(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023171359
(43)【公開日】2023-12-01
(54)【発明の名称】高安全性を有する三元系正極材およびその作製方法
(51)【国際特許分類】
H01M 4/525 20100101AFI20231124BHJP
H01M 4/505 20100101ALI20231124BHJP
H01M 4/36 20060101ALI20231124BHJP
C01G 53/00 20060101ALI20231124BHJP
【FI】
H01M4/525
H01M4/505
H01M4/36 C
C01G53/00 A
【審査請求】有
【請求項の数】10
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023083285
(22)【出願日】2023-05-19
(31)【優先権主張番号】202210541442.1
(32)【優先日】2022-05-19
(33)【優先権主張国・地域又は機関】CN
(71)【出願人】
【識別番号】520145160
【氏名又は名称】瑞浦蘭鈞能源股分有限公司
(71)【出願人】
【識別番号】520145171
【氏名又は名称】上▲海▼瑞浦青▲創▼新能源有限公司
(74)【代理人】
【識別番号】100108453
【弁理士】
【氏名又は名称】村山 靖彦
(74)【代理人】
【識別番号】100110364
【弁理士】
【氏名又は名称】実広 信哉
(74)【代理人】
【識別番号】100133400
【弁理士】
【氏名又は名称】阿部 達彦
(72)【発明者】
【氏名】曹 輝
(72)【発明者】
【氏名】姚 毅
(72)【発明者】
【氏名】侯 ▲敏▼
(72)【発明者】
【氏名】劉 嬋
(72)【発明者】
【氏名】郭 穎穎
(72)【発明者】
【氏名】陳 丹丹
【テーマコード(参考)】
4G048
5H050
【Fターム(参考)】
4G048AA04
4G048AB02
4G048AB05
4G048AC06
4G048AD04
4G048AE05
5H050AA08
5H050AA10
5H050AA19
5H050CA08
5H050CB08
5H050FA17
5H050FA19
5H050GA02
5H050GA05
5H050GA10
5H050HA02
5H050HA05
5H050HA14
5H050HA20
(57)【要約】
【課題】本発明の目的は、高安全性を有する三元系正極材およびその作製方法の提供である。
【解決手段】本発明は、高安全性を有する三元系正極材およびその作製方法を開示した。前記三元系正極材の化学組成はLi
a(Ni
xCo
yMn
1-x-y)
1-bM
bO
2-cA
cであり、0.75≦a≦1.2、0.75≦x<1、0<y≦0.15、1-x-y>0、0≦b≦0.01、0≦c≦0.2、MはAl、Zr、Ti、Y、Sr、W、Mgの一つまたは複数から選ばれ、AはS、F、Nの一つまたは複数から選ばれ、そして、C
Mn-(1-x-y)≧0.07、C
Co-y≧0.05、0≦[C
Mn-(1-x-y)]/(C
Co-y)≦2.0。本発明の三元系正極材は、濃度勾配を有する高ニッケル単結晶材であり、高容量、高熱安定性という利点を有し、そして作製方法が簡単で、大規模の生産に適している。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
化学組成がLia(NixCoyMn1-x-y)1-bMbO2-cAcであり、
0.75≦a≦1.2、0.75≦x<1、0<y≦0.15、1-x-y>0、0≦b≦0.01、0≦c≦0.2であり、
MはAl、Zr、Ti、Y、Sr、W、Mgの一つまたは複数から選ばれ、
AはS、F、Nの一つまたは複数から選ばれるリチウムイオン電池用三元系正極材であって、
前記三元系正極材は単結晶形態を有し、そして、
CMn-(1-x-y)≧0.07であり、CMnは材料のXPSによる表面測定で得られるNi、Co、Mnの三つの元素の合計に占めるMn元素の原子比であり、
CCo-y≧0.05であり、CCoは材料のXPSによる表面測定で得られるNi、Co、Mnの三つの元素の合計に占めるCo元素の原子比であり、
0≦[CMn-(1-x-y)]/(CCo-y)≦2.0である、
リチウムイオン電池用三元系正極材。
【請求項2】
CMn-(1-x-y)≧0.15である、請求項1に記載のリチウムイオン電池用三元系正極材。
【請求項3】
CCo-y≧0.1である、請求項1に記載のリチウムイオン電池用三元系正極材。
【請求項4】
前記三元系正極材の粒子体積基準累積分布が50%に達する時の粒径Dv50が、2.5μm≦Dv50≦5μmを満たす、請求項1に記載のリチウムイオン電池用三元系正極材。
【請求項5】
以下の工程を含む、請求項1に記載のリチウムイオン電池用三元系正極材の作製方法:
S1:Ni、Co、Mnを含有する三元系正極前駆体を選び、水酸化リチウムと混合し、混合物Aを形成する;
S2:空気または酸素ガス雰囲気中で混合物Aを加熱し、700℃~1100℃の条件下で4時間~15時間保持し、ローラおよび粉砕を経て中間生成物Bを得る;
S3:中間生成物Bと、Mn含有固体粉末、Co含有固体粉末とを混合し、混合物Cを形成し、Mn含有固体粉末中のMn元素の物質量と中間生成物Bの物質量との比を0.5%~4%とし、Co含有固体粉末中のCo元素の物質量と中間生成物Bの物質量との比を2%~4%とする;
S4:空気または酸素ガス雰囲気中で混合物Cを加熱し、700℃~1100℃の条件下で4時間~15時間保持し、ローラおよび粉砕を経て前記リチウムイオン電池用三元系正極材を得る。
【請求項6】
工程S1において、ドーパントとして元素Mの酸化物を加える;および/または
工程S3において、被覆剤として元素Mの酸化物を加える;および/または
工程S1において、ドーパントとして元素Aを含有する化合物を加える;および/または
工程S3において、被覆剤として元素Aを含有する化合物を加える、
請求項5に記載のリチウムイオン電池用三元系正極材の作製方法。
【請求項7】
工程S3において、Mn含有固体粉末をMnO2、Mn2O3、MnO(OH)、MnOの一つまたは複数とし、
Co含有固体粉末としてCo3O4、CoO、Co(OH)2、CoOOH、CoCO3のいずれか一つまたは複数から選ぶ、請求項5に記載のリチウムイオン電池用三元系正極材の作製方法。
【請求項8】
工程S3において、Mn含有固体粉末およびCo含有固体粉末中のMn元素とCo元素との物質量の比を1:4~1:1とする、請求項5に記載のリチウムイオン電池用三元系正極材の作製方法。
【請求項9】
請求項1~4のいずれか一項に記載の三元系正極材を含む、もしくは請求項5~8のいずれか一項に記載の方法で作製される三元系正極材を含む、リチウムイオン電池用正極電極シート。
【請求項10】
請求項9に記載の正極電極シートを含む、リチウムイオン電池。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、電池の技術分野に属し、電池正極材に関し、具体的には高安全性を有する三元系正極材およびその作製方法に関する。
【背景技術】
【0002】
α-NaFeO2構造を有する三元系正極材は、高いグラム当たりの容量および優れたレート特性を有するため、動力電池の正極材として高性能電気自動車およびエネルギー貯蔵などの分野に適用できる。
【0003】
三元系正極材において、Ni元素は、充放電過程のうちで原子価が変化し、容量とエネルギーの主要な貢献者である。Co元素は、材料のレート特性および構造安定性の上昇に貢献する。Mn/Al元素は、材料の酸素放出温度を高め、正極材の熱安定性を上昇させる。
【0004】
より高い電池のエネルギー密度を得るためには、三元系材料中におけるNiの含有量を高めるという手がある。しかし、この方法では、材料中におけるCo/Mn元素の割合が低減する。遷移金属層における4価Mnの減少は2価Niの減少をもたらすため、結晶構造中の電荷バランスの維持のため、Ni元素のうち3価イオンの割合が高まる。これは材料の安定性に直接的に影響する。材料が高いリチウム離脱状態にあると、酸素放出が起こりやすく、電池使用の安全性に影響する。
【0005】
濃度勾配を有する正極材の構築により、材料のグラム当たりの容量と熱安定性とのバランス問題が解決できる。文献Nat Commun12、2350(2021)は、高ニッケル材の表面に中低ニッケル被覆層を被覆させる方法を提出しており、高容量と安定性を同時に備える高ニッケル多結晶材料を得ることに成功した。しかし、この方法では、材料合成の前駆体の段階ですでに精密な制御が必要とされるため、大規模の生産には向かない。また、この方法は多結晶三元系正極材の作製だけに向いており、単結晶材には向かない。それは、濃度勾配を有する前駆体は、高温焼結過程において、金属イオンの固相拡散によって濃度差を失う恐れがあるからである。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】Nature Communications、12、2350(2021)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
上記問題を解決するために、本発明の目的は、高安全性を有する三元系正極材およびその作製方法の提供である。この材料は、濃度勾配を有する高ニッケル単結晶材であり、高容量、高熱安定性という利点を有し、そしてその方法が簡単であり、大規模の生産に適している。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明の目的は、以下の技術案で実現される。
【0009】
<第一態様>
本発明は、化学組成がLia(NixCoyMn1-x-y)1-bMbO2-cAcであり、
0.75≦a≦1.2、0.75≦x<1、0<y≦0.15、1-x-y>0、0≦b≦0.01、0≦c≦0.2であり、
MはAl、Zr、Ti、Y、Sr、W、Mgの一つまたは複数から選ばれ、
AはS、F、Nの一つまたは複数から選ばれる、リチウムイオン電池用三元系正極材であって、
前記三元系正極材は単結晶形態を有し、そして、
CMn-(1-x-y)≧0.07であり、CMnは材料のXPSによる表面測定で得られるNi、Co、Mnの三つの元素の合計に占めるMn元素の原子比であり、
CCo-y≧0.05であり、CCoは材料のXPSによる表面測定で得られるNi、Co、Mnの三つの元素の合計に占めるCo元素の原子比であり、
0≦[CMn-(1-x-y)]/(CCo-y)≦2.0である、
リチウムイオン電池用三元系正極材を提供する。
【0010】
本発明において、CMn-(1-x-y)≧0.07であり、
CMnは材料のXPSによる表面測定で得られるNi、Co、Mnの三つの元素の合計に占める材料のXPSによる表面測定で得られるMn元素の原子比であり、
CCo-y≧0.05であり、
CCoは材料のXPSによる表面測定で得られるNi、Co、Mnの三つの元素の合計に占める材料のXPSによる表面測定で得られるCo元素の原子比である。
【0011】
一つまたは複数の実施形態では、CMn-(1-x-y)≦0.40でよい。
【0012】
一つまたは複数の実施形態では、CCo-y≦0.35でよい。
【0013】
一つまたは複数の実施形態では、CMn-(1-x-y)≧0.15でよい。
【0014】
一つまたは複数の実施形態では、CCo-y≧0.1でよい。
【0015】
通常の高ニッケル三元系正極材では、表面におけるNi、Co、Mn元素の割合がバルク相と同じであり、中でもNi含有量が高い。リチウムイオン電池の充放電過程において、その原子価が変化し、特に電池が満充電状態であると、Ni2+/Ni3+がさらに高価数なNi4+に変換し、電解液中の溶媒および添加剤との副反応が起こりやすく、電池性能の劣化およびガス発生などの悪影響が生じる。
【0016】
本発明では、高ニッケル正極材の表面において、三つの主要金属元素中における割合として、全体に比べて、Mn元素を相対的に≧7%高め、同時にCo元素を≧5%高めることで、材料表面におけるNi元素の含有量が12%以上低減する。これにより、高ニッケル材のグラム当たりの高容量や、優れたレート特性を維持するうえ、高温保存条件下でのガス発生量および高温サイクルでの容量低減を顕著に削減できる。さらに、全体に比べて、表面におけるMn元素とCo元素の割合をそれぞれ≧15%および≧10%に高めることで、さらに優れた動的性能および熱安定性を有する高ニッケル三元系正極材が得られる。
【0017】
一つまたは複数の実施形態では、前記三元系正極材の粒子体積基準累積分布が50%に達する時の粒径Dv50が2.5μm≦Dv50≦5μmを満たす。材料の粒径がこの範囲より小さいと、全体的な粒径が小さすぎて、材料には圧密が低く、活性表面積が大きすぎるという問題が存在し、高いエネルギー密度を有するリチウムイオン電池が得られにくいが、その一方、材料の粒径がこの範囲より大きいと、大きすぎる粒径によってリチウムイオンの固相拡散距離が伸び、レート特性の悪化に繋がる。
【0018】
<第二態様>
本発明は、以下の工程を含む、リチウムイオン電池用三元系正極材の作製方法を提供する:
S1:Ni、Co、Mnを含有する三元系正極前駆体を選び、水酸化リチウムと混合し、混合物Aを形成する;
S2:空気または酸素ガス雰囲気中で混合物Aを加熱し、700℃~1100℃の条件下で4時間~15時間保持し、ローラおよび粉砕を経て中間生成物Bを得る:この過程での焼結温度が700℃より低いと、前駆体が層状構造を有する三元系正極材に完全変換しにくいが、その一方、焼結温度が1100℃より高いと、高ニッケル材料中において、遷移金属層でのNi2+がリチウムイオン層でのLi+と大量に交換し、材料中で混合がひどく発生し、材料のグラム当たりの容量が低減する;
S3:中間生成物Bと、Mn含有固体粉末、Co含有固体粉末とを混合し、混合物Cを形成し、Mn含有固体粉末中のMn元素の物質量と中間生成物Bの物質量との比を0.5%~4%とし、Co含有固体粉末中のCo元素の物質量と中間生成物Bの物質量との比を2%~4%とする;
S4:空気または酸素ガス雰囲気中で混合物Cを加熱し、700℃~1100℃の条件下で4時間~15時間保持し、ローラおよび粉砕を経て前記リチウムイオン電池用三元系正極材を得る。
【0019】
一つまたは複数の実施形態では、工程S1において、Ni、Co、Mnを含有する三元系正極前駆体は、三元系水酸化物前駆体とする。
【0020】
一つまたは複数の実施形態では、工程S1において、Ni、Co、Mnを含有する三元系正極前駆体の作製は以下の通りである:硫酸ニッケル、硫酸マンガンおよび硫酸コバルトからなる三つの金属塩から、所定の割合に従って金属塩の合計濃度が1.5mol/L~4mol/Lになるように水溶液を調製する;これに、沈殿剤として水酸化ナトリウムとアンモニア水の混合水溶液を添加し、混合水溶液において、NaOH濃度を3mol/L~4.5mol/Lとし、NH4OH濃度を2mol/L~3.5mol/Lとし、NaOHと三つの金属塩の合計とのモル比を2:1~2.5:1とし、NH4OHと三つの金属塩の合計とのモル比を1:1~2:1とする;保護雰囲気(例えば窒素ガス)下で反応させ、反応温度を45℃~60℃に維持し、反応のpH値を10~12とし、撹拌速度を900r/min~1200r/minとする;反応して9h~15h後に洗浄し、75℃~90℃下で10h~30h真空乾燥させ、三元系水酸化物前駆体を得る。
【0021】
一つまたは複数の実施形態では、工程S1において、Ni、Co、Mnを含有する三元系正極前駆体の作製は以下の通りである:硫酸ニッケル、硫酸マンガンおよび硫酸コバルトからなる三つの金属塩から、所定の割合に従って2mol/L溶液を調製する;これに、沈殿剤として水酸化ナトリウム(濃度4mol/L、NaOHと三つの金属塩の合計とのモル比が2:1である)とアンモニア水(濃度2.4mol/L、NH4OHと三つの金属塩の合計とのモル比が1.2:1である)の混合溶液を添加し、保護雰囲気(窒素ガス)下で反応させ、反応温度を55℃±1℃に維持し、反応のpH値を11.0とし、撹拌速度を1000r/minとする;反応して12h後に洗浄し、80℃下で24h真空乾燥させ、三元系水酸化物前駆体を得る。
【0022】
一つまたは複数の実施形態では、工程S2において、酸素ガス雰囲気中で混合物Aを加熱する。
【0023】
一つまたは複数の実施形態では、工程S1において、ドーパントとして元素Mの酸化物を添加してもよく、添加しなくても良い。
【0024】
一つまたは複数の実施形態では、工程S3において、被覆剤として元素Mの酸化物を添加してもよく、添加しなくても良い。
【0025】
一つまたは複数の実施形態では、工程S1において、ドーパントとして元素Aを含有する化合物を添加してもよく、添加しなくても良い。
【0026】
一つまたは複数の実施形態では、工程S3において、被覆剤として元素Aを含有する化合物を添加してもよく、添加しなくても良い。
【0027】
一つまたは複数の実施形態では、工程S1において、ドーパントとして元素Aの酸化物を添加してもよく、添加しなくても良い。
【0028】
一つまたは複数の実施形態では、工程S3において、被覆剤として元素Aの酸化物を添加してもよく、添加しなくても良い。
【0029】
一つまたは複数の実施形態では、工程S3において、Mn含有固体粉末は、MnO2、Mn2O3、MnO(OH)、MnOの一つまたは複数とする。これらのMn含有固体粉末の採用により、単結晶材の表面に層状構造を有するLi-Co-Mn-O化合物が形成されやすい。
【0030】
一つまたは複数の実施形態では、Co含有固体粉末は、Co3O4、CoO、Co(OH)2、CoOOH、CoCO3のいずれか一つまたは複数とする。これらのMn含有固体粉末の採用により、単結晶材の表面に層状構造を有するLi-Co-Mn-O化合物が形成されやすい。
【0031】
一つまたは複数の実施形態では、工程S3において、Mn含有固体粉末およびCo含有固体粉末中のMn元素とCo元素の物質量の比は1:4~1:1とする。
【0032】
<第三態様>
上記三元系正極材を使用した、または上記方法で作製された三元系正極材を使用したリチウムイオン電池用正極電極シートは、本発明の保護範囲に含まれる。
【0033】
上記三元系正極材を含む、または上記方法で作製された三元系正極材を含むリチウムイオン電池用正極電極シートは、本発明の保護範囲に含まれる。
【0034】
<第四態様>
上記正極電極シートを使用したリチウムイオン電池も、本発明の保護範囲に含まれる。
【0035】
上記正極電極シートを含むリチウムイオン電池も、本発明の保護範囲に含まれる。
【0036】
本発明は、従来の技術と比べて、以下の利点を有する。
【0037】
1)本発明の三元系正極材では、主要元素(Ni、Co、Mn)のうち、Niの含有量が75%より高く、高いグラム当たりの容量(Ni含有量が75%より高い材料は安定性が相対的に悪く、本発明の方法で表面処理を行う必要がある)を有する。同時に、材料は単結晶形態を有し、複数の結晶粒による凝集が少なく、充放電過程で格子欠陥が生じる可能性が多結晶材料に比べて著しく低減し、優れたサイクル安定性を持つ。
【0038】
2)本発明の三元系正極材では、表面のMn元素の割合が全体に比べて0.07以上高いため、材料の高温での安定性が高められる。4価Mnイオンの割合の上昇により、材料におけるH2-H3変態が発生する電位が上がるため、材料の充放電過程での不可逆変化が低減する。正極が熱を受けるとき、電解液が正極から放出される活性酸素と反応して熱暴走を引き起こす可能性があり、この過程は正極材の表面から始まる。そのため、このような材料設計によって、電池の熱暴走に対する耐性が著しく高められる。
【0039】
3)本発明の三元系正極材では、表面のCo元素の割合が全体に比べて0.05以上高いため、材料のレート特性が向上される。コバルト含有酸化物/水酸化物は、材料の表面にある残留リチウム塩と反応し複合金属リチウム酸化物を形成できるため、材料の表面にある自由リチウムの量を低減させ、材料の高温でのガス発生を減少させる。
【0040】
4)本発明の三元系正極材では、Mn、Co化合物がともに高ニッケル正極材を覆うため、表面が高Co/Mnを有し、内部が高Niを有する単結晶材の作製が実現できる。Coだけの被覆では、材料のレート特性が向上され、表面に残留するリチウム化合物が低減するが、材料の安定性が向上されない。一方、Mnだけの被覆では、材料の表面に層状構造が構築されず、それが自由リチウムと反応し、マンガン酸リチウムが形成される可能性があるため、材料本体との格子不整合が生じ、材料のグラム当たりの容量およびレート特性が低減する。Co、Mnを同時に使う被覆を行い、そして被覆層における両者の割合が[CMn-(1-x-y)]/(CCo-y)≦2.0を満たすようにすると、優れたレート特性と安定性を同時に有する正極材表面構造を構築できる。
【0041】
5)本発明の三元系正極材では、体積分布累積が50%に達するときの粒径の数値範囲が好ましくは2.5μm~5μmである。このとき、材料の露出する活性比表面積が程よく、粒子が大きすぎることによって固体中におけるリチウムイオンの伝達経路が長すぎることや、粒子が小さすぎることによって表面構造の劣化が加速することが防げられる。
【0042】
6)本発明の三元系正極材では、使用される焼結方法は通常の混合および焼結過程を含むが、ここで注意する必要があるのは、二次焼結のとき、Mn含有化合物およびCo含有化合物を前もって添加し、均一に混合する必要がある。両者の割合は1:4~1:1にする必要がある。そうでないと、単結晶材の表面に層状構造を有するLi-Co-Mn-O化合物が形成できず、本発明による効果、つまり材料のグラム当たりの容量やレート特性に明らかな不利な影響を与えることなく材料の熱安定性を高めることが実現できない恐れがある。
【0043】
7)本発明による正極材が使用された正極電極シートおよびリチウムイオン電池は、高い熱安定性を有しており、長期間のサイクルにおける安定性も優れている。
本発明の他の特徴、目的および利点は、以下の添付図面を参照した非限定的な実施例の詳細な説明を読むことにより明らかになるであろう。
【図面の簡単な説明】
【0044】
【
図1】
図1は実施例2による単結晶高ニッケル正極材のSEM図である。
【発明を実施するための形態】
【0045】
以下では、実施例を参照しながら、本発明に対する詳細な説明を行う。以下の実施例は、当業者に本発明をより理解させるものであり、本発明を限定するものではない。注意するべきなのは、当業者であれば、本発明の主旨から離脱しない前提で、多少の調整や改善を行うことが可能である。これらは、いずれも本発明の保護範囲に入る。
【0046】
(実施例1)
本実施例はリチウムイオン電池用三元系正極材に関し、理論上ではその化学組成がLi1.02Ni0.805Co0.127Mn0.068O2である。作製工程は以下の通りである。
【0047】
1)Ni、Co、Mnを含有する三元系正極前駆体の作製
まずは、硫酸ニッケル、硫酸コバルトおよび硫酸マンガンからなる三つの金属塩からモル比で83:11:6になるように2mol/Lの溶液を調製した。しごきポンプを使用して、沈殿剤である水酸化ナトリウム(4mol/L)とアンモニア水(2.4mol/L)の混合溶液を体積比1:1でゆっくりと上記金属塩溶液が入った反応タンク中にポンプし、反応温度を55℃±1℃に厳格に維持し、反応のpH値を11.0とし、撹拌速度を1000r/minとし、反応過程において保護ガスとして窒素ガスを入れた。12h反応した後、反応で得られた材料を脱イオン水で数回洗浄し、80℃下で24h真空乾燥し、三元系水酸化物前駆体を得た。
【0048】
2)Ni、Co、Mnを含有する三元系正極前駆体を、水酸化リチウムと水酸化リチウム:前駆体のモル比が1.05:1になるように十分混合し、混合物Aを形成した。
【0049】
3)酸素ガス雰囲気中で混合物Aを加熱し、910℃の条件下で9時間保持し、ローラおよび粉砕を経て中間生成物Bを得た。
【0050】
4)中間生成物BをMnO(OH)、Co(OH)2と十分混合し、混合物Cを形成した。MnO(OH)と中間生成物Bの物質量の比は0.7%とし、Co(OH)2と中間生成物Bの物質量比は2.1%とし、両者のモル物質量の比は1:3とした。
【0051】
5)酸素ガス雰囲気中で混合物Cを加熱し、820℃の条件下で5時間保持し、ローラおよび粉砕を経て前記リチウムイオン電池用三元系正極材を得た。
【0052】
これからの実施例および比較例はいずれも類似した工程に従い、その差異は前駆体の割合の選択、工程3)および工程5)中の温度/時間の選択などであり、そのいずれも表1、2中に示される。
【0053】
(実施例2)
工程4)中のMnO(OH)およびCo(OH)
2の割合を1.0%および2.0%に調整したこと以外では、材料の作製工程が実施例1とほぼ同じであった。最終的に得られた材料の理論上での化学組成はLi
1.02Ni
0.806Co
0.123Mn
0.071O
2であった。作製された単結晶高ニッケル正極材のSEM図は
図1に示される。
【0054】
(実施例3)
工程4)中のMnO(OH)およびCo(OH)2の割合を3.5%および4.0%に調整したこと以外では、材料の作製工程が実施例1とほぼ同じであった。最終的に得られた材料の理論上での化学組成はLi1.03Ni0.764Co0.135Mn0.101O2であった。
【0055】
(実施例4)
工程1)中の硫酸ニッケル、硫酸マンガンおよび硫酸コバルトからなる三つの金属塩のモル比を90:5:5に調整し、工程3)中の加熱温度を890℃に調整し、工程4)中のMnO(OH)をMnO2に調整し、工程4)中のCo(OH)2をCoOOHに調整し、MnO2と中間生成物Bとの物質量の比を1.5%にし、CoOOHと中間生成物Bとの物質量の比を2.5%にし、工程5)中の加熱温度を800℃に調整したこと以外では、材料の作製工程が実施例1とほぼ同じであった。最終的に得られた材料の理論上での化学組成はLi1.03Ni0.856Co0.076Mn0.068O2であった。
【0056】
(実施例5)
工程4)中のMnO2およびCoOOHの割合を3.0%および3.5%に調整したこと以外では、材料の作製工程が実施例4とほぼ同じであった。最終的に得られた材料の理論上での化学組成はLi1.02Ni0.833Co0.084Mn0.083O2であった。
【0057】
(実施例6)
工程2)において、操作過程中に、ZrO2:前駆体のモル比が0.2%になるようにZrO2をドーパントとして入れたこと以外では、材料の作製工程は実施例5とほぼ同じであった。最終的に得られた材料の理論上での化学組成はLi1.02Ni0.830Co0.087Mn0.081Zr0.002O2、すなわちLi1.02(Ni0.832Co0.087Mn0.081)0.998Zr0.002O2であった。
【0058】
(比較例1)
工程4)中にMnO(OH)およびCo(OH)2を入れなかったこと以外では、材料の作製工程は実施例1とほぼ同じであった。最終的に得られた材料の理論上での化学組成はLi1.04Ni0.830Co0.108Mn0.062O2であった。
【0059】
(比較例2)
工程4)中のMnO(OH)およびCo(OH)2の割合を0.4%および2.4%に調整したこと以外では、材料の作製工程が実施例1とほぼ同じであった。最終的に得られた材料の理論上での化学組成はLi1.02Ni0.801Co0.132Mn0.067O2である。
【0060】
(比較例3) 工程4)中のMnO(OH)およびCo(OH)2の割合を1.0%および0.7%に調整したこと以外では、材料の作製工程が実施例1とほぼ同じであった。最終的に得られた材料の理論上での化学組成はLi1.03Ni0.813Co0.114Mn0.073O2である。
【0061】
(比較例4)
工程4)中のMnO(OH)をMnSO4に、Co(OH)2をCoSO4に調整したこと以外では、材料の作製工程は実施例2とほぼ同じであった。最終的に得られた材料の理論上での化学組成はLi1.02Ni0.800Co0.125Mn0.075O2である。
【0062】
[材料の特定]
粒度測定:サンプルを水中に分散させ、レーザ粒度計に入れて測定を行った。粒子回折率を1.741とし、吸収率を1とし、溶媒回折率を1.330とした。測定時では、測定器の内部超音波をオンにし、遮光度を10%~20%にした。体積分布微分曲線を選び、ソフトウェアでDv50を読み取った。
【0063】
ICP測定:0.4gの正極材サンプルを250mlビーカーに計り取り、10mlHCl溶液(HCl:H2O体積比1:1)を入れた後に180℃に加熱して溶解させた。加熱後の液体をメスフラスコ中に移し純水で定容し、そして測定できる範囲まで希釈してICP装置で測定する。Ni、Co、Mn元素は、ICP測定結果により相対的含有量を比較してx、y値を算出し、そしてa、b、cは直接ICP測定で得た。MとAが一種以上である場合、bとcは異なる元素含有量の合計になる。
【0064】
XPS測定:正極材の粉末サンプルを両面テープが貼られたアルミホイルの上に載せて広げ、プレス機でサンプルをプレスし、そしてXPS装置で材料に対し測定を行った。測定過程では、まずサーベイスキャンで存在可能な元素種類を特定し、そして存在する元素に対しナロースキャンを行った。元素の相対的原子含有量は、シグナルピークの面積や元素の相対感度係数から合わせて計算される。
【0065】
実施例と比較例において、工程(5)の粉砕の後に三元系正極材に対し上記粒度、ICP、XPS測定を行い、結果は表2にまとめた。
【0066】
【0067】
比較例1では、いかなる表面処理も行っていないため、CMn-(1-x-y)≧0.07が満たされず、CCo-y≧0.05が満たされず、また0≦[CMn-(1-x-y)]/(CCo-y)≦2.0も満たされない。比較例2では、Mn被覆剤が少なすぎて、CMn-(1-x-y)≧0.07という要件が満たされず、またプロセス過程中に1:4-1:1という要件も満たされない。比較例3では、Co被覆剤が少なすぎて、CCo-y≧0.05という要件が満たされず、しかも[CMn-(1-x-y)]/(CCo-y)≦2.0も満たされず、またプロセス過程中に1:4-1:1という要件も満たされない。比較例4では、MnSO4が使用されており、層状構造が形成しにくく、それが表面に大量に残留し、[CMn-(1-x-y)]/(CCo-y)≦2.0が満たされない。
【0068】
【0069】
実施例1-3と実施例4-5との比較からわかるように、使用される被覆剤の用量の増加に伴い、材料の表面におけるCoとMnが共に増加する。実施例2と比較例4を調査するとわかるように、適切な被覆剤が使用されなければ、同じ条件下ではLi-Co-Mn-O層状構造を有する被覆層が形成できず、Mn元素が表面に集まる恐れがある。
【0070】
[性能測定]
以下の方法で、実施例と比較例における三元系正極材から電池を作製し、その性能を測定した。
【0071】
正極活性材料(作製された三元系正極材)と、導電剤であるカーボンブラックと、接着剤であるポリフッ化ビニリデン(PVDF)とを97:1.7:1.3の質量比で混合し、それを有機溶媒であるN-メチルピロリドン(NMP)中に加え、高速で撹拌して、均一な分散液を形成した。高速の撹拌が終わった後に、撹拌タンク内で陰圧下で消泡させ、塗布に適す正極スラリーを得た。得られた正極スラリーをトランスファーコーターでアルミホイル上に塗布し、乾燥、冷間圧延、分割の後に所定形状の正極電極シートを作製した。冷間圧延過程において、正極の活性物質塗布エリアの圧縮密度を3.4g/cm3にした。
【0072】
負極活性材料であるグラファイトと、導電剤であるカーボンブラックと、接着剤であるスチレンブタジエンゴム(SBR)と、カルボキシメチルセルロースナトリウム(CMC-Na)とを96.8:1.2:1.2:0.8の質量比で混合し、それを脱イオン水中に加え、高速で撹拌して、均一な分散液を形成した。高速の撹拌が終わった後に、撹拌タンク内で陰圧下で消泡させ、塗布に適す負極スラリーを得た。得られた負極スラリーをトランスファーコーターで銅箔上に塗布し、乾燥、冷間圧延、分割の後に所定形状の負極電極シートを作製した。冷間圧延過程において、負極の活性物質塗布エリアの圧縮密度を1.65g/cm3にした。
【0073】
正負電極シートを厚さ9μmのPEセパレーターの両側に置き、巻いてロールコアを形成し、未塗布エリアとニッケルタブを超音波溶接で連結した。ロールコアをアルミ・プラスチックフィルムで覆い、熱封止して、注液のためにそばに置く。
【0074】
EC:EMC:DECの質量比が3:5:2である混合溶媒の中に13wt%(電解液の合計質量で計算)LiPF6、1wt%(電解液の合計質量で計算)ビニレンカーボネートおよび2wt%(電解液の合計質量で計算)DTDをリチウム塩およびドーパントとして添加し、電解液を作製して、ロールコアに覆われたアルミ・プラスチックフィルムに注入した。さらに真空封止、放置および化成工程を経てリチウムイオン電池を得た。
【0075】
レート測定:充放電設備を使用して、0.33Cのレート(すなわち電池の定格容量アンペアアワーの0.33倍を電流の大きさにする)で電池のSOCを0%に調整し、30分間放置した後に25℃下で0.5Cの定電流Aで電池に対し充電操作を行い、充電過程での容量C1を記録した。0%SOCまでの0.33C放電を繰り返し、30分間放置した後に2Cの定電流Aで電池に対し充電操作を行い、放電過程での容量C2を記録した。C2/C1をレート特性の比較指標にした。
【0076】
熱安定性測定:充放電設備を使用して、0.33Cのレートで電池のSOCを100%に調整し、グローブボックスの中で電池を解体し、正極電極シートを取り出した。電極シートの塗布エリアから約2mm×2mmのサンプルを取り、空気中で重量m1を測り、高圧坩堝中に入れた。1/4m1の電解液を量り、ピペットで高圧坩堝中に滴下し、封止し、DSC設備上で5℃/minの昇温速度で測定を行った。曲線中のピークの頂点を取り、その温度を熱安定性の比較指標にした。
【0077】
高温ガス発生の測定:充放電設備を使用して、0.33Cのレートで電池のSOCを100%に調整し、測定して、電池の体積V1を記録した。そして電池を温度が70度に維持されるオーブンの中に保管し、72時間後の電池体積V2を記録した。ガス発生による体積増加率V2/V1-1を高温ガス発生の比較指標とした。
【0078】
サイクル寿命:充放電設備を使用して、45℃下で、電池に対し1Cのレートでサイクル充放電操作を行い、1000回サイクルしたときの容量維持率を記録し、サイクル寿命の比較指標とした。
【0079】
性能測定の結果は表3に示された。
【0080】
【0081】
実施例1-3と比較例1を比較すると分かるように、本発明の好ましい範囲内で材料に対しCo/Mn共被覆を行えば、材料のレート特性を維持するうえで、その熱安定性およびサイクル安定性を効果的に高め、同時に材料が高温貯蔵環境におけるガス発生量を減少できる。実施例4-5から分かるように、このような傾向がNi含有量が90%以上である前駆体には同様に適用する。実施例5と実施例6から分かるように、工程S1において、ドープ元素Zrを添加しても、後続の共被覆処理の効果に影響を与えず、両者の作用を同時に発揮できる。比較例2は、被覆過程において添加される被覆剤の量が実施例1に近いが、Mn含有被覆剤の添加量が少なすぎて、材料の表面安定性を有効に高められない。比較例3では、被覆過程において添加されるMn、Co元素を含有する被覆剤の割合が不適切で、材料の表面におけるMn、Co元素の含有量と全体的な含有量の差が本発明の好ましい条件を満たさないため、材料の表面においてLi-Co-Mn-O層状構造被覆層が形成されにくく、効果が発揮しにくい。比較例4に使用されるMn含有被覆剤はCo含有被覆剤および表面の残留リチウム塩と反応できず、Li-Co-Mn-O層状構造が形成されない。材料の表面に集まるMn元素とCo元素を同様に有するが、材料の高温安定性を向上させることができず、かえって材料のレート特性の低減を招く。
【0082】
以上では本発明の具体的な実施例に対し説明を行った。本発明は、上述した特定の実施態様に限定されるものではなく、当業者は、本発明の実質に影響を与えない特許請求の範囲内の種々の変形または修正を行うことができることを理解されたい。