶液の調製
上記混合溶液は、キシレン(病理用キシレンMS;武藤化学株式会社)とエチルアルコール(病理用染色溶剤エタノール100;武藤化学株式会社)を等量で混合して、調製した。また、キシレンの代替溶剤として、D(+)-リモネン(レモゾール(登録商標);富士フィルム和光純薬株式会社)およびピネン系化合物(レモゾールエース;富士フィルム和光純薬株式会社)とエチルアルコール(病理用染色溶剤エタノール100;武藤化学株式会社)との等量混合液をそれぞれ作製した。さらに、キシレン(病理用キシレンMS;武藤化学株式会社)と、エタノールの代替溶剤として、アセトン(ナカライテスク株式会社)、およびイソプロパノール(2-プロパノール;ナカライテスク株式会社)との等量混合液をそれぞれ作製した。
【0020】
1-2.パラフィン切片の採取
パラフィン切片の採取には、滑走式ミクロトーム(IVS-410;サクラファインテックジャパン株式会社)を使用した。切片採取に使用したパラフィンブロックはラットおよびマウスから4%パラホルムアルデヒド(パラホルムアルデヒド;富士フィルム和光純薬株式会社)で還流固定した後に摘出した各種臓器を10%中性緩衝ホルマリン(ホルマリン原液;武藤化学、リン酸緩衝生理食塩粉末;富士フィルム和光純薬株式会社)で固定後、常法に従いパラフィン(ティシュー・テック(登録商標)パラフィンワックスII60;サクラファインテックジャパン株式会社)で包埋した。薄切はパラフィンブロックを目的部位まで削り込んだ後に、上記1-1で調製した混合溶液をパラフィンブロックの薄切面に盛り、2~3分静置した。その後、ティッシュペーパーで吸収した後に水を盛り、2~3分静置した後にティッシュペーパーで吸水除去した。次に、ミクロトームを使用して、100μm厚または300μm厚の切片を採取した。また、多臓器または細胞密度が高い組織は薄切時にパラフィンから組織が外れやすいことから、薄切時にセロテープ(登録商標)を表面に張り付けて採取した。
【0021】
1-3.熱処理との比較
熱処理による薄切は薄切面をホットプレート(ホットプレートHTP452AB;ADVANTEC東洋株式会社)で50℃ 10分または15分間、60℃ 5分または10分間保温し後、即座に切片厚100μmまたは300μmに設定したミクロトームで実施した。
【0022】
1-4.SEM(Scanning Electron Microscope)観察
マウスおよびラットの脳、鼻腔、蝸牛、腎臓、肺の100μm切片は常法に従い脱パラフィンした後、水洗、2.5% グルタール アルデヒド水溶液(グルタルアルデヒド;ナカライテスク株式会社)で30分再固定した。水洗後、2.5%リンタングステン酸水溶液(12タングスト(VI)リン酸n水和物)で30分間電導処理し、2.5%リンタングステン酸エチルアルコールで段階的に脱水、SEM用カーボン両面テープ(日新EM株式会社)に観察したい組織面の反対面を貼り付け、簡易真空装置(真空パンケース;スケーター株式会社)で乾燥した。乾燥したサンプルは低真空型走査顕微鏡(TM3030;株式会社日立製作所)を使用し組織表面構造を観察した。また、SEM観察用切片の採取は、直前に通常のHE染色用の切片の連続面を採取した。
【0023】
1-5.組織の三次元構築
肺胞上皮細胞の分布を三次元で解析することを目的に、マウス肺の組織を使用して共焦点レーザー顕微鏡による1μm毎の連続画像を撮影し、三次元像を構築した。蛍光免疫染色は、マウス肺の100μm厚の切片(本実施形態にかかる方法で調製した切片)を常法に従い脱パラフィンした後、水洗し、1%BSA(ウシ血清アルブミン;Sigma-Aldrich)/ 0.01M PBSで1日間ブロッキング処理した。一次抗体(anti-HOPX antibody;Santacruz co. Ltd.、 anti-Surfactant protein C antibody;Santacruz co. Ltd.)と二次抗体はブロッキング試薬で希釈し3日間それぞれ反応させた。観察は共焦点レーザー顕微鏡(Leica TCS SP5 II)を使用し、3D構築は画像解析ソフト(imageJ)を使用した。
【0024】
2.結果
2-1.パラフィン融解剤および親水化剤の混合溶液の効果の検討
パラフィンブロックから厚切り切片を採取するため、切片採取における各種溶剤の有効性について評価した。 その結果、すべての組み合わせで、良好に薄切することができた(表1、
図1(左の切片)および
図2)。パラフィン融解剤および親水化剤の混合溶液で前処理を行わずに切片を作製すると、切片が断片化してしまった(
図1、(右の切片:キシレンとエタノールの混合液での処理無し))。
【表1】
【0025】
エタノールと各種パラフィン融解溶剤との混合液はすべての組み合わせで良好な切片を採取することができた(表2、
図2)。また、パラフィン融解剤のみ(エタノール処理無し)では乾燥時の収縮に耐えられず、著しい変形が認められた(表2、
図2)。
【表2】
【0026】
パラフィン融解剤および親水化剤の混合溶液で前処理を行って作製した切片と親水処理のみを行って作製した切片を比較した(表3、
図3)。その結果、親水処理のみでは細かい亀裂が切片に生じることから、厚め(例えば、50μm以上)の切片の採取には、本発明にかかるパラフィン融解剤および親水化剤の混合溶液で薄切り前に処理する必要があることが判明した (表3、
図3)。
【表3】
【0027】
2-2.パラフィン融解剤および親水化剤の混合溶液による前処理と熱処理との比較
熱によるパラフィンの軟化を利用した薄切法が過去に報告されている(非特許文献1)ことから、本発明にかかる方法による効果との比較検討を行った。その結果、本発明の実施形態にかかる混合溶液で前処理した後に、薄切りした100μm厚の切片には、亀裂等の破損は認められなかった。これに対し、熱処理後に薄切する方法では、組織以外のパラフィン部分は良好に薄切できるが、組織に亀裂が生じることが判明した(
図4)。
【0028】
2-3.本実施形態にかかる前処理工程を含む方法によって作製される切片の厚さの検討
100μm以上の切片の作製について検討するため300μmの切片の作製を実施した。その結果、本実施形態にかかる前処理を行ったパラフィン包埋標本からは、25分間処理をすることで所望の切片を採取することができた(
図6)。他方、熱処理による方法では、60℃で保温したが、組織の割れやパラフィンブロックからの組織の脱落が認められた(
図5)。
【0029】
2-4.SEM観察
パラフィン融解剤および親水化剤の混合溶液で前処理する工程を含む方法で、パラフィン切片(100μm厚)を作製し種々の観察を行った。
マウスの脳の脳室側面に上衣細胞の線毛が明瞭に観察できた(
図7)。また、脈絡組織においては、脈絡上皮細胞の微絨毛および分泌物質が明瞭に観察できた(
図8)。マウスの鼻腔組織では嗅上皮と呼吸上皮との境界部が明瞭に区別でき、呼吸上皮細胞の線毛や分泌物質も観察できた(
図9)。マウスの蝸牛では、コルチ器の外有毛細胞およびその配列が明瞭に観察できた(
図10)。ラット肺ではHE染色において肺胞マクロファージの増加が認められ、同部位のSEM像においても同様な肺胞マクロファージの増加を認められた。さらに、SEM像は肺胞壁および肺胞管を明瞭に観察することができた(
図11)。
ラット腎臓では糸球体の足細胞を明瞭に観察することができた(
図12)。また、これらSEMで観察した組織は、隣接する組織のHE染色と比較して観察結果に影響するほどの破損は認められなかった。
【0030】
2-6.組織の三次元イメージの構築
共焦点レーザー顕微鏡による観察は、蛍光を組織表面から30μmの深さまで検出し、組織厚30μmの三次元イメージを構築することができた(
図14)。
本発明は、従来のパラフィン切片よりも厚く(50μm以上)、種々の解析が可能な切片の作製方法を提供する。従って、本発明は、病理組織の解析方法に新たな手段を提供するものであり、医学等の分野における利用が期待される。