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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023170949
(43)【公開日】2023-12-01
(54)【発明の名称】工作機械
(51)【国際特許分類】
   B23Q 15/12 20060101AFI20231124BHJP
   G05B 19/4093 20060101ALI20231124BHJP
   B23Q 17/09 20060101ALI20231124BHJP
   B23B 1/00 20060101ALI20231124BHJP
【FI】
B23Q15/12 A
G05B19/4093 M
B23Q17/09 A
B23B1/00 A
【審査請求】未請求
【請求項の数】9
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022083072
(22)【出願日】2022-05-20
(71)【出願人】
【識別番号】000001960
【氏名又は名称】シチズン時計株式会社
(71)【出願人】
【識別番号】000137856
【氏名又は名称】シチズンマシナリー株式会社
(71)【出願人】
【識別番号】504132881
【氏名又は名称】国立大学法人東京農工大学
(74)【代理人】
【識別番号】110002860
【氏名又は名称】弁理士法人秀和特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】北風 絢子
(72)【発明者】
【氏名】村松 正博
(72)【発明者】
【氏名】中谷 尊一
(72)【発明者】
【氏名】三宮 一彦
(72)【発明者】
【氏名】笹原 弘之
(72)【発明者】
【氏名】鎌田 陽
【テーマコード(参考)】
3C001
3C029
3C045
3C269
【Fターム(参考)】
3C001KA07
3C001KB01
3C001TA04
3C001TA05
3C001TA06
3C029CC00
3C045AA01
3C269AB02
3C269BB03
3C269CC02
3C269CC17
3C269EF02
3C269QE17
(57)【要約】
【課題】工具を振動させながら切削を行う技術において、びびり振動の発生を抑制させることのできる工作機械を提供する。
【解決手段】回転機構120によって主軸110を回転させながら、移動機構と振動機構によって、切削対象物Wと工具210を相対的に振動させつつ移動させることで、切削対象物Wを切削する工作機械10であって、主軸1回転当たりの前記移動機構による切削対象物Wに対する工具210の送り量をFとし、工具先端の軌跡波形の振幅をAとした場合に、主軸110の回転毎の前記軌跡波形の位相差、及びA/Fで表される振幅比と、びびり振動の発生のし難さとの対応関係を認識する認識手段としての制御装置Cを備えることを特徴とする。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
切削対象物が取り付けられる主軸と、
前記主軸を回転させる回転機構と、
前記切削対象物を切削する工具と、
前記主軸と前記工具を相対的に移動させる移動機構と、
前記移動機構による移動方向と平行な方向に対して、前記主軸と前記工具を相対的に振動させる振動機構と、
を備え、
前記回転機構によって前記主軸を回転させながら、前記移動機構と前記振動機構によって、前記切削対象物と前記工具を相対的に振動させつつ移動させることで、前記切削対象物を切削する工作機械であって、
前記主軸1回転当たりの前記移動機構による前記切削対象物に対する前記工具の送り量をFとし、前記工具先端の軌跡波形の振幅をAとした場合に、
前記主軸の回転毎の前記軌跡波形の位相差、及びA/Fで表される振幅比と、びびり振動の発生のし難さとの対応関係を認識する認識手段を備えることを特徴とする工作機械。
【請求項2】
前記切削対象物に対する前記移動方向と垂直方向の前記工具による切削の幅を切削幅とした場合に、
前記振動機構によって前記主軸と前記工具を相対的に振動させることなく前記切削対象物を切削する際に、びびり振動が発生する切削幅の下限値をaとし、aの最小値である臨界切削幅下限値をLとし、
前記振動機構によって前記主軸と前記工具を相対的に振動させながら前記切削対象物を切削する際に、前記位相差と前記振幅比との関係からびびり振動が発生する切削幅の下限値をalim、alimの最小値である臨界切削幅下限値をsLとしたときに、
前記認識手段は、前記びびり振動の発生のし難さをsL/L=sの倍率により認識することを特徴とする請求項1に記載の工作機械。
【請求項3】
切削加工中における前記工具の先端の軌跡の全区間の長さに対する空振り区間の長さの比率をraircutとし、前記工具による前記移動方向の比切削抵抗をKy[Pa]とし、周波数応答関数をΦ[m/N]とし、虚数をiとし、びびり振動の角周波数をω[rad/s]とし、主軸k回転前の動的変位が再生することを「k回転遅延再生」として定義し、切削加工中における前記工具の先端の軌跡の全区間の長さに対する前記主軸のk回転前に創成された前加工面を切削する区間の長さの比率をrとし、前記全区間における前記切削対象物を実際に切削している区間の長さを1としたときのk回転遅延再生領域の正規化された比率を
【数1】
とし、現在の動的変位と前加工面に転写された過去の動的変位の間の位相差をεとした場合に、前記alimは、
【数2】
により導出されることを特徴とする請求項2に記載の工作機械。
【請求項4】
前記認識手段が認識する前記対応関係を直接又は間接的に表示装置に表示する表示手段を備えることを特徴とする請求項1,2または3に記載の工作機械。
【請求項5】
前記表示手段は、横軸及び縦軸のいずれか一方を前記位相差とし他方を前記振幅比としたグラフ上に、前記びびり振動の発生のし難さの分布をマッピングした画像を前記表示装置に表示することを特徴とする請求項4に記載の工作機械。
【請求項6】
前記位相差及び前記振幅比を直接又は間接的に得るためのデータを入力する入力手段を備えると共に、
前記表示手段は、前記入力手段に入力されたデータに基づき得られる前記位相差及び前記振幅比から導かれた前記びびり振動の発生のし難さを表示装置に表示することを特徴とする請求項4に記載の工作機械。
【請求項7】
前記位相差及び前記振幅比を直接又は間接的に得るためのデータを入力する入力手段を備えると共に、
前記認識手段が認識する前記対応関係に基づいて、前記入力手段に入力されたデータに基づき得られる前記位相差及び前記振幅比から導かれた前記びびり振動の発生のし難さを評価して、前記入力手段に入力されたデータに近い条件で、かつより一層びびり振動が発生し難いデータを複数提示する提示手段を備えることを特徴とする請求項1,2または3に記載の工作機械。
【請求項8】
前記位相差及び前記振幅比を直接又は間接的に得るためのデータを入力する入力手段を備えると共に、
前記認識手段が認識する前記対応関係に基づいて、前記入力手段に入力されたデータに基づき得られる前記位相差及び前記振幅比から導かれた前記びびり振動の発生のし難さを評価して、前記入力手段に入力されたデータに近い条件で、かつより一層びびり振動が発生し難いように、前記位相差及び前記振幅比を補正する補正手段を備えることを特徴とする請求項1,2または3に記載の工作機械。
【請求項9】
前記移動機構は、
前記主軸の軸心方向に対して、前記主軸と前記工具を相対的に移動させる第1の移動機構と、
前記軸心方向に垂直な方向に対して、前記主軸と前記工具を相対的に移動させる第2の移動機構と、を有し、
前記振動機構は、
前記主軸の軸心方向に対して、前記主軸と前記工具を相対的に振動させる第1の振動機構と、
前記軸心方向に垂直な方向に対して、前記主軸と前記工具を相対的に振動させる第2の振動機構と、を有すると共に、
前記回転機構によって前記主軸を回転させながら、前記第1の移動機構と前記第1の振動機構によって、前記主軸の軸心方向に対して、前記切削対象物と前記工具を相対的に振動させつつ移動させる第1の切削モードと、
前記回転機構によって前記主軸を回転させながら、前記第2の移動機構と前記第2の振動機構によって、前記軸心方向に垂直な方向に対して、前記切削対象物と前記工具を相対的に振動させつつ移動させることで前記切削対象物を切削する第2の切削モードと、を有することを特徴とする請求項1,2または3に記載の工作機械。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、工作機械に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、工具(切削工具)を振動させながら切削を行うことで、切り屑を細かく分断する技術が知られている(特許文献1,2参照)。この技術は、低周波振動切削と呼ばれることもある。
【0003】
ところで、工作機械においては、切削対象物の切削中に不安定な振動が発生する「びびり振動」という現象が生じることが知られている。慣用切削技術においては、びびり振動の発生メカニズムの研究が進んでおり、びびり振動を回避する手法はある程度確立されている。
【0004】
しかしながら、上記の低周波振動切削の技術においては、びびり振動の発生メカニズムの研究が十分進んでいるとは言えず、びびり振動を回避する手法は十分確立していない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特許第5033929号公報
【特許文献2】特許第6416218号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明の目的は、工具を振動させながら切削を行う技術において、びびり振動の発生を抑制させることのできる工作機械を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明は、上記課題を解決するために以下の手段を採用した。
【0008】
すなわち、本発明の工作機械は、
切削対象物が取り付けられる主軸と、
前記主軸を回転させる回転機構と、
前記切削対象物を切削する工具と、
前記主軸と前記工具を相対的に移動させる移動機構と、
前記移動機構による移動方向と平行な方向に対して、前記主軸と前記工具を相対的に振動させる振動機構と、
を備え、
前記回転機構によって前記主軸を回転させながら、前記移動機構と前記振動機構によって、前記切削対象物と前記工具を相対的に振動させつつ移動させることで、前記切削対象物を切削する工作機械であって、
前記主軸1回転当たりの前記移動機構による前記切削対象物に対する前記工具の送り量をFとし、前記工具先端の軌跡波形の振幅をAとした場合に、
前記主軸の回転毎の前記軌跡波形の位相差、及びA/Fで表される振幅比と、びびり振動の発生のし難さとの対応関係を認識する認識手段を備えることを特徴とする。
【0009】
本発明によれば、認識手段によって、主軸の回転毎の軌跡波形の位相差、及びA/Fで表される振幅比と、びびり振動の発生のし難さとの対応関係が認識されている。これによ
り、びびり振動の発生を抑制する対応を行うことができる。
【0010】
前記切削対象物に対する前記移動方向と垂直方向の前記工具による切削の幅を切削幅とした場合に、
前記振動機構によって前記主軸と前記工具を相対的に振動させることなく前記切削対象物を切削する際に、びびり振動が発生する切削幅の下限値をaとし、aの最小値である臨界切削幅下限値をLとし、
前記振動機構によって前記主軸と前記工具を相対的に振動させながら前記切削対象物を切削する際に、前記位相差と前記振幅比との関係からびびり振動が発生する切削幅の下限値をalim、alimの最小値である臨界切削幅下限値をsLとしたときに、
前記認識手段は、前記びびり振動の発生のし難さをsL/L=sの倍率により認識するとよい。
【0011】
これにより、認識手段によって、振動を伴わない切削(慣用切削)に対して、どの程度、びびり振動が発生し難いかが認識される。
【0012】
切削加工中における前記工具の先端の軌跡の全区間の長さに対する空振り区間の長さの比率をraircutとし、前記工具による前記移動方向の比切削抵抗をKy[Pa]とし、周波数応答関数をΦ[m/N]とし、虚数をiとし、びびり振動の角周波数をω[rad/s]とし、主軸k回転前の動的変位が再生することを「k回転遅延再生」として定義し、切削加工中における前記工具の先端の軌跡の全区間の長さに対する前記主軸のk回転前に創成された前加工面を切削する区間の長さの比率をrとし、前記全区間における前記切削対象物を実際に切削している区間の長さを1としたときのk回転遅延再生領域の正規化された比率を
【数1】
とし、現在の動的変位と前加工面に転写された過去の動的変位の間の位相差をεとした場合に、前記alimは、
【数2】
により導出されるとよい。
【0013】
前記認識手段が認識する前記対応関係を直接又は間接的に表示装置に表示する表示手段を備えるとよい。
【0014】
これにより、作業者は、びびり振動の発生のし難さを視覚により容易に認識することができる。
【0015】
前記表示手段は、横軸及び縦軸のいずれか一方を前記位相差とし他方を前記振幅比としたグラフ上に、前記びびり振動の発生のし難さの分布をマッピングした画像を前記表示装置に表示するとよい。
【0016】
また、前記位相差及び前記振幅比を直接又は間接的に得るためのデータを入力する入力手段を備えると共に、
前記表示手段は、前記入力手段に入力されたデータに基づき得られる前記位相差及び前記振幅比から導かれた前記びびり振動の発生のし難さを表示装置に表示することも好適で
ある。
【0017】
前記位相差及び前記振幅比を直接又は間接的に得るためのデータを入力する入力手段を備えると共に、
前記認識手段が認識する前記対応関係に基づいて、前記入力手段に入力されたデータに基づき得られる前記位相差及び前記振幅比から導かれた前記びびり振動の発生のし難さを評価して、前記入力手段に入力されたデータに近い条件で、かつより一層びびり振動が発生し難いデータを複数提示する提示手段を備えるとよい。
【0018】
これにより、作業者は、より一層びびり振動が発生し難い条件を容易に設定することができる。
【0019】
また、前記位相差及び前記振幅比を直接又は間接的に得るためのデータを入力する入力手段を備えると共に、
前記認識手段が認識する前記対応関係に基づいて、前記入力手段に入力されたデータに基づき得られる前記位相差及び前記振幅比から導かれた前記びびり振動の発生のし難さを評価して、前記入力手段に入力されたデータに近い条件で、かつより一層びびり振動が発生し難いように、前記位相差及び前記振幅比を補正する補正手段を備えることも好適である。
【0020】
これにより、作業者が入力した条件に近く、かつ、より一層びびり振動が発生し難い条件で加工を行うことができる。
【0021】
前記移動機構は、
前記主軸の軸心方向に対して、前記主軸と前記工具を相対的に移動させる第1の移動機構と、
前記軸心方向に垂直な方向に対して、前記主軸と前記工具を相対的に移動させる第2の移動機構と、を有し、
前記振動機構は、
前記主軸の軸心方向に対して、前記主軸と前記工具を相対的に振動させる第1の振動機構と、
前記軸心方向に垂直な方向に対して、前記主軸と前記工具を相対的に振動させる第2の振動機構と、を有すると共に、
前記回転機構によって前記主軸を回転させながら、前記第1の移動機構と前記第1の振動機構によって、前記主軸の軸心方向に対して、前記切削対象物と前記工具を相対的に振動させつつ移動させる第1の切削モードと、
前記回転機構によって前記主軸を回転させながら、前記第2の移動機構と前記第2の振動機構によって、前記軸心方向に垂直な方向に対して、前記切削対象物と前記工具を相対的に振動させつつ移動させることで前記切削対象物を切削する第2の切削モードと、を有するとよい。
【0022】
なお、上記各構成は、可能な限り組み合わせて採用し得る。
【発明の効果】
【0023】
以上説明したように、本発明によれば、工具を振動させながら切削を行う技術において、びびり振動の発生を抑制させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0024】
図1図1は本発明の実施例に係る工作機械の概略構成図である。
図2図2は本発明の実施例に係る工作機械における第1の切削モードでの動作説明図である。
図3図3は本発明の実施例に係る工作機械における第2の切削モードでの動作説明図である。
図4図4は切削特性の説明図である。
図5図5はびびり振動の発生のし難さの認識の仕方の説明図である。
図6図6はびびり振動の発生のし難さの分布をマッピングした画像の一例を示す図である。
図7図7は本発明の実施例に係る工作機械の動作制御フロー図である。
図8図8はびびり振動が発生する切削幅の下限値を導出する式の説明図である。
図9図9はびびり振動が発生する切削幅の下限値を導出する式の説明図である。
図10図10はびびり振動が発生する切削幅の下限値を導出する式の説明図である。
図11図11はびびり振動が発生する切削幅の下限値を導出する式の説明図である。
図12図12はびびり振動が発生する切削幅の下限値を導出する式の説明図である。
図13図13はびびり振動が発生する切削幅の下限値を導出する式の説明図である。
図14図14は記号の定義の一覧表である。
図15図15は記号の定義の一覧表である。
【発明を実施するための形態】
【0025】
以下に図面を参照して、この発明を実施するための形態を、実施例に基づいて例示的に詳しく説明する。ただし、この実施例に記載されている構成部品の寸法、材質、形状、その相対配置などは、特に特定的な記載がない限りは、この発明の範囲をそれらのみに限定する趣旨のものではない。
【0026】
(実施例)
図1図13を参照して、本発明の実施例に係る工作機械について説明する。なお、図1図3及び図8においては、説明の便宜上、互いに直交する3軸(X軸、Y軸、Z軸)の方向を図示している。主軸110の軸心方向がZ軸であり、X軸とY軸は互いに直交し、かつ、Z軸に直交する軸である。
【0027】
<工作機械の構成>
図1を参照して、本発明の実施例に係る工作機械10の構成について説明する。図1は本発明の実施例に係る工作機械10の概略構成図であり、各部の構成を簡略的に示す図である。工作機械10は、切削対象物Wが取り付けられる主軸110と、主軸110を回転させる回転機構120と、切削対象物Wを切削する工具(切削工具)210とを備えている。主軸110の先端には切削対象物Wを保持するためのチャックが設けられている。回転機構120は、各種モータなどの公知技術を採用することができる。
【0028】
また、工作機械10は、主軸110と工具210を相対的に移動させる移動機構を備えている。本実施例に係る移動機構は、第1の移動機構130と、第2の移動機構220とを有している。第1の移動機構130は、主軸110の軸心方向(Z軸方向)に対して、主軸110と工具210を相対的に移動させる機構である。第2の移動機構220は、Z軸方向に垂直な方向(X軸方向)に対して、主軸110と工具210を相対的に移動させる機構である。これらの移動機構としては、リニアサーボモータやボールネジ機構やラックアンドピニオン機構など、各種公知技術を採用し得る。
【0029】
また、工作機械10は、移動機構による移動方向と平行な方向に対して、主軸110と
工具210を相対的に振動させる振動機構を備えている。本実施例に係る振動機構は、第1の振動機構140と、第2の振動機構230とを有している。第1の振動機構140は、主軸110の軸心方向(Z軸方向)に対して、主軸110と工具210を相対的に振動させる機構である。第2の振動機構230は、Z軸方向に垂直な方向(X軸方向)に対して、主軸110と工具210を相対的に振動させる機構である。これらの振動機構は、振動対象物を往復振動させることが可能な各種公知技術を採用し得る。
【0030】
第1の移動機構130によりZ軸方向に移動可能に構成される移動台131に、第1の振動機構140が固定されている。そして、第1の振動機構140によって、主軸110を回転させる回転機構120がZ軸方向に振動可能に構成されている。以上の構成により、切削対象物Wは、第1の移動機構130によりZ軸方向に移動可能に構成され(矢印S1参照)、かつ第1の振動機構140によりZ軸方向に振動可能に構成されると共に(矢印T1参照)、回転機構120により回転可能に構成される(矢印R参照)。
【0031】
第2の移動機構220によりX軸方向に移動可能に構成される移動台221に、第2の振動機構230が固定されている。従って、工具210は、第2の移動機構220によりX軸方向に移動可能に構成され(矢印S2参照)、かつ第2の振動機構230によりX軸方向に振動可能に構成される(矢印T2参照)。
【0032】
そして、工作機械10は、上記の各種機構の動作を制御する制御装置Cを備えている。また、工作機械10は、制御装置Cに対して、作業者が加工条件などの入力データを入力する入力手段311と、各種情報を表示する表示装置312とを備えている。入力手段311の具体例としては、キーボード、キーパッド、マウスなどを挙げることができる。表示装置312の具体例としては、画像を表示するディスプレイを挙げることができる。制御装置Cは、各種情報を表示装置312に表示する表示手段としての役割も担っている。
【0033】
なお、本実施例においては、切削対象物Wと工具210を2軸方向に相対的に移動かつ振動させるために、切削対象物WをZ軸方向に移動かつ振動可能に構成した上で、工具210をX軸方向に移動かつ振動可能に構成する場合を示した。しかしながら、工具210を固定させて、切削対象物Wを2軸方向に移動かつ振動可能に構成することで、切削対象物Wと工具210を2軸方向に相対的に移動かつ振動可能にしてもよい。同様に、切削対象物Wを固定させて工具210を2軸方向に移動かつ振動可能に構成することで、切削対象物Wと工具210を2軸方向に相対的に移動かつ振動可能にしてもよい。
【0034】
また、本実施例においては、移動機構と振動機構をそれぞれ独立に設けて、これらを独立に制御して動作させる場合の構成を示した。しかしながら、移動機構の機能と振動機構の機能を兼備させる構成を採用しても構わない。例えば、リニアサーボモータを用いて、切削対象物Wや工具210を移動させつつ振動させるようにリニアサーボモータを制御することで、移動機構と振動機構をそれぞれ独立に設けて動作させる場合と同様の動作を行わせることができる。
【0035】
更に、本実施例においては、切削対象物Wと工具210を2軸方向に相対的に移動かつ振動させる場合の構成を示した。しかしながら、切削対象物Wと工具210を3軸方向に相対的に移動かつ振動させる構成を採用することもできる。すなわち、上記の構成に加えて、切削対象物Wと工具210を、Y軸方向にも相対的に移動かつ振動させる構成を更に設けることもできる。
【0036】
以上のように構成される工作機械10により、回転機構120によって主軸110を回転させながら、移動機構と振動機構によって、切削対象物Wと工具210を相対的に振動させつつ移動させることで、切削対象物Wを切削することができる。本実施例に係る工作
機械10においては、少なくとも第1の切削モードによる切削加工と第2の切削モードによる切削加工が可能である。この点について、以下に説明する。
【0037】
<切削モード>
図2及び図3を参照して、切削モードについて説明する。図2及び図3は本発明の実施例に係る工作機械における切削モードの動作説明図である。図2は第1の切削モードの場合の動作中の様子を示しており、同図(a)はY軸方向に見た切削対象物W及び工具210の様子を示し、同図(b)はZ軸方向にこれらを見た様子を示している。図3は第2の切削モードの場合の動作中の様子を示しており、同図(a)はY軸方向に見た切削対象物W及び工具210の様子を示し、同図(b)はZ軸方向にこれらを見た様子を示している。
【0038】
まず、図2を参照して、第1の切削モードの場合の切削動作について説明する。この場合、回転機構120によって主軸110を回転させながら、第1の移動機構130と第1の振動機構140によって、Z軸方向に対して、切削対象物Wと工具210を相対的に振動させつつ移動させることで切削が行われる。作業者は、主軸110の単位時間当たりの回転数と、第1の移動機構130による送り速度(図2中矢印S1方向への送り速度)と、径方向の切削幅と、第1の振動機構140による振動数と振幅に関するデータを入力手段311に入力すればよい。なお、入力するデータに関しては、各種データを直接入力するように設定してもよいし、各種データを間接的に入力するように設定することもできる。すなわち、必要なデータを直接入力しなくても、必要なデータが演算により導出可能なデータを入力するように設定しても構わない。
【0039】
図3を参照して、第2の切削モードの場合の切削動作について説明する。この場合、回転機構120によって主軸110を回転させながら、第2の移動機構220と第2の振動機構230によって、X軸方向に対して、切削対象物Wと工具210を相対的に振動させつつ移動させることで切削が行われる。作業者は、主軸110の単位時間当たりの回転数と、第2の移動機構220による送り速度(図3中矢印S2方向への送り速度)と、軸方向の切削幅と、第2の振動機構230による振動数と振幅に関するデータを入力手段311に入力すればよい。なお、上記の通り、入力するデータに関しては、各種データを直接入力するように設定してもよいし、各種データを間接的に入力するように設定することもできる。
【0040】
<切削特性>
図4においては、主軸1回転に対する工具210の先端の相対的な移動量の推移を示すグラフを示している。図4(a)は振動を伴わない場合を示している。つまり、振動機構によって振動させずに切削加工を行った場合のグラフであり、振動機構を有していない一般的な工作機械(NC旋盤)を用いた場合の切削時のグラフということもできる。図4(b)は振動を伴う切削時におけるグラフである。
【0041】
各グラフにおいて、実線nは主軸110のn回転目についてのグラフであり、一点鎖線n-1は、主軸110のn-1回転目についてのグラフであり、点線n-2は主軸110のn-2回転目についてのグラフである。また、これらのグラフ中、W0は、切削対象物Wのうち主軸110のn回転目においても工具210により切削されない部位を示し、W1は、切削対象物Wのうち、主軸110のn回転目において工具210により切削される部位を示している。更に、Fは、移動機構による切削対象物Wに対する工具210の相対的な移動量を示している。振動を伴わない場合には、Fが主軸1回転に対する工具210の先端の移動量(送り量)に相当する。これに対して、振動を伴う場合には、切削対象物Wに対する工具210の先端の移動量は、移動機構による移動に加えて、振動による移動量が重畳的に加わる。従って、Fは主軸1回転に対する工具210の先端の平均的な移動
量(送り量)ということができる。
【0042】
振動を伴わない切削加工の場合には、主軸110の回転中において、切削される部分(切り屑となる部分)の厚さ(切削厚さ)は一定であることが分かる。
【0043】
これに対し、振動を伴う切削加工の場合には、振動条件(振幅及び振動数)によって、主軸110の回転中において、工具210が切削対象物Wに接触しない空振り区間を設けることができる。図示のグラフにおいて、TAは工具210により切削対象物Wが切削される区間を示し、TBは空振り区間を示している。これにより、切り屑を細かく分断することができることが分かる。
【0044】
<びびり振動>
背景技術で説明した通り、工作機械においては、切削対象物の切削中に不安定な振動が発生する「びびり振動」という現象が生じることが知られている。びびり振動が生ずると、切削対象物にびびり痕が形成されたり、工具が破損する原因になったりするため、びびり振動が生じない条件で加工する必要がある。なお、びびり振動が生じているか否かは作業者の経験による他、工作機械において、各種センサ等から得られる情報を用いて検出することもできる。
【0045】
本願発明者らは、振動を伴わない切削(いわゆる慣用切削)の場合に比べて、振動を伴う切削(以下、適宜、「低周波振動切削」と称する)の場合の方が、びびり振動を抑制できる旨の知見を得ている。この理由については後述する。
【0046】
図5に示すグラフにおいて、横軸は回転数[r/min]であり、縦軸は切削幅[mm]である。このグラフにおいては、回転数に対するびびり振動が生じる切削幅(の下限値)の推移を示している。慣用切削の場合のグラフがaであり、低周波振動切削のグラフがalimである。ここで、aの最小値である臨界切削幅下限値をLとし、alimの最
小値である臨界切削幅下限値をsLとする。びびり振動の発生のし難さは、sL/L=sの倍率により表すことができる。
【0047】
ここで、alimは、次の(式1)で表すことができる。
【数3】
・・・(式1)
【0048】
この式の導出の仕方等については、後述する。
【0049】
ここで、主軸1回転当たりの移動機構による切削対象物Wに対する工具210の送り量をFとし、工具先端の軌跡波形の振幅をAとする。本実施例に係る工作機械10においては、主軸110の回転毎の軌跡波形の位相差、及びA/Fで表される振幅比と、びびり振動の発生のし難さとの対応関係を、認識手段として機能する制御装置Cが認識している。
【0050】
上記の図5に示すalimのグラフは、上記の位相差と振幅比A/Fについて、ある値での一例を示したものである。図6においては、これら位相差と振幅比A/Fを変えた条件下で、それぞれsを算出してマッピングした画像が示されている。図6においては、横軸が位相差[πrad]であり、縦軸が振幅比A/Fである。図中の実線は等高線であり、領域R1、領域R2、領域R3、領域R4、領域R5、領域R6の順にsが低くなって
いる。すなわち、領域R1に近づくほど、びびり振動が生じ難いことを示している。なお、切削加工における好適な条件については、びびり振動の生じ難さだけではないので、領域R1に近づくほど、切削加工に適していることを意味している訳ではない。
【0051】
以上のように、本実施例に係る工作機械10においては、制御装置Cが、主軸110の回転毎の工具先端の軌跡波形の位相差、及びA/Fで表される振幅比と、びびり振動の発生のし難さとの対応関係を認識している。これにより、本実施例に係る工作機械10によれば、びびり振動の発生を抑制する対応を行うことができる。
【0052】
例えば、制御装置Cにより、上記の対応関係を直接又は間接的に表示装置312に表示することができる。これにより、作業者は表示装置312に表示された対応関係に基づいて、びびり振動が生じ難い条件で加工することによって、びびり振動の発生を抑制することができる。なお、表示装置312への上記の対応関係の表示のタイミングについては限定されない。例えば、作業者が加工条件を入力する前の時点で表示させて、表示された内容を見ながら加工条件を入力できるようにしてもよい。また、作業者が所望の加工条件を入力手段311に入力した後、加工が始まる前に表示させることで、加工条件を変更するか否かを選択させてもよい。更に、作業者が所望の加工条件を入力手段311に入力した後に加工が始まり、びびり振動が生じた場合に表示させて、加工条件の変更を促すようにしてもよい。以下、より具体的な一例を説明する。
【0053】
例えば、表示装置312に、図6に示すように、びびり振動の発生のし難さの分布をマッピングした画像を表示させることで、作業者は、びびり振動が生じ難いように、位相差及び振幅比を選択することができる。なお、図6においては、横軸を位相差[πrad]、縦軸を振幅比A/Fとしているが、横軸を振幅比A/Fとし、縦軸を位相差[πrad]として、びびり振動の発生のし難さの分布をマッピングした画像を表示させることもできる。
【0054】
具体的には、例えば、作業者が入力手段311に所望の加工条件を入力した後に、図6に示すような画像を表示して、入力された条件がマップのどの位置に相当するかを明示させるようにするとよい。これにより、びびり振動が発生し易い加工条件だった場合には、作業者は入力した加工条件に近い加工条件で、びびり振動が発生し難い加工条件を入力し直すことができる。なお、入力手段311に対しては、位相差及び振幅比を直接又は間接的に得るためのデータを入力できるように構成すればよい。すなわち、位相差及び振幅比を直接入力しなくても、これらのデータが演算により導出可能なデータを入力するように設定しても構わない。
【0055】
また、表示装置312に、位相差と、振幅比と、びびり振動の発生し難さとを文章によって表示させることもできる。具体的には、例えば、「位相差=XX[πrad]、振幅比A/F=YY、びびり振動の発生のし難さは慣用切削に比べてs倍」というように、表示装置312に表示させることもできる。この場合には、例えば、作業者が入力手段311に所望の加工条件を入力した後に、入力した加工条件に近い加工条件で、より一層びびり振動が発生し難い加工条件についても、いくつか表示装置312に表示させることで、作業者は加工条件を適宜変更することができる。
【0056】
このように、制御装置Cは、上記の対応関係に基づいて、入力手段311に入力されたデータに基づき得られる位相差及び振幅比から導かれたびびり振動の発生のし難さを評価することができる。そして、制御装置Cは、入力手段311に入力されたデータに近い条件で、かつより一層びびり振動が発生し難いデータを複数提示する提示手段としての機能も備えることができる。
【0057】
また、これまでは、上記の対応関係を直接的に表示装置312に表示する場合の例を説明したが、上記の対応関係を間接的に表示装置312に表示する構成を採用することもできる。
【0058】
例えば、振動機構による振動数(主軸1回転あたりの振動回数)をD、振幅送り比率をQとすると、A=QF+F/(2D)、A/F=Q+1/(2D)の関係がある。また、位相差φと振動数Dとの間には、φ=2π(D-int[D]),(0≦φ<2π)の関係がある。このように、位相差φ及び振幅比A/Fと、振動数D及び振幅送り比率Qとは相関関係があるため、振動数D及び振幅送り比率Qと、びびり振動の発生のし難さとの対応関係を、表示装置312に表示させることもできる。すなわち、位相差φ及び振幅比A/Fと、びびり振動の発生のし難さとの対応関係を間接的に表示させることもできる。
【0059】
表示のさせ方については、上記と同様である。すなわち、横軸及び縦軸のいずれか一方を振動数Dとし、他方を振幅送り比率Qとしたグラフ上に、びびり振動の発生のし難さの分布をマッピングした画像を表示装置312に表示させることができる。また、表示装置312に、振動数Dと、振幅送り比率Qと、びびり振動の発生し難さとの対応関係を文章によって表示させることもできる。
【0060】
なお、位相差φ及び振幅比A/Fと相関関係を有していれば、振動数D及び振幅送り比率Q以外の他の数値を用いて、当該他の数値とびびり振動の発生のし難さとの対応関係を、表示装置312に表示させても構わない。
【0061】
制御装置Cにより、表示装置312に対して、上記の対応関係を直接的に表示させるか、間接的に表示させるかについては、作業者が入力手段311に入力する数値に応じて決めるとよい。すなわち、作業者が入力手段311に入力する加工条件として、位相差φ及び振幅比A/Fを入力する構成を採用する場合には、位相差φ及び振幅比A/Fと、びびり振動の発生のし難さとの対応関係を直接的に表示装置312に表示させると好適である。また、作業者が入力手段311に入力する加工条件として、振動数D及び振幅送り比率Qを入力する構成を採用する場合には、振動数D及び振幅送り比率Qと、びびり振動の発生のし難さとの対応関係を表示装置312に表示させると好適である。
【0062】
以上の説明においては、制御装置Cにより、上記の対応関係を直接又は間接的に表示装置312に表示させて、作業者が加工条件を適宜設定し直す場合について説明した。しかしながら、作業者が加工条件を設定し直すのではなく、制御装置Cが加工条件を補正する構成を採用することもできる。
【0063】
すなわち、上記の通り、制御装置Cは、上記の対応関係に基づいて、入力手段311に入力されたデータに基づき得られる位相差及び振幅比から導かれたびびり振動の発生のし難さを評価することができる。そして、制御装置Cは、入力手段311に入力されたデータに近い条件で、かつより一層びびり振動が発生し難いように、位相差及び振幅比を補正する補正手段としての機能も備えることができる。この場合には、作業者が加工条件を設定し直すことなく、制御装置Cによって補正された加工条件により、工作機械10により加工がなされる。勿論、作業者が加工条件を設定し直すモードと、制御装置Cが加工条件を補正するモードを選択できるようにしても構わない。
【0064】
<工作機械の動作制御>
図7を参照して、工作機械10の動作フローの一例について説明する。工作機械10の動作が開始されると(ステップSS)、入力された加工条件に基づいて工作機械10による加工動作がなされる(ステップS1)。加工動作中、制御装置Cはびびり振動抑制条件提示命令信号の受信の有無を逐次判定する(ステップS2)。この命令信号を受信しない
限り、加工終了命令信号を受けるまで(ステップS3)、加工動作が継続される。なお、びびり振動抑制条件提示命令信号は、作業者がびびり振動が発生していると認識した場合に、所定のボタンなどを押すことで、当該命令信号を発信するようにするとよい。また、各種センサから得られたデータに基づいて制御装置Cがびびり振動が発生していることを検知した場合に当該命令信号を発生させてもよい。
【0065】
加工作業が終了した場合には、例えば、作業者が終了ボタンを押すなどすることで、加工終了命令信が発信され、制御装置Cは当該命令信号を受信することで(ステップ3)、各機構等の動作を終了させることにより、工作機械10の動作が終了する(SE)。ステップS2で、制御装置Cがびびり振動抑制条件提示命令信号を受信した場合には、加工動作を一時停止させる(ステップS4)。そして、制御装置Cは、表示装置312に、びびり振動抑制条件を提示させる(ステップS5)。この場合、上記のように、表示装置312に、びびり振動の発生のし難さの分布をマッピングした画像を表示させることもできるし、びびり振動の発生し難さを文章によって表示させることもできる。これにより、作業者が新たな加工条件を入力手段311に入力すると、制御装置Cは、新たに入力された加工条件に変更した上で、工作機械10を動作させることで加工動作がなされる(ステップS6)。
【0066】
その後、制御装置Cはびびり振動抑制条件提示命令信号の受信の有無を逐次判定する(ステップS7)。この命令信号を受信しない限り、加工終了命令信号を受けるまで(ステップS8)、加工動作が継続される。ステップS8で、制御装置Cが加工終了命令信号を受信すると、制御装置Cが各機構等の動作を終了させることにより、工作機械10の動作が終了する(SE)。また、ステップS7で、制御装置Cがびびり振動抑制条件提示命令信号を受信した場合には、加工動作を一時停止させる(ステップS4)。その後のフローは、上記の通りである。
【0067】
<びびり振動が発生する切削幅の下限値を求める式>
びびり振動が発生する切削幅の下限値alimを求める式(上記の式1)の求め方について説明する。なお、図14図15には、以下に説明する数式及び図面中の記号の定義をまとめた一覧が示されている。
【0068】
加工中に周波数の高い振動が発生し、仕上げ面性状を悪化させたり工具に欠損が生じたりする場合がある。これはびびり振動と呼ばれる現象で、切削加工の場合は特に再生型と呼ばれるびびり振動が生じることが知られている。再生びびり振動では、1回転前の切削中に生じていた振動が加工面に起伏として残り、その振動が現在の切削において切り取り厚さの変動として再生する。この際、1回転前の振動と現在の切削における振動の位相差によって、現在の振動が増幅するか減衰するかが変わり、増幅状態になるとびびり振動が発生しやすくなる。この位相差と、切削抵抗の負荷の大きさと、振動が伝達する工具や材料で構成される閉ループの振動伝達特性との関係で、びびり振動が発生するか否かが決まる。
【0069】
低周波振動切削においては、低周波の振動にそれより周波数の高いびびり振動が重畳して発生する。ただし、振動切削の空振り区間では切削力が作用しないため、自由振動における系の減衰により動的変位の振幅が減少する。また、図4(b)に示すように、振動切削では主軸1回転前(n-1回転目)だけでなく、主軸2回転前(n-2回転目)や、それ以上前の加工面の動的変位が再生される。これらにより、低周波振動切削におけるびびり振動の安定性は通常の切削と比較して向上し、低周波振動切削を適用することはびびり振動の抑制効果をもたらす。
【0070】
びびり振動が発生するか否か、言い換えると不安定振動が発生するか否かは、安定限界
線図を算出することでその境界条件を求めることができるが、低周波振動切削における安定限界を導出することで通常の切削に対する安定性の向上割合を知ることができる。以下に、低周波振動切削における安定限界について説明する。
【0071】
まず、低周波振動切削について説明する。低周波振動切削においては、主軸回転と同期させて工具を切削送り方向に振動させながら切削が行われる。図8に主軸回転と同期した振動切削の概略、および工具の送りと振動方向の関係を示す。実際の加工では、主軸1回転に対する工具の振動回数が指定され、旋盤の主軸側の送り運動と主軸回転数がNCにより制御される。したがって、主軸と工具振動の同期はNC制御によって実現されている。また、目標形状を加工する加工パスに沿って正弦波振動を重畳するため、工具を振動させながらも指定の形状を正確に加工することができる。
【0072】
図9図10に、慣用切削(振動を伴わない切削)と振動切削のそれぞれの場合における工具刃先の移動軌跡を示す。図中、ハッチングした領域が切削の行われている領域であり、その高さが主切れ刃における送り方向の切削厚さh[m]に相当する。
【0073】
図9は主軸回転毎送りF=0.03mm/revとした場合の慣用切削における工具刃先の移動軌跡を示している。慣用切削においては、一定の送り量Fで工具刃先が移動するため、切削厚さhは常に一定である。また、切削厚さhの大きさは設定送り量Fと同じとなる。
【0074】
一方で低周波振動切削における工具の移動軌跡は、図10に示すように、一定の切削送り成分に対して主軸位相と同期して振動する正弦波振動成分が重畳されたものとして考えることができる。このとき、主軸n回転後の振動切削における送り方向の刃先位置Yn[m]と主軸位相θ[deg]の関係は、主軸1回転あたりの振動回数Dと、送り量F[m/rev]に対する振動振幅の比Q、および正弦波振動成分の振幅A[m]を用いて、次のように定義される。
【数4】
・・・(式2)
【数5】
・・・(式3)
【0075】
図10の刃先の移動軌跡は、F=0.03mm/rev,D=1.5,Q=1.5の条件で、式2,3を用いて描いたものである。ここで、図8に示すような現在と主軸1回転前の工具移動軌跡間の位相差[rad]をφと定義すると、φは以下のように表される。
【数6】
・・・(式4)
【0076】
主軸1回転前と現在の工具軌跡の位相が揃っている場合(φ=0,2π)、主軸1回転前と現在の工具軌跡は常に平行であるため、連続した切りくずが排出される。一方、現在
の工具の振動と主軸1回転前の振動が逆位相となる条件(φ=π)では、現在の振動軌跡の谷部と前加工面の山部が交差するため、より小さい振幅でも切りくずが分断可能となる。
【0077】
次に低周波振動切削における安定限界の算出について説明する。図11図12に、低周波振動切削時の1自由度振動モデルを示す。なお、図11はφ=πの時(1,2回転前の再生効果のみ)の場合を示し、図12はφ≠πの一例を示したもので、D=1.8,Q
=2.2で3回転前の再生効果の影響を含む場合を示している。
【0078】
びびり振動は、加工を行う工具や機械構造、あるいは加工する材料の形状等のどこの剛性が弱いかによって、発生する振動方向が異なる。このモデルでは、工具構造の送り方向の剛性が主分力方向に比べ非常に小さいと仮定されており、送り方向にびびり振動が生じている。すなわち、振動切削による低周波数の準静的な切削厚さの変化に、それより高い周波数の工具構造の振動による動的な切削厚さの変動が重畳される。
【0079】
通常の慣用切削においては、主軸1回転前の振動のみが再生することによって再生びびり振動が生じる。一方で、振動切削においては、主軸1回転前の工具の振動だけでなく、2回転以上前の工具の運動軌跡が現在の切削厚さに影響を与える。したがって、振動切削における切削厚さhは次のように表される。
【数7】
・・・(式5)
【0080】
Y(t)は時刻t[s]における振動切削の送り方向の刃先位置[m],hvcは振動切削の工具軌跡により準静的に変化する切削厚さ[m],hはびびり振動による動的切削厚さ[m],yは工具の動的変位[m]である。また、k(t)は、時刻tにおいて刃先が切削している位置が、主軸のk回転前に創成された前加工面の領域であることを意味し、k(t)が取り得る値は自然数(1,2,3・・・)である。なお、図11において、前加工面はn-2周目の軌跡に該当するためk(t)=2となり、図12において、前加工面はn-1周目の軌跡に該当するためk(t)=1となる。Y(t)は主軸回転周期T[s]を用いて式2,3を変換することで、以下のように計算できる。
【数8】
・・・(式6)
【0081】
準静的な切削厚さhvcの変化は、工作機械の送り駆動系の工具運動によるものであり、びびり振動の成長には影響しないため、系の安定性は、主軸1回転以上前の過去の動的変位の影響を含む切削厚さhの変化のみを考慮することで評価できる。
【0082】
図11に示すように、φ=πの条件では、前加工面は主軸1回転前と2回転前の工具運動により創成される。すなわち、動的切削厚さhは主軸1回転前と2回転前の過去の動的変位の影響のみを受ける。一方で、図12に一例を示すように、φ≠πである場合、切削厚さhは主軸3回転以上前の過去の動的変位の影響を受ける可能性がある。
【0083】
主軸k回転前の動的変位が再生することを「k回転遅延再生」として定義する。k回転遅延再生領域における、現在の動的変位と前加工面に転写された過去の動的変位の間の位
相シフトεk[rad]は、びびり振動の角周波数ω[rad/s]を用いて以下のように定義される。
【数9】
・・・(式7)
【0084】
位相シフトεkを用いて、空振り区間を除く切削区間における等価動的切削厚さhde[m]は以下のように定義できる。
【数10】
・・・(式8)
【0085】
ただし、
【数11】

は、プロセス全体の実切削区間の長さを1とした時のk回転遅延再生領域の正規化された比率であり、以下のように定義される。
【数12】
・・・(式9)
【0086】
すなわち、等価動的切削厚さhdeは切削区間内のそれぞれのセクションにおける動的切削厚さを平均したものである。一方、空振り区間では材料の除去が行われないため、切削力が切れ刃に作用せず、自由振動における系の減衰効果により動的変位の振幅が減少する。したがって、空振り区間の存在は系の安定限界を向上させる可能性がある。空振り区間の安定化効果を考慮し、振動切削における等価動的切削力Fy,e[N]は以下のように定義できる。
【数13】
・・・(式10)
【0087】
ただし、aは半径方向の切削幅[m],Kyは送り方向の比切削抵抗[Pa]である。このとき、動的変位yは、工具構造の周波数応答関数Φ[m/N]を用いて、以下のように定義できる。
【数14】
・・・(式11)
【0088】
周波数応答関数Φは、一自由度のバネマスダンパ系の運動方程式をラプラス変換することで得られ、等価質量m[kg],減衰係数c[N/(m・s)]、および剛性kstif[N/m]を用いて、以下のように定義される。
【数15】
・・・(式12)
【0089】
まとめると、振動切削プロセス全体のブロック線図は図13に示す通りである。なお、図13は、多重回転遅延再生区間の比率と切削区間の比率を考慮した振動切削加工における再生びびりのブロック線図である。
【0090】
ここで、臨界切削幅をalim[m]とおき、式8,9と式11を組み合わせることで得られる次の式13の特性方程式からalimが導かれる(上記の式1)。
【数16】
・・・(式13)
【0091】
比切削抵抗Ky,応答関数Φは工具と被削材の組み合わせ、および工具構造のコンプライアンスに依存する定数であるため、式1より得られる臨界切削幅alimは、主に(1-raircut、および
【数17】
に影響を受ける。これらは、それぞれ空振り現象と多回転遅延再生現象の効果によるものである。
【0092】
求めた低周波振動切削における臨界切削幅と、慣用切削における臨界切削幅を比較することで、低周波振動切削における安定限界の向上割合を求めることができる。この時比較する慣用切削の送りは、低周波振動切削の平均送りと同じ送りの慣用切削とする。
【0093】
ここまで工具構造の送り方向の剛性が主分力方向に比べ非常に小さい場合について述べたが、びびり振動の発生方向が異なる場合についても、上記のようにびびり振動による切削断面積の変動から、切削力の変動を導き、臨界切削幅を求め、その下限値を慣用切削と
比較することで、安定限界の向上割合を求めることができる。
【符号の説明】
【0094】
10 工作機械
110 主軸
120 回転機構
130 第1の移動機構
131 移動台
140 第1の振動機構
210 工具
220 第2の移動機構
221 移動台
230 第2の振動機構
311 入力手段
312 報知手段
C 制御装置
W 切削対象物
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12
図13
図14
図15