(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023001664
(43)【公開日】2023-01-06
(54)【発明の名称】眼症状改善剤および眼症状の改善方法
(51)【国際特許分類】
A61K 35/545 20150101AFI20221226BHJP
A61P 27/02 20060101ALI20221226BHJP
【FI】
A61K35/545
A61P27/02
【審査請求】有
【請求項の数】14
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021102516
(22)【出願日】2021-06-21
(11)【特許番号】
(45)【特許公報発行日】2022-02-10
(71)【出願人】
【識別番号】317018480
【氏名又は名称】パナジー株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000109
【氏名又は名称】弁理士法人特許事務所サイクス
(72)【発明者】
【氏名】古賀 祥嗣
【テーマコード(参考)】
4C087
【Fターム(参考)】
4C087AA01
4C087AA02
4C087BB64
4C087NA14
4C087ZA33
(57)【要約】
【課題】近視、乱視、老視、疲れ目またはかすみ目に関する新規な眼症状改善剤の提供。
【解決手段】歯髄由来幹細胞またはその不死化幹細胞の培養上清を含む組成物であり、近視、乱視、老視、疲れ目またはかすみ目の症状を改善する用途である、眼症状改善剤;眼症状の改善方法。
【選択図】
図2
【特許請求の範囲】
【請求項1】
歯髄由来幹細胞またはその不死化幹細胞の培養上清を含む組成物であり、
近視、乱視、老視、疲れ目またはかすみ目の症状を改善する用途である、眼症状改善剤。
【請求項2】
前記歯髄由来幹細胞または前記不死化幹細胞の培養上清のみからなる、請求項1に記載の眼症状改善剤。
【請求項3】
近視を改善する用途であり、裸眼視力および矯正視力のうち少なくとも一方を改善する、請求項1または2に記載の眼症状改善剤。
【請求項4】
老視を改善する用途であり、焦点距離33cmの視力および焦点距離50cmの視力のうち少なくとも一方を改善する、請求項1または2に記載の眼症状改善剤。
【請求項5】
前記眼症状改善剤を、近視、乱視、老視、疲れ目またはかすみ目を発症した対象に点眼して投与する用途である、請求項1~4のいずれか一項に記載の眼症状改善剤。
【請求項6】
前記対象がヒトである、請求項5に記載の眼症状改善剤。
【請求項7】
前記対象が白内障または緑内障を発症していない対象である、請求項5または6に記載の眼症状改善剤。
【請求項8】
前記眼症状改善剤を、治療有効期間にわたって1日間に1回以上、前記対象に投与する用途である、請求項5~7のいずれか一項に記載の眼症状改善剤。
【請求項9】
前記眼症状改善剤が眼症状矯正用途であり、
前記眼症状改善剤を近視、乱視、老視、疲れ目またはかすみ目を発症した対象に投与している投与期間にわたって、前記対象の眼症状を一時的に矯正する用途である、請求項1~8のいずれか一項に記載の眼症状改善剤。
【請求項10】
前記投与期間および投与終了から3ヶ月間にわたって、前記対象の眼症状を一時的に矯正する用途である、請求項9に記載の眼症状改善剤。
【請求項11】
有効量の請求項1~10のいずれか一項に記載の眼症状改善剤を近視、乱視、老視、疲れ目またはかすみ目を発症した対象に投与することを含む、眼症状の改善方法。
【請求項12】
前記対象がヒト以外の動物である、請求項11に記載の眼症状の改善方法。
【請求項13】
前記眼症状の改善方法が眼症状の矯正方法であり、
前記眼症状改善剤を前記対象に投与している投与期間にわたって、前記対象の眼症状を一時的に矯正する、請求項11または12に記載の眼症状の改善方法。
【請求項14】
前記投与期間から所定の期間を経過した後に、前記眼症状改善剤を前記対象に再び投与する2回目以降の投与期間を設けることを繰り返す、請求項11~13のいずれか一項に記載の眼症状の改善方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、眼症状改善剤および眼症状の改善方法に関する。
【背景技術】
【0002】
パソコン、スマートフォン等の普及に伴い、疲れ目(目の疲れ、眼疲労とも言う)およびかすみ目やそれに伴う全身的な疲労(眼精疲労)を訴える人が増加しており、近視や乱視などの眼の疾患の増加がますます懸念されている。また、高齢化が進むことに伴い、加齢による老視(老眼とも言われる)も社会問題となりつつある。そのため、視機能を維持し、眼症状(眼の疾患;目又は目に起因するトラブル全般を含む)を予防、治療、一時的な矯正、改善などをするニーズが増大している。
【0003】
間葉系幹細胞を培養して得られる培養上清成分の眼症状への応用が知られている(例えば、特許文献1~3参照)。
【0004】
特許文献1には、不死化された不死化幹細胞を培養することによって得られた、不死化幹細胞からの分泌成分を含む不死化幹細胞培養上清もしくはその分泌成分を含み、不死化幹細胞が歯髄幹細胞又は骨髄幹細胞のいずれか一方である、アレルギー性鼻炎及び花粉症の少なくとも一方の治療のための医薬組成物が記載されている。特許文献1の実施例では、不死化歯髄幹細胞培養上清を用いて、培養上清を点鼻剤としてヒトに投与することにより、花粉症の眼症状を改善したことが記載されている。
【0005】
特許文献2には、間葉系幹細胞を培養して得られる培養上清成分を含む、白内障の抑制剤または治療剤が記載されている。特許文献2の実施例では、間葉系幹細胞として骨髄間葉系幹細胞を用いて、培養上清成分を点眼剤としてラットに投与して、白内障を改善したことが記載されている。
【0006】
特許文献3には、間葉系幹細胞を培養して得られる培養上清成分を含む、水晶体組織の硬化防止剤または治療剤が記載されている。特許文献3の実施例では、間葉系幹細胞として骨髄間葉系幹細胞を用いて、培養上清成分を点眼剤としてラットに投与して、水晶体組織の圧縮回復性を改善したことが記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2016-210730号公報
【特許文献2】特開2019-156804号公報
【特許文献3】特開2019-156742号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明が解決しようとする課題は、近視、乱視、老視、疲れ目またはかすみ目に関する新規な眼症状改善剤を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記の課題を解決するために鋭意検討を行った結果、本発明者は、歯髄由来幹細胞の培養上清が、近視、乱視または老視に関する眼症状(特に視力、乱視度数)を改善でき、疲れ目やかすみ目も改善できることを見出した。
なお、歯髄由来幹細胞の不死化細胞を用いる特許文献1には、近視、乱視、老視、疲れ目またはかすみ目の改善については検討されていなかった。
特許文献2および3には、歯髄由来幹細胞の培養上清については検討されていなかった。なお、特許文献3では老視に関する記載があるが、ラットの水晶体組織の圧縮回復性を改善したことまでしか検討されておらず、実際に老視のヒト患者の視力をどの程度改善できるかは検討されていなかった。
具体的に、本発明および本発明の好ましい構成は、以下のとおりである。
【0010】
[1] 歯髄由来幹細胞またはその不死化幹細胞の培養上清を含む組成物であり、近視、乱視、老視、疲れ目またはかすみ目の症状を改善する用途である、眼症状改善剤。
[2] 歯髄由来幹細胞または不死化幹細胞の培養上清のみからなる、請求項1に記載の眼症状改善剤。
[3] 近視を改善する用途であり、裸眼視力および矯正視力のうち少なくとも一方を改善する、[1]または[2]に記載の眼症状改善剤。
[4] 老視を改善する用途であり、焦点距離33cmの視力および焦点距離50cmの視力のうち少なくとも一方を改善する、[1]または[2]に記載の眼症状改善剤。
[5] 眼症状改善剤を、近視、乱視、老視、疲れ目またはかすみ目を発症した対象に点眼して投与する用途である、[1]~[4]のいずれか一項に記載の眼症状改善剤。
[6] 対象がヒトである、[5]に記載の眼症状改善剤。
[7] 対象が白内障または緑内障を発症していない対象である、[5]または[6]に記載の眼症状改善剤。
[8] 眼症状改善剤を、治療有効期間にわたって1日間に1回以上、対象に投与する用途である、[5]~[7]のいずれか一項に記載の眼症状改善剤。
[9] 眼症状改善剤が眼症状矯正用途であり、
眼症状改善剤を近視、乱視、老視、疲れ目またはかすみ目を発症した対象に投与している投与期間にわたって、対象の眼症状を一時的に矯正する用途である、[1]~[8]のいずれか一項に記載の眼症状改善剤。
[10] 投与期間および投与終了から3ヶ月間にわたって、対象の眼症状を一時的に矯正する用途である、[9]に記載の眼症状改善剤。
[11] 有効量の[1]~[10]のいずれか一項に記載の眼症状改善剤を近視、乱視、老視、疲れ目またはかすみ目を発症した対象に投与することを含む、眼症状の改善方法。
[12] 対象がヒト以外の動物である、[11]に記載の眼症状の改善方法。
[13] 眼症状の改善方法が眼症状の矯正方法であり、
眼症状改善剤を対象に投与している投与期間にわたって、対象の眼症状を一時的に矯正する、[11]または[12]に記載の眼症状の改善方法。
[14] 投与期間から所定の期間を経過した後に、眼症状改善剤を対象に再び投与する2回目以降の投与期間を設けることを繰り返す、[11]~[13]のいずれか一項に記載の眼症状の改善方法。
【発明の効果】
【0011】
本発明によって、近視、乱視、老視、疲れ目またはかすみ目に関する新規な眼症状改善剤を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【
図1】
図1は、サンプルの投与開始からの時間と、実施例1または比較例1のサンプルを投与した患者の左右の眼の裸眼視力の平均値(投与前の視力100%として計算)との関係を示したグラフである。
【
図2】
図2は、サンプルの投与開始からの時間と、実施例1または比較例1のサンプルを投与した患者の左右の眼の矯正視力の平均値(投与前の視力100%として計算)との関係を示したグラフである。
【
図3】
図3は、サンプルの投与開始からの時間と、実施例1のサンプルを投与した患者の左眼または右目の乱視度数との関係を示したグラフである。
【
図4】
図4は、サンプルの投与開始からの時間と、実施例1のサンプルを投与した別の患者の左眼または右目の乱視度数との関係を示したグラフである。
【
図5】
図5は、サンプルの投与開始からの時間と、実施例1のサンプルを投与したさらに別の患者の左眼または右目の乱視度数との関係を示したグラフである。
【
図6】
図6は、サンプルの投与開始からの時間と、実施例1または比較例1のサンプルを投与した患者の焦点距離33cmおよび50cmにおける左右の眼の裸眼視力の平均値(投与前の視力100%として計算)との関係を示したグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下において、本発明について詳細に説明する。以下に記載する構成要件の説明は、代表的な実施形態や具体例に基づいてなされることがあるが、本発明はそのような実施形態に限定されるものではない。なお、本明細書において「~」を用いて表される数値範囲は「~」前後に記載される数値を下限値および上限値として含む範囲を意味する。
【0014】
[眼症状改善剤]
本発明の眼症状改善剤は、歯髄由来幹細胞またはその不死化幹細胞の培養上清を含む組成物であり、近視、乱視、老視、疲れ目またはかすみ目の症状を改善する用途である。
この構成により、近視、乱視、老視、疲れ目またはかすみ目に関する新規な眼症状改善剤を提供できる。
以下、本発明の眼症状改善剤の好ましい態様を説明する。
【0015】
<眼症状の改善>
本発明では、疲れ目またはかすみ目の改善、あるいは、近視、乱視または老視に関する眼症状の改善をできる。これらの中でも、近視、乱視または老視の改善をできることが好ましく、近視または老視の改善をできることがより好ましい。
本発明における「改善」の範囲には、疾患を根治する処置だけでなく、根治に至らないまでも疾患を一時的に治療または回復させる、疾患の進行を停止させる、あるいは処置をしない場合に比べて遅らせることも含まれる。したがって、本発明における「眼症状の改善」には、視力の回復だけではなく、視力の一時的な矯正や、疲れ目またはかすみ目により一時的に悪化した視力や視界やピント調節機能の回復も含まれ、乱視度数の回復または一時的な回復も含まれる。例えば、本発明の眼症状改善剤の投与期間または投与終了からある程度の期間まで眼症状(特に視力や乱視度数)が一時的に回復し、それから再び眼症状が元の状態に戻る場合も、「眼症状の改善」に含まれる。
以下、近視、乱視、老視、疲れ目またはかすみ目の改善についてそれぞれ説明する。
【0016】
(近視の改善)
近視とは、遠焦点に焦点を合わせることができないことをいう。
具体的には、近視は、眼のピントを調節する力が衰えることにより起こり、遠くを見る際の遠見視力に困難をきたした状況を指す。眼の水晶体は光を屈折させる組織であり、遠くを見る際には、水晶体の周りの筋肉が水晶体を引張ることによりその厚みを減少させ、逆に近くのものを見ようとするときは、周りの筋肉が緩み、水晶体の弾性により厚みが元に戻ることにより焦点を結ぶ。
近視の場合、網膜よりも手前で焦点を結んでしまうためにはっきりと見えない状態となる。近視は、角膜や水晶体の屈折率が強すぎることから生じる屈折性近視と、眼球の前後方向の長さである眼軸長が長すぎることにより生じる軸性近視の2つに大別される。
屈折性近視は、レンズの役割を果たす水晶体の厚みの調節がうまくいかず網膜の手前でピントが合う状態をいい、眼の疲労(眼精疲労)、調節痙攣、調節緊張等により一時的に毛様体が麻痺して水晶体の動きが悪化して起こる症状(以下「調節機能障害」ともいう)である。この調節機能障害は、従来、仮性近視、屈折性近視、調節緊張性近視とも呼ばれており、これらは一過性の調節痙攣や調節緊張に基づく機能障害であり、目を休ませたり、点眼液で毛様体の痙攣を止めて水晶体の緊張をほぐしたりすること等で改善する。
一方、軸性近視は眼軸長が長いために、水晶体を十分薄く調節しても網膜の手前でピントが合う(焦点を結ぶ)状態をいい、不可逆的で元の状態まで回復させることはできないと考えられている。軸性近視は、眼軸長の伸長の抑制や、眼軸長を短くすること等で改善する。
これらの原因により、特に遠くのピント調節が困難になり、近視をきたすこととなる。
「遠見」視力は、眼から1メートル以上の焦点における視力と考えられる。なお、優れた裸眼の遠見視力は、正常視ともいう。
【0017】
近視の発症や進行に関する機序は、十分には解明されておらず、眼鏡やコンタクトレンズによる矯正は行われていても、根本的な治療法は存在していない。そして、眼鏡やコンタクトレンズによる矯正を行っていても、近視が進行することがある。そのため、裸眼視力の改善だけではなく、眼鏡やコンタクトレンズによる矯正を行った状態における矯正視力も改善できることが好ましい。
本発明の眼症状改善剤が近視を改善する用途である場合、裸眼視力および矯正視力のうち少なくとも一方を改善することが好ましく、裸眼視力および矯正視力の両方を改善することがより好ましい。
裸眼視力は、対象の投与前の視力を100%として、10%以上改善することが好ましく、20%以上改善することがより好ましく、30%以上改善することが特に好ましい。
矯正視力は、対象の投与前の視力を100%として、20%以上改善することが好ましく、50%以上改善することがより好ましく、100%以上改善することが特に好ましい。
【0018】
(乱視の改善)
乱視とは、眼が点物体に焦点を合わせて、網膜上で焦点が合った画像にすることができないことをいう。
乱視は、視覚欠陥又は屈折欠陥であり、眼が点物体に焦点を合わせて、網膜上で焦点が合った画像にすることができないため、その人の視覚はぼやけている。乱視は、角膜の異常な湾曲、すなわち角膜の不均一な屈曲または非球面性(角膜曲率が全方向で等しくないこと)を原因とする。完璧な角膜は球面であるが、乱視の人の角膜は球面ではない。換言すれば、角膜が他方向よりも一方向でさらに湾曲しているか、または傾斜が急であることによって、画像を一点に集中させずに広がらせる。
一般的に補正可能な乱視(直交する対称な正乱視の状態)では、楕円球状(概ねラグビーボール状)に角膜が歪んでいるため、その曲率の小さい方向にのみレンズで屈折矯正度数、すなわち円柱度数を加えれば視力が補正できる。
しかし、角膜に規則性の無い歪みを持つ角膜不正乱視や、部分的な突出がある円錐角膜の場合には、その不規則性にレンズでは対応できず、眼鏡による矯正や視力補正ができない場合がある。なお、円錐角膜は、角膜が原因不明に突出していく疾患である。
本発明の眼症状改善剤が乱視を改善する用途である場合、乱視度数(astigmatism gradeまたはastigmatic grade)を改善することが好ましく、裸眼視力の乱視度数を改善することがより好ましい。乱視度数は、1以上改善することが好ましく、2以上改善することがより好ましく、3以上改善することが特に好ましい。
【0019】
(老視の改善)
老視とは、近焦点に焦点を合わせることができないことをいう。
具体的には、老視は、眼のピントを調節する力が衰えることにより起こり、近くのものを見る際の近見視力に困難をきたした状況を指す。眼の水晶体は光を屈折させる組織であり、遠くを見る際には、水晶体の周りの筋肉が水晶体を引張ることによりその厚みを減少させ、逆に近くのものを見ようとするときは、周りの筋肉が緩み、水晶体の弾性により厚みが元に戻ることにより焦点を結ぶ。しかし、加齢とともに水晶体が硬化して弾性が失われたり、遠くの物体から近くの物体への焦点のシフトに必要である水晶体の前側表面が大きく湾曲したりすることで、特に近くのピント調節が困難になり、老視をきたすこととなる。
老視は、加齢の正常および不可避な影響であり、40歳以降に最初の兆候が表れることが一般的である。
特に、優れた裸眼での遠見視力を有する個人の長い最短焦点距離の状態を老視と呼ばれることが多い。
【0020】
近見視力は、眼から1メートル未満の焦点における視力である。なお、物体の焦点が合う最短焦点距離は、「近点」として知られている。
本発明の眼症状改善剤が老視を改善する用途である場合、焦点距離33cmの視力および焦点距離50cmの視力のうち少なくとも一方を改善することが好ましく、焦点距離33cmの視力および焦点距離50cmの視力の両方を改善することがより好ましい。
老眼の対象における焦点距離33cmの裸眼視力は、対象の投与前の視力を100%として、10%以上改善することが好ましく、20%以上改善することがより好ましく、30%以上改善することが特に好ましい。
老眼の対象における焦点距離50cmの裸眼視力は、対象の投与前の視力を100%として、10%以上改善することが好ましく、50%以上改善することがより好ましく、100%以上改善することが特に好ましい。
【0021】
(疲れ目の改善)
疲れ目は、読書、注視作業、観察作業などの目の酷使や精神的緊張を原因とするもの、パーソナルコンピューターの普及に伴い急激に増加してきたVDT(Visual Display Terminal)作業を原因とするもの等がある。
疲れ目の症状として、例えば、目の奥の痛み、肩こり、頭重などの症状も併発する場合が多い。さらには、疲れ目が甚だしい時には、悪心、吐気を伴う場合がある。これらの症状は毛様体筋が長時間の注視作業などにより過度の緊張状態に陥り、目の調節機能が低下することが要因となって起こる。
限定はされないが、疲れ目は、VDT作業1時間後に測定するHFC-1値およびVAS値を指標として測定することができる。HFC-1値は、眼の屈折値を経時的に記録した際に生じる調節微動について、一定の距離を注視した際の高周波数成分の出現頻度を示す値である。高周波数成分は、水晶体の振動、すなわち毛様体筋の震えを示し、高周波成分の出現頻度が上昇するほど、毛様体筋に強いストレスが生じていることとなり、HFC-1値が高いほど、毛様体筋が緊張し、眼が疲れている状態である。VAS値は、10cmの線が引いてある自覚症状調査シート上に、眼の疲れが感じられない場合を0mm、眼の疲れを強く感じる場合を100mmとして、パネラーが感じた症状の程度のところにチェックしてもらい、自覚症状の重症度としてこの長さ(mm)を測定し、これを疲れ目スコアとして算出した値である。すなわち、VAS値が高いほど、疲れ目の自覚症状スコアが高いということになる。
【0022】
(かすみ目の改善)
かすみ目は、目のピント機能が低下して視界がぼやけて見えたり、近くを見て遠くを見た時などにピントが合うのに時間がかかったりする症状を指す。かすみ目は、目を酷使すること、白内障や結膜炎などの炎症、加齢に伴って起こる老眼などの原因により起こり得る。
【0023】
<眼症状改善剤の作用機序>
本発明の眼症状改善剤によれば、水晶体の変性に起因する視機能低下(眼の老化、眼のピント調節機能の低下など)である近視および老視を改善できる。そのため、本発明の眼症状改善剤の作用機序の一つとして、水晶体の変性の改善または一時的な矯正をできると考えられる。また、ピント調節機能を改善することにより、眼球の軸の動きが良くなり、かすみ目の改善をできると考えられる。
本発明の眼症状改善剤によれば、毛様体の痙攣や緊張、水晶体の緊張や動きに起因する視機能低下である屈折性近視を改善できる。そのため、本発明の眼症状改善剤の作用機序の一つとして、疲れ目(眼の疲労)、眼精疲労、調節痙攣、調節緊張等による毛様体の痙攣や緊張などを改善でき、水晶体の緊張や動きを改善できて眼球の軸の動きが良くなり、屈折性近視を改善できることも考えられる。すなわち、屈折性近視を改善できるということは、目が疲れにくくなり、すなわち疲れ目の改善もできると考えられる。
また、本発明の眼症状改善剤の作用機序の一つとして、眼軸長の伸長を抑制でき、軸性近視の進行を抑制できることも考えられる。
ここで、老視のみを改善する一部の縮瞳剤は、毛様体筋収縮の増加を誘発し、残存する予備の遠近調節を誘発して、遠近調節機能をまだ保持する個人において遠見視力を犠牲にして近見視力を改善し、老視のみを改善する。これに対し、本発明の眼症状改善剤は、遠見視力を犠牲にせず、近視および老視の両方を改善できる点で好ましい。そして本発明の眼症状改善剤が近視および老視の両方を改善できる場合、上述した各種の作用機序によれば眼球の軸の動きが良くなり、さらに疲れ目およびかすみ目も改善できると考えられる。
また、本発明の眼症状改善剤によれば、乱視を改善できる。そのため、本発明の眼症状改善剤の作用機序の一つとして、角膜の規則的な歪み、規則性の無い歪み、部分的な突出を改善して球状の角膜に近づけることにより、正乱視、角膜不正乱視、円錐角膜などの改善または一時的な矯正をできると考えられる。
【0024】
<眼症状改善剤の成分>
本発明の眼症状改善剤は、歯髄由来幹細胞またはその不死化幹細胞の培養上清を含む組成物である。本発明の眼症状改善剤の有効成分は、歯髄由来幹細胞の培養上清である。歯髄由来幹細胞の不死化幹細胞の培養上清は、歯髄由来幹細胞の培養上清と同様の有効成分を有する。以下、歯髄由来幹細胞の培養上清の好ましい態様について説明することがあるが、歯髄由来幹細胞の不死化幹細胞の培養上清の好ましい態様も同様である。
本発明の眼症状改善剤は、歯髄由来幹細胞または不死化幹細胞の培養上清のみからなることが好ましい。
【0025】
(歯髄由来幹細胞の培養上清)
歯髄由来幹細胞の培養上清は、血清を実質的に含まないことが好ましい。例えば、歯髄由来幹細胞の培養上清は、血清の含有量が1質量%以下であることが好ましく、0.1質量%以下であることがより好ましく、0.01質量%以下であることが特に好ましい。
【0026】
-歯髄由来幹細胞-
歯髄由来幹細胞は、ヒト由来であっても、ヒト以外の動物由来であってもよい。ヒト以外の動物としては、後述する本発明の眼症状改善剤を投与する対象の動物(生物種)と同様のものを挙げることができ、哺乳動物が好ましい。
【0027】
培養上清に用いられる歯髄由来幹細胞としては、特に制限はない。脱落乳歯歯髄幹細胞(stem cells from exfoliated deciduous teeth)や、その他の方法で入手される乳歯歯髄幹細胞や、永久歯歯髄幹細胞(dental pulp stem cells;DPSC)を用いることができる。
歯髄由来の体性幹細胞は、血管内皮増殖因子(VEGF)、肝細胞増殖因子(HGF)、インシュリン様成長因子(IGF)、血小板由来成長因子(PDGF)、形質転換成長因子-ベータ(TGF-β)-1および-3、TGF-a、KGF、HBEGF、SPARC、その他の成長因子、ケモカイン等の種々のサイトカインを産生し得る。また、エクソソームなどその他の多くの生理活性物質を産生し得る。
本発明では、歯髄由来幹細胞の培養上清に用いられる歯髄由来幹細胞が、多くのたんぱく質が含まれる歯髄由来幹細胞であることが特に好ましく、乳歯歯髄幹細胞を用いることが好ましい。すなわち、本発明では、乳歯歯髄幹細胞の培養上清を用いることが好ましい。
【0028】
本発明に用いられる歯髄由来幹細胞は、目的の処置を達成することができれば、天然のものであってもよく、遺伝子改変したものであってもよい。
特に本発明では、歯髄由来幹細胞の不死化幹細胞を用いることができる。実質的に無限増殖が可能な不死化幹細胞を用いることで、幹細胞の培養上清中に含まれる生体因子の量と組成を、長期間にわたって安定させることができる。歯髄由来幹細胞の不死化幹細胞としては、特に制限はない。不死化幹細胞は、癌化していない不死化幹細胞であることが好ましい。歯髄由来幹細胞の不死化幹細胞は、歯髄由来幹細胞に、以下の低分子化合物(阻害剤)を単独または組み合わせて添加して培養することにより、調製することができる。
TGFβ受容体阻害薬としては、トランスフォーミング増殖因子(TGF)β受容体の機能を阻害する作用を有するものであれば特に限定されることはなく、例えば、2-(5-ベンゾ[1,3]ジオキソール-4-イル-2-tert-ブチル-1H-イミダゾール-4-イル)-6-メチルピリジン、3-(6-メチルピリジン-2-イル)-4-(4-キノリル)-1-フェニルチオカルバモイル-1H-ピラゾール(A-83-01)、2-[(5-クロロ-2-フルオロフェニル)プテリジン-4-イル]ピリジン-4-イルアミン(SD-208)、3-[(ピリジン-2-イル)-4-(4-キノニル)]-1H-ピラゾール、2-(3-(6-メチルピリジン-2-イル)-1H-ピラゾール-4-イル)-1,5-ナフチリジン(以上、メルク社)、SB431542(シグマアルドリッチ社)などが挙げられる。好ましくはA-83-01が挙げられる。
ROCK阻害薬としては、Rho結合キナーゼの機能を阻害する作用を有するものであれば特に限定されない。ROCK阻害薬としては、例えば、GSK269962A(Axonmedchem社)、Fasudil hydrochloride(Tocris Bioscience社)、Y-27632、H-1152(以上、富士フイルム和光純薬株式会社)などが挙げられる。好ましくはY-27632が挙げられる。
GSK3阻害薬としては、GSK-3(Glycogen synthase kinase 3,グリコーゲン合成酵素3)を阻害するものであれば特に限定されることはなく、A 1070722、BIO、BIO-acetoxime(以上、TOCRIS社)などが挙げられる。
MEK阻害薬としては、MEK(MAP kinase-ERK kinase)の機能を阻害する作用を有するものであれば特に限定されることはなく、例えば、AZD6244、CI-1040(PD184352)、PD0325901、RDEA119(BAY86-9766)、SL327、U0126-EtOH(以上、Selleck社)、PD98059、U0124、U0125(以上、コスモ・バイオ株式会社)などが挙げられる。
【0029】
本発明の眼症状改善剤を再生医療に用いる場合、再生医療等安全性確保法の要請から、歯髄由来幹細胞またはその不死化幹細胞の培養上清は、歯髄由来幹細胞以外のその他の体性幹細胞を含有しない態様とする。本発明の眼症状改善剤は、歯髄由来幹細胞以外の間葉系幹細胞やその他の体性幹細胞を含有していてもよいが、含有しないことが好ましい。
間葉系幹細胞以外のその他の体性幹細胞の例としては、真皮系、消化系、骨髄系、神経系等に由来する幹細胞が含まれるが、これらに限定されるものではない。真皮系の体性幹細胞の例としては、上皮幹細胞、毛包幹細胞等が含まれる。消化系の体性幹細胞の例としては膵臓(全般の)幹細胞、肝幹細胞等が含まれる。(間葉系幹細胞以外の)骨髄系の体性幹細胞の例としては、造血幹細胞等が含まれる。神経系の体性幹細胞の例としては、神経幹細胞、網膜幹細胞等が含まれる。
本発明の眼症状改善剤は、体性幹細胞以外の幹細胞を含有していてもよいが、含有しないことが好ましい。体性幹細胞以外の幹細胞としては、胚性幹細胞(ES細胞)、誘導多能性幹細胞(iPS細胞)、胚性癌腫細胞(EC細胞)が含まれる。
【0030】
-歯髄由来幹細胞の培養上清の調製方法-
歯髄由来幹細胞またはその不死化幹細胞の培養上清の調製方法としては特に制限はなく、従来の方法を用いることができる。
歯髄由来幹細胞の培養上清は、歯髄由来幹細胞を培養して得られる培養液である。例えば歯髄由来幹細胞の培養後に細胞成分を分離除去することによって、本発明に使用可能な培養上清を得ることができる。各種処理(例えば、遠心処理、濃縮、溶媒の置換、透析、凍結、乾燥、凍結乾燥、希釈、脱塩、保存等)を適宜施した培養上清を用いることにしてもよい。
【0031】
歯髄由来幹細胞の培養上清を得るための歯髄由来幹細胞は、常法により選別可能であり、細胞の大きさや形態に基づいて、または接着性細胞として選別可能である。脱落した乳歯や永久歯から採取した歯髄細胞から、接着性細胞またはその継代細胞として選別することができる。歯髄由来幹細胞の培養上清には、選別された幹細胞を培養して得られた培養上清を用いることができる。
【0032】
なお、「歯髄由来幹細胞の培養上清」は、歯髄由来幹細胞等を培養して得られる細胞そのものを含まない培養液であることが好ましい。本発明で用いる歯髄由来幹細胞の培養上清は、その一態様では全体としても細胞(細胞の種類は問わない)を含まないことが好ましい。当該態様の組成物はこの特徴によって、歯髄由来幹細胞自体は当然のこと、歯髄由来幹細胞を含む各種組成物と明確に区別される。この態様の典型例は、歯髄由来幹細胞を含まず、歯髄由来幹細胞の培養上清のみで構成された組成物である。
本発明で用いる歯髄由来幹細胞の培養上清は、乳歯歯髄由来幹細胞および大人歯髄由来幹細胞の両方の培養上清を含んでいてもよい。本発明で用いる歯髄由来幹細胞の培養上清は、乳歯歯髄由来幹細胞の培養上清を有効成分として含むことが好ましく、50質量%以上含むことがより好ましく、90質量%以上含むことが好ましい。本発明で用いる歯髄由来幹細胞の培養上清は、乳歯歯髄由来幹細胞の培養上清のみで構成された組成物であることがより特に好ましい。
【0033】
培養上清を得るための歯髄由来幹細胞の培養液には基本培地、或いは基本培地に血清等を添加したもの等を使用可能である。なお、基本培地としてはダルベッコ改変イーグル培地(DMEM)の他、イスコフ改変ダルベッコ培地(IMDM)(GIBCO社等)、ハムF12培地(HamF12)(SIGMA社、GIBCO社等)、RPMI1640培地等を用いることができる。また、培地に添加可能な成分の例として、血清(ウシ胎仔血清、ヒト血清、羊血清等)、血清代替物(Knockout serum replacement(KSR)など)、ウシ血清アルブミン(BSA)、抗生物質、各種ビタミン、各種ミネラルを挙げることができる。
但し、血清を含まない「歯髄由来幹細胞の培養上清」を調製するためには、全過程を通して或いは最後または最後から数回の継代培養についは無血清培地を使用するとよい。例えば、血清を含まない培地(無血清培地)で歯髄由来幹細胞を培養することによって、血清を含まない歯髄由来幹細胞の培養上清を調製することができる。1回または複数回の継代培養を行うことにし、最後または最後から数回の継代培養を無血清培地で培養することによっても、血清を含まない歯髄由来幹細胞の培養上清を得ることができる。一方、回収した培養上清から、透析やカラムによる溶媒置換などを利用して血清を除去することによっても、血清を含まない歯髄由来幹細胞の培養上清を得ることができる。
【0034】
培養上清を得るための歯髄由来幹細胞の培養には、通常用いられる条件をそのまま適用することができる。歯髄由来幹細胞の培養上清の調製方法については、幹細胞の種類に応じて幹細胞の単離および選抜工程を適宜調整することが好ましい。歯髄由来幹細胞の種類に応じた歯髄由来幹細胞の単離および選抜は、当業者であれば適宜行うことができる。歯髄由来幹細胞を培養する場合は、インキュベータにより例えば、温度37℃、5%CO2の条件下で培養することが好ましい。培養時間に関しては、コンフルエント状態になる前に継代することが好ましい。歯髄由来幹細胞の継代数としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができる。
【0035】
<その他の成分>
本発明の眼症状改善剤は、歯髄由来幹細胞の培養上清の他に、投与する対象の動物の種類や目的に応じて、本発明の効果を損なわない範囲でその他の成分を含有していてもよい。その他の成分としては、栄養成分、抗生物質、サイトカイン、保護剤、担体、賦形剤、崩壊剤、緩衝剤、pH調整剤、乳化剤、懸濁剤、無痛化剤、安定剤、保存剤、防腐剤などを挙げられる。また、その他の成分としては、点眼薬に一般的に含有させる成分を挙げられる。
栄養成分としては、例えば、脂肪酸等、ビタミン等を挙げることができる。
抗生物質としては、例えば、ペニシリン、ストレプトマイシン、ゲンタマイシン等が挙げられる。
担体としては、薬学的に許容可能な担体として公知の材料を挙げることができる。
本発明の眼症状改善剤は、歯髄由来幹細胞の培養上清それ自体であってもよく、薬学的に許容可能な担体や賦形剤などをさらに含む医薬組成物であってもよい。医薬組成物の目的は、投与対象への歯髄由来幹細胞の培養上清の投与を促進することである。
【0036】
薬学的に許容可能な担体は、投与対象に対して顕著な刺激性を引き起こさず、投与される化合物の生物学的活性および特性を抑止しない担体(希釈剤を含む)であることが好ましい。担体の例は、プロピレングリコール;(生理)食塩水;エマルション;緩衝液;培地、例えばDMEMまたはRPMIなど;フリーラジカルを除去する成分を含有する低温保存培地である。
【0037】
本発明の眼症状改善剤は、従来公知の眼症状改善剤の有効成分を含んでいてもよい。当業者であれば用途や投与対象などにあわせて適切に変更することができる。
【0038】
一方、本発明の眼症状改善剤は、所定の物質を含まないことが好ましい。
例えば、本発明の眼症状改善剤は、歯髄由来幹細胞を含まないことが好ましい。歯髄由来幹細胞の培養上清は、回収した培養液から歯髄由来幹細胞を除去したものであることが好ましい。歯髄由来幹細胞の培養上清から残存培地成分(培養前の培養液の成分のうち、培養後の培養液中に残存している成分)、培養液の水分などの眼症状改善に寄与しない成分の少なくとも一部をさらに除去したものも、歯髄由来幹細胞の培養上清に含まれる。
また、本発明の眼症状改善剤は、MCP-1やその他のサイトカインを含んでいてもよい。その他のサイトカインとしては、特開2018-023343号公報の[0014]~[0020]に記載のもの等が挙げられる。
また、本発明の眼症状改善剤は、シグレック9やその他のシアル酸結合免疫グロブリン様レクチンを含んでいてもよい。
なお、本発明の眼症状改善剤は、血清(ウシ胎仔血清、ヒト血清、羊血清等)を実質的に含まないことが好ましい。また、本発明の眼症状改善剤は、Knockout serum replacement(KSR)などの従来の血清代替物を実質的に含まないことが好ましい。
本発明の眼症状改善剤は、上記したその他の成分の含有量(固形分量)がいずれも1質量%以下であることが好ましく、0.1質量%以下であることがより好ましく、0.01質量%以下であることが特に好ましい。
【0039】
<眼症状改善剤の製造方法>
本発明の眼症状改善剤の製造方法は、特に制限はない。
歯髄由来幹細胞の培養上清を上記した方法で調製し、眼症状改善剤を調製してもよい。
【0040】
本発明の眼症状改善剤の最終的な形態は、特に制限はない。例えば、本発明の眼症状改善剤は、歯髄由来幹細胞の培養上清を容器に充填してなる形態;歯髄由来幹細胞の培養上清を凍結および/または乾燥して固形化して製剤化または容器に充填してなる形態などが挙げられる。容器としては、例えば凍結保存に適したチューブ、遠沈管、バッグ、点眼容器などが挙げられる。凍結温度は、例えば-20℃~-196℃とすることができる。
【0041】
<用途>
本発明の眼症状改善剤は、治療有効期間にわたって、近視、乱視または老視を発症した対象に投与する用途であることが好ましい。本発明の眼症状改善剤は、治療有効期間にわたって1日間に1回以上、近視、乱視または老視を発症した対象に投与する用途であることがより好ましい。
【0042】
また、本発明の眼症状改善剤は、眼症状矯正用途であることが好ましい。眼症状改善剤を近視、乱視または老視を発症した対象に投与している投与期間にわたって、対象の眼症状を一時的に矯正する用途であることがより好ましい。
本発明の眼症状改善剤は、投与期間および投与終了から2ヶ月間にわたって対象の眼症状を一時的に矯正する用途であることが特に好ましく、投与期間および投与終了から3ヶ月間にわたって対象の眼症状を一時的に矯正する用途であることがより特に好ましい。
【0043】
本発明の眼症状改善剤は、歯髄由来幹細胞の培養上清を含むため、修復医療の用途にも用いられる。特に歯髄由来幹細胞の培養上清は、修復医療の用途に好ましく用いられる。ここで、幹細胞移植を前提とした再生医療において、幹細胞は再生の主役ではなく、幹細胞の産生する液性成分が自己の幹細胞とともに臓器を修復させる、ということが知られている。従来の幹細胞移植に伴うがん化、規格化、投与法、保存性、培養法などの困難な問題が解決され、歯髄由来幹細胞の培養上清によって修復医療が可能となる。幹細胞移植と比較すると、歯髄由来幹細胞の培養上清を用いた修復では細胞を移植しないために腫瘍化などが起こりにくく、より安全と言えるだろう。また、歯髄由来幹細胞の培養上清は一定に規格化した品質のものを使用できる利点がある。大量生産や効率的な投与方法を選択することができるので、低コストで幅広い疾患への利用ができる。投与された歯髄由来幹細胞の培養上清は体内を循環し、痛んだ組織を見つけると、ホーミング効果により、幹細胞自身が活性化し修復再生する。さらに脳下垂体を刺激し、ホルモンバランスを健全化して新陳代謝のサイクルが元通りに代謝亢進する。
【0044】
[眼症状の改善方法]
本発明の眼症状の改善方法は、有効量の本発明の眼症状改善剤を近視、乱視または老視を発症した対象に投与することを含む。
【0045】
<投与方法>
本発明の眼症状改善剤を近視、乱視または老視を発症した対象に投与する工程は特に制限はない。
投与方法は、眼への点眼や軟膏の適用、口腔、鼻腔または気道への噴霧または吸引、点滴、局所投与、点鼻薬などを挙げることができ、侵襲が少ないことが好ましい。本発明では、近視、乱視または老視を発症した対象に点眼して投与することが好ましい。
投与回数および投与間隔は、特に制限はない。投与回数は1週間当たり1回以上とすることができ、5回以上であることが好ましく、6回以上であることがより好ましく、7回以上であることが特に好ましい。投与間隔は、1時間~1週間であることが好ましく、半日間~1週間であることがより好ましく、1日(毎日1回)またはそれ以上の頻度であることが特に好ましい。ただし、投与対象の生物種や投与対象の症状に応じて、適宜調整することができる。
本発明の眼症状改善剤は、治療有効期間にわたって1日間に1回以上、近視、乱視または老視を発症した対象に投与する用途であることが好ましい。投与対象がヒトである場合は、1週間当たりの投与回数は多い方が好ましく、治療有効期間にわたって1週間に5回以上投与することが好ましく、毎日投与することが好ましい。
【0046】
一般的な濃度の歯髄由来幹細胞の培養上清を用いる場合、ヒトへの投与量は、片眼当たり0.01~5mlであることが好ましく、0.02~1mlであることがより好ましく、0.03~0.07ml(約1滴)であることがより特に好ましい。投与対象の症状に応じて、適宜調整することができる。
【0047】
<投与期間>
本発明の眼症状の改善方法は、眼症状(好ましくは視力または乱視度数、より好ましくは視力)の矯正方法であることが好ましい。本発明では、眼症状改善剤を対象に投与している投与期間にわたって、対象の眼症状(好ましくは視力または乱視度数、より好ましくは視力)を一時的に矯正することが好ましい。
本発明の眼症状改善剤は、治療有効期間が投与開始から1ヶ月以上であることが好ましく、2ヶ月以上であることが好ましく、3ヶ月以上であることが特に好ましい。治療有効期間の間は、近視、乱視または老視の改善度合いが徐々に高まることが好ましい。近視、乱視または老視の改善度合いがそれ以上高まらなくなった後(治療有効期間の後)は、本発明の眼症状改善剤の投与を続ける投与期間をそのまま設けてもよく、一度投与を中断してもよい。治療有効期間の後に、投与期間をそのまま設けることで、長期間にわたって眼症状の改善度合いを高い状態で維持することができる。
【0048】
投与期間を終えた後、すなわち一度投与を中断した後に、対象のニーズに応じて眼症状改善剤を対象に再び投与してもよい。
投与期間を中断した後から、眼症状改善剤を対象に再び投与する2回目以降の投与期間の開始までの中断期間は、対象の体質、眼症状の改善度合い、ニーズに応じて適宜設定することができる。中断期間は、特に制限はない。治療有効期間の後に中断期間を設けることで、中断期間において眼症状の改善度合いは高い状態から徐々に低い状態になり、場合により眼症状(特に視力や乱視度数)の改善度合いがゼロに戻る。
ここで、投与期間の終了から、眼症状の改善度合いがゼロに戻るまでの期間を、矯正有効期間とする。矯正有効期間は、対象の症状、体質、眼症状の改善度合いによって異なる。例えば、矯正有効期間は、近視の対象よりも、老視の対象の方が長くなる。
中断期間は、眼症状の改善度合いがゼロまで戻る前までとすることが好ましい。すなわち、矯正有効期間の間に、中断期間を終わらせることが好ましい。
【0049】
本発明の眼症状の改善方法は、投与期間から所定の中断期間を経過した後に、眼症状改善剤を対象に再び投与する2回目以降の投与期間を設けることを繰り返すことが好ましい。投与期間から矯正有効期間の間に、眼症状改善剤を対象に再び投与する2回目以降の投与期間を設けることを繰り返すことがより好ましい。
【0050】
<投与対象>
本発明の眼症状改善剤を投与する対象の動物(生物種)は、特に制限はない。本発明の眼症状改善剤を投与する対象の動物は、哺乳動物、鳥類(ニワトリ、ウズラ、カモなど)、魚類(サケ、マス、マグロ、カツオなど)であることが好ましい。哺乳動物としては、ヒトであっても、非ヒト哺乳動物であってもよい。非ヒト哺乳動物としては、ウシ、ブタ、ウマ、ヤギ、ヒツジ、サル、イヌ、ネコ、マウス、ラット、モルモット、ハムスターであることがより好ましい。
本発明の眼症状改善剤は、投与する対象がヒトであることが好ましい。
一方、本発明の眼症状の改善方法は、投与する対象がヒトまたはヒト以外の動物のいずれでもよいが、投与する対象がヒト以外の動物であることが好ましい。
【0051】
本発明の眼症状改善剤または眼症状の改善方法は、近視、乱視および老視以外のその他の眼の疾患を発症している対象に対して投与してもよく、その他の眼の疾患を発症していない対象に対して投与してもよい。本発明の好ましい一態様では、投与する対象が白内障または緑内障を発症していない対象であることが好ましい。
【0052】
本発明の眼症状改善剤は、従来公知の眼症状改善剤と併用してもよい。
【実施例0053】
以下に実施例と比較例を挙げて本発明の特徴をさらに具体的に説明する。以下の実施例に示す材料、使用量、割合、処理内容、処理手順等は、本発明の趣旨を逸脱しない限り適宜変更することができる。したがって、本発明の範囲は以下に示す具体例により限定的に解釈されるべきものではない。
【0054】
[実施例1、比較例1]
<歯髄由来幹細胞の培養上清の調製>
DMEM培養液を調製した。
DMEM/HamF12混合培地の代わりにDMEM培地を用い、その他は特許第6296622号の実施例6に記載の方法に準じて、DMEM培養液にヒト乳歯歯髄由来幹細胞を播種し、歯髄由来幹細胞を培養して、培養上清を分取した。
調製した歯髄由来幹細胞の培養上清を実施例1の眼症状改善剤サンプルとした。
また、DMEM培養液を比較例1のサンプルとし、コントロールとして用いた。
【0055】
<近視の改善の評価(1)>
白内障および緑内障を発症していない成人の近視の患者26名のうち、18名に実施例1の眼症状改善剤サンプルを、8名に比較例1のサンプルを、それぞれ毎朝1回、両眼に1滴(約0.05ml)ずつ点眼した。治療期間は投与開始から3ヶ月間とした。
各患者の左右の眼の視力(eyesight)を、投与前、投与開始から2週間後(2W)、1ヶ月後(1M)、2ヶ月後(2M)、3ヶ月後(3M)、3ヶ月の投与終了からさらに1ヶ月後(post 1M)、投与終了からさらに3ヶ月後(post 3M)に測定した。
実施例1の眼症状改善剤サンプルを投与した患者18名の左右の眼の裸眼視力の平均値を、投与前の視力(pre eyesight)100%として計算した。同様に、比較例1のサンプルを投与した患者8名の左右の眼の裸眼視力の平均値を、投与前の視力を100%として計算した。得られた結果を
図1に示した。
図1より、実施例1の眼症状改善剤サンプルを投与した場合、DMEM培養液である比較例1のサンプルを投与した場合と比較して有意に裸眼視力が改善することがわかった。また、近視の対象に対して投与している投与期間および投与終了から3ヶ月後にわたって対象の眼症状(特に視力)を一時的に矯正する用途として特に有用であることがわかった。さらに、近視の対象に対して投与する場合、投与期間(投与期間の終了直前)の方が、投与終了からさらに1ヶ月後(post 1M)または投与終了からさらに3ヶ月後(post 3M)よりも眼症状の改善度合いが高くなることがわかった。
【0056】
<近視の改善の評価(2)>
裸眼視力を測定した26名の患者のうち、眼鏡による矯正をしている10名については矯正視力(corrected eyesight)も同時期に測定した。具体的には、実施例1で調製した眼症状改善剤サンプルを投与した患者のうち8名の矯正視力と、比較例1で調製したサンプルを投与した患者のうち2名の矯正視力を測定した。
実施例1の眼症状改善剤サンプルを投与した患者8名の左右の眼の眼鏡による矯正視力の平均値を、投与前の視力を100%として計算した。同様に、比較例1のサンプルを投与した患者2名の左右の眼の眼鏡による矯正視力の平均値を、投与前の視力を100%として計算した。得られた結果を
図2に示した。
【0057】
図2より、実施例1の眼症状改善剤サンプルを投与した場合、DMEM培養液である比較例1のサンプルを投与した場合と比較して有意に矯正視力が改善することがわかった。また
図2より、近視の対象に対して投与している投与期間および投与終了から3ヶ月後にわたって対象の眼症状(特に視力)を一時的に矯正する用途として特に有用であることがわかった。さらに、近視の対象に対して投与する場合、投与期間(投与期間の終了直前)の方が、投与終了からさらに1ヶ月後(post 1M)または投与終了からさらに3ヶ月後(post 3M)よりも眼症状の改善度合いが高くなることがわかった。
以上より、本発明の眼症状改善剤は、近視を改善することができ、裸眼視力および矯正視力の両方を改善できることがわかった。
【0058】
[実施例2]
<乱視の改善の評価>
裸眼視力を測定した26名の患者のうち、乱視の患者3名については乱視度数(astigmatism gradeまたはastigmatic grade)も同時期に測定した。具体的には、実施例1で調製した眼症状改善剤サンプルを投与した患者のうち3名の乱視度数を裸眼で測定した。各患者の右眼と左眼について、それぞれ得られた結果を
図3~5に示した。
図3~5より、実施例1の眼症状改善剤サンプルを投与した場合、乱視が改善することがわかった。また
図3~5より、乱視の対象に対して投与している投与期間および投与終了から2ヶ月後にわたって対象の眼症状(特に乱視度数)を一時的に矯正する用途として特に有用であることがわかった。さらに、乱視の対象に対して投与する場合、投与期間(投与期間の終了直前)と、投与終了からさらに1ヶ月後(post 1M)または投与終了からさらに2ヶ月後(post 2M)とで、乱視の改善度合いは同程度となることがわかった。
【0059】
[実施例3]
<老視の改善の評価>
裸眼視力を測定した26名の患者のうち、40歳以上の老視の患者14名については同時期に老視の評価も行った。具体的には、実施例1で調製した眼症状改善剤サンプルを投与した患者のうち14名の焦点距離33cmおよび50cmの視力を裸眼で測定した。左右の眼の裸眼視力の平均値を、投与前の視力(pre eyesight)100%として計算した。得られた結果を
図6に示した。
図6より、実施例1の眼症状改善剤サンプルを投与した場合、有意に老視が改善することがわかった。すなわち、本発明の眼症状改善剤は、老視を改善することができ、焦点距離33cmの視力および焦点距離50cmの視力の両方を改善できることがわかった。また
図6より、老視の対象に対して投与している投与期間および投与終了から3ヶ月後にわたって対象の眼症状(特に視力)を一時的に矯正する用途として特に有用であることがわかった。さらに、乱視の対象に対して投与する場合、投与期間(投与期間の終了直前)の方が、投与終了からさらに1ヶ月後(post 1M)または投与終了からさらに3ヶ月後(post 3M)よりも、眼症状の改善度合いが高くなることがわかった。
【0060】
一方、
図1および
図2に示した近視の対象の視力を一時的に矯正する場合の結果と比較すると、
図6に示した老視の対象の視力を一時的に矯正する場合の方が、投与終了から1ヶ月後(post 1M)または投与終了からさらに3ヶ月後(post 3M)の視力の改善度合いの戻り方が緩やかとなっていることがわかった。すなわち、老視の対象への投与の方が、近視の対象への投与よりも、眼症状改善剤の効果(視力の一時的な矯正)が長く保たれることがわかった。そのため、本発明の眼症状改善剤は、特に老視の対象の視力を一時的に矯正する場合において、老視の対象に対して投与している投与期間および投与終了から3ヶ月後にわたって対象の眼症状(特に視力)を一時的に矯正する用途として非常に有用であることがわかった。
【0061】
図1、
図2および
図6に示したように本発明の眼症状改善剤は近視および老視の両方を改善できるため、作用機序を考慮すると、毛様体の痙攣や緊張、水晶体の緊張や動き、水晶体の変性や眼のピント調節機能を改善できて眼球の軸の動きが良くなると考えられる。毛様体の痙攣や緊張、水晶体の緊張や動き、水晶体の変性や眼のピント調節機能を改善できて眼球の軸の動きが良くなるということは、さらに疲れ目やかすみ目も改善できると考えられる。