(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023001684
(43)【公開日】2023-01-06
(54)【発明の名称】鋳鉄製円筒部材およびその製造方法
(51)【国際特許分類】
C22C 37/04 20060101AFI20221226BHJP
B22D 13/02 20060101ALI20221226BHJP
B22D 1/00 20060101ALI20221226BHJP
B22D 5/00 20060101ALI20221226BHJP
B22D 27/04 20060101ALI20221226BHJP
C22C 33/08 20060101ALI20221226BHJP
【FI】
C22C37/04 Z
B22D13/02 501C
B22D1/00 G
B22D5/00 D
B22D27/04 F
C22C33/08
【審査請求】未請求
【請求項の数】6
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021102555
(22)【出願日】2021-06-21
(71)【出願人】
【識別番号】000002082
【氏名又は名称】スズキ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100099623
【弁理士】
【氏名又は名称】奥山 尚一
(74)【代理人】
【識別番号】100107319
【氏名又は名称】松島 鉄男
(74)【代理人】
【識別番号】100125380
【弁理士】
【氏名又は名称】中村 綾子
(74)【代理人】
【識別番号】100142996
【弁理士】
【氏名又は名称】森本 聡二
(74)【代理人】
【識別番号】100166268
【弁理士】
【氏名又は名称】田中 祐
(74)【代理人】
【識別番号】100096769
【氏名又は名称】有原 幸一
(72)【発明者】
【氏名】鈴木 延明
(72)【発明者】
【氏名】長澤 諒
(72)【発明者】
【氏名】水村 雄一
(57)【要約】
【課題】 内周部に高い摺動性を確保しつつ、高強度化が可能な鋳鉄製円筒部材およびその製造方法を提供する。
【解決手段】 C:3.5~3.85%、Si:2.3~2.7%、Mn:0.5~1.5%、S:0.005~0.015%を含有し、残部がFeからなり、CE値が4.45~4.70である溶湯に、Mg:2.0~4.0%とRE:4.0~6.0%を含有する黒鉛球状化剤と、Fe-Si-Bi系接種剤とを添加して遠心力鋳造用金型に注湯し、注湯から共晶温度まで冷却する第一の冷却と、第一の冷却よりも小さい冷却速度で共晶温度から共析温度まで冷却する第二の冷却を行う。これにより、50μm未満の粒状または球状の黒鉛粒子数が1mm
2当たり1000個以上存在し、且つ黒鉛粒子数が部材の内周面に向かって増加しており、黒鉛面積率が5%以上であり、且つ黒鉛面積率が部材の内周面に向かって増加している鋳鉄製円筒部材が得られる。
【選択図】
図12
【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、C:3.5~3.85%、Si:2.3~2.7%、Mn:0.5~1.5%、S:0.005~0.015%を含有し、残部がFe及び不可避的不純物からなり、以下の式1で規定される炭素当量(以下、「CE値」という)が4.45~4.70である鋳鉄製円筒部材であって、
CE値=トータルカーボン+(Si含有量+P含有量)/3・・・(式1)
当該鋳鉄製円筒部材の断面において、粒子サイズが1μm以上、50μm未満の粒状または球状の黒鉛の黒鉛粒子数が1mm2当たり1000個以上存在し、且つ前記黒鉛粒子数が当該鋳鉄製円筒部材の外周面から内周面に向かって増加しており、
当該鋳鉄製円筒部材の断面において、粒子サイズが1μm以上、50μm未満の粒状または球状の黒鉛の黒鉛面積率が5%以上であり、且つ前記黒鉛面積率が当該鋳鉄製円筒部材の外周面から内周面に向かって増加している鋳鉄製円筒部材。
【請求項2】
当該鋳鉄製円筒部材の断面において、粒子サイズが5μm以上の黒鉛の黒鉛球状化率が50%以上であり、且つ粒子サイズが15μm以上の黒鉛の黒鉛球状化率が10%以上である請求項1に記載の鋳鉄製円筒部材。
【請求項3】
前記不可避的不純物として、Biを0.1~30ppm含有する請求項1または2に記載の鋳鉄製円筒部材。
【請求項4】
前記不可避的不純物として、Mgを0.005~0.04%含有する請求項1~3のいずれか一項に記載の鋳鉄製円筒部材。
【請求項5】
遠心鋳造による鋳鉄製円筒部材の製造方法であって、
質量%で、C:3.5~3.85%、Si:2.3~2.7%、Mn:0.5~1.5%、S:0.005~0.015%を含有し、残部がFe及び不可避的不純物からなり、以下の式1で規定される炭素当量(以下、「CE値」という)が4.45~4.70である溶湯を準備するステップと、
CE値=トータルカーボン+(Si含有量+P含有量)/3・・・(式1)
前記溶湯に、質量%で、Mg:2.0~4.0%と希土類金属(以下、「RE」という):4.0~6.0%を含有するFe-Si-Mg-RE系合金からなる黒鉛球状化剤を添加するステップと、
前記溶湯に、Fe-Si-Bi系接種剤を添加するステップと、
前記黒鉛球状化剤および前記接種剤を添加した前記溶湯を、遠心力鋳造用金型に注湯するステップと、
前記注湯から共晶温度まで冷却して固相を析出させる第一の冷却を行うステップと、
前記第一の冷却よりも小さい冷却速度で、前記固相を共晶温度から共析温度まで冷却する第二の冷却を行い、鋳鉄製円筒部材の粗材を成形するステップと、
前記粗材の内周面を切削加工して内周加工面を形成するステップと
を含む鋳鉄製円筒部材の製造方法。
【請求項6】
前記鋳鉄製円筒部材の前記内周加工面にレーザ照射を施すことで、前記内周加工面から露出した黒鉛を分解除去し、微小な凹部を形成する工程を更に含む請求項5に記載の鋳鉄製円筒部材の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、鋳鉄製円筒部材およびその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
長尺・薄肉の鋳鉄製円筒部材の多くは、円筒状の金型を高速で回転させながらこの金型の内周部へ溶湯を注ぎ込む遠心鋳造法によって製造されている。この遠心鋳造法により製造されるものとしては、インフラ用鋳鉄管や塑性加工用の圧延ロールなどが代表的であるが、生産量の多い自動車用エンジンのシリンダスリーブでも遠心鋳造法によれば高価な砂中子を使用せずに安定した品質の鋳鉄円筒部材が得られるため広く用いられている。シリンダスリーブは、生産性の高い生型鋳造法でも製造されているが、いずれの鋳造法においても、シリンダスリーブには断面の金属組織に一様な片状黒鉛を含有するねずみ鋳鉄(FC鋳鉄)が用いられている。この理由は、片状に晶出した黒鉛が優れた制振性や熱伝導性及び自己潤滑性等を有するためである。
【0003】
例えば、特許文献1には、摺動性に加えて高強度特性を同時に備えた内燃機関用シリンダライナ(シリンダスリーブ)を簡単な条件設定により低コストで製造する方法として、黒鉛球状化成分を有する過共晶組成の鋳鉄溶湯を遠心鋳造鋳型に鋳込み、この鋳型を所定の速度で回転させて、遠心力とフェーディング現象を利用して、鋳型の中心に近い内側部に片状黒鉛に類似する形状の黒鉛が晶出した内側鋳鉄層を形成し、鋳型壁面に接する外側部に球状黒鉛が晶出した外側鋳鉄層を形成することが記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
自動車用エンジンのシリンダスリーブには、エンジンの低燃費化や静粛性の面から摺動摩擦性能(低フリクション)や高い振動減衰能の他、高熱伝導性、切削加工性が求められるため、これらの性能を満足するFC鋳鉄が使用されている。しかし、FC鋳鉄はヤング率が鋼(210GPa)の約半分程度と低い。そのため、自動車用エンジンを模式的に表す
図1に示すように、薄肉の円筒形状のシリンダスリーブ11をダイカスト鋳造によりシリンダバレル12で鋳包んだシリンダブロック10は、シリンダヘッド20と鋼ボルトによって高軸力で締結すると、剛性の低いシリンダスリーブ11は円筒軸方向に作用する強い圧縮荷重(
図1の矢印1)によって、ボア変形(ひずみ)を起こしやすい。また、運転時における燃焼・爆発圧力によるボア内圧荷重(
図1の矢印2)によって、シリンダスリーブ11は径方向に張り出すようにひずむ(または変形する)傾向がある。さらに、剛性の低い薄肉のシリンダスリーブ11では、シリンダブロック10のダイカスト鋳造時において導入されるアルミバレル12側の残留応力(
図1の矢印3)が、エンジンの運転経過で経時的に開放されることでボア変形を引き起こすリスクがある。これらのボア形状の変形挙動は、ピストンリング摺動の際のフリクションやブローバイの増大を招く要因となって燃費を低下させるという問題がある。
【0006】
特許文献1に開示された方法で製造されたシリンダスリーブ鋳鉄製円筒部材を、自動車用エンジンのシリンダスリーブに用いた場合、鋳鉄製円筒部材の内周部(すなわち、摺動面側)に片状黒鉛に類似する形状の黒鉛が晶出しており、内周面に要求される摺動性と強度を両立することが困難であるという問題がある。
【0007】
そこで本発明は、内周部に高い摺動性を確保しつつ、高強度化が可能な鋳鉄製円筒部材およびその製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記の目的を達成するために、本発明は、その一態様として、質量%で、C:3.5~3.85%、Si:2.3~2.7%、Mn:0.5~1.5%、S:0.005~0.015%を含有し、残部がFe及び不可避的不純物からなり、以下の式1で規定される炭素当量(以下、「CE値」という)が4.45~4.70である鋳鉄製円筒部材であって、
CE値=トータルカーボン(以下、「TC」という)+(Si含有量+P含有量)/3 ・・・(式1)
当該鋳鉄製円筒部材の断面において、粒子サイズが1μm以上、50μm未満の粒状または球状の黒鉛の黒鉛粒子数が1mm2当たり1000個以上存在し、且つ前記黒鉛粒子数が当該鋳鉄製円筒部材の外周面から内周面に向かって増加しており、当該鋳鉄製円筒部材の断面において、粒子サイズが1μm以上、50μm未満の粒状または球状の黒鉛の黒鉛面積率が5%以上であり、且つ前記黒鉛面積率が当該鋳鉄製円筒部材の外周面から内周面に向かって増加しているものである。
【0009】
また、本発明は、別の態様として、遠心鋳造による鋳鉄製円筒部材の製造方法であって、この製造方法は、質量%で、C:3.5~3.85%、Si:2.3~2.7%、Mn:0.5~1.5%、S:0.005~0.015%を含有し、残部がFe及び不可避的不純物からなり、上述した式1で規定されるCE値が4.45~4.70である溶湯を準備するステップと、前記溶湯に、質量%で、Mg:2.0~4.0%と希土類金属(以下、「RE」という):4.0~6.0%を含有するFe-Si-Mg-RE系合金からなる黒鉛球状化剤を添加するステップと、前記溶湯に、Fe-Si-Bi系接種剤を添加するステップと、前記黒鉛球状化剤および前記接種剤を添加した前記溶湯を、遠心力鋳造用金型に注湯するステップと、前記注湯から共晶温度まで冷却して固相を析出させる第一の冷却を行うステップと、前記第一の冷却よりも小さい冷却速度で、前記固相を共晶温度から共析温度まで冷却する第二の冷却を行い、鋳鉄製円筒部材の粗材を成形するステップと、前記粗材の内周面を切削加工して内周加工面を形成するステップとを含む。
【発明の効果】
【0010】
このように本発明の鋳鉄製円筒部材によれば、所定の組成を有する鋳鉄製円動部材の内周部に微小な粒状または球状の黒鉛粒子を1mm2当たり1000個以上存在させ、且つこの黒鉛粒子数を外周面から内周面に向かって増加させ、更に、微小な粒状または球状の黒鉛の黒鉛面積率を5%以上とし、且つこの黒鉛面積率を外周面から内周面に向かって増加させることで、高い摺動性を確保しつつ、高強度化が可能な鋳鉄製円筒部材を提供することができる。
【0011】
また、本発明の製造方法によれば、所定の組成を有する溶湯に所定の組成を有する黒鉛球状化剤を反応させ、且つ所定の組成を有する接種剤で接種処理を行い、この溶湯を遠心力鋳造用金型に注湯した後、この注湯から共晶温度まで冷却して固相を析出させる第一の冷却を行い、そして、この第一の冷却よりも小さい冷却速度で、固相を共晶温度から共析温度まで冷却する第二の冷却を行うことで、上記の特徴を有する鋳鉄製円筒部材を製造することができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【
図1】鋳鉄製円筒部材をシリンダスリーブとして用いた場合の内燃機関の一例を模式的に示す断面図である。
【
図2】本発明に係る鋳鉄製円筒部材の製造方法の一実施の形態を模式的に示すフロー図である。
【
図3】本発明に係る鋳鉄製円筒部材の一実施の形態を模式的に示す斜視図である。
【
図4】
図3に示す鋳鉄製円筒部材を線III-IIIに沿って切断した際の模式な断面図である。
【
図5】
図4に示す鋳鉄製円筒部材の断面の一部を拡大して示す模式的な断面図である。
【
図6】実施例の鋳鉄製円筒部材(粗材)の断面の光学顕微鏡写真である。
【
図7】実施例および比較例の鋳鉄製円筒部材(粗材)の外周面の直下における最小粒子サイズ毎の黒鉛粒子数を示すグラフである。
【
図8】実施例および比較例の鋳鉄製円筒部材(粗材)の外周面から1.0mmの距離における最小粒子サイズ毎の黒鉛粒子数を示すグラフである。
【
図9】実施例および比較例の鋳鉄製円筒部材(粗材)の外周面から2.0mmの距離における最小粒子サイズ毎の黒鉛粒子数を示すグラフである。
【
図10】実施例および比較例の鋳鉄製円筒部材(粗材)の外周面から3.0mmの距離における最小粒子サイズ毎の黒鉛粒子数を示すグラフである。
【
図11】実施例の鋳鉄製円筒部材(粗材)の外周面から3.5mmの距離における最小粒子サイズ毎の黒鉛粒子数を示すグラフである。
【
図12】実施例および比較例の鋳鉄製円筒部材(粗材)の外周面からの距離に対して、粒子サイズ1μm以上、50μm未満の黒鉛粒子数の変化を示すグラフである。
【
図13】実施例の鋳鉄製円筒部材(粗材)の外周面からの距離毎に、最小粒子サイズ毎の黒鉛球状化率を示すグラフである。
【
図14】実施例および比較例の鋳鉄製円筒部材(粗材)の外周面からの距離に対して、粒子サイズ1μm以上、50μm未満の黒鉛面積率の変化を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、添付図面を参照して、本発明に係る鋳鉄製円筒部材およびその製造方法の一実施の形態について説明する。なお、図面は、理解のし易さを優先にして描かれており、縮尺通りに描かれたものではない。
【0014】
先ず、鋳鉄製円筒部材の製造方法の一実施の形態について、
図2を参照して説明する。本実施の形態の鋳鉄製円筒摺動部材の製造方法は、
図2(a)に示すように、所定の組成を有する溶湯41を準備するステップと、
図2(b)に示すように、所定の合金組成を有する黒鉛球状化剤42を溶湯41に添加するステップと、
図2(b)又は(c)に示すように、所定の組成を有する接種剤43Aを溶湯41に添加するステップと、
図2(c)に示すように、黒鉛球状化剤および接種剤を添加した溶湯44を、接種剤43Bをさらに添加して遠心力鋳造用の円筒金型35に注湯するステップと、注湯から共晶温度まで冷却して固相を晶出させる第一の冷却を行うステップと、第一の冷却よりも小さい冷却速度で、固相を共晶温度から共析温度直下まで冷却する第二の冷却を行い、鋳鉄製円筒摺動部材の粗材を成形するステップと、図示は省略するが、粗材の内周面を切削加工して摺動面となる内周加工面を形成するステップとを含む。各ステップについて以下に説明する。
【0015】
(1)溶湯の準備ステップ
円筒金型を用いた遠心鋳造法では、注湯された溶湯の凝固速度が著しく速いため、溶湯から黒鉛を安定して晶出させるために以下のような高C、高Siからなる溶湯が必須となる。鋳鉄製円筒摺動部材を製作するための溶湯41の組成は、質量%で、C:3.5~3.85%、Si:2.3~2.7%、Mn:0.5~1.5%、S:0.005~0.015%を含有し、残部がFe及び不可避的不純物からなり、以下の式1で規定されるCE値が4.45~4.70である。なお、鋳鉄製円筒摺動部材もこのような組成を有するものとなる。
CE値=TC+(Si含有量+P含有量)/3 ・・・(式1)
【0016】
上記組成を有する溶湯を溶製するために、
図2(a)に示すように、高周波誘導溶解炉を用いることが好ましい。誘導コイル32を備えた溶解炉または保持炉(以下、溶解炉)31内に上記組成となるように原材料を溶解・調整し、溶湯41(元湯)を得る。以下、上記組成の各成分およびその含有量について説明する。
【0017】
Siは、強力な黒鉛化促進元素であり、溶湯中から黒鉛を優先的に晶出させるという効果を有する。Siが2.3質量%未満の場合、凝固速度が速い遠心鋳造法では、黒鉛ではなくチル(=オーステナイトとセメンタイトの共晶物。レデブライトとも言う)が晶出しやすく、脆化と切削性劣化を招く。一方、Si含有量が増えるとCの固溶度が低下するため、Siが2.7質量%を超えると、過飽和状態のCによって著しいカーボンドロスが発生する。カーボンドロスは溶鉄と比べて比重が小さいため凝固完了前に円筒粗材内周表面に膜状に偏析し、溶湯内から大気中へ放散しようとするガスの移動を妨げて粗材内部にガス欠陥を誘発させてしまう。よって、Siの含有量は2.3~2.7質量%とする。
【0018】
Cは、鋳鉄の第一主要元素であり、特異な材料特性を導出する黒鉛を組織内に晶出させるための必須元素である。Siの含有量が2.3~2.7質量%であるため、Cの含有量が3.5%質量未満であると、CE値が共晶組成(すなわち4.3)以下まで低下してしまう。CE値が共晶組成まで低下すると、円筒金型内へ遠心鋳造された溶湯は、凝固速度が大きいために過冷によってチルが晶出しやすく、また黒鉛粒数の減少や黒鉛球状化率を低下させる。一方、C含有量が3.85質量%を超えると、CE値が5.0を超える場合があり、過剰なCの存在によってカーボンドロスやチャンキー黒鉛、爆発状黒鉛などを晶出させて、機械的性質を劣化させる。よって、Cの含有量は3.5~3.85質量%とする。
【0019】
CE値は、Fe-C合金に添加される第3元素(すなわち、SiおよびP)が炭素の溶解度に与える影響、さらには炭素の活量の増加又は減少、つまり炭素を黒鉛あるいはセメンタイトとしての晶出のしやすさを表すものであり、鋳鉄の溶解・凝固におけるC、Si、Pの複合化による影響の度合いをC量のみで換算して表したものである。CE値を過共晶範囲である4.45~4.70の範囲にすることにより、薄肉長尺の円筒粗材を凝固速度の大きい遠心鋳造で製造する場合であっても、鋳鉄の凝固において安定した形状・サイズの初晶黒鉛を液相から晶出でき、かつ鋳造欠陥も抑制できる効果がある。なお、CE値を定義する式1中のTCは、固体中炭素・硫黄分析装置や、全有機体炭素計などにより測定されるものである。固体中炭素・硫黄分析装置としては、例えば、株式会社堀場製作所製の型式EMIAシリーズ等がある。
【0020】
Mnは、炭化物の生成を促進し、基地のパーライト析出を促進する作用を有する。Mnを過剰に添加すると、基地のパーライト析出がさらに促進され、かつ粒界への偏析も多くなるため硬さが高まり脆性が増す場合がある。逆に、Mnが少ないと基地内にフェライトの析出が多くなり耐摩耗性が低下する。よって、Mnの含有量は0.5~1.5質量%とする。
【0021】
Pは、黒鉛球状化阻害化元素の一つであり、凝固の終期において共晶セル粒界近傍の液相中でPの濃化を起こし、凝固後共晶セル粒界に硬質なFe3Pを偏析させる。このため、本案ではP添加は不要であり、不可避的不純物として0.02質量%以下に抑えることが好ましい。
【0022】
Sは、不可避的不純物として混入するものであるが、MnやREとの共存によってMnS等の硫化物を溶湯内に形成し、黒鉛晶出の核として作用すると言われている。つまり、適量のS添加は黒鉛粒数を増加させる。しかし、Sの過剰添加は、黒鉛球状化を阻害し、鋳鉄製円筒摺動部材の伸びの低下をもたらす。よって、Sの含有量は0.005~0.015質量%とする。
【0023】
(2)黒鉛球状化剤の添加ステップ
黒鉛球状化剤42としては、質量%で、Mg:2.0~4.0%と、RE:4.0~6.0%を含有するFe-Si-Mg-RE系合金を用いる。Fe-Si-Mg-RE系合金は、任意にCaを添加してもよい。すなわち、Fe-Si-Mg-Ca-RE系合金を用いてもよい。
【0024】
Mgは、Feに固溶しない元素であり、沸点が低いために高温の鋳鉄溶湯内で微細な気泡を発生させ大気中へ放散する。既述の微細な気泡は球状黒鉛の晶出サイトと言われており球状黒鉛鋳鉄を得るためには殆どがFe-Si-Mg系合金を黒鉛球状化処理剤として使用されている。ここで、本案が示す工法において、1ショット毎に小型取鍋34にて黒鉛球状化処理を行うが、従来のFCD鋳鉄の鋳造で使用されるMg含有量の多い黒鉛球状化処理剤を使用すると、小型取鍋内で溶湯との激しい反応が長く続き小型取鍋受湯後から注湯開始までのリードタイムが長くなって鋳造サイクルタイムが延びてしまう。さらに、反応の激しさによって溶湯内のMg歩留まりが安定しないため、鋳造された粗材の黒鉛球状化率のバラツキも大きくなる。逆に、Mg含有量の少ないFe-Si-Mg系合金を黒鉛球状化剤として使用すると、溶湯内に発生する微小な気泡は少なくなり、かつフェーディング時間も短くなってしまうために、黒鉛粒数の減少や黒鉛球状化率の低下が起こりやすい。よって、黒鉛球状化剤のMgは2.0~4.0質量%のものを使用する。
【0025】
黒鉛球状化剤のREは、黒鉛球状化阻害元素の抑制作用やフェーディング防止効果、さらには硫化物形成による球状黒鉛の核生成サイトを形成させるなど強力に黒鉛化を促進させるため、凝固速度の大きな遠心鋳造法では必要不可欠な元素である。このため、使用する黒鉛球状化剤に含有されるREは1.5質量%以上、好ましくは4.0質量%以上とする。一方、REが6.0質量%を超えると、黒鉛の球状化が阻害されチャンキー状の黒鉛が晶出しやすくなる。よって、REは1.5~6.0質量%とする。
【0026】
Si、Caの含有量は特に限定されないが、Siは40~70質量%含有することが好ましく、これにより、接種剤と同様に溶湯からの黒鉛晶出を促進することができる。Caは、1.5~5.0質量%含有することが好ましく、これにより、溶湯を強力に脱酸することができるためSiと同様、溶湯からの黒鉛晶出を促進することができる。
【0027】
残部はFeである。これら成分を合金にして、黒鉛球状化剤42として使用する。黒鉛球状化剤42は、塊状形体のものを用いることが好ましく、例えば、サイズは10mm以下が好ましく、5mm以下の塊がより好ましい。添加量としては、溶湯に対して0.2~2質量%の範囲で添加することが好ましい。
【0028】
黒鉛球状化剤42は、置き注ぎ法によって溶湯41に添加することが好ましく、
図2(b)に示すように、黒鉛球状化剤42は小型取鍋34の底に配置しておき、これに溶湯41を注湯することで、溶湯41を黒鉛球状化処理する。小型取鍋34へは、溶解炉31から1回注湯分の溶湯(元湯)41を小出しに出湯する。この時の湯温は1500~1550℃とすることが好ましい。これは、小型取鍋34から円筒金型35に注湯する際の溶湯の温度は、小型取鍋34への配湯や、黒鉛球状化剤42および接種剤43との反応により、出湯時の湯温から最大100℃程度低下することから、出湯時の湯温の上記の範囲にすることで、注湯時の湯温を望ましい1400~1450℃にすることができる。
【0029】
(3)接種剤の添加ステップ
接種は、黒鉛化能力が高められ、チル防止、黒鉛形状の改善等の効果が得られることから、黒鉛球状化処理とともに接種が併せて行われている。接種剤としては、一般にFe-Si系合金が用いられているが、本実施の形態では、小型取鍋34内に溶湯41を受湯する際に、黒鉛球状化剤42と共にBiを含有していない接種剤43Aを、注湯重量に対して0.2~0.8質量%投入し、置き注ぎ法にて接種処理を行い、さらに既述の黒鉛球状化及び接種処理を行った溶湯44を回転金型内に注湯する際に、Biを含有するFe-Si-Bi系接種剤43Bを、溶湯重量に対し0.1質量%~0.3質量%注湯流接種(後期接種)する。これにより、上述した黒鉛球状化剤42の所定の組成との相乗効果によって、黒鉛粒数は著しく増加し、チルの発生も防止できる。よって、微小な黒鉛の黒鉛粒子数を1mm
2当たり1000個以上に増加させることができる。なお、上記のBiを含有する接種剤を、
図2(b)の接種剤43Aとして直接使用し、
図2(c)の接種剤43Bの注湯流接種を省くことができるが、上記注湯流接種を行った場合と比べて黒鉛粒数は低下する。
【0030】
Fe-Si-Bi系接種剤における各成分の含有量は、特に限定されないが、Siは50~75質量%が好ましく、Biは0.5~2質量%が好ましい。任意に、REを0.5~2.0質量%で含有してもよい。残部はFeの他、Ca等の不可避的不純物である。Fe-Si-Bi系接種剤は、粒状の形態で用いることが好ましく、例えば、
図2(c)の接種剤43Bのような注湯流接種で使用する場合であれば、粒子サイズは1mm以下が好ましい。また、
図2(b)の接種剤43Aのような置き注ぎで使用する場合であれば、3~10mmサイズが好ましい。添加量としては、少量で効果が得られるため溶湯に対して0.1~1質量%の範囲で添加することが好ましい。なお、Fe-Si-Bi系接種剤と組み合わせて、その他の接種剤を用いてもよく、例えば、Fe-Si-Al系接種剤やSrを含有しない他のFe-Si系接種剤を小型取鍋34内で置き注ぎ法で接種した後、注湯流接種のみに上記Fe-Si-Bi系接種剤を用いてもよい。なお、Fe-Si-Sr系の接種剤を使用すると、SrがRE(主な元素はCe)との反応によって互いに有する黒鉛化の効果が減少しチル化を促進してしまう。
【0031】
Fe-Si-Bi系接種剤は、既述の通り、置き注ぎ法では、
図2(b)に示すように、一次接種剤43AとしてFe-Si-Bi系接種剤を小型取鍋34の底に配置しておき、これに溶湯41を注湯することで、溶湯41の接種処理を行う。また、注湯流接種では、
図2(c)に示すように、小型取鍋34から円筒金型35内に注湯する溶湯44中に、二次接種剤43BとしてFe-Si-Bi系接種剤を添加して接種処理を行う。注湯重量に対し0.1質量%の添加でも多くの黒鉛粒数増加が得られるため、Fe-Si-Bi系接種剤は注湯時に溶湯に添加して行う注湯流接種を行うことがより好ましい。
【0032】
(4)円筒金型への注湯ステップ
鋳鉄製円筒摺動部材を遠心鋳造するための円筒金型35は、
図2(c)に示すように、その内周面に塗型層36が形成されている。この塗型層36は、鋳鉄製円筒摺動部材を鋳ぐるみする際に周辺との密着性を高めるために、鋳鉄製円筒摺動部材の外周面に複数の凸部突起を形成するためのものである。塗型層36を形成する方法としては、回転する円筒金型35の内周面に、ベントナイト等の粘結剤や耐火材を所定の配合比率にて水と混合した塗型スラリーを塗布し、乾燥・固化させることで、凸状突起に対応する凹部を有する塗型層36を形成することができる。塗型層36の厚さは約1mmが好ましい。
【0033】
そして、黒鉛球状化処理および接種処理を行った溶湯44を、回転する円筒金型35内に小型取鍋34から注湯し、遠心鋳造を行う。円筒金型35の回転数は、内周面における遠心加速度が110~130G相当の回転数とすることが好ましい。円筒金型35内に注湯する溶湯44の量は、鋳鉄製円筒摺動部材(粗材)の厚さが6.0~8.0mmとなる量とすることが好ましい。詳しくは後述するが、鋳鉄製円筒摺動部材(粗材)の内周面が切削加工されるため、所望する鋳鉄製円筒摺動部材の厚さよりも2.5~4.0mm厚くしておくことが好ましい。
【0034】
(5)第一および第二の冷却ステップ
円筒金型35を回転させながら冷却を行うことで、溶湯が固まり鋳鉄製円筒摺動部材の粗材が成形されるが、この溶湯の冷却を、注湯から共晶温度まで冷却して固相(初晶黒鉛と共晶黒鉛+共晶オーステナイト)を晶出させる第一の冷却ステップと、第一の冷却ステップよりも小さい冷却速度で、固相を共晶温度から共析温度直下まで冷却する第二の冷却ステップとで行うことで、粗材の外周面から内周面に向けて、初晶黒鉛のみから、初晶黒鉛+共晶黒鉛からなる黒鉛分布を形成させるとともに、外周面から内周面に向けて黒鉛面積率を高めることができる。
【0035】
このような異なる冷却速度としては、例えば、第一の冷却ステップを5℃/秒以上、15℃/秒以下の範囲で行い、第二の冷却ステップを1℃/秒以上、5℃/秒未満の範囲で行ってもよい。第一の冷却を行う方法としては、例えば、回転金型35を外周より水冷することで、上記の冷却速度で冷却できるとともに、粗材の凝固方向を外周面から内周面へと指向させることもできる。第二の冷却を行う方法としては、水冷を止めて、金型内で粗材を放冷することで、冷却速度を緩和させることができる。特に、粗材の内周面側は輻射熱によって冷却速度をより緩和される。
【0036】
特に、鋳鉄製円筒摺動部材において黒鉛粒子数および黒鉛面積率が内周面に向けて漸次、増加する変曲点が生じるのは、初晶から共晶の固液共存区間内ΔTの温度勾配によるものと考えられる。例えば、円筒金型35の水冷時間が極端に短い場合、初晶開始から共晶までの間のΔTの温度勾配は小さく、固液共存する時間が増す。ここで、溶湯はそのCE値から過共晶組成であるため、液中より最初に晶出する固体は初晶黒鉛である。初晶黒鉛と液相が共存する状態において遠心力が作用すると円筒金型35と接する粗材の外周面から内周面に向けて凝固が進行するものの、初晶黒鉛は液相と比べて著しく比重が小さいために、粗材の外周面側から内周面方向に向けて移動しつつ成長する。これが、外周面からのある距離の位置から、内周面に向かって黒鉛粒子数や黒鉛面積率が漸次、増加する変曲点を持つようになるメカニズムと考えられる。逆に、水冷時間が長いとΔTの温度勾配が大きく、固液共存可能な時間が短くなるため、初晶黒鉛の移動が少ないまま共晶凝固が完了してしまい、上記の変曲点を持った黒鉛粒子数や黒鉛面積率の増加傾向は認められ難くなると考えられる。
【0037】
(6)切削加工ステップ
上記の冷却によって得られた鋳鉄製円筒摺動部材の粗材は、その内周面を切削加工や研削加工によって摺動面となる内周加工面を形成する。例えば、旋盤等による切削加工の後、切削加工面をホーニング加工によって内周加工面を得ることができる。鋳鉄製円筒摺動部材の厚さは、例えば、3.5~4.0mmとすることができる。
【0038】
また、切削加工によって得られた内周加工面に、更にレーザ照射を施すことで、内周加工面から露出した黒鉛を気化消失させ、内周加工面に微小な凹状ディンプルを形成してもよい。これにより、内周加工面の表層に硬質なマルテンサイト組織を形成できるため、耐面圧性能を向上させることができる。更に、内周加工面における黒鉛は、粒子サイズが1~10μmのものが90%以上を占めていることから、黒鉛粒子が除去された部分に対応する多数の微小凹状ディンプルが形成される。よって、潤滑油の油溜りとなり、全体に亘って均一な油膜が形成できるため、更なるフリクション低減が期待できる。
【0039】
このようにして得られた鋳鉄製円筒摺動部材を
図3~
図5に示す。
図3~
図5に示すように、鋳鉄製円筒摺動部材11はその外周面13に、円筒金型の内周面に設けた塗型層の凹部に応じた複数の凸状突起15が形成されている。鋳鉄製円筒摺動部材11の内周面14は、切削加工によって摺動面が形成されている。外周面から内周面に向かう方向を、鋳鉄製円筒摺動部材11の径方向と呼ぶ。また、外周面から内周面までの距離を、鋳鉄製円筒摺動部材11の厚さと呼ぶ。
【0040】
鋳鉄製円筒摺動部材11の組成は、質量%で、C:3.5~3.85%、Si:2.3~2.7%、Mn:0.5~1.5%、S:0.005~0.015%を含有し、残部がFe及び不可避的不純物からなり、CE値が4.45~4.70である。上述した溶湯の組成と実質的に同様であるのは、添加した黒鉛球状化剤と接種剤が溶湯に対し少量であるとともに、黒鉛球状化剤と接種剤の各成分の沸点からほとんどが蒸発するからである。但し、黒鉛球状化剤におけるMgは、全てが蒸発する訳ではなく、鋳鉄製円筒摺動部材11に不可避的不純物として0.005~0.04%で含有される。また、接種剤におけるBiは全てが蒸発する訳ではなく、鋳鉄製円筒摺動部材11に不可避的不純物として0.1~30ppmで含有される。Biは、高周波誘導結合プラズマ発光分光分析法(ICP-MS法)により定量することができる。
【0041】
鋳鉄製円筒摺動部材11の断面には、粒子サイズが1μm以上、50μm未満の粒状または球状の黒鉛の黒鉛粒子数が、1mm2当たり1000個以上存在する。このような微小な粒状または球状の黒鉛が多数存在することで、鋳鉄製円筒摺動部材11のヤング率および強度をFC鋳鉄よりも優れた球状黒鉛鋳鉄(FCD鋳鉄)並みに向上させることができる。また、粒子サイズが1μm以上、50μm未満の粒状または球状の黒鉛の黒鉛面積率は5%以上であり、上記の黒鉛粒子数が、鋳鉄製円筒摺動部材11の外周面13から内周面14に向かって増加しており、且つ上記の黒鉛面積率も、鋳鉄製円筒摺動部材11の外周面13から内周面14に向かって増加している。これにより黒鉛の粒子間距離が短縮化していることから、黒鉛の固体潤滑効果により、内周面14において優れた摺動特性を発揮することができる。このように、本実施の形態の鋳鉄製円筒摺動部材11は、内周面14に高い摺動性を確保しつつ、高強度を有するものである。
【実施例0042】
以下、本発明の実施例および比較例について説明する。
【0043】
先ず、鋳鉄製円筒摺動部材のための円筒金型を作製した。予熱した内径約80mmの円筒形状の金型を回転させ、内周面における遠心加速度が約15G相当の回転数にて塗型スラリーを塗布し、金型回転を維持したまま乾燥・固化させた。これにより、約1mmの一様な厚さの塗型層を金型内周面に形成して、当該部材用の円筒金型を完成させた。
【0044】
次に、鋳鉄製円筒摺動部材を製作するための溶湯として、高周波誘導溶解炉にて、質量%で、C:3.75%、Si:2.1%、Mn:0.8%、P:0.02%、S:0.010%となるよう原材料を配合・溶解し、これを元湯とした。
【0045】
[比較例1]
小型取鍋の底に、黒鉛球状化剤としてFe-Si-Mg-Ca-RE合金(粒サイズは1~5mm、添加量は対受湯量0.85質量%)と、一次接種剤としてFe-Si-Sr系接種剤(組成は、質量%で、Si:75%、Sr:1%、Fe:残部、粒サイズ:1~6mm、添加量:対受湯量0.6質量%)とを配置した後、上記の溶解炉より1回注湯分の元湯を小型取鍋へ小出しに出湯した。この時の湯温は、1518℃であった。そして、このように黒鉛球状化処理、接種処理を行った溶湯を、遠心加速度が約120G相当の回転数で回転させた上記の円筒金型内に注湯し、遠心鋳造を行った。金型外周面の水冷時間は、注湯開始直後から40秒間行い、その後は、水冷を止めて、冷却速度を緩和させた。これにより長尺・薄肉の鋳鉄製円筒摺動部材(粗材)を得た。
【0046】
[実施例1]
鋳鉄の主要元素の一つであるSは、後工程で添加する黒鉛球状化剤に含まれるRE(主成分はCe)との反応によって黒鉛晶出を著しく促す効果を有するが、Srが介在すると優先的にCeが消費されてしまうため、Srを含む接種剤を使用した比較例1では黒鉛粒数の著しい増加は得られず基地内にはチルが晶出した。
【0047】
そのため、Srを含む接種剤を使用しない実施例1では、Fe-S合金を溶解炉内の残湯に添加してSを0.012%に調整してから元湯として使用した。また実施例1では、一次接種剤として比較例1のFe-Si-Sr系接種剤に代えて、Fe-Si-Al系接種剤(組成は、質量%で、Si:75%、Al:1.5%、Fe:残部、粒サイズは8mm以下、添加量は対受湯量0.6質量%)を用いた。更に、実施例1では、二次接種剤として、Fe-Si-Bi系接種剤(組成は、質量%で、Si:73%、Bi:1%、RE:1%、Fe:残部、粒サイズ:0.2~0.8mm、添加量:対注湯量0.2質量%)を、小型取鍋から円筒金型内に注湯する溶湯中に添加する注湯流接種を行った。そして、上記に加え、溶解炉から小型取鍋への出湯時の湯温が1516℃であったこと、水冷時間を注湯開始直後から50秒間行ったこと以外は比較例1と同様にして遠心鋳造を行い、長尺・薄肉の鋳鉄製円筒摺動部材(粗材)を得た。
【0048】
[比較例2]
比較例2では、二次接種剤として実施例1のFe-Si-Bi系接種剤に代えて、Fe-Si-Al系接種剤(組成は、質量%で、Si:75%、Al:1.5%、Fe:残部、粒サイズは0.1~0.8mm、添加量は対注湯量0.2質量%)を用いたこと、溶解炉から小型取鍋への出湯時の湯温が1507℃であったこと以外は実施例1と同様にして遠心鋳造を行い、長尺・薄肉の鋳鉄製円筒摺動部材(粗材)を得た。
【0049】
上述したように溶湯中のSの含有量の関係から、比較例1、実施例1、比較例2の順で鋳鉄製円筒摺動部材(粗材)を製作した。これら実施例、比較例の黒鉛球状化処理、接種処理、および冷却の各条件について、表1にまとめた。
【0050】
【0051】
比較例1、実施例1、比較例2の各鋳鉄製円筒摺動部材(粗材)を切断し、その断面を光学顕微鏡(オリンパス株式会社製のOLYMPUS GX51)を用いて観察するとともに、画像解析ソフト(オリンパス株式会社製のOLYMPUS Stream Basic)を用いて、粒状または球状の黒鉛の黒鉛粒子数、黒鉛球状化率、黒鉛面積率を測定した。
【0052】
検鏡面は、切断面をエメリー紙にて水研後、バフ研磨した。検鏡面に腐食は観察されなかった。観察倍率は100倍とし、観察視野は1試料あたり5視野とした。粒状または球状の黒鉛粒子の検出サイズは、≧1μm、≧3μm、≧5μm、≧7.5μm、≧10μm、≧15μm、≧20μm、≧25μm、≧35μm、≧50μm毎で計測した。
【0053】
実施例1の鋳鉄製円筒摺動部材(粗材)の断面の光学顕微鏡写真を
図6に示す。
図6に示すように、鋳鉄製円筒摺動部材(粗材)の外周面には、凸状網状突起が形成され、その基底面13Bからの距離を、0.5mmから4.0mmまでの0.5mm毎に印しを付している。例えば、部材をシリンダスリーブとして使用する場合、粗材は基底面13Bから3.5mm以降の部分が加工にて削除されることになり、よって、シリンダスリーブの摺動面として利用され得る領域は、基底面13Bから1.5~3.5mmの範囲となる。
図6の光学顕微鏡写真からわかるように、上記の方法によって得られた鋳鉄製円筒摺動部材(粗材)には、外周面から内周面にわたって微小な粒状または球状の黒鉛粒子が晶出していた。
【0054】
比較例1、実施例1、比較例2の各鋳鉄製円筒摺動部材(粗材)の基底面の直下、並びに基底面から1.0mm、2.0mm、および3.0mmの距離の位置における粒状または球状の黒鉛の黒鉛粒子数のグラフを
図7~
図10に示す。黒鉛粒子数は、部材断面1mm
2当たりの個数である。なお、これらグラフの凡例として、用いた接種剤の違いから、比較例1をSr系接種剤、実施例1をBi系接種剤、比較例2をAl系接種剤としてある。また、実施例1についてのみ、基底面から3.5mmの距離の位置における黒鉛粒子数のグラフを
図11に示す。
【0055】
図7~
図11に示すように、Bi系接種剤を用いた実施例1が、Sr系接種剤を用いた比較例1やAl系接種剤を用いた比較例2と比べて、いずれの位置においても粒状または球状の黒鉛の黒鉛粒子数が顕著に多いことがわかる。特に、粒子サイズが1μm以上、15μm未満の黒鉛の黒鉛粒子数が多くなっている。
【0056】
また、基底面からの距離に対して、粒子サイズが1μm以上の粒状または球状の黒鉛の黒鉛粒子数の変化を表したグラフを
図12に示す。
図12に示すように、Bi系接種剤を用いた実施例1では、粒子サイズが1μm以上の粒状または球状の黒鉛の黒鉛粒子数は1mm
2当たり1000個以上であった。また、Bi系接種剤を用いた実施例1およびSr系接種剤を用いた比較例1では、粒子サイズが1μm以上の粒状または球状の黒鉛の黒鉛粒子数が、内周面に向けて増加する傾向を示した。特に、基底面から2.0mmの距離の位置から内周面に向けて、漸次、増加した。中でも、シリンダスリーブの摺動面となる可能性の高い基底面から3.0mmの距離の位置から3.5mmの距離の位置に向けて、Bi系接種剤を用いた実施例1の黒鉛粒子数は顕著に増加した。
【0057】
Bi系接種剤を用いた実施例1の黒鉛球状化率の測定結果を
図13に示す。
図13に示すグラフでは、基底面の直下、並びに基底面から1.0mm、2.0mm、3.0mm、および3.5mmの距離の各位置において、黒鉛の最小粒子サイズ毎の黒鉛球状化率を示した。
図13に示すように、基底面の直下から、基底面から3.5mmの距離の位置までの領域において、粒子サイズが5μm以上の黒鉛の黒鉛球状化率は50%以上であった。また、同領域において、粒子サイズが15μm以上の黒鉛の黒鉛球状化率は10~20%であった。
【0058】
比較例1、実施例1、比較例2の各鋳鉄製円筒摺動部材(粗材)について、基底面からの距離に対して、黒鉛面積率の変化を表わしたグラフを
図14に示す。黒鉛面積率は、粒子サイズが1μm以上の粒状または球状の黒鉛の面積が部材断面の面積に占める割合である。
図14に示すように、Bi系接種剤を用いた実施例1では、基底面の直下から、基底面から3.5mmの距離の位置までの領域において、黒鉛面積率は5%以上であった。また、Bi系接種剤を用いた実施例1およびSr系接種剤を用いた比較例1では、黒鉛面積率が、内周面に向けて増加する傾向を示した。特に、Bi系接種剤を用いた実施例1では、基底面から3.0mmの距離の位置から内周面に向けて、漸次、増加し、Sr系接種剤を使用した比較例1では、基底面から2.0mmの距離の位置から内周面に向けて、漸次、増加した。これは、Bi系接種剤を用いた実施例1では、Sr系接種剤を使用した比較例1と比べて冷却時間が長かったため、漸次増加の変曲点がより粗材の内周面よりにシフトしたものと考えられる。