(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023168411
(43)【公開日】2023-11-24
(54)【発明の名称】硫化物系無機固体電解質材料の製造方法
(51)【国際特許分類】
H01B 13/00 20060101AFI20231116BHJP
H01M 10/0562 20100101ALI20231116BHJP
H01M 10/052 20100101ALI20231116BHJP
H01M 4/62 20060101ALI20231116BHJP
C01B 25/14 20060101ALI20231116BHJP
【FI】
H01B13/00 Z
H01M10/0562
H01M10/052
H01M4/62 Z
C01B25/14
【審査請求】有
【請求項の数】6
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023156361
(22)【出願日】2023-09-21
(62)【分割の表示】P 2021550412の分割
【原出願日】2020-08-18
(31)【優先権主張番号】P 2019182311
(32)【優先日】2019-10-02
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(71)【出願人】
【識別番号】000165974
【氏名又は名称】古河機械金属株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100110928
【弁理士】
【氏名又は名称】速水 進治
(72)【発明者】
【氏名】吉田 樹史
(57)【要約】
【課題】リチウムイオン伝導性が向上した硫化物系無機固体電解質材料を提供する。
【解決手段】ガラス状態の硫化物系無機固体電解質材料を準備する工程(A)と、加熱手段を用いて上記ガラス状態の硫化物系無機固体電解質材料をアニール処理する工程(B)と、を含み、上記工程(B)は、上記ガラス状態の硫化物系無機固体電解質材料を加熱空間に配置する工程(B1)と、上記加熱手段の温度を初期温度T0からアニール温度T1まで昇温しながら上記加熱空間内に配置した上記ガラス状態の硫化物系無機固体電解質材料をアニール処理する工程(B2)と、上記加熱空間内に配置した上記ガラス状態の硫化物系無機固体電解質材料を上記アニール温度T1でアニール処理する工程(B3)と、をこの順番に含み、上記工程(B2)において上記初期温度T0から上記アニール温度T1までの昇温速度が2℃/分以上である硫化物系無機固体電解質材料の製造方法。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
ガラス状態の硫化物系無機固体電解質材料を準備する工程(A)と、
加熱手段を用いて前記ガラス状態の硫化物系無機固体電解質材料をアニール処理する工程(B)と、を含み、
前記工程(B)は、前記ガラス状態の硫化物系無機固体電解質材料を加熱空間に配置する工程(B1)と、前記加熱手段の温度を初期温度T0からアニール温度T1まで昇温しながら前記加熱空間内に配置した前記ガラス状態の硫化物系無機固体電解質材料をアニール処理する工程(B2)と、前記加熱空間内に配置した前記ガラス状態の硫化物系無機固体電解質材料を前記アニール温度T1でアニール処理する工程(B3)と、をこの順番に含み、
前記工程(B2)において前記初期温度T0から前記アニール温度T1までの昇温速度が2℃/分以上である硫化物系無機固体電解質材料の製造方法。
【請求項2】
請求項1に記載の硫化物系無機固体電解質材料の製造方法において、
前記工程(B2)および前記工程(B3)における前記加熱空間が不活性ガス雰囲気である硫化物系無機固体電解質材料の製造方法。
【請求項3】
請求項1または2に記載の硫化物系無機固体電解質材料の製造方法において、
前記アニール温度T1が220℃以上500℃以下である硫化物系無機固体電解質材料の製造方法。
【請求項4】
請求項1乃至3のいずれか一項に記載の硫化物系無機固体電解質材料の製造方法において、
前記初期温度T0が0℃以上100℃以下である硫化物系無機固体電解質材料の製造方法。
【請求項5】
請求項1乃至4のいずれか一項に記載の硫化物系無機固体電解質材料の製造方法において、
前記加熱手段が伝導伝熱加熱を含む硫化物系無機固体電解質材料の製造方法。
【請求項6】
請求項1乃至5のいずれか一項に記載の硫化物系無機固体電解質材料の製造方法において、
前記硫化物系無機固体電解質材料が構成元素としてLi、PおよびSを含む硫化物系無機固体電解質材料の製造方法。
【請求項7】
請求項6に記載の硫化物系無機固体電解質材料の製造方法において、
前記硫化物系無機固体電解質材料中の前記Pの含有量に対する前記Liの含有量のモル比(Li/P)が1.0以上10.0以下であり、前記Pの含有量に対する前記Sの含有量のモル比(S/P)が1.0以上10.0以下である硫化物系無機固体電解質材料の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、硫化物系無機固体電解質材料の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
リチウムイオン電池は、一般的に、携帯電話やノートパソコン等の小型携帯機器の電源として使用されている。また、最近では小型携帯機器以外に、電気自動車や電力貯蔵等の電源としてもリチウムイオン電池は使用され始めている。
【0003】
現在市販されているリチウムイオン電池には、可燃性の有機溶媒を含む電解液が使用されている。一方、電解液を固体電解質に変えて、電池を全固体化したリチウムイオン電池(以下、全固体型リチウムイオン電池とも呼ぶ。)は、電池内に可燃性の有機溶媒を用いないので、安全装置の簡素化が図れ、製造コストや生産性に優れると考えられている。このような固体電解質に用いられる固体電解質材料としては、例えば、硫化物系固体電解質材料が知られている。
【0004】
例えば、特許文献1(特開2016-27545号)には、CuKα線を用いたX線回折測定における2θ=29.86°±1.00°の位置にピークを有し、Li2y+3PS4(0.1≦y≦0.175)の組成を有することを特徴とする硫化物系固体電解質材料が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
ところが、硫化物系無機固体電解質材料は、電気化学安定性およびリチウムイオン伝導性に優れているものの、電解液に比べたらリチウムイオン伝導性はまだまだ低く、固体電解質材料としては十分に満足するものではなかった。
以上から、リチウムイオン電池に利用される硫化物系無機固体電解質材料は電気化学安定性を有しつつ、リチウムイオン伝導性のさらなる向上が求められている。
【0007】
本発明は上記事情に鑑みてなされたものであり、リチウムイオン伝導性が向上した硫化物系無機固体電解質材料を提供するものである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは上記課題を達成すべく鋭意検討を重ねた。その結果、ガラス状態の硫化物系無機固体電解質材料を特定の条件でアニール処理することにより、リチウムイオン伝導性が向上した硫化物系無機固体電解質材料が得られることを見出して本発明を完成するに至った。
【0009】
本発明によれば、
ガラス状態の硫化物系無機固体電解質材料を準備する工程(A)と、
加熱手段を用いて上記ガラス状態の硫化物系無機固体電解質材料をアニール処理する工程(B)と、を含み、
上記工程(B)は、上記ガラス状態の硫化物系無機固体電解質材料を加熱空間に配置する工程(B1)と、上記加熱手段の温度を初期温度T0からアニール温度T1まで昇温しながら上記加熱空間内に配置した上記ガラス状態の硫化物系無機固体電解質材料をアニール処理する工程(B2)と、上記加熱空間内に配置した上記ガラス状態の硫化物系無機固体電解質材料を上記アニール温度T1でアニール処理する工程(B3)と、をこの順番に含み、
上記工程(B2)において上記初期温度T0から上記アニール温度T1までの昇温速度が2℃/分以上である硫化物系無機固体電解質材料の製造方法が提供される。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、リチウムイオン伝導性が向上した硫化物系無機固体電解質材料を提供することができる。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下に、本発明の実施形態について説明する。なお、数値範囲の「A~B」は特に断りがなければ、A以上B以下を表す。
【0012】
本実施形態に係る硫化物系無機固体電解質材料の製造方法は、ガラス状態の硫化物系無機固体電解質材料を準備する工程(A)と、加熱手段を用いて上記ガラス状態の硫化物系無機固体電解質材料をアニール処理する工程(B)と、を含み、上記工程(B)は、上記ガラス状態の硫化物系無機固体電解質材料を加熱空間に配置する工程(B1)と、上記加熱手段の温度を初期温度T0からアニール温度T1まで昇温しながら上記加熱空間内に配置した上記ガラス状態の硫化物系無機固体電解質材料をアニール処理する工程(B2)と、上記加熱空間内に配置した上記ガラス状態の硫化物系無機固体電解質材料を上記アニール温度T1でアニール処理する工程(B3)と、をこの順番に含み、上記工程(B2)において上記初期温度T0から上記アニール温度T1までの昇温速度が2℃/分以上である。
【0013】
本実施形態に係る硫化物系無機固体電解質材料の製造方法によれば、リチウムイオン伝導性が向上した硫化物系無機固体電解質材料を得ることができる。
【0014】
本実施形態に係る硫化物系無機固体電解質材料の製造方法で得られる硫化物系無機固体電解質材料は、構成元素としてLi、PおよびSを含む。
また、本実施形態に係る硫化物系無機固体電解質材料は、リチウムイオン伝導性、電気化学的安定性、水分や空気中での安定性および取り扱い性等をより一層向上させる観点から、当該硫化物系無機固体電解質材料中の上記Pの含有量に対する上記Liの含有量のモル比Li/Pが好ましくは1.0以上10.0以下であり、より好ましくは1.0以上5.0以下であり、さらに好ましくは2.0以上4.5以下であり、さらにより好ましくは3.0以上4.2以下であり、さらにより好ましくは3.1以上4.0以下であり、特に好ましくは3.2以上3.8以下である。
また、上記Pの含有量に対する上記Sの含有量のモル比S/Pが好ましくは1.0以上10.0以下であり、より好ましくは2.0以上6.0以下であり、さらに好ましくは3.0以上5.0以下であり、さらにより好ましくは3.5以上4.5以下であり、特に好ましくは3.8以上4.2以下である。
ここで、本実施形態に係る硫化物系無機固体電解質材料中のLi、PおよびSの含有量は、例えば、ICP発光分光分析やX線分析により求めることができる。
【0015】
本実施形態に係る硫化物系無機固体電解質材料は、リチウムイオン伝導性を必要とする任意の用途に用いることができる。中でも、本実施形態に係る硫化物系無機固体電解質材料は、リチウムイオン電池に用いられることが好ましい。より具体的には、リチウムイオン電池における正極活物質層、負極活物質層、電解質層等に使用される。さらに、本実施形態に係る硫化物系無機固体電解質材料は、全固体型リチウムイオン電池を構成する正極活物質層、負極活物質層、固体電解質層等に好適に用いられ、全固体型リチウムイオン電池を構成する固体電解質層に特に好適に用いられる。
本実施形態に係る硫化物系無機固体電解質材料を適用した全固体型リチウムイオン電池の例としては、正極と、固体電解質層と、負極とがこの順番に積層されたものが挙げられる。
【0016】
以下、各工程について詳細に説明する。
【0017】
(工程(A))
はじめに、ガラス状態の硫化物系無機固体電解質材料を準備する。
ガラス状態の硫化物系無機固体電解質材料は、例えば、硫化リチウムおよび硫化リンを含む混合物を準備し、次いで、この混合物を機械的処理することにより、原料である硫化リチウムおよび硫化リンを化学反応させながらガラス化することにより得ることができる。
【0018】
硫化リチウムおよび硫化リンを含む混合物は、例えば、目的の硫化物系無機固体電解質材料が所望の組成比になるように、各原料を所定のモル比で混合することにより得ることができる。
ここで、混合物中の各原料の混合比は、得られる硫化物系無機固体電解質材料が所望の組成比になるように調整する。
各原料を混合する方法としては各原料を均一に混合できる混合方法であれば特に限定されないが、例えば、ボールミル、ビーズミル、振動ミル、打撃粉砕装置、ミキサー(パグミキサー、リボンミキサー、タンブラーミキサー、ドラムミキサー、V型混合器等)、ニーダー、2軸ニーダー、気流粉砕機等を用いて混合することができる。
各原料を混合するときの攪拌速度や処理時間、温度、反応圧力、混合物に加えられる重力加速度等の混合条件は、混合物の処理量によって適宜決定することができる。
【0019】
原料として用いる硫化リチウムとしては特に限定されず、市販されている硫化リチウムを使用してもよいし、例えば、水酸化リチウムと硫化水素との反応により得られる硫化リチウムを使用してもよい。高純度な硫化物系無機固体電解質材料を得る観点および副反応を抑制する観点から、不純物の少ない硫化リチウムを使用することが好ましい。
ここで、本実施形態において、硫化リチウムには多硫化リチウムも含まれる。硫化リチウムとしてはLi2Sが好ましい。
【0020】
原料として用いる硫化リンとしては特に限定されず、市販されている硫化リン(例えば、P2S5、P4S3、P4S7、P4S5等)を使用することができる。高純度な硫化物系無機固体電解質材料を得る観点および副反応を抑制する観点から、不純物の少ない硫化リンを使用することが好ましい。硫化リンとしてはP2S5が好ましい。
【0021】
原料としては窒化リチウムをさらに用いてもよい。ここで、窒化リチウム中の窒素はN2として系内に排出されるため、原料として窒化リチウムを利用することで、構成元素としてLi、P、およびSを含む硫化物系無機固体電解質材料に対し、Li組成のみを増加させることが可能となる。
本実施形態に係る窒化リチウムとしては特に限定されず、市販されている窒化リチウム(例えば、Li3N等)を使用してもよいし、例えば、金属リチウム(例えば、Li箔)と窒素ガスとの反応により得られる窒化リチウムを使用してもよい。高純度な固体電解質材料を得る観点および副反応を抑制する観点から、不純物の少ない窒化リチウムを使用することが好ましい。
【0022】
つづいて、硫化リチウムおよび硫化リンを含む混合物を機械的処理することにより、原料である硫化リチウムおよび硫化リンを化学反応させながらガラス化して、ガラス状態の硫化物系無機固体電解質材料を得る。
ここで、機械的処理は、2種以上の無機化合物を機械的に衝突させることにより、化学反応させながらガラス化させることができるものであり、例えば、メカノケミカル処理等が挙げられる。
また、ガラス化工程において、水分や酸素を高いレベルで除去した環境下を実現しやすい観点から、機械的処理は、乾式でおこなうことが好ましく、乾式メカノケミカル処理であることがより好ましい。
メカノケミカル処理を用いると、各原料を微粒子状に粉砕しながら混合することができるため、各原料の接触面積を大きくすることができる。それにより、各原料の反応を促進することができるため、ガラス状態の硫化物系無機固体電解質材料をより一層効率良く得ることができる。
【0023】
ここで、メカノケミカル処理とは、対象の組成物にせん断力、衝突力または遠心力のような機械的エネルギーを加えつつガラス化する方法である。メカノケミカル処理によるガラス化をおこなう装置としては、ボールミル、ビーズミル、振動ミル、ターボミル、メカノフュージョン、ディスクミル、ロールミル等の粉砕・分散機;削岩機や振動ドリル、インパクトドライバ等で代表される回転(せん断応力)および打撃(圧縮応力)を組み合わせた機構からなる回転・打撃粉砕装置;高圧型グライディングロール等が挙げられる。これらの中でも、非常に高い衝撃エネルギーを効率良く発生させることができる観点から、ボールミルおよびビーズミルが好ましく、ボールミルが特に好ましい。また、連続生産性に優れている観点から、ロールミル;削岩機や振動ドリル、インパクトドライバ等で代表される回転(せん断応力)および打撃(圧縮応力)を組み合わせた機構からなる回転・打撃粉砕装置;高圧型グライディングロール等が好ましい。
【0024】
また、メカノケミカル処理は非活性雰囲気下でおこなうことが好ましい。これにより、硫化物系無機固体電解質材料と、水蒸気や酸素等との反応を抑制することができる。
また、上記非活性雰囲気下とは、真空雰囲気下または不活性ガス雰囲気下のことである。上記非活性雰囲気下では、水分の接触を避けるために露点が-50℃以下であることが好ましく、-60℃以下であることがより好ましい。上記不活性ガス雰囲気下とは、アルゴンガス、ヘリウムガス、窒素ガス等の不活性ガスの雰囲気下のことである。これらの不活性ガスは、製品への不純物の混入を防止するために、高純度である程好ましい。混合系への不活性ガスの導入方法としては、混合系内が不活性ガス雰囲気で満たされる方法であれば特に限定されないが、不活性ガスをパージする方法、不活性ガスを一定量導入し続ける方法等が挙げられる。
【0025】
硫化リチウムおよび硫化リンを含む混合物を機械的処理するときの回転速度や処理時間、温度、反応圧力、混合物に加えられる重力加速度等の混合条件は、混合物の種類や処理量によって適宜決定することができる。一般的には、回転速度が速いほど、ガラスの生成速度は速くなり、処理時間が長いほどガラスヘの転化率は高くなる。
通常は、線源としてCuKα線を用いたX線回折分析をしたとき、原料由来の回折ピークが消失または低下していたら、混合物はガラス化され、ガラス状態の硫化物系無機固体電解質材料が得られていると判断することができる。
【0026】
ここで、硫化リチウムおよび硫化リンを含む混合物をガラス化する工程では、27.0℃、印加電圧10mV、測定周波数域0.1Hz~7MHzの測定条件における交流インピーダンス法によるリチウムイオン伝導度が0.5×10-4S・cm-1以上、好ましくは1.0×10-4S・cm-1以上となるまで機械的処理をおこなうことが好ましい。これにより、リチウムイオン伝導性により一層優れた硫化物系無機固体電解質材を得ることができる。
【0027】
(工程(B))
次いで、加熱手段を用いて上記ガラス状態の硫化物系無機固体電解質材料をアニール処理する。
本実施形態に係る硫化物系無機固体電解質材料の製造方法において、ガラス状態の硫化物系無機固体電解質材料をアニール処理することによって、ガラス状態の硫化物系無機固体電解質材料の少なくとも一部を結晶化することができる。すなわち、ガラス状態の硫化物系無機固体電解質材料を加熱することによって、ガラス状態の硫化物系無機固体電解質材料の少なくとも一部を結晶化して、ガラスセラミックス状態(結晶化ガラスとも呼ばれる。)の硫化物系無機固体電解質材料を得ることができる。こうすることにより、硫化物系無機固体電解質材料のリチウムイオン伝導性を向上させることができる。
【0028】
工程(B)は、ガラス状態の硫化物系無機固体電解質材料を加熱空間に配置する工程(B1)と、加熱手段の温度を初期温度T0からアニール温度T1まで昇温しながら加熱空間内に配置したガラス状態の硫化物系無機固体電解質材料をアニール処理する工程(B2)と、加熱空間内に配置したガラス状態の硫化物系無機固体電解質材料をアニール温度T1でアニール処理する工程(B3)と、をこの順番に含み、工程(B2)において初期温度T0からアニール温度T1までの昇温速度が2℃/分以上であり、好ましくは3℃/分以上であり、より好ましくは5℃/分以上であり、さらに好ましくは7℃/分以上である。上記昇温速度の上限値は特に限定されないが、例えば、1000℃/分以下であってもよいし、800℃/分以下であってもよし、600℃/分以下であってもよい。
【0029】
工程(B2)における上記昇温速度を上記下限値以上とすることにより、得られるガラスセラミックス状態の硫化物系無機固体電解質材料のリチウムイオン伝導性を向上させることができる。この理由については明らかではないが、以下の理由が推察される。
まず、上記昇温速度が上記下限値以上であると、結晶核の生成が少なくなり、結晶粒界面が少ないガラスセラミックス状態の硫化物系無機固体電解質材料が得られると考えられる。結晶粒界面が少ないほど、結晶粒界の抵抗が小さくなり、リチウムイオン伝導性が向上すると考えられる。
以上の理由から、上記昇温速度を上記下限値以上とすることにより、リチウムイオン伝導性が向上したガラスセラミックス状態の硫化物系無機固体電解質材料を得ることができると考えられる。
【0030】
上記加熱手段としては、例えば、対流伝熱加熱、伝導伝熱加熱、放射伝熱加熱等が挙げられる。これらの加熱手段は一種を単独で使用してもよいし、二種以上を組み合わせて使用してもよい。
伝導伝熱加熱とは、硫化物系無機固体電解質材料を高温物体に接触させて熱伝導によって加熱する方法であり、伝導伝熱加熱をおこなう装置としては、例えば、ホットプレート式ヒーター、加熱ロール、カーボンるつぼ等が挙げられる。ここで、カーボンるつぼによる伝導伝熱加熱は、例えば、カーボンるつぼ内に硫化物系無機固体電解質材料を入れ、カーボンるつぼを赤外線ヒーターや赤外線ランプなどで加熱し、加熱されたカーボンるつぼの熱によって硫化物系無機固体電解質材料を加熱する方法である。
放射伝熱加熱とは、高温物体が電磁波として放出するエネルギーをリチウム部材に吸収させて加熱する方法であり、放射伝熱加熱をおこなう装置としては、例えば、赤外線ヒーターや赤外線ランプ等が挙げられる。
これらの中でも硫化物系無機固体電解質材料を短時間で効果的にアニール処理することができる点から伝導伝熱加熱が好ましい。
【0031】
初期温度T0はガラス状態の硫化物系無機固体電解質材料を加熱空間に配置する際の加熱手段の温度であり、例えば、0℃以上100℃以下、好ましくは10℃以上50℃以下、より好ましくは15℃以上40℃以下である。
ここで、本実施形態に係る硫化物系無機固体電解質材料の製造方法において、加熱空間がアニール温度T1に到達した後に、ガラス状態の硫化物系無機固体電解質材料を配置してアニール処理する態様は除かれる。
【0032】
アニール温度T1としては十分に結晶化を進めることができる温度であれば特に限定されないが、例えば、ガラス状態の硫化物系無機固体電解質材料の熱分解等を抑制しながら結晶化を効果的に進める観点から、220℃以上500℃以下の範囲内であることが好ましく、230℃以上400℃以下の範囲内であることが好ましく、240℃以上350℃以下の範囲内であることがより好ましく、250℃以上350℃以下の範囲内であることがさらに好ましい。
ここで、初期温度T0およびアニール温度T1は加熱手段の温度であり、対流伝熱加熱および放射伝熱加熱の場合は加熱空間の雰囲気の温度を示し、伝導伝熱加熱の場合は高温物体の表面温度を示す。
【0033】
工程(B2)および工程(B3)において、アニール処理をおこなう合計時間は、所望のガラスセラミックス状態の硫化物系無機固体電解質材料が得られる時間であれば特に限定されるものではないが、例えば、1分間以上24時間以下の範囲内であり、好ましくは0.5時間以上8時間以下の範囲内でありより好ましくは1時間以上3時間以内の範囲内である。このようなアニール処理する際の温度、時間等の条件は硫化物系無機固体電解質材料の特性を最適なものにするため適宜調整することができる。
【0034】
本実施形態に係る硫化物系無機固体電解質材料の製造方法において、少なくとも工程(B2)および工程(B3)における加熱空間が不活性ガス雰囲気であることが好ましい。これにより、硫化物系無機固体電解質材料の劣化(例えば、酸化)を防止することができる。
使用する不活性ガスとしては、例えば、アルゴンガス、ヘリウムガス、窒素ガス等が挙げられる。これらの不活性ガスは、製品への不純物の混入を防止するために、高純度である程好ましく、また、水分の接触を避けるために、露点が-30℃以下であることが好ましく、-50℃以下であることがより好ましく、-60℃以下であることが特に好ましい。加熱空間への不活性ガスの導入方法としては、加熱空間が不活性ガス雰囲気で満たされる方法であれば特に限定されないが、不活性ガスをパージする方法、不活性ガスを一定量導入し続ける方法等が挙げられる。
【0035】
また、硫化物系無機固体電解質材料の少なくとも一部が結晶化したかどうかは、例えば、線源としてCuKα線を用いたX線回折により得られるスペクトルにおいて、新たな結晶ピークが生成したか否かで判断することができる。
【0036】
(粉砕、分級、または造粒する工程)
本実施形態に係る硫化物系無機固体電解質材料の製造方法では、必要に応じて、得られた硫化物系無機固体電解質材料を粉砕、分級、または造粒する工程をさらにおこなってもよい。例えば、粉砕により微粒子化し、その後、分級操作や造粒操作によって粒子径を調整することにより、所望の粒子径を有する硫化物系無機固体電解質材料を得ることができる。上記粉砕方法としては特に限定されず、ミキサー、気流粉砕、乳鉢、回転ミル、コーヒーミル等公知の粉砕方法を用いることができる。また、上記分級方法としては特に限定されず、篩等公知の方法を用いることができる。
これらの粉砕または分級は、空気中の水分との接触を防ぐことができる点から、不活性ガス雰囲気下または真空雰囲気下で行うことが好ましい。
【0037】
以上、本発明の実施形態について述べたが、これらは本発明の例示であり、上記以外の様々な構成を採用することもできる。
なお、本発明は前述の実施形態に限定されるものではなく、本発明の目的を達成できる範囲での変形、改良等は本発明に含まれるものである。
【実施例0038】
以下、本発明を実施例および比較例により説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0039】
<評価方法>
はじめに、以下の実施例、比較例における評価方法を説明する。
【0040】
(1)リチウムイオン伝導度の測定
実施例および比較例で得られた硫化物系無機固体電解質材料に対して、交流インピーダンス法によるリチウムイオン伝導度の測定をおこなった。
リチウムイオン伝導度の測定はバイオロジック社製、ポテンショスタット/ガルバノスタットSP-300を用いた。試料の大きさは直径9.5mm、厚さ1.2~2.0mm、測定条件は、印加電圧10mV、測定温度27.0℃、測定周波数域0.1Hz~7MHz、電極はLi箔とした。
ここで、リチウムイオン伝導度測定用の試料としては、プレス装置を用いて、実施例および比較例で得られた粉末状の硫化物系無機固体電解質材料150mgを270MPa、10分間プレスして得られる直径9.5mm、厚さ1.2~2.0mmの板状の硫化物系無機固体電解質材料を用いた。
【0041】
(2)硫化物系無機固体電解質材料の組成比率の測定
ICP発光分光分析装置(セイコーインスツルメント社製、SPS3000)を用いて、ICP発光分光分析法により測定し、実施例および比較例で得られた硫化物系無機固体電解質材料中のLi、PおよびSの質量%をそれぞれ求め、それに基づいて、各元素のモル比をそれぞれ計算した。
【0042】
<実施例1>
(1)硫化物系無機固体電解質材料の作製
硫化物系無機固体電解質材料を以下の手順で作製した。
原料には、Li2S(古河機械金属社製、純度99.9%)、P2S5(関東化学社製)およびLi3N(古河機械金属社製)をそれぞれ使用した。
はじめに、グローブボックス内に回転刃式の粉砕機およびアルミナ製のポット(内容積400mL)を配置し、次いで、グローブボックス内に対して、ガス精製装置を通じて得られた高純度のドライアルゴンガス(H2O<1ppm、O2<1ppm)の注入および真空脱気を3回おこなった。
次いで、グローブボックス内で、回転刃式の粉砕機(回転数18000rpm)を用いて、Li2S粉末とP2S5粉末とLi3N粉末(Li2S:P2S5:Li3N=71.1:23.7:5.3(モル%))の合計5gの混合(混合10秒および静置10秒の操作を10回(累計混合時間:100秒))をおこなうことにより、原料無機組成物を調製した。
【0043】
つづいて、グローブボックス内のアルミナ製のポット(内容積400mL)の内部に、原料無機組成物と直径10mmのZrO2ボール500gとを投入し、ポットを密閉した。
次いで、グローブボックス内から、アルミナ製のポットを取り出し、メンブレンエアドライヤーを通して導入した乾燥したドライエアーの雰囲気下に設置したボールミル機にアルミナ製のポットを取り付け、120rpmで500時間メカノケミカル処理し、原料無機組成物のガラス化をおこなった。48時間混合する毎にグローブボックス内でポットの内壁についた粉末を掻き落とし、密封後、乾燥した大気雰囲気下でミリングを継続した。
次いで、グローブボックス内にアルミナ製のポットを入れ、得られた粉末(0.35g)をアルミナ製のポットからカーボンるつぼに移し、グローブボックス内に設置した卓上型ランプ加熱装置でカーボンるつぼを加熱し、カーボンるつぼが260℃になるまで昇温した。ここで、カーボンるつぼの初期温度T0は23℃であり、昇温速度は9℃/分であった。アニール処理は、カーボンるつぼの加熱開始から2時間おこなった。なお、カーボンるつぼの温度は、カーボンるつぼの外側の底面に熱電対を接触させて測定した。
得られたガラスセラミックス状態の硫化物系無機固体電解質材料(Li10P3S12)について各評価をおこなった。得られた結果を表1に示す。
【0044】
<実施例2~4および比較例1>
カーボンるつぼの昇温速度を表1のように変更した以外は実施例1と同様にしてガラスセラミックス状態の硫化物系無機固体電解質材料(Li10P3S12)をそれぞれ作製し、得られたガラスセラミックス状態の硫化物系無機固体電解質材料についてリチウムイオン伝導度の測定をそれぞれおこなった。得られた結果を表1に示す。
【0045】
<実施例5および6>
カーボンるつぼの昇温速度およびアニール温度を表1のように変更した以外は実施例1と同様にしてガラスセラミックス状態の硫化物系無機固体電解質材料(Li10P3S12)をそれぞれ作製し、得られたガラスセラミックス状態の硫化物系無機固体電解質材料についてリチウムイオン伝導度の測定をそれぞれおこなった。得られた結果を表1に示す。
【0046】
【0047】
昇温速度が2℃/分以上である実施例の硫化物系無機固体電解質材料の製造方法の方が、イオン伝導度が高い硫化物系無機固体電解質材料が短時間で得られていることが理解できる。
以上から、本実施形態に係る硫化物系無機固体電解質材料の製造方法によれば、リチウムイオン伝導性が向上した硫化物系無機固体電解質材料を得ることが可能であることが理解できる。
【0048】
この出願は、2019年10月2日に出願された日本出願特願2019-182311号を基礎とする優先権を主張し、その開示の全てをここに取り込む。