(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023168916
(43)【公開日】2023-11-29
(54)【発明の名称】レジオネラ属菌による汚染度の判定方法及び水処理方法
(51)【国際特許分類】
C12Q 1/686 20180101AFI20231121BHJP
C02F 1/50 20230101ALI20231121BHJP
【FI】
C12Q1/686 Z
C02F1/50 510A
C02F1/50 510C
C02F1/50 520B
C02F1/50 520J
C02F1/50 520K
C02F1/50 520L
C02F1/50 520Z
C02F1/50 531J
C02F1/50 531P
C02F1/50 532E
C02F1/50 560E
C02F1/50 560Z
C02F1/50 531M
C02F1/50 531L
【審査請求】未請求
【請求項の数】6
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022080302
(22)【出願日】2022-05-16
(71)【出願人】
【識別番号】000001063
【氏名又は名称】栗田工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100086911
【弁理士】
【氏名又は名称】重野 剛
(74)【代理人】
【識別番号】100144967
【弁理士】
【氏名又は名称】重野 隆之
(72)【発明者】
【氏名】佐藤 若子
【テーマコード(参考)】
4B063
【Fターム(参考)】
4B063QA01
4B063QA18
4B063QQ18
4B063QQ42
4B063QR08
4B063QS25
4B063QX02
(57)【要約】
【課題】レジオネラ属菌による汚染を迅速に判定することができる方法及びこの判定方法に基づいた水処理方法を提供する。
【解決手段】対象水中のレジオネラ属特異的リボゾーマルRNAをコードするDNAの濃度を定量し、あらかじめ設定した基準値と比較することにより、レジオネラ属菌による汚染度を判定する、レジオネラ属菌による汚染度の判定方法。この判定結果に基づいて殺菌処理及び/又はスライムコントロール処理を行うことを特徴とする水処理方法。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
対象水中のレジオネラ属特異的リボゾーマルRNAをコードするDNAの濃度を定量し、あらかじめ設定した基準値と比較することにより、レジオネラ属菌による汚染度を判定する、レジオネラ属菌による汚染度の判定方法。
【請求項2】
前記基準値は104copies/10ml~105copies/10mlの間から選定された値であり、
前記DNA濃度が該基準値以上である場合、前記対象水の汚染度は、レジオネラCFUが検出される可能性が高い汚染度であると判定する、請求項1に記載のレジオネラ属菌による汚染度の判定方法。
【請求項3】
対象水に対して殺菌剤及び/又はスライムコントロール剤を添加して殺菌処理及び/又はスライムコントロール処理を行う水処理方法において、
請求項1又は2のレジオネラ属菌による汚染度の判定方法の判定結果に基づいて殺菌処理及び/又はスライムコントロール処理を行うことを特徴とする水処理方法。
【請求項4】
対象水中のレジオネラ属特異的リボゾーマルRNAをコードするDNAの濃度を定量し、このDNA濃度値を、対象水の濁度の値で除算した除算値を求め、この除算値をあらかじめ設定した基準値と比較することにより、レジオネラ属菌による汚染度を判定する、レジオネラ属菌による汚染度の判定方法。
【請求項5】
前記基準値は103copies/10ml/濁度~104copies/10ml/濁度の間から選定された値であり、
前記除算値が該基準値以上である場合、前記対象水の汚染度は、レジオネラCFUが検出される可能性が高い汚染度であると判定する、請求項4に記載のレジオネラ属菌による汚染度の判定方法。
【請求項6】
対象水に対して殺菌処理、スライムコントロール処理、及び濁質除去処理から選択される少なくとも一つの処理を実施する水処理方法において、
請求項5又は6のレジオネラ属菌による汚染度の判定方法の判定結果に基づいて、殺菌処理、スライムコントロール処理、及び濁質除去から選択される少なくとも一つの処理を実施する、水処理方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、レジオネラ属菌による汚染度の判定方法に関する。本発明の一態様は、レジオネラ属菌DNAの濃度を指標として、レジオネラCFU(Colony Forming Unit)が検出される可能性を判定する方法に関する。また、本発明は、この判定方法に基づいた水処理方法に関する。
【0002】
本発明の適用対象としては、冷却水系、給水・給湯設備、浴場施設、加湿器、蓄熱槽、水景施設、池、沼、温泉、土壌などのレジオネラ属菌が生育する水系の水およびスライム、スラッジなどが挙げられる。
【背景技術】
【0003】
レジオネラ属菌は単独で生育できず、生物膜内で増殖する細菌であることが知られている。従来、生物膜中のレジオネラ属菌の増殖抑制には、抗菌剤が使用されている。
【0004】
レジオネラ症防止指針(非特許文献1。以下、「指針」ということがある。)においては、レジオネラ属菌が検出された時の対応が具体的に書かれている(第7章 7.3.2(2) レジオネラ属菌が検出された時の対応)。ここで指標とされるのはレジオネラCFU/100mlである。第4章にはレジオネラ属菌検査の原則について書かれていて、レジオネラ属菌の検査は、指針第5章の「レジオネラ属菌検査法」に示す方法、または、これと同等の結果が得られる培養法による定量的方法により生菌数(すなわちCFU)を測定することとなっている(4.2レジオネラ検査の実際)。
【0005】
一方、この指針には、レジオネラ属菌の迅速検査法としてレジオネラ属菌の遺伝子増幅法が記載されている(付録2 2.2 レジオネラ迅速検査法)。この迅速法の意義について、指針では以下のように記載している。「培養法との対比において遺伝子検査は生菌と死菌を区別することなく検出されることから、陽性結果が感染の危険性を示しているわけではない。一方、培養法で得られたCFUは感染性を有する生菌で汚染されている可能性を有している。現時点では遺伝子検査は培養法による検査を補助する検査法として利用することが妥当である」、と書かれている(4.3遺伝子検査法の発達から抜粋)。これは原理的な観点からみると適切であるが、迅速に得られた遺伝子増幅法による検出結果を管理に生かせない。
【0006】
指針の付録2 2.2レジオネラ迅速検査法には、レジオネラDNAの測定方法について書かれており、その中で定量について記載されている(2.2.5検量線の作成と定量)。概略をまとめると、検量線の作成は、標準株を用い、培養によるCFU定量と遺伝子増幅反応によるDNA定量を実施して検量線作成を行う。試料は、検量線作成と同一の方法でDNA量を求め、検量線からCFUに換算するのであるが、試料のDNA濃度から得られたCFU値は死菌を含んだ菌数となると書かれている。指針には換算により得られたCFUの値をCFUの値として代用できるとは書かれていない。
【0007】
このように指針にはレジオネラDNA測定の重要性、有用性、適用限界が書かれているものの、DNA濃度を日常管理に用いるための具体的な記述はない。
【0008】
指針以外では、環境中試料を用いて、レジオネラCFUと16SrRNAをコードするDNA(16SrDNA)をPCRにて定量した文献(非特許文献2:岩手県環境保健センター年報4, 66-69,2004)はあるが、日常管理に用いるDNA濃度については記載がない。
【0009】
近年の報文では、レジオネラCFUに加えて、レジオネラ属特異的DNAを測定している報告が多い(例えば、非特許文献3)。その理由は、レジオネラCFUが検出されない系においても必ずと言っていいほどレジオネラ属特異的DNAが検出されるからである。すなわち、CFUが検出されないことはレジオネラがいないことを意味するわけではない。具体的には水系にはレジオネラ属菌の生菌だけでなく、死菌やViable but nonculturable(VBNC)状態の菌が存在する(非特許文献4)。これは、レジオネラ症防止のために殺菌剤処理されている系においてより顕著である。また、環境中のレジオネラ属菌の多様性から指針の培養法で検出されないレジオネラ属菌の存在も示唆されている(非特許文献5)。このようにレジオネラCFUが検出されるか否かだけでなく、レジオネラ属菌が存在するかどうかという情報が重要視されてきている。
【0010】
培養せずにレジオネラ生菌数を推定する手法として、LC-EMAqPCR法、PALSAR法が提案されている。たとえば、非特許文献6には、LC-EMAqPCR法は環境中のレジオネラCFUとの相関があると報告されている。これらは適用例がまだ少なく、特に、冷却水への適用は報告がない。さらに、試薬、手間が追加され、専用の機器が必要とされるというデメリットがある。また、これらの方法は、レジオネラ属菌のCFU測定の迅速化を目指す方法であるため死菌を検出することができない。このように根本的にレジオネラ属菌DNA測定とは異なる。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0011】
【非特許文献1】レジオネラ症防止指針 第3版 発行所 財団法人ビル管理教育センター
【非特許文献2】リアルタイム-PCRを用いたレジオネラ属菌の迅速検査法の開発(第2報), 保健科学部 佐藤卓ら, 岩手県環保研センター年報4, 66-69, 2004.
【非特許文献3】「入浴施設などにおけるLegionella汚染の実態に関する研究」, 黒木俊郎(神奈川県衛生研究所微生物部)他, 平成27年度厚生労働省科学研究費補助金 健康安全・危機管理対策総合研究事業, 「レジオネラ検査の標準化及び消毒などに係る公衆浴場などにおける衛生管理手法に関する研究」分担研究報告書.
【非特許文献4】A PCR-based method for monitoring Legionella pneumophila in water samples detects viable but noncultivable legionellae that can recover their cultivability. Dusserre, E., et al., Appl. Environ. Microbiol., 74, 4817-4824.
【非特許文献5】Molecular characterization of viable Legionella spp. in cooling tower water samples by combined use of ethidium monoazide and PCR. Inoue, H., et al., Microbes Environ., 30, 108-112.
【非特許文献6】「液体培養(Liquid Culture) EMA-qPCR法を用いたレジオネラ生菌迅速検査法の検討」, 鳥谷竜哉ら, 平成25年度厚生労働科学研究費補助金(健康安全・危機管理対策総合研究事業) 公衆浴場等におけるレジオネラ属菌対策を含めた総合的衛生管理手法に関する研究分担研究報告書
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
レジオネラ症防止指針において、水系におけるレジオネラ症感染リスクの指標として用いられるのはレジオネラCFUであるが、その値が得られるまでには一週間以上を要し、迅速性に問題がある。一方、迅速性を解決した方法としてレジオネラDNAを定量する方法があるが、指針中では、感染性のリスク指標が示されていない。
【0013】
迅速にレジオネラ生菌数を測定する試みとしてLC-EMAqPCR法、PALSAR法が開発されているが、コスト、手間の面で負担が増し、データの蓄積も十分ではなく、CFUに代替できるレベルには達していない。また、冷却水系への実施例がない。そして、これらの方法ではレジオネラDNA測定で得られる死菌の情報を得ることができない。
【0014】
培養法で検出されないが感染性が疑われるレジオネラ菌種、レジオネラ菌の状態(Viable but nonculturable)が報告され、CFUで検出されなくても感染性のリスクが存在することが明らかになってきている。このため、レジオネラCFUが検出されないことが感染性リスク零とは言い切れなくなってきている。
【0015】
本発明は、レジオネラ属菌による汚染を迅速に判定することができる方法及びこの判定方法に基づいた水処理方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0016】
本発明者は、上記課題を解決すべく検討を重ねた結果、次のような知見を得た。
【0017】
複数の冷却水から経時的にレジオネラ属特異的DNA量を定量し、同時にレジオネラCFU測定を実施したところ、レジオネラDNAが検出されても少量であればCFUが検出されず、レジオネラDNA量が増えるとレジオネラCFUが検出される現象が観察された。このことから、CFUが検出されるに至るために必要なレジオネラDNA量のしきい値があると考えられた。この値を明らかにすることにより、レジオネラDNA値からレジオネラCFUが検出される可能性を判断できるとの知見を得た。
【0018】
また、濁質が多いとレジオネラDNA濃度が増加する傾向にあり、その場合DNA量が多くても、レジオネラCFUが検出されない傾向があった。濁質中には生物膜が含まれている場合が多く、レジオネラは生物膜中で生育すると考えられるので、水中に濁質が浮遊するとレジオネラDNA量も増えると考えられる。しかし、レジオネラCFUは同じように増えるとは限らず、生物膜中の方が液中よりレジオネラ死菌の割合が高いと考えられた。このことから、濁度でレジオネラDNA濃度を補正することにより、レジオネラCFUが検出される可能性を判断するレジオネラ濃度下限値の精度が向上した。
【0019】
本発明はかかる知見に基づくものであり、以下を要旨とする。
【0020】
[1] 対象水中のレジオネラ属特異的リボゾーマルRNAをコードするDNAの濃度を定量し、あらかじめ設定した基準値と比較することにより、レジオネラ属菌による汚染度を判定する、レジオネラ属菌による汚染度の判定方法。
【0021】
[2] 前記基準値は104copies/10ml~105copies/10mlの間から選定された値であり、
前記DNA濃度が該基準値以上である場合、前記対象水の汚染度は、レジオネラCFUが検出される可能性が高い汚染度であると判定する、[1]に記載のレジオネラ属菌による汚染度の判定方法。
【0022】
[3] 対象水に対して殺菌剤及び/又はスライムコントロール剤を添加して殺菌処理及び/又はスライムコントロール処理を行う水処理方法において、
[1]又は[2]のレジオネラ属菌による汚染度の判定方法の判定結果に基づいて殺菌処理及び/又はスライムコントロール処理を行うことを特徴とする水処理方法。
【0023】
[4] 対象水中のレジオネラ属特異的リボゾーマルRNAをコードするDNAの濃度を定量し、このDNA濃度値を、対象水の濁度の値で除算した除算値を求め、この除算値をあらかじめ設定した基準値と比較することにより、レジオネラ属菌による汚染度を判定する、レジオネラ属菌による汚染度の判定方法。
【0024】
[5] 前記基準値は103copies/10ml/濁度~104copies/10ml/濁度の間から選定された値であり、
前記除算値が該基準値以上である場合、前記対象水の汚染度は、レジオネラCFUが検出される可能性が高い汚染度であると判定する、[4]に記載のレジオネラ属菌による汚染度の判定方法。
【0025】
[6] 対象水に対して殺菌処理、スライムコントロール処理、及び濁質除去処理から選択される少なくとも一つの処理を実施する水処理方法において、
[4]又は[5]のレジオネラ属菌による汚染度の判定方法の判定結果に基づいて、殺菌処理、スライムコントロール処理、及び濁質除去から選択される少なくとも一つの処理を実施する、水処理方法。
【発明の効果】
【0026】
本発明では、レジオネラ濃度を明らかにする方法としてレジオネラ属特異的DNAを測定し、その値からレジオネラCFUが検出される可能性を判断する。これにより、測定期間短縮がなされ、レジオネラ存在有無とCFU検出の可能性との二つの情報を同時に得ることができる。
【0027】
本発明の一態様によると、レジオネラ処理に関する水処理を判断する期間(CFUの結果が得られるまで一週間程度)を、1日程度に短縮することができる。
【0028】
CFUが検出されなくてもレジオネラが高濃度に存在する場合がある。本発明の一態様によると、そのような対象に対してもレジオネラ対策の必要性を判断することができる。
【0029】
本発明によると、レジオネラDNA測定値の適用範囲が広がる。これについて以下に詳しく説明する。
【0030】
レジオネラDNA測定値を使用する方法としてレジオネラ症防止指針(非特許文献1)には以下のような記述がある。
【0031】
「浴槽の除菌洗浄後では、同一試料について遺伝子検査と培養検査を同時に行う。遺伝子検査で陰性の場合、その水系はレジオネラ属菌に関して安全であるとして営業を再開する。陽性の場合は再度除菌洗浄を行い、遺伝子検査が陰性になるのを待ってから営業を再開する。最終的には培養法で生菌数を確認する。」(第4章 4.3遺伝子検査法の発達から抜粋)。
【0032】
この記述によれば、レジオネラDNA測定値の使用法としては、陰性か陽性かの2択である。本発明によると、レジオネラDNAが検出されてもCFU検出の可能性が低い場合を判定することができる。これによりレジオネラDNA測定値の適用範囲が広がる。
【発明を実施するための形態】
【0033】
以下に本発明の実施の形態を詳細に説明する。
【0034】
本発明で増殖抑制対象とするレジオネラ属菌は、入浴設備、冷却塔等において増殖し易く、エアロゾルを介して人体に吸入されることでレジオネラ感染症を引き起こす。レジオネラ属菌の感染によるレジオネラ肺炎やポンティアック熱での感染を予防するために、レジオネラ属菌の増殖を抑制することは極めて重要である。現在数十種のレジオネラ属菌が確認されており、代表的なレジオネラ属菌としては、レジオネラ・ニューモフィラ(Legionella pneumophila)が知られている。これらはいずれも感染症を引き起こす可能性があるとされている。
【0035】
本発明の一態様では、このようなレジオネラ属菌による水の汚染度を対象水中のレジオネラ属特異的リボゾーマルRNAをコードするDNA濃度を定量することにより判定する。
【0036】
即ち、本発明の一態様では、対象水中のレジオネラ属特異的リボゾーマルRNAをコードするDNAの濃度を定量し、あらかじめ設定した基準値と比較することにより、対象水のレジオネラ属菌による汚染度を判定する。
【0037】
本発明の一態様では、この基準値は104copies/10ml~105copies/10mlの間から選定された値であり、前記DNA濃度が該基準値以上である場合、前記対象水の汚染度は、レジオネラCFUが検出される可能性が高い汚染度であると判定する。
【0038】
本発明の一態様の水処理方法では、上記のようにDNA濃度が基準値以上である場合、対象水に対して殺菌剤及び/又はスライムコントロール剤を添加して殺菌処理及び/又はスライムコントロール処理を行う。
【0039】
また、前述の通り、対象水中の濁質量が多いとレジオネラDNA濃度が増加する傾向にあり、その場合DNA量が多くても、レジオネラCFUが検出されない傾向がある。濁質中には生物膜が含まれている場合が多く、レジオネラは生物膜中で生育すると考えられるので、水中に濁質が浮遊するとレジオネラDNA量も増えると考えられる。しかし、レジオネラCFUは同じように増えるとは限らず、生物膜中の方が液中よりレジオネラ死菌の割合が高いと考えられる。このことから、本発明の別の一態様の判定方法では、濁度でレジオネラDNA濃度を除算し、この除算値に基づいて、レジオネラCFUが検出される可能性を判断する。
【0040】
即ち、本発明の別の一態様の判定方法は、対象水中のレジオネラ属特異的リボゾーマルRNAをコードするDNAの濃度を定量し、このDNA濃度値を、対象水の濁度の値で除算した除算値を求め、この除算値をあらかじめ設定した基準値と比較することにより、レジオネラ属菌による汚染度を判定するレジオネラ属菌による汚染度の判定方法である。
【0041】
本発明の一態様では、この基準値は103copies/10ml/濁度~104copies/10ml/濁度の間から選定された値であり、前記除算値が該基準値以上である場合、前記対象水の汚染度は、レジオネラCFUが検出される可能性が高い汚染度であると判定する。
【0042】
本発明の別の一態様の水処理方法は、上記除算値がこの基準値以上である場合、対象水に対して殺菌処理、スライムコントロール処理、及び濁質除去処理から選択される少なくとも一つの処理を実施する。
【0043】
本発明の水処理方法において、スライムコントロール剤としては、安定化された酸化系スライムコントロール剤が好ましく、例えば、ヒダントイン、ヒダントイン誘導体(以下、これらをヒダントイン類ということがある。)や、ハロゲン系酸化物がスルファミン酸化合物などの窒素化合物により安定化されたハロゲン系酸化剤が挙げられる。
【0044】
ハロゲン系酸化物としては、例えば、塩素、次亜塩素酸ナトリウム、次亜塩素酸カリウム等の次亜塩素酸アルカリ金属塩、次亜塩素酸カルシウム、次亜塩素酸バリウム等の次亜塩素酸アルカリ土類金属塩、亜塩素酸ナトリウム、亜塩素酸カリウム等の亜塩素酸アルカリ金属塩、亜塩素酸バリウム等の亜塩素酸アルカリ土類金属塩、亜塩素酸ニッケル等の他の亜塩素酸金属塩、塩素酸アンモニウム、塩素酸ナトリウム、塩素酸カリウム等の塩素酸アルカリ金属塩、塩素酸カルシウム、塩素酸バリウム等の塩素酸アルカリ土類金属塩等の塩素系酸化剤や、これらの塩素系酸化剤の塩素を臭素に置き換えた臭素系酸化剤が挙げられる。これらのハロゲン系酸化剤は1種を単独で使用してもよく、2種以上を併用してもよい。
【0045】
このうち、次亜塩素酸アルカリ金属塩や次亜臭素酸アルカリ金属塩が好ましく、次亜塩素酸ナトリウムや次亜臭素酸ナトリウムがより好ましい。
【0046】
スルファミン酸化合物としては、例えば、スルファミン酸、N-メチルスルファミン酸、N,N-ジメチルスルファミン酸及びN-フェニルスルファミン酸、及び/又はこれらの塩(例えば、アルカリ金属塩、アルカリ土類金属塩、アンモニウム塩)などが例示される。これらのスルファミン酸化合物は、1種を単独で使用してもよく、2種以上を併用してもよい。
【0047】
例えば、次亜塩素酸イオン及びスルファミン酸は、次式のように反応して、N-モノクロロスルファミン酸イオン又はN,N-ジクロロスルファミン酸イオンを形成し、塩素系酸化剤の有効成分を安定化させる。
【0048】
ClO-+H2NSO3H→HClNSO3
-+H2O
2ClO-+H2NSO3H+H+→Cl2NSO3
-+2H2O
【0049】
これらのスライムコントロール剤は、添加効果が得られる程度において、なるべく少なく用いることが望ましく、残留塩素濃度として1mg/l as Cl2以上、例えば5~10mg/l as Cl2程度とすることが好ましい。また、この濃度での酸化系スライムコントロール剤の維持時間は30~60分程度が望ましい。
【0050】
本発明の水処理方法において、濁質除去処理としては、沈殿、担体濾過、膜ろ過があり、具体的にはストレーナー、ライトフィルター、MF膜処理などが例示されるが、これらに限定されない。
【実施例0051】
以下に実施例、比較例及び実験例を挙げて本発明をより具体的に説明する。
【0052】
[実施例1]
<概要>
冷却水のレジオネラCFUとレジオネラ属特異的DNA量、濁度の結果が得られるまでの期間を明らかにし、それぞれの値の相関の有無を明らかにするために、稼働中の冷却塔(D2CT2冷却塔)水系にいくつかのスライムコントロール処理を施し、その間、レジオネラCFU、レジオネラ属特異的DNA、及び濁度を計測した。
【0053】
<実験方法>
≪冷却水のレジオネラCFU計測≫
レジオネラ症防止指針第3版の方法に基づき、冷却遠心濃縮法で実施した。
【0054】
レジオネラ分離培地はGVPCレジオネラ選択用培地を用いた。レジオネラ様コロニーのL-システイン要求性を確認し、レジオネラ菌と判断した。
【0055】
≪レジオネラ属特異的DNA濃度の定量≫
下記の手順(1)~(12)によりDNAの抽出、精製を行った。
【0056】
(1)対象水10mlを6000r.p.mで、30min遠心分離する。
【0057】
(2)上清を取り除き、100μL程度の濃縮水を得る。
【0058】
(3)この100μl程度の濃縮水をNucleo Spin(登録商標)Bead Tube(2ml容)に入れ、Extraction
Bufferを1ml添加する。
【0059】
(4)ホモジナイズを3000r.p.mにて2min行う。
【0060】
(5)20%SDSを110μl添加し、60℃で30min静置する。
【0061】
(6)室温で3000r.p.mにて2min再度ホモジナイズする。次いで15000r.p.mで15min遠心分離する。
【0062】
(7)遠心分離後、上清700μlを新しいエッペンドルフチューブに移す。そして、同量のDNA抽出用クロロフォルム700μlを添加し、よく混ぜる。
【0063】
(8)12000r.p.mにて5min室温で遠心分離し、上清630μlを新しいエッペンドルフチューブに移す。そして、0.6容量の2-プロパノールを加え、よく混和する。
【0064】
(9)15000r.p.mにて20min室温で遠心分離した後、上清を取り除きTE Buffer50μlを加えて溶解させる。
【0065】
(10)MonoFas(登録商標)DNA精製キットIを用いて精製する。
【0066】
(11)溶出液量(12.5μl)のうち、4μlをPCR測定に使用する。
【0067】
qPCRはCycleave(登録商標)PCR Legionella(16S rRNA) Detection Kit(タカラバイオ)を用いて実施した。
【0068】
PCR装置はLightCycler(登録商標) (ロシュ・ダイアグノスティックス株式会社)を用いた。
【0069】
PCRに用いた標準液はキット付属のLegionella DNA(16SrRNA)を用いた。
【0070】
標準液濃度は40,400,4000,40000copies/tubeの範囲で検量線を作成した。
【0071】
(12)検量線から得られたDNA濃度を3.1倍(12.5μl/4μl)し、10ml当たりのDNA量とした。抽出工程における、回収率は1とした。抽出に供した液量が10mlと異なる場合には、10ml当たりに換算した。
【0072】
≪濁度測定≫
サンプル水をよく懸濁し、50mmセル、660nmの吸光度を測定した。
【0073】
あらかじめ作成されたカオリン1mg/lを添加した時の濁り度合いを濁度1とする検量線から濁度を求めた。
【0074】
≪レジオネラCFU測定≫
レジオネラCFU測定は、前処理として、0.2M HCl-KCl緩衝液を植菌用サンプルに対し等量混合して25℃で4分静置後、200μlをGVPCレジオネラ選択用培地に植菌して行った。37℃で10~14日間培養し、灰白色のレジオネラ様コロニーを計測した。レジオネラ様コロニーは、システイン要求性を確認し、システイン要求性を示したものをレジオネラコロニーとした。
【0075】
<結果及び考察1>
冷却水処中のレジオネラCFU濃度、レジオネラ属特異的DNA濃度、濁度の経時変化を表1に示す。
【0076】
【0077】
表1から、レジオネラCFUが検出されていなくてもレジオネラ属特異的DNAが検出されていることが分かる。
【0078】
また、レジオネラDNA濃度が高いと、CFUが検出される頻度が高いことが分かる。なお、レジオネラDNA濃度が低いときは、レジオネラCFUは検出されていない。
【0079】
なお、レジオネラCFU測定値については、送付、培養、コロニーのレジオネラ属菌同定期間を含め、結果が得られるまでに10日~20日を要した。10月上旬に冷却塔の洗浄が行われたが、その時点で洗浄直前のレジオネラCFUの値は得られておらず、レジオネラCFUが存在する冷却塔である認識がなかった。また、10月30日から12月3日までレジオネラCFUが継続して検出されたが、CFU測定結果が得られるまでの間、処理が適切かどうか判断できず、レジオネラCFU検出期間が長期にわたった。
【0080】
これに対し、濁度、レジオネラDNA濃度は翌日までに分析値が得られた。
【0081】
<考察2>
レジオネラDNA濃度ごとのレジオネラCFU検出割合を表2に示す。表2の通り、レジオネラDNA濃度が105copies/10ml以上であると、レジオネラCFUが検出される頻度が高くなる。
【0082】
また、104~105copies/10mlの範囲では、10CFU/100mlのCFUが1検体から検出されたので、まれにCFUが検出されることが分かった。
【0083】
【0084】
<考察3>
さらに、レジオネラ属特異的DNA濃度が高くても、レジオネラCFUが不検出の場合濁度が高い傾向が認められたことから、レジオネラ属特異的DNAを濁度で除算した値とレジオネラCFUの関係を検討した。
【0085】
濁度当たりのレジオネラ属特異的DNA濃度ごとのレジオネラCFU検出割合を表3に示す。
【0086】
表3のとおり、濁度当たりのレジオネラDNA濃度が104copies/10ml/濁度以上であると、レジオネラCFUが検出される頻度が急激に高くなる。103copies/10ml/濁度未満ではレジオネラCFUが不検出で、CFU形成しないレジオネラDNAの影響を低くできると考えられる。
【0087】
【0088】
[実施例2]
<概要>
レジオネラDNA濃度を指標として冷却水系にスライムコントロール剤を添加し、レジオネラ処理の有効性を確認する。
【0089】
また、冷却水のレジオネラDNA濃度と濁度を測定し、レジオネラDNA濃度と濁度当たりのレジオネラDNA濃度を求める。求められた値からスライムコントロール処理の実施、強化、維持を決定する。同時にレジオネラCFUを測定し、レジオネラ対策が適当であったかどうかを検証する。
【0090】
<実験方法>
実施例1とは別の冷却塔において、12月3日以降、実施例1と同様の方法でレジオネラCFUの定量、DNAの定量及び濁度測定を行った。そして、1月8日以降、スライムコントロール剤として安定化されたハロゲン系酸化剤を残留塩素濃度として2mg/L as Cl2添加した。DNA濃度を指標として添加濃度を、1週間ごとに見直した。DNA濃度が低下した場合は、スライムコントロール剤の残留濃度を50%程度低下させた。
【0091】
<結果>
各指標の経時変化を表4に示す。表4には、後日得られたレジオネラCFU計測値も併せて示す。
【0092】
本実施例は、当初無処理で、冷却水中のレジオネラ属特異的DNA濃度はCFU検出リスクがあると考えられる値を示した。
【0093】
スライムコントロール剤添加処理を開始した1月8日以降は、レジオネラ属特異的DNAは低下傾向を示した。また、目視レベルでスライムコントロール状況は好転した。スライムコントロール剤の検出率も上昇した。後日得られたレジオネラCFU計測値も、全て検出下限以下であった。
【0094】
このことから、レジオネラ属特異的DNAを指標にすることで、CFU測定を用いるよりも迅速かつ的確に効率的なレジオネラ対策を実施できることが示された。
【0095】