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特開2023-169453胸水推定システム、胸水推定装置、胸腔内推定装置、胸水推定方法及びプログラム
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023169453
(43)【公開日】2023-11-30
(54)【発明の名称】胸水推定システム、胸水推定装置、胸腔内推定装置、胸水推定方法及びプログラム
(51)【国際特許分類】
   A61B 5/0537 20210101AFI20231122BHJP
   A61B 5/091 20060101ALI20231122BHJP
   A61B 5/145 20060101ALI20231122BHJP
【FI】
A61B5/0537 200
A61B5/091
A61B5/145
【審査請求】未請求
【請求項の数】16
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022080547
(22)【出願日】2022-05-17
(71)【出願人】
【識別番号】522080100
【氏名又は名称】ナチュラルポスチャー合同会社
(74)【代理人】
【識別番号】100180921
【弁理士】
【氏名又は名称】峰 雅紀
(72)【発明者】
【氏名】野瀬 大補
【テーマコード(参考)】
4C038
4C127
【Fターム(参考)】
4C038KK01
4C038SU18
4C127AA06
4C127DD05
4C127GG18
(57)【要約】
【課題】 本願発明は、経時的かつ非侵襲的に胸腔内インピーダンス測定を可能とする胸水推定システム等を提供することを目的とする。
【解決手段】 対象に貯留している胸水の有無又は貯留の程度を推定する胸水推定システムであって、前記対象の胸部に経皮的に接触する電極部と、前記電極部に交流電流を印加してインピーダンスを測定するインピーダンス測定部と、胸骨剣状突起を含む生体の横断面と腋窩中線との交点を前記電極部の貼付基準位置に設定して前記インピーダンス測定部により測定したインピーダンス測定値を用いて前記胸水の有無又は貯留の程度を推定する胸水推定部とを備える、胸水推定システムである。
【選択図】 図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
対象に貯留している胸水の有無又は貯留の程度を推定する胸水推定システムであって、
前記対象の胸部に経皮的に接触する電極部と、
前記電極部に交流電流を印加してインピーダンスを測定するインピーダンス測定部と、
胸骨剣状突起を含む生体の横断面と腋窩中線との交点を前記電極部の貼付基準位置に設定して前記インピーダンス測定部により測定したインピーダンス測定値を用いて前記胸水の有無又は貯留の程度を推定する胸水推定部とを備える、胸水推定システム。
【請求項2】
前記電極部として、
電圧計に接続された電極板である第1電圧電極板及び第2電圧電極板と、
電流計に接続された電極板である第1電流電極板及び第2電流電極板とを有する、請求項1記載の胸水推定システム。
【請求項3】
前記対象の前記インピーダンス測定値と、当該対象の胸水の有無又は貯留の程度とを記憶する記憶部と、
前記記憶部に記憶された前記インピーダンス測定値と胸水の有無又は貯留の程度とを教師データとして用い、入力を前記インピーダンス測定値とし、出力を前記インピーダンス測定値の測定時における胸水の有無又は貯留の程度とする推定モデルを機械学習により生成するモデル生成部とをさらに備え、
前記胸水推定部は、前記モデル生成部により生成された前記推定モデルを用いて、前記インピーダンス測定部により測定された前記インピーダンス測定値から前記対象の胸水の有無又は貯留の程度を推定する、請求項1に記載の胸水推定システム。
【請求項4】
前記胸水推定部は、前記対象の胸囲又は身幅にも基づいて前記胸水の有無又は貯留の程度を推定する、請求項1記載の胸水推定システム。
【請求項5】
前記対象の前記胸囲、前記胸囲の二乗、前記身幅又は前記身幅の二乗を前記インピーダンス測定値で割った商であるインピーダンス指数と、当該対象の胸水の有無又は貯留の程度とを記憶する記憶部と、
前記記憶部に記憶された前記インピーダンス指数と前記胸水の有無又は貯留の程度とを教師データとして用い、入力を前記インピーダンス指数とし、出力を前記インピーダンス測定値の測定時における胸水の有無又は貯留の程度とする推定モデルを機械学習により生成するモデル生成部とをさらに備え、
前記胸水推定部は、前記モデル生成部により生成された前記推定モデルを用いて、前記インピーダンス測定部により測定された前記インピーダンス測定値を用いた前記インピーダンス指数から前記対象の胸水の有無又は貯留の程度を推定する、請求項4に記載の胸水推定システム。
【請求項6】
前記モデル生成部は、さらに、酸素投与がないとした場合の酸素飽和度の仮想値を酸素投与下の酸素分圧を用いて推定した推定酸素飽和度も教師データとして用い、
前記推定モデルは、さらに前記推定酸素飽和度も入力とする、請求項3記載の胸水推定システム。
【請求項7】
前記モデル生成部は、さらに脈拍数も教師データとして用い、
前記推定モデルは、さらに脈拍数も入力とする、請求項3記載の胸水推定システム。
【請求項8】
前記インピーダンス測定部で印加する周波数は、2~500kHzである、請求項1記載の胸水推定システム。
【請求項9】
前記インピーダンス測定値として、測定値からCole-Coleプロットを用いて推定される、周波数を0又は無限大に近づけた時の極限値を用いる、請求項8記載の胸水推定システム。
【請求項10】
対象に貯留されている胸水の有無又は貯留の程度を推定する胸水推定装置であって、
胸骨剣状突起を含む生体の横断面と腋窩中線との交点を貼付基準位置に設定して前記対象に経皮的に接触する電極部に交流電流を印加してインピーダンスを測定するインピーダンス測定部と、
前記インピーダンス測定部により測定したインピーダンス測定値に基づいて前記胸水の有無又は貯留の程度を推定する胸水推定部とを備える、胸水推定装置。
【請求項11】
対象の胸腔内の状態の推定を行う胸腔内推定装置であって、
請求項10記載のインピーダンス測定値に加えて、体重、位相角、インピーダンス指数、CRP値、細胞外液の体積、体表面積、アスパラギン酸アミノトランスフェラーゼ値、推定酸素飽和度、ヘマトクリット値、Na値、血圧、又は、心拍数、血中酸素飽和度、白血球数、γGTP値、Cre値、又は、K値も用いて胸腔内の状態の推定を行う、胸腔内推定装置。
【請求項12】
対象に貯留されている胸水の有無又は貯留の程度を推定する胸水推定システムを用いた胸水推定方法であって、
前記胸水推定システムは、
前記対象の胸部に経皮的に接触する電極部と、
前記電極部に交流電流を印加してインピーダンスを測定するインピーダンス測定部と、
前記インピーダンス測定部により測定したインピーダンス測定値を用いて前記胸水の有無又は貯留の程度を推定する胸水推定部と、
前記インピーダンス測定部及び胸水推定部を制御する制御部とを備えるものであり、
前記対象の胸骨剣状突起を含む生体の横断面と腋窩中線との交点を貼付基準位置に設定して、前記電極部を経皮的に接触させる電極接触ステップと、
前記制御部が、前記インピーダンス測定部に、前記電極部に交流電流を印加してインピーダンスを測定させるインピーダンス測定ステップと、
前記制御部が、前記胸水推定部に、前記インピーダンス測定ステップにて測定したインピーダンス測定値を用いて前記胸水の有無又は貯留の程度を推定させる胸水推定ステップとを含む、胸水推定方法。
【請求項13】
前記胸水推定システムは、前記電極部として、
電圧計に接続された電極板である第1電圧電極板及び第2電圧電極板と、
電流計に接続された電極板である第1電流電極板及び第2電流電極板とを有するものであり、
前記電極接触ステップにおいて、
前記第1電圧電極板と前記第1電流電極板とを、前記生体の体側の一方であって前記交点を挟んで前記横断面に沿って対称な位置に接触させ、
前記第2電圧電極板と前記第2電流電極板とを、前記生体の体側の前記一方と反対側であって前記交点を挟んで前記横断面に沿って対称な位置に接触させる、請求項12記載の胸水推定方法。
【請求項14】
前記第1電圧電極板と前記第1電流電極板とを、前記生体の冠状面に対して同じ側に接触させ、
前記第2電圧電極板と前記第2電流電極板とを、前記冠状面に対して前記第1電圧電極板とは反対側に接触させ、
前記インピーダンス測定ステップにおいて、
前記第1電圧電極板と前記第2電圧電極板との間で電圧が測定され、
前記第1電流電極板と前記第2電流電極板との間で電流が測定される、請求項13記載の胸水推定方法。
【請求項15】
コンピュータに、請求項12記載の制御部として機能させるプログラム。
【請求項16】
対象の胸部のインピーダンス測定値を測定する胸部インピーダンス測定方法であって、
前記対象の胸骨剣状突起を含む生体の横断面と腋窩中線との交点を貼付基準位置に設定して、電極部を経皮的に接触させる電極接触ステップと、
前記電極部に交流電流を印加してインピーダンスを測定するインピーダンス測定ステップとを含む、胸部インピーダンス測定方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本願発明は、胸水推定システム、胸水推定装置、胸腔内推定装置、及び胸水推定方法及びプログラムに関するものである。
【背景技術】
【0002】
肺炎や心不全を発症した場合は、胸腔内で肺の内外に水分が様々な割合で貯留する。肺炎の場合は、肺の中で炎症が生じることで血管から水分が浸出する。心不全の場合は、心臓の駆出力が落ちるために心臓の上流に位置する肺で水分が漏出することによるものである。
【0003】
胸腔内の水分の貯留の診断には、一般に、CT画像又はレントゲン画像が用いられる。図17は、(a)胸水貯留時と(b)胸水消失時のレントゲン画像である。
【0004】
また、心臓ペースメーカーを埋め込まれた患者の場合は、留置されたペースメーカーのリード線と本体間の抵抗値(胸郭インピーダンス)を測定することで肺の水分量をモニタリングし、心不全の状態を経時的に測定する胸部埋め込み型デバイスが知られている(非特許文献1及び2)。胸部埋め込み型デバイスは、図17のように心不全を発症し肺に水が貯留すると、インピーダンスが低下するという相関関係を利用したものである。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】橋本 美央ら、「胸郭インピーダンスおよびOptiVol(登録商標) Fluid Indexの遠隔モニタリングにより,心不全増悪の早期発見,加療が可能であった重症心不全の1例」、J Cardiol Jpn Ed 2011;6:163-8
【非特許文献2】John P. Boehmer et al, “A Multisensor Algorithm Predicts Heart Failure Events in Patients With Implanted Devices,” JACC: HEART FAILURE VOL. 5, NO. 3, 2017.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、胸部埋め込み型デバイスは、胸に埋め込むものであり、侵襲性の高さから患者に大きな負担を強いることとなる。それにもかかわらず、例えば、心不全の感度が条件を整えても60-70%に留まることが知られている。
【0007】
また、CT画像又はレントゲン画像による診断には、大型の装置が必要であり、医療現場にしか設置されておらず、医療機関への受診が必須となる。
【0008】
さらに、新型コロナ感染症を始めとした重症呼吸器感染症は、感染者が検査場所まで移動する間においても周囲への感染リスクあることが問題となっている。そのため、本発明者は、どこでも簡易的に症状の増悪の兆候を把握できる機器が必要であると考えた。
【0009】
そこで、本願発明は、継続的かつ非侵襲的に胸腔内インピーダンス測定を可能とする胸水推定システム等を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本願発明の第1の観点は、対象に貯留している胸水の有無又は貯留の程度を推定する胸水推定システムであって、前記対象の胸部に経皮的に接触する電極部と、前記電極部に交流電流を印加してインピーダンスを測定するインピーダンス測定部と、胸骨剣状突起を含む生体の横断面と腋窩中線との交点を前記電極部の貼付基準位置に設定して前記インピーダンス測定部により測定したインピーダンス測定値を用いて前記胸水の有無又は貯留の程度を推定する胸水推定部とを備える、胸水推定システム。
【0011】
本願発明の第2の観点は、第1の観点の胸水推定システムであって、前記電極部として、電圧計に接続された電極板である第1電圧電極板及び第2電圧電極板と、電流計に接続された電極板である第1電流電極板及び第2電流電極板とを有する。
【0012】
本願発明の第3の観点は、第1の観点の胸水推定システムであって、前記対象の前記インピーダンス測定値と、当該対象の胸水の有無又は貯留の程度とを記憶する記憶部と、前記記憶部に記憶された前記インピーダンス測定値と胸水の有無又は貯留の程度とを教師データとして用い、入力を前記インピーダンス測定値とし、出力を前記インピーダンス測定値の測定時における胸水の有無又は貯留の程度とする推定モデルを機械学習により生成するモデル生成部とをさらに備え、前記胸水推定部は、前記モデル生成部により生成された前記推定モデルを用いて、前記インピーダンス測定部により測定された前記インピーダンス測定値から前記対象の胸水の有無又は貯留の程度を推定する。
【0013】
本願発明の第4の観点は、第1から第3のいずれかの観点の胸水推定システムであって、前記胸水推定部は、前記対象の胸囲又は身幅にも基づいて前記胸水の有無又は貯留の程度を推定する。
【0014】
本願発明の第5の観点は、第4の観点の胸水推定システムであって、前記対象の前記胸囲、前記胸囲の二乗、前記身幅又は前記身幅の二乗を前記インピーダンス測定値で割った商であるインピーダンス指数と、当該対象の胸水の有無又は貯留の程度とを記憶する記憶部と、前記記憶部に記憶された前記インピーダンス指数と前記胸水の有無又は貯留の程度とを教師データとして用い、入力を前記インピーダンス指数とし、出力を前記インピーダンス測定値の測定時における胸水の有無又は貯留の程度とする推定モデルを機械学習により生成するモデル生成部とをさらに備え、前記胸水推定部は、前記モデル生成部により生成された前記推定モデルを用いて、前記インピーダンス測定部により測定された前記インピーダンス測定値を用いた前記インピーダンス指数から前記対象の胸水の有無又は貯留の程度を推定する。
【0015】
本願発明の第6の観点は、第3から第5のいずれかの観点の胸水推定システムであって、前記モデル生成部は、さらに、酸素投与がないとした場合の酸素飽和度の仮想値を酸素投与下の酸素分圧を用いて推定した推定酸素飽和度も教師データとして用い、前記推定モデルは、さらに前記推定酸素飽和度も入力とする。
【0016】
本願発明の第7の観点は、第3から第6のいずれかの観点の胸水推定システムであって、前記モデル生成部は、さらに脈拍数も教師データとして用い、前記推定モデルは、さらに脈拍数も入力とする。
【0017】
本願発明の第8の観点は、第1から第7のいずれかの観点の胸水推定システムであって、前記インピーダンス測定部で印加する周波数は、2~500kHzである。
【0018】
本願発明の第9の観点は、第8の観点の胸水推定システムであって、前記インピーダンス測定値又は前記インピーダンス指数として、測定値からCole-Coleプロットを用いて推定される、周波数を0又は無限大に近づけた時の極限値を用いる。
【0019】
本願発明の第10の観点は、対象に貯留されている胸水の有無又は貯留の程度を推定する胸水推定装置であって、胸骨剣状突起を含む生体の横断面と腋窩中線との交点を貼付基準位置に設定して前記対象に経皮的に接触する電極部に交流電流を印加してインピーダンスを測定するインピーダンス測定部と、前記インピーダンス測定部により測定したインピーダンス測定値に基づいて前記胸水の有無又は貯留の程度を推定する胸水推定部とを備える、胸水推定装置である。
【0020】
本願発明の第11の観点は、対象の胸腔内の状態の推定を行う胸腔内推定装置であって、第10の観点のインピーダンス測定値に加えて、体重、位相角、インピーダンス指数、CRP値、細胞外液の体積、体表面積、アスパラギン酸アミノトランスフェラーゼ値、推定酸素飽和度、ヘマトクリット値、Na値、血圧、又は、心拍数、血中酸素飽和度、白血球数、γGTP値、Cre値、又は、K値も用いて胸腔内の状態の推定を行う、胸腔内推定装置である。
【0021】
本願発明の第12の観点は、対象に貯留されている胸水の有無又は貯留の程度を推定する胸水推定システムを用いた胸水推定方法であって、前記胸水推定システムは、前記対象の胸部に経皮的に接触する電極部と、前記電極部に交流電流を印加してインピーダンスを測定するインピーダンス測定部と、前記インピーダンス測定部により測定したインピーダンス測定値を用いて前記胸水の有無又は貯留の程度を推定する胸水推定部と、前記インピーダンス測定部及び胸水推定部を制御する制御部とを備えるものであり、前記対象の胸骨剣状突起を含む生体の横断面と腋窩中線との交点を貼付基準位置に設定して、前記電極部を経皮的に接触させる電極接触ステップと、前記制御部が、前記インピーダンス測定部に、前記電極部に交流電流を印加してインピーダンスを測定させるインピーダンス測定ステップと、前記制御部が、前記胸水推定部に、前記インピーダンス測定ステップにて測定したインピーダンス測定値を用いて前記胸水の有無又は貯留の程度を推定させる胸水推定ステップとを含む、胸水推定方法である。
【0022】
本願発明の第13の観点は、第12の観点の胸水推定方法であって、前記胸水推定システムは、前記電極部として、電圧計に接続された電極板である第1電圧電極板及び第2電圧電極板と、電流計に接続された電極板である第1電流電極板及び第2電流電極板とを有するものであり、前記電極接触ステップにおいて、前記第1電圧電極板と前記第1電流電極板とを、前記生体の体側の一方であって前記交点を挟んで前記横断面に沿って対称な位置に接触させ、前記第2電圧電極板と前記第2電流電極板とを、前記生体の体側の前記一方と反対側であって前記交点を挟んで前記横断面に沿って対称な位置に接触させる。
【0023】
本願発明の第14の観点は、第13の観点の胸水推定方法であって、前記第1電圧電極板と前記第1電流電極板とを、前記生体の冠状面に対して同じ側に接触させ、前記第2電圧電極板と前記第2電流電極板とを、前記冠状面に対して前記第1電圧電極板とは反対側に接触させ、前記インピーダンス測定ステップにおいて、前記第1電圧電極板と前記第2電圧電極板との間で電圧が測定され、前記第1電流電極板と前記第2電流電極板との間で電流が測定される。
【0024】
本願発明の第15の観点は、コンピュータに、第12の観点の制御部として機能させるプログラムである。
【0025】
本願発明の第16の観点は、対象の胸部のインピーダンス測定値を測定する胸部インピーダンス測定方法であって、前記対象の胸骨剣状突起を含む生体の横断面と腋窩中線との交点を貼付基準位置に設定して、電極部を経皮的に接触させる電極接触ステップと、前記電極部に交流電流を印加してインピーダンスを測定するインピーダンス測定ステップとを含む。
【0026】
本願発明の第17の観点は、第12の観点の胸水推定方法を用いた胸腔内推定方法であって、第12の観点の胸水推定推定ステップに加えて、体重、位相角、インピーダンス指数、CRP値、細胞外液の体積、体表面積、アスパラギン酸アミノトランスフェラーゼ値、推定酸素飽和度、ヘマトクリット値、Na値、血圧、又は、心拍数、血中酸素飽和度、白血球数、γGTP値、Cre値、又は、K値も用いて胸腔内の状態の推定を行う胸腔内推定ステップを含む、胸腔内推定方法である。
【発明の効果】
【0027】
本願発明の各観点によれば、経時的かつ非侵襲的に対象の胸腔内インピーダンス測定を実施し、胸水の有無及び/又は貯留の程度を推定することが可能になる。特に、従来は測定の対象となる人体等が千差万別であるために、安定したデータを取得できなかった。しかし、本願発明の各観点によれば、測定場所を特定することで初めて胸部のインピーダンス測定値として安定したデータを得ることが可能となる。
【0028】
また、従来より胸水の貯留の診断に用いられているCT装置又はレントゲン装置に比べ、本願発明の胸水推定システムは小型化及び軽量化が可能である。そのため、設置場所の自由度があがり、病院だけではなく、例えば患者宅や高齢者施設などにも設置可能である。しかも、電極部を指定箇所に貼付することで測定可能となる。そのため、どこでも簡易的、かつ非侵襲的に重症度や増悪の兆候を把握することが可能になる。
【0029】
また、呼吸器感染症等で周囲への感染リスクが懸念される患者の肺炎・心不全の状態を継時的にかつ遠隔からオンラインでも把握可能となる。
【0030】
さらに、画像診断と異なり、肺内の状況を継時的に評価することが可能となる。このため、医療関係者だけでなく患者の家族や高齢者施設の関係者など医療従事者でない者にも状況理解が容易となる。結果として、患者宅や高齢者施設において受診や注意の必要性を把握することが容易となる。
【0031】
また、本願発明の第2又は第13の観点によれば、4端子法で測定することにより、インピーダンス値をさらに高い精度で測定することが可能となる。
【0032】
さらに、本願発明の第14の観点によれば、2つの電極板で生体の中心部を挟んで電流及び電圧を測定することになり、より確実に胸腔のインピーダンス測定を行うことが可能となる。
【0033】
本願発明の第3の観点によれば、より容易に胸水の有無及び/又は貯留の程度を推定することが可能になる。
【0034】
本願発明の第4及び第5の観点によれば、対象の体格を反映させることにより、さらに高精度に胸水の有無及び/又は貯留の程度を推定することが可能になる。
【0035】
本願発明の第8及び第9の観点によれば、さらに高精度に胸水の有無及び/又は貯留の程度を推定することが可能になる。古くから経胸郭インピーダンスの計測による呼吸や循環動態の研究は行われてきた。しかしながら、インピーダンスを規定する因子は胸郭内水分量以外にも皮膚、皮下組織、脂肪量、肺の実質組織が存在し、精度の面から臨床応用は難しいとされ、十分に確立した測定手法はなかった。発明者が提案する測定周波数で測定することにより、インピーダンスを規定する因子に対する胸郭内水分量の影響が反映されやすくなり、さらに高精度に胸水の有無及び/又は貯留の程度を推定することが可能になる。
【図面の簡単な説明】
【0036】
図1】実施例1に係る胸水推定システム1の概要を示すブロック図である。
図2】実施例1に係る胸水推定システム1による推定モデルの概要を示す図である。
図3】胸水の有無とインピーダンス測定値との関係性を示す図である。
図4】実施例1に係る胸水推定システムによる図3のインピーダンス測定値のロジスティック回帰分析の結果を示す図である。
図5】実施例2に係る胸水推定システムによる推定モデルの概要を示す図である。
図6】胸水の有無とインピーダンス指数との関係性を示す図である。
図7】実施例2に係る胸水推定システムによる図6のインピーダンス指数のロジスティック回帰分析の結果を示す図である。
図8】胸水の有無と別のインピーダンス指数との関係性を示す図である。
図9】実施例3に係る胸水推定システムによる図8のインピーダンス指数のロジスティック回帰分析の結果を示す図である。
図10】推定酸素飽和度を算出する際に用いる換算表を例示する図である。
図11】酸素飽和度を用いた場合と推定酸素飽和度を用いた場合のROC曲線を比較する図である。
図12】三段階に分けた胸水の貯水の程度と、インピーダンス指数との関係性を示す図である。
図13】実施例7に係る胸水推定システムによる図12のインピーダンス指数のロジスティック回帰分析の結果を示す図である。
図14】実施例7の分析による受信者動作特性(ROC)分析の結果を示す図である。
図15】各指標のSHAP値を示す図である。
図16】左右の貼付基準位置のそれぞれに、電圧電極板と電流電極板を1枚ずつの計4枚を貼付した一例を示す図である。
図17】(a)胸水貯留時と(b)胸水消失時のレントゲン画像と、従来の植込み型デバイスによるインピーダンス測定結果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0037】
以下、図面を参照して本願発明の実施形態を詳細に説明する。なお、本願発明の実施例は、以下に記載する内容に限定されるものではない。
【実施例0038】
図1は、実施例1に係る胸水推定システム1の概要を示すブロック図である。胸水推定システム1は、胸水推定装置2と、電極部3とを備える。胸水推定装置2は、インピーダンス測定部5と、胸水推定部7と、制御部9と、記憶部11と、通信部13、モデル生成部15とを備える。
【0039】
電極部3は、電流を印加するために対象の胸部に経皮的に接触させるものである。本実施例では、対象の胸部に貼付け可能な30mm×40mmの貼付面を有する電極パッドを複数用いた。インピーダンス測定部5は、電極間に交流電流を印加してインピーダンスを測定する。
【0040】
胸水推定部7は、インピーダンス測定部により測定したインピーダンス測定値を用いて胸水の有無又は貯留の程度を推定する。具体的には、モデル生成部15により生成された推定モデルを用いて、インピーダンス測定部5により測定されたインピーダンス測定値から対象の胸水の有無又は貯留の程度を推定する。
【0041】
制御部9は、インピーダンス測定部5を制御して、所定の周波数の交流を電極部3から印加させる。また、制御部9は、胸水推定部7を制御して、インピーダンス測定部5による測定結果に基づいて、対象の胸水の有無又は貯留の程度を推定させる。記憶部11は、インピーダンス測定部5による測定結果、他の方法による胸水の有無又は貯留の程度の診断結果、モデル生成部15により生成された推定モデル、及び/又は、胸水推定部7による推定結果を記憶する。
【0042】
通信部13は、インピーダンス測定部5による測定結果、胸水推定部7による推定結果、及び/又は、記憶部9が記憶した測定結果を通信する。
【0043】
モデル生成部15は、統計データの分析により、又は、教師データに基づく機械学習により、胸水の有無や胸水の貯留の程度を推定する推定モデルを生成する。
【0044】
図2は、実施例1に係る胸水推定システム1による推定モデルの概要を示す図である。モデル生成部15は、記憶部11に記憶されたインピーダンス測定値と胸水の有無又は貯留の程度とを教師データとして用い、入力をインピーダンス測定値とし、出力をインピーダンス測定値の測定時における胸水の有無又は貯留の程度とする推定モデルを機械学習により生成する。なお、教師データとして用いた貯留の程度とは、例えば、画像診断の結果から、「胸水が無い」、「軽症(胸水が1/3以下だけ貯留されている)」、「中等症以上(胸水が1/3より多い)」の三段階に分けたものである。
【0045】
図3は、胸水推定システムによるインピーダンスの測定結果を示す図である。胸腔内に水分が貯留した状態である心不全罹患者を対象とし、疾患の改善前後での胸腔インピーダンスを測定した。
【0046】
具体的な測定方法を下記に示す。まず、安静仰臥位の状態を15分以上保ったのちに、胸骨剣状突起を含む生体の横断面と腋窩中線との交点を電極板の貼付基準位置に設定し、アルコール面で表皮を清拭後に大きさ30mm×40mmで長方形の電極パッドを貼付した。そして、2~500kHzの範囲で交流電流を印加してインピーダンス測定を行った。なお、以下の「インピーダンス測定値」としては、測定値からCole-Coleプロットを用いて推定される、周波数を0に近づけた時の極限値を用いた。
【0047】
心不全罹患者は、胸部X線単純写真やコンピュータ断層撮影(Computed Tomography以後CT)により胸腔内および肺内に水分貯留を認める。そこで、まず胸水貯留時に胸腔内インピーダンスを測定し、心不全が改善し胸腔内の水分貯留が改善した段階で再度測定を施行した。
【0048】
得られたインピーダンス測定値は、胸水貯留時と胸水消失時で有意差を認め、胸水消失時で平均値46.1(95%信頼区間42.05-50.12)で、胸水貯留時は平均値30.2(95%信頼区間26.82-33.55)であった。この結果より、インピーダンス測定値は心不全罹患時の胸腔内の分析に有用であることが分かった。
【0049】
図3に示すように、p値は十分に小さいことから、胸水の有無によってインピーダンス測定値に有意な差があることが分かる。
【0050】
図4は、図3のインピーダンス測定値のロジスティック回帰分析の結果を示す図である。
【0051】
図4には、インピーダンス測定値から胸水の有無が予測される境界が曲線グラフで示されている。横軸はインピーダンス測定値(Ω)であり、縦軸は胸水有りである確率pとしてデータから得られる回帰式を当てはめたものである。具体的には、目的変数をロジットLogit(p)、回帰変数をC0, C1、説明変数をインピーダンス測定値として、ロジットZ = Logit(p) = C0 + C1×インピーダンス測定値と表される。また、ロジスティック曲線は、p=1/(1+e(-Z))で表される。pの値が0.5を超えた場合は「胸水有り」、0.5未満であれば「胸水無し」と判定される。この曲線グラフと、実際に胸水の有無を確認した結果を混同行列として表1に示す。
【0052】
【表1】
【0053】
100名の被験者において、胸水無しと予測されて実際に胸水が無かった人数が27人、胸水無しと予測されて実際には胸水が有った人数が9人、胸水有りと予測されて実際には胸水が無かった人数が14人、胸水有りと予測されて実際に胸水が有った人数が50人であった。このことから、感度は、50/(50+9)=84.7%であった。全体での予測の正解率は、(27+50)/100=77%であった。
【0054】
一般に、胸部埋め込み型機器による心不全の感度が条件を整えても60-70%であることに鑑みると、医療現場以外で簡易的かつ非侵襲的に判断する手法としては十分に精度が実用に堪えるものといえる。
【実施例0055】
実施例2に係る胸水推定システムは、基本的な構成は実施例1と同様である。
【0056】
実施例2に係る胸水推定システムが備える記憶部は、インピーダンス測定部5による測定結果、対象の胸囲の二乗をインピーダンス測定値で割った商であるインピーダンス指数、他の方法による胸水の有無又は貯留の程度の診断結果、モデル生成部により生成された推定モデル、及び/又は、胸水推定部による推定結果を記憶する。
【0057】
図5は、実施例2に係る胸水推定システムによる推定モデルの概要を示す図である。モデル生成部は、記憶部に記憶されたインピーダンス指数、及び、画像診断結果から得られた胸水の有無又は貯留の程度とを教師データとして用い、入力をインピーダンス指数とし、出力をインピーダンス測定値の測定時における胸水の有無とする推定モデルを機械学習により生成する。ここで、インピーダンス指数は、対象の胸囲又は身幅及びインピーダンス測定値を用いて指数値として算出した値である。
【0058】
胸水推定部は、モデル生成部により生成された推定モデルを用いて、インピーダンス測定部5により測定されたインピーダンス測定値を用いたインピーダンス指数から対象の胸水の有無又は貯留の程度を推定する。なお、以下の「インピーダンス指数」としては、測定値からCole-Coleプロットを用いて推定される、周波数を0に近づけた時の極限値を用いた。
【0059】
また、インピーダンス指数、胸水の有無又は貯留の程度の他に、身体所見、血液検査の結果、過去のインピーダンス測定値、体表面積、及び/又は、胸郭比・浸潤影の有無・浸潤影の範囲等の画像診断結果を教師データとして用いることにより、さらに精度よく胸水の有無又は貯留の程度を推定可能となる。身体所見には、酸素飽和度、脈拍数、血圧値が含まれるものであってもよい。
【0060】
図6は、胸水の有無とインピーダンス指数との関係性を示す図である。胸腔内に水分が貯留した状態である心不全罹患者を対象とし、疾患の改善前後でのインピーダンスを測定し、対象の胸囲又は身幅の二乗をインピーダンス測定値で割った商としてインピーダンス指数を算出した。
【0061】
具体的な測定方法は実施例1と同様である。
【0062】
得られたインピーダンス指数は、胸水貯留時と胸水消失時で有意差があり、胸水消失時で平均値34.6(95%信頼区間29.17-40.13)で、胸水貯留時は平均値54.7(95%信頼区間50.14-59.28)であった。この結果より、インピーダンス指数は心不全罹患時の胸腔内の分析に有用であることが分かった。
【0063】
図7は、胸水推定システムによる図6のインピーダンス測定値のロジスティック回帰分析の結果を示す図である。この曲線グラフと、実際に胸水の有無を確認した結果を混同行列として表2に示す。
【0064】
【表2】
【0065】
100名の被験者において、胸水無しと予測されて実際に胸水が無かった人数が28人、胸水無しと予測されて実際には胸水が有った人数が13人、胸水有りと予測されて実際には胸水が無かった人数が13人、胸水有りと予測されて実際に胸水が有った人数が46人であった。このことから、感度は、46/(13+46)=77.9%であった。全体の予測の正解率は、(28+46)/100=74%であった。
【0066】
インピーダンス指数を用いた分析でも、医療現場以外で簡易的に判断する手法としては十分に精度が実用に堪えるものといえる。
【0067】
実施例2では、対象の体格差を反映させることにより、実施例1よりもさらに幅広い対象者にも適切に胸水の有無を推定することが可能になる。
【実施例0068】
本実施例に係る胸水推定システムは、基本的には実施例2に係る胸水推定システムと同様の構成である。ただし、実施例3では、インピーダンス指数として、対象の身幅をインピーダンス測定値で割った商を用いた。測定方法は、実施例1及び2と同様である。
【0069】
図8は、胸水の有無と別のインピーダンス指数との関係性を示す図である。得られたインピーダンス指数は、胸水貯留時と胸水消失時で有意差があり、胸水消失時で平均値1.02 (95%信頼区間 0.956-1.086)で、胸水貯留時は平均値0.576(95%信頼区間0.519-0.633)であった。この結果より、本実施例のインピーダンス指数も、心不全罹患時の胸腔内の分析に有用であることが分かった。
【0070】
図9は、胸水推定システムによる図8のインピーダンス測定値のロジスティック回帰分析の結果を示す図である。この曲線グラフと、実際に胸水の有無を確認した結果を混同行列として表3に示す。
【0071】
【表3】
【0072】
195名の被験者において、胸水無しと予測されて実際に胸水が無かった人数が94人、胸水無しと予測されて実際には胸水が有った人数が20人、胸水有りと予測されて実際には胸水が無かった人数が16人、胸水有りと予測されて実際に胸水が有った人数が65人であった。このことから、感度は、65/(65+20)=76.5%であった。全体の予測の正解率は、(65+94)/195=81.5%であった。
【0073】
本実施例のインピーダンス指数を用いた分析でも、医療現場以外で簡易的に判断する手法としては十分に精度が実用に堪えるものといえる。
【実施例0074】
本実施例では、モデル生成部が、インピーダンス測定値又はインピーダンス指数に加えて、酸素飽和度を入力とする推定モデルを生成した。
【0075】
ただし、一般的な酸素飽和度ではなく、本発明者が提案する「推定酸素飽和度」を以下のように求めて入力とした。
【0076】
表4に酸素飽和度―酸素分圧換算表の一部と、酸素流量に対する吸入酸素濃度の目安を記載して示す。まず、鼻カヌラ等で酸素投与されている対象者の測定された酸素飽和度をその時の酸素分圧に換算する。このとき、表4に例示した酸素飽和度―酸素分圧換算表(表4中のI)を参照する。得られた酸素分圧の値をAとする。次に、表4中のIIIを参照して、投与している酸素流量から対応する吸入酸素濃度Bを特定する。続いて、患者に投与されている推定酸素分圧として、C=A×0.21/Bを求める。ここで、0.21は大気中の酸素濃度である。最後に、算出された推定酸素分圧Cに対応する推定酸素飽和度を、酸素飽和度―酸素分圧換算表を参照して得る(表4中のII)。表4に例示するように、表4中のIIは、表4中のIを逆換算して得られる。図10にさらに広い範囲で記載した表を示す。図10は、推定酸素飽和度を算出する際に用いる換算表を例示する図である。得られた推定酸素飽和度は、酸素投与がないとした場合の酸素飽和度の推定値に対応する。
【0077】
本発明に係る胸水推定システムは、上記の手順で酸素飽和度から推定酸素飽和度を得る推定酸素飽和度換算部を得るものであってもよい。
【0078】
【表4】
【0079】
具体例を述べる。酸素飽和度SpO2が96%で、鼻カヌラで2.0L/minの酸素を投与しているとする。このとき、表4のIを参照して、対応する酸素分圧は82Torrであることが分かる(A)。次に、吸入酸素流量が2.0L/minであるため、表4のIIIを参照して、吸入酸素濃度は28%と分かる(B)。したがって、C=82×0.21/0.28=61.5を算出する。最後に、表4のIIを参照して、推定酸素飽和度として91%を得る。
【0080】
以下、一般的に知られている酸素飽和度(SpO2)と本発明者が提案する推定酸素飽和度(eSpO2)とを用いた場合の推定精度について比較して述べる。
【0081】
一般的に呼吸常態の良し悪しを判別する際に用いる酸素飽和度のカットオフ値は90%であるが、正常(胸水無し)と異常(胸水有り)とを判断する際に酸素投与下の状態でもこの値を当てはめた場合の結果を表5に示す。
【0082】
【表5】
【0083】
表5に示すように、酸素飽和度を用いた場合には184名の異常のうち、2名しか検知できなかった。酸素投与下において同じ値を用いても有効ではないと考えられる。また、このように異常判定が少数となるデータでは、機械学習に使用することもできない。
【0084】
続いて、本発明者が提案する推定酸素飽和度を指標として用いた結果について述べる。正常(胸水無し)と異常(胸水有り)とを判別するカットオフ値としては、同じく90%を用いた。表6に結果を示す。
【0085】
【表6】
【0086】
表6に示すように、推定酸素飽和度を用いた場合には51名の異常を検知し、うち41名が正解であった。酸素飽和度を用いた場合と比べると、はるかに多くの異常を検知し得ることが分かる。本発明者が提案した推定酸素飽和度を用いることにより、酸素投与下であることを考慮して推定することが可能となる。また、推定酸素飽和度を指標として用いる場合には、機械学習の学習データを確保することも可能である。
【0087】
なお、上記ではカットオフ値として90%を用いたが、異なるカットオフ値を用いた場合の正解数と正解率について表7に示す。
【0088】
【表7】
【0089】
表7に示すように、推定酸素飽和度を指標として用いることにより、どのカットオフ値についても正解数が増加した。また、正答率も約8-10[%]増大した。このことから、一般的な酸素飽和度よりも推定酸素飽和度を指標として用いることで胸水の有無を精度よく推定できることが分かる。
【0090】
また、表7からは、カットオフ値によって正解数や正答率が増減することも分かる。したがって、適切なカットオフ値を設定することにより、機械学習モデルの精度を高めることが可能である。
【0091】
さらに、ロジスティック回帰分析に基づくROC曲線でも両者を評価した。図11は、(a)酸素飽和度を用いた場合と、(b)推定酸素飽和度を用いた場合のROC曲線を比較する図である。
【0092】
図11を参照して、酸素飽和度を用いた場合のAUCの値は0.59にとどまった。他方、推定酸素飽和度を用いた場合のAUCの値は、0.74と良好であった。
【0093】
本発明者は、通常の酸素飽和度を用いるよりも、本発明者が提案する推定酸素飽和度を用いることにより、推定モデルがより精度よく推定できることを見出した。
【実施例0094】
本実施例では、モデル生成部が、インピーダンス測定値又はインピーダンス指数、及び、推定酸素飽和度に加えて、脈拍数を入力とする推定モデルを生成した。
【0095】
胸水が存在し又は貯留すると、血中の酸素飽和度が低下する。そのため、脈拍が異常に上がる傾向がある。したがって、脈拍数も入力とすることにより、推定モデルの推定精度をさらに向上させることが可能となる。
【0096】
本実施例では、インピーダンス測定値又はインピーダンス指数、推定酸素飽和度、脈拍数を用いて多重ロジスティック回帰分析による予測を行った。具体的には、本実施例におけるロジスティック回帰式として、ロジットLogit(p)= C0+C1×(インピーダンス指数)+C2×(推定酸素飽和度[%])+C3×(脈拍[bpm])を用いる。
【実施例0097】
本実施例では、インピーダンス測定値又はインピーダンス指数、推定酸素飽和度、脈拍数に加えて、血液検査データ(白血球数、Na値、CRP値)を用いて多重ロジスティック回帰分析による予測を行った。具体的には、本実施例におけるロジスティック回帰式として、ロジットLogit(p)= C0+C1×R(インピーダンス)+C2×CRP値+C3×脈拍数-C4×推定酸素飽和度-C5×白血球数+C6×Na値を用いた。
【0098】
本実施例による手法と、実際に胸水の有無を確認した結果を混同行列として表5に示す。
【0099】
【表8】
【0100】
181名の被験者において、胸水無しと予測されて実際に胸水が無かった人数が97人、胸水無しと予測されて実際には胸水が有った人数が11人、胸水有りと予測されて実際には胸水が無かった人数が10人、胸水有りと予測されて実際に胸水が有った人数が63人であった。このことから、感度は、63/(11+63)=85.1%であった。全体の予測の正解率は、(97+63)/181=88.3%であった。
【実施例0101】
さらに、本実施例では、胸水の貯留の程度について、「兆候なし」「軽症」「中等症以上」の三段階に分けた分析結果について述べる。なお、本実施例では、インピーダンス指数として、被験者の身幅をインピーダンス測定値で割った商を用いた。
【0102】
図12は、三段階に分けた胸水の貯水の程度と、インピーダンス指数との関係性を示す図である。得られたインピーダンス指数は、三段階のそれぞれで有意差があり、胸水の「兆候なし」で平均値0.576(95%信頼区間 0.521-0.631)で、「軽症」では平均値0.890(95%信頼区間0.793-0.987)、「中等症以上」では平均値1.117(95%信頼区間1.034-1.199)であった。
【0103】
さらに、図13及び図14を参照して、本実施例の分析が胸水の貯留の程度の分析に有用であることを示す。図13は、本実施例に係る胸水推定システムによる図12のインピーダンス指数のロジスティック回帰分析の結果を示す図である。図14は、本実施例の分析による受信者動作特性(ROC)分析の結果を示す図である。
【0104】
図13を参照して、「兆候なし」「軽症」「中等症以上」の三段階がきれいに分離されていることが示されている。また、図14を参照して、受診者応答曲線のAUC(Area Under the Curve)は、「軽症」及び「中等症以上」に対応する曲線についてそれぞれ0.885、0.848と高い値を示した。
【0105】
以上の結果より、本実施例のインピーダンス指数を用いた分析は、胸水の貯留の程度の分析にも有用であることが示された。
【0106】
なお、上記の実施例では、インピーダンス指数を、胸囲の二乗をインピーダンス測定値で割った商や、身幅をインピーダンス測定値で割った商として算出した。しかし、インピーダンス指数として、他の定義を行ってもよい。例えば、身幅の二乗をインピーダンス測定値で割った商や、胸囲をインピーダンス測定値で割った商としてもよい。
【0107】
また、モデル生成部は、体重や体重の変化も入力とする推定モデルを生成するものであってもよい。胸水が貯留する結果として、体重が3-4kg程度増える傾向にある。そのため、体重や体重の変化も入力とすることにより、推定モデルの推定精度をさらに向上させることが可能となる。
【0108】
また、モデル生成部は、血液検査データのうち、K値、γGTP値、Cre値も入力とする推定モデルを生成するものであってもよい。
【0109】
さらに、モデル生成部は、本実施例に記載したインピーダンス測定値等の項目の他にも、対象者の年齢等の項目も入力とする推定モデルを生成するものであってもよい。
【0110】
さらに、「インピーダンス測定値」又は「インピーダンス指数」として、測定値からCole-Coleプロットを用いて推定される、周波数を無限大に近づけた時の極限値を用いてもよい。
【0111】
さらに、各指標の有効性についてSHAP値を用いて示す。図15は、各指標のSHAP値を示す図である。
【0112】
図15は、複数の指標を用いて(a)ロジスティック回帰分析のみを行った場合のSHAP値と、(b)機械学習を行った場合のSHAP値とを示す図である。
【0113】
図15を参照して、一見して機械学習を行うことで指標の重要度が変動し得ることが分かる。図15において、WIPerは、体重変化に対応する。PhA50.0[degrees]は、50[kHz]のときの位相角に対応する。II8_R0[cm2/ohm]は、身幅の二乗を、周波数0[kHz]のときのインピーダンス測定値として推定される値で割ったインピーダンス指数に対応する。CRPSは、特定のCRP値を基準値として二値化した値に対応する。r30.0[ohm]は、周波数30[kHz]のときのインピーダンス値に対応する。Cre[mg/dL]は、Cre値に対応する。PhA10.0[degrees]は、周波数10[kHz]のときの位相角に対応する。Kurasumi_ECW/BSAは、細胞外液の体積を蔵澄らが提案した方法で測定した体表面積で割った商に対応する。PhAfc[degrees]は、臨界周波数の時の位相角に対応する。ASTSは、特定のアスパラギン酸アミノトランスフェラーゼ値を基準値として二値化した値に対応する。eSpO2Sは、特定の推定酸素飽和度の値を基準値として二値化した値に対応する。HctSは、特定のヘマトクリット値を基準値として二値化した値に対応する。NaSは、特定のNa値を基準値として二値化した値に対応する。SBPSは、特定の収縮期血圧値を基準値として二値化した値に対応する。HRSは、特定の心拍数を基準値として二値化した値に対応する。
【0114】
ここで、臨界周波数は、細胞膜の静電容量が最大になるときの電流周波数であり、細胞膜の状態を最も反映する周波数といえる。正常な細胞であれば、細胞膜の電気容量が大きく、電気を貯められるため、電圧と電流のずれである位相角が大きくなる。これに対して、細胞が障害を受けると、細胞膜の静電容量が下がり、電気を貯められなくなる。そのため、電圧と電流のずれである位相角が小さくなる。そのため、臨界周波数のときの位相角を見ることで、細胞膜の状態を客観的に評価して比較することが可能となる。
【0115】
ロジスティック回帰分析のみを行った場合の精度は、84.7%程度であった。これに対して、機械学習を行った場合の精度は、88%程度に改善された。
【0116】
さらに、胸水の有無又は貯留の程度と共に、血圧等を考慮することで心不全や肺炎といった症状の判定も容易となる。本発明は、これらの症状の判定を行う症状判定部をさらに備える症状判定システムとして捉えてもよい。
【0117】
例えば、高齢者では肺炎を契機として胸水が貯留する傾向がある。また、心不全の場合には、肺炎の場合よりもさらに胸水が貯留する傾向がある。そのため、胸水が存在し、又は、所定の程度以上であると推定される場合に、状態推定部が、肺炎又は心不全である旨の推定を行うものであってもよい。また、胸水がさらに多く貯留していると推定される場合に、状態推定部が、心不全である旨の推定を行うものであってもよい。
【0118】
また、心不全には、心臓の機能が低下することで血圧が異常に下がる場合がある。結果として胸水が溜まることになる。また、血圧が非常に高値のために生じるものもある。症状判定部は、胸水が存在し、又は、所定の程度以上である場合であって、かつ、血圧が正常の範囲ではなく異常値を示す場合に、心不全の確率が高いと判定するものであってもよい。
【0119】
新型コロナ感染症のように、今後も新たな呼吸器感染症が出現する可能性は十分にある。そのため、肺内変化を継時的に、かつ、非侵襲的に評価できることは、今後一層求められると考えられる。
【0120】
なお、本願実施例では、電極板を1枚ずつ左右の貼付基準位置に貼り付けた。しかし、図16に示すように、電極部が電圧系に接続された2枚の電極板(電圧電極板)と、電流計に接続された2枚の電極板(電流電極板)とを有するものであり、左右の貼付基準位置の近傍に2枚ずつの計4枚を人体等の生体に接触させるものであってもよい。さらに、2枚の電圧電極板が胸骨剣状突起を含む生体の矢状面に対して対称な位置にあり、2枚の電流電極板が同じく矢状面に対して対称な位置にあってもよい。このとき、4端子法により電圧及び電流を測定できるため、高精度にインピーダンスを測定することが可能となる。
【実施例0121】
上記の各実施例では、電極板を胸部剣状突起を含む生体の横断面と腋窩中線との交点を貼付基準位置に設定して、その位置かその周辺位置に電極板を接触させた。しかし、本実施例では、これらの位置とは別の足や腕といった服を着たままでも測定しやすい位置に電極板を接触させる。
【0122】
胸部に電極板を接触させたときのインピーダンス測定値と、足や腕のような胸部とは異なる生体の一部に電極板を接触させたときのインピーダンス測定値とは関連があると考えられるため、ドメイン適応の転移学習が可能であることが期待される。
【実施例0123】
以下、高齢者等の日常の行動から早期の段階で身体の変化を非侵襲的に推定して早期治療につなげることを可能とする生活行動認識システムについて述べる。このシステムは、家庭や高齢者施設等で活用されることが想定される。また、上記の実施例で述べた胸水推定システムと共に用いることにより、地域全体での包括的な取り組みを推進することを可能とする。
【0124】
生活行動認識システムは、センサ部と、サーバとを備える。センサ部は、人感センサ、環境センサ、ドアセンサ及び加速度センサを備える。サーバは、収集したデータをもとに機械学習モデルを用いて行動推定を行い、対象者の行動から全身状態の変化を早期に予測するモデルを構築する。人感センサは、人の存在や移動を感知して、取得したデータを無線でサーバーに送信する。環境センサは、温度、湿度、照度、騒音を計測し、取得したデータを無線でサーバーに送信する。
【0125】
胸水推定システムと生活行動認識システムとを連動させることにより、心不全等の症状が出現する前の行動変化に基づいて、状態の悪化をごく早期に推定することが可能となる。さらに、その情報を家族や施設の関係者に知らせることで、地域全体での健康長寿へ向けた取り組みを推進する。
【0126】
例えば、生活行動認識システムが異常を検知すると、事前に同意の上で指定されていた関係者に自動的に異常が通報されると共に、胸水推定システムが運用される。
【0127】
ここで、生活行動認識システムは、情報受信者によって評価され、続いて、推定モデルの結果を病院での客観的診断(胸部単純写真やCT画像、超音波検査および血液検査)に照らし合わせることでさらに評価されて改善される。対象者が医療機関を受診しない場合も、超音波診断装置等を用いて胸水の有無や鑑別疾患の診断を行うことで評価及び改善されるものであってもよい。
【0128】
上記の2つのシステムを連動させた早期異常検知システムが推定モデルを構築する際、インピーダンス測定値、血液検査及び身体所見に加えて、生活行動認識システムのセンサ部が収集したデータを入力とするものであってもよい。
【符号の説明】
【0129】
1;胸水推定システム、2;胸水推定装置、3;電極部、5;インピーダンス測定部、7;胸水推定部、9;制御部、11;記憶部、13;通信部、15;モデル生成部
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