(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023167005
(43)【公開日】2023-11-22
(54)【発明の名称】新規アンペロマイセス菌株
(51)【国際特許分類】
C12N 1/14 20060101AFI20231115BHJP
C12N 15/31 20060101ALI20231115BHJP
A01P 1/00 20060101ALI20231115BHJP
A01P 3/00 20060101ALI20231115BHJP
A01N 63/30 20200101ALI20231115BHJP
【FI】
C12N1/14 A ZNA
C12N15/31
A01P1/00
A01P3/00
A01N63/30
【審査請求】未請求
【請求項の数】4
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023077319
(22)【出願日】2023-05-09
(31)【優先権主張番号】P 2022077801
(32)【優先日】2022-05-10
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【新規性喪失の例外の表示】新規性喪失の例外適用申請有り
【公序良俗違反の表示】
(特許庁注:以下のものは登録商標)
1.TWEEN
(71)【出願人】
【識別番号】000125347
【氏名又は名称】学校法人近畿大学
(71)【出願人】
【識別番号】303020956
【氏名又は名称】三井化学クロップ&ライフソリューション株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001508
【氏名又は名称】弁理士法人 津国
(72)【発明者】
【氏名】野々村 照雄
(72)【発明者】
【氏名】マーク・ゼット・ネメス
(72)【発明者】
【氏名】ディアナ・セレス
【テーマコード(参考)】
4B065
4H011
【Fターム(参考)】
4B065AA58X
4B065BA22
4B065BB18
4B065BB26
4B065BD43
4B065CA47
4H011AA01
4H011BB21
(57)【要約】 (修正有)
【課題】各種うどんこ病防除剤として有用な新規アンペロマイセス菌株を提供する。
【解決手段】アンペロマイセス・ストレイン(Ampelomyces strain)Eq-h株、Eq-m株、Xs-q株、7100-a株、7100-b株、7100-d株、7100-g株又は7124-e株のrDNA-ITS領域とアクチン遺伝子(ACT)のDNA塩基配列、MT644626~MT644651(ITS)、MT656304~MT656329(ACT)と99%以上の相同性を有するかまたは分子系統樹クレード3およびクレード4に分類される菌株。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
アンペロマイセス・ストレイン(Ampelomyces strain)Eq-h株、Eq-m株、Xs-q株、7100-a株、7100-b株、7100-d株、7100-g株または7124-e株のrDNA-ITS領域とアクチン遺伝子(ACT)のDNA塩基配列、配列番号1~26(MT644626~MT644651(ITS))、配列番号27~52(MT656304~MT656329(ACT))と99%以上の相同性を有するかまたは分子系統樹クレード3およびクレード4に分類される菌株。
【請求項2】
2022年5月2日付で、独立行政法人 製品評価技術基盤機構に、受領番号 NITE AP―03637で寄託されたアンペロマイセス・ストレイン(Ampelomyces strain)Eq-h、
2022年5月2日付で、独立行政法人 製品評価技術基盤機構に、受領番号 NITE AP―03638で寄託されたアンペロマイセス・ストレイン(Ampelomyces strain)Eq-m、
2022年5月2日付で、独立行政法人 製品評価技術基盤機構に、受領番号 NITE AP―03639で寄託されたアンペロマイセス・ストレイン(Ampelomyces strain)Xs-q、
2022年5月2日付で、独立行政法人 製品評価技術基盤機構に、受領番号 NITE AP―03640で寄託されたアンペロマイセス・ストレイン(Ampelomyces strain)7100-a、
2022年5月2日付で、独立行政法人 製品評価技術基盤機構に、受領番号 NITE AP―03641で寄託されたアンペロマイセス・ストレイン(Ampelomyces strain)7100-b、
2022年5月2日付で、独立行政法人 製品評価技術基盤機構に、受領番号 NITE AP―03642で寄託されたアンペロマイセス・ストレイン(Ampelomyces strain)7100-d、
2022年5月2日付で、独立行政法人 製品評価技術基盤機構に、受領番号 NITE AP―03643で寄託されたアンペロマイセス・ストレイン(Ampelomyces strain)7100-g、 又は
2022年5月2日付で、独立行政法人 製品評価技術基盤機構に、受領番号 NITE AP―03644で寄託されたアンペロマイセス・ストレイン(Ampelomyces strain)7124-e。
【請求項3】
請求項1又は2記載のアンペロマイセス菌株を含む、各種うどんこ病防除資材。
【請求項4】
各種うどんこ病の防除における請求項1又は2記載のアンペロマイセス菌株の使用。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、新規アンペロマイセス菌株に関する。
【背景技術】
【0002】
うどんこ病(Powdery mildew)は、重要作物を含む1万種以上の宿主植物に寄生する絶対寄生菌(従属栄養病原体)による植物病害であり、農作物生産、林業に深刻な損失を与える。うどんこ病の防除には、殺菌剤を定期的に散布することが必要である。殺菌剤の使用頻度や使用量が不十分な場合、一部の殺菌剤に対し耐性を示すうどんこ病が出現する可能性がある。この問題を軽減するために、新しい代替防除法が試行されている。化学的防除を補完し、あるいは代替する物理的・生物的防除法が提案されている。たとえば、うどんこ病に対する生物防除資材(BCA)としてマイコパラサイトの可能性が示されている。このようなBCAとしては、Aphanocladium album、Pseudozyma flocculosa、Moesziomyces rugulosus、Gjaerumia minor、Lecanicillium lecaniiおよびAmpelomyces quisqualisが挙げられる。アンペロマイセス(Ampelomyces)属菌は生育の遅い糸状菌で、多くの栽培植物や野生植物に広く分布し、各種うどんこ病菌の菌寄生体または超寄生体としてよく知られている。アンペロマイセスは、核内リボソームDNA内部転写スペーサー(rDNA-ITS)領域とアクチン遺伝子(ACT)断片の配列に基づいて、遺伝的に異なる系統に属することがいくつかの研究により示されており、各研究において、クレード1~4または1~5に分類されている(非特許文献1、2、3)。これらのクレードは、アンペロマイセス属の別種を表すと考えられ、別系統に属する菌株のコロニー形態の違いも言及されているが、属および種の分類学的な見直しはまだ行われていない。
【0003】
アンペロマイセス属菌の各種うどんこ病菌への寄生性は、In vitroでの研究や、異なるアンペロマイセス菌株と数種のうどんこ病菌を用いた野外実験などの接種実験により明らかにされている(非特許文献1、2、3)。実際、Podosphaera属(リンゴうどんこ病菌(Podosphaera leucotricha)、キュウリおよびメロンうどんこ病菌(Podosphaera xanthii)、ブドウうどんこ病菌(Erysiphe necator))等から分離した菌株を中心に、クレードとの関係性について検証されており、1つのクレードの中には異なるうどんこ病菌から分離された菌株が含まれることが明らかにされている(非特許文献1、2、3)。
【0004】
Ampelomyces quisqualisについては、うどんこ病菌に対する活性が明確化され、一部が微生物農薬として市販されている。実際、AQ10(登録商標)(Ecogen Incorporated, USA)はAQ10(CNCM:1-807)菌株(特許文献1、非特許文献4)、Q-fect(Green Biotech, Korea)はAQ94013 (KTCC 8940P)菌株(特許文献2、非特許文献2),Powderycare(登録商標)(AgriLife,India:RSAQ7690)、Fem307はCBS126895菌株(特許文献3)、CAP-9(CECT20749)菌株(特許文献4、非特許文献5)などが挙げられ、AQ10(登録商標)、Q-fect(登録商標)、 Powderycare(登録商標)は、実際にうどんこ病を対象とした微生物農薬として市販、使用されている。
【0005】
Ampelomyces属の種の同定は、rDNA-ITS領域とアクチン遺伝子(ACT)断片により解析が進められているが、形態的特徴およびDNA塩基配列の相同性から、明確な種の同定には至っていない。菌類の種の同定には、一般的にリボゾーム RNA 遺伝子のITS(Internal transcribed spacer)領域あるいは 26/28S rRNA 遺伝子 の D1/D2(Domain 1 および 2 :可変領域)領域が用いられる。酵母の場合、染色体 DNA の交雑試験の結果から、同一種の菌株間では ITS 領域の塩基配列の相同性が 99%以上であることが示されており、絶対的ではないが、この数値が同定の目安とされている(非特許文献6、7)。糸状菌や担子菌類の場合、DNA 類似度に基づく知見はほとんどないが、多くの実験データに基づき概ねその数値が支持されている(非特許文献8)。
【0006】
植物病原菌においては、種と宿主への病原性(宿主範囲)の関係が明確にされている(非特許文献9)。宿主特異性が高い病原菌では、種によって宿主が限定されている。一方、宿主が広い多犯性の植物病原菌では、種以下の菌群によって異なる場合があり、菌糸融合群、分化型等によって、分類学的に異なることが明らかにされている。しかしながら、病原菌における種と病原性には明確な関係があるものの、種の違いで病原性が異なる事例はない。また、植物病原菌であるCorynespora cassiicolaでは、クレードと病原性に関する関連性が明確にされており、クレードによって宿主植物が異なることが明らかにされている(非特許文献10)。一方、菌寄生菌であるAmpelomyces属においても、クレードと各種うどんこ病菌への寄生性には一定の傾向が認められている(非特許文献2)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】US5190754
【特許文献2】KR100332480
【特許文献3】WO201444723
【特許文献4】ES2470490
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】Phytopathology(2012)102:707-716
【非特許文献2】Fungal Biology(2010)114:235-247
【非特許文献3】Molecular Ecology(2011)20:1492-1507
【非特許文献4】Pest Management Science(2003)59:475-483
【非特許文献5】Science Horticulturae(2020)267:109337
【非特許文献6】System Appl Microbiol(1991) 14 : 124-129
【非特許文献7】モダンメディア(2009)55 9 :237‐242
【非特許文献8】Mycologia(2004) 96 : 558-571
【非特許文献9】Microbiol. Cult. Coll. 29(2)・79-90.2013
【非特許文献10】植物防疫 第 66 巻 第 11 号 (2012 )
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
うどんこ病防除剤として、Ampelomyces quisqualisの一部の菌株の防除効果、微生物農薬としての実用性は明らかにされているが、Ampelomyces quisqualis以外の種の菌株(Ampelomyces spp)によるうどんこ病菌に対する寄生性、効果は明確にされていない。
【0010】
Ampelomyces属菌の1つのクレードの中には異なるうどんこ病菌から分離された菌株が含まれることが明らかにされている。しかしながら、各クレードと各種うどんこ病菌に対する寄生性の範囲は明確にされていない。
【0011】
本発明の課題は、各種うどんこ病防除剤として有用な新規アンペロマイセス菌株を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者らは上記課題を解決すべく、各種作物のうどんこ病菌からアンペロマイセス属菌を分離・同定し、オオムギうどんこ病菌、レッドクローバーうどんこ病菌、キュウリおよびメロンうどんこ病菌、イチゴうどんこ病菌、及びトマトうどんこ病菌に対する寄生性を指標に評価を行った結果、従来のAmpelomyces quisqualisとは異なる新規アンペロマイセス菌株が各種うどんこ病菌に寄生すること、また、植物に薬害を示さず、微生物防除資材として効果を示す可能性を見出し、本発明を完成させるに至った。
本発明は、以下のとおりである。
[1]アンペロマイセス・ストレイン(Ampelomyces strain)Eq-h株、Eq-m株、Xs-q株、7100-a株、7100-b株、7100-d株、7100-g株又は7124-e株のrDNA-ITS領域とアクチン遺伝子(ACT)のDNA塩基配列、配列番号1~26(MT644626~MT644651(ITS))、配列番号27~52(MT656304~MT656329(ACT))と99%以上の相同性を有するかまたは分子系統樹クレード3およびクレード4に分類される菌株。
[2]2022年5月2日付で、独立行政法人 製品評価技術基盤機構に、受領番号 NITE AP-03637で寄託されたアンペロマイセス・ストレイン(Ampelomyces strain)Eq-h、
2022年5月2日付で、独立行政法人 製品評価技術基盤機構に、受領番号 NITE AP-03638で寄託されたアンペロマイセス・ストレイン(Ampelomyces strain)Eq-m、
2022年5月2日付で、独立行政法人 製品評価技術基盤機構に、受領番号 NITE AP-03639で寄託されたアンペロマイセス・ストレイン(Ampelomyces strain)Xs-q、
2022年5月2日付で、独立行政法人 製品評価技術基盤機構に、受領番号 NITE AP-03640で寄託されたアンペロマイセス・ストレイン(Ampelomyces strain)7100-a、
2022年5月2日付で、独立行政法人 製品評価技術基盤機構に、受領番号 NITE AP-03641で寄託されたアンペロマイセス・ストレイン(Ampelomyces strain)7100-b、
2022年5月2日付で、独立行政法人 製品評価技術基盤機構に、受領番号 NITE AP-03642で寄託されたアンペロマイセス・ストレイン(Ampelomyces strain)7100-d、
2022年5月2日付で、独立行政法人 製品評価技術基盤機構に、受領番号 NITE AP-03643で寄託されたアンペロマイセス・ストレイン(Ampelomyces strain)7100-g、又は
2022年5月2日付で、独立行政法人 製品評価技術基盤機構に、受領番号 NITE AP-03644で寄託されたアンペロマイセス・ストレイン(Ampelomyces strain)7124-e。
[3] [1]又は[2]記載のアンペロマイセス菌株を含む、うどんこ病防除剤。
[4]うどんこ病菌の処置における[1]又は[2]記載のアンペロマイセス菌株の使用。
【発明の効果】
【0013】
本発明の新規アンペロマイセス菌株は、従来のAmpelomyces quisqualisと比較し、各種うどんこ病菌に感染し死滅させることができる。これらの効果は、同業者であっても予想だにできなかった事実である。
【0014】
次に、本明細書で使用する各種の用語について説明する。
【0015】
本発明に記載のDNA塩基配列とは、rDNA-ITS(ITS)とアクチン遺伝子(ACT)の遺伝子断片であり、rDNA-ITSのDNA塩基配列は、PCR反応によって、プライマーITS1FとITS4によって増幅される断片、条件として、94℃で5分間の初期熱変性、その後94℃で45秒間、55℃で45秒間、72℃で1分間の35サイクルの条件で増幅される断片である。アクチン遺伝子(ACT)のDNA塩基配列は、PCR反応によって、プライマーAct-1およびAct-5raによって増幅される断片、条件として、最初の熱変性は98℃で5分間、その後98℃30秒、54℃1分間、72℃1分間の35サイクルで増幅される断片である。例えば、rDNA-ITSのDNA塩基配列として、Genbankのアクセッション番号MT644626~MT644651、アクチン遺伝子(ACT)のDNA塩基配列として、Genbankのアクセッション番号MT656304~MT656329の配列が挙げられる。
【0016】
本発明における新規アンペロマイセス菌株(Ampelomyces strain)は、rDNA-ITSのDNA塩基配列として、Genbankのアクセッション番号MT644626~MT644651、アクチン遺伝子(ACT)のDNA塩基配列として、Genbankのアクセッション番号MT656304~MT656329の配列と99%以上の相同性を示すDNA塩基配列を有する菌株が該当する。遺伝子断片菌類の種の同定には、一般的にリボゾーム RNA 遺伝子のITS(Internal transcribed spacer)領域あるいは 26/28S rRNA 遺伝子 の D1/D2(Domain 1 および 2 :可変領域)領域が用いられる。酵母の場合、染色体 DNA の交雑試験の結果から、同一種の菌株間では ITS 領域の塩基配列の相同性が 99%以上であることが示されており、絶対的ではないが、この数値が同定の目安とされている(System Appl Microbiol(1991)14:124-129)。糸状菌や担子菌類の場合、DNA 類似度に基づく知見はほとんどないが、多くの実験データに基づき概ねその数値が支持されている(Mycologia(2004)96:558-571)ことが根拠である。
【0017】
【化1】
【化2】
【化3】
【化4】
【化5】
【化6】
【化7】
【化8】
【化9】
【化10】
【化11】
【化12】
【化13】
【化14】
【化15】
【化16】
【化17】
【化18】
【化19】
【化20】
【化21】
【化22】
【化23】
【化24】
【化25】
【化26】
【0018】
【化27】
【化28】
【化29】
【化30】
【化31】
【化32】
【化33】
【化34】
【化35】
【化36】
【化37】
【化38】
【化39】
【化40】
【化41】
【化42】
【化43】
【化44】
【化45】
【化46】
【化47】
【化48】
【化49】
【化50】
【化51】
【化52】
【0019】
本発明におけるアンペロマイセス属菌の分子系統学的分類であるクレードとは、ITSおよびACT配列から分類される単系統群であり、以下の方法で解析されたものを指す。ITSおよびACT配列(Phytopathology(2012)102:707-716;Fungal Biology(2010);114:235-247;Molecular Ecology(2011)20:1492-1507、Phytopathology(2019)109:1404-1416)を既知のアンペロマイセス属菌の指標とし、アウトグループとしてPhoma herbarum株(CBS 567.63)(Phytopathology(2012)102:707-716)と共に解析し、合計130菌株(Ph.herbarumを含む)を解析対象とした。アライメントおよび最終的な解析用データセットを、Nemethら(2019)の記載にしたがって作成した。ITS_ACT データセットを、ITSとACTに対応するパーティションを設定し、最尤法(ML)とベイズ推定法(BI)を用いて解析した。ITSは501文字、ACTは820文字からなり、合計1321文字からなるデータセットである。ML解析にはraxmlGUI 1.5を使用し、詳細はNemethら(2019)のとおりである。BIはMrBayes 3.1.2を用い、以前に記述された方法にしたがった(European Journal of Plant Pathology(2018)150:817-824)。BIでサンプリングした樹木から、最初の4,000本のサンプリング(バーンイン)を省き、多数決(50%)合意樹木を算出した。解析結果の系統樹をTreeGraph 2.14.0で可視化し、TreeBASE(study ID 25861)とした。本発明の新規アンペロマイセス菌株は、分子系統樹のクレード3およびクレード4に分類される菌株であり、rDNA-ITSのDNA塩基配列として、Genbankのアクセッション番号MT644626~MT644651、アクチン遺伝子(ACT)のDNA塩基配列として、Genbankのアクセッション番号MT656304~MT656329の配列と99%以上の相同性を示すDNA塩基配列を有する菌株が該当する。
【0020】
本発明におけるうどんこ病菌とは、子のう菌類ウドンコカビ目ウドンコカビ科に属する菌類の総称であり、宿主として、野菜、果樹、草花、観葉植物などの多くの植物に感染し、白いうどん粉状の標徴の病気を引き起こす。うどんこ病菌は培地等で人工培養できない絶対寄生菌である。うどんこ病菌は多く属を含み、例えば、Sphaerotheca属(バラ科:イチゴ、ウリ科)、Erysiphe属(ナス科:トマト/マメ科:エンドウ/カシ類)、Podosphaera属(ウリ科/バラ科)、Blumeria属(イネ科/ムギ科)、Golovinomyces属(キク科/ナス科:ホオズキ)、Neoerysiphe属、Cystotheca属(ブナ科)、Sawadaea属(ムクロジ科:カエデ)、Phyllactinia属(カキノキ科/バラ科/クワ科)、Pleochaeta属、Leveillula属(ナス科/ピーマン)に分類されている。また、うどんこ病菌は寄生性によって表生寄生(Ectophytic)、半内部寄生(Partly Ectophytic)、内部寄生(Endophytic)の3つに分類される。例えば、Arthrocladiella属、Blumeria属、Brasiliomyces属、Cystotheca属、Erysiphe属、Podosphaera属、Sawadaea属、Typhulochaeta属菌は表生寄生、Pleochaeta属、Phyllactinia属は半内部寄生、Leveillula属は内部寄生に分類される。
【0021】
本発明における菌株が寄生するうどんこ病菌の宿主植物体としては、稲、芝、トウモロコシ及びサトウキビ等のイネ科、コムギ、オオムギ、ライムギ及びエンバク等のムギ科、ミカン、レモン、キンカン及びユズ等のミカン科、バナナ等のバショウ科、リンゴ、ナシ、モモ、オウトウ、イチゴ及びバラ等のバラ科、ブドウ等のブドウ科、カキ等のカキノキ科、キュウリ、スイカ、メロン及びカボチャ等のウリ科、ナス、トマト、ジャガイモ、ピーマン及びタバコ等のナス科、キャベツ及びレタス等のアブラナ科、大豆、インゲン、サヤエンドウ及びラッカセイ等のマメ科、サトイモ及びコンニャク等のサトイモ科、イチジククワ科、サツマイモ等のヒルガオ科、シイ、クヌギ、カシ及びコナラ等のカシノキ科、カエデ、ガラナ及びトチノキ等のムクロジ科、ホウレンソウ及びテンサイ等のヒユ科、レタス、ゴボウ、キク及びヒマワリ等のキク科、チューリップ等のユリ科、その他コーヒーや綿などを示しており、更に、植物体およびそれらのF1品種等が挙げられる。また、遺伝子等を人工的に操作することにより生み出され、元来自然界に存在するものではない遺伝子組み換え作物も含み、例えば、除草剤耐性を付与した大豆、トウモロコシ、綿等、寒冷地適応したイネ、タバコ等、殺虫物質生産能を付与したトウモロコシ、綿等の農園芸作物等が挙げられるが、これら範囲に限定されるものではない。
【0022】
また、本発明における菌株の植物体への施用方法としては、植物体と接触させる方法、または、栽培土壌に含有させて、植物の根もしくは地下茎に接触させる方法が挙げられる。具体例として、組成物の植物個体への茎葉散布処理、注入処理、苗箱処理、セルトレー処理、温室ダクトを介した処理、植物種子への吹き付け処理、植物種子への塗沫処理、植物種子への浸漬処理、植物種子への粉衣処理、土壌表面への散布処理、土壌表面への散布処理後の土壌混和、土壌中への注入処理、土壌中での注入処理後の土壌混和、土壌潅注処理、土壌潅注処理後の土壌混和等が挙げられる。通常、当業者が利用するいかなる施用方法を用いても十分な効力を発揮する。
【図面の簡単な説明】
【0023】
【
図1】本発明で単離した26菌株(太字)を含む、日本分離菌株の129菌株のアンペロマイセス属菌のrDNA-ITS配列とACT配列を最尤度(ML)解析した結果、最も尤度の高い系統樹を示す。本系統樹は、先行研究に基づき、Phoma herbarum CBS56763株に根ざしている。ML解析の1000反復から計算したブートストラップ値をパーセントで表記した(70%以下とサブクレードの値は表示しない)。その後にベイズ解析による事後確率(0.9以下とサブクレードでは値を示さない)をスラッシュで区切って示す。棒グラフは1枝につき、1部位あたり0.02の変化量の見込みを示す。Ampelomycesの菌株に関する追加データ(収集場所とデータ、宿主菌種)および解析に含まれる配列のGenBankアクセッション番号は、以前の研究に記載されている。
【
図2】トマトうどんこ病菌KTP-03菌糸体上のAmpelomyces系統 Xs-qの高解像能デジタル顕微鏡写真(A,B)および光顕顕微鏡写真(C)。A:KTP-03菌糸体上に形成された成熟分生子殻(Py1)および未熟分生子殻(Py2)。B:KTP-03の分生子柄(Cp)に形成された分生子殻(Py)。C:蒸留水(10μL)を滴下し、分生子殻から胞子(Sp)が出現した。10日齢のKTP-03菌叢に胞子を噴霧接種し、14日目に顕微鏡写真を撮影した。スケールバーは50μm(A)および30μm(BおよびC)を表す。Hp:トマトうどんこ病菌KTP-03の菌糸。
【
図3】トマトうどんこ病菌KTP-03に感染したAmpelomyces Xs-q株の高解像能デジタル顕微鏡写真(AおよびB)および光学顕微鏡写真(C~F)。A:KTP-03の菌糸がトマトのタイプIトリコーム細胞に感染した。B:Xs-q菌糸が、KTP-03の分生子内に侵入した。矢印はXs-q菌糸の侵入部位を示す。C:KTP-03の菌糸と分生子柄の原基細胞内で生育したXs-q菌糸。D:Xs-q菌糸が生長し、KTP-03分生子柄内で産生された分生子殻。E:KTP-03の分生子柄で作られたXs-qの分生子殻とその分生子殻から生じた豊富な胞子。F:トマトのタイプIトリコーム細胞上に形成されたKTP-03分生子柄内で形成されたXs-q分生子殻。スケールバーは、60μm(A,F)、20μm(B~E)を表す。Ahp:Xs-q菌糸;Co:KTP-03分生子柄;Cp:KTP-03分生子;Hp:KTP-03菌糸;Py:Xs-q分生子殻;Sp:Xs-q胞子;Tc:トマトのタイプIトリコーム細胞。
【
図4】トマトうどんこ病菌KTP-03へのAmpelomyces系統 Xs-qの感染過程。KTP-03はトマトのタイプIトリコーム細胞上で旺盛に生育した。トマト葉に分生子殻を接種後、0日(A)、2日(B)、3日(C)、5日(D)、6日(E)、7日(F)の高解像能デジタル顕微鏡写真をトリコーム細胞近辺で撮影した。KTP-03の分生子柄(Cp)と菌糸(矢印)は、Xs-q菌糸(Ahp)がKTP-03の菌糸に侵入した後、萎縮した。スケールバーは、20μmを表す。
【
図5】Ampelomyces系統 Xs-qのKTP-03における分生子殻の形成過程。KTP-03の分生子をマイクロマニピュレーション法でトマトの葉に接種後、10日目の菌叢を形成させた。10日目のKTP-03菌叢にXs-q胞子を噴霧接種してから0(A),5(B),7(C),10(D),12日目(E)にデジタル顕微鏡写真を撮影した。KTP-03の分生子柄(Cp)は、タイプIトリコーム細胞(Tc)付近に形成され、Xs-q菌糸(Ahp)のKTP-03菌糸への侵入後、完全に萎縮した(矢印)。Xs-qの分生子殻(Py)はKTP-03の分生子柄内で正常に形成された。スケールバーは、20μmを表す。
【発明を実施するための形態】
【0024】
本研究の主な目的は、1)日本由来のアンペロマイセス菌株の形態的・生理的特徴と系統的配置を明らかにすること、2)異なるマイコホスト種におけるマイコパラシーの割合を検定し定量すること、3)アンペロマイセス菌株のトマトうどんこ病菌への感染過程と分生子殻の形成過程を詳細に観察することであった。日本分離菌株について、系統学的、形態学的、及び生理学的特徴の解析、そして菌寄生率などの詳細な解析を行ったのは、我々の知る限り本研究が初めてである。また、本研究は、高解像能デジタル顕微鏡を用いて、選択されたアンペロマイセス菌株とうどんこ病菌間の相互作用を詳細に観察し、この特異なタイプの菌寄生活性を特徴付ける定量的データを提供した最初の研究である。また、農薬として使用される実際処理方法として、胞子懸濁液の茎葉散布により防除効果を示すことを明らかにした。
【0025】
本発明者らは、日本国内の宿主植物で自然感染した6種類のうどんこ病菌の菌糸から、合計26菌株のアンペロマイセス属菌を分離した。これらの菌株は、形態学的特徴、リボソームDNA内部転写スペーサー(rDNA-ITS)領域およびアクチン遺伝子(ACT)断片の配列に基づいて特徴づけされた。収集した菌株は6種類の遺伝子型を有し、アンペロマイセス属の3つの異なるクレードに分類された。また、形態は他のアンペロマイセス属の菌株と一致したが、いずれの菌株も遺伝学的解析で同定されたグループとは関連しなかった。5種のうどんこ病菌に8種のアンペロマイセス菌株を接種し、その菌寄生活性を検討した。その結果、いずれの菌株もすべてのうどんこ病菌に感染し、うどんこ病菌コロニー(菌叢)に形成した分生子殻の数から判断して、その寄生能に有意差は認められなかった。トマトうどんこ病菌(Pseudoidium neolycopersici系統 KTP-03)とアンペロマイセス属菌 8株の相互作用について、実験室において高解像能デジタル顕微鏡を用いた研究を行った。その結果、トマトの葉の上で発芽した菌寄生菌の胞子およびその菌糸が、Ps.neolycopersiciの菌糸を貫通することが確認された。アンペロマイセス菌株の菌糸は、内部で生育を続け、接種後5日(dpi)でうどんこ病菌の分生子柄の萎縮が始まり、6dpiで萎縮を生じ、そして7dpiで寄生された分生子柄は完全に崩壊した。アンペロマイセス菌株は、Ps. neolycopersiciの菌糸が菌寄生菌によって破壊された8~10dpi頃に、Ps. neolycopersici分生子柄内で新しく分生子殻を形成した。成熟した分生子殻は10~14dpiで胞子を放出し、これが無傷のうどんこ病菌に感染する源となった。成熟した単一分生子殻は、約200から1,500個の胞子を含んでいた。本研究は、日本で単離されたアンペロマイセス属菌における初めての詳細な解析であり、高解像能デジタル顕微鏡技術を用いて系統学的に多様なアンペロマイセス菌株によるPs.neolycopersiciの菌寄生性を最初に定量化したものである。開発したモデル系は、今後のアンペロマイセス属菌(菌寄生菌)を利用した生物防除や生態学的研究に有用である。
【実施例0026】
材料と方法
新規に分離したアンペロマイセス菌株における宿主うどんこ病菌の同定
宿主うどんこ病菌は、形態、宿主植物、rDNA-ITS配列に基づき同定した。うどんこ病菌の宿主植物での形態観察は、先に記載したように試料を調製した後に行った(Mycoscience(2013)54:183-187)。うどんこ病菌の菌糸からのDNA抽出は、記載されたとおりに行った(Mycological Progress(2016)15:56)。ITS増幅を2段階で行う場合、Phusion Green Hot Start II High-Fidelity PCR Master Mix(Thermo Fisher Scientific,MA,USA)を用い、反応液組成および反応条件は、メーカー推奨、プライマーアニーリング温度は58℃に設定した。DNA鋳型を含まないチューブはネガティブコントロールとして含まれる。PCRの結果得られたアンプリコンを1%アガロースゲルで電気泳動した。断片はLGC Genomics GmbH (ドイツ)に送付し、塩基配列を決定した。配列決定は増幅に使用したものと同じプライマーを用いて行われた。得られたクロマトグラムは、Staden Program Package(Methods in Molecular Biology(2000)132:115-130)を用いて処理した。配列はGenbankにアクセッション番号MT645844~MT645849で寄託された。
【0027】
アンペロマイセス菌株の分離・培養
自然感染宿主植物から採取したうどんこ病菌6検体から、合計26菌株のアンペロマイセス属菌を分離した(表1)。アンペロマイセス菌株の菌糸は、うどんこ病菌からLiangらに従って分離した(Fungal Diversity(2007)24:225-240)。2%麦芽エキス添加Czapex-Dox寒天培地(MCzA;3g NaNO3,1g K2HPO4,0.5g KCl,0.5g MgSO4,15g寒天及び20g麦芽エキス)上で、25±2℃、照度22.2μmoL・m-2・s-1の条件下で培養した。菌株は2ヶ月ごとに継代培養した。
【0028】
【0029】
アンペロマイセス菌株からのDNA抽出、PCR増幅、塩基配列の決定
DNeasy Plant Mini Kit(Qiagen,MD,USA)を用いて、キットに付属のプロトコールに従って、2週間前のアンペロマイセス菌株のコロニー約1cm2からDNAを抽出した。DNA抽出後、rDNA-ITSとアクチン遺伝子(ACT)の断片の2つの遺伝子座を増幅し、塩基配列を決定した。ITSの増幅には、プライマーITS1FとITS4、および以下のPCRプロトコールを用いた:94℃で5分間の初期熱変性、その後94℃で45秒間、55℃で45秒間、72℃で1分間の35サイクル(ITSIF:Molecular Ecology(1993)2:113-118;ITS4:PCR Protocols(a guide to methods and applications(1990)18:315-322)。反応を、72℃で10分間最終インキュベートして終了させた。プライマーAct-1およびAct-5raをACT増幅に使用し、以下のPCRプロトコールを用いた:最初の熱変性は98℃で5分間、その後98℃30秒、54℃1分間、72℃1分間の35サイクル(Microbiological Research(2000)155:179-195)。反応終了後、72℃で5分間インキュベートした。20μLの反応をDreamTaq Green PCR Master Mix(Thermo Fisher Scientific,MA,USA)を用いて、500nMの最終濃度のプライマー(Sigma-Aldrich,MO,USA)を用いて実行した。ネガティブコントロールとして、DNA鋳型を欠くPCRミックスを常に含むようにした。配列決定とクロマトグラムの処理は、上記で詳述したように行った。配列をGenbankにアクセッション番号MT644626~MT644651(ITS)およびMT656304~MT656329(ACT)で寄託した。
【0030】
シークエンスアラインメントと系統樹解析
日本で分離された新菌株の塩基配列を、これまでに決定された他の103株のアンペロマイセス属菌のITSおよびACT配列(Phytopathology(2012)102:707-716;Fungal Biology(2010)114:235-247;Molecular Ecology(2011)20:1492-1507;Phytopathology(2019)109:1404-1416)と、アウトグループとしてPhoma herbarum株(CBS 567.63)(Phytopathology(2012)102:707-716)と共に解析し、合計130菌株(Ph.herbarumを含む)を解析対象とした。アラインメントおよび最終的な解析用データセットを、Nemethら(2019)の記載に従って作成した。ITS_ACT データセットを、ITSとACTに対応するパーティションを設定し、最尤法(ML)とベイズ推定法(BI)を用いて解析した。ITSは501文字、ACTは820文字からなり、合計1321文字からなるデータセットである。ML解析にはraxmlGUI 1.5を使用し、詳細はNemethら(2019)のとおりである。BIはMrBayes 3.1.2を用い、以前に記述された方法に従った(European Journal of Plant Pathology(2018)150:817-824)。BIでサンプリングした樹木から、最初の4,000本のサンプリング(バーンイン)を省き、多数決(50%)合意樹木を算出した。解析結果の系統樹をTreeGraph 2.14.0で可視化し、TreeBASE(study ID 25861)に提出した。
【0031】
アンペロマイセス菌株 in vitroでの生育特性に関する形態学的観察
4つのうどんこ病菌試料に由来し、系統解析により4つの異なるハプロタイプに属するアンペロマイセス属菌の代表8菌株を選び、培養特性をより詳細に検討した(表2)。この8菌株には、同じうどんこ病菌試料に由来する菌株も含まれており、菌株レベルでの特性の違いの可能性を明らかにするために、この8菌株を選択した。30日齢のアンペロマイセス菌株の胞子形成コロニーを1.0~1.5mLの滅菌蒸留水で洗浄した。コロニーを滅菌メスでかきとり、各コロニーから胞子懸濁液を調整した。その濃度をヘモサイトメーター(日本理化学工業株式会社、東京、日本)で測定した。懸濁液を5×105胞子・mL-1に希釈した。Tween20を添加し、最終Tween20濃度が0.05%になるようにした。滅菌セロハンシートを敷いた素水寒天培地プレートに、いずれかのアンペロマイセス菌株の胞子懸濁液をそれぞれ噴霧し、室温(25±2℃)で培養した。接種3日後の胞子発芽率および菌糸長を高解像能デジタル顕微鏡(KH-2700 DM;Hirox、東京、日本)下で測定した。データは5反復の平均値と標準偏差で示した(1反復で100胞子)。アンペロマイセス菌株のコロニーの径方向成長速度を、20日間培養後の各コロニーの直径を測定することによって評価した。データは5反復(1反復で10コロニー)の平均と標準偏差として示した。
【0032】
【0033】
植物材料
温室内の自家受粉子孫(自殖)から得たトマトSolanum lycopersicum Mill.cv. Moneymaker(MM)の種子を,シャーレ内の水に浸したろ紙上でLH-240N人工気象器(日本医化器械工業、東京、日本)において3日間かけて発芽させた。白色蛍光ランプ FL40SS W/37(Mitsubishi,Tokyo,Japan)を用いた連続照明(19.8~40.3μmoL・m-2・s-1;400~700nm)のもと、25±2℃で行った。子葉期の苗をポリウレタン製立方体スポンジ支持体(3×3×3cm3)に挟んだ。苗を挟んだスポンジ支持体を、20mLの水耕栽培用養液(4.0mM KNO3,1.5mM Ca(NO3)2,1.0mM MgSO4,0.66mM NH4H2PO4,0.057mM FeEDTA,0.048mM H3BO3および0.009mM MnSO4)を入れた30mL円筒型プラスチックケース(直径3cm、長さ5cm)に挿入し、温度管理された部屋で14日間以下の条件でインキュベーションを行った。25±2℃、50~70%相対湿度(RH)、59.5μmoL・m-2・s-1の連続照度である。
【0034】
うどんこ病菌の材料、接種、および培養
本研究では、人工気象器で継続的に継代培養しているトマトうどんこ病菌分離菌株(Pseudoidium neolycopersici L. Kiss KTP-03)を用いた(関西病虫研究会報(2014)56:17-20)。感染葉上のコロニーから既報(Mycological Research(2009)113:364-372)の静電胞子捕集器を用いて成熟分生子を採取し、高解像能デジタル顕微鏡(KH-2700)下で14日齢の健全トマト苗(MM)の本葉に接種した。接種した苗を、25±1℃、50~70%RHの人工気象器内で、22.2μmoL・m-2・s-1の連続照明下で40日間インキュベートした。
【0035】
日本産アンペロマイセス菌株による菌寄生性試験
形態学的特性調査で使用した8菌株のアンペロマイセス属菌を菌寄生性試験に供試した。温室で管理している以下のうどんこ病菌を使用した。Blumeria graminis f.sp. hordei Marchal race 1 KBP-01株(オオムギうどんこ病菌)、Erysiphe trifoliorum Greville KRCP-4N株 (レッドクローバーうどんこ病菌)、Podosphaera aphanis U. Braun & S. Takamatsu KSP-7N株(イチゴうどんこ病菌)、Podosphaera xanthii Pollacci KMP-6N株(メロンうどんこ病菌)およびPseudoidium neolycopersici L. Kiss KTP-03株(トマトうどんこ病菌)を用いた。これらの実験で接種したうどんこ病菌コロニーは10日齢であった。アンペロマイセス菌株の胞子懸濁液を、上記のように調整した。各菌株について5本のうどんこ病菌感染植物に、アンペロマイセス菌株の胞子懸濁液を接種し、プラスチックの箱に入れた。各菌株について5本の非接種植物を対照区とした。ガーゼを滅菌水道水で湿らせ、箱に入れた。25±1℃、80~90%RH、22.2μmoL・m-2・s-1の連続照度の人工気象器で10~20日間培養した。
【0036】
菌糸寄生時に形成された分生子殻と胞子の形態学的解析
アンペロマイセス菌株の分生子殻と胞子を実体顕微鏡(SZ60 SM;オリンパス、東京、日本)と高解像能デジタル顕微鏡で観察し、菌糸寄生性試験中に形成された胞子を調べた。25±2℃で14日間生育させたトマトうどんこ病菌のコロニー内で形成された成熟分生子殻の長さと幅をスライドグラス上で測定した。データは5反復(1反復で分生子殻20個、胞子100個)の平均値および標準偏差として示した。
【0037】
菌寄生活性の定量化
アンペロマイセス菌株の菌寄生活性を特徴付けるために、上記5種のうどんこ病菌の10個のコロニーに形成された分生子殻の数を接種後14日目(dpi)に測定した。分生子殻の数は、分生子殻が存在しない、うどんこ病菌単一菌叢あたり11~100分生子殻、うどんこ病菌単一菌叢に101分生子殻以上形成された、の3段階でスコア化した。また、トマトうどんこ病菌分生子柄内で形成された単一分生子殻で産生したアンペロマイセス胞子の数を高解像能デジタル顕微鏡下で計数した。うどんこ病菌を接種したトマト10株のトマト植物から20枚の葉片(約1×1cm2の大きさ)を採取した。そのサンプルを高解像能デジタル顕微鏡下で直接観察した。データを5反復の平均値と標準偏差で示した(1レプリケーションで5個の分生子殻)。
【0038】
トマトうどんこ病菌(Ps.neolycopersici)に対するアンペロマイセス菌株の菌寄生活性の連続モニタリング
試験管内で胞子形成が良好なXs-q株を選び、うどんこ病菌の感染構造体内における菌寄生活性をより詳細に解析した。Xs-q株をトマトのうどんこ病菌に噴霧接種し、うどんこ病菌における菌寄生過程と分生子殻の形成を観察した。接種した葉は、高解像能デジタル顕微鏡を用いて定期的に観察した。また、光学顕微鏡(BX-60 LM;オリンパス、東京、日本)用の試料を準備した。ラクトフェノール・エタノール溶液(10mL グリセロール、10mL フェノール、10mL 乳酸、10mL 蒸留水、40mL 99.8% エタノール)中で1~2分間クロロフィルを除去し、試料を固定した後、前記のように蒸留水に溶解した0.1% Aniline Blue(ナカライテスク株式会社、東京、日本)で染色した。試料を光学顕微鏡下で観察した。
【0039】
菌寄生性の詳細を明らかにするため、特にアンペロマイセス菌株の感染過程をリアルタイムで直接観察することを容易にするため、以下の実験を計画した。Ps.neolycopersici KTP-03の成熟分生子を14日齢のトマト(MM)のタイプIトリコームに直接接種し、接種した植物を上記と同じ条件で、人工気象器内で10~14日培養した。トリコーム上に生育したうどんこ病菌を自然環境条件下で観察した。KTP-03におけるアンペロマイセス菌株の感染過程を、高解像能デジタル顕微鏡を使用して観察した。MCzAプレートで増殖させたアンペロマイセス属菌 Xs-q株の成熟した分生子殻を、ガラス針を装着したマイクロマニピュレーターを用いて、Ps. neolycopersici KTP-03コロニーに接種した。これらの単一分生子殻は、胞子の供給源となり、感染プロセスを開始させた。Xs-q株の菌糸伸長は、高解像能デジタル顕微鏡の1/2インチインターライン転送型電荷結合素子(CCD)カメラを用いて、接種後14日間にわたって連続的に撮影した。撮影した顕微鏡写真を、Adobe Photoshop画像処理ソフト(ver.5.0;Adobe,Systems,CA,USA)を用いて解析し、元の情報を変えずに撮影した画像のコントラストを向上させた。
【0040】
キュウリうどんこ病菌(Podosphaera xanthii)に対するアンペロマイセスXs-q菌株の効果試験
次に、本発明菌株が植物病害に有効であることを具体的に示すが、これらの例に限定されるものではない。
【0041】
キュウリうどんこ病:予防試験
供試植物(キュウリ品種:相模半白節成)の種子を播種後、第1葉が展開するまで栽培した。本発明菌株アンペロマイセス・ストレインXs-q菌株の分生胞子を井戸水に懸濁して1×10^6個/mlに調製し、得られた懸濁液を供試植物に散布した(2.5ml/個体)。風乾後、キュウリうどんこ病菌(Podosphaera xanthii)の分生胞子を井戸水に懸濁し、1×10^3個/mlに調整して噴霧接種した。接種後、室温20℃、加湿条件下・非加湿条件下で各々6~10日栽培後、キュウリうどんこ病コロニー数を計数した。
【0042】
キュウリうどんこ病:治療試験
供試植物(キュウリ品種:相模半白節成)の種子を播種後、第1葉が展開するまで栽培した。キュウリうどんこ病菌(Podosphaera xanthii)の分生胞子を井戸水に懸濁して1×10^3個/mlに調整し、噴霧接種した。接種4日後、本発明菌株アンペロマイセス・ストレインXs-q菌株の分生胞子を井戸水に懸濁して1×10^6個/mlに調製し、散布した(2.5ml/個体)。散布後、室温20℃、加湿条件下・非加湿条件下で各々6~10日栽培後、キュウリうどんこ病コロニー数を計数した。
【0043】
以上の方法で計数したキュウリうどんこ病のコロニー数を用いて、以下の計算式に従って防除価を算出した。
防除価=100{1-(A/B)} A=各薬剤処理区のコロニー数
B=無処理区コロニー数
各試験において防除価80以上を示し、本発明菌株アンペロマイセス・ストレインXs-q菌株のキュウリうどんこ病菌(Podosphaera xanthii)に対する効果を確認した。
【0044】
アンペロマイセス菌株のITSおよびACT領域の塩基配列解析
日本で新たに分離されたアンペロマイセス属菌 26菌株について、ITSおよびACTの断片を決定した(表1)。同一のうどんこ病菌試料から分離されたアンペロマイセス菌株のITSおよびACT配列は同一であった。また、Erysiphe quercicolaとE. glycinesから分離された菌株はITS配列が同一であったため、独立した6つのうどんこ病菌サンプルから分離された菌株は5つの異なるITS遺伝子型を有していた。また、ACTの配列から6つの異なる遺伝子型が明らかになった。
【0045】
アンペロマイセス分離菌株の系統樹の解析
ITS_ACTデータセットを組み合わせたMLおよびBI解析により、非常によく似た系統樹と同一のクレードのグループ分けが示された。最も尤度の高い系統樹を
図1に示す。アンペロマイセス菌株の系統解析の結果、5つの明瞭でよく支持されたクレードが見つかった(ブートストラップ支持率は94%;事後確率は1)。最も大きなクレードはクレード1と呼ばれ、本研究で分離された8菌株を含む60菌株から構成されていた。クレード1には、Ampelomyces quisqualisとして分類されているAQ-10株が含まれていた。また、このクレードはいくつかのサブグループを含んでおり、クレード1に含まれる8菌株の日本分離菌株は、2つの異なるサブグループに属していた。クレード2には13菌株、クレード3には15菌株が含まれ、後者には新たに分離された7菌株が含まれた。2番目に大きなクレードであるクレード4は22菌株からなり、その半数は今回分離されたものであった。このため、本研究で分離された菌株のほとんどはこのクレードに属し、3種類の遺伝子型を持つ日本分離菌株が含まれていた。最後に、クレード5は19菌株で構成され、日本分離菌株からは1菌株も分離されなかった。以上の結果、日本で採取されたうどんこ病菌6検体から分離された菌株は、アンペロマイセス属菌の3つの大きなクレードに分類されることがわかった。本結果から、アンペロマイセス属菌には、微生物農薬として使用されているAQ-10株を含むAmpelomyces quisqualisとは異なるクレード2~5が存在すること、本発明の8菌株が、それぞれクレード1(7124-e株)、クレード3(Xs-q株)および4(Eq-h株、Eq-m株、7100-a株、7100-b株、7100-d株、7100-g株)に属することが明らかとなった。
【0046】
インビトロ(試験管内)で増殖させたアンペロマイセス属菌日本分離菌株の形態学的観察
クレード3およびクレード4に分類された本発明の8菌株について、形態学的特徴を詳細に観察した。胞子の大きさと形、胞子の発芽率、発芽に要する時間、菌糸の長さ、コロニー面積を測定した。胞子は単細胞で、ヒアルロン酸を含み、楕円形から楕円形、約5.7~9.2×2.6~5.0μmの球形であった。胞子は接種後約15~20時間で発芽し、菌糸を伸長させた後、高湿度の条件下で分枝した。胞子から形成された菌糸の長さは、接種48時間後に約6.2~78.2μmであった。MCzA培地の中央に1個の成熟した分生子殻を接種すると、菌叢はゆっくりと同心円状に広がった。コロニー面積は20dpiで約148.4~391.3mm2であった。発芽率および菌糸の長さには菌株間で有意差があったが、コロニー面積には有意差はなかった(表2)。
【0047】
新規アンペロマイセス属菌8菌株によるうどんこ病菌への寄生性
本発明の8つの新規アンペロマイセス属菌日本分離菌株を、当研究室で継代培養している5種類のうどんこ病菌にそれぞれ接種した。すべての菌株は5種類のうどんこ病菌に感染し、これらのうどんこ病菌のうち4種類のレッドクローバー、メロン、イチゴおよびトマトうどんこ病菌(E.trifoliorum,Po.xaphanis,Po.aphanis,Ps.neolycopersici)に成熟分生子殻を形成したが、オオムギうどんこ病菌(B. graminis)には感染しなかった。メロンうどんこ病菌KMP-6N株に対しては、供試した分離菌株は感染力が強く,14dpiでより多くの分生子殻を形成していた。また、アンペロマイセス属菌 8菌株の菌寄生活性には、3段階のスコアリングによる有意な差は認められなかった(表3)。本結果から、本発明のクレードの異なる8菌株は、1種類のうどんこ病菌だけでなく、複数のうどんこ病菌に感染することが明らかとなった。
【0048】
【0049】
トマトうどんこ病菌(Ps.neolycopersici)における新規アンペロマイセス属菌 Xs-q株の感染過程
Ps.neolycopersici KTP-03は、トマトI型トリコーム(毛状突起細胞)に分生子を接種してから48時間以内に、分生子から菌糸(Colony-forming hyphae)を形成し、トリコーム細胞への感染に成功した。トリコーム上で伸長したKTP-03菌糸が表皮細胞上に到達すると表皮細胞上で活発に生育(侵入・感染)した。KTP-03は、トリコームで生育した菌糸の先端が表皮細胞上に付着してから7日以内に分生子柄を形成した(
図3A)。Xs-q株の胞子を噴霧接種した後、胞子はトマトの葉で発芽し、KTP-03分生子(
図3B)または/および菌糸に侵入・感染し、KTP-03菌糸の内部で細胞から細胞へと生育を続けた(
図3C)。最終的に、Xs-q株は、8~10dpiでKTP-03分生子柄に新しい細胞内分生子殻(
図3D)を形成し、約10~14dpiで成熟した分生子殻から胞子(
図3E)を産生・放出された。分生子殻細胞壁の破裂によって細胞内分生子殻から放出された成熟胞子は、宿主であるうどんこ病菌のその後の感染源となった。最終的に、KTP-03菌糸はXs-q株の侵入によって崩壊された(
図3F)。
【0050】
寄生の間、うどんこ病菌の感染構造体への侵入、特に細胞内分生子殻の形成に注目した。KTP-03に感染したタイプIトリコーム細胞を利用し、高解像能デジタル顕微鏡を用いてXs-q株のKTP-03菌糸内への侵入過程を連続的に観察した。トマト葉のトリコーム近傍にXs-q株の単一分生子殻を接種したところ(
図4A)、分生子殻から放出されたXs-q胞子は発芽し、その菌糸をKTP-03菌糸に向かって伸長させた(
図4B、4C)。Xs-q菌糸のKTP-03菌糸への侵入により、KTP-03の分生子柄と菌糸は5dpiで萎縮を開始し(
図4D)、6dpiで萎縮し(
図4E)、7dpiで完全に崩壊した(
図4F)。Xs-q株の細胞内菌糸は分生子柄上に形成された上部の分生子細胞内から伸長していた(
図4D~4F)。
【0051】
分生子殻形成に関する詳細な観察には、噴霧接種後にアンペロマイセス菌株を感染させたトマトうどんこ病菌菌叢を用いた。
図5AはKTP-03の分生子柄が形成していることを示している。KTP-03の分生子柄の脚胞と生殖細胞は5~6dpiで萎縮の兆しを見せた(
図5B)。Xs-q株の細胞内分生子殻は、6~8dpi頃から分生子柄の基部細胞で多く作られ始めた(
図5C)。一方、Xs-q株の菌糸と分生子殻はKTP-03菌糸内で伸長・生育し続けた(
図5D)。未熟なXs-q菌糸は淡黄色であり、成熟後は暗褐色あるいは黒色に近い色になった。その結果、分生子柄は10~14dpi頃に完全に崩壊した(
図5E)。Xs-q株に寄生されたトマトうどんこ病菌菌叢に蒸留水20μLを滴下したところ、成熟した分生子殻から大量の胞子が放出された。放出された成熟胞子は、その後のKTP-03菌糸への感染源となった。