(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023169125
(43)【公開日】2023-11-29
(54)【発明の名称】抗体価予測モデルおよび抗体価予測モデルを用いたプログラム
(51)【国際特許分類】
G16H 20/10 20180101AFI20231121BHJP
【FI】
G16H20/10
【審査請求】未請求
【請求項の数】8
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023080136
(22)【出願日】2023-05-15
(31)【優先権主張番号】P 2022080215
(32)【優先日】2022-05-16
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)令和3年度、国立研究開発法人日本医療研究開発機構、新興・再興感染症に対する革新的医薬品等開発推進研究事業「多様な前向きコホートを用いたCOVID-19ワクチンの多角的解析」委託事業、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(71)【出願人】
【識別番号】598121341
【氏名又は名称】慶應義塾
(71)【出願人】
【識別番号】522145177
【氏名又は名称】株式会社オトクエスト
(74)【代理人】
【識別番号】110000062
【氏名又は名称】弁理士法人第一国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】佐藤 泰憲
(72)【発明者】
【氏名】上蓑 義典
(72)【発明者】
【氏名】長島 健悟
(72)【発明者】
【氏名】村田 満
(72)【発明者】
【氏名】長谷川 直樹
【テーマコード(参考)】
5L099
【Fターム(参考)】
5L099AA15
(57)【要約】 (修正有)
【課題】抗体価の経時的変化の予測モデルを構築し、追加接種やそれ以降の接種が必要になる予測時期を提示する抗体価予測モデルおよびそれを用いたプログラムを提供する。
【解決手段】ワクチン接種後の複数の被験者iで構成される第1グループに対して所定期間にわたって測定した抗体価の第1検査データに基づいて、ワクチン接種後の抗体価を予測する抗体価予測モデルであって、該抗体価予測モデルは、第1検査データに含まれるデータに関し、被験者iのj番目の時点をT
ijとし、時点T
ijにおける抗体価をY
ijとすると、コンパートメントの容量をa
ij、消失速度をb
ijとする所定の式に示されるMコンパートメントモデルを採用し、容量a
ijおよび消失速度b
ijに弱情報事前分布を設定し、抗体価Y
ijの対数が他の所定の式に示される対数正規分布に従い、任意のmコンパートメントの容量a
imおよび消失速度b
imが多変量正規分布に従う。
【選択図】
図13
【特許請求の範囲】
【請求項1】
ワクチン接種後の複数の被験者i(i=1、2、…、N)で構成される第1グループに対して所定期間にわたって測定した抗体価の第1検査データに基づいて、ワクチン接種後の抗体価を予測する抗体価予測モデルであって、
前記第1検査データに含まれるデータに関し、被験者iのj(j=1、2、…、J)番目の時点をT
ijとし、時点T
ijにおける抗体価をY
ijとすると、
コンパートメントの容量をa
ij、消失速度をb
ijとする式M2に示されるMコンパートメントモデル(Mは1以上の整数)を採用し、
前記容量a
ijおよび前記消失速度b
ijに弱情報事前分布を設定し、
抗体価Y
ijの対数が式M1に示される対数正規分布に従い、任意のmコンパートメントの容量a
imおよび消失速度b
imが多変量正規分布に従う、ことを特徴とする抗体価予測モデル。
【数1】
【請求項2】
請求項1に記載の抗体価予測モデルであって、
前記弱情報事前分布は、
前記容量aijの平均および前記消失速度bijの平均は、正規分布に従い、
前記容量aijの標準偏差および前記消失速度bijの標準偏差は、半コーシー分布に従い、
前記容量aijおよび前記消失速度bijの分散共分散行列は、LKJ分布に従う、ことを特徴とする抗体価予測モデル。
【請求項3】
請求項1に記載の抗体価予測モデルであって、
前記被験者ごとの検査データから選別したデータを用いて、非線形回帰モデルを適用して、前記容量aijおよび前記消失速度bijを推定し、
推定された前記容量aijおよび前記消失速度bijのうち、Mコンパートメントモデル(式M2)に当てはめた結果、前記被験者の検査データとほぼ適合する容量aijおよび前記消失速度bijの群を抽出し、
前記抽出された容量aijおよび消失速度bijの群の中でグリッドサーチを行い、初期値となる容量aおよび消失速度bを設定する、ことを特徴とする抗体価予測モデル。
【請求項4】
請求項3に記載の抗体価予測モデルであって、
前記第1検査データを時系列にK分割して第1分割データから第K分割データを形成し、第k(k=1、…、K)分割データをテストデータとし、残りの分割データを学習データとし、前記学習データを用いて算出した事後分布と、前記テストデータから任意の時点の抗体価を用い、抗体価の予測される範囲を示す第k予測分布を導出し、前記第k予測分布と前記テストデータとで第k評価をし、
第k評価をk=1からk=Kまで行い、
第1評価から第K評価までに基づく評価をする、ことを特徴とする抗体価予測モデル。
【請求項5】
請求項3に記載の抗体価予測モデルであって、
前記第1グループの前記第1検査データに基づいて算出した事後分布を用いて、前記第1グループとは異なる第2グループについて測定した第2検査データの第1時点のデータに基づき、抗体価の予測される範囲を示す予測分布を導出し、
前記予測分布から求めた予測区間に、前記第2検査データに含まれるデータのうち、前記第1時点以降の第2時点のデータが含まれるかどうかを評価する、ことを特徴とする抗体価予測モデル。
【請求項6】
請求項1に記載の抗体価予測モデルであって、
前記抗体価予測モデルから、抗体価の予測される範囲を示す予測分布を導出し、
前記予測分布に含まれる予測区間を算出し、
前記予測区間が抗体価の閾値を下回る点を抽出する、ことを特徴とする抗体価予測モデル。
【請求項7】
請求項6記載の抗体価予測モデルを用いたプログラムであって
ワクチン接種日、抗体価を検査した日、抗体価、抗体検査の方法を入力するステップと、
前記入力したデータから前記抗体価予測モデルによる演算を行うステップと、
前記予測区間が抗体価の前記閾値を下回る点を追加接種やそれ以降の接種の予測時期として出力するステップ、をコンピュータに実行させる、ことを特徴とするプログラム。
【請求項8】
請求項1に記載の抗体価予測モデルであって、
前記ワクチン接種が、コロナウイルスを対象とする、ことを特徴とする抗体価予測モデル。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、抗体価予測モデルおよび抗体価予測モデルを用いたプログラムに関する。
【背景技術】
【0002】
ワクチンの接種は、体内にIgMやIgGなどの抗体を産出し、ウイルスに対する感染予防効果および重症化予防効果等をもたらす。従来インフルエンザなどのウイルスに対するワクチン接種は年1回程度の接種にとどまり、接種後の抗体価の推移などを追跡する一般的ニーズもさほどなかった。ところが新型コロナウイルスのパンデミックが長期化するとともに、ワクチン接種後に抗体価が体内で経時的に減少する傾向特性も判明してきたことから、ワクチン接種後に抗体価の推移を予測し、適切な時期に定期的にワクチンの追加接種やそれ以降の接種を行い抗体を増加させる一般的なニーズが公共レベルと個人レベルにおいて高まってきた。
【0003】
また、ワクチンの供給の観点から考えると、ワクチンの生産には製法や製造設備設計が複雑であること、製造管理の難易度が高い等の問題から一般の医薬品に比べて多くの労力と時間がかかる。また、保管方法や有効期間などの点から流通にも慎重を期す必要がある。ワクチン接種をする医師や看護師等の人材の確保も必要である。ワクチン接種の要否を個人が判断するための判断材料としての情報を提供するためには、追加接種やそれ以降の接種が必要になる時期がわかることが望ましい。
【0004】
非特許文献1には、COVID-19のmRNAワクチンであるBNT162b2を接種した後2日以内、14日、28日、42日、56日、および90日後に採血を行い、1コンパートメント動態モデルを用いて、抗体価が最大濃度になるまでの日数、および抗体価の半減期を推定することが開示されている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】Julien Favresse他、「Antibody titres decline 3-month post-vaccination with BNT 162b2」Emerging Microbes & Infections Volume 10, 2021 - Issue 1
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
ワクチン接種後の抗体価の経時推移は、年齢や性別などの個人差も含め様々な要因が関係し、本来複雑な推移をたどるものと考えられる。また、それだけに予測モデルをたてるにはできるだけ多くの個人による大量のデータを長期間継続的に取得して、バリデーションを行って精度を高める必要がある。
これに対し非特許文献1で使用している抗体価のモデルは、時間とともに安定的に減衰する単純なモデルである。また3ヶ月以上の長期にわたる抗体価データが十分考慮されておらず、予測モデルの評価(バリデーション)の手法も明らかであるとは言えない。
【0007】
そこで、本発明では、抗体価の経時的変化の予測モデルを構築し、追加接種やそれ以降の接種が必要になる予測時期を提示する技術を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記の課題を解決するために、代表的な本発明の抗体価予測モデルの一つは、ワクチン接種後の複数の被験者i(i=1、2、…、N)で構成される第1グループに対して所定期間にわたって測定した抗体価の第1検査データに基づいて、ワクチン接種後の抗体価を予測する抗体価予測モデルであって、前記第1検査データに含まれるデータに関し、被験者iのj(j=1、2、…、J)番目の時点をT
ijとし、時点T
ijにおける抗体価をY
ijとすると、コンパートメントの容量をa
ij、消失速度をb
ijとする式M2に示されるMコンパートメントモデル(Mは1以上の整数)を採用し、前記容量a
ijおよび前記消失速度b
ijに弱情報事前分布を設定し、抗体価Y
ijの対数が式M1に示される対数正規分布に従い、任意のmコンパートメントの容量a
imおよび消失速度b
imが多変量正規分布に従う、ことを特徴とする。
また、追加接種以降の(3回目以降の)接種に対する抗体価予測モデルについては、Mコンパートメントモデル(Mは1以上の整数)を採用し、それ以外の特徴については上述のモデルと同じとした。
【数1】
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、抗体価の経時的変化の予測モデルを構築し、追加接種やそれ以降の接種が必要になる予測時期を提示することができる。
上記した以外の課題、構成および効果は、以下の実施をするための形態における説明により明らかにされる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【
図1】
図1は、抗体検査を行った週数および実施期間を示す図である。
【
図2】
図2は、検査データを週数ごとの箱ひげ図にした図である。
【
図3】
図3は、追加接種後の検査データを週数ごとの箱ひげ図にした図である。
【
図4】
図4は、検査データを年齢と性別ごとに分類したうえで平均をとったものを示した図である。
【
図5】
図5は、検査データを、ワクチン接種後に到達した抗体価の初期値ごとに分類したうえで平均をとったものを示した図である。
【
図6】
図6は、薬物が投与される場合の体内過程を示す図である。
【
図7】
図7は、静注1コンパートメントモデルを示す図である。
【
図8】
図8は、薬物の血中濃度Cの経時的な変化を示す図である。
【
図9】
図9は、各モデルを適用した場合の抗体価Yの経時変化を模式的に示す図である。
【
図10】
図10は、事後分布の算出アルゴリズムのフローチャートである。
【
図11】
図11は、事後分布を求めるときに用いる初期値の設定方法を示すフローチャートである。
【
図13】
図13は、2コンパートメント型の階層ベイズモデルから計算された予測分布の第1例を示す図である。
【
図14】
図14は、2コンパートメント型の階層ベイズモデルから導出された予測分布の第2例を示す図である。
【
図15】
図15は、2コンパートメント型の階層ベイズモデルから導出された予測分布の第3例を示す図である。
【
図16】
図16は、バリデーションの手法を模式的に示す図である。
【
図17】
図17は、検査データから数理モデルを用いた予測が行われるまでのフローチャートである。
【
図18】
図18は、本発明が適用されるネットワークシステムの一例を示す図である。
【
図19】
図19は、クライアントデバイスの表示例を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下、図面を参照して、本発明の実施形態について説明する。なお、この実施形態により本発明が限定されるものではない。また、図面の記載において、同一部分には同一の符号を付して示している。
【0012】
<第1実施形態>
(抗体価の検査データ)
図1から
図5を参照して、抗体検査の検査結果について説明する。発明者は、所属する機関の職員を検査対象のグループ(以下、「第1グループ」ともいう。)とし、このグループに対してワクチン接種前後に抗体価を測定した。
【0013】
図1は、抗体検査を行った週数および実施期間を示す図である。被験者は2021年3月にワクチン接種を行い、ワクチン接種から3週後、8週後、13週後、26週後に検査を行った。被験者数は673人であり、そのうち95%以上で継続的な検査が行われた。
追加接種後にも検査が実施され、ワクチン追加接種から3週後、8週後、25週後に検査を行った。
【0014】
ワクチンは、Pfizer社/BIONTECH社製の新型コロナウイルスを対象とした感染症の予防のワクチン(SARS-CoV-2)である。抗体の測定に使用した試薬は、S蛋白RBDに対するIgG定量試薬であるAlinity SARS-CoV-2 IgG II Quant、S蛋白とN蛋白それぞれに対するIgG、IgM定量評価のための試薬であるHISCL SARS CoV-2、Pseudo-virusを用いた中和抗体定量評価の試薬(出願人が共同開発)である。
【0015】
抗体価の検査は所定の期間にわたって行われた。まず、ワクチンの接種が行われる前、2021年2月25日から2021年3月12日の間に行われた。ワクチンの接種が2021年3月に行われた後、3週目の検査が2021年4月16日から2021年4月28日の間に行われた。続いて、また、ワクチン接種後8週目の検査は、2021年5月20日から2021年6月2日までの間に行われた。ワクチン接種後13週目の検査は、2021年5月20日から2021年6月2日までの間に行われた。26週目の検査は、2021年9月27日から2021年10月8までの間に行われた。
ワクチンの追加接種は2021年12月~2022年1月に行われた。ワクチン追加接種後3週目の検査は、2022年1月11日から2022年1月25日の間に行われた。ワクチン追加接種後8週目の検査は、2022年2月10日から2022年3月1日までの間に行われた。25週目の検査は、2022年6月27日から2022年7月8までの間に行われた。
【0016】
発明者は、第1グループの検査データ(以下、「第1検査データ」という。)を異なる時点ごとに分析した。
【0017】
図2は、検査データを週数ごとの箱ひげ図にした図である。横軸は接種後の週数、縦軸は抗体価の自然対数である。抗体価の単位はAU/mLである。
図3は、ワクチン追加接種後の検査データを週数ごとの箱ひげ図にした図である。横軸は接種後の週数、縦軸は抗体価の自然対数である。抗体価の単位はAU/mLである。
【0018】
第3週では、メディアンは13466、第一四分位(Q1)は8454、第三四分位(Q3)は20511である。8週目ではメディアンは5441、Q1は3617、Q3は8328である。13週目ではメディアンは2747、Q1は1783、Q3は4250である。26週目ではメディアンは899、Q1は574、Q3は1462である。
追加接種後第3週では、メディアンは20419、第一四分位(Q1)は12596、第三四分位(Q3)は30656である。追加接種後8週目ではメディアンは14553、Q1は8922、Q3は22557である。追加接種後25週目ではメディアンは5380、Q1は3054、Q3は12242である。
【0019】
どの週数においても、箱で示された四分位範囲の中央近辺に、メディアンが位置している。抗体価のばらつきは非常に少ないことがわかる。なお、26週目において抗体価が上昇しているデータ群D1は、被験者にブレイクスルー感染が起こった可能性を示唆していると考えられる。
【0020】
図4は、検査データを年齢と性別ごとに分類したうえで平均をとったものを示した図である。ここでは、対数平均を用いて表示している。年齢は、年齢23歳から30歳まで、30歳から39歳まで、40歳から49歳まで、50歳から59歳まで、60歳から69歳までの5区分とした。
図4Mは男性についてのデータであり、
図4Fは女性についてのデータである。また、閾値50(対数軸で3.9)は抗体の有無を示す指標であり、例えば抗体価の値が閾値50を下回る場合には抗体が消失したことを意味する。
【0021】
年齢や性別により値に差が認められるものの、抗体価が減少する傾向は共通していると考えられる。また、大きな傾向をみると、3週目から13週目までの間の傾きと、13週目から26週目の間の傾きでは、減少する傾向が変化している様子が示されている。
【0022】
図5は、検査データを、ワクチン接種後に到達した抗体価の初期値ごとに分類したうえで平均をとったものを示した図である。初期値のデータはワクチン接種後3週目の検査データである。ここでは、検体値の初期値が20000以上、20000未満かつ13000以上、13000未満から8000以上、8000未満、の4つに分けたうえで、対数平均を取ったうえで表示している。
【0023】
ワクチンを接種すると、抗体価は一旦、上昇し、その後、減少に転じることがわかる。また、若い人ほど抗体価が高く、女性のほうが男性よりも抗体価の値が高い傾向がある。
抗体価の初期値がいずれの値であっても、抗体価が減少する傾向は共通している。
【0024】
上述のような観点から検討をしたのち、発明者は抗体価の推移に関する次のような仮説を立てた。
仮説(1)産生された抗体は指数関数的に減衰し消失する。
なお、IgGの物理的半減期は構造的な違いによって分類される5つのサブクラス(IgG
1、IgG
2a、IgG
2b、IgG
3、IgG
4)ごとに異なるが、通常は15日から26日程度である。
仮説(2)mRNAワクチンの効果で微量の抗体産生が続く可能性もある。常に抗体が足されるため、抗体価の減衰率が低下する。
このことは、例えば、
図4および
図5において、13週目の前後で減衰の傾きの変化が、他の週数の前後に見られる変化よりも大きくなっていることから推察される。
仮説(3)追加接種後では、mRNAワクチンの効果による微量の抗体産生の反応が定常状態に近づいていると考えられることから減衰率の低下が小さい可能性があり、当てはまりの良いモデルが異なる可能性がある。
【0025】
(数理モデルの例)
発明者は、抗体価を算出する時点をT、抗体価をYとしたとき、抗体価Yの推移を予測するため、予測モデルを検証した。
【0026】
(コンパートメントモデル)
発明者は、抗体価の減衰メカニズムを解析する過程において、コンパートメントモデルに注目した。
コンパートメントモデルは、薬物が体内に投与されてから、吸収、分布、代謝、排出の体内過程を解析する(pharmacokinetics)ときに用いられるモデルであり、コンパートメントモデルを用いて薬効薬理を予測することが可能となる。
【0027】
図6は、薬物が投与される場合の体内過程を示す図である。
図6においては体内過程が4つの区間に分けて示されており、体内に投与された薬物は、胃・腸の吸収区間、血液による分布区間、肝臓による代謝区間、腎臓による排泄区間を経て、体外に排泄される。このような体内過程を解析するにあたり、コンパートメントモデルは、「ある区間から薬物が排出される速度は、その区間における薬物濃度に比例する」という物理的仮定を設定する。これを一次速度過程という。なお、薬物の移行速度が時間によって変化せず一定である場合は、0次速度過程という。
【0028】
図7は、静注1コンパートメントモデルを示す図である。静注1コンパートメントモデルは、薬物が静脈内に投与された場合の体内過程を解析するために用いられるモデルであり、例えば、血液中の薬と組織中の薬が速やかに濃度平衡に到達するような場合に、体内の薬物量を近似するのに用いられる。ここで、薬物の血中濃度をC(t)とすると、薬物の排出速度はdC(t)/dtと表すことができる。排出速度に関する定数をkとおくと、静注1コンパートメントモデルの一次速度過程について次の式1が導かれる。
【0029】
【0030】
図8は、薬物の血中濃度Cの経時的な変化を示す図である。式1に示された関係に基づくグラフであり、
図8(a)は血中濃度Cが時間に伴い減衰する様子を示し、
図8(b)は血中濃度Cの対数を取ったものである。
【0031】
図8に示されるような指数関数的な減衰の様子が示される場合には、静注1コンパートメントモデルを適用することができると考えられる。例えば、検査データとして、薬物の投与された量をq0、血中濃度Cがある場合には、静注1コンパートメントモデルを適用して、排出速度Vを推定することができる。
【0032】
(実施例1…2(M)コンパートメント型の階層ベイズモデル)
上述の仮説(1)は、抗体価が指数関数的に減衰するとした。仮説(2)では、減衰率が経時的に変化するとした。減衰率の変化には、複数のメカニズムが影響する可能性も考えられる。静注1コンパートメントモデルでは、これらの減衰率の変化を十分に考慮することができない問題がある。
【0033】
そこで、発明者は、Mを1以上の整数とし、抗体価の減少の様子にMコンパートメントモデルを仮定した。減衰の様子が変化する点や、抗体産生が続く可能性がある点を、2以上のコンパートメントを用いて表現することを試みた。
【0034】
ここで、M=2とした2コンパートメントモデルを用いる場合を説明する。2コンパートメント型の階層ベイズモデルは、抗体価の経時変化を2コンパートメントモデル(式2c-1)に近似させた場合、抗体価Yが平均を2コンパートメントモデルf2(T)、標準偏差σYとした対数正規分布(式2c-2)に従うとしたものである。2コンパートメントの場合の初期分布と減衰速度のパラメータ(a、b)(c、d)は、多変量正規分布に従うと考える(式2c-3)。コンパートメントの容量aおよびcは抗体価の初期値に関連するパラメータであり、排出速度に相当するbおよびdは抗体価の消失速度に関連するパラメータである。aとbには相関があると考えて、aとbそれぞれの第1グループ内の平均(μaとμb)は多変量正規分布に従うとした(式2c-3)。cとdについてもaとbと同様に多変量正規分布に従うとした(式2c-4)。事後分布を求める際に、事後分布に大きな影響を与えない弱情報事前分布を与える事が望ましい。個々人のデータに非線形回帰モデルを当てはめた結果から予想される値よりも十分に大きな値となるような弱情報事前分布を考慮して、aとbの全体平均は平均0で標準偏差100の正規分布に従うとし、aとbの標準偏差が位置パラメータ0、尺度パラメータ50の半コーシー分布に従うとする。分散共分散行列Σには、LKJcorr_Cholesky分布(以下、「LKJ分布」ともいう。)に従うとし、形状パラメータを1として、無情報の一様分布に相当するものとした(式2c-5)。cとdについても、aとbと同様の弱情報事前分布を設定した(式2c-6)。なお、式2c-2などの「Normal()」および式2c-5の「N()」は正規分布、式2c-3など「Multinormal()」は多変量正規分布、式2c-5などの「halfcauchy()」は半コーシー分布、をそれぞれ示す。
【0035】
【0036】
(実施例2…ワイブル型の階層ベイズモデル)
仮説(1)および仮説(2)を表現できる可能性がある分布として、発明者はワイブル分布に着目した。ワイブル分布は製品寿命を示す場合に用いられることが多く、指数関数の項を含んでいる。ワイブル型の階層ベイズモデルは、抗体価Yの経時変化をワイブル分布(式w-1)に近似させた場合、抗体価Yが平均をワイブル分布とする対数正規分布に従うとする。パラメータbとdに関して、dは抗体価の初期値に相当し、bは消失速度に相当するものであり、1コンパートメント型階層ベイズモデルの場合と同じである。
【0037】
【0038】
(実施例3…二重指数関数型の階層ベイズモデル)
仮説(1)および仮説(2)を表現できる可能性がある分布として、発明者は二重指数関数型の階層ベイズモデルに着目した。二重指数関数は、指数関数の肩に指数関数を持つ。二重指数関数型の階層ベイズモデルは、抗体価Yの経時変化を二重指数関数(式d-1)に近似させた場合、抗体価Yが平均が二重指数関数型とする対数正規分布に従うとする。
【0039】
【0040】
(実施例4…1コンパートメント型の階層ベイズモデル)
追加接種後については、仮説(3)から減衰率の低下が小さい可能性がある。仮説(3)を表現できる可能性がある分布として、発明者は1コンパートメント型の階層ベイズモデルに着目した。1コンパートメント型の階層ベイズモデルは、減衰率の低下が無視できるほど小さい場合と考えることができる。1コンパートメント型の階層ベイズモデルは、抗体価Yの経時変化が1コンパートメントモデル(式1c-1)に近似させた場合、抗体価Yが平均を1コンパートメントモデルf1(T)、標準偏差σYとした対数正規分布(式1c-2)に従うとする。検査データのグループ差や個人差による変動分が正規分布に従うと考えている。2コンパートメント型の階層ベイズモデルのうち1コンパートメント分に該当するものであり、事前分布(式1c-4)は2コンパートメント型の階層ベイズモデルの場合と同じである。
【0041】
【0042】
図9は、各モデルを適用した場合の抗体価Yの経時変化を模式的に示す図である。
図9は、式2c-1、式w-1、式d-1、式1c-1を模式的に示している。
図9(a)は経時的に変化する様子を示し、
図9(b)は対数で経時変化を示す。凡例2-compは2コンパートメント型の階層ベイズモデルを適用した場合であり、凡例Weibullはワイブル型の階層ベイズモデルを適用した場合であり、凡例dlb.expは二重指数関数型の階層ベイズモデル適用した場合であり、凡例1-compは1コンパートメント型の階層ベイズモデルを適用した場合である。
【0043】
(事後分布の導出方法…Mコンパートメントの階層ベイズモデル)
ここで、一般的なMコンパートメントの階層ベイズモデルを用いて、事後分布を導出する方法を説明する。
【0044】
【0045】
式M1および式M2は、ワクチン接種後の複数の被験者i(i=1、2、…、N)で構成される第1グループに対して所定期間にわたって測定した抗体価の第1検査データに基づいて、ワクチン接種後の抗体価を予測する抗体価予測モデルである。ここで、第1検査データに含まれるデータに関し、被験者iのj(j=1、…、J)番目の時点をTijとし、点Tijにおける抗体価をYijとする。コンパートメントの容量をaij、消失速度をbijとする式M2に示されるMコンパートメントモデル(Mは1以上の整数)を採用し、抗体価Yijの対数が式M1に示される対数正規分布に従い、任意のmコンパートメントの容量aimおよび消失速度bimが多変量正規分布(式M7)に従う、ことを仮定する。式M2における指示変数lmはコンパートメント数を定めるパラメータである。mコンパートメントモデル(mは1以上の整数とする。)を用いる場合は、I1=I2=…=Im=1とし、Im+1=…=IM=0とする。なお、式M4などに用いられている記号「´」はベクトルまたは行列の転置、式M13の「diag」は対角行列、式M11の「vech()」はvech作用素、をそれぞれ示している。
【0046】
mコンパートメントの容量(aim)(式M6)と消失速度(bim)(式M7)をまとめたパラメータベクトルθi(式M4)は被験者ごとに異なる値を持ち、θiの値により各個人の抗体価の平均的な推移が規定される。また、m番目のコンパートメントのパラメータの組(aim、bim)は、平均ベクトルがμmで分散共分散行列がΣmの多変量正規分布に従う階層構造を持つことを仮定した(式M7)。
【0047】
さらに、μmとΣmに与える事前分布の超パラメータについては、事後分布に大きな影響を与えない弱情報の事前分布を与える事が望ましく、被験者ごとのデータに非線形回帰モデルを当てはめた結果から予想されるθの取る範囲よりも十分に広くなるような超パラメータとして、次の式M14から式M18を仮定した。ここでは、容量aijおよび消失速度bijに弱情報事前分布を設定したことを示している。式M14および式M15に示されるように容量aijの平均μamおよび消失速度bijの平均はμbmは正規分布に従い、式M16および式M17に示されるように容量aijの標準偏差σamおよび消失速度bijの標準偏差σbmは半コーシー分布に従い、式M18に示されるように容量aijおよび消失速度bijの分散共分散行列ΣmはLKJ分布に従う。
【0048】
【0049】
上述のモデルにおいて、同時分布の対数をとったもの(以下、「尤度関数」ともいう。)L(θ)を式M19に示す。ここで、右辺第1項pYはYijの確率密度関数、右辺第2項pabは(aim、bim)の同時確率密度関数、右辺第3項(pμa、pμb、pσa、pσb、pΣ)それぞれは事前分布の確率密度関数である。また、∇θL(θ)はL(θ)をベクトルθで微分したものとし、モデルにおけるパラメータθの要素数をνとする。
【0050】
【0051】
図10は、事後分布の算出アルゴリズムのフローチャートである。上述のモデルを用いた事後分布の算出は、
図10に示されるようなハミルトニアン・モンテカルロ法のアルゴリズムを用いて行う。
【0052】
ステップS1において、パラメータθに対する初期値θ0と、微小な定数ε、定数S、Uを与える。
ステップS2において、状態s=1を設定する。
ステップS3において、平均ベクトルが0で分散共分散行列が単位行列Iνのν次元多変量正規分布に従う乱数を生成し、r0とする。
ステップS4において、θs=θs-1、θ(~)=θs-1、r(~)=r0を設定する。
【0053】
ステップS5において、状態u=1を設定する。
ステップS6において、r(~)´=r(~)+(ε/2)∇θL(θ(~))、θ(~)u=θ(~)+εr(~)´、r(~)u=r(~)´+(ε/2)∇θL(θ(~)u)を求める。
【0054】
ステップS7において、uにu+1を代入する。
ステップS8において、状態uがUより大きいかどうか判定する。状態uがU以下である場合、ステップS5に戻る。状態uがUより大きい場合、ステップS9に移行する。
ステップS9において、確率α={1、exp{L(θ(~)U)+(1/2)(r(~)U´)r(~)U}/exp{L(θs-1)+(1/2)(r0)´r0}}で、θs=θUおよびrs=r(~)Uに更新する。
ステップS10において、状態sがSより大きいかどうか判定する。状態sがS以下である場合、ステップS2に戻る。状態sがSより大きい場合、アルゴリズムを終了する。
【0055】
上述のアルゴリズムにおいて、状態sはハミルトニアン・モンテカルロ法のステップ数を示している。ステップが進むごとに、θ(式M10)の事後分布から、θの1組がサンプリングされる。また、ステップS5からステップS8は、リープフロッグ積分を用いて微分方程式を数値積分する工程を示しており、状態uはリープフロッグ積分におけるステップ数を表す変数である。ステップS5からステップS8を繰り返すことで、初期状態(u=0)から状態εUまで進んだ仮想的な時点でのθとrを求めることができる。
【0056】
(初期値の設定方法)
ステップS1の初期値θ0の設定について、θの初期値はL(θ)や∇θL(θ)の算出に影響を及ぼすと考えられる。例えば、L(θ)の密度が集中していない値、L(θ)がオーバーフローするような値、勾配∇θL(θ)が消失するような値をθの初期値として与えると、アルゴリズムが実際の事後分布とずれた場所でθの抽出をするか、計算不能になるか、同じ場所を移動することになり、事後分布に適切に収束しない恐れがある。このような値を避けて初期値を設定する必要がある。
【0057】
実データから外れた値を入れるとL(θ)や∇θL(θ)の値は実際の事後分布とずれると考えられるため、まずは個々の被験者にコンパートメントモデルを当てはめてパラメータを確定した結果を得る。実際のデータには欠測などがあることから、必ずしも個々の被験者のパラメータをうまく推定できるわけではないので、個々の被験者のパラメータとしてうまく推定できた値だけを抽出し、θの候補範囲を絞り込む。この絞り込んだ候補範囲に対してグリッドサーチを行い、色々な値を代入して得たL(θ)や∇θL(θ)の数値を選別して(オーバーフローしそうな値や異常値を除去する等)、最終的なθの初期値の範囲を決定する。
【0058】
図11は、事後分布を求めるときに用いる初期値の設定方法を示すフローチャートである。
ステップS11において、被験者ごとの検査データから選別したデータを用いて、容量a
iおよび消失速度b
iを推定する。具体的には、被験者iの3週目の抗体価、8週目の抗体価、13週目の抗体価、26週目の抗体価の散布図を描き、この散布図にMコンパートメントモデル(式M2)の非線形回帰モデルを適用して、容量a
imと消失速度b
imを推定する。また、追加接種後については、被験者iの3週目の抗体価、8週目の抗体価、25週目の抗体価の散布図から、同様の方法により初期値を設定する。
【0059】
ステップS12において、初期値となりうる容量および消失速度の候補を絞り込む。具体的には、ステップS11において推定された容量aiおよび消失速度biのうち、Mコンパートメントモデル(式M2)に当てはめた結果、被験者の検査データとほぼ適合する容量aiおよび消失速度biの群を抽出する。抽出の方法としては、例えば、四分位範囲(IQR)を用いることが可能である。算出された容量と消失速度を順に並べて、第1四分位数と第3四分位数を算出し、四分位範囲(IQR)=第3四分位数―第1四分位数とする。外れ値<第1四分位数―(1.5×IQR)または外れ値>第3四分位数+(1.5×IQR)とし、外れ値となった容量と消失速度を除いたものを抽出する。
【0060】
ステップS13において、抽出された容量aiおよび消失速度biの群の中でグリッドサーチをする。抽出された容量と消失速度の組合せをL(θ)や∇θL(θ)に代入し、L(θ)や∇θL(θ)がオーバーフローしそうな値や異常値を取らない適切な値となる容量と消失速度をθの初期値の範囲として設定する。設定した初期値の範囲から抽出した疑似乱数の組を初期値θ0として設定する。
【0061】
なお、初期値の設定の方法は
図11および上述の方法に限定されない。事後分布が収束するように、初期値の設定の方法を適宜選択することができる。
【0062】
(4モデルの適用結果)
図12は、4モデルの情報量基準(LOOIC: Leave-One-Out Information Criterion)を示す図である。情報量基準の値が最も小さい2コンパートメント型の階層ベイズモデルが、4モデルのうちで適合度がもっともよい。この理由としては、薬物の場合では血中濃度が急激に減少するα相と徐々に血中濃度が下がっていくβ相があるところ、抗体価の減少についても
図4および
図5に13週目の前後で2相ごとの消失の違いをとらえたモデリングが実現できたためと考えられる。このことからは、発明者は、抗体価推移には、Mが1以上のMコンパートメント型の階層ベイズモデルを用いることが適切であると考える。また、1コンパートメント型よりも二重指数型の方が適合度がよい理由は、減衰率が低下していく様子をより適切に考慮できたモデルであったためと考えられる。
図12には、追加接種後の4モデルのLOOICも示している。追加接種後については、情報量基準の値が最も小さい1コンパートメント型の階層ベイズモデルが、4モデルのうちで適合度がもっともよい。この理由としては、追加接種後では、複数回のmRNAワクチン接種によって、微量の抗体産生の反応が定常状態に近づき、減衰率の低下が非常に小さく無視できる大きさとなっており、一定の消失をとらえたモデリングが実現できたためと考えられる。このことからは、発明者は、追加接種後の抗体価推移には、Mが1以上のMコンパートメント型の階層ベイズモデルを用いることが適切であると考える。
【0063】
(予測分布の計算)
図13は、2コンパートメント型の階層ベイズモデルから導出された予測分布の第1例を示す図である。バンドpi1は、抗体価の予測される範囲を示す予測分布に従う値のうち2.5%点から97.5に該当する範囲であり、95%予測区間を示す。グラフg1は、抗体価が閾値50を切る付近を拡大したものである。
【0064】
図13において、検査データに含まれる3週目、8週目、13週目、26週目の値が実測値である。26週目以降のデータは予測値である。バンドpi1は46週目のあたりで閾値50を下回る。
図13の検査データの被験者は、46週のあたりで抗体価が閾値50を下回り、抗体が消失することが予測できる。
【0065】
図14は、2コンパートメント型の階層ベイズモデルから導出された予測分布の第2例を示す図である。
図14は抗体価が初期値で50000程度の値を取った被験者の検査データを用いたものである。3週目、8週目、13週目、26週目の値が実測値であり、26週目以降のデータは予測値である。バンドpi2は95%予測区間を示す。
図14の検査データの被験者は、90週のあたりで抗体価が閾値50を下回ることが予測できる。
【0066】
図15は、2コンパートメント型の階層ベイズモデルから導出された予測分布の第3例を示す図である。
図15はデータが欠測しており3週目のみ実測値がある場合の検査データを用いたものである。バンドpi3は95%予測区間を占めず。
図15の検査データの被験者は、40週のあたりで抗体価が閾値50を下回ることが予測できる。
【0067】
なお、検査対象としたグループの特性、被験者の特性のほか、検査方法によっても抗体価に違いが生じる場合がある。この場合には、所定の関係式を用いて抗体価を補正したうえで予測モデルによる演算をすることによって、適切な予測値を得ることができる。
【0068】
(予測モデルのバリデーション)
図16を用いて、予測モデルのバリデーションについて説明する。
図16は、バリデーションの手法を模式的に示す図である。バリデーションは、内的妥当性の検証と外的妥当性の検証である。
【0069】
内的妥当性の検証は、クロスバリデーション(交差検証)によって行う。
図16(a)は、10分割のクロスバリデーションを説明する図である。まず、第1検査データを時系列に10分割して第1分割データから第10分割データを形成する。試行1では第1分割データをテストデータとし、残りの第2分割データから第10分割データまでをテストデータとする。学習用データを用いて算出した事後分布と、テストデータに含まれる被験者のデータから、3週、8週、13週の抗体価をランダムに1点だけ用い、第1予測分布を導出する。そして、第1予測分布とテストデータとで後述の評価を行う。残りの分割データそれぞれについてもテストデータとした試行2から試行10を行い、結果として導出した予測分布を評価対象とした。評価は、評価(1)として26週時点の予測分布における95%予測区間がテストデータの実測値を含む、評価(2)として予測分布における95%予測区間の下限値が<閾値50となる時点においてテストデータの実測値も<閾値50となる、の2観点で行った。結果として、評価(1)については、97.0%のテストデータが評価観点に該当した。評価(2)については、99.5%のテストデータが評価観点に該当した。
また、追加接種後についても同様の方法により、内的妥当性の検証を実施した。結果として、評価(1)については、93.8%のテストデータが評価観点に該当した。評価(2)については、50を下回った実測値が存在しなかったため、評価できなかった。
【0070】
外的妥当性の検証は、第1検査データから算出された事後分布を用いて導出された予測分布の範囲内に、外部データが含まれるかどうかで行った。外部データとして、発明者が所属する機関とは異なる機関に所属する被検者グループについて測定した検査データ(以下、「第2検査データ」という。)を用いた。
図16(b)は、外部妥当性の検証を説明する図である。
ここで、第1検査データと第2検査データとでは測定キットが異なっていた。第2検査データに用いたBAU/mL単位は、適当な係数を乗算してAU/mL単位に変換した。第1検査データによって構築した予測モデルに、第2検査データの3週目~4週目の抗体価を入力して、第2検査データに基づく予測分布を導出した。評価は、12週時点の95%予測区間が実測値を含む、の観点で行った。結果として、92.3%の検査データで評価観点に該当した。
【0071】
(作用・効果)
本発明のMコンパートメント型の階層ベイズモデルは、被験者数673人の検査データに基づいて予測分布を導出している。このような膨大な検査データに基づく予測分布であるため、個人差等の影響も十分に反映されていると考えられる。またモデルが収束するようデータの選別(前処理)も行われた。こうしたことから他のモデルと比較して検査データへの適合度もよく、内部妥当性および外部妥当性も十分に担保されており、予測精度は大きく改善されている。したがって、本発明を抗体価予測モデルに適用することによって、抗体価の経時的変化を精度よく表すことができ、追加接種やそれ以降の接種が必要になる予測時期を得ることができる。
【0072】
<適用例>
図17から
図19を参照して、本発明の抗体価予測モデルが適用される例を説明する。
図17は、検査データの取得から抗体価予測モデルを用いた予測時期の提示が行われるまでのフローチャートである。
【0073】
ステップS21において、検査データを収集する。検査データには、抗体価のほか、被験者を識別する情報、年齢、性別、検査日時、検査方法、などが含まれる。
【0074】
ステップS22において、検査データから抗体価の減衰の特性を判定する。例えば、抗体価の対数平均をとったうえで、1回目の検査と2回目の検査の間の抗体値の減少割合r1、2回目の検査と3回目の検査の間の抗体値の減少割合r2・・・、n回目の検査と(n+1)回目の検査の間の抗体値の減少割合rn+1について分析する。上述の分析は、年齢、性別、抗体価の初期値、等の観点に分けて行ってもよい。
【0075】
ステップS23において、Mコンパートメント型の階層ベイズモデルを設定する。ここで、Mの値は2に限定されない。例えば、ステップS22における分析に基づいて抗体価減少がどのような変化を持つか判定し、判定の結果にもとづいてMの値を設定してもよい。
【0076】
ステップS24において、Mコンパートメントモデルのパラメータの初期値を設定する。設定方法としては、
図11に示す方法を適用することが可能である。
【0077】
ステップS25において、Mコンパートメントモデルのパラメータの事後分布を算出する。第1実施形態においては、リープフロッグ積分を用いてハミルトニアン・モンテカルロ法により事後分布を算出したが、算出方法はこれに限定されない。
【0078】
ステップS26において、追加接種またはそれ以降の接種予定者のデータを入力する。入力されるデータには、直近のワクチン接種日、抗体価を検査した日、抗体価、抗体検査の方法、などが含まれる。
【0079】
ステップS27において、入力したデータから抗体価予測モデルによる演算を行う。ステップS27では、追加接種またはそれ以降の接種予定者の抗体価の予測分布と予測区間が算出される。予測区間としては、例えば、95%予測区間を用いることができる。
【0080】
ステップS28において、追加接種またはそれ以降の接種の予測時期を出力する。追加接種またはそれ以降の接種の予測時期としては、予測区間が抗体価の閾値50を下回る点を追加接種またはそれ以降の接種の予測時期とする。なお、閾値の値は50に限定されず、適宜選択することが可能である。
【0081】
上述のフローチャートは、例えば、サーバとクライアントデバイスを含むネットワークシステムにおいて実施することが可能である。
図18は、本発明が適用されるネットワークシステムの一例を示す図である。ネットワークシステム20は、サーバ21とクライアントデバイス23とデータベース22を含む。サーバ21とクライアントデバイス23とデータベース22は、ネットワーク24を通じて接続している。ネットワーク24には、任意の通信機器が接続しうる。
【0082】
サーバ21は、出力装置、入力装置、記憶装置、制御装置、演算装置を備えるコンピュータである。クライアントデバイス23から受けた依頼と要求(リクエスト)に対して、サーバ21は応答(レスポンス)をしてサービスを提供する。また、サーバ21は、データベース22から検査データの提供を受け、検査データに基づいて抗体価の予測モデルを構築する。
図18に示されたサーバ21は1つであるが、複数のサーバを備える構成であってもよい。
【0083】
データベース22は、検査データを蓄積する記憶装置である。ネットワーク24を通じて、検査機関および医療機関から検査データを受信し、蓄積する。また、データベース22は、サーバ21から検査データを提供することもできる。また、データベース22は、クライアントデバイス23からワクチンの接種記録や抗体価の検査データを受信し蓄積することもできる。
図18に示されたデータベース22は1つであるが、複数のデータベースを備える構成であってもよい。
【0084】
クライアントデバイス23は、スマートフォン、パーソナルコンピュータなどの情報通信機器を含む。任意の数のクライアントデバイスが、ネットワーク24を通じて接続しうる。
【0085】
ネットワークは、イーサネット、企業規模のコンピュータネットワーク、イントラネット、インターネット、ローカルエリアネットワーク(LAN)、広域ネットワーク(WAN)、または他のコンピュータネットワークを含むことができる。任意のネットワークを含むことができる。
【0086】
クライアントデバイス23に追加接種またはそれ以降の接種の予測時期を出力し表示する場合、サーバ・クライアント方式や、クライアントデバイス23のスタンドアロン方式とすることが考えられる。サーバ・クライアント方式の場合、クライアントデバイス23がリクエストとしてステップS26を行い、サーバ21がそのほかのステップS21~S25、S27をおこなう。スタンドアロン方式とする場合、サーバ21によって算出された事後分布(ステップS25)をクライアントデバイス23へ送付し、クライアントデバイス23がステップS26~ステップS28を行う。
【0087】
図19は、クライアントデバイス23の表示例を示す図である。クライアントデバイス23として、タッチパネルを持つスマートフォンを一例として示す。
【0088】
図19(a)を参照して説明する。入力フィールド231は、ワクチン接種日の入力を受け付ける。追加接種またはそれ以降の接種予定者は、ワクチン接種日を入力する。入力フィールド232は、抗体価を検査した日の入力を受け付ける。入力フィールド233は、抗体検査の方法を入力する。たとえば、検査方法ごとに抗体価の測定単位が異なる場合、抗体検査の方法の情報に基づいて、抗体値の単位が変換される。入力フィールド234は、検査で判明した抗体価の入力を受け付ける。入力フィールド231から234に入力したうえで実行ボタン235をタップすると、テキスト表示236に追加接種またはそれ以降の接種の予測時期が表示される。
【0089】
図19(a)とは別の例を
図19(b)に示す。本発明が適用されるシステムを模式的に示す図である。以下の説明において、同一又は同等の構成要素については同一の符号を付し、その説明を簡略又は省略する。
【0090】
図19(b)において、抗体価の推移がグラフ表示237に示される。抗体価の推移を視覚的に示し、ユーザにより認識しやすくする。
【0091】
ここではスマートフォンを例示したが、クライアントデバイスはこれに限られない。パーソナルコンピュータやタブレットPCでもよい。また、入力フィールド231から234への入力は、タッチパネルインターフェースに限定されない。接種記録が保存されたICカードや記録媒体から必要な情報を入力することとしてもよい。
【0092】
(作用・効果)
従来、追加接種やそれ以降の接種の時期は年齢や既往の有無、居住地ごとに定められており、必要な時期に追加接種やそれ以降の接種をすることができなかった。また、追加接種やそれ以降の接種の時期になると希望者が殺到し、所望のタイミングで追加接種やそれ以降の接種をすることができなかった。これに対し、本発明の適用例では、個人ごとに高い予測精度で抗体価が閾値を下回る時期を予測し、予測時期を提示することができる。これにより、必要な時期に追加接種やそれ以降の接種を受けることが可能となり、また、追加接種やそれ以降の接種の時期が集中するのを緩和されることも期待される。
【0093】
以上、本発明の実施の形態について説明したが、本発明は、上述した実施の形態に限定されるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲において種々の変更が可能である。
【符号の説明】
【0094】
20 ネットワークシステム、21 サーバ、22 データベース、
23 クライアントデバイス、24 ネットワーク、
231~234 入力フィールド、235 実行ボタン、
236 テキスト表示、237 グラフ表示