(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023172408
(43)【公開日】2023-12-06
(54)【発明の名称】バンコマイシン耐性腸球菌の感染症を予防又は治療するための医薬及び腸内細菌叢のα-多様性向上剤
(51)【国際特許分類】
A61K 36/23 20060101AFI20231129BHJP
A61P 31/04 20060101ALI20231129BHJP
A61K 36/258 20060101ALI20231129BHJP
A61K 36/284 20060101ALI20231129BHJP
A61K 36/233 20060101ALI20231129BHJP
A61K 36/232 20060101ALI20231129BHJP
A61K 36/29 20060101ALI20231129BHJP
A61K 36/484 20060101ALI20231129BHJP
A61K 36/481 20060101ALI20231129BHJP
A61K 36/725 20060101ALI20231129BHJP
A61K 36/752 20060101ALI20231129BHJP
A61K 36/9068 20060101ALI20231129BHJP
A61K 35/74 20150101ALI20231129BHJP
【FI】
A61K36/23
A61P31/04
A61K36/258
A61K36/284
A61K36/233
A61K36/232
A61K36/29
A61K36/484
A61K36/481
A61K36/725
A61K36/752
A61K36/9068
A61K35/74 A
【審査請求】未請求
【請求項の数】5
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022084183
(22)【出願日】2022-05-23
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用申請有り ウェブサイトの掲載日 2021年5月28日 ウェブサイトのアドレス https://www.nature.com/articles/s41598-021-90890-4
(71)【出願人】
【識別番号】504157024
【氏名又は名称】国立大学法人東北大学
(74)【代理人】
【識別番号】110000796
【氏名又は名称】弁理士法人三枝国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】▲高▼山 真
(72)【発明者】
【氏名】鈴木 聡子
(72)【発明者】
【氏名】菊地 章子
(72)【発明者】
【氏名】有田 龍太郎
(72)【発明者】
【氏名】石井 正
(72)【発明者】
【氏名】青木 裕一
(72)【発明者】
【氏名】玉原 亨
(72)【発明者】
【氏名】清水 律子
【テーマコード(参考)】
4C087
4C088
【Fターム(参考)】
4C087AA01
4C087AA02
4C087BC30
4C087CA09
4C087MA02
4C087MA52
4C087NA14
4C087ZB35
4C087ZC75
4C088AB12
4C088AB18
4C088AB26
4C088AB40
4C088AB41
4C088AB59
4C088AB60
4C088AB62
4C088AB63
4C088AB81
4C088MA07
4C088MA52
4C088NA14
4C088ZB35
(57)【要約】
【課題】バンコマイシン耐性腸球菌の感染症の新たな予防又は治療薬を提供すること。
【解決手段】補中益気湯を含む、バンコマイシン耐性腸球菌の感染症を治療若しくは予防するか、又は抗菌薬投与の際のバンコマイシン耐性腸球菌感染を抑制するための医薬。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
補中益気湯を含む、バンコマイシン耐性腸球菌の感染症を治療若しくは予防するか、又は抗菌薬投与の際のバンコマイシン耐性腸球菌感染を抑制するための医薬。
【請求項2】
プロバイオティクスとの併用を含む、請求項1に記載の医薬。
【請求項3】
経口投与剤である、請求項1に記載の医薬。
【請求項4】
補中益気湯を含む、腸内細菌叢のα-多様性増加剤。
【請求項5】
経口投与剤である、請求項4に記載のα-多様性増加剤。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、バンコマイシン耐性腸球菌の感染症を予防又は治療するための医薬及び腸内細菌叢のα-多様性向上剤に関する
【背景技術】
【0002】
腸球菌属はグラム陽性球菌であり、腸管や環境に常在する。腸球菌のうち、例えば、Enterococcus faecalis, E. faecium, E. gallinarum, E. casseliflavus等がヒト感染症に関与する菌種として知られている。腸球菌は日和見病原体であり、感染防御能が低下した易感染宿主(例えば、高齢者、糖尿病、悪性腫瘍、心疾患、手術後患者等)に菌血症、心内膜炎、腸炎、尿路感染症、腹腔・骨盤内感染症等の感染症を引き起こす。かかる感染症、特に、セフェム系薬、カルバペネム系薬、アミノグリコシド系薬等の抗菌薬に耐性を示す腸球菌による感染症に対し、バンコマイシンは極めて重要な抗菌薬とされている。
【0003】
しかし、腸球菌のなかにはバンコマイシンに耐性を獲得したものもあり、バンコマイシン耐性腸球菌(VRE)と呼ばれている。VREの伝播経路は、腸管内に定着し、その後、ヒトからヒトへ伝播する。
【0004】
健常者の場合は、自然免疫により腸管内にVREを保菌していても通常、無害、無症状であることが多いが、術後患者、感染防御機能の低下した患者等では免疫力低下に伴い腹膜炎、術創感染症、肺炎、敗血症などの感染症を引き起こす場合がある。また同様に免疫力が低下した高齢者等もVRE感染症の発症が多い。易感染宿主にVRE感染症が起こりヒトーヒト伝播により、院内感染を引きおこす事例もあり、感染制御の側面から大きな問題となる。
【0005】
VREに対する抗菌薬としては、リネゾリドとキヌプリスチン・ダルホプリスチンの適応があるが、海外ではこれらの抗菌薬に対して耐性となったVREが報告されている。従って、それ以上の対応方法がないことからさらなるVREの感染症に対する新たな予防薬、治療薬の開発が熱望されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、バンコマイシン耐性腸球菌の感染症の新たな予防又は治療薬を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
かかる状況の下、本発明者らは、鋭意研究した結果、これまでバンコマイシン耐性腸球菌に対する効果が全く知られていなかった補中益気湯を用いることにより上記課題を解決し得ることを見出した。本発明はかかる新規知見に基づくものである。従って、本発明は以下の項を提供する:
項1.補中益気湯を含む、バンコマイシン耐性腸球菌の感染症を治療若しくは予防するか、又は抗菌薬投与の際のバンコマイシン耐性腸球菌感染を抑制するための医薬。
項2.プロバイオティクスとの併用を含む、項1に記載の医薬。
項3.経口投与剤である、項1又は2に記載の医薬。
項4.補中益気湯を含む、腸内細菌叢のα-多様性増加剤。
項5.経口投与剤である、項4に記載のα-多様性増加剤。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、バンコマイシン耐性腸球菌の感染症の新たな予防又は治療薬を提供することができる。本発明の有効成分である補中益気湯は、ヒトパピローマウイルス(HPV)ワクチンへのアジュバントとして利用することが知られているが(特許文献1)、VREに対する予防、治療効果は全く知られていない。従って、本発明は、従来技術からは予想し得ない驚くべき効果を奏する。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【
図1】実施例1における補中益気湯の投与とVRE感染との関連性について後ろ向き観察研究を行った結果を示す。
【
図2】実施例2における、第2群(補中益気湯による治療効果の試験)とコントロール群における、糞便中のVRE生菌数のグラフを示す。グラフの縦軸は、糞便中のVRE平均生菌数を示す。グラフの横軸は、VRE菌液接種後の日数(VRE菌液を接種した日を0日と起算した)を示す。
【
図3】実施例2における、第3群(補中益気湯による予防及び治療効果の試験)とコントロール群における、糞便中のVRE生菌数のグラフを示す。グラフの縦軸は、糞便中のVRE平均生菌数を示す。グラフの横軸は、VRE菌液接種後の日数(VRE菌液を接種した日を0日と起算した)を示す。
【
図4】実施例3における腸内細菌叢のα-多様性に対する補中益気湯の影響を試験した結果を示す。統計はWilcoxonの順位和検定を用いた。縦軸は、observed featuresを示す。
【
図5】実施例3における腸内細菌叢のα-多様性に対する補中益気湯の影響を試験した結果を示す。統計はWilcoxonの順位和検定を用いた。縦軸は、shannon entropyを示す。
【発明を実施するための形態】
【0011】
医薬
本発明は、補中益気湯を含む、医薬を提供する。
本発明の有効成分は、補中益気湯である。補中益気湯は、以下の生薬に由来する成分を含む:人参(ニンジン)、ソウジュツ、オウギ、当帰(トウキ)、陳皮(チンピ)、タイソウ、柴胡(サイコ)、甘草(カンゾウ)、生姜(ショウキョウ)、升麻(ショウマ)。本明細書において、用語「補中益気湯」には、そうでないことが明記されない限り、上記生薬を煎じて得られる液体だけでなく、生薬を煎じて得られる液体を乾燥(例えば、凍結乾燥)させたエキスも包含される。各生薬成分の割合は、本発明の効果が得られる範囲で適宜設定できる。好ましい実施形態において、各生薬成分の割合としては、例えば、人参(ニンジン)4質量部に対し、ビャクジュツもしくはソウジュツ1~10質量部(好ましくは、2~6質量部、より好ましくは4質量部)、オウギ1~10質量部(好ましくは、2~6質量部、より好ましくは3~4質量部)、トウキ1~8質量部(好ましくは、2~4質量部、より好ましくは3質量部)、チンピ1~4質量部(好ましくは、1~3質量部、より好ましくは2質量部)、タイソウ1~4質量部(好ましくは、1~3質量部、より好ましくは2質量部)、サイコ0.1~4質量部(好ましくは、0.5~3質量部、より好ましくは1~2質量部)、カンゾウ0.5~4質量部(好ましくは、1~2質量部、より好ましくは1.5質量部)、ショウキョウもしくはカンキョウ0.1~2質量部(好ましくは、0.1~1質量部、より好ましくは0.5質量部)、ショウマ0.1~3質量部(好ましくは、0.1~2質量部、より好ましくは0.5~1質量部)等が挙げられる。従って、好ましい実施形態において、補中益気湯としては、各生薬成分を上記割合で含む原料を温水等の液体で煎じて得られる液、これを乾燥させたエキス等が挙げられる。典型的な実施形態において、例えば、補中益気湯エキスは、定量するとき、後述する実施例の「2.1.被験物質及び対照物質」の項に規定した分量で製したエキス当たり,ヘスペリジン16~64mg,サイコサポニンb20.3~1.2mg(サイコ1gの処方)、0.6~2.4mg(サイコ2gの処方)及びグリチルリチン酸(C42H62O16:822.93)10~30mgを含む。
【0012】
また、本発明においては、本発明の有効成分である補中益気湯そのものを医薬として用いてもよいし、本発明の効果が得られる範囲において、薬学的に許容される各種担体(例えば、等張化剤、キレート剤、安定化剤、pH調節剤、防腐剤、抗酸化剤、溶解補助剤、粘稠化剤等)と組み合わせた医薬組成物として用いてもよい。
【0013】
等張化剤としては、例えば、グルコース、トレハロース、ラクトース、フルクトース、マンニトール、キシリトール、ソルビトール等の糖類、グリセリン、ポリエチレングリコール、プロピレングリコール等の多価アルコール類、塩化ナトリウム、塩化カリウム、塩化カルシウム等の無機塩類等が挙げられる。これらの等張化剤は、1種単独で、又は2種以上を組み合わせて用いることができる。
【0014】
キレート剤としては、例えば、エデト酸二ナトリウム、エデト酸カルシウム二ナトリウム、エデト酸三ナトリウム、エデト酸四ナトリウム、エデト酸カルシウム等のエデト酸塩類、エチレンジアミン四酢酸塩、ニトリロ三酢酸又はその塩、ヘキサメタリン酸ソーダ、クエン酸等が挙げられる。これらのキレート剤は、1種単独で、又は2種以上を組み合わせて用いることができる。
【0015】
安定化剤としては、例えば、亜硫酸水素ナトリウム等が挙げられる。
【0016】
pH調節剤としては、例えば、塩酸、炭酸、酢酸、クエン酸等の酸が挙げられ、さらに水酸化ナトリウム、水酸化カリウム等のアルカリ金属水酸化物、炭酸ナトリウム等のアルカリ金属炭酸塩又は炭酸水素塩、酢酸ナトリウム等のアルカリ金属酢酸塩、クエン酸ナトリウム等のアルカリ金属クエン酸塩、トロメタモール等の塩基等が挙げられる。これらのpH調節剤は、1種単独で、又は2種以上を組み合わせて用いることができる。
【0017】
防腐剤としては、例えば、ソルビン酸、ソルビン酸カリウム、パラオキシ安息香酸メチル、パラオキシ安息香酸エチル、パラオキシ安息香酸プロピル、パラオキシ安息香酸ブチル等のパラオキシ安息香酸エステル、グルコン酸クロルヘキシジン、塩化ベンザルコニウム、塩化ベンゼトニウム、塩化セチルピリジニウム等の第4級アンモニウム塩、アルキルポリアミノエチルグリシン、クロロブタノール、ポリクォード、ポリヘキサメチレンビグアニド、クロルヘキシジン等が挙げられる。これらの防腐剤は、1種単独で、又は2種以上を組み合わせて用いることができる。
【0018】
抗酸化剤としては、例えば、亜硫酸水素ナトリウム、乾燥亜硫酸ナトリウム、ピロ亜硫酸ナトリウム、濃縮混合トコフェロール等が挙げられる。これらの抗酸化剤は、1種単独で、又は2種以上を組み合わせて用いることができる。
【0019】
溶解補助剤としては、例えば、安息香酸ナトリウム、グリセリン、D-ソルビトール、ブドウ糖、プロピレングリコール、ヒドロキシプロピルメチルセルロース、ポリビニルピロリドン、マクロゴール、D-マンニトール等が挙げられる。これらの溶解補助剤は、1種単独で、又は2種以上を組み合わせて用いることができる。
【0020】
粘稠化剤としては、例えば、ポリエチレングリコール、メチルセルロース、エチルセルロース、カルメロースナトリウム、キサンタンガム、コンドロイチン硫酸ナトリウム、ヒドロキシエチルセルロース、ヒドロキシプロピルセルロース、ヒドロキシプロピルメチルセルロース、ポリビニルピロリドン、ポリビニルアルコール等が挙げられる。これらの粘稠化剤は、1種単独で、又は2種以上を組み合わせて用いることができる。
【0021】
また、上記医薬組成物は、補中益気湯に加え、プロバイオティクスを含んでいてもよい。本発明において用語「プロバイオティクス」は、そうでないことが明示されていない限り、腸内細菌叢のバランスを改善することにより対象に有益な作用をもたらす生きた微生物を意味する。したがって、本発明において、プロバイオティクスとしては、細菌叢を形成する、乳酸菌、ビフィズス菌、酪酸菌、プロピオン酸菌、大腸菌等の細菌;これらの細菌の増殖を促進する物質;対象に有益な作用をもたらしうる、酵母、真菌等の有用な微生物等が挙げられる。プロバイオティクスを用いる場合、その使用量は特に限定されないが、例えば、補中益気湯を、補中益気湯エキス換算で1質量部に対し、プロバイオティクスを0.001~1000質量部、好ましくは0.01~100質量部、より好ましくは0.1~10質量部使用することができる。これらのプロバイオティクスを複数種類用いる場合、例えば、各々のプロバイオティクスについて上記使用割合で用いることができる。
【0022】
また、上記医薬組成物は、補中益気湯等の上記成分に加え、VREの感染症の予防又は治療効果を有するとされている化合物をさらに含んでいてもよい。VREの感染症の予防又は治療効果を有するとされている化合物としては、例えば、リネゾリド、キヌプリスチン、ダルホプリスチン等が挙げられる。これらの化合物を用いる場合、1種単独で、又は2種以上を組み合わせて用いることができる。これらの化合物を用いる場合、その使用量は特に限定されないが、例えば、補中益気湯を、補中益気湯エキス換算で1質量部に対し、VREの感染症の予防又は治療効果を有するとされている化合物を0.001~1000質量部、好ましくは0.01~100質量部、より好ましくは0.1~10質量部使用することができる。これらのVREの感染症の予防又は治療効果を有するとされている化合物を複数種類用いる場合、例えば、各化合物について上記使用割合で用いることができる。また、上記医薬組成物は、本発明の効果が得られる範囲で、補中益気湯以外の漢方薬成分を含んでいてもよい。
【0023】
医薬組成物の実施形態において、組成物中の補中益気湯の含有量は特に限定されず、例えば、補中益気湯エキス換算で、99質量%以上、95質量%以上、90質量%以上、70質量%以上、50質量%以上、30質量%以上、10質量%以上、5質量%以上、1質量%以上等の条件から適宜設定できる。
【0024】
製剤形態は、特に限定されず、例えば錠剤、丸剤、カプセル剤、散剤、顆粒剤、シロップ剤等の経口投与剤;注射剤(静脈注射、筋肉注射、局所注射等)、含嗽剤、点滴剤、外用剤(軟膏、クリーム、貼付薬、吸入薬)、座剤等の非経口投与剤等の各種製剤形態を挙げることができる。上記製剤形態のうち、好ましいものとしては、例えば、経口投与剤(顆粒剤、錠剤、丸剤、カプセル剤、散剤、シロップ剤等)等が挙げられる。
【0025】
本発明において、補中益気湯の投与量は、投与経路、患者の年齢、体重、症状等によって異なり一概に規定できないが、補中益気湯エキス換算で、成人に対して1日7.5gを2~3回に分割し経口投与すればよい。補中益気湯の投与量の下限も特に限定されず、例えば、成人に対する1日投与量が通常、0.1mg以上、好ましくは0.5mg以上の範囲で適宜設定できる。1日1回投与する場合は、1製剤中にこの量が含まれていればよく、1日3回投与する場合は、1製剤中にこの3分の1量が含まれていればよい。
【0026】
本発明の医薬は、哺乳類、鳥類等の対象に投与される。哺乳動物としては、ヒト、サル、マウス、ラット、ネコ、イヌ、ブタ、ウサギ、ウシ、ウマ、ヒツジ等が挙げられ、鳥類としては、ニワトリ等が挙げられる。
【0027】
本発明の医薬は、VRE感染症を予防又は治療するために用いることができる。本発明においては、用語VRE感染症の「予防又は治療」には、本発明の医薬を予防及び治療の一方にのみ使用することだけでなく、予防及び治療の両方に用いることも包含される。また、本発明の医薬は、抗菌薬投与の際のバンコマイシン耐性腸球菌感染を抑制するためにも用いることができる。
【0028】
腸内細菌叢のα-多様性増加剤
本発明の有効成分である補中益気湯を対象(患者等)に投与することにより、腸内細菌叢のα-多様性を増加させることができる。従って、一実施形態において、本発明は、補中益気湯を含む、腸内細菌叢のα-多様性増加剤を提供する。
【0029】
これらの実施形態において、有効成分である補中益気湯の詳細、使用方法、賦形剤等については、前述の「医薬」に記載したのと同様である。投与対象も前述の通りであり、ヒトであっても、非ヒト動物であってもよい。
【0030】
本発明によれば、補中益気湯を用いることにより、腸内細菌叢のα-多様性を向上でき、それによって腸内細菌叢中のVREの割合が低減される。本発明においては、かかる腸内細菌叢中のVREの割合低減がVRE感染症の予防、治療に寄与しているものと考えられる。従って、VREに対する除菌作用、殺菌作用によりVRE感染症を治療する従来の抗菌薬と異なり、本発明においては、耐性株が生じにくいため有効である。
【0031】
以下に、実施例を挙げて本発明をより具体的に説明するが、本発明はこれらに限定されない。
【実施例0032】
実施例1
補中益気湯の投与とバンコマイシン耐性腸球菌Vancomycin-resistant enterococcus (VRE)感染との関連性について後ろ向き観察研究を行った。具体的には以下の通り。
方法
1.1.対象
2018年8月から2019年7月に1施設(三次医療機関)において培養検査でVRE陽性となった患者を抽出した。この期間中、この施設では毎週すべての入院患者の便培養を検査し、VRE陽性であることが確認された合計122人の入院患者がこの研究に登録された。
1.2.評価項目
対象患者の性別、年齢、入院時のBody mass index、および血清アルブミン値、糖尿病および高血圧の病歴、入院後の外科手術、および便中のVRE陽性以前の抗菌薬の使用、VREに対する治療としての経口プロバイオティクスの使用および漢方薬の使用等を後ろ向きに抽出した。評価項目は、VREの陰性化と、便中のVRE陽性確認からVRE陰性化達成までの期間とした。
1.3.統計
生存期間分析は、カプランマイヤー曲線とログランク検定によって評価された。VRE陰性化達成のための多変量解析は、特定の説明変数と有意な影響を及ぼした追加の変数を使用したバイナリロジスティック回帰分析によって評価された。統計分析は、SPSS Statistics Base 22 software (IBM Corp., Armonk, NY, USA)またはMATLAB R2015a (MathWorks, Natick, MA, USA)を使用した。
結果
プロバイオティクスと補中益気湯の併用および補中益気湯単独投与は、VRE感染患者において、VREの陰性化を促進した。また、補中益気湯の投与は、VRE陽性患者の生存率を有意に改善した。生存率についての結果を
図1に示す。
【0033】
実施例2
マウスモデルを用いてバンコマイシン耐性腸球菌Vancomycin-resistant enterococcus (VRE) 感染における補中益気湯の効果を検討した。
【0034】
方法
2.1.被験物質及び対照物質
2.1.1.被験物質
名称:補中益気湯混餌飼料
性状:ペレット餌
2.1.2.対照物質
名称:MFコントロール飼料
性状:ペレット餌
MFコントロール飼料はオリエンタル酵母工業株式会社の市販品で、補中益気湯混餌飼料はMF97%と補中益気湯エキス粉末3%の割合で同社に作成を依頼した。MFコントロール飼料、補中益気湯混餌飼料はガンマ線照射滅菌(30kGy)も行った。補中益気湯エキス粉末は株式会社ツムラより提供され、10種類の生薬(オウギ 4.0g、ソウジュツ 4.0g、ニンジン 4.0g、トウキ 3.0g、サイコ 2.0g、タイソウ2.0g、チンピ 2.0g、カンゾウ 1.5g、ショウマ 1.0g、ショウキョウ0.5g)を水のみで煎出し、噴霧乾燥法により製した乾燥エキスを、有機溶媒や水を一切使用しない乾式造粒法により顆粒剤とした漢方エキス製剤である。
【0035】
2.2.検体
2.2.1.調製方法
2.2.1.1.被験物質及び対照物質
後述する必要量を分取し、使用した。
【0036】
2.3.病原微生物 Enterococcus faecium(ATCC 700221)(バンコマイシン耐性腸球菌)
2.3.1.使用菌株
2.3.2.保存条件及び保存場所
試験施設の超低温フリーザー(設定温度:-80°C、MDF-394AT、三洋電機株式会社)で使用時まで凍結保存した。
2.3.3.使用した試薬
(1)ブレインハートインフュージョン寒天培地(栄研化学株式会社)
(2)ブレインハートインフュージョン培養液(栄研化学株式会社)
(3)生理食塩液(株式会社大塚製薬工場)
2.3.4.接種菌液の精製
保存菌株を解凍し、ブレインハートインフュージョン寒天培地に塗沫後、37°C設定の恒温器(ILE800、ヤマト科学株式会社)で2日間培養した。培地上に発育したコロニーを釣菌し、ブレインハートインフュージョン培養液に加え、37°C設定の恒温器で1日培養した。培養後、遠心分離(2000 rpm、5分間)し、上清を廃棄し、沈殿物に生理食塩液を1 mL加えて懸濁させた。McFarland 2(約6.0×108 CFU/mL)になるように菌液を調製した。
2.3.5.残余接種菌液の取り扱い
使用後の残余接種菌液は、オートクレーブ(LSX-500、株式会社トミー精工)処理(121°C、15分間)した後、廃棄した。
【0037】
2.4.試験系
2.4.1.動物種及び系統
動物種:マウス(SPF)
系統:C57BL/6JJmsSlc
選択理由:本系統は、感染実験における評価のための背景データが豊富であるため。
2.4.2.動物の性別、週齢
雌、5週齢
2.4.3. 環境条件及び飼育管理
管理温度:18~28°C(実測値:21~26°C)、管理湿度:30~80%RH(実測値:47~72%RH)、明暗各12 時間(照明:6時~18時)に維持された飼育室で動物を飼育した。滅菌済みプラスチックケージ(W:175 ×D:245 × H:125 mm)に金網製スノコを敷いて用いた。また飼育環境に配慮するため、各ケージに環境エンリッチメント(巣作りシート、株式会社アニメック)を入れた。群分け後は個別飼育とした。被験物質及び対照物質を給餌器に入れ、自由に摂取させた。予備飼育期間は全ての動物に対照物質を摂取させた。
2.4.4.飲料水
上水道水は給水瓶を用いて自由に摂取させた。飲料水中の汚染物質濃度及び細菌数をほぼ6ヵ月ごとに分析し、試験施設の許容基準に適合していることを確認した。群分け後から菌液接種翌日までは、アンピシリン(0.5 g/ L、富士フイルム和光純薬株式会社)を入れて飲水させた。
分析機関:東西化学産業株式会社及び株式会社環境公害センター
【0038】
2.5.被験物質及び対照物質投与
2.5.1.投与経路、投与方法及び投与期間
投与経路:混餌
投与方法:被験物質を混ぜた混餌飼料を給餌器に入れ、自由に摂取させた。コントロール群については、被験物質を混ぜた混餌飼料に代えて対照物質を給餌器に入れ、自由に摂取させた。飼料は週に2回新しいものに交換し、食べ残しの飼料は廃棄した。
投与期間:第2群(補中益気湯による治療効果の試験)は菌液接種日を投与開始日とし、投与期間は11日間とした。第3群(補中益気湯による予防及び治療効果の試験)は群分け日を投与開始日とし、投与期間は、18日間とした。いずれの群においても各投与開始日を投与1日と起算した。
【0039】
2.6.菌液接種
2.6.1.菌液接種方法
マウス用ゾンデ(有限会社 フチガミ器械)を装着した1 mL容ディスポーザブルシリンジ(テルモ株式会社)を用いて、群分け日を1日目と起算し、8日目に強制的に0.2 mL経口接種した。
【0040】
2.7.群構成
【0041】
【0042】
結果
2. 8.糞便中の生菌数
第2群(補中益気湯を治療用に投与)及びコントロール群における糞便中のVRE生菌数の経時的変化(菌液を接種した日を0日と起算した。
図3も同じ。)を
図2に示した。第3群(補中益気湯を予防及び治療用に投与)及びコントロール群における糞便中のVRE生菌数の経時的変化を
図3に示した。
【0043】
第2群(補中益気湯を治療用に投与。補中益気湯11日間投与群)では、菌液接種後4日目から糞便中の平均生菌数がコントロール群に比較し低下する傾向を認め、菌液接種後9日目では有意に低下した。第3群(補中益気湯を予防及び治療用に投与。補中益気湯18日間投与群)では、糞便中の平均生菌数は、コントロール群よりも菌液接種後1日目から低下する傾向を認め、コントロール群と比較して、菌液接種後2日、9日で生菌数の有意な低下が認められた。
【0044】
実施例3
腸内細菌叢のα-多様性に対する補中益気湯の影響を試験した。具体的には以下の通り。
3.1.DNA抽出
0日目、1日目、2日目、9日目、10日目のマウスの便検体を、DNeasy Power Soil Kit (QIAGEN Inc., Germany) を用いてDNAを抽出した。これはビーズによる細胞壁破壊、 細胞溶解、タンパク塩析の後、抽出したDNAを濾紙にてトラップして、最終的にRNase free水30μLに溶出し回収するキットである。ただし、検体溶液に含まれる糞便量が少なく、十分なDNA収量を取れない検体は、15μLで溶出し回収した。回収した溶液に含まれるDNA濃度は吸光度計Qubit 2.0 (Thermo Fisher Scientific Inc., USA)・dsDNA HS Assay Kit (Thermo Fisher Scientific, Inc., USA)にて測定した。
【0045】
3.2. 1st Polymerase chain reaction(PCR)
DNAをシーケンス解析用に増幅するため、細菌DNAに特有の保存領域である16S リボソームRNA(rRNA)をコードするDNAに含まれている、可変領域のV3-V4領域を、2ステップPCR法を用いて増幅しアンプリコンを得た。1st PCRは、V3-V4領域をターゲットとした特異的なプライマーを用いた。その配列は以下の通りである。
(Forward) 5’- ACACTCTTTCCCTACACGACGCTCTTCCGATCTNNNNNCCTACGGGNGGCWGC AG-3’ (55bp)、(reverse) 5’- GTGACTGGAGTTCAGACGTGTGCTCTTCCGATCTNNNNNGACTACHVGGGTAT CTAATCC-3’ (60bp)。 PCRに用いた酵素はExTaq (TaKaRa Bio Inc., Japan)を、PCR装置はPCR Thermal Cycler Dice(登録商標) Touch (TaKaRa Bio Inc., Japan)を用いた。 1st RCRのプロトコールは以下の通りである; 94℃ 3分、(94℃ 30秒、55℃ 30秒、72℃ 30秒)×30サイクル、72℃ 5分、8℃∞。 その後、フラグメントアナライザー(Flagment Analyzer, FA, Advanced Analytical Technologies Inc., USA)を用いて、1st PCR産物(約540bp)が増幅しているか確認した。 FAは多くのPCR産物を同時に電気泳動にかけ、微量なPCR産物も検出することが出来る装置である。この装置に96wellプレート1枚当たりGel 40ml+Dye 4μL、Capillary Conditioning Solution 35ml、廃液ボトルをセットし、Inlet Bufferを入れたトレイ、廃液トレイ、Marker Solutionトレイ、および1st PCR産物10μLを各wellトレイにセットし、電気泳動 を行った.
【0046】
3.3. 2nd PCR
増幅したアンプリコンに配列解析シークエンスに必要なアダプター配列を結合させるために、2nd PCRを行った。2nd PCRで用いるプライマーは、検体ごとに異なるインデックス 配列、およびMiSeqでフローセルに結合するためのアダプター配列、シーケンスプライマ ーが結合する領域があらかじめ付いたものである。試薬、機器は1st PCRと同じものを用 いた。
【0047】
3.4.ビーズ精製、ゲル切り出し
2nd PCR産物を3μLずつひとつのチューブ内にまとめ、プール検体とした。このプール検体から増幅DNA以外の不純物を除去するため、磁気ビーズAMPure XP (Beckman Coulter Inc., USA)を用いて増幅DNAを精製した。精製物を1%アガロースゲルで電気泳動し、トランスイルミネーターのUV下で精製DNAのバンドを含むゲルを切り出した。ゲルはMinElute Gel Extraction Kit (QIAGEN Inc., Germany)を用いたイソプロパノール沈殿を行い、純度の高い精製DNA溶液を得た。溶液中のDNA濃度を Qubitで測定し、シーケンスに十分な濃度が得られたことを確認するとともに、この溶液と 2nd PCRで得た増幅DNAを電気泳動して、当該バンド(V3-V4領域の場合、630bp)が 一致することを確認した。
【0048】
3.5.MiSeqを用いたアンプリコンDNAシーケンス
精製したDNA溶液からアンプリコンDNAのシーケンスをするのにはMiSeq (Illumina Inc., USA)を用いて行った。
【0049】
3.6.細菌叢の系統樹解析
配列の解析にはメタゲノム解析の統合解析パイプラインプログラムであるQIIME 2 (version 2019.10)を用いた。
本研究では、α-多様性として以下の2つの指数を計算した。 (1) Observed features:一度でも観察された菌種数。希少種の存在まで考慮に入れた多様性指数。 (2) Shannon index:サンプル全体に対する種の割合に基づいて計算される。広く用いられるが、割合の多い菌種の影響を受けやすいとされる。
3群間の比較には、Wilcoxonの順位和検定を用いた。p < 0.05を有意とした。解析には統計ソフト JMP software (version 12.0; SAS Institute Inc., Cary, NC, USA)を用いた。
2日目のObserved featuresの結果を
図4に示す。また、2日目のShannon indexの結果を
図5に示す。
図4に示すように、α-多様性を示すobserved featuresはコントロール群に比べ、補中益気投与群、補中益気湯予防投与群で有意に増加していた。また、
図5に示すように、αー多様性を示すshannon entropyは、コントロール群に比べ、補中益気湯群、補中益気湯予防投与群で有意に増加していた。これらの結果から、補中益気湯がαー多様性を増加させて、VREの定着率を減少させた可能性が考えられる。