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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023169608
(43)【公開日】2023-11-30
(54)【発明の名称】駆動力推定装置
(51)【国際特許分類】
   B60W 30/02 20120101AFI20231122BHJP
   B60K 17/348 20060101ALI20231122BHJP
   B60W 50/14 20200101ALI20231122BHJP
【FI】
B60W30/02
B60K17/348 B
B60W50/14
【審査請求】未請求
【請求項の数】5
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022080830
(22)【出願日】2022-05-17
(71)【出願人】
【識別番号】000005348
【氏名又は名称】株式会社SUBARU
(74)【代理人】
【識別番号】100123696
【弁理士】
【氏名又は名称】稲田 弘明
(74)【代理人】
【識別番号】100100413
【弁理士】
【氏名又は名称】渡部 温
(72)【発明者】
【氏名】松野 浩二
(72)【発明者】
【氏名】島 佳希
(72)【発明者】
【氏名】齊藤 正容
【テーマコード(参考)】
3D043
3D241
【Fターム(参考)】
3D043AA01
3D043AB17
3D043EA02
3D043EA18
3D043EA31
3D043EB03
3D043EB06
3D043EB07
3D043EB13
3D043EE07
3D043EE08
3D043EE09
3D043EE12
3D241BA18
3D241CA04
3D241CE09
3D241DA52Z
3D241DB02Z
3D241DB05Z
3D241DB09Z
3D241DB12Z
3D241DB27Z
3D241DB28Z
3D241DB32Z
3D241DB47Z
(57)【要約】
【課題】駆動状態を適切に推定可能な駆動状態推定装置を提供する。
【解決手段】前輪FW及び後輪RWを駆動する車両1における駆動力を推定する駆動力推定装置を、前後輪の自由転動回転速度を出力する自由転動回転速度出力部と、前後輪の実回転速度を検出する実回転速度検出部と、自由転動回転速度及び実回転速度から前輪及び後輪のスリップ率を演算するスリップ率演算部と、前後輪のドライビングスティフネスと、スリップ率とを用いて前後輪の駆動力を推定する駆動力推定部と、前後輪のすべり角を出力するすべり角出力部と、すべり角に応じて駆動力の推定に用いるドライビングスティフネスを補正するスティフネス補正部とを備える構成とする。
【選択図】図11
【特許請求の範囲】
【請求項1】
前輪及び後輪を駆動する車両における前記前輪の駆動力及び前記後輪の駆動力を推定する駆動力推定装置であって、
制駆動力が発生していない自由転動状態における前記前輪及び前記後輪の回転速度である自由転動回転速度を出力する自由転動回転速度出力部と、
前記前輪及び前記後輪の実際の回転速度である実回転速度を検出する実回転速度検出部と、
前記自由転動回転速度及び前記実回転速度から前記前輪及び前記後輪のスリップ率を演算するスリップ率演算部と、
前記前輪及び前記後輪のドライビングスティフネス又はブレーキングスティフネスと、前記スリップ率とを用いて前記前輪及び前記後輪の駆動力を推定する駆動力推定部と、
前記前輪及び前記後輪のすべり角を出力するすべり角出力部と、
前記すべり角出力部が出力する前記すべり角に応じて前記駆動力推定部が前記駆動力の推定に用いる前記ドライビングスティフネス又は前記ブレーキングスティフネスを補正するスティフネス補正部と
を備えることを特徴とする駆動力推定装置。
【請求項2】
前記車両は、前記前輪に駆動力を伝達する前輪駆動力伝達機構と、前記後輪に駆動力を伝達する後輪駆動力伝達機構と、前記前輪駆動力伝達機構と前記後輪駆動力伝達機構との回転速度差を拘束するトランスファクラッチとを有し、
前記トランスファクラッチの伝達トルクを推定するトランスファトルク推定部を備え、
前記駆動力推定部は、前記トランスファトルク推定部が推定した前記伝達トルクに応じて前記駆動力の推定値を補正すること
を特徴とする請求項1に記載の駆動力推定装置。
【請求項3】
前記トランスファトルク推定部は、前記前輪及び前記後輪の前記実回転速度の差と、前記前輪及び前記後輪の前記自由転動回転速度の差とに基づいて前記伝達トルクを推定すること
を特徴とする請求項2に記載の駆動力推定装置。
【請求項4】
前記トランスファトルク推定部は、前記前輪及び前記後輪の前記実回転速度の差と、前記前輪及び前記後輪の前記自由転動回転速度の差との差分を、前記前輪及び前記後輪の前記実回転速度の差で除した値に基づいて前記伝達トルクを推定すること
を特徴とする請求項3に記載の駆動力推定装置。
【請求項5】
前記駆動力推定部が推定した前記駆動力に基づいて前記前輪と前記後輪との駆動力配分制御を変更する駆動力配分制御変更部と、前記駆動力推定部が推定した前記駆動力を乗員に提示する駆動力情報出力部との少なくとも一方を備えること
を特徴とする請求項1から請求項4までのいずれか1項に記載の駆動力推定装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、前輪及び後輪を駆動する車両の駆動力推定装置に関する。
【背景技術】
【0002】
四輪駆動(AWD)の自動車の駆動力推定等に関する従来技術として、例えば、特許文献1には、二輪駆動状態及び四輪駆動状態を、センサ等を使用することなく正確に検出するため、二輪駆動状態時に駆動トルクが伝達される車輪の車輪速度が二輪駆動状態時に駆動トルクが伝達されない車輪の車輪速度を上回っていることを第1の車輪速差検出手段で検出し、第2の車輪速差検出手段で、二輪駆動状態時に駆動トルクが伝達される車輪の車輪速度が二輪駆動状態時に駆動トルクが伝達されない車輪の車輪速度を下回っていることが所定時間継続してないことを検出したときに二輪駆動状態と判断し、その他の場合に四輪駆動状態と判断することが記載されている。
特許文献2には、実際の駆動状態の検出精度を向上するため、車両旋回時など横方向運動が生じている状態において、設定されている駆動状態に基づく推定ヨーレート値と実際の実ヨーレート値との偏差に基づき実際の駆動状態を判定することが記載されている。
特許文献3には、車両旋回時の走行安定性を向上させるため、舵角と車体速から車両の旋回半径を算出すると共に、ヨーレートから前輪及び後輪の横滑り角をそれぞれ算出し、これらの車両の旋回半径及び前輪及び後輪の横滑り角から各車輪の目標移動速度を算出し、各車輪の目標移動速度及び各車輪速から各車輪のスリップ率差を算出し、スリップ率差に基づき各車輪に制動トルクを与えることにより各車輪のトルク配分を行うことが記載されている。
特許文献4には、トルク配分状況表示画面を備え、主駆動輪である左右の前輪および副駆動輪である左右の後輪にそれぞれ対応してレベルインジケータが設けられ、各レベルインジケータにおけるセグメントの点灯数で表されるレベルにより、前輪および後輪へのトルクの配分状況が表示されるトルク配分状況表示装置が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開平 8-230647号公報
【特許文献2】特開2003-118420号公報
【特許文献3】特開平 5-319124号公報
【特許文献4】特開2020-121707号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
特許文献1には、各輪の車輪速差に基づいて、その車輪が駆動状態にあるか否かを判断することが記載されており、また、特許文献2には、車両の旋回による車輪速差の変化や、駆動系の干渉による車輪速の振動に対応するため、車両の旋回状態(ヨーレート)が駆動状態(2輪駆動と4輪駆動との切り換え)に則しているかによる判断方法が記載されている。
しかし、一部の4輪駆動車においては、前後輪への駆動力配分を、2輪駆動の状態も含めて連続的に変化させる機構、制御があり、これらのように各輪が駆動状態にあるか否かの二者択一的な判断では、駆動状態の推定機能として不十分である。
上述した問題に鑑み、本発明の課題は、駆動状態を適切に推定可能な駆動状態推定装置を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0005】
上述した課題を解決するため、本発明の駆動力推定装置は、前輪及び後輪を駆動する車両における前記前輪の駆動力及び前記後輪の駆動力を推定する駆動力推定装置であって、制駆動力が発生していない自由転動状態における前記前輪及び前記後輪の回転速度である自由転動回転速度を出力する自由転動回転速度出力部と、前記前輪及び前記後輪の実際の回転速度である実回転速度を検出する実回転速度検出部と、前記自由転動回転速度及び前記実回転速度から前記前輪及び前記後輪のスリップ率を演算するスリップ率演算部と、前記前輪及び前記後輪のドライビングスティフネス又はブレーキングスティフネスと、前記スリップ率とを用いて前記前輪及び前記後輪の駆動力を推定する駆動力推定部と、前記前輪及び前記後輪のすべり角を出力するすべり角出力部と、前記すべり角出力部が出力する前記すべり角に応じて前記駆動力推定部が前記駆動力の推定に用いる前記ドライビングスティフネス又は前記ブレーキングスティフネスを補正するスティフネス補正部とを備えることを特徴とする。
これによれば、前輪及び後輪の自由転動回転速度と実回転速度とに基づいて、前輪、後輪のスリップ率を演算することにより、駆動力が伝達されない従動輪を持たず、基準となる車速の取得が困難である四輪駆動車であっても、スリップ率を適切に算出し、駆動力を適切に推定することができる。
また、前輪、後輪のすべり角(スリップアングル)に応じて、駆動力の推定に用いるドライビングスティフネス又はブレーキングスティフネスを補正することにより、車両が旋回状態にある場合であっても、適切に駆動力を推定することができる。
【0006】
本発明において、前記車両は、前記前輪に駆動力を伝達する前輪駆動力伝達機構と、前記後輪に駆動力を伝達する後輪駆動力伝達機構と、前記前輪駆動力伝達機構と前記後輪駆動力伝達機構との回転速度差を拘束するトランスファクラッチとを有し、前記トランスファクラッチの伝達トルクを推定するトランスファトルク推定部を備え、前記駆動力推定部は、前記トランスファトルク推定部が推定した前記伝達トルクに応じて前記駆動力の推定値を補正する構成とすることができる。
これによれば、トランスファクラッチのロック/スリップ状態に応じた駆動力の推定値の補正を行うことにより、駆動力の推定精度を向上することができる。
【0007】
本発明において、前記トランスファトルク推定部は、前記前輪及び前記後輪の前記実回転速度の差と、前記前輪及び前記後輪の前記自由転動回転速度の差とに基づいて前記伝達トルクを推定する構成とすることができる。
これによれば、検出が容易なパラメータに基づいて、トランスファクラッチのロック/スリップ状態を適切に把握することができる。
【0008】
本発明において、前記トランスファトルク推定部は、前記前輪及び前記後輪の前記実回転速度の差と、前記前輪及び前記後輪の前記自由転動回転速度の差との差分を、前記前輪及び前記後輪の前記実回転速度の差で除した値に基づいて前記伝達トルクを推定する構成とすることができる。
これによれば、前輪と後輪の実回転速度の差(トランスファクラッチの差回転)の実測値の変動が大きい場合であっても、この値を伝達トルクの推定値の分子、分母ともに用いることにより、伝達トルクの推定値が発散することを防止することができる。
【0009】
本発明において、前記駆動力推定部が推定した前記駆動力に基づいて前記前輪と前記後輪との駆動力配分制御を変更する駆動力配分制御変更部と、前記駆動力推定部が推定した前記駆動力を乗員に提示する駆動力情報出力部との少なくとも一方を備える構成とすることができる。
これによれば、推定された前輪、後輪の駆動力配分が、駆動力配分制御における目標値と乖離している場合に、駆動力配分制御における指示値などを補正することにより、駆動力配分を理想的な状態に近づけることができる。
また、推定された駆動力に関する情報を乗員に提示することにより、乗員に適切な運転操作を促し、車両をより安定させて走行させる支援を行うことができる。
【発明の効果】
【0010】
以上説明したように、本発明によれば、駆動状態を適切に推定可能な駆動状態推定装置を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
図1】本発明を適用した駆動力推定装置の実施形態を有する車両の駆動系の構成を模式的に示す図である。
図2】タイヤの速度、路面の速度、すべり角の関係を示す図である。
図3】タイヤのスリップ率と制駆動力との相関の一例を示す図である。
図4】制駆動力を接地荷重で割った一般的なμ-s特性を示す図である。
図5】コーナリング時のブレーキングスティフネス(ドライビングスティフネス)をタイヤモデルで試算した例を示す図であって、路面μ=1の例を示す図である。
図6】コーナリング時のブレーキングスティフネス(ドライビングスティフネス)をタイヤモデルで試算した例を示す図であって、路面μ=0.65の例を示す図である。
図7】車両が加速によりノーズアップ方向のピッチング挙動を示す場合の状態を模式的に示す図である。
図8】4輪自動車の等価的な2輪モデルの一例を示す図である。
図9】ドライビングスティフネスをタイヤ接地荷重で除した値のタイヤすべり角との相関を示す図である。
図10】トランスファクラッチの前後軸の実回転速度差の測定結果の一例を示す図である。
図11】実施形態における駆動力推定処理を示すフローチャートである。
図12】表示装置における各輪駆動状態の表示画像の例を示す図である。
図13】実施形態の駆動力推定装置における駆動力の推定結果の一例を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、本発明を適用した駆動力推定装置の実施形態について説明する。
実施形態の駆動力推定装置は、一例として、左右前輪及び左右後輪を駆動しかつ前後輪の駆動力配分を連続的に変化させることが可能な四輪駆動の自動車において、各車輪の駆動力を推定するものである。
図1は、実施形態の駆動力推定装置が設けられる車両の駆動系の構成を模式的に示す図である。
【0013】
車両1は、左右一対の前輪FW及び後輪RW、エンジン10、変速機20、前輪駆動力伝達機構30、トランスファ40、後輪駆動力伝達機構50、エンジン制御ユニット110、トランスミッション制御ユニット120、駆動力配分制御ユニット130、トランスファクラッチ駆動部140、表示装置150等を有する。
【0014】
エンジン10は、車両の走行用動力源である。
エンジン10として、例えば、4ストロークガソリンエンジンを用いることができる。
なお、車両1の走行用動力源は、エンジン10に限定されず、エンジン10及びモータジェネレータを有するエンジン-電気ハイブリッドシステムや、モータジェネレータのみを有する構成としてもよい。
【0015】
変速機20は、エンジン10の出力軸の回転速度を所定の変速比で減速又は増速する変速機構部を備えている。
変速機構部として、例えば、チェーン式、ベルト式などのCVTバリエータや、複数のプラネタリギヤセット等を有する構成とすることができる。
【0016】
エンジン10と変速機20との間には、トルクコンバータ21が設けられる。
トルクコンバータ21は、車速ゼロからの発進を可能とする発進デバイスとして機能する流体継ぎ手である。
トルクコンバータ21には、所定の条件下で入力部(インペラ)と出力部(タービン)との相対回転を拘束するロックアップクラッチが設けられる。
【0017】
前輪駆動力伝達機構30は、変速機20の出力軸の回転を、左右の前輪FWに伝達する動力伝達機構である。
前輪駆動力伝達機構30は、ドライブギヤ31、ドリブンギヤ32、ピニオンシャフト33、フロントディファレンシャル34、フロントドライブシャフト35等を有する。
【0018】
ドライブギヤ31、ドリブンギヤ32は、平行軸に設けられた一対のヘリカルギヤである。
ドライブギヤ31は、変速機20の出力軸に直結されている。
ドリブンギヤ32は、ピニオンシャフト33に設けられている。
ピニオンシャフト33は、変速機20からドライブギヤ31、ドリブンギヤ32を介して伝達されるトルクを、フロントディファレンシャル34に伝達する回転軸である。
ピニオンシャフト33には、フロントディファレンシャル34の外周部分に設けられる図示しないリングギヤに駆動力を伝達するピニオンギヤが設けられる。
ピニオンシャフト33のピニオンギヤと、フロントディファレンシャル34のリングギヤは、最終減速装置として機能する。
【0019】
フロントディファレンシャル34は、ピニオンシャフト33から伝達される駆動力を、左右のフロントドライブシャフト35に伝達するとともに、左右の前輪FWの回転速度差を吸収する差動機構である。
フロントドライブシャフト35は、フロントディファレンシャル34から左右の前輪FWに駆動力を伝達する回転軸である。
フロントドライブシャフト35には、サスペンションのストローク及び前輪FWの転舵に追従するため、回転方向を変換するユニバーサルジョイント等が設けられている。
【0020】
トランスファクラッチ40は、変速機20の出力軸と、後輪駆動力伝達機構50のプロペラシャフト51の前端部との間に設けられた締結要素である。
トランスファクラッチ40は、変速機20の出力軸からプロペラシャフト51に伝達されるトルクを、拘束力の調整によって変更可能な油圧式あるいは電磁式などの湿式多板クラッチを有する。
トランスファクラッチ40は、変速機20の出力軸に接続された前軸と、プロペラシャフト51の前端部に接続された後軸との拘束力を、ロック状態(直結状態)から、不可避的に生じるフリクション以外にはトルク伝達が行われないフリー状態(解放状態)までの間で、連続的に変化させることが可能である。
【0021】
前輪駆動力伝達機構30のドライブギヤ31、ドリブンギヤ、ピニオンシャフト33、フロントディファレンシャル34、及び、トランスファクラッチ40は、変速機20と共通の筐体である図示しないトランスミッションケースの内部に収容される。
【0022】
後輪駆動力伝達機構50は、トランスファクラッチ40を介して伝達される変速機20の出力軸の回転を、左右の後輪RWに伝達する動力伝達機構である。
後輪駆動力伝達機構50は、プロペラシャフト51、リアディファレンシャル52、リアドライブシャフト53等を有する。
【0023】
プロペラシャフト51は、トランスファクラッチ40の後軸からリアディファレンシャル52へ駆動力を伝達する回転軸である。
リアディファレンシャル52は、プロペラシャフト51から伝達される駆動力を、左右のリアドライブシャフト53に伝達するとともに、左右の後輪RWの回転速度差を吸収する差動機構である。
リアディファレンシャル52には、プロペラシャフト51の回転速度を所定の最終減速比で減速してリアドライブシャフト53に伝達する最終減速装置が設けられている。
リアドライブシャフト53は、リアディファレンシャル52から左右の後輪RWに駆動力を伝達する回転軸である。
リアドライブシャフト53には、サスペンションのストロークに追従するため、回転方向を変換するユニバーサルジョイント等が設けられている。
【0024】
エンジン制御ユニット110は、エンジン10及びその補機類を統括的に制御する装置である。
エンジン制御ユニット110は、例えばドライバのアクセル操作量などに応じて要求トルクを設定し、エンジン10が実際に発生するトルク(実トルク)が要求トルクに一致するようエンジン10の出力を制御する。
エンジン制御ユニット110は、エンジン10の実トルクの推定値(通常は要求トルクと一致する)を、駆動力配分制御ユニット130に伝達する。
【0025】
トランスミッション制御ユニット120は、変速機20及びその補機類を統括的に制御する装置である。
トランスミッション制御ユニット120は、変速機20における変速比や、トルクコンバータ21におけるロックアップクラッチの締結力を制御する機能を有する。
トランスミッション制御ユニット120は、変速比20の変速比、及び、トルクコンバータ21がトルク増幅作用を発生している場合にはトルク比に関する情報を、駆動力配分制御ユニット130に伝達する。
【0026】
駆動力配分制御ユニット130は、トランスファクラッチ駆動部140を介してトランスファクラッチ40の締結力を制御することにより、前後軸の駆動力配分を制御する装置である。
駆動力配分制御ユニット130は、現在の車両1の走行状態(例えば、加減速状態、旋回状態等)に応じて、前後駆動力配分の目標値を設定するとともに、この目標値に応じてトランスファクラッチ40の締結力を制御する。
また、駆動力配分制御ユニット130は、現在の前輪FW,後輪RWの駆動力を実時間で推定する本実施形態の駆動力推定装置としての機能を有する。
さらに、駆動力配分制御ユニット130は、本発明の自由転動速度出力部、スリップ率演算部、駆動力推定部、すべり角出力部、ドライビングスティフネス(ブレーキングスティフネス)補正部、駆動力配分制御変更部としての機能を有する。これらの機能については、後に詳しく説明する。
【0027】
駆動力配分制御ユニット130には、車速センサ131,132、舵角センサ133、加速度センサ134、ヨーレートセンサ135等が接続されている。
車速センサ131,132は、それぞれ前輪FW、後輪RWの回転速度(角速度)に応じた車速信号を出力するセンサである。
車速センサ131,132は、前輪FW,後輪RWを回転可能に支持するハブ部に設けられる。
車速センサ131,132は、左右の前輪FW,後輪RWにそれぞれ設けられている。
【0028】
舵角センサ133は、乗員(ドライバ)が操舵操作を行うステアリングホイールの角度位置(ハンドル角θ)を検出するセンサである。
駆動力配分制御ユニット130は、舵角センサ133が検出するハンドル角θ、及び、図示しないステアリングギヤボックスのギヤ比(定数)nに基づいて、前輪FWの舵角を演算可能となっている。
加速度センサ134は、車体に作用する前後方向、及び、左右方向(車幅方向)の加速度を検出するセンサである。
ヨーレートセンサ135は、車体の鉛直軸回りの自転速度であるヨーレートを検出するセンサである。
【0029】
エンジン制御ユニット110、トランスミッション制御ユニット120、駆動力配分制御ユニット130は、例えば、CPUなどの情報処理部、RAMやROMなどの記憶部、入出力インターフェイス、及び、これらを接続するバス等を有するマイクロコンピュータとして構成することができる。
エンジン制御ユニット110、トランスミッション制御ユニット120、駆動力配分制御ユニット130は、例えばCAN通信システムなどの車載LANを介して、あるいは、直接に、通信可能に接続されている。
【0030】
トランスファクラッチ駆動部140は、トランスファクラッチ40の締結力を制御する装置である。
トランスファクラッチ駆動部140は、例えばトランスファクラッチ40が油圧式である場合には、トランスファクラッチ40において締結力の発生源となる油圧を調整する機能を有する。
トランスファクラッチ駆動部140は、変速機20に設けられた図示しないオイルポンプから供給される油圧を、調圧してトランスファクラッチ40に供給する調圧弁を備えている。
トランスファクラッチ駆動部140は、駆動力配分制御ユニット130からの指示値に応じて、トランスファクラッチ40の油圧を制御することで、トランスファクラッチ40の拘束力(伝達トルク)を制御する。
【0031】
表示装置150は、駆動力配分制御ユニット130が算出した前輪FW、後輪RWの推定駆動力等を、乗員に対して表示する画像表示装置である。
表示装置150は、例えば、インストルメントパネルに設けられたLCD,有機ELディスプレイや、乗員前方に設けられるフロントウインドウガラスに画像を投影するヘッドアップディスプレイ(HUD)等を有する構成とすることができる。
表示装置150における表示の具体的内容については、後に詳しく説明する。
【0032】
実施形態の車両1においては、変速機20の出力軸に直結された前輪FWが主駆動輪となり、トランスファクラッチ40の拘束力に応じた駆動力が伝達される後輪RWが従駆動輪となる。
実施形態においては、駆動力配分制御ユニット130は、旋回中も含めた車両の走行中における前輪FW、後輪RWの駆動力を推定する。
トランスファクラッチ40がロックしている場合(前輪駆動力伝達機構30、後輪駆動力伝達機構50の差回転がない場合)の前輪FW、後輪RWそれぞれの駆動力は、前輪FW及び後輪RWが同じ回転速度(回転数)でのタイヤのスリップ率差と、制駆動力特性(ドライビングスティフネス・ブレーキングスティフネス)で決まる。
【0033】
前軸駆動力(左右の前輪FWの駆動力の和)、後軸駆動力(左右の後輪RWの駆動力の和)は、以下の式1,2により表わされる。

xf:前輪のブレーキングスティフネス
xr:後輪のブレーキングスティフネス
λ:前輪のスリップ率
λ:後輪のスリップ率
とした場合、

前軸駆動力=Kxf×λ(符号付)
=(変速機出力トルク×最終減速比/タイヤ動荷重半径(前後輪平均))
×Kxf/(Kxf+Kxr
+Kxf×λ(符号付)±スリップ率0点の誤差補正 (式1)

後軸駆動力=Kxf×λ(符号付)
=(変速機出力トルク×最終減速比/タイヤ動荷重半径(前後輪平均))
×Kxr/(Kxf+Kxr
+Kxr×λ(符号付)±スリップ率0点の誤差補正 (式2)
【0034】
駆動力の演算においては、車速(スリップ率λの0点)を正確に求めなければオフセットするため、各式の2行目以下のように、総駆動力(前後輪の駆動力平均値)からのオフセット(プラスマイナス)で算出している。
また、車両が旋回状態にある場合には、前輪FW,後輪RWのタイヤのすべり角に応じて、ドライビングスティフネス(ブレーキングスティフネス)Kxf,Kxrを修正する。
この点に関しては、後に詳しく説明する。
【0035】
また、車速センサ131,132の出力値から算出される前後差回転と、制駆動力がゼロであるとした場合である自由転動時に想定される車輪速差の比較値をTRFΔVωとした場合、TRFΔVωは、以下の式3により表される。

TRFΔVω
=(前後軸の周速差(実値)-自由転動速度差(推定値)/前後軸の周速差(実値))(式3)

このTRFΔVωから、前後輪が自由転動した場合以上の前輪FW(主駆動輪)のスリップ、すなわちトランスファクラッチ40のスリップを推定し、従駆動軸である後輪RWへの制動側トルクを減少補正することで、計算式を切り換えることなく駆動力を連続的に推定することが可能である。
【0036】
以下、駆動力推定の具体的手法に関して詳細に説明する。
タイヤのスリップ率λの定義について、以下説明する。
スリップ率λは、以下の式4により表される。
【数1】

λ:スリップ率
:路面の速度
:タイヤのトレッドベースの接地面内における平均速度
α:タイヤのすべり角(スリップアングル)

図2は、タイヤの速度、路面の速度、すべり角の関係を示す図である。
図2(a)は駆動時の状態を示し、図2(b)は制動時の状態を示している。
【0037】
トレッドベースの接地面内における平均速度Vは、以下の式5により表される。

=r・ω (式5)

r:タイヤの転がり半径
ω:回転角速度
【0038】
タイヤの制駆動力は、以下の式6により表される。

F=K・λ (式6)

F:タイヤの制動力(又は駆動力)
:タイヤのブレーキングスティフネス(又はドライビングスティフネス)
λ:スリップ率

図3は、タイヤのスリップ率と制駆動力との相関の一例を示す図である。
図3において、横軸はスリップ率を示し、縦軸は制動力又は駆動力を示している。
図3において、スリップ率が比較的小さい領域においては、制駆動力はスリップ率に対してほぼ比例して増加する。このような領域での傾きがブレーキングスティフネスKとなる。
【0039】
タイヤの接地幅w、接地長lは、以下の式7,8により表される。
【数2】

w:接地幅
:接地荷重Fz0時の接地幅
l:接地長さ
:接地荷重Fz0時の接地長さ
:接地荷重
【0040】
タイヤ構造のモデルで考えると、ブレーキングスティフネス(ドライビングスティフネスとほぼ一致する)は、接地長の2乗×接地幅に比例するので、接地荷重の11/4乗(1乗として取り扱っても特に問題ない)に比例することになる。
図4は、制駆動力を接地荷重で割った一般的なμ-s特性を示す図である。
横軸はスリップ率を示し、縦軸は摩擦係数を示している。
このように、ブレーキングスティフネス(ドライビングスティフネス)は、接地荷重に変化に関わらず、ほぼ一定であることがわかる。
【0041】
図5図6は、コーナリング時のブレーキングスティフネス(ドライビングスティフネス)をタイヤモデルで試算した例を示す図である。
図5は、路面μ=1.0(ドライ舗装路面に相当)の例を示し、図6は、路面μ=0.65(ウェット舗装路面に相当)の例を示している。
これらの図からわかるように、タイヤのすべり角α=0でのブレーキングスティフネス(ドライビングスティフネス)Kx(スリップ率λ=0でのスリップ率に対する制駆動力の勾配)は、タイヤ構造の特性で決まるため、路面μには依存しないが、コーナリングに伴うタイヤのすべり角(スリップアングル)αの増加に応じて小さくなる。
タイヤのすべり角αは、車両モデルで推定した車体すべり角βから算出できる。
【0042】
車両の総駆動力FxEGは、以下の式9により表される。

総駆動力FxEG=
(エンジン出力トルク-引き摺りトルク-変速機油圧ポンプロス)
×トルクコンバータトルク比×変速機変速比 (式9)

エンジン出力トルクは、エンジン10の運転状態から推定することができる。
引き摺りトルク(フリクショントルク)は定数である。
変速機油圧ポンプロス、トルクコンバータトルク比、変速機変速比は、トランスミッション制御ユニット120から取得することができる。
【0043】
前輪FW、後輪RWの周速Vwf、Vwrは、以下の式10により表される。

Vwf、Vwr=
左右輪の平均車輪速×前後輪のタイヤ径(実値)/前後輪のタイヤ径(設定値) (式10)

ここで、タイヤ径の設定値とは、車速センサ131,132の出力に基づいて車速を演算する際に用いられるタイヤ径を指すものとする。
【0044】
トランスファクラッチ40の前後軸の回転数を、タイヤの周速に換算した値Vtf,Vtrは、以下の式11により表される。

Vtf,Vtr=
左右輪の平均車輪速×タイヤ径(実値)の前後輪平均/前後輪のタイヤ径(設定値)
(式11)
【0045】
車両1の車体の対地速度である車速Vは、車速センサにより検出される車輪速の4輪平均とする。
図7は、車両が加速によりノーズアップ方向のピッチング挙動を示す場合の状態を模式的に示す図である。
加速時においては、ノーズアップ方向のピッチングモーメントが重心CG回りに作用するとともに、前輪FWの軸重は減少し、後輪RWの軸重は増加する。
【0046】
加減速による前後荷重移動ΔFは、以下の式により表される。

ΔF=車両質量×前後加速度×重心高/ホイールベース (式12)

車両質量、重心高、ホイールベースは、車両固有の定数である。
前後加速度は、前後加速度センサを用いて検出することができる。
前後軸の接地荷重Fzf、Fzrは、基準荷重(静止時の接地荷重)に、上述した前後荷重移動ΔFzを加減したものとなり、以下の式で表される。

zf=Fzf0-ΔFzf (式13)
zr=Fzr0+ΔFzr (式14)

zf:前輪の接地荷重
zr:後輪の接地荷重
zf0:静止時の前輪の接地荷重
zr0:静止時の後輪の接地荷重
ΔFzx:加速による荷重移動量
【0047】
加速による荷重移動量ΔFzxは、以下の式15により表される。
【数3】
【0048】
図8は、4輪自動車の等価的な2輪モデルの一例を示す図である。
車体すべり角(スリップアングル)βは、以下の式16で表される。

車体すべり角β =
((1-(車両質量m/(2×ホイールベースl))×(前軸-重心間距離l
/(後軸-重心間距離l×後輪のコーナリングパワーKr))×(車速V)))
/(1+スタビリティファクタA×車速V)×(後軸-重心間距離l/ホイールベースl)
×(ハンドル角θ/ステアリングギヤ比n) (式16)

車両質量m、前軸-重心間距離l、後軸-重心間距離l、後輪のコーナリングパワーK、スタビリティファクタA、ホイールベースl、ステアリングギヤ比nは、車両固有の定数である。
車速Vは車速センサ、ハンドル角θは舵角センサ133から取得することができる。
【0049】
車体すべり角βは、下記の式17のように表すことができる。
【数4】
【0050】
前後軸(左右輪の中央位置)の対地速度V,Vは、以下の式18,19で表される。
対地速度V,Vは、車速Vに対して前後軸-重心間距離(l又はl)×車体すべり角β×ヨーレートγを加減した値となる。
【数5】

:前輪タイヤ接地点の路面速度[m/s]
:後輪タイヤ接地点の路面速度[m/s]
ρ:重心点の旋回半径[m]
γ:ヨーレート[rad/s]
【0051】
前後輪のすべり角α,αは、以下の式20,21で表される。

α=ハンドル角θ/ステアリングギヤ比n
-車体すべり角β-前軸-重心間距離l×ヨーレートγ/車速V (式20)

α=-車体すべり角β-後軸-重心間距離l×ヨーレートγ/車速V (式21)

前輪舵角δは、以下の式22により表される。

δ=θ/n (式22)
【0052】
前後輪のすべり角α,αは、以下の式23,24により表すことができる。
【数6】

α:前輪のすべり角[rad]
α:後輪のすべり角[rad]
δ:前輪舵角[rad]
β:車体すべり角[rad]
:前軸-重心間距離[m]
:後軸-重心間距離[m]
γ:ヨーレート[rad/s]
V:車速[m/s]
【0053】
前輪FW,後輪RWの自由転動速度Vf_free, Vr_freeは、以下の通り表すことができる。
【数7】
【0054】
前輪FW,後輪RWのスリップ率λ(λ,λ)は、以下の式で表される。
【数8】

λ:スリップ率
:路面の速度=Vf_free, Vr_free
:トレッドベースの接地面内における平均速度
【0055】
前輪FW,後輪RWのドライビングスティフネス(ブレーキングスティフネスと実質的に等しい)Kxf、Kxyは、以下の式で表される。

xf, Kxr
MAX(ドライビングスティフネス/接地荷重の基準値(定数:α=0時)
×前後軸の接地荷重Fzf,Fzr×cos(rBx1(モデル定数)
×Atan(tKxf,tKxr))),最小値(定数))
tKxf,tKxr)
=rBx1(MF定数)×cos(Atan(rBx2(モデル定数)×スリップ率(定数:0.01)))
×前,後輪のすべり角α(式29)

上述したモデル定数は、タイヤの数値計算モデルの演算において用いられる定数である。
このようなタイヤの数値計算モデルとして、例えば、Magic Formula(MF)を用いることができる。
【0056】
タイヤのスリップ率から計算した前輪FW,後輪RWの駆動力FxDf,FxDrは、以下の式30で表される。

駆動力FxDf,FxDr=
前輪FW,後輪RWのドライビングスティフネスKxf,Kxr
×前輪FW,後輪RWのスリップ率λ,λ×100 (式30)

ここで、前輪FW,後輪RWのドライビングスティフネスKxf,Kxrは、タイヤの横すべり角(スリップアングル)に応じて変動する。
図9は、ドライビングスティフネスをタイヤ接地荷重で除した値のタイヤすべり角との相関を示す図である。
横軸はタイヤすべり角α又はαを示し、縦軸はドライビングスティフネスKxf又はKxrを接地荷重Fzで除した値を示している。
図9に示すように、接地荷重Fzが同等である場合(縦軸の分母が一定である場合)には、ドライビングスティフネスKxf,Kxrは、タイヤすべり角α,αの増加に応じて減少する。
したがって、駆動力の算出時には、車両モデルから求めたタイヤすべり角α,αに応じたドライビングスティフネスKxf,Kxrを用いる必要がある。
【0057】
トランスファクラッチ40がロックしていると仮定した場合の前後軸駆動力FxLf,FxLrは、下記の式31で表される。

FxLf,FxLr=
(ドライビングスティフネスの比で前後軸に配分した総駆動力+上記の前,後軸駆動力)
((総駆動力FxEG×最終減速比/前,後輪のタイヤ径(実値))
-(前軸の駆動力FxDf+後軸の駆動力FxDr))×前,後輪のドライビングスティフネスKxf,Kxr
/(前輪のドライビングスティフネスKxf+後輪のドライビングスティフネスKxr)
+ 前,後軸の駆動力FxDf,FxDr (式31)
【0058】
トランスファクラッチ40のロック/スリップ率TRFΔVωは、以下の式32により表される。

TRFΔVω =
MIN(MAX(((前軸回転速度Vtf-後軸回転速度Vtr)
-(前輪自由転動速度Vf_free-後輪自由転動速度Vr_free ) )
/MAX(ABS(前軸回転速度Vtf-後軸回転速度,下限値(ゼロ割算防止定数)) ,
下限値:-1 ) , 上限値:1 ) (式32)
【0059】
図10は、トランスファクラッチの前後軸の実回転速度差の測定結果の一例を示す図である。
横軸は時間を示し、縦軸はトランスファクラッチ40の前軸(前輪駆動力伝達機構30側)と後軸(後輪駆動力伝達機構50側)との回転速度の差を示している。この値は、前輪と後輪との実回転速度差を示している。
このように、実際の車両においては、トランスファクラッチ40の前後軸の差回転には、顕著な振動がみられる。
上記数式においては、割算の分母を、分子と同じ振動を有する実車輪回転速度差とすることにより、前軸と後軸との差回転に著大な振動がある場合であっても、TRFΔVωの計算値の振幅を抑えることができる。
【0060】
TRFΔVωは、トランスファクラッチ40がロック状態にある場合には、平均0から±1の振動を示す。
ここで、TRFΔVωが正値である場合は、前後軸の周速差が自由転動速度差を上回っていることを示し、駆動力配分が前軸偏重(前輪駆動(FWD)車に近い傾向)であることを示している。
また、TRFΔVωが負値である場合は、前後軸の周速差が自由転動速度差を下回っていることを示し、駆動力配分が後軸偏重(後輪駆動(RWD)車に近い傾向)であることを示している。
なお、トランスファクラッチ40が開放され、かつ、総駆動力=0でも平均0からの±1振動になるが、総駆動力の増加に応じて前輪が主駆動輪である場合にはプラス方向、後輪が主駆動輪である場合にはマイナス方向に平均がオフセットした振動値になる
【0061】
トランスファトルク(駆動力換算値)Ftrfは、上述したロック/スリップ率TRFΔVωのプラス度合いに応じて、後軸の制動力からトランスファクラッチ40の伝達力(駆動力)を減算する値である。

前輪のスリップ率λf>後輪のスリップ率λrの場合には、トランスファトルクFtrfは、以下の式33で表される。

Ftrf=
-トランスファクラッチ40のロック/スリップ率TRFΔVω
×トランスファクラッチ40がロックしていると仮定した場合の後輪駆動力FxLr
(式33)
また、上記以外の場合には、Ftrf=0となる。
【0062】
トランスファクラッチ40のロック状態又はスリップ状態を考慮した前軸駆動力FxDfは、トランスファクラッチ40がロックしていると仮定した場合の前軸駆動力FxLfから、トランスファトルク(駆動力換算値)Ftrfを減算した値となる。
トランスファクラッチ40のロック状態又はスリップ状態を考慮した後軸駆動力FxDrは、トランスファクラッチ40がロックしていると仮定した場合の後軸駆動力FxLrに、トランスファトルク(駆動力換算値)Ftrfを加算した値となる。
【0063】
図11は、実施形態における駆動力推定処理を示すフローチャートである。
以下、ステップ毎に順を追って説明する。
<ステップS01:各パラメータ取得>
駆動力配分制御ユニット130は、上述した駆動力推定に必要なパラメータのうち、定数以外の値を、各センサから、又は、他のユニットから通信により、取得する。
その後、ステップS02に進む。
【0064】
<ステップS02:総駆動力演算>
駆動力配分制御ユニット130は、上述した式9を用いて、前輪FW,後輪RWの総駆動力FxEGを演算する。
その後、ステップS03に進む。
【0065】
<ステップS03:前後輪接地荷重演算>
駆動力配分制御ユニット130は、上述した式13乃至15を用いて、前輪FW、後輪RWの接地荷重Fzf,Fzrを演算する。
その後、ステップS04に進む。
【0066】
<ステップS04:車体すべり角演算>
駆動力配分制御ユニット130は、上述した式16,17を用いて、車体すべり角βを算出する。
その後、ステップS05に進む。
【0067】
<ステップS05:前後輪対地速度演算>
駆動力配分制御ユニット130は、上述した式18,19を用いて、前輪FW、後輪RWの対地速度Vf,Vrを算出する。
その後、ステップS06に進む。
【0068】
<ステップS06:前後タイヤ横すべり角演算>
駆動力配分制御ユニット130は、上述した式23,24を用いて、旋回等に伴う前輪FW、後輪RWのすべり角(横すべり角)α,αを算出する。
その後、ステップS07に進む。
【0069】
<ステップS07:前後輪自由転動速度演算>
駆動力配分制御ユニット130は、上述した式25,26を用いて、前輪FW,後輪RWの自由転動速度Vf_free, Vr_freeを算出する。
その後、ステップS08に進む。
【0070】
<ステップS08:前後輪スリップ率演算>
駆動力配分制御ユニット130は、上述した式27,28を用いて、前輪FW,後輪RWのスリップ率λ(λ,λ)を演算する。
その後、ステップS09に進む。
【0071】
<ステップS09:前後タイヤドライビングスティフネス演算>
駆動力配分制御ユニット130は、上述した式29を用いて、前輪FW,後輪RWのドライビングスティフネスKxf、Kxyを演算する。
その後、ステップS10に進む。
【0072】
<ステップS10:前後輪駆動力演算>
駆動力配分制御ユニット130は、上述した式30を用いて、トランスファクラッチ40がロック状態にあると仮定した場合の前輪FW,後輪RWの駆動力FxDf,FxDrを演算する。
このとき演算に用いるドライビングスティフネスKxf,Kxrは、ステップS06において求めた前輪FW、後輪RWのすべり角α,αに応じて補正された値を用いる。
その後、ステップS11に進む。
【0073】
<ステップS11:トランスファクラッチスリップ率演算>
駆動力配分制御ユニット130は、上述した式32を用いて、トランスファクラッチ40のロック/スリップ率TRFΔVωを演算する。
その後、ステップS12に進む。
【0074】
<ステップS12:主駆動輪・従駆動輪スリップ率比較>
駆動力配分制御ユニット130は、主駆動輪である前輪FWのスリップ率λfと、従駆動輪である後輪RWのスリップ率λrを比較し、前者が後者に対して大きい場合には、トランスファクラッチ40がスリップ状態にあるものとしてステップS13に進み、その他の場合はトランスファクラッチ40がロック状態にあるものとしてステップS15に進む。
【0075】
<ステップS13:トランスファトルク演算>
駆動力配分制御ユニット130は、上述した式33を用いて、トランスファトルクFtrfを演算する。
その後、ステップS14に進む。
【0076】
<ステップS14:前後駆動力補正演算>
駆動力配分制御ユニット130は、ステップS10において求めた前輪FWの駆動力FxDfから、ステップS13で求めたトランスファトルク(駆動力換算値)Ftrfを減算する。
また、ステップS10において求めた後輪RWの駆動力FxDrに、ステップS13で求めたトランスファトルクFtrfを加算する。
その後、ステップS15に進む。
【0077】
<ステップS15:4輪駆動力配分補正>
駆動力配分制御ユニット130は、前輪FW,後輪RWの駆動力FxDf,FxDr(ステップS14での補正が行われている場合には、補正後の値)の比率である実前後駆動力配分比を、トランスファクラッチ40の制御に用いる目標前後駆動力配分比と比較する。
実前後駆動力配分比が、目標前後駆動力配分比に対して所定値以上乖離している場合には、トランスファクラッチ40の個体差、経年変化などにより、トランスファクラッチ40の特性(指令値に対する締結力、トランスファトルクの相関等)に変化が生じているものとして、トランスファクラッチ駆動部140に与える指示値を増減させる学習補正を行う。
その後、ステップS16に進む。
【0078】
<ステップS16:各輪駆動状態表示>
駆動力配分制御ユニット130は、表示装置150に、現在の前輪FW、後輪RWの駆動力FxDf,FxDrに関する情報を表示させ、乗員(典型的にはドライバ)に対して提示する。
このとき、車両1の舵角、ハンドル角、及び、推奨される操舵方向を、併せて表示する構成とすることができる。表示の具体例については、後に詳しく説明する。
その後、一連の処理を終了する。
【0079】
図12は、表示装置における各輪駆動状態の表示画像の例を示す図である。
表示画像は、前輪FW、後輪RW、及び、ステアリングホイールSWを示すイラストレーションを含む。
前輪FW及びステアリングホイールSWは、現在の舵角及びハンドル角に対応して、表示画像上において回動した状態で表示され、ドライバ等は舵角及びハンドル角を視覚的に認識可能となっている。
駆動力FxDf,FxDrは、前輪FW、後輪RWに重畳し、あるいは、隣接して表示される矢印状のマークにより、その大きさ及び作用方向が示される。
【0080】
図12(a)は、車両が曲線路を通過する際に運転支援として表示される画像を示している。
図12(a)においては、車両が左コーナーを通過する際の状態を示しており、ステアリングホイールSWの表示と隣接して、左側への転舵を促す矢印状の表示Aが示される。
車両1の前後駆動力配分としては、旋回時の回頭性を向上するため、前輪FWの駆動力FxDfに対して、後輪RWの駆動力FxDrが相対的に大きい後輪偏重の状態となっていることがわかる。
【0081】
図12(b)は、車両が直線路を通過する際に運転支援として表示される画像を示している。
図12(b)においては、車両1の駆動力配分としては、前輪FWの駆動力FxDfが、後輪RWの駆動力FxDrに対して相対的に大きい前輪偏重の状態となっている。
しかし、この場合には左側へのハンドル角、舵角が発生しており、前輪FWの駆動力FxDfは、車両1の直進性を乱す方向に作用することがわかる。
このため、ステアリングホイールSWの表示と隣接して、舵角を戻す側(この場合には右側)への転舵を促す矢印状の表示Aが示される。
このように、表示装置150に表示される画像を用いて、ドライバは、車両1の駆動力及び舵角が理想的な状態となっているか否かを、視覚的に直感的に理解することができる。
【0082】
図13は、実施形態の駆動力推定装置における駆動力FxDf,FxDrの推定結果の一例を示す図である。
図13の上段は、前輪FWの駆動力FxDfの推定値、実値、及び、後輪RWの駆動力FxDrの推定値、実値を示している。
図13の下段は、トランスファクラッチ40の差回転を示している。
図13に示すように、本実施形態の手法により、前輪FWの駆動力FxDf、及び、後輪RWの駆動力FxDrを適切に推定できていることがわかる。
【0083】
以上説明した本実施形態によれば、以下の効果を得ることができる。
(1)前輪FW及び後輪RWの自由転動回転速度と実回転速度とに基づいて、前輪FW、後輪RWのスリップ率λ,λを演算することにより、駆動力が伝達されない従動輪を持たず、基準となる車速の取得が困難である四輪駆動車であっても、スリップ率λ,λを適切に算出し、駆動力FxDf,FxDrを適切に推定することができる。
また、前輪FW、後輪RWのすべり角α,αに応じて、駆動力FxDf,FxDrの推定に用いるドライビングスティフネス又はブレーキングスティフネスKxを補正することにより、車両1が旋回状態にある場合であっても、適切に駆動力を推定することができる。
(2)トランスファクラッチ40の伝達トルクを推定し、トランスファクラッチ40のロック/スリップ率に応じた駆動力FxDf,FxDrの補正を行うことにより、駆動力の推定精度を向上することができる。
(3)前輪FW及び後輪RWの実回転速度の差と、自由転動回転速度の差とに基づいて伝達トルクを推定することにより、検出が容易なパラメータに基づいて、トランスファクラッチ40のロック/スリップ状態を適切に把握することができる。
(4)前輪FW及び後輪RWの実回転速度の差と、前輪FW及び後輪RWの自由転動回転速度の差との差分を、前輪FW及び後輪RWの実回転速度の差で除した値に基づいて伝達トルクを推定することにより、前輪FWと後輪RWの実回転速度の差(トランスファクラッチ40の差回転)の実測値の変動が大きい場合であっても、この値を伝達トルクの推定値の分子、分母ともに用いることにより、伝達トルクの推定値が発散することを防止することができる。
(5)推定された前輪FW、後輪RWの駆動力配分が、駆動力配分制御における目標値と乖離している場合に、駆動力配分制御における指示値を補正することにより、駆動力配分を理想的な状態に近づけることができる。
(6)推定された駆動力に関する情報を乗員に提示することにより、乗員に適切な運転操作を促し、車両をより安定させて走行させる支援を行うことができる。
【0084】
(変形例)
本発明は、以上説明した実施形態に限定されることなく、種々の変形や変更が可能であって、それらも本発明の技術的範囲内である。
(1)駆動力推定装置、及び、車両の構成は、上述した実施形態に限定されず、適宜変更することができる。
例えば、実施形態において、車両1は、前輪を主駆動輪(変速機と直結)とし、後輪を従駆動輪(変速機とトランスファクラッチを介して接続)としているが、本発明はこれに限らず、後輪を主駆動輪とする車両や、センターディファレンシャルを用いて前後輪に駆動力を伝達する車両にも適用することができる。
(2)実施形態において、車両の走行用動力源は一例としてエンジン(内燃機関)であったが、車両の走行用動力源はこれに限定されず、例えば、エンジン-電気ハイブリッドシステムや、電動モータのみを走行用動力源とする電動車両にも本発明は適用が可能である。
(3)駆動力の推定に用いるタイヤのドライビングスティフネス(ブレーキングスティフネス)、車体すべり角、タイヤすべり角、タイヤ接地荷重などは、車上に搭載されたプロセッサにより車上で演算してもよいが、これに限らず、予め準備された計算結果に基づいて生成されたマップを記憶媒体に保持させ、車両の走行状態(車速、舵角、ヨーレート、加速度等)に基づいて、必要なパラメータがマップから読み出されるよう構成してもよい。
【符号の説明】
【0085】
1 車両 FW 前輪
RW 後輪 10 エンジン
20 トランスミッション 21 トルクコンバータ
30 前輪駆動力伝達機構 31 ドライブギヤ
32 ドリブンギヤ 33 ピニオンシャフト
34 フロントディファレンシャル 35 フロントドライブシャフト
40 トランスファクラッチ 50 後輪駆動力伝達機構
51 プロペラシャフト 52 リアディファレンシャル
53 リアドライブシャフト
110 エンジン制御ユニット 120 トランスミッション制御ユニット
130 駆動力配分制御ユニット 131 車速センサ
132 車速センサ 133 舵角センサ
134 加速度センサ 135 ヨーレートセンサ
140 トランスファクラッチ駆動部
150 表示装置
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12
図13