(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023172083
(43)【公開日】2023-12-06
(54)【発明の名称】金属構造物の製造方法
(51)【国際特許分類】
B22F 10/31 20210101AFI20231129BHJP
B33Y 10/00 20150101ALI20231129BHJP
B33Y 40/00 20200101ALI20231129BHJP
B22F 10/28 20210101ALI20231129BHJP
【FI】
B22F10/31
B33Y10/00
B33Y40/00
B22F10/28
【審査請求】未請求
【請求項の数】8
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022083650
(22)【出願日】2022-05-23
(71)【出願人】
【識別番号】503361400
【氏名又は名称】国立研究開発法人宇宙航空研究開発機構
(74)【代理人】
【識別番号】110003339
【氏名又は名称】弁理士法人南青山国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】津島 夏輝
(72)【発明者】
【氏名】中北 和之
【テーマコード(参考)】
4K018
【Fターム(参考)】
4K018AA06
4K018AA14
4K018BA03
4K018BA08
4K018EA60
(57)【要約】
【課題】所望の動的特性を持つ金属構造物を低コストかつ短時間で製造可能な技術を提供する。
【解決手段】金属構造物の製造方法では、粉末床溶融結合方式の3Dプリンタが用いられる。外形と動的特性の要求値とが決定される。上記外形及び上記要求値に基づいて上記3Dプリンタで造形可能な造形モデルが設計される。上記造形モデルについてモーダル解析によって動的特性の計算値が求められる。上記要求値との比較で上記計算値が許容範囲内にあるか否かの第1合否判定が行われる。上記第1合否判定で不合格の上記造形モデルとは異なる上記造形モデルが更に設計される。上記第1合否判定で合格の上記造形モデルについて上記3Dプリンタによる造形を行う。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
粉末床溶融結合方式の3Dプリンタを用いた金属構造物の製造方法であって、
外形と動的特性の要求値とを決定し、
前記外形及び前記要求値に基づいて前記3Dプリンタで造形可能な造形モデルを設計し、
前記造形モデルについてモーダル解析によって動的特性の計算値を求め、
前記要求値との比較で前記計算値が許容範囲内にあるか否かの第1合否判定を行い、
前記第1合否判定で不合格の前記造形モデルとは異なる前記造形モデルを更に設計し、
前記第1合否判定で合格の前記造形モデルについて前記3Dプリンタによる造形を行う
金属構造物の製造方法。
【請求項2】
請求項1に記載の金属構造物の製造方法であって、
前記第1合否判定で不合格の前記造形モデルの前記計算値と前記要求値との差分を把握し、
前記計算値と前記要求値との前記差分の原因となる動的特性の因子を特定し、
前記因子について前記計算値を前記要求値に近づけるための制御内容を決定し、
前記制御内容が反映された前記造形モデルを決定する
金属構造物の製造方法。
【請求項3】
請求項1に記載の金属構造物の製造方法であって、
前記3Dプリンタによる造形で得られた造形物について動的特性の測定値を求め、
前記要求値との比較で前記測定値が許容範囲内にあるか否かの第2合否判定を行い、
前記第2合否判定で不合格の前記造形物に対応する前記造形モデルとは異なる前記造形モデルを更に設計し、
前記第2合否判定で合格の前記造形物を成果物とする
金属構造物の製造方法。
【請求項4】
請求項3に記載の金属構造物の製造方法であって、
前記第2合否判定で不合格の前記造形物の前記測定値と前記要求値との差分を把握し、
前記測定値と前記要求値との前記差分の原因となる動的特性の因子を特定し、
前記因子について前記測定値を前記要求値に近づけるための制御内容を決定し、
前記制御内容が反映された前記造形モデルを決定する
金属構造物の製造方法。
【請求項5】
請求項2又は4に記載の金属構造物の製造方法であって、
前記制御内容が前記3Dプリンタで実現可能か否かの第3合否判定を行い、
前記第3合否判定で不合格の前記制御内容とは異なる前記制御内容を更に決定し、
前記第3合否判定で合格の前記制御内容が反映された前記造形モデルを決定する
金属構造物の製造方法。
【請求項6】
請求項1に記載の金属構造物の製造方法であって、
前記3Dプリンタによる造形によって評価用のサンプルを作製し、
前記サンプルを用いて予備情報を取得し、
前記予備情報を用いて前記造形モデルを設計する
金属構造物の製造方法。
【請求項7】
請求項6に記載の金属構造物の製造方法であって、
前記予備情報が材料物性を含む
金属構造物の製造方法。
【請求項8】
請求項6に記載の金属構造物の製造方法であって、
前記サンプルが簡易造形モデルについての造形で得られた簡易造形物を含み、
前記予備情報が前記簡易造形物の形状分析によって取得した形状精度を含む
金属構造物の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、3Dプリンタを用いた金属構造物の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
これまで、金属構造物の動的特性及び動的安定性の実験的評価のための供試体の製作技術としては、従来の切削加工を基本とした職人の手による製作により、評価試験の高精度な要求を満足する供試体が作製されてきた。例えば、金属構造物の動的特性及び動的安定性の評価試験として、航空分野においては、振動試験や風洞試験による評価が実施されている。その中でも特に、近年の航空機の大部分の飛行条件となる遷音速域での飛行に重大な影響を与えるフラッタ特性の評価は、安全性の観点から重要となる。従来の風洞試験においては、観測対象とする動的現象を、試験設備で実現できる限られた条件内で発生させるための動的特性の制御のため、翼桁に複数のフランジや質点を取り付けた構造となっていることが多い(非特許文献1参照)。また、実験用の供試体以外にも、動的特性を制御する構造としては、サスペンションやダンパーを組み合わせた構成となることが多い。
【0003】
一方で、積層造形(AM:Additive Manufacturing)技術の発展に伴い、複雑な形状を有する高性能な構造を低コストで容易に作製することが可能となってきており(非特許文献2,3参照)、積層造形技術を航空宇宙構造に応用することで、効率的な複雑構造の製作が可能となることが期待されている(非特許文献4~6参照)。また、翼模型の製作に応用することで、高効率な風洞試験の実現も期待されている(非特許文献7)。先行研究においては、3D造形技術を低速風洞試験等の基礎的な試験のための翼模型作製に応用することで、信頼性のある空力試験データの取得が可能であることが示されている(非特許文献7参照)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】Tang, D. and Dowell, E.H., Experimental and theoretical study on aeroelastic response of high-aspect-ratio wings, AIAA Journal, Vol. 39, No. 8 (2001), pp. 1430-1441.
【非特許文献2】Berger JB, et al., Nature, 543 (2017) 533-7.
【非特許文献3】Bauer J, et al., Adv. Mater., 29(40) (2017)
【非特許文献4】Goh GD, et al., Aerosp. Sci. Technol., 63 (2017)140-51.
【非特許文献5】Banfield C, et al., Proc. 54th AIAA Aerospace Sciences Meeting, (2016).
【非特許文献6】McSwain RG, et al., NASA TM-2020-220437 (2020).
【非特許文献7】Moioli M, et al., Aerospace, 6(10) (2019) 113.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
従来の動的特性及び動的安定性の評価試験では、観測対象とする動的現象を実験用定盤や風洞などの限られた空間にて発生させるための供試体の製作において、膨大なコストと時間を要する。これは、限定された空間での試験条件内にて評価対象の現象を発生させるために要求される空力的・構造的なスペック・精度が非常に高く、人の手によって、入念な調整や加工が実施されるためである。しかし、従来の製作技術では、それ以外の手法では要求される精度・特性を実現できない。その結果、1試験に対して供試体1模型のみといった試験になることも多く、供試体の破損のリスクからフラッタ現象やその他の動的応答の直接的な観測を断念し、限定的な局所応答情報から、対象とする動的応答を推定していくといった評価手法が取られることもある。
【0006】
また、動的特性を制御するための実構造におけるサスペンションやダンパーを組み合わせたシステムでは、これらの追加部品に伴う全体重量の増加やシステムの複雑化といった影響を避けることが難しい。
【0007】
更に、積層造形技術により作製した動的特性及び動的安定性の評価試験として、特に翼模型の風洞試験への応用としては、低速域における剛体模型としての空力評価手法として利用可能なことが実証されているが、より複雑な空力・構造現象が介在する特性評価技術としての応用においては技術的に確立されていない。これは、積層造形では、造形条件の違いにより、造形構造の機械的特性や形状誤差等に影響が及ぼされることが知られており、高精度な積層造形物を作製するためにはそれらの関係性を正確に考慮する必要があるためであり、風洞試験以外での試験においても、高精度な造形物の特性実現は課題となる。
【0008】
本発明の目的は、所望の動的特性を持つ金属構造物を低コストかつ短時間で製造可能な技術を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記目的を達成するため、本発明の一実施形態に係る金属構造物の製造方法では、粉末床溶融結合方式の3Dプリンタが用いられる。
外形と動的特性の要求値とが決定される。
上記外形及び上記要求値に基づいて上記3Dプリンタで造形可能な造形モデルが設計される。
上記造形モデルについてモーダル解析によって動的特性の計算値が求められる。
上記要求値との比較で上記計算値が許容範囲内にあるか否かの第1合否判定が行われる。
上記第1合否判定で不合格の上記造形モデルとは異なる上記造形モデルが更に設計される。
上記第1合否判定で合格の上記造形モデルについて上記3Dプリンタによる造形を行う。
【0010】
この構成では、粉末床溶融結合方式の3Dプリンタを用いることで、多様な構造の金属構造物を容易に作製可能となる。また、所望の材料物性を得るために様々な金属材料を選択可能であるばかりでなく、同じ金属材料を選択した場合にも造形の際の熱履歴によって材料物性を様々に変化させることができる。このため、予め外形が決められた金属構造物に対しても、動的特性が様々に異なるように造形モデルを設計可能となる。
また、この構成では、3Dプリンタで造形可能な造形モデルの設計と当該造形モデルのモーダル解析とを繰り返すことにより、3Dプリンタで造形可能な造形モデルの中から所望の動的特性を持つ金属構造物が得られる可能性の高い造形モデルのみに絞って3Dプリンタによる造形を行うことができる。これにより、迅速かつ低コストで所望の動的特性を持つ金属構造物を製造することができる。
【0011】
また、上記第1合否判定で不合格の上記造形モデルの上記計算値と上記要求値との差分が把握されることが好ましい。
この場合、上記計算値と上記要求値との上記差分の原因となる動的特性の因子が特定されてもよい。
上記因子について上記計算値を上記要求値に近づけるための制御内容が決定されてもよい。
上記制御内容が反映された上記造形モデルが決定されてもよい。
この構成では、先行して設計された造形モデルのモーダル解析の結果を新たな造形モデルの設計により有効にフィードバックすることができる。
【0012】
また、上記3Dプリンタによる造形で得られた造形物について動的特性の測定値が求められることが好ましい。
この場合、上記要求値との比較で上記測定値が許容範囲内にあるか否かの第2合否判定が行われてもよい。
上記第2合否判定で不合格の上記造形物に対応する上記造形モデルとは異なる上記造形モデルが更に設計されてもよい。
上記第2合否判定で合格の上記造形物が成果物とされてもよい。
この構成では、実際に3Dプリンタによる造形で得られた造形物の動的特性の測定値によって造形モデルを評価することで、所望の動的特性に対する差分をより正確に把握することができる。これにより、所望の動的特性を持つ金属構造物を造形可能な造形モデルをより正確に見極めることが可能となる。
【0013】
また、上記第2合否判定で不合格の上記造形物の上記測定値と上記要求値との差分が把握されることが好ましい。
この場合、上記測定値と上記要求値との上記差分の原因となる動的特性の因子が特定されてもよい。
上記因子について上記測定値を上記要求値に近づけるための制御内容が決定されてもよい。
上記制御内容が反映された上記造形モデルが決定されてもよい。
この構成では、先行して設計された造形モデルについての造形で得られた造形物の動的特性の測定結果を新たな造形モデルの設計により有効にフィードバックすることができる。
【0014】
また、上記制御内容が上記3Dプリンタで実現可能か否かの第3合否判定が行われることが好ましい。
この場合、上記第3合否判定で不合格の上記制御内容とは異なる上記制御内容が更に決定されてもよい。
上記第3合否判定で合格の上記制御内容が反映された上記造形モデルが決定されてもよい。
この構成では、3Dプリンタで実現困難な制御内容を除外することで、造形モデルの設計をより的確に行うことが可能となる。
【0015】
また、上記3Dプリンタによる造形によって評価用のサンプルが作製されることが好ましい。
この場合、上記サンプルを用いて予備情報が取得されてもよい。
上記予備情報を用いて上記造形モデルが設計されてもよい。
上記予備情報が材料物性を含んでもよい。
上記評価用サンプルが簡易造形モデルについての造形で得られた簡易造形物を含み、上記予備情報が上記簡易造形物の形状分析によって取得した形状精度を含んでもよい。
これらの構成では、造形モデルについての造形に実際に用いる3Dプリンタで造形したサンプルを評価することで、3Dプリンタの個体差による誤差を排除した正確な材料物性や形状精度などの予備情報が得られる。これにより、造形モデルの設計をより正確に行うことが可能となる。
【発明の効果】
【0016】
本発明によれば、所望の動的特性を持つ金属構造物を低コストかつ短時間で製造可能な技術を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【
図1】本発明の一実施形態に係る金属構造物の製造方法を示すフローチャートである。
【
図2】上記製造方法のステップS02を示すフローチャートである。
【
図3】上記製造方法におけるステップS08を含む形態を示すフローチャートである。
【
図4】上記製造方法のステップS08を示すフローチャートである。
【発明を実施するための形態】
【0018】
[概略説明]
本発明の一実施形態では、所望の動的特性の金属構造物を製造するために粉末床溶融結合方式(PBF:Powder Bed Fusion)の3Dプリンタを用いる。粉末床溶融結合方式には、例えば、直接金属レーザ焼結方式(DMLS:Direct Metal Laser Sintering)などが含まれる。
本実施形態では、3Dプリンタを用いることで多様な構造(三次元構造、表面粗度等)の金属構造物を製造可能となり、特に、従来の加工方法では不可能なレベルの複雑な内部構造を実現可能となる。これにより、本実施形態では、所望の動的特性の金属構造物を得るために、高い自由度で金属構造物の構造を設計することができる。
また、粉末床溶融結合方式の3Dプリンタでは、原料粉末として様々な種類の金属材料の粉末を用いることができる。原料粉末としては、例えば、アルミニウム合金やチタン合金などの粉末を用いることができ、特に、高負荷に耐えうる高強度と軽量性を両立させる観点からAlSi10Mgの粉末を用いることができる。
【0019】
更に、粉末床溶融結合方式では、金属材料の原料粉末の積層とレーザ照射による加熱硬化とを繰り返すことで造形を進行させる。このため、原料粉末として用いる金属材料の種類が同じであっても、造形の条件(例えば、レーザ出力、スキャン速度、スキャン間隔等)による熱履歴の制御によって金属構造物の材料物性が変化する。
つまり、本実施形態では、原料粉末として用いる金属材料の種類の選択のみならず、造形の際の熱履歴によって金属構造物の材料物性を制御することができる。このため、本実施形態では、所望の動的特性の金属構造物を得るために、高い自由度で金属構造物の材料物性を選択することができる。
したがって、本実施形態では、構造及び材料物性の組み合わせの自由度が非常に高いため、予め外形が決められた金属構造物に対しても多様な動的特性を持たせることができる。また、本実施形態では、3Dプリンタを用いるため、熟練された技術を必要とせず、低コストかつ短時間で容易に金属構造物を製造可能である。
【0020】
更に、本実施形態では、所望の動的特性の金属構造物を得られるように、3Dプリンタによる造形に必要な一群の情報で構成された造形モデルの設計を行う。本実施形態で設計される造形モデルを構成する一群の情報には、例えば、構造や材料物性等の造形物の構成や、3Dプリンタに設定される造形パラメータなどが含まれる。
本実施形態では、造形モデルの設計と当該造形モデルのモーダル解析とを繰り返すことで、所望の動的特性を持つ金属構造物が得られる可能性の高い造形モデルを絞り込むことができる。これにより、所望の動的特性を持つ金属構造物が得られるまでの間に3Dプリンタによる造形を行う回数を低減することができる。
【0021】
本実施形態に係る製造方法では、任意の構成の金属構造物を製造することができる。例えば、本実施形態に係る製造方法は、構造(三次元構造、表面粗度等)及び材料物性の組み合わせの自由度が非常に高く、予め決められた外形において様々な動的特性を実現可能であるため、動的安定性の実験的評価のための供試体の製造に適している。
供試体は、実験評価の対象となる評価対象物に基づいた外形及び動的特性となるように作製される模型である。評価対象物は、実在する構造物であっても、想定上の構造物であってもよい。また、供試体は、評価対象物と同様の大きさであっても、評価対象物とは異なる大きさのミニチュア模型などであってもよい。
供試体の一例としては、航空機の翼の模型である翼模型が挙げられる。翼模型は、航空機の翼と同様の外形及び動的特性が得られるように作製される。例えば、翼模型について風洞試験を行うことで、実際の航空機の翼について風洞試験を直接行うことなく動的安定性(フラッタ特性等)を評価することができる。
【0022】
従来、供試体の作製には熟練した職人による切削加工を基本とした手法が用いられてきた。これに対し、本実施形態に係る金属構造物の製造方法では、低コストかつ短時間で供試体が得られる点のみならず、供試体の外形及び動的特性をより精密に評価対象物の構成に合わせ込むことが可能な点でも従来の手法よりも優れる。
また、本実施形態に係る金属構造物の製造方法では、3Dプリンタを用いることで、同様の構成の供試体を複数用意することが可能となる。このため、破損のリスクにより直接的な観測がこれまで困難であった現象までも直接評価可能となり、動的安定性の評価においては従来よりも詳細かつ高精度なデータを取得することが可能となる。
更に、本実施形態に係る金属構造物の製造方法では、3Dプリンタで構造物の構成要素(例えば風洞への取り付けのための固定部等)を構造主部と一体造形することで、部品点数の低減や構造の簡略化に貢献できる。このため、特性評価においては、解析による性能予測データと試験結果の相互比較を容易にすることが可能となる。
【0023】
[全体構成]
図1は、本実施形態に係る金属構造物の製造方法の全体構成を示すフローチャートである。
図1に示すように、本実施形態に係る金属構造物の製造方法には、ステップS01~S07が含まれる。以下、
図1に沿って、本実施形態に係る金属構造物の製造方法の全体構成について説明する。
【0024】
<ステップS01:外形・要求値の決定>
ステップS01では、金属構造物の外形と動的特性の要求値とを決定する。外形は、外表面によって規定される全体形状であり、例えば、CADデータなどで用意することができる。動的特性の要求値は、成果物としての金属構造物に期待される動的特性であり、例えば、振動モード(引張、曲げ、ねじり)、固有振動数、剛性(引張、曲げ、ねじり)分布、質量分布などの動的特性の因子で規定される。
金属構造物が供試体である場合には、評価対象物の外形と動的特性とに基づいて金属構造物の外形と動的特性の要求値とを決定することができる。例えば、供試体として翼模型を製造する場合には、評価対象物である航空機の翼の外形及び動的特性に基づいて金属構造物の外形と動的特性の要求値とを決定することができる。
【0025】
<ステップS02:造形モデルの設計>
ステップS02では、ステップS01で決定された金属構造物の外形と動的特性の要求値とに基づいて造形モデルを決定する。造形モデルは、ステップS01で決定された外形となるように3Dプリンタで造形した場合に、ステップS01で決定された要求値通りの動的特性を持つ金属構造物が得られる可能性が高くなるように設計される。
造形モデルの設計では、既知の情報から、3Dプリンタによる造形に必要な金属構造物の構成や3Dプリンタに設定される造形パラメータなどの一群の情報を決定する。造形パラメータには、例えば、レーザ出力、スキャン速度、スキャン間隔、原料粉末の積層厚み、造形方向などが含まれる。
【0026】
造形モデルの設計に利用可能な既知の情報としては、データベースや文献等から得られる材料物性等の情報や、過去に蓄積された造形パラメータの情報などが含まれる。また、詳細については後述するが、造形モデルの設計には、実際に造形に用いる3Dプリンタで造形したサンプルを評価することで得られる予備情報を用いることが好ましい。
上記のとおり、ステップS02の造形モデルの設計では、選択可能な三次元構造の自由度が高い。したがって、例えば、金属構造物が翼模型の場合には、内部を単純な中空構造とする以外にも、より複雑なラティス構造や、スパーやリブ・ストリンガーといった構造要素を一体として組み合わせた設計とすることもできる。
また、ステップS02の造形モデルの設計では、選択可能な材料物性の自由度も高い。つまり、金属材料の種類の選択のみならず、造形パラメータによる造形時に加わる熱履歴の制御によっても、ヤング率、ポアソン比、断面二次モーメント、ねじり弾性係数、等価密度などの材料物性が様々に異なる造形モデルを設計することができる。
【0027】
<ステップS03:モーダル解析>
ステップS03では、ステップS02で設計された造形モデルについてモーダル解析を行う。モーダル解析では、造形モデルについて3Dプリンタによる造形で得られる造形物の動的特性を、有限要素法等を用いてシミュレーションすることで、ステップS01で決定した動的特性の要求値に対応する動的特性の各因子の計算値を求める。
具体的に、モーダル解析では、造形モデルを構成する一群の情報(例えば、質量分布や剛性分布や減衰分布など)に基づいて、当該造形モデルについて3Dプリンタによる造形で得られる造形物の固有振動数及び振動モード(変形形状)を評価する。これにより、当該造形物に対して外力が作用した際の構造振動応用を推定・評価することができる。
モーダル解析には、例えば、MSC.Nastran、Abaqus、Ansysなどといった一般的な有限要素構造解析ソフトウェアを利用することができる。
【0028】
<ステップS04:第1合否判定>
ステップS04では、造形モデルの動的特性についてステップS03で求めた計算値がステップS01で決定した要求値との比較において許容範囲内にあるか否かの第1合否判定を行う。第1合否判定では、動的特性について、各因子ごとの比較や、因子間の重み付けなどを考慮した上で、合格か不合格かを決定することができる。
第1合否判定が不合格の場合には、当該造形モデルを不採用とし、ステップS02に戻って新たな造形モデルの設計を行う。第1合否判定が合格の場合には、当該造形モデルについてステップS05に進む。つまり、本実施形態では、第1合否判定が合格の造形モデルが得られるまでステップS02~S04を繰り返す。
【0029】
<ステップS05:造形>
ステップS05では、ステップS04の第1合否判定で合格の造形モデルについて3Dプリンタによる造形を行う。つまり、当該造形モデルについて決定された金属材料の原料粉末を用い、当該造形モデルについて決定された造形パラメータを3Dプリンタに設定して造形を行う。これにより、当該造形モデルについての造形物が得られる。
【0030】
<ステップS06:動的特性の測定>
ステップS06では、ステップS05で得られた造形物について動的特性の測定を行う。動的特性の測定では、造形物について動的特性の各因子の定量的な値を得るための試験を行うことにより、ステップS01で決定した動的特性の要求値に対応する動的特性の各因子の測定値を求める。
【0031】
<ステップS07:第2合否判定>
ステップS07では、造形モデルの動的特性についてステップS06で求めた造形物の測定値がステップS01で決定した要求値との比較において許容範囲内にあるか否かの第2合否判定を行う。第2合否判定では、動的特性について、各因子ごとの比較や、因子間の重み付けなどを考慮した上で、合格か不合格かを決定することができる。
第2合否判定が不合格の場合には、当該造形物に対応する造形モデルを不採用とし、ステップS02に戻って新たな造形モデルの設計を行う。第2合否判定が合格の場合には、当該造形物を本製造方法の成果物とする。つまり、本実施形態では、第2合否判定が合格の造形モデルが得られるまでステップS02~S07を繰り返す。
【0032】
[造形モデルの設計の具体例]
図2は、第1合否判定(ステップS04)又は第2合否判定(ステップS07)において造形モデルが不合格の場合における新たな造形モデルの設計(ステップS02)の手法の一例を示すフローチャートである。以下、
図2に沿って、第1合否判定後及び第2合否判定後のそれぞれにおける新たな造形モデルの設計の手法について説明する。
【0033】
・第1合否判定後の新たな造形モデルの設計
<ステップS21:差分の把握>
ステップS21では、第1合否判定で不合格の不合格造形モデルの動的特性についてステップS03で求めた計算値とステップS01で決定した要求値との差分を把握する。この差分は、計算値と要求値とのズレの程度を示す指標であり、典型的には、動的特性の各因子ごとに要求値から計算値を引いた値として把握することができる。
【0034】
<ステップS22:因子の特定>
ステップS22では、ステップS21で把握した動的特性の計算値と要求値との差分の原因となる因子を特定する。ステップS22では、典型的には計算値と要求値とのズレが大きい因子を特定するが、因子間での動的特性全体に及ぼす影響による重み付けを考慮した上で、差分を効率よく埋められる因子を特定することもできる。
【0035】
<ステップS23:制御内容の決定>
ステップS23では、ステップS22で特定した因子について、不合格造形モデルの動的特性の計算値を要求値に近づけるための制御内容を決定する。ステップS23では、不合格造形モデルを規定する造形物の構成や造形パラメータなどの一群の情報に対して変更を加える内容として制御内容を決定することができる。
具体的に、不合格造形モデルの動的特性の計算値を要求値に近づけるために変更を加えることが有効な内容としては、例えば、造形物の内部構造、造形物の材料物性(ヤング率、ポアソン比、断面二次モーメント、ねじり弾性係数、等価密度等)、造形パラメータ(レーザ出力、スキャン速度、スキャン間隔、原料粉末の積層厚み、造形方向等)などが挙げられる。
【0036】
<ステップS24:第3合否判定>
ステップS24では、ステップS23で決定した制御内容が3Dプリンタにおいて実際に実現可能か否かの第3合否判定を行う。つまり、第3合否判定では、制御内容に含まれる造形物の構成や造形パラメータなどの変更が、実際に3Dプリンタで造形するにあたって無理のない内容になっているか否かを判定する。
第3合否判定が不合格の場合には、当該制御内容を不採用とし、ステップS23に戻って新たな制御内容を更に決定する。第3合否判定が合格の場合には、当該制御内容を不合格造形モデルに反映させた新たな造形モデルを決定する。つまり、本実施形態では、第3合否判定が合格の制御内容が得られるまでステップS23,S24を繰り返す。
【0037】
以上のように、本実施形態では、不合格造形モデルのモーダル解析の結果を新たな造形モデルの設計により有効にフィードバックすることができる。また、第3合否判定によって予め3Dプリンタで実現困難な制御内容を除外することで、造形モデルの設計をより的確に行うことが可能となる。
【0038】
・第2合否判定後の新たな造形モデルの設計
<ステップS21:差分の把握>
ステップS21では、第2合否判定で不合格の不合格造形モデルの動的特性についてステップS06で求めた造形物の測定値とステップS01で決定した要求値との差分を把握する。この差分は、測定値と要求値とのズレの程度を示す指標であり、典型的には、動的特性の各因子ごとに要求値から測定値を引いた値として把握することができる。
【0039】
<ステップS22:因子の特定>
ステップS22では、ステップS21で把握した動的特性の測定値と要求値との差分の原因となる因子を特定する。ステップS22では、典型的には測定値と要求値とのズレが大きい因子を特定するが、因子間での動的特性全体に及ぼす影響による重み付けを考慮した上で、差分を効率よく埋められる因子を特定することもできる。
【0040】
<ステップS23:制御内容の決定>
ステップS23では、ステップS22で特定した因子について、不合格造形モデルの動的特性の測定値を要求値に近づけるための制御内容を決定する。ステップS23では、不合格造形モデルを規定する造形物の構成や造形パラメータなどの一群の情報に対して変更を加える内容として制御内容を決定することができる。
具体的に、不合格造形モデルの動的特性の測定値を要求値に近づけるために変更を加えることが有効な内容としては、例えば、造形物の内部構造、造形物の材料物性(ヤング率、ポアソン比、断面二次モーメント、ねじり弾性係数、等価密度等)、造形パラメータ(レーザ出力、スキャン速度、スキャン間隔、原料粉末の積層厚み、造形方向等)などが挙げられる。
【0041】
<ステップS24:第3合否判定>
ステップS24では、ステップS23で決定した制御内容が3Dプリンタにおいて実際に実現可能か否かの第3合否判定を行う。つまり、第3合否判定では、制御内容に含まれる造形物の構成や造形パラメータなどの変更が、実際に3Dプリンタで造形するにあたって無理のない内容になっているか否かを判定する。
第3合否判定が不合格の場合には、当該制御内容を不採用とし、ステップS23に戻って新たな制御内容を更に決定する。第3合否判定が合格の場合には、当該制御内容を不合格造形モデルに反映させた新たな造形モデルを決定する。つまり、本実施形態では、第3合否判定が合格の制御内容が得られるまでステップS23,S24を繰り返す。
【0042】
以上のように、本実施形態では、不合格造形モデルについての造形で得られた造形物の動的特性の測定結果を新たな造形モデルの設計により有効にフィードバックすることができる。また、第3合否判定によって予め3Dプリンタで実現困難な制御内容を除外することで、造形モデルの設計をより的確に行うことが可能となる。
【0043】
[追加のステップ]
本実施形態に係る金属構造物の製造方法は、ステップS01~S07に加えて、追加のステップを有していてもよい。例えば、本実施形態に係る金属構造物の製造方法は、ステップS02における造形モデルの設計に利用可能な予備情報を取得するためのステップS08を有していてもよい。
【0044】
ステップS08は、
図3に示すように、ステップS01とステップS02との間に実施することが好ましい。これにより、ステップS01で決定された金属構造物の外形と動的特性の要求値とに適切な予備情報を取得可能となり、またステップS03において予備情報を有効に利用可能となる。
また、ステップS08は、
図4に示すステップS81及びステップS82を含むことが好ましい。ステップS81では、ステップS05における造形に実際に用いる3Dプリンタを用いて評価用のサンプルを造形する。そして、ステップS82では、ステップS81で造形したサンプルの評価によって予備情報を取得する。
ここで、同一の機種の3Dプリンタであっても、造形によって得られる造形物には、個体間で大きい誤差が生じやすいことが知られている。つまり、一般的に、同一の機種の3Dプリンタであっても、異なる個体を用いると、同一の造形パラメータを用いて造形する場合にも、同様の構成の造形物が得られにくい。
この点、本実施形態では、ステップS05における造形に実際に用いる3Dプリンタを用いて造形したサンプルの評価によって取得した予備情報を造形モデルの設計に用いることにより、3Dプリンタの個体差による誤差を排除することができる。これにより、ステップS05において造形モデルの設計通りの造形物が得られやすくなる。
【0045】
ステップS08で取得する予備情報としては、例えば、材料物性(ヤング率、ポアソン比、断面二次モーメント、ねじり弾性係数、等価密度等)や形状精度などが挙げられる。予備情報として取得したい内容に基づいて、ステップS81で造形するサンプルの形状、及びステップS82におけるサンプルの評価方法を決定することができる。
例えば、材料物性の取得を目的とする場合には、目的とする材料物性の評価に適切な試験に対応する形状のサンプルをステップS81で造形し、ステップS81で得られたサンプルを試験片としてステップS82で試験を行うことができる。これにより、目的とする材料物性を予備情報として取得することができる。
また、形状精度の取得を目的とする場合には、ステップS01で決定された金属構造物の外形を簡易化させた簡易造形モデルについてステップS81で造形を行い、ステップS81で得られた簡易造形物についてステップS81で形状分析を行うことができる。これにより、高い形状精度が得られる条件を予備情報として取得することができる。
ステップS08において原料粉末として用いる金属材料の種類や3Dプリンタに設定する造形パラメータなどを変化させた様々なサンプルについて予備情報を取得することで、ステップS02においてより精度の高い造形モデルの設計が可能となる。これにより、より低コストかつ短時間で金属構造物を製造可能となる。
【0046】
[その他の実施形態]
以上、本発明の実施形態について説明したが、本発明は上述の実施形態にのみ限定されるものではなく、種々変更を加え得ることは勿論である。例えば、粉末床溶融結合方式の3Dプリンタでの造形において積層した原料粉末を加熱硬化させるために用いるビームはレーザに限定されず、例えば、電子線などであってもよい。
また、本実施形態に係る金属構造物の製造方法では、例えば、第1合否判定(ステップS04)において造形モデルの良否を正確に判定可能であることが確認されている場合などには、動的特性の測定(ステップS06)及び第2合否判定(ステップS07)を省略してもよい。この場合、造形(ステップS05)で得られた造形物をそのまま金属構造物の成果物とすることができる。