(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023017137
(43)【公開日】2023-02-07
(54)【発明の名称】前傾立位椅子
(51)【国際特許分類】
A61H 3/04 20060101AFI20230131BHJP
A61H 1/02 20060101ALI20230131BHJP
A61F 5/01 20060101ALI20230131BHJP
A47C 9/00 20060101ALI20230131BHJP
【FI】
A61H3/04
A61H1/02
A61F5/01 E
A47C9/00 Z
【審査請求】未請求
【請求項の数】10
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021121153
(22)【出願日】2021-07-26
(71)【出願人】
【識別番号】321008125
【氏名又は名称】疋田 隆史
(74)【代理人】
【識別番号】100110685
【弁理士】
【氏名又は名称】小山 方宜
(72)【発明者】
【氏名】疋田 隆史
【テーマコード(参考)】
3B095
4C046
4C098
【Fターム(参考)】
3B095CA03
3B095CA07
4C046AA24
4C046BB08
4C046BB09
4C046CC02
4C046CC05
4C046DD26
4C046DD35
4C046FF02
4C098AA02
4C098BB01
4C098BC30
4C098BD02
(57)【要約】
【課題】座部および胸当ての各傾斜角度の変更が容易で、後方重心の人が容易に安心して前傾姿勢に移行できる前傾立位椅子を提供する。
【解決手段】使用者の臀部を支持する座部4と、この座部4に着座した使用者の胸部および/または腹部を支持する胸当て5とが、スイング部材3に設けられている。座部4および胸当て5の各傾斜角度を変更可能に、スイング部材3により座部4と胸当て5とが一体的に揺動可能とされる。座部4の高さ変更により、スイング部材3の傾きを変えて、座部4および胸当て5の各傾斜角度が変更される。
【選択図】
図4
【特許請求の範囲】
【請求項1】
使用者の臀部を支持する座部と、この座部に着座した使用者の胸部および/または腹部を支持する胸当てとが、スイング部材に設けられ、
前記座部および前記胸当ての各傾斜角度を変更可能に、前記スイング部材により前記座部と前記胸当てとが一体的に揺動可能とされ、
前記座部の高さ変更により、前記スイング部材の傾きを変えて、前記座部および前記胸当ての各傾斜角度が変更される
ことを特徴とする前傾立位椅子。
【請求項2】
前記座部または前記スイング部材は、上下に伸縮可能な支持部材の上端部に保持されており、
前記支持部材の伸縮により、前記スイング部材の傾きを変えて、前記座部および前記胸当ての各傾斜角度が変更される
ことを特徴とする請求項1に記載の前傾立位椅子。
【請求項3】
前記スイング部材は、フレーム材に保持されており、
前記フレーム材は、前方部材に対し後方部材が前後に進退可能に設けられ、
前記前方部材および前記後方部材には、それぞれ下部にキャスターが設けられており、
前記支持部材の伸縮により、前記前方部材に対し前記後方部材が後退または前進して、前後のキャスターの離隔距離が変更される
ことを特徴とする請求項2に記載の前傾立位椅子。
【請求項4】
前記スイング部材として、略L字形状材を備え、
前記略L字形状材の一片に前記座部が設けられる一方、他片に前記胸当てが設けられ、
前記略L字形状材が、前記前方部材および/またはこれに設けられる支持アームに揺動可能に設けられると共に、前記座部が、上昇に伴い前記前方部材に対し前記後方部材を後退させつつ、前方斜め上方へ向けて上昇可能に設けられ、
前記座部の昇降に伴い、前記前方部材に対し前記後方部材が後退または前進すると共に、前記座部および前記胸当ての各傾斜角度が変更される
ことを特徴とする請求項3に記載の前傾立位椅子。
【請求項5】
前記座部または前記スイング部材は、上下に伸縮可能な支持部材の上端部に保持されると共に、その上端部において設定範囲を揺動可能に保持されており、
前記座部の高さ変更により前記スイング部材の傾きを変えることに代えて、前記座部に着座した使用者の体重移動により前記スイング部材の傾きを変える
ことを特徴とする請求項1に記載の前方立位椅子。
【請求項6】
前記座部の最下降位置で、前記座部は略水平に配置されると共に、前記胸当ては略垂直に配置され、
前記座部の上昇位置で、前記座部は前方へ行くに従って下方へ傾斜して配置されると共に、前記胸当ては上方へ行くに従って前方へ傾斜して配置される
ことを特徴とする請求項1~5のいずれか1項に記載の前傾立位椅子。
【請求項7】
前記座部が上昇位置で固定される高さは、前記座部に着座する使用者を略立位とする高さとされ、
前記座部が最下降位置で固定される高さは、洋式トイレの便座の高さ以上に設定される
ことを特徴とする請求項6に記載の前傾立位椅子。
【請求項8】
前記座部に着座した使用者の前腕部を支持する肘置きをさらに備える
ことを特徴とする請求項1~7のいずれか1項に記載の前傾立位椅子。
【請求項9】
前記座部に着座した使用者による床の足蹴り範囲を制限する部材が、前方下部に設けられている
ことを特徴とする請求項1~8のいずれか1項に記載の前傾立位椅子。
【請求項10】
前記座部の下方に、運動用または推進用の踏み板またはペダルが設けられている
ことを特徴とする請求項1~9のいずれか1項に記載の前傾立位椅子。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、姿勢を矯正するための椅子に関するものである。
【背景技術】
【0002】
高齢者や身体障碍者の、立ち上がり動作や歩行動作を困難にさせる大きな要因として、後方重心(重心の後方偏位)が知られている。後方重心になった人は、上体を前方に傾けることに恐怖感を覚えるため、椅子から立ち上がるときに、他人に腕を前に引っぱってもらわないと立てない、歩行時には踵に荷重してしまい(つまり踵側に体重がかかってしまい)足を少ししか前に出せない、などの症状がみられる。この人達は転倒の危険があるので、車椅子での生活を強いられることが一般的である。たとえ歩行に必要な下肢筋力が十分にあったとしても、介助者の負担を軽減するために、多くの人が車椅子に座らされているのが実情である。後方重心になっている人を車椅子に座らせて、背もたれに寄りかからせておくことは、重心が更に後方へ悪化し、背面開放座位(背中を何にも寄りかからずに座っている姿勢)が困難になって行くことが知られている。
【0003】
高齢者施設や介護施設では椅子といえば、必ず背もたれがある。なぜなら安定していて、目を離しても要介護者が転落しないからである。背もたれのない椅子に座らせることが、バランスや体幹筋力の維持によいことは分かっているのに、介護現場の人手不足で、目が離せないために実施されていないのである。
【0004】
だからと言って、後方重心になっている人を対象に、普段から前方に寄りかかって座ることができる椅子を、発明者は知らない。ましてや、前方に寄りかかりながら立っている姿に近い状態で、腰を掛けて生活をする仕組みも知らない。
【0005】
なお、車椅子に座って、自転車のペダルを漕ぐようなリハビリ装置は提案されている。しかし、この種のリハビリ装置には必ず背もたれがあり、後方重心のバランス感覚を改善するものではない。また、座面を付けた歩行器も提案されているが、衰えた下肢筋力を補助して歩くものであり、後方重心のバランスを治せるものではない。
【0006】
つまり、座って下肢筋力を鍛えてから、歩行につなげようとする装置はあるが、前方重心の姿勢をとり、歩行時の姿勢をとってから下肢に力を入れる椅子やリハビリ器具は見当たらない。これは、次のような理由によるものと考えられる。
【0007】
すなわち、立位に恐怖を感じている人に立位を取らせることは、間違いなく拒否されるし、リハビリ指導者としても残酷に感じるからである。ところが発明者は平素より後方重心の人の指導に当たっているが、後方重心の人でも、前方に壁があったり、非常に信頼できる持ち手が前にあったりすると、それにつかまり暫く立位を維持することができるのである。そして、その立位を維持しているうちに、慣れてきて恐怖感がなくなることを多く経験する。ほとんどの人が、後方重心を矯正することができるのである。ところが、それを実現するための椅子などがないため、後方重心の改善が容易ではない。
【0008】
ここで後方重心の矯正に必要なことは、上体を前に倒している姿勢を取りながら、かつ略立位姿勢であり、足底にいくらか荷重できていることである。後方重心の人や多くの円背の人ができない姿勢は、歩行の際、立脚期の中期に膝関節が伸展することと、その後に踵離れが起きることである。つまり、後方重心の人は、立脚中期に膝を伸ばせないし、その後(立脚終期)に踵を浮かせることもできない。
【0009】
ところで、下記特許文献1に開示されるように、前傾型車椅子が提案されている。この車椅子は、背もたれはなく、胸から腹の部分を支えるパットがあり、座面はまたがる形状とされる。また、手を支える場所は前にあり、グリップを備える。この車椅子は、片麻痺の人向けのものであり、麻痺側の脚は、すねをパットに当て、足裏をステップに載せ、手で車輪を回したり、健側の脚を使ったりして、走行可能とされる。
【0010】
しかしながら、従来技術は、既に後方重心の症状がでた人向けに、後方重心の改善を目的とするものではない。従来技術では、座面が水平に配置されているため、胸や腹を支えるパットが前方に配置されていても、そのパットに自然に寄りかかる状態とはならず、使用者自らが上体を傾かせて寄りかかる必要がある。ところが、既に後方重心の症状が出ている人は、恐怖心からそのパットに寄りかかることができず、後方重心の改善が容易ではない。しかも、座面が常に水平に配置されているのでは、使用者は立位の姿勢をとりにくい。
【0011】
また、特許文献1には、「骨盤は立位に近い状態になる」([0005])や「股関節を伸ばす」([0006])との記載はあるが、従来技術は、あくまでも車椅子である。そのため、使用者が立位に近い状態で車輪を手で回せるほどに車輪を大きくすることはできず、座面の高さには限界がある。座面をまたがる形状とすることで、一般的な車椅子よりも多少は股関節を伸ばすことで、骨盤自体は立位に近くなるにしても、下半身全体が立位にできるものではなく、図面から明らかなとおり、股関節や膝関節はやはり曲げざるを得ない。そのような姿勢で健側の足を使って車椅子を動かすなら、股関節や膝関節を深く屈曲したまま、足裏で地面を引き寄せる運動になるので、さらに膝関節が屈曲し、立位歩行時に必要な、膝を伸展する筋力の活動はわずかとなる。
【0012】
また、下記特許文献2に開示されるように、重度障碍児を対象として、サドル(20)と胸部パット(18)とを備えた歩行器も提案されている。しかしながら、サドルと胸部パットとを保持するパイプ(16)の傾斜角度を、テーブル(11)の下部においてアジャスト・ストッパー(17)で変更するものであり、使用者が着座中に傾斜角度を容易に変更できるものではない。そのため、サドルや胸部パットは予め所定の角度に固定され、後方重心の人が着座後に安心して前傾姿勢に移行できるものではない。
【0013】
さらに、サドルの高さ調整は、スライドパイプ(5’)と調節ノブ(6)にて行われ、胸部パットの角度変更とは関係しない。つまり、サドル受けパイプ(16)に沿ってスライドパイプ(5’)をスライドさせてサドル(20)の高さを変更しても、胸部パット(18)の傾斜角度が変わる構造ではない。そのため、この点からも、サドルや胸部パットの角度変更が容易ではなく、後方重心の人が着座後に安心して前傾姿勢に移行できるものではない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0014】
【特許文献1】特開2016-73413号公報
【特許文献2】実開平4-101660号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0015】
本発明が解決しようとする課題は、座部および胸当ての各傾斜角度の変更を容易に行えるようにし、これにより、後方重心の人が、容易に安心して前傾姿勢に移行できる前傾立位椅子を提供することにある。また、好ましくは、歩行器として利用でき、その際、乗り降りや歩行を容易に行えるようにすることを課題とする。さらに好ましくは、歩行の際に踵歩きができないようにして、後方重心の症状の一層の改善を図ることができるようにすることを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0016】
本発明は、前記課題を解決するためになされたもので、請求項1に記載の発明は、使用者の臀部を支持する座部と、この座部に着座した使用者の胸部および/または腹部を支持する胸当てとが、スイング部材に設けられ、前記座部および前記胸当ての各傾斜角度を変更可能に、前記スイング部材により前記座部と前記胸当てとが一体的に揺動可能とされ、前記座部の高さ変更により、前記スイング部材の傾きを変えて、前記座部および前記胸当ての各傾斜角度が変更されることを特徴とする前傾立位椅子である。
【0017】
請求項1に記載の発明によれば、座部と胸当てとが一体的に動いて各傾斜角度を変更可能とされる。しかも、その傾斜角度の変更を、座部の高さ変更により行うことができる。そのため、座部に着座して胸当てに胸および/または腹を当てた状態から、座部の高さ変更により、強制的に前方重心に移行することができる。また、傾斜角度についても、使用者の慣れに応じて、さらに前方へ倒すように傾斜を強めることもできる。仮に従来技術のように、単に斜めの胸当てを備えるだけでは、後方重心の人は安心して胸および/または腹を預けることができないが、座部の高さ変更により、座部と胸当てとを一体的に傾斜させることで、容易に安心して前傾姿勢に移行することができる。
【0018】
請求項2に記載の発明は、前記座部または前記スイング部材は、上下に伸縮可能な支持部材の上端部に保持されており、前記支持部材の伸縮により、前記スイング部材の傾きを変えて、前記座部および前記胸当ての各傾斜角度が変更されることを特徴とする請求項1に記載の前傾立位椅子である。
【0019】
請求項2に記載の発明によれば、座部またはスイング部材を保持する支持部材の伸縮により、座部の高さを変更すると共に、スイング部材の傾きを変えて、座部および胸当ての各傾斜角度を変更することができる。支持部材の伸縮により、座部の高さや、座部および胸当ての各傾斜角度を、容易に変更することができる。
【0020】
請求項3に記載の発明は、前記スイング部材は、フレーム材に保持されており、前記フレーム材は、前方部材に対し後方部材が前後に進退可能に設けられ、前記前方部材および前記後方部材には、それぞれ下部にキャスターが設けられており、前記支持部材の伸縮により、前記前方部材に対し前記後方部材が後退または前進して、前後のキャスターの離隔距離が変更されることを特徴とする請求項2に記載の前傾立位椅子である。
【0021】
請求項3に記載の発明によれば、キャスターを備えることで、歩行器として利用することができる。たとえば、座った状態で、足で床を蹴って、移動することができる。あるいは、介助者により移動することも容易となる。また、支持部材の伸縮(言い換えれば座部の昇降)に伴い、前後のキャスターの離隔距離を変更することができる。そのため、座部を下げた状態では、前後のキャスターを近接させてコンパクトにすることができると共に、乗り降りを容易に行うことができる。一方、座部を上げた使用時には、前後のキャスターを離隔させて、歩行時の足へのキャスターの干渉を防止することができる。
【0022】
請求項4に記載の発明は、前記スイング部材として、略L字形状材を備え、前記略L字形状材の一片に前記座部が設けられる一方、他片に前記胸当てが設けられ、前記略L字形状材が、前記前方部材および/またはこれに設けられる支持アームに揺動可能に設けられると共に、前記座部が、上昇に伴い前記前方部材に対し前記後方部材を後退させつつ、前方斜め上方へ向けて上昇可能に設けられ、前記座部の昇降に伴い、前記前方部材に対し前記後方部材が後退または前進すると共に、前記座部および前記胸当ての各傾斜角度が変更されることを特徴とする請求項3に記載の前傾立位椅子である。
【0023】
請求項4に記載の発明によれば、略L字形状材に座部と胸当てとを設けてフレーム材に揺動可能に保持し、座部の昇降に伴い、前方部材に対し後方部材を後退または前進させると共に、座部および胸当ての各傾斜角度を変更することができる。このような簡易な構成で、座部の昇降に伴い、座部および胸当ての各傾斜角度の変更を、容易に行うことができる。
【0024】
請求項5に記載の発明は、前記座部または前記スイング部材は、上下に伸縮可能な支持部材の上端部に保持されると共に、その上端部において設定範囲を揺動可能に保持されており、前記座部の高さ変更により前記スイング部材の傾きを変えることに代えて、前記座部に着座した使用者の体重移動により前記スイング部材の傾きを変えることを特徴とする請求項1に記載の前方立位椅子である。
【0025】
請求項5に記載の発明によれば、座部の高さ変更によりスイング部材の傾きを機械的に変えることに代えて、座部に着座した使用者の体重移動によりスイング部材の傾きを変えることができる。つまり、座部に着座して胸当てに胸および/または腹を当てた状態から、胸当てへ体重をかけることで、徐々に慣れながら安心して前方重心にすることができる。
【0026】
請求項6に記載の発明は、前記座部の最下降位置で、前記座部は略水平に配置されると共に、前記胸当ては略垂直に配置され、前記座部の上昇位置で、前記座部は前方へ行くに従って下方へ傾斜して配置されると共に、前記胸当ては上方へ行くに従って前方へ傾斜して配置されることを特徴とする請求項1~5のいずれか1項に記載の前傾立位椅子である。
【0027】
請求項6に記載の発明によれば、座部の最下降位置では、座部は略水平に配置されると共に胸当ては略垂直に配置されるので、座部への乗降を容易に安全に行うことができる。典型的には、この状態で、使用者は、座部に着座すると共に、胸当てに胸および/または腹を当てることになる。そして、座部を上昇させると、座部は前方へ行くに従って下方へ傾斜して配置されると共に、胸当ては上方へ行くに従って前方へ傾斜して配置される。これにより、強制的に前傾姿勢となり、前方重心にすることができる。座部と胸当てとを連動して傾斜することで、安心して確実に前傾姿勢をとることができ、一旦前傾姿勢で固定されると、後ろに倒れる危険が極めて少なくなる。
【0028】
請求項7に記載の発明は、前記座部が上昇位置で固定される高さは、前記座部に着座する使用者を略立位とする高さとされ、前記座部が最下降位置で固定される高さは、洋式トイレの便座の高さ以上に設定されることを特徴とする請求項6に記載の前傾立位椅子である。
【0029】
請求項7に記載の発明によれば、座部の上昇位置において、使用者は、略立位の姿勢をとることができる。座部を略立位まで上げることで、正常歩行時の姿勢に近くなる。しかも座部の上昇位置では、座部および胸当ての各傾斜により、やや前傾姿勢となる。これにより、後方重心の症状の矯正を図ることができる。一方、座部を下げた状態では、座部の高さは、洋式トイレの便座の高さ以上に設定される。そのため、座部から洋式トイレの便座への移乗を容易に行うことができる。
【0030】
請求項8に記載の発明は、前記座部に着座した使用者の前腕部を支持する肘置きをさらに備えることを特徴とする請求項1~7のいずれか1項に記載の前傾立位椅子である。
【0031】
請求項8に記載の発明によれば、使用者の前腕部を支持する肘置きをさらに備える。傾斜した座部により前傾姿勢となる使用者は、胸当てに胸および/または腹を支持されるだけでなく、肘置きにも体重をかけることができ、より安定した状態を保つことができる。
【0032】
請求項9に記載の発明は、前記座部に着座した使用者による床の足蹴り範囲を制限する部材が、前方下部に設けられていることを特徴とする請求項1~8のいずれか1項に記載の前傾立位椅子である。
【0033】
請求項9に記載の発明によれば、足で床を蹴って移動する際、足を踏み出せる領域を制限することができる。好ましくは、膝より前に足を出せないようにすることで、踵に荷重できにくくなり、足の中足骨骨頭部に荷重させられる。その姿勢で前方へ歩こうとすると、力を入れた方の脚は、立脚期の中期に膝が伸展する正常な歩容と同様になる。このようにして、後方重心の人ができない動きをすることができる。
【0034】
さらに、請求項10に記載の発明は、前記座部の下方に、運動用または推進用の踏み板またはペダルが設けられていることを特徴とする請求項1~9のいずれか1項に記載の前傾立位椅子である。
【0035】
請求項10に記載の発明によれば、足踏みまたはペダル漕ぎをして、下肢筋力トレーニングをすることができる。あるいは、足踏みやペダル漕ぎに伴い、椅子を移動可能とすることができる。
【発明の効果】
【0036】
本発明の前傾立位椅子によれば、座部および胸当ての各傾斜角度の変更を容易に行える。これにより、後方重心の人が、容易に安心して前傾姿勢に移行することができ、後方重心の矯正を図ることができる。また、実施の形態に応じて、歩行器として利用可能にでき、その際、乗り降りや歩行を容易に行えるようにすることもできる。さらに、床の足蹴り範囲を制限することで、歩行の際に踵歩きができないようにして、後方重心の症状の一層の改善を図ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0037】
【
図1】本発明の実施例1の前傾立位椅子を示す概略図であり、座部を下げた状態を示しており、(a)は正面図、(b)は右側面図、(c)は平面図である。
【
図2】
図1(b)の前傾立位椅子について、座部を上げた状態を示す図である。
【
図3】
図1の前傾立位椅子の使用状態を示す概略図であり、座部を下げた状態を示している。
【
図4】
図1の前傾立位椅子の使用状態を示す概略図であり、座部を上げた状態を示している。
【
図5】本発明の実施例2の前傾立位椅子の使用状態を示す概略図である。
【
図6】本発明の実施例3の前傾立位椅子の使用状態を示す概略図である。
【
図7】
図6の変形例を示す概略図であり、ペダルの回転で走行可能とした例を示している。
【
図8】本発明の実施例4の前傾立位椅子を示す概略図である。
【発明を実施するための形態】
【0038】
以下、本発明の具体的実施例を図面に基づいて詳細に説明する。
【実施例0039】
図1は、本発明の実施例1の前傾立位椅子1を示す概略図であり、座部4を下げた状態を示しており、(a)は正面図、(b)は右側面図、(c)は平面図である。また、
図2は、
図1(b)の前傾立位椅子1について、座部4を上げた状態を示す図である。さらに、
図3および
図4は、
図1および
図2の前傾立位椅子1の使用状態を示す概略図であり、
図3は座部4を下げた状態、
図4は座部4を上げた状態を示している。
【0040】
以下、説明の便宜上、
図3のように、前傾立位椅子1に座った使用者を基準に、前後・左右・上下の各方向を定義して説明する。すなわち、
図3の左右方向を前傾立位椅子1の前後方向(左側を前方、右側を後方)とし、
図3の紙面と直交方向を前傾立位椅子1の左右方向とし、
図3の上下方向を前傾立位椅子1の上下方向とする。
【0041】
本実施例の前傾立位椅子1は、歩行器として利用可能なものである。本実施例の前傾立位椅子1は、フレーム部材2に、スイング部材3を介して、座部4と胸当て5とが揺動可能に設けられてなる。その際、座部4(またはスイング部材3)は、上下に伸縮可能な支持部材6の上端部に保持されている。なお、座部4および胸当て5の他、後述する枕7や肘置き8は、少なくとも人への接触面において、多少クッション性を持たせた部材(たとえばマット付き部材)で形成されるのが好ましい。
【0042】
フレーム部材2は、本実施例では、前方部材9と、後方部材10と、支持アーム11とを備える。
【0043】
前方部材9は、左右方向へ延出する前方横材12と、この前方横材12の左右方向中央部から後方へ延出する前方中央材13と、前記前方横材12の左右方向中央部から上方へ延出する前方支柱14とを備える。
【0044】
前方横材12は、たとえば断面略矩形の角パイプから構成される。前方横材12の左右両端部には、それぞれキャスター15が設けられる。前方部材9に設けられるキャスター15は、前方横材12に対し、縦軸まわりに旋回可能な自在キャスターであるのが好ましい。また、キャスター15は、所望に応じて、ストッパー15aにより車輪の回転を固定できるのが好ましい。
【0045】
前方中央材13は、たとえば断面略矩形の角パイプから構成される。前方横材12の左右方向中央部の後面に、前方中央材13の前端部が固定される。前方中央材13は、前後方向へ沿って配置され、後述する後方中央材17が進退可能にはめ込まれる。
【0046】
前方支柱14は、
図1(a)に示すように、本実施例では左右一対で構成される。一対の前方支柱14の間には、隙間が空けられ、この隙間に支持アーム11の下端部が配置される。一対の前方支柱14は、互いに同一の形状および寸法とされ、それぞれ次のような形状とされる。すなわち、座部4を最下降位置にした
図1(b)の状態において、各前方支柱14は、前方横材12から上方へ行くに従ってやや後方へ傾斜して延出した後、その傾斜角度を変えて(略鉛直方向に)さらに上方へ延出して形成される。前方支柱14の下端部は、前方横材12に対し、支軸19まわりに前後に揺動可能に接続される。
【0047】
前方支柱14の上端部には、所望により枕7が設けられる。
図1では、枕7を前方へ倒した状態(枕を使用しない状態)を示している。枕7は、
図1(a)に示すように、略U字形状のクッションであり、使用時には、支軸7aまわりに後方へ回転させて、座部4に着座した使用者から見て略逆U字形状に配置される。使用者は、その枕7に顔を載せて使用することができる。その際、枕7の中央の穴に使用者の鼻や口が配置され、呼吸可能とされる。枕7の使用時の傾斜角度は変更可能とされるのが好ましい。また、前方支柱14の上端部を上下に伸縮可能とするなどにより、枕7の設置高さを変更可能としてもよい。使用者は略立位で座部4に着座するが、その使用者の顔を支持できる位置に、枕7を配置可能とされる。
【0048】
前方支柱14の上下方向中途部には、所望により肘置き8が設けられる。本実施例の肘置き8は、平面視において略矩形状とされる。座部4に着座した使用者は、両手の前腕部を肘置き8に載せることができる。本実施例では、肘置き8は、
図1(b)に示すように、前方へ行くに従って上方へ傾斜して配置される。但し、肘置き8の傾斜角度は変更可能とされるのが好ましい。また、前方支柱14に対する肘置き8の設置高さを変更可能としてもよい。その他、場合により、肘置き8には、手で握ることができるグリップを設けてもよい。使用者は略立位で座部4に着座するが、その使用者の前腕部を支持できる位置に、肘置き8を配置可能とされる。
【0049】
後方部材10は、左右方向へ延出する後方横材16と、この後方横材16の左右方向中央部から前方へ延出する後方中央材17とを備える。
【0050】
後方横材16は、たとえば断面略矩形の角パイプから構成される。後方横材16の左右両端部には、それぞれキャスター18が設けられる。後方部材10に設けられるキャスター18は、後方横材16に対し、縦軸まわりに旋回不能な固定キャスターであるのが好ましい。また、キャスター18は、所望に応じて、ストッパー18aにより車輪の回転を固定できるのが好ましい。
【0051】
なお、使用時(特に走行時)の安定性のため、本実施例では、前方横材12の長手寸法は、後方横材16の長手寸法よりも長く形成されている。言い換えれば、前方における左右のキャスター15,15間の離隔距離は、後方における左右のキャスター18,18間の離隔距離よりも長く形成されている。但し、場合により、左右のキャスター15,15(18,18)間の離隔距離は、前傾立位椅子1の前後で同じとしてもよい。
【0052】
後方中央材17は、たとえば断面略矩形の角パイプから構成される。後方横材16の左右方向中央部の前面に、後方中央材17の後端部が、支軸17aまわりに揺動可能に接続される(
図2)。後方中央材17は、前後方向へ沿って配置され、前方部が前方中央材13に進退可能にはめ込まれる。これにより、前方部材9と後方部材10とは、互いに設定寸法だけ前後に伸縮可能とされる。
【0053】
支持アーム11は、細長い棒材(たとえば丸棒状の部材)から構成され、下端部が前方横材12の左右方向中央部に接続される。この際、左右方向へ沿う支軸(ピン)19まわりに、前後に揺動可能に、支持アーム11の下端部が前方横材12(詳細にはそれに固定の部材)に接続される。本実施例では、左右に離隔して配置された一対の前方支柱14間の隙間の下端部に、支持アーム11の下端部が差し込まれ、前方支柱14間を架け渡す支軸19で接続される。これにより、支持アーム11は、支軸19まわりに前後に揺動可能とされる。支持アーム11の上端部は、スイング部材3(図示例ではスイング部材3を構成する略L字形状材の屈曲部)に接続される。この際も、左右方向へ沿う支軸(ピン)20まわりに揺動可能に、支持アームの11上端部がスイング部材3に接続される。
【0054】
支持部材6は、後方横材16の左右方向中央部において、上方へ延出して設けられる。支持部材6は、上下に伸縮可能に構成される。支持部材6は、典型的には、ガス圧シリンダまたは油圧シリンダから構成される。具体的には、シリンダ本体21に対しピストンロッド22が長手方向へ進退可能に設けられており、シリンダ本体21が下方に配置され、ピストンロッド22が上方に配置される。そして、ピストンロッド22の上端部に、座部4(またはスイング部材3)が保持(本実施例では固定)される。なお、シリンダ本体21の下端部が後方横材16(詳細にはそれに固定の部材)に保持されるが、その際、左右方向へ沿う支軸(ピン)23まわりに、支持部材6が前後に揺動可能に保持される。
【0055】
支持部材6の進退(言い換えれば座部4の昇降)は、レバー24(またはその他の操作部)の操作によりなされる。所定のレバー操作(本実施例ではレバー24の引き上げ)を実行すると、シリンダ本体21に対するピストンロッド22の突出寸法を変更可能とされ、レバー操作を解除すると、シリンダ本体21に対するピストンロッド22の突出位置を固定することができる。なお、支持部材6を短縮させるには、レバー操作しながら座部4に体重をかければよく、支持部材6を伸長させるには、レバー操作する際、座部4への荷重をなくすか軽減すればよい。いずれにしても、本実施例では、支持部材6の伸縮を無段階で任意に調整することができる。
【0056】
スイング部材3は、本実施例では略L字形状材から構成される。この略L字形状材は、一片3aと他片3bとが略垂直に配置されるが、必ずしも90度である必要はなく、図示例では90度よりも若干大きな角度に設定されている。また、一片3aと他片3bとは、略円弧状部を介して連接されてもよい。
【0057】
図1(b)は、座部4を最も下げた最下降位置を示しているが、その状態で、スイング部材3(略L字形状材)は、一片3aが略水平に配置され、他片3bが前記一片3aの前端から略垂直上方へ延出して配置される。なお、典型的には、一片3aは他片3bよりも短く形成されている。いずれにしても、スイング部材3には、一片3aに座部4が設けられ、他片3bに胸当て5が設けられる。
【0058】
スイング部材3は、他片3bの上端部が、前方支柱14の上端部に揺動可能に保持される。この際、左右方向へ沿う支軸(ピン)25まわりに揺動可能に、前方支柱14の上端部にスイング部材3が設けられる。これにより、胸当て5は、前方支柱14の上端部まわりに、前後に揺動可能とされる。また、スイング部材3は、一片3aと他片3bとの連接部(略L字形状材の屈曲部)において、支持アーム11の上端部が支軸20まわりに揺動可能に接続される。
【0059】
本実施例の場合、座部4の昇降時、スイング部材3は、基本的には支軸20まわりに揺動する。また、支軸19まわりに前方支柱14が揺動すると共に、支軸25まわりに胸当て5が揺動する。支持アーム11を設けておくことで、前方部材9に対する後方部材10の後退のし過ぎによる前方中央材13からの後方中央材17の脱落を防止したり、座部4の上げ過ぎによる前方支柱14の倒れなどを防止したりすることができる。また、支軸25にかかる荷重を分散したり、スイング部材3の左右の揺動(座った際の横揺れ)を抑えたりすることもできる。なお、支持アーム11にバネ(ダンパ)のような機能を付加して、乗り心地をよくすることもできる。また、支持アーム11を若干長さ調整可能としてもよい。
【0060】
但し、前方横材12に対する前方支柱14の前後の揺動(支軸19まわりの揺動)を所定範囲に規制(または前方横材12に前方支柱14の下端部を固定)するなどにより、支持アーム11の設置は、場合により省略可能である。あるいは、これに代えて、支持アーム11の下端部を前方横材12に固定しておいてもよい。
【0061】
座部4は、使用者の臀部を支持して着座可能であれば、その形状を特に問わない。本実施例では、
図1(c)に示すとおり、自転車のサドルのように、前方部がやや幅狭に形成されている。座部4は、スイング部材3の一片3aに固定されるが、場合により、座部4の一部または全部は、スイング部材3の一片3a自体であってもよい。図示例の場合、座部4の前端部は、一片3aと他片3bとの連接部(略L字形状材の屈曲部)またはその付近にまで達して配置されている。
【0062】
胸当て5は、座部4に着座した使用者の胸部および/または腹部を支持できるのであれば、その形状を特に問わない。図示例の場合、胸当て5は、略矩形の板状に形成されている。その際、胸当て5は、スイング部材3の他片3bの後面に設けられ、他片3bに沿うと共に、他片3bから左右に延出して設けられる。
図3の状態で、胸当て5は、板面(胸当て面)を略真後ろへ向けて配置される。なお、図示例では、胸当て5は、使用者の胸部だけでなく、腹部も支持可能な大きさとされている。以下、説明の便宜上、胸当て5には使用者の胸部を当てるとして説明するが、これに代えてまたは加えて、使用者の腹部を当ててもよい。つまり、胸当て5は、文字通り、使用者の胸部を支持する胸当てであってもよいし、これに代えてまたはこれに加えて、使用者の腹部を支持する腹当てであってもよい。
【0063】
本実施例の前傾立位椅子1は、座部4および胸当て5がスイング部材3に設けられ、そのスイング部材3が、支持アーム11や前方支柱14に揺動可能に設けられる。また、座部4の上昇時、前方部材9に対し後方部材10を後退させつつ、座部4を前方斜め上方へ向けて上昇させることができる。逆に、座部4の下降時、前方部材9に対し後方部材10を前進させつつ、座部4を最下降位置まで下降させることができる。座部4は、胸当て5と共にスイング部材3に設けられているので、座部4の昇降に伴いスイング部材3を支軸20(25)まわりに動かして、座部4だけでなく胸当て5の傾斜角度を変更することができる。このようにして、座部4の昇降に伴い、前方部材9に対し後方部材10が後退または前進すると共に、座部4および胸当て5の各傾斜角度が変更される。その際、前後のキャスター15,18の離隔距離も変更される。なお、スイング部材3は、一片3aが支持部材6に、他片3bが前方支柱14に、屈曲部が支持アーム11により支持される。
【0064】
次に、本実施例の前傾立位椅子1の使用について説明する。前傾立位椅子1の使用者は、後方重心の症状のある人である。使用者は、自ら、あるいは介助者の介助を伴い、前傾立位椅子1に乗り降りする。乗り降りする際は、
図1および
図3に示すように、座部4を最下降位置まで下げた状態とするのがよい。座部4の最下降位置では、座部4(特にその上面の座面)は略水平に配置されると共に、胸当て5は略垂直に配置される。
【0065】
前傾立位椅子1の使用に当たっては、まずは、
図3に示すように、使用者は、座部4の最下降位置で、座部4に跨って着座する。スイング部材3(略L字形状材)の一片3aの略全域に亘って座部4が形成されているので、図示例のように、使用者は座部4の前方に座って、胸当て5に胸(および腹)を付けることができる。また、両手の前腕部を肘置き8に載せることができる。その状態では、膝が比較的大きく曲がっていたり、大転子よりも前方に外果が配置されていたりしても構わない。座部4が水平に配置されると共に胸当て5が略垂直に配置されているので、後方重心の人でも、安心して着座しつつ胸当て5に胸を当てることができる。
【0066】
その後、使用者は、座部4のレバー24を操作して、座部4を所望の高さまで上げればよい。レバー24の操作により座部4を上げると、前方部材9に対し後方部材10が後退しつつ、座部4は前方斜め上方へ向けて上昇する。この際、スイング部材3は、支軸20(25)まわりに少し回転する。これにより、座部4は、前方へ行くに従って下方へ傾斜して配置されると共に、胸当て5は、上方へ行くに従って前方へ傾斜して配置される。たとえば、座部4の座面は、水平面に対し10~30°、好ましくは20~25°の角度で、前方へ行くに従って下方へ傾斜して配置される。そして、胸当て5は座部に対し略垂直に配置されているので、座部4の傾斜に伴い、胸当て5も、上方へ行くに従って前方へ傾斜して配置される。
【0067】
座部4に着座すると共に胸当て5に胸を当てた状態で、座部4および胸当て5を傾斜させることで、強制的に
図4に示すような前傾姿勢となる。座部4を上昇させる際、多少臀部を浮かせることにはなるが、基本的には、座部4に着座し且つ胸当て5に胸を当てた状態で、前傾姿勢となる。この状態では、座部4に着座した使用者は略立位の姿勢をとることになる。
【0068】
ここで、「略立位」は、足裏(履物を履いた状態では履物底面)、特にそのつま先側を接地し、且つ、膝関節や股関節を故意に曲げずに、脚を真下へ伸ばした状態である。たとえば、股関節と膝関節の屈曲角度がそれぞれ40°以下で、脚を下方へ伸ばした状態となる。そして、理想的には、略立位とは、歩行しない静止状態(脚を出さずに左右に揃えた状態)において、矢状面から見た大転子から床への垂線が外果の前方を通り、さらに、股関節の屈曲角度が30°以下で、且つ、膝関節の屈曲角度が20°以下となる状態である。また、脚を下に伸ばした時に、上体の体重の床反力を足底に感じられる状態でもある。
【0069】
その状態で、使用者は、床を足で蹴って、キャスター15,18により移動することができる。あるいは、介助者により移動することも可能である。前述したとおり、前方のキャスター15は自在キャスターとされ、後方のキャスター18は固定キャスターとされるので、使用者は、所望の方向へ向きを変えて進むことができる。その際、前方左右のキャスター15,15間の離隔距離が、後方左右のキャスター18,18間の離隔距離よりも大きく設定しているので、転倒を防止して安全に走行することができる。また、座部4を上げた状態では、前後のキャスター15,18が離隔した状態となるので、歩行時の足へのキャスター18の干渉を防止することができる。
【0070】
ところで、座部4に着座した使用者による床の足蹴り範囲を制限するために、邪魔部材26が前方下部に設けられるのが好ましい。邪魔部材26は、棒材などであってもよいが、本実施例では板材から構成される。本実施例では、前方部材9には、たとえば前方中央材13の上面に、板材26が保持される。図示例では、
図2のような典型的な使用状態において、スイング部材3の屈曲部と対応した位置(屈曲部の真下)と、前方横材12との間の領域に、板材26が設けられている。
【0071】
このような板材26を設けることで、足で床を蹴って移動する際、足を踏み出せる領域を制限することができる。好ましくは、膝より前に足を出せないようにすることで、踵に荷重できにくくなり、足の前方(より詳細には中足骨骨頭部)に荷重させられる。その姿勢で前方へ歩こうとすると、立脚期の中期に膝が伸展させられる歩容になる。つまり、足の前方に荷重した状態で膝を伸ばしながら進む、といった後方重心の人ができない動きをすることができる。
【0072】
キャスター15,18にはストッパー15a,18aが設けられているので、所望の位置で確実に止まりたい場合には、そのストッパー15a,18aにより車輪の回転を規制すればよい。ストッパー15a,18aは、足先の操作でオンオフ操作できる。ストッパー15a,18aで車輪を完全に止めた状態で、前傾立位椅子1は文字通り椅子として機能する。
【0073】
前傾立位椅子1から降りたい場合には、座部4に着座したまま、レバー24を操作して、座部4を最下降位置まで下げればよい。座部4に着座したままレバー24を引き上げることで、体重で座部4が下がり、後輪が前方へ動き、座部4の真下あたりに収納される。これにより、座部4を下げると共に、座部4を略水平に戻すことができ、座部4に対する乗り降りが容易となる。
【0074】
前傾立位椅子1から洋式トイレの便座へ移るには、洋式トイレの便器の手前に前傾立位椅子1を配置(便器の前に前傾立位椅子1の後部を配置)して止め、座部4を最下降位置まで下げればよい。座部4が最下降位置で固定される高さは、洋式トイレの便座の高さ以上に設定されている。たとえば、便座の高さは、床面から約40~43cmとされ、座部4の最下降位置での座面(上面)の高さは、床面から約45~50cmとされる。いずれにしても、座部4が最下降位置で固定される座面高さは、一般的な洋式トイレの便座高さよりも所定範囲の寸法だけ高く形成されている。そのため、前傾立位椅子1から便座への移乗を容易に行うことができる。具体的には、座部4を最下降位置まで下げた状態で、座面の前の方を手で支えながら、少しずつお尻を後ろに下げていき、後ろの洋式トイレの便座に乗り移ればよい。
【0075】
本実施例の前傾立位椅子1によれば、安全に安心して前傾姿勢をとることができる。また、座部4の高さ調整により、略立位の姿勢をとることもできる。その姿勢に慣れてくることで、後方重心の症状(たとえば、起立時に上体を前に倒せない、起立直後に恐怖感が出現して後ろへ倒れる、歩行時に前方に荷重できないので歩幅が小さいなどの症状)の改善を図ることができる。また、いわゆる「座らせきり」によるデメリット(円背、骨盤後傾、下肢筋力の筋力低下、腰背部の褥瘡など)を回避することもできる。さらに、略立位に近い状態をとることで、従来公知の車椅子に座っている場合と比較して、(床面を足で蹴る)足漕ぎを行っても膝を後方へ伸展する動きになるので、歩行に必要な筋力(大腿前面の筋群)を活性化することができる。その他、所望時には、枕7を使用して、仮眠をとることも可能となる。
ステッパー27で運動する際、キャスター15,18の車輪はストッパー15a,18aにより固定しておくのが好ましい。但し、踏み板28の動きを、その場での運動用ではなく、推進用(走行用)に用いてもよい。その場合、踏み板28の踏み込みを車輪に伝達する機構を備える。そのため、踏み板28を踏み込むことで、キャスター(たとえば後方のキャスター18)の車輪が回転し、前傾立位椅子1を進めることが可能となる。
ところで、本実施例2に限らないが、前方のキャスター15の車輪の向きを使用者が変更可能に構成されてもよい。たとえば、肘置き8は、左右方向中央部において、上下方向へ沿うハンドル軸まわりに略水平方向へ正逆に回転可能とされ、その回転に伴い、リンク機構などを介して前方の左右のキャスター15の車輪の向きを変更可能とする。つまり、使用者は、肘置き8を自転車のハンドルのように回すことにより、前方の車輪の向きを変更可能としてもよい。