(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023170374
(43)【公開日】2023-12-01
(54)【発明の名称】フラーレン含有体の酸化度判定方法、潤滑油の酸化度判定方法、潤滑油の酸化度判定セット、潤滑油の酸化度判定装置およびシステム
(51)【国際特許分類】
C10M 103/02 20060101AFI20231124BHJP
B24B 55/00 20060101ALI20231124BHJP
B24B 49/12 20060101ALI20231124BHJP
B23Q 17/00 20060101ALI20231124BHJP
C10N 30/00 20060101ALN20231124BHJP
【FI】
C10M103/02 Z
B24B55/00
B24B49/12
B23Q17/00 A
C10N30:00 Z
【審査請求】未請求
【請求項の数】11
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022082080
(22)【出願日】2022-05-19
(71)【出願人】
【識別番号】504145320
【氏名又は名称】国立大学法人福井大学
(74)【代理人】
【識別番号】100091292
【弁理士】
【氏名又は名称】増田 達哉
(74)【代理人】
【識別番号】100173428
【弁理士】
【氏名又は名称】藤谷 泰之
(74)【代理人】
【識別番号】100091627
【弁理士】
【氏名又は名称】朝比 一夫
(72)【発明者】
【氏名】本田 知己
(72)【発明者】
【氏名】高崎 大暉
【テーマコード(参考)】
3C029
3C034
3C047
4H104
【Fターム(参考)】
3C029EE03
3C029EE20
3C034BB93
3C034CA22
3C034CA30
3C047FF00
4H104AA04C
4H104LA20
(57)【要約】
【課題】基油およびフラーレンを含む潤滑油について酸化度を簡便で迅速に判定できる潤滑油の酸化度判定方法を提供すること、基油およびフラーレンを含む潤滑油について酸化度を簡便で迅速に判定できる潤滑油の酸化度判定セットを提供すること、基油およびフラーレンを含む潤滑油について酸化度を簡便で迅速に判定できる潤滑油の酸化度判定装置を提供すること、ならびに、基油およびフラーレンを含む潤滑油について酸化度を簡便で迅速に判定でき機械のトラブルや故障を効果的に防止することができるシステムを提供すること。
【解決手段】本発明の潤滑油の酸化度判定方法は、基油およびフラーレンを含む潤滑油の酸化度を判定する方法であって、潤滑油の紫外領域における吸収スペクトルに基づいて、酸化度を判定することを特徴とする。波長320nm以上340nm以下における吸収スペクトルを用いることが好ましい。
【選択図】
図12
【特許請求の範囲】
【請求項1】
基剤およびフラーレンを含むフラーレン含有体の酸化度を判定する方法であって、
前記フラーレン含有体の紫外領域における吸収スペクトルに基づいて、前記酸化度を判定することを特徴とするフラーレン含有体の酸化度判定方法。
【請求項2】
基油およびフラーレンを含む潤滑油の酸化度を判定する方法であって、
前記潤滑油の紫外領域における吸収スペクトルに基づいて、前記酸化度を判定することを特徴とする潤滑油の酸化度判定方法。
【請求項3】
波長320nm以上340nm以下における吸収スペクトルを用いる請求項2に記載の潤滑油の酸化度判定方法。
【請求項4】
前記潤滑油を10倍以上100倍以下の希釈度で希釈して、前記紫外領域における測定を行う請求項2に記載の潤滑油の酸化度判定方法。
【請求項5】
基油およびフラーレンを含む潤滑油の酸化度を判定する方法であって、
前記潤滑油をメンブランフィルターでろ過し、
前記潤滑油をろ過した前記メンブランフィルターを用いて、前記酸化度を判定することを特徴とする潤滑油の酸化度判定方法。
【請求項6】
前記潤滑油をろ過した前記メンブランフィルターの透過光および反射光の少なくとも一方についての色パラメーターの変化に基づいて、前記酸化度を判定する請求項5に記載の潤滑油の酸化度判定方法。
【請求項7】
基油およびフラーレンを含む潤滑油と、該潤滑油をろ過するためのメンブランフィルターとを備えることを特徴とする潤滑油の酸化度判定セット。
【請求項8】
基油およびフラーレンを含む潤滑油の紫外領域の吸収スペクトルを取得する手段と、
前記吸収スペクトルに基づいて、前記潤滑油の酸化度を評価および判定する手段と、
を備えることを特徴とする潤滑油の酸化度判定装置。
【請求項9】
請求項8に記載の潤滑油の酸化度判定装置と、
摺動部、回転部および噛合部のうちの少なくとも1つを有する機械とを備えることを特徴とするシステム。
【請求項10】
前記機械が工作機械である請求項9に記載のシステム。
【請求項11】
前記機械が発電機である請求項9に記載のシステム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、フラーレン含有体の酸化度判定方法、潤滑油の酸化度判定方法、潤滑油の酸化度判定セット、潤滑油の酸化度判定装置およびシステムに関する。
【背景技術】
【0002】
各種機械の潤滑に用いられる潤滑油は、使用に伴って徐々に劣化していく。潤滑油の劣化の要因は、基油の自動酸化や酸化防止剤の酸化と、水や機械の摩耗粉等が混入する汚損とに大別される。劣化した潤滑油を使い続けると、機械の故障やトラブル等を引き起こす原因となる。
【0003】
したがって、機械の故障やトラブルを避けるためには、潤滑油の劣化度を的確に推定し、適切なタイミングで潤滑油の補充や交換をすることが求められる。これに関連した規格が制定され、また、各種の技術が提案されている。
【0004】
潤滑油の基油は、長鎖化合物の複雑な混合物であるため、その酸化反応は、複雑である。潤滑油基油の自動酸化反応は、アルキルラジカル(R・)やペルオキシラジカル(ROO・)をはじめとする種々のラジカル反応によって連鎖的に進行することが知られている。(非特許文献1)
【0005】
このラジカルの連鎖反応によって進行する自動酸化反応を抑制するためには、これらのラジカルをトラップすることで連鎖反応を停止させる必要がある。そのため、潤滑油にはジチオリン酸亜鉛等の酸化防止剤が添加されている。
【0006】
しかしながら、ジチオリン酸亜鉛は、自身が酸化されると、不溶性物質に変化し、例えば、フィルターの目詰まりや金属部品の腐食を生じやすくさせる等の問題があった。特に、高速、高圧化された過酷な環境下等では、酸化防止作用の役目を早期に果たしやすく、上記のような問題を生じやすかった。
【0007】
また、従来、潤滑油の酸化度の判定は、高額な精密分析機器を用いた化学分析により行っていたため、時間や手間がかかるものであった。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】片山:潤滑油の酸化,油化学,5,5 (1956) 261-270.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明の目的は、基剤およびフラーレンを含むフラーレン含有体について酸化度を簡便で迅速に判定できるフラーレン含有体の酸化度判定方法を提供すること、基油およびフラーレンを含む潤滑油について酸化度を簡便で迅速に判定できる潤滑油の酸化度判定方法を提供すること、基油およびフラーレンを含む潤滑油について酸化度を簡便で迅速に判定できる潤滑油の酸化度判定セットを提供すること、基油およびフラーレンを含む潤滑油について酸化度を簡便で迅速に判定できる潤滑油の酸化度判定装置を提供すること、ならびに、基油およびフラーレンを含む潤滑油について酸化度を簡便で迅速に判定でき機械のトラブルや故障を効果的に防止することができるシステムを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
このような目的は、以下の本発明により達成される。
本発明のフラーレン含有体の酸化度判定方法は、基剤およびフラーレンを含むフラーレン含有体の酸化度を判定する方法であって、
前記フラーレン含有体の紫外領域における吸収スペクトルに基づいて、前記酸化度を判定することを特徴とするフラーレン含有体の酸化度判定方法。
【0011】
本発明の潤滑油の酸化度判定方法は、基油およびフラーレンを含む潤滑油の酸化度を判定する方法であって、
前記潤滑油の紫外領域における吸収スペクトルに基づいて、前記酸化度を判定することを特徴とする。
【0012】
本発明では、波長320nm以上340nm以下における吸収スペクトルを用いることが好ましい。
【0013】
本発明では、前記潤滑油を10倍以上100倍以下の希釈度で希釈して、前記紫外領域における測定を行うことが好ましい。
【0014】
本発明の潤滑油の酸化度判定方法は、基油およびフラーレンを含む潤滑油の酸化度を判定する方法であって、
前記潤滑油をメンブランフィルターでろ過し、
前記潤滑油をろ過した前記メンブランフィルターを用いて、前記酸化度を判定することを特徴とする。
【0015】
本発明では、前記潤滑油をろ過した前記メンブランフィルターの透過光および反射光の少なくとも一方についての色パラメーターの変化に基づいて、前記酸化度を判定することが好ましい。
【0016】
本発明の潤滑油の酸化度判定セットは、基油およびフラーレンを含む潤滑油と、該潤滑油をろ過するためのメンブランフィルターとを備えることを特徴とする。
【0017】
本発明の潤滑油の酸化度判定装置は、基油およびフラーレンを含む潤滑油の紫外領域の吸収スペクトルを取得する手段と、
前記吸収スペクトルに基づいて、前記潤滑油の酸化度を評価および判定する手段と、
を備えることを特徴とする。
【0018】
本発明のシステムは、上記潤滑油の酸化度判定装置と、
摺動部、回転部および噛合部のうちの少なくとも1つを有する機械とを備えることを特徴とする。
【0019】
本発明では、前記機械が工作機械であることが好ましい。
【0020】
本発明では、前記機械が発電機であることが好ましい。
【発明の効果】
【0021】
本発明によれば、基剤およびフラーレンを含むフラーレン含有体について酸化度を簡便で迅速に判定できるフラーレン含有体の酸化度判定方法を提供すること、基油およびフラーレンを含む潤滑油について酸化度を簡便で迅速に判定できる潤滑油の酸化度判定方法を提供すること、基油およびフラーレンを含む潤滑油について酸化度を簡便で迅速に判定できる潤滑油の酸化度判定セットを提供すること、基油およびフラーレンを含む潤滑油について酸化度を簡便で迅速に判定できる潤滑油の酸化度判定装置を提供すること、ならびに、基油およびフラーレンを含む潤滑油について酸化度を簡便で迅速に判定でき機械のトラブルや故障を効果的に防止することができるシステムを提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0022】
【
図2】色相判別装置の構成例を模式的に示す図である。
【
図3】本発明の潤滑油の酸化度の判定装置の構成の概念を示す図である。
【
図4】本発明のシステムの構成の概念を示す図である。
【
図5】油中放電加熱酸化試験に用いた油中放電装置の構成を模式的に示す図である。
【
図6】油中酸化放電を行ったフラーレン添加量の異なる各試料油について、3週間経過後と、4週間経過後のFT-IRスペクトルである。
【
図7】油中酸化放電を行ったフラーレン添加量の異なる各試料油について、新油の状態と、4週間経過後の状態とを示す写真である。
【
図8】油中酸化放電を行ったフラーレン添加量の異なる各試料油についての紫外領域における吸収スペクトルである。
【
図9】回転圧力容器酸化安定度試験装置を示す模式図である。
【
図10】酸化度の異なる模擬酸化油についてのFT-IRスペクトルである。
【
図11】酸化度の異なる模擬酸化油についての紫外領域における吸収スペクトルである。
【
図12】酸化度と、1710cm
-1における吸光度および330nmにおける吸光度との関係を併せて示す図である。
【
図13】酸化度の異なる模擬酸化油と、これらの模擬酸化油をろ過して得られたメンブランパッチの写真である。
【
図14】ろ過前後の模擬酸化油についてのFT-IRスペクトルである。
【
図15】ろ過前後の模擬酸化油についての紫外領域における吸収スペクトルである。
【
図16】酸化度と、メンブランパッチのR値、G値およびB値との関係を示す図である。
【
図17】酸化度と、メンブランパッチの色パラメーターΔE
RGBとの関係を示す図である。
【
図18】酸化度と、ΔE
RGBおよび330nmにおける吸光度との関係を併せて示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0023】
以下、本発明の好適な実施形態について詳細に説明する。
[1]潤滑油
まず、本発明の酸化度判定方法において判定対象となるフラーレン含有体の一例である潤滑油について説明する。
潤滑油は、基剤としての基油と、フラーレンとを含む。
【0024】
[1-1]基油
潤滑油に含まれる基油は、特に限定されるものではなく、通常、潤滑油の基油として広く使用されている鉱物油や合成油等が好適に用いられる。
【0025】
鉱油は、一般に、内部に含まれる二重結合を水素添加により飽和して、飽和炭化水素に変換したものである。このような鉱油としては、例えば、パラフィン系基油、ナフテン系基油等が挙げられる。
【0026】
合成油としては、例えば、合成炭化水素油、エーテル油、エステル油等が挙げられる。より具体的には、合成油としては、例えば、ポリα-オレフィン、ジエステル、ポリアルキレングリコール、ポリアルキルビニルエーテル、ポリブテン、イソパラフィン、オレフィンコポリマー、アルキルベンゼン、アルキルナフタレン、ジイソデシルアジペート、モノエステル、二塩基酸エステル、三塩基酸エステル、トリメチロールプロパンカプリレート;トリメチロールプロパンペラルゴネート;ペンタエリスリトール2-エチルヘキサノエート;ペンタエリスリトールペラルゴネート等のポリオールエステル、ジアルキルジフェニルエーテル、アルキルジフェニルサルファイド、ポリフェニルエーテル、ジメチルシリコーン等のシリコーン潤滑油、パーフルオロポリエーテル等が挙げられる。これらの中でも、ポリα-オレフィン、ジエステル、ポリオールエステル、ポリアルキレングリコール、ポリアルキルビニルエーテルがより好適に用いられる。
【0027】
上記のような鉱油や合成油は、1種を単独で用いてもよく、2種以上を任意の割合で組み合わせて用いてもよい。
【0028】
潤滑油中に占める基油の割合は、特に限定されないが、90質量%以上99.9999質量%以下であることが好ましい。
【0029】
[1-2]フラーレン
潤滑油に用いられるフラーレンは、その構造や製造方法については、特に限定されず、種々のものを用いることができる。
【0030】
フラーレンとしては、例えば、比較的入手しやすいC60、C70またはそれらの混合物が挙げられる。フラーレンの中でも、潤滑油への溶解性の高さ等の観点から、C60およびC70が好ましく、C60がより好ましい。
【0031】
また、C60は、潤滑油への着色が少なく、後に詳述するような光学的な方法による潤滑油の劣化の判定をより好適に行うことができる。
【0032】
潤滑油は、C70より高次のフラーレンを含んでいてもよいが、潤滑油中に含まれる全フラーレン中に占めるC60の割合は、50質量%以上100質量%以下であることが好ましく、70質量%以上100質量%以下であることがより好ましく、90質量%以上100質量%以下であることがさらに好ましい。
【0033】
フラーレンは、アルキルラジカルとペルオキシラジカルの両方をトラップすることで、基油の酸化反応の連鎖を止め、基油の自動酸化を効果的に抑制することができる。
【0034】
また、フラーレンは、潤滑性を高める効果も有している。
潤滑油中に占めるフラーレンの割合は、30ppm以上2000ppm以下であることが好ましく、50ppm以上1500ppm以下であることがより好ましく、70ppm以上1000ppm以下であることがさらに好ましい。
【0035】
これにより、フラーレンがラジカルをトラップすることによる酸化防止機能をより優れたものとすることができる。また、潤滑油のコストの増大をより効果的に防止しつつ、基油による潤滑性と、フラーレンによる潤滑性とのバランスをより好適なものとすることができ、潤滑油全体としての潤滑性をより優れたものとすることができる。
【0036】
[1-3]その他の成分
潤滑油は、基油、フラーレン以外の成分を含んでいてもよい。以下、この項目内において、このような成分のことを「その他の成分」とも言う。
【0037】
ただし、潤滑油中に占めるその他の成分の占める割合は、1.0質量%以下であることが好ましく、0.5質量%以下であることがより好ましく、0.3質量%以下であることがさらに好ましい。
【0038】
その他の成分としては、例えば、各種酸化防止剤、粘度指数向上剤、極圧添加剤、清浄分散剤、流動点降下剤、腐食防止剤、固体潤滑剤、油性向上剤、防錆剤、抗乳化剤、消泡剤、加水分解抑制剤等が挙げられ、これらから選択される1種または2種以上を組み合わせて用いることができる。ただし、ジチオリン酸亜鉛を含まないことが好ましい。
【0039】
その他の成分としては、芳香族環を有するものが、フラーレンの溶解性を高くする場合もあり、より好ましい。
【0040】
潤滑油において、フラーレンは、他の酸化防止剤と併用されてもよい。
フラーレンと他の酸化防止剤とを併用する場合、芳香族環を有する酸化防止剤は、フラーレンと親和性が高いため、好ましい。
【0041】
芳香族環を有する酸化防止剤としては、例えば、ジブチルヒドロキシトルエン(BHT)、ブチルヒドロキシアニソール(BHA)、2,6-ジ-tert-ブチル-p-クレゾール(DBPC)、3-アリールベンゾフラン-2-オン(ヒドロキシカルボン酸の分子内環状エステル)、フェニル-α-ナフチルアミン、ジアルキルジフェニルアミン、ベンゾトリアゾール等が挙げられる。
【0042】
このような酸化防止剤と併用することで、フラーレンのラジカルトラップ機能をより好適に発揮させることができる。また、フラーレンがラジカルをトラップすることにより消費されても、他の酸化防止剤が酸化防止機能を補うことで、潤滑油全体としての酸化防止機能が、より好適に維持される。
【0043】
潤滑油が芳香族環を有する酸化防止剤を含むものである場合、潤滑油中に占める芳香族環を有する酸化防止剤の占める割合は、10ppm以上5000ppm以下であることが好ましく、20ppm以上4000ppm以下であることがより好ましく、30ppm以上3000ppm以下であることがさらに好ましい。
【0044】
本発明では、このような、基油およびフラーレンを含む潤滑油の酸化度について判定する。
【0045】
[2]潤滑油の酸化度判定方法(第1実施形態)
次に、本発明の第1実施形態に係る潤滑油の酸化度判定方法について説明する。
【0046】
本実施形態の潤滑油の酸化度判定方法は、基油およびフラーレンを含む潤滑油の酸化度を判定する方法であって、潤滑油の紫外領域における吸収スペクトルに基づいて、酸化度を判定する。
【0047】
本発明者らは、フラーレンがラジカルをトラップすることで、その構造が変化すること、および、ラジカルをトラップした量に応じて吸収スペクトルが変化することを見出した。
【0048】
そして、この吸収スペクトルの変化を利用することで、潤滑油の酸化度を簡便で迅速に判定することができる。
【0049】
特に、紫外領域は、フラーレン特有の吸収スペクトルが現れる領域であり、この紫外領域における吸収スペクトルに基づくことで、フラーレンの挙動、言い換えると、フラーレンがラジカルと反応することによる構造の変化およびその量を検知することができる。これらの挙動から、フラーレンの残存量、言い換えると、残存するラジカルトラップ能あるいはフラーレンの消費量を推定することができ、潤滑油の酸化度を簡便で迅速に判定することができる。
【0050】
紫外領域における吸収スペクトルは、所定の幅の波長領域について評価してもよいし、特定の(一点の)波長において評価してもよい。
【0051】
吸収スペクトルは、分光学的分析法により取得されたものであればよく、例えば、紫外可視光近赤外分光法により取得することができる。
【0052】
紫外可視光近赤外分光法によれば、化合物が有する化学構造を推定し、濃度を定量的に測定することができる。これにより、フラーレンがラジカルをトラップしたことによる構造の変化やその量を的確に検知することができ、フラーレンの残存量を的確に推定し、的確に酸化度を判定することができる。
【0053】
紫外可視近赤外分光光度計として、例えば、日立ハイテクサイエンス社製、製品名「U-4100」等を用いることができる。
【0054】
本実施形態の潤滑油の酸化度判定方法では、波長320nm以上340nm以下における吸収スペクトルを用いることが好ましい。
【0055】
フラーレンは、320nm以上340nm以下の範囲に特有の吸収ピークを持つことが知られている。
【0056】
フラーレンは、非平面的な共役系化合物であり、五員環と六員環とで構成されている。五員環は、常磁性および反芳香族性を示し、六員環は、反磁性および芳香族性を示すことが知られている。フラーレンの320nm以上340nm以下の範囲の吸収ピークは、芳香族性を示す六員環に由来するものである。
【0057】
後述する実施例にも示されるように、新油、言い換えると、酸化されていない潤滑油で検出される、320nm以上340nm以下の範囲の吸収ピークについて、潤滑油の酸化度が高くなるにつれて、ピーク強度、言い換えると吸光度が低下していく傾向がみられる。
【0058】
これは、ラジカルトラップ後のフラーレンが、320nm以上340nm以下の範囲の光を吸収できなくなっていくことを示しており、このことから、フラーレンの構造に変化があったことが示される。具体的には、潤滑油中のフラーレンは、ラジカルトラップに伴って六員環の二重結合が切断され、それに起因して波長320nm以上340nm以下における吸光度に変化が生じる。
【0059】
また、六員環の二重結合が切断されることで歪みが生じ、球状構造を保つことができなくなり、その結果、フラーレンのラジカルトラップ機能、言い換えると酸化防止機能は低下していく。
【0060】
したがって、波長320nm以上340nm以下における吸収スペクトルを用いることで、潤滑油に含まれるフラーレンの挙動、言い換えると、潤滑油の酸化に伴うフラーレンの構造の変化とその量を定量的に検出することができ、フラーレンの残存量をより的確に推定して、より的確に酸化度を判定することができる。
【0061】
ただし、ラジカルをトラップすることにより、フラーレンは、消費されていくが、フラーレンが消費されても、言い換えると、酸化防止機能が低下しても、基油は、ただちに酸化されるものではない。すなわち、潤滑油が酸化する場合でも、フラーレンが優先的に消費されていき、主成分である基油の酸化は効果的に防止される。
【0062】
なお、フラーレンを含有する潤滑油は、新油の状態で濃色であるため、そのままの状態で、紫外領域における吸収スペクトルの測定を行うと、吸光度が過大となり、酸化度の判定が難しくなる場合がある。
【0063】
したがって、紫外領域における吸収スペクトルを取得する際には、潤滑油を溶媒で希釈したサンプルを用いて測定することが好ましい。
【0064】
これにより、紫外領域における吸収スペクトルにおいて吸光度が過大となることを防止することができ、酸化度の判定をより的確に行うことができる。
【0065】
潤滑油を希釈する溶媒としては、例えば、基油の構成成分として例示した化合物や、ヘキサン等が挙げられる。
【0066】
本実施形態の潤滑油の酸化度判定方法では、紫外領域における吸収スペクトルの測定を行う際に、潤滑油を10倍以上100倍以下の希釈度で希釈することが好ましく、20倍以上80倍以下の希釈度で希釈することがより好ましく、30倍以上60倍以下の希釈度で希釈することがさらに好ましい。
【0067】
これにより、紫外領域における吸収スペクトルにおいて吸光度を適切な大きさにすることができ、酸化度の判定をさらに的確に行うことができる。
【0068】
また、潤滑油の酸化により生成する変質物、潤滑油が用いられる機械の摩耗粉や汚れ等の不純物を取り除くために、吸収スペクトルを取得する前に、潤滑油をろ過してもよい。
【0069】
これにより、不純物による影響が排除され、吸収スペクトルをより好適に取得することができ、潤滑油の酸化度の判定をより的確に行うことができる。
【0070】
吸収スペクトルの取得前に、潤滑油をろ過する場合、当該ろ過に用いるフィルターのフィルター孔径は、1μm以上10μm以下であることが好ましく、2μm以上5μm以下であることがより好ましく、3μm以上5μm以下であることがさらに好ましい。
【0071】
本実施形態の潤滑油の酸化度判定方法は、例えば、以下に示すような手順により行うことができる。
【0072】
予め、潤滑油と同性状の試験油について酸化試験を行い、該酸化試験が行われた試験油と、該試験油についての紫外領域における吸収スペクトルの情報とが対応付けられた複数組の試験データを取得する。そして、該試験データに基づいて、フラーレンの残存量と吸収スペクトルの情報との対応関係を示す検量線を作成しておく。
【0073】
そして、潤滑油についての紫外領域における吸収スペクトルの情報を取得する。得られた吸収スペクトルの情報を、検量線と比較することにより、潤滑油のフラーレン残存量を推定する。
【0074】
吸収スペクトルの情報は、例えば、波長320nm以上340nm以下における吸光度である。
【0075】
このような方法によれば、潤滑油のフラーレン残存量をより的確に推定することができ、潤滑油の酸化度をより的確に判定することができる。
【0076】
本実施形態の潤滑油の酸化度判定方法は、上述した方法に限定されない。
例えば、新油の潤滑油についての紫外領域における吸収スペクトルの情報、例えば、波長320nm以上340nm以下における吸光度を初期値とし、潤滑油の吸光度が、該初期値よりも一定の値以上、低下した場合に、酸化度について異常あり、と判定する方法であってもよい。
【0077】
また、例えば、新油の潤滑油についての紫外領域における吸収スペクトルの情報、例えば、波長320nm以上340nm以下における吸光度について、閾値を予め決めておき、潤滑油の吸光度が、該閾値を下回った場合に、酸化度について異常あり、と判定する方法であってもよい。
【0078】
なお、フラーレンを他の添加剤、例えば、芳香族環を有する添加剤、具体的には、例えば、フェノール系やアミン系の酸化防止剤と併用する場合があるが、芳香族であるフェノールとフラーレンとを混合しても、フラーレンの芳香族性を示す六員環に由来する、320nm以上340nm以下の範囲の吸収ピークの出現には、実質的な影響は、みられない。また、潤滑油が酸化されるに伴い、前記範囲の吸光度は、減少していくことが確認されている。
【0079】
これにより、フラーレンと芳香族環を有する添加剤とを併用した場合であっても、上述した方法により、フラーレンの消耗を検知することが可能である。
【0080】
[3]潤滑油の酸化度判定方法(第2実施形態)
次に、本発明の第2実施形態に係る潤滑油の酸化度判定方法について説明する。
図1は、ろ過装置の構成例を模式的に示す図である。
【0081】
本実施形態の潤滑油の酸化度判定方法は、基油およびフラーレンを含む潤滑油の酸化度を判定する方法であって、潤滑油をメンブランフィルターでろ過し、潤滑油をろ過したメンブランフィルターを用いて、酸化度を判定する。
【0082】
潤滑油をろ過した後のメンブランフィルターには、潤滑油中のラジカルをトラップした後のフラーレンが捕捉されている。
【0083】
そして、上述したように、ラジカルをトラップした後のフラーレンには、構造の変化、具体的には、ラジカルのトラップに伴って六員環の二重結合が切断される等の構造の変化が生じる。フラーレンの構造の変化に伴い、光学的特性、例えば、前述したような紫外領域における吸収スペクトルや、可視光領域における吸収スペクトル等の各種性質にも変化が現れる。
【0084】
したがって、潤滑油をろ過した後のメンブランフィルターを評価することにより、潤滑油の酸化度を推定することができる。
より具体的には、例えば、潤滑油をろ過した後のメンブランフィルターの外観を目視により観察すること等により、潤滑油の酸化度を簡便で迅速に推定することができる。
【0085】
なお、以下の説明においては、ラジカルをトラップすることで構造が変化した状態のフラーレンを、「フラーレン変質物」と称する。
【0086】
[3-1]メンブランフィルター
次に、潤滑油のろ過に用いるメンブランフィルターについて説明する。
【0087】
メンブランフィルターを構成する材料としては、例えば、石油エーテルに溶けず、かつ水に膨潤しないプラスチック材料等が挙げられる。このようなプラスチック材料としては、例えば、セルロースアセテート、ポリビニルアルコール、ポリアクリロニトリル、ポリウレタン、ポリアミド6等のポリアミド類等が挙げられ、これらから選択される1種または2種以上を組み合わせて用いることができる。
【0088】
メンブランフィルターは、RGBカラーモデルにおいて、R値とG値とB値が同一値である色であることが好ましい。メンブランフィルターのRGB値は、後述する色パラメーターΔERGBの算出の基準とされる色の値とされる。例えば、白(R255,G255,B255)を基準としてΔERGBを算出する場合、メンブランフィルターのRGB値は、R255,G255、B255とされる。
【0089】
メンブランフィルターの厚さは、10μm以上500μm以下であることが好ましく、30μm以上400μm以下であることがより好ましく、50μm以上250μm以下であることがさらに好ましい。
【0090】
これにより、潤滑油中のフラーレン変質物を好適に捕捉することができ、より的確な判定が可能になる。
【0091】
メンブランフィルターのフィルター孔径は、0.01μm以上10μm以下であることが好ましく、0.1μm以上5.0μm以下であることがより好ましく、0.5μm以上1.0μm以下であることがさらに好ましい。
【0092】
これにより、ろ過後のメンブランフィルターの色が必要以上に濃くなったり、ろ過に必要以上の時間がかかったりしてしまうことを効果的に防止しつつ、潤滑油中のフラーレン変質物をより好適に捕捉することができ、より的確な判定が可能になる。
【0093】
ここで、フィルター孔径とは、分離性能を表すために用いる名目上の膜やろ材の孔径であり、バブルポイント径、平均細孔径、公称孔径等がある。
【0094】
バブルポイント径とは、バブルポイント試験(ISO4003)(ISO4003-1977,“Permeable sintered metal materials Determination of bubble test pore size”)により得られた孔径のことであり、本明細書では、フィルター孔径とは、バブルポイント径のことを示す。
【0095】
このようなメンブランフィルターとしては、例えば、アドバンテック東洋社製、製品名「C080A025A」(セルロースアセテート製、孔径0.8μm、直径25mm、厚さ0.125mm)等が市販されている。
【0096】
[3-2]ろ過装置
潤滑油のろ過に用いるろ過装置について説明する。
図1に示すように、ろ過装置10は、防塵用蓋12と、シリンダ14と、フラスコ16と、真空ポンプ18とを備える。
【0097】
[3-3]潤滑油のろ過
潤滑油のろ過は、例えば、以下のようにして行われる。
すなわち、まず、
図1に示すろ過装置10において、シリンダ14とフラスコ16との間に、メンブランフィルター200を取り付ける。
【0098】
次に、潤滑油をシリンダ14に注入し、真空ポンプ18を使用してフラスコ16内を減圧することによりろ過する。
【0099】
ろ過装置10によりろ過された潤滑油は、フラスコ16の底部に滴下する。また、潤滑油に含まれるフラーレン変質物等は、メンブランフィルター200によってシリンダ14側の表面およびメンブランフィルター200に捕捉された状態となる。
【0100】
以下の説明では、潤滑油をろ過した後のメンブランフィルター200、言い換えると、フラーレン変質物等を捕捉し、着色したメンブランフィルターを「メンブランパッチ」と称する。
【0101】
[3-4]メンブランパッチを用いた酸化度の判定
そして、本発明では、メンブランパッチの状態から酸化度を判定する。
「メンブランパッチの状態」としては、例えば、色情報等が挙げられる。
【0102】
後述する実施例にも示されるように、メンブランパッチの色と、潤滑油の酸化度との間には、一定の関係性がみられ、これを用いることで、潤滑油の酸化度を推定することができる。
【0103】
潤滑油中にフラーレン変質物が生じると、潤滑油中のフラーレン変質物の増加に伴って、メンブランパッチの色が淡色化することが確認されており、メンブランパッチの色の変化を用いることで、潤滑油の酸化度を簡便で迅速に判定することができる。
【0104】
本実施形態の潤滑油の酸化度判定方法においては、メンブランパッチの透過光および反射光の少なくとも一方についての色パラメーターの変化に基づいて、潤滑油の酸化度を判定することが好ましい。
【0105】
色パラメーターは、色を数値化して表すものである。色パラメーターを用いることで、メンブランパッチの色を定量的に測定することができる。
【0106】
色を数値化する方法としては、特に限定されないが、例えば、L*a*b*色空間、CMYカラーモデル、CMYKカラーモデル、RBGカラーモデル等の色の表現法において、色を数値化する方法が挙げられる。
【0107】
L*a*b*色空間は、JIS Z 8781-4で規定されており、明度をL*で、色相と彩度を示す色度をa*、b*で表すものである。
【0108】
CMYカラーモデルは、シアン(C)、マゼンタ(M)、イエロー(Y)の3成分によって色を表すものである。CMYカラーモデルでは、基本色は白であり、白にC、M、Yの色の度合いを加えて、黒色にしていく。
【0109】
CMYKカラーモデルは、シアン(C)、マゼンタ(M)、イエロー(Y)、ブラックの4成分によって色を表すものである。
【0110】
RBGカラーモデルは、赤(R)、緑(G)、青(B)の3成分によって色を表すものである。RGBカラーモデルにおける色は、赤・緑・青の各要素がどれだけの割合で含まれているかで表現される。
【0111】
本実施形態では、色パラメーターの一例として、後述するようにRGBカラーモデルにおけるRGB値に基づき、式(1)で定義される色パラメーターΔERGBを用いている。色パラメーターΔERGBを用いることで、メンブランパッチの色をより細かい数値として定量的に測定することができる。
【0112】
色情報として色パラメーターΔERGBを用い、その変化に基づくことで、フラーレンやフラーレン変質物の量をより好適に定量的に検出することができ、潤滑油の酸化度をより的確に判定することができる。
【0113】
メンブランパッチのRGB値、およびそれに基づく色パラメーターΔERGBの取得には、例えば、色相判別装置を用いる。
【0114】
[3-4-1]色相判定装置
色パラメーターΔE
RGBの取得に用いられる、色相判別装置について説明する。
図2は、色相判別装置の構成例を模式的に示す図である。
【0115】
色相判別装置は、メンブランパッチの表面および裏面から白色光を投射し、その反射光および透過光の少なくとも一方から、色情報、言い換えると、RGB値を取得する。
【0116】
反射光からは、主にメンブランパッチ表面の色情報を取得することができ、透過光からは、メンブランパッチ表面および内部の色情報を取得することができる。
【0117】
RGB値は、赤(R)、緑(G)、青(B)の各色について0から255までの256階調で表され、この値の組み合わせによって色が決定される。RGB値によれば、白が(255,255,255)で表され、黒が(0,0,0)で表される。
【0118】
色相判別装置100は、ケーシング本体130内に、中央に空洞部114を有しメンブランパッチ210をセットするための設置部110と、メンブランパッチ210の図中上面側である第1面212に第1光を線対称位置に所定入射角度で入射させる第1光源120および122と、メンブランパッチ210の図中下面側である第2面214に第2光を線対称位置に所定入射角度で入射させる第2光源124および126と、メンブランパッチ210の上面側から入射した第1光が透過した第1透過光およびメンブランパッチ210の下面側から入射した第2光が反射した第2反射光を検出する第1カラーセンサ104と、メンブランパッチ210の下面側から入射した第2光が透過した第2透過光およびメンブランパッチ210の上面側から入射した第1光が反射した第1反射光を検出する第2カラーセンサ108とを備える。ここで、第1光および第2光は、白色光である。また、第1面212は、メンブランフィルターを用いて潤滑油をろ過する際に、当該潤滑油が供給された側の面に対応し、メンブランパッチ210上の堆積物のほとんどが存在する側の面であり、第2面214は、メンブランパッチ210の第1面212とは反対側の面である。
【0119】
第1光源120と第2光源126ならびに第1光源122と第2光源124とは、メンブランパッチ210の厚さ分だけずれた位置に第1光および第2光がそれぞれ入射する位置に、対向するように設けられている。第1カラーセンサ104および第2カラーセンサ108は、メンブランパッチ210に対して線対称となる位置に対向して設けられている。設置部110に設けられている空洞部114によって、第1光源120および122からの第1光に基づく第1透過光は、第1カラーセンサ104側に遮断されずに到達することができる。また、第2光源124および126からの第2光は、メンブランパッチ210の第2面214に到達し、さらに第2カラーセンサ108側に遮断されずに到達することができる。メンブランパッチ210は、潤滑油すなわちフラーレン変質物を捕捉した領域が空洞部114に合致するようにセットされる。
【0120】
このとき、メンブランパッチ210は、その表面が波打ちせずに設置面112と略平行な面を形成するように、リング状ホルダ113により保持される。リング状ホルダ113は、互いに連結される一対の部材からなる。
【0121】
このような構成とすることによって、メンブランパッチ210の第1面212から第2面214の側に透過する第1透過光と、これとは逆に、第2面214から第1面212の側に透過する第2透過光とを、それぞれ、同一の条件、言い換えると同一の状態で、第1カラーセンサ104および第2カラーセンサ108で検出することができる。
また、第1反射光および第2反射光についても、それぞれ、同一の条件、言い換えると同一の状態で、第1カラーセンサ104および第2カラーセンサ108で検出することができる。
【0122】
第1カラーセンサ104および第2カラーセンサ108は、RGBカラーセンサによって構成され、波長が380nm以上780nm以下の範囲の可視光線領域を、赤(R)、緑(G)、青(B)の各色成分、言い換えると、色信号に分けて検出する。
【0123】
なお、測色時には、ケーシング本体130の内部は、外部からの光、言い換えると、外界光の侵入が遮断された状態、すなわち、暗室状態となる。
【0124】
次に、色相判別装置100を用いた潤滑油の酸化度判定方法の手順について説明する。
まず、メンブランパッチ210を色相判別装置100の設置部110にセットする。メンブランパッチ210を色相判別装置100にセットする際には、リング状ホルダ113の一対の部材の間にメンブランパッチの外周縁部を挟みこんでセットする。
【0125】
次いで、第1光源120および122を発光させ、メンブランパッチ210の第1面212からの第1透過光を第1カラーセンサ104で測色して、透過光についての赤(R)、緑(G)、青(B)の色情報を取得する。次に、第1面212からの第1反射光を第2カラーセンサ108で測色して、反射光についての赤(R)、緑(G)、青(B)の色情報を取得する。
【0126】
同様に、第2光源124および126を発光させ、メンブランパッチ210の第2面214からの第2透過光を第2カラーセンサ108で測色して、透過光についての赤(R)、緑(G)、青(B)の色情報を取得する。次に、第2面214からの第2反射光を第1カラーセンサ104で測色して、反射光についての赤(R)、緑(G)、青(B)の色情報を取得する。
【0127】
なお、第1光源および第2光源とも、透過光による色情報および反射光による色情報の取得の順序は問わない。
【0128】
第1カラーセンサ104および第2カラーセンサ108によって検出された第1透過光、第2透過光、第1反射光および第2反射光の各色情報に基づいてΔERGBを演算する。
【0129】
[3-4-2]色パラメーターΔERGBの算出
反射光および透過光についてそれぞれ得られた色情報、言い換えるとRGB値から、色パラメーターΔERGBを算出する。
色パラメーターΔERGBは、赤(R)、緑(G)、青(B)およびシアン、マゼンタ、黄、黒、白の3次元立体において、白(255、255、255)からの距離であり、下記式(1)で表される。
【0130】
【0131】
後述する実施例にも示されるように、潤滑油の酸化度が高くなるにつれて、メンブランパッチの色パラメーターΔERGBが低下していく傾向がみられる。
【0132】
したがって、メンブランパッチの透過光、反射光についての色パラメーターΔERGBの変化に基づくことで、潤滑油の酸化度をより的確に推定することができる。
【0133】
なお、上述した説明では、メンブランパッチの透過光および反射光についての色パラメーターΔERGBを取得した場合を例に挙げて説明したが、本発明は、これに限定されるものではなく、透過光および反射光のうちの一方について取得した色パラメーターΔERGBに基づいて潤滑油の酸化を推定するものであってもよい。
【0134】
本実施形態の潤滑油の酸化度判定方法は、例えば、以下に示すような手順により行うことができる。
【0135】
予め、潤滑油と同性状の試験油について酸化試験を行い、該酸化試験が行われた試験油と、試験油をろ過することにより得られたメンブランフィルターについての色情報とが対応付けられた複数組の試験データを取得する。該試験データに基づいて、フラーレンの残存量と色情報との対応関係を示す検量線を作成しておく。
【0136】
そして、メンブランフィルターを用いて潤滑油をろ過し、潤滑油をろ過した後のメンブランフィルター(すなわち、メンブランパッチ)の色情報を取得する。得られた色情報を、検量線と比較することにより、潤滑油のフラーレン残存量を推定することができる。
【0137】
メンブランパッチの色情報は、例えば、メンブランパッチの透過光および反射光の少なくとも一方についての色パラメーターΔERGBである。
【0138】
このような方法によれば、潤滑油のフラーレンの残存量をより的確に推定することができ、潤滑油の酸化度をより的確に判定することができる。
【0139】
本実施形態の潤滑油の酸化度判定方法は、上述した方法に限定されない。
例えば、予め、判定対象の潤滑油と同性状の試験油について酸化試験を行い、所定の酸化状態(例えば、後述する実施例での1PSIのような処理で調整した比較的初期の酸化状態)の試験油をろ過して得られたメンブランパッチについての色情報、例えば、色パラメーターΔERGBを基準値とし、潤滑油をろ過して得られたメンブランパッチについての色パラメーターΔERGBが、該基準値よりも一定の値以上、低下した場合に、酸化度について異常あり、と判定する方法であってもよい。
【0140】
また、例えば、潤滑油をろ過して得られたメンブランパッチについての色情報、例えば、色パラメーターΔERGBについて、閾値を予め決めておき、潤滑油をろ過して得られたメンブランパッチについての色パラメーターΔERGBが、該閾値を下回った場合に、酸化度について異常あり、と判定する方法であってもよい。
【0141】
[4]潤滑油の酸化度判定セット
次に、本発明の潤滑油の酸化度判定セットについて説明する。
本発明の潤滑油の酸化度判定セットは、基油およびフラーレンを含む潤滑油と、該潤滑油をろ過するためのメンブランフィルターとを備える。
【0142】
メンブランフィルターとしては、上述したメンブランフィルター200と同様のものを用いることができる。
【0143】
このような酸化度判定セットを用いることで、手作業でも、潤滑油の酸化度を簡便で迅速に判定することができる。
【0144】
[5]潤滑油の酸化度判定装置
次に、本発明の潤滑油の酸化度判定装置について説明する。
図3は、本発明の潤滑油の酸化度の判定装置の構成の概念を示す図である。
【0145】
潤滑油の酸化度判定装置300は、基油およびフラーレンを含む潤滑油の紫外領域の吸収スペクトルを取得する吸収スペクトル取得手段310と、前記吸収スペクトルに基づいて、前記潤滑油の酸化度を評価および判定する酸化度判定手段320とを備える。
【0146】
酸化度判定装置300は、前述した第1実施形態に係る潤滑油の酸化度判定方法を実行することができるものである。
【0147】
吸収スペクトル取得手段310としては、分光分析機器が挙げられ、具体的には、例えば、紫外可視近赤外分光光度計等が挙げられる。
得られた吸収スペクトルの情報は、酸化度判定手段320に送られる。
【0148】
酸化度判定手段320は、得られた吸収スペクトルの情報に基づいて、潤滑油の酸化度を評価および判定する。酸化度判定手段320は、スペクトルの情報、具体的には、例えば、波長320nm以上340nm以下における吸光度が、所定の閾値よりも低下している場合には、潤滑油の酸化度について異常ありと判定する。
【0149】
なお、酸化度判定手段320による、潤滑油の酸化度についての評価および判定は、上述したものに限定されない。
【0150】
例えば、酸化度判定手段320は、得られた吸収スペクトルの情報、例えば、波長320nm以上340nm以下における吸光度を、予め作成しておいた検量線と比較することにより、潤滑油の酸化度を評価するものであってもよい。
【0151】
また、例えば、酸化度判定手段320は、潤滑油の波長320nm以上340nm以下における吸光度が、初期値よりも一定の値以上、低下した場合に、酸化度について異常あり、と判定するものであってもよい。
【0152】
酸化度判定装置300では、紫外領域における吸収スペクトルに基づくことで、フラーレンの挙動、言い換えると、フラーレンがラジカルと反応することによる構造の変化およびその量を検知することができる。これらの挙動から、フラーレンの残存量、言い換えると、残存するラジカルトラップ能あるいはフラーレンの消費量を推定することができ、潤滑油の酸化度を簡便で迅速に判定することができる。
【0153】
また、潤滑油の酸化度判定装置としては、基油およびフラーレンを含む潤滑油をメンブランフィルターでろ過するろ過手段と、潤滑油をろ過したメンブランフィルターを用いて、潤滑油の酸化度を評価および判定する酸化度判定手段とを備えるものも挙げられる。このような酸化度判定装置は、前述した第2実施形態に係る潤滑油の酸化度判定方法を実行することができるものである。
【0154】
ろ過手段としては、例えば、上述したようなろ過装置10が挙げられる。
酸化度判定手段としては、例えば、上述したような色相判別装置100を備えるものが挙げられる。
【0155】
酸化度判定手段は、例えば、色相判別装置100において、メンブランパッチについての色情報、具体的には、例えば、上述した色パラメーターΔERGBを算出し、色パラメーターΔERGBが所定の閾値よりも低下している場合には、潤滑油の酸化度について異常ありと判定する。
【0156】
なお、酸化度判定手段による、潤滑油の酸化度についての評価および判定は、上述したものに限定されない。
【0157】
例えば、酸化度判定手段は、得られた色パラメーターΔERGBの情報を、予め作成しておいた検量線と比較することにより、潤滑油の酸化度を評価するものであってもよい。
【0158】
また、例えば、酸化度判定手段は、色パラメーターΔERGBが、基準値よりも一定の値以上、低下した場合に、酸化度について異常あり、と判定するものであってもよい。
【0159】
このような潤滑油の酸化度判定装置では、潤滑油をろ過した後のメンブランフィルターを用いて、メンブランフィルターに捕捉されたフラーレン変質物の状態や性質についての変化を調べることで、フラーレンの残存量、言い換えると、残存するラジカルトラップ能あるいはフラーレンの消費量を推定することができ、潤滑油の酸化度を簡便で迅速に判定することができる。
【0160】
[6]システム
次に、本発明のシステムについて説明する。
図4は、本発明のシステムの構成の概念を示す図である。
システム400は、潤滑油の酸化度判定装置300と、摺動部、回転部および噛合部のうちの少なくとも1つを有する機械410とを備える。
【0161】
潤滑油は、ポンプ等の潤滑油供給デバイス402から機械410に供給される。潤滑油供給デバイス402は、オイルタンク404に接続されて潤滑油の供給を受ける。
【0162】
機械410は、摺動部、回転部および噛合部のうちの少なくとも1つを有するものであればよく、特に限定されない。
【0163】
潤滑油の酸化度判定装置300は、測定部302と、酸化度判定手段320とを備える。測定部302には、潤滑油の紫外領域の吸収スペクトルを取得する吸収スペクトル取得手段310を含む。
【0164】
酸化度判定装置300は、潤滑油の状態を検知するために潤滑油の流路等に配置される。
【0165】
本実施形態では、機械410の潤滑油の排油口に接続する潤滑油の流路から分岐した流路、例えば、潤滑油経路の末端付近に酸化度判定装置300を設け、この酸化度判定装置300の測定部302に、潤滑油の一部を導入する。
【0166】
酸化度判定装置300を潤滑油のメインの流路に設けていないのは、酸化度判定装置300における潤滑油の流速を潤滑油の状態を検知するのに適した流速に調整するためである。
【0167】
機械410から排出された潤滑油は、フィルター406を経由してオイルタンク404に戻る。このフィルター406は、潤滑油中の汚れや不純物等を取り除くためのものであり、上述したメンブランフィルターとは異なるものである。なお、フィルター406はなくても構わない。
【0168】
測定部302は、潤滑油の各種のパラメーターを測定する。
本実施形態では、測定部302には、分光分析機器が含まれる。具体的には、例えば、測定部302は、吸収スペクトル取得手段310としての紫外可視近赤外分光光度計を含み、潤滑油の紫外領域における吸収スペクトルを取得する。
【0169】
なお、測定のための設備が必要な分析については、適宜、潤滑油のサンプルを収集し、別途設けられた設備により分析を行ってもよい。
【0170】
また、測定部302には、例えば、潤滑油の温度、油圧等の物理的情報や、潤滑油に含まれる汚染粒子に関する情報、例えば粒子濃度等を測定するセンサを含んでいてもよい。これにより、潤滑油の状態をより詳しく検知することができる。
【0171】
測定部302で収集されたデータは、酸化度判定手段320に送られ、測定部302から得られたデータに基づいて、潤滑油の酸化度を評価および判定する。
【0172】
具体的には、例えば、320nm以上340nm以下における吸光度に基づいて、潤滑油中のフラーレンの残存量を推定し、潤滑油の酸化度を評価および判定する。
その結果、潤滑油の酸化度が異常と判定されれば、潤滑油の補充または交換を行う。
【0173】
潤滑油の補充または交換は、自動的に行われるものであってもよいし、作業員の手作業により行われるものであってもよい。
【0174】
潤滑油の交換を作業員の手作業により行う場合には、酸化度判定手段320は、潤滑油の補充または交換時期であることを示す表示や通知等を行う。
【0175】
このようなシステム400によれば、潤滑油の酸化度判定装置により、潤滑油の酸化度が的確に判定されているので、摺動部、回転部および噛合部のうちの少なくとも1つを有する機械410において、前記判定結果に基づいて潤滑油の補充、交換を適切な時期に行うことができる。これにより、機械410のトラブルや故障を効果的に防止することができ、機械410のより安定的な運転を実現することができるとともに、機械寿命を延ばすことができる。また、修理にかかるコストや、修理のために機械410を停止することによるロス等も低減することができる。
【0176】
[6-1]機械
機械410は、摺動部、回転部および噛合部のうちの少なくとも1つを有する。
機械410において、摺動部、回転部および噛合部は、部材同士が接触する部位であり、このような部位では、部材間の機械的な摩擦係数を低減するために、潤滑油が用いられる。
【0177】
摺動部としては、部材同士が摺動する部位である。このような摺動部としては、例えば、ベアリング、ピストン・シリンダー等が挙げられる。
【0178】
回転部は、構成部材が回転する部位である。このような回転部としては、例えば、旋盤、回転盤、回転刃、回転研磨・研削機、回転羽根、ローラー、発電タービン等が挙げられる。
【0179】
噛合部は、構成部材同士が噛合する部位である。このような噛合部としては、例えば、歯車、チェーン等が挙げられる。
【0180】
機械410としては、摺動部、回転部および噛合部のうちの少なくとも1つを有し、その稼働時に潤滑油を用いるものであれば特に限定されない。このような機械410として、具体的には、例えば、工作機械、内燃機関(エンジン)、変速機、差動装置、ポンプ、発電機等が挙げられる。
【0181】
本発明のシステム400によれば、酸化度判定装置300により、潤滑油の酸化度をモニタ-し、適切なタイミングで潤滑油の補充や交換をすることで、機械410の故障やトラブルを避けることができる。その結果、機械の寿命を延ばすことができる。
【0182】
システム400では、機械410が工作機械であることが好ましい。
工作機械は、典型的には、金属等の材料に、切断、穿孔、研削、研磨、圧延、鍛造、折り曲げ等の加工を施すための機械である。このような工作機械としては、具体的には、旋盤、ボール盤、中ぐり盤、フライス盤、研削盤、歯切り盤、マシニングセンタ、ターニングセンタ等が挙げられる。ただし、工作機械は、これらに限定されるものではない。
【0183】
システム400によれば、酸化度判定装置300により、潤滑油の酸化度をモニタ-し、適切なタイミングで潤滑油の補充や交換をすることで、工作機械の故障やトラブルを効果的に防止することができ、機械410のより安定的な運転を実現することができるとともに、工作機械の寿命を延ばすことができる。
【0184】
システム400では、機械410が発電機であることが好ましい。
各種機械の中でも、発電機には、高レベルで安定した稼動と発電量、例えば、数十年といった長期使用に耐える信頼性が要求される。また、修理のために発電機を停止することによる影響も大きい。そのため、故障等の異常が発生する前の段階での異常を検知することが、高いレベルで要求される。また、増速機のような高価な部品が使用されることからも、故障を未然に防ぐことが、高いレベルで要求される。そのためには、現場において潤滑油の状態を確実に知る必要がある。
【0185】
システム400によれば、酸化度判定装置300により、潤滑油の酸化度をモニタ-し、適切なタイミングで潤滑油の補充や交換をすることで、発電機の故障やトラブルを避けることができる。その結果、発電機の寿命を延ばすことができる。
【0186】
潤滑油の酸化度の判定は、継続的に行っていてもよいし、所定の期間ごとに定期的に行っていてもよいし、不定期に行ってもよい。
【0187】
また、上述した説明では、潤滑油の循環経路に設けられた採取手段により潤滑油を自動的に採取して分析、酸化度を判定する場合について説明したが、本発明は、これに限定されず、潤滑油の酸化度判定を、手動により行うものであってもよい。
【0188】
潤滑油の酸化度判定を手動で行う場合、例えば、潤滑油を手動で採取し、外部の分析機器を用いて分析し、その結果に基づいて潤滑油の酸化度を判定する。
【0189】
分析機器としては、例えば、上述した紫外可視近赤外分光光度計、色相判別装置等が挙げられる。
【0190】
また、潤滑油の採取は、所定の定期点検時や稼働時間外等に、機械を停止した状態で採取するものであってもよいし、機械を稼働させた状態で採取するものであってもよい。
【0191】
以上、本発明の好適な実施形態について説明したが、本発明は、これらに限定されるものではない。
【0192】
例えば、潤滑油の判定方法において、上述した工程以外の工程を備えるものであってもよい。より具体的には、例えば、酸化度を判定する潤滑油に対して所定の前処理を施す工程を備えていてもよい。
【0193】
また、上述した方法以外の、他の測定方法との組み合わせにより、潤滑油の酸化度を判定するものであってもよい。
他の測定方法と組み合わせることで、潤滑油の状態をより詳しく検知することができ、潤滑油の酸化度をより的確に判定することができる。
【0194】
また、前述した実施形態では、(基剤としての)基油およびフラーレンを含む(フラーレン含有体としての)潤滑油の酸化度の判定を行う場合について代表的に説明したが、本発明は、潤滑油以外のフラーレン含有体の酸化度の判定に適用してもよい。フラーレン含有体が含有する基剤としては、例えば、油脂成分、糖アルコール等が挙げられ、フラーレン含有体としては、例えば、化粧品、医薬部外品やこれらの原料(例えば、原液)等が挙げられる。
【実施例0195】
以下、本発明を具体的な実施例に基づいて詳細に説明するが、本発明はこれに限定されるものではない。以下の実施例中の処理、測定で、温度条件を示していないものについては、室温(23℃)で行った。
【0196】
[7]分析機器
まず、本実施例において用いた分析機器について説明する。
【0197】
[7-1]フーリエ変換赤外分光光度計
フーリエ変換赤外分光光度計(FT-IR:Fourier Transform Infrared Spectrometer)を用いて、試料油の酸化に伴い生成される生成物を推定した。
フーリエ変換赤外分光光度計として、島津製作所社製「IRAffinity-1」および、試料室一体型水平型全反射測定装置として、島津製作所社製「HATR10」を用いた。
測定は、全反射測定法(ATR:Attenuated Total Reflection)を用いて行った。
【0198】
本実施例では、潤滑油中の酸化物の生成を確認するため、カルボニル基のC=O結合の振動に起因するピークが検出される吸収帯である、1800cm-1以上1650cm-1以下の領域に注目した。
【0199】
また、カルボニル基のC=O結合の吸収帯は、水蒸気の吸収帯(1300cm-1以上200cm-1以下)と重なっているため、その影響を取り除く目的で、窒素ガスを流量10L/minで約2時間流し、水蒸気のピークが規定値以下に低下したことを確認した後に、窒素ガスを流しながら各試料油を分析した。
【0200】
[7-2]紫外可視近赤外分光光度計
紫外可視近赤外分光光度計を用いて、試料油の波長ごとの吸光度を調べた。
紫外可視近赤外分光光度計として、日立ハイテクサイエンス社製「U-4100」を用いた。
【0201】
フラーレンを含む潤滑油は、新油の状態では濃色であり、そのまま測定すると吸光度が過大となるため、測定が難しくなる。したがって、測定する際には、ヘキサンを用いて50倍に希釈した状態で測定した。また、本実施例では、フラーレン特有の吸収が現れる紫外領域に注目した。
【0202】
[8]フラーレンの酸化抑制効果についての考察
まず、潤滑油にフラーレンを添加することによる酸化抑制効果について調べた。
【0203】
[8-1]試料油の調製
(調製例1)
潤滑油の酸化試験に用いる試料油を調製した。
自動車用無添加鉱油(動粘度:33.1mm2/s@20℃、粘度指数:115)を基油とし、該基油にフラーレンC60として、FrontierCarbon社製「nanommixST」を100ppmの割合で添加することにより、試料油を調製した。
【0204】
(調製例2)
フラーレンの添加量を、基油に対し1000ppmとした以外は、調製例1と同様にして試料油を調製した。
【0205】
(調整例3)
本調製例では、フラーレンを添加せず、自動車用無添加鉱油(動粘度:33.1mm2/s@20℃、粘度指数:115)そのものを試料油とした。
【0206】
[8-2]酸化試験
[8-2-1]油中放電加熱酸化試験
図5は、油中放電加熱酸化試験に用いた油中放電装置の構成を模式的に示す図である。
【0207】
図5に示す油中放電装置を用いて、室温で油中放電を行い、各調製例の試料油を人工的に酸化した。
【0208】
各調製例の試料油中で400kVの放電を行った後、試料油を80℃に加熱し、その状態で4週間保持した。
【0209】
[8-2-2]加熱酸化試験
各調製例の試料油を80℃に加熱し、その状態で4週間保持した。
【0210】
[8-3]分析結果
[8-3-1]フーリエ変換赤外分光光度計(FT-IR)による分析結果
図6は、油中酸化放電を行った各調製例の試料油について、3週間経過後と、4週間経過後とにおいて、フーリエ変換赤外分光光度計により得られた、FT-IRスペクトルである。
【0211】
なお、
図6では、1800cm
-1以上1650cm
-1以下の範囲を拡大して示している。
【0212】
また、
図6では、ピーク高さの差を明瞭に示すために、すべての試料油において、1800cm
-1における吸光度を「0」となるように補正して示している。
【0213】
なお、FT-IRスペクトルにおいて、1710cm-1付近、例えば、1730cm-1以上1700cm-1以下のピークは、基油に含まれる炭化水素が酸化、分解することにより生成されるラクトン、エステル、アルデヒド、ケトン、エーテル等の化合物のカルボニル基(C=O)に起因するピークである。
【0214】
図6から明らかなように、油中放電加熱酸化、加熱酸化を行ったいずれの場合でも、フラーレンを含有しない調製例3では、1710cm
-1付近のピークが大きく表れており、3週間目から4週間目の間での変化も大きく、酸化が進んでいることがわかる。これに対し、フラーレンを添加した調製例1および2では、調製例3に比べて1710cm
-1付近のピークの大きさやその変化も小さく、酸化が抑えられていることがわかる。
【0215】
また、フラーレンの添加量により、酸化抑制効果に差がみられた。具体的には、フラーレンの添加量が100ppmの調製例1よりも、1000ppmの調製例2のほうが酸化抑制効果は大きく、1710cm-1付近のピークはほとんど見られない。
【0216】
[8-3-2]試料油の外観の変化について
図7は、油中酸化放電を行った各調製例の試料油について、新油(0週間)の状態と、4週間経過後の状態とを示す写真である。
【0217】
フラーレンは、濃紫色を示すため、新油(0週間)の状態では、フラーレンの添加量が多いほど濃色に着色しているが、4週間経過後には、着色が薄くなっていることがわかる。この色の変化は、フラーレンの含有量の低下、言い換えると、フレーレンがラジカルトラップすることに伴い、フラーレンに構造変化が起きていることを示唆している。
【0218】
[8-3-3]紫外可視近赤外分光光度計による分析結果
図8は、油中酸化放電を行った各調製例の試料油について、紫外可視近赤外分光光度計により得られた、紫外領域における吸収スペクトルである。
なお、
図8では、220nm以上800nm以下の範囲を拡大して示している。
【0219】
フラーレンは、330nm付近、例えば、320nm以上340nm以下の範囲に、六員環に起因する特有の吸収ピークを持つ。
【0220】
調製例3では、フラーレンに起因する330nm付近のピークはほとんど見られない。調製例1および2の試料油では、フラーレンに起因する330nm付近のピークが表れており、新油(0週間)の段階では、ピーク強度は、添加量にほぼ比例している。
【0221】
油中放電加熱酸化、加熱酸化のいずれの場合においても、4週間後には、330nm付近のピークは、フラーレンの添加量が100ppmの調製例1では、ほぼ消滅しており、1000ppmの調製例2では、ピーク強度が低下している。
【0222】
このように、試料油の酸化が進んだ場合に、330nm付近のピークがシフトせずに、強度低下または消滅していることは、フラーレンがラジカルトラップすることに伴って、フラーレンの330nm付近の吸収を示す構造に変化があるためと推定される。
【0223】
以下の実施例では、フラーレンを添加した試料油について、フラーレンの消費を検知して、潤滑油の酸化度を判定する方法についての実証実験を行った。
【0224】
[9]試料油の調製
潤滑油の酸化試験に用いる試料油を調製した。
自動車用無添加鉱油(動粘度:33.1mm2/s@20℃、粘度指数:115)を基油とし、該基油にフラーレンC60として、FrontierCarbon社製「nanommixST」を1000ppm添加することにより、試料油を調製した。
【0225】
[10]模擬酸化油の調製
上記の試料油を人工的に酸化して、酸化度の異なる、複数の模擬酸化油を調製した。
模擬酸化油の調製には、JIS K 2514-3:2013またはASTM D 2272で規定された、回転圧力容器酸化安定度試験装置を用いた。
【0226】
図9は、回転圧力容器酸化安定度試験装置を示す模式図である。
回転圧力容器酸化安定度試験装置は、圧力チャンバーを備える。試料油50gが入ったビーカーをマグネティックカップに固定した状態で、圧力チャンバーに挿入した。圧力チャンバーは、酸素で置換、あるいは、酸素または空気を注入して酸素分圧を所定圧力に加圧可能な耐圧容器である。
【0227】
ビーカーを挿入後、蓋を閉めて圧力チャンバーを密閉し、圧力チャンバー内部を酸素雰囲気にして圧力チャンバーを加熱した。さらに、先端にマグネティックプレートを付けたモータを使用して、その磁力でマグネティックカップを回転させて試験を行った。圧力チャンバー内の圧力は、図示しない圧力計測器により検出される。
【0228】
なお、回転圧力容器酸化安定度試験においては、試料油の酸化を促進するための触媒として銅コイルが用いられる場合があるが、加熱によって酸化銅が析出し、色相に影響を与える可能性があるため、本実施例では、銅コイルは使用しなかった。
【0229】
また、回転圧力容器酸化安定度試験においては、圧力チャンバー内の圧力を上げる目的で水を10mL投入する場合があるが、潤滑油の劣化要因を酸化に限定するために、本実施例では、水は使用しなかった。
【0230】
圧力チャンバー内は、酸素で満たされており、高温で加熱することにより、ビーカー内の試料油が酸化される。試料油の酸化に伴い、言い換えると、圧力チャンバー内の酸素が消費されることによりチャンバー内の圧力が低下していく。
【0231】
最高圧力からの圧力低下量を酸化度の基準とし、圧力低下量を任意に変更することにより、酸化度が異なる複数の模擬酸化油を調製した。
【0232】
具体的には、圧力低下量を、1PSI、3PSI、5PSI、7PSIと変えたこと以外は同様にして、模擬酸化油を調製した。ここで、1PSI=6.9kPaである。また、酸化されていない油を0PSIとした。
【0233】
試料油の酸化条件は、以下の通りである。
試料油:50±0.5[g]
温度:130[℃]
回転数:100±5[rpm]
【0234】
なお、以下の説明では、圧力低下量を、模擬酸化油の酸化度を表す指標とする。言い換えると、酸化度が大きいというときには、圧力低下量が大きい模擬酸化油のことを指す。
【0235】
[11]分析結果
[11-1]フーリエ変換赤外分光光度計(FT-IR)による分析結果
図10は、フーリエ変換赤外分光光度計により得られた、酸化度の異なる模擬酸化油についてのFT-IRスペクトルである。
なお、
図10では、酸化物のピークが検出される1800cm
-1以上1650cm
-1以下の範囲を拡大して示している。
【0236】
また、
図10では、ピーク高さの差を明瞭にし、ピーク強度の増大傾向を定量的に示すために、すべての模擬酸化油において、1800cm
-1における吸光度を「0」となるように補正して示している。
【0237】
図10から明らかなように、酸化度が大きくなるにつれて、酸化物の存在を示す、1710cm
-1の吸光度が増加することが確認された。このことは、酸化度が大きくなるにつれて、酸化物がより多く生成されていることを示す。
【0238】
[11-2]紫外可視近赤外分光光度計による分析結果
図11は、酸化度の異なる模擬酸化油についての紫外可視近赤外分光光度計により得られた紫外領域における吸収スペクトルである。
【0239】
なお、
図11では、潤滑油の構成成分に特有の吸収ピークが検出される、220nm以上500nm以下の範囲を拡大して示している。
【0240】
フラーレンは、330nm付近、例えば、320nm以上340nm以下の範囲に、六員環に起因する特有の吸収ピークを持つ。
【0241】
新油である0PSIで検出された330nm付近の吸収ピークが、酸化度が大きくなるにつれて、低下する傾向があることがわかる。
【0242】
これは、ラジカルトラップ後のフラーレンが330nm付近の光を吸収できなくなったことを示しており、フラーレンの構造に変化があったことが推察される。
【0243】
潤滑油中のフラーレンは、ラジカルトラップに伴って、六員環の二重結合が切断され、それに起因して酸化防止機能が消失するとともに、330nm付近の吸光度に変化が生じたと推察される。
【0244】
また、酸化度と、フーリエ変換赤外分光光度計により得られた1710cm
-1における吸光度および紫外可視近赤外分光光度計により得られた330nmにおける吸光度との関係を、
図12に併せて示す。
【0245】
330nmにおける吸光度と、1710cm-1における吸光度との間に一定の相関が認められる。具体的には、酸化度が大きくなるに伴い、フラーレンの存在を示す330nmにおける吸光度が低下していく一方で、酸化物の存在を示す1710cm-1における吸光度が増加していくことがわかる。
【0246】
このことから、フラーレンがラジカルをトラップして消費されることで酸化防止能力が低下し、それにより酸化物の生成が増えていくことがわかる。
【0247】
したがって、紫外領域、特に320nm以上340nm以下の範囲における吸光度に基づくことで、潤滑油に添加されたフラーレンの消費を検知することができ、潤滑油の酸化度を判定できることが確認された。
【0248】
[11-3]模擬酸化油のろ過(メンブランパッチの作製)
模擬酸化油をメンブランフィルターでろ過し、メンブランパッチを作製した。
図1に示したろ過装置において、シリンダとフラスコ間にメンブランフィルターを取り付けた。メンブランフィルターとしては、直径25mm、膜厚0.125mm、孔径0.8μmのものを用いた。
【0249】
模擬酸化油5mLを、真空ポンプにより減圧ろ過した。その後、メンブランフィルターの残留油分を石油エーテルで除去し、ホットプレートを用いて乾燥することにより、メンブランパッチを得た。
【0250】
[11-4]模擬酸化油の酸化度と着色についての考察
図13は、酸化度の異なる模擬酸化油と、これらの模擬酸化油をろ過して得られたメンブランパッチの写真である。
【0251】
酸化度が0PSIの新油では、フラーレンに起因する濃紫色を呈しているが、酸化度が大きくなるにつれて、模擬酸化油には変色が確認された。具体的には、酸化度が大きくなるにつれて、着色が薄くなっていく傾向がみられた。これは、フラーレンがラジカルをトラップすることにより着色を示さない物質に変化していくことで、フラーレンによる着色が薄くなったためと考えられる。
【0252】
酸化度が0PSIの場合では、メンブランパッチの着色が観察されなかった。これは、フラーレンのサイズが関係していると考えられる。
【0253】
フラーレンは、潤滑油中では、潤滑油分子を纏い「カエルの卵」のような会合体を形成していると推定されている。その会合体の大きさは、サブミクロンからミクロンサイズであるため、孔径0.8μmのメンブランフィルターでは、未反応のフラーレン会合体は捕捉されなかったと考えられる。
【0254】
これに対し、酸化された潤滑油では、メンブランパッチの着色が確認された。具体的には、酸化度が大きくなるにつれて、着色が薄くなっていく傾向がみられた。
【0255】
[11-5]模擬酸化油のろ過による捕捉物についての推定
ろ過後のメンブランフィルター上には、基油の酸化によって生成されたカルボニル化合物やラジカルトラップ後のフラーレン変質物が捕捉されていると考えられる。
【0256】
ろ過前とろ過後の模擬酸化油についてそれぞれ測定した、FT-IRスペクトルを
図14に示す。なお、
図14では、1800cm
-1以上1650cm
-1以下の範囲を拡大して示している。
【0257】
ろ過によりメンブランフィルターに捕捉された捕捉物が、基油の酸化によって生成されたカルボニル化合物であるならば、ろ過の前後で1710cm-1の吸光度に変化がみられる、具体的には、ろ過後の模擬酸化油中のカルボニル化合物の量が減少するため、ピーク強度が低下するはずであるが、ろ過の前後で1710cm-1の吸光度に大きな変化は見られなかった。したがって、捕捉物は、基油の酸化によって生成されたカルボニル化合物ではないと推定された。
【0258】
また、ろ過前とろ過後の模擬酸化油についてそれぞれ測定した、紫外領域における吸収スペクトルを
図15に示す。
上述したように、フラーレンは、メンブランフィルターを通過するため、ろ過の前後で、330nm付近の吸光度の顕著な変化は確認されなかった。
【0259】
したがって、ろ過によりメンブランフィルターに捕捉された捕捉物は、主として、ラジカルトラップにより構造が変化し、330nmでの吸収を示さなくなったフラーレン変質物であると推定された。
【0260】
なお、メンブランパッチの着色は、主として、発色特性の変わったフラーレン変質物と推察され、ラジカルトラップに伴い変質し、メンブランフィルターに捕捉されたことに由来すると考えられる。
【0261】
すなわち、フラーレンはラジカルトラップに伴い発色特性が変わるため酸化度が大きくなるとパッチ上には発色特性の変わったフラーレン変質物の量が多くなる。そのため、パッチの色は薄くなったと考えられる。
【0262】
[11-6]色相解析結果
図2に示した構成の色相判別装置を用いて、メンブランパッチの透過光および反射光についての色情報、具体的には、RGB値を取得し、その値から、式(1)に従って、色パラメーターΔE
RGBを算出した。
【0263】
【0264】
図16は、酸化度と、メンブランパッチのR値、G値およびB値との関係を示す図である。また、
図17は、酸化度と、メンブランパッチの色パラメーターΔE
RGBとの関係を示す図である。
【0265】
図16から、酸化が初期の段階、言い換えると、酸化度が0PSIから1PSIに上がった段階では、メンブランパッチ表面上のR値、G値およびB値は、一旦大きく低下するが、酸化度が1PSI以上では、酸化が進むにつれて、R値、G値およびB値は、上昇していく。
【0266】
また、
図17から、酸化が初期の段階、言い換えると、酸化度が0PSIから1PSIに上がった段階では、メンブランパッチ表面上の色パラメーターΔE
RGBは、一旦大きく上昇するが、酸化度が1PSI以上では、酸化が進むにつれて、メンブランパッチの色パラメーターΔE
RGBは減少していくことがわかる。
【0267】
[11-7]330nmにおける吸光度と、色パラメーターとの関係についての考察
図18は、酸化度と、ΔE
RGBおよび330nmにおける吸光度との関係を併せて示す図である。
【0268】
図18から、潤滑油の酸化が進行した状態においては、色パラメーターΔE
RGBの変化と、330nmの吸収ピークの強度との間に一定の相関が認められる。具体的には、酸化度が1PSI以上では、330nmの吸収ピークの強度が低下していくにつれて、色パラメーターΔE
RGBも低下していく。言い換えると、フラーレンがラジカルをトラップすることで消費されていくのに伴って、メンブランパッチの色パラメーターΔE
RGBも低下していくことがわかる。
【0269】
したがって、潤滑油をろ過することにより得られるメンブランパッチを用いて、具体的には、色パラメーターΔERGBの変化に基づくことで、潤滑油中に含まれるフラーレンの消費を検知することができ、潤滑油の酸化度を判定できることが確認された。
【0270】
以上の結果から、潤滑油の酸化度の指標となる、潤滑油中のフラーレンの残存量、言い換えると、残存するラジカルトラップ能あるいはフラーレンの消費量を、簡易的に推定できることが明らかになった。これにより、従来の、高額な精密分析機器を用いた分析と比べて、潤滑油の酸化度を簡便で迅速に判定することが可能となる。