(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023172656
(43)【公開日】2023-12-06
(54)【発明の名称】表面被覆工具、特に表面被覆盛上げタップ、及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
B23B 27/14 20060101AFI20231129BHJP
C23C 14/06 20060101ALI20231129BHJP
C23C 14/22 20060101ALI20231129BHJP
B23P 15/28 20060101ALI20231129BHJP
B23G 5/06 20060101ALI20231129BHJP
【FI】
B23B27/14 A
C23C14/06 H
C23C14/06 P
C23C14/22 C
B23P15/28 A
B23G5/06 C
【審査請求】未請求
【請求項の数】12
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022084611
(22)【出願日】2022-05-24
(71)【出願人】
【識別番号】591131822
【氏名又は名称】株式会社彌満和製作所
(74)【代理人】
【識別番号】100099759
【弁理士】
【氏名又は名称】青木 篤
(74)【代理人】
【識別番号】100123582
【弁理士】
【氏名又は名称】三橋 真二
(74)【代理人】
【識別番号】100108903
【弁理士】
【氏名又は名称】中村 和広
(74)【代理人】
【識別番号】100123593
【弁理士】
【氏名又は名称】関根 宣夫
(74)【代理人】
【識別番号】100208225
【弁理士】
【氏名又は名称】青木 修二郎
(74)【代理人】
【識別番号】100217179
【弁理士】
【氏名又は名称】村上 智史
(72)【発明者】
【氏名】細川 優
(72)【発明者】
【氏名】三浦 聡
【テーマコード(参考)】
3C046
4K029
【Fターム(参考)】
3C046FF02
3C046FF10
3C046FF17
3C046FF20
3C046FF21
3C046FF25
4K029AA02
4K029AA24
4K029BA54
4K029BA55
4K029BA60
4K029BB02
4K029BC02
4K029BD05
4K029CA04
4K029CA06
4K029CA13
4K029DA08
4K029EA01
4K029FA05
4K029GA02
4K029JA03
(57)【要約】
【課題】耐摩耗性及び耐凝着性に優れる、表面被覆工具、特に表面被覆盛上げタップを提供する。
【解決手段】表面被覆工具の製造方法であって、工具が、基材と、基材の表面上にこの順に被覆されている第I層及び第II層とを含み、第I層及び前記第II層が、それぞれ独立して、窒化チタン被膜、炭化チタン被膜、及び炭窒化チタン被膜のうちの少なくとも1つであり、かつ以下の工程(1)~(3)を含む、方法:
(1)基材上に、アークイオンプレーティング法によって第I層を形成すること、
(2)第I層に対して、金属イオンを用いたイオンボンバードメント処理を行うこと、及び
(3)イオンボンバードメント処理後の第I層上に、スパッタリング法によって第II層を形成すること。
【選択図】
図3
【特許請求の範囲】
【請求項1】
表面被覆工具の製造方法であって、
前記工具が、基材と、前記基材の表面上にこの順に被覆されている第I層及び第II層とを含み、
前記第I層及び前記第II層が、それぞれ独立して、窒化チタン被膜、炭化チタン被膜、及び炭窒化チタン被膜のうちの少なくとも1つであり、かつ
以下の工程(1)~(3)を含む、方法:
(1)前記基材上に、アークイオンプレーティング法によって前記第I層を形成すること、
(2)前記第I層に対して、金属イオンを用いたイオンボンバードメント処理を行うこと、及び
(3)前記イオンボンバードメント処理後の第I層上に、スパッタリング法によって第II層を形成すること。
【請求項2】
前記基材の表面の算術平均粗さRa1と、前記第II層の表面の算術平均粗さRa2との関係が、以下の式(1)を満たす、請求項1に記載の方法:
0μm≦Ra2-Ra0<0.060μm (1)
【請求項3】
前記第II層の表面の算術平均粗さRaが、0.150μm以下である、請求項1に記載の方法。
【請求項4】
前記工程(2)において、前記金属イオンが、Crイオンである、請求項1に記載の方法。
【請求項5】
前記工具が、盛上げタップである、請求項1~4のいずれか一項に記載の方法。
【請求項6】
基材と、前記基材の表面上にこの順に被覆されている第I層及び第II層とを含み、
前記第I層が、アークイオンプレーティング層であり、
前記第II層が、スパッタリング層であり、
前記第I層及び前記第II層は、それぞれ独立して、窒化チタン被膜、炭化チタン被膜、及び炭窒化チタン被膜のうちの少なくとも1つであり、かつ
前記基材の表面の算術平均粗さRa0と、前記第II層の表面の算術平均粗さRa2との関係が、以下の式(1)を満たす、
表面被覆工具:
0μm≦Ra2-Ra0<0.060μm (1)
【請求項7】
前記第II層の表面の算術平均粗さRaが、0.150μm以下である、請求項6に記載の工具。
【請求項8】
前記第I層の厚さが、1.0μm以上5.0μm以下であり、かつ
前記第II層の厚さが、1.0μm以下である、
請求項6に記載の工具。
【請求項9】
前記第II層の表面の最大高さ粗さRzが、1.300μm以下である、請求項6に記載の工具。
【請求項10】
前記第I層が、2以上の被膜から構成されている、請求項6に記載の工具。
【請求項11】
前記第I層の表面のCrの含有量が、1.0at%未満である、請求項6に記載の工具。
【請求項12】
前記工具が、盛上げタップである、請求項6~11のいずれか一項に記載の工具。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、表面被覆工具、特に表面被覆盛上げタップ、及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
金属等を加工するための工具として、転造工具及び切削工具等が知られている。転造とは、素材に強い力を加えて盛り上げて成形する加工方法(「塑性加工」とも呼ばれる)である。また、切削とは、素材を削って成形する加工方法である。
【0003】
盛上げタップ等の転造工具を用いて、被加工物にめねじを形成する場合、一般的に、ドリル等で下穴が加工された被加工物に対して、盛上げタップのつる巻き線状に形成された成形部分(「ねじ部」とも称する)を回転させながら、被加工物の下穴に徐々に食い込ませて、下穴部分を塑性変形させる。
【0004】
しかしながら、盛上げタップのねじ部による被加工物の下穴の塑性変形が開始すると、変形抵抗が生じ、それによって、盛上げタップのねじ部の山頂部分(「外径部」とも称する)及びフランク面に高い圧力が加わる。その結果、盛上げタップと被加工物との間の激しい摩擦による発熱や被加工物の塑性変形に伴う発熱が生じて、盛上げタップ及び被加工物が高温になってしまってしまうことがある。その一方で、被加工物の下穴の表面は、盛上げタップのねじ部によって強く押圧されて、その金属組織が延ばされることによって、表面の金属組織が剥離してしまうことがある。そして、剥離された金属組織は、上述した盛上げタップとの接触面における高い圧力、並びに盛上げタップ及び被加工物における高温によって、盛上げタップのねじ部の外径部及びフランク面に凝着するという現象が生じることがある。
【0005】
上記のような問題を防ぐために、盛上げタップに対して硬質皮膜による表面処理を行い、盛上げタップに耐摩耗性と、耐凝着性(すなわち、より平滑な表面状態)とを与えることが行われている。
【0006】
近年、転造工具又は切削工具の表面処理に関して、多数な開発が行われてきた。
【0007】
例えば、特許文献1では、硬質被膜で表面が被覆されている硬質被膜被覆工具が開示されている。より具体的には、特許文献1の工具は、AlaTibCrc〔但し、a、b、cはそれぞれ原子比で、0.3≦a≦0.7、0≦b≦0.5、0≦c≦0.7、且つa+b+c=1〕の窒化物または炭窒化物から成るI層と、CrAlNから成る窒化物相とBN相とが三次元的に混じり合う複合膜であるII層とを有し、工具母材の表面上に前記I層が設けられるとともに、該I層および前記II層が交互に4層以上積層されて前記硬質被膜が構成されている一方、前記工具母材の表面上に設けられる前記I層の層厚は10nm~500nmの範囲内で、その他の該I層および前記II層の層厚は何れも1nm~50nmの範囲内であり、被膜全体の総膜厚は0.1μm~20μmの範囲内である。
【0008】
また、特許文献2では、本体及び本体に適用された多層被膜を含む切削工具が開示されている。より具体的には、特許文献2の工具は、窒化チタンアルミニウム(TiAlN)、窒化チタンアルミニウムケイ素(TiAlSiN)、窒化クロム(CrN)、窒化アルミニウムクロム(AlCrN)、窒化アルミニウムクロムケイ素(AlCrSiN)および窒化ジルコニウム(ZrN)から選択された硬質材料の第1層Aが前記本体に適用されており、そして、窒化ケイ素(Si3N4)の第2層Bが、前記第1層Aの上に直接されている。
【0009】
また、特許文献3では、基材と被膜との密着性に優れ、過酷な切削条件にも耐え得る表面被覆工具が開示されている。より具体的には、特許文献3の工具は、基材と、前記基材上に形成された被膜とを備え、前記基材は、WC粒子と、Coを含有し前記WC粒子同士を互いに結合する結合相とを含み、前記被膜は、前記基材と接する密着層と、前記密着層上に形成された上部層とを含み、前記密着層の厚さは、0.5nm以上20nm以下であり、前記密着層は、Cr、Ti、ZrおよびNbから選択される1種以上の元素と、前記基材を構成する元素から選択される1種以上の元素と、前記上部層を構成する元素から選択される1種以上の元素とを含む炭化物、窒化物もしくは炭窒化物を含有する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】特開2013-052478号公報
【特許文献2】国際公開第2012/016954号
【特許文献3】特開2019-069514号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
上記のような工具の被膜形成のためには、スパッタリング法、アークイオンプレーティング法等が用いられている。
【0012】
スパッタリング法によって形成される被膜は、平滑な表面状態が得られると知られているが、アークイオンプレーティング法によって形成される被膜の場合に比べて、イオン化率が低いため、密度が低い。このため、表面処理としてスパッタリング法によって形成される被膜を用いる場合は、特に、加工の負荷が高いとされている盛上げタップ等の転造工具にとって、耐摩耗性が十分に得られない問題がある。
【0013】
その一方で、アークイオンプレーティング法によって形成される被膜は、イオン化率が高い反面、サブミクロンから数ミクロンの大きさの溶融粒子(「ドロップレット」とも称する)が生じやすい。このため、表面処理としてアークイオンプレーティング法によって形成される被膜を用いる場合は、平滑な表面状態が得られにくく、すなわち、耐凝着性が十分に得られない問題がある。
【0014】
本発明は、上記の事情を改善しようとするものであり、その目的は、耐摩耗性及び耐凝着性に優れる表面被覆工具、特に表面被覆盛上げタップ、及びその製造方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0015】
上記の目的を達成する本発明は、以下のとおりである。
【0016】
〈態様1〉
表面被覆工具の製造方法であって、
前記工具が、基材と、前記基材の表面上にこの順に被覆されている第I層及び第II層とを含み、
前記第I層及び前記第II層が、それぞれ独立して、窒化チタン被膜、炭化チタン被膜、及び炭窒化チタン被膜のうちの少なくとも1つであり、かつ
以下の工程(1)~(3)を含む、方法:
(1)前記基材上に、アークイオンプレーティング法によって前記第I層を形成すること、
(2)前記第I層に対して、金属イオンを用いたイオンボンバードメント処理を行うこと、及び
(3)前記イオンボンバードメント処理後の第I層上に、スパッタリング法によって第II層を形成すること。
〈態様2〉
前記基材の表面の算術平均粗さRa0と、前記第II層の表面の算術平均粗さRa2との関係が、以下の式(1)を満たす、態様1に記載の方法:
0μm≦Ra2-Ra0<0.060μm (1)
〈態様3〉
前記第II層の表面の算術平均粗さRaが、0.150μm以下である、態様1又は2に記載の方法。
〈態様4〉
前記工程(2)において、前記金属イオンが、Crイオンである、態様1~3のいずれか一項に記載の方法。
〈態様5〉
前記工具が、盛上げタップである、態様1~4のいずれか一項に記載の方法。
〈態様6〉
基材と、前記基材の表面上にこの順に被覆されている第I層及び第II層とを含み、
前記第I層が、アークイオンプレーティング層であり、
前記第II層が、スパッタリング層であり、
前記第I層及び前記第II層は、それぞれ独立して、窒化チタン被膜、炭化チタン被膜、及び炭窒化チタン被膜のうちの少なくとも1つであり、かつ
前記基材の表面の算術平均粗さRa0と、前記第II層の表面の算術平均粗さRa2との関係が、以下の式(1)を満たす、
表面被覆工具:
0μm≦Ra2-Ra0<0.060μm (1)
〈態様7〉
前記第II層の表面の算術平均粗さRaが、0.150μm以下である、態様6に記載の工具。
〈態様8〉
前記第I層の厚さが、1.0μm以上5.0μm以下であり、かつ
前記第II層の厚さが、1.0μm以下である、
態様6又は7に記載の工具。
〈態様9〉
前記第II層の表面の最大高さ粗さRzが、1.300μm以下である、態様6~8のいずれか一項に記載の工具。
〈態様10〉
前記第I層が、2以上の被膜から構成されている、態様6~9のいずれか一項に記載の工具。
〈態様11〉
前記第I層の表面のCrの含有量が、1.0at%未満である、態様6~10のいずれか一項に記載の工具。
〈態様12〉
前記工具が、盛上げタップである、請求項6~11のいずれか一項に記載の工具。
【発明の効果】
【0017】
本発明によれば、耐摩耗性及び耐凝着性に優れる表面被覆工具を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【
図1】
図1は、本発明の表面被覆工具の構成の一例を示す概略断面図である。
【
図2】
図2は、本発明の表面被覆工具の構成の一例を示す概略断面図である。
【
図3】
図3は、本発明の製造方法に係る工程の概略を示すフローチャートである。
【
図4】
図4は、本発明に用いられる成膜装置の一例を模式的に示す側面透視図である。
【
図5】
図5は、実施例1の試験タップ及び試験片の構成を示す概略断面図である。
【
図6】
図6(a)は、実施例1の試験タップの表面写真であり、
図6(b)は、比較例1の試験タップの表面写真であり、
図6(c)は、比較例2の試験タップの表面写真であり、
図6(d)は、比較例3の試験タップの表面写真である。
【
図7】
図7は、実施例1の圧痕部位の観察結果を示す図である。
図7(b)は、
図7(a)の四角の枠で囲んだ部分の拡大図である。
【
図8】
図8は、比較例1の圧痕部位の観察結果を示す図である。
図8(b)は、
図8(a)の四角の枠で囲んだ部分の拡大図である。
【
図9】
図9は、比較例2の圧痕部位の観察結果を示す図である。
【
図10】
図10は、実施例1の試験タップの1,600穴加工後の状態写真である。
【
図11】
図11は、比較例3の試験タップの1,600穴加工後の状態写真である。
【
図12】
図12は、実施例1の試験タップの880穴加工後の状態写真である。
【
図13】
図13は、比較例3の試験タップの880穴加工後の状態写真である。
【発明を実施するための形態】
【0019】
以下、図面を参照しながら、本発明の実施の形態について詳述する。なお、説明の便宜上、各図において、同一又は相当する部分には同一の参照符号を付し、重複説明は省略する。また、本発明は、以下の実施の形態に限定されるものではなく、発明の本旨の範囲内で種々変形して実施できる。
【0020】
《表面被覆工具》
本発明の表面被覆工具(以下、単に「本発明の工具」とも称する)は、
基材と、基材の表面上にこの順に被覆されている第I層及び第II層とを含み、
第I層が、アークイオンプレーティング層であり、
第II層が、スパッタリング層であり、
第I層及び第II層は、それぞれ独立して、窒化チタン被膜、炭化チタン被膜、及び炭窒化チタン被膜のうちの少なくとも1つであり、かつ
基材の表面の算術平均粗さRa0と、第II層の表面の算術平均粗さRa2との関係が、以下の式(1)を満たす、
表面被覆工具
である:
0μm≦Ra2-Ra0<0.060μm (1)
【0021】
本発明において、本発明の工具は、転造工具であってもよく、切削工具であってもよいが、転造工具、特に、盛上げタップであることが好ましい。
【0022】
図1は、本発明の表面被覆工具の構成の一例を示す概略断面図である。
【0023】
図1に示されている表面被覆工具100は、基材10と、基材10の表面上にこの順に被覆されている第I層11及び第II層12とを含んでいる。ここで、第I層11は、アークイオンプレーティング層である。また、第II層12が、スパッタリング層である。第I層11及び第II層12は、それぞれ独立して、窒化チタン被膜、炭化チタン被膜、及び炭窒化チタン被膜のうちの少なくとも1つであり、かつ基材10の表面の算術平均粗さRa
0と、第II層12の表面の算術平均粗さRa
2との関係が、以下の式(1)を満たす:
0μm≦Ra
2-Ra
0<0.060μm (1)
【0024】
なお、本発明において、「アークイオンプレーティング層」とは、アークイオンプレーティング法によって形成された層又は被膜のことを指す。また、「スパッタリング層」とは、スパッタリング法によって形成された層又は被膜のことを指す。
【0025】
上述したように、転造又は切削工具の表面処理として、スパッタリング法によって形成された被膜を用いる場合及びアークイオンプレーティング法によって形成された被膜を用いる場合はあるが、それぞれに利点及び欠点がある。いずれの場合においても、特に、転造工具の表面処理に要求される耐摩耗性と耐凝着性とを両立させることが困難である。
【0026】
そこで、本発明者らは、アークイオンプレーティング法とスパッタリング法とを併用して、転造工具の表面処理を試みた。より具体的には、盛上げタップの表面に対して、アークイオンプレーティング法で被膜を形成した後に、スパッタリング法で被膜を形成するという多層膜の形成を試みた。
【0027】
しかしながら、単に、アークイオンプレーティング法とスパッタリング法とを組み合わせただけでは、耐摩耗性及び耐凝着性の両方に優れた表面処理の被膜が得られないことが分かった。より詳細には、アークイオンプレーティング法によって形成された被膜の表面には、ドロップレットによる突起が多く、そのままスパッタリング法によって被膜を形成した場合に、突起がそのまま転写されてしまい、その結果、面粗度が向上しないばかりか、密着不良による被膜の剥離が起こりうることが分かった。また、転造加工時の負荷により、ドロップレットを起点とした亀裂が発生し、表面のスパッタリング法によって形成された被膜ごと持ち去られてしまい、剥離につながりうることが分かった。
【0028】
これに対して、本発明者らが更なる研究を行い、スパッタリング法によって被膜を形成する前に、アークイオンプレーティング法によって形成された被膜に対して、金属イオンを用いたイオンボンバードメント処理を加えたことによって、目的の耐摩耗性及び耐凝着性に優れる転造工具が得られることを見いだした。更に、驚くべきことに、一般的に使用されるアルゴン(Ar)イオンでのイオンボンバードメント処理を行っても、所望の効果が得られないことが分かった(比較例1を参照)。
【0029】
この知見によって得られた本発明の工具は、従来の被膜に比べてより平滑な表面状態を有し、例えば基材の表面の算術平均粗さRa0と第II層の表面の算術平均粗さRa2との関係が上記の式(1)を満たし、したがって、耐凝着性に優れている。また、第I層がアークイオンプレーティング層であることから、本発明の工具は、耐摩耗性にも優れている。更に、以下の「表面被覆工具の製造方法」の項目にも詳細に説明されているように、第II層を形成する前に、第I層の上に、特定のイオンボンバードメント処理を行ったことによって、第I層の表面を平坦化することができて、それによって、第I層と第II層との密着力も向上され、その結果、本発明の工具により高い耐摩耗性を付与できると考えられる。
【0030】
すなわち、本発明の工具、特に、盛上げタップは、耐摩耗性及び耐凝着性に優れている。
【0031】
〈基材〉
本発明の工具において、基材は、例えば高速度工具鋼(HSS)、合金工具鋼、炭素工具鋼、微粒子超硬合金又は超微粒子超硬合金であってよいが、これらに限定されない。
【0032】
本発明において、基材の表面の算術平均粗さRa0は、後述する第II層の表面の算術平均粗さRa2との関係が、以下の式(1)を満たせば、特に限定されない:
0μm≦Ra2-Ra0<0.060μm (1)
【0033】
式(1)において、Ra2-Ra0の値は、0.060μm未満であり、より具体的には、例えば、0.055μm以下、0.050μm以下、0.045μm以下、0.040μm以下、0.035μm以下、0.030μm以下、又は0.025μm以下であってよく、また0以上であってよい。
【0034】
なお、本発明において、層又は被膜の算術平均粗さRaは、JIS B 0601-2001に準拠して、3ヵ所で測定し、その平均値を算術平均粗さRaとすることができる。
【0035】
〈第I層〉
本発明の工具において、第I層は、アークイオンプレーティング層である。第I層は、アークイオンプレーティング層である故、密度が高いため、本発明の工具に耐摩耗性を付与することができる。
【0036】
第I層は、窒化チタン被膜、炭化チタン被膜、及び炭窒化チタン被膜のうちの少なくとも1つであってよい。また、第I層は、単一の被膜から構成されていてもよく、2以上の被膜から構成されていてもよいが、耐摩耗性をより向上させる観点からは、第I層は、2以上の被膜から構成されていることが好ましい。第I層が2以上の被膜から構成される場合には、各被膜はそれぞれ独立して、窒化チタン被膜、炭化チタン被膜、及び炭窒化チタン被膜のうちの少なくとも1つであってよい。
【0037】
例えば、
図2は、本発明の表面被覆工具の構成の一例を示す概略断面図である。
図2に示されている本発明の表面被覆工具200は、基材20と、基材20の表面上にこの順に被覆されている第I層21a~21e及び第II層22とを含んでいる。
図2に示されているように、第I層は、2以上の被膜21a、21b、21c、21d及び21eから構成されていている。また、表面被覆工具200において、第I層を構成する被膜21a、21b、21c、21d及び21eは、それぞれ独立して、窒化チタン被膜、炭化チタン被膜、及び炭窒化チタン被膜のうちの少なくとも1つであってよい。より具体的には、例えば、第I層は、それを構成する被膜21aが、窒化チタン被膜であり、被膜21b、21c、21d及び21eがいずれも炭窒化チタン被膜であってよい。
【0038】
なお、第I層には、窒化チタン被膜、炭化チタン被膜、及び炭窒化チタン被膜を構成する元素(すなわち、N、C、及びTi)以外の元素を更に含んでもよいが、N、C、及びTi以外の元素を微少量で含むか又は含まないことが好ましい。例えば、後述する「表面被覆工具の製造方法」の項目にも詳細に説明されているように、第II層を形成する前に、第I層の上に対して金属イオンを用いるイオンボンバードメント処理を行うが、このイオンボンバードメント処理に用いられる金属イオン、例えばクロム(Cr)イオンは、第I層に微少量で含むか又は含まないことが好ましい。言い換えれば、エネルギー分散型X線分析装置(EDS)で測定したときに、本発明に係る第I層の表面のCrの含有量は、1.0at%未満、0.9at%以下、0.8at%以下、0.7at%以下、0.6at%以下、0.5at%以下、0.4at%以下、0.3at%以下、0.2at%以下、0.1at%以下、又は0at%であることが好ましい。
【0039】
本発明において、第I層の厚さは、特に限定されないが、1.0μm以上5.0μm以下であることが好ましい。より具体的には、第I層の厚さは、例えば、1.0μm以上、1.5μm以上、2.0μm以上、2.5μm以上、3.0μm以上、3.5μm以上、4.0μm以上、又は4.5μm以上であってよく、また、5.0μm以下、4.5μm以下、4.0μm以下、3.5μm以下、3.0μm以下、2.5μm以下、2.0μm以下、又は1.5μm以下であってよい。なお、本発明において、層又は被膜の厚さは、算術平均厚さを指す。また、第I層が2以上の被膜から構成されている場合には、これらの2以上の被膜の総厚さを第I層の厚さとする。
【0040】
〈第II層〉
本発明の工具において、第II層は、スパッタリング層である。第II層は、スパッタリング層である故、平滑性が高いため、本発明の工具に耐凝着性を付与することができる。
【0041】
第II層は、窒化チタン被膜、炭化チタン被膜、及び炭窒化チタン被膜のうちの少なくとも1つであってよい。また、第II層は、単一の被膜から構成されていてもよく、2以上の被膜から構成されていてもよいが、耐凝着性を確保した上で耐摩耗性をより向上させる観点からは、第II層は、単一の被膜から構成されていることが好ましい。なお、第II層が2以上の被膜から構成される場合には、各被膜はそれぞれ独立して、窒化チタン被膜、炭化チタン被膜、及び炭窒化チタン被膜のうちの少なくとも1つであってよい。
【0042】
例えば、
図2に示されている本発明の表面被覆工具200は、基材20と、基材20の表面上にこの順に被覆されている第I層21a~21e及び第II層22とを含んでいる。
図2では、第II層22は、単一の被膜から構成されているが、2以上の被膜から構成されていてもよい。
【0043】
本発明において、第II層の厚さは、特に限定されないが、1.0μm以下であることが好ましい。より具体的には、第II層の厚さは、例えば、1.0μm以下、0.9μm以下、0.8μm以下、0.7μm以下、0.6μm以下、又は0.5μm以下であってよく、また、0.02μm以上、0.05μm以上、0.1μm以上、0.2μm以上、又は0.3μm以上であってよい。
【0044】
本発明において、第II層の表面が平滑であればあるほど、耐凝着性の効果が大きくなる。このため、本発明に係る第II層の表面の算術平均粗さRa2は、例えば、0.150μm以下、0.140μm以下、0.130μm以下、0.120μm以下、又は0.115μm以下であってよい。また、第II層の表面の算術平均粗さRaの下限は、特に限定されず、例えば0.010μm以上であってよい。
【0045】
また、本発明において、第II層の表面の最大高さ粗さRzは、1.300μm以下であってよく、より具体的には、例えば、1.250μm以下、1.200μm以下、1.150μm以下、1.100μm以下、又は0.950μm以下であってよく、また、0.500μm以上であってよい。
【0046】
なお、本発明において、層又は被膜の最大高さ粗さRzは、JIS B 0601-2001に準拠して、3ヵ所で測定し、その平均値を最大高さ粗さRzとすることができる。
【0047】
〈その他の層〉
本発明の工具において、本発明の効果を損なわない限り、随意にその他の層を更に含んでよい。
【0048】
その他の層として、例えば、基材と第I層との間の密着性を上げるための任意の下地層を設けてもよい。また、第I層が2以上の被膜から構成されている場合には、これらの第I層を構成する被膜の中において、任意の機能をもたらす機能層を設けてもよい。
【0049】
《表面被覆工具の製造方法》
本発明の表面被覆工具の製造方法(以下、単に、「本発明の製造方法」とも称する)は、
工具が、基材と、基材の表面上にこの順に被覆されている第I層及び第II層とを含み、
第I層及び前記第II層が、それぞれ独立して、窒化チタン被膜、炭化チタン被膜、及び炭窒化チタン被膜のうちの少なくとも1つであり、かつ
以下の工程(1)~(3)を含む、方法:
(1)基材上に、アークイオンプレーティング法によって第I層を形成すること、
(2)第I層に対して、金属イオンを用いたイオンボンバードメント処理を行うこと、及び
(3)イオンボンバードメント処理後の第I層上に、スパッタリング法によって第II層を形成すること。
【0050】
本発明の製造方法において、係る「工具」、「第I層」、及び「第II層」に関する説明は、上述した「表面被覆工具」の項目を参照できるため、ここでは省略する。
【0051】
図3は、本発明の製造方法に係る工程の概略を示すフローチャートである。
【0052】
図3に示されている本発明の製造方法は、工程(1)基材上に、アークイオンプレーティング法によって第I層を形成すること(S1)、工程(2)第I層に対して、金属イオンを用いたイオンボンバードメント処理を行うこと(S2)、及び工程(3)イオンボンバードメント処理後の第I層上に、スパッタリング法によって第II層を形成すること(S3)を含む。
【0053】
〈成膜装置〉
本発明の製造方法に使用される成膜装置は、特に限定されず、1つの装置を用いてもよく、複数の装置を併用してもよい。
【0054】
図4は、本発明に用いられる成膜装置の一例を模式的に示す側面透視図である。本発明に係る工程(1)から工程(3)まで、
図4に示されている成膜装置500内で行うことができる。
【0055】
図4に示されている成膜装置500では、チャンバー501内に、被膜の金属原料となるターゲット(アーク用ターゲット)502、イオンボンバードメント処理用金属原料ターゲット503、被膜の金属原料となるターゲット(スパッタ用ターゲット)504、並びに基材10a及び10bを設置できる回転式の基材ホルダ505が取り付けられている。また、ターゲット502、503、及び504のそれぞれには電源が取り付けられており、基材ホルダ505にはバイアス電源が取り付けられている。更に、チャンバー501には、原料ガスを導入するためのガス導入口506と、ガス排気口507とを備えている。また、チャンバー501の圧力は、ガス排気口5072から真空ポンプ(図示せず)によってガスを吸引することにより調整することができる。
【0056】
〈工程(1)〉
工程(1)では、基材上に、アークイオンプレーティング法によって第I層を形成する。
【0057】
アークイオンプレーティング法は、成膜装置内に基材とターゲットとを配置し、ターゲットに高電流を印加してアーク放電を生じさせることにより、ターゲットを構成する元素をイオン化させて、これを負のバイアス電圧を印加した基材上に堆積させる蒸着方法である。
【0058】
より具体的に、例えば、
図4の成膜装置500内に、回転式の基材ホルダ505に基材10a及び10bをそれぞれ取り付けて、そして、ターゲット502としてTiを含むターゲットを用いて、また、原料ガスとして、窒素ガス及び/又はアセチレンガスを用いる。この際、基材10a及び10bを回転させながら、ターゲット502に高電流を印加してアーク放電を生じさせることにより、ターゲットを構成する元素をイオン化させて、ガス導入口506から原料ガスを導入した雰囲気下で、負のバイアス電圧を印加した基材10a及び10b上に堆積させることによって、窒化チタン被膜、炭化チタン被膜、及び炭窒化チタン被膜のうちの少なくとも1つである第I層を形成することができる。
【0059】
なお、
図4では、基材として、10a及び10bの2つを設けているが、1つであってもよく、更に3つ以上であってもよい。また、原料ガスとして、窒素ガス及び/又は炭化水素ガス(例えばアセチレンガス等)の量を調節することによって、所望の窒化チタン被膜、炭化チタン被膜、及び炭窒化チタン被膜を形成することができる。
【0060】
また、工程(1)では、チャンバー501内の温度は、特に限定されず、例えば400℃~500℃の範囲内で適宜調整してよい。チャンバー501内の圧力は、特に限定されず、適宜調整してよい。また、ターゲット及び基材に印加する電圧や電流等は、所望の被膜の種類又は厚さ等に合わせて、適宜調整してよい。
【0061】
〈工程(2)〉
工程(2)では、第I層に対して、金属イオンを用いたイオンボンバードメント処理を行う。これによって、アークイオンプレーティング法によって形成された第I層の表面のドロップレットを除去することができて、すなわち、第I層の表面を平坦化することができる。
【0062】
工程(2)において、イオンボンバードメント処理に用いられる金属イオンは、例えばCrイオン、又はTiイオンであってよいが、Crイオンであることが好ましい。
【0063】
工程(2)は、より具体的に、例えば、
図4の成膜装置500内に、基材10a及び10bに形成された第I層に対して、基材10a及び10bを回転されながら、Crを含むターゲット503を用いて、イオンボンバードメント処理を行うことができる。
【0064】
金属イオンボンバードメント処理を行う際に、イオンボンバードメント処理に使用される金属元素が、基材に付着しないか又は微少量でしか付着しないように、例えば、基材に印加するバイアス電圧を適宜調整することによって行ってよい。
【0065】
また、工程(2)は、真空雰囲気下又は高真空雰囲気下で行ってよく、また、適宜に例えばアルゴンガス等の不活性ガスを導入してよい。
【0066】
〈工程(3)〉
工程(3)では、イオンボンバードメント処理後の第I層上に、スパッタリング法によって第II層を形成する。
【0067】
スパッタリング法は、グロー放電によるArイオンでターゲット材料の表面に衝突させ、そしてターゲットから放出された原子をイオン化させ、基材上に堆積させる蒸着方法である。
【0068】
より具体的に、例えば、
図4の成膜装置500内に、ターゲット504としてTiを含むターゲットを用いて、また、原料ガスとして、窒素ガス及び/又はアセチレンガスを用いる。この際、イオンボンバードメント処理後の第I層上に対して、基材10a及び10bを回転されながら、グロー放電によるArイオンでターゲット504の表面に衝突させ、そしてターゲット504から放出されたTi原子をイオン化させて、また、必要に応じて原料ガスを導入して、窒化チタン被膜、炭化チタン被膜、及び炭窒化チタン被膜のうちの少なくとも1つである第II層を形成することができる。
【0069】
〈任意の他の工程〉
本発明の製造方法は、上述した工程の他、随意に他の工程を更に含んでよい。ここで、他の工程として、例えばエッチング工程が挙げられるがこれには限定されない。
【0070】
(エッチング工程)
例えば、本発明の製造方法は、工程(1)の前に、基材に対して、エッチングを行うことを更に含んでよい。エッチングを行うことによって、本発明の工具表面に付着した微細な汚れ等を除去することができる。
【0071】
エッチングとしては、例えば、反応性ガスエッチング、反応性イオンエッチング等のドライエッチングを用いることができる。
【実施例0072】
以下に実施例を挙げて、本発明について更に詳しく説明を行うが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0073】
《実施例1》
実施例1では、
図5に示された構成を有する試験タップ(「評価用タップ」とも称する)及び測定用の試験片をそれぞれ製造した。
【0074】
より具体的には、基材として、高速度工具鋼(HSS)を用いた。基材の表面上に被覆されている第I層は、アークイオンプレーティング法によって形成された複数のTiN被膜及びTiCN被膜を含み、総厚さは、2.0μmであった。また、第I層の最上層(すなわち、第II層と隣接する層)の表面に対して、Crイオンボンバードメント処理を行い、この処理後に、第II層を、スパッタリング法によって形成された。第II層の厚さは、0.5μmであった。
【0075】
《比較例1》
比較例1は、Crイオンボンバードメント処理の代わりにArイオンボンバードメント処理を行ったこと以外は、実施例1と同様にして、試験タップ及び測定用の試験片を製造した。
【0076】
《比較例2》
比較例2は、イオンボンバードメント処理を行わなかったこと以外は、実施例1と同様にして、試験タップ及び測定用の試験片を製造した。
【0077】
《比較例3》
比較例3は、ホロカソード放電によって、基材にTiNを成膜した後、その上に、TiCNを成膜したこと、並びにイオンボンバードメント処理を行わなかったこと以外は、実施例1と同様にして、試験タップ及び測定用の試験片を製造した。
【0078】
〈評価〉
(表面粗さの測定)
実施例及び比較例で製造した試験タップ及びそれぞれに対応する試験片に対して、被覆される前の基材の算術平均粗さRa及び最大高さ粗さRz、並びに被覆後の第II層の表面の算術平均粗さRa及び最大高さ粗さRzを求めて、結果を表1に示す。
【0079】
なお、算術平均粗さRaは、JIS B 0601-2001に準拠して、粗さ測定機を用いて、3ヵ所で測定し、その平均値を算術平均粗さRaとした。また、最大高さ粗さRzは、JIS B 0601-2001に準拠して、粗さ測定機を用いて、3ヵ所で測定し、その平均値を最大高さ粗さRzとした。
【0080】
(顕微鏡観察)
上記で製造した実施例及び比較例で製造した試験タップのそれぞれに対して、電子顕微鏡を用いて観察した。観察結果は、それぞれ
図6(a)(実施例1)、
図6(b)(比較例1)、
図6(c)(比較例2)、及び
図6(d)(比較例3)に示す。
【0081】
図6(a)~
図6(d)から明らかなように、実施例1の試験タップは、その表面が最も平滑であり、ドロップレットの数もわずかであることが分かった。
【0082】
(ロックウェル硬さ試験の圧痕による被膜の密着性評価)
実施例1、比較例1及び2の試験片のそれぞれに対して、ロックウェル硬さ試験機にて、ダイヤモンド圧子(円錐)で圧痕を付けた。その後、各圧痕部位を電子顕微鏡で観察し、それぞれの結果を
図7~9に示す。
【0083】
また、各観察結果に対して、密着性評価基準DIN VDI 3198に基づき、評価を行った。
【0084】
図7は、実施例1の圧痕部位の観察結果を示す図である。
図7(b)は、
図7(a)の四角の枠で囲んだ部分の拡大図である。
図7から明らかなように、実施例1の結果では、拡大で観察された場合(
図7(b))においても、極小のクラックのみが見られた。また、これは、密着性評価基準DIN VDI 3198のHF1(合格)ランクに相当することが明らかである。すなわち、実施例1の試験片の被膜の密着性が高いことが分かった。
【0085】
図8は、比較例1の圧痕部位の観察結果を示す図である。
図8(b)は、
図8(a)の四角の枠で囲んだ部分の拡大図である。
図8から明らかなように、比較例1の結果では、拡大で観察された場合(
図8(b))において、小さいクラックが見られた。また、これは、密着性評価基準DIN VDI 3198のHF1(合格)ランクに相当するが、実施例1の場合の密着性に比べてやや劣っていることが分かった。
【0086】
図9は、比較例2の圧痕部位の観察結果を示す図である。なお、確認の便宜上、
図9の写真のコントラストを調整した。
図9から明らかなように、比較例2の結果では、第II層(すなわち、スパッタリング層)が剥離されたことが分かった。また、これは、密着性評価基準DIN VDI 3198のHF6(不合格)ランクに相当することが明らかである。
【0087】
なお、比較例3の試験片に対して、同様にロックウェル硬さ試験を行った。比較例3の圧痕部位の観察結果(図示せず)は、密着性評価基準DIN VDI 3198のHF1(合格)ランクに相当することが分かった。
【0088】
また、実施例及び比較例のそれぞれの圧痕結果の密着性評価基準DIN VDI 3198に相当するランクは、下記の表1に纏められている。
【0089】
(ビッカース硬さ試験)
実施例1及び比較例1~3の試験片のそれぞれに対して、JIS Z 2244に基づき、250mNの試験荷重でビッカース硬さを測定した。それぞれの結果を下記の表1に示す。
【0090】
【0091】
表1の結果から明らかなように、Crイオンを用いたイオンボンバードメント処理を実施した実施例1は、第II層の算術平均表面粗さが最も低く、すなわち耐凝着性が最も高いことが示唆された。
【0092】
〈盛上げタップ(転造工具)への適用結果1〉
実施例1及び比較例3のそれぞれの試験タップの耐摩耗性及び耐凝着性を評価した。それぞれの1,600穴加工後の状態写真を
図10(実施例1)及び
図11(比較例3)に示す。
【0093】
なお、穴加工試験条件は、以下のとおりである:
タップ:盛上げタップ M4×0.7
被削材:S50C(炭素鋼)
下穴径:3.7 mm
タッピング速度:20 m/min
切削油剤:水溶性切削油剤エマルション濃度5%
【0094】
図10及び
図11から明らかなように、
図10(a)及び
図11(a)では、実施例1及び比較例3のそれぞれの外観上に大きな違いはなかったものの、それぞれの拡大図である
図10(b)及び
図11(b)を観察すると、比較例3のタップ山頂において、基材(母材)が露出された部分及び凝着部分が見られた。これに対して、実施例1では、基材露出はなかった。
【0095】
すなわち、比較例3に比べて、盛上げタップとして使用された実施例1は、耐摩耗性及び耐凝着性に優れていることが分かった。
【0096】
〈盛上げタップ(転造工具)への適用結果2〉
実施例1及び比較例3のそれぞれの試験タップの耐摩耗性及び耐凝着性を評価した。それぞれの880穴加工後の状態写真を
図12(実施例1)及び
図13(比較例3)に示す。
【0097】
なお、穴加工試験条件は、以下のとおりである:
タップ:盛上げタップ M2×0.4
被削材:SUS304(凝着が生じやすい素材)
下穴径:1.82 mm
タッピング速度:5 m/min
切削油剤:水溶性切削油剤エマルション濃度5%
【0098】
図12及び
図13から明らかなように、
図12(a)及び
図13(a)では、実施例1及び比較例3のそれぞれの外観上に大きな違いはなかったものの、それぞれの拡大図である
図12(b)及び
図13(b)を観察すると、比較例3では、基材(母材)が露出された部分及び凝着部分が見られた。これに対して、実施例1では、凝着部分が見られたものの、比較例3ほど大きくなかった。また、実施例1では、基材露出はなかった。
【0099】
この結果から、比較例3に比べて、実施例1の試験タップは、耐摩耗性及び耐凝着性に優れていることが分かった。