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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023166712
(43)【公開日】2023-11-22
(54)【発明の名称】物質生産装置および物質生産方法
(51)【国際特許分類】
   C12M 1/00 20060101AFI20231115BHJP
   C12P 7/24 20060101ALI20231115BHJP
【FI】
C12M1/00 Z
C12P7/24
【審査請求】未請求
【請求項の数】7
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022077410
(22)【出願日】2022-05-10
(71)【出願人】
【識別番号】593165487
【氏名又は名称】学校法人金沢工業大学
(71)【出願人】
【識別番号】000003160
【氏名又は名称】東洋紡株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100105924
【弁理士】
【氏名又は名称】森下 賢樹
(72)【発明者】
【氏名】小田 忍
(72)【発明者】
【氏名】白馬 弘文
【テーマコード(参考)】
4B029
4B064
【Fターム(参考)】
4B029AA01
4B029AA02
4B029BB01
4B029DA01
4B029DF01
4B064AC35
4B064AC37
4B064AC38
4B064BE03
4B064BJ03
4B064CA02
4B064CA05
(57)【要約】
【課題】微生物を用いた物質生産技術において標的生産物の生産効率を向上させる。
【解決手段】物質生産装置1は、親水性媒体を含む水層14、疎水性の有機溶媒を含む有機層16、ならびに水層14および有機層16の界面で増殖する微生物を含む微生物層18を収容し、微生物が生産する疎水性の生産物を有機溶媒に溶出させる反応槽2と、反応槽2から有機溶媒が流入し、有機溶媒中の生産物を析出させる析出槽4と、を備える。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
親水性媒体を含む水層、疎水性の有機溶媒を含む有機層、ならびに前記水層および前記有機層の界面で増殖する微生物を含む微生物層を収容し、前記微生物が生産する疎水性の生産物を前記有機溶媒に溶出させる反応槽と、
前記反応槽から前記有機溶媒が流入し、前記有機溶媒中の前記生産物を析出させる析出槽と、を備える、
物質生産装置。
【請求項2】
前記析出槽内の前記有機溶媒を冷却して、前記析出槽内の前記有機溶媒の温度を前記反応槽内の前記有機溶媒の温度よりも下げる冷却機構を備える、
請求項1に記載の物質生産装置。
【請求項3】
前記冷却機構は、前記析出槽内の前記有機溶媒の温度を前記反応槽内の前記有機溶媒の温度より5℃以上下げる、
請求項2に記載の物質生産装置。
【請求項4】
前記反応槽および前記析出槽をつなぐ往路および復路を有する循環流路と、
前記循環流路に接続され、前記往路を介した前記反応槽から前記析出槽への前記有機溶媒の流れ、および前記復路を介した前記析出槽から前記反応槽への前記有機溶媒の流れを生じさせる循環ポンプと、を備え、
前記循環ポンプは、所定のタイミングで前記有機溶媒の流れる方向を逆転させ、前記復路中の前記有機溶媒を前記析出槽に戻す、
請求項1乃至3のいずれか1項に記載の物質生産装置。
【請求項5】
前記析出槽は、種晶を収容する、
請求項1乃至3のいずれか1項に記載の物質生産装置。
【請求項6】
前記反応槽および前記析出槽をつなぐ往路および復路を有する循環流路と、
前記循環流路に接続され、前記往路を介した前記反応槽から前記析出槽への前記有機溶媒の流れ、および前記復路を介した前記析出槽から前記反応槽への前記有機溶媒の流れを生じさせる循環ポンプと、を備え、
前記析出槽に接続される前記往路の開口は、前記析出槽に接続される前記復路の開口よりも下方に配置される、
請求項1乃至3のいずれか1項に記載の物質生産装置。
【請求項7】
親水性媒体を含む水層および疎水性の有機溶媒を含む有機層の界面で増殖する微生物を用いて疎水性の物質を生産し、
当該物質を前記有機溶媒に溶出させ、
前記有機溶媒を析出槽に移動させ、前記析出槽内で前記有機溶媒中の前記物質を析出させることを含む、
物質生産方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、微生物を用いた物質生産装置および物質生産方法に関する。
【背景技術】
【0002】
特許文献1には、親水性担体と有機液層との界面で増殖する微生物を用いて基質を疎水性の有用物質に変換し、この有用物質を有機液層中に蓄積させるバイオリアクターが開示されている。
【0003】
また、上述した微生物の代謝経路を利用して、微生物が生産する疎水性の代謝物、例えばクエン酸、アミノ酸等の一次代謝物や抗生物質、抗ガン活性物質等の二次代謝物を有用物質として有機液層中に蓄積させるバイオファーメンターも知られている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開平5-91878号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明者らは、上述したバイオリアクターやバイオファーメンターといった微生物を用いた物質生産技術について鋭意検討を重ね、標的とする生産物の生産効率を向上させる技術を見出した。
【0006】
本発明はこうした状況に鑑みてなされたものであり、その目的の1つは、微生物を用いた物質生産技術において標的生産物の生産効率を向上させる技術を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明のある態様は、物質生産装置である。この装置は、親水性媒体を含む水層、疎水性の有機溶媒を含む有機層、ならびに水層および有機層の界面で増殖する微生物を含む微生物層を収容し、微生物が生産する疎水性の生産物を有機溶媒に溶出させる反応槽と、反応槽から有機溶媒が流入し、有機溶媒中の生産物を析出させる析出槽と、を備える。
【0008】
本発明の他の態様は、物質生産方法である。この方法は、親水性媒体を含む水層および疎水性の有機溶媒を含む有機層の界面で増殖する微生物を用いて疎水性の物質を生産し、当該物質を有機溶媒に溶出させ、有機溶媒を析出槽に移動させ、析出槽内で有機溶媒中の物質を析出させることを含む。
【0009】
なお、以上の構成要素の任意の組み合わせや、本発明の構成要素や表現を方法、装置、システムなどの間で相互に置換したものもまた、本発明の態様として有効である。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、微生物を用いた物質生産技術において標的生産物の生産効率を向上させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
図1】実施の形態に係る物質生産装置の模式図である。
図2】析出槽内を撮影した写真である。
図3】HPLCおよび定量NMR分析の結果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、本発明を好適な実施の形態をもとに図面を参照しながら説明する。実施の形態は、発明を限定するものではなく例示であって、実施の形態に記述されるすべての特徴やその組み合わせは、必ずしも発明の本質的なものであるとは限らない。各図面に示される同一又は同等の構成要素、部材、処理には、同一の符号を付するものとし、適宜重複した説明は省略する。また、各図に示す各部の縮尺や形状は、説明を容易にするために便宜的に設定されており、特に言及がない限り限定的に解釈されるものではない。また、本明細書または請求項中に「第1」、「第2」等の用語が用いられる場合には、この用語はいかなる順序や重要度を表すものでもなく、ある構成と他の構成とを区別するためのものである。また、各図面において実施の形態を説明する上で重要ではない部材の一部は省略して表示する。
【0013】
図1は、実施の形態に係る物質生産装置1の模式図である。物質生産装置1は、反応槽2と、析出槽4と、循環流路6と、循環ポンプ8と、冷却機構10と、制御部12とを備える。図1に示す物質生産装置1は、複数の反応槽2と1つの析出槽4とを備えるが、特にこの構成に限定されない。反応槽2は1つでもよいし、析出槽4は複数でもよい。本実施の形態の物質生産装置1は一例として、6つの反応槽2が積層された反応槽塔を2つ有する。2つの反応槽塔は、析出槽4に対して互いに並列に接続されている。
【0014】
各反応槽2は、バイオリアクターまたはバイオファーメンターとして機能する。反応槽2は、水層14、有機層16および微生物層18を収容する。水層14は、親水性媒体を含む。使用可能な親水性媒体としては、公知の界面バイオリアクターや界面バイオファーメンターに使用可能なものであれば特に制約はなく、水が例示される。また、水層14には微生物の栄養源が添加される。当該栄養源は、使用する微生物に応じて適宜選択することができる。
【0015】
微生物層18は、水層14および有機層16の界面で増殖する微生物を含む。使用可能な微生物としては、公知の界面バイオリアクターや界面バイオファーメンターに使用可能なものであれば特に制限はなく、Bacillus属、Escherichia属、Pseudomonas属、Streptomyces属、Rhodococcus属等の細菌、放線菌;Saccharomyces属、Pichia属、Candida属、Hansenula属、Rhodotorula属等の酵母;Aspergillus属、Penicillium属、Trichoderma属、Humicola属、Monascus属等のカビが例示される。
【0016】
有機層16は、疎水性の有機溶媒を含む。使用可能な有機溶媒としては、公知の界面バイオリアクターや界面バイオファーメンターに使用可能なものであれば特に制限はなく、n-デカン、n-トリデカン等のノルマルアルカン類;ジ-n-ヘキシルエーテル、ジ-イソアミルエーテル等の中鎖エーテル類;KF-96L-1CS(信越化学工業株式会社製)、KF-96L-1.5CS(信越化学工業株式会社製)等の、低粘度のジメチルシリコーンオイルが例示される。
【0017】
反応槽2は、微生物層18中の微生物が生産する疎水性の生産物を有機層16中の有機溶媒に溶出させる。反応槽2がバイオリアクターとして機能する場合、微生物は、有機層16中の基質を疎水性且つ結晶性の有用物質に変換して有機溶媒中に放出する。また、反応槽2がバイオファーメンターとして機能する場合、微生物は、疎水性且つ結晶性の代謝物を生産して有機溶媒中に放出する。これらにより、標的生産物としての有用物質や代謝物が有機溶媒中に蓄積していく。
【0018】
なお、反応槽2は、固/液界面タイプであってもよいし、液/液界面タイプであってもよい。固/液界面タイプの反応槽2は、寒天等の親水性ゲルで構成される水層14と、親水性ゲル上で増殖した微生物で構成される微生物層18と、微生物層18を覆う疎水性有機溶媒で構成される有機層16とを有する。また、液/液界面タイプの反応槽2は、液体培地で構成される水層14と、液体培地の表面に浮遊し微生物を担持する中空微粒子で構成される微生物層18と、微生物層18を覆う疎水性有機溶媒で構成される有機層16とを有する。固/液界面タイプの反応槽2では、水層14への栄養源の追加等が容易ではないが、それでも2ヶ月以上の連続運転が可能である。
【0019】
析出槽4は、反応槽2および析出槽4をつなぐ循環流路6を介して、反応槽2に接続される。析出槽4には、反応槽2から有機溶媒が流入する。そして、析出槽4は、有機溶媒中の生産物を析出させる。循環流路6は、往路6aおよび復路6bを有する。また、循環流路6には、循環ポンプ8が接続される。循環ポンプ8は、一例として復路6bの途中に接続される。循環ポンプ8には、ペリスタポンプ等の公知のポンプを使用することができる。循環ポンプ8の駆動により、往路6aを介した反応槽2から析出槽4への有機溶媒の流れ、および復路6bを介した析出槽4から反応槽2への有機溶媒の流れが生じる。
【0020】
本実施の形態では、上述のように6つの反応槽2が積層されて各反応槽塔が形成されている。往路6aは、上下に隣接する2つの反応槽2を互いに接続している。つまり、往路6aは、最上段の反応槽2と上から2段目の反応槽2とを接続する。また、上から2段目の反応槽2と上から3段目の反応槽2とを接続する。また、上から3段目の反応槽2と上から4段目の反応槽2とを接続する。また、上から4段目の反応槽2と上から5段目の反応槽2とを接続する。また、上から5段目の反応槽2と最下段の反応槽2とを接続する。また、往路6aは、最下段の反応槽2と析出槽4とを接続する。反応槽2の各組みを接続する往路6aは、いわゆるオーバーフローラインを構成する。復路6bは、析出槽4と最上段の反応槽2とを接続する。これにより、各反応槽塔の各反応槽2および析出槽4が直列接続された循環流路6が形成される。
【0021】
最上段の反応槽2中の有機溶媒は、往路6a(オーバーフローライン)を介した自然流下により、順々に下段の反応槽2に移動していく。この過程で、各反応槽2内の生産物が有機溶媒とともに下段の反応槽2に移動していく。最下段の反応槽2に到達した有機溶媒は、往路6aを介した自然流下により析出槽4に流入する。これにより、各反応槽2中の有機溶媒が析出槽4に移動する。
【0022】
析出槽4には、析出槽4内の有機溶媒を冷却する冷却機構10が接続されている。冷却機構10は、冷媒槽24と、冷媒配管22と、冷媒ポンプ20とを有する。冷媒槽24には、公知の冷媒が貯留される。冷媒配管22は、冷媒槽24と析出槽4とを接続する。冷媒配管22の一部は、析出槽4に対して析出槽4内の有機溶媒と熱交換可能に接続される。冷媒配管22により、冷媒槽24と析出槽4とをつなぐ冷媒の循環流路が形成される。冷媒配管22の途中には、冷媒ポンプ20が接続される。冷媒ポンプ20には、ダイヤフラムポンプ等の公知のポンプを使用することができる。
【0023】
冷媒ポンプ20の駆動により、冷媒が冷媒配管22を循環する。この過程で、析出槽4内の有機溶媒と冷媒とが熱交換する。これにより、析出槽4内の有機溶媒の温度が反応槽2内の有機溶媒の温度よりも下げられる。冷却機構10は、析出槽4内の有機溶媒の温度を反応槽2内の有機溶媒の温度より、好ましくは5℃以上、より好ましくは10℃以上、さらに好ましくは15℃以上下げる。有機溶媒の温度が低下することで、有機溶媒への生産物の溶解度が低下する。これにより、析出槽4において生産物の結晶化が促進される。この結果、析出槽4内での生産物の析出を促進することができる。
【0024】
図2は、析出槽4内を撮影した写真である。図2には一例として、Penicillium sclerotiorum NBRC 113796を用いて物質生産装置1を運転した際の析出槽4内の様子を示している。図2に示すように、物質生産装置1によれば、生産物としてsclerotiorinの結晶を析出槽4内に大量に析出させることができる。
【0025】
好ましくは、析出槽4は、種晶26を収容する。種晶26は、生産物の種類に応じて適宜選択することができる。種晶26の添加量は、例えば有機溶媒500mLに対して1mg程度である。析出槽4に種晶26が添加されると、種晶26の周辺における生産物の濃度が局所的に過飽和となる。これにより、種晶26が核となって生産物の結晶が成長し始める。よって、生産物の析出をより促進することができ、生産物を大量且つ安定的に回収することが可能となる。
【0026】
生産物が析出することで、有機溶媒中の生産物の濃度が低下する。生産物の濃度が低下した有機溶媒は、循環ポンプ8の駆動により、析出槽4から復路6bを介して最上段の反応槽2に戻される。最上段の反応槽2に戻された有機溶媒は、再び各反応槽2を巡回していく。なお、本実施の形態では、往路6aを介した反応槽2から析出槽4への有機溶媒の流れは、自然流下により生じている。しかしながら、この自然流下は、循環ポンプ8が析出槽4から最上段の反応槽2に有機溶媒を汲み上げることで生じる。したがって、往路6aを介した反応槽2から析出槽4への有機溶媒の流れも、循環ポンプ8の駆動により生じていると解釈できる。
【0027】
析出槽4から最上段の反応槽2への有機溶媒の流入速度、つまり物質生産装置1における有機溶媒の循環速度は、オーバーフローラインにおける有機溶媒の流出速度の限界未満であれば特に制限はなく、微生物による生産物の生産速度や物質生産装置1の動作安定性等に応じて適宜設定することができる。有機溶媒の循環速度は、例えば生産物の希釈率で表した場合、好ましくは0.05~5.0h-1、より好ましくは0.1~2.0h-1である。
【0028】
析出槽4の容積や反応槽2および析出槽4の容積比は、特に制限されず適宜設定可能である。例えば、一例としての物質生産装置1では、容積2.7Lの反応槽2が6つ直列接続されて反応槽塔が形成され、この反応槽塔が析出槽4に対して2つ並列接続される。そして、各反応槽2に水層14として寒天培地900mLが収容される。また、物質生産装置1に有機溶媒7.5Lが注入される。この場合、例えば容積600mLの析出槽4が使用され、有機溶媒500mLが析出槽4内に保持される。
【0029】
好ましくは、析出槽4に接続される往路6aの開口28は、析出槽4に接続される復路6bの開口30よりも下方に配置される。往路6aの開口28は、析出槽4の底部に極力近づけることが好ましい。また、復路6bの開口30は、有機溶媒の液面に極力近づけることが好ましい。析出槽4において、開口28は有機溶媒の入口に相当し、開口30は有機溶媒の出口に相当する。往路6aの開口28を復路6bの開口30よりも下げることで、析出槽4の下部で濃く析出槽4の上部で薄い生産物の濃度勾配を形成することができる。これにより、析出槽4の下部で生産物の析出を促進することができる。また、析出槽4で析出した生産物が反応槽2側に戻ることを抑制することができる。往路6aの開口28と復路6bの開口30との高低差は、特に制限されないが例えば9cmである。析出槽4内の有機溶媒の量は、開口30の高さを変更することで調整可能である。
【0030】
析出槽4で析出した生産物は、濾過や遠心分離等の公知の固液分離処理によって、容易に回収することができる。固液分離処理において回収用の溶媒を用いる場合、回収用溶媒は生産物が溶解しないものであれば特に制限はない。また、析出槽4から回収した生産物の結晶は、必要に応じて純度を高めてもよい。純度を高める場合には、例えば懸濁洗浄法、再結晶法、再沈殿法、クロマトグラフィー等の公知の精製法を採用することができる。
【0031】
制御部12は、循環ポンプ8や冷媒ポンプ20の駆動を制御する。制御部12は、ハードウェア構成としてはコンピュータのCPUやメモリをはじめとする素子や回路で実現され、ソフトウェア構成としてはコンピュータプログラム等によって実現されるが、図1では、それらの連携によって実現される機能ブロックとして描いている。この機能ブロックがハードウェアおよびソフトウェアの組合せによっていろいろなかたちで実現できることは、当業者には当然に理解されるところである。
【0032】
例えば析出槽4には、析出槽4内の有機溶媒の温度を計測する温度センサ32が設けられる。また、物質生産装置1は、有機溶媒中の生産物の濃度を計測する濃度センサ(図示せず)を備える。例えば濃度センサは、析出槽4内の有機溶媒における生産物の濃度を計測する。濃度センサとしては、高速液体クロマトグラフ(HPLC)や、生産物が有色であれば吸光光度計といった、公知の濃度測定手段を使用可能である。温度センサ32および濃度センサの計測結果は、制御部12に送られる。
【0033】
制御部12は、温度センサ32や濃度センサの計測結果に基づいて冷媒ポンプ20を駆動し、析出槽4内の有機溶媒を冷却する。例えば、制御部12には、有機溶媒における生産物の飽和濃度に関する情報が予め記憶されている。そして、制御部12は、温度センサ32および濃度センサの計測結果から、有機溶媒における生産物の濃度が飽和濃度、あるいは飽和濃度より所定マージンだけ低い濃度に達したことを検知すると、冷媒ポンプ20の駆動を開始する。これにより、物質生産装置1の運転初期など、反応槽2内で生産物が析出する可能性が低い状況において、有機溶媒が無駄に冷却されることを回避することができる。よって、物質生産装置1の消費電力を低減して生産物の生産効率を向上させることができる。
【0034】
また好ましくは、制御部12は、所定のタイミングで逆洗処理を実施する。逆洗処理は、例えば1日に数回の頻度で実施される。逆洗処理において、循環ポンプ8は、逆回転して有機溶媒の流れる方向を逆転させる。これにより、復路6b中の有機溶媒が析出槽4に戻される。析出槽4内で析出した生産物の結晶は、復路6bに流入する可能性がある。また、復路6b内で生産物が結晶化する可能性もある。これに対し、有機溶媒を逆流させることで、復路6b内の生産物の結晶を析出槽4に戻すことができる。これにより、生産物の回収量を増やすことができる。また、復路6bの閉塞を抑制することができる。
【0035】
最上段の反応槽2に接続される復路6bの開口34は、当該反応槽2における有機層16の液面よりも上方に配置される。これにより、逆洗処理の際に当該反応槽2中の有機溶媒が析出槽4側に逆流することを抑制することができる。また、逆洗処理の実施に際し、最下段の反応槽2から析出槽4への有機溶媒の流入も抑制される。当該抑制は、最下層の反応槽2と析出槽4とをつなぐ往路6aに開閉弁(図示せず)が設けられ、制御部12が開閉弁を閉じることで実現可能である。これにより、逆洗処理中に有機溶媒が析出槽4から溢れ出ることを抑制することができる。
【0036】
なお、制御部12は、温度センサ32や濃度センサの計測結果に基づくフィードバック制御ではなく、予め設定された固定の動作プログラムに基づいて各ポンプや開閉弁を制御することもできる。また、各ポンプや開閉弁等は、作業者が手動で制御してもよい。この場合は、制御部12を省略することができる。
【0037】
以上説明したように、本実施の形態の物質生産装置1は、反応槽2に併設した析出槽4内で微生物の生産物を選択的に析出させる。これにより、反応槽2内や循環流路6内での生産物の析出を抑制することができる。よって、反応槽2内で析出する生産物が微生物層18の表面に付着して微生物層18の有効面積が減少することを抑制することができる。また、生産物によって微生物の増殖や代謝活性が阻害を受ける生成物阻害を抑制することができる。また、循環流路6に析出する生産物による循環流路6の閉塞を抑制することができる。これらの結果、標的生産物を効率よく生産することができる。また、低コスト且つ高純度で標的生産物を回収することができる。
【0038】
また、本実施の形態の物質生産装置1では、水に難溶もしくは不溶の生産物を有機溶媒中に溶出させることができる。よって、微生物中への生産物の蓄積を回避でき、過剰蓄積を避けるためのフィードバック阻害が生じることを抑制することができる。また、析出槽4で生産物を析出させることで、反応槽2内の有機溶媒における生産物濃度を低下させることができる。これにより、微生物から有機溶媒への生産物の溶出を促進することができる。よって、標的生産物の生産効率を高めることができる。
【0039】
また、一般的な微生物の培養では、グルコースのような容易に代謝され得る炭素源が培地中に大量に存在する際に、標的とする発酵産物の生産が遺伝子レベルで抑制される現象、すなわちカタボライト抑制が生じることが知られている。カタボライト抑制を回避するためには、通常であれば発酵原料の濃度を低くせざるを得ない。これに対し、本実施の形態の物質生産装置1では、水層14および有機層16の界面で増殖する微生物を用いて有用物質を生産する界面培養法を採用している。界面培養法によれば、カタボライト抑制の発現を効果的に回避することができる(Oda S., et al., J. Biosci. Bioeng., 113, 742 745 (2012))。
【0040】
以上、本発明の実施の形態について詳細に説明した。前述した実施の形態は、本発明を実施するにあたっての具体例を示したものにすぎない。実施の形態の内容は、本発明の技術的範囲を限定するものではなく、請求の範囲に規定された発明の思想を逸脱しない範囲において、構成要素の変更、追加、削除等の多くの設計変更が可能である。設計変更が加えられた新たな実施の形態は、組み合わされる実施の形態および変形それぞれの効果をあわせもつ。前述の実施の形態では、このような設計変更が可能な内容に関して、「本実施の形態の」、「本実施の形態では」等の表記を付して強調しているが、そのような表記のない内容でも設計変更が許容される。以上の構成要素の任意の組み合わせも、本発明の態様として有効である。
【0041】
実施の形態は、以下に記載する項目によって特定されてもよい。
(第1項目)
親水性媒体を含む水層(14)、疎水性の有機溶媒を含む有機層(16)、ならびに水層(14)および有機層(16)の界面で増殖する微生物を含む微生物層(18)を収容し、微生物が生産する疎水性の生産物を有機溶媒に溶出させる反応槽(2)と、
反応槽(2)から有機溶媒が流入し、有機溶媒中の生産物を析出させる析出槽(4)と、を備える、
物質生産装置(1)。
(第2項目)
析出槽(4)内の有機溶媒を冷却して、析出槽(4)内の有機溶媒の温度を反応槽(2)内の有機溶媒の温度よりも下げる冷却機構(10)を備える、
第1項目に記載の物質生産装置(1)。
(第3項目)
冷却機構(10)は、析出槽(4)内の有機溶媒の温度を反応槽(2)内の有機溶媒の温度より5℃以上下げる、
第2項目に記載の物質生産装置(1)。
(第4項目)
反応槽(2)および析出槽(4)をつなぐ往路(6a)および復路(6b)を有する循環流路(6)と、
循環流路(6)に接続され、往路(6a)を介した反応槽(2)から析出槽(4)への有機溶媒の流れ、および復路(6b)を介した析出槽(4)から反応槽(2)への有機溶媒の流れを生じさせる循環ポンプ(8)と、を備え、
循環ポンプ(8)は、所定のタイミングで有機溶媒の流れる方向を逆転させ、復路(6b)中の有機溶媒を析出槽(4)に戻す、
第1項目乃至第3項目のいずれかに記載の物質生産装置(1)。
(第5項目)
析出槽(4)は、種晶(26)を収容する、
第1項目乃至第4項目のいずれかに記載の物質生産装置(1)。
(第6項目)
反応槽(2)および析出槽(4)をつなぐ往路(6a)および復路(6b)を有する循環流路(6)と、
循環流路(6)に接続され、往路(6a)を介した反応槽(2)から析出槽(4)への有機溶媒の流れ、および復路(6b)を介した析出槽(4)から反応槽(2)への有機溶媒の流れを生じさせる循環ポンプ(8)と、を備え、
析出槽(4)に接続される往路(6a)の開口(28)は、析出槽(4)に接続される復路(6b)の開口(30)よりも下方に配置される、
第1項目乃至第5項目のいずれかに記載の物質生産装置(1)。
(第7項目)
親水性媒体を含む水層(14)および疎水性の有機溶媒を含む有機層(16)の界面で増殖する微生物を用いて疎水性の物質を生産し、
当該物質を有機溶媒に溶出させ、
有機溶媒を析出槽(4)に移動させ、析出槽(4)内で有機溶媒中の物質を析出させることを含む、
物質生産方法。
【実施例0042】
以下、本発明の実施例を説明するが、実施例は本発明を好適に説明するための例示に過ぎず、なんら本発明を限定するものではない。
【0043】
大きさ255mm×180mm×55mm、容量2.5Lの反応槽を12個用意した。また、グルコース40g、ソイトン5g、硫酸マグネシウム7水和物0.1g、塩化ナトリウム0.5g、寒天10g、水1L(pH6.0)を混合して、寒天溶液を調製した。この寒天溶液を各反応槽に900mL分注し、凝固させて、培地としてSCL寒天平板を作製した。寒天平板の表面積は450cmとした。培地における寒天濃度は1%(w/v)とした。また、Penicillium sclerotiorum NBRC 113796を3日間培養した培養液を2倍希釈して、微生物溶液を調製した。そして、各反応槽の寒天平板の表面に微生物溶液8mLを塗布して全面に塗り拡げた。
【0044】
反応槽を6つずつ積層して、反応槽塔を2つ作製した。この2つの反応槽塔を析出槽に並列接続し、物質生産装置を組み立てた。析出槽は、大きさ80mmφ×120mm、容量630mLとした。各反応槽塔の最下層の反応槽と析出槽とは、それぞれ1本の往路で接続した。また、各反応槽塔の最上層の反応槽と析出槽とは、それぞれ3本の復路で接続した。また、2基のペリスタポンプを用意した。各反応槽塔に1つずつペリスタポンプを割り当て、各ペリスタポンプに3本の復路を接続した。
【0045】
そして、反応槽の温度を30℃に設定し、3日間の前培養を実施した。前培養の実施後、ジメチルシリコーンオイルKF-96L-1CS(信越化学工業株式会社製)7Lを物質生産装置に注入した。各復路におけるジメチルシリコーンオイルの循環速度は、約700mL/hとした。物質生産装置は合計6本の復路を備えるため、総循環速度は4.2L/hである。また、希釈率は0.6h-1とした。
【0046】
冷却機構として、冷却器とダイヤフラムポンプで構成されるチラーを用いた。チラーで冷却し冷媒を析出槽の外側面に設けたジャケットに循環させ、析出槽内のジメチルシリコーンオイルの温度を10~15℃に調整した。これにより、各反応槽内と析出槽内とのジメチルシリコーンオイルの温度差は15℃以上となった。以上の条件のもと、培養試験を30日間実施した。
【0047】
培養試験の後に析出槽、各反応槽中の微生物層、および各反応槽中の有機層のそれぞれから、試料として固体成分を採取した。そして、各試料における標的生産物であるSclerotiorinの含有量(試料の全質量に対する生産物の質量の割合)を、HPLCと定量NMR分析とのそれぞれで測定した。
【0048】
HPLCの測定条件は、以下の通りである。また、回収した試料を超純水/メタノールで溶解、希釈して試料濃度50μg/mLの溶液を調製し、この溶液をHPLCに供した。
(測定条件)
装置:ACQUITY UPLC H-class(Waters社製)
カラム:BEH-C182.1×150mmを用いた(Waters社製)
移動相:A0.1%ギ酸、Bアセトニトリル、0min(5%B)-15(98)-20(98)
流速:0.2mL/min
カラム温度:40℃
検出波長254nm、360nm
【0049】
定量NMR分析には、H-NMR装置MR400(BRUKER社製)を用いた。また、試料をCDClに溶解し、内部標準物質の1,3-ジメチル-2-イミダゾリジノンを添加した。そして、測定後の積分強度比から、Sclerotiorinの含有量を決定した。
【0050】
図3は、HPLCおよび定量NMR分析の結果を示す図である。図3に示すように、析出槽から回収した試料は、HPLCで得られたSclerotiorinの含有量が89.7wt%、NMR分析で得られたSclerotiorinの含有量が98wt%と、極めて高い値であった。一方、反応槽内の微生物層から回収した試料は、それぞれ56.3wt%、49wt%であった。また、反応槽内の有機層から回収した試料は、HPLCでは測定できず、NMR分析の結果は18wt%であった。よって、析出槽から高純度の生産物を回収できることが確認された。以上より、反応槽に析出槽を併設することで、高い生産効率で標的生産物を獲得可能であることが理解できる。
【符号の説明】
【0051】
1 物質生産装置、 2 反応槽、 4 析出槽、 6 循環流路、 6a 往路、 6b 復路、 8 循環ポンプ、 10 冷却機構、 14 水層、 16 有機層、 18 微生物層、 26 種晶。
図1
図2
図3