(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023168543
(43)【公開日】2023-11-24
(54)【発明の名称】同期機制御装置および同期機制御方法、並びに電気車
(51)【国際特許分類】
H02P 21/14 20160101AFI20231116BHJP
【FI】
H02P21/14
【審査請求】有
【請求項の数】13
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023172744
(22)【出願日】2023-10-04
(62)【分割の表示】P 2020045956の分割
【原出願日】2020-03-17
(71)【出願人】
【識別番号】509186579
【氏名又は名称】日立Astemo株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000350
【氏名又は名称】ポレール弁理士法人
(72)【発明者】
【氏名】谷口 峻
(72)【発明者】
【氏名】戸張 和明
(72)【発明者】
【氏名】中尾 矩也
(72)【発明者】
【氏名】安島 俊幸
(72)【発明者】
【氏名】吉田 健一
(72)【発明者】
【氏名】松尾 健太郎
(72)【発明者】
【氏名】岸本 永呉
(57)【要約】
【課題】
制御系を複雑にすることなく、モータの高性能化が可能な同期機制御装置を提供する。
【解決手段】
同期機制御装置が、同期機(1)に電力を供給する電力変換器(2)を制御するものであって、同期機(1)の電流指令値(Id
*,Iq
*)から第一磁束指令値(φd
*,φq
*)を演算する第一磁束指令演算部(21)と、同期機(1)の電流検出値(Idc,Iqc)から同期機(1)の磁束値(φdc,φqc)を推定する磁束推定部(23)と、第一磁束指令値(φd
*,φq
*)と磁束値(φdc,φqc)が一致するように電力変換器の電圧指令値(Vd
*,Vq
*)を作成する電圧演算部(19)と、を備える。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
同期機に電力を供給する電力変換器を制御する同期機制御装置において、
前記同期機の電流指令値から第一磁束指令値を演算する第一磁束指令演算部と、
前記同期機の電流検出値から前記同期機の磁束値を推定する磁束推定部と、
前記第一磁束指令値と前記磁束値が一致するように前記電力変換器の電圧指令値を作成する電圧演算部と、
を備えることを特徴とする同期機制御装置。
【請求項2】
請求項1に記載の同期機制御装置において、
前記第一磁束指令演算部は、前記電流指令値と前記第一磁束指令値との対応関係を表す情報に基づいて、前記第一磁束指令値を演算し、
前記磁束推定部は、前記電流検出値と前記磁束値との対応関係を表す情報に基づいて、前記磁束値を推定することを特徴とする同期機制御装置。
【請求項3】
請求項2に記載の同期機制御装置において、
前記電流指令値と前記第一磁束指令値との前記対応関係を表す前記情報と、前記電流検出値と前記磁束値との前記対応関係を表す前記情報とが、同一であることを特徴とする同期機制御装置。
【請求項4】
請求項1に記載の同期機制御装置において、
さらに、前記第一磁束指令値と前記磁束値が一致するように第二磁束指令値を演算する第二磁束指令演算部を備え、
前記電圧演算部は、前記第二磁束指令値と、前記同期機の速度とに基づいて、前記電圧指令値を作成することを特徴とする同期機制御装置。
【請求項5】
請求項4に記載の同期機制御装置において、
前記第二磁束指令演算部は、比例制御器および積分制御器を用いて、前記第二磁束指令値を演算することを特徴とする同期機制御装置。
【請求項6】
請求項4に記載の同期機制御装置において、
前記電圧演算部は、比例制御器および積分制御器と、フィードフォワード制御系を構成する一次遅れ制御器とを用いて、前記第二磁束指令値を演算することを特徴とする同期機制御装置。
【請求項7】
請求項6に記載の同期機制御装置において、
前記一次遅れ制御器は、電流制御系におけるカットオフ周波数の逆数を時定数とすることを特徴とする同期機制御装置。
【請求項8】
請求項4に記載の同期機制御装置において、
前記電圧演算部は、前記同期機の逆モデルによって構成されることを特徴とする同期機制御装置。
【請求項9】
請求項1に記載の同期機制御装置において、
さらに、
前記第一磁束指令値と前記磁束値が一致するように第一電圧指令値を作成する第一電圧指令演算部と、
前記第一磁束指令値と前記同期機の速度とに基づいて、非干渉制御のための第二電圧指令を作成する第二電圧指令演算部と、
を備え、
前記電圧演算部は、前記第一電圧指令値と前記第二電圧指令値とに基づいて、前記電力
変換器の前記電圧指令値を作成することを特徴とする同期機制御装置。
【請求項10】
請求項9に記載の同期機制御装置において、
第二指令電圧演算部は、一次遅れ制御器を用いて、前記第二電圧指令を作成することを
特徴とする同期機制御装置。
【請求項11】
請求項10に記載の同期機制御装置において、
前記一次遅れ制御器は、電流制御系におけるカットオフ周波数の逆数を時定数とするこ
とを特徴とする同期機制御装置。
【請求項12】
同期機に電力を供給する電力変換器を制御する同期機制御方法において、
前記同期機の電流指令値から第一磁束指令値を演算し、
前記同期機の電流検出値から前記同期機の磁束値を推定し、
前記第一磁束指令値と前記磁束値が一致するように前記電力変換器の電圧指令値を作成
することを特徴とする同期機制御方法。
【請求項13】
車輪と、
車輪を駆動する同期機と、
前記同期機に電力を供給する電力変換器と、
前記電力変換器を制御する制御装置と、
を備える電気車において、
前記制御装置が、請求項1に記載の同期機制御装置であることを特徴とする電気車。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、同期モータなどの同期機を駆動するための同期機制御装置および同期機制御方法、並びにそれらを用いる電気車に関する。
【背景技術】
【0002】
同期モータを小型化するために、モータの高速回転化および高磁束密度化が進んでいる。特に、電気自動車等の電気車においては、モータの重量が消費電力量に影響を与えるため、その傾向は顕著である。
【0003】
高速回転化に対応する従来の制御技術として、特許文献1に記載の制御技術が知られている。
【0004】
特許文献1に記載の制御技術では、d軸電流およびq軸電流について、電流検出値が第1の電流指令値に近づくように、第2の電流指令値が作成される。そして、第2の電流指令値に基づいて電圧指令値が作成される。
【0005】
また、高磁束密度化に対応する従来の制御技術として、特許文献2および特許文献3に記載の制御技術が知られている。
【0006】
特許文献2に記載の制御技術では、上記特許文献1における第2の電流指令値に基づくとともに、コイル鎖交磁束に基づいて、電圧指令値が作成される。
【0007】
特許文献3に記載の制御技術では、モータ電流値に対するインダクタンス値の変化に対応させて同様に電流制御ゲインを変化させる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2004-297966号公報
【特許文献2】国際公開第2010/116815号
【特許文献3】特開2003-348875号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
上記制御技術を適用して、モータの高速回転化および高磁束密度化を共に達成しようとすると、制御系が複雑になり、特に磁束関連の演算に用いる定数が多くなりパラメータ同定が難しくなったり、制御装置の負荷が増加したりする。このため、電気車などの適用対象への搭載が難しくなる。
【0010】
そこで、本発明は、制御系を複雑にすることなく、モータの高性能化が可能な同期機制御装置および同期機制御方法、並びにそれらを用いる電気車を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0011】
上記課題を解決するために、本発明による同期機制御装置は、同期機に電力を供給する電力変換器を制御するものであって、同期機の電流指令値から第一磁束指令値を演算する第一磁束指令演算部と、同期機の電流検出値から同期機の磁束値を推定する磁束推定部と、第一磁束指令値と磁束値が一致するように電力変換器の電圧指令値を作成する電圧演算部と、を備える。
【0012】
また、上記課題を解決するために、本発明による同期機制御方法は、同期機に電力を供給する電力変換器を制御する方法であって、同期機の電流指令値から第一磁束指令値を演算し、同期機の電流検出値から同期機の磁束値を推定し、第一磁束指令値と磁束値が一致するように電力変換器の電圧指令値を作成する。
【0013】
また、上記課題を解決するために、本発明による電気車は、車輪と、車輪を駆動する同期機と、同期機に電力を供給する電力変換器と、電力変換器を制御する制御装置と、を備えるものであって、制御装置が、上記本発明による同期機制御装置である。
【発明の効果】
【0014】
本発明により、制御系を複雑にすることなく、同期機の磁気飽和の影響を考慮して、同期機を精度よく制御できる。
【0015】
上記した以外の課題、構成および効果は、以下の実施形態の説明により明らかにされる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【
図1】実施例1である同期機制御装置の機能構成を示すブロック図である。
【
図2】第二dq軸磁束指令演算部25におけるPI制御器の機能構成を示すブロック図である。
【
図3】式(1)で表される逆モデルに基づいて構成された電圧ベクトル演算部19の構成を示す。
【
図5】実施例2である同期機制御装置の機能構成を示すブロック図である。
【
図6】非干渉制御演算部13の機能構成例を示すブロック図である。
【
図7】実施例3である同期機制御装置の機能構成を示すブロック図である。
【
図8】第二dq軸磁束指令演算部25Bの機能構成例を示すブロック図である。
【
図9】実施例4である電気車の構成を示すブロック図である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下、本発明の実施形態について、下記の実施例1~4により、図面を用いながら説明する。各図において、参照番号が同一のものは同一の構成要件あるいは類似の機能を備えた構成要件を示している。
【0018】
実施例1~4において、制御対象である同期機は、永久磁石同期モータ(以下、「PMSM」(Permanent Magnet Synchronous Motorの略)と記す)である。
【実施例0019】
図1は、実施例1である同期機制御装置の機能構成を示すブロック図である。なお、本実施例においては、マイクロコンピュータなどのコンピュータシステムが、所定のプログラムを実行することにより、
図1に示す同期機制御装置として機能する(他の実施例も同様)。
【0020】
図1において、電力変換器2は、直流電圧源9(例えばバッテリ)からの直流電力を交流電力に変換してPMSM1へ出力する。PMSM1は、この交流電力によって、回転駆動される。電力変換器2は、半導体スイッチング素子からなるインバータ主回路を備えている。半導体スイッチング素子がゲート信号によってオン・オフ制御されることにより、直流電力が交流電力に変換される。なお、半導体スイッチング素子としては、例えば、IGBT(Insulated Gate Bipolar Transistor)が適用される。
【0021】
相電流検出器3は、電力変換器2からPMSM1に流れる3相のモータ電流、すなわちU相電流Iu、V相電流IvおよびW相電流Iwを検出して、それぞれU相電流検出値Iuc、V相電流検出値IvcおよびW相電流検出値Iwcとして出力する。なお、相電流検出器3としては、ホールCT(Current Transformer)などが適用される。
【0022】
磁極位置検出器4は、PMSM1の磁極位置を検出して、磁極位置情報θ*を出力する。磁極位置検出器4としては、レゾルバなどが適用される。
【0023】
周波数演算部5は、磁極位置検出器4が出力する磁極位置情報θ*から、時間微分演算などによって速度情報ω1
*を演算して出力する。
【0024】
座標変換部7は、相電流検出器が出力するIuc,Ivc,Iwcを、磁極位置情報θ*に応じて、回転座標系におけるdq軸電流検出値Idc,Iqcに変換して、Idc,Iqcを出力する。
【0025】
dq軸磁束推定部23は、座標変換部7が出力するdq軸電流検出値Idc,Iqcに基づいて、ルックアップテーブル(テーブルデータ)を参照して、dq軸磁束推定値φdc,φqcを推定する。dq軸磁束推定部23が参照するルックアップテーブル(テーブルデータ)は、Idc,Iqcとφdc,φqcとの対応を表す表データであり、本実施例の同期機制御装置が備える記憶装置(図示せず)に記憶されている。なお、ルックアップテーブルに替えて、所定の関数(近似式など)を用いてもよい。
【0026】
第一dq軸磁束指令演算部21は、上位制御装置などから与えられるdq軸電流指令値Idc*,Iqc*に基づいて、ルックアップテーブル(テーブルデータ)を参照して、第一dq軸磁束指令値φd*,φq*を演算して出力する。第一dq軸磁束指令演算部21が参照するルックアップテーブル(テーブルデータ)は、Idc*,Iqc*とφd*,φq*との対応を表す表データであり、本実施例の同期機制御装置が備える記憶装置(図示せず)に記憶されている。なお、ルックアップテーブルに替えて、所定の関数(近似式など)を用いてもよい。
【0027】
第二dq軸磁束指令演算部25は、第一dq軸磁束指令値φd*,φq*とdq軸磁束推定値φdc,φqcが一致するように、比例積分(PI)制御器によって第二dq軸磁束指令値φd**,φq**を演算して出力する。
【0028】
図2は、第二dq軸磁束指令演算部25におけるPI制御器の機能構成を示すブロック図である。
【0029】
図2の上図に示すように、第二d軸磁束指令値φd
**を演算するPI制御器においては、加減算器81によって、第一d軸磁束指令値φd
*とd軸磁束推定値φdcとの差分(φd
*-φdc)が演算され、差分演算値に比例ゲイン87(K
P)が乗算される。また、差分演算値は、積分器83によって積分され、積分値に積分ゲイン85(K
I)が乗算される。比例ゲイン87が乗算された差分演算値と、積分ゲイン85が乗算された積分値とが、加算器89によって加算され、第二d軸磁束指令値φd
**が演算される。
【0030】
図2の下図に示すように、第二q軸磁束指令値φq
**を演算するPI制御器においては、加減算器91によって、第一q軸磁束指令値φq
*とq軸磁束推定値φqcとの差分(φq
*-φqc)が演算され、差分演算値に比例ゲイン97(K
P)が乗算される。また、差分演算値は、積分器93によって積分され、積分値に積分ゲイン95(KI)が乗算される。比例ゲイン97が乗算された差分演算値と、積分ゲイン95が乗算された積分値とが、加算器99によって加算され、第二q軸磁束指令値φq
**が演算される。
【0031】
図1に示す電圧ベクトル演算部19は、モータモデルの逆モデルによって、電圧指令値を作成する。
【0032】
モータモデルの逆モデルは、モータのd軸磁束およびq軸磁束をそれぞれφdおよびφqとし、モータのd軸電圧およびq軸電圧をそれぞれVdおよびVqとし、モータ速度をω1とすると、例えば、式(1)のような電圧方程式によって表される。
【0033】
【0034】
本実施例においては、式(1)で表される逆モデルが適用されるが、VdおよびVqをそれぞれd軸電圧指令値Vd*およびq軸電圧指令値Vq*とし、φdおよびφqをそれぞれ第二d軸磁束指令値φd**および第二q軸磁束指令値φq**とし、ω1を速度情報ω1
*とする。
【0035】
なお、後述するように、式(1)においては、モータの磁気飽和が考慮されている。
【0036】
図3は、式(1)で表される逆モデルに基づいて構成された電圧ベクトル演算部19の構成を示す。なお、R,Ld,Lq,Keは、それぞれPMSM1における巻線抵抗、d軸インダクタンス、q軸インダクタンス、磁石磁束である。
【0037】
図3に示すように、微分器45により、φd
**の微分が演算される。また、加減算器44により、φd
**とKeとの差分(φd
**-Ke)が演算される。この差分演算値にR/Ld(46)が乗じられる。微分器45による微分演算値と、ゲインであるR/Ld(46)が乗じられた差分演算値とが、加算器47によって加算される。また、乗算器48によって、ω
1
*とφq
**とが乗算される。さらに、加減算器49によって、加算器47による加算演算値と、乗算器48による乗算値との差分が演算されて、Vd
*が作成される。
【0038】
また、
図3に示すように、微分器35により、φq
**の微分が演算される。また、φq
**にR/Lq(36)が乗じられる。微分器35による微分演算値と、R/Lq(36)が乗じられたφq
**とが、加算器37によって加算される。また、乗算器38によって、ω
1
*とφd
**とが乗算される。さらに、加算器39によって、加算器37による加算演算値と、乗算器38による乗算値とが加算されて、Vq
*が作成される。
【0039】
このように、モータモデルの逆モデルを表す電圧方程式に基づいて、電圧ベクトル演算部を構成することができる。
【0040】
図1に示す座標変換部11は、電圧ベクトル演算部19が出力する、電力変換器2に対するdq軸電圧指令値Vd
*,Vq
*を磁極位置検出器4で検出される磁極位置情報θ
*を用いて座標変換することにより、電力変換器2に対する三相電圧指令値Vu
*,Vv
*,Vw
*を作成して出力する。
【0041】
直流電圧検出器6は、直流電圧源9の電圧を検出して、直流電圧情報Vdcを出力する。
【0042】
PWM制御器12は、電圧ベクトル演算部19から三相電圧指令値Vu*,Vv*,Vw*を受けるとともに、直流電圧検出器6から直流電圧情報Vdcを受け、これらに基づいて、パルス幅変調によって、電力変換器2に与えるゲート信号を作成して出力する。PWM制御器12は、例えば、キャリア信号として三角波を用い、三相電圧指令値を変調波とするパルス幅変調によってゲート信号を作成する。
【0043】
以下、本実施例の電圧ベクトル演算部19に用いられる、PMSM1の磁気飽和を考慮した電圧指令値の作成手段について説明する。
【0044】
まず、電流(dq軸電流Id,Iq)を状態量とする場合、磁気飽和を考慮すると、電圧方程式は式(2)のように表される。
【0045】
【0046】
ここで、Ldh,Lqh,Ldqh,Lqdhは動的インダクタンスを表し、Ld,Lq,Ldq,Lqdは静的インダクタンスを表す。これらのインダクタンスについて、
図4を用いて説明する。
【0047】
図4は、磁束と電流の関係の一例を示す。なお、縦軸および横軸は、それぞれ、磁束と電流の関係(図中の実線)が、磁束と電流の関係例を示す。
【0048】
図4に示すように、磁気飽和の影響により、q軸電流(Iq)が大きくなるほど、q軸磁束(φq)の増加の度合いが緩やかになる。このため、インダクタンスとして、動的インダクタンスおよび静的インダクタンスが、次のように定義される。動的インダクタンスLqhは、ある動作点(Iq,φq)における接線(図中の破線)の傾き(dφq/dt)である。また、静的インダクタンスLqは、q軸電流(Iq)が0の点と動作点とを結ぶ直線(図中の破線)の傾き(φq/Iq)である。
【0049】
なお、図示しないが、d軸磁束とd軸電流の関係、動的インダクタンスLdh、静的インダクタンスLdについては、
図4と同様である。
【0050】
式(2)において、電流微分項(右辺第二項)における係数(行列)は動的インダクタンスであり、誘起電圧項(右辺第三項)における係数(行列)は静的インダクタンスである。
【0051】
また、磁気飽和が顕著な場合、制御軸間すなわちdq軸間の相互干渉が発生する。このような相互干渉は、電流微分項の係数(行列)における動的インダクタンスLdqh,Lqdh、誘起電圧項の係数(行列)における静的インダクタンスLdq,Lqdによって表される。
【0052】
式(2)に基づき、すなわち電流を状態量として、磁気飽和を考慮してPMSM1を制御する場合、上述のような8種類のインダクタンス(Ldh,Lqh,Ldqh,Lqdh,Ld,Lq,Ldq,Lqd)が用いられる。したがって、この場合、同期機制御装置は、各インダクタンス値と電流値(d軸電流値およびq軸電流値)との対応を表すテーブルデータあるいは関数(近似式など)を8個備えることになる。
【0053】
なお、これらインダクタンスの温度依存性を考慮すると、テーブルデータあるいは数式(近似式など)の各々は、d軸電流値とq軸電流値および温度を変数とする、3変数のテーブルデータあるいは関数となる。
【0054】
さらに、式(2)における磁石磁束Keはq軸電流Iqおよび温度Tに対して依存性があるので、同期機制御装置は、IqおよびTを変数とする、二変数とKeの関係を表す二変数のテーブルデータあるいは関数(近似式など)を1個備えることになる。
【0055】
このように、電流を状態量として、磁気飽和を考慮してPMSM1を制御する場合、同期機制御装置は、複数個の多変数テーブルデータあるいは多変数関数を備えることになる。
【0056】
そこで、以下に説明するように、本実施例では、上述の式(1)で表されるモータモデルの逆モデルのように磁束を状態量とすることにより、磁気飽和を考慮しながらも、同期機制御装置で用いられるテーブルデータあるいは関数(近似式など)の総数(上述のように電流を状態量とする場合は9個)が低減される。
【0057】
磁束(dq軸磁束φd,φq)を状態量とする場合、磁気飽和を考慮すると、電圧方程式は式(3)のように表される。
【0058】
【0059】
自動車用などの多くの高効率PMSMでは巻線抵抗Rは十分小さいので、モータ制御における式(3)の第一項の影響は比較的小さい。このため、式(1)のように近似して、さらにLd,Lq,Keを一定値として設定しても、モータ制御に対する影響は小さい。
したがって、本実施例における電圧ベクトル演算部19は、磁束を状態量とする上述の式(1)に基づき、かつ式(1)におけるLd,Lq,Keを一定値として設定して、dq軸磁束指令値(φd**,φq**)に応じてdq軸電圧指令値(Vd*,Vq*)を作成する。
【0060】
この場合、同期機制御機装置は、d軸磁束(φd)およびq軸磁束(φq)の各々と、電流(d軸電流Id、q軸電流Iq)との対応関係を表すテーブルデータまたは関数(近似式など)を備える。したがって、同期機制御装置は、総数2個のテーブルデータまたは関数を備える。
【0061】
このように、磁束を状態量にすることにより、モータ制御に用いるテーブルデータまたは関数の個数が低減される。これにより、磁気飽和を考慮しながらも、制御系が簡単化されるので、同期機制御装置の演算負荷が軽減できたり、パラメータ同定時間を短縮できたりする。
【0062】
また、本実施例では、モータモデルの逆モデルを用いて、第二dq軸磁束指令演算部25によって作成される第二dq軸磁束指令値φd**,φq**に基づいて、dq軸電圧指令値Vd*,Vq*が作成される。このため、高速領域においても、d軸磁束推定値φdcおよびq軸磁束推定値φqcを、それぞれ第二d軸磁束指令値φd**および第二q軸磁束指令値φq**に、精度よく一致させることができる。したがって、本実施例による同期機制御装置によれば、PMSM1の高速回転の制御が可能になる。
【0063】
また、本実施例では、磁束の温度依存性の影響は、第二dq軸磁束指令演算部25が備えるPI制御器またはI制御器によって緩和される。このため、磁束(φd,φq)の演算に用いるテーブルデータまたは関数は、変数として温度を含まず、電流のみを変数とするテーブルデータまたは関数(近似式など)でもよい。これにより、同期機制御装置の演算負荷が軽減できたり、パラメータ同定時間を短縮できたりする。
【0064】
また、第一dq軸磁束指令演算部21とdq軸磁束推定部23で同じテーブルデータまたは関数を用いることにより、Idc,Iqcが、いわば磁束を介して、それぞれId*,Iq*に一致するように制御される。この場合、実質、電流制御系が構成されることになる。
【0065】
また、第一dq軸磁束指令演算部21およびdq軸磁束推定部23の各々が独立したテーブルデータまたは関数を用いることにより、軸間の相互干渉を考慮した制御が可能になる。この場合、第一dq軸磁束指令演算部21、およびdq軸磁束推定部23は、それぞれ、dq軸磁束指令値(φd*,φq*)とdq軸電流指令値(Id*,Iq*)との対応関係を表すテーブルデータまたは関数、およびdq軸磁束推定値(φdc,φqc)とdq軸電流検出値(Idc,Iqc)との対応関係を表すテーブルデータまたは関数を用いる。
【0066】
なお、本実施例の同期機制御装置は、モータの動的インダクタンスおよび静的インダクタンスが実質的に考慮されているので、磁気飽和の影響が大きなPMSMが用いられ、かつ正確なトルク応答が求められる電気自動車などの電気車への適用に好適である。
【0067】
なお、PMSM1における磁束と電流の対応関係を表す情報である、上述のルックアップテーブル、テーブルデータ、関数(近似式)は、実測や磁場解析などに基づいて、設定することができる。