(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023166897
(43)【公開日】2023-11-22
(54)【発明の名称】空気の冷却方法
(51)【国際特許分類】
F25B 17/08 20060101AFI20231115BHJP
C09K 5/06 20060101ALI20231115BHJP
A41D 13/002 20060101ALI20231115BHJP
A41D 13/005 20060101ALI20231115BHJP
【FI】
F25B17/08 Z
C09K5/06 Z ZAB
A41D13/002 105
A41D13/005 103
【審査請求】未請求
【請求項の数】9
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022077752
(22)【出願日】2022-05-10
(71)【出願人】
【識別番号】504147243
【氏名又は名称】国立大学法人 岡山大学
(74)【代理人】
【識別番号】110002206
【氏名又は名称】弁理士法人せとうち国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】中曽 浩一
(72)【発明者】
【氏名】梶本 こはる
(72)【発明者】
【氏名】後藤 邦彰
(72)【発明者】
【氏名】三野 泰志
【テーマコード(参考)】
3B011
3B211
3L093
【Fターム(参考)】
3B011AB01
3B011AC02
3B211AB01
3B211AC02
3L093NN03
(57)【要約】
【課題】排熱や自然熱を利用することによってエネルギー負荷を小さくし、携帯が可能で、再使用が可能で、しかも効率よく空気を冷却することのできる、空気の冷却方法を提供する。
【解決手段】熱媒体が溶解した水溶液に高温の排熱又は自然熱を加えることによって水を蒸発させて乾燥した熱媒体を得る乾燥工程、前記乾燥した熱媒体を運搬する運搬工程、運搬先において、乾燥した熱媒体を水と混合することによって溶解させて溶解熱を吸収させて低温の水溶液を調製する溶解工程、前記低温の水溶液に蓄熱体を浸漬して熱交換させて該蓄熱体を冷却する蓄熱工程、前記冷却された蓄熱体を空気に接触させて熱交換させて空気を冷却する空気冷却工程、及び前記蓄熱工程における熱交換によって温度が上昇した水溶液を、前記乾燥工程に供するために運搬する返送工程、を有する、空気の冷却方法とする。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
熱媒体が溶解した水溶液に高温の排熱又は自然熱を加えることによって水を蒸発させて乾燥した熱媒体を得る乾燥工程、
前記乾燥した熱媒体を運搬する運搬工程、
運搬先において、乾燥した熱媒体を水と混合することによって溶解させて溶解熱を吸収させて低温の水溶液を調製する溶解工程、
前記低温の水溶液に蓄熱体を浸漬して熱交換させて該蓄熱体を冷却する蓄熱工程、
前記冷却された蓄熱体を空気に接触させて熱交換させて空気を冷却する空気冷却工程、及び
前記蓄熱工程における熱交換によって温度が上昇した水溶液を、前記乾燥工程に供するために運搬する返送工程、
を有する、空気の冷却方法。
【請求項2】
前記熱媒体が尿素である請求項1に記載の空気の冷却方法。
【請求項3】
前記空気冷却工程において、前記蓄熱体の表面に付着した水溶液から水分を蒸発させることによって生じる蒸発潜熱によっても空気を冷却する、請求項1又は2に記載の空気の冷却方法。
【請求項4】
前記溶解工程において、乾燥した熱媒体100質量部に対して水50~500質量部を混合する、請求項1又は2に記載の空気の冷却方法。
【請求項5】
前記蓄熱体が金属又はセラミックスからなる多孔体である請求項1又は2に記載の空気の冷却方法。
【請求項6】
前記蓄熱体が、空気の流通方向に沿った多数の貫通孔を有するハニカム構造を有する、請求項1又は2に記載の空気の冷却方法。
【請求項7】
前記蓄熱体の表面が親水処理された請求項1又は2に記載の空気の冷却方法。
【請求項8】
前記空気冷却工程において、ファンによって蓄熱体に空気を通す、請求項1又は2に記載の空気の冷却方法。
【請求項9】
冷却対象の前記空気が着衣内の空気である、請求項1又は2に記載の空気の冷却方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、空気の冷却方法に関する。特に、排熱又は自然熱を利用し、運搬可能な熱媒体を用いる空気の冷却方法に関する。
【背景技術】
【0002】
高温下で作業する場合などに、作業現場で活用できる携帯可能な空調装置として、これまでに様々なものが提案されている。例えば、特許文献1に示されるように、送風機を備えた衣服を着用することによって、外部の空気を衣服内部に送り込んで体温の上昇を防止する方法が提案されていて、工事現場などで広く用いられている。しかしながら、冷却効率を高めるために風量を大きくするには容量の大きい携帯電源が必要になるとともに、送風機のモーターの発熱も問題となる。また、作業環境が体温よりも高温になるような高温の現場においては、高温の外気を衣服内部に導入することになるので、適用が困難である。
【0003】
また、特許文献2のように、ペルチェ素子を用いた携帯型の冷却装置も提案されている。ペルチェ素子は通電することによってヒートポンプとして働く装置であるが、素子の表面と裏面でそれぞれ温熱と冷熱が発生するため、冷熱生成部のすぐ近くが高温となり、ファンなどで除熱する必要がある。また、周辺環境の温度をさらに高めるおそれもある。
【0004】
特許文献3のように、硝酸アンモニウムや尿素のような、水に溶解する際に溶解熱を吸収する化合物と水とを別個に包装しておき、冷熱を要する際に包装を破って混合して冷熱を得ることのできる冷却パックも知られている。しかしながら、1回の使用によって水溶液が形成された後は再利用ができず経済的ではない。
【0005】
一方、本発明者らは、尿素を水に溶解させる際に吸収される溶解熱を利用した冷却方法について非特許文献1で報告している。それによれば、鉄鋼生産などの高温プロセスにおいて生じる排熱を利用して尿素水溶液から水を蒸発させて固体の尿素を得ておき、その尿素を水に溶かすことによって冷熱を生成させて、空気の冷却などに用いることが記載されている。これによって、排熱を利用して尿素を再利用しながら、繰り返し冷熱を発生させられることが記載されている。しかしながら、非特許文献1には具体的にどのようにして空気を冷却するかについては何も記載されていない。実際のところ、携帯可能でコンパクトな装置において、低温の液体を用いて効率的に空気を冷却することは容易なことではない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2005-315085号公報
【特許文献2】特開2021-179034号公報
【特許文献3】特開2020-74824号公報
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】鉄と鋼、Vol.106(2020)、No.8、p556-563
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、上記課題を解決するためになされたものであり、排熱や自然熱を利用することによってエネルギー負荷を小さくし、携帯が可能で、再使用が可能で、しかも効率よく空気を冷却することのできる、空気の冷却方法を提供することを目的とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記課題は、熱媒体が溶解した水溶液に高温の排熱又は自然熱を加えることによって水を蒸発させて乾燥した熱媒体を得る乾燥工程、前記乾燥した熱媒体を運搬する運搬工程、運搬先において、乾燥した熱媒体を水と混合することによって溶解させて溶解熱を吸収させて低温の水溶液を調製する溶解工程、前記低温の水溶液に蓄熱体を浸漬して熱交換させて該蓄熱体を冷却する蓄熱工程、前記冷却された蓄熱体を空気に接触させて熱交換させて空気を冷却する空気冷却工程、及び前記蓄熱工程における熱交換によって温度が上昇した水溶液を、前記乾燥工程に供するために運搬する返送工程、を有する、空気の冷却方法を提供することによって解決される。
【0010】
このとき、前記熱媒体が尿素であることが好ましい。前記空気冷却工程において、前記蓄熱体の表面に付着した水溶液から水分を蒸発させることによって生じる蒸発潜熱によっても空気を冷却することが好ましい。また、前記溶解工程において、乾燥した熱媒体100質量部に対して水50~500質量部を混合することも好ましい。
【0011】
前記蓄熱体が金属又はセラミックスからなる多孔体であることも好ましい。前記蓄熱体が、空気の流通方向に沿った多数の貫通孔を有するハニカム構造を有することも好ましい。前記蓄熱体の表面が親水処理されてなることも好ましい。前記空気冷却工程において、ファンによって蓄熱体に空気を通すことも好ましい。また、冷却対象の前記空気が着衣内の空気であることも好ましい。
【発明の効果】
【0012】
本発明の冷却方法によれば、排熱や自然熱を利用して目的物を効果的に冷却することができるので、エネルギー負荷が小さく、環境にやさしい。また、冷熱を提供する熱媒体を運搬することが容易なので、冷却したい場所まで携帯してその場で冷却することが可能である。しかも、冷却に要する原料や部材を再使用することができるので、廃棄物の生成を抑制することもできる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【
図1】本発明の空気の冷却方法の概要を示す概念図である。
【
図2】粒子を充填した蓄熱体と、ハニカム形状の蓄熱体に空気を通す模式図である。
【
図3】ファンを用いて熱風を蓄熱体に通して冷風を得る模式図である。
【
図4】実施例1において、冷却した蓄熱体にファンから高温の空気を送り、空気を冷却した際の試験装置の概略図である。
【
図5】実施例1において、入口空気、出口空気及び粒子充填層(蓄熱体)の温度の経時変化を表したグラフである。
【
図6】実施例1において、粒子の顕熱量(Qp)、蒸発潜熱量(Qvap)及び空気が受け取った冷熱量(Qair)の経時変化を表したグラフである。
【
図7】実施例2において、ファンの動力を0.21Wとし、各蓄熱体を用いたときの出口空気温度の経時変化を示したグラフである。
【
図8】実施例2において、ファンの動力を0.013Wとし、各蓄熱体を用いたときの出口空気温度の経時変化を示したグラフである。
【
図9】実施例2において、ファンの動力を調整して風量を10L/minにし、各蓄熱体を用いたときの出口空気温度の経時変化を示したグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0014】
本発明の空気の冷却方法は、熱媒体が溶解した水溶液に高温の排熱又は自然熱を加えることによって水を蒸発させて乾燥した熱媒体を得る乾燥工程;前記乾燥した熱媒体を運搬する運搬工程;運搬先において、乾燥した熱媒体を水と混合することによって溶解させて溶解熱を吸収させて低温の水溶液を調製する溶解工程;前記低温の水溶液に蓄熱体を浸漬して熱交換させて該蓄熱体を冷却する蓄熱工程;前記冷却された蓄熱体を空気に接触させて熱交換させて空気を冷却する空気冷却工程;及び前記蓄熱工程における熱交換によって温度が上昇した水溶液を、前記乾燥工程に供するために運搬する返送工程、の各工程を有する。その概要を示した概念図を
図1に示す。以下、各工程について具体的に説明する。
【0015】
[熱媒体]
各工程を説明する前に、まず、本発明で用いられる熱媒体について説明する。本発明の熱媒体は、水に溶解可能な化合物であって、水に溶解する際に吸熱して水溶液の温度が低下する化合物である。尿酸、硝酸アンモニウム、硝酸ナトリウム、ヨウ化アンモニウム、塩化アンモニウム、リン酸水素2アンモニウム、硫酸アンモニウム、硝酸尿素、塩化ナトリウム、キシリトール、エリスリトールなどが例示される。
【0016】
水に溶解する際に熱を吸収し、水溶液の温度を効果的に低下させるためには、水への溶解度が高く、しかも質量当たりの溶解時の吸熱量が大きい化合物が求められる。したがって、20℃の水100gに溶解できる化合物の質量と、その質量の化合物の水への溶解エンタルピーとをかけて、水100gあたりの吸熱量を算出した。尿素を例にとると、1モルの尿素が水に溶けるときに吸収する溶解エンタルピーが15.4kJ/molであり、尿素の分子量が60.06g/molであり、20℃の水100gへの尿素の溶解度が107.9gであるから、これらに基づいて水100gあたりの吸熱量を算出すると、
15.4×107.9÷60.06=27.67[kJ/100g水]
となる。本発明で用いられる熱媒体の、水100gあたりの吸熱量は、4[kJ/100g水]以上であることが好ましく、10[kJ/100g水]以上であることがより好ましく、15[kJ/100g水]以上であることがさらに好ましい。また通常、水100gあたりの吸熱量は、100[kJ/100g水]以下である。
【0017】
例えば、硝酸アンモニウムは、水100gあたりの吸熱量が61.01kJ/100gであり高い値を示すが、加熱を繰り返すと爆発のおそれがあるので、乾燥工程の加熱条件によっては採用が困難な場合がある。また、塩化アンモニウムは、水100gあたりの吸熱量が10.43kJ/100gであり、安定な化合物であるが、刺激性のある酸性物質なので、用途が制限される。一方、尿素は爆発の恐れもないし身体への刺激も少ないので特に好適に採用される。なお、熱媒体として、複数の化合物の混合物を用いることも可能である。
【0018】
[乾燥工程]
乾燥工程は、熱媒体が溶解した水溶液に高温の排熱又は自然熱を加えることによって水を蒸発させて乾燥した熱媒体を得る工程である。この水溶液は、後述の蓄熱工程における熱交換によって温度が上昇した水溶液である。水溶液から水を蒸発させて乾燥させるためには蒸発熱が必要になるが、本発明では、高温の排熱又は自然熱を用いて乾燥させる。自然熱としては、太陽の輻射熱などを用いることができる。この場合、水溶液を広い面積に広げて太陽熱を受けることが好ましい。また、表面積を大きくして風を当てて伝熱によって乾燥させることも好ましく、塩田のような手法を採用することもできる。
【0019】
一方、高温の排熱としては、鉄鉱、非鉄金属精錬、セメント製造、セラミックス製造などの工場において排出される熱が挙げられる。このような工場においては、高熱が発生する現場があり、そこで作業する作業員のために局所的な冷風を求められることが多いので、本発明の空気の冷却方法を採用する利点が特に大きい。高温の排熱を加えることによって水を蒸発させる際には、乾燥効率の面からは、熱風を水溶液に接触させて乾燥させることが好ましい。このときの熱風の温度としては、80~200℃が好適である。乾燥効率の点からは100℃以上であることがより好ましい。一方、熱媒体の劣化防止の観点からは180℃以下であることがより好ましく、160℃以下であることがさらに好ましい。乾燥方法は特に限定されず公知の方法を採用できる。回転円筒の中で熱風に曝しながら乾燥させて円筒内面の乾燥固体を掻きとる方法や、スプレードライ法などを採用することができる。なかでも、スプレードライ法が、熱風に曝される時間が短くて熱媒体の劣化を防止できるとともに、乾燥粒子が細かくなって水への溶解速度が速いので、特に好ましい。また、自然熱の乾燥と高温の排熱による乾燥とを併用しても構わない。
【0020】
[運搬工程]
運搬工程は、前記乾燥工程において乾燥した熱媒体を、次の溶解工程が行われる場所まで運搬する工程である。乾燥のために熱が供給される場所と、冷却された空気が求められる場所とは異なる場合が多いので、乾燥した熱媒体を適当な容器に入れて運搬することが好ましい。
【0021】
[溶解工程]
溶解工程は、乾燥した熱媒体を水と混合することによって溶解させて溶解熱を吸収させて低温の水溶液を調製する工程である。運搬に用いた容器の中に水を投入してもよいし、別の容器の中に熱媒体と水を投入してもよい。周辺の温度が高い場合には、溶解させる容器を断熱容器とすることも好ましい。溶解工程において、乾燥した熱媒体100質量部に対して水50~500質量部を混合することが好ましい。溶解に際しては、適宜撹拌することが好ましい。熱媒体100質量部に対して混合する水の量は70質量部以上であることがより好ましく、400質量部以下であることがより好ましい。溶解工程において、熱媒体の全量が溶解しなくても構わない。溶解工程において、溶解に用いた水の温度よりも10℃以上低温の水溶液を得ることが好ましく、15℃以上低温の水溶液を得ることがより好ましい。
【0022】
[蓄熱工程]
蓄熱工程は、前記溶解工程で得られた低温の水溶液に蓄熱体を浸漬して熱交換させて該蓄熱体を冷却する工程である。ここで用いられる蓄熱体は、冷熱を蓄えて放出することができるものであれば、その素材は特に限定されないが、熱交換の効率を考慮すれば、熱伝導度が高い蓄熱体が好適であり、金属又はセラミックスが好適に用いられる。金属としては、アルミニウム、マグネシウム、チタン又はそれらを主成分とする合金などが、軽量で熱伝導度が高いので望ましい。また、セラミックスとしては、アルミナ、ジルコニア、シリカ、窒化ケイ素、炭化ケイ素などが、熱伝導度が高く耐食性に優れていて好ましい。また、不織布や紙などの繊維集合体や、活性炭などの多孔質粒子を用いることもできる。これらの材料は、素材自体の熱伝導率はそれほど高くないものの、表面積が非常に大きいので、やはり効率的に熱交換することが可能である。繊維集合体や多孔質粒子は、耐水性のバインダなどを用いて所望の形状に成型することができる。また、金属やセラミックスと繊維集合体とを組み合わせるなど、複数の素材を組み合わせて蓄熱体を形成してもよい。
【0023】
蓄熱体と水溶液の熱交換の速度を考慮すると、熱交換できる表面積が大きい方が好ましい。したがって、蓄熱体が多孔体であることが好ましい。多孔体としては、ハニカム形状のような貫通孔が形成されたものであってもよいし、不定形の連通孔が形成されたものであってもよいし、球などの粒子を充填して固定し、その隙間を水溶液や空気が通過するものであってもよい。蓄熱体を低温の水溶液に浸漬させる方法は特に限定されない。熱交換の速度を上昇させるために、浸漬した状態で蓄熱体を回転または揺動させるなどして、蓄熱体の表面に接触する水溶液の更新を図ることも好ましい。
【0024】
[空気冷却工程]
空気冷却工程は、前記蓄熱工程において冷却された蓄熱体を空気に接触させて熱交換させて空気を冷却する工程である。冷却効率を高くするためには、ファンによって蓄熱体に空気を通すことが好ましい。また、前記蓄熱体が、空気の流通方向に沿った多数の貫通孔を有するハニカム構造を有することが好ましい。それにより、効果的に表面での熱交換が可能となり、冷却時間を長くすることができる。用途に応じて、ハニカムの寸法や風速を調整することで、冷却温度やその持続時間を容易に調整することができる。この点は、後の実施例2に示されているとおりである。ここで、ハニカム構造とは、断面六角形の貫通孔が並んだものだけでなく、断面四角形の貫通孔が格子状に並んだものであってもよいし、断面三角形であってもよい。あるいは、段ボールのような波板を重ねて不定形の貫通孔が並んだ形であっても構わない。
図2に、粒子を充填した蓄熱体と、ハニカム形状の蓄熱体に空気を通す模式図を示す。また、
図3にファンを用いて熱風を蓄熱体に通して冷風を得る模式図を示す。
【0025】
空気冷却工程において、蓄熱体の表面に付着した水溶液から水分を蒸発させることによって生じる蒸発潜熱によっても空気を冷却することが好ましい。後の実施例1で示されているように、冷却開始当初は低温の蓄熱体からの顕熱によって空気が冷却されるが、徐々にその効果は低下する。しかしながら、温度の上昇に伴って今度は水分が蒸発しやすくなり、蒸発潜熱によって空気の温度を低下させることができる。結果として、長時間にわたって空気を冷却することが可能となる。
【0026】
実施例1のように粒子を充填した場合には、粒子と粒子の接点付近の狭い隙間に水溶液を保持することができ、これが蒸発することによって蒸発潜熱を奪うことが可能である。一方、蓄熱体の表面を親水処理することによって、蓄熱体表面に水溶液を保持することが容易となり、より長時間にわたって蒸発潜熱を奪うことが可能である。親水処理としては、水溶液が保持されるような表面処理であればよく、単に表面を荒らして表面積を広くして水溶液を保持しやすくするだけであってもよいし、表面の化学構造を親水性に変換してもよいし、親水性の不織布を貼るなどして複合化してもよいし、これらの手法を組み合わせてもよい。あるいは、表面だけでなく、細孔を形成して内部に水溶液が浸み込むようにしてもよい。ハニカム構造の穴径を調整し、さらに表面を親水処理することで、長時間にわたって空気を冷却することが可能となる。
【0027】
[返送工程]
返送工程は、前記蓄熱工程における熱交換によって温度が上昇した水溶液を、前記乾燥工程に供するために運搬する工程である。温度が上昇した水溶液を、熱源のあるところまで運んで、乾燥工程に供する。これによって、熱媒体を再利用することができる。
【0028】
以上のようにして、乾燥工程、運搬工程、溶解工程、蓄熱工程、空気冷却工程、及び返送工程を繰り返すことによって、排熱や自然熱を利用して空気を冷却することができる。他のエネルギーを使用することなく、近場で生じる高温排熱を利用して空気を冷却することができる。熱媒体の運搬は簡単であり、必要な場所で水に溶解させることで容易に低温の水溶液が得られ、さらに蓄熱体に冷熱を蓄えることで効率的に空気を冷却することができ、コンパクトなポータブル冷却装置が提供される。
【0029】
本発明の冷却方法の用途は特に限定されないが、特に好適な用途は、着衣内の空気の冷却である。いわゆる「空調服」として知られる着衣内冷却装置は、強力なファンによって外気を着衣内に吹き込んで、着衣内にこもった多湿の空気を着衣外に追い出すというものである。しかしながら、周囲の気温が体温以上となるような極めて高温の環境の下では、そのような「空調服」は、周囲の高温の空気を着衣内に取り込むことになってしまい、身体の冷却効果を望めない。また、ファンが強力であるために電池の放電が早くなるとともに、電池やモーターの発熱の問題も有していた。
【0030】
これに対して本発明の冷却方法によれば、着衣内の空気を冷却することが可能であり、着衣内の空気の温度が着衣外の空気の温度よりも低い状態を維持することができる。したがって、ファンによる送風量も少なくてよく、長時間の冷却が可能である。特に蓄熱体を適当な寸法の貫通孔を有するハニカム構造とし、送風量を最適化することによって、長時間にわたって冷却することが可能である。このとき、蓄熱体の表面を親水化することによって、冷却した蓄熱体の顕熱を利用した後で、水分の蒸発による潜熱を利用することができ、さらに長時間にわたって着衣内を低温に保つことができる。このとき、着衣を膨らませるために着衣を構成する布地の通気度を調整したり、ファンによる送風の一部を着衣外から取り込んだりしてもよい。
【0031】
以上、熱媒体の溶解熱を使用した空気の冷却方法について説明したが、当該溶解熱を利用しなくても有用な場合がある。すなわち、前記蓄熱工程と空気冷却方法のみを採用し、蓄熱体を親水処理されたハニカム構造とし、蓄熱体からの顕熱と水の蒸発潜熱によって冷却する方法である。具体的には、低温の水又は水溶液に蓄熱体を浸漬して熱交換させて該蓄熱体を冷却する蓄熱工程、及び前記冷却された蓄熱体を空気に接触させて熱交換させて空気を冷却するとともに、前記蓄熱体の表面に付着した水溶液から水分を蒸発させることによって生じる蒸発潜熱によっても空気を冷却する空気冷却工程を有し、前記蓄熱体が空気の流通方向に沿った多数の貫通孔を有するハニカム構造を有するとともに、前記蓄熱体の表面が親水処理されていて、前記空気冷却工程において、ファンによって前記蓄熱体に空気を通して空気を冷却する、空気の冷却方法である。
【0032】
この場合に、蓄熱体の冷却方法は限定されず、熱媒体の水溶液のみではなく、低温の水又は水溶液を幅広く用いることができる。したがって、単なる水や、熱媒体以外の化合物が溶解した水溶液を用いても構わない。例えば、氷水を用いても構わないし、凝固点降下を活かして0℃未満に冷却した水溶液を用いても構わない。クーラーボックスなどにそのような低温の水又は水溶液を入れて高温の現場に運び、それに蓄熱体を浸漬して冷却する方法などが採用可能である。これらの相違点以外の蓄熱工程や空気冷却工程における好適な態様は前記溶解熱を利用した場合と同様である。
【実施例0033】
実施例1
直径2mmの球状アルミナ粒子150gを、金属メッシュに充填して、85mm×85mm×10mmの直方体形状の蓄熱体とした。一方、断熱容器内に室温(20℃)の水300gを投入し、次いで室温(20℃)の尿素90gを投入して攪拌し、吸熱反応による冷熱を発生させた。このとき、尿素水溶液の温度は4.6℃まで低下した。この尿素水溶液に前記蓄熱体を浸漬して冷却した。
【0034】
こうして冷却した蓄熱体を断面が正方形のダクトの内部に装着した。当該ダクトは厚さ1mmの樹脂板からなり、断面の内寸が85mm×85mmである。したがって、ダクトを通過する空気は、厚さ10mmの蓄熱体を通過する。ダクトの下端にファンを設置した。このファンは、市販されている「空調服」に取り付けられているものと同じものである。このファンを運転し、熱交換器で40℃前後に加熱した空気をダクト内に導入した。ファンの下流かつ蓄熱体の上流の位置(蓄熱体の下側)のダクト内に、入口空気の温度を測定するK熱電対を配置した。また、蓄熱体の下流の位置(蓄熱体の上側)のダクト内に、出口空気の温度を測定するK熱電対と、風速計と、湿度計を配置した。また、蓄熱体中心部にもK熱電対を配置した。試験装置の概略図を
図4に示す。
【0035】
図5に入口空気、出口空気、蓄熱体(粒子充填層)中心部分の温度の時間変化を示す。粒子充填層中心部の温度は、送風開始時(0秒)に7.8℃であったが実験開始後に温度上昇を続け、146秒後に30℃、268秒後に35℃に達した。出口空気の温度は、25秒経過時に最低温度の14.0℃まで低下し、その後は粒子充填層の温度と共に上昇した。30℃以下の空気は180秒間得られた。また、入口空気と出口空気の温度差は、約30秒経過時に最大温度差の20.1℃を示し、その後次第に減少し、開始400秒で温度差が4.0℃となった。この実験で測定された風速の平均値を用いてファンの動力を求めると、0.21Wとなった。
【0036】
図6に、蓄熱体出入口の空気温度および風速測定により計算した、単位時間あたりに空気が受け取った冷熱量Qair、蓄熱体中心温度測定により算出した単位時間あたりの蓄熱体顕熱変化量Qp、蓄熱体出入口の湿度変化から求めた単位時間あたりに吸収された蒸発潜熱量Qvapを示す。Qpに着目すると、蓄熱体が蓄えた顕熱の放出は、実験開始直後が一番大きく、その後減少して約210秒で放出し終えた。Qvapに着目すると、実験開始直後に空気中の水分の凝縮により発熱したため、マイナスの冷熱量の値を示すが、その後上昇し、約120秒で最大値を示して、緩やかに減少した。Qairについては、実験開始直後に急激に上昇して最大値を示した後、緩やかに減少した。Qairにおいては、蓄熱体の顕熱と、蓄熱体に付着していた水分の蒸発潜熱の寄与が考えられる。このため、空気が受け取った冷熱量は、実験開始直後は蓄熱体の顕熱からの寄与が非常に大きく、時間の経過とともに減少していくことが分かった。また、粒子の顕熱が全て放出されても、蒸発潜熱による空気冷却効果により冷熱が得られることがわかった。
図6には、QpとQvapの和も併記した。このQp+Qvapは理論的には、Qairと一致すべきであるが、特に実験前半で差異が生じている。この理由として、実験では、蓄熱体中心温度の1点しか測定しておらず、実際には蓄熱体の温度分布が生じていること、および、実験系外への熱損失の影響によるものと考えられる。
【0037】
実施例2
蓄熱体の形状が空気の冷却に与える影響について、シミュレーションによって検証した。実施例1と同様に、直径2mmの球状アルミナ粒子150gを充填した85mm×85mm×10mmの直方体の蓄熱体をダクト内に配置した場合と、ハニカム形状の蓄熱体を配置した場合を比較した。ここで用いたハニカム形状の蓄熱体は、85mm×85mm×10mmの直方体形状のアルミナ板に断面が正方形の貫通孔を設けて格子状にし、質量が150gになるように貫通孔の数と大きさを調整したものである。貫通孔の数が10×10=100個、20×20=400個、30×30=900個の3通りのハニカム形状の蓄熱体を用いた。また、ファンの動力も、実施例1で用いたファンと同じ0.21Wとした場合と、0.013Wにした場合とを行った。また、風量を10L/minに揃えた場合も検討した。ここでは、乾燥したアルミナ表面での熱交換のみを検討し、水の蒸発潜熱は考慮していない。
【0038】
(1)計算方法の概略
40℃の空気がファンを経て、蓄熱体を通過し、冷却された空気が得られるというフローを想定した。一定のファンの動力の条件において、蓄熱体を通過する空気流速を求め、その空気流速で流入する空気と蓄熱体との間の熱交換を計算した。また、ファンの動力の値と、蓄熱体形状による通気時の圧力損失を計算して、蓄熱体通過時の空気流速を求めた。
【0039】
(2-1)蓄熱体通過時の空気流速の算出
管内を流れる流体が断面1から断面2まで流れる間に、流速u1、高さz1、圧力p1から、流速u2、高さz2、圧力p2に変化したときのエネルギー保存の式(Bernoulliの式)を用いた。次式(1)に示す。
【0040】
【0041】
ここで、u、g、z、p、ρは、それぞれ、流体速度[m/s]、重力加速度[m/s2]、高さ[m]、流体圧力[Pa]、流体密度[kg/m3]を表す。また、WS0は流体単位質量あたりの仕事[J/kg]、F0は流体単位質量あたりのエネルギー損失量[J/kg]を表す。本実施例では、ファンの上流部を断面1、粒子充填層の下流部を断面2とし、u1=0、p1=p2=大気圧、z1≒z2よりu2=uとして、以下の式(2)を得た。
【0042】
【0043】
WS0に測定した際の空気の質量流量Fα(=ρuA)[kg/s]乗することで、ファンの出力WS[W]となる(式(3))。ここで、Aは流路断面積[m2]を表す。
【0044】
【0045】
蓄熱体に粒子充填層を用いる場合、摩擦によるエネルギー損失F0にErgunの式を組み合わせて、次式(4)のように表すことができる.
【0046】
【0047】
ここで、l、ε、dp、μ、u、ρは、それぞれ、充填層長さ[m]、空隙率[-]、粒子径[m]、流体の粘度[Pa s]、流速[m/s]、流体の密度[kg/m3]を表す。
【0048】
次に、ハニカム形状の蓄熱体を用いた場合、ハニカム流路幅x[m]、ハニカムを構成する壁の厚みの半値δ[m]、蓄熱体一辺の長さL[m]、蓄熱体厚さl[m]、蓄熱体の矩形流路数Nと定義する。この蓄熱体を流体が通過するときの摩擦損失は、一辺xの矩形流路が並列にN個あると考えて、次式(5)で表される。式中ReはReynolds数(=(ρ・uh・x)/μ)である。
【0049】
【0050】
ここで,uhはハニカム流路内での断面平均速度[m/s]を表す。fは次式(6)で表される摩擦係数である。
【0051】
【0052】
粒子充填層を蓄熱体とする場合は(3)、(4)式を、ハニカム形状の蓄熱体の場合は(3)、(5)、(6)式を組み合わせて、それぞれ流速を求めた。ハニカム形状の場合は、uhAh=uAの関係より、空塔部分での風速uを算出した。
【0053】
(2-2)蓄熱体と空気の熱交換の計算
蓄熱体と空気の熱交換により、蓄熱体は温度上昇し、空気は温度低下する。このとき、空気の熱収支式を以下の式(7)に示す。
【0054】
【0055】
ここで、cp,a、ρa、Vt、Ta、t、Fa、Ta,in、Ta,out、S、h、Tmは、それぞれ、空気比熱[J/(kg K)]、空気密度[kg/m3]、みかけ体積[m3]、空気温度[K]、時間[s]、空気の質量流量[kg/s]、入口空気温度[K]、出口空気温度[K]、熱交換面積[m2]、伝熱係数[W/(m2 K)]、蓄熱材温度[K]を表す。左辺は、蓄熱体内の空気の保持する熱量の変化を表し、右辺の第1項は流れによって出入りする熱量、第2項は、蓄熱体との熱交換量を表す。ここで、Tair,outは、Taとする。
また、蓄熱体の熱収支式を、以下の式(8)に示す。
【0056】
【0057】
ここで、cp,m、Mは、それぞれ、蓄熱材の比熱[J/(kg K)]、蓄熱材質量[kg]を表す。左辺は、蓄熱体の保持する熱量の変化を表し、右辺は、空気との熱交換量を表す。上式(7)、(8)を連立させて解き、出口空気および蓄熱体の温度の経過時間による変化を求めた。
伝熱係数hについて、粒子充填層の場合のNusselt数を以下の式(9)に示す。
【0058】
【0059】
また,ハニカム構造の場合のNusselt数を以下の式(10)に示す。
【0060】
【0061】
ここで、λa、x、l、μ、μwは、それぞれ、空気の熱伝導度[W/(m K)]、代表長さ[m]、管長さ[m]、流体粘度[Pa s]、壁面平均温度Twにおける流体粘度[Pa s]を表す。xは、ハニカム構造では流路幅、粒子充填層では粒子径である。Re、Prは、それぞれReynolds数およびPrandtl数である。
【0062】
(2-3)計算条件
計算に用いた数値は、以下のとおりである。
【0063】
【0064】
(3)計算結果
ファンの動力を0.21Wとし、各蓄熱体を用いたときの出口空気温度の経時変化を示したグラフを
図7に示す。流路数の増加により流路が狭くなり、空気との熱交換面積が増加し、空気が流れづらくなり、流速も低下する。そのため、ハニカム構造における矩形流路数の増加により最低温度は低下し、温度の低い空気の得られる時間が長くなる。一方、粒子充填層の場合、熱交換面積が0.22m
2であり、ハニカム30×30のときの0.06m
2の3倍もある一方で、蓄熱体を通過する流量がハニカム30×30のとき31mL/minであるのに対して、粒子充填層では,139mL/minとなっているため、粒子充填層の場合には、蓄熱体の放熱が早く、短時間で出口空気の温度が上昇してしまったことがわかる。一方、ハニカム30×30であれば、28℃以下の空気が得られる時間が196秒となり、粒子充填層を使用した時の45秒から4倍も長くなった。
【0065】
ファンの動力を0.013Wとし、各蓄熱体を用いたときの出口空気温度の経時変化を示したグラフを
図8に示す。この場合には、ハニカム30×30使用時において、28℃以下の空気が得られる時間が850秒となり、0.21Wのときよりも4倍以上となった。
【0066】
一方、ファンの動力を調整して風量を10L/minにし、各蓄熱体を用いたときの出口空気温度の経時変化を示したグラフを
図9に示す。この場合にも、粒子充填層よりもハニカム構造のほうが、低温の空気が得られる時間が長くなったが、ハニカムの矩形流路数が少ない方が低温の空気が得られる時間が長くなった。すなわち、必要な風量に応じて、ハニカムの流路数とファンの動力を調整することで、低温の空気が得られる時間を調整できることがわかった。