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特開2023-168654抗がん剤内包リポソームと光熱変換ナノ粒子と生体吸収性高分子との複合多孔質材料及びその製造方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023168654
(43)【公開日】2023-11-29
(54)【発明の名称】抗がん剤内包リポソームと光熱変換ナノ粒子と生体吸収性高分子との複合多孔質材料及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
   A61K 41/00 20200101AFI20231121BHJP
   A61K 9/127 20060101ALI20231121BHJP
   A61K 9/51 20060101ALI20231121BHJP
   A61K 47/02 20060101ALI20231121BHJP
   A61K 45/00 20060101ALI20231121BHJP
   A61K 47/24 20060101ALI20231121BHJP
   A61K 47/28 20060101ALI20231121BHJP
   A61K 47/34 20170101ALI20231121BHJP
   A61K 47/42 20170101ALI20231121BHJP
   A61K 47/36 20060101ALI20231121BHJP
   A61P 35/00 20060101ALI20231121BHJP
   A61K 31/704 20060101ALI20231121BHJP
   A61P 43/00 20060101ALI20231121BHJP
   B82Y 5/00 20110101ALI20231121BHJP
   B82Y 40/00 20110101ALI20231121BHJP
【FI】
A61K41/00
A61K9/127
A61K9/51
A61K47/02
A61K45/00
A61K47/24
A61K47/28
A61K47/34
A61K47/42
A61K47/36
A61P35/00
A61K31/704
A61P43/00 121
B82Y5/00
B82Y40/00
【審査請求】未請求
【請求項の数】24
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022079877
(22)【出願日】2022-05-16
(71)【出願人】
【識別番号】301023238
【氏名又は名称】国立研究開発法人物質・材料研究機構
(72)【発明者】
【氏名】陳 国平
(72)【発明者】
【氏名】川添 直輝
(72)【発明者】
【氏名】チェン ファージャン
【テーマコード(参考)】
4C076
4C084
4C086
【Fターム(参考)】
4C076AA19
4C076AA65
4C076CC27
4C076DD21
4C076DD63
4C076DD70
4C076EE23
4C076EE24
4C076EE26
4C076EE36
4C076EE37
4C076EE42
4C076EE43
4C076EE45
4C084AA11
4C084AA19
4C084MA02
4C084NA12
4C084NA14
4C084ZB26
4C084ZC751
4C086AA01
4C086AA02
4C086EA10
4C086MA02
4C086MA04
4C086NA12
4C086NA14
4C086ZB26
4C086ZC75
(57)【要約】
【課題】 外科手術でがん組織を切除した後に移植、あるいはがん組織に直接被覆し、近赤外光の照射によって発熱及び抗がん剤を徐放する複合多孔質材料及びその製造方法を提供すること。
【解決手段】 本発明の複合多孔質材料は、生体吸収性高分子と、近赤外光照射で発熱する光熱変換ナノ粒子と、抗がん剤を内包したリポソームとを含有する。本発明の複合多孔質材料の製造方法は、光熱変換ナノ粒子と生体吸収性高分子とを混合し、多孔質化することと、多孔質化によって得られた光熱変換ナノ粒子と生体吸収性高分子との多孔質材料に抗がん剤を内包したリポソームを導入することとを包含する。
【選択図】 図14
【特許請求の範囲】
【請求項1】
生体吸収性高分子と、近赤外光照射で発熱する光熱変換ナノ粒子と、抗がん剤を内包したリポソームとを含有する、複合多孔質材料。
【請求項2】
前記光熱変換ナノ粒子は、金ナノ粒子及び黒リンナノシートからからなる群から少なくとも1種選択される、請求項1に記載の複合多孔質材料。
【請求項3】
前記金ナノ粒子は、棒状の金ナノロッド、又は、星型の金ナノスターである、請求項2に記載の複合多孔質材料。
【請求項4】
前記金ナノロッドの長軸長が20nm~500nmの範囲、短軸長が1nm~80nmの範囲、アスペクト比(長軸の長さ/短軸の長さ)が2~50の範囲であり、
前記金ナノスターの粒経が20nm~500nmの範囲である、請求項3に記載の複合多孔質材料。
【請求項5】
前記黒リンナノシートの厚みが1nm~1,000nmの範囲、面積が100nm~100,000μmの範囲である、請求項2に記載の複合多孔質材料。
【請求項6】
前記抗がん剤は、体温によって前記リポソームから徐放され、前記光熱変換ナノ粒子の発熱によって、徐放速度は大きくなる、請求項1~5のいずれかに記載の複合多孔質材料。
【請求項7】
前記抗がん剤は、ドキソルビシン、パクリタキセル、ドセタキセル水和物、メトトレキサート、フルオロウラシル、テガフール、テガフール・ウラシル、カルモフール、ドキシフルリジン、カペシタビン、テガフール・ギメラシル・オテラシルカリウム、マイトマイシンC、カプトテシン、及び、シスプラチンからなる群から1種類又は2種類以上選択される、請求項1~6のいずれかに記載の複合多孔質材料。
【請求項8】
前記リポソームは、1,2-ジヘキサデカノイル-sn-グリセロ-3-ホスホコリン(DPPCと略す)、コレステロール、及び、ポリエチレングリコールで修飾した1,2-ジステアロイル-sn-グリセロ-3-ホスホエタノールアミン(DSPEと略す)で構成される、請求項1~7のいずれかに記載の複合多孔質材料。
【請求項9】
前記生体吸収性高分子は、ゼラチン、コラーゲン、フィブリン、ヒアルロン酸、ポリグルタミン酸、コンドロイチン硫酸、アルギン酸、ポリ乳酸、ポリグリコール酸、乳酸とグリコール酸の共重合体、ポリ(ε-カプロラクトン)、ポリ(グリセロールセバシン酸)及びこれらの共重合体からなる群から1種類又は2種類以上選択される、請求項1~8のいずれかに記載の複合多孔質材料。
【請求項10】
前記生体吸収性高分子は、生体吸収性合成高分子スポンジ、又は、生体吸収性合成高分子メッシュ体である、請求項1~9のいずれかに記載の複合多孔質材料。
【請求項11】
前記生体吸収性合成高分子メッシュ体は、織物、織布、又は、不織布である、請求項10に記載の複合多孔質材料。
【請求項12】
孔径が0.1~1200μmの範囲である空孔を有する、請求項1~11のいずれかに記載の複合多孔質材料。
【請求項13】
前記生体吸収性高分子は架橋されている、請求項1~12のいずれかに記載の複合多孔質材料。
【請求項14】
前記光熱変換ナノ粒子の濃度は、1μg/cm以上4,000μg/cm以下の範囲である、請求項1~13のいずれかに記載の複合多孔質材料。
【請求項15】
前記光熱変換ナノ粒子と前記生体吸収性高分子との重量比(光熱変換ナノ粒子/生体吸収性高分子)は、0.0005~0.5の範囲である、請求項1~14のいずれかに記載の複合多孔質材料。
【請求項16】
前記リポソームによって放出される抗がん剤の終濃度は、0.01mg/cm以上100mg/cm以下の範囲である、請求項1~15のいずれかに記載の複合多孔質材料。
【請求項17】
外科的な手術でがん組織を除去した部位に埋め込まれ、又は、がん組織を直接覆い、外部から近赤外光が照射されることによって発熱し、内部あるいは周囲のがん細胞を殺傷する、請求項1~16のいずれかに記載の複合多孔質材料。
【請求項18】
光熱変換ナノ粒子と生体吸収性高分子とを混合し、多孔質化することと、
前記多孔質化によって得られた前記光熱変換ナノ粒子と前記生体吸収性高分子との多孔質材料に抗がん剤を内包したリポソームを導入することと
を包含する、請求項1~17のいずれかに記載の複合多孔質材料の製造方法。
【請求項19】
前記多孔質化することは、前記光熱変換ナノ粒子と前記生体吸収性高分子との混合溶液を凍結乾燥することを包含する、請求項18に記載の複合多孔質材料の製造方法。
【請求項20】
前記多孔質化することは、空孔形成剤を使用し、空孔を形成することを包含する、請求項18又は19に記載の複合多孔質材料の製造方法。
【請求項21】
前記空孔形成剤は氷である、請求項20に記載の複合多孔質材料の製造方法。
【請求項22】
前記多孔質化することに続いて、前記多孔質材料を架橋することを更に包含する、請求項18~21のいずれかに記載の複合多孔質材料の製造方法。
【請求項23】
前記抗がん剤を内包したリポソームは、バンガム法、コール酸除去法、逆相蒸発法、マイクロリアクター法、リモートローディング法、及び、凍結融解法からなる群から選択される手法によって作製される、請求項18~22のいずれかに記載の複合多孔質材料の製造方法。
【請求項24】
前記導入することは、前記抗がん剤を内包したリポソームを前記多孔質材料に化学結合させることを包含する、請求項18~23のいずれかに記載の複合多孔質材料の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、外科手術でがん組織を切除した部位に埋め込まれ、あるいはがん組織を直接覆い、近赤外光を体外から照射されて発熱し、多孔質材料から抗がん剤を徐放し、発熱及び徐放の抗がん剤により、多孔質材料内あるいは周囲のがん細胞を死滅に至らしめ、がんを治療する複合多孔質材料及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
がんはあらゆる病気の中でトップの死因を占め、現在でも3人に1人ががんで死亡している。超高齢社会の進行にともない、がんの根本的治療に対する社会のニーズはきわめて高い。がんを根絶するために、これまで様々な治療方法や治療薬の開発が盛んに行われている。固形がんの治療法としてよく使われている手術療法は最も直接的な方法であり、がん組織を切除し、その周辺組織やリンパ節に転移があればそれらも一緒に切除する。早期のがんや進行がんであっても、切除可能であれば手術療法が積極的に行われている。手術療法には、塊状のがん組織を一気に切除できるというメリットがある。
【0003】
しかし、実際には手術を行ってもかなりの頻度でがんが再発する。これは、現在の画像診断では検出できないがん細胞や微小ながん組織が、手術後も体内に残存してしまうためである。組織・臓器の機能を維持する目的で切除する範囲を小さくすればするほど、がん細胞やがん組織を取り残してしまう可能性が高くなり、再発のリスクが上昇する。
【0004】
従って、手術療法では、取り残したがん細胞や微小ながん組織をどのように治療するかが課題となる。通常、手術後には抗がん剤による治療(化学療法)や放射線療法を併用することが多い。このように、がん治療では複数の治療法を組み合わせて、総合的に治療を進める集学的治療が行われている。
【0005】
がん温熱療法は、がん細胞が正常細胞に比べて熱に弱いという性質に着目して、加熱によりがん細胞を殺傷する方法である。近赤外光を吸収すると発熱する性質を持つナノ粒子(光熱変換ナノ粒子)をがん組織に取り込ませ、患部に近赤外光を照射してがん細胞を殺傷する光温熱療法が注目を集めている。光温熱療法では、近赤外光を外部から患部に照射すると、光熱変換ナノ粒子が吸収した光子エネルギーが熱エネルギーに変換される。このとき、この熱エネルギーによって温度が上昇し、その結果、がん細胞が死滅する。近赤外光照射で発熱する金ナノ粒子や黒リンナノシートは注目されている。金ナノ粒子及び黒リンナノシートは生体細胞への毒性が低く、少量であれば、生体に悪影響を起こさない。
【0006】
これまで、光熱変換ナノ粒子を注射や点滴によって全身投与し、血流を通じてナノ粒子をがん組織に集積させる。しかし、血流を通じて全身を循環するため、がん組織への集積効率は低く、治療効率の低下とともに副作用の惹起という問題がある。副作用を抑えながら、治療に十分な量をいかに高効率でがん細胞に集積させるのはこれらの治療法の課題となっている。
【0007】
そこで、光熱変換ナノ粒子を多孔質材料と複合化し、外科手術で大きながん組織を切除した後に移植、あるいはがん組織に直接被覆することにより、体外から近赤外光の照射によって、がん細胞を効率よく殺傷する方法が提案されている(例えば、特許文献1及び非特許文献1を参照)。この材料は任意の形状に成型できるので、生体内の多様な箇所に埋め込むことができる。また、多孔質であることにより、埋め込み箇所に散らばっている細胞を効率よく取り込むことができる。
【0008】
また、化学療法では、抗がん剤でがん細胞の増殖を抑えたり、殺傷したりすることでがんを治療するが、がん細胞のみならず、正常組織の細胞にも毒性などの副作用がある。副作用を抑えながら、治療に十分な量の抗がん剤をいかに高効率でがん細胞に集積させるのはこれらの治療法の課題となっている。もし抗がん剤を埋め込みが可能な多孔質材料に導入し、外科手術時に切除部位に直接に移植、あるいはがん組織に直接被覆することにより、抗がん剤を効率よくがん細胞に届けられると考えられる。
【0009】
以上のような従来技術の現状から、外科手術でがん組織を切除し、取り残されたがん細胞を死滅させるために、通常、手術後には抗がん剤による化学療法を併用することが多い。ただし、抗がん剤を注射や点滴によって全身投与した場合、血流を通じて抗がん剤はがん細胞だけではなく、正常細胞にも取り込まれるため、副作用は大きい。また、特許文献1や非特許文献1のように金ナノ粒子や黒リンナノシートなどの光熱変換ナノ粒子を注射や点滴によって全身投与し、血流を通じてナノ粒子をがん組織に集積させる光温熱治療があるが、がん細胞を殺傷するのに十分なナノ粒子の集積量を確保するのは難しい。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】特開2018-83780号公報
【非特許文献】
【0011】
【非特許文献1】Linawati Sutrisnoら,Biomaterials 275 (2021) 120923
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
本発明は、このような実情に鑑み、外科手術でがん組織を切除した後に移植、あるいはがん組織に直接被覆し、近赤外光の照射によって発熱及び抗がん剤を徐放する複合多孔質材料及びその製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明による複合多孔質材料は、生体吸収性高分子と、近赤外光照射で発熱する光熱変換ナノ粒子と、抗がん剤を内包したリポソームとを含有し、これにより上記課題を解決する。
前記光熱変換ナノ粒子は、金ナノ粒子及び黒リンナノシートからからなる群から少なくとも1種選択されてもよい。
前記金ナノ粒子は、棒状の金ナノロッド、又は、星型の金ナノスターであってもよい。
前記金ナノロッドの長軸長が20nm~500nmの範囲、短軸長が1nm~80nmの範囲、アスペクト比(長軸の長さ/短軸の長さ)が2~50の範囲であり、前記金ナノスターの粒経が20nm~500nmの範囲であってもよい。
前記黒リンナノシートの厚みが1nm~1,000nmの範囲、面積が100nm~100,000μmの範囲であってもよい。
前記抗がん剤は、体温によって前記リポソームから徐放され、前記光熱変換ナノ粒子の発熱によって、徐放速度は大きくなってもよい。
前記抗がん剤は、ドキソルビシン、パクリタキセル、ドセタキセル水和物、メトトレキサート、フルオロウラシル、テガフール、テガフール・ウラシル、カルモフール、ドキシフルリジン、カペシタビン、テガフール・ギメラシル・オテラシルカリウム、マイトマイシンC、カプトテシン、及び、シスプラチンからなる群から1種類又は2種類以上選択されてもよい。
前記リポソームは、1,2-ジヘキサデカノイル-sn-グリセロ-3-ホスホコリン(DPPCと略す)、コレステロール、及び、ポリエチレングリコールで修飾した1,2-ジステアロイル-sn-グリセロ-3-ホスホエタノールアミン(DSPEと略す)で構成されてもよい。
前記生体吸収性高分子は、ゼラチン、コラーゲン、フィブリン、ヒアルロン酸、ポリグルタミン酸、コンドロイチン硫酸、アルギン酸、ポリ乳酸、ポリグリコール酸、乳酸とグリコール酸の共重合体、ポリ(ε-カプロラクトン)、ポリ(グリセロールセバシン酸)及びこれらの共重合体からなる群から1種類又は2種類以上選択されてもよい。
前記生体吸収性高分子は、生体吸収性合成高分子スポンジ、又は、生体吸収性合成高分子メッシュ体であってもよい。
前記生体吸収性合成高分子メッシュ体は、織物、織布、又は、不織布であってもよい。
孔径が0.1~1200μmの範囲である空孔を有してもよい。
前記生体吸収性高分子は架橋されていてもよい。
前記光熱変換ナノ粒子の濃度は、1μg/cm以上4,000μg/cm以下の範囲であってもよい。
前記光熱変換ナノ粒子と前記生体吸収性高分子との重量比(光熱変換ナノ粒子/生体吸収性高分子)は、0.0005~0.5の範囲であってもよい。
前記リポソームによって放出される抗がん剤の終濃度は、0.01mg/cm以上100mg/cm以下の範囲であってもよい。
外科的な手術でがん組織を除去した部位に埋め込まれ、又は、がん組織を直接覆い、外部から近赤外光が照射されることによって発熱し、内部あるいは周囲のがん細胞を殺傷してもよい。
本発明による上記複合多孔質材料の製造方法は、光熱変換ナノ粒子と生体吸収性高分子とを混合し、多孔質化することと、前記多孔質化によって得られた前記光熱変換ナノ粒子と前記生体吸収性高分子との多孔質材料に抗がん剤を内包したリポソームを導入することとを包含し、これにより上記課題を解決する。
前記多孔質化することは、前記光熱変換ナノ粒子と前記生体吸収性高分子との混合溶液を凍結乾燥することを包含してもよい。
前記多孔質化することは、空孔形成剤を使用し、空孔を形成することを包含してもよい。
前記空孔形成剤は氷であってもよい。
前記多孔質化することに続いて、前記多孔質材料を架橋することを更に包含してもよい。
前記抗がん剤を内包したリポソームは、バンガム法、コール酸除去法、逆相蒸発法、マイクロリアクター法、リモートローディング法、及び、凍結融解法からなる群から選択される手法によって作製されてもよい。
前記導入することは、前記抗がん剤を内包したリポソームを前記多孔質材料に化学結合させることを包含してもよい。
【発明の効果】
【0014】
本発明により、がん組織の切除部位に複合多孔質材料を移植し、あるいはがん組織を複合多孔質材料で覆うことにより、明確に局限され、しかも任意の形状の領域のみを発熱させ、抗がん剤を徐放することができる。また、場所ごとの発熱量及び徐放される抗がん剤の量についても、場所ごとに複合多孔質材料の試料量(厚みや大きさ等)やそこに使用する材料中の光熱変換ナノ粒子と抗がん剤の含有量を変えるなどの処置により、調節可能である。従って、がん組織が複雑な形状の領域に存在する場合や、あるいは熱による損傷が深刻な障害をもたらす部位の近傍に存在する場合であっても、効率的にがん細胞を殺傷することができる。また、多孔質構造により、がん細胞を複合多孔質材料内に侵入せしめることができ、がん細胞を効率的に殺傷することも可能となる。しかも、ナノ粒子は多孔質材料に担持されているため、ナノ粒子がすばやく拡散して光熱変換効率が低下してしまうことを防ぎ、繰り返しがん組織の切除部位やがん組織を局所的に加熱することが可能である。さらに、加熱により、リポソームの脂質膜の透過性を高めることにより、抗がん剤の徐放を促進することも可能である。よって、近赤外光を照射することで、がん組織とがん細胞を繰り返し加熱すること、及び持続的に抗がん剤の徐放により殺傷することが可能である。
【図面の簡単な説明】
【0015】
図1】作製した光熱変換ナノ粒子である金ナノロッドの透過型電子顕微鏡画像を示す図
図2】作製したドキソルビシンを内包したリポソームの動的光散乱粒経分布を示す図
図3】実施例1の複合多孔質材料の内部のSEM観察を示す図
図4】比較例1の複合多孔質材料の内部のSEM観察を示す図
図5】比較例2の複合多孔質材料の内部のSEM観察を示す図
図6】実施例1の複合多孔質材料に近赤外光を照射した際の温度変化を示す図
図7】比較例1の複合多孔質材料に近赤外光を照射した際の温度変化を示す図
図8】比較例2の複合多孔質材料に近赤外光を照射した際の温度変化を示す図
図9】実施例1の複合多孔質材料に近赤外光を照射した際のドキソルビシンの蓄積徐放曲線を示す図
図10】赤外光照射後(1日培養)のヒトがん細胞株を培養した実施例1の複合多孔質材料の蛍光顕微鏡写真を示す図
図11】赤外光照射後(1日培養)のヒトがん細胞株を培養した比較例1の複合多孔質材料の蛍光顕微鏡写真を示す図
図12】赤外光照射後(1日培養)のヒトがん細胞株を培養した比較例2の複合多孔質材料の蛍光顕微鏡写真を示す図
図13】赤外光照射後(1日培養)のヒトがん細胞株を培養した実施例1及び比較例1~2の複合多孔質材料における細胞生存率を示す図
図14】赤外光照射後(3日培養)のヒトがん細胞株を培養した実施例1及び比較例1~2の複合多孔質材料における細胞生存率を示す図
図15】赤外光照射後のヒトがん細胞株を培養した実施例1の複合多孔質材料が移植されたマウスのin vivo化学発光イメージを示す図
図16】赤外光照射後のヒトがん細胞株を培養した比較例1の複合多孔質材料が移植されたマウスのin vivo化学発光イメージを示す図
図17】赤外光照射後のヒトがん細胞株を培養した比較例2の複合多孔質材料が移植されたマウスのin vivo化学発光イメージを示す図
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下に記載する構成要件の説明は、本発明の代表的な実施形態に基づいてなされることがあるが、本発明はそのような実施形態に制限されるものではない。
なお、本明細書において、「~」を用いて表される数値範囲は、「~」の前後に記載される数値を下限値及び上限値として含む範囲を意味する。
【0017】
本発明の複合多孔質材料は、生体吸収性高分子と、近赤外光照射で発熱する光熱変換ナノ粒子、抗がん剤を内包するリポソームとを含有する。光熱変換ナノ粒子は、近赤外光照射によって発熱するため、複合多孔質材料をがん組織の切除部位に移植したり、がん組織を覆ったりすることにより、がん組織を局所的に加熱し、殺傷できる。また、抗がん剤を内包するリポソームは、体温で抗がん剤を徐放し、温度上昇すると、抗がん剤を徐放する速度が大きくなるため、複合多孔質材料をがん組織の切除部位に移植したり、がん組織を覆ったりすることにより、がん組織を抗がん剤で殺傷できる。各構成要件について詳細に説明する。
【0018】
生体吸収性高分子は、ゼラチン、コラーゲン、フィブリン、ヒアルロン酸、ポリグルタミン酸、コンドロイチン硫酸、アルギン酸、ポリ乳酸、ポリグリコール酸、乳酸とグリコール酸の共重合体、ポリ(ε-カプロラクトン)、ポリ(グリセロールセバシン酸)及びこれらの共重合体からなる群から選択される1種類、あるいは、2種類以上の混合であってもよい。生体吸収性高分子は架橋されていてもよい。これにより多孔質構造が安定化する。ゼラチンやコラーゲンに代表される水溶性生体吸収性高分子を用いた場合には、架橋は特に好ましいが、ポリ乳酸やポリグリコール酸に代表される水不溶性生体吸収性高分子を用いた場合には、架橋は必ずしも必要ではない。
【0019】
本発明において好ましく使用される生体吸収性高分子は、ゼラチン、ポリグルタミン酸、コラーゲン、ヒアルロン酸、アルギン酸から1種類又は2種類以上選択される高分子である。コラーゲンにはI、II、III、IV、V、VI、VII、VIII、IX、X型など29種類が知られているが、本発明においてはこれらの何れも使用でき、これらの誘導体であってもよい。生体吸収性高分子はメッシュ体(生体吸収性合成高分子メッシュ体)からなってもよいし、スポンジ体(生体吸収性合成高分子スポンジ)でもよい。これにより、多孔質材料の力学強度を高め、取り扱いを容易にし、移植しやすくする。メッシュ体は、織物、織布、又は不織布であってよい。
【0020】
生体吸収性高分子は、がん細胞を認識するリガンドで修飾した生体吸収性高分子と、未修飾の生体吸収性高分子の1種類又は2種類以上を用いることでよい。がん細胞を認識するリガンドである葉酸、RGDペプチド、膜透過性ペプチドの1種又は2種以上を組み合わせて用いる。がん細胞を認識するリガンドを化学結合により、生体吸収性高分子を修飾する。
【0021】
上記リガンド修飾生体吸収性高分子は、生体吸収性高分子とがん認識リガンドとを結合することにより、合成される。生体吸収性高分子とがん認識リガンドとを結合する方法としては、従来公知のものが何れも使用できる。一般的に結合を触媒する縮合剤を使う。縮合剤としては、従来公知のものが何れも使用できる。好ましく使用される縮合剤は、N,N’-ジシクロヘキシルカルボジイミド(DCCと略す)、N-ヒドロキシスクシンイミド(NHSと略す)、塩酸1-エチル-3-(3-ジメチルアミノプロピル)カルボジイミド、グルタルアルデヒド、ホルムアルデヒド、パラホルムアルデヒドのようなアルデヒド類の1種又は2種以上を組み合わせて用いる。
【0022】
光熱変換ナノ粒子は、近赤外光(波長:780nm~2.5μm)の照射によって発熱するものであれば特に制限はないが、好ましくは、金ナノ粒子、及び、黒リンナノシートからなる群から少なくとも1種選択される。これらは、近赤外光の照射によって、生体内で発熱することが確認されている。金ナノ粒子、黒リンナノシートは、例えば、特許文献1、非特許文献1に示されるものが使用されるが、市販の金ナノ粒子、黒リンナノシートを用いてもよい。
【0023】
例えば、金ナノ粒子は、既報(J.Liら,Nanoscale,8,7992-8007(2016))に従って合成してもよい。上述の方法で合成すれば、異なるサイズ(例えば、約35.0nm、65.0nm、115.0nm)と形状(例えば、棒状と星型)とを有する金ナノ粒子を得ることができる。
【0024】
例えば、黒リンナノシートは、バルク状の黒リンを溶媒中で超音波処理することによって調製すること(湿式剥離法)も可能であるし、既報(Jing Liら,Chemistry of Materials,30,2742-2749(2018))に従って電気化学的な方法で合成してもよい。
【0025】
金ナノ粒子は、上述した形状以外にも、球状、うに状、紡錘状、三角柱、直方体、立方体などの形状を有してもよいが、好ましくは、棒状の金ナノロッド、又は、星型の金ナノスターである。
【0026】
金ナノロッドは、その長軸の長さ(長軸長)が10nm~800nmの範囲、短軸の長さ(短軸長)が0.5nm~100nmの範囲、アスペクト比(長軸の長さ/短軸の長さ)が1.5~60の範囲のものを利用できるが、光熱変換効率を考慮すると、望ましくは、長軸の長さが20nm~500nmの範囲で、短軸の長さが1nm~80nmの範囲、アスペクト比が2~50の範囲である。なお好ましくは、長軸の長さが50nm~100nmの範囲で、短軸の長さが5nm~20nmの範囲、アスペクト比が2~10の範囲である。
【0027】
金ナノスターは、10nm~800nmの範囲の粒径を有するものが利用できるが、光熱変換効率を考慮すると、好ましくは、20nm~500nmの範囲の粒径を有する。なお、本願明細書において、金ナノスターの粒径は、星型の最も遠い棘の頂点間の直線距離とする。
【0028】
黒リンナノシートは、厚みが0.1nm~1,000nmの範囲、面積が10nm~1mmの範囲のものを利用できるが、光熱変換効率を考慮すると、望ましくは、厚みが1nm~1,000nmの範囲で、面積が100nm~100,000μmである。
【0029】
光熱変換ナノ粒子は、表面修飾していないものでも、表面修飾したものでも何れも利用できる。光熱変換ナノ粒子の表面修飾の目的は、がん細胞との相互作用を高めるためである。がん細胞は複合多孔質材料に侵入すると、光熱変換ナノ粒子の表面を修飾したリガンドを認識し、光熱変換ナノ粒子に接着しやすくなり、発熱効果で殺傷しやすくなることが可能である。また、複合多孔質材料は分解されるとき、遊離する光熱変換ナノ粒子はがん細胞に認識され、がん細胞に取り込みやすくなり、がん細胞をより効率よく死滅できる。
【0030】
表面修飾に用いられるリガンドとして、がん細胞に認識されるリガンドである葉酸、RGDペプチド、及び、膜透過性ペプチドからなる群から1種又は2種以上を組み合わせて用いることが可能である。
【0031】
本発明の複合多孔質材料における光熱変換ナノ粒子の濃度は、好ましくは、1μg/cm以上4,000μg/cm以下の範囲である。1μg/cm未満になると、近赤外光照射による発熱が十分でなく、がん細胞の殺傷効果が十分に得られない場合がある。4,000μg/cmを超えると、光熱変換ナノ粒子が凝集し得る。この範囲であれば、低濃度の光熱変換ナノ粒子の発熱効果でがん細胞を効率的に殺傷する複合多孔質材料を提供できる。例えば、光熱変換ナノ粒子の濃度は、100μg/cm以上600μg/cm以下の範囲を採用できる。なお、光熱変換ナノ粒子の濃度は、製造時における、多孔質材料原料溶液における光熱変換ナノ粒子の終濃度で見積もってもよい。光熱変換ナノ粒子の濃度は、例示的には、0.005mM以上、20mM以下の範囲を採用できる。
【0032】
本発明の複合多孔質材料における光熱変換ナノ粒子と生体吸収性高分子との重量比(光熱変換ナノ粒子/生体吸収性高分子)は、好ましくは、多孔質材料調製時の光熱変換ナノ粒子/生体吸収性高分子混合溶液において、0.0005~0.5の範囲である。生体吸収性高分子の割合が低すぎると、すべての光熱変換ナノ粒子を多孔質材料に担持するのは困難となり得るおそれがある。生体吸収性高分子の割合が高すぎると、光熱効果による加温効率が十分得られないおそれがある。前記重量比は、更に好ましくは、0.001~0.3の範囲である。なお、複合多孔質材料における光熱変換ナノ粒子と生体吸収性高分子との重量比を高精度に求めることは困難であるため、簡易的に、複合多孔質材料の作製に用いた光熱変換ナノ粒子/生体吸収性高分子混合溶液における光熱変換ナノ粒子の重量と同義とみなす。例えば、重量比(光熱変換ナノ粒子/生体吸収性高分子)は、0.005~0.015を採用できる。
【0033】
抗がん剤を内包したリポソーム(抗がん剤内包リポソーム)とは、ドラッグデリバリシステムとして知られる、細胞膜や生体膜の構成成分である有機物をカプセル状にしたリポソームの中に抗がん剤を内包した製剤である。抗がん剤内包リポソームの粒径、好ましくは、100nm~500nmの範囲である。この範囲であれば、抗がん剤内包リポソームと光熱変換ナノ粒子とが均一に分散し得る。抗がん剤内包リポソームの粒径、好ましくは、150nm~300nmの範囲である。抗がん剤内包リポソームの粒径は、動的光散乱測定装置によって計測できる。
【0034】
本発明において好ましく使用される抗がん剤は、ドキソルビシン、パクリタキセル、ドセタキセル水和物、メトトレキサート、フルオロウラシル、テガフール、テガフール・ウラシル、カルモフール、ドキシフルリジン、カペシタビン、テガフール・ギメラシル・オテラシルカリウム、マイトマイシンC、カプトテシン、及び、シスプラチンからなる群から1種類又は2種類以上選択される抗がん剤である。なお、抗がん剤は、体温によってリポソームから徐放され、さらには、光熱変換ナノ粒子の発熱によってその徐放速度はさらに大きくなる。
【0035】
リポソームに内包する抗がん剤の濃度、すなわちリポソームによって放出される抗がん剤の終濃度は、好ましくは、0.01mg/cm以上100mg/cm以下の範囲である。抗がん剤の濃度が低くなると、がん細胞とがん組織を死滅できなくなり得る。抗がん剤の濃度が高くなると、正常細胞と正常組織に悪影響を引き起こし、副作用が強くなり得る。しかしながら、本発明の複合多孔質材料であれば局所投与が可能であるため、100mg/cmまでの高濃度であっても投与可能である。抗がん剤の濃度は、製造時における、多孔質材料の体積に対する抗がん剤の終濃度で見積もってもよい。抗がん剤の濃度は、例えば、0.7mg/cm以上1.3mg/cm以下の範囲を採用できる。
【0036】
本発明において抗がん剤を内包するリポソームとして、好ましく使用されるリポソームは、1,2-ジヘキサデカノイル-sn-グリセロ-3-ホスホコリン(DPPCと略す)、コレステロール、及び、ポリエチレングリコールで修飾した1,2-ジステアロイル-sn-グリセロ-3-ホスホエタノールアミン(DSPE)から構成するリポソームである。DPPCとコレステロールとポリエチレングリコール修飾DSPEのモル比は、6~9:3~1:2~0.5の範囲である。DPPCとコレステロールとポリエチレングリコール修飾DSPEの好ましいモル比は、7:2:1である。
【0037】
抗がん剤内包リポソームは、市販品を入手してもよいし、バンガム法、コール酸除去法、逆相蒸発法、マイクロリアクター法、リモートローディング法、凍結融解法を用いて合成してもよい。
【0038】
本発明の複合多孔質材料は、移植部位に応じて必要形状に切断することができる。縦横寸法は適宜定めればよいが、通常一辺は1~200mmで、好ましくは2~150mmである。厚みは0.1~100mmで、好ましくは0.2~50mmである。複合多孔質材料の空孔径は0.1~1200μm、好ましくは1~1000μm程度とするのがよい。気孔率は、通常5~99.9%で、好ましくは20~99.5%である。
【0039】
本願明細書において、空孔径は、電子顕微鏡像(SEM像)を用い、Qin Zhangら,Acta Biomaterialia 10 (2014) 2005に記載の画像解析により計測した。また、気孔率は、実施例において説明するようにして算出できる。
【0040】
複合多孔質材料の力学強度を高めるために、複合多孔質材料を生体吸収性の構造材で補強してもよい。生体吸収性の構造材はポリ乳酸、ポリグリコール酸、乳酸とグリコール酸の共重合体、ポリ(ε-カプロラクトン)、ポリ(グリセロールセバシン酸)及びこれらの共重合体からなる群から1種類又は2種類以上のメッシュ体であってもよいし、スポンジ体であってもよい。
【0041】
上記の光熱変換ナノ粒子の表面を修飾するためのリガンドを直接にナノ粒子の表面に直接に結合してもよい、上記の生体吸収性高分子とリガンドを結合したリガンド修飾生体吸収性高分を使っても良いよい。
【0042】
次に、本発明の複合多孔質材料の例示的な製造方法を説明する。
本発明の複合多孔質材料は、光熱変換ナノ粒子と生体吸収性高分子とを混合し、多孔質化すること(多孔質化工程)と、多孔質化によって得られた光熱変換ナノ粒子と生体吸収性高分子との多孔質材料に、抗がん剤を内包したリポソームを導入すること(導入工程)とを包含する。
各工程について詳述する。
【0043】
多孔質化工程では、まず、生体吸収性高分子の溶液に光熱変換ナノ粒子を添加した後、超音波あるいは機械的な撹拌により、光熱変換ナノ粒子を生体吸収性高分子の溶液によく分散させる。このようにして得た分散液を多孔質材料原料溶液として用い、光熱変換ナノ粒子と生体吸収性高分子との多孔質材料を作製することができる。ここで、光熱変換ナノ粒子及び生体吸収性高分子は上述したとおりであり、表面修飾されていてもよいし、表面修飾されていなくてもよい。
【0044】
生体吸収性高分子を溶かす溶媒は、純水、純水とエタノールの混合溶媒、酢酸水溶液、希塩酸、酢酸/水/エタノール混合溶媒、塩酸/エタノール混合溶媒、クロロホルム、四塩化炭素、ジオキサン、トリクロロ酢酸、ジメチルホルムアミド、塩化メチレン、酢酸エチル、アセトン、ヘキサフルオロイソプロパノール、ジメチルアセトアミド、ヘキサフルオロ-2-プロパノールなどが挙げられる。望ましい溶媒は、純水、純水とエタノールとの混合溶媒、酢酸水溶液、希塩酸、酢酸/水/エタノール混合溶媒、及び、塩酸/エタノール混合溶媒からなる群から選択される。pHを調整した溶液のpHは1~6.8で、望ましいpHは2.5~6までである。エタノールと水との体積比は1:99~50:50でよいが、望ましくは1:99~20:80である。
【0045】
ここで、多孔質材料原料溶液における生体吸収性高分子の最終濃度は、生体吸収性高分子が溶媒に溶解すれば任意の濃度とすることができるが、好ましくは、0.1(w/v)%以上40(w/v)%以下となるように調製される。0.1(w/v)%未満である場合は、得られる複合多孔質材料の力学強度が十分ではなく、所定の形状を維持することができないおそれがある。40(w/v)%を超えると、得られる複合多孔質材料の気孔率が著しく減少し、細胞に供給する栄養物や細胞が排出する老廃物の拡散性が低下するおそれがある。生体吸収性高分子の終濃度は、より好ましくは0.2(w/v)%~30(w/v)%である。使用される生体吸収性高分子は、上述したとおりであるため、説明を省略す。
【0046】
生体吸収性高分子の溶液を調製する際、その生体吸収性高分子が分解、ゲル化しない温度で行われる。通常は1~60℃であるが、望ましくは4~50℃である。
【0047】
多孔質化する方法としては、例えば、光熱変換ナノ粒子と生体吸収性高分子との混合溶液(多孔質材料原料溶液)をそのまま凍結乾燥する方法と、光熱変換ナノ粒子と生体吸収性高分子との混合溶液に空孔形成剤を用いて空孔を形成する方法とが挙げられる。空孔形成剤としては、氷(氷微粒子)を用いることができる。
【0048】
そのまま凍結乾燥する方法では、空孔径や空孔の形状は凍結速度や凍結温度に依存し、あらかじめ作製した氷微粒子を用いる方法では、空孔径や空孔の形状は氷微粒子の大きさや形状に依存する。
【0049】
凍結乾燥する方法について説明する。光熱変換ナノ粒子と生体吸収性高分子との混合溶液をそのまま凍結乾燥する方法では、光熱変換ナノ粒子と生体吸収性高分子の混合溶液を予備凍結する。その方法としては、例えば、生体吸収性高分子の溶液に光熱変換ナノ粒子を添加し、超音波あるいは機械的な撹枠により、光熱変換ナノ粒子を生体吸収性高分子によく分散させる。光熱変換ナノ粒子を均一に分散させた光熱変換ナノ粒子と生体吸収性高分子からなる混合溶液をフリーザーに数時間静置し、凍結する。フリーザーの温度は-1~-100℃で、望ましい温度は-5~-80℃である。凍結時間は1~24時間で、望ましい凍結時間は2~8時間である。
【0050】
空孔形成剤を用いる方法について説明する。まず純水を液体窒素中に噴霧し、氷微粒子を作製する。形成した氷微粒子を低温チャンバー(-15℃)に容器ごと移し、容器内の液体窒素が気化して消失するまで、容器を静置する。その後、大きな目聞きの篩と小さな目聞きの篩とを用いて所定の粒径の氷を篩い分ける。何れの篩もその目開きは公称1~1,000μmで、望ましいのは公称10~800μmである。飾い分けた氷微粒子を-4℃の低温チャンバー内に1~6時間静置し、氷微粒子の温度を-4℃で平衡化させる。そして、前記光熱変換ナノ粒子と生体吸収性高分子からなる混合溶液を-4℃の低温チャンバーに移し、数十分間静置することによって温度平衡化させる。温度を-4℃にした光熱変換ナノ粒子と生体吸収性高分子からなる混合溶液と前記温度を-4℃にした篩い分けた氷微粒子を一定の体積mL対重量gの比率で4℃の低温チャンバー内で混合する。光熱変換ナノ粒子と生体吸収性高分子からなる混合溶液と氷微粒子との比率は、体積mL:重量gで99:1~10:90でよいが、望ましい比率(体積mL:重量g)は80:20~30:70である。氷微粒子が光熱変換ナノ粒子と生体吸収性高分子からなる混合溶液に均一に分散するようによく撹枠する。この混合物を-20℃で12時間静置した後、更に-80℃で4時間静置することにより、混合物を凍結する。
【0051】
上記2つの方法の何れにおいても、その過程で準備した凍結物を室温、5Pa以下の減圧下で3日間凍結乾燥を行うことにより、光熱変換ナノ粒子と生体吸収性高分子との多孔質材料を形成する。
【0052】
多孔質化工程に続いて、得られた光熱変換ナノ粒子と生体吸収性高分子の多孔質材料を架橋してもよい。これにより多孔質材料の構造が安定する。ゼラチンやコラーゲンに代表される水溶性生体吸収性高分子を用いた場合には、架橋は特に好ましいが、ポリ乳酸やポリグリコール酸に代表される水不溶性生体吸収性高分子を用いた場合には、架橋は必ずしも必要ではない。
【0053】
架橋方法としては、従来公知のものが何れも使用できる。一般的に蒸気法や溶液法を用いることができる。蒸気法で用いられる架橋剤としては、従来公知のものが何れも使用できる。好ましく使用される架橋剤は、グルタルアルデヒド、ホルムアルデヒド、パラホルムアルデヒドのようなアルデヒド類、特にグルタルアルデヒドである。
【0054】
前記蒸気法(気相法)は、上記の架橋剤をガス状にして用いるのが好ましい。具体的には、光熱変換ナノ粒子と生体吸収性高分子との多孔質材料を、一定温度で一定濃度の架橋剤又はその水溶液で飽和した架橋剤蒸気の雰囲気下で一定時間架橋を行う。架橋温度は、上記光熱変換ナノ粒子と生体吸収性高分子との多孔質材料が溶解せず、かつ、架橋剤の蒸気が形成できる範囲内であればよく、通常、20~50℃に設定される。架橋時間は、架橋剤の種類や架橋温度にもよるが、上記光熱変換ナノ粒子と生体吸収性高分子との多孔質材料の生体吸収性を阻害せず、かつ、生体への移植時にこのものが溶解しないような架橋固定化が行われる範囲で行うのが望ましい。好ましい架橋時間は10分から12時間程度である。架橋反応後の光熱変換ナノ粒子と生体吸収性高分子との多孔質材料を室温で純水に浸潰して洗浄し、これを1回の洗浄として4回以上繰り返す。
【0055】
溶液架橋法では、カルボジイミド、アルデヒド類、あるいは、エポキシ類などの架橋剤とN‐ヒドロキシコハク酸イミドなどの活性化剤とを用いて架橋する。未架橋の光熱変換ナノ粒子と生体吸収性高分子との多孔質材料は水に溶解してしまうので、これらの架橋剤をエタノールと水との混合溶媒に溶解させ、数段階にかけて架橋する。各段階における混合溶媒のエタノール対水の割合は異なり、最初の段階から最終段階までエタノール対水の割合は高いほうから低いほうに変える。エタノール/水の割合は1/99~99/1までである。架橋温度は4~40℃で、望ましくは室温である。架橋剤の濃度は5~500mMで、望ましくは10~100mMである。活性化剤の濃度は5~500mMで、望ましくは10~100mMである。最後の架橋反応後の光熱変換ナノ粒子と生体吸収性高分子との多孔質材料を室温で純水に浸潰して洗浄し、これを1回の洗浄として4回以上繰り返す。
【0056】
導入工程では、抗がん剤内包リポソームを光熱変換ナノ粒子と生体吸収性高分子との多孔質材料に化学的に結合させる。好ましくは、光熱変換ナノ粒子と生体吸収性高分子との多孔質材料のカルボキシル基と、抗がん剤内包リポソームの脂質膜表面のアミノ基との縮合反応による結合である。
【0057】
縮合反応は、例えば、次のように行われる。光熱変換ナノ粒子と生体吸収性高分子との多孔質材料を1-(3-ジメチルアミノプロピル)-3-エチルカルボジイミド塩酸塩、N-ヒドロキシコハク酸イミド等により表面のカルボキシル基を活性化する。次いで、抗がん剤内包リポソームと混合し、振とうさせ、所定時間インキュベーションすればよい。反応を促進させるため、加熱をしてもよい。
【0058】
なお、導入工程に先立って、上述の抗がん剤をリポソームに内包する工程を実施してもよい。抗がん剤内包リポソームを作製する方法としては、上述したように、バンガム法、コール酸除去法、逆相蒸発法、マイクロリアクター法、リモートローディング法、凍結融解法がある。望ましい作製方法はバンガム法で、脂質の薄膜に抗がん剤の水溶液を添加し水和することで、脂質が自己組織化を起こし、抗がん剤を内包したリポソームが形成されるという方法である。
【0059】
導入工程後、抗がん剤内包リポソームを導入した多孔質材料を洗浄し、凍結乾燥させてもよい。具体的には、多孔質材料を30分間純水での洗浄を3回以上繰り返す。洗浄後、5Pa以下の減圧下で48時間凍結乾燥を行い、目的の抗がん剤含有リポソームと光熱変換ナノ粒子と生体吸収性高分子との複合多孔質材料を得る。
【0060】
なお、多孔質工程後、導入工程前に生体吸収性高分子の架橋を実施することを説明してきたが、架橋は導入工程後に実施してもよい。この場合の条件も上述したとおりである。
【0061】
以上のようにして、抗がん剤含有リポソームと光熱変換ナノ粒子と生体吸収性高分子とを含有する本発明の複合多孔質材料が得られる。本発明の複合多孔質材料は、外部から近赤外光を照射されると、光熱変換ナノ粒子が発熱し、がん細胞とがん組織を殺傷することができる。必要に応じて近赤外光の照射を繰り返し与え、光熱変換ナノ粒子を繰り返し発熱させることにより、がん細胞やがん組織への殺傷効果を高められると期待される。また、複合多孔質材料に導入した抗がん剤リポソームから抗がん剤を徐放できる。さらに、発熱により、抗がん剤リポソームから抗がん剤を徐放する速度を上げることができ、抗が剤の徐放を近赤外光照射で制御できる。これにより、がん組織とがん細胞を効率よく殺傷することが期待される。また、このような複合多孔質材料は、外部からの電気的な配線やあるいは加熱流体などを供給するための配管の接続なしで、複合体内部やその近傍部位を温熱療法に適した温度まで昇温させ、またその温度を所望の時間だけ維持することができる。更に、本発明に係る複合多孔質材料では、その周囲に存在する細胞を孔の中に効率よく取り込み、またそれを加熱することができる。従って、例えば手術後に切除箇所の近傍に残留したがん細胞を捕捉・殺傷することもできる。
【0062】
次に具体的な実施例を用いて本発明を詳述するが、本発明がこれら実施例に限定されないことに留意されたい。
【実施例0063】
[原料の調製]
<表面修飾金ナノロッド>
光熱変換ナノ粒子として、葉酸で表面修飾された金ナノロッド(葉酸修飾金ナノロッド)を調製した。
【0064】
金ナノロッドをシード成長法で合成した。臭化セチルトリメチルアンモニウム(CTABと略す)存在下で、四塩化金酸(HAuCl)は、水素化ホウ酸ナトリウム(NaBH)より急速に還元しCTABで安定化したAuシードを作製した。10mLの0.01M HAuCl、4mLの1M HCl、1.6mLの0.1M アスコルビン酸、2.20mLの10mM AgNOと150mLの0.1MCTABを混合し、成長溶液とした。成長溶液をゆっくり撹拌しながら、0.48mLのAuシード溶液を添加し、12時間インキュベーションし、金ナノロッドを合成した。その後、遠心分離により、金ナノロッドを回収し、Milli-Q水で洗浄した。合成した金ナノロッドを透過型電子顕微鏡で観察した。
【0065】
図1は、作製した光熱変換ナノ粒子である金ナノロッドの透過型電子顕微鏡画像を示す図である。
【0066】
作製した金ナノロッドは長細い棒状の形状を有することが分かった。金ナノロッドの長軸長は69.9±5.8nmで、短軸長は13.2±1.8nmで、アスペクト比は5.3であった。
【0067】
次に、合成した金ナノロッドを葉酸修飾ゼラチンで修飾した。葉酸修飾ゼラチンは葉酸とゼラチンとを反応させて合成した。400mgの葉酸を10mLのジメチルスルホキシド(DMSOと略す)に溶解した。374mgのN,N’-ジシクロヘキシルカルボジイミド(DCCと略す)を10mLのDMSOに溶かした。84mgのN-ヒドロキシスクシンイミド(NHSと略す)を20mLのDMSOに溶かした。
【0068】
葉酸のDMSO溶液とDCCのDMSO溶液とNHSのDMSO溶液とを混合し、室温で6時間反応させた。次に、混合物を12,000rpm遠心速度で30分間遠心分離し、N,N’-ジシクロヘキシル尿素を除去した。その後、上澄みに溶解した葉酸NHS体を、ジエチルエーテルとアセトンとの混合溶媒(70:30、vol/vol)中、-20℃で沈殿させ、-2℃で12,000rpmの遠心速度で10分間遠心分離した。
【0069】
さらに、遠心分離した沈殿物をDMSO溶液に溶解させ、ジエチルエーテルとアセトンとの混合溶媒で沈殿させて遠心する操作を2回繰り返し、精製した。その後、葉酸NHS体を真空で乾燥させた。続いて、120mgの葉酸NHS体を再び12mLのDMSOに溶解させた。700mgのゼラチンを70mLの炭酸ナトリウム緩衝液に溶解させた。その葉酸NHS体のDMSO溶液を、ゼラチンを炭酸ナトリウム緩衝液に加え、室温で一晩撹拌しながら、反応させた。
【0070】
その後、混合溶液を、DMSOと水との体積割合が80/20、70/30、60/40の混合溶媒及び純水で、分子量カットオフが3.5kDaの透析バッグで順次に透析し、未反応の葉酸NHS体を除き、葉酸修飾ゼラチンを精製した。
【0071】
凍結乾燥した後、葉酸修飾ゼラチンが得られた。合成した葉酸修飾ゼラチンをMilli-Q水に溶解し、0.5%(wt/vol)の葉酸修飾ゼラチン水溶液を調製した。合成した金ナノロッドを0.5%(wt/vol)の葉酸修飾ゼラチン水溶液に入れ、室温で24時間撹拌し、金ナノロッドに葉酸修飾ゼラチンを修飾させた。その後、遠心分離により、葉酸修飾ゼラチン金ナノロッド(以降では簡単のため単に金ナノロッドと称する)を収集し、Milli-Q水で洗浄した。
【0072】
<抗がん剤内包リポソーム>
抗がん剤内包リポソームとして、ドキソルビシンを内包したリポソームを調製した。
【0073】
リポソームを作製するために、1,2-ジヘキサデカノイル-sn-グリセロ-3-ホスホコリン(DPPC)、コレステロール、及び1,2-ジステアロイル-sn-グリセロ-3-ホスホエタノールアミン-N-[アミノ(ポリエチレングリコール)-2000](DSPE-PEG2000-NHと略す)を使い、バンガム法によりドキソルビシンを内包させた。
【0074】
詳細に説明する。まず、5mLのクロロホルムを50mLの丸型フラスコに加えてすすぎ、クロロホルムを取り除き、フラスコを乾燥させてから脂質溶液を加えた。脂質溶液は、1200μLのDPPC(5mg/mL)と、160μLのコレステロール(5mg/mL)と、640μLのDSPE-PEG2000-NH(5mg/mL)との混合溶液であった。溶媒にはクロロホルムとメタノール混合溶媒を用いた。混合溶液の容量は2mLで、クロロホルムとメタノールとの比率が体積比9:1、DPPCとコレステロールとDSPE-PEG2000-NHとのモル比は7:2:1であった。
【0075】
次に、丸型フラスコをロータリーエバポレーターに接続し、45℃の湯浴に浸した。クロロホルム/メタノール混合溶媒を真空及び回転下で徐々に蒸発させた。すべての混合溶媒を除去した後、薄膜が形成された。混合溶媒を完全に除去するために、フラスコを一晩真空乾燥機に入れて乾燥し、フラスコの内側の表面にDPPCとコレステロールとDSPE-PEG2000-NHとの脂質膜を形成した。
【0076】
最後に、ドキソルビシンをリン酸バッファー溶液に溶解し、濃度が1mg/mL(=1mg/cm)のドキソルビシン溶液を調製した。調製したドキソルビシン溶液1mLを脂質膜が形成されたフラスコに添加し、室温で30分間かけて、脂質膜全体を湿らせた。その後、脂質膜全体を湿らせたフラスコを60℃の湯浴中で温めながら、30分間超音波処理した。その後、超音波処理した溶液を、60℃で孔径が200nmのポリカーボネート膜を21回通して押し出した。
【0077】
押し出されたリポソームを20,000rpmで15分間遠心分離し、リン酸バッファー溶液で2回洗浄した後、リン酸バッファー溶液に再懸濁し、4℃で保存した。このようにしてドキソルビシン内包リポソームを得た。このように、バンガム法を採用すれば、脂質膜に抗がん剤の水溶液を添加し、水和することにより、脂質が自己組織化を起こし、ドキソルビシンを内包したリポソームが作製される。作製したドキソルビシン内包リポソームの粒経を動的光散乱法で測定した。
【0078】
図2は、作製したドキソルビシンを内包したリポソームの動的光散乱粒経分布を示す図である。
【0079】
図2に示すように、ドキソルビシンを内包したリポソームの平均粒経は、221.3±85.6nmであった。また、リポソームに内包したドキソルビシンの量を蛍光分光高度計で測定したところ、リポソームへのドキソルビシンの封入効率は56.5±3.8%であった。
【0080】
[実施例1]
実施例1では、光熱変換ナノ粒子として金ナノロッド(葉酸修飾ゼラチンで修飾した金ナノロッド)と、抗がん剤内包リポソームとしてドキソルビシン内包リポソームと、生体吸収性高分子として葉酸修飾ゼラチン及びポリグルタミン酸との複合多孔質材料を製造した。
【0081】
まず、金ナノロッドと、生体吸収性高分子として葉酸修飾ゼラチン及びポリグルタミン酸とを混合し、金ナノロッド/葉酸修飾ゼラチン/ポリグルタミン酸の多孔質材料を作製した(多孔質化工程)。
【0082】
多孔質構造を制御するために、あらかじめ調製した氷微粒子を使った。Milli-Q水を液体窒素に噴霧することによって氷微粒子を調製した。調製した氷粒子を網目サイズが425μmと500μmのメッシュ篩を通して篩いかけることにより、粒経が425μm~500μm範囲の氷微粒子を得た。
【0083】
金ナノロッドの調製で使用した葉酸修飾ゼラチンを35%の酢酸水溶液に溶解させ、葉酸修飾ゼラチンの濃度を8%に調整した。葉酸修飾ゼラチンの酢酸水溶液に上記金ナノロッドを添加し、混合し、葉酸修飾ゼラチンと金ナノロッドとの混合液を作製した。なお、混合液中においても、金ナノロッドに修飾した葉酸修飾ゼラチンは維持されている。
【0084】
また、ポリグルタミン酸を35%の酢酸水溶液に溶解し、ポリグルタミン酸の濃度を0.8%に調整した。同容量の金ナノロッド/葉酸修飾ゼラチンの混合液とポリグルタミン酸の酢酸水溶液とを混合し、金ナノロッド/葉酸修飾ゼラチン/ポリグルタミン酸の混合液を調製した。
【0085】
金ナノロッド/葉酸修飾ゼラチン/ポリグルタミン酸の混合液における金ナノロッドの最終濃度は2mM(すなわち、金の原子量197を用いて換算すると、394μg/cm)で、葉酸修飾ゼラチンの最終濃度は4(w/v)%で、ポリグルタミン酸の最終濃度は0.4(w/v)%であった。このときの金ナノロッド/葉酸修飾ゼラチンとポリグルタミン酸の重量比を算出したところ、混合液1mLあたり、金ナノロッドの重量が394×10-6g、葉酸修飾ゼラチン(0.04g)とポリグルタミン酸(0.004g)の合計重量が0.044gであることから、重量比(金ナノロッド/葉酸修飾ゼラチンとポリグルタミン酸)=0.009であった。
【0086】
さらに、-4℃の低温チャンバーで上記粒経が425μm~500μmの氷微粒子と、金ナノロッド/葉酸修飾ゼラチン/ポリグルタミン酸の混合液とを重量対容積比が7:3で混合した。氷微粒子が混合溶液に均一に分布するようよく混ぜた。この混合溶液を-20℃で12時間、-80℃で4時間凍結させた後、凍結乾燥した。金ナノロッド/葉酸修飾ゼラチン/ポリグルタミン酸の凍結乾燥物をエタノールで洗浄した後、下記3段階の工程に分けて逐次的に架橋反応を行った。
【0087】
まず、凍結乾燥物を99.5%のエタノールで洗浄(30分間×10回)した。架橋反応の工程において、ゼラチンが溶解するのを防ぎながら、架橋反応の効率を高めるために、エタノールの濃度を段階的に下げた3種類のエタノール水溶液(エタノール/水(v/v)=95/5、90/10、85/15)を用いた。第1段階の架橋反応工程では、エタノール/水(95/5、v/v)30mLに2-モルホリノエタンスルホン酸(MES)0.03gを撹拌しながら加え、そのまま1~2時間撹拌した。このMES溶液に0.288gの1-(3-ジメチルアミノプロピル)-3-エチルカルボジイミド塩酸塩(EDC、終濃度50mM)及び0.069gのN-ヒドロキシコハク酸イミド(NHS、終濃度20mM)を加えて室温で10分間撹拌することにより、第1段階の架橋反応溶液を調製した。この第1段階の架橋反応溶液に、前記金ナノロッド/葉酸修飾ゼラチン/ポリグルタミン酸凍結乾燥物を室温で8時間浸漬することによって、第1段階の架橋反応を行った。
【0088】
第2段階の架橋反応工程では、エタノール/水(90/10、v/v)30mLに0.03gのMESを撹拌しながら加えた。このMES溶液に0.288gのEDC及び0.069gのNHSを加えて10分間撹拌することにより、第2段階の架橋反応溶液を調製した。この第2段階の架橋反応溶液に、第1段階の架橋反応後の金ナノロッド/葉酸修飾ゼラチン/ポリグルタミン酸凍結乾燥物を室温で8時間浸漬し、第2段階の架橋反応を行った。
【0089】
第3段階の架橋反応工程では、エタノール/水(85/15、v/v)30mLに0.03gのMESを撹拌しながら加え、そのまま1~2時間撹拌した。このMES溶液に0.288gのEDC及び0.069gのNHSを加えて10分間撹拌することにより、第3段階の架橋反応溶液を調製した。この第3段階の架橋反応溶液に、第2段階の架橋反応後の金ナノロッド/葉酸修飾ゼラチン/ポリグルタミン酸凍結乾燥物を室温で8時間浸漬して、第3段階の架橋反応を行った。最後の架橋反応後の金ナノロッド/葉酸修飾ゼラチン/ポリグルタミン酸凍結乾燥物を室温で1時間純水に浸漬し、これを1回の洗浄として8回繰り返した。このようにして、葉酸修飾金ナノロッドとポリグルタミン酸及び葉酸修飾ゼラチンとの多孔質材料を得た。この多孔質材料を凍結乾燥した後、直径6mm、厚み1mmのディスク状に切断した。
【0090】
続いて、金ナノロッド/葉酸修飾ゼラチン/ポリグルタミン酸の多孔質材料にドキソルビシン内包リポソームを導入し(導入工程)、金ナノロッド/葉酸修飾ゼラチン/ポリグルタミン酸/ドキソルビシン内包リポソームの複合多孔質材料を作製した。
【0091】
金ナノロッド/葉酸修飾ゼラチン/ポリグルタミン酸の多孔質材料を50mM EDCと20mM NHSを含有するリン酸バッファー溶液に室温で6時間浸して、カルボキシル基をさらに活性化した。その後、多孔質材料をリン酸バッファーで3回洗浄し、余分なEDC/NHSを除去し、多孔質材料に残留したリン酸バッファー溶液を紙で吸い取った。
【0092】
次に、内包したドキソルビシンの濃度が1mg/mLになるように調製したドキソルビシン内包リポソーム溶液30μLを、上記のカルボキシル基を活性化した金ナノロッド/葉酸修飾ゼラチン/ポリグルタミン酸複合多孔質材料(直径6mm、厚み1mmのディスク状に切断したもの)に添加し、室温で振とうしながら、12時間インキュベーションした。これにより、ゼラチン及びポリグルタミン酸のカルボキシル基と、リポソームの表面アミノ基との間で縮合重合は進み、化学結合した。
【0093】
その後、リン酸バッファーで3回洗浄し、金ナノロッド/葉酸修飾ゼラチン/ポリグルタミン酸/ドキソルビシン内包リポソームの複合多孔質材料を作製した。作製した金ナノロッド/葉酸修飾ゼラチン/ポリグルタミン酸/ドキソルビシン内包リポソームの複合多孔質材料(実施例1の複合多孔質材料)を4℃で保存した。また、この複合多孔質材料に導入したドキソルビシンの量を蛍光分光高度計で測定したところ、複合多孔質材料へのドキソルビシンの導入効率は57.4±6.3%であった。
【0094】
<複合多孔質材料の観察・性状>
このようにして得られた実施例1の複合多孔質材料の多孔質構造を電子顕微鏡(SEM)で観察した。結果を図3に示す。
【0095】
<発熱効果>
次に、実施例1の複合多孔質材料(直径6mm、厚みが1mmのディスク状)に30μLのMilli-Q水を含浸させ、波長805nm、強度1.0Wcm-2、1.6Wcm-2、2.0Wcm-2の近赤外光(近赤外レーザー光)をそれぞれ10分間照射した。その間、30秒おきにサンプル温度をデジタル温度計で測定し、発熱効果を調べた。結果を図6に示す。
【0096】
<抗がん剤の徐放効果>
実施例1の複合多孔質材料(直径6mm、厚みが1mmのディスク状)を37℃で500μLのリン酸バッファー溶液に浸漬させた。24時間後、強度が1.0W/cmと1.6W/cmの近赤外光を複合多孔質材料に10分間照射した。その後も、37℃で24時間インキュベーションするごとに、上記と同様の照射を繰り返した。近赤外光照射前、及び毎回照射後、100μLのリン酸バッファー溶液を採取し、その際に100μLのリン酸バッファー溶液を補充した。回収したリン酸バッファー溶液中のドキソルビシンの放出量を計測し、ドキソルビシンの蓄積徐放率を計算した。また、リン酸バッファー溶液(37℃)中での複合多孔質材料からのドキソルビシン放出量も同様のタイムポイントでサンプルを採取し、同様の方法で計測し、蓄積徐放率を計算した。結果を図9に示す。
【0097】
<in vitro殺傷効果:蛍光顕微鏡観察>
実施例1の複合多孔質材料(直径6mm、厚みが1mmのディスク状)の上面にヒト乳腺がん細胞株(MDA-MB-231-Luc)を1×10個播種し、6時間培養した。その後、ディスク状の複合多孔質材料を裏返して、さらにヒト乳腺がん細胞株(MDA-MB-231-Luc)を1×10個播種し、6時間培養した。培養後、細胞を播種したディスク状の複合多孔質材料をトランズウェルインサートに置き、さらに12時間培養した。その後、細胞を播種したディスク状の複合多孔質材料をトランズウェルインサートから取り出して、波長805nm、強度が1.0Wcm-2と1.6Wcm-2の近赤外光をそれぞれ、10分間照射した後、トランズウェルインサートに戻し、さらに1日培養した。1日培養後の複合多孔質材料の生細胞と死細胞とを、カルセイン-AMとヨウ化プロピジウムとを含有する無血清培地で15分間培養し、染色させた。染色した生細胞と死細胞との蛍光顕微鏡観察した結果を図10に示す。
【0098】
<in vitro殺傷効果:WST-1法>
実施例1の複合多孔質材料(直径6mm、厚みが1mmのディスク状)の上面にヒト乳腺がん細胞株(MDA-MB-231-Luc)を1×10個播種し、6時間培養した。その後、ディスク状の複合多孔質材料を裏返して、さらにヒト乳腺がん細胞株(MDA-MB-231-Luc)を1×10個播種し、6時間培養した。培養後、細胞を播種したディスク状の複合多孔質材料をトランズウェルインサートに置き、さらに12時間培養した。その後、細胞を播種したディスク状の複合多孔質材料をトランズウェルインサートから取り出して、波長805nm、強度が1.0Wcm-2と1.6Wcm-2の近赤外光をそれぞれ、10分間照射した後、1日と3日間培養した。1日と3日間培養後の複合多孔質材料における細胞の生存率を公知のWST-1法を用いて測定した。複合多孔質材料における細胞の生存率を図13及び図14に示す。
【0099】
<in vivo光熱殺傷効果>
実施例1の複合多孔質材料(直径6mmで厚みが1mmのディスク状)の上面にヒト乳腺がん細胞株(MDA-MB-231-Luc)を1×10個播種し、6時間培養した。その後、ディスク状の複合多孔質材料を裏返して、さらにヒト乳腺がん細胞株(MDA-MB-231-Luc)を1×10個播種し、6時間培養した。その後、細胞を播種したディスク状の複合多孔質材料をさらに12時間培養した。
【0100】
ここで、葉酸修飾ゼラチンとポリグルタミン酸との多孔質材料(すなわち、金ナノロッド及びドキソルビシン内包リポソームを有しない)からなるリング状フレームを作製した。リング状フレームの大きさは、厚さが1mmで、内径が6mmで、外形が10mmであった。なお、葉酸修飾ゼラチン/ポリグルタミン酸の多孔質材料の作製方法は、実施例1において、金ナノロッドとドキソルビシン内包リポソームを用いない以外は、同様であった。葉酸修飾ゼラチン/ポリグルタミン酸多孔質材料のリング状フレームの両面にそれぞれ1×10個のMDA-MB-231-Luc細胞を播種し(1リング状フレームあたり2×10個がん細胞)、毎回細胞播種後、6時間培養した。その後、細胞を播種したディスク状の複合多孔質材料をさらに12時間培養した。続いて、ディスク状の複合多孔質材料を、細胞を播種したリング状フレームの中空スペースに入れ、これを1セットの培養物とした。
【0101】
この培養物を全身麻酔下のヌードマウス背中皮下に、1匹のマウスあたり1セットずつ埋植した。1日後、埋植部位の皮膚の上から近赤外光(805nm、強度1.6Wcm-2)を10分間照射した。その1日後に更に1回、同じ条件で、合計2回照射した。近赤外光照射前、2回照射してから1日、3日、7日、10日と14日後、D-ルシフェリンをマウスの腹腔内に注射し、その10分後にin vivo化学発光イメージングを行った。結果を図15に示す。
【0102】
[比較例1]
比較例1では、光熱変換ナノ粒子として葉酸修飾金ナノロッドと、生体吸収性高分子として葉酸修飾ゼラチン及びポリグルタミン酸との複合多孔質材料(コントロール)を製造した。
【0103】
抗がん剤内包リポソームとしてドキソルビシン内包リポソームを添加しない以外は、実施例1と同じ作製条件であった。このようにして得られた金ナノロッド/葉酸修飾ゼラチン/ポリグルタミン酸の複合多孔質材料(比較例1の複合多孔質材料)を4℃で保存した。
【0104】
このようにして得られた比較例1の複合多孔質材料を、実施例1と同様に、SEM観察し、発熱効果、in vitro殺傷効果(蛍光顕微鏡観察及びWST-1法)、及び、in vivo光熱殺傷効果を調べた。これらの結果を図4図7図11図13図14及び図16に示す。
【0105】
[比較例2]
比較例2では、抗がん剤内包リポソームとしてドキソルビシン内包リポソームと、生体吸収性高分子として葉酸修飾ゼラチン及びポリグルタミン酸との複合多孔質材料(コントロール)を製造した。
【0106】
光熱変換ナノ粒子として葉酸修飾金ナノロッドを添加しない以外は、実施例1と同じ作製条件であった。このようにして得られた葉酸修飾ゼラチン/ポリグルタミン酸/ドキソルビシン内包リポソームの複合多孔質材料(比較例2の複合多孔質材料)を4℃で保存した。
【0107】
このようにして得られた比較例1の複合多孔質材料を、実施例1と同様に、SEM観察し、発熱効果、in vitro殺傷効果(蛍光顕微鏡観察及びWST-1法)、及び、in vivo光熱殺傷効果を調べた。これらの結果を図5図8図12図14及び図17に示す。
【0108】
上述の実施例1及び比較例1~2の複合多孔質材料のSEM観察し、発熱効果、抗がん剤の徐放効果、in vitro殺傷効果(蛍光顕微鏡観察及びWST-1法)、及び、in vivo光熱殺傷効果の結果をまとめて説明する。分かりやすさのために、表1に実施例1及び比較例1~2の複合多孔質材料の構成成分を示す。
【0109】
【表1】
【0110】
図3は、実施例1の複合多孔質材料の内部のSEM観察を示す図である。
図4は、比較例1の複合多孔質材料の内部のSEM観察を示す図である。
図5は、比較例2の複合多孔質材料の内部のSEM観察を示す図である。
【0111】
図3によれば、実施例1の複合多孔質材料は、10μm~500μmの孔径を有する多孔質であることが分かった。このような孔径は、空孔形成剤として用いた氷微粒子の大きさを反映していた。図4及び図5に示すように、比較例1及び比較例2の複合多孔質材料も、同様の様態であった。これらから、空孔形成剤の使用により多孔質材料の空孔構造が制御されることが分かった。
【0112】
なお、実施例1の複合多孔質材料の気孔率は、以下のようにして見積もることができる。例えば、3mLの混合溶液を用いたとする。この場合、葉酸修飾ゼラチンの重量は、3mL×0.04g/mL=0.12gであり、ポリグルタミン酸の重量は、3mL×0.004g/mL=0.012gであり、氷微粒子7gと葉酸修飾ゼラチン溶液3gとの合計10gより、気孔率は、(10-0.12-0.012)/10×100=98.7となり、約99%となった。ここで、
1.各成分の比重は1である、
2.凍結にともなう体積変化は無視できる、
3.金ナノ粒子、ドキソルビシン内包リポソームの体積への寄与は無視できる、
と仮定するものとする。
【0113】
図6は、実施例1の複合多孔質材料に近赤外光を照射した際の温度変化を示す図である。
図7は、比較例1の複合多孔質材料に近赤外光を照射した際の温度変化を示す図である。
図8は、比較例2の複合多孔質材料に近赤外光を照射した際の温度変化を示す図である。
【0114】
図6及び図7によれば、実施例1及び比較例1の複合多孔質材料は、いずれも、近赤外光の照射時間と照射強度との増加にともなって、温度の上昇を示し、発熱効果があることが確認された。これらの複合多孔質材料は、いずれも、金ナノロッドを含有するため、近赤外光の照射による光熱変換効果により昇温したと考えられる。また、実施例1の複合多孔質材料の発熱効果は、比較例1のそれと同様であったことから、抗がん剤内包リポソームを有していても、発熱効果は阻害されないことが分かった。一方、図8によれば、比較例2の複合多孔質材料の温度上昇は、近赤外光を照射しても、実施例1及び比較例1のそれと比較すると、わずかであった。
【0115】
以上から、実施例1の複合多孔質材料は、生体内に移植され、生体外部からの近赤外光の照射によって発熱するため、がんの温熱療法に適用できることが確認された。
【0116】
図9は、実施例1の複合多孔質材料に近赤外光を照射した際のドキソルビシンの蓄積徐放曲線を示す図である。
【0117】
図9において、矢印で示しているタイムポイントは強度が1.0W/cmと1.6W/cmの近赤外光の照射開始時間である。図9には、37℃のリン酸バッファー溶液におけるドキソルビシンの蓄積徐放曲線も併せて示す。
【0118】
図9の37℃のリン酸バッファー溶液における蓄積徐放曲線によれば、ドキソルビシンの蓄積徐放率は時間とともにゆっくり増加した。これに対して、近赤外光で10分間ごとに照射すると、照射するたびに蓄積徐放率は急速に増加することが分かった。強度が1.0W/cmと1.6W/cmの近赤外光で10分間照射による蓄積徐放率は同程度であった。
【0119】
図示しないが、金ナノロッドを含有しない、ドキソルビシン内包リポソームのみを含有する比較例2の複合多孔質材料によれば、近赤外光の照射によっても、蓄積徐放率は、37℃のリン酸バッファー溶液のそれと変わらなかった。
【0120】
これらの結果から、金ナノロッド及びドキソルビシン内包リポソームの両方を含有した複合多孔質材料は、37℃程度の体温において、ドキソルビシンを徐放し、近赤外光照射により、ドキソルビシンの放出を加速できることが分かった。
【0121】
以上から、実施例1の複合多孔質材料は、生体内に移植され、生体外部からの近赤外光の照射条件(照射時間、強度等)を制御することによって、体温に加えて、光熱変換ナノ粒子による発熱を利用し、抗がん剤の徐放速度を制御でき、がんの化学療法に適用できることが示された。
【0122】
図10は、赤外光照射後(1日培養)のヒトがん細胞株を培養した実施例1の複合多孔質材料の蛍光顕微鏡写真を示す図である。
図11は、赤外光照射後(1日培養)のヒトがん細胞株を培養した比較例1の複合多孔質材料の蛍光顕微鏡写真を示す図である。
図12は、赤外光照射後(1日培養)のヒトがん細胞株を培養した比較例2の複合多孔質材料の蛍光顕微鏡写真を示す図である。
【0123】
図10図12において、左図及び右図は、それぞれ、強度1.0W/cm及び1.6W/cmの近赤外光を複合多孔質材料に10分照射後、24時間培養した結果を示す。なお、図は、グレースケールで示すが、実際には、生細胞が緑色蛍光で示され、死細胞が赤色蛍光で示される。
【0124】
図10及び図11の左図によれば、実施例1及び比較例1の複合多孔質材料に、近赤外光(強度:1.0Wcm-2)を照射すると、生細胞を示す緑色蛍光に加えて、死細胞を示す赤色蛍光が一部観察され、一部の乳腺がん細胞が殺傷された。図10及び図11の右図によれば、実施例1及び比較例1の複合多孔質材料に、さらに強度を上げて近赤外光(強度:1.6Wcm-2)を照射すると、大部分の細胞が赤色蛍光を示し、多くの乳腺がん細胞が殺傷された。
【0125】
一方、図12によれば、比較例2の複合多孔質材料は、近赤外光を照射しても、その強度によらず、大部分の細胞が緑色蛍光を示し、乳腺がん細胞の殺傷効果は見られなかった。比較例2の複合多孔質材料においては、当然ながら、近赤外光照射による温熱効果はなく、これに加えて、1日間の培養では、リポソームから放出されるドキソルビシンのがん細胞殺傷効果がまだ現れていためと考えられる。
【0126】
図13は、赤外光照射後(1日培養)のヒトがん細胞株を培養した実施例1及び比較例1~2の複合多孔質材料における細胞生存率を示す図である。
図14は、赤外光照射後(3日培養)のヒトがん細胞株を培養した実施例1及び比較例1~2の複合多孔質材料における細胞生存率を示す図である。
【0127】
図13によれば、近赤外光を照射し、1日培養した場合、実施例1及び比較例1の複合多孔質材料の細胞生存率は、比較例2の複合多孔質材料のそれよりも低下した。特に、実施例1及び比較例1の複合多孔質材料において、強度が1.6Wcm-2の近赤外光を照射した場合の細胞生存率は、強度が1.0Wcm-2の近赤外光を照射した場合のそれに比べ、顕著に減少した。この結果は、図10及び図11に示す結果に一致し、光熱変換ナノ粒子による発熱効果を示す。
【0128】
一方、図14によれば、近赤外光を照射し、3日培養した場合、図13の結果とは異なることが分かった。実施例1の複合多孔質材料を近赤外光照射後3日間培養した細胞の活性は、1日間培養した細胞の活性(図13)より劇的に低くなった。しかし、比較例1の複合多孔質材料を近赤外光照射後3日間培養した細胞の活性は1日間培養した細胞の活性より高くなった。比較例2の複合多孔質材料を近赤外光照射後1日間培養した細胞の活性はわずかに減少したが、3日間培養した細胞の活性は顕著に減少した。これは、比較例1の複合多孔質材料では、近赤外線照射によって一部のがん細胞を死滅させ、その後、生き残った少数のがん細胞が3日間培養により、増殖したと考えられる。一方、比較例2の複合多孔質材料では、近赤外線照射によっても発熱効果はないため、近赤外線照射してもがん細胞の活性はほとんど変わらないが、3日間培養すると、ドキソルビシンがわずかに徐放され、一部のがん細胞が殺傷され、がん細胞の活性は顕著に減少したと考えられる。
【0129】
これに対して、実施例1の複合多孔質材料では、近赤外線照射1日後、がん細胞の活性は顕著に減少し、3日間培養した後がん細胞の活性はさらに顕著に減少した。これは、実施例1の複合多孔質材料の金ナノロッドによる温熱療法とドキソルビシンの徐放による化学療法との相乗的な効果により、乳がん細胞が殺傷されたと考える。
【0130】
実施例1の複合多孔質材料における温熱療法及び化学療法による細胞生存率の劇的な低減は、比較例1の複合多孔質材料における温熱療法の効果、及び、比較例2の複合多孔質材料における化学療法の効果を考慮しても、これらの単純な足し合わせによる効果ではない。近赤外光による加熱によってがん細胞が弱り、弱ったがん細胞が徐放された抗がん剤によって殺傷されやすくなる。さらに、抗がん剤によって弱ったがん細胞は、さらなる近赤外光の加熱によって殺傷されやすくなる。加えて、多孔質材料であるため、がん細胞を多孔質構造内に侵入させ、とどめることにより、このような相乗的な効果を実施でき、効率的にがん細胞を殺傷できる。
【0131】
図15は、赤外光照射後のヒトがん細胞株を培養した実施例1の複合多孔質材料が移植されたマウスのin vivo化学発光イメージを示す図である。
図16は、赤外光照射後のヒトがん細胞株を培養した比較例1の複合多孔質材料が移植されたマウスのin vivo化学発光イメージを示す図である。
図17は、赤外光照射後のヒトがん細胞株を培養した比較例2の複合多孔質材料が移植されたマウスのin vivo化学発光イメージを示す図である。
【0132】
図15には、実施例1の複合多孔質材料で培養したがん細胞を近赤外光照射前、2回照射してから1日、3日、7日、10日、14日後のin vivo化学発光イメージが示される。図16には、比較例1の複合多孔質材料で培養したがん細胞を近赤外光照射前、2回照射してから1日後と14日後のin vivo化学発光イメージが示される。図17には、比較例2の複合多孔質材料で培養したがん細胞を近赤外光照射前、2回照射してから1日後と14日後のin vivo化学発光イメージが示される。
【0133】
図15図17では、グレースケールで示されるが、実際には、がん細胞の存在が多い領域から少ない領域へと、赤、黄、緑、青の順に色が変化している。特に濃く示される領域は、がん細胞が存在している領域と判断してよい。
【0134】
図15図17によれば、近赤外光照射前は、いずれの複合多孔質材料においても、がん細胞の存在を示す発光領域がマウスの埋入部位に観察された。図15によれば、実施例1の複合多孔質材料では、近赤外光照射1日後、埋入部位の中心部の領域における発光領域はなくなり、埋入部位の周辺に発光が検出された。これは、実施例1の複合多孔質材料は、近赤外光照射で発熱し、温熱効果により、複合多孔質材料ディスクにある乳がん細胞は殺傷され、埋入部位の中心領域の乳がん細胞が死滅したため、発光が消失したと考えられる。なお、実施例1の複合多孔質材料を担持させたリング状フレーム(金ナノ粒子もドキソルビシンも含まれない)には乳がん細胞は生存しており、埋入部位の周辺に発光が検出された。しかしながら、近赤外光照射3日後、照射部位の周辺の発光領域はさらに小さくなり、7日後、発光領域はわずかになった。10日後は完全に消失し、14日後は消失したままであった。これは、複合多孔質材料ディスクのドキソルビシンは放出され、周辺の乳がん細胞が殺傷されたことを示す。
【0135】
図16によれば、比較例1の複合多孔質材料では、近赤外光照射1日後、埋入部位の中心部の領域における発光領域は消失し、埋入部位の周辺に発光が検出された。これは、比較例1の複合多孔質材料は、近赤外光照射で発熱し、温熱効果により、複合多孔質材料ディスクにある乳がん細胞は殺傷され、埋入部位の中心領域の乳がん細胞が死滅したため、発光が消失したと考えられる。なお、比較例1の複合多孔質材料を担持させたリング状フレームには乳がん細胞は生存しており、埋入部位の周辺に発光が検出された。近赤外光照射14日後にも残っているがん細胞は生存していた。
【0136】
図17によれば、比較例2の複合多孔質材料では、近赤外光照射1日後、一部のがん細胞は生存しており、14日後にもわずかな数のがん細胞が検出された。これは、比較例2の複合多孔質材料から体温によって徐放されているドキソルビシンにより、がん細胞が殺傷されたためと考えられる。
【0137】
これらの結果から、生体吸収性高分子と、近赤外光照射で発熱する光熱変換ナノ粒子と、抗がん剤を内包したリポソームとを含有する複合多孔質材料は、近赤外光照射による温熱療法と、体温ならびに発熱によって徐放される抗がん剤による化学療法の効果との相乗的に作用によって、がん細胞を効果的に死滅できることが示された。
【産業上の利用可能性】
【0138】
本発明の複合多孔質材料は、がん組織の切除部位に移植される、又は、がん組織を覆うことにより、近赤外光の照射によってがん組織及びがん細胞を死滅させることができるだけでなく、がん細胞を空孔内に侵入させることができるので、がん細胞を効率的に死滅させることができる。しかも、光熱変換ナノ粒子は多孔質材料に担持されているため、光熱変換ナノ粒子がすばやく拡散して光熱効率が低下してしまうことを防ぎ、繰り返しがん組織の切除部位やがん組織を局所的に加熱することが可能である。さらに、抗がん剤内包リポソームが多孔質材料に担持されているため、近赤外光の照射で抗がん剤の徐放速度を制御できる。本発明の複合多孔質材料を用いれば、がん治療後の組織・臓器の機能低下をできるだけ防ぎつつ、がんの再発を防ぐのに役立つ。よって、本発明の複合多孔質材料は、がんの治療にきわめて有効である。
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