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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023172995
(43)【公開日】2023-12-07
(54)【発明の名称】防蝕亜鉛
(51)【国際特許分類】
   C22C 18/04 20060101AFI20231130BHJP
【FI】
C22C18/04
【審査請求】未請求
【請求項の数】7
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022084914
(22)【出願日】2022-05-25
(71)【出願人】
【識別番号】306039131
【氏名又は名称】DOWAメタルマイン株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100107766
【弁理士】
【氏名又は名称】伊東 忠重
(74)【代理人】
【識別番号】100070150
【弁理士】
【氏名又は名称】伊東 忠彦
(74)【代理人】
【識別番号】100107515
【弁理士】
【氏名又は名称】廣田 浩一
(74)【代理人】
【識別番号】100107733
【弁理士】
【氏名又は名称】流 良広
(74)【代理人】
【識別番号】100115347
【弁理士】
【氏名又は名称】松田 奈緒子
(72)【発明者】
【氏名】緒方 克巳千
(57)【要約】
【課題】RoHS指令で規制する値を超えるカドミウムを含む従来の防蝕亜鉛の代替品となり得る新たな防蝕亜鉛の提供。
【解決手段】Alを0.1質量%~0.5質量%、ミッシュメタルを0.01質量%~0.1質量%、残部がZnと不可避の不純物からなる防蝕亜鉛、又はミッシュメタルを0.03質量%~0.08質量%、残部がZnと不可避の不純物からなる防蝕亜鉛である。
【選択図】なし

【特許請求の範囲】
【請求項1】
Alを0.1質量%~0.5質量%、ミッシュメタルを0.01質量%~0.1質量%、残部がZnと不可避の不純物からなることを特徴とする、防蝕亜鉛。
【請求項2】
ミッシュメタルを0.03質量%~0.08質量%、残部がZnと不可避の不純物からなることを特徴とする、防蝕亜鉛。
【請求項3】
Cdを0.002質量%未満含有することを特徴とする、請求項1又は2に記載の防蝕亜鉛。
【請求項4】
前記不可避の不純物が、Feを0.005質量%未満、Pdを0.004質量%未満、およびCuを0.003質量%未満の少なくともいずれか1種の元素を含むことを特徴とする、請求項3に記載の防蝕亜鉛。
【請求項5】
前記ミッシュメタルが、ランタン、ネオジムおよびセリウムのいずれか一方又は双方を含むことを特徴とする、請求項1又は2に記載の防蝕亜鉛。
【請求項6】
前記ミッシュメタルが、ランタンおよびセリウムの双方であることを特徴とする、請求項1又は2に記載の防蝕亜鉛。
【請求項7】
前記ミッシュメタルを含有しない場合に比べて結晶構造が微細化していることを特徴とする、請求項1又は2に記載の防蝕亜鉛。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、特に組成がRoHS指令で規制された範囲内にある防蝕亜鉛に関する。
【背景技術】
【0002】
海水中の鉄製品の腐食を防ぐ手段として、犠牲陽極を用いる方法が一般的に利用されている。これは、鉄にそれよりも低い電位を持つ金属を接続して防蝕電流を流すことで、鉄をカソード分極し、通常海水中では腐食域に属する鉄の電位を不活性域へ移行させるという方法である。このとき、鉄に接続した金属は鉄の代わりに溶解するため、これを犠牲陽極と呼ぶ。船舶の鉄構造材料や海上の鉄構造物を防蝕する場合には、犠牲陽極として亜鉛が用いられることが多く、このような用途で使用される亜鉛にアルミニウム又はケイ素など様々な金属を添加することで、犠牲陽極としての性能を向上させようとする試みがなされてきた。
【0003】
中でも、亜鉛に0.1質量%~0.5質量%のアルミニウムと0.025質量%~0.07質量%のカドミウムを添加した米軍規格の亜鉛電極は、鉄に対して有効な電位差を長期間保ち、溶解が均一であるという利点があり、広く利用されてきた。
一方、環境への配慮という観点から、欧州連合(EU)において、電子・電気機器における特定化学物質の使用を制限するRoHS指令が公布され、2006年7月に施行された。これにより、防蝕亜鉛のカドミウム含有率は100ppm以下に規制され、従来のカドミウム含有防蝕亜鉛は、今後は使用が避けられることが予想される。
【0004】
このような背景から、カドミウムを含まず、塩分含有雰囲気および交互サイクルにおける腐食に対し有効な陽極保護を構成し、電気腐食を受けにくい金属部材の保護被膜が提案されている(例えば、特許文献1参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開平10-330964号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
上述したように、保護被膜によりカドミウムを含まない亜鉛合金の防蝕性能を得る技術が提案されているが、亜鉛合金自体については、日本国内では、いまだにRoHS指令で規制する値を超えたカドミウムを含有する防蝕亜鉛が存在しているのが現状である。
したがって、RoHS指令で規制されるカドミウム含有率が100ppm以下であっても防蝕性能に優れる新たな防蝕亜鉛の開発が強く望まれている。
【0007】
本発明は、従来における前記諸問題を解決し、以下の目的を達成することを課題とする。即ち、本発明は、RoHS指令で規制する値を超えるカドミウムを含む従来の防蝕亜鉛の代替品となり得る新たな防蝕亜鉛を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
前記課題を解決するための手段としては、以下のとおりである。即ち、
<1> Alを0.1質量%~0.5質量%、ミッシュメタルを0.01質量%~0.1質量%、残部がZnと不可避の不純物からなることを特徴とする、防蝕亜鉛である。
<2> ミッシュメタルを0.03質量%~0.08質量%、残部がZnと不可避の不純物からなることを特徴とする、防蝕亜鉛である。
<3> Cdを0.002質量%未満含有することを特徴とする、前記<1>又は<2>に記載の防蝕亜鉛である。
<4> 前記不可避の不純物が、Feを0.005質量%未満、Pdを0.004質量%未満、およびCuを0.003質量%未満の少なくともいずれか1種の元素を含むことを特徴とする、前記<3>に記載の防蝕亜鉛である。
<5> 前記ミッシュメタルが、ランタン、ネオジムおよびセリウムのいずれか一方又は双方を含むことを特徴とする、前記<1>又は<2>に記載の防蝕亜鉛である。
<6> 前記ミッシュメタルが、ランタンおよびセリウムの双方であることを特徴とする、前記<1>又は<2>に記載の防蝕亜鉛である。
<7> 前記ミッシュメタルを含有しない場合に比べて結晶構造が微細化していることを特徴とする、前記<1>又は<2>に記載の防蝕亜鉛である。
【発明の効果】
【0009】
本発明によると、従来における前記諸問題を解決し、前記目的を達成することができ、RoHS指令で規制する値を超えるカドミウムを含む従来の防蝕亜鉛の代替品となり得る新たな防蝕亜鉛を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
図1図1は、サイクリック・ボルタンメトリー(CV)の測定装置の一例を示す概略図である。
図2図2は、実施例1のミッシュメタル含有亜鉛「MM」を作用極、ニッケルを対極として行ったCV測定の結果を示すグラフである。
図3図3は、比較例1のケイ素含有亜鉛「Si」を作用極、ニッケルを対極として行ったCV測定の結果を示すグラフである。
図4図4は、比較例2の純亜鉛「Zn」を作用極、ニッケルを対極として行ったCV測定の結果を示すグラフである。
図5図5は、比較例3のカドミウム含有亜鉛「Cd」を作用極、ニッケルを対極として行ったCV測定の結果を示すグラフである。
図6図6は、比較例4のマグネシウム含有亜鉛「Mg」を作用極、ニッケルを対極として行ったCV測定の結果を示すグラフである。
図7図7は、比較例5のマグネシウム・ミッシュメタル含有亜鉛「Mg-MM」を作用極、ニッケルを対極として行ったCV測定の結果を示すグラフである。
図8図8は、実施例1及び比較例1~5における電位と電流密度との関係を示すグラフである。
図9図9は、縦軸を電位、横軸を電流密度の対数とした実施例1の分極曲線である。
図10図10は、縦軸を電位、横軸を電流密度の対数とした比較例1の分極曲線である。
図11図11は、縦軸を電位、横軸を電流密度の対数とした比較例2の分極曲線である。
図12図12は、縦軸を電位、横軸を電流密度の対数とした比較例3の分極曲線である。
図13図13は、縦軸を電位、横軸を電流密度の対数とした比較例4の分極曲線である。
図14図14は、縦軸を電位、横軸を電流密度の対数とした比較例5の分極曲線である。
図15図15は、ガルバニック電流測定装置の一例を示す概略図である。
図16図16は、実施例1のミッシュメタル含有亜鉛電極および比較例3のカドミウム含有亜鉛電極の鉄対極に対するガルバニック電流を約50日間測定した結果を示すグラフである。
図17図17は、比較例1、2、4および5の電極の鉄対極に対するガルバニック電流を7日間測定した結果を示すグラフである。
図18図18は、実施例1の溶解前の亜鉛電極表面をSEM-EDXにより観察したSEM写真である。
図19図19は、比較例1の溶解前の亜鉛電極表面をSEM-EDXにより観察したSEM写真である。
図20図20は、比較例2の溶解前の亜鉛電極表面をSEM-EDXにより観察したSEM写真である。
図21図21は、比較例3の溶解前の亜鉛電極表面をSEM-EDXにより観察したSEM写真である。
図22図22は、比較例4の溶解前の亜鉛電極表面をSEM-EDXにより観察したSEM写真である。
図23図23は、比較例5の溶解前の亜鉛電極表面をSEM-EDXにより観察したSEM写真である。
図24図24は、比較例4のマグネシウム含有亜鉛の拡大SEM写真である。
図25図25は、図24の島部分(I)のEDXによる金属元素の測定結果を示すスペクトル図である。
図26図26は、図24の島の間の網目状部分(II)のEDXによる金属元素の測定結果を示すスペクトル図である。
図27図27は、比較例5のマグネシウム・ミッシュメタル含有亜鉛の拡大SEM写真である。
図28図28は、図27の島部分(I)のEDXによる金属元素の測定結果を示すスペクトル図である。
図29図29は、図27の島の間の網目状部分(II)のEDXによる金属元素の測定結果を示すスペクトル図である。
図30図30は、実施例1のミッシュメタル含有亜鉛を14日間のガルバニック電流測定を行い、表面が溶解した後の電極表面を観察したSEM写真である。
図31図31は、比較例3のカドミウム含有亜鉛を14日間のガルバニック電流測定を行い、表面が溶解した後の電極表面を観察したSEM写真である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
(防蝕亜鉛)
本発明の防蝕亜鉛は、第1の形態では、Alを0.1質量%~0.5質量%、ミッシュメタルを0.01質量%~0.1質量%、残部がZnと不可避の不純物からなる。ここでミッシュメタルの含有量の上限は、0.08質量%又は0.05質量%とすることができる。
本発明の防蝕亜鉛は、第2の形態では、ミッシュメタルを0.03質量%~0.08質量%、残部がZnと不可避の不純物からなる。
本発明の第1および第2の形態のミッシュメタル含有防蝕亜鉛は、RoHS指令で規制する値を超えるカドミウムを含む従来の防蝕亜鉛の代替品となり得る、優れた溶解性能を有している。
【0012】
前記ミッシュメタルとは、複数の希土類元素(レア・アース)が含まれた合金を意味する。多くの希土類元素同士は性質が似ているため分離が難しく、鉱石中の希土類金属を一括して還元した合金状態で使用されている。酸化物状態での希土類の混合物を「混合希土」といい、この「混合希土」を還元・精製したものがミッシュメタルである。
前記ミッシュメタルとしては、例えば、セリウム、ランタン、ネオジムなどの合金が挙げられる。
本発明においては、ミッシュメタルを含有する防蝕亜鉛とは、ランタン、セリウム、ネオジムなどの希土類元素を含有する防蝕亜鉛を示し、ここで、前記ミッシュメタルとして、ランタンおよびセリウムのいずれか一方又は双方を含むことが好ましく、ランタンおよびセリウムの双方を含むことがより好ましい。本発明の防蝕亜鉛はミッシュメタルを含有することにより、ミッシュメタルを含有しない場合に比べて結晶構造が微細化する。その結果、ミッシュメタル含有防蝕亜鉛の高い溶解性能を実現できる。
【0013】
前記不可避不純物とは、製造上又は原料上の問題により、意図的に添加しないで防蝕亜鉛が含有する不純物を意味する。
前記不可避不純物としては、例えば、Al、Si、Ti、Cr、Mn、Fe、Ni、Cu、Cd、Pd、Sr、Zr、Be、Baなどの元素が挙げられる。いずれの元素も本発明の防蝕亜鉛の特性を阻害しない範囲の含有量であることが必要であり、一元素あたり0.01質量%未満であることが好ましく、少ないほどより好ましく、検出限界未満であることが特に好ましい。また、前記不可避不純物を合計した含有量が、0.2質量%未満であることがより好ましく、0.1質量%未満であることがさらに好ましく、検出限界未満であることが特に好ましい。具体的には、前記不可避の不純物として、Feを0.005質量%未満、Pdを0.004質量%未満、およびCuを0.003質量%未満の少なくともいずれか1種の元素を含むことが好ましい。また、防蝕亜鉛中のCdは、本発明によれば、低減しても十分な防食性能を発揮でき、0.005質量%未満とすることが好ましく、0.002質量%未満とすることがより好ましい。
【0014】
本発明の防蝕亜鉛は、従来のカドミウムを含む防蝕亜鉛合金の代替品となり得る新たな防蝕亜鉛であり、例えば、船舶関係、海水を使用する陸上施設、地中施設などに用いられる。
前記船舶関係としては、例えば、船体外板、船内バラストタンク、船舶内燃機、推進器、船舶用熱交換器などが挙げられる。
前記海水を使用する陸上施設としては、例えば、各種熱交換器、冷却器、復水器、ポンプ、海上鉄構造物などが挙げられる。
前記地中施設としては、例えば、土中埋設鉄管、鉄塔の脚部、各種タンクの底部などが挙げられる。
【実施例0015】
以下、本発明の実施例を説明するが、本発明は、これらの実施例に何ら限定されるものではない。
【0016】
(実施例1および比較例1~5)
実験に使用した亜鉛合金の組成を表1に示す。試料は秋田ジンクソリューションズ株式会社で作製し、各亜鉛合金の組成はICP(Thermo Scientific社製のiCAP6000)により分析した。純亜鉛以外は亜鉛合金中に添加した亜鉛以外の各種含有物を示している。
略称として、実施例1のミッシュメタル含有亜鉛を「MM」、比較例1のケイ素含有亜鉛を「Si」、比較例2の純亜鉛を「Zn」、比較例3のカドミウム含有亜鉛を「Cd」、比較例4のマグネシウム含有亜鉛を「Mg」、比較例5のマグネシウム・ミッシュメタル含有亜鉛を「Mg-MM」と表記する。
なお、表1中のFe、Cu、Pd、Cd(比較例3を除く)、及びAl(比較例2のみ)はいずれも不可避不純物としての含有量を示す。また、比較例4、5の亜鉛合金にはアルミニウムが多く含まれているが、これは亜鉛合金中に存在する微量の鉄が犠牲陽極としての性能を低下させることを防ぐ目的で添加されているものである。
【0017】
【表1】
【0018】
<サイクリック・ボルタンメトリー(CV)測定>
図1は、サイクリック・ボルタンメトリー(CV)測定装置の概略図である。作用極を各種亜鉛合金、対極を作用極に対して十分大きな面積を持ったニッケル線、参照極をAg/AgCl(sat.KCl)とし、人工海水3%NaCl水溶液中でCVを測定した。作用極は面積1cmの板状亜鉛合金を1000番の耐水研磨紙により研磨した後、アセトンで表面を洗浄し十分に乾燥させた。その後、側面および背面をエポキシ樹脂により被覆し、表面積が1cmとなるようにした。測定範囲は-1500mV~-900mV、掃引速度は1mV/24sとした。電流の測定と電位の掃引にはポテンショ・ガルバノスタットNP_G1001ED(日亜計測工業株式会社製)およびポテンシャルスキャナーES511A(日亜計測工業株式会社製)を用いた。
【0019】
実施例1および比較例1~5の各種亜鉛合金(「MM」、「Si」、「Zn」、「Cd」、「Mg」、「Mg-MM」)を作用極、ニッケルを対極として行ったCV測定の結果を図2図7のグラフに示す。各電極とも-1000mVより貴な電位になると亜鉛の溶解により電流が流れ始め、対極では気体の発生が認められた。
【0020】
また、図8に示すように、大きくカソード分極した場合には酸素還元反応により逆向きに電流が流れており、そのときの電流密度は、実施例1のミッシュメタル含有亜鉛(「MM」)と比較例3のカドミウム含有亜鉛(「Cd」)が他の電極に対して小さな値を示した。
【0021】
CV測定の結果から、縦軸を電位、横軸を電流密度の対数とした分極曲線が得られた(図9図14参照)。
【0022】
図9図14の結果から、アノード分極側においては、すべての電極がほぼ同じように左から右へ緩やかに上昇する曲線を描いた。一方、カソード分極側においては、実施例1のミッシュメタル含有亜鉛(「MM」)と比較例3のカドミウム含有亜鉛(「Cd」)では、後半に電位が急激に減少した。これらに対して、比較例1、2、4および5の他の電極(「Si」、「Zn」、「Mg」、「Mg-MM」)ではカソードターフェル直線の傾きが緩やかであり異なっていた。このことから、実施例1および比較例3の2つの電極と他の電極とでは異なったカソード反応が起こっていると考えられる。
【0023】
また、外挿法により各電極の腐食電位と腐食電流密度を求めると表2のようになった。腐食電流密度は実施例1のミッシュメタル含有亜鉛(「MM」)と比較例3のカドミウム含有亜鉛(「Cd」)が比較例1、2、4および5の他の電極(「Si」、「Zn」、「Mg」、「Mg-MM」)の3倍以上の大きな値を示した。このことから、実施例1および比較例3の2つの電極は他の電極に比べて腐食速度が速く、溶解性能に優れるということがわかった。
【0024】
【表2】
【0025】
このように、実施例1のミッシュメタル含有亜鉛(「MM」)と比較例3のカドミウム含有亜鉛(「Cd」)が優れた溶解性能を示した理由としては、カソード反応での電流密度が小さかったこと、図9図14でアノードターフェル直線の傾きがほぼ同じであるのに対して、比較例1、2、4および5の他の電極(「Si」、「Zn」、「Mg」、「Mg-MM」)ではカソードターフェル直線の傾きが異なっていることから、これら2つの電極では他の電極と異なったカソード反応が起こり、その際に流れる電流が小さいことがわかる。結果としてカソード反応による溶解のロスが少なく自己腐食が起こりにくいため、高い溶解性能を示したものと考えられる。
自己腐食がどの程度起こっているかは、測定された電気量と亜鉛電極の腐食源とを比較することで調べることができる。また、ミッシュメタル含有亜鉛、カドミウム含有亜鉛以外の電極上で起こっているカソード反応は、酸素の還元反応(O+2HO+4e→4OH)であると考えられ、高い溶解性能を示した2つの電極ではこの反応よりも優先的にカソード反応が起こっていると考えられる。
【0026】
<ガルバニック電流測定>
図15は、ガルバニック電流測定装置の概略図である。作用極を実施例1および比較例1~5の各種亜鉛合金、対極を作用極とほぼ同じ面積を持った板状鉄電極とし、3%NaCl水溶液中で乾燥空気を流しながら作用極と対極のガルバニック電流を無抵抗電流計(N-ZR5AA、日亜計測工業株式会社製)により測定した。作用極と対極はCV測定と同様の方法により作製し、表面積は1cmとした。
【0027】
実施例1のミッシュメタル含有亜鉛電極および比較例3のカドミウム含有亜鉛電極の鉄対極に対するガルバニック電流を約50日間測定した結果を図16に示す。
この図16の結果から、実施例1のミッシュメタル含有亜鉛電極は2.5mAcm-2~3.0mAcm-2の安定した電流密度を維持し、これは比較例3のカドミウム含有亜鉛電極に比べて高い値であった。また、比較例3のカドミウム含有亜鉛は40日前後から電流密度が低下しているのに対し、実施例1のミッシュメタル含有亜鉛は、測定開始から50日後まで電流密度の低下は少なく、安定した値を示した。このことから、実施例1のミッシュメタル含有亜鉛は、比較例3のカドミウム含有亜鉛に比べて長時間で安定した溶解が続くことがわかった。
参考のため、比較例1、2、4および5の電極も含めてガルバニック電流を7日間測定したデータと比較すると図17のようになる。やはり実施例1のミッシュメタル含有亜鉛が比較例1、2、4および5の電極に対しても優れた溶解性能を有することがわかった。
【0028】
<SEM-EDXによる分析>
合金の構造的分析として、溶解前後の電極表面をSEM-EDXにより測定した。対象は溶解前の電極に関しては実施例1および比較例1~5で示した6種類の全電極、ガルバニック電流測定を14日間行った溶解後の電極に関しては、実施例1のミッシュメタル含有亜鉛および比較例3のカドミウム含有亜鉛の2種類とした。SEM-EDXはJSM-6460LV(JOEL社製)であり、各亜鉛電極はカーボン蒸着した後に分析を行った。
【0029】
溶解前の各亜鉛電極表面をSEM-EDXにより観察したデータを図18図23に示す。なお、SEM像において観察される縦横に走った線は表面を研磨する際にできたものであり、合金の構造とは関係ない。
【0030】
6種類の電極のうち比較例4のマグネシウム含有亜鉛(「Mg」)と比較例5のマグネシウム・ミッシュメタル含有亜鉛(「Mg-MM」)は島と島の間に網目状の構造を持っており、それぞれに含まれる金属元素をSEM-EDXにより測定した結果、島の部分は亜鉛のみから、網目状の部分は亜鉛およびアルミニウムより成ることがわかった(図24図29参照)。
【0031】
このことから、網目状の領域では亜鉛とアルミニウムが共晶を形成していることがわかった。共晶の状態では2つの金属が強く結合しており、溶解が起こりにくくなっている。そのため、比較例4のマグネシウム含有亜鉛(「Mg」)と比較例5のマグネシウム・ミッシュメタル含有亜鉛(「Mg-MM」)は溶解性能が低くなり、電気化学的測定において劣った結果を示したものと考えられる。
【0032】
次に、実施例1のミッシュメタル含有亜鉛(「MM」)、および比較例3のカドミウム含有亜鉛(「Cd」)に対して、14日間のガルバニック電流測定を行い、表面が溶解した後の電極表面を観察したSEM像を図30図31に示す。
【0033】
電極表面は腐食生成物に覆われており、これらはSEM-EDXの結果から塩化物や酸化物である。両者を比較すると実施例1のミッシュメタル含有亜鉛の腐食生成物は、比較例3のカドミウム含有亜鉛に比べて微細化していることがわかる。このことから、実施例1のミッシュメタル含有亜鉛の溶解に関して二点の可能性が示唆される。
【0034】
一つ目は、元のミッシュメタル含有亜鉛の結晶構造が微細であるために腐食生成物が微細化したということである。結晶構造が微細化していることは溶解にとっては有利に働くため、このことが実施例1のミッシュメタル含有亜鉛の高い溶解性能の再現に寄与しているものと考えられる。
【0035】
二つ目は、腐食生成物が微細化しているため、溶解の阻害が少ないということである。めっき等では緻密な板状の腐食生成物が表面に形成されることにより耐食性が向上することが知られているが、実施例1のミッシュメタル含有亜鉛の腐食生成物は微細化しており緻密ではないため、溶解を阻害することが少ないものと考えられる。このことが長時間でのガルバニック電流測定において、電流密度が低下せずに安定した溶解が続く要因であると考えられる。
【0036】
以上のことから、カドミウム以外の金属元素を添加した亜鉛犠牲陽極の腐食電流をCV測定により得られたデータから算出した結果、実施例1のミッシュメタル含有亜鉛が従来品である比較例3のカドミウム含有亜鉛に近い、大きな腐食電流密度を示した。このことから、ミッシュメタル含有亜鉛は溶解速度が速く、溶解性能に優れるということがわかった。この理由としてはCV測定の結果から、実施例1のミッシュメタル含有亜鉛のカソード反応が起こりにくく、自己腐食が少ないという点と、SEM-EDXによる電極表面観察の結果から微細な構造を持つために溶け出しが容易であるという点の二つが原因として挙げられる。
【0037】
また、準実際系の環境の下で長時間のガルバニック電流を測定した結果、実施例1のミッシュメタル含有亜鉛が比較例3のカドミウム含有亜鉛よりも高いガルバニック電流を示し、長時間での測定においてほぼ一定の電流密度を示した。このことから、実施例1のミッシュメタル含有亜鉛は長時間で安定した溶解が続くことがわかった。この理由としては実施例1のミッシュメタル含有亜鉛が溶解した際にできる腐食生成物が微細な構造を持っており、溶解を阻害することが少ないためであると考えられる。
以上の結果から、実施例1のミッシュメタル含有亜鉛がカドミウム含有亜鉛の代替品となり得る、優れた溶解性能を示すことがわかった。

図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12
図13
図14
図15
図16
図17
図18
図19
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図31