(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023166816
(43)【公開日】2023-11-22
(54)【発明の名称】子宮頸部異形成進行抑制剤
(51)【国際特許分類】
A61K 45/00 20060101AFI20231115BHJP
A61P 15/00 20060101ALI20231115BHJP
A61P 5/26 20060101ALI20231115BHJP
A61P 5/24 20060101ALI20231115BHJP
A61K 31/568 20060101ALI20231115BHJP
【FI】
A61K45/00
A61P15/00
A61P5/26
A61P5/24
A61K31/568
【審査請求】未請求
【請求項の数】5
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022077615
(22)【出願日】2022-05-10
【公序良俗違反の表示】
(特許庁注:以下のものは登録商標)
1.プルロニック
(71)【出願人】
【識別番号】504160781
【氏名又は名称】国立大学法人金沢大学
(74)【代理人】
【識別番号】110002572
【氏名又は名称】弁理士法人平木国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】藤原 浩
(72)【発明者】
【氏名】大黒 多希子
(72)【発明者】
【氏名】水本 泰成
(72)【発明者】
【氏名】松本 多圭夫
【テーマコード(参考)】
4C084
4C086
【Fターム(参考)】
4C084AA19
4C084NA14
4C084ZA811
4C084ZC102
4C084ZC112
4C086AA01
4C086AA02
4C086DA09
4C086MA01
4C086MA04
4C086NA14
4C086ZA81
4C086ZC10
(57)【要約】
【課題】子宮頸部異形成の進行を抑制し、子宮頸部異形成を治療する。
【解決手段】ニューロトリミンに対する阻害剤及び/又は発現抑制剤を有効成分とする、若しくはアンドロゲン受容体に対するリガンド又はアゴニストを有効成分とする。
【選択図】
図12
【特許請求の範囲】
【請求項1】
ニューロトリミンに対する阻害剤及び/又は発現抑制剤を有効成分とする、子宮頸部異形成進行抑制剤。
【請求項2】
上記阻害剤及び/又は発現抑制剤は、プロゲステロン受容体に対するアンタゴニストであることを特徴とする請求項1記載の子宮頸部異形成進行抑制剤。
【請求項3】
アンドロゲン受容体に対するリガンド又はアゴニストを有効成分とする、子宮頸部異形成進行抑制剤。
【請求項4】
上記アゴニストは、ジヒドロテストステロンであることを特徴とする請求項3記載の子宮頸部異形成進行抑制剤。
【請求項5】
軽度子宮頸部異形成(CIN1)から中等度子宮頸部異形成(CIN2)への進行を抑制する請求項1乃至4いずれか一項記載の子宮頸部異形成進行抑制剤。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、軽度子宮頸部異形成(CIN1)から中等度子宮頸部異形成(CIN2)、高度子宮頸部異形成(CIN3)へと進行する子宮頸部異形成に対して、その進行を抑制できる子宮頸部異形成進行抑制剤に関する。
【背景技術】
【0002】
子宮癌は子宮に発生する悪性腫瘍であり、子宮頸部の粘膜に生じる子宮頸癌と、子宮体部の粘膜に生じる子宮体癌に大きく分類される。子宮頸癌は、若年女性において最も一般的な癌の1つであるが[非特許文献1]、ヒトパピローマウイルス(Human papilloma virus、HPV)感染がその病因の中心的役割を果たし、前癌病変である子宮頸部異形成を誘発するとされている[非特許文献2]。HPVへの持続感染により、HPV遺伝子は宿主遺伝子に組み込まれ、その産生物質であるE6及びE7蛋白の作用によって腫瘍抑制遺伝子であるpRb及びp53の不活性化が誘導され、免疫応答の抑制、不死化、異常増殖と形質転換、アポトーシスの抑制、分化の抑制、変異の蓄積が起こり、子宮癌の発症に至ると考えられている。近年、若年女性へのワクチン接種が子宮頸癌の予防に有効であることが実証されつつあるが[非特許文献3]、HPVにすでに感染している場合や、HPV感染を介さない子宮頸部異形成から子宮頸癌への進行を抑制する効果的な治療法はない。
【0003】
一方、フォークヘッドボックス(Fox)転写因子は、酵母からヒトへの生物の間で進化的に保存されており、FoxAからFoxSに及ぶ多くのサブファミリーが、胚発生、細胞周期調節、腫瘍形成において重要な役割を果たし[非特許文献4]、組織発生や細胞分化の過程で特定の遺伝子発現を制御することがよく知られている[非特許文献5]。その中で、FoxPはFoxp1からFoxp4まで4つのサブタイプが存在し、Foxp1が心筋の発生[非特許文献6]、Foxp2が神経細胞の発生[非特許文献7]、Foxp3が制御性T細胞の機能[非特許文献8]にそれぞれ関与していることが報告されているが、それらの発現がどのような機序で癌の発生・進展に寄与しているかは現時点で不明である。
【0004】
Foxp4は、ネズミの心臓、脳、肺、肝臓、腎臓、及び精巣に発現する新しいFox転写因子として同定された。その後、Foxp4は肺分泌上皮細胞の運命と再生を制御することが報告され、またT細胞の発達には必須でないものの、病原体感染後の抗原に対する正常なT細胞サイトカインリコール応答に必要であると報告されている。最近の研究では、ヒトの非小細胞肺癌、前立腺癌及び肝細胞癌などの発癌に関連することが示された[非特許文献9~15]。しかしながら、Foxp4の発現と婦人科臓器悪性腫瘍の発生・進展との関連を示した報告は見当たらない。
【0005】
また、特許文献1には、子宮頸部異形成病変や子宮頸部扁平上皮癌におけるFOXP4タンパク質の発現プロファイルを免疫組織化学的に検討し、さらにヒト子宮頸部扁平上皮癌由来細胞株に対するFoxp4の遺伝子ノックダウンの影響を調べた結果、Foxp4の核内発現が子宮頸部上皮内病変の進行に伴い増強することが開示されている。特許文献1には、FOXP4の発現が広く子宮癌の発症・転移・再発の予測因子として利用できること、及びFOXP4の発現抑制が癌細胞の分化誘導を介して治療につながり得ることが示されている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】CA Cancer J Clin. 2015; 65: 87-108
【非特許文献2】J Pathol. 1999; 89: 12-19
【非特許文献3】Gynecol Oncol. 2017; 146: 196-204
【非特許文献4】Nat Rev Genet. 2009; 10: 233-240
【非特許文献5】Development. 2016; 143: 4558-4570
【非特許文献6】Development. 2004;131: 4477-4487
【非特許文献7】Proc Natl Acad Sci U S A. 2005 Jul 5;102(27):9643-8. Epub 2005 Jun 27
【非特許文献8】Nat Immunol. 2003 Apr;4(4):330-6. Epub 2003 Mar 3
【非特許文献9】Biochim Biophys Acta. 2003; 1627: 147-152
【非特許文献10】Development. 2012; 139: 2500-2509
【非特許文献11】PLoS One. 2012; 7: e42273
【非特許文献12】Tumour Biol. 2015; 36: 8185-8191
【非特許文献13】Nat Genet. 2010; 42: 751-4
【非特許文献14】Clin Lab. 2015; 61: 1491-1499
【非特許文献15】Int J Clin Exp Pathol. 2015; 8: 337-344
【特許文献】
【0007】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
上述のように、子宮頸部異形成病変にFOXP4タンパク質の発現が認められていたとしても、核内の転写因子であるFoxp4遺伝子の発現を特異的に抑制することは困難であり、また、FOXP4タンパク質を阻害する薬剤も知られていない。そこで、本発明者は、FOXP4タンパク質のターゲットであって、子宮頸部異形成の進行を抑制できる子宮頸部異形成進行抑制剤を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上述した目的を達成するため、本発明者らが鋭意検討した結果、FOXP4タンパク質が高発現し、扁平上皮細胞への分化抑制された未分化細胞がアンドロゲン受容体とアンドロゲンとの複合体形成により分化誘導されること、子宮頸部異形成病変由来の細胞株においてFoxp4遺伝子をダウンレギュレートしたとき及びアンドロゲン受容体遺伝子を導入するとともにジヒドロテストステロンを作用させたときに共通して発現抑制される遺伝子としてニューロトリミン遺伝子を同定し、ニューロトリミンを阻害することで未分化細胞が扁平上皮細胞へと分化誘導されることを見いだし、本発明を完成するに至った。
【0010】
〔1〕 ニューロトリミンに対する阻害剤及び/又は発現抑制剤を有効成分とする、子宮頸部異形成進行抑制剤。
〔2〕 上記阻害剤及び/又は発現抑制剤は、プロゲステロン受容体に対するアンタゴニストであることを特徴とする〔1〕記載の子宮頸部異形成進行抑制剤。
〔3〕 アンドロゲン受容体に対するリガンド又はアゴニストを有効成分とする、子宮頸部異形成進行抑制剤。
〔4〕 上記アゴニストは、ジヒドロテストステロンであることを特徴とする〔3〕記載の子宮頸部異形成進行抑制剤。
〔5〕 軽度子宮頸部異形成(CIN1)から中等度子宮頸部異形成(CIN2)への進行を抑制する〔1〕乃至〔4〕いずれか記載の子宮頸部異形成進行抑制剤。
【発明の効果】
【0011】
本発明により、子宮頸部異形成の進行を抑制することができる。すなわち、本発明に係る子宮頸部異形成進行抑制剤によれば、子宮頸がんの前がん状態である子宮頸部異形成の進行を抑制する新たな治療方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【
図1】a~l:子宮頸部の正常組織及び病変組織試料について免疫組織染色によりFOXP4を観察した結果を示す写真、m:CIN1~CIN3におけるFOXP4陽性領域を比較した結果を示す特性図である。
【
図2】a:W12細胞におけるFOXP4の核内局在を免疫組織染色により確認した結果を示す写真、b:FOXP4遺伝子のmRNAをqPCRで定量した結果を示す特性図、c:ウエスタンブロット解析によりFOXP4タンパク質を検出した結果を示す電気泳動写真、d:FOXP4をノックアウトしたW12細胞の細胞増殖試験の結果を示す特性図である。
【
図3】a:FOXP4をノックアウトしたW12細胞についてFOXP4を免疫組織染色により確認した結果を示す写真、b:aで示した画像を用いて再構成したサジタル画像を示す写真、c:細胞重複ゾーンを計算した結果を示す特性図である。
【
図4】a:FOXP4-shRNA1をトランスフェクトしたW12細胞における重層扁平上皮の分化マーカーの発現量を測定した結果を示す特性図、b:FOXP4-shRNA4をトランスフェクトしたW12細胞における重層扁平上皮の分化マーカーの発現量を測定した結果を示す特性図、c:FOXP4-shRNA4をトランスフェクトしたW12細胞におけるKRT10を免疫組織染色により確認した結果を示す写真、d:FOXP4-shRNA4をトランスフェクトしたW12細胞におけるIVLを免疫組織染色により確認した結果を示す写真である。
【
図5】a:NC-shRNAでトランスフェクトしたW12細胞ラフト培養物のHE染色写真、b:FOXP4-shRNA4でトランスフェクトしたW12細胞ラフト培養物のHE染色写真、c:NC-shRNAでトランスフェクトしたW12細胞ラフト培養物のKRT10に関する免疫組織染色写真、d:FOXP4-shRNA4でトランスフェクトしたW12細胞ラフト培養物のKRT10に関する免疫組織染色、e:NC-shRNAでトランスフェクトしたW12細胞ラフト培養物のIVLに関する免疫組織染色写真、f:FOXP4-shRNA4でトランスフェクトしたW12細胞ラフト培養物のIVLに関する免疫組織染色、g:NC-shRNAでトランスフェクトしたW12細胞ラフト培養物のFOXP4に関する免疫組織染色写真、h:FOXP4-shRNA4でトランスフェクトしたW12細胞ラフト培養物のFOXP4に関する免疫組織染色である。
【
図6】a:FOXP4をノックダウンしたW12細胞における扁平上皮分化関連遺伝子やNOTCHシグナル関連遺伝子の発現をRT-qPCR法により解析した結果を示す特性図、b:FOXP4をノックダウンしたW12細胞を培養した状態の写真、c:FOXP4をノックダウンしたW12細胞に更にELF3をノックダウンしたときの扁平上皮分化関連遺伝子やNOTCHシグナル関連遺伝子の発現をRT-qPCR法により解析した結果を示す特性図である。
【
図7】a:FOXP4をノックダウンしたW12細胞に更にGRHL3をノックダウンしたときの扁平上皮分化関連遺伝子やNOTCHシグナル関連遺伝子の発現をRT-qPCR法により解析した結果を示す特性図、b:FOXP4とNOTCH3をノックダウンしたW12細胞を培養した状態の写真、c:FOXP4をノックダウンしたW12細胞に更にNOTCH3をノックダウンしたときの扁平上皮分化関連遺伝子やNOTCHシグナル関連遺伝子の発現をRT-qPCR法により解析した結果を示す特性図である。
【
図8】a:正常な子宮頸部組織に関するアンドロゲン受容体についての免疫組織化学染色の結果を示す写真、b:正常な子宮頸部上皮細胞に関するアンドロゲン受容体についての免疫組織化学染色の結果を示す写真、c:CIN1に関するアンドロゲン受容体についての免疫組織化学染色の結果を示す写真、d:CIN2に関するアンドロゲン受容体についての免疫組織化学染色の結果を示す写真、e:CIN3に関するアンドロゲン受容体についての免疫組織化学染色の結果を示す写真、f:子宮頸がん病変に関するアンドロゲン受容体についての免疫組織化学染色の結果を示す写真、g:アンドロゲン受容体をトランスフェクトしたW12細胞の免疫細胞化学染色の結果を示す写真、h:アンドロゲン受容体をウエスタンブロット分析によって確認した結果を示す電気泳動写真、i:DHT処理後のFOXP4を検出するウエスタンブロット解析の結果を示す電気泳動写真、j: DHT処理後のFOXP4を検出する免疫組織化学染色の結果を示す写真、k:細胞質におけるFOXP4陽性領域を計算した結果を示す特性図である。
【
図9】a:アンドロゲン受容体をトランスフェクトしたW12細胞についてDHT処理後の細胞増殖試験の結果を示す特性図、b:同DHT処理後の細胞を撮像した写真、c:アンドロゲン受容体をトランスフェクトしたW12細胞についてDHT処理後のRT-qPCR解析の結果を示す特性図、d:pCAGIPuroをトランスフェクトしたW12細胞についてDHT処理後のRT-qPCR解析の結果を示す特性図である。
【
図10】a:アンドロゲン受容体をトランスフェクトしたW12細胞についてDHT処理後の遺伝子発現をRT-qPCRにより解析した結果を示す特性図、b:アンドロゲン受容体をトランスフェクトしたW12細胞についてDHT処理後の写真、c:アンドロゲン受容体をトランスフェクトするとともにELF3遺伝子をノックダウンしたW12細胞についてDHT処理後の遺伝子発現をRT-qPCRにより解析した結果を示す特性図である。
【
図11】a:アンドロゲン受容体をトランスフェクトするとともにGRHL3遺伝子をノックダウンしたW12細胞についてDHT処理後の遺伝子発現をRT-qPCRにより解析した結果を示す特性図、b:アンドロゲン受容体をトランスフェクトするとともにNOTCH3遺伝子をノックダウンしたW12細胞についてDHT処理後の写真、c:アンドロゲン受容体をトランスフェクトするとともにNOTCH3遺伝子をノックダウンしたW12細胞についてDHT処理後の遺伝子発現をRT-qPCRにより解析した結果を示す特性図である。
【
図12】野生型のW12細胞に対してNTM遺伝子に対するsiRNAを導入したときの遺伝子発現をRT-qPCRにて解析した結果を示す特性図である。
【
図13】FOXP4をノックダウンしたW12細胞、FOXP4とELF3をノックダウンしたW12細胞におけるNTM遺伝子の発現を解析した結果を示す特性図である。
【
図14】shRNAにてNTM遺伝子をノックダウンしたW12細胞及び比較対照のshNCを用いて作製したW12細胞について形態学的変化を観察した結果を示す写真である。
【
図15】NTM-shRNA2をトランスフェクトしたW12細胞とNTM-shRNA5をトランスフェクトしたW12細胞について扁平上皮分化関連遺伝子の発現をRT-qPCRで解析した結果を示す特性図である。
【
図16】抗NTM抗体を作用させたW12細胞について扁平上皮分化関連遺伝子の発現をRT-qPCRで解析した結果を示す特性図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
本発明に係る子宮頸部異形成進行抑制剤は、1)ニューロトリミンに対する阻害剤及び/又は発現抑制剤、又は、2)アンドロゲン受容体に対するリガンド又はアゴニストを有効成分とする。子宮頸部異形成は、ヒトパピローマウイルス(HPV)の感染を原因とする子宮頸がんの前段階(前がん病変)であり、子宮頸部上皮内腫瘍(Cervical Intraepithelial Neoplasia:CIN)とも呼称される。子宮頸部異形成はその病変の程度によって、軽度子宮頸部異形成(CIN1)、中等度子宮頸部異形成(CIN2)、高度子宮頸部異形成(CIN3)の3つに分類される。CIN1は、重層扁平上皮の基底膜から表層に向う方向において、未分化性の高い未熟細胞の層が約1/3の厚みになった段階と定義することができる。CIN2は、重層扁平上皮の基底膜から表層に向う方向において、未分化性の高い未熟細胞の層が約1/3~2/3程度の厚みになった段階と定義することができる。CIN3は、重層扁平上皮の基底膜から表層に向う方向において、未分化性の高い未熟細胞の層が約2/3を超える厚みになった段階と定義することができる。
【0014】
本発明に係る子宮頸部異形成進行抑制剤は、CIN1より前の段階からCIN1への進行、CIN1からCIN2への進行、CIN2からCIN3の前の段階までの進行を抑制する。また、本発明に係る子宮頸部異形成進行抑剤は、子宮頸部異形成の進行を抑制することで、子宮頸部異形成から子宮頸がんへの進行も抑制できるため、子宮頸がん予防薬として使用することができる。
【0015】
一方、本発明に係る子宮頸部異形成進行抑制剤は、CIN1の状態からCIN1より前の段階への改善、CIN2の状態からCIN1への改善、CIN3の状態からCIN2への改善といった子宮頸部異形成に対する治療効果を有する。したがって、本発明に係る子宮頸部異形成進行抑制剤は、子宮頸部異形成治療用医薬組成物として使用することができる。
【0016】
すなわち、本発明によれば、1)ニューロトリミンに対する阻害剤及び/又は発現抑制剤、又は、2)アンドロゲン受容体に対するリガンド又はアゴニスト、を有効成分とする子宮頸部異形成治療用医薬組成物及び子宮頸がん予防用医薬組成物を提供することができる。
【0017】
特開2020-071205号公報において、子宮頸部異形成におけるCIN1~CIN3においてFOXP4遺伝子が発現亢進していること、FOXP4タンパク質を検出することで子宮頸部異形成や子宮癌を診断できること、更に、FOXP4タンパク質又はmRNAの発現抑制により癌細胞の分化を誘導することが開示されている。
【0018】
なお、ヒトFOXP4タンパク質のアミノ酸配列の情報は、米国国立生物工学情報センター(National Center for Biotechnology Information, NCBI)が管理するデータベースからGenBank: AAH52803として取得することができる。また、ヒトFOXP4タンパク質をコードする遺伝子の塩基配列については、同様にGene ID: 116113として取得することができる。非ヒト哺乳動物におけるFOXP4タンパク質のアミノ酸配列及びこれをコードする遺伝子の塩基配列等の情報についても、同様に取得することができる。
【0019】
本発明に係る子宮頸部異形成進行抑制剤は、子宮頸部異形成に深く関与するFOXP4遺伝子の発現を抑制することができる。すなわち、本発明に係る子宮頸部異形成進行抑制剤は、子宮頸部異形成病変部位におけるFOXP4遺伝子の発現を抑制し、未分化性の高い未熟細胞の分化を促進する作用効果を有する。
【0020】
(ニューロトリミンに対する阻害剤及び/又は発現抑制剤)
本発明の一態様は、ニューロトリミンに対する阻害剤及び/又は発現抑制剤を有効成分とする子宮頸部異形成進行抑制剤である。ニューロトリミンは、NTM遺伝子によりコードされるグリコシルホスファチジルイノシトール(GPI)アンカー型細胞接着分子である。NTM遺伝子については、NCBIデータベースにおいてアクセッション番号NM_016522として登録されている。アクセッション番号NM_016522に基づいて、NTM遺伝子の塩基配列、NTM遺伝子におけるコーディング領域の塩基配列、NTM遺伝子のスプライシングバリアントの塩基配列、NTM遺伝子がコードするタンパク質のアミノ酸配列などの情報を取得することができる。
【0021】
ニューロトリミンに対する阻害剤とは、ニューロトリミンの機能を阻害する物質を意味する。ニューロトリミンに対する発現抑制剤とは、NTM遺伝子の転写を阻害する、転写産物を阻害する等の作用によりNTM遺伝子の発現を阻害する物質、NTM遺伝子の発現量を抑制する物質を意味する。これら物質としては、特に限定されず、有機化合物(アミノ酸、ポリペプチド又はその誘導体、低分子化合物、糖、高分子化合物等)、無機化合物等を使用することができる。また、このような物質は、天然物質及び非天然物質のいずれであってもよい。さらに、このような物質は、単一化合物であってもよいが、化合物ライブラリー、遺伝子ライブラリーの発現産物、細胞抽出物、細胞培養上清、発酵微生物産生物、海洋生物抽出物、植物抽出物等であってもよい。
【0022】
ニューロトリミンに対する阻害剤及び/又は発現抑制剤の一例としては、プロゲステロン受容体に対するアンタゴニストとすることができる。
【0023】
子宮筋細胞において、E2(エストラジオール)暴露後にニューロトリミンのタンパク質レベルでの発現が上昇すること、また子宮筋腫では正常筋層に比べER(女性ホルモン受容体)やPR(プロゲステロン受容体)の発現が高く、平滑筋腫の有糸分裂活性のピークは黄体期又はプロゲステロンの投与時に起こることが知られている。このように、ERやPRの発現量の変化に伴い、ニューロトリミンの発現量も発現変化して子宮筋腫の病因の一旦を担っている可能性が指摘されている。
【0024】
また、ニューロトリミンの阻害剤及び/又は発現抑制剤の一例としては、例えば、NTM遺伝子の翻訳を抑制可能な物質を挙げることができる。具体的に、NTM遺伝子の翻訳を抑制するために、RNA干渉(RNA interference)を利用することが可能である。具体的には、標的とするNTM遺伝子の塩基配列に相補的な二本鎖RNAを細胞内に導入すると、NTM遺伝子のmRNAが分解されて、結果としてその細胞での遺伝子発現が特異的に抑制されることとなる。NTM遺伝子に対する二本鎖RNA(dsRNA)分子の設計及び作製、その投与方法などの詳細については定法を参照することができる。
【0025】
NTM遺伝子の翻訳を抑制する手段としては、いわゆるアンチセンス核酸を用いる方法が挙げられる。すなわち、NTM遺伝子のmRNAに対するアンチセンスRNAを転写するDNAを、プラスミドとして導入するか又は被験者のゲノムに組み込み、当該アンチセンスRNAを過剰発現させることで、NTM遺伝子のmRNAの翻訳が抑制される。
【0026】
さらに、ニューロトリミンの阻害剤及び/又は発現抑制剤の一例としては、例えば、ニューロトリミンに対する抗体を挙げることができる。当該ニューロトリミンに対する抗体は、ニューロトリミンと特異的に結合することにより、その活性を抑制することができる。ニューロトリミンに対する抗体は、当技術分野で公知の抗体作製方法によって作製することができる。簡単に説明すると、ニューロトリミンの全長タンパク質又はその部分ペプチドを用いて免疫原を調製し、免疫原を適当な動物(マウス、ラット、ウサギ、ヤギ、トリなど)に適当な回数で投与することにより、該動物においてニューロトリミンに対する抗体を誘起することができる。免疫した動物から抗血清を採取することによりポリクローナル抗体を得ることができる。また免疫した動物の脾細胞又は抗体産生細胞を不死化細胞(ミエローマ細胞など)と融合してハイブリドーマを作製し、目的の抗体を産生するハイブリドーマをスクリーニングし、該ハイブリドーマから抗体を採取することによってモノクローナル抗体を得ることができる。その他、キメラ抗体、ヒト化抗体、ヒト抗体、抗体フラグメントなども用いることができ、それらは全て当技術分野で公知の方法に従って作製することができる。
【0027】
ここで、ある物質がニューロトリミンに対する阻害作用を有するか、ニューロトリミンに対する発現抑制作用を有するかは、例えば、子宮頸部異形成の組織から細胞株を作製し、当該物質を作用させたときと当該物質を作用させないときのNTM遺伝子の発現量をRT-RCRによって測定し、確認することができる。また、ある物質が子宮頸部異形成の進行を抑制するかは、子宮頸部異形成の組織から細胞株を作製し、当該物質を作用させたときと当該物質を作用させないときの分化マーカーの発現量を測定し、確認することができる。ここで、分化マーカーとしては、特に限定されないが、TGM1、SPRR1、KRT1、KRT10、IVL及びNOTCH3等を挙げることができる。なお、中でもKRT1及びKRT10は分化初期段階のマーカーであり、IVLは分化後期段階のマーカーである。
【0028】
(アンドロゲン受容体に対するリガンド又はアゴニスト)
本発明の他の一態様は、アンドロゲン受容体に対するリガンド又はアゴニストを有効成分とする子宮頸部異形成進行抑制剤である。アンドロゲン受容体に対するリガンドは、テストステロン及びジヒドロテストステロンを挙げることができる。アンドロゲン受容体に対するアゴニストは、アンドロゲン受容体と相互作用して、テストステロン及びジヒドロテストステロンと同様な機能を示す物質である。アンドロゲン受容体に対するアゴニストは、一般的にアンドロゲン受容体作動薬として公知の物質を使用することができる。
【0029】
アンドロゲン受容体作動薬としては、蛋白同化ステロイド、メテノロン、メテノロンエナント酸エステル、メテノロン酢酸エステル、プラステロン、プラステロン硫酸エステルナトリウム水和物、ナンドロロン、ナンドロロンデカン酸エステル、フェニルプロピオン酸ナンドロロン、ナンドロロンシクロへキシルプロピオン酸エステル、フリルプロピオン酸ナンドロロン、ナンドロロンシクロタート、ナンドロロンラウラート、ボルデノン、ウンデシレン酸ボルデノン、メタンドリオール、メタンドリオールジプロピオナート、トレンボロン、トレンボロンアセテート、クロステボール、クロステボールアセタート、メタンジエノン、スタノゾロール、オキサンドロロン、オキシメトロン、エチルナンドロール、メスタノロン、アンドロスタノロン、シピオン酸オキサボロン、ジプロピオン酸ボランジオール、ボラステロン、ボレノール、ボルマンタラート、ノルボレトン、キンボロン、酢酸ステンボロン、ノルエタンドロロン、フルオキシメステロン、メチルテストステロン、シピオン酸テストステロン、テストステロンエナント酸エステル、テストステロンプロピオン酸エステル、テストステロンケトラウラート、フェニル酢酸テストステロン、ウンデカン酸テストステロン、テストステロンデカノアート、テストステロンフェニルプロピオナート、メステロロン、ダナゾール、ミボレロン及びニステリムアセタートを挙げることができる。
【0030】
アンドロゲン受容体に対するアゴニストは、上述した具体的なアンドロゲン受容体作動薬に限定されず、有機化合物(アミノ酸、ポリペプチド又はその誘導体、低分子化合物、糖、高分子化合物等)、無機化合物等を使用することができる。また、このような物質は、天然物質及び非天然物質のいずれであってもよい。さらに、このような物質は、単一化合物であってもよいが、化合物ライブラリー、遺伝子ライブラリーの発現産物、細胞抽出物、細胞培養上清、発酵微生物産生物、海洋生物抽出物、植物抽出物等であってもよい。
【0031】
ここで、ある物質がアンドロゲン受容体に対するアゴニスト作用を有するかは、例えば、アンドロゲン受容体に対する結合活性及びアンドロゲン受容体との複合体がアンドロゲン応答遺伝子の発現を亢進するかに基づいて確認することができる。また、アンドロゲン受容体に対するアゴニスト作用を有する所定の物質が子宮頸部異形成の進行を抑制するかは、子宮頸部異形成の組織から細胞株を作製し、当該物質を作用させたときと当該物質を作用させないときの分化マーカーの発現量を測定し、確認することができる。ここで、分化マーカーとしては、特に限定されないが、TGM1、SPRR1、KRT1、KRT10、IVL及びNOTCH3等を挙げることができる。なお、中でもKRT1及びKRT10は分化初期段階のマーカーであり、IVLは分化後期段階のマーカーである。
【0032】
(医薬組成物)
本発明に係る子宮頸部異形成治療用医薬組成物(或いは子宮頸がん予防用医薬組成物)に含まれる有効成分の含有量は、特に限定はしない。一般に含有量は、有効成分の種類、剤形、並びに後述する他の構成成分である溶媒や担体の種類によって異なる。したがって、それぞれの条件を勘案して適宜定めればよい。単回適用量の子宮頸部異形成治療用医薬組成物に有効量の有効成分が含有されていればよい。ただし、有効成分の薬理効果を得る上で被験体に子宮頸部異形成治療用医薬組成物を大量に投与する必要がある場合には、被験体の負担軽減のために数回に分割して投与することもできる。この場合、有効成分の量は、総合量で有効量を含んでいればよい。「有効量」とは、有効成分としての機能を発揮する上で必要な量であって、かつそれを適用する被験体に対して有害な副作用をほとんど又は全く付与しない量をいう。この有効量は、被験体の情報、適用経路、及び適用回数等の様々な条件によって変わり得る。したがって、子宮頸部異形成治療用医薬組成物を医薬として使用する場合、有効成分の含有量は、最終的には、医師又は薬剤師等の判断によって決定される。
【0033】
本明細書において「被験体」とは、子宮頸部異形成治療用医薬組成物の適用対象物をいう。例えば、細胞(培養細胞を含む)、組織、器官、又は個体である。個体の場合、好ましくはヒト個体であり、この場合、特に「被験者」と表記する。子宮頸部異形成を生じた被験者、すなわち子宮頸部異形成患者が特に好ましい。
【0034】
本明細書において、「被験体の情報」とは、被験体の特徴や状態に関する様々な情報である。例えば、被験体がヒト個体の場合には、年齢、体重、性別、全身の健康状態、疾患の有無、疾患の進行度や重症度、薬剤感受性、併用薬物の有無及び治療に対する耐性等が挙げられる。
【0035】
本発明の子宮頸部異形成治療用医薬組成物は、必要に応じて薬学的に許容可能な溶媒を含むことができる。「薬学的に許容可能な溶媒」とは、製剤技術分野において通常使用する溶媒をいう。例えば、水若しくは水溶液、又は有機溶剤が挙げられる。水溶液には、例えば、生理食塩水、ブドウ糖又はその他の補助剤を含む等張液、リン酸塩緩衝液、酢酸ナトリウム緩衝液が挙げられる。補助剤には、例えば、D-ソルビトール、D-マンノース、D-マンニトール、塩化ナトリウム、その他にも低濃度の非イオン性界面活性剤、ポリオキシエチレンソルビタン脂肪酸エステル類等が挙げられる。有機溶剤には、エタノールが挙げられる。
【0036】
本発明の子宮頸部異形成治療用医薬組成物は、必要に応じて薬学的に許容可能な担体を含むことができる。「薬学的に許容可能な担体」とは、製剤技術分野において通常使用する添加剤をいう。例えば、賦形剤、結合剤、崩壊剤、充填剤、乳化剤、流動添加調節剤、滑沢剤、ヒト血清アルブミン等が挙げられる。
【0037】
賦形剤には、例えば、単糖、二糖類、シクロデキストリン及び多糖類のような糖、金属塩、クエン酸、酒石酸、グリシン、ポリエチレングリコール、プルロニック、カオリン、ケイ酸、又はそれらの組み合わせが挙げられる。
【0038】
結合剤には、例えば、植物デンプンを用いたデンプン糊、ペクチン、キサンタンガム、単シロップ、グルコース液、ゼラチン、トラガカント、メチルセルロース、ヒドロキシプロピルメチルセルロース、カルボキシメチルセルロースナトリウム、セラック、パラフィン、ポリビニルピロリドン又はそれらの組み合わせが挙げられる。
【0039】
崩壊剤としては、例えば、前記デンプンや、乳糖、カルボキシメチルデンプン、架橋ポリビニルピロリドン、アガー、ラミナラン末、炭酸水素ナトリウム、炭酸カルシウム、アルギン酸若しくはアルギン酸ナトリウム、ポリオキシエチレンソルビタン脂肪酸エステル、ラウリル硫酸ナトリウム、ステアリン酸モノグリセリド又はそれらの塩が挙げられる。
【0040】
充填剤としては、ワセリン、前記糖及び/又はリン酸カルシウムが例として挙げられる。
【0041】
乳化剤としては、ソルビタン脂肪酸エステル、グリセリン脂肪酸エステル、ショ糖脂肪酸エステル、プロピレングリコール脂肪酸エステルが例として挙げられる。
【0042】
流動添加調節剤及び滑沢剤としては、ケイ酸塩、タルク、ステアリン酸塩又はポリエチレングリコールが例として挙げられる。
【0043】
上記の他にも、必要であれば医薬組成物等において通常用いられる可溶化剤、懸濁剤、希釈剤、分散剤、界面活性剤、無痛化剤、安定剤、吸収促進剤、増量剤、付湿剤、保湿剤、湿潤剤、吸着剤、矯味矯臭剤、崩壊抑制剤、コーティング剤、着色剤、保存剤、防腐剤、抗酸化剤、香料、風味剤、甘味剤、緩衝剤、等張化剤等を適宜含むこともできる。
【0044】
担体は、被験体内で酵素等による前記有効成分の分解を回避又は抑制する他、製剤化や投与方法を容易にし、剤形及び薬効を維持するために用いられるものであり、必要に応じて適宜使用すればよい。
【0045】
本発明の子宮頸部異形成治療用医薬組成物の剤形は、特に限定しない。被験体の体内で有効成分を失活させることなく目的の部位にまで送達される形態であればよい。具体的な剤形は、後述する適用方法によって異なる。適用方法は、非経口投与と経口投与に大別することができるので、それぞれの投与法に適した剤形にすればよい。
【0046】
例えば、投与方法が非経口投与であれば、好ましい剤形は、対象部位への直接投与又は循環系を介した全身投与が可能な液剤である。本発明に係る子宮頸部異形成治療用医薬組成物は、膣剤とすることが好ましい。また液剤の好例としては、注射剤が挙げられる。注射剤は、溶媒の他、前記賦形剤、乳化剤、懸濁剤、界面活性剤、安定剤、pH調節剤等と適宜組み合わせて、一般に認められた製薬実施に要求される単位用量形態で混和することによって製剤化することができる。
【0047】
投与方法が経口投与であれば、好ましい剤形は、固形剤(錠剤、カプセル剤、ドロップ剤、トローチ剤を含む)、顆粒剤、粉剤、散剤、液剤(内用水剤、乳剤、シロップ剤を含む)が挙げられる。固形剤であれば、必要に応じて、当該技術分野で公知の剤皮を施した剤形、例えば、糖衣錠、ゼラチン被包錠、腸溶錠、フィルムコーティング錠、二重錠、多層錠にすることができる。
【実施例0048】
本発明を以下の実施例によって具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例によって限定されるものではない。
【0049】
[実施例1:子宮頸部異形成及び子宮頸癌組織におけるFOXP4の発現の検出]
金沢大学病院で子宮頸部円錐切除及び子宮摘出術を施行した57例の患者から、子宮頸部の病変組織試料を採取した。軽度子宮頸部異形成(CIN1)は8例、中等度子宮頸部異形成(CIN2)は12例、高度子宮頸部異形成(CIN3)は19例、子宮頸癌(SCC)は13例であった。一方で子宮筋腫及び腺筋症による子宮摘出術を受けた患者から、5つの正常な子宮頸部組織を得た。
【0050】
すべての外科的標本を20%ホルマリンで固定し、パラフィンに包埋した。組織切片(4μm)を診断のための通常の組織病理学的技術により染色し、2人の病理学者によって診断した。同じ病変部の連続組織切片を以下の免疫組織化学染色に使用した。
【0051】
尚、子宮頸癌は、国際婦人科産科連盟(International Federation of Gynecology and Obstetrics、FIGO)の病期分類基準(2009年)に従って病理学的に病期分類され、FIGO評定基準に従って病理組織学的に評価された。すべての研究プロトコルは、金沢大学医学倫理委員会の承認を得ておこなった。
【0052】
FOXP4の免疫組織化学染色はマニュアルに従ってアビジン-ビオチン-ペルオキシダーゼ複合体(VECTASTAIN ABC Kit、Vector Laboratories、Burlingame、USA)法によって施行した。具体的には、下記の通り行った。
(i)切片をキシレン中で脱パラフィンし、エタノール中で再水和させ、続いて0.01Mクエン酸緩衝液、pH6.0中で抗原賦活化を行った。
(ii)スライドを3%過酸化水素に10分間浸漬して内因性ペルオキシダーゼ活性を遮断し、次いで0.05mol / Lリン酸緩衝食塩水(PBS)、pH7.4中で洗浄した。
(iii)1.5μg/ mLの濃度の一次抗体、抗ヒトFOXP4ポリクローナルウサギ抗体(Sigma-Aldrich、St. Louis、MO、USA)またはウサギ抗p16(クローンDCS-50、Progen Biotechnik GmbH 、ハイデルベルク、ドイツ)を加湿チャンバー内で4℃で一晩インキュベートした。対照染色は、一次抗体を正常ウサギ血清溶液で置換して行った。
(iv)洗浄後、切片を室温でFOXP4用ビオチン標識ヤギ抗ウサギIgGと共に30分間インキュベートした。
(v)その後、それらを室温でアビジン-ビオチン複合体で処理した。ペルオキシダーゼ活性の部位をジアミノベンジジン(Liquid DAB + Substrate Chromogen System、Dako、Carpinteria、USA)で可視化し、切片をヘマトキシリンで対比染色した。
【0053】
すべてのCIN及び癌病巣を、定量化のために×100倍率で観察し、オリンパスBX50顕微鏡及びDP72オリンパスデジタルカメラ、及びCellSens標準1.5ソフトウェア(オリンパス、日本)を用いて画像撮影した。各症例において最も重篤な病変を示す領域を選択し、それに対応する上皮病変を関心領域(ROI)として描写した。各ROIにおけるFOXP4陽性細胞及びヘマトキシリン染色細胞の両方の領域を計算し、FOXP4陽性及びヘマトキシリン染色領域の比をFOXP4陽性率と定義し、これらの値をNIH Image-Jソフトウェアを用いて正規化した。
【0054】
図1a~cに示すように、正常な子宮頸部組織では、成熟重層扁平上皮細胞層でFOXP4の発現は検出できなかった。なお、
図1bは、
図1aにおいて枠bで囲った領域の拡大であり、子宮頸管内の腺上皮細胞の核内にFOXP4が局在することを示している。
図1cは、
図1aにおいて枠cで囲った領域の拡大であり、扁平上皮と腺上皮の境界付近(SC Junction)においては、成熟した重層扁平上皮細胞層(矢印)でFOXP4の発現が検出できず、円柱上皮細胞(矢印)でFOXP4の発現が検出できたことを示している。
【0055】
図1d~fに示すように、化生を受ける領域では、単層の予備細胞(reserve cell、補充細胞とも称する)が円柱上皮細胞層のすぐ下に並んでいる(
図1eの矢印)。また、未成熟の重層扁平上皮細胞(
図1fの矢印)が予備細胞(
図1fの矢尻)の上に層化していることが示された。
図1d~fから判るように、予備細胞と未成熟の重層扁平上皮細胞において、FOXP4の核内局在を明確に検出することができた。
【0056】
図1a及びcに示したように、扁平上皮と腺上皮の境界付近(SC Junction)の成熟重層扁平上皮細胞においてFOXP4の発現が消失したことを考慮すると、未熟な重層扁平上皮細胞におけるFOXP4の一過性発現は、FOXP4が円柱上皮細胞からの扁平上皮化生に関連していることを示唆している。
【0057】
一方、正常な子宮頸部における成熟した重層扁平上皮細胞層と、CINにおけるFOXP4の発現を比較した結果を
図1g~kに示した。正常な子宮頸部における成熟した重層扁平上皮細胞層ではFOXP4の発現は検出できなかった(
図1g、矢尻)。これに対して、CIN1病変ではFOXP4が弱く検出され(
図1h)、CIN2病変ではFOXP4は異型細胞に中等度に発現しており(
図1i)、一部の症例ではその陽性領域が異型細胞層を越えて進展していた(
図1j)。CIN3病変では、FOXP4が基底膜上の全層にわたって異型細胞に強く発現していた(
図1k)。なお、子宮頸癌(SCC)においては、全体に亘ってFOXP4が強く発現していることが観察された(
図1l)。
【0058】
さらに、画像解析により、CIN1からCIN3までのCINステージのけるFOXP4の発現を比較したところ、
図1mに示すように、CIN1からCIN3に進行するにつれてFOXP4発現が有意に増加することが確認された。
【0059】
以上の結果から、これらの発現プロファイルから、CINがSCCに進展する過程におけるFOXP4の関与が示唆された。
【0060】
[実施例2:shRNAによるFOXP4の発現抑制]
ヒト子宮頸部異形成細胞株W12(RRID:CVCL_T290、クローン20863)(Margaret A. Stanley et al., Int J Cancer 1989,43(3) Pages: 672-676)を使用した。W12は、CIN1の組織から作製され、HPV16エピソームを含んでいる。W12は、3部のF-12培地(Sigma-Aldrich、StLouis、MO、USA)及び5% FBS(Sigma-Aldrich)、0.4μg/mLヒドロコルチゾン、5μg/mLインスリン、8.4ng/mLコレラ毒素、24μg/mLアデニン、10ng/mL EGF、100g/mLストレプトマイシン及び100IU/mLペニシリンを加えた1部のDMEM (Sigma-Aldrich)からなるF培地中、5% CO2下で37℃で培養した。
【0061】
本実施例では、FOXP4遺伝子発現を減少させるためのRNA干渉を、Sigma-Aldrichから購入したMISSION(登録商標)小ヘアピンRNAのレンチウイルス粒子(それぞれ、FOXP4-shRNA1~5:TRCN0000285257、TRCN0000274833、TRCN0000274834、TRCN0000274832及びTRCN0000274894)を用いた。また、比較のため、MISSION(登録商標)shRNA(NC-shRNA: SHC202V)の非標的対照レンチウイルス粒子も、Sigma-Aldrichから購入した。FOXP4-shRNA1~5(MOI=20)又はNC-shRNA(MOI=20)をトランスフェクトしたW12細胞を、ピューロマイシンを用いた2週間のインキュベーションにより選択した。
【0062】
先ず、W12細胞におけるFOXP4の核内局在を免疫細胞化学染色により検証した結果を
図2aに示した。
図2aに示すように、W12細胞においてFOXP4の核内局在を確認することができた。なお、
図2a中「NC」は正常ウサギ血清溶液を用いた陰性対照を示している。
【0063】
次に、FOXP4-shRNA1でトランスフェクトしたW12細胞、FOXP4-shRNA4でトランスフェクトしたW12細胞について、FOXP4遺伝子のmRNAをqPCRで定量した結果、ウエスタンブロット解析によりFOXP4タンパク質を検出した結果を、それぞれ
図2b及びcに示した。
図2b及びcに示すように、FOXP4-shRNA1でトランスフェクトしたW12細胞及びFOXP4-shRNA4でトランスフェクトしたW12細胞ともに、FOXP4遺伝子の発現はmRNAレベル及びタンパク質レベルで有意に減弱したことが確認できた。
【0064】
次に、FOXP4-shRNA1でトランスフェクトしたW12細胞、FOXP4-shRNA4でトランスフェクトしたW12細胞について、WST-1アッセイにより細胞増殖能を検討した。WST-1アッセイでは、先ずW12細胞をウェルあたり5×10
3細胞となるように96ウェルプレートに播種した。次に、24~96時間のインキュベーション後、細胞増殖を製造業者の指示に従って、細胞増殖試薬WST-1(Roche社製)を使用して決定した。なお、すべての実験を3回行った。WST-1アッセイの結果を
図2dに示した。
図2dに示すように、FOXP4-shRNA1又はFOXP4-shRNA4をトランスフェクトしたW12細胞は、48時間のインキュベーション中に増殖が有意に低下することが判った。この結果から、FOXP4遺伝子の発現亢進により、細胞増殖を促進することが示唆された。
【0065】
次に、FOXP4遺伝子のノックダウンによるW12細胞の形態的変化への影響を検証した。FOXP4-shRNA1でトランスフェクトしたW12細胞、FOXP4-shRNA4でトランスフェクトしたW12細胞について、免疫組織化学的染色により確認した結果を
図3aに示した。すなわち、これらW12細胞をガラスチャンバースライド(Lab-Tek II, Themo Fisher Scientific 社製)上で培養した。そして、80%コンフルエント細胞を含むスライドを4%パラホルムアルデヒド中で固定し、Hoechst 33342(Thermo Fisher Scientific社製)によって染色した。その後、水平画像(×100)を、Olympus BX50顕微鏡、DP72 Olympusデジタルカメラ及びcellSens標準1.5ソフトウェア(Olympus社製)を使用して撮像した。
【0066】
図3aに示すように、FOXP4-shRNA1でトランスフェクトしたW12細胞、FOXP4-shRNA4でトランスフェクトしたW12細胞では、核内におけるFOXP4タンパク質の減少を確認できた。また、FOXP4-shRNA1でトランスフェクトしたW12細胞、FOXP4-shRNA4でトランスフェクトしたW12細胞は、NC-shRNAでトランスフェクトしたW12細胞と比較して、重層扁平化していることが確認できた(
図3aの矢印)。なお、
図3aにおいて矢印で示すように、重層扁平上皮細胞への分化の典型的な徴候である島形成を伴う成長が誘導されていた。
【0067】
さらに、FOXP4-shRNA4でトランスフェクトしたW12細胞について、免疫組織化学的染色した核を共焦点レーザー走査顕微鏡(LSM510、Carl Zeiss社製)で走査し、サジタル画像を再構成した。また、
図3aに示した画像において、重複核を示す部位を細胞重複ゾーンと定義し、重複ゾーンの総面積をNIH Image-Jソフトウェアによって計算した。
【0068】
再構成したサジタル画像の結果を
図3bに示し、細胞重複ゾーンを計算した結果を
図3cに示した。これら
図3b及び
図3cに示すように、FOXP4-shRNA4でトランスフェクトしたW12細胞は重層構造を形成していることが明らかとなった。また。FOXP4-shRNA1でトランスフェクトしたW12細胞、FOXP4-shRNA4でトランスフェクトしたW12細胞については、重複ゾーンの総面積が重複ゾーンの総面積がNC-shRNAでトランスフェクトしたW12細胞と比較して有意に増加することが明らかとなった。
【0069】
次に、FOXP4-shRNA1でトランスフェクトしたW12細胞、FOXP4-shRNA4でトランスフェクトしたW12細胞を用い、FOXP4が関与する調節分子を同定するために、マイクロアレイ分析を行った。すなわち、Low Input Quick Amp Labeling Kit(Agilent Technologies社製)を使用し、0.2μgのRNAから標識cDNAを調製した。得られたサンプルをSurePrint G3 Human GEマイクロアレイ8×60 K Verにハイブリダイズさせた。3.0(G4845A#72363、Agilent Technologies)、1×60kアレイスライド(Agilent Technologies)用の1色スキャン設定を用いてAgilent DNA Microarray Scanner(G2539A)でスキャンした。スキャンした画像を、Feature Extraction Software 11.0.1.1(Agilent)を用いて分析した。Gene Springソフトウェア12.1(Agilent Technologies)を用いてデータを正規化し、3つのフィルターでフィルタリングした。
【0070】
差次的発現遺伝子を、加重平均差(WAD)ランキング法を用いて、正規化されたマイクロアレイ強度データから抽出した。この方法は、遺伝子発現の差だけでなく、マイクロアレイにおけるシグナル強度を用いるフォールドチェンジ法に基づく統計的アプローチである。フォールドチェンジは、NC-shRNAでトランスフェクトしたW12細胞における値をFOXP4-shRNA(或いはFOXP1-shRNA)でトランスフェクトしたW12細胞における値で割ることによって計算した。
【0071】
本例では、アップレギュレートされた遺伝子はWAD順位付けにおいて高位に順位付けされた遺伝子(528遺伝子)のうちフォールドチェンジ>2の遺伝子と定義し、ダウンレギュレートされた遺伝子は合計20363遺伝子のうちフォールドチェンジ>0.5(166遺伝子)の遺伝子とした。同定されたアップレギュレート遺伝子及びダウンレギュレート遺伝子の遺伝子オントロジ-生物学的プロセス-タームエンリッチメント解析を、P値<0.05に設定した閾値で注釈、可視化及び統合発見のためのデータベース(DAVID)を用いて実施した。
【0072】
その結果、図示しないが、上位3群は、1)上皮形成、2)上皮細胞分化、3)ケラチノサイト分化であった。特に、FOXP4-shRNAをトランスフェクトしたW12細胞では、NC-shRNAでトランスフェクトしたW12細胞(対照)と比較して、上皮分化関連遺伝子の発現が増強されていることが明らかとなった。
【0073】
次に、FOXP4遺伝子のノックダウンによるラチノサイトの分化マーカーの発現量の変化をRT-qPCR解析により解析した。すなわち、RNeasyミニキット(Qiagen社製)を用いて、製造元インストラクションに従って細胞株からtotal RNAを抽出した。得られたRNAを、PrimeScript RT-PCRキット(Takara Bio社製)を使用してcDNAに逆転写した、ヒポキサンチンホスホリボシルトランスフェラーゼ1(HPRT1)を対照として使用した。PCRサイクルの条件は、95℃で30秒の後、95℃で5秒間、続いて60℃で20秒間を36サイクルとした。定量リアルタイムPCR(qPCR)分析は、Mx3000PリアルタイムPCRシステム(Agilent Stratagene社製)を用いて製造元インストラクションに従って行った。本例では、3つの独立した実験の平均値±標準偏差を求めた。
【0074】
重層扁平上皮の分化マーカーのうち初期段階に発現するKRT1及びKRT10、後期段階に発現するIVLについて発現量を測定した結果を
図4a(FOXP4-shRNA1をトランスフェクトしたW12細胞)及び
図4b(FOXP4-shRNA4をトランスフェクトしたW12細胞)に示した。また、FOXP4-shRNA4をトランスフェクトしたW12細胞について、上述した方法と同様に免疫細胞化学的染色によりKRT10タンパク質及びIVLタンパク質を観察した結果をそれぞれ
図4c及び
図4dに示した。これら
図4a~dに示すように、初期段階(KRT1とKRT10)および後期段階(IVL)におけるケラチノサイトの分化マーカーのmRNA発現及びタンパク質発現が有意に増加していることが実証された。これらの所見は重層扁平上皮細胞への形態学的分化と一致しており(
図3a)、FOXP4は子宮頸部細胞の分化を負に制御していることが示唆された。
【0075】
[実施例3:器官型ラフト培養]
器官型ラフト培養をAnacker D et al., J Vis Exp 2012 (60)及びWilson R et al., Method Mol Med. 2005; 55(1): 25-31の記載の方法に準じて行った。簡単に述べると、2.0×106個の3T3 J2線維芽細胞を、80%コラーゲン、10% 10×DMEM及び10%平衡緩衝液からなるコラーゲンゲルに懸濁し、混合物を固化させた。次いで、1μg/mLのピューロマイシンを含むF培地中のFOXP4-shRNA4又はNC-shRNAでトランスフェクトされた2.0×106個のW12細胞を、ゲルの表面上に播種した。翌日、ゲルを培養皿中の金属グリッド上に持ち上げ、下方よりEGFを含まないF培地にさらし、上方から空気に暴露した。得られた培養物は、37℃でインキュベートし、培地を1日おきに交換した。14日後、ラフト培養物を収穫し、4%パラホルムアルデヒド中に固定し、パラフィン中に包埋し、切片化し、ヘマトキシリン及びエオシンで染色し、免疫組織化学染色に使用した。
【0076】
上述したラフト培養により、NC-shRNAでトランスフェクトしたW12細胞は、成熟分化を示さない異型細胞からなる重層三次元構造を発達させ(
図5a)、CIN病変の全層を形態学的に再現した。また、NC-shRNAでトランスフェクトしたW12細胞においては、免疫組織化学染色により、層状のレイヤーではKRT10及びIVLの発現強度が低く、最上層の薄層で中程度であることが示された(
図5c及びe)。
【0077】
これに対して、FOXP4-shRNA4でトランスフェクトしたW12細胞では、数層の扁平な細胞に発達し、CIN病変の表層を模倣していた(
図5b)。また、FOXP4-shRNA4でトランスフェクトしたW12細胞においては、免疫組織化学染色により、KRT10及びIVLの高い発現が、層状平坦化細胞において検出された(
図5d及びf)。なお、FOXP4発現については、
図5g及びhに示すように、FOXP4-shRNA4でトランスフェクトしたW12細胞では抑制されていた。
【0078】
[実施例4:遺伝子発現解析]
実施例2にて実施例したマイクロアレイの解析結果について再評価したところ、高リスクHPV癌タンパク質による扁平上皮分化を阻害するキー分子として知られているMAML1、NOTCH及びPTPN14の中で、上述したマイクロアレイ解析の結果から、FOXP4がダウンレギュレートされたW12細胞において、NOTCH3の発現が有意に促進されることが明らかになった。
【0079】
本実施例では、FOXP4-shRNA1又はFOXP4-shRNA4をトランスフェクトしたW12細胞について、扁平上皮分化関連遺伝子やNOTCHシグナル関連遺伝子の発現をRT-qPCR法により検討した。RT-qPCR法については実施例2に記載した方法に準じて行った。その結果、
図6aに示すように、FOXP4-shRNA1又はFOXP4-shRNA4をトランスフェクトしたW12細胞において、TGM1、SPRR1、ELF3、GRHL3、HES2、HES5及びNOTCH3のmRNA発現が有意に促進された。また、FOXP4-shRNA1又はFOXP4-shRNA4をトランスフェクトしたW12細胞において、NOTCH1及びNOTCH2のmRNA発現が僅かに促進されたが、NOTCH4のmRNA発現は促進されなかった。
【0080】
この結果から、NOTCH3、転写因子であるELF3及びGRHL3についてsiRNAをそれぞれ作製し、FOXP4-shRNA4をトランスフェクトしたW12細胞においてNOTCH3、ELF3又はGRHL3をノックダウンしてW12細胞におけるFOXP4依存性扁平上皮分化における転写因子の連続的な役割を調べた。具体的には、FOXP4-shRNA4でトランスフェクトしたW12細胞を、Lipofectamine RNAiMAX(13778075、Themo Fisher Scientific社製)を用いた製造業者のプロトコルに従って、Silencer Select siRNAでトランスフェクトした。本例では、ELF3(s4623及びs4624、Themo Fisher Scientific社製)とGRHL3(s33752及びs33754、Themo Fisher Scientific社製)とNOTCH3(s9640及びs9641、Themo Fisher Scientific社製)を使用し、対応するSilencer Select Negative Control No.1(AM4635、Themo Fisher Scientific社製)のsiRNAを使用した。
【0081】
図6bに示すように、FOXP4-shRNA4をトランスフェクトしたW12細胞において、ELF3をノックダウンすると、扁平上皮分化が阻害されることが明らかとなった。また、FOXP4-shRNA4をトランスフェクトしたW12細胞において、ELF3をノックダウンすると、
図6cに示すように、NOTCH1ではなく、NOTCH3及び転写因子GRHL3の発現量が低下し、さらに、扁平上皮分化マーカーであるTGM1、SPRR1及びIVLの遺伝子誘導が阻害されることが明らかとなった。
【0082】
一方、FOXP4-shRNA4をトランスフェクトしたW12細胞において、GRHL3をノックダウンすると、
図7aに示すように、扁平上皮分化マーカーであるTGM1、SPRR1及びIVLの遺伝子誘導は阻害されたが、NOTCH1やNOTCH3は阻害されなかった。
【0083】
また、FOXP4-shRNA4をトランスフェクトしたW12細胞において、NOTCH3をノックダウンすると、
図7bに示すように、扁平上皮分化が阻害されることが明らかとなった。またFOXP4-shRNA4をトランスフェクトしたW12細胞において、NOTCH3をノックダウンすると、
図7cに示すように、扁平上皮分化に関与するHES2及びHES5の発現が阻害され、さらに分化マーカーであるIVLの発現も阻害されることが明らかとなった。
【0084】
これらの結果は、FOXP4の発現亢進によって、ELF3及びNOTCH3の発現を強くダウンレギュレートすることによって扁平上皮分化を抑制することを示唆している。
【0085】
[実施例5:アンドロゲン受容体発現解析、DHT処理の効果]
ラットにおいて、アンドロゲン/アンドロゲン受容体複合体が脳におけるFOXP1とFOXP2のmRNAとタンパク質発現を調節できることが報告された(Bowers et al., Endocrimology 2014, 155(12), pp. 4881-4894)。また、アンドロゲン受容体は、CIN病変において発現することが示されている(Noel et al., Int. J. Gynecol Pathol., 2008, 27(3), pp. 437-441)。よって、本実施例では、CINにおけるアンドロゲン受容体発現プロファイルを確認した後、W12細胞におけるFOXP4発現と扁平上皮分化に対するジヒドロテストステロン(DHT)の効果を検討した。
【0086】
先ず、実施例2に記載された方法に従って免疫組織化学染色を行った。本実施例では、抗ARマウスモノクローナル抗体(1:100、クローンAR441、RRID: AB_11000751、Dako社製)又は抗ARウサギモノクローナル抗体(1:200、クローンSP107、RRID: AB_2537931、ab105225、Abcam社製)を使用した。正常な子宮頸部組織に関する免疫組織化学染色の結果を
図8aに示し、正常な子宮頸部上皮細胞を拡大した画像を
図8bに示した。
図8a及びbに示したように、アンドロゲン受容体は、正常な子宮頸部上皮の基底層から傍基底層に発現していた。
【0087】
CIN1及びCIN2に関する免疫組織化学染色の結果をそれぞれ
図8c及びdに示した。また、CIN3に関する免疫組織化学染色の結果を
図8eに示した。
図8c~
図8eから判るように、CIN1及びCIN2病変では異型扁平上皮細胞にアンドロゲン受容体が検出されたのに対し、基底層を除くCIN3病変ではアンドロゲン受容体がほとんど消失しており(
図8e、矢尻)、基底層においてアンドロゲン受容体の発現は一部消失していた(
図8e、矢印)。なお、子宮頸がん病変に関する免疫組織化学染色の結果を
図8fに示すが、アンドロゲン受容体は子宮頸がん病変においては検出されなかった。
【0088】
一方、W12細胞では、アンドロゲン受容体の発現が殆ど検出されなかった(データは示さない)。したがって、CAGプロモーターで発現誘導されるアンドロゲン受容体遺伝子をW12細胞にトランスフェクトした。具体的には、先ず、XhoI切断によりpCAGIPuro-FlagmcMycWTからflag-Myc断片を取り除き、セルフライゲーションによって空のベクター(pCAGIPuro)を作製した(クローンID; RDB_14100、RIKEN DNA BANK)。アンドロゲン受容体発現ベクター(pCAGIPuro-AR)を作製するために、pEGFP-AR(Kanazawa UniversityのDr.Atsushi Mizokamiにより提供された)からBglII及びBamHIを用いて調製した1.4kbpヒトAR断片をpCAGIPuroにサブクローニングした。一方、W12細胞を、1ウェルあたり5×105細胞で6ウェルプレートに播種し、一晩培養した後、GenomeOne-GX(Ishihara Sangyo社製)及びKALA両親媒性ペプチド(Cosmo Bio Co社製)を製造元プロトコルに従って使用して、pCAGIPuro又はpCAGIPuro-ARでトランスフェクトした。48時間後、1μg/μLのピューロマイシン(Thermo Fisher Scientific社製)を培地に添加し、7日間培養することで安定な細胞株を確立した。
【0089】
アンドロゲン受容体をトランスフェクトしたW12細胞の免疫細胞化学染色の結果を
図8gに示した(
図8g中「AR-W12」)。なお、
図8g中「CAG-W12」はpCAGIPuroでトランスフェクトしたW12細胞に関する結果を示している。
図8gに示すように、アンドロゲン受容体をトランスフェクトしたW12細胞では、FOXP4と同様にアンドロゲン受容体が核内に局在して発現することが確認できた。なお、トランスフェクトされたアンドロゲン受容体のタンパク質発現をウエスタンブロット分析によって確認した結果を
図8hに示した。
【0090】
また、アンドロゲン受容体とジヒドロテストステロン(DHT)との複合体形成によるFOXP4への影響を検討した。アンドロゲン受容体をトランスフェクトしたW12細胞に対してDHT(10nM)の処理により、FOXP4のタンパク質発現を減少させることが明らかとなった (
図8i)。また、アンドロゲン受容体をトランスフェクトしたW12細胞に対してDHT(10nM)の処理により、FOXP4タンパク質が細胞質(核外)に局在することが明らかとなった(
図8j及びk)。なお、FOXP4タンパク質の細胞質における発現は、
図8jに示したようにFOXP4染色し、FOXP4陽性核外領域からHoechst陽性核領域を差し引くことによって検出し、NIH Image-Jソフトウェアによって計算した。
【0091】
以上の結果から、アンドロゲン受容体を発現するW12細胞に対してジヒドロテストステロンを処理することで、FOXP4の核外分布を促進し、核内におけるFOXP4の機能を阻害できる効果が示唆される。
【0092】
また、アンドロゲン受容体をトランスフェクトしたW12細胞に対するDHT(10nM)の処理による細胞増殖活性への影響を実施例2と同様にWST-1アッセイにより検討した。その結果を
図9aに示す。
図9aに示すように、アンドロゲン受容体をトランスフェクトしたW12細胞では、DHT(10nM)処理によって72時間インキュベーションにおける細胞増殖が有意に低下することが明らかとなった。また、このときの細胞形態変化を観察すると、
図9bに示すように、アンドロゲン受容体をトランスフェクトしたW12細胞では成熟した扁平な表現型が誘導され、平坦な外観(矢印)と重層成長(矢尻)が示された。
【0093】
さらに、アンドロゲン受容体をトランスフェクトしたW12細胞に対してDHT(10nM)を処理したときのKRT1、KRT10、IVL及びFOXP4遺伝子の発現を、実施例4と同様にRT-qPCRにより解析した。アンドロゲン受容体をトランスフェクトしたW12細胞を用いたRT-qPCR解析の結果を
図9cに示し、pCAGIPuroでトランスフェクトしたW12細胞を用いたRT-qPCR解析の結果を
図9dに示した。
【0094】
図9c及びdに示したように、RT-qPCR解析では、アンドロゲン受容体をトランスフェクトしたW12細胞に対してDHTを処理した場合には、pCAGIPuroでトランスフェクトしたW12細胞を用いた場合と異なり、分化マーカーであるKRT1、KRT10及びIVLの発現が亢進していることが明らかとなった。なお、アンドロゲン受容体をトランスフェクトしたW12細胞に対してDHTを処理した場合、pCAGIPuroでトランスフェクトしたW12細胞を用いた場合と同様に、FOXP4のmRNAレベルでの発現は変化しないことが明らかとなった。
【0095】
さらにまた、アンドロゲン受容体をトランスフェクトしたW12細胞に対してDHT(10nM)を処理したときのTGM1、SPRR1、ELF3、GRHL3、HES1、HES2、HES5、HEY1、NOTCH1、NOTCH2、NOTCH3及びNOTCH4遺伝子の発現を、実施例4と同様にRT-qPCRにより解析した。RT-qPCR法については実施例2に記載した方法に準じて行った。
【0096】
RT-qPCR法による上記遺伝子の発現解析の結果を
図10aに示した。
図10aに示すように、アンドロゲン受容体をトランスフェクトしたW12細胞に対してDHT(10nM)で処理した場合、TGM1、SPRR1、ELF3、GRHL3、HES2、HES5及びNOTCH3遺伝子の発現を有意に促進することが明らかとなった。また、このとき、NOTCH2遺伝子の発現を僅かではあるものの有意に促進した。しかしながら、アンドロゲン受容体をトランスフェクトしたW12細胞に対してDHT(10nM)で処理した場合、NOTCH1及びNOTCH4遺伝子の発現は促進されないことが明らかとなった。
図10aに示した解析結果は、FOXP4-shRNA1又はFOXP4-shRNA4をトランスフェクトしたW12細胞における遺伝子発現の解析結果(
図6a)と非常に類似することが判明した。
【0097】
また、上述のようにDHT(10nM)で処理したアンドロゲン受容体をトランスフェクトしたW12細胞に対して、実施例4に記載した方法に準じて、更にELF3遺伝子をノックダウンした。得られた細胞を実施例4と同様に観察した結果、
図10bに示すように、扁平上皮分化が阻害されることが明らかとなった。
図10bに示した形態的変化に関する結果は、FOXP4-shRNA1又はFOXP4-shRNA4をトランスフェクトしたW12細胞においてELF3遺伝子をノックダウンしたときに示した結果(
図6b)と非常に類似することが判明した。
【0098】
さらに、得られた細胞について実施例4と同様に扁平上皮分化マーカー等の遺伝子発現を解析した結果、
図10cに示すように、転写因子GRHL3、扁平上皮分化マーカーTGM1、SPRR1、及びIVL並びにNOTCH3遺伝子の発現を阻害した。一方、このときNOCTH1遺伝子の発現は阻害されなかった。
図10cに示した遺伝子発現解析の結果は、FOXP4-shRNA1又はFOXP4-shRNA4をトランスフェクトしたW12細胞においてELF3遺伝子をノックダウンしたときに示した結果(
図6c)と非常に類似することが判明した。
【0099】
また、上述のようにDHT(10nM)で処理したアンドロゲン受容体をトランスフェクトしたW12細胞に対して、実施例4に記載した方法に準じて、更にGRHL3遺伝子をノックダウンした。その結果、
図11aに示すように、扁平上皮分化マーカーであるTGM1、SPRR1及びIVLの遺伝子誘導及びNOTCH3の遺伝子誘導は阻害されたが、ELF3及びNOTCH1は阻害されなかった。
図11aに示した遺伝子発現解析の結果は、FOXP4-shRNA1又はFOXP4-shRNA4をトランスフェクトしたW12細胞においてGRHL3遺伝子をノックダウンしたときに示した結果(
図7a)と類似するものの、より阻害の程度が高いこととNOTCH3の遺伝子誘導を阻害する点で相違することが判明した。
【0100】
さらに、上述のようにDHT(10nM)で処理したアンドロゲン受容体をトランスフェクトしたW12細胞に対して、実施例4に記載した方法に準じて、更にNOTCH3遺伝子をノックダウンした。その結果、
図11bに示すように、扁平上皮分化が阻害された形態的変化を示し、
図11cに示すように、扁平上皮分化に関与するHES2の発現が阻害され、さらに分化マーカーであるIVLの発現も阻害されることが明らかとなった。
図11cに示した遺伝子発現解析の結果は、FOXP4-shRNA1又はFOXP4-shRNA4をトランスフェクトしたW12細胞においてNOTCH3遺伝子をノックダウンしたときに示した結果(
図7c)と類似するものの、HES5の発現が阻害されない点で相違することが判明した。
【0101】
本実施例の結果より、DHT等のアンドロゲンがCIN病変(CIN1及びCIN2)における重層扁平上皮分化を誘導し、CINの進行を抑制することができ、また、CINを治療できることが強く示唆された。
【0102】
[実施例6:ニューロトリミン発現解析、選択的プロゲステロン調整剤処理の効果]
データは示さないがマイクロアレイ解析によって、FOXP4-shRNA1又はFOXP4-shRNA4をトランスフェクトしたW12細胞においてニューロトリミン遺伝子(以下、NTM遺伝子)の発現が有意に減少した。また、データは示さないがアンドロゲン受容体をトランスフェクトしたW12細胞に対してDHTを処理した場合にもNTM遺伝子の発現が減少した。これらの結果から、W12細胞におけるNTM遺伝子のノックダウンの作用効果を検証した。
【0103】
本例では、先ず、実施例2に記載した方法に準じ、RT-qPCR解析によって、扁平分化関連マーカー遺伝子の発現を検討した。具体的には、本例では、NTM遺伝子に対するsiRNAとしてNTM(s27175及びs27177、Themo Fisher Scientific社製)を使用し、製造元インストラクションに従って野生型W12細胞に導入した。遺伝子発現解析の結果を
図12に示した。
【0104】
図12に示したように、野生型のW12細胞においてNTM遺伝子をノックダウンすることで、KRT1、KRT10、SPRR1、GRHL3、NOTCH3及びHES5遺伝子の発現を有意に促進することが判った。また、このとき、わずかにTGM1遺伝子の発現を僅かではあるものの有意に促進した。しかし、野生型のW12細胞においてNTM遺伝子をノックダウンしても、IVL、ELF3、NOTCH1、NOTCH2、NOTCH4及びHES2遺伝子については発現を促進することが無かった。以上の遺伝子発現解析の結果は、FOXP4-shRNA1又はFOXP4-shRNA4をトランスフェクトしたW12細胞で観察された遺伝子発現促進プロファイルと類似していた。
【0105】
次に、本例では、実施例2で作製したFOXP4-shRNA4をトランスフェクトしたW12細胞、実施例4で作製した当該W12細胞に対して更にELF3-siRNA1又はELF3-siRNA2をトランスフェクトしたW12細胞における、NTM遺伝子の発現をRT-qPCRにて解析した。その結果を
図13に示した。
図13に示すように、FOXP4をノックダウンしたW12細胞では、対象のNC-shRNAをトランスフェクトしたW12細胞と比較してNTM遺伝子の発現が有意に減少していた。また、
図13に示すように、FOXP4及びELF3をノックダウンしたW12細胞では、NTM遺伝子の発現が亢進していた。
【0106】
図12及び13の結果から、NTMは、FOXP4が関連する扁平分化経路においてELF3によって下方制御されること、NTMのノックダウンによりGRHL3やNOTCH3発現を誘導し、W12細胞の扁平上皮分化へ促進する効果が示唆された。
【0107】
次に、本例では、野生型のW12細胞に対して、NTM遺伝子に関するshRNAを導入した細胞株を作成し、扁平分化関連マーカー遺伝子等について発現解析を行った。具体的には、実施例2に記載した方法に準じ、NTM遺伝子発現を減少させるためのRNA干渉を、Sigma-Aldrichから購入したMISSION(登録商標)小ヘアピンRNAのレンチウイルス粒子(それぞれ、NTM-shRNA1~5: TRCN0000420978、TRCN0000429022、TRCN0000165957、TRCN0000161782及びTRCN0000165602)を用いた。
【0108】
これら5種類のshRNA及び比較対照のshNCを用いて作製した6種類のW12細胞を培養し、形態学的変化を観察した。結果を
図14に示した。
図14に示すように、shNCを用いた場合、W12細胞は楕円形を呈していたが、NTM-shRNA1、NTM-shRNA2又はNTM-shRNA5を使用したW12細胞は、扁平な細胞が重層化した島状の形態に変化していることが明らかとなった。特に、NTM-shRNA5を使用したW12細胞についてはその変化が極めて顕著であった。
【0109】
次に、NTM-shRNA2をトランスフェクトしたW12細胞とNTM-shRNA5をトランスフェクトしたW12細胞を用いて、扁平上皮分化関連遺伝子の発現をRT-qPCRで解析した。結果を
図15に示した。
図15に示すように、NTM-shRNA2をトランスフェクトしたW12細胞及びNTM-shRNA5をトランスフェクトしたW12細胞ともに、IVL、SPRR1、GRHL3及びNOTCH3遺伝子の発現が有意に促進されていた。また、NTM-shRNA5をトランスフェクトしたW12細胞においては、ELF3及びTGM1遺伝子についても発現が有意に促進されていた。
【0110】
また、本実施例では、上述した実験に加え、野生型W12細胞に対して抗NTM抗体を作用させたときの扁平上皮分化関連遺伝子の発現をRT-qPCRで解析した。具体的には、野生型W12細胞(RRID:CVCL_T290、クローン20863)を、ウェルあたり1.0×10
5細胞となるように12ウェルプレートに播種した。播種したW12細胞をF培地で24時間培養した後、抗NTMウサギポリクローナル抗体(5μg/mL、GTX55202、Gene Tex社製)又はウサギIgGポリクローナルアイソタイプコントロール(5μg/mL、RRID:AB_2631996、ab37415、Abcam社製を培養培地に添加した。24時間後、RNAを抽出した。そして、上記と同様にしてNTM、IVL、SPRR1、TGM1、ELF3、GRHL3及びNOTCH3のmRNA発現をqPCRで測定した。3回の独立した実験の平均±SDを
図16に示した。
図16に示すように、扁平分化関連マーカー遺伝子のうちELF3及びGRHL3については、抗NTM抗体によって有意に発現亢進することが判った。
【0111】
以上、本実施例の結果から、NTMに対する阻害剤及び/又は発現抑制剤がCIN病変(CIN1及びCIN2)における重層扁平上皮分化を誘導し、CINの進行を抑制することができ、また、CINを治療できることが強く示唆された。