(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023166645
(43)【公開日】2023-11-22
(54)【発明の名称】植物細胞の培養方法
(51)【国際特許分類】
C12N 5/04 20060101AFI20231115BHJP
A01H 1/00 20060101ALI20231115BHJP
A01H 5/00 20180101ALI20231115BHJP
A01H 6/46 20180101ALI20231115BHJP
C12N 15/84 20060101ALN20231115BHJP
C12N 15/74 20060101ALN20231115BHJP
【FI】
C12N5/04 ZNA
A01H1/00 A
A01H5/00 A
A01H6/46
C12N15/84 Z
C12N15/74 100Z
【審査請求】未請求
【請求項の数】12
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2020172481
(22)【出願日】2020-10-13
【公序良俗違反の表示】
(特許庁注:以下のものは登録商標)
1.TWEEN
(71)【出願人】
【識別番号】000004569
【氏名又は名称】日本たばこ産業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100118902
【弁理士】
【氏名又は名称】山本 修
(74)【代理人】
【識別番号】100106208
【弁理士】
【氏名又は名称】宮前 徹
(74)【代理人】
【識別番号】100196508
【弁理士】
【氏名又は名称】松尾 淳一
(74)【代理人】
【識別番号】100107386
【弁理士】
【氏名又は名称】泉谷 玲子
(72)【発明者】
【氏名】塚本 浩史
(72)【発明者】
【氏名】柳原 千寿
【テーマコード(参考)】
2B030
4B065
【Fターム(参考)】
2B030AA02
2B030AB03
2B030AD06
2B030CA16
2B030CA17
2B030CB02
2B030CD07
4B065AA88X
4B065AA89X
4B065AB01
4B065BA02
4B065BB16
4B065CA53
(57)【要約】
【課題】本発明は、植物細胞の培養方法及び植物体の再生方法に関する。
【解決手段】本発明の植物細胞の培養方法は、イネ科植物の細胞を、トレハロースを含有する培養培地を用いて培養することを含む。本発明の植物体の再生方法は、イネ科植物の細胞からの植物体の再生方法であって、(1)イネ科植物の細胞を、トレハロースを含有する培養培地を用いて培養し、そして、(2)再分化培地で培養する、ことを含む。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
イネ科植物の細胞を、トレハロースを含有する培養培地を用いて培養することを含む、植物細胞の培養方法。
【請求項2】
イネ科の植物細胞を培養し、植物細胞群及び/又は植物再生体を得る、ことを含む、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
イネ科植物が、イネ、トウモロコシ、コムギ、オオムギ、ライムギ、及びソルガムからなる群から選択される、請求項1又は2に記載の方法。
【請求項4】
イネ科植物が、コムギである、請求項1-3のいずれか1項に記載の方法。
【請求項5】
イネ科植物の細胞が、未熟胚、完熟種子、受精卵、カルス、プロトプラスト、又はそれらに由来する細胞群である、請求項1-4のいずれか1項に記載の方法。
【請求項6】
イネ科植物の細胞が、未熟胚又はそれに由来する細胞群である、請求項1-5のいずれか1項に記載の方法。
【請求項7】
イネ科植物の細胞に、核酸、タンパク質及び核酸タンパク質複合体からなる群から選択される物質を導入する工程を含む、請求項1-6のいずれか1項に記載の方法。
【請求項8】
物質の導入により形質転換又はゲノム編集を行う、請求項7に記載の方法。
【請求項9】
パーティクルガン法又はアグロバクテリウム法によって物質を導入する、請求項8又は9に記載の方法。
【請求項10】
植物細胞の培養効率が向上する、請求項1-9のいずれか1項に記載の方法。
【請求項11】
物質の導入効率が向上する、請求項7-9のいずれか1項に記載の方法。
【請求項12】
イネ科植物の細胞からの植物体の再生方法であって、
(1)イネ科植物の細胞を、トレハロースを含有する培養培地を用いて培養し、そして、
(2)再分化培地で培養する、
ことを含む、植物体の再生方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、植物細胞の培養方法及び植物体の再生方法に関する。
【背景技術】
【0002】
(1)植物細胞の培養と植物体の再生について
イネ、トウモロコシ、コムギなどのイネ科植物において、未熟胚あるいは完熟胚を単離・培養し、植物体を再生した例が報告されているが、培養効率の種間差、品種間差は大きく、培養がほとんどできないものも多い。とりわけ、主要な作物では、コムギやトウモロコシにおいて培養困難な品種が多く知られている。現在までに種々の創意工夫によって、その効率は徐々に改善されてきた。その手段としては、主として、培養培地の改変と植物組織片への前処理の2つがある。
【0003】
1)培養培地
アグロバクテリウムによるトウモロコシ形質転換において様々な培養培地の改善が試されている。N6基本培地での形質転換細胞の選抜(非特許文献1)、培地へのAgNO3及びカルベニシリンの添加(非特許文献1、非特許文献2)、共存培地へのシステインの添加(非特許文献3)などによって、培養効率の向上がなされた。共存培養培地の組成及びゲル化剤を改変することにより、インディカイネでの形質転換効率(transformation efficiency)が高まることも報告されている(非特許文献4)。
【0004】
2)植物組織片への前処理
Hiei et al.(2006)(非特許文献5)はアグロバクテリウムを接種する前のイネ及びトウモロコシの未熟胚に熱処理や遠心処理をすることにより形質転換効率が高まること、及びこれまで形質転換できなかった品種でも形質転換体が得られることを報告した。また、Ishida and Hiei(WO2011/013764)(特許文献1)は、アグロバクテリウムと共存培養したコムギ未熟胚から胚軸を取り除くことにより、高い効率で形質転換植物が得られることを見出した。
【0005】
このように培地組成の改変や材料となる植物組織片への前処理などの工夫により、アグロバクテリウムによるイネ、トウモロコシ及びコムギの形質転換における培養法は、格段の効率の向上及び適応品種の拡大がなされている。
【0006】
その他の方法としては、近年では、形質転換体を作出する方法として、受精卵を用いる方法(非特許文献6)やインプランタパーティクルガン法(非特許文献7)がある。
(2)トレハロース
ネムリユスリカなどの微小動物、イワヒバなどの植物が砂漠などの極度に乾燥した環境の下で乾眠し、生存できるのは、トレハロースが生体内に高濃度で蓄積されるためであることが知られている。また、トレハロースは乾燥休眠時でも機能するほか、動植物に様々なストレス耐性機能性を付与することが報告されている(非特許文献8)。
【0007】
しかしながら、一般的な植物においては、極限環境で生存する前述の動植物ほどの高濃度のトレハロースを含有することはない。加えて、植物の一次代謝において、炭素源として、トレハロースが利用されることはない。事実、植物体内のスクロースと比較すると、トレハロースの含有濃度は低いことが明らかとなっている。例えば、シロイズナズナでは、葉中のスクロースの含有量は9mg/g(乾燥重量)であるが、トレハロースの含有量は0mg/g(乾燥重量)であり、茎中のスクロースの含有量は7.5mg/g(乾燥重量)であるが、トレハロースの含有量は0.1mg/g(乾燥重量)である(非特許文献9)。
【0008】
人工的な植物組織の培養では、常法として、炭素源はスクロース及び/又はマルトースが使用されている。一方、トレハロースの植物組織培養における利用はほとんどない。しかしながら、例外的に、熱帯性着生種のシンビジウムであるCymbidium finlaysonianumのプロトコーム様球体(PLB)形成では、トレハロースの添加が有効であることが示されている。ショ糖5~40g/lやトレハロース10~80g/lの濃度で、PLB形成は促進され、それぞれ20g/lの濃度が最も有効であった。シュートからの発根はトレハロース添加区のみで認められ、トレハロースはシュートからの発根に有効と報告されている(非特許文献10)。
【0009】
一方、コムギにおいては、トレハロース利用による小胞子の組織培養による植物体再生の試みがなされた研究があるが、トレハロースの効果はなかったと報告されている(非特許文献11)。また、トレハロースは植物の代謝や生育を阻害することが知られている(非特許文献12、非特許文献13)。オオムギでは、トレハロースは炭水化物関連遺伝子の制御を妨げることが報告されている(非特許文献14、非特許文献15)。これらにより、トレハロースはスクロース及び/又はマルトースの代わりに、イネ科の植物の培養に利用されることはなかった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】WO2011/013764
【特許文献2】WO2017/171092
【特許文献3】WO2018/143480
【非特許文献】
【0011】
【非特許文献1】Zhao, Z.-Y., Gu, W., Cai, T., Tagliani, L., Hondred, D., Bond, D., Schroeder, S., Rudert, M., Pierce, D. (2001) Mol. Breed. 8: 323-333.
【非特許文献2】Ishida, Y., Saito, H., Hiei, Y., Komari, T. (2003) Plant Biotechnology 20:57-66.
【非特許文献3】Frame, B.R., Shou, H., Chikwamba, R.K., Zhang, Z., Xiang, C., Fonger, T.M., Pegg, S.E.K., Li, B., Nettleton, D.S., Pei, D., Wang, K. (2002) Plant Physiol. 129: 13-22.
【非特許文献4】Hiei, Y., Komari, T. (2006) Plant Cell Tissue and Organ Culture 85:271-283.
【非特許文献5】Hiei, Y., Ishida, Y., Kasaoka,K., Komari, T. (2006) Plant Cell Tissue and Organ Culture 87:233-243.
【非特許文献6】Maryenti, T., Kato, N., Ichikawa, M., Okamoto, T. (2019) Plant and Cell Physiology, 60: 835-843,
【非特許文献7】Hamada, H., Linghu, Q., Nagira, Y., Miki, R., Taoka, N., Imai, R. (2017) Scientific Reports 7,Article number:11443
【非特許文献8】Garg, A. K., Kim, J. -K., Owens, T. G., Ranwala, A. P., Choi, Y. D., Kochian, L. V., Wu, R. J.(2002) Proc. Natl. Acad. Sci. USA 99: 15898-15903.
【非特許文献9】Muller, J., Aeschbacher, R.A., Wingler, A., Boller, T., Wiemken, A. (2001) Plant Physiol. 125: 1086-1093.
【非特許文献10】SHIMASAKI, K., TANIBUCHI, Y., FUKUMOTO, Y.(2003) Journal of Society of High Technology in Agriculture. 15: 130-134.
【非特許文献11】Redha, A., Suleman, P. (2013)American Journal of Plant Sciences, 4: 2218-2226.
【非特許文献12】Frison,M., Parrou, J. L., Guillaumot, D., Masquelier, D., Francois, J.,Chaumont, F., Batoko, H.(2007) FEBS Letters. 581: 4010-4016.
【非特許文献13】Muller, J., Aeschbacher, R. A., Wingler, A., Boller, T., Wiemken, A. (2001) Plant physiol. 125: 1086-1093.
【非特許文献14】Muller, J., Aeschbacher, R. A., Sprenger, N., Boller, T., Wiemken, A. (2000) Plant Physiol 123: 265-273.
【非特許文献15】Wagner, W., Wiemken, A., Matile, P. (1986). Plant Physiol 81: 444-447.
【非特許文献16】Ishida, Y., Tsunashima, M., Hiei, Y., Komari, T.(2015)Agrobacterium Protocols:1, Methods in Molecular Biology,1223: 189-198, New York
【非特許文献17】Svitashev, S., Young, J. K., Schwartz, C., Gao, H., Falco, S. C., Cigan, A. M. (2015) Plant Physiol. 169: 931-945.
【非特許文献18】Zhang, Y., Liang, Z., Zong, Y., Wang, Y.,Liu, J. Chen, K., Qiu, J.-L., Gao, C.(2016) Nature Communications 7, Article number: 12617
【非特許文献19】Barcelo, P., Lazzeri, P. A.(1995)In Jones, H., ed. Methods in molecular biology: plant gene transfer and expression protocols. Totowa, NJ: Humana Press Inc,: 113-123.
【非特許文献20】Rasco‐Gaunt, S., Riley, A., Cannell, M., Barcelo, P., Lazzeri, P. A. (2001)Journal of Experimental Botany 52: 865-874.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
本発明は、植物細胞の培養方法及び植物体の再生方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明者らは上記問題解決のために鋭意研究に努めた結果、コムギ未熟胚の培養・再生化において、常法で用いる炭素源(スクロースやマルトース)ではなく、トレハロースを含有する培地で培養することによって、常法培地と比較して、顕著に植物再生率が向上することを見出し、本発明を完成させた。本方法の利用によって、形質転換作物の作出やゲノム編集作物の作出が効率的に可能となった。
【0014】
限定されるわけではないが、本発明は以下の態様を含む。
[態様1]
イネ科植物の細胞を、トレハロースを含有する培養培地を用いて培養することを含む、植物細胞の培養方法。
[態様2]
イネ科の植物細胞を培養し、植物細胞群及び/又は植物再生体を得る、ことを含む、態様1に記載の方法。
[態様3]
イネ科植物が、イネ、トウモロコシ、コムギ、オオムギ、ライムギ、及びソルガムからなる群から選択される、態様1又は2に記載の方法。
[態様4]
イネ科植物が、コムギである、態様1-3のいずれか1項に記載の方法。
[態様5]
イネ科植物の細胞が、未熟胚、完熟種子、受精卵、カルス、プロトプラスト、又はそれらに由来する細胞群である、態様1-4のいずれか1項に記載の方法。
[態様6]
イネ科植物の細胞が、未熟胚又はそれに由来する細胞群である、態様1-5のいずれか1項に記載の方法。
[態様7]
イネ科植物の細胞に、核酸、タンパク質及び核酸タンパク質複合体からなる群から選択される物質を導入する工程を含む、態様1-6のいずれか1項に記載の方法。
[態様8]
物質の導入により形質転換又はゲノム編集を行う、態様7に記載の方法。
[態様9]
パーティクルガン法又はアグロバクテリウム法によって物質を導入する、態様8又は9に記載の方法。
[態様10]
植物細胞の培養効率が向上する、態様1-9のいずれか1項に記載の方法。
[態様11]
物質の導入効率が向上する、態様7-9のいずれか1項に記載の方法。
[態様12]
イネ科植物の細胞からの植物体の再生方法であって、
(1)イネ科植物の細胞を、トレハロースを含有する培養培地を用いて培養し、そして、
(2)再分化培地で培養する、
ことを含む、植物体の再生方法。
【発明の効果】
【0015】
従来培養が困難であるといわれているイネ科植物の培養を容易とし、培養細胞から植物再生体を効率的に取得することが可能になった。
【発明を実施するための形態】
【0016】
1.植物細胞の培養方法
本発明は、植物の培養方法に関する。本発明の方法は、イネ科植物の細胞を、トレハロースを含有する培養培地を用いて培養することを含む。
【0017】
植物
上記方法における「植物」は、イネ科の植物である。イネ科植物としては、イネ科(Poaceae)に属するいずれの植物でも用いることができる。一態様として、非限定的に、イネ科植物は、イネ、トウモロコシ、コムギ、オオムギ、ライムギ、及びソルガムからなる群から選択される。(本明細書において、「一態様」と言及した場合には、非限定的であることを意図する。)上記培養方法は、特に、「難培養」とされる植物あるいは品種に用いることが可能である。「難培養」とは、培養が困難、具体的には、例えば、植物体から単離された細胞や組織等の培養が困難、脱分化等の処理によるカルスの形成や、カルスからの植物体への再分化が困難である、ことを意味する。
【0018】
一態様として、イネ科の植物はコムギ(Triticum)属に属するものが好ましい。例えば、1粒系のコムギとして、T.aegilopoides、T.thaoudar、及び、T.monococcum(1粒コムギ)を、2粒系のコムギとして、T.dicoccoides、T.dicoccum(2粒コムギ、エンマーコムギ)、T.pyromidale、T.orientale(コーラサンコムギ)、T.durum(デュラムコムギ、マカロニコムギ)、T.turgidum(リベットコムギ)、T.polonicum(ポーランドコムギ)、及びT.persicum(ペルシャコムギ)を、並びに3粒系のコムギとして、T.aestivum(普通コムギ、パンコムギ)、T.spelta(スペルトコムギ)、T.compactum(クラブコムギ、密穂コムギ)、T.sphaerococcum(インド矮性コムギ)、T.maha(マカコムギ)、及びT.vavilovii(バビロビコムギ)を挙げることができる。本発明においてパンコムギ(T.aestivum)又はマカロニコムギ(T.durum)に属する品種が好適であり、特に、T.aestivumに属する品種が好適である。
【0019】
イネ科植物の細胞
植物材料としては、限定されるものではないが、イネ科植物の未熟胚、完熟種子、受精卵、カルス、プロトプラスト、又はそれらに由来する細胞群が挙げられる。好ましくは、未熟胚又は完熟種子である。本明細書において「未熟胚」とは、受粉後の登熟過程にある未熟種子の胚をいう。本発明の方法に供される未熟胚のステージ(熟期)は特に限定されるものではなく、受粉後いかなる時期に採取されたものであってもよいが、受粉後7から21日後のものが好ましい。「完熟種子」とは、受粉後の登熟過程が終了して種子として完熟しているものをいう。「受精卵」とは、精細胞と卵細胞とが融合した細胞を意味する。「植物受精卵」とは、植物の胚嚢を含む組織から単離される受精した卵細胞である、即ち、植物体の段階で受粉・受精させ、該植物体から単離した受精卵、であってもよい。あるいは、受粉・受精前の植物体から卵細胞及び精細胞を単離したのち、それらを融合させて受精卵細胞を作出及び取得してもよい。なお、電気的な融合により受精卵を作成及び取得してもよい。また、異種の植物同士の卵細胞と精細胞の融合により得られた受精卵、であってもよい。「プロトプラスト」とは、植物細胞から細胞壁を取り除いた細胞である。
【0020】
トレハロースを含有する培養培地
上記植物の培養方法は、イネ科植物の細胞を、トレハロースを含有する培養培地を用いて培養することを含む。限定的に、一態様において、植物細胞の培養は、未熟胚から植物体を再生させる工程において行う。
【0021】
以下、植物細胞の培養方法の態様の例を説明する。植物細胞の培養培地は、植物細胞を通常培養するために通常使用されるものでもよく、特に限定されない。非限定的に、例えばWLS培地、WLS-RES培地、MS培地、LS培地、N6培地、B5培地、R2培地、CC培地を基本とする培地等が挙げられる。これらの培地は、基本の濃度から高濃度にされたものでも、希釈されたものであってもよい。好ましくは、1/10倍から2倍量、より好ましくは、1/5倍から1倍量である。
【0022】
一態様において、基本となる培地は、WLS培地、WLS-RES培地である。これらの培地は以下の組成を有する。
WLS培地: 1×LSメジャー無機塩、100μM FeEDTA、1×LSマイナー無機塩、1×MSビタミン、0.5mg/L 2,4-D、2.2mg/L ピクローラム、4% マルトース一水和物、500mg/L グルタミン、100mg/L カゼイン加水分解物、3.7mM MgCl2、0.195% MES、57μM アスコルビン酸、5μM AgNO3、5g/L アガロース、pH5.8
WLS-RES培地(WLS培地の2.2mg/l ピクローラムを2.5mg/l ダイカンバに置換した培地): 1×LSメジャー無機塩、100μM FeEDTA、1×LSマイナー無機塩、1×MSビタミン、0.5mg/L 2,4-D、2.5mg/L ダイカンバ、4% マルトース一水和物、500mg/L グルタミン、100mg/L カゼイン加水分解物、3.7mM MgCl2、0.195% MES、57μM アスコルビン酸、5μM AgNO3、5g/L アガロース、pH5.8
「トレハロース」は、グルコースが1,1-グリコシド結合している二糖の一種である。適宜調整された培養培地にトレハロースを添加する。培養培地に添加されるトレハロースの濃度は特に限定されない。一態様において、培養培地中のトレハロースの濃度は、20mM以上、50mM以上、75mM以上、100mM以上、125mM以上、150mM以上、180mM以上、200mM以上、220mM以上、240mM以上、250mM以上である。一態様において、培養培地中のトレハロース濃度は、1000mM以下、800mM以下、600mM以下、500mM以下、450mM以下、400mM以下、350mM以下、300mM以下、280mM以下である。非限定的に、培養培地中のトレハロースの濃度は20mM以上1000mM以下、50mM以上800mM以下、100mM以上600mM以下、150mM以上400mM以下である。
【0023】
一態様において、上記トレハロースを含む培養培地は、トレハロースを含む代わりに、常法で用いる炭素源(例えば、スクロースやマルトース)を含まない、あるいは、含量を減じてもよい。一態様において、培養培地はトレハロース以外の炭素源を含まない。炭素源とは、スクロースや、マルトース、グルコース等を意味する。但し、培地中の糖がトレハロースのみである場合を長期間とすることはできない。言い換えると、トレハロース以外を含まない炭素源での長期培養は除く。
【0024】
上記トレハロースの濃度は、例えば培地が固体のように、トレハロースが必ずしも培地全体に均一に含まれているとは限らない場合、培地単位体積当たりの含有量として把握することができる。
【0025】
培養工程において、トレハロースを培地に添加する時期は特に限定されない。添加時期は、培養開始時もしくはそれ以降でもよい。非限定的に、一態様において、トレハロースを含む培養培地を、植物細胞が再生分化能を有する時期まで、植物細胞を培養する工程の、いずれかの時期に使用する。一態様において、トレハロースを含む培養培地を未熟胚が調製されてからの短期間、例えば、16日以内、8日以内、5日以内、3日以内、2日以内使用する。一態様において、トレハロースを含む培養培地を未熟胚が調製されてから植物への物質の導入を行うまでの期間使用する。培養期間中、トレハロースを培養培地に、一度に添加してもよく、あるいは、(例えば数回に)分けて添加してもよい。一態様において、パーティクルガンで物質導入を伴う培養においては、パーティクルガン処理前の当日、1日前、あるいは2日前からトレハロースを含む培養培地上に未熟胚及びそれに由来する細胞群を置床し、培養するのが良い。また、一態様において、アグロバクテリウムで物質導入を伴う培養においては、未熟胚に由来する細胞群を材料とした場合、アグロバクテリウム接種処理前の当日、1日前、あるいは、接種後2日後までトレハロースを含む培養培地上にそれらを置床し、培養するのが良く、未熟胚を材料とした場合、アグロバクテリウム接種処理の当日、あるいは、接種後2日後までトレハロースを含む培養培地上にそれらを置床し、培養するのが良い。
【0026】
非限定的に、一態様において、培地は、植物成長調整物質を含んでもよい。植物成長調整物質は、オーキシン類である。具体的には、例えば、オーキシン類として特にインドール-3-酢酸(IAA)、2,4-ジクロロフェノキシ酢酸(2,4-D)、ピクローラム、ダイカンバ、ナフタレン酢酸(NAA)、ナフトキシ酢酸、フェニル酢酸、2,4,5-トリクロロフェノキシ酢酸又は他のオーキシン類を添加することができる。一態様において、オーキシン類は、2,4-D、IAA、NAAからなる群より選択される植物ホルモンである。あるいは、カイネチンや4PUのようなサイトカイニンなど、他の植物成長調節物質を添加することもできる。これらの植物成長調節物質は、単独でも複数を異なる濃度で混合させてもよい。
【0027】
一様態において、培養培地に、フィーダー(ナース)細胞を加えてもよい。フィーダー細胞の種類は特に限定されない。例えば、イネの液体培養細胞や、コムギの液体培養細胞などを用いることが可能である。公知のフィーダー細胞や植物外植片を用いることが可能である。例えば、イネ浮遊細胞培養物(Oc、理化学研究所バイオリソース研究センター)や、コムギ懸濁培養細胞(HT3-1)などが挙げられる。植物外植片としては、子房などが挙げられる。フィーダー細胞を添加する時期は限定されるものではなく、植物細胞の培養開始前、開始時、開始後であってもよい。
【0028】
培養温度は、適宜選択可能であり、好ましくは18℃-35℃、さらに好ましくは20-30℃、最も好ましくは23-28℃で行われる。また、この工程の培養は好ましくは暗所、もしくは薄暗い所で行われるが、これに限定されない。
【0029】
一態様において、上記培養方法は、イネ科の植物細胞を培養し、植物細胞群及び/又は植物再生体を得る、ことを含む。
細胞群は、胚様体、球状様胚、カルスなどであってもよい。受精卵を分裂誘導し細胞増殖させ、胚様体、球状様胚、カルスなどを形成させる工程は、植物によって最適条件が異なるため特に限定されない。
【0030】
「植物再生体を得る」ことについて、「2.植物体の再生方法」において詳述する。
本発明はまた、イネ科植物の細胞を培養するための、トレハロースを含有する培養培地、トレハロースの、イネ科植物の細胞の培養培地への使用、イネ科植物の細胞の培養培地に使用されるトレハロースも含む。
【0031】
一態様において、上記培養方法により、トレハロースを含まない培地で培養した場合と比較して、植物細胞の培養効率が向上する。植物細胞の培養効率は、非限定的に、例えば、培養におけるカルス化率等を意味する。
【0032】
非限定的に、培養効率(例えば、カルス化率)が、例えば、1.1倍以上、2倍以上、3倍以上、5倍以上、10倍以上、30倍以上に向上する。「培養効率が向上する」には、トレハロースを含まない培地で培養した場合にはカルスが形成されなかったイネ科の品種において、カルス形成が生じるようになる場合も含む。
【0033】
2.植物体の再生方法
本発明は、植物体の再生方法に関する。本発明の再生方法は、イネ科植物の細胞からの植物体の再生方法であって、
(1)イネ科植物の細胞を、トレハロースを含有する培養培地を用いて培養し、そして、
(2)再分化培地で培養する、
ことを含む。
【0034】
「植物」、「イネ科植物」、「(イネ科植物の)細胞」、「培養培地」、「トレハロース」等の用語の意義は、「1.植物細胞の培養方法」において記載した通りである。
再分化工程、すなわち、再分化培地での培養工程は特に限定されない。培養細胞群を、任意の培地、例えば、本明細書の実施例に記載したLSF培地(例えば、LSFCuP5(-C)培地)からなる再分化培地に移し、培養する。非限定的に、再分化工程は光を照射して行ってもよい。再分化培地には、例えば、LSF培地、MS培地、B5培地、N6培地であり、アガロース、寒天やゲランガム、ゲルライト等固化材を使用した固体培地を含まない液体培地であってもよい。
【0035】
再分化培地には、オーキシン、サイトカイニンを含む植物成長調節物質を添加してもよい。一態様において、再分化培地は、オーキシン類を含む。「オーキシン」、「サイトカイニン」等の用語の意義は、「1.植物細胞の培養方法」において記載した通りである。
【0036】
再分化工程によって、根、シュートなどが再分化した個体を、土が入ったポットなどに移植すれば、正常な植物個体として育成させることができる。
上記植物再生法によって再生されたイネ科植物(再生植物体)も提供される。再生された植物とは、未熟胚の培養、再分化により再生された植物、該植物から得られた細胞、組織等や、上記植物再生法により得られた再分化当代である「T0世代」やT0世代の植物の自殖種子に由来するT1世代」などの後代植物、それらを片親にして交配した雑種植物やその後代植物を含む。
【0037】
本発明以前は、イネ科植物において特に「難培養」とされる種や品種について、効率よく培養することができず、再生された植物を得ることは困難或いは不可能であった。上記植物再生法により、このような植物、品種についても簡便な方法で効率よく培養、再生植物体を得ることが可能になった。
【0038】
3.植物への物質の導入
植物、特に単子葉植物の遺伝子組換え技術は、1990年代にアグロバクテリウムを利用した方法がイネ、トウモロコシで開発されたことを契機に急速に利用が普及した。現在までに様々な形質転換方法が開発されてきている。
【0039】
また、近年効率的にゲノム編集を行うことが可能になりつつあるが、これも作物種、品種ごとに組織培養の容易性が異なる点が、ゲノム編集効率(genome editing efficiency)に大きな影響を与えるため、実用化の妨げとなっている。
【0040】
本発明の、植物細胞の培養方法、植物再生方法により、イネ科植物の細胞を培養することによって得た細胞群から、安定して効率よく再生植物体を得ることが可能になった。上記植物細胞の培養方法、再生方法の工程におけるいずれかの段階において、植物細胞に物質を導入することにより、物質が導入された再生植物を安定して効率よく取得することができる。一態様において、未熟胚に形質転換物質を導入する。
【0041】
一態様において、上記培養方法、植物再生方法の植物細胞は、物質が導入された植物細胞である。一態様において、発明の培養方法、植物再生方法の植物細胞は、イネ科植物の細胞に、核酸、タンパク質及び核酸タンパク質複合体からなる群から選択される物質を導入する工程を含む。
【0042】
導入する物質は、非限定的に、核酸、タンパク質及び核酸タンパク質複合体からなる群から選択される。核酸は特に限定されず、DNA、RNA、両者の結合体、混合物であってもよい。好ましくはベクターのような環状DNA、直鎖DNA、環状RNA又は直鎖RNAである。使用される形質転換方法に応じた任意の長さのものを使用可能である。タンパク質は、決まった順番で様々なアミノ酸が、アミド結合(「ペプチド結合」ともいう)でつながった分子の総称である。タンパク質は、ゲノム編集のためのCas9ヌクレアーゼ等ヌクレアーゼや、修飾酵素、抗体等を含む。核酸タンパク質複合体は、核酸とタンパク質が複合体を形成したものである。例えば、デオキシリボ核タンパク質(DNAとVirD2タンパク質の複合体等)、リボ核タンパク質(ガイドRNAとCas9タンパク質の複合体等)などが含まれる。
【0043】
2種類以上の核酸、タンパク質及び核酸タンパク質複合体を導入してもよい。核酸は、2種類以上のDNA又はRNAでも、DNAとRNAの組み合わせでもよい。核酸とタンパク質など異なる種の物質を導入してもよい。
【0044】
物質を植物に導入する方法は、植物に所望の物質を導入することのできる公知の方法ならば特に限定されず、植物の種類に応じて適宜選択することができる。例えば、パーティクルガン法、ポリエチレングリコール法(PEG法)、エレクトロポレーション法、マイクロインジェクション法、ウィスカー法などの物理化学的方法(DNAの直接導入法)あるいはアグロバクテリウム法などの生物学的方法(DNAの間接導入法)を好ましく用いることができる。一態様において、パーティクルガン法又はアグロバクテリウム法によって物質を導入する。
【0045】
植物への物質の導入は、非限定的に、例えば、国際公開WO2017/171092(特許文献2)、国際公開WO2018/143480(特許文献3)に記載の方法によって行うことができる。
【0046】
一態様において、物質の導入により形質転換又はゲノム編集を行ってもよい。
ゲノム編集とは、部位特異的ヌクレアーゼを利用して、思い通りに標的遺伝子を改変する技術である。部位特異的ヌクレアーゼとしては、2005年以降に開発・発見された、ZFN(ズィーエフエヌ、又は、ジンクフィンガーヌクレアーゼ)、TALEN(タレン)、CRISPER/Cas9(クリスパー・キャスナイン)などが知られている。
【0047】
イネ科植物、例えば、コムギの組織培養と再生体作出は、コムギの品種開発においては、必要な技術である。とりわけ、遺伝子組換えコムギを作出する際やゲノム編集コムギを作出する際には、例えば、アグロバクテリウム法やパーティクルガン法で遺伝子導入した未熟胚や培養細胞を組織培養し、カルスから再生体を取得する方法が標準法となっている。なお、ゲノム編集作出では、DNAの導入に代わって、リボヌクレオタンパク質(RNP)を導入した未熟胚や培養細胞を培養し、再生体を取得してもよい。
【0048】
一態様において、上記培養方法により、トレハロースを含まない培地で培養した場合と比較して、物質の導入効率が向上する。物質の導入効率は、非限定的に、例えば、培養におけるカルス化率、形質転換率(transformation frequency)、ゲノム編集率(genome editing frequency)等を意味する。
【0049】
本明細書中で、「物質の導入効率が高い」とは、高い効率で目的物質が植物細胞へ導入されること、未熟胚等から高い効率でカルスが誘導されること、形質転換カルスから高い効率で再分化が起こること、を包含する概念である。また、本明細書において「物質の導入効率が向上する」とは、目的物質の植物細胞への導入効率が向上すること、未熟胚等からのカルス誘導率が向上すること、形質転換カルスからの再分化効率が向上すること、を包含する概念である。
【0050】
非限定的に、物質の導入効率(例えば、形質転換効率)が、例えば、1.3倍以上、1.5倍以上、2倍以上、3倍以上、4倍以上、10倍以上、25倍以上に向上する。「物質の導入効率が向上する」には、トレハロースを含まない培地で培養した場合には形質転換ができない、あるいは、ゲノム編集ができないイネ科の品種において、これらができるようになる場合も含む。
【実施例0051】
以下、実施例に基づいて本発明を詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。当業者は本明細書の記載に基づいて容易に本発明に修飾・変更を加えることができ、それらは本発明の技術的範囲に含まれる。
【0052】
実施例1:コムギ未熟胚からのカルス誘導
(1)未熟胚の調製及び培養
WO2011/013764(特許文献1)及びIshida(2015)(非特許文献16)の方法の一部を改変してコムギの未熟胚の調製を行った。Fielder、Claire、Mace、JTX001、Cadenza、Paragon、JTX002、Cronox及びJaggerの9種類の品種を試験に供した。
【0053】
開花後14日前後のコムギの未熟種子を脱頴し、70%エタノール中で45秒間表面殺菌処理した後、Tween 20を1滴含む1%次亜塩素酸ナトリウムで10分間表面殺菌処理した。処理後の未熟種子を滅菌水で4回洗浄し、実体顕微鏡下で未熟胚を採取し、そして、WLS-liq培地中に回収した。WLS-liq培地で1度未熟胚を洗浄後、5,000×g、4℃、10分間遠心処理した。
【0054】
25個の未熟胚をシャーレに移し、胚軸をメスで除去した後、以下の「WLS90-RES培地」又は「WLS0/90-RES」上に胚盤側を上向きにして置床し、25℃、暗黒下で、1日間培養した。得られた未熟胚を(3)のパーティクルガン処理に用いた。
【0055】
各培地の組成は以下の通りである。
WLS-liq培地: 0.1×LSメジャー無機塩、10μM FeEDTA、0.1×LSマイナー無機塩、0.1×MSビタミン、1%グルコース、0.05%MES、pH5.8
WLS90-RES培地: 1×LSメジャー無機塩、100μM FeEDTA、1×LSマイナー無機塩、1×MSビタミン、0.5mg/L 2,4-D、2.5mg/L ダイカンバ、9% マルトース一水和物(250mM)、500mg/L グルタミン、100mg/L カゼイン加水分解物、3.7mM MgCl2、0.195% MES、57μM アスコルビン酸、5μM 5g/L アガロース、pH5.8
WLS0/90-RES培地:WLS90-RES培地のマルトース一水和物を、濃度9.46%のトレハロース二水和物(250mM)に変更した培地。
【0056】
(2)bar遺伝子、Cas9遺伝子及びsgRNA遺伝子のプラスミド構築及び調製
bar遺伝子、Cas9遺伝子及びsgRNA遺伝子を含むプラスミドを構築した。bar遺伝子の塩基配列を配列番号1に示した。bar遺伝子は35Sプロモーターで制御し、ターミネーターにはNosを用いた。これらをpUC19ベクター内に挿入した。
【0057】
SpCas9(Streptococcus pyogenesに由来するCas9)遺伝子の塩基配列を配列番号2に示した。配列番号2はSvitashev et al.(2015)の報告(非特許文献17)より引用した。SpCas9は、トウモロコシユビキチンの第1イントロンを有するトウモロコシユビキチンプロモーターとNos及び35Sターミネーターの間に挿入し、加えて、アミノ末端(N末端)側にSV40由来核移行シグナル(9アミノ酸)及びカルボキシル末端(C末端)側にvirD2由来核移行シグナル(18アミノ酸)をコードする配列が含まれるように、pUC19ベクター内に挿入したプラスミドを構築した。sgRNA転写ユニットの塩基配列を配列番号3に示した。コムギU6ポリメラーゼIIIのプロモ―ター及びターミネーターを含むsgRNA遺伝子配列をpUC18ベクター内に挿入したプラスミドを構築した。なお、sgRNA遺伝子配列として、コムギLOX2遺伝子のターゲット配列を用いた(非特許文献18)。
【0058】
(3)パーティクルガンによるDNA導入及びその後の培養
コムギに対するバーティクルガンによるDNAの導入する方法は、基本的にはBarcelo and Lazzeri(1995)(非特許文献19)及びRasco-Gaunt(2001)(非特許文献20)の方法を参考とした。
【0059】
15mgの金粒子(BIO-RAD製、粒径0.6μm)を1.5mlチューブに取り分けた。前述のチューブに0.5mlの70%エタノールを加え、超音波を90秒間行った後、15分間振とうした。5秒間遠心し、上清を捨てた。0.5mlの滅菌水に懸濁し、1分間ボルテックスし、遠心後上清を除去した。上記処理を3回繰り返した。0.375mlの50%グリセロールに懸濁(40mg/ml)後、金粒子懸濁液として4℃で保存した。
【0060】
調製した金粒子懸濁液(40mg/ml)を均一になるまで5分間ボルテックスした。プラスミドDNAの金粒子へのコーティングとマイクロキャリヤーへの接着を行った。金粒子20μl(0.8mg)、(2)で調整したプラスミドDNA(bar遺伝子680fmol、Cas9遺伝子204fmol及びsgRNA遺伝子204fmol)を混和した後、合計で40μlになるように水を加えた後、TransIT-2020(登録商標)(0.8 μl)を加えた。その後、2、3分間続けてボルテックスした後、1分間チューブを静地した。フラッシュ(2s)遠心後、上清を捨て、次に、56μlの70%エタノールで洗浄した。フラッシュ(2s)遠心後、上清を捨て、56μlの100%エタノールで洗浄した。フラッシュ(2s)遠心後、上清を捨てた後、34μlのエタノール(100%)で再懸濁した。タッピングで穏やかに懸濁した後、ボルテックス処理した(2-3秒)。その後、超音波洗浄機で30秒処理した。
【0061】
(1)に記載の通り調製した未熟胚25個に対して、Biolistic PDS-1000/He Particle Delivery System取扱説明書(BIO-RAD)に従って、パーティクルガン(BIOLISTIC PDS1000/He,Bio-Rad)で遺伝子導入した。1ショット当たり5μlの金粒子懸濁液を使用した。ターゲット距離はストッピングプレートから5cmで、撃ち込み圧は650psiとした。パーティクルガン処理後、プレート培地上の未熟胚を28℃で1日間(暗所)、続いて25℃で培養した。
【0062】
以下の表は、未熟胚調性から葉サンプリングまでの各工程の日数、培地、実験内容(工程)をまとめたものである。
【0063】
【0064】
WLS60-P5の組成: 1×LSメジャー無機塩、100μM FeEDTA、1×LSマイナー無機塩、1×MSビタミン、0.5mg/L 2,4-D、2.2mg/L ピクローラム、6% マルトース一水和物、500mg/L グルタミン、100mg/L カゼイン加水分解物、3.7mM MgCl2、0.195% MES、57μM アスコルビン酸、5μM AgNO3、5mg/L ホスフィノトリシン、5g/L アガロース、pH5.8
WLS-P10の組成: 1×LSメジャー無機塩、100μM FeEDTA、1×LSマイナー無機塩、1×MSビタミン、0.5mg/L 2,4-D、2.2mg/L ピクローラム、4% マルトース一水和物、500mg/L グルタミン、100mg/L カゼイン加水分解物、3.7mM MgCl2、0.195% MES、57μM アスコルビン酸、5μM AgNO3、10mg/L ホスフィノトリシン、5g/L アガロース、pH5.8
LSFCuP5(-C)の組成: 1×LSメジャー無機塩、100μM FeEDTA、1×LSマイナー無機塩、1×LSビタミン、0.2mg/L IBA、10μM CuSO4、1.5% スクロース、0.05% MES、5mg/L ホスフィノトリシン、3g/L ゲライト、pH5.8
(4)結果
(i)カルス化率及び形質転換率に対するトレハロース添加培地の効果
(3)においてパーティクルガンによるDNA導入を行った未熟胚について、カルス化率及び形質転換率を調べた。
【0065】
カルス化率は、表1の工程6において、(生じたカルス数/供試未熟胚数)×100(%)により求めた。形質転換率は、表1の工程7において、選択マーカーbar遺伝子による選択を行うためのホスフィノトリシンを含有する培地にカルスを植え替えて培養し、(再生個体が生じた供試未熟胚数/供試未熟胚数)×100(%)により求めた。結果を表2に示す。
【0066】
【0067】
表2に示す通り、(3)においてパーティクルガンによるDNA導入を行った、供試した9品種、Fielder、Claire、Mace、JTX001、Cadenza、Paragon、JTX002、Cronox及びJaggerにおいて、マルトース含有の標準培地よりも、トレハロース培地において、カルス化率(%)が顕著に向上した。さらに7品種、Claire、Mace、JTX001、Cadenza、Paragon、JTX002及びCronoxにおいて、マルトース含有の標準培地よりも、トレハロース培地において、形質転換率(%)が顕著に向上した。
【0068】
(ii)ゲノム編集率に対するトレハロース添加培地の効果
(3)においてパーティクルガンによるDNA導入を行った未熟胚について、ゲノム編集率を調べた。ゲノム編集率は以下のように調べ、(ゲノム編集個体が生じた供試未熟胚数/供試未熟胚数)×100(%)により求めた。
【0069】
パーティクルガン処理約85日後、プラントボックス内で10cm~15cm程度に伸びた葉5~10mg程度を切り取り、サンプリングした。液体窒素で葉サンプルを凍結し、TissueLyser II(QIAGEN)を用いて凍結した葉サンプルを粉砕した。その後、QIAcubeHT(QIAGEN)のプロトコールに従い、QIAcubeHTでDNAを抽出した。ゲノム編集の標的とした、A、BおよびDゲノムのTaLOX2遺伝子について、PCR/RE分析を行い、ゲノム編集による変異を検出した。
【0070】
PCR反応は、20μl反応液中に、10×ExTaq Buffer 2μl、dNTP Mixture(各2.5mM)1.6μl、プライマーLOX2-F(10μM)0.4μl、プライマーLOX2-R(10μM)0.4μl、ExTaqHS 0.1μl、ゲノムDNA4μlを混和し、98℃10秒、60℃30秒、72℃1分を30回行った。PCRプライマーはZhangら(非特許文献18)のプライマーを使用した。得られたPCR産物を5μlとり、10×NEB CutSmart buffer 2μl、制限酵素SacI-HF(20U/μl)を1μl含む20μlの溶液を調製し、37℃で3時間インキュベーションした後、1.5%TypeIIアガロースゲルを用いた電気泳動で分析した。なお、ネガティブコントロールにはFielderのゲノムDNAを用いた。制限酵素SacIによって、PCR産物が切断された場合はゲノム編集されていないと判断し、切断されない場合はゲノム編集されていると判断した。
【0071】
結果を表3に示す。
【0072】
【0073】
表3の通り、供試した5品種、Claire、Mace、JTX001、Paragon及びJTX002において、マルトース含有の標準培地よりも、トレハロース培地において、ゲノム編集率が顕著に向上した。
本発明により、従来培養が困難であるといわれているイネ科植物の培養を容易とし、培養細胞から植物再生体を効率的に取得することが可能になった。上記植物細胞の培養方法、再生方法の工程におけるいずれかの段階において、植物細胞に物質を導入することにより、物質が導入された再生植物を安定して効率よく取得することもできる。本方法の利用によって、従来困難であったイネ科植物の形質転換作物の作出やゲノム編集作物の作出が効率的にできることとなる。