(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023172979
(43)【公開日】2023-12-07
(54)【発明の名称】ポリペプチド
(51)【国際特許分類】
C12N 15/12 20060101AFI20231129BHJP
C12N 15/62 20060101ALI20231129BHJP
C12N 15/11 20060101ALI20231129BHJP
C07K 19/00 20060101ALI20231129BHJP
C07K 14/47 20060101ALI20231129BHJP
C07K 14/435 20060101ALI20231129BHJP
C12N 1/15 20060101ALI20231129BHJP
C12N 1/19 20060101ALI20231129BHJP
C12N 1/21 20060101ALI20231129BHJP
C12N 5/10 20060101ALI20231129BHJP
C12Q 1/02 20060101ALI20231129BHJP
【FI】
C12N15/12 ZNA
C12N15/62 Z
C12N15/11 Z
C07K19/00
C07K14/47
C07K14/435
C12N1/15
C12N1/19
C12N1/21
C12N5/10
C12Q1/02
【審査請求】未請求
【請求項の数】15
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022084523
(22)【出願日】2022-05-24
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)令和3年度、国立研究開発法人科学技術振興機構、戦略的創造研究推進事業「タンパク工学を基点としたオーファンGPCRの機能解明」委託研究及び、令和2年度、国立研究開発法人科学技術振興機構、戦略的創造研究推進事業「コンピュータホログラフィーを応用した活動電位発生機構の解明」委託研究及び、令和2年度、国立研究開発法人日本医療研究開発機構、革新的技術による脳機能ネットワークの全容解明プロジェクト、「神経活動計測・操作を実現する革新的な全光型電気生理学的手法の開発」委託研究開発、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(71)【出願人】
【識別番号】504132272
【氏名又は名称】国立大学法人京都大学
(74)【代理人】
【識別番号】110000796
【氏名又は名称】弁理士法人三枝国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】横山 達士
(72)【発明者】
【氏名】坂本 雅行
【テーマコード(参考)】
4B063
4B065
4H045
【Fターム(参考)】
4B063QA01
4B063QA18
4B063QQ08
4B063QR33
4B063QS36
4B063QX02
4B065AA01X
4B065AA57X
4B065AA72X
4B065AA87X
4B065AB01
4B065BA02
4B065CA46
4H045AA10
4H045AA20
4H045AA30
4H045BA10
4H045BA41
4H045CA40
4H045DA89
4H045EA50
4H045FA74
(57)【要約】
【課題】cAMPセンサーとして有用なポリペプチドを提供すること。
【解決手段】(a)PRKAR1Aタンパク質の部分領域であってcNB-AドメインのN末端からβシート4までを含む領域a、(b)ショートリンカーb、(c)配列番号4に示されるアミノ酸配列であって、X1がプロリンであり、X20がトリプトファンであり、X54がロイシンであり、且つX58がセリンであるアミノ酸配列C1、又は前記アミノ酸配列C1に対してに対して1又は複数個のアミノ酸が変異してなるアミノ酸配列C2からなる領域c、(d)ショートリンカーd、及び(e)PRKAR1Aタンパク質の部分領域であってcNB-Aドメインのβシート5からcNB-Bドメインまでを含む領域e、を含み、且つこれらがN末端側からこの順で配置されている、ポリペプチド。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
(a)PRKAR1Aタンパク質の部分領域であってcNB-AドメインのN末端からβシート4までを含む領域a、
(b)ショートリンカーb、
(c)配列番号4に示されるアミノ酸配列であって、X1がプロリンであり、X20がトリプトファンであり、X54がロイシンであり、且つX58がセリンであるアミノ酸配列C1、又は前記アミノ酸配列C1に対して1又は複数個のアミノ酸が変異してなるアミノ酸配列C2からなる領域c、
(d)ショートリンカーd、及び
(e)PRKAR1Aタンパク質の部分領域であってcNB-Aドメインのβシート5からcNB-Bドメインまでを含む領域e、
を含み、且つこれらがN末端側からこの順で配置されている、
ポリペプチド。
【請求項2】
前記領域aが、配列番号3に示されるアミノ酸配列A1、又は前記アミノ酸配列A1に対して1又は複数個のアミノ酸が変異してなるアミノ酸配列A2を含む、請求項1に記載のポリペプチド。
【請求項3】
前記領域eが、配列番号5に示されるアミノ酸配列E1、又は前記アミノ酸配列E1に対して1又は複数個のアミノ酸が変異してなるアミノ酸配列E2を含む、請求項1に記載のポリペプチド。
【請求項4】
前記アミノ酸配列C1が、配列番号4に示されるアミノ酸配列であって、X1がプロリンであり、X3がチロシンであり、X5がリシンであり、X16がアスパラギンであり、X20がトリプトファンであり、X54がロイシンであり、X56がグルタミンであり、且つX58がセリンであるアミノ酸配列である、請求項1に記載のポリペプチド。
【請求項5】
前記ショートリンカーb及び前記ショートリンカーdが1~5アミノ酸長である、請求項1に記載のポリペプチド。
【請求項6】
配列番号7に示されるアミノ酸配列X1、又は前記アミノ酸配列X1に対して1又は複数個のアミノ酸が変異してなるアミノ酸配列X2を含む、請求項1に記載のポリペプチド。
【請求項7】
大腸菌で発現及び精製した場合、300μM cAMP存在下での485nm励起光に対する蛍光強度がcAMP非存在下での485nm励起光に対する蛍光強度に対して3倍以上である、請求項1に記載のポリペプチド。
【請求項8】
cAMP存在下での488nm励起光に対する蛍光強度がcAMP非存在下での488nm励起光に対する蛍光強度より高く、且つcAMP存在下での405nm励起光に対する蛍光強度がcAMP非存在下での405nm励起光に対する蛍光強度より低い、請求項1に記載のポリペプチド。
【請求項9】
請求項1~8のいずれかに記載のポリペプチドを含む、cAMPセンサー。
【請求項10】
請求項1~8のいずれかに記載のポリペプチドのコード配列を含む、ポリヌクレオチド。
【請求項11】
請求項10に記載のポリヌクレオチドを含む、細胞。
【請求項12】
請求項1~8のいずれかに記載のポリペプチドを発現する細胞の蛍光シグナルを指標とする、cAMPの検出方法。
【請求項13】
請求項1~8のいずれかに記載のポリペプチドを発現する細胞の蛍光シグナルを指標とする、cAMP濃度調節物質のスクリーニング方法。
【請求項14】
前記cAMP濃度調節物質がGタンパク質共役受容体制御物質である、請求項13に記載のスクリーニング方法。
【請求項15】
430nm以下の波長の励起光に対する蛍光強度に対する、440nm以上の波長の励起光に対する蛍光強度の比を指標とする、請求項13に記載のスクリーニング方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、cAMPセンサーとして有用なポリペプチドに関する。
【背景技術】
【0002】
サイクリックAMP(cAMP:3'-5'-アデノシン一リン酸)は、セカンドメッセンジャーの1種であり、多様な生理機能、嗅覚、味覚、視覚等の感覚や、神経機能、内分泌機能等の制御に関わっている。細胞内のcAMP生合成は、Gタンパク質共役受容体によって調節される。Gタンパク質共役受容体にリガンドが結合すると、そのシグナルはアデニル酸シクラーゼに伝わり、当該酵素によりATPからcAMPが合成される。cAMPは、プロテインキナーゼAの活性を調節し、種々のタンパク質のリン酸化を制御することにより、多様な生理機能を制御することができる。このため、特定のGタンパク質共役受容体を標的として細胞内のcAMP濃度を調節する物質を探索する創薬スクリーニングが行われている。
【0003】
非特許文献1には、Flamindo2なるタンパク質がcAMPに応答して蛍光強度が減少すること、及びこれを用いてライブセルcAMPイメージングを行ったことが記載されている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】PLoS One. 2014 Jun 24;9(6):e100252. doi: 10.1371/journal.pone.0100252.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、cAMPセンサーとして有用なポリペプチドを提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者は、上記課題に鑑みて鋭意研究を進めた結果、(a)PRKAR1Aタンパク質の部分領域であってcNB-AドメインのN末端からβシート4までを含む領域a、(b)ショートリンカーb、(c)配列番号4に示されるアミノ酸配列であって、X1がプロリンであり、X20がトリプトファンであり、X54がロイシンであり、且つX58がセリンであるアミノ酸配列C1、又は前記アミノ酸配列C1に対して1又は複数個のアミノ酸が変異してなるアミノ酸配列C2からなる領域c、(d)ショートリンカーd、及び(e)PRKAR1Aタンパク質の部分領域であってcNB-Aドメインのβシート5からcNB-Bドメインまでを含む領域e、を含み、且つこれらがN末端側からこの順で配置されている、ポリペプチド、であれば、上記課題と解決できることを見出した。本発明者はこの知見に基づいてさらに研究を進めた結果、本発明を完成させた。即ち、本発明は、下記の態様を包含する。
【0007】
項1. (a)PRKAR1Aタンパク質の部分領域であってcNB-AドメインのN末端からβシート4までを含む領域a、
(b)ショートリンカーb、
(c)配列番号4に示されるアミノ酸配列であって、X1がプロリンであり、X20がトリプトファンであり、X54がロイシンであり、且つX58がセリンであるアミノ酸配列C1、又は前記アミノ酸配列C1に対して1又は複数個のアミノ酸が変異してなるアミノ酸配列C2からなる領域c、
(d)ショートリンカーd、及び
(e)PRKAR1Aタンパク質の部分領域であってcNB-Aドメインのβシート5からcNB-Bドメインまでを含む領域e、
を含み、且つこれらがN末端側からこの順で配置されている、
ポリペプチド。
【0008】
項2. 前記領域aが、配列番号3に示されるアミノ酸配列A1、又は前記アミノ酸配列A1に対して1又は複数個のアミノ酸が変異してなるアミノ酸配列A2を含む、項1に記載のポリペプチド。
【0009】
項3. 前記領域eが、配列番号5に示されるアミノ酸配列E1、又は前記アミノ酸配列E1に対して1又は複数個のアミノ酸が変異してなるアミノ酸配列E2を含む、項1又は2に記載のポリペプチド。
【0010】
項4. 前記アミノ酸配列C1が、配列番号4に示されるアミノ酸配列であって、X1がプロリンであり、X3がチロシンであり、X5がリシンであり、X16がアスパラギンであり、X20がトリプトファンであり、X54がロイシンであり、X56がグルタミンであり、且つX58がセリンであるアミノ酸配列である、項1~3のいずれかに記載のポリペプチド。
【0011】
項5. 前記ショートリンカーb及び前記ショートリンカーdが1~5アミノ酸長である、項1~4のいずれかに記載のポリペプチド。
【0012】
項6. 配列番号7に示されるアミノ酸配列X1、又は前記アミノ酸配列X1に対して1又は複数個のアミノ酸が変異してなるアミノ酸配列X2を含む、項1~5のいずれかに記載のポリペプチド。
【0013】
項7. 大腸菌で発現及び精製した場合、300μM cAMP存在下での485nm励起光に対する蛍光強度がcAMP非存在下での485nm励起光に対する蛍光強度に対して3倍以上である、項1~6のいずれかに記載のポリペプチド。
【0014】
項8. cAMP存在下での488nm励起光に対する蛍光強度がcAMP非存在下での488nm励起光に対する蛍光強度より高く、且つcAMP存在下での405nm励起光に対する蛍光強度がcAMP非存在下での405nm励起光に対する蛍光強度より低い、項1~7のいずれかに記載のポリペプチド。
【0015】
項9. 項1~8のいずれかに記載のポリペプチドを含む、cAMPセンサー。
【0016】
項10. 項1~8のいずれかに記載のポリペプチドのコード配列を含む、ポリヌクレオチド。
【0017】
項11. 項10に記載のポリヌクレオチドを含む、細胞。
【0018】
項12. 項1~8のいずれかに記載のポリペプチドを発現する細胞の蛍光シグナルを指標とする、cAMPの検出方法。
【0019】
項13. 項1~8のいずれかに記載のポリペプチドを発現する細胞の蛍光シグナルを指標とする、cAMP濃度調節物質のスクリーニング方法。
【0020】
項14. 前記cAMP濃度調節物質がGタンパク質共役受容体制御物質である、項13に記載のスクリーニング方法。
【0021】
項15. 430nm以下の波長の励起光に対する蛍光強度に対する、440nm以上の波長の励起光に対する蛍光強度の比を指標とする、項13又は14に記載のスクリーニング方法。
【発明の効果】
【0022】
本発明によれば、cAMPセンサーとして有用なポリペプチドを提供することができる。また、当該ポリペプチドを用いた、cAMPの検出方法、さらにはcAMP濃度調節物質及びGタンパク質共役受容体制御物質のスクリーニング方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0023】
【
図1】試験例1の最初の検討で見出された、良好なcAMP検出性能を発揮できるタンパク質のドメイン構造を示す。数字は、マウスPRKAR1Aタンパク質(NM_001313973のmRNAにコードされるタンパク質)のN末端側から数えたアミノ酸番号を示す。
【
図2】試験例1のスクリーニングに供したcAMPセンサーのドメイン構造を示す。数字は、マウスPRKAR1Aタンパク質(NM_001313973のmRNAにコードされるタンパク質)のN末端側から数えたアミノ酸番号を示す。
【
図3】試験例1のスクリーニング結果を示す。縦軸は、ΔF/F0=(cAMP濃度300μMでの蛍光強度-cAMP濃度0μMでの蛍光強度)/cAMP濃度0μMでの蛍光強度を示す。横軸は、スクリーニングに供した各cAMPセンサーを示す。
【
図4】試験例2の蛍光測定結果を示す。縦軸は、蛍光強度の相対値を示す。横軸は、使用したcAMPセンサーを示す。cAMP-freeはcAMP濃度0μMの場合を示し、cAMP-saturatedはcAMP濃度300μMの場合を示す。
【
図5】試験例2の蛍光測定結果を示す。縦軸は、ΔF/F0=(cAMP濃度300μMでの蛍光強度-cAMP濃度0μMでの蛍光強度)/cAMP濃度0μMでの蛍光強度を示す。横軸は、使用したcAMPセンサーを示す。
【
図6】試験例2のKd値測定結果を示す。縦軸はKd値を示す。横軸は、使用したcAMPセンサーを示す。
【
図7】試験例3の各波長の励起光に対する蛍光強度の測定結果を示す。縦軸は蛍光強度の相対値を示す。横軸は励起光の波長を示す。cAMP-freeはcAMP濃度0μMの場合を示し、cAMP-saturatedはcAMP濃度300μMの場合を示す。
【
図8】試験例3の蛍光波長スペクトラムの測定結果を示す。縦軸は蛍光強度の相対値を示す。横軸は蛍光波長を示す。cAMP-freeはcAMP濃度0μMの場合を示し、cAMP-saturatedはcAMP濃度300μMの場合を示す。
【
図9】試験例4の蛍光強度の測定結果を示す。縦軸は、ΔF/F0=(蛍光強度(又は蛍光強度比)-フォルスコリン添加時点(t=0)の蛍光強度(又は蛍光強度比))/フォルスコリン添加時点(t=0)の蛍光強度(又は蛍光強度比)を示す。横軸は、フォルスコリン添加からの経過時間を示す。488exは488nm励起光の場合の蛍光強度を示し、405exは405nm励起光の場合の蛍光強度を示し、488ex/405exは405nm励起光の場合の蛍光強度に対する488nm励起光の場合の蛍光強度の比(蛍光強度比)を示す。
【
図10】試験例4の蛍光強度の測定結果を示す。縦軸は、ΔF/F0=(フォルスコリン添加から15分経過時点の蛍光強度(又は蛍光強度比)-フォルスコリン添加時点(t=0)の蛍光強度(又は蛍光強度比))/フォルスコリン添加時点(t=0)の蛍光強度(又は蛍光強度比)を示す。488exは488nm励起光の場合の蛍光強度を示し、405exは405nm励起光の場合の蛍光強度を示し、488ex/405exは405nm励起光の場合の蛍光強度に対する488nm励起光の場合の蛍光強度の比(蛍光強度比)を示す。
【
図11】試験例5で樹立した安定発現細胞株の明視野像(左)及び蛍光像(右)を示す。
【
図12】試験例6のcAMPイメージング画像を示す。
【
図13】試験例7において、ドーパミンを添加して一定時間経過後の蛍光画像を示す。
【
図14】試験例7において、ヒスタミンを添加して一定時間経過後の蛍光画像を示す。
【
図15】2種類のGタンパク質共役受容体発現細胞の内で1種類の細胞でのみcAMPが上昇した場合に陽性(ヒット)とすることで、特定のGタンパク質共役受容体制御物質を高い特異性でスクリーニングできる。
【発明を実施するための形態】
【0024】
1.定義
本明細書中において、「含有」及び「含む」なる表現については、「含有」、「含む」、「実質的にからなる」及び「のみからなる」という概念を含む。
【0025】
本明細書において、アミノ酸配列の「同一性」とは、2つ以上の対比可能なアミノ酸配列の、お互いに対するアミノ酸配列の一致の程度をいう。従って、ある2つのアミノ酸配列の一致性が高いほど、それらの配列の同一性又は類似性は高い。アミノ酸配列の同一性のレベルは、例えば、配列分析用ツールであるFASTAを用い、デフォルトパラメータを用いて決定される。若しくは、Karlin及びAltschulによるアルゴリズムBLAST(Karlin S, Altschul SF.“Methods for assessing the statistical significance of molecular sequence features by using general scoringschemes”Proc Natl Acad Sci USA.87:2264-2268(1990)、KarlinS,Altschul SF.“Applications and statistics for multiple high-scoring segments in molecular sequences.”Proc Natl Acad Sci USA.90:5873-7(1993))を用いて決定できる。このようなBLASTのアルゴリズムに基づいたBLASTXと呼ばれるプログラムが開発されている。これらの解析方法の具体的な手法は公知であり、National Center of Biotechnology Information(NCBI)のウェブサイト(http://www.ncbi.nlm.nih.gov/)を参照すればよい。また、塩基配列の「同一性」も上記に準じて定義される。
【0026】
本明細書において、アミノ酸の変異は、具体的には、アミノ酸の欠失、置換、挿入、又は付加である。
【0027】
本明細書中において、「保存的置換」とは、アミノ酸残基が類似の側鎖を有するアミノ酸残基に置換されることを意味する。例えば、リジン、アルギニン、ヒスチジンといった塩基性側鎖を有するアミノ酸残基同士で置換されることが、保存的な置換にあたる。その他、アスパラギン酸、グルタミン酸といった酸性側鎖を有するアミノ酸残基;グリシン、アスパラギン、グルタミン、セリン、トレオニン、チロシン、システインといった非帯電性極性側鎖を有するアミノ酸残基;アラニン、バリン、ロイシン、イソロイシン、プロリン、フェニルアラニン、メチオニン、トリプトファンといった非極性側鎖を有するアミノ酸残基;トレオニン、バリン、イソロイシンといったβ-分枝側鎖を有するアミノ酸残基;チロシン、フェニルアラニン、トリプトファン、ヒスチジンといった芳香族側鎖を有するアミノ酸残基同士での置換も同様に、保存的な置換にあたる。
【0028】
本明細書において、「核酸」及び「ポリヌクレオチド」は、特に制限されず、天然、人工のいずれのものも包含する。具体的には、DNA、RNA等の他にも、次に例示するように、公知の化学修飾が施されたものであってもよい。ヌクレアーゼなどの加水分解酵素による分解を防ぐために、各ヌクレオチドのリン酸残基(ホスフェート)を、例えば、ホスホロチオエート(PS)、メチルホスホネート、ホスホロジチオネート等の化学修飾リン酸残基に置換することができる。また、各リボヌクレオチドの糖(リボース)の2位の水酸基を、-OR(Rは、例えばCH3(2´-O-Me)、CH2CH2OCH3(2´-O-MOE)、CH2CH2NHC(NH)NH2、CH2CONHCH3、CH2CH2CN等を示す)に置換してもよい。さらに、塩基部分(ピリミジン、プリン)に化学修飾を施してもよく、例えば、ピリミジン塩基の5位へのメチル基やカチオン性官能基の導入、あるいは2位のカルボニル基のチオカルボニルへの置換などが挙げられる。さらには、リン酸部分やヒドロキシル部分が、例えば、ビオチン、アミノ基、低級アルキルアミン基、アセチル基等で修飾されたものなどを挙げることができるが、これに限定されない。また、ヌクレオチドの糖部の2´酸素と4´炭素を架橋することにより、糖部のコンフォーメーションをN型に固定したものであるBNA(LNA)等もまた、用いられ得る。
【0029】
本明細書において、アミノ酸配列中のアミノ酸の位置は、アミノ酸一文字表記+N末端アミノ酸から数えた場合のアミノ酸番号で示すことがある。例えば、「R20」は、N末端から20番目のアミノ酸であるアルギニンを示す。例えば、「X20」は、N末端から20番目のアミノ酸(Xは、任意のアミノ酸)を示す。
【0030】
2.ポリペプチド、cAMPセンサー
本発明は、その一態様において、(a)領域a、(b)ショートリンカーb、(c)領域c、(d)ショートリンカーd、及び(e)領域e、を含み、且つこれらがN末端側からこの順で配置されている、ポリペプチド(本明細書において、「本発明のポリペプチド」と示すこともある。)に関する。以下に、これについて説明する。
【0031】
領域aは、PRKAR1Aタンパク質の部分領域であってcNB-AドメインのN末端からβシート4までを含む領域である。
【0032】
PRKAR1Aタンパク質は、cAMP-dependent protein kinase type I-alpha regulatory subunitであり、プロテインキナーゼA(PKA)のサブユニットの1つである。PRKAR1Aタンパク質の由来生物種としては、特に制限されず、例えばヒト、サル、マウス、ラット、イヌ、ネコ、ウサギ、ブタ、ウマ、ウシ、ヒツジ、ヤギ、シカなどの種々の哺乳類動物が挙げられる。由来生物種は、好ましくはげっ歯目動物である。げっ歯目動物としては、好ましくはネズミ上科動物が挙げられ、より好ましくはネズミ科動物が挙げられ、さらに好ましくはマウスが挙げられる。マウスPRKAR1Aタンパク質は、NM_001313973のmRNAにコードされるタンパク質であり、配列番号6に示される381アミノ酸のアミノ酸配列からなる。また、その他の生物種由来のPRKAR1Aタンパク質のアミノ酸配列及びそのコード配列は公知である、或いは公知の配列に基づく相同性検索により容易に同定することができる。PRKAR1Aタンパク質には、スプライシングバリアントも包含される。
【0033】
PRKAR1Aタンパク質は、cAMP結合能を有する限りにおいて、置換、欠失、付加、挿入などのアミノ酸変異を有していてもよい。変異としては、cAMP結合能がより損なわれ難いという観点から、好ましくは置換、より好ましくは保存的置換が挙げられる。
【0034】
PRKAR1Aタンパク質の好ましい具体例としては、下記(A)に記載するタンパク質及び下記(B)に記載するタンパク質:
(A)配列番号6に示されるアミノ酸配列を含むタンパク質、及び
(B)配列番号6に示されるアミノ酸配列と85%以上の同一性を有するアミノ酸配列を含み、且つcAMP結合能を有するタンパク質
からなる群より選択される少なくとも1種が挙げられる。
【0035】
上記(B)において、同一性は、より好ましくは90%以上、さらに好ましくは95%以上、よりさらに好ましくは98%以上である。
【0036】
上記(B)に記載するタンパク質の一例としては、例えば
(B’)配列番号6に示されるアミノ酸配列に対して1若しくは複数個のアミノ酸が置換、欠失、付加、又は挿入されたアミノ酸配列を含み、且つcAMP結合能を有するタンパク質
が挙げられる。
【0037】
上記(B’)において、複数個とは、例えば2~40個であり、好ましくは2~20個であり、より好ましくは2~10個であり、よりさらに好ましくは2又は3個である。
【0038】
PRKAR1Aタンパク質の部分領域とは、PRKAR1Aタンパク質のアミノ酸配列の一部の連続領域である。領域aにおける当該部分領域は、cNB-AドメインのN末端からβシート4までを含むものである限り、特に制限されない。すなわち、当該部分領域は、cNB-AドメインのN末端のアミノ酸から、βシート4のC末端のアミノ酸までの領域を含む。
【0039】
cNB-Aドメインは、PRKAR1Aタンパク質が有する2つのcAMP結合ドメイン(cNB-Aドメイン、cNB-Bドメイン)の内、N末端側に存在するドメインである。cNB-Aドメインの位置は公知である、或いは公知の配列情報に基づいて容易に推測することができる。例えば、マウスPRKAR1Aタンパク質におけるcNB-Aドメインは、マウスPRKAR1Aタンパク質のアミノ酸配列(配列番号6)の137番アミノ酸(N末端)~254番アミノ酸(C末端)である。
【0040】
βシート4は、PRKAR1Aタンパク質が有するβシートの内、N末端側から数えて4つ目のβシートであり、cNB-Aドメイン内に存在する。βシート4の位置は公知である、或いは公知の配列情報に基づいて容易に推測することができる。例えば、マウスPRKAR1Aタンパク質におけるβシート4は、マウスPRKAR1Aタンパク質のアミノ酸配列(配列番号6)の180番アミノ酸(N末端)~186番アミノ酸(C末端)である。
【0041】
領域aは、PRKAR1Aタンパク質におけるcNB-AドメインよりN末端側の領域についてはできるだけ含まないことが好ましい。これにより、他のタンパク質との結合をより抑制することができ、cAMPセンサーとしてより良好な性能を発揮し得る。この観点から、領域aのN末端は、例えば配列番号6の108番目のアミノ酸~120番目のアミノ酸のいずれかであることが好ましい。
【0042】
領域aは、PRKAR1Aタンパク質におけるβシート5のN末端以降については含まない。βシート5については後述のとおりである。
【0043】
領域aは、蛍光特性、蛍光変化率、cAMP親和性等の観点から、好ましくは、配列番号3に示されるアミノ酸配列A1、又は前記アミノ酸配列A1に対して1又は複数個のアミノ酸が変異してなるアミノ酸配列A2を含む。
【0044】
配列番号3は、配列番号6の108番目のアミノ酸~186番目のアミノ酸からなるアミノ酸配列であり、cNB-AドメインのN末端のアミノ酸から、βシート4のC末端のアミノ酸までの領域を含む。
【0045】
アミノ酸配列A2は、cAMP結合能を有する限り特に制限されない。アミノ酸配列A2の、アミノ酸配列A1に対する変異アミノ酸数は、例えば1~15、好ましくは1~10、より好ましくは1~7、さらに好ましくは1~5、よりさらに好ましくは1~2、特に好ましくは1である。アミノ酸配列A2は、アミノ酸配列A1に対して、例えば85%以上の同一性、好ましくは90%以上の同一性、より好ましくは95%以上の同一性、さらに好ましくは98%以上の同一性、よりさらに好ましくは99%以上の同一性を有する。
【0046】
ショートリンカーbは、1つのアミノ酸又は比較的短いアミノ酸配列である限り、特に制限されない。ショートリンカーbの長さ(構成アミノ酸数)は、例えば1~5アミノ酸長(1~5個)である。当該長さは、蛍光特性、蛍光変化率、cAMP親和性等の観点から、好ましくは1~3、特に好ましくは2である。ショートリンカーbは、蛍光特性、蛍光変化率、cAMP親和性等の観点から、特に好ましくはSWからなる2アミノ酸長のリンカーである。
【0047】
領域cは、配列番号4に示されるアミノ酸配列であって、X1がプロリンであり、X20がトリプトファンであり、X54がロイシンであり、且つX58がセリンであるアミノ酸配列C1、又は前記アミノ酸配列C1に対してに対して1又は複数個のアミノ酸が変異してなるアミノ酸配列C2からなる領域である。
【0048】
配列番号4は、cpGFP(circularly-permuted GFP)のアミノ酸配列であり、本願実施例においてアミノ酸変異を検討した部位のアミノ酸がX(=任意のアミノ酸)で示されている。
【0049】
アミノ酸配列C1は、蛍光特性、蛍光変化率、cAMP親和性等の観点から、配列番号4においてXで示されるアミノ酸が以下のアミノ酸であることが好ましい。
・X3は、チロシン又はヒスチジンであることが好ましく、チロシンであることが特に好ましい。
・X5は、リシン又はアルギニンであることが好ましく、リシンであることが特に好ましい。
・X16は、アスパラギン又はシステインであることが好ましく、アスパラギンであることが特に好ましい。
・X56は、グルタミンであることが特に好ましい。
【0050】
アミノ酸配列C1において変異するアミノ酸は、上記したX1、X20、X54、X58の位置のアミノ酸は除かれる。好ましくは、アミノ酸配列C1において変異するアミノ酸は、上記したX3、X5、X16、及びX56からなる群より選択される少なくとも1種のアミノ酸は除かれる。
【0051】
アミノ酸配列C2は、蛍光特性、蛍光変化率、cAMP親和性等が著しく損なわれない限り特に制限されない。アミノ酸配列C2の、アミノ酸配列C1に対する変異アミノ酸数は、例えば1~35、好ましくは1~20、より好ましくは1~10、さらに好ましくは1~5、よりさらに好ましくは1~2、特に好ましくは1である。アミノ酸配列C2は、アミノ酸配列C1に対して、例えば85%以上の同一性、好ましくは90%以上の同一性、より好ましくは95%以上の同一性、さらに好ましくは98%以上の同一性、よりさらに好ましくは99%以上の同一性を有する。
【0052】
ショートリンカーdは、1つのアミノ酸又は比較的短いアミノ酸配列である限り、特に制限されない。ショートリンカーdの長さ(構成アミノ酸数)は、例えば1~5アミノ酸長(1~5個)である。当該長さは、蛍光特性、蛍光変化率、cAMP親和性等の観点から、好ましくは1~3、より好ましくは1~2、特に好ましくは1である。ショートリンカーdは、蛍光特性、蛍光変化率、cAMP親和性等の観点から、特に好ましくはGからなる1アミノ酸長のリンカーである。
【0053】
領域eは、PRKAR1Aタンパク質の部分領域であってcNB-Aドメインのβシート5からcNB-Bドメインまでを含む領域である。
【0054】
PRKAR1Aタンパク質については前述のとおりである。
【0055】
領域eにおける当該部分領域は、cNB-Aドメインのβシート5からcNB-Bドメインまでを含むものである限り、特に制限されない。すなわち、当該部分領域は、cNB-Aドメインのβシート5のN末端のアミノ酸から、cNB-BドメインのC末端のアミノ酸までの領域を含む。
【0056】
βシート5は、PRKAR1Aタンパク質が有するβシートの内、N末端側から数えて5つ目のβシートであり、cNB-Aドメイン内に存在する。βシート5の位置は公知である、或いは公知の配列情報に基づいて容易に推測することができる。例えば、マウスPRKAR1Aタンパク質におけるβシート5は、マウスPRKAR1Aタンパク質のアミノ酸配列(配列番号6)の190番アミノ酸(N末端)~195番アミノ酸(C末端)である。
【0057】
cNB-Bドメインは、PRKAR1Aタンパク質が有する2つのcAMP結合ドメイン(cNB-Aドメイン、cNB-Bドメイン)の内、C末端側に存在するドメインである。cNB-Bドメインの位置は公知である、或いは公知の配列情報に基づいて容易に推測することができる。例えば、マウスPRKAR1Aタンパク質におけるcNB-Bドメインは、マウスPRKAR1Aタンパク質のアミノ酸配列(配列番号6)の255番アミノ酸(N末端)~381番アミノ酸(C末端)である。
【0058】
領域eは、PRKAR1Aタンパク質におけるβシート4のC末端よりN末端側については含まない。βシート4については前述のとおりである。
【0059】
領域eは、蛍光特性、蛍光変化率、cAMP親和性等の観点から、好ましくは、配列番号5に示されるアミノ酸配列E1、又は前記アミノ酸配列E1に対して1又は複数個のアミノ酸が変異してなるアミノ酸配列E2を含む。
【0060】
配列番号5は、配列番号6の190番目のアミノ酸~381番目のアミノ酸からなるアミノ酸配列であり、cNB-Aドメインのβシート5のN末端のアミノ酸から、cNB-BドメインのC末端のアミノ酸までの領域を含む。
【0061】
アミノ酸配列E2は、cAMP結合能を有する限り特に制限されない。アミノ酸配列E2の、アミノ酸配列E1に対する変異アミノ酸数は、例えば1~15、好ましくは1~10、より好ましくは1~8、さらに好ましくは1~5、よりさらに好ましくは1~2、特に好ましくは1である。アミノ酸配列E2は、アミノ酸配列E1に対して、例えば85%以上の同一性、好ましくは90%以上の同一性、より好ましくは95%以上の同一性、さらに好ましくは98%以上の同一性、よりさらに好ましくは99%以上の同一性を有する。
【0062】
本発明のポリペプチドにおいては、(a)領域a、(b)ショートリンカーb、(c)領域c、(d)ショートリンカーd、(e)領域eが、N末端側からこの順で配置されている。すなわち、本発明のポリペプチドは、N末端側から、(a)領域a、(b)ショートリンカーb、(c)領域c、(d)ショートリンカーd、(e)領域eの順に直接(他のアミノ酸配列を介さずに)連結されてなる領域を含む。
【0063】
本発明のポリペプチドは、蛍光特性、蛍光変化率、cAMP親和性等の観点から、特に好ましくは、配列番号7に示されるアミノ酸配列X1、又は前記アミノ酸配列X1に対してに対して1又は複数個のアミノ酸が変異してなるアミノ酸配列X2を含む。
【0064】
配列番号7は、後述の実施例のCyA033のアミノ酸配列であり、(a)領域a、(b)ショートリンカーb、(c)領域c、(d)ショートリンカーd、及び(e)領域e、を含み、且つこれらがN末端側からこの順で配置されてなる、配列を含む。
【0065】
アミノ酸配列X2は、蛍光特性、蛍光変化率、cAMP親和性等が著しく損なわれない限り特に制限されない。アミノ酸配列X2の、アミノ酸配列X1に対する変異アミノ酸数は、例えば1~60、好ましくは1~40、より好ましくは1~20、さらに好ましくは1~10、よりさらに好ましくは1~5、特に好ましくは1である。アミノ酸配列X2は、アミノ酸配列X1に対して、例えば85%以上の同一性、好ましくは90%以上の同一性、より好ましくは95%以上の同一性、さらに好ましくは98%以上の同一性、よりさらに好ましくは99%以上の同一性を有する。
【0066】
大腸菌で発現及び精製した本発明のポリペプチドは、高い蛍光変化率を有する。例えば、本発明のポリペプチドは、大腸菌で発現及び精製した場合、300μM cAMP存在下での485nm励起光に対する蛍光強度がcAMP非存在下での485nm励起光に対する蛍光強度に対して3倍以上(好ましくは4倍以上、より好ましくは4.5倍以上)であることができる。大腸菌での発現及び精製、並びに当該蛍光変化率の測定は、後述の試験例1に記載の方法に従って行うことができる。
【0067】
動物細胞で発現及び精製した本発明のポリペプチドも、高い蛍光変化率を有する。例えば、本発明のポリペプチドは、動物細胞で発現及び精製した場合、300μM cAMP存在下での460nm励起光に対する蛍光強度がcAMP非存在下での460nm励起光に対する蛍光強度に対して5倍以上(好ましくは7倍以上、より好ましくは10倍以上、さらに好ましくは12倍以上)であることができる。動物細胞での発現及び精製、並びに当該蛍光変化率の測定は、後述の試験例2に記載の方法に従って行うことができる。
【0068】
本発明のポリペプチドは、高いcAMP親和性を有する。例えば、本発明のポリペプチドのcAMPに対するKd値は、500nM以下、好ましくは300nM以下、より好ましくは250nM以下、さらに好ましくは200nM以下であることができる。Kd値の測定は、後述の試験例2に記載の方法に従って行うことができる。
【0069】
本発明のポリペプチドは、特徴的な蛍光特性、具体的には、特定波長の励起光に対する蛍光強度はcAMPの結合により減少し、別の特定波長の励起光に対する蛍光強度はcAMPの結合により上昇する、という蛍光特性を有する。例えば、本発明のポリペプチドは、cAMP存在下での488nm励起光に対する蛍光強度がcAMP非存在下での488nm励起光に対する蛍光強度より高く、且つcAMP存在下での405nm励起光に対する蛍光強度がcAMP非存在下での405nm励起光に対する蛍光強度より低い、という蛍光特性を有することができる。また、別の例として、本発明のポリペプチドは、cAMP存在下での440nm以上の波長(波長1)の励起光に対する蛍光強度がcAMP非存在下での波長1の励起光に対する蛍光強度より高く、且つcAMP存在下での430nm以下の波長(波長2)の励起光に対する蛍光強度がcAMP非存在下での波長2の励起光に対する蛍光強度より低い、という蛍光特性を有することができる。このような蛍光特性を有するので、当該蛍光特性は、後述の試験例3に記載の方法に従って調べることができる。
【0070】
本発明のポリペプチドは、蛍光特性、蛍光変化率、cAMP親和性等が著しく損なわれない限りにおいて、上記以外の他のアミノ酸配列、例えば安定化配列、局在化配列、分泌シグナル配列、タンパク質タグ、蛍光タンパク質、発光タンパク質、プロテアーゼ認識配列(TEVプロテアーゼ認識配列等)等のシグナル配列等のタンパク質又はペプチドが付加されたものであってもよい。タンパク質タグとしては、例えばビオチン、Hisタグ、FLAGタグ、Haloタグ、MBPタグ、HAタグ、Mycタグ、V5タグ、PAタグ等が挙げられる。
【0071】
本発明のポリペプチドは、RSETドメインを含むことが好ましい。RSETドメインは、タンパク質安定化配列であり、代表的には配列番号2に示されるアミノ酸配列を含む。RSETドメインは、領域aのN末端側に付加されることが好ましい。
【0072】
本発明のポリペプチドは、蛍光特性、蛍光変化率、cAMP親和性等が著しく損なわれない限りにおいて、化学修飾されたものであってもよい。
【0073】
本発明のポリペプチドは、C末端がカルボキシル基(-COOH)、カルボキシレート(-COO-)、アミド(-CONH2)またはエステル(-COOR)の何れであってもよい。
【0074】
ここでエステルにおけるRとしては、例えば、メチル、エチル、n-プロピル、イソプロピル、n-ブチルなどのC1-6アルキル基;例えば、シクロペンチル、シクロヘキシルなどのC3-8シクロアルキル基;例えば、フェニル、α-ナフチルなどのC6-12アリール基;例えば、ベンジル、フェネチルなどのフェニル-C1-2アルキル基;α-ナフチルメチルなどのα-ナフチル-C1-2アルキル基などのC7-14アラルキル基;ピバロイルオキシメチル基などが用いられる。
【0075】
本発明のポリペプチドは、C末端以外のカルボキシル基(またはカルボキシレート)が、アミド化またはエステル化されていてもよい。この場合のエステルとしては、例えば上記したC末端のエステルなどが用いられる。
【0076】
さらに、本発明のポリペプチドには、N末端のアミノ酸残基のアミノ基が保護基(例えば、ホルミル基、アセチル基などのC1-6アルカノイルなどのC1-6アシル基など)で保護されているもの、生体内で切断されて生成し得るN末端のグルタミン残基がピログルタミン酸化したもの、分子内のアミノ酸の側鎖上の置換基(例えば-OH、-SH、アミノ基、イミダゾール基、インドール基、グアニジノ基など)が適当な保護基(例えば、ホルミル基、アセチル基などのC1-6アルカノイル基などのC1-6アシル基など)で保護されているもの、あるいは糖鎖が結合したいわゆる糖蛋白質などの複合蛋白質なども包含される。
【0077】
本発明のポリペプチドは、酸または塩基との塩の形態であってもよい。塩は、特に限定されず、酸性塩、塩基性塩のいずれも採用することができる。例えば酸性塩の例としては、塩酸塩、臭化水素酸塩、硫酸塩、硝酸塩、リン酸塩等の無機酸塩; 酢酸塩、プロピオン酸塩、酒石酸塩、フマル酸塩、マレイン酸塩、リンゴ酸塩、クエン酸塩、メタンスルホン酸塩、パラトルエンスルホン酸塩等の有機酸塩; アスパラギン酸塩、グルタミン酸塩等のアミノ酸塩等が挙げられる。また、塩基性塩の例として、ナトリウム塩、カリウム塩等のアルカリ金属塩; カルシウム塩、マグネシウム塩等のアルカリ土類金属塩等が挙げられる。
【0078】
本発明のポリペプチドは、溶媒和物の形態であってもよい。溶媒は、特に限定されず、例えば水、エタノール、グリセロール、酢酸等が挙げられる。
【0079】
本発明のポリペプチドは、そのアミノ酸配列に応じて、公知の遺伝子工学的手法に従って容易に作製することができる。例えば、PCR、制限酵素切断、DNA連結技術、in vitro転写・翻訳技術、リコンビナントタンパク質作製技術等を利用して作製することができる。
【0080】
本発明のポリペプチドは、合成後、精製してもよい。例えば、培養物から遠心、濾過等により集菌し採取した菌体から本発明のポリペプチドを抽出する。先ず、抽出第一段階としての菌体の破砕には、酵素による消化、浸透圧による破壊、急激な加圧減圧、超音波、種々のホモジナイザー等々を用いることができる。次いで、菌体破砕物を分別するための手段として、物理的な低速遠心、超遠心、濾過、分子ふるい、膜濃縮等、化学的な沈殿剤、可溶化剤、吸脱着剤、分散剤等、物理化学的な電気泳動、カラムクロマトグラフィー、支持体、透析、塩析等を、それぞれ組合せて用いることができる。また、これ等の手段の適用においては、温度、圧力、pH、イオン強度等の物理化学的条件を適宜、設定できる。
【0081】
3.ポリヌクレオチド、細胞
本発明は、その一態様において、本発明のポリペプチドのコード配列を含む、ポリヌクレオチド(本明細書において、「本発明のポリヌクレオチド」と示すこともある。)、本発明のポリヌクレオチドを含む、細胞(本明細書において、「本発明の細胞」と示すこともある。)に関する。以下に、これらについて説明する。なお、以下に説明の無い事項については、上記の項目2の記載を援用する。
【0082】
本発明のポリペプチドのコード配列は、本発明のポリペプチドをコードする塩基配列からなるポリヌクレオチドである限り、特に制限されない。
【0083】
本発明のポリヌクレオチドは、その一態様において、本発明のポリペプチドの発現カセットを含む。
【0084】
本発明のポリペプチドの発現カセットは、細胞内で本発明のポリペプチドを発現可能なポリヌクレオチドである限り特に制限されない。本発明のポリペプチドの発現カセットの典型例としては、プロモーター、及びそのプロモーターの制御下に配置された本発明のポリペプチドのコード配列を含むポリヌクレオチドが挙げられる。
【0085】
本発明のポリペプチドの発現カセットに含まれるプロモーターとしては、特に制限されず、対象細胞に応じて適宜選択することができる。プロモーターとしては、例えばpol II系プロモーターを各種使用することができる。pol II系プロモーターとしては、特に制限されないが、例えばCMVプロモーター、EF1プロモーター、SV40プロモーター、MSCVプロモーター、hTERTプロモーター、βアクチンプロモーター、CAGプロモーター等が挙げられる。その他にも、プロモーターとして、例えばtrcやtac等のトリプトファンプロモーター、lacプロモーター、T7プロモーター、T5プロモーター、T3プロモーター、SP6プロモーター、アルコール(例えばメタノール)誘導プロモーター、アラビノース誘導プロモーター、コールドショックプロモーター、テトラサイクリン誘導性プロモーター等が挙げられる。
【0086】
本発明のポリヌクレオチドは、必要に応じて、他のエレメント(例えば、マルチクローニングサイト(MCS)、薬剤耐性遺伝子、複製起点、エンハンサー配列、リプレッサー配列、インスレーター配列、レポータータンパク質(例えば、蛍光タンパク質等)コード配列、薬剤耐性遺伝子コード配列などが挙げられる。)を含んでいてもよい。
【0087】
本発明のポリヌクレオチドは、ベクターの形態であることができる。使用目的(クローニング、タンパク質の発現)に応じて、また宿主細胞の種類を考慮して適当なベクターが選択される。大腸菌を宿主とするベクターとしてはM13ファージ又はその改変体、λファージ又はその改変体、pBR322又はその改変体(pB325、pAT153、pUC8など)等、酵母を宿主とするベクターとしてはpYepSec1、pMFa、pYES2、pPIC3.5K、pPICZα A等、昆虫細胞を宿主とするベクターとしてはpAc、pVL等、哺乳類細胞を宿主とするベクターとしてはpcDNA、pCDM8、pMT2PC等を例示することができる。
【0088】
本発明の細胞は、本発明のポリヌクレオチドを含む限り特に制限されない。細胞としては、例えば、Escherichia coli K12等の大腸菌、Bacillus subtilis MI114等のバチルス属細菌、Saccharomyces cerevisiae AH22等の酵母、Spodoptera frugiperda 由来の Sf細胞系もしくはTrichoplusia ni由来のHighFive細胞系、嗅神経細胞等の昆虫細胞、COS7細胞等の動物細胞等を挙げることができる。動物細胞としては、好ましくは、哺乳動物由来の培養細胞、具体的には、COS7細胞、CHO細胞、HEK293細胞、HEK293FT細胞、Hela細胞、PC12細胞、N1E-115細胞、SH-SY5Y細胞等が挙げられる。
【0089】
本発明の細胞は、その一態様において、本発明のポリペプチドを発現している。
【0090】
本発明の細胞は、その一態様において、本発明のポリヌクレオチドが染色体DNAに組込まれた細胞(安定発現細胞株)であることができる。
【0091】
4.cAMPの検出方法
本発明は、その一態様において、本発明のポリペプチドを発現する細胞の蛍光シグナルを指標とする、cAMPの検出方法(本明細書において、「本発明の検出方法」と示すこともある。)に関する。以下、これについて説明する。
【0092】
本発明のポリペプチドを発現する細胞については、上記項目3.のとおりである。用いる細胞種については、特に制限されないが、好ましくは動物細胞、より好ましく哺乳類動物細胞、さらに好ましくはヒト細胞であることができる。
【0093】
細胞は、特定のGタンパク質共役受容体の発現カセットを導入して、当該受容体を発現させた細胞であることができる。また、細胞は、互いに異なるGタンパク質共役受容体を発現する複数種の細胞の混合物、例えばある特定のGタンパク質共役受容体を発現する細胞と他のGタンパク質共役受容体を発現する細胞との混合物であることができる。
【0094】
本発明の検出方法において、蛍光シグナルが検出された場合、cAMPが検出されたといえる。また、本発明の検出方法において、蛍光シグナルが増加した場合、cAMP濃度が上昇したといえる。
【0095】
本発明の検出方法の好ましい一態様において、被検物質の存在下における蛍光シグナル強度を指標とすることにより、被検物質のcAMP濃度又はGタンパク質共役受容体への影響を評価することもできる。
【0096】
被検物質としては、天然に存在する化合物又は人工に作られた化合物を問わず広く使用することができる。また、精製された化合物に限らず、多種の化合物を混合した組成物や、動植物の抽出液も使用することができる。化合物には、低分子化合物に限らず、タンパク質、核酸、多糖類等の高分子化合物も包含される。
【0097】
「被検物質の存在下」とは、本発明のポリペプチドを発現する細胞に被検物質が接触できる状態である限り特に制限されない。被検物質を接触させる態様は、特に制限されず、適宜設定することができる。例えば、細胞培地に被験物質を添加することが挙げられる。
【0098】
被検物質の接触時間は、被検物質がcAMP濃度又はGタンパク質共役受容体調節作用を有する場合に、当該調節可能な程度の時間である限り、特に制限されない。該接触時間は、例えば10秒~72時間程度である。
【0099】
蛍光シグナルの測定は、公知の方法に従って又は準じて行うことができる。例えば、本発明のポリペプチドの励起波長光を照射した際に検出される蛍光波長光の強度を測定することによって、行われる。励起波長及び蛍光波長は、後述の実施例の試験結果に基づいて決定することができる。本発明の好ましい一態様においては、蛍光シグナルに代えて、430nm以下の波長の励起光に対する蛍光強度に対する、440nm以上の波長の励起光に対する蛍光強度の比を指標とすることができる。これにより、cAMPに対する蛍光変化率がより高くなる。
【0100】
本発明の検出方法によれば、1時点のスナップショットイメージングにより、単一細胞レベルでcAMP濃度を定量できる。
【0101】
5.スクリーニング方法
本発明は、その一態様において、本発明のポリペプチドを発現する細胞の蛍光シグナルを指標とする、cAMP濃度調節物質のスクリーニング方法(本明細書において、「本発明のスクリーニング方法」と示すこともある。)に関する。以下、これについて説明する。
【0102】
本発明のスクリーニング方法は、より具体的な一態様においては、被検物質の存在下における蛍光シグナル強度(以下、「被検シグナル強度」と示すこともある。)を、被検物質の非存在下における蛍光シグナル強度(以下、「対照シグナル強度」)と比較した結果、両者に差があった場合(例えば、両者の差が1.1倍以上、1.3倍以上、2倍以上、5倍以上、10倍以上、20倍以上、50倍以上、100倍以上、200倍以上、500倍以上、又は1000倍以上の場合)に、被検物質をcAMP濃度調節物質として選択することにより行うことができる。
【0103】
cAMP濃度調節物質は、Gタンパク質共役受容体制御物質(Gタンパク質共役受容体アゴニスト又はアンタゴニスト)として選択することができる。
【0104】
本発明のスクリーニング方法は、より具体的には、下記工程(a)、工程(b)、並びに工程(c)を含むことができる:
(a)本発明のポリペプチドを発現する細胞と被検物質とを接触させる工程、
(b)被検物質を接触させた前記細胞における被検シグナル強度を測定し、該被検シグナル強度と、被検物質を接触させない前記細胞における対照シグナル強度と比較する工程、並びに
(c)下記工程(c1)、工程(c2)、及び工程(c3)からなる群より選択される少なくとも一種の工程;
(c1)被検シグナル強度と対照シグナル強度との間に差がある場合に、被検物質をcAMP濃度調節物質又はGタンパク質共役受容体制御物質として選択する工程、
(c2)被検シグナル強度が対照シグナル強度よりも高い場合に、被検物質をGタンパク質共役受容体アゴニストとして選択する工程、及び
(c3)被検シグナル強度が対照シグナル強度よりも低い場合に、被検物質をGタンパク質共役受容体アンタゴニストとして選択する工程。
【0105】
また、細胞が、互いに異なるGタンパク質共役受容体を発現する複数種の細胞の混合物、例えばある特定のGタンパク質共役受容体を発現する細胞と他のGタンパク質共役受容体を発現する細胞との混合物である場合、本発明のスクリーニング方法は、下記工程を含むことができる:
(x)目的のGタンパク質共役受容体を発現する細胞において被検シグナル強度と対照シグナル強度との間に差があり、且つその他のGタンパク質共役受容体を発現する細胞において被検シグナル強度と対照シグナル強度との間に差がない場合に、被検物質をcAMP濃度調節物質又はGタンパク質共役受容体制御物質として選択する工程。
【0106】
工程(x)により、目的のGタンパク質共役受容体を制御する物質を、より高い特異性で選択することができる。
【0107】
上記以外については、上記4.のとおりである。
【実施例0108】
以下に、実施例に基づいて本発明を詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例によって限定されるものではない。
【0109】
試験例1.cAMPセンサーのスクリーニング
cAMPセンサーの開発にあたり、PRKAR1Aタンパク質又はPRKAR1Bタンパク質の2つのcAMP結合ドメインのいずれか一方に変異を導入したcpGFPを挿入することを検討した。検討の結果、PRKAR1Aタンパク質のN末端側cAMP結合ドメイン(cNB-Aドメイン)のβシート4(N末端側から4番目のβシート)とβシート5(N末端側から5番目のβシート)の間のループに、両末端にショートリンカーを付加した変異型cpGFPを挿入することにより、良好なcAMP検出性能を発揮できることを見出した(
図1)。
【0110】
この知見に基づいて、上記ドメイン構造からなるポリペプチドのN末端にRSETドメインを付加(タンパク質安定化のため)し、さらにcpGFPの一部を変異させてなるcAMPセンサー(
図2)をスクリーニングに供した。このcAMPセンサーの配列(配列番号1)は以下のとおりである。
N末端-
(RSETドメイン)MGSHHHHHHGMASMTGGQQMGRDLYDDDDKDLATMVD(配列番号2)、
(領域a)EDAASYVRKVIPKDYKTMAALAKAIEKNVLFSHLDDNERSDIFDAMFPVSFIAGETVIQQGDEGDNFYVIDQGEMDVYV(配列番号3:マウスPRKAR1Aタンパク質(配列番号6)の108番アミノ酸~186番アミノ酸からなるアミノ酸配列であり、cNB-Aドメイン(配列番号6の137番アミノ酸~254番アミノ酸)のN末端からβシート4(配列番号6の180番アミノ酸~186番アミノ酸)のC末端までを含む。)、
(ショートリンカーb)SW、
(領域c)
XV
XI
XADKQKNGIKA
NFKI
XHNIEDGGVQLAYHYQQNTPIGDGPVLLPDNHYL
XV
XS
XLSKDPNEKRDHMVLLEFVTAAGITLGMDELYKGGTGGSMVSKGEELFTGVVPILVELDGDVNGHKFSVSGEGEGDATYGKLTLKFICTTGKLPVPWPTLVTTLTYGVQCFSRYPDHMKQHDFFKSAMPEGYIQERTIFFKDDGNYKTRAEVKFEGDTLVNRIELKGIDFKEDGNILGHKLEYN(配列番号4:cpGFPのアミノ酸配列であり、Xは任意のアミノ酸(変異を導入したアミノ酸を示す。))、
(ショートリンカーd)G、
(領域e)WATSVGEGGSFGELALIYGTPRAATVKAKTNVKLWGIDRDSYRRILMGSTLRKRKMYEEFLSKVSILESLDKWERLTVADALEPVQFEDGQKIVVQGEPGDEFFIILEGTAAVLQRRSENEEFVEVGRLGPSDYFGEIALLMNRPRAATVVARGPLKCVKLDRPRFERVLGPCSDILKRNIQQYNSFVSLSV(配列番号5:マウスPRKAR1Aタンパク質(配列番号6)の190番アミノ酸~381番アミノ酸からなるアミノ酸配列であり、cNB-Aドメイン(配列番号6の137番アミノ酸~254番アミノ酸)のβシート5(配列番号6の190番アミノ酸~195番アミノ酸)のN末端からcNB-Bドメイン(配列番号6の255番アミノ酸~381番アミノ酸)のC末端までを含む。)
-C末端。
【0111】
cAMPセンサーを発現する大腸菌発現ベクターを調製した。RSETドメイン及びcpGFPドメインのコード配列は市販のベクター由来のものを使用した。PRKAR1Aタンパク質のコード配列はマウス cDNA ライブラリーからクローニングした。cAMPセンサーのコード配列をpBAD-K-GECO1(Addgene plasmid # 105864)からpBADベクターにサブクローニングした。部位特異的変異導入には、PrimeSTAR Max DNA polymerase、In-Fusion HD Cloning Kit(Takara)、NNKコドン(K=GまたはT)を含むプライマーを用いたinverse PCR法によりプラスミドライブラリーを作製した。
【0112】
スクリーニングは次のようにして行った。cAMPセンサーの細菌発現用プラスミドライブラリーの各プラスミドを大腸菌DH10B株(Invitrogen社製)に形質転換した。大腸菌の細胞を、アンピシリンと0.0004%アラビノースを含むLB寒天培地プレート上に37℃でプレーティングし、培養した。各コロニーを用い、アンピシリンと0.2%アラビノースを含むLB液体培地1.5 mlに接種し、37℃で一晩培養した。遠心分離後、細胞を150μlの懸濁バッファー(20 mM MOPS (pH 7.2), 100 mM KCl, 1 mM DTT, cOmplete EDTA free (Sigma-Aldrich) )に再懸濁し、4℃で超音波処理し、遠心分離をし、上清を回収した。蛍光測定のために、上清を懸濁バッファーで20倍に希釈した。希釈した上清を96ウェルプレート(Greiner Bio-One、675076)に加え、cAMPを最終濃度300μMになるように添加してcAMP飽和条件下で測定した。室温下、Spark マイクロプレートリーダー(TECAN)を用いて、励起波長485 nm、励起帯域幅20 nm、発光波長535 nm、発光帯域幅20 nmで蛍光強度を測定した。測定値を式:ΔF/F0=(cAMP濃度300μMでの蛍光強度-cAMP濃度0μMでの蛍光強度)/cAMP濃度0μMでの蛍光強度 に代入した。
【0113】
結果を
図3に示す。スクリーニングの結果、ΔF/F0が最も高いcAMPセンサーとして、CyA033(配列番号7)が得られた。CyA033、及びΔF/F0が比較的高かった他のcAMPセンサーについて、領域c(配列番号4)のXで示されるアミノ酸を表1に示す。表1中、アミノ酸は全て一文字表記であり、X1、X3、X5、・・・は配列番号4の1番目、3番目、5番目、・・・のアミノ酸を示し、括弧内のアミノ酸は変異導入が無い場合のアミノ酸を示し、N/Aはシークエンス解析しておらず配列不明であることを示す。なお、M85-02のX54、X56、及びX58は、CyA033とは異なるアミノ酸であり、M094又はM095で始まるコードのcAMPセンサーのX3、X5、及びX16の少なくとも1つは、CyA033とは異なるアミノ酸である。
【0114】
【0115】
試験例2.動物細胞発現cAMPセンサーのin vitro蛍光測定1
動物細胞(HEK293T細胞)で発現させたcAMPセンサーを精製して、in vitroで蛍光測定した。具体的には、以下のようにして行った。
【0116】
CyA033と、既存のcAMPセンサーであるFlamindo2(Flamindo2 (Addgene plasmid # 73938)由来)とを、試験に供した。HEK293T細胞に導入するために、cAMPセンサー、pAAV-hSyn-DIO-hM3D(Gq)-mCherryからのウッドチャック肝炎ウイルス転写後調節要素(WPRE)(Addgene plasmid # 44361)、及びCAGプロモータを、pEGFP-N1(Clonetech)からpN1ベクターにサブクローニングした。
【0117】
HEK293T細胞を2mlのDMEMと10%FBSと共に6ウェルプレート上で37℃にてインキュベートした。X-tremeGENE HP DNA Transfection Reagent (Roche)を用いて1 μg DNA(cAMPセンサー発現ベクター)をトランスフェクションした。トランスフェクションの2日後、細胞を上記の150μlの懸濁バッファーに採取し、4℃で超音波処理し、遠心分離し、上清を回収した。蛍光測定のために、上清を懸濁バッファーで20倍に希釈した。cAMP飽和条件用に、cAMPを最終濃度300μMになるように添加した。蛍光測定は上記と同様に行った。cAMP親和性の測定では、上清を懸濁液で40倍希釈し、0、10、30、100、300、1000、3000、10000、30000、300000nMのcAMP最終濃度とした。Kd値はシグモイドフィットの変曲点により算出した。発光スペクトルは発光波長555 nm、励起波長460 nmでそれぞれ撮影した。
【0118】
結果を
図4~6に示す。CyA033は、既存のcAMPセンサーであるFlamindo2よりも、cAMPによる蛍光変化率及びcAMP親和性共に高かった。
【0119】
試験例3.動物細胞発現cAMPセンサーのin vitro蛍光測定2
CyA033の各波長の励起光に対する蛍光強度を測定し、また蛍光波長スペクトラムを測定した。具体的には、次のようにして行った。HEK293T細胞にCyA033発現ベクター(試験例2)を試験例2と同様にして、トランスフェクションし、CyA033を含む上清を回収し、上清を希釈し、cAMPを添加した。続いて、室温下、Spark マイクロプレートリーダー(TECAN)を用いて、発光波長555 nm、発光帯域幅20 nmで蛍光強度を測定した。励起波長は、400 nmから510 nmまで2nm間隔で、励起帯域幅20 nmで測定した。
【0120】
結果を
図7~8に示す。一定波長以下の励起光ではcAMPにより蛍光強度が減少する一方、一定波長以上の励起光ではcAMPにより蛍光強度が上昇することが分かった。
【0121】
試験例4.培養細胞のライブセルイメージング
HEK293T細胞を35mmガラス底ディッシュまたは96ウェルガラス底プレートで37℃にてインキュベートした。cAMPセンサーをコードする1μgのDNA(試験例2のCyA033発現ベクター)を試験例2と同様にしてトランスフェクションした。トランスフェクションから1日後、培養液をチロデ(tyrode)溶液(129 mM NaCl、5 mM KCl、30 mM グルコース、25 mM HEPES-NaOH, pH 7.4, 2 mM CaCl2, 2 mM MgCl2)に交換した。フォルスコリン(ナカライ)を最終濃度3μMとなるように添加した。画像処理は、405nmと488nmの波長のレーザーを用いたLSM880共焦点顕微鏡(オリンパス社製)を用いて行った。405nmと488nmの波長レーザーは交互に励起に使用された。画像解析はImageJ(NIH)およびExcel(Microsoft)で行った。
【0122】
結果を
図9~10に示す。細胞内でも大きな蛍光変化率であることが分かった。
【0123】
試験例5.安定発現細胞株の作製
CyA033の安定発現細胞株をレンチウイルスベクターを用いて作製した。具体的には次のようにして行った。レンチウイルス粒子は、既報(Science 342, 1203-1208.)と同じ手順で、ポリエチレンイミン(PEI)を用いたパッケージングプラスミドのHEK293T細胞へのトランスフェクションにより製造した。培養したHEK293T細胞にレンチウイルスを感染させ、解離させ、マルチウェルプレートに単離した。明るい蛍光を示すシングルクローンを摘出し、CELLBANKER 1 (Takara, 38128-64) を用いて増殖させ、-80℃で保存した。
【0124】
【0125】
試験例6.cAMPイメージング
CyA033の安定発現細胞株(試験例5)のcAMPイメージングを行った。具体的には、トランスフェクションを行わないこと以外は試験例4と同様にして行った。
【0126】
結果を
図12に示す。1時点のスナップショットイメージングにより、単一細胞レベルでcAMP濃度を定量できることが分かった。
【0127】
試験例7.Multiplex highthroughput screening(M-HTS)のProof-of-concept実験
ドーパミン受容体DRD1とiRFPとの融合タンパク質(DRD1-iRFP)をテトラサイクリン依存的に発現できる発現ベクターと、ヒスタミン受容体HRH2とRFPとの融合タンパク質(HRH2-RFP)をテトラサイクリン依存的に発現できる発現ベクターとを作製した。DRD1-iRFP発現ベクターをCyA033の安定発現細胞株(試験例5)にトランスフェクションし、一方でHRH2-RFP発現ベクターをCyA033の安定発現細胞株(試験例5)にトランスフェクションし、両者を混合して培養した。
【0128】
混合細胞にドーパミンを添加して一定時間経過後に、蛍光画像を取得した。結果を
図13に示す。一方で、混合細胞にヒスタミンを添加して一定時間経過後に、蛍光画像を取得した。結果を
図14に示す。
【0129】
ドーパミンを添加した場合には、ドーパミン受容体発現細胞のcAMPは上昇する一方、ヒスタミン受容体発現細胞のcAMPは不変であった。また、ヒスタミンを添加した場合には、ヒスタミン受容体発現細胞のcAMPは上昇する一方、ドーパミン受容体発現細胞のcAMPは不変であった。
【0130】
上記結果より、単一細胞レベルでcAMP濃度を定量できることに基づいて、複数種類のGタンパク質共役受容体発現細胞の内で1種類の細胞でのみcAMPが上昇した場合に陽性とすることで、特定のGタンパク質共役受容体制御物質を高い特異性でスクリーニングできることが分かった(
図15)。