(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023171429
(43)【公開日】2023-12-01
(54)【発明の名称】新規リパーゼ及びその用途
(51)【国際特許分類】
C12P 7/64 20220101AFI20231124BHJP
C12N 9/20 20060101ALI20231124BHJP
A23D 9/02 20060101ALI20231124BHJP
C11C 3/04 20060101ALI20231124BHJP
C12N 15/56 20060101ALN20231124BHJP
【FI】
C12P7/64
C12N9/20 ZNA
A23D9/02
C11C3/04
C12N15/56
【審査請求】有
【請求項の数】8
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023165891
(22)【出願日】2023-09-27
(62)【分割の表示】P 2022151765の分割
【原出願日】2020-07-29
(31)【優先権主張番号】P 2019142145
(32)【優先日】2019-08-01
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(71)【出願人】
【識別番号】000216162
【氏名又は名称】天野エンザイム株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100124431
【弁理士】
【氏名又は名称】田中 順也
(74)【代理人】
【識別番号】100174160
【弁理士】
【氏名又は名称】水谷 馨也
(74)【代理人】
【識別番号】100175651
【弁理士】
【氏名又は名称】迫田 恭子
(72)【発明者】
【氏名】木村 知宏
(72)【発明者】
【氏名】領木 智哉
(72)【発明者】
【氏名】田中 裕介
(72)【発明者】
【氏名】勝俣 直人
(72)【発明者】
【氏名】佐藤 幸秀
(57)【要約】
【課題】油脂加工に適した新規リパーゼを見出し、その利用・応用を図ることを課題とする。
【解決方法】配列番号1又は2のアミノ酸配列と90%以上の同一性を有するアミノ酸配列からなる新規リパーゼ及びそれを有効成分とする酵素剤が提供される。当該酵素剤は油脂の物性の改質・改良等に利用される。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
受容体基質と供与体基質の存在下、配列番号1又は2に示すアミノ酸配列と95%以上の同一性を示すアミノ酸配列からなるリパーゼ又は前記リパーゼを有効成分とする酵素剤による酵素反応を含み、受容体基質がトリアシルグリセロールであり、供与体基質が脂肪酸、エステル化合物又はトリアシルグリセロールである、部位非特異的エステル交換油脂の製造方法。
【請求項2】
前記トリアシルグリセロールが植物油脂のトリアシルグリセロールである、請求項1に記載の製造方法。
【請求項3】
前記植物油脂が、大豆油、ナタネ油、米油、コーン油、ひまわり油、綿実油、落花生油、サフラワー油、パーム油、パーム軟質油、パーム分別油、パーム核油、ヤシ油、又はカカオバターである、請求項2に記載の製造方法。
【請求項4】
前記トリアシルグリセロールが動物油脂又はその分別油のトリアシルグリセロールである、請求項1に記載の製造方法。
【請求項5】
前記トリアシルグリセロールが合成油脂である、請求項1に記載の製造方法。
【請求項6】
前記脂肪酸が、ステアリン酸、パルミチン酸、ラウリン酸、アラキジン酸、ベヘン酸、オレイン酸、又はリノール酸である、請求項1~5のいずれかに記載の製造方法。
【請求項7】
前記エステル化合物が、ステアリン酸エチル、パルミチン酸エチル、オレイン酸エチル、又はリノール酸エチル、請求項1~6のいずれかに記載の製造方法。
【請求項8】
受容体基質と供与体基質の存在下、配列番号1又は2に示すアミノ酸配列と95%以上の同一性を示すアミノ酸配列からなるリパーゼ又は前記リパーゼを有効成分とする酵素剤による酵素反応を含み、受容体基質がトリアシルグリセロールであり、供与体基質が脂肪酸、エステル化合物又はトリアシルグリセロールである、油脂の部位非特異的エステル交換方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はエステル交換能を示す新規リパーゼ及びその用途に関する。本出願は、2019年8月1日に出願された日本国特許出願第2019-142145号に基づく優先権を主張するものであり、当該特許出願の全内容は参照により援用される。
【背景技術】
【0002】
油脂のエステル交換反応は油脂の物性(融点、結晶性、耐熱性等)を改質するのに有効な方法であり、化学的エステル交換と酵素的エステル交換の2つに大別される(例えば非特許文献1、2を参照)。化学的エステル交換には環境負荷が高いことや作業安全性が悪いことなど課題も多い。近年、トランス脂肪酸の健康リスクへの懸念から、トランス脂肪酸の原因となる部分水素添加の代替となるエステル交換油脂の製造が注目されている。酵素的エステル交換には、キャンディダ属(Candida)、アルカリゲネス(Alcaligenes)、シュードモナス属(Pseudomonas)、サーモマイセス属、バークホルデリア属等の由来のリパーゼが利用できるとされている(例えば、特許文献1~4、非特許文献3、4を参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
特許文献1:国際公開第2006/059592号パンフレット
特許文献2:特許第3791943号公報
特許文献3:特開2008-194011号公報
特許文献4:特表平2-504342号公報
【非特許文献】
【0004】
非特許文献1:油化学会誌, 48, 1151-1159 (1999)
非特許文献2:オレオサイエンス, 6, 145-151 (2006)
非特許文献3:J. Am. Oil Chem. Soc., 60, 291-294 (1983)
非特許文献4:J. Am. Oil Chem. Soc., 75, 953-959 (1998)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
油脂加工において酵素的エステル交換のニーズは高い。しかしながら、エステル交換能が高く、且つ反応中に副反応である加水分解反応が生じ難い酵素は実用化されていない。
エステル交換反応中に加水分解が生じることは、油脂即ちトリクリセリドの収率が低下し、油脂の品質に悪影響を及ぼす部分グリセリド(ジグリセリド、モノグリセリド)及び脂肪酸の生成をもたらす。本発明は、この現状を打破すべく、エステル交換反応中に副反応である加水分解反応が生じ難い酵素(エステル交換リパーゼ)を見出し、その利用・応用を図ることを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、油脂加工に適したエステル交換リパーゼを見出すべく、種々の微生物由来リパーゼを対象として探索を行った。その結果、エステル交換能に優れる新規リパーゼ(本リパーゼ)を見出した。即ち、産業上の有用性が高いエステル交換リパーゼの取得・同定に成功した。更に、当該酵素のアミノ酸配列及び当該酵素をコードする遺伝子の塩基配列の同定にも成功した。
上記の成果及び考察に基づき、以下の発明が提供される。
[1]配列番号1又は2のアミノ酸配列と90%以上の同一性を有するアミノ酸配列からなるリパーゼ。
[2]前記リパーゼのアミノ酸配列が、配列番号1又は2に示すアミノ酸配列と93%以上の同一性を示すアミノ酸配列である、[1]に記載のリパーゼ。
[3]前記リパーゼのアミノ酸配列が、配列番号1又は2に示すアミノ酸配列と95%以上の同一性を示すアミノ酸配列である、[1]に記載のリパーゼ。
[4][1]~[3]のいずれか一項に記載のリパーゼを有効成分とする酵素剤。
[5]以下のステップ(1)及び(2)を含む、リパーゼの製造方法:
(1)[1]~[3]のいずれか一項に記載のリパーゼを生産する微生物を培養するステップ;
(2)培養後の培養液及び/又は菌体よりリパーゼを回収するステップ。
[6]受容体基質と供与体基質の存在下、[1]~[3]のいずれか一項に記載のリパーゼ又は[4]に記載の酵素剤による酵素反応を含む、油脂の製造方法。
[7]受容体基質が油脂、グリセリン脂肪酸エステル又はグリセリンであり、
供与体基質が脂肪酸、エステル化合物又は油脂である、[6]に記載の製造方法。
【図面の簡単な説明】
【0007】
【
図1】エステル交換活性の検討。本リパーゼのエステル交換活性を各種リパーゼ(リゾパス・オリゼ(Rhizopus oryzae)由来のリパーゼ(リパーゼDF)、シュードモナス・フルオレセンス(Pseudomonas fluorescens)由来のリパーゼ(リパーゼAK)、バークホルデリア・セパシア(Burkholderia cepacia)由来のリパーゼ(リパーゼPS)、ペニシリウム・カマンベルティ(Penicillium camembertii)由来のリパーゼ(リパーゼG))と比較した。
【発明を実施するための形態】
【0008】
1.エステル交換リパーゼ剤及びその有効成分(エステル交換リパーゼ)本発明は油脂のエステル交換に有用な酵素剤(エステル交換リパーゼ剤)に関する。本発明の酵素剤(以下、「本酵素剤」とも呼ぶ)は有効成分としてエステル交換リパーゼ(以下、「本酵素」とも呼ぶ)を含有する。有効成分のエステル交換リパーゼ、即ち本酵素は、配列番号1又は2に示すアミノ酸配列又は当該アミノ酸配列と等価なアミノ酸配列からなる。ここでの「等価なアミノ酸配列」とは、基準のアミノ酸配列(配列番号1のアミノ酸配列又は配列番号2のアミノ酸配列)と一部で相違するが、当該相違がタンパク質の機能(ここではエステル交換能)に実質的な影響を与えていないアミノ酸配列のことをいう。従って、等価なアミノ酸配列を有する酵素はエステル交換反応を触媒する。活性の程度は、エステル交換リパーゼとしての機能を発揮できる限り特に限定されない。但し、基準となるアミノ酸配列からなる酵素と同程度又はそれよりも高いことが好ましい。
【0009】
配列番号1のアミノ酸配列はエステル交換リパーゼのシグナルペプチド配列を含むアミノ酸配列であり、配列番号2は配列番号1からシグナルペプチド配列を除外したアミノ酸配列(成熟体のアミノ酸配列)である。
【0010】
「アミノ酸配列の一部の相違」は、例えば、アミノ酸配列を構成するアミノ酸の中の1又は複数のアミノ酸の欠失、置換、アミノ酸配列に対して1又は複数のアミノ酸の付加、挿入、又はこれらの任意の組合せによって生じる。アミノ酸配列の一部の相違はエステル交換活性が保持される限り許容される(活性の多少の変動があってもよい)。この条件を満たす限り、アミノ酸配列の相違する位置は特に限定されない。また、アミノ酸配列の相違が複数の箇所(場所)で生じていてもよい。
【0011】
アミノ酸配列の一部の相違をもたらすアミノ酸の数は、アミノ酸配列を構成する全アミノ酸の例えば約30%未満に相当する数であり、好ましくは約20%未満に相当する数であり、より好ましくは約15%に相当する数であり、更に好ましくは約10%未満に相当する数であり、更に更に好ましくは約7%未満に相当する数であり、更に更に更に好ましくは約5%未満に相当する数であり、一層好ましくは約3%未満に相当する数であり、より一層好ましくは約2%未満に相当する数であり、最も好ましくは約1%未満に相当する数である。従って、等価タンパク質は、基準のアミノ酸配列と例えば約70%以上、好まし4くは約80%以上、より好ましくは約85%以上、更に好ましくは約90%以上、更に更に好ましくは約93%以上、更に更に更に好ましくは約95%以上、一層好ましくは約97%以上、より一層好ましくは約98%以上、最も好ましくは約99%以上の同一性を有する。
【0012】
「アミノ酸配列の一部の相違」の典型例の一つは、アミノ酸配列を構成するアミノ酸の中の1~40個(好ましくは1~30個、より好ましくは1~10個、更に好ましくは1~7個、更に更に好ましくは1~5個、より一層好ましくは1~3個)のアミノ酸の欠失、置換、アミノ酸配列に対して1~40個(好ましくは1~30個、より好ましくは1~10個、更に好ましくは1~7個、更に更に好ましくは1~5個、より一層好ましくは1~3個)のアミノ酸の付加、挿入、又はこれらの組合せによりアミノ酸配列に変異(変化)が生じていることである。
【0013】
好ましくは、エステル交換能に必須でないアミノ酸残基において保存的アミノ酸置換が生じることによって等価なアミノ酸配列が得られる。ここでの「保存的アミノ酸置換」とは、あるアミノ酸残基を、同様の性質の側鎖を有するアミノ酸残基に置換することをいう。アミノ酸残基はその側鎖によって塩基性側鎖(例えばリシン、アルギニン、ヒスチジン)、酸性側鎖(例えばアスパラギン酸、グルタミン酸)、非荷電極性側鎖(例えばグリシン、アスパラギン、グルタミン、セリン、スレオニン、チロシン、システイン)、非極性側鎖(例えばアラニン、バリン、ロイシン、イソロイシン、プロリン、フェニルアラニン、メチオニン、トリプトファン)、β分岐側鎖(例えばスレオニン、バリン、イソロイシン)、芳香族側鎖(例えばチロシン、フェニルアラニン、トリプトファン、ヒスチジン)のように、いくつかのファミリーに分類されている。保存的アミノ酸置換は好ましくは、同一のファミリー内のアミノ酸残基間の置換である。尚、本発明のリパーゼ(配列番号2)の活性残基は87位アミノ酸セリン、264位アミノ酸アスパラギン酸、286位アミノ酸ヒスチジンであると推測されることから、当該アミノ酸残基以外のアミノ酸残基において置換が生じていることが好ましい。
【0014】
ところで、二つのアミノ酸配列の同一性(%)は例えば以下の手順で決定することができる。まず、最適な比較ができるよう二つの配列を並べる(例えば、第一の配列にギャップを導入して第二の配列とのアライメントを最適化してもよい)。第一の配列の特定位置の分子(アミノ酸残基)が、第二の配列における対応する位置の分子と同じであるとき、その位置の分子が同一であるといえる。二つの配列の同一性は、その二つの配列に共通する同一位置の数の関数であり(すなわち、同一性(%)=同一位置の数/位置の総数× 100)、好ましくは、アライメントの最適化に要したギャップの数およびサイズも考慮に入
れる。
【0015】
二つの配列の比較及び同一性の決定は数学的アルゴリズムを用いて実現可能である。配列の比較に利用可能な数学的アルゴリズムの具体例としては、KarlinおよびAltschul (1990) Proc. Natl. Acad. Sci. USA 87:2264-68に記載され、KarlinおよびAltschul (1993) Proc. Natl. Acad. Sci. USA 90:5873-77において改変されたアルゴリズムがあるが、これに限定されることはない。このようなアルゴリズムは、Altschulら(1990) J. Mol. Biol. 215:403-10に記載のNBLASTプログラムおよびXBLASTプログラム(バージョン2.0)に組み込まれている。基準のアミノ酸配列に等価なアミノ酸配列を得るには例えば、XBLASTプログラムでscore = 50、wordlength = 3としてBLASTポリペプチド検索を行えばよい。比較のためのギャップアライメントを得るためには、Altschulら(1997) Amino Acids Research 25(17):3389-3402に記載のGapped BLASTが利用可能である。BLASTおよびGapped BLASTを利用する場合は、対応するプログラム(例えばXBLASTおよびNBLAST)のデフォルトパラメータを使用することができる。詳しくはhttp://www.ncbi.nlm.nih.govを参照されたい。配列の比較に利用可能な他の数学的アルゴリズムの例としては、MyersおよびMiller (1988) Comput Appl Biosci. 4:11-17に記載のアルゴリズムがある。このようなアルゴリズムは、例えばGENESTREAMネットワークサーバー(IGH Montpellier、フランス)またはISRECサーバーで利用可能なALIGNプログラムに組み込まれている。アミノ酸配列の比較にALIGNプログラムを利用する場合は例えば、PAM120残基質量表を使用し、ギャップ長ペナルティ=12、ギャップペナルティ=4とすることができる。
【0016】
二つのアミノ酸配列の同一性を、GCGソフトウェアパッケージのGAPプログラムを用いて、Blossom 62マトリックスまたはPAM250マトリックスを使用し、ギャップ加重=12、10、8、6、又は4、ギャップ長加重=2、3、又は4として決定することができる。
【0017】
本酵素剤の有効成分であるエステル交換リパーゼ、即ち本酵素が、より大きいタンパク質(例えば融合タンパク質)の一部であってもよい。融合タンパク質において付加される配列としては、例えば、多重ヒスチジン残基のような精製に役立つ配列、組み換え生産の際の安定性を確保する付加配列等が挙げられる。
【0018】
本酵素は、当該エステル交換リパーゼを産生する微生物(エステル交換リパーゼ産生株)を培養することにより得ることができる。エステル交換リパーゼ産生株は野生株であっても変異株(例えば紫外線照射によって変異株が得られる)であってもよい。エステル交換リパーゼ産生株の具体例はバークホルデリア・ウボネンシスDSM 17311株(本酵素生産株)である。当該菌株はLeibniz Institut DSMZ(German Collection Microorganisms and Cell Cultures)(Inhoffenstr. 7B, D-38124 Braunschweig, Germany)に保存された菌株であり、所定の手続を経ることにより、入手することができる。変異株は、紫外線、X線、γ線などの照射、亜硝酸、ヒドロキルアミン、N-メチル-N'-ニトロ-N-ニトロソグアニジンなどによる処理等によって得ることができる。変異株は、本酵素を産生する限り限定されない。変異株として、本酵素の生産性が向上した株、夾雑物の生産性が低減した株、培養が容易になった株、培養液からの回収が容易になった株などが挙げられる。
【0019】
本発明者らの検討によって、本発明のリパーゼの諸性質が以下の通り決定された(詳細は後述の実施例を参照)。従って、本酵素をその由来に加え、以下の酵素化学的性質で特定することができる。尚、各酵素化学的性質を評価する際のリパーゼ活性の測定には市販のキットを用いればよい(詳細な測定条件や測定手順は後述の実施例に示す)。
【0020】
(1)作用
本酵素はリパーゼであり、エステル交換反応を触媒する。
【0021】
(2)至適pH
本酵素の至適pHは約8である。至適pHは、例えば、pH3~8のpH域ではマッキルベイン緩衝液(McIlvaine buffer)中、pH9~10のpH域では0.1M Tris-塩酸緩衝液(Tris-HCl)中で測定した結果を基に判断される。
【0022】
(3)pH安定性
本酵素はpH3~10のpH域で安定した活性を示す。例えば、処理に供する酵素溶液のpHがこの範囲内にあれば、30℃、1時間の処理後、最大活性の90%以上の活性を示す。pH安定性は、例えば、pH3~8のpH域ではマッキルベイン緩衝液(McIlvaine buffer)中、pH9~10のpH域では0.1M Tris-塩酸緩衝液(Tris-HCl)中で測定した結果を基に判断される。
【0023】
(4)至適温度
本酵素の至適温度は40℃~70℃である。
【0024】
(5)温度安定性
本酵素は精製水中、20℃~70℃の条件で1時間処理しても90%以上の活性を維持する。
【0025】
本酵素剤の有効成分である本酵素はエステル交換反応を触媒する。本発明におけるエステル交換反応とは、油脂中に含まれる脂肪酸が、グリセロールの1位、2位、3位の水酸基に対して部位非特異的に結合している状態に近づけるエステル交換反応のことを言い、部位非特異的エステル交換反応とも呼ばれる。一方、1位と3位の水酸基に対して特異的なエステル交換反応を1位、3位特異的エステル交換反応と呼ぶ。エステル交換活性の測定ないし評価は、後述の実施例に示した方法(精製パーム油を基質としたエステル交換活性測定方法、カカオ油(カカオバター)を基質としたエステル交換活性評価方法)で行うことができる。精製パーム油(脂肪酸組成PPP:約8%、POP+PPO:約41%、POO:約41%、OOO:約10%)を基質とした評価方法では、精製パーム油はオレイン酸(O)とパルミチン酸(P)を構成脂肪酸として含み、トリグリセリドの脂肪酸組成の比率はおおよそPPP:約8%、POP+PPO:約41%、POO:約41%、OOO:約10%であり、POP+PPO のうち約90%がPOPであるため、トルパルミチン(PPP)は主にエステル交換反応によって増加する。従って、トリパルミチン増加量を指標としてエステル交換活性を評価することができる。一方、カカオ油はオレイン酸、パルミチン酸、ステアリン酸等を構成脂肪酸として含み、主に2位にオレイン酸が結合したトリグリセリドを主成分とする。その為、パルミチン酸が1位、2位、3位の全てに結合しているトルパルミチン(PPP)はエステル交換反応(部位非特異的エステル交換反応)によってのみ生じる(1位又は3位のパルミチン酸を2位のオレイン酸と交換する必要があり、1位、3位特異的なリパーゼで反応をさせた場合は、2位にパルミチン酸が挿入されたトリグリセリドは生じない)。従って、カカオ油を基質とした評価方法では、トリパルミチン生成量を指標としてエステル交換活性を評価することができる。エステル交換能の評価は重量当たりのエステル交換活性で算出して評価することも可能であるが、酵素活性あたりのエステル交換活性を算出することで、エステル交換能(部位非特異的エステル交換反応性)の優劣を適切に評価可能である。
【0026】
後述の実施例に示す通り、本酵素剤の有効成分である本酵素の代表例(配列番号1又は2のアミノ酸配列からなるエステル交換リパーゼ)はエステル交換反応が早く且つ反応効率にも優れる。さらに、油脂に反応させた際のジグリセリドの生成が少なく、加水分解反応よりエステル交換反応が優位となる。従って、本酵素剤を油脂、油脂加工品等の物性の改質・改良に利用すれば(詳細は後述する)、処理時間の短縮化が達成されることに加え、部位非特異的なエステル交換により、処理前とは異なる脂肪酸組成(特に2位の脂肪酸が異なる組成)の油脂になることによる品質の向上(所望の物性の獲得)、さらにはトリグリセリドの収率向上、油脂の品質に悪影響を及ぼすジグリセリド、脂肪酸の生成抑制が
期待できる。
【0027】
本酵素剤における有効成分(本酵素)の含有量は特に限定されないが、例えば、本酵素剤1g当たりの酵素活性が1U~1000U、好ましくは10U~300Uになるように有効成分の含有量を設定ないし調整することができる。本発明の酵素剤は通常、固体状(例えば、顆粒、粉体、或いはシリカや珪藻土、また多孔質ポリマー等の担体表面又は内部に酵素を固定させうる素材に当該酵素を固定化した固定化酵素)又は液体状で提供される。本酵素剤は、有効成分(本酵素)の他、賦形剤、緩衝剤、懸濁剤、安定剤、保存剤、防腐剤、生理食塩水などを含有していてもよい。賦形剤としては乳糖、ソルビトール、D-マンニトール、マルトデキストリン、白糖等を用いることができる。緩衝剤としてはリン酸塩、クエン酸塩、酢酸塩等を用いることができる。安定剤としてはプロピレングリコール、アスコルビン酸等を用いることができる。保存剤としてはフェノール、塩化ベンザルコニウム、ベンジルアルコール、クロロブタノール、メチルパラベン等を用いることができる。防腐剤としては塩化ベンザルコニウム、パラオキシ安息香酸、クロロブタノール等と用いることができる。
【0028】
2.本酵素の製造方法
本発明の更なる局面は本酵素の製造方法を提供する。本発明の製造方法では、本酵素を産生する微生物を培養するステップ(ステップ(1))と培養後の培養液及び/又は菌体よりリパーゼを回収するステップ(ステップ(2))を行う。
【0029】
培養条件や培養法は、本酵素が生産されるものである限り特に限定されない。即ち、本酵素が生産されることを条件として、使用する微生物の培養に適合した方法や培養条件を適宜設定できる。培養法としては液体培養、固体培養のいずれでも良いが、好ましくは液体培養が利用される。液体培養を例にとり、その培養条件を説明する。
【0030】
培地としては、使用する微生物が生育可能な培地であれば、特に限定されない。例えば、グルコース、シュクロース、ゲンチオビオース、可溶性デンプン、グリセリン、デキストリン、糖蜜、有機酸等の炭素源、更に硫酸アンモニウム、炭酸アンモニウム、リン酸アンモニウム、酢酸アンモニウム、あるいは、ペプトン、酵母エキス、コーンスティープリカー、カゼイン加水分解物、ふすま、肉エキス等の窒素源、更にカリウム塩、マグネシウム塩、ナトリウム塩、リン酸塩、マンガン塩、鉄塩、亜鉛塩等の無機塩を添加したものを用いることができる。使用する微生物の生育を促進するためにビタミン、アミノ酸などを培地に添加してもよい。培地のpHは例えば約3~8、好ましくは約4~7程度に調整し、培養温度は通常約20~40℃、好ましくは約25~35℃程度で、1~20日間、好ましくは3~10日間程度好気的条件下で培養する。培養法としては例えば振盪培養法、ジャーファーメンターによる好気的深部培養法が利用できる。
【0031】
以上の条件で培養した後、培養液又は菌体より目的の酵素を回収する(ステップ(2))。培養液から回収する場合には、例えば培養上清をろ過、遠心処理等することによって不溶物を除去した後、限外ろ過膜による濃縮、硫安沈殿等の塩析、透析、イオン交換樹脂等の各種クロマトグラフィーなどを適宜組み合わせて分離、精製を行うことにより本酵素を得ることができる。他方、菌体内から回収する場合には、例えば菌体を加圧処理、超音波処理などによって破砕した後、上記と同様に分離、精製を行うことにより本酵素を得ることができる。尚、ろ過、遠心処理などによって予め培養液から菌体を回収した後、上記一連の工程(菌体の破砕、分離、精製)を行ってもよい。
【0032】
本酵素は、遺伝子工学的手法によっても容易に調製することができる。例えば、本酵素をコードするDNA(一例として、配列番号1のアミノ酸配列からなる本酵素をコードするDNA配列を配列番号3に、配列番号2のアミノ酸配列からなる本酵素をコードするDNA配列を配列番号4にそれぞれ示す)で適当な宿主細胞(例えば大腸菌)を形質転換し、形質転換体内で発現されたタンパク質を回収することにより調製することができる。回収されたタンパク質は目的に応じて適宜精製される。このように組換えタンパク質として本酵素を得ることにすれば種々の修飾が可能である。例えば、本酵素をコードするDNAと他の適当なDNAとを同じベクターに挿入し、当該ベクターを用いて組換えタンパク質の生産を行えば、任意のペプチドないしタンパク質が連結された組換えタンパク質からなる本酵素を得ることができる。また、糖鎖及び/又は脂質の付加や、あるいはN末端若しくはC末端のプロセッシングが生ずるような修飾を施してもよい。以上のような修飾により、組換えタンパク質の抽出、精製の簡便化、又は生物学的機能の付加等が可能である。
【0033】
通常は、以上のように適当な宿主-ベクター系を利用して遺伝子の発現~発現産物(本酵素)の回収を行うが、無細胞合成系を利用することにしてもよい。ここで、「無細胞合成系(無細胞転写系、無細胞転写/翻訳系)」とは、生細胞を用いるのではく、生細胞由来の(或いは遺伝子工学的手法で得られた)リボソームや転写・翻訳因子などを用いて、鋳型である核酸(DNAやmRNA)からそれがコードするmRNAやタンパク質をin vitroで合成することをいう。無細胞合成系では一般に、細胞破砕液を必要に応じて精製して得られる細胞抽出液が使用される。細胞抽出液には一般に、タンパク質合成に必要なリボソーム、開始因子などの各種因子、tRNAなどの各種酵素が含まれる。タンパク質の合成を行う際には、この細胞抽出液に各種アミノ酸、ATP、GTPなどのエネルギー源、クレアチンリン酸など、タンパク質の合成に必要なその他の物質を添加する。勿論、タンパク質合成の際に、別途用意したリボソームや各種因子、及び/又は各種酵素などを必要に応じて補充してもよい。
【0034】
タンパク質合成に必要な各分子(因子)を再構成した転写/翻訳系の開発も報告されている(Shimizu, Y. et al.: Nature Biotech., 19, 751-755, 2001)。この合成系では、バクテリアのタンパク質合成系を構成する3種類の開始因子、3種類の伸長因子、終結に関与する4種類の因子、各アミノ酸をtRNAに結合させる20種類のアミノアシルtRNA合成酵素、及びメチオニルtRNAホルミル転移酵素からなる31種類の因子の遺伝子を大腸菌ゲノムから増幅し、これらを用いてタンパク質合成系をin vitroで再構成している。本発明ではこのような再構成した合成系を利用してもよい。
【0035】
用語「無細胞転写/翻訳系」は、無細胞タンパク質合成系、in vitro翻訳系又はin vitro転写/翻訳系と交換可能に使用される。in vitro翻訳系ではRNAが鋳型として用いられてタンパク質が合成される。鋳型RNAとしては全RNA、mRNA、in vitro転写産物などが使用される。他方のin vitro転写/翻訳系ではDNAが鋳型として用いられる。鋳型DNAはリボソーム結合領域を含むべきであって、また適切なターミネータ配列を含むことが好ましい。尚、in vitro転写/翻訳系では、転写反応及び翻訳反応が連続して進行するように各反応に必要な因子が添加された条件が設定される。
【0036】
上記のようにして得られた精製酵素を、例えば凍結乾燥や真空乾燥或いはスプレードライなどにより粉末化して提供することも可能である。その際、精製酵素を予め酢酸緩衝液、リン酸緩衝液、トリエタノールアミン緩衝液、トリス塩酸緩衝液やGOODの緩衝液に溶解させておいてもよい。好ましくは、酢酸緩衝液、リン酸緩衝液、トリエタノールアミン緩衝液を使用することができる。尚、ここでGOODの緩衝液としてはPIPES、MES又はMOPSが挙げられる。
【0037】
酵素の精製度は特に限定されないが、例えば加水分解活性の比活性が1~100000(U/μg)、好ましくは比活性が10~20000(U/μg)の状態に精製することができる。また、最終的な形態は液体状であっても固体状(粉体状を含む)であってもよい。
【0038】
3.本酵素剤/本酵素の用途(油脂のエステル交換法)
本発明の更なる局面は本酵素剤/本酵素の用途に関し、本酵素剤又は本酵素を用いた油脂のエステル交換法を提供する。本発明のエステル交換法では本酵素剤又は本酵素を油脂に作用させるステップを行い、当該ステップによって油脂のエステル交換、即ち、油脂中のトリアシルグリセロール(TG又はTAGと略称される)の構成脂肪酸を再編成(再配列)させる。
【0039】
本発明のエステル交換法によって処理可能な油脂として、大豆油、ナタネ油、米油、コーン油、ひまわり油、綿実油、落花生油、サフラワー油、パーム油、パーム軟質油、パーム分別油、パーム核油、ヤシ油、カカオバター等の植物油脂、魚油、ラード、牛脂、乳脂等の動物油脂及びこれらの分別油、硬化油、トリラウリン、トリオレイン、トリパルミチン等の合成油脂を例示することができる。本発明のエステル交換法は、油脂同士のエステル交換の他、油脂と脂肪酸又は脂肪酸エステルとの間のエステル交換に利用可能である。脂肪酸の例はステアリン酸、パルミチン酸、ラウリン酸、アラキジン酸、ベヘン酸、オレイン酸、リノール酸であり、脂肪酸エステルの例はステアリン酸エチル、パルミチン酸エチル、オレイン酸エチル、リノール酸エチルである。
【0040】
本発明のエステル交換法では、本酵素剤又は本酵素を油脂に添加し、例えば30~100℃、好ましくは35~80℃の条件下、所定時間(例えば1時間~48時間)反応させる。反応を促進させるために、反応中は攪拌するとよい。
【0041】
本酵素剤又は本酵素を固定化処理に供し、固定化酵素による反応を行うことにしてもよい。固定化酵素による反応には、回分式攪拌槽型反応器、流通式攪拌槽型反応器、充填層型反応器、流動層型反応器等を利用できる。
【0042】
本発明のエステル交換法は油脂又は油脂加工品(例えばショートニング、マーガリン)の物性の改質・改良に有用である。例えば、展延性の向上、エマルジョン安定性の向上、固体脂含有値(SFC)の最適化、固化性の向上、特定の脂肪酸の選択的濃縮、低トランス酸油脂又は低トランス酸油脂加工品の製造等を目的として、本発明のエステル交換法を適用することができる。本発明のエステル交換法を適用して得られる油脂又はそれを含む油脂加工品は、処理前に比して物性に改善を認め、産業上の利用価値が高い。
【0043】
以上の説明から明らかな通り、本発明のエステル交換法によればエステル交換油脂を製造することができる。即ち、本発明はエステル交換油脂の製造方法も提供することになる。典型的には、本発明のエステル交換油脂の製造方法では、受容体基質(油脂(トリグリセリド)、グリセリン脂肪酸エステル(ジグリセリド、モノグリセリド)、グリセリン)と供与体基質(脂肪酸、エステル化合物(脂肪酸エステルなど)若しくは油脂(受容体基質と同じでもよい))を準備し、本酵素剤又は本酵素を作用させる(即ち受容体基質と供与体基質の存在下での酵素反応を行う)。受容体基質や供与体基質に使用される油脂、脂肪酸、脂肪酸エステルは上記のものを使用することができる。酵素反応の条件は上記の条件(例えば30~100℃、好ましくは35~80℃の条件下、所定時間(例えば1時間~48時間)反応させる)を採用することができる。
【実施例0044】
1.本リパーゼの調製
殺菌後の前培養培地に、本酵素生産株を接種し、30℃で3日間培養し、前培養液を得た。
<前培養培地>
Yeast extract(ベクトン・ディッキンソン株式会社製) 0.5%
Bacto Peptone(ベクトン・ディッキンソン株式会社製) 1.0%
塩化ナトリウム(富士フイルム和光純薬株式会社製) 0.5%
pH 7.2
【0045】
蒸気殺菌後の本培養培地に、前培養液を添加し、30℃で3日間振とう培養し、培養液を取得した。
<本培養培地>
大豆油2.0%
ペプトン0.5%(Difco社製)
肉エキス0.3%(Difco社製)
リン酸二水素カリウム0.1%
硫酸マグネシウム7水和物0.02%
硫酸鉄(II)7水和物0.001%
アデカノールLG-126(株式会社ADEKA製) 0.2%
【0046】
得られた培養液を遠心分離し、培養上清を回収した。培養上清を珪藻土濾過に供し、清澄液を得た。清澄液を限外濾過により濃縮脱塩し、得られた脱塩液を凍結乾燥することにより粗精製酵素粉末(本リパーゼ)とした。SDS-PAGEにて本リパーゼの分子量を確認した結果、約33kDaであることが判明した。
【0047】
リゾパス・オリゼ(Rhizopus oryzae)由来のリパーゼ(リパーゼDF)、シュードモナス・フルオレセンス(Pseudomonas fluorescens)由来のリパーゼ(リパーゼAK)、バークホルデリア・セパシア(Burkholderia cepacia)由来のリパーゼ(リパーゼPS)、ペニシリウム・カマンベルティ(Penicilliumcamembertii)由来のリパーゼ(リパーゼG)はそれぞれ天野エンザイム株式会社より入手した。
【0048】
2.加水分解活性当たりのエステル交換活性の検討
(1)評価方法
精製パーム油(有限会社いまじん社、脂肪酸組成PPP:約8%、POP:約41%、POO:約41%、OOO:約10%)を60℃で使用直前に溶解する。使用する酵素0.2 gをスクリューキャップ付き100 mL容三角フラスコに秤量する。溶解済み精製パーム油20 mLを加える。加えた時点をt = 0とする。60℃、160 rpmで振盪する。開始30分後、60分後、120分後にサンプリングし(10 μL)、1 mL Hexaneに溶解する。0.45μmフィルターを通したサンプルをガスクロマトグラフィー(GC)分析に供し、トリパルミチン(PPP)の生成量を測定する。精製パーム油のトリアシルグリセロールの総量(Total TAG)に対するPPP量(PPP)の比率(%)を算出し、反応前と反応後の差をPPP増加量(%)とする。リパーゼBUの加水分解活性を1とした時の各酵素の加水分解活性の比率を持って、各酵素におけるPPP増加量をかけた数値で比較することで、加水分解活性当たりのエステル交換活性を評価した。加水分解活性はリパーゼキットSを用いて測定した。発色原液250μLに、キット付属の緩衝液250μLと精製水2000μLを加えて発色液とする。発色液1 mL、5 mg/mL 酵素液を適当な濃度に希釈した希釈液50μL、及びエステラーゼ阻害剤20μLを試験管に入れ、30℃で5分間保温後、基質液100μLを添加し、さらに30℃で30分反応後、反応停止液2 mLを入れる。反応停止後のサンプル全量を15 mLチューブに移し、8000gで1分間遠心分離後、上清を回収し、412 nmで吸光度を測定する。反応停止液添加後に酵素液、エステラーゼ阻害剤を入れたものをブランクとして、以下の計算式から算出した。
U/mg=(A412 sample-A412 blank) × 1/0.05 × 1/5 × n)
(但し、A412 sampleはサンプルの412nmの吸光度、A412 blankはブランク16
の412nmの吸光度、0.05はサンプル添加量(mL)、5は酵素液の濃度(5mg/mL)、n
は酵素液の希釈倍数)
【0049】
GC分析条件
カラム: DB-1ht (5 m)
検出器: FID
オーブン温度: 初期120℃で1分保持→昇温25℃/min(150℃まで)→昇温30℃/min(260℃まで)→昇温20℃/min(370℃まで)→370℃で3分保持気化室温度: 370℃
検出器温度: 370℃
注入量: 1μL
カラム入口圧: 100 kpa(インジェクション時のみ)
キャリアガス: He
スプリット比: 1:50
【0050】
(2)結果
本リパーゼは他のリパーゼと比較して加水分解活性当たりのエステル交換
活性が高いことが判明した(
図1、表1)。
【表1】
評価結果(PPP増加量(%)/加水分解活性の比較)のまとめ
【0051】
3.酵素活性当たりのエステル交換活性の検討
(1)酵素活性評価方法(GC)
トリオレイン(東京化成工業)2.5 mLをスクリューバイアルに添加する。
各リパーゼ粉末を一定量計量し、添加、60℃オイルバス中で攪拌しながら、予熱する。パルミチン酸メチル(東京化成工業)3.0 mLを添加、60℃で反応開始する。経時的にサンプリングを実施(30μL サンプル/1.0mL Hexane)し、生成したオレイン酸メチルの量をガスクロマトグラフィー(GC)で測定する。本反応条件で1分間に1μmolのオレイン酸メチルを生成する酵素量を1Uとし、以下の計算式により算出する。
酵素活性(U/g)=A / a ×33× (1/T)×(1/G)×5.5
(A:オレイン酸メチルのエリア面積、a:検量線の傾き、1/T:反応時間1min
への換算、1/G:試料1gへの換算)
【0052】
GC分析条件
カラム: DB-1HT(長さ:5 m、膜厚:0.1μm、内径:0.25 mm)
検出器: FID
オーブン温度: 初期50℃、昇温40℃/min、最終370℃
気化室温度: 370℃
検出器温度: 370℃
注入量: 1μL
カラム入口圧: 100kPa
キャリアガス: He
スプリット比: 1:50
【0053】
(2)エステル交換活性評価方法(GC)
酵素活性3 U分の酵素液を凍結乾燥し、カカオ油3 mLと超純水6μLを添加し、撹拌しながら60℃で反応を開始した。反応1日後と4日後にサンプリングを実施し、GCにより、指標であるトリパルミチン(PPP)の割合を測定した。
【0054】
GC分析条件
カラム: DB-1HT(長さ:5 m、膜厚:0.1μm、内径:0.25 mm)
検出器: FID
カラム温度: 120℃で4分→150℃まで昇温(20℃/分)→315℃まで昇温(0℃/分)
→315℃で3分→325℃まで昇温(1.5℃/分)→370℃まで昇温(30℃/分)→370℃で2分
キャリアガス: He
スプリット比: 50:1
分析: ピーク総面積からPPPの割合を算出
【0055】
(3)結果
本リパーゼは他のリパーゼと比較して酵素活性当たりのエステル交換活性が高いことが判明した(表2)。
【表2】
各サンプルの酵素添加量とPPP上昇量
【0056】
4.油脂組成変化の検討
(1)評価方法
精製パーム油(有限会社いまじん社、脂肪酸組成PPP:8%、POP:41%、POO:41%、OOO:10%)を60℃で使用直前に溶解する。使用する酵素1 gをスクリューキャップ付き100 mL容三角フラスコに秤量する。溶解済み精製パーム油20 mLを加える。加えた時点をt = 0とする。60℃、160 rpmで振盪する。開始120分後にサンプリングし(10 μL)、1 mL Hexaneに溶解する。0.45μmフィルターに通したサンプルをガスクロマトグラフィー(GC)分析に供し、でトリグリセリド(TG)、ジグリセリド(DG)、モノグリセリド(MG)、遊離脂肪酸(FFA)の比率(%)を測定し、油脂組成の変化を確認した。尚、この評価には、本リパーゼを常法に従い珪藻土に固定化した本リパーゼ(固定化)を使用し、市販のサーモマイセス・ラヌゲノウス由来の固定化リパーゼ(比較品1)と比較した。
【0057】
GC分析条件
カラム: DB-1ht(5 m)
検出器: FID
オーブン温度: 初期120℃で1分保持→昇温25℃/min(150℃まで)→昇温30℃/min(260℃まで)→昇温20℃/min(370℃まで)→370℃で3分保持
気化室温度: 370℃
検出器温度: 370℃
注入量: 1μL
カラム入口圧: 100 kpa(インジェクション時のみ)
キャリアガス: He
スプリット比: 1:50
【0058】
(2)結果
本リパーゼ(固定化)は比較品1と比較してトリグリセリドの比率が高く、副産物である部分グリセリド(ジグリセリド、モノグリセリド)、遊離脂肪酸の生成が少なく、産業上有用であることが判明した(表3)。
【表3】
油脂組成(トリグリセリド(TG)、ジグリセリド(DG)、モノグリセリド
(MG)、遊離脂肪酸(FFA)の比率(%))の比較
【0059】
更なる検討として、本リパーゼ(固定化)ならびに比較対象の固定化酵素2種類を使用し、油脂中で反応させた。比較対象には、市販のサーモマイセス・ラヌゲノウス由来の固定化リパーゼ(比較品1)および市販のリゾムコール・ミーヘイ由来の固定化リパーゼ(比較品2)を使用した。反応系は上記(1)に記載の方法に準じ、精製パーム油20 mLに対して各酵素を2.0 g添加した試験区と、添加しない試験区を設けた。反応開始1時間の時点でサンプルを分取し、上記GC分析条件に記載の条件で分析した。
【0060】
分析の結果、本リパーゼは比較対象品と比べて、DG、FFAの生成能が低いので、加水分解反応よりもエステル交換反応が主に起きていると推察される。さらに本リパーゼは、比較対象の酵素に比べ、TG中のトリパルミチン(PPP)比率が大きく増加しているため、POP、POO、OOOをPPPに変換する能力に優れており、産業上有用であると言える(表4)。
【表4】
油脂組成(%):トリグリセリド(TG)、ジグリセリド(DG)、モノグリセリド(MG)、遊離脂肪酸(FFA)の総量を100%としたときのTG、DG、MG、FFA、PPPの存在比率(%)
TG中のPPP比率の増加量(%):トリグリセリド(TG)中のトリパルミチン(PPP)の比率(%)の酵素非添加に対する増加量((酵素添加時のTG中のPPP比率)-(酵素非添加時のTG中のPPP比率))
【0061】
5.本リパーゼの酵素学的性質の確認
5-1.至適pH
(1)方法
McIlvaine buffer(pH3, 4, 5, 6, 7, 8)と0.1 mol/L Tris-HCl(p 9, 9.5)を調製する。リパーゼキットSを用いて各pHにおける活性を測定した。発色原液250μLに、使用するバッファー2250 μLを加えて発色液とする。発色液1 mL、適当な濃度に希釈した酵素液50μL、及びエステラーゼ阻害剤20μLを試験管に入れ、30℃で5分間保温後、基質液100μLを添加し、さらに30℃で30分反応後、反応停止液2 mLを入れる。反応停止後のサンプル全量を15 mLチューブに移し、8000gで1分間遠心分離後、上清を回収し、412 nmで吸光度を測定する。反応液のpH 実測値がpH 7.9(McIlvaine buffer pH 8.0を使用したサンプル)のサンプルの活性を100%としたときの相対活性で評価した。尚、反応停止液添加後に酵素液、エステラーゼ阻害剤を入れたものをブランクとして使用した。
【0062】
(2)結果
本リパーゼの至適pHは約8であることが判明した(
図2)。
【0063】
5-2.pH安定性
(1)方法
McIlvaine buffer(pH3, 4, 5, 6, 7, 8)と0.1 mol/L Tris-HCl(pH9, 10)を調製する。上記バッファーを用いて15 mg/mL 酵素液を調整し、30℃で1時間処理後、リパーゼキットSに付属の緩衝液を等量加えて混合し、処理サンプルとする。リパーゼキットSを用いて処理サンプルの活性を測定した。発色液1 mL、適当な濃度に希釈した処理サンプル50μL、及びエステラーゼ阻害剤20μLを試験管に入れ、30℃で5分間保温後、基質液100μLを添加して、さらに30℃で30分反応後、反応停止液2 mLを入れる。反応停止後のサンプル全量を15 mLチューブに移し、8000gで1分間遠心分離後、上清を回収し、412 nmで吸光度を測定する。30℃で1時間処理した酵素液のpH 実測値がpH 3.1(McIlvaine buffer pH 3.0を使用したサンプル)のサンプルの活性を100%としたときの相対活性で評価した。尚、反応停止液添加後に酵素液、エステラーゼ阻害剤を入れたものをブランクとして使用した。
【0064】
(2)結果
本リパーゼはpH3~10で安定であることが判明した(
図3)。
【0065】
5-3.至適温度
(1)方法
リパーゼキットSを用いて各温度における活性を測定した。発色液1 mL、適当な濃度に希釈した酵素液50μL、及びエステラーゼ阻害剤20μLを試験管に入れ、各温度(20、30、40、50、60、70℃)で5分間保温後、基質液100μLを添加して、さらに30分反応後、反応停止液2 mLを入れる。反応停止後のサンプル全量を15 mLチューブに移し、8000gで1分間遠心分離後、上清を回収し、412 nmで吸光度を測定する。40℃での活性を100%としたときの相対活性で評価した。尚、反応停止液添加後に酵素液、エステラーゼ阻害剤を入れたものをブランクとして使用した。
【0066】
(2)結果
本リパーゼの至適温度は40~70℃であることが判明した(
図4)。
【0067】
5-4.温度安定性
(1)方法
酵素粉末を5 mg/mLになるように精製水に溶解後、各温度で1時間処理する。リパーゼキットSを用いて処理サンプルの活性を測定した。発色液1 mL、適当な濃度に希釈した処理サンプル50μL、及びエステラーゼ阻害剤20μL試験管に入れ、30℃で5分間保温後、基質液100μLを添加して、さらに30℃で30分反応後、反応停止液2 mLを入れる。反応停止後のサンプル全量を15 mLチューブに移し、8000gで1分間遠心分離後、上清を回収し、412 nmで吸光度を測定する。30℃で1時間処理したサンプルの活性を100%としたときの相対活性で評価した。尚、反応停止液添加後に酵素液、エステラーゼ阻害剤を入れたものをブランクとして使用した。
【0068】
(2)結果
本リパーゼは20~70℃で安定であることが判明した(
図5)。
【0069】
6.配列情報の確認
ゲノム解析により抽出された本リパーゼのアミノ酸配列及びそれをコードする塩基配列を配列表に示す。尚、配列番号と各配列の対応関係は以下の通りである。
配列番号1:アミノ酸配列(シグナルペプチド含む)
配列番号2:アミノ酸配列(成熟体)
配列番号3:塩基配列(シグナル配列を含む)
配列番号4:塩基配列(成熟体)
本発明の酵素剤は特に食品用途での使用に適する。例えば、マーガリンやショートニング等の食用油脂の改質に利用される。また、様々なエステル交換油脂の製造への利用も期待される。
この発明は、上記発明の実施の形態及び実施例の説明に何ら限定されるものではない。特許請求の範囲の記載を逸脱せず、当業者が容易に想到できる範囲で種々の変形態様もこの発明に含まれる。本明細書の中で明示した論文、公開特許公報、及び特許公報などの内容は、その全ての内容を援用によって引用することとする。