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特開2023-171739iPS細胞から角膜内皮代替細胞を誘導する方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023171739
(43)【公開日】2023-12-05
(54)【発明の名称】iPS細胞から角膜内皮代替細胞を誘導する方法
(51)【国際特許分類】
   C12N 5/00 20060101AFI20231128BHJP
   C12N 5/10 20060101ALI20231128BHJP
   C12N 5/071 20100101ALI20231128BHJP
   A61K 35/12 20150101ALI20231128BHJP
   A61K 35/545 20150101ALI20231128BHJP
   A61L 27/38 20060101ALI20231128BHJP
   A61P 27/02 20060101ALI20231128BHJP
   C12N 15/12 20060101ALN20231128BHJP
【FI】
C12N5/00 ZNA
C12N5/10
C12N5/071
A61K35/12
A61K35/545
A61L27/38
A61L27/38 100
A61L27/38 300
A61P27/02
C12N15/12
【審査請求】有
【請求項の数】4
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023144028
(22)【出願日】2023-09-05
(62)【分割の表示】P 2019566486の分割
【原出願日】2019-01-16
(31)【優先権主張番号】P 2018005076
(32)【優先日】2018-01-16
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成27年度、国立研究開発法人日本医療研究開発機構、再生医療実用拠点ネットワークプログラム再生医療の実現化ハイウェイ「iPS細胞を用いた角膜再生治療法の開発」に係る委託事業、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願;平成28年度、国立研究開発法人日本医療研究開発機構、再生医療実用化研究事業「iPS細胞由来治療用角膜内皮代替細胞に関する臨床研究」に係る委託事業、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(71)【出願人】
【識別番号】598121341
【氏名又は名称】慶應義塾
(74)【代理人】
【識別番号】100136629
【弁理士】
【氏名又は名称】鎌田 光宜
(74)【代理人】
【識別番号】100080791
【弁理士】
【氏名又は名称】高島 一
(74)【代理人】
【識別番号】100125070
【弁理士】
【氏名又は名称】土井 京子
(74)【代理人】
【識別番号】100121212
【弁理士】
【氏名又は名称】田村 弥栄子
(74)【代理人】
【識別番号】100174296
【弁理士】
【氏名又は名称】當麻 博文
(74)【代理人】
【識別番号】100137729
【弁理士】
【氏名又は名称】赤井 厚子
(72)【発明者】
【氏名】榛村 重人
(72)【発明者】
【氏名】羽藤 晋
(72)【発明者】
【氏名】坪田 一男
(57)【要約】      (修正有)
【課題】iPS細胞から角膜内皮代替細胞を誘導する為の培地、方法、該方法により得られた角膜内皮代替細胞、及びそれを用いた医薬等を提供する。
【解決手段】本発明の、インスリン様成長因子及びSTAT3活性化剤を含有し、且つ塩基性線維芽細胞増殖因子及びROCK阻害剤を含有しないことを特徴とする、iPS細胞から角膜内皮代替細胞を誘導する為の培地及び当該培地を用いてiPS細胞から角膜内皮代替細胞を誘導する方法により、角膜内皮代替細胞を効率的に製造する、特にiPS細胞から角膜内皮代替細胞を効率的に製造することが可能になる。さらにiPS細胞をより効率的に角膜内皮代替細胞へと分化誘導することによって角膜内皮代替細胞を多量に安定して製造することが可能になる。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
インスリン様成長因子及びSTAT3活性化剤を含有し、且つ塩基性線維芽細胞増殖因子及びROCK阻害剤を含有しないことを特徴とする、iPS細胞から角膜内皮代替細胞を誘導する為の培地。
【請求項2】
インスリン様成長因子がIGF1である、請求項1記載の培地。
【請求項3】
STAT3活性化剤がLIF及び/又はIL-6である、請求項1又は2記載の培地。
【請求項4】
さらに、ケラチノサイト成長因子を含有する、請求項1~3のいずれか1項に記載の培地。
【請求項5】
さらに、TGF-beta 1を含有する、請求項1~4のいずれか1項に記載の培地。
【請求項6】
さらに、副腎ホルモンを含有する、請求項1~5のいずれか1項に記載の培地。
【請求項7】
副腎ホルモンが副腎皮質ホルモンである、請求項6記載の培地。
【請求項8】
副腎皮質ホルモンが、ミネラルコルチコイド及び/又はグルココルチコイドである、請求項7記載の培地。
【請求項9】
ミネラルコルチコイドがアルドステロンである、請求項8記載の培地。
【請求項10】
グルココルチコイドがデキサメサゾン及び/又はヒドロコルチゾンである、請求項8記載の培地。
【請求項11】
さらにアスコルビン酸を含有する、請求項1~10のいずれか1項に記載の培地。
【請求項12】
インスリン様成長因子及びSTAT3活性化剤を含有し、且つ塩基性線維芽細胞増殖因子及びROCK阻害剤を含有しないことを特徴とする培地で接着培養することを特徴とする、iPS細胞から角膜内皮代替細胞を製造する方法。
【請求項13】
インスリン様成長因子がIGF1である、請求項12記載の方法。
【請求項14】
STAT3活性化剤がLIF及び/又はIL-6である、請求項12記載の方法。
【請求項15】
培地が、さらに、ケラチノサイト成長因子を含有する、請求項12~14のいずれか1項に記載の方法。
【請求項16】
培地が、さらに、TGF-beta 1を含有する、請求項12~15のいずれか1項に記載の方法。
【請求項17】
培地が、さらに、副腎ホルモンを含有する、請求項12~16のいずれか1項に記載の方法。
【請求項18】
副腎ホルモンが副腎皮質ホルモンである、請求項17記載の方法。
【請求項19】
副腎皮質ホルモンが、ミネラルコルチコイド及び/又はグルココルチコイドである、請求項18記載の方法。
【請求項20】
ミネラルコルチコイドがアルドステロンである、請求項19記載の方法。
【請求項21】
グルココルチコイドがデキサメサゾン及び/又はヒドロコルチゾンである、請求項19記載の方法。
【請求項22】
さらにアスコルビン酸を含有する、請求項12~21のいずれか1項に記載の方法。
【請求項23】
請求項1~11のいずれか1項に記載の培地で接着培養することを特徴とする、iPS細胞から角膜内皮代替細胞を製造する方法。
【請求項24】
角膜内皮細胞様の性状及び機能を有し、且つ、NR3C2(nuclear receptor subfamily 3,group C, member 2)の遺伝子発現量が増強されていることを特徴とする、角膜内皮細胞の代替となり得る細胞。
【請求項25】
角膜内皮細胞様の性状及び機能が、以下の要件の1以上を満たすものである、請求項24記載の細胞:
(i)細胞間接着がN-cadherinで構成されている、
(ii)細胞間にtight junctionが形成されている、
(iii)細胞膜上にNa,K-ATPase α1 subunitを発現する、
(iv)細胞核に転写因子PITX2の発現が観察される。
【請求項26】
請求項12~23のいずれか1項に記載の方法により製造された請求項24又は25記載の細胞。
【請求項27】
NR3C2の遺伝子発現量が、角膜内皮細胞株のB4G12細胞の発現量以上である、請求項24~26のいずれか1項に記載の細胞。
【請求項28】
請求項24~27のいずれか1項に記載の角膜内皮代替細胞を含む、医薬。
【請求項29】
移植用である、請求項28記載の医薬。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、iPS細胞から角膜内皮代替細胞を誘導する方法に関する。さらに本発明は、該方法により得られた角膜内皮代替細胞、並びにそれを用いた医薬等に関する。
【背景技術】
【0002】
角膜内皮細胞の減少などの角膜内皮の損傷により、上記の角膜内皮細胞の機能が損なわれ、角膜実質部に浮腫が生じる。これは角膜の透明性の低下を招き、視力を低下させる。このような状態は、水疱性角膜症と呼ばれている。一方で、ヒトの角膜内皮細胞は、一度障害を受けると再生する能力をほとんど持たないことが知られている。従って、なんらかの傷害により角膜内皮細胞が減少した場合、その治療は角膜移植が有効な、唯一の手段となる。実際、角膜移植適応例の約半数は角膜内皮機能不全による水疱性角膜症が占める。
【0003】
現在、角膜内皮損傷患者は、角膜の上皮、実質及び内皮の3層構造の全てを移植する全層角膜移植により処置されている。全層角膜移植は、確立された技術ではあるが、日本での角膜提供は不足しているのが現状であり、また、拒絶反応が問題となる。かかる問題点を解消するために、損傷を受けた組織のみを移植する「パーツ移植」が普及しつつある。角膜内皮を温存して、ドナーの上皮と実質のみを移植する深層層状角膜移植(Deep Lamellar Keratoplasty:DLKP)や内皮を含む一部の角膜だけを移植する角膜内皮移植等が知られている。しかしながら、例えば角膜内皮移植の場合、その移植材料の供給源となるのは依然として角膜内皮そのものであり、角膜の提供者が限られていることを鑑みれば、全層角膜移植同様、ドナー不足の問題点を克服することができない。さらに角膜内皮細胞は培養が難しく、移植に十分な数の培養細胞を調製することには時間的及び費用的な負担が大きい。
【0004】
ドナー不足の問題点を解決する為に、角膜内皮細胞乃至角膜内皮細胞と同等の機能を有する角膜内皮細胞の代替となる細胞の創製が試みられている。
【0005】
iPS細胞から角膜内皮細胞(実際は、角膜内皮細胞に特異的な表面マーカー等の発現が確認されていない為、角膜内皮細胞に近い性質の細胞)への誘導法に関しては、ウシ血清、マトリゲル、基礎培地にHE-SFM(成分不明)等を使って誘導する方法が報告されている(非特許文献1)。ES細胞から誘導する方法としては、ウシ血清、ウシ角膜内皮細胞のConditioned mediumを使って誘導する方法(非特許文献2)や、ウシ血清、ウシ下垂体抽出物等を使って誘導する方法(非特許文献3)が報告されている。しかしながら、いずれもウシ血清等、動物由来成分の添加物に頼っているために、幹細胞から角膜内皮への誘導のメカニズムが解明できているとはいえず、また生物由来原料を用いるという点からも、臨床研究に使えるレベルの製造方法とは言えない。また、これらの方法はiPS細胞/ES細胞から神経堤細胞への誘導を経て、その後に角膜内皮細胞へ誘導するという手順で行われている。
【0006】
本発明者らは、これまでに角膜内皮細胞と同等の機能を有する、角膜内皮細胞の代替となる細胞の製造方法を見出し報告している(特許文献1)が、該方法もiPS細胞から神経堤細胞を経て角膜内皮細胞へと誘導する方法である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】日本国特許第6041270号公報
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】Invest Ophthalmol Vis Sci. 2016 Dec 1;57(15):6878-6884.
【非特許文献2】Exp Eye Res. 2016 Oct;151:107-14.
【非特許文献3】PLoS One. 2015 Dec 21;10(12):e0145266.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
iPS細胞あるいはES細胞から誘導した目的細胞を臨床研究あるいは治験を経て、最終製品化するためには、できるだけ単純化・効率化された製造工程であり、かつ、製造工程中の原材料が明らか(chemically defined)であり、動物由来成分を含まないことが望まれる。また、目的細胞への誘導メカニズムが把握されており、それに基づき、製造工程中に誘導がうまくいっていることをチェックできる評価方法が確立されていることが、より好ましいことは言うまでもない。
【0010】
現在のところiPS細胞やES細胞から誘導された細胞で、角膜内皮細胞に特異的な表面マーカー等で確立されたものが無く、したがってどれほど角膜内皮細胞に似ていても角膜内皮細胞そのものであると証明することは不可能である。従って、本発明者らは、角膜内皮細胞と同等の機能を有する細胞を角膜内皮代替細胞と称し、特にiPS細胞から誘導される細胞をiPS細胞由来角膜内皮代替細胞(CECSi細胞; Corneal Endothelial Cell Substitute from iPS cells)と称し、該CECSi細胞を効率的に製造する方法の確立を試みてきた。
【0011】
従来技術では、iPS細胞やES細胞から角膜内皮代替細胞へ誘導するには、いったん神経堤細胞への誘導を経る必要があったが、そのために作業工程が複雑化してしまうのが問題であった。また、過去の報告による誘導法では、上記のようにウシ血清等、動物由来成分の添加物に頼っているために、いずれも幹細胞から角膜内皮代替細胞への誘導のメカニズムが解明できているとはいえず、また生物由来原料を用いているという点からも、臨床研究に使えるレベルの製造方法では無かった。
【0012】
従って、本願発明は(1)iPS細胞から神経堤細胞への誘導工程を経ずに直接的に、CECSi細胞を誘導し、これを用いて水疱性角膜症等の角膜内皮細胞の移植を必要とするような疾患を治療する、新しい角膜内皮再生医療を提供すること、及び(2)CECSi細胞の製造工程において、該細胞の誘導に用いる足場素材および培地成分を完全にゼノフリーで化学的に定義づけられた(Xeno free, chemically defined)環境とすることを目的とする。さらに、本願発明は、首尾よくCECSi細胞が誘導されているかどうか、誘導効率を製造工程中に確認し得る評価方法の提供を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明者らは、上記課題に鑑み、鋭意検討した結果、iPS細胞を、特定の分化誘導因子を含む培地中で接着培養することにより、神経堤細胞への誘導工程を経ることなく直接的、且つ効率的にCECSi細胞へと分化誘導させることが可能なことを見出して本発明を完成するに至った。
【0014】
即ち、本発明は、以下を提供する。
[1]インスリン様成長因子及びSTAT3活性化剤を含有し、且つ塩基性線維芽細胞増殖因子及びROCK阻害剤を含有しないことを特徴とする、iPS細胞から角膜内皮代替細胞を誘導する為の培地。
[2]インスリン様成長因子がIGF1である、上記[1]記載の培地。
[3]STAT3活性化剤がLIF及び/又はIL-6である、上記[1]又は[2]記載の培地。
[4]さらに、ケラチノサイト成長因子を含有する、上記[1]~[3]のいずれかに記載の培地。
[5]さらに、TGF-beta 1を含有する、上記[1]~[4]のいずれかに記載の培地。
[6]さらに、副腎ホルモンを含有する、上記[1]~[5]のいずれかに記載の培地。
[7]副腎ホルモンが副腎皮質ホルモンである、上記[6]記載の培地。
[8]副腎皮質ホルモンが、ミネラルコルチコイド及び/又はグルココルチコイドである、上記[7]記載の培地。
[9]ミネラルコルチコイドがアルドステロンである、上記[8]記載の培地。
[10]グルココルチコイドがデキサメサゾン及び/又はヒドロコルチゾンである、上記[8]記載の培地。
[11]さらにアスコルビン酸を含有する、上記[1]~[10]のいずれかに記載の培地。
[12]インスリン様成長因子及びSTAT3活性化剤を含有し、且つ塩基性線維芽細胞増殖因子及びROCK阻害剤を含有しないことを特徴とする培地で接着培養することを特徴とする、iPS細胞から角膜内皮代替細胞を製造する方法。
[13]インスリン様成長因子がIGF1である、上記[12]記載の方法。
[14]STAT3活性化剤がLIF及び/又はIL-6である、上記[12]記載の方法。
[15]培地が、さらに、ケラチノサイト成長因子を含有する、上記[12]~[14]のいずれかに記載の方法。
[16]培地が、さらに、TGF-beta 1を含有する、上記[12]~[15]のいずれかに記載の方法。
[17]培地が、さらに、副腎ホルモンを含有する、上記[12]~[16]のいずれかに記載の方法。
[18]副腎ホルモンが副腎皮質ホルモンである、上記[17]記載の方法。
[19]副腎皮質ホルモンが、ミネラルコルチコイド及び/又はグルココルチコイドである、上記[18]記載の方法。
[20]ミネラルコルチコイドがアルドステロンである、上記[19]記載の方法。
[21]グルココルチコイドがデキサメサゾン及び/又はヒドロコルチゾンである、上記[19]記載の方法。
[22]さらにアスコルビン酸を含有する、上記[12]~[21]のいずれかに記載の方法。
[23]上記[1]~[11]のいずれかに記載の培地で接着培養することを特徴とする、iPS細胞から角膜内皮代替細胞を製造する方法。
[24]角膜内皮細胞様の性状及び機能を有し、且つ、NR3C2(nuclear receptor subfamily 3, group C, member 2)の遺伝子発現量が増強されていることを特徴とする、角膜内皮細胞の代替となり得る細胞。
[25]角膜内皮細胞様の性状及び機能が、以下の要件の1以上を満たすものである、上記[24]記載の細胞:
(i)細胞間接着がN-cadherinで構成されている、
(ii)細胞間にtight junctionが形成されている、
(iii)細胞膜上にNa,K-ATPase α1 subunitを発現する、
(iv)細胞核に転写因子PITX2の発現が観察される。
[26]上記[12]~[23]のいずれかに記載の方法により製造された上記[24]又は[25]記載の細胞。
[27]NR3C2の遺伝子発現量が、角膜内皮細胞株のB4G12細胞の発現量以上である、上記[24]~[26]のいずれかに記載の細胞。
[28]上記[24]~[27]のいずれかに記載の角膜内皮代替細胞を含む、医薬。
[29]移植用である、上記[28]記載の医薬。
【発明の効果】
【0015】
本発明の製造方法によれば、より効率的且つ安全にiPS細胞から角膜内皮代替細胞を製造することができる。該製造方法により得られた角膜内皮代替細胞は、角膜移植用の角膜シート等の角膜内皮細胞の機能不全により生じる疾患の治療用の医薬、そのような疾患を治療するための細胞医療に用いることができる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
図1】CECSi細胞への分化誘導における遺伝子発現の変化を示した図である。各棒グラフは、左から順にB4G12細胞(角膜内皮細胞株)(B4G12_ina)、誘導前のFF-I01s04株(iPS細胞)(hNC0720_FFI01-S04_P29_d0)及び分化誘導後12日目のFF-I01s04株(iPS細胞)(hNC0720_FFI01-S04_P30_170719A_d12)の結果をそれぞれ示す。分化誘導に伴い、角膜内皮細胞のマーカー遺伝子の発現増加が確認された。
図2】CECSi細胞への分化誘導の軸となるシグナル伝達経路を模式的に示した図である。
図3】CECSi細胞への分化誘導における遺伝子発現の変化を示した図である。各棒グラフは、左から順にコントロールとなるB4G12細胞(角膜内皮細胞株)、誘導前のFF-I01s04株(iPS細胞)(FFI01s04)及び分化誘導後12日目のFF-I01s04株(iPS細胞)(CECSi)の結果をそれぞれ示す。分化誘導に伴い、未分化マーカー遺伝子の発現減少が確認された。
図4】FF-I01s04株(iPS細胞)について、CECSi細胞への分化誘導後11日目におけるNa,K-ATPase及びZO-1の発現を調べた結果を示す顕微鏡写真である。90%以上がNa,K-ATPase及びZO-1の発現が良好な細胞であった。
図5】FF-I01s04株(iPS細胞)について、CECSi細胞への分化誘導後11日目におけるN-cadherin及びPITX2の発現を調べた結果を示す顕微鏡写真である。N-cadherinによってadherence junctionが形成されているのがわかる。
図6】角膜内皮細胞に発現するintegrin alpha-3(CD49c)を表面抗原としたフローサイトメトリーによりCECSi細胞への分化誘導効率を定量的に評価した図である。
図7】分化誘導後の未分化細胞陽性率をrBC2LCN-FITCを用いてフローサイトメトリーで評価した結果を表わした図である。
図8】TGF-beta 1存在下での、CECSi細胞への分化誘導後11日目におけるN-cadherin及びPITX2の発現を調べた結果を示す顕微鏡写真である。継代したiPS細胞を用いた場合であっても良好にCECSi細胞へと分化誘導することができた。
図9】bFGF2存在下での、CECSi細胞への分化誘導における遺伝子発現の変化を示した図である。各棒グラフは、左から順にB4G12細胞(角膜内皮細胞株)(B4G12_ina)、誘導前のFF-I01s04株(iPS細胞)(hNC0629 FFI01-S04 P26_d0)及び分化誘導後12日目のFF-I01s04株(iPS細胞)(hNC0629_FFI01-S04_P27_170628D_d12)の結果をそれぞれ示す。
図10】凍結保存細胞ストック解凍後に作製したspheroidsの様子を示した顕微鏡写真である。凍結保存細胞ストックを回答し、直後に浮遊培養へ移行することでspheroid形成が可能になった。
図11】凍結保存細胞ストックを解凍し、spheroidを形成させた後、培養皿で接着培養した。播種後2日目におけるZO-1、ATP1A1、PITX2及びN-cadherinの発現を調べた結果を示す顕微鏡写真である。spheroidはZO-1、ATP1A1、PITX2及びN-cadherinの発現を維持し、品質を保ちつつ、migration可能であった。
図12】ウサギ角膜後面へのCECSi細胞spheroid移植実験における角膜の透明性回復の結果を示す写真である。CECSi細胞移植群において、角膜の浮腫性混濁が改善し透明性が回復した。
図13】ウサギ角膜後面へのCECSi細胞spheroid移植実験における角膜厚の推移の結果を示した図である。角膜浮腫により厚くなった角膜厚が移植後6日から13日目までに低減した。
図14】CECSi細胞spheroidをウサギ角膜後面に移植した後、14日目に角膜を切り出し、マウス抗ヒト核抗体で免疫染色を実施した結果を示す顕微鏡写真である。角膜後面中央部が、核が赤く染色されたヒト由来細胞でおおわれており、移植したCECSi細胞が生着していることが確認できた。
図15】FF-I01s04株(iPS細胞)及びMH09s01株(iPS細胞)について、CECSi細胞への分化誘導後11日目におけるNa,K-ATPase、ZO-1、N-cadherin及びPITX2の発現を調べた結果を示す顕微鏡写真である。いずれのiPS細胞株を原料として分化誘導して場合でも、同様の特徴を有する細胞(CECSi細胞)が得られることが確認できた。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下、本発明を説明する。本明細書において使用される用語は、特に言及しない限り、当該分野で通常用いられる意味を有する。
本発明は、角膜内皮代替細胞のソースとなる幹細胞としてiPS細胞を用いることを特徴とする。幹細胞は、インビトロにおいて培養することが可能で、かつ、生体を構成する複数系列の細胞に分化し得る細胞をいい、具体的には胚性幹細胞(ES細胞)、胎児の始原生殖細胞由来の多能性幹細胞(EG細胞)、精巣由来の多能性幹細胞(GS細胞)、体細胞由来人工多能性幹細胞(induced pluripotent stem cells;iPS細胞)、ヒトの体性幹細胞(組織幹細胞)が挙げられる。iPS細胞としては、任意の温血動物、好ましくは哺乳動物に由来する細胞を使用できる。哺乳動物としては、例えば、マウス、ラット、モルモット、ハムスター、ウサギ、ネコ、イヌ、ヒツジ、ブタ、ウシ、ウマ、ヤギ、サル、ヒト等が挙げられる。好ましくはヒトに由来するものが使用できる。
具体的には、iPS細胞としては、例えば、皮膚細胞等の体細胞に複数の遺伝子を導入して得られる、ES細胞同様の多分化能を獲得した細胞が挙げられ、例えばOct3/4遺伝子、Klf4遺伝子、C-Myc遺伝子及びSox2遺伝子を導入することによって得られるiPS細胞、Oct3/4遺伝子、Klf4遺伝子及びSox2遺伝子を導入することによって得られるiPS細胞(Nat Biotechnol 2008; 26: 101-106)等が挙げられる。他にも、導入遺伝子をさらに減らした方法(Nature. 2008 Jul 31;454(7204):646-50)、低分子化合物を利用した方法(Cell Stem Cell. 2009 Jan 9;4(1):16-9、Cell Stem Cell. 2009 Nov 6;5(5):491-503)、遺伝子の代わりに転写因子タンパク質を利用した方法(Cell Stem Cell. 2009 May 8;4(5):381-4)など、iPS細胞の作成法については技術的な改良が鋭意行なわれているが、作製されたiPS細胞の基本的な性質、すなわち多分化能を有するという点は作出方法によらず同等であり、いずれも本発明の方法に用いることができる。
具体的には、iPS細胞としては、201B7、201B7-Ff、253G1、253G4、1201C1、1205D1、1210B2、836B3、FF-I14s03、FF-I01s04、MH09s01(いずれもiPSアカデミアジャパン社、又は京都大学iPS研究所)、Tic(JCRB1331株)、Dotcom(JCRB1327株)、Squeaky(JCRB1329株)、及びToe(JCRB1338株)、Lollipop(JCRB1336株)(以上成育医療センター、医薬基盤研究所難病・疾患資源研究部・JCRB細胞バンク)、UTA-1株及びUTA-1-SF-2-2株(いずれも東京大学)等を用いることができる。
【0018】
1.細胞の製造方法(細胞の分化誘導方法)
本発明は、iPS細胞から角膜内皮代替細胞を製造する方法、すなわち、iPS細胞由来の角膜内皮代替細胞(CECSi細胞)を製造する方法(以下、本発明の製造方法とも称する)を提供するが、当該方法は、より未分化な状態にある細胞をより分化した状態へと分化誘導する方法でもある。
【0019】
本発明は、iPS細胞を、インスリン様成長因子及びSTAT3活性化剤を含有し、且つ塩基性線維芽細胞増殖因子及びROCK阻害剤を含有しないことを特徴とする、iPS細胞からCECSi細胞への分化を誘導する培地(以下、本発明の分化誘導培地とも称する)で培養する工程を含む、角膜内皮代替細胞の製造方法を提供する。
本工程で用いるiPS細胞は上述の通りであるが、好ましくはFF-I01s04及びその同一クローンの臨床用株であるQHJI01s04、あるいはFF-I14s03及びその同一クローンの臨床用株であるQHJI14s03である。
【0020】
本発明の製造方法及び分化誘導培地は、インスリン様成長因子及びSTAT3を活性化する化合物を用いることを特徴とする。
インスリン様成長因子(Insulin-like growth factor;IGF)はインスリンと配列が高度に類似したポリペプチドであり、細胞の増殖や分化との関連性が知られている。IGFには、二つの分子種の存在が明らかにされており、それぞれIGF1とIGF2と称される。IGF1及びIGF2はそれぞれ70個(分子量7649)、67個(分子量7471)のアミノ酸より成る。いずれも培養細胞系でその細胞増殖を促進させることが知られているが、生体では、IGF1は成長ホルモンやインスリン、あるいは栄養状態に反応して、またIGF2は組織の発達に応答して産生・分泌が調節されている。
本発明で用いるIGFはiPS細胞からのCECSi細胞への分化を誘導する効果を有している限りIGF1であってもIGF2であってもよいが、好ましくはIGF1である。IGFはIGF1及びIGF2のいずれも商業的に入手可能であるか、該ポリペプチドの既知配列や既知文献に従って調製することができる。IGFの培地中の濃度は、通常2~500ng/mL、好ましくは10~100ng/mL、より好ましくは20ng/mL程度である。
【0021】
IGFは所望される活性(CECSi細胞への分化誘導に寄与する効果)が維持されている限りその断片あるいは変異体を用いることもできる。
【0022】
STAT3を活性化する化合物は、後述の副腎ホルモン、特にミネラルコルチコイドの受容体の発現増加をもたらし、それによってCECSi細胞への分化が促進される。
STAT3は、STAT(signal transducer and activator of transcription)タンパク質(哺乳動物ではSTAT1、2、3、4、5a、5b及び6までが知られている)の1種であり、他のSTATファミリータンパク質と同様、サイトカイン・ホルモン・増殖因子等の細胞内シグナル伝達(例、JAK-STAT経路)にかかわる転写因子である。STAT3を活性化する化合物(以下、STAT3活性化剤とも称する)としてはインターロイキン6(Interleukin-6;IL-6)、白血病阻止因子(Leukemia inhibitory factor;LIF)、オンコスタチンM、レプチン、上皮成長因子(Epidermal Growth Factor;EGF)等が挙げられる。好ましくはIL-6ファミリーに属する化合物、すなわちIL-6受容体ファミリーとgp130に結合能を有するリガンド類、より好ましくはIL-6及びLIFである。STAT3活性化剤は商業的に入手可能であるか、既知文献に従って調製することができる。STAT3活性化剤の培地中の濃度は、用いる化合物の種類によっても異なるが、LIFやIL-6の場合、通常0.1~50ng/mL、好ましくは0.5~10ng/mL、より好ましくは2ng/mL程度である。1又は2種類以上のSTAT3活性化剤を用いてもよく、その場合には適宜培地中の各化合物の濃度を調整する。
【0023】
さらに、本発明の製造方法及び分化誘導培地は、塩基性線維芽細胞増殖因子(basic fibroblast growth factor;bFGF)及びROCK(Rho-associted, coiled-coil-containing kinase)阻害剤を用いないことを特徴とする。幹細胞の分化誘導にはbFGFやROCK阻害剤の使用が常套的であるが、本発明では後述の実施例にて示されるように、これらの因子がiPS細胞からCECSi細胞への分化誘導には不利であることを見出した。
【0024】
本発明の製造方法及び分化誘導培地は、さらに、ケラチノサイト成長因子を用いることが好ましい。
ケラチノサイト成長因子(keratinocyte growth factor;KGF)は線維芽細胞増殖因子(FGF)のファミリーの1種であり、FGF-7としても知られている。194アミノ酸残基からなる分子量約27000の糖タンパク質で上皮及び表皮細胞の増殖を促進する増殖因子である。KGFは商業的に入手可能であるか、該タンパク質の既知配列や既知文献に従って調製することができる。KGFの培地中の濃度は、通常0.5~20ng/mL、好ましくは2~10ng/mL、より好ましくは5ng/mL程度である。
【0025】
本発明の製造方法及び分化誘導培地は、さらに、トランスフォーミング増殖因子ベータ1(transforming growth factor beta 1;TGF-beta 1)を用いることが好ましい。TGF-beta 1を培地に添加しておくことにより、細胞の継代回数が進んでも、N-cadherinの発現が維持でき、細胞の形態を保つことが可能となる。
TGF-beta 1はトランスフォーミング増殖因子ベータ(TGF-beta)の3種類あるアイソフォーム(beta 1, beta 2, beta 3)のうちの1つであり、細胞の増殖抑制、細胞外マトリックスの産生、免疫能の抑制等の作用を有するタンパク質である。TGF-beta 1は商業的に入手可能であるか、既知配列や既知文献に従って調製することができる。TGF-beta 1の培地中の濃度は、通常0.05~20ng/mL、好ましくは0.5~10ng/mL、より好ましくは1ng/mL程度である。
【0026】
本発明の製造方法及び分化誘導培地は、さらに、副腎ホルモンを用いることが好ましい。副腎ホルモンは、角膜内皮細胞として機能し得ることの指標となるNa+,K+-ATPaseの発現増加に関与する。副腎ホルモンは、副腎が合成し、分泌するホルモンであり、髄質からはカテコールアミン、皮質からはグルココルチコイド及びミネラルコルチコイド等の副腎皮質ホルモン、副腎性ホルモンが分泌される。本発明において副腎ホルモンとして好ましくは副腎皮質ホルモンである。これらのホルモンは同じ作用を有していれば合成物質であってもよい。副腎皮質ホルモンはグルココルチコイド及びミネラルコルチコイドに大別される。グルココルチコイドとしては、デキサメサゾン、ヒドロコルチゾン、ベタメサゾン、ベクロメサゾン等が挙げられ、なかでもデキサメサゾンやヒドロコルチゾンが好適に用いられる。ミネラルコルチコイドとしては、アルドステロン、デヒドロエピアンドロステロン、アンドロステンジオン等が挙げられ、なかでもアルドステロンが好ましい。副腎ホルモンは商業的に入手可能であるか、既知文献に従って調製することができる。副腎ホルモンの培地中の濃度は、用いる化合物の種類によっても異なるが、デキサメサゾン等の副腎皮質ホルモンの場合、通常3.8~3,800ng/mL、好ましくは7.6~380ng/mL、より好ましくは38ng/mL程度である。アルドステロン等のミネラルコルチコイドの場合、通常50~5,000ng/mL、好ましくは100~1,000ng/mL、より好ましくは720ng/mL程度である。1又は2種類以上の副腎ホルモンを用いることができ、また併用することが好ましい。その場合には適宜培地中の各化合物の濃度を調整する。
【0027】
副腎ホルモン同様、Na+,K+-ATPaseの発現増加に関与する因子としてカテコールアミン類を用いてもよい。カテコールアミン類としては、例えばアドレナリン、ノルアドレナリン、ドーパミン等が挙げられる。カテコールアミンの培地中の濃度は、用いる化合物の種類によっても異なるが、カテコールアミンがアドレナリンの場合、通常0.1~10μg/mL、好ましくは0.2~1μg/mL、より好ましくは0.5μg/mL程度である。1又は2種類以上のカテコールアミンを用いてもよく、その場合には適宜培地中の各化合物の濃度を調整する。
【0028】
上記した、IGF及びSTAT3活性化剤、並びに所望によりKGF、TGF-beta 1、副腎ホルモンを総称して、本発明の分化誘導因子と称する。本発明では、分化誘導因子は少なくともIGF及びSTAT3活性化剤の2種を分化誘導培地に含める。好ましくは、さらにKGF、TGF-beta 1、副腎ホルモン(好ましくは副腎皮質ホルモン)から選択される少なくとも1種、好ましくは2種、より好ましくは3種、いっそう好ましくは4種全てを本発明の分化誘導培地に含める。
【0029】
本工程において、各分化誘導因子は、培地中に同時に添加されてもよく、また、iPS細胞のCECSi細胞への分化を誘導し得る限り、別個に時間差を設けて培地中に添加されてもよい。各分化誘導因子は培地中に同時に添加されることが簡便であり、また好ましい。
【0030】
本工程で用いる培地は、上記のように各分化誘導因子を含有している限り特に限定されず、通常、iPS細胞を培養するのに用いられる培地(以下、便宜上、基礎培地とも称する)に各分化誘導因子を添加してなるものである。基礎培地としては、例えば、MEM培地、BME培地、BGJb培地、CMRL 1066培地、Glasgow MEM培地、Improved MEM Zinc Option培地、IMDM培地、Medium 199培地、Eagle MEM培地、αMEM培地、DMEM培地、ハム培地(例、F10、F12)、RPMI 1640培地、Fischer's培地、及びこれらの混合培地等、動物細胞の培養に用いることができる培地であれば特に限定されない。これらの培地は、商業的に入手可能である。さらに本発明で用いられる培地は、血清含有培地、無血清培地であり得る。好ましくは無血清培地である。本発明で用いられる培地が血清含有培地である場合には、ウシ血清(Bovine Serum)、ウシ胎児血清(Fetal Bovine Serum)などの哺乳動物の血清が使用でき、該血清の培地中の濃度は0.1~20%、好ましくは1~10%である。
本発明で用いる基礎培地は、好ましくは、DMEM培地とハムF12培地との混合培地であるDMEM/F12培地である。
【0031】
本発明で用いられる培地はまた、血清代替物を含んでいてもよい。血清代替物としては、例えば、アルブミン(例えば、脂質リッチアルブミン)、トランスフェリン、脂肪酸、コラーゲン前駆体、抗酸化剤(例えば、アスコルビン酸など)、微量元素(例えば、亜鉛、セレンなど)、B-27サプリメント、N2サプリメント、ノックアウトシーラムリプレースメント、2-メルカプトエタノール又は3’チオールグリセロール、あるいはこれらの均等物などが挙げられる。これらの血清代替物もまた商業的に入手可能である。また、必要に応じてビタミン、緩衝剤、無機塩類、抗生物質(例えばペニシリンやストレプトマイシン)等を含有できる。
【0032】
本工程で用いる分化誘導培地の好適な一実施態様としては、下記表で示される組成を有する培地である。
【0033】
【表1】
【0034】
本発明の製造方法におけるiPS細胞からCECSi細胞への分化を誘導する工程は、使用するiPS細胞の培養に適した培養温度、通常30~40℃、好ましくは37℃程度で、CECSi細胞へと分化誘導するに十分な期間、1~10%、好ましくは5%の二酸化炭素を通気したCOインキュベーター内にて、本発明の分化誘導培地中で培養することによって実施される。培養期間は、誘導開始後、通常10~40日、好ましくは10~28日間培養する。必要に応じて適宜培地交換を行う(例、3日に1回)。また、必要に応じて、誘導開始後11~15日の間に1回目の継代を行う。また、必要に応じて、1回目の継代後3~10日の間に2回目の継代を行う。
【0035】
本発明の製造方法(分化誘導方法)においてiPS細胞は、通常培養器上で接着培養される。ここで用いられる培養器としては、例えば、フラスコ、組織培養用フラスコ、デッシュ、ペトリデッシュ、組織培養用デッシュ、マルチデッシュ、マイクロプレート、マイクロウエルプレート、マルチプレート、マルチウエルプレート、チャンバースライド、シャーレ、チューブ、トレイ、培養バック、ローラーボトルが挙げられる。好ましくは、デッシュ、ペトリデッシュ、組織培養用デッシュ、マルチデッシュ、マイクロプレート、マイクロウエルプレート、マルチプレート、マルチウエルプレート等である。培養器は、幹細胞を維持・培養するのに適するようなコーティングが施されていることが好ましい。具体的にはフィーダー細胞や、細胞外基質成分でコーティングされた培養器を用いることが好ましい。フィーダー細胞としては、特に限定されないが、例えば、線維芽細胞(マウス胎仔線維芽細胞(MEF)、マウス線維芽細胞(STO)等)が挙げられる。フィーダー細胞は自体公知の方法、例えば放射線(ガンマ線等)照射や抗癌剤(マイトマイシンC等)処理等で不活化されていることが好ましい。細胞外基質成分としては、ゼラチン、コラーゲン、エラスチン等の繊維性タンパク質、ヒアルロン酸、コンドロイチン硫酸等のグルコサミノグリカンやプロテオグリカン、フィブロネクチン、ビトロネクチン、ラミニン等の細胞接着性タンパク質、あるいはマトリゲル等の基底膜成分等が挙げられる。好ましいコーティング基剤として、ラミニン511の酵素分解断片であるラミニン511-E8フラグメント(例、iMatrix (株)ニッピ)が挙げられる。
【0036】
本発明において、iPS細胞がCECSi細胞に分化誘導されたことの確認は、角膜内皮細胞様の性状及び機能を発揮するためのタンパク質やそれをコードする遺伝子(角膜内皮細胞マーカー)の発現の有無を評価することによって行うことができる。タンパク質の発現は抗原抗体反応を利用した方法等によって、遺伝子の発現はRT-PCRを利用した方法等によって評価することができる。該マーカーとしては、ZO-1、N-cadherin、Na+,K+-ATPase(特にα1 subunit)、Na+,HCO3-co-transporter、collagen typeIV、collagen typeVIII、carbonic anhydrase、Keratin 8、Keratin 18、Paired-like homeodomain transcription factor 2(PITX2)、Integrin alpha 3、Claudin 10b等の、角膜内皮細胞のポンプ機能やバリア機能に関連したタンパク質及びそれをコードする遺伝子が挙げられる。さらに、細胞核に転写因子であるPITX2の発現が観察されることによっても確認することができる。
また、CECSi細胞は、本明細書の実施例でも示されるようにNR3C2(nuclear receptor subfamily 3, group C, member 2)の遺伝子発現量が増強されていることを特徴とし、具体的には、その発現量は、角膜内皮細胞株であるB4G12細胞における発現量以上である。従って、iPS細胞がCECSi細胞に分化誘導されたことの確認は、NR3C2の発現量の増加の程度を評価することによっても行うことができる。B4G12細胞は、91歳白人女性の角膜後上皮の正常細胞由来の細胞をSV40ゲノムの初期領域で形質転換した細胞から樹立された株化細胞であり、ドイツ細胞バンク(German Collection of Microorganisms and Cell Cultures GmbH)等から入手することができる。
【0037】
また、iPS細胞がCECSi細胞に分化誘導されたことの確認は、細胞のNa+,K+-ATPaseポンプ機能を測定することによって評価することができる。細胞のNa+,K+-ATPaseポンプ機能は、例えばUssing chamberを用いてInvestigative Ophthlmology & Visual Science, 2010 vol. 51, No. 8, 3935-3942やCurrent Eye Research, 2009 vol. 34, 347-354に記載の方法に従って測定することができる。
【0038】
簡便には、細胞形態を評価することによっても分化誘導を確認することができる。内皮細胞へと分化した細胞はモザイク状の増殖形態を示し、さらに、細胞間にtight junctionが形成されている。
【0039】
本発明の製造方法では、iPS細胞がCECSi細胞へ効率的に分化誘導することにより、CECSi細胞を大量に供給できる。得られたCECSi細胞は、角膜移植用の角膜内皮細胞シート等の医薬として利用することができる。
【0040】
2.角膜内皮代替細胞(CECSi細胞)
本発明は、CECSi細胞、好ましくは上記した本発明の製造方法により製造されるCECSi細胞(本明細書中、本発明の細胞と略記する場合がある)を提供する。
【0041】
本発明の細胞は、角膜内皮細胞様の性状及び機能を有し、且つ、NR3C2(nuclear receptor subfamily 3, group C, member 2)の遺伝子発現量が増強されていることを特徴とする。
NR3C2は、Na,K-ATPaseの発現量をコントロールするミネラルコルチコイドレセプターであり、本発明の細胞では当該レセプターの遺伝子発現量が増強され、具体的には角膜内皮細胞株として知られているB4G12細胞における発現量に比べて同じかそれ以上の発現量を有する。NR3C2の遺伝子発現量は、定量的PCR等によって測定・評価することができる。
【0042】
角膜内皮細胞様の性状及び機能としては、具体的には以下の特徴(i)~(iv)が挙げられ、これらの特徴のうち少なくとも1つ、好ましくは2つ、より好ましくは3つ、いっそう好ましくは4つ全ての特徴を有する。
(i)細胞間接着がN-cadherinで構成されている。
(ii)細胞間にtight junctionが形成されている。
(iii)細胞膜上にNa,K-ATPase α1 subunitを発現する。
(iv)細胞核に転写因子PITX2の発現が観察される。
細胞間接着がN-Cadherinで構成されているか否かは、N-Cadherinに対する免疫染色で確認することができる。
細胞間にtight junctionが形成されているか否かは、tight junctionを構成するタンパク質であるZO-1の存在を、ZO-1に対する免疫染色で観察することにより確認することができる。また、電子顕微鏡により直接構造を観察することによって確認することもできる。
細胞膜上にNa,K-ATPase α1 subunit(ATP1A1)を発現しているか否かは、ZO-1とNa,K-ATPase α1subunitに対する免疫染色により、両者が共染色されることで確認することができる。
細胞核に転写因子PITX2が発現しているか否かは、PITX2に対する免疫染色で確認することができる。
より詳細には実施例に記載の方法により、各特徴を確認することができる。
【0043】
3.細胞を含む医薬
本発明は、CECSi細胞、好ましくは上記した本発明の製造方法により製造されたCECSi細胞を含む医薬(本明細書中、本発明の医薬と略記する場合がある)を提供する。
CECSi細胞を含む医薬を、細胞シートとして製造する場合には、iPS細胞を培養基材上に播種し、本発明の分化誘導培地で培養することによって、該培養基材上でCECSi細胞への分化を誘導する。本発明において用いられる培養基材としては、細胞培養用であれば特に限定されないが、例えば、コラーゲン、ゼラチン、セルロース、ラミニン等の天然物由来の高分子材料、ポリスチレン、ポリエステル、ポリカーボネート、ポリ(N-イソプロピルアクリルアミド)等の合成高分子材料、ポリ乳酸、ポリグリコール酸等の生分解性高分子材料、ハイドロキシアパタイト、羊膜等が挙げられる。好ましくは、移植の際に拒絶反応を引き起こさないようなものが、移植対象によって適宜設定される。
【0044】
移植には、コンフルエントな状態になったCECSi細胞が用いられる。その為には、通常、iPS細胞の細胞数を、細胞シートを形成させることができる細胞密度となるよう設定して播種する。通常、播種される細胞密度は、1.0×10~5.0×10細胞数/cm、より好ましくは、2.0×10~1.0×10細胞数/cmである。
【0045】
本発明によって得られるCECSi細胞からなる細胞シートは、角膜内皮細胞シートの代替となり得、角膜内皮の移植が必要な疾患、例えば水疱性角膜症、角膜浮腫、角膜白斑等の治療における移植片として用いることができる。
【0046】
また、シート以外の別の態様としては、本発明の医薬は、得られたCECSi細胞をそのまま、もしくはフィルター濾過などにより濃縮したペレットなどの細胞塊などとして用いられる。さらに、該医薬は、グリセロール、DMSO(ジメチルスルホキシド)、プロピレングリコール、アセトアミドなどの保護剤を加え、凍結保存することもできる。該医薬は、医薬として、より安全に利用するために、加熱処理、放射線処理など、角膜内皮細胞としての機能を残しつつ、病原体のタンパク質が変性する程度の条件下での処理に付してもよい。
【実施例0047】
以下に実施例を用いて本発明を詳述するが、本発明は以下の実施例に何ら限定されるものではない。また、使用する試薬及び材料は特に限定されない限り商業的に入手可能である。本明細書中で用いた略語は特に断りの無い限り、当分野で通常用いられるものと同様である。
【0048】
実施例1:DNAマイクロアレイによる、iPS細胞由来神経堤とヒト角膜内皮の遺伝子発現の相違
(a)海外ドナー研究用角膜から採取した本物のヒト角膜内皮細胞と、(b)iPS細胞(FF-I01s01株;京都大学iPS細胞研究所)から、既報(Bajpai et al., Nature. 2010 Feb18;463(7283):958-62)の神経堤細胞誘導法を修正した方法により誘導したiPS細胞由来神経堤細胞(iPS-NCC)の2種類の細胞を用い、アジレント・テクノロジー社製DNAマイクロアレイ解析を北海道システムサイエンス社へ外注し、DNAマイクロアレイにより遺伝子発現プロファイルを比較した。iPS-NCC(iNCCとも表記する)であることは神経堤細胞マーカーであるP75NTR及びCD49Dの発現により確認した。角膜内皮細胞はKGF、IGF2、LIF、IL6を高発現していることを新たに見出した(表2-1、2-2)。また、STAT3の下流にあるとされるAP1(C-FOS+C-JUN)も高発現であることを見出した(表2-1、2-2)。
【0049】
【表2-1】
【0050】
【表2-2】
【0051】
表2-1及び表2-2の結果より、本発明者らは、角膜内皮細胞では、「LIF及びIL6(=STAT3経路活性化剤)発現増加→AP1(C-FOS+C-JUN)発現増加」の経路が活発に機能しているとの仮説をたて、LIF、IL6、ミネラルコルチコイド(アルドステロン)を用いてCECSi細胞の誘導を試み、得られた細胞について各分化マーカーの発現について調べた。
【0052】
(CECSi細胞誘導用培地)
基礎培地としてDMEM/F2培地(ナカライテスク、♯04260-64)を用いた。添加物として、N-2 MAX Media Supplement (100X)(R&D System Inc.、♯AR009)、アスコルビン酸(扶桑薬品工業;アスコルビン酸注(50μg/mL))、IGF1(オーファンパシフィック;ソマゾン注(20ng/mL))、KGF (和光純薬、♯119-00661(5ng/mL))、LIF (Sigma Aldrich、♯L5283(1ng/mL))、IL6 (和光純薬;♯099-04631(1ng/ml))、アドレナリン(第一三共、ボスミン注(0.5μg/mL))、デキサメタゾン(共和クリティア、オルガドロン注(38ng/mL))及びアルドステロン (Sigma Aldrich、♯A9477(720ng/mL))をDMEM/F12基礎培地に添加し、ならびに、足場材料として、laminin 511-E8 fragment (iMatrix 511、(株)ニッピ)を3 μg/mlの濃度でコーティングした培養皿ないし培養フラスコを用いた。
【0053】
(誘導プロトコル)
iPS細胞用培地AK03N(味の素)にY27632を10μMの濃度で添加した(以下AK03N+Y培地とする)。培養用6ウェルプレート(Greiner 657160)をiMatrix 511、6 μg/mlの濃度でコーティングした。iPS細胞(FF-I01s04株)を1.0×104 cells/cm2の密度で、AK03N+Y培地に懸濁して、この6 ウェルプレートに播種した。37℃のCO2インキュベーター内で培養を開始し、翌日、Y27632を含まないAK03N培地に培地交換した。以後、2~3日に1回の頻度で培地交換を行い、1週間に1度、TrypLE-Select(Thermo Fisher Scientific)を用いて、iMatrix 511コートした6 ウェルプレートに、上記と同じ密度で継代した。CECSiへの誘導には、3継代以上29継代以下のiPS細胞を用いた。
誘導開始する際は、iPS細胞をTrypLE-Selectを用いて6ウェルプレートから回収し、上記CECSi細胞誘導用培地に懸濁した。培養用35 mm dishあるいは100 mm dishを、iMatrix 511、3 μg/mlの濃度でコーティングしておき、懸濁したiPS細胞を2.0×104cells/cm2の密度で播種した。37℃のCO2インキュベーター内で培養を開始し、以後、2~3日に1回の頻度で培地交換を行った。誘導開始後は、コンフルエントに達するまで14日以上を要するため、実施例1~3までは、継代せずに実験を行った。
【0054】
(定量的PCR)
誘導開始後12日目の35 mm dish上のCECSi細胞をQIAGEN社RNeasy mini kit(#74106)を用いてRNA抽出を行い、TOYOBO社ReverTra-plus-(#PCR501)を用いてcDNA合成を行った;PrimerはRandom Primerを使用、反応スケール20 μL、42℃20分×1、99℃5分×1。
作成したcDNAをTOYOBO社THUNDERBIRD SYBR qPCR Mix(#QPS201)を用いて、ABI Step OnePlusを使って定量的PCRを行った。反応スケール20 μL、95℃10分、(95℃3秒、60℃30秒)×40。
定量的PCRに用いる主なプライマーの配列を下記表に示す。
【0055】
【表3】
【0056】
結果、CECSi細胞では、C-FOS、C-JUNの発現増加、ミネラルコルチコイド受容体(NR3C2)の発現増加、及びNR3C2の下流にあるSGK1の発現増加が認められ、さらに目的とするNa,K-ATPaseα1 subunit(ATP1A1)の発現が角膜内皮細胞と同等のレベルまで増加することがわかった(図1)。
すなわち、「LIF, STAT3発現増加→AP1発現増加→NR3C2発現増加」の経路を活性化させたうえで、NR3C2のリガンドであるミネラルコルチコイドを加えることで、CECSi細胞のNa,K-ATPaseα1 subunit(ATP1A1)発現を十分増加させることができることがわかった(図2)。
さらに、未分化マーカーであるOCT4及びLIN28A、目的外の細胞マーカーであるSox9の推移を図3に示す。いずれも誘導前のiPS細胞には発現していたものが、誘導後には顕著に発現減少することが確認された。
【0057】
実施例2:CECSi細胞誘導後11日目でのATP1A1、ZO-1、N-cadherin及びPITX2の発現
実施例1で用いた誘導プロトコルに従ってiPS細胞(FF-I01s04株)を分化誘導した。分化誘導後11日目の細胞を用いてATP1A1、ZO-1、N-cadherin及びPITX2の発現を調べた。
(免疫染色)
35 mm dish上のCECSi細胞を、培地を除去し氷冷した4% パラホルムアルデヒドで固定した。PBSで2回dish を洗ったのち、ブロッキング溶液(Normal Donkey Serumを10%含むPBST(10%NDS/PBST))を添加し30分間ブロッキングを行った。その後、下記の抗体量で1次抗体反応を室温で1時間行った。
(i) ZO1、 Na,K,ATPase α1 二重染色
Rabbit anti human ZO-1;Invitrogen, 40-2200, 1:500, 1.5μL/dish
Mouse anti human Na,K-ATPase α1;Novus, NB300-146, 1:500, 1.5 μL/dish
ブロッキング溶液(10%NDS/PBST), 0.75mL/dish
(ii) N-cadherin、 PITX2 二重染色
Rabbit anti human PITX2; Aviva, ARP32431, 1:500, 1.5μL/dish
Mouse anti n-cad; Pierce Thermo, MA1-2002, 1:500, 1.5μL/dish
ブロッキング溶液(10%NDS/PBST) , 0.75mL/dish
次に、dishをPBSで2回洗ったのち、下記の抗体量で2次抗体反応を室温で1時間行った。
Donkey anti-rabbit Cy-3, Jackson, 711-165-152, 1:200, 3.75μL/dish
Donkey anti-mouse Alexaflour488, Invitrogen, A21202, 1:200, 3.75μL/dish
DAPI, 1:1000, 0.75μL/dish
ブロッキング溶液(10%NDS/PBST), 0.75mL/dish
その後、PBSで2回洗浄後、マウント剤でカバーガラスをマウントし、蛍光顕微鏡で観察した。
結果を図4(ATP1A1、ZO-1)及び図5(N-cadherin、PITX2)に示す。iPS細胞から、上記成分を含むCECSi細胞誘導用培地と、1種類の足場材料(iMatrix 511)で、iPS細胞を培養し続けるだけで、角膜内皮細胞と同等のNa,K-ATPase遺伝子発現量であり、かつ細胞膜上にNa,K-ATPaseを発現し、tight junctionを形成し、N-cadherinによるadherens junctionを形成するCECSi細胞を、誘導開始後11日目の時点で既に、ほぼ100%の効率で誘導できた。角膜内皮細胞のマーカーの一つである転写因子PITX2の核における発現を、免疫染色によりマニュアルカウントしたところ、これも100%の細胞で発現していた。
【0058】
実施例3:CECSi細胞への誘導効率の評価(FACSでの検証)
さらに、角膜内皮細胞に発現するintegrin alpha-3(CD49c)を表面抗原としてフローサイトメトリーを行うことで、誘導効率を定量的に評価した。
(フローサイトメトリー)
Accutaseで10 cm dish上のCECSi細胞を回収した後、HBSSを加え遠心、上清を捨てることで細胞を洗浄した。その後HBSSで細胞を懸濁したのち、1×106 cells /100μLの細胞懸濁液あたり下記の抗体試薬をそれぞれ2μL加えた。
PE anti-human CD49c, BioLegend #343803
PE anti-human CD49d, Biolegend #304304
あるいはrBC2LCN-FITC(和光純薬 #80-02991)を2μL加えた。室温にて1時間、抗体反応を行った。
HBSSを加え遠心し上清をすてることで細胞を洗浄後、SONY社製SH800を使用して、フローサイトメトリーを行った。
結果を図6に示す。上記成分を含むCECSi細胞誘導用培地で誘導した細胞は、CD49cでみる誘導効率が93%であった。一方、iPS細胞から誘導した神経堤細胞はintegrin alpha-4(CD49d)が陽性であることから、本発明の方法で誘導したCECSiは、神経堤細胞と比較し、より本物の角膜内皮細胞に近いと言える。
さらに、未分化細胞陽性率をrBC2LCN-FITCを用いてフローサイトメトリーで評価した。rBC2LCNはヒトES/iPS細胞表面に存在するポドカリキシン上のムチン様O型糖鎖であるH-type3(Fucα1-2Galβ1-3GalNAc)に高い親和性を持つため、ヒトES/iPS細胞の未分化マーカーとして用いられている。結果を図7に示す。本発明の方法によってiPS細胞が効率よくCECSi細胞に誘導されたことがわかる。
【0059】
実施例4:TGF-beta 1の効果
実施例1で調製した分化誘導培地にTGF-beta 1(R&D System Inc.、♯240-GMP(1ng/mL))を添加した培地(以下CECSi細胞誘導用(+T)培地)を用いてその効果を調べた。
iPS細胞(FF-I01s04)をCECSi細胞誘導用培地、あるいはCECSi細胞誘導用(+T)培地を用いて誘導開始し、誘導開始後11日目に1回目、15日目に2回目の継代を行った。継代の際は、Accutase(ナカライテスク #12679-54)を用いて細胞を回収し、iMatrix 511、3 μg/mlの濃度でコーティングした35 mm dishあるいは100 mm dishへ、1.5×105 cells/cm2の密度で、それまでの培地から変更することなく、懸濁して播種した。
誘導開始後15日目(1回目の継代後)、17日目(2回目の継代後)の時点で、実施例2と同様にしてN-cadherin及びPITX2の発現状況を免疫染色により調べた。結果を図8に示す。
TGF-beta 1を添加することで、継代してもN-cadherinの発現が維持され内皮の形態を維持できていることがわかった。
【0060】
試験例1:bFGFの分化誘導阻害作用
bFGF(2ng/ml)を含有する培地を用いる以外は、実施例1と同様にして各遺伝子の発現を定量した。結果を図9に示す。結果から明らかなように、bFGFを添加した場合には、ATPA1及びNR3C2発現増加が認められず、従って、角膜内皮細胞の機能として重要なATP1A1の発現増加も認められなかった。
また、bFGFを含有する培地で培養した細胞に対し、実施例2と同様にしてATP1A1及びZO-1の発現について調べた。細長くZO-1の発現が悪い細胞が出現し、さらにATP1A1の発現が顕著に低かった。
これらの結果より、CECSi細胞への分化誘導にはbFGFを添加しないことが重要であることがわかった。
【0061】
試験例2:ROCK阻害剤の分化誘導阻害作用
ROCK阻害剤であるfasudil(50μM)を含有する培地を用いる以外は、実施例2と同様にしてATP1A1及びZO-1の発現について調べた。細長くZO-1の発現が悪い細胞が出現し、さらにATP1A1の細胞膜への発現が低下していた。
これらの結果より、CECSi細胞への分化誘導にはROCK阻害剤を添加しないことが効果的であることがわかった。
【0062】
実施例5:CECSi細胞の凍結保存・解凍後の細胞形態の維持
実施例4と同様の方法でCECSi細胞誘導用(+T)培地をもちいてCECSi細胞を誘導し、誘導後10日目に1回継代したのち、14日目にAccutase(ナカライテスク #12679-54)を用いて細胞を回収し、細胞保存液バンバンカーhRM(日本ジェネティクス #CS-07-001)に1×107 cells/mlの密度で懸濁し-80℃のディープフリーザーで凍結保存した。3日後に凍結保存した細胞を解凍し、直後にCECSi細胞誘導用(+T)培地にROCK阻害剤であるY27632(和光純薬、039-24591)を10 μMの濃度で添加した培地(以下CECSi細胞誘導用(+TY)培地)で懸濁し、EZsphere 10 cm dish(AGCテクノグラス, 631-35201)上に3×105 cells/dishの細胞数(=EZsphere 1 well あたり200個≒spheroid 1個あたりの細胞数)で播種した。これを3回実施し(2017年10月30日に1回、2017年11月7日に2回)、解凍後の生細胞率は91%、86%、94%、3回の平均生細胞率は90.3%であった。これを37℃インキュベーターで一日培養することにより、CECSi細胞のspheroid(細胞塊)を形成させた(図10)。このCECSi細胞spheroidを、iMatrix 511、3 μg/mlの濃度でコーティングした35 mm dishへ、1.5×105 cells/cm2の密度で、CECSi細胞誘導用(+T)培地に懸濁して播種した。
播種後2日目の時点で、実施例2と同様にしてZO1、 Na,K,ATPase α1 二重染色、N-cadherin、 PITX2 二重染色を行い、これらの発現状況を免疫染色により調べた。結果を図11に示す。ZO-1によるtight junction、N-cadherinによるadherens junctionの形成を保ち、かつ、細胞膜上にNa,K,ATPase α1の発現を保ち、かつ、細胞核にPITX2の発現を保ちつつ、細胞が進展していくことが確認され、細胞の凍結・解凍後も本方法により細胞形態を維持できることを確認した。
【0063】
実施例6:凍結保存・解凍後のCECSi細胞spheroidの、ウサギを用いた有効性評価
実施例4、実施例5と同様の方法で、誘導開始後11日目に1回継代し、19日目にCECSi細胞を凍結保存した。この細胞ストックを1カ月後に、実施例5と同様の方法で解凍・spheroid化し、spheroidを400G、10分で遠心分離することで回収した。細胞数に換算して3×105 cellsに相当する量のspheroidを、以下の成分で構成される基剤(以下、「移植用基材」)160 μlと混合し、Spheroid懸濁液を作製した。
眼内還流液(千寿製薬 オペガード)80 μl
眼科手術用粘弾性物質(参天製薬 シェルガン)80 μl
インスリン(ノボノルディスクファーマ ノボリンR100)最終濃度 0.1 U/ml
IGF1(オーファンパシフィック ソマゾン)最終濃度 20 ng/ml
アドレナリン(第一三共 ボスミン) 0.5 μg/ml
アスコルビン酸ナトリウム(扶桑薬品 ビタミンC注「フソー」)25 μg/ml
Spheroid懸濁液を作製後、これをテルモFNシリンジに充填し、4℃の冷蔵庫で一日保存した。
移植実験のnegative controlとして、ウサギ角膜内皮細胞を以下の成分の培地(以下EMT培地)で培養し、上皮間葉転換させた細胞を回収し、3×105cells を移植用基材160 μlと混合しFNシリンジに充填、4℃の冷蔵庫で一日保存した(以下、EMT-RCE)。
1. DMEM/F12 (ナカライテスク、#08460-95)
2. 10% FBS (Sigma-Aldrich #F7524)
3. Pen/strep/amphotericinB(Sigma-Aldrich #A5955)1×
4. L-Ala-L-Glu 2mM(ナカライテスク、#04260-64)
5. ITS supplement 1×(Sigma-Aldrich #I3146)
6. bFGF 20ng/ml (ミルテニー # MG-130-093-841)
7. TGFb1 1 ng/ml (R&D System Inc.、#240-GMP)
翌日、ウサギへの移植実験を実施した。ウサギ左眼の角膜内皮細胞を、眼科手術用ソフトテーパードニードルにて径8 mmの範囲で擦過することで脱落させた。前房内を生理食塩水で洗浄後、CECSi細胞spheroid(1眼あたり3×105cells/移植用基材160 μl)あるいはウサギEMT内皮細胞(同様に1眼あたり3×105 cells/移植用基材160 μl)を前房内に注入した。両群とも4匹4眼ずつ注入した。術直後3時間、移植眼を下向きに体位制限し、細胞を角膜後面に沈着させ生着させた。手術後1、2、6、8、13日目に超音波パキメーターによる中央部角膜厚測定と、前眼部写真撮影を行った。
前眼部写真の結果を図12に示す。Negative controlのEMT-RCE移植群では、観察期間中、角膜の浮腫性混濁が持続した。一方、CECSi細胞spheroid移植群では、術後2日目まで持続した浮腫性混濁が、その後回復し、6日目以後、角膜の透明性を回復した。角膜厚の推移の結果を図13に示す。Negative controlのEMT-RCE移植群では、観察期間中、角膜浮腫により角膜厚が1000μm以上を維持していた。一方、CECSi細胞spheroid移植群では、術後2日目まで角膜厚が高値であるが、その後角膜の浮腫改善と透明性回復とともに角膜厚も減少し、術後6日~13日目までnegative controlに比較し角膜厚が有意に低値であった。
術後14日目にCECSi細胞移植眼を回収し、以下の手順で抗ヒト核抗体を免疫染色することで、移植した細胞の生着を確認した。
(免疫染色による移植したCECSi細胞の生着確認)
移植眼から角膜を切り出し、12 well plateのwellに入れ、PBSで1回洗浄したのち、氷冷した4% パラホルムアルデヒドで固定した。PBSで2回well を洗ったのち、ブロッキング溶液(Normal Donkey Serumを10%含むPBST(10%NDS/PBST))を添加し30分間ブロッキングを行った。その後、下記の抗体量で1次抗体反応を室温で1時間行った。
(i) ヒト核染色
Mouse anti human Nuclei; Abnova, MAB8178, 1 μL/well
ブロッキング溶液(10%NDS/PBST), 0.5 mL/well
次に、dishをPBSで2回洗ったのち、下記の抗体量で2次抗体反応を室温で1時間行った。
Donkey anti-mouse Cy-3, Jackson, 715-165-151, 1:200, 2.5 μL/well
DAPI, 1:1000, 1 μL/well
ブロッキング溶液(10%NDS/PBST), 0.5 mL/well
その後、PBSで2回洗浄後、角膜をプレパラートにのせ、マウント剤でカバーガラスをマウントし、蛍光顕微鏡で観察した。
結果を図13に示す。角膜中央部が、細胞核が抗ヒト核抗体で染色(赤)されるヒト由来細胞でおおわれていたことから、この観察期間中、移植したCECSi細胞が生着していたことが確認された。
【0064】
実施例7:CECSi細胞誘導後11日目でのATP1A1、ZO-1、N-cadherin及びPITX2の発現
実施例1で用いた誘導プロトコルに従ってiPS細胞(FF-I01s04株又はMH09s01株)を分化誘導し、分化誘導後11日目の細胞を用いて実施例2と同様にして各抗体を用いて免疫染色を行い、ATP1A1、ZO-1、N-cadherin及びPITX2の発現を調べた。MH09s01株は京都大学iPS細胞研究所から入手した。
結果を図15に示す。種類の異なるiPS細胞を用いた場合であっても、本願発明の方法により同様のCECSi細胞が製造されることがわかった。
【産業上の利用可能性】
【0065】
本発明の製造方法によれば、より効率的にiPS細胞から角膜内皮代替細胞を製造することができる。該製造方法により得られた角膜内皮代替細胞は、角膜移植用の角膜シート等の角膜内皮細胞の機能不全により生じる疾患の治療用の医薬、そのような疾患を治療するための細胞医療に用いることができる。
本出願は、日本で出願された特願2018-005076(出願日:2018年1月16日)を基礎としており、その内容は本明細書に全て包含されるものである。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12
図13
図14
図15
【配列表】
2023171739000001.xml
【手続補正書】
【提出日】2023-10-04
【手続補正1】
【補正対象書類名】特許請求の範囲
【補正対象項目名】全文
【補正方法】変更
【補正の内容】
【特許請求の範囲】
【請求項1】
角膜内皮細胞様の性状及び機能を有し、且つ、NR3C2(nuclear receptor subfamily 3,group C, member 2)の遺伝子発現量が角膜内皮細胞株のB4G12細胞の発現量以上であることを特徴とする、ヒトiPS細胞から神経堤細胞を経ずに分化誘導することによって製造された、角膜内皮細胞の代替となり得る細胞であって、角膜内皮細胞様の性状及び機能が、以下の要件の1以上を満たすものである、細胞:
(i)細胞間接着がN-cadherinで構成されている、
(ii)細胞間にtight junctionが形成されている、
(iii)細胞膜上にNa,K-ATPase α1 subunitを発現する、及び
(iv)細胞核に転写因子PITX2の発現が観察される
【請求項2】
角膜内皮細胞様の性状及び機能が、以下の要件を満たすものである、請求項1記載の細胞:
(i)細胞間接着がN-cadherinで構成されている、
(ii)細胞間にtight junctionが形成されている、
(iii)細胞膜上にNa,K-ATPase α1 subunitを発現する、及び
(iv)細胞核に転写因子PITX2の発現が観察される。
【請求項3】
請求項1又は2に記載の角膜内皮代替細胞を含む、医薬。
【請求項4】
移植用である、請求項記載の医薬。