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特開2023-1714高清浄度オーステナイト系ステンレス鋼
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  • 特開-高清浄度オーステナイト系ステンレス鋼 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023001714
(43)【公開日】2023-01-06
(54)【発明の名称】高清浄度オーステナイト系ステンレス鋼
(51)【国際特許分類】
   C22C 38/00 20060101AFI20221226BHJP
   C22C 38/54 20060101ALI20221226BHJP
   C22C 38/50 20060101ALI20221226BHJP
【FI】
C22C38/00 302Z
C22C38/54
C22C38/50
【審査請求】未請求
【請求項の数】6
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021102611
(22)【出願日】2021-06-21
(71)【出願人】
【識別番号】000003713
【氏名又は名称】大同特殊鋼株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100076473
【弁理士】
【氏名又は名称】飯田 昭夫
(74)【代理人】
【識別番号】100112900
【弁理士】
【氏名又は名称】江間 路子
(74)【代理人】
【識別番号】100198247
【弁理士】
【氏名又は名称】並河 伊佐夫
(72)【発明者】
【氏名】中村 優樹
(72)【発明者】
【氏名】永冶 仁
(57)【要約】
【課題】SUS316Lに代表される既存のステンレス鋼よりも優れた耐食性を有する高清浄度オーステナイト系ステンレス鋼を提供する。
【解決手段】高清浄度オーステナイト系ステンレス鋼は、質量%で、C:0%超~0.03%以下、Si:0%超~1.0%以下、Mn:0%超~1.5%以下、Ni:30.0%~45.0%、Cr:16.0%~25.0%、Mo:2.0%~8.0%、Nb+V:0.001~0.050%、を含有し、S:0.005%以下、P:0.030%以下、O:0.005%以下、N:0.020%以下、Ti:0.020%以下、Al:0.020%以下、に制限し、残部がFe及び不可避的不純物からなり、下記式(a1)の指数Xが100以上で、下記式(b1)の指数Yが30以上であり、ASTM E45 A法において、Thinに分類される各種介在物の級別の合計が1.5以下で、Heavyに分類される各種介在物の級別の合計が1.0以下である。
X=3.6[Ni]+4.7[Mo]-[Cr]・・・式(a1)、Y=3.3[Mo]+[Cr]+16[N]・・・式(b1)
【選択図】 なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、
C:0%超~0.03%以下、
Si:0%超~1.0%以下、
Mn:0%超~1.5%以下、
Ni:30.0%~45.0%、
Cr:16.0%~25.0%、
Mo:2.0%~8.0%、
Nb+V:0.001~0.050%、
を含有し、
S:0.0050%以下、
P:0.030%以下、
O:0.0050%以下、
N:0.020%以下、
Ti:0.020%以下、
Al:0.020%以下、
に制限し、
残部がFe及び不可避的不純物からなり、
下記式(a1)の指数Xが100以上であり、
下記式(b1)の指数Yが30以上であり、
ASTM E45 A法において、Thinに分類される各種介在物の級別の合計が1.5以下であり、Heavyに分類される各種介在物の級別の合計が、1.0以下である、高清浄度オーステナイト系ステンレス鋼。
X=3.6[Ni]+4.7[Mo]-[Cr]・・・式(a1)
Y=3.3[Mo]+[Cr]+16[N]・・・式(b1)
(但し、式中の[ ]は[ ]内元素の含有質量%を示す)
【請求項2】
請求項1において、質量%で
Ti+Al<0.030%に制限される、高清浄度オーステナイト系ステンレス鋼。
【請求項3】
請求項1または2において、質量%で
Cu:0%超~0.90%、
W:0%超~2.00%、
Ta:0%超~0.50%、
の何れか1種または2種以上を更に含有し、
下記式(a2)の指数Xが100以上であり、
下記式(b2)の指数Yが30以上である、高清浄度オーステナイト系ステンレス鋼。
X=3.6[Ni]+4.7[Mo]-[Cr]+11.5[Cu]・・・式(a2)
Y=3.3([Mo]+0.5[W])+[Cr]+7.7[Ta]+16[N]・・・式(b2)
(但し、式中の[ ]は[ ]内元素の含有質量%を示し、含まない場合は0として計算する)
【請求項4】
請求項1~3の何れかにおいて、質量%で
Ca:0%超~0.0010%以下、
Mg:0%超~0.0010%以下、
の何れか1種または2種を更に含有する、高清浄度オーステナイト系ステンレス鋼。
【請求項5】
請求項1~4の何れかにおいて、質量%で
B:0.0005%~0.010%
を更に含有する、高清浄度オーステナイト系ステンレス鋼。
【請求項6】
請求項1~5の何れかにおいて、質量%で
Zr+Y:0%超~0.0060%以下
を更に含有する、高清浄度オーステナイト系ステンレス鋼。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、半導体製造装置用のガス配管等に好適に用いられる高清浄度オーステナイト系ステンレス鋼に関する。
【背景技術】
【0002】
近年の半導体製造分野においては、著しい高集積化が進み、超LSIと称されるデバイスの製造では、1μm以下の微細パターンの加工が必要とされている。このような超LSIの製造プロセスでは微小な塵や微量不純物ガスが、製品の品質や歩留りに影響を与える。
【0003】
半導体製造用ガスとしては、塩素ガス、臭化水素ガス等が使用される。このためガス供給系を構成する部材には、腐食に伴なうガス汚染抑制のために、SUS316Lに代表される高耐食なオーステナイト系ステンレス鋼が多用されている。更には、その表面を電解研摩によって平滑化した後、不動態化処理によりCr酸化物を主体とする不動態皮膜を形成させるなどの表面処理が施される場合もある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2005-163168号公報
【特許文献2】特開2015-140449号公報
【特許文献3】特開2012-207244号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、電解研磨や不動態化処理などの表面処理が施された場合であっても、対象部分全体を均一に表面処理することは難しく、処理が適切に行われなかった部分から局所的な腐食が発生したり、また、部品組み付け時に施される曲げ加工や溶接により、不動態被膜の一部が欠損し、耐食性が著しく低下してしまうなどの問題があり、材料自体の耐食性を更に高めることが求められていた。
【0006】
尚、半導体製造装置用のガス配管等に好適に用いられる高清浄度オーステナイト系ステンレス鋼に関する関連技術として、上記特許文献1~3に記載されたものがある。しかしながら、これら特許文献には本発明の請求項を満たす化学組成の開示はなく、本発明とは異なっている。
【0007】
本発明は以上のような事情を背景とし、SUS316Lに代表される既存のステンレス鋼よりも優れた耐食性を有する高清浄度オーステナイト系ステンレス鋼を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らがASTM G150に従って各種鋼材についての耐食性評価を実施したところ、高清浄のSUS316Lに電解研磨および不動態化処理を施した試験片での臨界孔食温度(CPT)は35℃程度であった。また表面処理を実施していない素地状態の試験片のCPTは15℃程度、溶接熱の影響を受けた溶接部の試験片のCPTは15℃以下であった。これに対し、本発明者らはステンレス鋼における合金成分および非金属介在物量を最適化することで、通常であればCPT値が低下する素地部および溶接部においてCPT40℃以上を発現し得るとの知見を得た。このような知見に基づいて、合金成分および非金属介在物量の最適化を図ったのが本発明である。
【0009】
而して本発明の要旨は、次の通りである。
【0010】
[1] 質量%で、C:0%超~0.03%以下、Si:0%超~1.0%以下、Mn:0%超~1.5%以下、Ni:30.0%~45.0%、Cr:16.0%~25.0%、Mo:2.0%~8.0%、Nb+V:0.001~0.050%、を含有し、
S:0.0050%以下、P:0.030%以下、O:0.0050%以下、N:0.020%以下、Ti:0.020%以下、Al:0.020%以下、に制限し、残部がFe及び不可避的不純物からなり、
下記式(a1)の指数Xが100以上であり、
下記式(b1)の指数Yが30以上であり、
ASTM E45 A法において、Thinに分類される各種介在物の級別の合計が1.5以下であり、Heavyに分類される各種介在物の級別の合計が、1.0以下である、高清浄度オーステナイト系ステンレス鋼。
X=3.6[Ni]+4.7[Mo]-[Cr]・・・式(a1)
Y=3.3[Mo]+[Cr]+16[N]・・・式(b1)
(但し、式中の[ ]は[ ]内元素の含有質量%を示す)
【0011】
[2] 質量%で、Ti+Al<0.030%に制限される、[1]に記載の高清浄度オーステナイト系ステンレス鋼。
【0012】
[3] 質量%で、Cu:0%超~0.90%、W:0%超~2.00%、Ta:0%超~0.50%、の何れか1種または2種以上を更に含有し、
下記式(a2)の指数Xが100以上であり、下記式(b2)の指数Yが30以上である、[1],[2]の何れかに記載の高清浄度オーステナイト系ステンレス鋼。
X=3.6[Ni]+4.7[Mo]-[Cr]+11.5[Cu]・・・式(a2)
Y=3.3([Mo]+0.5[W])+[Cr]+7.7[Ta]+16[N]・・・式(b2)
(但し、式中の[ ]は[ ]内元素の含有質量%を示し、含まない場合は0として計算する)
【0013】
[4] 質量%で、Ca:0%超~0.0010%以下、Mg:0%超~0.0010%以下、の何れか1種または2種を更に含有する、[1]~[3]の何れかに記載の高清浄度オーステナイト系ステンレス鋼。
【0014】
[5] 質量%で、B:0.0005%~0.010%を更に含有する、[1]~[4]の何れかに記載の高清浄度オーステナイト系ステンレス鋼。
【0015】
[6] 質量%で、Zr+Y:0%超~0.006%以下を更に含有する、[1]~[5]の何れかに記載の高清浄度オーステナイト系ステンレス鋼。
【発明の効果】
【0016】
本発明によれば、SUS316Lに代表される既存のステンレス鋼よりも優れた耐食性を有する高清浄度オーステナイト系ステンレス鋼を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
図1】耐食性評価に用いられる鋼板についての説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0018】
本実施形態の高清浄度オーステナイト系ステンレス鋼における各化学成分等の限定理由を以下に詳述する。尚、以降の説明では、特にことわりがない限り「%」は「質量%」を意味するものとする。
【0019】
C:0%超~0.03%以下
Cは、オーステナイト相を安定化する元素である。更に、Cは固溶強化に寄与し、合金強度を高める効果を有する。一方、溶接及び不適切な熱処理により、Cr炭化物を析出させ、耐食性及び靭性を劣化させるので、0.03%以下に制限する。好ましくは、0.005%~0.015%である。
【0020】
Si:0%超~1.0%以下
Siは脱酸に寄与し、鋼中の酸化物系介在物を低減するのに有効である。一方、その含有量が1.0%を超えるとSi自身が介在物を形成し、清浄度が劣化するため、Siの含有量は1.0%以下とする。
【0021】
Mn:0%超~1.5%以下
Mnは脱酸に寄与し、鋼中の酸化物系介在物を低減するのに有効である。一方で、過剰に添加すると硫化物を形成して耐食性を著しく低下させる。また、溶接時にヒュームが発生し、材料表面の清浄度の低下を招くため、Mnの含有量は、1.5%以下とする。好ましくは、1.0%以下である。
【0022】
Ni:30.0%~45.0%
Niはオーステナイト相安定化元素であり、オーステナイト単相を得るために必要不可欠である。また、耐食性を向上させる上で重要な元素である。ここでNi量が少ないと熱間加工性の低下、溶接部での耐食性および靭性の低下を招くため、Ni量は30.0%以上とする。好ましくは33.0%以上、より好ましくは36.0%以上である。
但し、Niの過剰な添加は原料コストの増加と加工性の低下を招くため、Ni量の上限を45.0%とする。好ましくは40.0%である。
【0023】
Cr:16.0%~25.0%
Crは耐食性を向上させる上で重要な元素である。優れた耐食性を確保するためには、16.0%以上が必要である。但し、過剰な含有は金属間化合物が析出しやすくなり、加工が困難となる。また溶接部での耐食性が劣化する。このためCr量の上限は25.0%とする。
【0024】
Mo:2.0%~8.0%
Moは耐食性を向上させる上で重要な元素である。優れた耐食性を確保するためには、2.0%以上が必要である。更に、ハロゲン系元素が存在する環境下で耐食性を確保するためには3.0%以上が好ましく、より好ましい含有量は3.5%以上、一層好ましい含有量は4.0%以上である。但し、過剰な含有は金属間化合物を析出しやすくなり、熱間加工性が低下するとともに溶接部での靭性低下を招く。このためMo量の上限は8.0%とする。好ましくは7.0%、より好ましくは6.0%である。
【0025】
Nb+V:0.001~0.050%
Nb、Vは強力な炭化物形成元素で、Cの安定化を図ってCr炭化物の析出を抑制し、溶接部の耐食性劣化を防ぐ。この効果を得るため、Nb、Vの1種または2種を0.001%以上含有させる。但し、過剰な含有は介在物の形成を引き起こし、清浄度の悪化を招くため、Nb、Vの1種または2種の上限は0.050%とする。
【0026】
S:0.0050%以下
Sは不純物元素であり、加工性及び耐食性を劣化させる。このため、S量は極力低減させるのが望ましく0.0050%以下に制限する。なお、Sは不純物元素であるため下限はなく、0%でもよい。
【0027】
P:0.030%以下
Pは不純物元素であり、加工性及び耐食性を劣化させる。このため、P量は極力低減させるのが望ましく0.030%以下に制限する。なお、Pは不純物元素であるため下限はなく、0%でもよい。
【0028】
O:0.0050%以下
Oは不純物元素であり、酸化物系の介在物を生成して鋼の清浄度を大きく低下させる。このため、O量は極力低減させるのが望ましく0.0050%以下に制限する。なお、Oは不純物元素であるため下限はなく、0%でもよい。
【0029】
N:0.020%以下
Nは耐食性を向上させる元素であるが、窒化物系の介在物を生成して鋼の清浄度を大きく低下させる。このため、N量は極力低減させるのが望ましく0.020%以下に制限する。なお、Nは不純物元素であるため下限はなく、0%でもよい。
【0030】
Ti:0.020%以下
Tiは強力な炭化物形成元素であり、Cr炭化物の析出を防止し、耐食性および靭性の低下を防ぐ効果を有する。但し、窒化物および硫化物を生成し鋼の清浄度と耐食性を著しく低下させるため、本例では0.020%以下に制限する。なお、Tiは不純物元素であるため下限はなく、0%でもよい。
【0031】
Al:0.020%以下
Alは脱酸に寄与し、鋼中の酸化物系介在物を低減するのに有効である。但し、その含有量が0.020%を超えるとAl自身が介在物を形成し、清浄度が劣化するため、0.020%以下に制限する。なお、Alは不純物元素であるため下限はなく、0%でもよい。
本例では、これらTiおよびAlの合計含有量(Ti+Al)を0.030%未満に制限することが好ましい。
【0032】
指数Xが100以上、但し、X=3.6[Ni]+4.7[Mo]-[Cr]・・・式(a1)
指数Xは、全面腐食に対する指数である。指数Xが100未満であると、不動態皮膜が形成され難い希硫酸や塩酸環境下などで母材の耐食性を確保できず、粒界腐食および全面腐食が生じやすくなる。このため、本例では指数Xを100以上としている。この指数Xは115以上とするのが好ましく、125以上とするのがより好ましい。なお、指数Xの上限は、特に規定しないが、通常、155以下になると考えられる。
【0033】
指数Yが30以上、但し、Y=3.3[Mo]+[Cr]+16[N]・・・式(b1)
指数Yは、局所腐食に対する指数である。指数Yが30未満であると、ハロゲン系元素が存在する環境下で局所的に不動態皮膜が破壊され、点または孔状に深く侵食される局所腐食が生じやすくなる。このため、本例では指数Yを30以上としている。この指数Yは35以上とするのが好ましい。なお、指数Yの上限は、特に規定しないが、通常、45以下になると考えられる。
【0034】
ASTM E45 A法においてThinに分類される各種介在物の級別の合計が1.5以下で、Heavyに分類される各種介在物の級別の合計が、1.0以下
非金属介在物が鋼材の表面に存在すると、非金属介在物を起点として腐食が進行する場合がある。このため、本例では各種介在物をThinとHeavyに区分し、Thinに分類される各種介在物の級別(Rating)の合計を1.5以下とし、またHeavyに分類される各種介在物の級別の合計を1.0以下とすることで、各種介在物に起因する耐食性の低下を抑制することができる。
【0035】
ここで対象となる介在物は、A系介在物(硫化物系)、B系介在物(アルミナ系)、C系介在物(シリケート系)、D系介在物(粒状酸化物系)の4種である。
【0036】
本実施形態の高清浄度オーステナイト系ステンレス鋼は、上記した元素以外は、Feおよび不可避的不純物からなる。但し、本実施形態の技術特徴が奏する効果を阻害しない範囲で、上記以外の以下に記載する元素を、選択的に含有させることができる。以下に選択元素についての限定理由を記載する。
【0037】
Cu:0%超~0.90%、W:0%超~2.00%、Ta:0%超~0.50%
Cu、W、Taは耐食性を向上させる元素であり、必要に応じて1種または2種以上を含有させることができる。但し、Cuの過剰な含有は溶接時にヒュームを発生し、材料表面の清浄度を低下させるため、その上限を0.90%とする。Wの過剰な含有は原料コストの増加と熱間加工性の低下を招くため、その上限を2.00%とする。また、Taの過剰な含有は原料コストの増加と炭化形成による清浄度の低下を招くため、その上限を0.50%とする。
【0038】
これらCu、W、Taは全面腐食または局所腐食に影響を与える元素であるため、これら元素の何れかが添加された場合には上記式(a1)および式(b1)に換えて、下記式(a2)および式(b2)を適用する。
X=3.6[Ni]+4.7[Mo]-[Cr]+11.5[Cu]・・・式(a2)
Y=3.3([Mo]+0.5[W])+[Cr]+7.7[Ta]+16[N]・・・式(b2)
(但し、式中の[ ]は[ ]内元素の含有質量%を示し、含まない場合は0として計算する)
【0039】
Ca:0%超~0.0010%以下、Mg:0%超~0.0010%以下
Ca、Mgは硫化物を形成しSを安定化させることで、Sによる熱間加工性の劣化を防止する効果を有する。このため、必要に応じて含有させてもよい。但し、何れの元素も過剰な添加は、耐食性の著しい低下を招くため、これら元素の含有量は0.0010%以下とする。好ましくは、0.0005%以下、より好ましくは0.0002%以下である。
【0040】
B:0.0005%~0.010%
Bは熱間加工性の向上を目的に、0.0005%以上含有させてもよい。但し、過剰な添加は加工性を劣化させるため、その含有量は0.010%以下とする。
【0041】
Zr+Y:0%超~0.0060%以下
Zr、Yは熱間加工性の向上を目的に含有させてもよい。但し、過剰に添加すると介在物を形成し清浄度を劣化させるため、Zr、Yの1種または2種を合計で0.0060%以下とする。
【0042】
次に、本実施形態の高清浄度オーステナイト系ステンレス鋼の製造方法について説明する。上記のように規定された合金成分を得るための必要な原材料を、アーク炉、誘導炉または真空誘導炉で溶解し、精錬を行なう。精錬は、AOD(Argon-Oxygen-Decarburization)法、VOD(Vacuum-Oxygen-Decarburization)法等が適用可能である。得られたインゴットについては、エレクトロスラグ再溶解(ESR)もしくは真空アーク再溶解(VAR)により1回以上の再溶解を行うことも可能である。これにより清浄度の向上を図ることができる。その後、型内に注湯し、凝固させることで鋼塊が形成される。その後、所定の温度領域で所定時間保持した後、熱間圧延または熱間鍛造を施すことで本実施形態の高清浄度オーステナイト系ステンレス鋼からなる熱間加工用の素材が製造される。
【実施例0043】
次に、本発明の実施例を以下に説明する。ここでは、下記表1に示す発明鋼22種および下記表2に示す比較鋼15種(計37鋼種)について供試材を作製し、清浄度および耐食性の評価を行った。なお、表2に示す比較鋼1は、JIS SUS316L相当材である。他の比較鋼は、比較鋼1よりも本発明鋼に近い鋼種であるが、何れかの元素含有量が本発明の範囲を外れている。
【0044】
【表1】
【0045】
【表2】
【0046】
1.供試材の作製
上記表1、表2に示す所定の成分となるように配合された原料を真空誘導加熱炉で1次溶解した後、真空アーク再溶解炉によって二次溶解を実施した。二次溶解後の鋳鋼を熱間鍛造および熱間圧延し、厚さ10mmの鋼とした後、1100℃で溶体化処理を施した鋼板を供試材とした。また、下記溶接に用いる溶接棒は、発明鋼2の熱間鍛造品の1部を伸線圧延して作製した。
【0047】
2.評価
2-1.清浄度評価
得られた供試材から試験片を採取して、清浄度をASTM E45 A法に従い評価した。A系介在物(硫化物系)、B系介在物(アルミナ系)、C系介在物(シリケート系)、D系介在物(粒状酸化物系)の合計4種に分類される介在物それぞれについて、介在物の厚さまたは大きさでThinとHeavyに区分し、それぞれ級別した。詳しくは、被検面積160mm2の全面を倍率100倍で観察し、各介在物の種類毎に最悪視野を標準図と照合して、適合する級別番号(級別番号は0、0.5、1、1.5、2の何れかである)を求めた。
そして、得られた級別番号をThinとHeavy毎に合計し、下記表3に従って清浄度を判定した。これらの結果を下記表4に示す。例えば、表4において発明鋼1をみると、Thinに区分されたA系~D系介在物の級別の合計が0.5(判定◎)で、またHeavyに区分されたA系~D系介在物の級別の合計が0.0(判定◎)であることが分かる。
【0048】
【表3】
【0049】
2-2.表面処理
供試材から寸法:50mm×50mmの鋼板を採取して、表面を機械切削し厚さ8mmに加工した後、電解研磨処理によりRaAvg.≦0.13μm、RaMax.≦0.25μm、RyMax.≦2.50μmになるように平滑化し、その後、硝酸水溶液を用いて不動態化処理を施し、耐食性評価用の鋼板を作製した。
【0050】
2-3.溶接
実際の接手部などの鋼管においては、溶接時に発生したヒュームが鋼管内部に付着して耐食性を低下させる。ここでは、鋼管内部のヒュームの付着を鋼板で再現するため、図1で示すように、供試材から採取した寸法:25mm×25mmの鋼板2,3を、10mm離して向かい合わせた状態で、鋼板2,3のそれぞれ対向する位置に、前記発明鋼2を用いて作製された溶接棒を用いて溶接を実施し、耐食性評価用の鋼板を作製した。詳しくは、鋼板2を溶接した際のヒュームの付着が想定される鋼板3の内側の面3aを下記耐食性評価の対象とした。
【0051】
2-4.耐食性評価
前記供試材における素地状態の鋼板(素地部)、前記表面処理が行われた鋼板(表面処理部)、前記溶接が行われた鋼板(溶接部)について、耐食性をASTM G150法に従い評価した。評価は、それぞれ5回行い、最も低いCPTの結果を各発明鋼(もしくは比較鋼)のCPTとした。
耐食性についての判定は、
CPTが20℃未満であった場合を「×」、
CPTが20℃以上40度未満であった場合を「△」、
CPTが40℃以上60度未満であった場合を「○」、
CPTが60℃以上であった場合を「◎」、とした。
これら評価の結果を下記表4に示す。
【0052】
【表4】
【0053】
表4の評価結果により、以下のことが分かる。
比較鋼1は、SUS316L相当材である。比較鋼1はNi量が略13.5%と少ないため耐食性が不足しており、素地部、表面処理部、溶接部の何れも目標のCPT40℃を満足できていない。
比較鋼2は、C量が本発明の上限を上回っており清浄度が悪化している。このため溶接部におけるCPTが低い。
【0054】
比較鋼3は、Si量が本発明の上限を上回っており、溶接部におけるCPTが低い。
比較鋼4は、Mn量が本発明の上限を上回っており清浄度が悪化している。このため素地部及び溶接部におけるCPTが低い。
【0055】
比較鋼5は、Mo量が本発明の下限を下回っており指数Yが低い。このため素地部及び溶接部におけるCPTが低い。
比較鋼6は、Cr量が本発明の下限を下回っている。清浄度の悪化はないが素地部及び溶接部におけるCPTが低い。
【0056】
比較鋼7は、Ni量が本発明の下限を下回っている。清浄度の悪化はないが素地部及び溶接部におけるCPTが低い。
比較鋼8は、Ti量が本発明の上限を上回っており清浄度が悪化している。このため素地部及び溶接部におけるCPTが低い。
【0057】
比較鋼9は、Al量が本発明の上限を上回っており清浄度が悪化している。このため素地部及び溶接部におけるCPTが低い。
比較鋼10は、S量が本発明の上限を上回っており、素地部、表面処理部、溶接部の何れも目標のCPT40℃を満足できていない。
【0058】
比較鋼11は、O量が本発明の上限を上回っており清浄度が悪化している。このため素地部及び溶接部におけるCPTが低い。
比較鋼12は、N量が本発明の上限を上回っており清浄度が悪化している。このため素地部及び溶接部におけるCPTが低い。
【0059】
比較鋼13は、Nb+V量が本発明の上限を上回っており清浄度が悪化している。このため素地部及び溶接部におけるCPTが低い。
比較鋼14はCa量が本発明の上限を上回っており、比較鋼15はMg量が本発明の上限を上回っている。これら比較鋼14,15は素地部、表面処理部、溶接部の何れもCPTが低い。
【0060】
これに対し、鋼の化学組成および清浄度が本発明の範囲内である発明鋼1~22は、素地部、表面処理部、溶接部におけるCPTが目標の40℃を超えており、SUS316L相当材(比較鋼1)と比較して優れた耐食性を有していることが分かる。
特に、耐食性の向上に寄与する元素NiもしくはMoを本発明の上限近くまで含有させた発明鋼10,14,16や、WもしくはTaを選択的に含有させた発明鋼18,19において高いCPT値が得られている。
【0061】
以上、本発明の実施形態および実施例について詳しく説明したが、本発明は上記実施形態および実施例に限定されるものではなく、本発明の趣旨を逸脱しない範囲内で種々の改変が可能である。
図1