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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023169439
(43)【公開日】2023-11-30
(54)【発明の名称】抗ヒトTRPV2抗体
(51)【国際特許分類】
   C07K 16/28 20060101AFI20231122BHJP
   C12N 15/12 20060101ALI20231122BHJP
   C12N 15/13 20060101ALI20231122BHJP
   C07K 16/46 20060101ALI20231122BHJP
   A61P 9/00 20060101ALI20231122BHJP
   A61P 21/00 20060101ALI20231122BHJP
   A61P 9/10 20060101ALI20231122BHJP
   A61P 9/06 20060101ALI20231122BHJP
   A61P 9/04 20060101ALI20231122BHJP
   A61P 43/00 20060101ALI20231122BHJP
   A61K 39/395 20060101ALI20231122BHJP
   G01N 33/53 20060101ALI20231122BHJP
   G01N 33/531 20060101ALI20231122BHJP
【FI】
C07K16/28 ZNA
C12N15/12
C12N15/13
C07K16/46
A61P9/00
A61P21/00
A61P9/10
A61P9/06
A61P9/10 101
A61P9/04
A61P43/00 111
A61K39/395 N
G01N33/53 D
G01N33/531 A
【審査請求】未請求
【請求項の数】26
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2020136837
(22)【出願日】2020-08-13
【公序良俗違反の表示】
(特許庁注:以下のものは登録商標)
1.TWEEN
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成29年度、国立研究開発法人日本医療研究開発機構、「創薬支援推進事業」「TRPV2を標的とした筋変性疾患新規治療薬の探索」委託研究開発、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(71)【出願人】
【識別番号】510094724
【氏名又は名称】国立研究開発法人国立循環器病研究センター
(71)【出願人】
【識別番号】000002912
【氏名又は名称】住友ファーマ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100080791
【弁理士】
【氏名又は名称】高島 一
(74)【代理人】
【識別番号】100136629
【弁理士】
【氏名又は名称】鎌田 光宜
(74)【代理人】
【識別番号】100125070
【弁理士】
【氏名又は名称】土井 京子
(74)【代理人】
【識別番号】100121212
【弁理士】
【氏名又は名称】田村 弥栄子
(74)【代理人】
【識別番号】100174296
【弁理士】
【氏名又は名称】當麻 博文
(74)【代理人】
【識別番号】100137729
【弁理士】
【氏名又は名称】赤井 厚子
(74)【代理人】
【識別番号】100151301
【弁理士】
【氏名又は名称】戸崎 富哉
(74)【代理人】
【識別番号】100179039
【弁理士】
【氏名又は名称】伊藤 洋介
(72)【発明者】
【氏名】岩田 裕子
(72)【発明者】
【氏名】吉田 耕三
(72)【発明者】
【氏名】長谷崎 拓也
(72)【発明者】
【氏名】高田 宜則
(72)【発明者】
【氏名】橋本 雅一
【テーマコード(参考)】
4C085
4H045
【Fターム(参考)】
4C085AA14
4C085BB36
4C085CC23
4C085EE01
4C085GG02
4C085GG03
4C085GG04
4C085GG08
4H045AA11
4H045AA20
4H045AA30
4H045BA10
4H045CA42
4H045DA76
4H045EA23
4H045FA74
(57)【要約】
【課題】ヒトTRPV2の細胞外ドメインをエピトープとして認識する、抗ヒトTRPV2抗体またはその断片を提供すること。
【解決手段】ヒトTRPV2の細胞外ドメインをエピトープとして認識する、抗ヒトTRPV2モノクローナル抗体またはその断片。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
ヒトTRPV2の細胞外ドメインをエピトープとして認識する、抗ヒトTRPV2モノクローナル抗体またはその断片。
【請求項2】
ヒトTRPV2の細胞外ドメインをエピトープとして認識し、TRPV2の活性を特異的に阻害する、請求項1に記載のモノクローナル抗体またはその断片。
【請求項3】
ヒトTRPV2の細胞外ドメインのうち、第5膜貫通領域と第6膜貫通領域との間のアミノ酸配列から選択される少なくとも5個以上のアミノ酸配列を含む領域をエピトープとして認識し、TRPV2の活性を特異的に阻害する、請求項1または2に記載のモノクローナル抗体またはその断片。
【請求項4】
ヒトTRPV2の細胞外ドメインのうち、第1膜貫通領域と第2膜貫通領域との間のアミノ酸配列から選択される少なくとも5個以上のアミノ酸配列を含む領域をエピトープとして認識し、TRPV2の活性を特異的に阻害する、請求項1に記載のモノクローナル抗体またはその断片。
【請求項5】
ヒトTRPV2の細胞外ドメインのうち、以下:
1)配列番号2で示されるアミノ酸配列から選択される少なくとも5個以上の連続するアミノ酸配列を含む領域をエピトープとして認識し、TRPV2の活性を特異的に阻害するか、または
2)配列番号2で示されるアミノ酸配列のうち1~2個のアミノ酸が置換、付加、もしくは欠失したアミノ酸配列から選択される少なくとも5個以上の連続するアミノ酸配列を含む領域をエピトープとして認識し、TRPV2の活性を特異的に阻害する、
請求項1~3のいずれか一項に記載のモノクローナル抗体またはその断片。
【請求項6】
ヒトTRPV2の細胞外ドメインのうち、
1)配列番号3で示されるアミノ酸配列を含む領域をエピトープとして認識し、TRPV2の活性を特異的に阻害するか、または
2)配列番号3で示されるアミノ酸配列のうち1~2個のアミノ酸が置換、付加、もしくは欠失したアミノ酸配列を含む領域をエピトープとして認識し、TRPV2の活性を特異的に阻害する、
請求項1~3または5のいずれか一項に記載のモノクローナル抗体またはその断片。
【請求項7】
ヒトTRPV2の細胞外ドメインのうち、配列番号3で示されるアミノ酸配列をエピトープとして認識し、TRPV2の活性を特異的に阻害する、請求項1~3、5、または6のいずれか一項に記載のモノクローナル抗体またはその断片。
【請求項8】
ヒト化抗体である、請求項1~7のいずれか一項に記載のモノクローナル抗体またはその断片。
【請求項9】
重鎖可変領域が、以下:
(i)配列番号4で示されるアミノ酸配列を含むCDR1
(ii)配列番号5で示されるアミノ酸配列を含むCDR2、および
(iii)配列番号6で示されるアミノ酸配列を含むCDR3
を含み、
軽鎖可変領域が、以下:
(iv)配列番号7で示されるアミノ酸配列を含むCDR1
(v)RMSで示されるアミノ酸配列を含むCDR2、および
(vi)配列番号8で示されるアミノ酸配列を含むCDR3
を含む、請求項1~3、5~8のいずれか一項に記載のモノクローナル抗体またはその断片。
【請求項10】
重鎖可変領域が、以下:
(i)配列番号9で示されるアミノ酸配列を含むCDR1
(ii)配列番10で示されるアミノ酸配列を含むCDR2、および
(iii)配列番号11で示されるアミノ酸配列を含むCDR3
を含み、
軽鎖可変領域が、以下:
(iv)配列番号12で示されるアミノ酸配列を含むCDR1
(v)WASで示されるアミノ酸配列を含むCDR2、および
(vi)配列番号13で示されるアミノ酸配列を含むCDR3
を含む、請求項1に記載のモノクローナル抗体またはその断片。
【請求項11】
重鎖可変領域が、配列番号14で示されるアミノ酸配列と少なくとも95%同一のアミノ酸配列であり、軽鎖可変領域が、配列番号15で示されるアミノ酸配列と少なくとも95%同一のアミノ酸配列である、請求項1~3、5~8のいずれか一項に記載のモノクローナル抗体またはその断片。
【請求項12】
重鎖可変領域が、配列番号16で示されるアミノ酸配列と少なくとも95%同一のアミノ酸配列であり、軽鎖可変領域が、配列番号17で示されるアミノ酸配列と少なくとも95%同一のアミノ酸配列である、請求項1に記載のモノクローナル抗体またはその断片。
【請求項13】
請求項1~3、5~9および11のいずれか一項に記載の抗ヒトTRPV2モノクローナル抗体またはその断片を含む、筋疾患および/または心疾患の治療剤または予防剤。
【請求項14】
筋疾患が、ICD10におけるG70-G73の神経筋接合部および筋の疾患またはM60-M63の筋障害であり、心疾患が、ICD10におけるI20-I25の虚血性心疾患またはI30-I52のその他の型の心疾患である、請求項13に記載の治療剤または予防剤。
【請求項15】
筋疾患が、ICD10におけるG71の原発性筋障害またはM62のその他の筋障害であり、心疾患が、ICD10におけるI20の狭心症、I21の急性心筋梗塞、I22の再発性心筋梗塞、I23の急性心筋梗塞の続発合併症、I24のその他の急性虚血性心疾患、I25の慢性虚血性心疾患、I30の急性心膜炎、I31の心膜のその他の疾患、I32の他に分類される疾患における心膜炎、I33の急性および亜急性心内膜炎、I34の非リウマチ性僧帽弁障害、I35の非リウマチ性大動脈弁障害、I36の非リウマチ性三尖弁障害、I37の肺動脈弁障害、I38の心内膜炎(弁膜不詳)、I39の他に分類される疾患における心内膜炎および心弁膜障害、I40の急性心筋炎、I41の他に分類される疾患における心筋炎、I42の心筋症、I43の他に分類される疾患における心筋症、I44の房室ブロックおよび左脚ブロック、I45のその他の伝導障害、I46の心停止、I47の発作性頻拍(症)、I48の心房細動および粗動、I49のその他の不整脈、I50の心不全、I51の心疾患の合併症および診断名不明確な心疾患の記載、またはI52の他に分類される疾患におけるその他の心臓障害である、請求項13に記載の治療剤または予防剤。
【請求項16】
筋疾患が、ICD10におけるG71.0の筋ジストロフィー、G71.1の筋強直性障害、G71.2の先天性ミオパチシー、G71.3のミトコンドリア性ミオパチシー(他に分類されないもの)、G71.8のその他の原発性筋障害、G71.9の詳細不明な原発性筋障害、M62.0の筋離解、M62.1のその他の筋断裂(非外傷性)、M62.2の筋の阻血性梗塞、M62.3の移動不能症候群(対麻痺性)、M62.4の筋拘縮、M62.5の筋の消耗および萎縮(他に分類されないもの)、M62.6の筋ストレイン、M62.8のその他の明示された筋障害、M62.9の詳細不明な筋障害であり、心疾患が、ICD10におけるI21.0の前壁の急性貫壁性心筋梗塞、I21.1の下壁の急性貫壁性心筋梗塞 、I21.2のその他の部位の急性貫壁性心筋梗塞、I21.3の急性貫壁性心筋梗塞(部位不明)、I21.4の急性心内膜下心筋梗塞、I21.9の急性心筋梗塞(詳細不明)、I25.0のアテローム<じゅく<粥>状>硬化性心血管疾患と記載されたもの、I25.1のアテローム<じゅく<粥>状>硬化性心疾患、I25.2の陳旧性心筋梗塞、I25.3の心室瘤、I25.4の冠(状)動脈瘤、I25.5の虚血性心筋症、I25.6の無痛性<無症候性>心筋虚血、I25.8のその他の型の慢性虚血性心疾患、I25.9の慢性虚血性心疾患(詳細不明)、I42.0の拡張型心筋症、I42.1の閉塞性肥大型心筋症、I42.2のその他の肥大型心筋症、I42.3の心内膜心筋(好酸球性)疾患、I42.4の心内膜線維弾性症、I42.5のその他の拘束型心筋症、I42.6のアルコール性心筋症、I42.7の薬物およびその他の外的因子による心筋症、I42.8のその他の心筋症、I42.9の心筋症(詳細不明)、I50.0のうっ血性心不全、I50.1の左室不全、またはI50.9の心不全(詳細不明)である、請求項13に記載の治療剤または予防剤。
【請求項17】
筋疾患が、ICD10におけるG71.0の筋ジストロフィーであり、心疾患が、I21.9の急性心筋梗塞(詳細不明)、I42.0の拡張型心筋症、またはI50.1の左室不全である、請求項13に記載の治療剤または予防剤。
【請求項18】
筋疾患および/または心疾患が、ICD10におけるG71.0の筋ジストロフィーである、請求項13に記載の治療剤または予防剤。
【請求項19】
筋疾患および/または心疾患が、ICD10におけるI21.9の急性心筋梗塞(詳細不明)、I42.0の拡張型心筋症、またはI50.1左室不全である、請求項13に記載の治療剤または予防剤。
【請求項20】
請求項1~19のいずれか一項に記載の抗ヒトTRPV2モノクローナル抗体またはその断片を含む、筋疾患および/または心疾患の診断薬。
【請求項21】
請求項10または12に記載の抗ヒトTRPV2モノクローナル抗体またはその断片を含む、筋疾患および/または心疾患の診断薬。
【請求項22】
請求項1~12のいずれか一項に記載の抗体またはその断片を含む、筋疾患および/または心疾患の診断用キット。
【請求項23】
筋疾患が、ICD10におけるG70-G73の神経筋接合部および筋の疾患またはM60-M63の筋障害であり、ならびに心疾患が、ICD10におけるI20-I25の虚血性心疾患またはI30-I52のその他の型の心疾患である、請求項20に記載の診断用キット。
【請求項24】
筋疾患および/または心疾患の診断を補助する方法であって、以下:
(i)請求項1~12のいずれか一項に記載のモノクローナル抗体またはその断片を用いて、被検動物より採取した試料中のTRPV2の発現量を定量する工程、
(ii)(i)で定量したTRPV2の発現量を、健常動物より採取した試料中のTRPV2の発現量(対照値)と比較する工程、および
(iii)(ii)の結果に基づき、(i)で定量したTRPV2の発現量が、対照値よりも大きい場合に、前記被験動物が筋疾患および/または心疾患に罹患している、または現在筋疾患および/または心疾患に罹患している可能性、もしくは将来、筋疾患および/または心疾患に罹患する可能性があると判定する工程
を含む、方法。
【請求項25】
筋疾患および/または心疾患の進行度の診断を補助する方法であって、以下:
(i)請求項1~12のいずれか一項に記載のモノクローナル抗体またはその断片を用いて、筋疾患および/または心疾患に罹患している、または罹患している可能性がある被検動物より採取した試料中のTRPV2の発現量を定量する工程、
(ii)(i)で定量したTRPV2の発現量を、特定の進行度にある筋疾患および/または心疾患に罹患した動物から採取した試料中のTRPV2の発現量(対照値)と比較する工程、および
(iii)(ii)の結果に基づき、(i)で定量したTRPV2の発現量が、対照値よりも大きい場合に、前記被験動物の筋疾患および/または心疾患の進行度が、対照とした該疾患に罹患した動物の進行度よりも高い、または筋疾患および/または心疾患に罹患している可能性が高いと判断し、対照値よりも小さい場合に、前記被験動物の筋疾患および/または心疾患が改善している、または筋疾患および/または心疾患に罹患していない可能性が高いと判断する工程
を含む、方法。
【請求項26】
筋疾患および/または心疾患の進行度の診断を補助する方法であって、以下:
(i)請求項1~12のいずれか一項に記載のモノクローナル抗体またはその断片を用いて、筋疾患および/または心疾患に罹患している、または罹患している可能性がある被検動物より採取した試料中のTRPV2の発現量を定量する工程、
(ii)(i)で定量したTRPV2の発現量を、該被検動物より過去に採取した試料中のTRPV2の発現量(対照値)と比較する工程、および
(iii)(ii)の結果に基づき、(i)で定量したTRPV2の発現量が、対照値よりも大きい場合に、前記被験動物の筋疾患および/または心疾患が進行している、または筋疾患および/または心疾患に罹患している可能性が高いと判断し、対照値よりも小さい場合に、前記被験動物の筋疾患および/または心疾患が改善している、または筋疾患および/または心疾患に罹患していない可能性が高いと判断する工程
を含む、方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、Ca2+チャネルであるTRPV2(transient receptor potential cation channel, subfamily V, member 2)の、細胞外ドメインをエピトープとして認識する、抗ヒトTRPV2抗体またはその断片に関する。さらには、当該抗ヒトTRPV2抗体またはその断片を含むヒトTRPV2阻害剤等に関する。
【背景技術】
【0002】
Trp(transient receptor potential)遺伝子産物スーパーファミリーは、哺乳類ではTRPC(7種)、TRPV(6種)、TRPM(8種)、TRPA(1種)、TRPP(4種)、TRPML(3種)の6ファミリーに分類され、いずれも形質膜を6回貫通するイオンチャネルであり、主としてCa2+を通過させる。細胞膜に存在する多くのイオンチャネルはそれぞれに異なったチャネル特性を有し、これらに特異的に反応する薬物をスクリーニングするためには、それらに適合したアッセイ系を使用する必要がある。これは、細胞応答が比較的限定されるGタンパク質共役型受容体(GPCR)とは大きく異なる点である。
【0003】
TRPV2はストレッチ活性化Ca2+チャネルであり(非特許文献1-3)、正常組織では細胞内膜系に存在するが、筋ジストロフィー、心筋症などの疾患に伴って細胞膜に移行し、活性化されて細胞内への異常なCa2+流入に寄与する(非特許文献2、4)。TRPV2を特異的に阻害する薬剤は変性を起こした筋肉および/または心筋に作用し、変性を軽減すると考えられ、筋疾患や心疾患の治療・症状緩和効果がある可能性があり、開発が期待されている。
【0004】
従来のストレッチ感受性Ca2+チャネルのブロッカーとして用いられているガドリニウムは、Ca2+チャネル全般に作用すると考えられ、ルテニウムレッドは、TRPVファミリー(TRPV1~TRPV6)全般に作用すると考えられ、いずれも非特異的な薬物である(非特許文献5、6)。TRPV2を特異的に阻害し得る低分子化合物が、特許文献1において開示されているが、ヒトのTRPV2エピトープを認識する抗体とは技術が異なる。マウスのTRPV2配列を認識しTRPV2の活性を特異的に阻害する機能を有する抗体が特許文献2に開示されているが、ヒトTRPV2の配列を認識する抗体や、ヒトTRPV2の配列を認識し、且つTRPV2の活性を特異的に阻害する機能を有する抗体の製造例は知られていない。
【0005】
また、TRPV2に反応性を有する抗体として抗ラットTRPV2ポリクローナル抗体が市販されている(KM019、製造元:株式会社トランスジェニック)。かかる抗体は、TRPV2のC末端の部分ペプチドを免疫原としたもので細胞内ドメインを認識するものであり、その用途は、免疫組織化学的な解析であり、TRPV2の活性阻害については如何なる開示もない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2009-149534号公報
【特許文献2】特許第5754039号公報
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】Circulation Research; 93: 829-838(2003)
【非特許文献2】J. Cell Biology; 161(5): 957-967(2003)
【非特許文献3】J. Endocrinology; 191: 515-523(2006)
【非特許文献4】Hum Mol Genet.; 18(5): 824-834(2009)
【非特許文献5】J. Neuroscience; 28(24): 6231-6238(2008)
【非特許文献6】Diabetologia; 51: 2252-2262(2008)
【非特許文献7】Cardiovasc Res; 99: 760-768(2013)
【非特許文献8】Intern Med; 57: 311-318(2018)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、ヒトTRPV2(以下、hTRPV2と記載することもある。)の細胞外ドメインをエピトープとして認識する抗ヒトTRPV2抗体およびその断片、ならびにヒトTRPV2の細胞外ドメインをエピトープとして認識し、且つヒトTRPV2の活性を特異的に阻害する機能を有する、抗ヒトTRPV2抗体またはその断片を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、上記課題を解決するために、まず、マウスのTRPV2配列を認識しTRPV2の活性を特異的に阻害する機能を有する抗体の発明に関する先行技術文献である特許第5754039号公報の実施例等の内容から類推される実験を設計し、該実施例から想定できる異なる免疫原(細胞あるいはペプチド)を複数作製し、所望する抗ヒトTRPV2抗体の取得を試みた。
しかしながら、先行技術文献等の内容から類推できる範囲では、所望するヒトTRPV2の細胞外ドメインをエピトープとして認識する抗ヒトTRPV2抗体や、ヒトTRPV2の細胞外ドメインをエピトープとして認識し、且つヒトTRPV2の活性を特異的に阻害する機能を有する、抗ヒトTRPV2抗体の取得には至らなかった。
上記結果を受け、本発明者らは、ファージディスプレイ法で特定の物質(カンナビジオール)で刺激することにより高効率に細胞膜上にヒトTRPV2を発現させた、ヒトTRPV2発現用細胞による免疫を行った動物から作製したライブラリーを用いることを着想し、鋭意研究を重ねた。その結果、所望するヒトTRPV2の細胞外ドメインをエピトープとして認識する抗ヒトTRPV2抗体や、ヒトTRPV2の細胞外ドメインをエピトープとして認識し、且つヒトTRPV2の活性を特異的に阻害する機能を有する、抗ヒトTRPV2抗体の取得を確認し、本発明を完成するに至った。すなわち本発明は、以下に関する:
〔1〕ヒトTRPV2の細胞外ドメインをエピトープとして認識する、抗ヒトTRPV2モノクローナル抗体またはその断片。
〔2〕ヒトTRPV2の細胞外ドメインをエピトープとして認識し、TRPV2の活性を特異的に阻害する、〔1〕に記載のモノクローナル抗体またはその断片。
〔3〕ヒトTRPV2の細胞外ドメインのうち、第5膜貫通領域と第6膜貫通領域との間のアミノ酸配列から選択される少なくとも5個以上のアミノ酸配列を含む領域をエピトープとして認識し、TRPV2の活性を特異的に阻害する、〔1〕または〔2〕に記載のモノクローナル抗体またはその断片。
〔4〕ヒトTRPV2の細胞外ドメインのうち、第1膜貫通領域と第2膜貫通領域との間のアミノ酸配列から選択される少なくとも5個以上のアミノ酸配列を含む領域をエピトープとして認識し、TRPV2の活性を特異的に阻害する、〔1〕に記載のモノクローナル抗体またはその断片。
〔5〕ヒトTRPV2の細胞外ドメインのうち、以下:
1)配列番号2で示されるアミノ酸配列から選択される少なくとも5個以上の連続するアミノ酸配列を含む領域をエピトープとして認識し、TRPV2の活性を特異的に阻害するか、または
2)配列番号2で示されるアミノ酸配列のうち1~2個のアミノ酸が置換、付加、もしくは欠失したアミノ酸配列から選択される少なくとも5個以上の連続するアミノ酸配列を含む領域をエピトープとして認識し、TRPV2の活性を特異的に阻害する、
〔1〕~〔3〕のいずれか一つに記載のモノクローナル抗体またはその断片。
〔6〕ヒトTRPV2の細胞外ドメインのうち、
1)配列番号3で示されるアミノ酸配列を含む領域をエピトープとして認識し、TRPV2の活性を特異的に阻害するか、または
2)配列番号3で示されるアミノ酸配列のうち1~2個のアミノ酸が置換、付加、もしくは欠失したアミノ酸配列を含む領域をエピトープとして認識し、TRPV2の活性を特異的に阻害する、
〔1〕~〔3〕または〔5〕のいずれか一つに記載のモノクローナル抗体またはその断片。
〔7〕ヒトTRPV2の細胞外ドメインのうち、配列番号3で示されるアミノ酸配列をエピトープとして認識し、TRPV2の活性を特異的に阻害する、〔1〕~〔3〕、〔5〕、または〔6〕のいずれか一つに記載のモノクローナル抗体またはその断片。
〔8〕ヒト化抗体である、〔1〕~〔7〕のいずれか一つに記載のモノクローナル抗体またはその断片。
〔9〕重鎖可変領域が、以下:
(i)配列番号4で示されるアミノ酸配列を含むCDR1
(ii)配列番号5で示されるアミノ酸配列を含むCDR2、および
(iii)配列番号6で示されるアミノ酸配列を含むCDR3
を含み、
軽鎖可変領域が、以下:
(iv)配列番号7で示されるアミノ酸配列を含むCDR1
(v)RMSで示されるアミノ酸配列を含むCDR2、および
(vi)配列番号8で示されるアミノ酸配列を含むCDR3
を含む、〔1〕~〔3〕、〔5〕~〔8〕のいずれか一つに記載のモノクローナル抗体またはその断片。
〔10〕重鎖可変領域が、以下:
(i)配列番号9で示されるアミノ酸配列を含むCDR1
(ii)配列番10で示されるアミノ酸配列を含むCDR2、および
(iii)配列番号11で示されるアミノ酸配列を含むCDR3
を含み、
軽鎖可変領域が、以下:
(iv)配列番号12で示されるアミノ酸配列を含むCDR1
(v)WASで示されるアミノ酸配列を含むCDR2、および
(vi)配列番号13で示されるアミノ酸配列を含むCDR3
を含む、〔1〕に記載のモノクローナル抗体またはその断片。
〔11〕重鎖可変領域が、配列番号14で示されるアミノ酸配列と少なくとも95%同一のアミノ酸配列であり、軽鎖可変領域が、配列番号15で示されるアミノ酸配列と少なくとも95%同一のアミノ酸配列である、〔1〕~〔3〕、〔5〕~〔8〕のいずれか一つに記載のモノクローナル抗体またはその断片。
〔12〕重鎖可変領域が、配列番号16で示されるアミノ酸配列と少なくとも95%同一のアミノ酸配列であり、軽鎖可変領域が、配列番号17で示されるアミノ酸配列と少なくとも95%同一のアミノ酸配列である、〔1〕に記載のモノクローナル抗体またはその断片。
〔13〕〔1〕~〔3〕、〔5〕~〔9〕および〔11〕のいずれか一つに記載の抗ヒトTRPV2モノクローナル抗体またはその断片を含む、筋疾患および/または心疾患の治療剤または予防剤。
〔14〕筋疾患が、ICD10におけるG70-G73の神経筋接合部および筋の疾患またはM60-M63の筋障害であり、心疾患が、ICD10におけるI20-I25の虚血性心疾患またはI30-I52のその他の型の心疾患である、〔13〕に記載の治療剤または予防剤。
〔15〕筋疾患が、ICD10におけるG71の原発性筋障害またはM62のその他の筋障害であり、心疾患が、ICD10におけるI20の狭心症、I21の急性心筋梗塞、I22の再発性心筋梗塞、I23の急性心筋梗塞の続発合併症、I24のその他の急性虚血性心疾患、I25の慢性虚血性心疾患、I30の急性心膜炎、I31の心膜のその他の疾患、I32の他に分類される疾患における心膜炎、I33の急性および亜急性心内膜炎、I34の非リウマチ性僧帽弁障害、I35の非リウマチ性大動脈弁障害、I36の非リウマチ性三尖弁障害、I37の肺動脈弁障害、I38の心内膜炎(弁膜不詳)、I39の他に分類される疾患における心内膜炎および心弁膜障害、I40の急性心筋炎、I41の他に分類される疾患における心筋炎、I42の心筋症、I43の他に分類される疾患における心筋症、I44の房室ブロックおよび左脚ブロック、I45のその他の伝導障害、I46の心停止、I47の発作性頻拍(症)、I48の心房細動および粗動、I49のその他の不整脈、I50の心不全、I51の心疾患の合併症および診断名不明確な心疾患の記載、またはI52の他に分類される疾患におけるその他の心臓障害である、〔13〕に記載の治療剤または予防剤。
〔16〕筋疾患が、ICD10におけるG71.0の筋ジストロフィー、G71.1の筋強直性障害、G71.2の先天性ミオパチシー、G71.3のミトコンドリア性ミオパチシー(他に分類されないもの)、G71.8のその他の原発性筋障害、G71.9の詳細不明な原発性筋障害、M62.0の筋離解、M62.1のその他の筋断裂(非外傷性)、M62.2の筋の阻血性梗塞、M62.3の移動不能症候群(対麻痺性)、M62.4の筋拘縮、M62.5の筋の消耗および萎縮(他に分類されないもの)、M62.6の筋ストレイン、M62.8のその他の明示された筋障害、M62.9の詳細不明な筋障害であり、心疾患が、ICD10におけるI21.0の前壁の急性貫壁性心筋梗塞、I21.1の下壁の急性貫壁性心筋梗塞 、I21.2のその他の部位の急性貫壁性心筋梗塞、I21.3の急性貫壁性心筋梗塞(部位不明)、I21.4の急性心内膜下心筋梗塞、I21.9の急性心筋梗塞(詳細不明)、I25.0のアテローム<じゅく<粥>状>硬化性心血管疾患と記載されたもの、I25.1のアテローム<じゅく<粥>状>硬化性心疾患、I25.2の陳旧性心筋梗塞、I25.3の心室瘤、I25.4の冠(状)動脈瘤、I25.5の虚血性心筋症、I25.6の無痛性<無症候性>心筋虚血、I25.8のその他の型の慢性虚血性心疾患、I25.9の慢性虚血性心疾患(詳細不明)、I42.0の拡張型心筋症、I42.1の閉塞性肥大型心筋症、I42.2のその他の肥大型心筋症、I42.3の心内膜心筋(好酸球性)疾患、I42.4の心内膜線維弾性症、I42.5のその他の拘束型心筋症、I42.6のアルコール性心筋症、I42.7の薬物およびその他の外的因子による心筋症、I42.8のその他の心筋症、I42.9の心筋症(詳細不明)、I50.0のうっ血性心不全、I50.1の左室不全、またはI50.9の心不全(詳細不明)である、〔13〕に記載の治療剤または予防剤。
〔17〕筋疾患が、ICD10におけるG71.0の筋ジストロフィーであり、心疾患が、I21.9の急性心筋梗塞(詳細不明)、I42.0の拡張型心筋症、またはI50.1の左室不全である、〔13〕に記載の治療剤または予防剤。
〔18〕筋疾患および/または心疾患が、ICD10におけるG71.0の筋ジストロフィーである、〔13〕に記載の治療剤または予防剤。
〔19〕筋疾患および/または心疾患が、ICD10におけるI21.9の急性心筋梗塞(詳細不明)、I42.0の拡張型心筋症、またはI50.1左室不全である、〔13〕に記載の治療剤または予防剤。
〔20〕〔1〕~〔19〕のいずれか一つに記載の抗ヒトTRPV2モノクローナル抗体またはその断片を含む、筋疾患および/または心疾患の診断薬。
〔21〕〔10〕または〔12〕に記載の抗ヒトTRPV2モノクローナル抗体またはその断片を含む、筋疾患および/または心疾患の診断薬。
〔22〕〔1〕~〔12〕のいずれか一つに記載の抗体またはその断片を含む、筋疾患および/または心疾患の診断用キット。
〔23〕筋疾患が、ICD10におけるG70-G73の神経筋接合部および筋の疾患またはM60-M63の筋障害であり、ならびに心疾患が、ICD10におけるI20-I25の虚血性心疾患またはI30-I52のその他の型の心疾患である、〔20〕に記載の診断用キット。
〔24〕筋疾患および/または心疾患の診断を補助する方法であって、以下:
(i)〔1〕~〔12〕のいずれか一つに記載のモノクローナル抗体またはその断片を用いて、被検動物より採取した試料中のTRPV2の発現量を定量する工程、
(ii)(i)で定量したTRPV2の発現量を、健常動物より採取した試料中のTRPV2の発現量(対照値)と比較する工程、および
(iii)(ii)の結果に基づき、(i)で定量したTRPV2の発現量が、対照値よりも大きい場合に、前記被験動物が筋疾患および/または心疾患に罹患している、または現在筋疾患および/または心疾患に罹患している可能性、もしくは将来、筋疾患および/または心疾患に罹患する可能性があると判定する工程
を含む、方法。
〔25〕筋疾患および/または心疾患の進行度の診断を補助する方法であって、以下:
(i)〔1〕~〔12〕のいずれか一つに記載のモノクローナル抗体またはその断片を用いて、筋疾患および/または心疾患に罹患している、または罹患している可能性がある被検動物より採取した試料中のTRPV2の発現量を定量する工程、
(ii)(i)で定量したTRPV2の発現量を、特定の進行度にある筋疾患および/または心疾患に罹患した動物から採取した試料中のTRPV2の発現量(対照値)と比較する工程、および
(iii)(ii)の結果に基づき、(i)で定量したTRPV2の発現量が、対照値よりも大きい場合に、前記被験動物の筋疾患および/または心疾患の進行度が、対照とした該疾患に罹患した動物の進行度よりも高い、または筋疾患および/または心疾患に罹患している可能性が高いと判断し、対照値よりも小さい場合に、前記被験動物の筋疾患および/または心疾患が改善している、または筋疾患および/または心疾患に罹患していない可能性が高いと判断する工程
を含む、方法。
〔26〕筋疾患および/または心疾患の進行度の診断を補助する方法であって、以下:
(i)請求項1~12のいずれか一項に記載のモノクローナル抗体またはその断片を用いて、筋疾患および/または心疾患に罹患している、または罹患している可能性がある被検動物より採取した試料中のTRPV2の発現量を定量する工程、
(ii)(i)で定量したTRPV2の発現量を、該被検動物より過去に採取した試料中のTRPV2の発現量(対照値)と比較する工程、および
(iii)(ii)の結果に基づき、(i)で定量したTRPV2の発現量が、対照値よりも大きい場合に、前記被験動物の筋疾患および/または心疾患が進行している、または筋疾患および/または心疾患に罹患している可能性が高いと判断し、対照値よりも小さい場合に、前記被験動物の筋疾患および/または心疾患が改善している、または筋疾患および/または心疾患に罹患していない可能性が高いと判断する工程
を含む、方法。
【発明の効果】
【0010】
本発明の抗ヒトTRPV2抗体またはその断片は、Trpの他のファミリーのタンパク質の活性には影響を及ぼさず、特異的にTRPV2のCa2+流入活性を阻害することが可能である。さらに、本発明の抗ヒトTRPV2抗体またはその断片は、TRPV2の細胞外ドメインをエピトープとするため、生細胞の細胞膜上に存在するTRPV2に反応することが可能である。また、本発明の抗ヒトTRPV2抗体またはその断片は、筋細胞および心筋細胞の変性を抑制する作用を有する。本発明の抗ヒトTRPV2抗体またはその断片は、病態時において細胞膜上のTRPV2の活性を阻害することが可能と考えられ、筋疾患および/または心疾患に対する有力な治療薬候補となり得る。また、本発明の抗ヒトTRPV2抗体またはその断片は、TRPV2の機能解析や筋細胞や心筋細胞の変性のメカニズム解析等における実験ツールとして用いることが期待される。また、TRPV2は、筋疾患や心疾患の病態時において、骨格筋細胞や心筋細胞、末梢血単核球において細胞膜上に発現する事が知られている(非特許文献2、7および8)。そのため、本発明の抗ヒトTRPV2抗体またはその断片は、細胞膜上のTRPV2の発現、あるいは発現量を当該抗体によって調べることで、筋疾患や心疾患の罹患あるいは罹患の可能性を診断するための薬剤としても用いることができる。また、当該抗体を用いて測定した過去の細胞膜上のTRPV2の発現量と、現在の発現量を比較することで、筋疾患や心疾患の病態の進行度の診断や、該疾患の治療のために採用している治療薬の効果の評価等も行うことができる。さらに、本発明の抗ヒトTRPV2抗体であって、ヒトTRPV2の活性を特異的に阻害する機能を持たないものは、生体に対する安全性が高いと考えられるため、コンパニオン診断薬としても使用し得る。
【図面の簡単な説明】
【0011】
図1図1は、VHおよびVL遺伝子を組み込んだベクターの模式図である。
図2図2は、マウス抗血清における抗ヒトTRPV2抗体の確認アッセイの結果である。抗Hisタグ抗体を用いた場合、100kDaと75kDaの位置にバンドが確認された(2-a)。また、免疫マウス抗血清を1次抗体に使用した場合も、100kDaと75kDaの位置にバンドが確認された(2-b)。
図3図3は、hTRPV2発現HEK293細胞を用いて抗血清の結合活性を評価した結果である。
図4図4は、ビオチン化hTRPV2発現HEK293細胞を可溶化して固相化したストレプトアビジンプレート(Thermo Scientific)で各抗血清の活性確認を行った結果である。
図5図5は、パニングで回収したファージコロニーで、hTRPV2発現HEK293細胞を用いたCell ELISAを行った結果である。
図6A図6Aは、調製した大腸菌培養上清(01a)について、ビオチン化hTRPV2発現HEK293細胞を可溶化後、ストレプトアビジンプレートに固相化したものでCell ELISAを行った結果である。01aからは高い結合活性のものは確認されなかったが、01a005、01a016、01a018、01a033というモノクローナル抗体が、ビオチン化hTRPV2発現HEK293細胞でやや高い結合活性を示した。
図6B図6Bは、調製した大腸菌培養上清(02a)について、ビオチン化hTRPV2発現HEK293細胞を可溶化後、ストレプトアビジンプレートに固相化したものでCell ELISAを行った結果である。02aから得たモノクローナル抗体は、すべてのクローンがビオチン化hTRPV2発現HEK293細胞に高い特異性を示した。
図7図7は、代表クローン01a033(mAb001)、02a001(mAb002)の2クローンについて大腸菌培養上清の10倍濃縮品で、hTRPV2発現HEK293細胞に対する結合をFACSにより調べた結果である。
図8図8は、選択された代表クローン01a033(mAb001)、02a001(mAb002)とネガティブコントロール抗体の計3クローンの大腸菌培養上清から抗体結合ビーズを調製し、hTRPV2発現HEK293細胞可溶物による免疫沈降実験を行った結果である。
図9図9は、抗ヒトTRPV2 IgG抗体産生細胞株からの抗ヒトTRPV2 IgG抗体の精製に関する、OD280 nm測定およびSDS-PAGEを用いた濃度見積もりと純度確認の結果である。
図10図10は、hTRPV2発現細胞に対するIgG抗体反応を確認した結果である。
図11図11は、抗マウスTRPV2抗体(mAb88-2)と抗ヒトTRPV2抗体(mAb002)の交差について、共焦点レーザー顕微鏡で検鏡した結果である。
図12図12は、hTRPV2発現HEK293細胞(12a)及びmTRPV2発現HEK293細胞(12b)に対する、抗ヒトTRPV2抗体(mAb002)、抗ヒトTRPV2抗体(mAb001)、抗マウスTRPV2抗体(88-2)およびアイソタイプコントロールの交差を確認した結果である。
図13図13は、抗TRPV2抗体によるHEK293細胞内へのCa2+流入阻害を評価した結果である(13aおよび13b)。
図14図14は、抗ヒトTRPV2抗体のエピトープ同定を行った結果である(14aおよび14b)。
【発明を実施するための形態】
【0012】
本発明は、ヒトTRPV2の細胞外ドメインをエピトープとして認識する抗体またはその断片、およびヒトTRPV2の細胞外ドメインをエピトープとして認識し、且つヒトTRPV2の活性を特異的に阻害する機能を有する、抗ヒトTRPV2抗体またはその断片に関する。
本発明は、本発明の抗ヒトTRPV2抗体またはその断片を含む、ヒトTRPV2阻害剤または心筋細胞および/または筋細胞変性抑制剤に関する。
また、本発明は、筋疾患や心疾患の病態時に骨格筋細胞や心筋細胞だけでなく、末梢血単核球の細胞膜上に発現するTRPV2を、当該抗体を用いて調べることを含む、筋疾患および/または心疾患の診断(判定)薬、あるいは診断(判定)方法に関する。
さらに、本発明は、本発明の抗ヒトTRPV2抗体またはその断片を含む、筋疾患および/または心疾患の治療剤または予防剤、あるいは該抗体を用いた、筋疾患および/または心疾患の治療または予防方法等に関する。
【0013】
1.本発明の抗体
ヒトTRPV2の遺伝子は、Genbank accession No. NM_016113が報告されている。ヒトTRPV2のアミノ酸配列を配列表の配列番号1(Genbank accession No.NM_016113)に示す。TRPV2は、Trpファミリーの他のタンパク質と同様に、6回膜貫通領域を持つことが構造上の特徴として挙げられる。
【0014】
本発明の抗ヒトTRPV2抗体またはその断片は、上記配列番号1における細胞外ドメインのアミノ酸配列から選択される、少なくとも5個以上のアミノ酸配列からなる領域をエピトープとして認識するものである。TRPV2の細胞外ドメインとは、細胞膜上に存在するTRPV2の細胞膜よりも実質的に外側に存在する部分である。ヒトTRPV2の細胞外ドメインのアミノ酸配列は、配列番号1における409~434、496~500、および/または554~619位であるが、これらのアミノ酸配列において1~数個(2、3、4、5等)、好ましくは2個以内、より好ましくは1個のアミノ酸が置換、欠失、付加、挿入もしくは修飾されたアミノ酸配列であってもよい。
【0015】
好ましくは、本発明の抗ヒトTRPV2抗体またはその断片は、TRPV2の細胞外ドメインのうち、第5膜貫通領域と第6膜貫通領域との間のアミノ酸配列から選択される、少なくとも5個以上のアミノ酸配列からなる領域をエピトープとして認識するものである。第5膜貫通領域と第6膜貫通領域とは、形質膜を貫通する領域のうちN末端側から数えて5位および6位の領域を意味し、本発明の抗ヒトTRPV2抗体またはその断片はこれらの領域に挟まれた親水性の高いアミノ酸配列から選択される領域をエピトープとして認識する。ヒトTRPV2の細胞外ドメインのうち、第5膜貫通領域と第6膜貫通領域との間のアミノ酸配列とは具体的には、配列番号1の554~619位であるが、これらのアミノ酸配列において1~数個(2、3、4、5等)、好ましくは2個以内、より好ましくは1個のアミノ酸が置換、欠失、付加、挿入もしくは修飾されたアミノ酸配列であってもよい。
【0016】
より好ましくは、本発明の抗ヒトTRPV2抗体またはその断片は、ヒトTRPV2(配列番号1)の574~595位のアミノ酸配列(SVQPMEGQEDEGNGAQYRGILE:配列番号2)および当該アミノ酸配列において1~数個(2、3、4、5等)、好ましくは2個以内、より好ましくは1個のアミノ酸が置換、欠失、付加、挿入もしくは修飾されたアミノ酸配列から選択される、少なくとも5個以上のアミノ酸配列からなる領域をエピトープとして認識するものである。
【0017】
さらに好ましくは、本発明の抗ヒトTRPV2抗体またはその断片は、ヒトTRPV2の579~583位のアミノ酸配列(EGQED)(配列番号3)のアミノ酸配列からなる領域をエピトープとして認識するものである。
【0018】
本発明の抗ヒトTRPV2抗体またはその断片の別の態様として、TRPV2の細胞外ドメインのうち、第1膜貫通領域と第2膜貫通領域との間のアミノ酸配列から選択される、少なくとも5個以上のアミノ酸配列からなる領域をエピトープとして認識するものも挙げられる。第1膜貫通領域と第2膜貫通領域とは、形質膜を貫通する領域のうちN末端側から数えて1位および2位の領域を意味し、本発明の抗ヒトTRPV2抗体またはその断片はこれらの領域に挟まれた親水性の高いアミノ酸配列から選択される領域をエピトープとして認識する。ヒトTRPV2の細胞外ドメインのうち、第1膜貫通領域と第2膜貫通領域との間のアミノ酸配列とは具体的には、配列番号1の412~434位であるが、これらのアミノ酸配列において1~数個(2、3、4、5等)、好ましくは2個以内、より好ましくは1個のアミノ酸が置換、欠失、付加、挿入もしくは修飾されたアミノ酸配列であってもよい。
【0019】
本発明の抗ヒトTRPV2抗体またはその断片は、TRPV2の活性を特異的に阻害する機能を有するものである。TRPV2は、ストレッチ活性化Ca2+チャネルであり、正常組織では細胞内膜系に存在するが、筋ジストロフィー、心筋症などの疾患に伴って細胞膜に移行し、活性化され、細胞内への異常なCa2+流入に寄与する。TRPV2の活性とは、細胞内へCa2+を流入させることを意味し、本発明の抗ヒトTRPV2抗体またはその断片は、細胞外ドメインをエピトープとして認識するため、生細胞の細胞膜上に存在するTRPV2を認識して、TRPV2の活性を阻害することが可能であると考えられる。また本発明の抗ヒトTRPV2抗体またはその断片は、他のTrpファミリーのタンパク質の活性には実質的に影響を及ぼさず、TRPV2の活性を特異的に阻害する機能を有するものである。
【0020】
本発明のモノクローナル抗体または断片には、モノクローナル抗体、一本鎖抗体、またはFabフラグメントやFab発現ライブラリーによって生成されるフラグメントなどのように抗原結合性を有する上記抗体の一部が包含される。本発明の抗ヒトTRPV2モノクローナル抗体またはその断片は、ヒトを含む哺乳動物由来であり、例えばヒト型、マウス型、ラット型、ハムスター型、ウサギ型、ヤギ型、またはウマ型のものが例示される。また本発明の抗体またはその断片は、IgGに限定されるものではなく、IgMなどでもよい。
【0021】
本明細書において、エピトープとは、抗体が結合する抗原の領域である。ある種の実施形態では、免疫グロブリンまたはT細胞レセプターまたはB細胞レセプターに特異的に結合し得る抗原の任意の部位を含む。抗原決定基は、分子の化学的に活性な表面基、例えばアミノ酸、糖側鎖、ホスホリル基またはスルホニル基を含み、ある種の実施形態では、特異的な三次元構造特徴および/または特異的な荷電特徴を有してよい。ある種の実施形態では、抗体は、タンパク質および/または巨大分子の複雑な混合物において、この抗体が標的抗原を優先的に認識する場合、抗原に特異的に結合するということができる。
【0022】
抗体分子の基本構造は、各クラス共通で、分子量5~7万の重鎖と2~3万の軽鎖から構成される(免疫学イラストレイテッド (I. Roi tt, J. Brostoff, D.Male編))。重鎖は、通常約440個のアミノ酸を含むポリペプチド鎖からなり、クラスごとに特徴的な構造をもち、IgG、IgM、IgA、IgD、IgEに対応してγ、μ、α、δ、ε鎖とよばれる。さらにIgGには、IgG1、IgG2、IgG3、IgG4が存在し、それぞれy1、y2、y3、y4とよばれている。軽鎖は、通常約220個のアミノ酸を含むポリペプチド鎖からなり、L型とK型の2種が知られており、それぞれλ、κ鎖とよばれる。抗体分子の基本構造のペプチド構成は、それぞれ相同な2本の重鎖および2本の軽鎖が、ジスルフィド結合(S-S結合)および非共有結合によって結合され、分子量15~19万である。2種の軽鎖は、どの重鎖とも対をなすことができる。個々の抗体分子は、常に同一の軽鎖2本と同一の重鎖2本からできている。
【0023】
鎖内s-s結合は、重鎖に4つ(μ、ε鎖には5つ)、軽鎖には2つあって、アミノ酸100-110残基ごとに1つのループを形成し、この立体構造は各ループ間で類似しており、構造単位あるいはドメインとよばれる。重鎖、軽鎖ともにN末端に位置するドメインは、同種動物の同一クラス(サブクラス)からの標品であっても、そのアミノ酸配列が一定せず、可変領域(V領域)とよばれている(重鎖可変領域ドメインはVH、軽鎖可変領域ドメインはVLと表される)。これよりC末端側のアミノ酸配列は、各クラスあるいはサブクラスごとにほぼ一定で定常領域(C領域)とよばれている(各ドメインは、それぞれ、CH1、CH2、CH3あるいはCLと表される)。
【0024】
抗体の抗原決定部位はVHおよびVLによって構成され、結合の特異性はこの部位のアミノ酸配列によっている。一方、補体や各種細胞との結合といった生物学的活性は各クラスIgのC領域の構造の差を反映している。軽鎖と重鎖の可変領域の可変性は、どちらの鎖にも存在する3つの小さな超可変領域にほぼ限られることが分かっており、これらの領域は相補性決定領域(complementarity determinig region: CDR)と呼ばれている。
【0025】
本発明の抗ヒトTRPV2モノクローナル抗体またはその断片の製造方法は、自体公知の方法、または今後開発されるあらゆる方法を採用することができる。また、特定の抗原に対してヒト型抗体を作製するためには種々の工夫が必要である。例えば、Sato, K. et al、Cancer Res., 53, 851-856, 1993や特開2008-161198号公報を参照することができる。ヒト型抗体のタイプとしては、特に限定されないが、Fab型であってもインタクトタイプであってもよい。抗体活性を効果的に発揮させるためには、インタクトタイプの抗体が望ましい。インタクトタイプの抗体は、特に限定されないが、例えば抗体の相補鎖決定領域(CDR)はもとの動物種に由来し、定常領域(C領域)は適当なヒトに由来するキメラ抗体とすることができる。CDR領域はアミノ酸置換が頻繁に起こるので、抗原性の観点からはヒト由来CDRをもつヒト抗体と免疫動物種由来CDRを有していてもよい。
【0026】
本発明の抗ヒトTRPV2モノクローナル抗体またはその断片における軽鎖・重鎖の可変領域のCDRは、Kabat、Chothia、AbM、またはIMGTアルゴリズムにしたがって境界を示される(Martinet al. (1989) Proc. Natl. Acad. Sci. USA 86: 9268-9272; Martin et al. (1991) Methods Enzymol. 203: 121-153; Pedersen et al. (1992) Immunomethods 1: 126; およびReeset al. (1996) In Sternberg M. J.E. (ed.), Protein Structure Prediction, Oxford University Press, Oxford, pp. 141-172、Lefranc 1999 Nucleic Acid Research 27:209?212) 。
【0027】
本発明の一つの態様として、抗ヒトTRPV2モノクローナル抗体またはその断片における軽鎖・重鎖の可変領域のCDRとしては、重鎖可変領域におけるCDR1が、配列番号4(GFSLTSFG)、CDR2が配列番号5(IWSGGIT)、CDR3が配列番号6(LYSHPHAMDY)で示されるアミノ酸配列を含み/からなり、軽鎖可変領域におけるCDR1が配列番号7(KSLLHSNGITY)、CDR2がRMS、CDR3が配列番号8(MQHLEYPLT)で示されるアミノ酸配列を含む/からなるものが挙げられる。本発明の抗ヒトTRPV2モノクローナル抗体またはその断片における軽鎖・重鎖の可変領域のCDRにおいては、これらの塩基配列において、1~数個(2、3、4、5等)、好ましくは2個以内、より好ましくは1個のアミノ酸が置換されていてもよい。
また、軽鎖・重鎖の可変領域としては、重鎖可変領域が、配列番号14で示されるアミノ酸配列と少なくとも95%同一のアミノ酸配列であり、軽鎖可変領域が、配列番号15で示されるアミノ酸配列と少なくとも95%同一のアミノ酸配列であるもの挙げられ、好ましくは重鎖可変領域が、配列番号14で示されるアミノ酸配列と少なくとも97%同一のアミノ酸配列であり、軽鎖可変領域が、配列番号15で示されるアミノ酸配列と少なくとも97%同一のアミノ酸配列であるものが挙げられ、更に好ましくは、重鎖可変領域が、配列番号14で示されるアミノ酸配列と少なくとも99%同一のアミノ酸配列であり、軽鎖可変領域が、配列番号15で示されるアミノ酸配列と少なくとも99%同一のアミノ酸配列であるものが挙げられる。
【0028】
本発明の別の態様として、抗ヒトTRPV2モノクローナル抗体またはその断片における軽鎖・重鎖の可変領域のCDRとしては、重鎖可変領域におけるCDR1が配列番号9(GFSLTTYG)、CDR2が配列番号10(MGWDGKK)、CDR3が配列番号11(DGGYTWFAY)で示されるアミノ酸配列を含み/からなり、軽鎖可変領域におけるCDR1が配列番号12(QSLLNSRTRKNY)、CDR2がWAS、CDR3が配列番号13(KQSYNLFT)で示されるアミノ酸配列を含む/からなるものが挙げられる。本発明の抗ヒトTRPV2モノクローナル抗体またはその断片における軽鎖・重鎖の可変領域のCDRにおいては、これらの塩基配列において、1~数個(2、3、4、5等)、好ましくは2個以内、より好ましくは1個のアミノ酸が置換されていてもよい。
また、軽鎖・重鎖の可変領域としては、重鎖可変領域が、配列番号16で示されるアミノ酸配列と少なくとも95%同一のアミノ酸配列であり、軽鎖可変領域が、配列番号17で示されるアミノ酸配列と少なくとも95%同一のアミノ酸配列である、ヒトTRPV2の細胞外ドメインをエピトープとして認識する、抗ヒトTRPV2モノクローナル抗体またはその断片が挙げられ、好ましくは重鎖可変領域が、配列番号16で示されるアミノ酸配列と少なくとも97%同一のアミノ酸配列であり、軽鎖可変領域が、配列番号17で示されるアミノ酸配列と少なくとも97%同一のアミノ酸配列であるものが挙げられ、更に好ましくは、重鎖可変領域が、配列番号16で示されるアミノ酸配列と少なくとも99%同一のアミノ酸配列であり、軽鎖可変領域が、配列番号17で示されるアミノ酸配列と少なくとも99%同一のアミノ酸配列であるものが挙げられる。
【0029】
本発明の抗ヒトTRPV2抗体またはその断片を作製するための抗原は、ヒトTRPV2の全長タンパク質またはペプチド断片であっても、ヒトTRPV2の全長タンパク質もしくはペプチド断片を発現する細胞であってもよく特に限定されない。抗ヒトTRPV2モノクローナル抗体またはその断片の作製には、ヒトTRPV2を発現する細胞(ヒトTRPV2発現用細胞)を用いることが好ましい。前記ヒトTRPV2を発現する細胞は、ヒトTRPV2を細胞膜上に発現するものであればいかなるものであってもよいが、ヒトTRPV2を、哺乳動物細胞(例えば、ヒト、サル、ラット、マウス、ハムスターなどから採取した細胞)にて発現させたものである。当該哺乳動物細胞としては例えば、HEK293、COS7、CHO-K1、NIH3T3、Balb3T3,FM3A、L929、SP2/0、P3U1、B16、P388などが挙げられる。また、哺乳動物細胞にて発現させるTRPV2は、全長タンパク質であることが好ましい。本発明においては、HEK293細胞にてヒトTRPV2の全長タンパク質を発現させたヒトTRPV2発現用HEK細胞を用いることが好ましく、当該細胞に特定の処理(化合物(カンナビジオール等)による刺激等)を行ったものを用いてもよい。本発明の抗体は、抗原としてヒトTRPV2発現用HEK細胞を、好ましくはアジュバントと共に、哺乳動物に免疫し、免疫した動物の血清などを採取することにより得ることができる。また、モノクローナル抗体および該モノクローナル抗体を産生するハイブリドーマは、免疫したヒトまたは動物由来のBリンパ球と各種骨髄腫細胞とを融合することにより、具体的には以下に記載する方法で作製することができる。
【0030】
本発明のモノクローナル抗体産生において、前記抗原を、例えばリン酸緩衝液(PBS)などの適当な緩衝液中に溶解あるいは懸濁したものを抗原液として使用することができる。抗原液は、通常抗原タンパク質を50~500μg/mlもしくは抗原発現細胞を1×106~1×109cells/ml程度含む濃度に調製すればよい。また、ペプチド抗原など、それだけでは抗原性が低い場合は、アルブミンやキーホールリンペットヘモシアニン(KLH)などの適当なキャリアータンパク質に架橋して用いることができる。当該抗原で免疫感作する動物は、ヒト、マウス、ラット、ハムスター、ウマ、ヤギ、またはウサギなどの温血動物が例示される。
【0031】
このとき、被免疫動物の抗原への応答性を高めるため、当該抗原溶液をアジュバントと混合して投与することができる。ここで使用可能なアジュバントは、フロイント完全アジュバント(FCA)、フロイント不完全アジュバント(FIA)、Ribi(MPL)、Ribi(TDM)、Ribi(MPL+TDM)、百日咳ワクチン(Boredetella pertussis vaccine)、ムラミルジペプチド(MDP)、アルミニウムアジュバント(ALUM)、およびこれらの組合せが例示されるが、初回免疫時にFCA、追加免疫時にFIAやRibiアジュバントを使用する組合せを用いてもよい。
【0032】
免疫方法は、使用する抗原の種類やアジュバント混合の有無などにより、注射部位、スケジュールなどを適宜変化させることができるが、例えば、被免疫動物としてマウスを用いる場合は免疫疾患マウス(Balb/c nu-nuマウス)に、アジュバント混合抗原液0.05~1 mL(抗原タンパク質10~200μg、もしくは抗原発現細胞1×106~1×107cells)を腹腔内、皮下、筋肉内または(尾)静脈内に注射し、初回免疫から約4~21日毎に1~4回追加免疫を行い、さらに約1~4週間後に最終免疫を行う。抗原量を多くして腹腔内注射することで、当該抗原溶液を、アジュバントを使用せずに投与することもできる。抗体価は追加免疫の約5~10日後に採血して調べる。抗体価の測定は、後述の抗体価アッセイに準じ、通常行われる方法で行うことができる。最終免疫より約3~5日後、該免疫動物から脾細胞を分離して抗体産生細胞を得る。
【0033】
本発明の抗ヒトTRPV2モノクローナル抗体は、例えばケーラーとミルシュタインの方法(Kohler and Milstein, Nature 256, 495-497, 1975)にしたがって作製することができる。骨髄腫細胞として、マウス、ラット、ヒトなど由来のものが使用され、例えばマウスミエローマP3X63-Ag8、P3X63-Ag8-U1、P3NS1-Ag4、SP2/o-Ag14、P3X63-Ag8・653などの株化骨髄腫細胞が例示される。骨髄腫細胞には免疫グロブリン軽鎖を産生しているものがあり、これを融合対象として用いると、抗体産生細胞が産生する免疫グロブリン重鎖とこの軽鎖とがランダムに結合することがあるので、特に免疫グロブリン軽鎖を産生しない骨髄腫細胞、例えばP3X63-Ag8・653やSP2/o-Ag14などを用いることが好ましい。抗体産生細胞と骨髄腫細胞とは、同種動物、特に同系統の動物由来であることが好ましい。骨髄腫細胞の保存方法は自体公知の手法に従って行えばよく、例えばウマ、ウサギもしくはウシ胎児血清を添加した一般的な培地で継代培養したものについて凍結により保存される。また細胞融合には対数増殖期の細胞を用いるのが好ましい。
【0034】
抗体産生細胞と骨髄腫細胞とを融合させてハイブリドーマを作製する方法は、ポリエチレングリコール(PEG)を用いる方法、センダイウイルスを用いる方法、電気融合装置を用いる方法などが例示される。例えば、約30~60%のPEGを含む適当な培地または緩衝液中に脾細胞と骨髄腫細胞を1~10:1、好ましくは5~10:1の混合比で懸濁し、温度約25~37℃、pH6~8の条件下で、約30秒~3分間程度反応させればよい。反応終了後、細胞を洗浄しPEG溶液を除いて培地に再懸濁し、マイクロタイタープレート中に播種して培養を続ける。
【0035】
融合操作後の細胞は選択培地で培養して、ハイブリドーマの選択を行う。選択培地は、親細胞株を死滅させ、融合細胞のみが増殖しえる培地であり、通常ヒポキサンチン-アミノプテリン-チミジン(HAT)培地が使用される。ハイブリドーマの選択は、通常融合操作の1~7日後に、培地の一部、好ましくは約半量を選択培地と交換し、さらに2、3日毎に同様の培地交換を繰り返しながら培養することにより行う。顕微鏡観察によりハイブリドーマのコロニーが生育しているウェルを確認する。
【0036】
本発明の抗ヒトTRPV2モノクローナル抗体は、より具体的には以下の方法により作製することができる。ヒトTRPV2発現用HEK細胞を、免疫疾患マウスに接種し、2~4週間後に、脾臓を採取して脾臓に含まれる抗体産生細胞を骨髄腫細胞と融合させることにより、本発明の抗体を産生するハイブリドーマを作製することができる。
【0037】
生育しているハイブリドーマが所望の抗体を産生しているかどうかを知るには、培養上清を採取して抗体価アッセイを自体公知の方法により行えばよい。具体的には、ヒトTRPV2発現用HEK細胞もしくはヒトTRPV2発現用HEK細胞由来のタンパク質を抗原とし、IC(免疫細胞化学)、IF(免疫蛍光法)、IHC(免疫組織化学)染色法により、結合活性を有する抗体産生細胞を選別することができる。
【0038】
得られた抗体が、ヒトTRPV2の細胞外ドメインを認識するかについては、例えば次のような手法により確認することができる。上記のハイブリドーマ培養上清を、ヒトTRPV2発現用HEK細胞集団と、ヒトTRPV2を発現していないHEK細胞集団と反応させた後、標識2次抗体と反応させて、フローサイトメーターで測定する。抗体と反応させていないヒトTRPV2発現用HEK細胞の強度より高い強度で、かつ、ヒトTRPV2を発現していないHEK細胞集団より高い強度の蛍光域に含まれるものを、ヒトTRPV2細胞外ドメインに特異的に結合できる抗体として選別することが可能である。
【0039】
また得られた抗体が、ヒトTRPV2の活性を阻害する機能を有するものかについては、特開2007-259745号公報(特願2006-088323号)に記載のTRPV2特異的アッセイ方法を用いて、適宜確認することができる。
【0040】
さらに本発明の抗体が、TRPV2以外のTrpファミリーのタンパク質の活性に実質的に影響を及ぼさないものかについては、特開2009-149534号公報(特願2007-326606号)に記載のTRPV2以外のTrpファミリーのタンパク質の活性測定方法を参照して、適宜確認することができる。
【0041】
さらに限界希釈法、軟寒天法、蛍光励起セルソーターを用いた方法などにより本発明のモノクローナル抗体を産生する単一クローンを分離する。例えば、限界希釈法の場合、ハイブリドーマのコロニーを1細胞/ウェル前後となるように培地で段階希釈して培養することにより目的とする抗体を産生するハイブリドーマクローンを単離することができる。得られた抗体産生ハイブリドーマクローンは、約10%(v/v)ジメチルスルホキシド(DMSO)あるいはグリセリンなどの凍結保護剤の共存下に凍結させて、-70~-196℃で保存すると、約半年~半永久的に保存可能である。細胞は用時37℃前後の恒温槽中で急速に融解して使用する。凍結保護剤の細胞毒性が残存しないようによく洗浄してから使用するのが望ましい。
【0042】
ハイブリドーマからのモノクローナル抗体の取得方法は、必要量やハイブリドーマの性状などによって適宜選択することができる。例えば、該ハイブリドーマを移植したマウス腹水から取得する方法、細胞培養により培養上清から取得する方法などが例示される。マウス腹腔内で増殖可能なハイブリドーマであれば、腹水から数mg/mLの高濃度のモノクローナル抗体を得ることができる。インビボで増殖できないハイブリドーマは細胞培養の培養上清から取得する。細胞培養によるモノクローナル抗体の取得は、抗体産生量はインビボより低いが、マウス腹腔内に含まれる免疫グロブリンや他の夾雑物質の混入が少なく、精製が容易であるという利点がある。
【0043】
モノクローナル抗体を、ハイブリドーマを移植したマウス腹腔内から取得する場合、例えば、予めプリスタン(2,6,10,14-テトラメチルペンタデカン)などの免疫抑制作用を有する物質を投与したBALB/cマウスの腹腔内へハイブリドーマ(約106個以上)を移植し、約1~3週間後に貯留した腹水を採取する。異種ハイブリドーマ(例えばマウスとラット)の場合には、ヌードマウス、放射線処理マウスを使用することが好ましい。
【0044】
一方、細胞培養上清から抗体を取得する場合、例えば、細胞維持に用いられる静置培養法の他に、高密度培養方法あるいはスピンナーフラスコ培養方法などの培養法を用い、当該ハイブリドーマを培養し抗体を含有する培養上清を得る。培養液に含まれる血清は、他の抗体やアルブミンなどの夾雑物が含まれ、抗体精製が煩雑になることが多いので、培養液への添加は少なくすることが望ましい。さらに好ましくは、ハイブリドーマを常法により無血清培地に馴化させ、無血清培地を用いて培養することである。無血清培地で培養することにより、抗体精製が容易になる。
【0045】
腹水や培養上清からのモノクローナル抗体の精製は、自体公知の方法により行うことができる。例えば、免疫グロブリンの精製法として従来既知の硫酸アンモニウムや硫酸ナトリウムを用いた塩析による分画法、ポリエチレングリコール(PEG)分画法、エタノール分画法、DEAEイオン交換クロマトグラフィー法、ゲル濾過法などを応用することで、容易に達成される。さらに、モノクローナル抗体が、IgGである場合には、プロテインA結合担体を用いたアフィニティークロマトグラフィー法により精製することが可能であり、簡便である。
【0046】
他の製造方法として、例えば、大腸菌ファージの表面に、抗体断片を提示した、いわゆるコンビナトリアル抗体ライブラリーを構築し、バイオパニングにより抗体をスクリーニングして所望の抗体を得ることができる。この場合は、動物への免疫作業を介さずに、所望の抗体をスクリーニングすることができる。本発明のヒトTRPV2抗体は、好ましくは、当該製造方法により取得することができる。
【0047】
モノクローナル抗体のスクリーニング方法として、例えばディスプレイ法が挙げられる。ファージディスプレイ抗体ライブラリーの作製方法としては、例えば、以下のものが挙げられるが、これに限定されない。
【0048】
用いられるファージは特に限定されないが、通常繊維状ファージ(Ffバクテリオファージ)が好ましく用いられる。ファージ表面に外来タンパク質を提示する方法としては、g3p、g6p~g9pのコートタンパク質のいずれかとの融合タンパク質として該コートタンパク質上で発現・提示させる方法が挙げられるが、通常用いられるのはg3pもしくはg8pのN末端側に融合させる方法である。ファージディスプレイベクターとしては、1)ファージゲノムのコートタンパク質遺伝子に外来遺伝子を融合した形で導入して、ファージ表面上に提示されるコートタンパク質をすべて外来タンパク質との融合タンパク質として提示させるものの他、2)融合タンパク質をコードする遺伝子を野生型コートタンパク質遺伝子とは別に挿入して、融合タンパク質と野生型コートタンパク質とを同時に発現させるものや、3)融合タンパク質をコードする遺伝子を有するファージミドベクターを持つ大腸菌に野生型コートタンパク質遺伝子を有するヘルパーファージを感染させて融合タンパク質と野生型コートタンパク質とを同時に発現するファージ粒子を産生させるものなどが挙げられるが、1)の場合は大きな外来タンパク質を融合させると感染能力が失われるため、抗体ライブラリーの作製のためには2)または3)のタイプが用いられる。
【0049】
具体的なベクターとしては、Holtら(Curr. Opin. Biotechnol., 11: 445-449, 2000)に記載されるものが例示される。例えば、pCES1(J. Biol. Chem., 274: 18218-18230, 1999参照)は、1つのラクトースプロモーターの制御下にg3pのシグナルペプチドの下流にκ軽鎖定常領域をコードするDNAとg3pシグナルペプチドの下流にCH3をコードするDNA、His-tag、c-myc tag、アンバー終止コドン(TAG)を介してg3pコード配列とが配置されたFab発現型ファージミドベクターである。アンバー変異を有する大腸菌に導入するとg3pコートタンパク質上にFabを提示するが、アンバー変異を持たないHB2151株などで発現させると可溶性Fab抗体を産生する。また、scFv発現型ファージミドベクターとしては、例えばpHEN1(J. Mol. Biol., 222:581-597, 1991)等が用いられる。一方、ヘルパーファージとしては、例えばM13-KO7、VCSM13等が挙げられる。
【0050】
また、別のファージディスプレイベクターとして、抗体遺伝子の3'末端とコートタンパク質遺伝子の5'末端にそれぞれシステインをコードするコドンを含む配列を連結し、両遺伝子を同時に別個に(融合タンパク質としてではなく)発現させて、導入されたシステイン残基同士によるS-S結合を介してファージ表面のコートタンパク質上に抗体を提示し得るようにデザインされたもの(Morphosys社のCysDisplayTM技術)等も挙げられる。
【0051】
抗体ライブラリーの種類としては、ナイーブ/非免疫ライブラリー、合成ライブラリー、免疫ライブラリー等が挙げられる。
【0052】
ナイーブ/非免疫(non-immunized)ライブラリーは、正常なヒトが保有するVHおよびVL遺伝子をRT-PCRにより取得し、それらをランダムに上記のファージディスプレイベクターにクローニングして得られるライブラリーである。通常、正常人の末梢血、骨髄、扁桃腺などのリンパ球由来のmRNA等が鋳型として用いられる。疾病履歴などのV遺伝子のバイアスをなくすため、抗原感作によるクラススイッチが起こっていないIgM由来のmRNAのみを増幅したものを特にナイーブライブラリーと呼んでいる。代表的なものとしては、CAT社のライブラリー(J. Mol. Biol., 222: 581-597, 1991; Nat. Biotechnol., 14: 309-314, 1996参照)、MRC社のライブラリー(Annu. Rev. Immunol., 12: 433-455, 1994参照)、Dyax社のライブラリー(J. Biol. Chem., 1999 (上述); Proc. Natl. Acad. Sci. USA,14: 7969-7974, 2000参照)等が挙げられる。
【0053】
合成ライブラリーは、ヒトB細胞内の機能的な特定の抗体遺伝子を選び、V遺伝子断片の、例えばCDR3等の抗原結合領域の部分を適当な長さのランダムなアミノ酸配列をコードするDNAで置換し、ライブラリー化したものである。最初から機能的なscFvやFabを産生するVHおよびVL遺伝子の組み合わせでライブライリーを構築できるので、抗体の発現効率や安定性に優れているとされる。代表的なものとしては、Morphosys社のHuCALライブラリー(J.Mol. Biol., 296: 57-86, 2000参照)、BioInvent社のライブラリー(Nat. Biotechnol., 18: 852, 2000参照)、Crucell社のライブラリー(Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 92:3938, 1995; J. Immunol. Methods, 272: 219-233, 2003参照)等が挙げられる。
【0054】
免疫(immunized)ライブラリーは、マウス等の実験動物を特定の抗原で繰り返し免疫し、抗体応答を十分に高めた後、当該動物のリンパ球や、癌、自己免疫疾患、感染症等の患者やワクチン接種を受けた者など、標的抗原に対する血中抗体価が上昇したヒトから採取したリンパ球、あるいは上記体外免疫法により標的抗原を人為的に免疫したヒトリンパ球等から、上記ナイーブ/非免疫ライブラリーの場合と同様にしてmRNAを調製し、RT-PCR法によってVHおよびVL遺伝子を増幅し、ライブラリー化したものである。最初から目的の抗体遺伝子がライブラリー中に含まれるので、比較的小さなサイズのライブラリーからでも目的の抗体を得ることができる。
【0055】
標的抗原に対する抗体をファージディスプレイ法で選別する工程をパニングという。具体的には、例えば、抗原を固定化した担体とファージライブラリーとを接触させ、非結合ファージを洗浄除去した後、結合したファージを担体から溶出させ、大腸菌に感染させて該ファージを増殖させる、という一連の操作を3~5回程度繰り返すことにより抗原特異的な抗体を提示するファージを濃縮する。抗原を固定化する担体としては、通常の抗原抗体反応やアフィニティークロマトグラフィーで用いられる各種担体、例えば、アガロース、デキストラン、セルロース等の不溶性多糖類、ポリスチレン、ポリアクリルアミド、シリコン等の合成樹脂、あるいはガラス、金属等からなるマイクロプレート、チューブ、メンブレン、カラム、ビーズ等、さらには表面プラズモン共鳴(SPR)のセンサーチップ等が挙げられる。抗原の固定化には物理的吸着を用いてもよく、また、タンパク質あるいは酵素等を不溶化、固定化するのに用いられる化学結合を用いる方法でもよい。例えば、ビオチン-(ストレプト)アビジン系等が好ましく用いられる。非結合ファージの洗浄には、BSA溶液などのブロッキング液(1-2回)、Tween等の界面活性剤を含むPBS(3-5回)などを順次用いることができる。クエン酸緩衝液(pH 5)などの使用が好ましいとの報告もある。特異的ファージの溶出には、通常酸(例、0.1 M塩酸など)が用いられるが、特異的プロテアーゼによる切断(例えば、抗体遺伝子とコートタンパク質遺伝子との連結部にトリプシン切断部位をコードする遺伝子配列を導入することができる。この場合、溶出するファージ表面には野生型コートタンパク質が提示されるので、コートタンパク質のすべてが融合タンパク質として発現しても大腸菌への感染・増殖が可能となる)や可溶性抗原による競合的溶出、あるいはS-S結合の還元(例えば、前記したCysDisplayTMでは、パニングの後、適当な還元剤を用いて抗体とコートタンパク質とを解離させることにより抗原特異的ファージを回収することができる)による溶出も可能である。酸で溶出した場合は、トリスなどで中和した後で溶出ファージを大腸菌に感染させ、培養後、常法によりファージを回収する。
【0056】
抗原特異的抗体を提示するファージがパニングにより濃縮された後、ファージを大腸菌に感染させ、その大腸菌をプレート上に播種して細胞のクローニングを行う。再度ファージを回収し、上述の抗体価測定法(例、ELISA、RIA等)やFACSあるいはSPRを利用した測定により抗原結合活性を確認する。
【0057】
選択された抗原特異的抗体を提示するファージクローンからの抗体の単離・精製は、例えば、ファージディスプレイベクターとして抗体遺伝子とコートタンパク質遺伝子の連結部にアンバー終止コドンが導入されたベクターを用いる場合には、該ファージを、アンバー変異を持たない大腸菌(例、HB2151株)に感染させると、可溶性抗体分子が産生されペリプラズムもしくは培地中に分泌されるので、細胞壁をリゾチームなどで溶解して細胞外画分を回収し、上記と同様の精製技術を用いて行うことができる。His-tagやc-myc tagを導入しておけば、Immobilized Metal Affinity Chromatography(IMAC)法や抗c-myc抗体カラムなどを用いて容易に精製することができる。また、パニングの際に特異的プロテアーゼによる切断を利用する場合には、該プロテアーゼを作用させると抗体分子がファージ表面から分離されるので、同様の精製操作を実施することにより目的の抗体を精製することができる。
【0058】
本発明の抗ヒトTRPV2モノクローナル抗体またはその断片は、哺乳動物から得られた抗体(好ましくはマウス抗体)、キメラ抗体、およびヒト化抗体を含む。本発明のモノクローナル抗体または断片は、マウス抗体、キメラ抗体、またはヒト化抗体のいずれであってもよい。
【0059】
本明細書において「キメラ抗体」とは、重鎖および軽鎖の可変領域(VHおよびVL)の配列が非ヒト動物種に由来し、定常領域(CHおよびCL)の配列がヒトに由来する抗体を意味する。可変領域の配列は、例えばマウス、ラット、ウサギ等の容易にハイブリドーマを作製することができる動物種由来であることが好ましく、定常領域の配列は投与対象となる動物種由来であることが好ましい。
【0060】
キメラ抗体の作製法としては、例えば米国特許第6,331,415号明細書に記載される方法あるいはそれを一部改変した方法などが挙げられる。
【0061】
得られたキメラ重鎖およびキメラ軽鎖発現ベクターで宿主細胞を形質転換する。宿主細胞としては、動物細胞、例えば上記したマウス骨髄腫細胞の他、チャイニーズハムスター卵巣(CHO)細胞、サル由来のCOS-7細胞、Vero細胞、ラット由来のGHS細胞などが挙げられる。形質転換は動物細胞に適用可能ないかなる方法を用いてもよいが、好ましくはエレクトロポレーション法などが挙げられる。宿主細胞に適した培地中で一定期間培養後、培養上清を回収して上記と同様の方法で精製することにより、キメラモノクローナル抗体を単離することができる。あるいは、宿主細胞としてウシ、ヤギ、ニワトリ等のトランスジェニック技術が確立し、且つ家畜(家禽)として大量繁殖のノウハウが蓄積されている動物の生殖系列細胞を用い、常法によってトランスジェニック動物を作製することにより、得られる動物の乳汁もしくは卵から容易に且つ大量にキメラモノクローナル抗体を得ることもできる。さらに、トウモロコシ、イネ、コムギ、ダイズ、タバコなどのトランスジェニック技術が確立し、且つ主要作物として大量に栽培されている植物細胞を宿主細胞として、プロトプラストへのマイクロインジェクションやエレクトロポレーション、無傷細胞へのパーティクルガン法やTiベクター法などを用いてトランスジェニック植物を作製し、得られる種子や葉などから大量にキメラモノクローナル抗体を得ることも可能である。
【0062】
本明細書において「ヒト化抗体」とは、可変領域に存在する相補性決定領域(CDR)以外のすべての領域(即ち、定常領域および可変領域中のフレームワーク領域(FR))の配列がヒト由来であり、CDRの配列のみが他の哺乳動物種由来である抗体を意味する。他の哺乳動物種としては、例えばマウス、ラット、ウサギ等の容易にハイブリドーマを作製することができる動物種が好ましい。
【0063】
ヒト化抗体の作製法としては、例えば米国特許第5,225,539号、第5,585,089号、第5,693,761号、第5,693,762号、欧州特許出願公開第239400号、国際公開第92/19759号に記載される方法あるいはそれらを一部改変した方法などが挙げられる。具体的には、上記キメラ抗体の場合と同様にして、ヒト以外の哺乳動物種(例、マウス)由来のVHおよびVLをコードするDNAを単離した後、常法により自動DNAシークエンサー(例、Applied Biosystems社製等)を用いてシークエンスを行い、得られる塩基配列もしくはそこから推定されるアミノ酸配列を公知の抗体配列データベース[例えば、Kabat database (Kabatら,「Sequencesof Proteins of Immunological Interest」,US Department of Health and Human Services, Public Health Service, NIH編, 第5版, 1991参照) 等]を用いて解析し、両鎖のCDRおよびFRを決定する。決定されたFR配列に類似したFR配列を有するヒト抗体の軽鎖および重鎖をコードする塩基配列のCDRコード領域を、決定された異種CDRをコードする塩基配列で置換した塩基配列を設計し、該塩基配列を20~40塩基程度のフラグメントに区分し、さらに該塩基配列に相補的な配列を、前記フラグメントと交互にオーバーラップするように20~40塩基程度のフラグメントに区分する。各フラグメントを、DNAシンセサイザーを用いて合成し、常法に従ってこれらをハイブリダイズおよびライゲートさせることにより、ヒト由来のFRと他の哺乳動物種由来のCDRを有するVHおよびVLをコードするDNAを構築することができる。より迅速かつ効率的に他の哺乳動物種由来CDRをヒト由来VH及びVLに移植するには、PCRによる部位特異的変異誘発を用いることが好ましい。そのような方法としては、例えば特開平5-227970号公報に記載の逐次CDR移植法等が挙げられる。
【0064】
なお、上記のような方法によるヒト化抗体の作製において、CDRのアミノ酸配列のみを鋳型のヒト抗体FRに移植しただけでは、オリジナルの非ヒト抗体よりも抗原結合活性が低下することがある。このような場合、CDRの周辺のFRアミノ酸のいくつかを併せて移植することが効果的である。移植される非ヒト抗体FRアミノ酸としては、各CDRの立体構造を維持するのに重要なアミノ酸残基が挙げられ、そのようなアミノ酸残基はコンピュータを用いた立体構造予測により推定することができる。
【0065】
このようにして得られるVHおよびVLをコードするDNAを、ヒト由来のCHおよびCLをコードするDNAとそれぞれ連結して適当な宿主細胞に導入することにより、ヒト化抗体を産生する細胞あるいはトランスジェニック動植物を得ることができる。
【0066】
マウスCDRをヒト抗体の可変領域に移植するCDRグラフティングを用いずにヒト化抗体を作製する代替的方法として、例えば、抗体間での保存された構造-機能相関に基づいて、非ヒト可変領域内のどのアミノ酸残基が置換し得る候補であるかを決定する方法が挙げられる。この方法は、例えば欧州特許第0571613号、米国特許第5,766,886号、米国特許第5,770,196号、米国特許5,821,123号、米国特許第5,869,619号等の記載に従って実施することができる。また、当該方法を用いたヒト化抗体作製は、もととなる非ヒト抗体のVHおよびVLの各アミノ酸配列情報が得られれば、例えば、Xoma社が提供する受託抗体作製サービスを利用することにより容易に行うことができる。
【0067】
ヒト化抗体もキメラ抗体と同様に遺伝子工学的手法を用いてscFv、scFv-Fc、minibody、dsFv、Fvなどに改変することができ、適当なプロモーターを用いることで大腸菌や酵母などの微生物でも生産させることができる。また、ヒト化抗体は、上記のファージディスプレイ法に用いる抗体ライブラリーをマウスやラットなどの動物から作製し、得られた抗体をヒト化する事によっても得ることが出来るが、これに限定されない。
【0068】
このようにして得られたヒト化抗体が野生型ヒトTRPV2のエピトープ領域に結合し得ることは当該ペプチド領域を含むポリペプチドを用いた上述の結合アッセイによって確認できる。
【0069】
本発明の抗ヒトTRPV2抗体またはその断片の一態様として好ましくは、心筋細胞および筋細胞の変性を抑制する機能を有する。心筋細胞および筋細胞の変性は、種々の疾患において見られ、変性を抑制・緩和することにより、病態が改善されるものと考えられる。心筋細胞および筋細胞の変性を抑制する機能は、シリコン膜上で培養した心筋細胞および筋細胞に、変性を引き起こすために所定の時間のストレッチ刺激を施し、その後の培養上清のクレアチニンキナーゼ活性を測定することにより、確認することができる。
【0070】
抗体結合性の確認は任意の周知のアッセイ方法、例えば、直接および間接サンドイッチアッセイ、フローサイトメトリーおよび免疫沈降アッセイ等で行うことができる(Zola, Monoclonal Antibodies: A Manual of Techniques, (CRC Press, Inc. 1987) pp. 147-158) 。本発明において、抗ヒトTRPV2抗体またはその断片と抗原との結合は、上記に挙げた手法によって測定することができる。
【0071】
本発明の抗ヒトTRPV2抗体またはその断片の結合定数(Ka)の測定や、既に得られた本発明の抗体と競合的にヒトTRPV2に結合する本発明の他の抗体の同定には、競合ELISAなどの競合アッセイを用いることができる。競合アッセイは、上記の抗原固定化固相を用いる結合アッセイにおいて、固相と被検抗体との反応系に遊離の抗原もしくは既知抗体を共存させることにより実施される。例えば、既知濃度の被検抗体液、ならびに種々の濃度の抗原を該被検抗体液に加えた混合液を抗原固定化固相に接触させてインキュベートし、固相上の標識量をそれぞれ測定する。各遊離抗原濃度における測定値からスキャッチャード解析を行い、グラフの傾きを結合定数として算出することができる。一方、抗原固定化固相に対して、標識した既知抗体(本発明の抗体)と、種々の濃度の被検抗体とを反応させ、固相上の標識量を濃度依存的に減少させた被検抗体を選択することにより、本発明の抗体と競合的にヒトTRPV2に結合する抗体を同定することができる。
【0072】
エピトープ解析は、公知の種々の方法で実施し得る(EpitopeMapping Protocols/Second Edition, Mike Schutkowski, Ulrich Reineke, Ann NY AcadSci. 2010 Jan; 1183:267-87.) 。本抗体のエピトープのより詳細な解析は、結合阻害アッセイ、ホモログスキャンおよび/またはアラニンスキャンにより実施することができる(例えば、特開2009-159948号公報、Science, 244: 1081-1085 (1989))。
【0073】
結合親和性は、Berzofsky et al.,“Antibody‐Antigen Interactions”Fundamal Immunology、Paul, W.E., Ed., Raven Press New York, NY(1984)、Kuby, Janis Immunology, W.H. Freeman and Company New York, NY(1992)、および本明細書で説明される方法により確認することができる。具体的には、抗体の抗原への親和性を測定する一般的手法は、ELISA、RIA、および表面プラズモン共鳴法等が挙げられる。また、本発明の結合親和性はELISA、SPR、免疫組織化学染色、イムノブロットによって決定されている。特定の抗体抗原との相互作用により測定された親和性は、例えば、塩分濃度、pH等の異なる条件下で測定された場合、変動し得る。したがって、例えば、親和性およびKD、IC50等の他の抗原結合のパラメータの測定は、好ましくは抗体および抗原の標準化された溶液、ならびに標準化された緩衝液で行われることが好ましい。
【0074】
2.本発明の剤、試薬、キット等
さらに本発明は、本発明の抗ヒトTRPV2抗体またはその断片を有効成分として含む、ヒトTRPV2阻害剤もしくは心筋細胞および/または筋細胞変性抑制剤にも及ぶ。ヒトTRPV2阻害剤もしくは心筋細胞および/または筋細胞変性抑制剤は、医薬組成物として使用することもできるが、ヒトTRPV2を特異的に阻害する実験ツール(例:試薬、キット等)として、もしくは心筋細胞および/または筋細胞の変性を抑制・緩和する実験ツール(例:試薬、キット等)として、in vivoまたはin vitroで使用することも可能である。また、本発明の抗ヒトTRPV2抗体またはその断片は、心筋細胞および/または筋細胞変性疾患の診断(判定)薬、診断(判定)試薬、診断(判定)キットとして用いる事ができる。
【0075】
本発明の抗ヒトTRPV2抗体またはその断片は、組成物に有効成分として含まれた状態で使用することも可能である。また本発明の抗ヒトTRPV2抗体またはその断片を含む組成物を、医薬用途に用いる場合には、本発明の抗ヒトTRPV2抗体またはその断片のうち、1種または複数種を有効量含み、さらに製薬学的に許容し得る担体を含んでいても良い。本発明において、製薬学的に許容される塩とは、例えばナトリウム塩、カリウム塩等のアルカリ金属塩やアルカリ土類金属塩等の塩基性付加塩、塩酸塩、硫酸塩、硝酸塩等の無機酸塩や酢酸塩、プロピオン酸塩等の有機酸塩等の酸付加塩等を挙げることができる。
【0076】
かかる組成物は、医薬組成物として経口的または非経口的に投与することができる。経口投与による場合、本発明の抗ヒトTRPV2抗体は通常の製剤、例えば、錠剤、散剤、顆粒剤、カプセル剤等の固形剤;水剤;油性懸濁剤;またはシロップ剤もしくはエリキシル剤等の液剤のいずれかの剤型としても用いることができる。非経口投与による場合、本発明の抗ヒトTRPV2抗体は、水性または油性懸濁注射剤、点鼻液として用いることができる。その調製に際しては、慣用の賦形剤、結合剤、滑沢剤、水性溶剤、油性溶剤、乳化剤、懸濁化剤、保存剤、安定剤等を任意に用いることができる。
【0077】
医薬組成物として使用する場合は、TRPV2の活性化に起因する疾患や、筋疾患、心疾患に対して適用することが好ましい。TRPV2の活性化に起因する疾患は、アレルギー、免疫系疾患、胃腸障害、、癌等が挙げられる(Adv Exp Med Biol 2020 1131:505-517, Scientific Reports 2019 9 1554, J Clin Med 2019 8(5): 662, Eur J Neurosci 2016 44(7) 2493-2503, Cancer Res 2010 70(3)1225-1235)が、必ずしもこれらに限定されるものではない。
【0078】
本発明の抗ヒトTRPV2抗体またはその断片は、筋疾患および/または心疾患の治療剤または予防剤としても有効である。
筋疾患としては、例えば、WHO発行の2016年版のICD10(International Statistical Classification of Diseases and Related Health Problems 10th Revision;以下、ICD10という。)におけるG70-G73の神経筋接合部および筋の疾患(Diseases of myoneural junction and muscle)またはM60-M63の筋障害(Disorders of muscles)が挙げられる。
筋疾患として、好ましくは、ICD10におけるG71の原発性筋障害(Primary disorders of muscles)またはM62のその他の筋障害(Other disorders of muscle)が挙げられる。
筋疾患としてより好ましくは、G71.0の筋ジストロフィー(Muscular dystrophy)、G71.1の筋強直性障害(Myotonic disorders)、G71.2の先天性ミオパチシー(Congenital myopathies)、G71.3のミトコンドリア性ミオパチシー(他に分類されないもの)(Mitochondrial myopathy, not elsewhere classified)、G71.8のその他の原発性筋障害(Other primary disorders of muscles)、G71.9の詳細不明な原発性筋障害(Primary disorder of muscle, unspecified)、M62.0の筋離解(Diastasis of muscle)、M62.1のその他の筋断裂(非外傷性)(Other rupture of muscle (nontraumatic))、M62.2の筋の阻血性梗塞(Ischaemic infarction of muscle)、M62.3の移動不能症候群(対麻痺性)(Immobility syndrome (paraplegic))、M62.4の筋拘縮(Contracture of muscle)、M62.5の筋の消耗および萎縮(他に分類されないもの) (Muscle wasting and atrophy, not elsewhere classified)、M62.6の筋ストレイン(Muscle strain)、またはM62.8のその他の明示された筋障害(Other specified disorders of muscle)またはM62.9の筋障害(詳細不明)(Disorder of muscle, unspecified)が挙げられる。
筋疾患として更により好ましくは、ICD10におけるG71.0の筋ジストロフィーが挙げられる。
上記ICD10におけるG71.0の筋ジストロフィーの病型としては、具体的には、常染色体性劣性・小児型・デュシェンヌ型類似またはベッカー型類似(autosomal recessive, childhood type, resembling Duchenne orBecker)、良性[ベッカー]型(benign [Becker])、早期拘縮を伴う良性肩甲腓骨(型)[エメリー・ドレフス]型(benign scapuloperoneal with early contractures[Emery-Dreifuss])、遠位型(distal)、顔面肩甲上腕型(facioscapulohumeral)、肢帯型(limb-girdle)、眼筋型(ocular)、眼筋咽頭型(oculopharyngeal)、肩甲腓型(scapuloperoneal)、または重度[デュシェンヌ]型(severe [Duchenne])が挙げられる。
心疾患としては、例えば、ICD10におけるI20-I25の虚血性心疾患(Ischemic heart diseases)またはI30-I52のその他の型の心疾患(Other forms of heart disease)が挙げられる。
心疾患として、好ましくは、ICD10におけるI20の狭心症(Angina pectoris)、I21の急性心筋梗塞(Acute myocardial infarction)、I22の再発性心筋梗塞(Subsequent myocardial infarction)、I23の急性心筋梗塞の続発合併症(Certain current complications following acute myocardial infarction)、I24のその他の急性虚血性心疾患(Other acute ischaemic heart diseases)、I25の慢性虚血性心疾患(Chronic ischemic heart disease)、I30の急性心膜炎(Acute pericarditis)、I31の心膜のその他の疾患(Other diseases of pericardium)、I32の他に分類される疾患における心膜炎(Pericarditis in diseases classified elsewhere)、I33の急性および亜急性心内膜炎(Acute and subacute endocarditis)、I34の非リウマチ性僧帽弁障害(Nonrheumatic mitral valve disorders)、I35の非リウマチ性大動脈弁障害(Nonrheumatic aortic valve disorders)、I36の非リウマチ性三尖弁障害(Nonrheumatic tricuspid valve disorders)、I37の肺動脈弁障害(Pulmonary valve disorders)、I38の心内膜炎(弁膜不詳)(Endocarditis, valve unspecified)、I39の他に分類される疾患における心内膜炎および心弁膜障害(Endocarditis and heart valve disorders in diseases classified elsewhere)、I40の急性心筋炎(Acute myocarditis)、I41の他に分類される疾患における心筋炎(Myocarditis in diseases classified elsewhere)、I42の心筋症(Cardiomyopathy)、I43の他に分類される疾患における心筋症(Cardiomyopathy in diseases classified elsewhere)、I44の房室ブロックおよび左脚ブロック(Atrioventricular and left bundle-branch block)、I45のその他の伝導障害(Other conduction disorders)、I46の心停止(Cardiac arrest)、I47の発作性頻拍(症)(Paroxysmal tachycardia)、I48の心房細動および粗動(Atrial fibrillation and flutter)、I49のその他の不整脈(Other cardiac arrhythmias)、I50の心不全(Heart failure)、I51の心疾患の合併症および診断名不明確な心疾患の記載(Complications and ill-defined descriptions of heart disease)、またはI52の他に分類される疾患におけるその他の心臓障害(Other heart disorders in diseases classified elsewhere)が挙げられる。
心疾患として、より好ましくは、ICD10におけるI21.0の前壁の急性貫壁性心筋梗塞(Acute transmural myocardial infarction of anterior wall)、I21.1の下壁の急性貫壁性心筋梗塞(Acute transmural myocardial infarction of inferior wall)、I21.2のその他の部位の急性貫壁性心筋梗塞(Acute transmural myocardial infarction of other sites)、I21.3の急性貫壁性心筋梗塞(部位不明)(Acute transmural myocardial infarction of unspecified site)、I21.4の急性心内膜下心筋梗塞(Acute subendocardial myocardial infarction)、I21.9の急性心筋梗塞(詳細不明)(Acute myocardial infarction, unspecified)、I25.0アテローム<じゅく<粥>状>硬化性心血管疾患と記載されたもの(Atherosclerotic cardiovascular disease, so described)、I25 .1のアテローム<じゅく<粥>状>硬化性心疾患(Atherosclerotic heart disease)、I25.2の陳旧性心筋梗塞(Old myocardial infarction)、I25.3の心室瘤(Aneurysm of heart)、I25 .4の冠(状)動脈瘤(Coronary artery aneurysm and dissection)、I25 .5の虚血性心筋症(Ischaemic cardiomyopathy)、I25 .6の無痛性<無症候性>心筋虚血(Silent myocardial ischaemia)、I25 .8のその他の型の慢性虚血性心疾患(Other forms of chronic ischaemic heart disease)、I25 .9の慢性虚血性心疾患(詳細不明)(Chronic ischaemic heart disease, unspecified)、I42.0の拡張型心筋症(Dilated cardiomyopathy)、I42.1の閉塞性肥大型心筋症(Obstructive hypertrophic cardiomyopathy)、I42.2のその他の肥大型心筋症(Other hypertrophic cardiomyopathy)、I42.3の心内膜心筋(好酸球性)疾患(Endomyocardial (eosinophilic) disease)、I42.4の心内膜線維弾性症(Endocardial fibroelastosis)、I42.5のその他の拘束型心筋症(Other restrictive cardiomyopathy)、I42.6のアルコール性心筋症(Alcoholic cardiomyopathy)、I42.7の薬物およびその他の外的因子による心筋症(Cardiomyopathy due to drugs and other externalagents)、I42.8のその他の心筋症(Other cardiomyopathies)、I42.9の心筋症(詳細不明)(Cardiomyopathy, unspecified)、I50.0のうっ血性心不全(Congestive heart failure)、I50.1の左室不全(Left ventricular failure)、またはI50.9の心不全(詳細不明)(Heart failure, unspecified)が挙げられる。
心疾患として、更により好ましくは、ICD10におけるI21.9の急性心筋梗塞(詳細不明)、I42.0の拡張型心筋症、またはI50.1左室不全が挙げられる。
上記ICD10におけるI21.9の急性心筋梗塞(詳細不明)の病型としては、具体的には、心筋梗塞(急性)NOS(Myocardial infarction (acute) NOS)が挙げられる。
上記ICD10におけるI42.0の拡張型心筋症の病型としては、具体的には、うっ血型心筋症(Congestive cardiomyopathy)が挙げられる。
上記ICD10におけるI50.1左室不全の病型としては、具体的には、心臓喘息(Cardiac asthma)、左心不全(Left heart failure)、肺水腫(心疾患 NOS又は心不全の記載があるもの)(Oedema of lung / Pulmonary oedema, with mention of heart disease NOS or heart failure)が挙げられる。
【0079】
本発明の剤は、他の薬剤と併用して使用することができる。併用に際しては、本発明の剤と、他の薬剤とを単一の医薬の形態で提供されてもよく、別々に製剤化された複数の製剤を含む医薬組合せまたはキットの形態で提供されてもよい。本発明の剤と併用する薬剤の投与時期は限定されず、本発明の剤と併用する薬剤とを、投与対象に対し、同時に投与してもよいし、別々に(例:連続、時間を置いて等)投与してもよい。併用する薬剤の投与量は、臨床上用いられている投与量に準ずればよく、投与対象、投与経路、疾患、組み合わせ等により適宜選択することができる。
【0080】
他の薬剤としては、特に、筋疾患および/または心疾患の治療薬または予防薬である場合、具体的には、筋疾患の治療薬であればステロイド製剤(deflazacort、プレドニゾン、プレドニゾロン等の糖質コルチコイド)、エキソンスキッピング、遺伝子治療、細胞医薬等、さらにはリハビリテーションが挙げられるがこれに限られない。また、心疾患の治療薬であればACE阻害剤、アンジオテンシンII受容体拮抗薬、β遮断薬、利尿薬、抗アルドステロン薬、h-ANP、ジキタリス製剤、強心剤、及び種々の細胞医薬等が挙げられ、さらにはペースメーカー・除細動器などの植え込み式機器や心臓カテーテルによる焼灼術(アブレーション)を含む医療機器、更には心臓移植や左室形成術、僧帽弁形成術を含む手術療法が挙げられるがこれに限定されない。更に、筋疾患において心機能低下の症状を呈する疾患においては上記の心疾患治療薬と併用される場合がある。本明細書において、「筋疾患および/または心疾患の治療薬」には、筋疾患および/または心疾患の根治治療を目的とする医薬だけでなく、例えば、タウオパチーおよび認知症関連疾患の進行抑制を目的とする医薬も含まれ、該進行抑制を目的とする医薬は、「筋疾患および/または心疾患の予防薬」として用いられてもよい。
【0081】
本発明の診断薬、診断キット、あるいは診断試薬は、筋疾患および/または心疾患を診断(判定)するものである。上記本発明の診断薬等には、末梢血単核球または心筋細胞あるいは筋細胞の細胞膜上のTRPV2の発現を確認する、あるいは末梢血単核球または心筋細胞あるいは筋細胞の細胞質内および細胞膜上、または該細胞膜上のTRPV2の発現量を測定するための試薬(例:本発明の抗TRPV2またはその断片)を含み、該確認や測定により筋疾患および/または心疾患を診断することができる。
【0082】
抗ヒトTRPV2抗体またはその断片は、蛍光標識抗体、酵素標識抗体、ストレプトアビジン標識抗体、ビオチン標識抗体あるいは放射性標識抗体であってもよい。また、抗ヒトTRPV2抗体は、通常、水もしくは適当な緩衝液(例:TEバッファー、PBSなど)中に適当な濃度となるように溶解された水溶液の態様、あるいは凍結乾燥品の態様で、本発明の診断薬、キット、あるいは試薬に含まれてもよい。また、TRPV2の発現量を測定する際には、1種類の抗体で測定してもよいし、複数種類、好ましくは2種類の抗体を使用して測定(例えば、免疫染色やフローサイトメトリー及びサンドイッチELISA法など)してもよい。
【0083】
本発明の診断薬、キット、あるいは試薬は、TRPV2の確認または測定方法に応じて、当該方法の実施に必要な他の成分を構成としてさらに含んでいてもよい。例えば、ウエスタンブロッティングで測定する場合には、本発明のキットは、ブロッティング緩衝液、標識化試薬、ブロッティング膜等、検出試薬、標準液などをさらに含むことができる。ここで「標準液」としては、TRPV2の精製標品、例えば、本発明のペプチドを水または適当な緩衝液(例:TEバッファー、ウシ胎児血清含有PBSなど)中に特定の濃度となるように溶解した水溶液が挙げられる。
【0084】
また、サンドイッチELISAで測定する場合には、本発明の診断薬、キット、あるいは試薬は、上記に加え固相化抗体測定プレート、洗浄液等をさらに含むことができる。ラテックス凝集法を含む凝集法で測定する場合には、抗体コーティングしたラテックス、ゼラチン等を含むことができる。化学蛍光法、化学蛍光電子法で測定する場合には、抗体結合磁性粒子、適当な緩衝液を含むことができる。LC/MS、LC-MS/MSあるいはイムノクロマトグラフィー法を用いたTRPV2の検出には、抗体コーティングしたカラムあるいはマイクロカラム、マイクロチップを検出機器の一部として、含むことができる。さらに時間分解蛍光測定法あるいはそれに類似した蛍光測定法であれば、複数のラベル化した抗ヒトTRPV2抗体と必要な他の成分を構成として含んでもよい。
【0085】
3.本発明の診断(判定)方法等
本発明の抗ヒトTRPV2抗体またはその断片を、筋疾患および/または心疾患の診断薬として用いる場合は、例えば、患者の血液から末梢血単核球を単離し、末梢血単核球(例:T細胞、B細胞等)における、TRPV2の発現量を測定することで、当該疾患の分類、当該疾患に罹患しているか否かの診断(判定)、当該疾患に現在罹患している可能性が高いか否かの診断(判定)、重症度(例:重度、中度、軽度等)または進行度の診断(判定)を行うことができる。さらに、例えば、当該疾患の重症度や進行度を診断することで、当該疾患の治療のために採用している治療薬の効果の評価も可能である。また、本発明の抗ヒトTRPV2抗体またはその断片の適用可否をコンパニオン診断(判定)することができる。測定する末梢血単核球におけるTRPV2の(発現)量は、末梢血単核球の細胞質内および細胞膜(形質膜)上に存在するTRPV2の量でもよく、末梢血単核球の細胞膜上に存在するTRPV2の量でもよいが、好ましくは細胞膜上に存在するTRPV2の量である。本発明の診断(判定)方法等においてTRPV2の(発現)量を測定する対象となる細胞は、末梢血単核球以外に、筋細胞または心筋細胞であってもよい。TRPV2の発現はフローサイトメトリーや免疫染色などの一般的に知られた方法で確認でき、TRPV2の発現量の測定や定量は、フローサイトメトリー(FACS)や免疫染色で行うことができる。
【0086】
本発明の診断(判定)方法は、被検動物より採取した試料中のTRPV2を検出することを特徴とする。また本発明の診断方法は、具体的な工程として、例えば、(i)被検動物より採取した試料中のTRPV2を定量する工程、および(ii)(i)で定量したTRPV2の量を、健常動物より採取した試料中のTRPV2の量(以下、「対照値」という)と比較する工程を含んでもよい。
【0087】
(ii)の比較の結果として、(i)で定量したTRPV2の量が、対照値よりも大きい場合、前記被検動物が、筋疾患および/または心疾患に罹患している、または現在、筋疾患および/または心疾患に罹患している可能性もしくは将来、筋疾患および/または心疾患疾患に罹患する可能性があることを示している。
【0088】
さらに本発明の診断方法は、上記工程に加えて、(iii)(ii)の結果に基づき、(i)で定量したTRPV2の量が、対照値よりも大きい場合に、前記被検動物が筋疾患および/または心疾患に罹患している、または現在筋疾患および/または心疾患に罹患している可能性、もしくは将来、筋疾患および/または心疾患に罹患する可能性があると判定する工程を含んでもよい。
【0089】
さらに本発明は、筋疾患および/または心疾患の進行度の診断(判定)を補助する方法にも及ぶ。本発明の診断を補助する方法も、被検動物より採取した試料中のTRPV2を検出することを特徴とする。また本発明の診断を補助する方法は、具体的な工程として、例えば、(i)筋疾患および/または心疾患に罹患または罹患している可能性がある被検動物より採取した試料中のTRPV2を定量する工程、および(ii)(i)で定量したTRPV2の量を、該被検動物より過去に採取した試料中のTRPV2の量(以下、「対照値」という)と比較する工程を含んでもよい。
【0090】
(ii)の比較の結果として、(i)で定量したTRPV2の量が、対照値よりも大きい場合、前記被検動物の筋疾患および/または心疾患が進行している、または筋疾患および/または心疾患に罹患している可能性が高いことを示し、対照値よりも小さい場合に前記被検動物の筋疾患および/または心疾患が改善している、または筋疾患および/または心疾患に罹患していない可能性が高いことを示している。
本発明の診断を補助する方法は、上記工程に加えて、(iii)(ii)の結果に基づき、(i)で定量したTRPV2の量が、対照値よりも大きい場合に、前記被検動物の筋疾患および/または心疾患が進行している、または筋疾患および/または心疾患に罹患している可能性が高いと判断し、対照値よりも小さい場合に、被験動物の筋疾患および/または心疾患が改善している、または筋疾患および/または心疾患に罹患していない可能性が高いと判断する工程を含んでもよい。
【0091】
また本発明の筋疾患および/または心疾患の進行度の診断(判定)を補助する方法は、別の具体的な工程として、例えば、(i)筋疾患および/または心疾患に罹患または罹患している可能性がある被検動物より採取した試料中のTRPV2を定量する工程、および(ii)(i)で定量したTRPV2の量を、特定の進行度にある筋疾患および/または心疾患に罹患した動物から採取した試料中のTRPV2の量(以下、「対照値」という)と比較する工程を含んでもよい。
【0092】
(ii)の比較の結果として、(i)で定量したTRPV2の量が、対照値よりも大きい場合、前記被験動物の筋疾患および/または心疾患の進行度が、対照とした該疾患に罹患した動物の進行度よりも高い、または筋疾患および/または心疾患に罹患している可能性が高いことを示し、対照値よりも小さい場合に、前記被験動物の筋疾患および/または心疾患が改善している、または筋疾患および/または心疾患に罹患していない可能性が高いことを示している。
本発明の診断を補助する方法は、上記工程に加えて、(iii)(ii)の結果に基づき、
(i)で定量したTRPV2の量が、対照値よりも大きい場合に、前記被験動物の筋疾患および/または心疾患の進行度が、対照とした該疾患に罹患した動物の進行度よりも高い、または筋疾患および/または心疾患に罹患している可能性が高いと判断し、対照値よりも小さい場合に、前記被験動物の筋疾患および/または心疾患が改善している、または筋疾患および/または心疾患に罹患していない可能性が高いと判断する工程を含んでもよい。
【0093】
上記可能性の判定および試験(結果)は、少なくとも医師による筋疾患および/または心疾患に関する確定診断を補助するために有用である。
【0094】
そのうえ本発明は、上述した通り末梢血単核球の細胞膜上のTRPV2の量が筋疾患および/または心疾患で上昇するため、筋疾患および/または心疾患の治療中の患者あるいは筋疾患および/または心疾患の発症を予防するための治療中の筋疾患および/または心疾患予備群について、その治療効果を評価する方法にも及ぶ。
【0095】
本発明の治療効果を評価する方法も、被検動物より採取した試料中のTRPV2を検出することを特徴とする。また本発明の治療効果を評価する方法は、具体的な工程として、例えば、(i)筋疾患および/または心疾患の投薬治療または筋疾患および/または心疾患の発症を予防するための投薬治療を開始している被検動物より採取した試料中のTRPV2を定量する工程、および(ii)(i)で定量したTRPV2の量を、該被検動物より過去に採取した試料(例:投薬治療開始前に採取した試料、投薬治療開始後であって(i)の採取時点より前に採取した試料)中のTRPV2の量(以下、「対照値」という)と比較する工程を含んでもよい。
(ii)の比較の結果として、(i)で定量したTRPV2の量が、対照値よりも大きい場合、現在の投薬治療(あるいは選定した治療薬)が有効でないことを示し、対照値よりも小さい場合、現在の投薬治療(あるいは選定した治療薬)が有効であることを示している。
本発明の治療効果を評価する方法は、上記工程に加えて、(iii)(ii)の結果に基づき、(i)で定量したTRPV2の量が、対照値よりも大きい場合に、現在の投薬治療(あるいは選定した治療薬)が有効でないと評価し、対照値よりも小さい場合に、現在の投薬治療(あるいは選定した治療薬)が有効であると評価する工程を含んでもよい。
【0096】
本明細書において、投薬治療に用いられる治療薬は、既に承認され上市されている治療薬のみでなく、臨床試験中の治験薬も含む概念である。すなわち本発明の治療効果を評価する方法は、臨床試験における薬効のモニター等にも利用することができる。
【0097】
本発明の方法の被検対象となり得る動物は、TRPV2を発現するものであれば特に制限はなく、例えば、哺乳動物(例:ヒト、サル、ウシ、ブタ、ウマ、イヌ、ネコ、ヒツジ、ヤギ、ウサギ、ハムスター、モルモット、マウス、ラット等)、鳥類(例:ニワトリ等)などが挙げられる。好ましくは、哺乳動物、より好ましくはヒトである。
試料となる被検動物由来の生体試料は特に限定されないが、例えば、血液、筋組織(生検試料)、唾液、尿などが挙げられる。より好ましくは、血液、筋組織(生検試料)である。
【0098】
本発明の方法において用いられる「対照値」としては、対照試料中のTRPV2の量、または予め対照等について測定された、または設定されたTRPV2の量を用いてもよく、本発明の方法と同時に測定する必要はない。
ここで対照値を設定するために、複数個体を対照群として、複数個体の測定値の平均値を対照値として用いることもできる。すなわち、対照値として、既に取得された対照群(健常動物、特定の進行度にある筋疾患および/または心疾患に罹患した動物等)由来の対照試料中のTRPV2の量を使用して、上記判定等を行うことも、本発明の方法の範疇に包含される。
【0099】
「被検動物より採取した試料中のTRPV2」が、「健常動物より採取した試料中のTRPV2の量(対照値)」より大きい場合に、被検動物が現在、筋疾患および/または心疾患に罹患している可能性または将来筋疾患および/または心疾患に罹患する可能性があると診断(判定)することができる。
「被検動物より採取した試料中のTRPV2」の量として好ましくは、対照値の1.1倍~10倍が挙げられる。より好ましくは1.1倍~8倍が挙げられる。更に好ましくは、1.2~5倍が挙げられる。最も好ましくは、1.2倍~3倍が挙げられる。
【0100】
「被検動物より採取した試料中のTRPV2」が、「被検動物より過去に採取した試料中のTRPV2の量(対照値)」より大きい場合に、被検動物の筋疾患および/または心疾患が進行していると判定することができる。
「被検動物より採取した試料中のTRPV2」の量として好ましくは、対照値の1.1倍~10倍が挙げられる。より好ましくは1.1倍~8倍が挙げられる。更に好ましくは、1.2~5倍が挙げられる。最も好ましくは、1.2倍~3倍が挙げられる。
【0101】
「被検動物より採取した試料中のTRPV2」が、「被検動物より過去に採取した試料中のTRPV2の量(対照値)」より小さい場合に、筋疾患および/または心疾患が改善していると判定することができる。
「被検動物より採取した試料中のTRPV2」の量として好ましくは、対照値の0.1倍~0.9倍が挙げられる。より好ましくは0.2倍~0.9倍が挙げられる。更に好ましくは、0.3~0.9倍が挙げられる。最も好ましくは、0.4倍~0.9倍が挙げられる。
【0102】
「被検動物より採取した試料中のTRPV2」が、「特定の進行度にある筋疾患および/または心疾患に罹患した動物から採取した試料中のTRPV2の量(対照値)」より大きい場合に、被験動物の筋疾患および/または心疾患の進行度が、対照とした該疾患に罹患した動物の進行度よりも高いと判定することができる。
「被検動物より採取した試料中のTRPV2」の量として好ましくは、対照値の1.1倍~10倍が挙げられる。より好ましくは1.1倍~8倍が挙げられる。更に好ましくは、1.2~5倍が挙げられる。最も好ましくは、1.2倍~3倍が挙げられる。
【0103】
「被検動物より採取した試料中のTRPV2」が、「特定の進行度にある筋疾患および/または心疾患に罹患した動物から採取した試料中のTRPV2の量(対照値)」より小さい場合に、筋疾患および/または心疾患が改善していると判定することができる。
「被検動物より採取した試料中のTRPV2」の量として好ましくは、対照値の0.1倍~0.9倍が挙げられる。より好ましくは0.2倍~0.9倍が挙げられる。更に好ましくは、0.3~0.9倍が挙げられる。最も好ましくは、0.4倍~0.9倍が挙げられる。
【0104】
TRPV2の定量的解析は、試料中のTRPV2量を標準タンパク質(内部標準タンパク質)の量で標準化することにより実施してもよい。すなわち、上記の方法を用いて、試料中のTRPV2量と標準タンパク質の量を定量した後、両者のシグナルの比(TRPV2/標準タンパク質)を算出し、試料中のTRPV2量を、標準タンパク質の存在量との比で表せばよい。
標準タンパク質は、恒常的に一定量発現しているタンパク質であればよく、多くの組織や細胞中に共通して発現しているタンパク質が好ましい。例えば、細胞の生存に必須のタンパク質、例えば、RNA合成酵素、エネルギー生成系酵素、リボソームのタンパク質、細胞骨格タンパク質等の遺伝子(ハウスキーピング遺伝子)によりコードされるタンパク質が挙げられる。具体的には、特に限定されないが、例えば、βアクチン、グリセルアルデヒド-3-リン酸デヒドロゲナーゼ(GAPDH)、βチューブリン等のタンパク質が挙げられる。特に好ましくは、βアクチンが挙げられる。
【0105】
また上述の対照値に替えて、末梢血単核球または心筋細胞あるいは筋細胞のTRPV2量の筋疾患および/または心疾患に関するカットオフ値をあらかじめ設定しておき、被検動物のTRPV2量と該カットオフ値とを比較してもよい。上記カットオフ値の設定において測定する末梢血単核球または心筋細胞あるいは筋細胞におけるTRPV2の(発現)量は、各細胞の細胞質内および細胞膜(形質膜)上に存在するTRPV2の量でもよく、各細胞の細胞膜上に存在するTRPV2の量でもよいが、好ましくは細胞膜上に存在するTRPV2の量である。
例えば、被検動物の末梢血単核球の細胞膜上または心筋細胞あるいは筋細胞の細胞膜(形質膜)上のTRPV2量がカットオフ値以上である場合には、被検動物が筋疾患および/または心疾患に罹患しているか、または現在筋疾患および/または心疾患に罹患している可能性もしくは将来筋疾患および/または心疾患に罹患する可能性を有すると診断することができる。
【0106】
「カットオフ値」は、その値を基準として疾患の判定をした場合に、高い診断感度(有病正診率)および高い診断特異度(無病正診率)の両方を満足できる値である。例えば、筋疾患および/または心疾患を発症した個体で高い陽性率を示し、かつ、筋疾患および/または心疾患を発症していない個体で高い陰性率を示す値をカットオフ値として設定することができる。
【0107】
カットオフ値の算出方法は、この分野において周知である。例えば、筋疾患および/または心疾患を発症した個体および筋疾患および/または心疾患を発症していない個体における末梢血単核球の細胞膜上のTRPV2量を算出し、算出された値における診断感度および診断特異度を求め、これらの値に基づき、市販の解析ソフトを使用してROC(Receiver Operating Characteristic)曲線を作成する。そして、診断感度と診断特異度が可能な限り100%に近いときの値を求めて、その値をカットオフ値とすることができる。また、例えば、多数の健常動物における末梢血単核球の細胞膜上のTRPV2量の「平均値+2標準偏差」をカットオフ値とすることも好ましく、この値を用いれば良好な感度および特異性で筋疾患および/または心疾患を発症していると判定することが可能となる。また、例えば、ROC曲線から診断感度と診断特異度の尤度比が最大となるような値を求めて、その値をカットオフ値とすることで高感度に筋疾患および/または心疾患を判定することが可能となる。あるいは、ROC曲線において最も診断能が低い点、すなわちROC曲線下面積が0.5となる線から最も離れた点をカットオフ値にする、すなわち、「感度+特異度-1」を計算して、その値が最大値となる点をカットオフ値にすることも好ましい。
【0108】
末梢血単核球の細胞膜上のTRPV2量のカットオフ値として、例えば、被検動物より採取した試料における、細胞膜上にTRPV2が存在する末梢血単核球の割合が、15%~40%(例えば、15%、16%、17%、18%、19%、20%、21%、22%、23%、24%、25%、26%、27%、28%、29%、30%、31%、32%、33%、34%、35%、36%、37%、38%、39%、40%)が挙げられる。
【0109】
本発明の方法は、筋疾患および/または心疾患の診断等に際して、TRPV2に加えて、他の筋疾患および/または心疾患の診断マーカーの変動を調べてもよい。筋疾患および/または心疾患の診断マーカーとしては、例えば、トロポニン、BNP、ANP、CK(クレアチンキナーゼ)、ミオグロビン、AST、ALT、LDH、アルドラーゼ等が挙げられ、これらは周知慣用の検出法に従って検出することができる。また、筋疾患および/または心疾患の診断等に際して、TRPV2に加えて、機器等を用いて診断してもよい。機器等を用いた診断方法として、筋疾患であれば、例えば、針筋電図、MRI等が挙げられ、心疾患であれば、例えば、心電図、心エコー等が挙げられる。
【0110】
4.本発明の予防および治療方法
本発明の抗ヒトTRPV2抗体またはその断片は、上述したように、Trpの他のファミリーのタンパク質の活性には影響を及ぼさず、特異的にTRPV2のCa2+流入活性を阻害することが可能である。そのため、当該抗体は、該Ca2+流入が関係している筋ジストロフィー、心筋症などの筋疾患あるいは心疾患の予防および治療に適している。
【0111】
本発明の予防および治療方法では、例えば、上記本発明の筋疾患および/または心疾患の診断(判定)方法等において、被検動物が筋疾患および/または心疾患に罹患している、現在筋疾患および/または心疾患に罹患している可能性、または将来筋疾患および/または心疾患に罹患する可能性を有すると判定された場合、本発明の抗ヒトTRPV2抗体またはその断片を投与することで、該疾患の予防および治療を行うことができる。また、本発明の予防および治療方法においては、本発明の抗ヒトTRPV2抗体またはその断片と、上述したような筋疾患および/または心疾患の治療薬または予防薬を併用してもよい。
【0112】
医薬組成物の対象者への投与形態、投与経路などは、その目的および投与対象者に応じて、適宜決定できる。例えば注射剤、経皮剤、吸入・点鼻剤、経口剤などの適当な投与形態で、静脈、動脈、皮下、筋肉内、経皮、経鼻、経口的に投与することができる。一般的に抗体としては注射剤の静脈内及び皮下内投与が汎用されており、かかる投与形態および投与経路は本発明の医薬組成物にも適応可能である。
【0113】
各種製剤中の有効成分の投与量および投与スケジュールは、投与目的、対象者の年齢、体重などにより適宜調節することができる。例えば、本発明のモノクローナル抗体の投与量は、例えば、投与量は、1回投与量として、0.0001 mg~1,000 mg/kg体重の範囲内で選択することができる。あるいは、患者あたり、0.001~100,000 mgの範囲内で選択することもできる。しかし、本発明の治療剤の投与量はこれらに限定されない。
【0114】
本発明の医薬組成物、あるいは治療または予防剤の投与スケジュールは、投与目的、対象者の年齢、体重などにより適宜調節することができる。例えば、投与の頻度は、通常、1週間あたり約1回から3ヶ月毎に約1回の範囲であり、より好ましくは、2週間毎に約1回から10週間毎に約1回の範囲、例えば、4~8週間毎に1回である。本発明の抗体は、非経口的に、静脈内、例えば、肘窩または他の末梢静脈中に、筋肉内または皮下投与するのが好ましい。予防的処置としては、通例、本発明の抗体を1ヶ月あたり1回から2~3ヶ月毎に1回、またはそれより少なく投与するのが好ましい。投与回数は1回であってもよく、数日もしくは数週間隔で複数回(例えば2~5回)投与してもよい。また、定期的に評価することにより進行をモニターしてもよい。少なくとも数日以上にわたり反復投与する場合は、症状に応じて、疾患の症状が一定量改善されるまで治療が繰り返される。抗体の薬物動態学的減衰のパターンに応じて、抗体を単回または複数回ボーラス投与すること、又は継続的に注入投与することにより、所望の投与量を患者に送達できる。
【実施例0115】
以下に実施例を挙げて本発明を詳細に説明するが、本発明は何らこれらに限定されるものではない。
【0116】
比較例1-1.hTRPV2抗体作製の失敗例1)および2)
1)ヒトTRPV2(hTRPV2)の第5膜貫通領域と第6膜貫通領域との間にある親水性の高い領域である571~594位のアミノ酸配列を持つ部分ペプチドCATESVQPMEGQEDEGNGAQYRGILを合成した後、キャリアとしてKLHを結合させ免疫原として調製した。免疫原2 mg/mL、200μLとアジュバント200μL(complete adjuvant (FREUND))を混ぜ、エマルジョンにしたものを4週齢雌マウス(C3H)に免疫した(1日目)。2回目(4日目)、3回目(7日目)はアジュバントをincomplete adjuvant (FREUND)に変更し初回と同量の免疫原を免疫し、最終免疫から3日後に細胞融合を行った。
2)あるいは同様にhTRPV2の第5膜貫通領域と第6膜貫通領域との間にある親水性の高い領域で3種類の部分ペプチド(p571-594/ p558-575/p579-595; CATESVQPMEGQEDEGNGAQYRGIL/CQEAWRPEAPTGPNATESV/EGQEDEGNGAQYRGILEC)を合成した後、個別にキャリアとしてKLHを結合させた。その後、各ペプチドを混合し、免疫原 2 mg/mLとして調製し、上記と同じ免疫スケジュールで免疫し細胞融合した。
【0117】
比較例1-2.PEG法による細胞融合
免疫したマウスから肥大した鼠径リンパ節を取り出しその中から細胞を回収した。回収したリンパ節由来細胞とミエローマ細胞(マウス骨髄腫由来P3X63Ag8U.1,P3U1 ATCC[CRL-1597])を混和し、遠心した後ペレットにPEG4000(MERCK)(RPMI培地で等量希釈)を加えて細胞融合を行った。RPMI培地で洗浄後、FBS-HAT培地で懸濁し、96穴プレートに播種した。播種後に培地を交換し、ハイブリドーマのコロニー形成を確認した段階で96穴プレートから培養上清をサンプリングし、スクリーニングを行った。
【0118】
比較例1-3.Cell ELISA
hTRPV2発現HEK293細胞および陰性コントロールのHEK293細胞(ヒト胎児腎由来ATCC CRL-3216)をCell ELISA用96穴プレート(NUNC)に播種(細胞数1~3×104個/well)し、hTRPV2の細胞形質膜移行を促進するために、適宜カンナビジオールを処理した。上記細胞を固定した固相化プレートに、ハイブリドーマ培養上清を50 μL/well加え、室温で30分間反応させた。2回洗浄(0.5% BSA/2 mM EDTA/PBS)後、ペルオキシダーゼ標識ヤギ抗マウスIgG(MBL)を希釈液(0.5% BSA/2 mM EDTA/PBS)で10,000倍希釈したものを室温で30分間反応させた。3回洗浄後、発色基質を加え10~15分発色させ、450~620 nmで吸光度測定を行った。しかしながら、陽性クローンは確認できなかった。
【0119】
比較例1-4.抗原固相ELISA
上記Cell ELISAでは陽性クローンが認められなかったため、免疫原との結合をELISAによって評価し、免疫原に結合した上位200クローンを選抜した。さらに、当該200クローンに関して、hTRPV2発現HEK293細胞とHEK293細胞を用いてフローサイトメトリーを実施したところ、10クローンがhTRPV2発現HEK293細胞に結合したが、hTRPV2を発現させていないHEK293細胞にも結合した。念のため10クローンの培養上清を用いてhTRPV2機能アッセイをしたが、いずれのクローンもhTRPV2によるCa2+流入を阻害するものはなかった。その為、これらの10クローンはhTRPV2特異的な結合はしていないと考えられた。また、残り190クローンは、hTRPV2発現HEK293細胞とHEK293細胞のいずれにも結合しなかった。
hTRPV2特異的と思われるクローンが確認できない理由として、HEK293細胞自体にもhTRPV2が発現しており、差が認められない可能性も考えられた。そこでヒト由来HEK293細胞の代わりに、新たにチャイニーズハムスター由来のCHO細胞(CHO-K1 ATCC CCL-61)を用いて、上記10クローンのhTRPV2発現CHO細胞とCHO細胞への結合をフローサイトメトリーにより評価した。
その結果、8クローンはhTRPV2発現HEK293細胞に結合したがhTRPV2発現CHO細胞には結合しなかった。また、残り2クローンがhTRPV2発現HEK293細胞とhTRPV2発現CHO細胞に結合した。しかしながら、上記2クローンはHEK293細胞、CHO細胞とも結合した。よって、hTRPV2特異的に結合するクローンは得られなかった。
【0120】
比較例1-5.hTRPV2抗体作製の失敗例3)
全長ヒトTRPV2を、特開2007-259745号公報(特願2006‐088323号)に記載の手法に準じて、HEK293細胞に導入・発現させることにより、ヒトTRPV2発現HEK293細胞を作製し、カンナビジオール処理を行い免疫原として使用した。アジュバント200 μL(complete adjuvant (FREUND))を4週齢雌マウス(C3H)に免疫し、2回目以降は上記凍結ストック、ヒトTRPV2発現HEK293細胞(PBS 400μL中に2×107個)を免疫原として、1回ごとの免疫に使用した。
アジュバンド免疫(0日)では、1匹あたり50μLのアジュバントを投与し、以後1、4、7、10、13、16日目にヒトTRPV2発現HEK293細胞(PBS 100 μL中に5×106個)をアジュバントと共に計7回の免疫をした後、最終免疫実施から3日後に細胞融合を行った。
【0121】
比較例1-6.PEG法による細胞融合
免疫したマウスから肥大した鼠径リンパ節を取り出し、その中から細胞を回収した。回収したリンパ節由来細胞とミエローマ細胞(マウス骨髄腫由来P3X63Ag8U.1,P3U1 ATCC[CRL-1580])を混和し、遠心した後、ペレットにPEG4000(MERCK)(RPMI培地で等量希釈)を加えて細胞融合を行った。RPMI培地で洗浄後、FBS-HAT培地で懸濁し、96穴プレートに播種した。播種後に培地を交換し、ハイブリドーマのコロニー形成を確認した段階で96穴プレートから培養上清をサンプリングし、スクリーニングを行った。
【0122】
比較例1-7.Cell ELISA
hTRPV2発現HEK293細胞、および陰性コントロールのHEK293細胞をCell ELISA用96穴プレート(NUNC)に播種し(細胞数 1~3×104個/well)、カンナビジオールで処理した。上記細胞の固相化プレートにハイブリドーマ培養上清を50μL/well加え、室温で30分間反応させた。2回洗浄(0.5% BSA/2 mM EDTA/PBS)後、ペルオキシダーゼ標識ヤギ抗マウスIgG(MBL)を希釈液(0.5% BSA/2mM EDTA/PBS)で10,000倍希釈したものを室温で30分間反応させた。3回洗浄後、発色基質を加え10~15分発色させ、450~620 nmで吸光度測定を行った。その結果、76クローン以上の陽性クローンが得られた。しかしながらhTRPV2発現HEK293細胞特異的ではなく陰性コントロールのHEK293細胞に対しても陽性であった。
【0123】
比較例1-8.フローサイトメトリー
Cell ELISAでhTRPV2発現HEK293細胞に反応し、かつハイブリドーマが存在している計76サンプルの培養上清について、hTRPV2発現HEK293細胞、およびHEK293細胞との結合をフローサイトメトリーにて確認した。検出はPE標識抗マウスIgG抗体を使用した。結果としては、Cell ELISAでも示唆されてはいたが、hTRPV2発現HEK293細胞に結合するサンプルはHEK293細胞にも同程度以上に結合しており、hTRPV2発現HEK293細胞特異的なサンプルクローンは確認できなかった。hTRPV2特異的と思われるクローンが確認できない理由としてHEK293細胞自体にもhTRPV2が発現しており、差が認められないとも考えられた。そこでヒト由来のHEK293細胞の代わりに、新たにチャイニーズハムスター卵巣由来細胞のCHO細胞(CHO-K1 ATCC CCL-61)を用いhTRPV2発現CHO細胞とCHO細胞を用いてフローサイトメトリーを行いhTRPV2発現CHO細胞およびCHO細胞との結合を上記76クローンについて評価した。その結果、hTRPV2発現HEK293細胞とhTRPV2発現CHO細胞ともに結合するものが5クローン存在したが、これらのクローンはHEK293細胞、CHO細胞とも反応した。よって、hTRPV2特異的に結合する抗体は取得できていないと考えられた。
【0124】
比較例1-9.hTRPV2抗体作製の失敗例4)
抗原としてコムギ胚芽抽出液(+リポソーム)を用いたリコンビナントタンパク質;hTRPV2の膜領域のアミノ酸領域(細胞内領域のN末端380アミノ酸とC末端の113アミノ酸を削ったもの381位-650位、セルフリーサイエンス社)を合成した(1.32 mg/mL、0.65 mL)。上記リコンビナントタンパク質とフロイント完全アジュバント(freund's comlete adjubant:Difco)を体積比約1:2で混合して乳化した。この乳化状の抗原を、8週齢の雌マウス(B6D2F1)の尾部に、1匹あたり60μL投与した。14日後、まず血清を用いた抗体価チェックを行い、17日後、初回と同量の追加免疫をした。追加免疫後、4日目に腸骨リンパ節よりリンパ球を採取し、ミエローマSP2細胞(マウス骨髄腫由来SP2/0-Ag14,ECACC 85072401)とポリエチレングリコール(PEG)法にて融合させた。
【0125】
比較例1-10.血清を用いた抗体価チェック
血清を用いた抗体価チェックを、カンナビジオール処理したhTRPV2発現HEK293細胞およびカンナビジオール処理なしのhTRPV2発現HEK293細胞を用いたフローサイトメトリーで行ったが、いずれの場合もhTRPV2非発現のHEK293細胞との差が認められなかった。そのため、免疫に用いたhTRPV2の膜部分のアミノ酸領域(381位-650位)のリコンビナントタンパク質を用いたELISAでの血清抗体価チェックを行った。血清1000倍希釈で陽性のマウスと明確に陽性ではないマウスの群に分け、それぞれの群で前述のように追加免疫の後4日目に、腸骨リンパ節よりリンパ球を採取した。RPMI培地で、PEG-4000が50(W/V)%濃度となるように溶解し、上記リンパ球とSP2細胞との比が2:1となるように混合し、細胞融合を行った。
ハイブリドーマの培養液をHAT選択培地に置換し、さらに培養後、培養上清を用いてELISAでスクリーニングしたところ、血清抗体価チェックで陽性だった群のリンパ球を用いたハイブリドーマでは陽性が54(300試行中)、陽性が不明確な群では36(300試行中)であった。各々陽性上清を用いてhTRPV2発現HEK293細胞染色を行ったが、いずれの陽性ハイブリドーマ上清もhTRPV2発現HEK293細胞には反応しなかった。hTRPV2発現細胞特異的に結合するハイブリドーマ上清は確認できなかった。
【0126】
比較例1-11.抗hTRPV2抗体の作製;失敗例5)および6)
5)hTRPV2の第5膜貫通領域と第6膜貫通領域との間にある親水性の高い領域である571~594位のアミノ酸配列を持つ部分ペプチド(p571-594 CATESVQPMEGQEDEGNGAQYRGIL)を合成しKLHに結合させた。当該ペプチドを、アジュバント(完全フロイントアジュバント、Difco Laboratories)と1:1で混合し、ニュージーランドホワイト種のウサギ(slc:Nzw 日本SLC)2羽に1週間に1回、4週間にわたって1羽あたり1回0.5 mgのペプチドを免疫して抗血清を得た。
6)あるいは、hTRPV2の第5膜貫通領域と第6膜貫通領域との間にある親水性の高い領域で3種類の合成ペプチド(3種ペプチドカクテルp571-594 / p558-575 / p579-595; CATESVQPMEGQEDEGNGAQYRGIL/ CQEAWRPEAPTGPNATESV/ EGQEDEGNGAQYRGILEC)を合成し、それぞれKLHに結合させた。各ペプチドを混合し免疫原として使用した。具体的には、抗原である部分ペプチド3種を、アジュバント(完全フロイントアジュバント、Difco Laboratories)と1:1で混合し、ニュージーランドホワイト種のウサギ2羽に1週間に1回4週間にわたって1羽あたり1回0.6 mg(0.2 mg ×3)のペプチドを免疫して抗血清を得た。
【0127】
比較例1-12.免疫染色およびイムノブロット評価
得られた抗血清は、各々抗原ペプチドに反応する抗血清であった。しかしながら、得られた抗血清が、TRPV2の細胞外ドメインを認識するか否かを確認するために、抗血清を用いて、hTRPV2発現HEK293細胞を用いたイムノブロット(500倍希釈)、免疫染色(50-100倍希釈)を行った。免疫染色では、hTRPV2発現HEK293細胞と各抗血清(50-100倍希釈)を室温で30分間培養した後、FITC標識抗ウサギ2次抗体を反応させ、FITCの蛍光をコンフォーカルレーザー顕微鏡にて観察した。免疫染色およびイムノブロットの結果、得られた抗血清は全てhTRPV2発現HEK293細胞には反応しなかった。
【0128】
上述の通り、マウスのTRPV2配列を認識しTRPV2の活性を特異的に阻害する機能を有する抗体の発明に関する先行技術文献である特許第5754039号の実施例等の内容から類推される実験を設計し、該実施例から想定できる異なる免疫原(細胞あるいはペプチド)を複数作製し、所望する抗ヒトTRPV2抗体の取得を試みた。しかしながら、先行技術文献等の内容から類推できる範囲では、所望するヒトTRPV2の細胞外ドメインをエピトープとして認識する抗ヒトTRPV2抗体や、ヒトTRPV2の細胞外ドメインをエピトープとして認識し、且つヒトTRPV2の活性を特異的に阻害する機能を有する、抗ヒトTRPV2抗体の取得には至らなかった。
【0129】
実施例1.マウス抗ヒトTRPV2抗体作製
1-1.免疫原の作製と免疫
2種類の自己免疫疾患マウス(SLEモデルマウスMRL/lprおよびC3H/lpr)を用いて、各々2匹ずつ(計4匹)2週間の間隔をあけてフットパット法にて免疫した。1週、3週は、免疫原としてヒトTRPV2(hTRPV2)の第5膜貫通領域と第6膜貫通領域との間にある親水性の高い領域の下記ペプチド、5週、7週は、下記全長hTRPV2発現HEK293細胞(カンナビジオール刺激によりTRPV2を細胞形質膜に発現させた)を免疫した。最終免疫の1週間後、血液およびリンパ節を採取し、抗血清による評価で目的の抗体(細胞外から染色でき、阻害活性を示す)を含んでいることを確認したマウスのリンパ節を用いて、ファージライブラリーを作製した。
免疫原;ペプチド-KLH 579-595 (Ac)EGQEDEGNGAQYRGILEC-KLHおよび全長hTRPV2発現HEK293細胞(全長hTRPV2アミノ酸配列を特開2007-259745号公報(特願2006-088323号)に記載の手法に準じて、HEK293細胞に導入・発現させることにより、hTRPV2発現HEK293細胞を作製し、10μM カンナビジオール(10%FBS/DMEM)で37℃、15分処理し、形質膜にTRPV2の発現を増加させた後に細胞を回収し免疫原として使用した。
【0130】
1-2.2種類の抗体ファージライブラリーの作製
免疫済みのマウス4匹中、血清評価で選択した3匹の各リンパ節(マウス番号01、03、04)から、ISOGEN(ニッポンジーン)を用いてRNAを抽出した。抽出したRNAから、SuperScript III Reverse Transcriptase (Invitrogen) を使用して、cDNAの合成を行った。マウス抗体用プライマーを使用し、合成したcDNAを鋳型にPCRを実施し、マウス抗体遺伝子VH, Vκを増幅した。マウス番号01(No.01ライブラリー)は単独で、マウス番号03と04(No.02ライブラリー)はミックスしたもので増幅した。
VκのPCR産物を、scFv-cp3ベクターへ制限酵素サイトを用いて挿入した。L鎖を挿入したベクターで大腸菌を形質転換して、培養した大腸菌からプラスミドを回収した。このプラスミド(L鎖が組み込まれたscFv-cp3ベクター)へVHを別の制限酵素サイトを用いて挿入した。VHおよびVL遺伝子を組み込んだベクターで大腸菌DH12S(Invitrogen)を形質転換したところ、No.01抗体ライブラリーについて6.9×108、No.02抗体ライブラリーについて5.9×108の形質転換体が得られた。模式図を図1に示す。
形質転換を行った大腸菌のグリセロールストックを作製した。また、形質転換した大腸菌に、ヘルパーファージM13KO7を感染させてファージライブラリー溶液を調製し、パニングに使用した。
【0131】
1-3.マウス抗血清における抗ヒトTRPV2抗体確認アッセイ
(1)イムノブロット
1.6×10cellsのビオチン化hTRPV2発現HEK293細胞(hTRPV2全長発現ベクター(Myc-Biotin化-Hisタグ)をHEK293細胞に発現させたも)を1%n-Dodecyl-β-D-maltoside (Dojindo)で可溶化し、Dynabeads MyOne Streptavidin T1(ベリタス)と室温で20分間ローテートして磁性ビーズに結合させた。洗浄後、SDSサンプルバッファーを添加し、95℃、10分間ボイルした。SDS化されたサンプルをWestern blot法により抗血清と抗Hisタグ抗体によって検出した。その結果、露光時間10秒間の条件下で、抗Hisタグ抗体を用いた場合、100kDaと75kDaの位置にバンドが確認された(図2a)。また、露光時間を3分間の条件下で行ったところ、免疫マウス抗血清を1次抗体に使用した場合も、100kDaと75kDaの位置にバンドが確認された(図2b)。何れも抗Hisタグ抗体を用いた場合と同じ位置にバンドが確認されたことから、hTRPV2が可溶化されて特異的に検出されたものと判断した。バンドの濃さはマウス番号01>03>04の順であった。
【0132】
(2)Cell ELISA
hTRPV2発現HEK293 細胞を用いて抗血清の結合活性を評価した。各抗血清を濃度2点(2000倍希釈、10000倍希釈)で評価した結果、何れの抗血清も陰性コントロールHEK293細胞に比し、hTRPV2発現HEK293細胞に対して高い結合活性を示した(図3)。
【0133】
(3)可溶化膜画分によるELISA(可溶化ELISA)
ビオチン化hTRPV2発現HEK293細胞を可溶化して固相化したストレプトアビジンプレート(Thermo Scientific)で各抗血清の活性確認を行った。結果、陰性コントロールであるTRPV2非発現HEK293細胞可溶化物(TRPV2と全く関係ないタンパクXに同じタグを付加したものを発現させたもの)には反応せず、ビオチン化hTRPV2発現HEK293細胞可溶化物に対して特異的に反応した事から、可溶化膜画分が調製できていることを確認した(図4)。ビオチン化ペプチドに対する結合活性の強さがマウス番号04>01>03であったのに対して、可溶化膜画分ではマウス番号01>03>04の順であった。
【0134】
hTRPV2発現293細胞の活性確認を、Cell ELISAと可溶化ELISAで実施した結果、いずれの方法でもマウス血清で特異性を確認できた。しかしながら、Cell ELISAでは、hTRPV2非発現HEK2923細胞にも抗血清が反応しており、ライブラリー作製に用いた個体がいずれもhTRPV2発現HEK293細胞で免疫を行っていることでHEK293細胞膜上の共通の分子に対して反応しているものと考えられた。このため、1回目パニングの抗原に細胞を使用すると目的抗原特異的な抗体の濃縮が困難と判断し、1回目から3回目パニング抗原には、ペプチドを使用した。ペプチドをパニング抗原に使用すると、立体構造を認識する抗体取得ができない可能性も懸念されたが、まずはCell ELISAで特異性を示す抗体の取得を目標に、ペプチド抗原でパニングを開始した。
【0135】
1-4.パニング
hTRPV2 に対する抗体取得のためパニングに使用する抗原を作製した。具体的には、ビオチン化タグを付加することで可溶化後にストレプトアビジンビーズ等により回収、高密度に抗原提示させる事で目的抗体の濃縮効率を高めた。
ビオチン化ペプチド;579-595 (Ac)EGQEDEGNGAQYRGILEK-biotin
ビオチン化hTRPV2発現HEK293細胞;hTRPV2全長発現ベクター(Myc-Biotin化-Hisタグ)を、HEK293細胞へTransficient(MBL:WU1001)を用いて遺伝子導入した。細胞は10%FCSを含むDMEM(low glucose)で懸濁した。24時間培養後、細胞を回収した。
【0136】
実施したパニング
1回目:ビオチン化ペプチド結合磁性粒子パニング
2回目:ビオチン化ペプチド結合磁性粒子パニング
3回目:KLH修飾ペプチド結合磁性粒子パニング、または
ビオチン化ペプチド+抗ビオチン抗体結合磁性粒子パニング
4回目以降はパニング方法を2通りの方法で実施した。
4回目-A:ビオチン化hTRPV2発現HEK293細胞を可溶化後、磁性粒子に提示したものでパニング
5回目-A:ビオチン化hTRPV2発現HEK293細胞を可溶化後、抗Hisタグ抗体経由で磁性粒子に提示したものでパニング、または
4回目-B:ビオチン化hTRPV2発現HEK293細胞による細胞パニング
5回目-B:ビオチン化hTRPV2発現HEK293細胞による細胞パニング
各パニングの際に、ストレプトアビジンで標識した磁気ビーズで回収した。非結合ファージを洗浄により除去し、結合ファージをトリプシン処理で溶出する操作を繰り返し行った。
【0137】
パニングで回収したファージのhTRPV2に対する結合を、hTRPV2発現HEK293細胞を用いたCell ELISAで確認した。その結果、No.02ファージライブラリーを用いた5回目のパニングで回収したファージコロニー(02a 5th)が、陰性コントロールに対してhTRPV2発現HEK293細胞にやや高い結合活性を示した(図5)。但し、陰性コントロールとして置いたTRPV2非発現HEK293細胞(TRPV2と全く関係ないタンパクXに同じタグを付加したものを発現させたもの)と比べて、かなり膜上の発現量が低いことが確認され、マウス血清の結合活性がhTRPV2発現HEK293細胞の方が低かった。よって、わずかでもhTRPV2発現HEK293細胞に対する反応性の方が上回った5回目パニング回収ファージコロニーの中には、hTRPV2特異抗体が含まれているものと判断し、このプレートから48クローンを単離した。また、同じパニング方法を実施したNo.01ファージライブラリーを用いた5回目のパニングで回収したファージコロニー(01a 5th)からも同様に48クローンを単離した。すなわち、No.02および No.01ファージライブラリーにおいて、それぞれ5回目のパニングで回収したファージの中に、hTRPV2発現HEK293細胞に結合するクローンが含まれていた。それらをモノクローン化して、002aと001aを単離した。
【0138】
1-5.モノクローナル抗体断片の調製
ファージコロニーを用いたCell ELISA評価において、hTRPV2発現HEK293細胞に対して特異性を示した、パニングを5回実施したファージライブラリーNo.02より回収したファージ(02a)、および同じパニングを5回実施したNo.01ファージライブラリーより回収したファージ(01a)からクローンを単離した。各パニングより回収した抗体ファージの大腸菌プレートから、48コロニーずつピックアップして培養し、IPTG誘導をかけることで抗体を大腸菌培養上清中に発現・分泌させ、大腸菌ペレットを除いたものをscFv cp3大腸菌培養上清としてCell ELISA評価に使用した。
【0139】
1-6.ELISAによる結合性の評価
上記で調製したファージ(上記02aおよび01a)の結合活性について、ビオチン化hTRPV2発現HEK293細胞を可溶化後、ストレプトアビジンプレートに固相化したELISAで評価した。その結果、01aファージコロニーからは01a005、01a016、01a018、01a033がビオチン化hTRPV2発現HEK293細胞でやや高い結合活性を示した(図6A)。この4クローンは、陰性コントロールのhTRPV2非発現細胞(TRPV2と全く関係ないタンパクXがビオチン化されたものを発現)に比し、ビオチン化hTRPV2発現HEK293細胞においてより高い結合活性を示したため、陽性クローンとした。また、02aファージコロニーからは、すべてのクローンがビオチン化hTRPV2発現HEK293細胞に高い結合活性を示した(図6B)。
【0140】
1-7.モノクローナル抗体のVH解析
各パニング後に回収したファージの大腸菌プレートからピックアップして培養した培養液からプラスミドDNAを調製し、上記(1-6)ELISA陽性クローンのVH解析を実施した。解析の結果、01aライブラリーのELISA陽性クローン(01a005、01a016、01a018、01a033)は、いずれも同一のVH配列であった(01aライブラリーのVH:配列番号16)。次に、02aライブラリーのELISA陽性クローンから、02a001~009を解析した結果、7クローンは同一(フレーム部分に1アミノ酸の違いはあり)で、CDR2部分が1アミノ酸違いのクローンが2クローン(02a003、02a005)含まれていたが、結合活性に重要と考えられるCDR3は全てのクローンで同一であった(02aライブラリーのVH:配列番号14(02a001)、18(02a003と02a005)、19(02a006)(3種類))。このため、解析後のクローンの評価は、01aライブラリーはELISAにおける特異性の最も良かった01a033(以下、mAb001と表記することもある。)を、02aライブラリーはいずれも結合活性に差が認められなかったことから02a001(以下、mAb002と表記することもある。)を選択した。02aライブラリーは免疫個体No.3とNo.4のミックスライブラリーであるが、02a001と同一のVH配列を有するクローンの結合活性が高いために、01a033のような低い結合活性のクローンは得られなかったものと推測される。
【0141】
1-8.Cell ELISAとフローサイトメトリーによるhTRPV2に対する結合の確認
01a、および02aライブラリーELISA陽性クローンのVH解析の結果、各ライブラリー1種類の特異クローンが確認されたため、代表クローン01a033(mAb001)(重鎖CDR1(配列番号9)、重鎖CDR2(配列番号10)、重鎖CDR3(配列番号11);軽鎖CDR1(配列番号12)、軽鎖CDR2(WAS)、軽鎖CDR3(配列番号13);重鎖可変領域:配列番号16;軽鎖可変領域:配列番号17)、02a001(mAb002)(重鎖CDR1(配列番号4)、重鎖CDR2(配列番号5)、重鎖CDR3(配列番号6);軽鎖CDR1(配列番号7)、軽鎖CDR2(RMS)、軽鎖CDR3(配列番号8)重鎖可変領域:配列番号14;軽鎖可変領域:配列番号15)の結合活性について、hTRPV2発現HEK293細胞を用いたCell ELISAで評価した。上記評価において、各サンプルは、各大腸菌プレートからピックアップして培養し、IPTG誘導をかけることで抗体タンパク質を大腸菌培養上清中に発現・分泌させた。その後、遠心により大腸菌ペレットを除いたものを、硫酸アンモニウムにより沈殿濃縮したものである。その結果、2クローンともhTRPV2発現細胞に対して高い蛍光強度を示した。
【0142】
また、本実験では細胞膜上の抗原に結合する抗体取得を目的としている。そこで、固定化や可溶化を行っていないnative formのhTRPV2を発現したhTRPV2発現HEK293細胞によるフローサイトメトリーを実施した。その結果、01a033(mAb001)ではわずかな結合しか確認されなかったものの02a001(mAb002)ではhTRPV2特異的な結合が確認された。01a033(mAb001)については、可溶化したformのみを認識するクローンである可能性も否定できないが、本実験はscFvによる評価であるため、IgG変換後に結合活性が上昇して、hTRPV2発現HEK293細胞に対する結合がフローサイトメトリーにて確認できる可能性は十分にあると考えた(図7)。
【0143】
1-9.免疫沈降実験によるhTRPV2に対する結合の確認
ELISA陽性クローンのVH解析の結果、選択された代表クローン01a033(mAb001)、 02a001(mAb002)とネガティブコントロール抗体の計3クローンの培養上清からscFv抗体が結合したビーズを調製し、hTRPV2発現HEK293細胞可溶物による免疫沈降実験を行った。その結果、01a033(mAb001)と02a001(mAb002)が結合したビーズでのみでhTRPV2に対する結合(100kDaの位置のバンド)が確認された(図8)。何れも抗Hisタグ抗体を用いた場合と同じ位置にバンドが確認されたことから、いずれのscFVもhTRPV2を免疫沈降できることが確認できた。
【0144】
1-10.抗体遺伝子ベクターの構築
・発現ベクターへ可変領域を導入し、H鎖、L鎖の発現系を構築
2種のクローン01a033(mAb001)、02a001(mAb002)のVHおよびVL断片を、scFv発現ベクターをテンプレートに使用して、PCRによりそれぞれシグナル配列および制限酵素サイトを付加しながら増幅した。VLは、続けてCKを付加するfusion-PCRにて、VL-CKフラグメントを調製した。
これらの遺伝子断片をそれぞれ2種類の制限酵素で処理し、予めマウスCH1,2,3遺伝子を組み込んだH鎖用ベクター(pEHX1.1)およびL鎖用ベクター(pELX2.2)へ各々組み込んだ。分泌シグナル配列は、H鎖にVH4-34、L鎖にVK2-A23を使用した。
VH4-34:MKHLWFFLLLVAAPRWVLS(配列番号20)
VK2-A23:MRLLAQLLGLLMLWVPGSSG(配列番号21)
H鎖ベクターおよびL鎖ベクターをシークエンシングし、正しい遺伝子断片が挿入できていることを確認した。H鎖ベクターとL鎖ベクターを、2種類の制限酵素で消化しH鎖ベクターとL鎖ベクターを連結して、IgG抗体発現ベクターを作製した。連結したIgG抗体発現ベクターを大腸菌に導入後、培養した形質転換体からQIAGEN Plasmid Midi Kit(QIAGEN)でプラスミドを回収した。
【0145】
・H鎖、L鎖の発現ベクターをCHO細胞へ導入し、発現を確認
作製したIgG抗体発現ベクターの1箇所を制限酵素(AseI(NEB))で消化し、一本鎖化したプラスミドをエレクトロポレーションによりCHO-K1(浮遊培養用に馴化)に導入した。10%FBS Ham's F12培地(和光純薬)20 mLに懸濁して、37℃、5%、CO2にて培養した。翌日に終濃度10 μg/mLとなるようピューロマイシン(Sigma)を添加し、さらに1日後に培養上清の一部を分取し、ELISAにより解析を行った。その結果、01a033(mAb001)、02a001(mAb002)ともに、IgG発現が確認された。
【0146】
1-11.マウス抗体遺伝子発現ベクター導入細胞の作製および抗体産生
・抗ヒトTRPV2 IgG抗体産生細胞株の作製
IgG発現を確認した抗ヒトTRPV2 IgG抗体産生細胞の培養を継続し、遺伝子導入後14日目に、0.05% トリプシン-EDTA(和光純薬)にて剥離し、4 mM L-Glutamine含有無血清培地( EX-CELL(登録商標)CD-CHO Fusion(SAFC)へ馴化した。馴化中もピューロマイシンを10 μg/mLで添加し続け選択を継続した。
【0147】
・抗ヒトTRPV2 IgG抗体産生細胞株からの抗ヒトTRPV2 IgG抗体の精製
馴化が完了した細胞を、2.0~3.0×105個/mLになる様に100 mLの無血清培地に懸濁し、10日間、37℃で500 mLフラスコ(Nunc)にて振とう培養を行った。培養上清を回収し、nProtein A Sepharose 4 Fast Flow(GEヘルスケア)を用いたアフィニティーカラムで精製を行った。PBSで洗浄後、カラムからの抗体の溶出を、0.2 M Glycin-HCl(pH3.0)で行い、PBSで透析を行った後、限外ろ過(Amicon Ultra (Millipore)により、PBS(-)へバッファー置換と濃縮を行った。各々、0.22μmのフィルターでフィルトレーション後、OD280 nm測定とSDS-PAGEを行ったゲルのCBB染色にて、濃度と純度確認を行った(図9)。
【0148】
1-12.抗ヒトTRPV2 IgG抗体のhTRPV2結合活性(フローサイトメトリー)
・使用細胞
HEK293細胞にビオチン化hTRPV2発現ベクターおよびビオチン化hTRPV2非発現ベクター(TRPV2と全く関係ないタンパクXがビオチン化されたものを発現)を遺伝子導入したものを使用した。
・ビオチン化hTRPV2発現HEK293細胞の調製
D-MEM(10%FBS)培地で培養を開始して、サブコンフルエントの状態で継代した。実験にはサブコンフルエントに増殖した細胞を用いた。
ビオチン化hTRPV2発現ベクター(MBL)は、Transficient(MBL)を用い、マニュアルに従い遺伝子導入し、約24時間培養した。同時に陰性コントロールとして、hTRPV2非発現ベクター(TRPV2と全く関係ないタンパクXがビオチン化されたものを発現)も同様に導入した。細胞をピペッティングで剥離後、PBSで洗浄し、細胞数を1% BSA/PBSで、1検体当たり2×105に合わせた。
【0149】
・結合反応とフローサイトメトリー解析
1% BSA/PBSを用いて抗体結合反応および洗浄操作を行った。上記で調製した抗ヒトTRPV2 IgG抗体 5 μg/mLを、氷上で1時間、hTRPV2発現HEK293細胞と結合させた。1% BSA/PBSで1回洗浄した後に、2次抗体(Alexa488標識抗マウスIgG(H+L)抗体、5 μg/mL(Invitrogen))と、氷上で1時間反応させた。1% BSA/PBSで2回洗浄した後、フローサイトメーター(Beckman,FC500)で解析した。
各クローンのX-meanを、陰性コントロール抗体と比較したMFI値を求めた結果、01a033(mAb001)は、hTRPV2発現細胞特異的であったものの、極僅かな結合が確認されるレベルであった。02a001(mAb002)は、陰性コントロール細胞(hTRPV2非発現HEK293細胞)にもシフトが認められたが、hTRPV2発現HEK293細胞に対しては強く結合しており、ピークが2つ確認された。右側の大きくシフトしたピークが強制発現したhTRPV2に対する反応で、左のピークは、極僅かにHEK293細胞に内在しているhTRPV2に対する反応と考えられる。IgG変換前のscFv-cp3大腸菌培養上清では、力価が不十分で強制発現抗原でのみ確認されたシフトが、IgG化により力価が上がった事で、少量発現していたHEK293細胞のhTRPV2にも反応したものと推測される(図10)。
【0150】
1-13.抗マウスTRPV2抗体と抗ヒトTRPV2抗体の種交差性の確認
・Western blotによる交差性の確認試験
HEK293細胞、マウスTRPV2(mTRPV2)およびhTRPV2発現HEK293細胞をLysis bufferにより可溶化した。16,000 × gで10分間、4℃で遠心した後に、上清を7.5% SDS-PAGEで分離してからPVDFに転写した。メンブレンをBlocking One(ナカライテスク)でブロッキングした後、Blocking Oneで500倍希釈した抗マウスTRPV2抗体(mAb88-2)、抗ヒトTRPV2抗体(mAb002)、TRPV2ポリクローナル抗体pAb(TRPV2)(TRPV2のC末端領域を抗原として作成したポリクローナル抗体でmTRPV2、hTRPV2とも認識できる抗体:非特許文献2)を、それぞれ加えて4℃、overnightでインキュベートした。Wash buffer(0.1% Tween-20/TBS)で5分3回洗った後、Blocking Oneで1000倍希釈したHRP標識2次抗体(Goat anti-Mouse IgG (H+L) Secondary Antibody, HRPまたはGoat anti-Rabbit IgG (H+L)と室温で1時間インキュベーションした。その後、Wash buffer(0.1% Tween-20/TBS)で5分3回洗った後、さらにPBSで2回洗浄を行い、ECL(enhanced chemiluminescence substrate)を添加して、化学発光を検出した。pAb(TRPV2)では、mTRPV2およびhTRPV2両方がイムノブロットにより染色されるが、mAb88-2は、mTRPV2発現HEK293細胞可溶化物のみ、mAb002は、hTRPV2発現HEK293細胞可溶化物のみ染色した。
【0151】
・免疫染色による交差性の確認試験
mTRPV2発現HEK293細胞(上)ならびにhTRPV2発現HEK293細胞およびHEK293細胞(下)を中性ホルムアルデヒドで固定(5分)した後に、PBSにて洗浄した。次に、抗マウスTRPV2抗体(mAb88-2)(0.013 mg/ml)もしくは抗ヒトTRPV2抗体(mAb002)(0.021 mg/ml)と、4℃で12時間インキュベーションした。PBSにて洗浄後、500倍希釈のAlexa488 anti-mouse IgGと室温で1時間インキュベーションした後、PBSで洗浄し、共焦点レーザー顕微鏡で検鏡した。その結果、抗マウスTRPV2抗体(mAb88-2)は、mTRPV2発現HEK293細胞のみを、抗ヒトTRPV2抗体(mAb002)は、hTRPV2発現HEK293細胞のみを染色した(図11)。
【0152】
・Cell ELISAによる交差性の確認試験
96 well plateに1-3×10 cells/wellで、hTRPV2発現HEK293細胞(図12a)またはmTRPV2発現HEK293細胞(図12b)を播種した。翌日、5分間PFAで固定した後に、PBSで洗浄を行い、各細胞に、抗マウスTRPV2抗体(mAb88-2)、抗ヒトTRPV2抗体(mAb002、mAb001)、およびアイソタイプコントロールを加えた。室温で、30分間インキュベーションした後に、PBSで洗浄した。さらに、Alexa488標識抗マウス二次抗体(life technology)を、50 μl/well添加し、室温で30分間反応させた。PBSで洗浄した後に、POLARstar Omega(BMG Labtech, Germany)にて蛍光値を測定した。(図12a、および図12b
【0153】
1-14.抗hTRPV2抗体のKD値の測定
上記1-11.で得られた抗hTRPV2抗体(mAb001、mAb002)とhTRPV2細胞外ドメインとの解離定数測定を以下のように行った。
hTRPV2 extracellular domain-biotin(572-609)(配列表の配列番号1のアミノ酸配列の572位から609位に示されるアミノ酸配列のC末端にリシン残基およびビオチンを付加したポリペプチド)を合成した。Biacore T200(GEヘルスケアバイオサイエンス)を使用し、固定化した抗マウスIgG(Fc)抗体に抗体を捕捉(キャプチャー)し、抗原をアナライトとして測定するキャプチャー法にて測定を行った。抗マウスIgG(Fc)抗体(Mouse Antibody Capture Kit、GEヘルスケアバイオサイエンス(株))は、センサーチップCM5(GEヘルスケアバイオサイエンス)へ、アミンカップリング法にて~15,000 RU共有結合させた。リファレンスセルにも同様に固定化した。ランニングバッファーとしてHBS-EP(10 mM HEPES, pH 7.4, 0.15 M NaCl, 3 mM EDTA, 0.05% Surfactant P20)を用いた。抗マウスIgG(Fc)抗体を固定化したチップ上に、約10 μg/mlの抗体溶液を流速10 μl/分で180秒間添加した後、hTRPV2 細胞外ドメイン(572-609)の希釈系列溶液(10-1000 nM)を、流速30 μl/分で120秒間添加し、900秒間の解離相をモニターした。再生溶液として、10 mM Glycine-HCl(pH 1.7)を、流速20 μl/分で180秒間添加した。データ解析には、分析ソフトウェア(Biacore Insight Evaluation Software, version 2.0)の1対1結合モデルを用いて、結合速度定数ka、解離速度定数kdおよび解離定数(KD; KD=kd/ka)を算出した。その結果、抗hTRPV2抗体(mAb002)のKD値は19.2 nM、抗hTRPV2抗体(mAb001)のKD値は188 nMであった。
【0154】
1-15.抗ヒトTRPV2抗体によるHEK293細胞内Ca 2+ 流入阻害評価
hTRPV2発現HEK293細胞を、poly-D-Lysineコートの96 well plateにてコンフルエントの状態まで培養した。培養液を除き、0.5 mM Ca2+含有BSS 0.1% BSAで溶解した5 mM Cal520(Cal520(登録商標),AM、AAT Bioquest)50 μlを添加し、37℃にて、2.5時間接触させ細胞内にカルシウム指示薬(Cal520)を負荷させた。その後、Cal520負荷液を除き、0.5 mM Ca2+含有BSSで溶解させた100 mM カンナビジオール(CBD)液50 μlを入れて、37℃にて30分静置した。その後CBD液を除き、抗hTRPV2抗体(mAb001、mAb002)抗mTRPV2抗体(88-2、11-6)、抗mTRPV2抗体(Anti-TRPV2 (VRL1) (extracellular) Antibody (#ACC-039)Alomon lab)、アイソタイプコントロール(IgG)を、0.5 mM Ca2+含有BSS 0.01% BSAで希釈した液50 μlと、4℃にて1時間接触させた。その後、37℃に戻して2分後、50 μlの2 mM CaCl2、10 mMプロべネシド含有BSSを加えることにより測定を開始した。CaCl2およびプロべネシドの最終濃度を、それぞれ1.25 mMと5 mMになるように調製した。時間経過に伴う細胞内Ca2+濃度変化を反映する蛍光変化を、蛍光発光カイネティクス測定器FDSS7000により測定した。抗TRPV2抗体による阻害は、抗体希釈液のみを入れたウェルの反応を100%とし、抗体を入れたウェルの反応率を算出することにより評価した。抗体(mAb002)のIC50は、8.9 nMであった(図13aおよび図13b)。
BSS; Balanced Salt Solution (146 mM NaCl, 4 mM KCl, 2 mM MgCl2, 0.5 mM CaCl2, 10 mM glucose, and 10 mM HEPES/Tris, pH7.2)
【0155】
1-16.抗hTRPV2抗体のエピトープ同定
抗hTRPV2抗体のエピトープとなるhTRPV2候補ペプチドのアミノ酸をそれぞれアラニンに置換したプラスミド(hTRPV2のC末端にFlag標識)を、リポフェクタミン3000を用いてHEK293細胞にトランスフェクションした。トランスフェクションしてから24~48時間後の細胞を可溶化緩衝液(10 mM Tris HCl pH 7.4、145 mM NaCl 1 mM EDTA、1% Np40)で可溶化した。SDS-PAGEによりタンパクを分離し、疎水性膜(PVDF)に転写した。5%スキムミルクでブロッキング後、0.1% Tween 20含有トリス緩衝生理食塩水(TTBS)で洗浄し、抗hTRPV2抗体(mAb002)もしくはanti-flag抗体(MBL M2)と、4℃にて12時間反応させた。TTBSで洗浄後、1000倍希釈HRP標識2次抗体(Goat anti-Mouse IgG (H+L) Secondary Antibody, HRP Invitrogen)と室温にて2時間反応させた後、再度TTBSで洗った。化学発光検出薬をマニュアルに従って調製し、疎水性膜を化学発光検出装置にセットし露光させカメラに取り込んだ。hTRPV2の発現はanti-flag抗体による標識による化学発光検出バンドを定量し、抗hTRPV2抗体(mAb002)による検出バンドの定量とともにimage Jにより解析した。アラニン置換により、抗体とペプチドの結合によるバンドが消失するアミノ酸(EGQED、配列番号3)がエピトープであると判断した(図14aおよび図14b)。
【産業上の利用可能性】
【0156】
本発明の抗ヒトTRPV2抗体またはその断片は、筋疾患および/または心疾患の治療または予防に有用である。また、本発明の抗ヒトTRPV2抗体またはその断片は、心筋細胞および/または筋細胞変性疾患の診断薬として有用である。
図1
図2
図3
図4
図5
図6A
図6B
図7
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図9
図10
図11
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図13
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【配列表】
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