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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023173313
(43)【公開日】2023-12-07
(54)【発明の名称】材料組織識別方法
(51)【国際特許分類】
   G06T 7/00 20170101AFI20231130BHJP
【FI】
G06T7/00 300G
【審査請求】未請求
【請求項の数】5
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022085475
(22)【出願日】2022-05-25
(71)【出願人】
【識別番号】000003713
【氏名又は名称】大同特殊鋼株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002158
【氏名又は名称】弁理士法人上野特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】原田 絵美
(72)【発明者】
【氏名】森 大輔
【テーマコード(参考)】
5L096
【Fターム(参考)】
5L096AA06
5L096EA43
5L096FA37
5L096GA06
5L096GA51
(57)【要約】
【課題】複数種の材料組織を含む組織観察像において、それらの材料組織を輝度によって高精度に識別することができる材料組織識別方法を提供する。
【解決手段】複数種の材料組織を含む階調表示された組織観察像において、組織観察像の輝度ヒストグラムに対して、(1)未処理ヒストグラムの最頻値と半値幅を求める代表値抽出工程と、(2)最頻値と半値幅を有する正規分布を作成する正規分布作成工程と、(3)未処理ヒストグラムから正規分布を減じたものを差分分布として抽出する差分抽出工程と、(4)正規分布と差分分布との交点に相当する輝度値の少なくとも1つを、閾値と定める閾値決定工程と、(5)未処理ヒストグラムにおいて、閾値を境界として、高輝度側の領域と、低輝度側の領域とを、相互に別の材料組織の寄与とみなして、材料組織の区分を行う組織分離工程と、を実施する。
【選択図】図4
【特許請求の範囲】
【請求項1】
複数種の材料組織を含む階調表示された組織観察像において、
前記組織観察像の輝度ヒストグラムに対して、
未処理ヒストグラムの最頻値と半値幅を求める代表値抽出工程と、
前記最頻値と前記半値幅を有する正規分布を作成する正規分布作成工程と、
前記未処理ヒストグラムから前記正規分布を減じたものを差分分布として抽出する差分抽出工程と、
前記正規分布と前記差分分布との交点に相当する輝度値の少なくとも1つを、閾値と定める閾値決定工程と、
前記未処理ヒストグラムにおいて、前記閾値を境界として、高輝度側の領域と、低輝度側の領域とを、相互に別の材料組織の寄与とみなして、前記材料組織の区分を行う組織分離工程と、
を実施する、材料組織識別方法。
【請求項2】
前記組織観察像は、前記材料組織を2種含んでおり、
前記代表値抽出工程、正規分布作成工程、差分抽出工程、閾値決定工程、組織分離工程の各工程を1度ずつ実施し、
前記組織分離工程において、前記閾値を境界として、前記組織観察像の二値化を行う、請求項1に記載の材料組織識別方法。
【請求項3】
前記組織観察像は、材料組織としてマルテンサイト相とフェライト相を含む、鉄または鉄基合金に対して得られた光学顕微鏡像であり、前記フェライト相の方が前記マルテンサイト相よりも高輝度を与えており、
前記代表値抽出工程、正規分布作成工程、差分抽出工程、閾値決定工程、組織分離工程の各工程を1度ずつ実施し、
前記閾値決定工程において、前記最頻値よりも高輝度側に出現する前記交点に相当する輝度値を、前記閾値として、
前記組織分離工程において、前記閾値を境界として、低輝度側の領域をマルテンサイト相の寄与とみなし、高輝度側の領域をフェライト相の寄与とみなす、請求項1に記載の材料組織識別方法。
【請求項4】
前記組織観察像は、材料組織を3種以上含んでおり、
前記閾値決定工程において、前記交点が複数得られた場合に、該複数の交点のそれぞれに相当する輝度値を前記閾値として、
前記組織分離工程において、該複数の閾値のそれぞれを境界として、前記材料組織の区分を行う、請求項1に記載の材料組織識別方法。
【請求項5】
前記組織観察像は、材料組織を3種以上含んでおり、
前記差分抽出工程で得られた前記差分分布のうち、連続している領域を、新たに未処理ヒストグラムとみなしながら、
前記代表値抽出工程、正規分布作成工程、差分抽出工程のサイクルを複数回繰り返すことで、
前記正規分布を複数作成し、
前記閾値決定工程において、複数の前記正規分布の間の交点、および最後の前記サイクルで得られた前記正規分布と前記差分分布との交点に相当する輝度値を、それぞれ閾値とすることで、前記閾値を複数定め、
前記組織分離工程において、該複数の閾値のそれぞれを境界として、前記材料組織の区分を行う、請求項1または請求項4に記載の材料組織識別方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、材料組織識別方法に関し、さらに詳しくは、複数の材料組織を含む組織観察像において、材料組織を識別するための方法に関する。
【背景技術】
【0002】
複数種の材料組織を含む組織観察像において、材料の状態を知るために、各材料組織を識別して検出することが重要である。例えば、金属材料において、結晶相等の材料組織の分布は、材料特性に大きな影響を与えるものであり、組織を評価するために、光学顕微鏡や電子顕微鏡等による観察像が利用される。それらの組織観察像に、複数の結晶相等、複数種の材料組織が観察されている場合に、画像上で複数種の材料組織を識別する方法として、グレースケール等の階調画像において、輝度によって材料組織を識別する方法が、広く用いられている。代表的には、2種の材料組織を識別する方法として、二値化が用いられている。階調画像を二値化するための閾値を決定する手法として、特許文献1~3に開示されているもの等、複数の手法が提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2020-098389号公報
【特許文献2】特開2018-029289号公報
【特許文献3】特開2017-183860号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
複数の材料組織を含む組織観察像において、二値化等、輝度に基づいて、材料組織の識別を行う場合に、異なる組織を区別するための閾値をどのような輝度に設定するかが、材料組織識別の精度に大きく影響する。適切な閾値を設定することが、高い精度で材料組織を識別するうえで重要となる。しかし、異なる複数の材料組織が与える輝度の差が小さい場合等、従来の二値化手法において用いられてきた閾値の決定方法では、それらの材料組織を適切に区分できる閾値を定めるのが難しい場合もある。特に、輝度のヒストグラムが単峰性の分布を示す場合には、閾値の設定が難しくなる。
【0005】
本発明が解決しようとする課題は、複数種の材料組織を含む組織観察像において、それらの材料組織を輝度によって高精度に識別することができる材料組織識別方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記課題を解決するために、本発明にかかる材料組織識別方法は、以下の構成を有している。
(1)本発明にかかる材料組織識別方法においては、複数種の材料組織を含む階調表示された組織観察像において、前記組織観察像の輝度ヒストグラムに対して、未処理ヒストグラムの最頻値と半値幅を求める代表値抽出工程と、前記最頻値と前記半値幅を有する正規分布を作成する正規分布作成工程と、前記未処理ヒストグラムから前記正規分布を減じたものを差分分布として抽出する差分抽出工程と、前記正規分布と前記差分分布との交点に相当する輝度値の少なくとも1つを、閾値と定める閾値決定工程と、前記未処理ヒストグラムにおいて、前記閾値を境界として、高輝度側の領域と、低輝度側の領域とを、相互に別の材料組織の寄与とみなして、前記材料組織の区分を行う組織分離工程と、を実施する。
【0007】
(2)前記(1)の態様において、前記組織観察像は、前記材料組織を2種含んでおり、前記代表値抽出工程、正規分布作成工程、差分抽出工程、閾値決定工程、組織分離工程の各工程を1度ずつ実施し、前記組織分離工程において、前記閾値を境界として、前記組織観察像の二値化を行うとよい。
【0008】
(3)前記(1)または(2)の態様において、前記組織観察像は、材料組織としてマルテンサイト相とフェライト相を含む、鉄または鉄基合金に対して得られた光学顕微鏡像であり、前記フェライト相の方が前記マルテンサイト相よりも高輝度を与えており、前記代表値抽出工程、正規分布作成工程、差分抽出工程、閾値決定工程、組織分離工程の各工程を1度ずつ実施し、前記閾値決定工程において、前記最頻値よりも高輝度側に出現する前記交点に相当する輝度値を、前記閾値として、前記組織分離工程において、前記閾値を境界として、低輝度側の領域をマルテンサイト相の寄与とみなし、高輝度側の領域をフェライト相の寄与とみなすとよい。
【0009】
(4)前記(1)の態様において、前記組織観察像は、材料組織を3種以上含んでおり、前記閾値決定工程において、前記交点が複数得られた場合に、該複数の交点のそれぞれに相当する輝度値を前記閾値として、前記組織分離工程において、該複数の閾値のそれぞれを境界として、前記材料組織の区分を行うとよい。
【0010】
(5)前記(1)または(4)の態様において、前記組織観察像は、材料組織を3種以上含んでおり、前記差分抽出工程で得られた前記差分分布のうち、連続している領域を、新たに未処理ヒストグラムとみなしながら、前記代表値抽出工程、正規分布作成工程、差分抽出工程のサイクルを複数回繰り返すことで、前記正規分布を複数作成し、前記閾値決定工程において、複数の前記正規分布の間の交点、および最後の前記サイクルで得られた前記正規分布と前記差分分布との交点に相当する輝度値を、それぞれ閾値とすることで、前記閾値を複数定め、前記組織分離工程において、該複数の閾値のそれぞれを境界として、前記材料組織の区分を行うとよい。
【発明の効果】
【0011】
上記(1)の発明にかかる材料組織識別方法においては、代表値抽出工程において、未処理ヒストグラムの最頻値および半値幅を求め、それらの値を用いて正規分布作成工程において正規分布を作成する。各材料組織の輝度分布は、正規分布またはそれに近い分布をとることが多いため、作成した正規分布を、差分抽出工程において未処理ヒストグラムから減じて差分分布を得ることで、作成した正規分布によって近似される材料組織と、差分分布によって近似される材料組織とを区分することができる。そして、それら正規分布と差分分布との交点に相当する輝度を閾値として、低輝度側と高輝度側で材料組織を区分することで、正規分布によって近似される材料組織と、差分分布によって近似される材料組織とを、高精度に識別することができる。なお、差分分布には、複数の材料組織の寄与が含まれていてもよい。
【0012】
この方法を用いる場合には、代表値抽出工程における最頻値および半値幅の抽出、およびその抽出結果を用いた正規分布作成工程、差分抽出工程、閾値決定工程の全てを、任意性を介在させずに、実施することができる。よって、輝度ヒストグラムが単峰性である場合や、複数の材料組織の輝度の差が小さい場合にも、それらの材料組織を区分する閾値を、不定性なく明快に得ることができる。また、カーブフィッティング等の解析を行う場合のように、分析者の違いや用いるアルゴリズムの違いが、閾値の設定に影響を及ぼすことがない。最頻値を挟んで一方側等、輝度ヒストグラムの一部に、正規分布またはそれに近い分布が現れているか否かが、閾値の設定の可否に影響することもない。各工程に任意性が生じないことで、組織観察像において、閾値の決定を含めた材料組織の識別を自動化することもでき、多数の組織観察像に対して材料組織の識別を行う場合にも、識別のブレを排除して、高精度に組織の識別を行うことができる。
【0013】
ここで、上記(2)の態様においては、組織観察像が材料組織を2種含んでいる場合に、各工程を1度ずつ実施することで設定した1つの閾値を境界として、組織観察像の二値化を行う。この場合には、閾値の設定により、二値化による2つの組織の識別を高い精度で実施することができる。得られた二値化像は、2種の材料組織の分布の解析等に有効に利用することができる。
【0014】
上記(3)の態様においては、組織観察像がマルテンサイト相とフェライト相を含む、鉄または鉄基合金の光学顕微鏡像である場合に、最頻値よりも高輝度側に設定した閾値を境界として、2種の相の識別を行う。光学顕微鏡像において、マルテンサイト相とフェライト相は近接した輝度を与えることも多く、そのような場合には、従来の方法では、2つの相を識別できる輝度の閾値を適切に設定することが難しいが、本発明の方法によれば、後の実施例にも示すように、閾値を境界とした2つの相の識別を、高い精度で行うことができる。
【0015】
上記(4)の態様においては、組織観察像が3種以上の材料組織を含む形態において、閾値決定工程で所定の交点が複数得られた場合に、それらの交点のそれぞれに相当する輝度値を閾値として、材料組織の区分を行う。最頻値の両側等に、正規分布と差分分布との交点が複数得られた場合に、それら複数の交点に相当する輝度値を、3種以上の材料組織を識別するための閾値として、好適に採用することができる。このように閾値を設定することで、組織観察像が多くの材料組織を含む複雑なものであっても、各材料組織を識別して分布を解析することが可能となる。
【0016】
上記(5)の態様においては、組織観察像が3種以上の材料組織を含む形態において、差分分布を新たに未処理ヒストグラムとみなして、閾値を設定するためのサイクルを複数回繰り返すことで、閾値を複数定め、それら複数の閾値のそれぞれを境界として、材料組織の区分を行う。差分分布は、輝度の差異が小さい複数種の材料組織の寄与が複合されたものとして得られる場合があるが、そのような場合でも、上記サイクルを複数回繰り返すことで、それら複数の材料組織の寄与を分離し、それらの材料組織を識別することが可能になる。そのため、組織観察像が、近接した輝度を与える複数の材料組織が共存する複雑なものであっても、各材料組織を識別して分布を解析することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
図1】本発明の一実施形態にかかる材料組織識別方法を説明する図であり、組織観察像が2種の材料組織を含む場合について、(a)は未処理ヒストグラム、(b)は正規分布、(c)は正規分布と差分分布を示している。
図2】組織観察像が3種以上の材料組織を含む場合について、(a)は未処理ヒストグラム、(b)は正規分布、(c)は正規分布と差分分布を示している。
図3図2の高輝度側に出現した第一差分分布を、さらに寄与分離する場合について、(a)は第一差分分布を拡大して示し、(b)は第一差分分布を最終正規分布と最終差分分布に分離した状態を示している。(c)は全工程を通じて得られた各分布曲線を示している。
図4】鉄基合金の光学顕微鏡像に対して材料組織の識別を行った際の各工程を示す図である。(a)は顕微鏡像、(b)は目視により2種の組織を識別した二値化像、(c)は従来法による二値化像、(d)は新手法による二値化を示している。また、(e)は顕微鏡像のヒストグラム、(f)はヒストグラムを寄与分離したものを示している。
図5図4とは別の顕微鏡像に対して、同様の解析を行った際の各工程を示す図である。図番号と画像種の対応関係は、図4と同様である。
図6】さらに別の顕微鏡像に対して、同様の解析を行った際の各工程を示す図である。(a)は顕微鏡像、(b)は従来法による二値化像、(c)は新手法による二値化を示している。また、(d)は顕微鏡像のヒストグラム、(e)はヒストグラムを寄与分離したものを示している。
図7】さらに別の顕微鏡像に対して、同様の解析を行った際の各工程を示す図である。図番号と画像種の対応関係は、図6と同様である。
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下、本発明の一実施形態にかかる材料組織識別方法について、図面を参照しながら説明する。
【0019】
[材料組織識別方法の概略]
本実施形態にかかる材料組織識別方法においては、複数種の材料組織を含む、グレースケール像等、階調表示された組織観察像を解析対象とし、その組織観察像において、複数種の材料組織を識別する。つまり、組織観察像に含まれる複数種の材料組織を相互に識別し、各対象組織が占める領域を区分する。組織の識別には、輝度の閾値を用い、閾値を境界として、高輝度側と低輝度側で組織を区別する。
【0020】
組織識別の対象とする組織観察像は、複数種の材料組織に対応する領域を含む画像であれば、特に限定されるものではない。複数種の材料組織としては、組織観察像上で異なる輝度を与えるものであればよい。また、組織観察像としては、材料組織の差異を輝度によって識別できるものであれば、どのような種類の観察像でもよく、写真撮影像や、光学顕微鏡や電子顕微鏡などによる各種顕微鏡観察像を挙げることができる。共存する材料組織の数も、2種以上であれば特に限定されるものではない。各材料組織の物質種も、特に限定されるものではなく、金属、金属酸化物をはじめとする無機化合物等、様々な物質種の材料組織を対象とすることができる。また、共存する複数種の材料組織が、それらの物質種のうち、同種のものであっても、異種のものであってもよいが、同種のものを少なくとも一部に含む方が、それら同物質種で相互に異なる材料組織の間の輝度の差が小さくなりやすいため、本実施形態にかかる材料組織識別方法によって材料組織を識別することの効果が大きくなる。例えば、複数の金属組織を含む組織観察像を、好適な識別対象とすることができる。
【0021】
本実施形態にかかる材料組織識別方法においては、組織観察像に対して輝度ヒストグラムを作成し、その輝度ヒストグラムに対して演算処理を行うことで、閾値を定める。そして、定めた閾値により、組織観察像に含まれる複数の組織を識別する。さらに、その識別結果に基づいて、必要に応じて、二値化等、材料組織を区別した画像表示を行う。閾値を定めるための演算処理としては、次に詳しく説明するように、代表値抽出工程、正規分布作成工程、差分抽出工程、閾値決定工程をこの順に実施する。代表値抽出工程、正規分布作成工程、差分抽出工程を含むサイクルを、複数回実施してもよい。定めた閾値による組織の識別には、組織分離工程を実施する。
【0022】
[2種の材料組織を含む場合の例]
ここで、組織観察像が、2種の材料組織を含む場合を例として、本実施形態にかかる材料組織識別方法について詳細に説明する。上記のように、材料組織の識別の対象とする組織観察像は、グレースケール等の階調表示像である。組織観察像は、異なる輝度を与える2種の材料組織に由来する領域を含んでおり、好ましくは、不可避的成分を除いて、2種の材料組織のみを含むものであるとよい。2種の材料組織を含むグレースケール画像として、例えば図4(a)に示すような画像を想定する。図4(a)に示した画像は、マルテンサイト相とフェライト相を含む鉄基合金を酸腐食させたうえで、光学顕微鏡にて観察したものであり、マルテンサイト相が暗く、フェライト相が明るく観察されている。
【0023】
本実施形態にかかる材料組織識別方法を実施するに先立って、図4(a)に例示したような組織観察像から、輝度ヒストグラムを作成する。輝度ヒストグラムは、図1(a)に例示するように、組織観察像に含まれる画素を、輝度値(階調値)ごとに計数してプロットしたものであり、横軸に輝度が表示され、縦軸に頻度(各輝度を与える画素の数)が表示される。図1(a)に示した輝度ヒストグラムは、高輝度側に緩やかな肩構造を有するほぼ単峰性の分布を示している。本実施形態にかかる材料組織識別方法において、組織観察像から作成した輝度ヒストグラムを、未処理ヒストグラムf(x)とする。
【0024】
(1)代表値抽出工程
代表値抽出工程においては、未処理ヒストグラムf(x)において、代表値として、最頻値μと半値幅wを抽出する。図1(a)にも示すように、最頻値μは、未処理ヒストグラムf(x)において、頻度の値が最も大きくなる点の輝度値を指す。単峰性のヒストグラムの場合、その単峰の頂部(ピークトップ)に相当する輝度値が最頻値μとなる。半値幅wは、半値全幅とも称され、頻度値が最頻値μにおける値(A)の1/2となる領域における、未処理ヒストグラムf(x)の幅を指す。つまり、未処理ヒストグラムf(x)において、最頻値μよりも高輝度側で、A/2の頻度を与える輝度値と、最頻値μよりも低輝度側で、A/2の頻度を与える輝度値との差分が、半値幅wとなる。未処理ヒストグラムf(x)に本質的でない寄与によるノイズが生じている場合等、そのままの未処理ヒストグラムf(x)から最頻値μおよび半値幅wを抽出することが困難である場合には、適宜、平滑化等の処理を未処理ヒストグラムf(x)に施してから、最頻値μおよび半値幅wの抽出を行ってもよい。また、最頻値μおよび半値幅wの抽出にあたり、適宜、データ点の補間を行ってもよい。
【0025】
(2)正規分布作成工程
次に、正規分布作成工程において、代表値抽出工程で得られた最頻値μおよび半値幅wを用いて、正規分布g(x)を作成する。つまり、図1(b)に示すように、代表値抽出工程において未処理ヒストグラムf(x)から抽出されたものと同じ最頻値μおよび半値幅wを有する正規分布g(x)を作成する。ここで、正規分布g(x)は、中心極限定理により、組織観察像に含まれる2種の組織のうちの一方の材料組織、典型的には占有面積が大きい方の材料組織の輝度分布を近似したものとみなすことができる。図4(a)の例であれば、正規分布g(x)は、マルテンサイト相の分布を近似したものとみなすことができる。
【0026】
(3)差分抽出工程
次の差分抽出工程においては、図1(c)に示すように、未処理ヒストグラムf(x)から、正規分布作成工程で作成した正規分布g(x)を減じたものを、差分分布d(x)として抽出する。つまり、d(x)=f(x)-g(x)とする。得られた差分分布d(x)は、組織観察像に含まれる材料組織のうち、正規分布g(x)で近似される材料組織以外の材料組織の輝度分布を示すものと、みなすことができる。組織観察像が実質的に2種の材料組織のみを含む場合には、差分分布d(x)は、正規分布g(x)によって近似されるのとは別の方の1種類の材料組織を示すことになり、その差分分布d(x)は、図1(c)の形態のように、正規分布、あるいはそれに近い分布をとる。
【0027】
(4)閾値決定工程
次に、閾値決定工程を実施する。ここでは、図1(c)に示すように、上記正規分布作成工程で作成した正規分布g(x)と、上記差分抽出工程で得た差分分布d(x)の交点cに相当する輝度値(交点cを与える輝度値)の少なくとも1つを、閾値Tとして定める。上記のように、正規分布g(x)および差分分布d(x)は、材料組織に含まれる異なる材料組織の輝度分布をそれぞれ表すものであり、2つの分布曲線g(x),d(x)の交点cの輝度は、それぞれによって表される材料組織が与える輝度を、相互に区分する代表値となる。
【0028】
ここで、組織観察像が実質的に2種の材料組織のみを含む場合においては、差分分布d(x)は、正規分布に近い単峰性の分布をとる場合が多く、このように差分分布d(x)が単峰性の分布として得られている場合には、その単純な差分分布d(x)と正規分布g(x)との交点cに相当する輝度値を、閾値Tとすればよい。一方、差分分布d(x)がそのように単純な形状をとらず、正規分布g(x)との交点を複数有する場合には、それら複数の交点のうち、相互に識別すべき2つの材料組織が与える輝度の間に位置する交点に着目し、その着目した交点に相当する輝度値を、閾値Tとして採用すればよい。例えば、組織観察像が3種以上の材料組織を含む場合には、図2(c)に破線で示すように、差分分布d(x)(=d1(x)+d2(x))が、高輝度側と低輝度側に分離した2つの領域を有する場合があり、正規分布g(x)との交点として、正規分布g(x)の頂点に対して高輝度側の交点c1と、低輝度側の交点c2の2つが生じる。この場合に、組織観察像において、最も高い輝度を与える材料組織を、それ以外の材料組織と区別する必要があるが、最も低い輝度を与える材料組織をそれよりも高い輝度を与える材料組織から区別する必要はないのであれば、高輝度側の交点c1に相当する輝度T1を、閾値Tとして採用すればよい。逆に、最も低い輝度を与える材料組織を、それ以外の材料組織と区別する必要があるが、最も高い輝度を与える材料組織をそれよりも低い輝度を与える材料組織から区別する必要はない場合には、低輝度側の交点c2に相当する輝度T2を、閾値Tとして採用すればよい。
【0029】
(5)組織分離工程
最後に、組織分離工程において、上記閾値決定工程で得た閾値Tを用いて、材料組織の区分を行う。具体的には、閾値Tを境界として、閾値Tよりも高輝度側の領域と、閾値Tよりも低輝度側の領域とを、相互に別の材料組織の寄与とみなして、複数の材料組織を相互に区別する。これにより、組織観察像中の各領域が、複数の材料組織のうち、いずれに占められているのかを、明らかにすることができる。さらに、適宜、閾値Tを境界とした二値化処理等により、識別した各組織の空間分布を、組織観察像に対して画像情報として表示することで、各材料組織の分布を視認しやすくなる。図4(a)に例示した組織観察像の場合に、閾値よりも高輝度側の輝度を示す領域は、フェライト相に占められ、閾値よりも低輝度側の輝度を示す領域は、マルテンサイト相に占められていると識別することができる。後の実施例に詳しく説明するように、図4(a)の組織観察像を以上に説明した方法で二値化したものを図4(d)に示すが、マルテンサイト相が黒色、フェライト相が白色で表示され、両組織が明確に識別されている。
【0030】
以上のように、本実施形態にかかる材料組織識別方法においては、未処理ヒストグラムf(x)から最頻値μと半値幅wを抽出したうえで、それらの値を使用した一連の演算により、複数の材料組織を相互に区別するための輝度の閾値Tを設定している。一連の演算を正常に進めることができれば、閾値が得られるため、複数の材料組織が組織観察像において与える輝度の差が小さい場合や、輝度ヒストグラムが単峰性の分布を与える場合など、ヒストグラムの目視や、従来の解析方法では適切な閾値を定めることが困難であった場合にも、本実施形態にかかる材料組織識別方法を適用することで、閾値を明快に決定することができる。後の実施例に示すように、本実施形態にかかる方法によって定めた閾値を用いることで、従来の方法を用いる場合と比較して、高い精度で材料組織の識別を行うことができる。
【0031】
輝度ヒストグラムが、最頻値μを境界として、一方側を正規分布に近似できる場合には、その一方側を他方側に折り返して得られる正規分布関数を、1種類の材料組織を近似するものとして、上記における正規分布g(x)の代わりに用い、その正規分布関数を輝度ヒストグラムから減じたものを、別の材料組織の寄与とみなす解析方法も考えられる。しかし、この方法の場合には、輝度ヒストグラムにおいて、最頻値μの一方側の分布形状を、正規分布とみなしうる場合しか、適用することが難しい。これに対して、上記で説明した本実施形態にかかる材料組織識別方法においては、未処理ヒストグラムf(x)から最頻値μと半値幅wを抽出することができれば、最頻値μの一方側等、正規分布に近似できる領域が、未処理ヒストグラムf(x)に含まれているか否かにかかわらず、同様の演算処理により、閾値Tの設定による材料組織の識別を行うことができる。
【0032】
さらに、本実施形態にかかる材料組織識別方法においては、代表値抽出工程における最頻値μおよび半値幅wの抽出、および以降の各工程における演算には、任意性が介在しない。よって、正規分布g(x)と差分分布d(x)の交点が複数ある場合に、閾値決定工程において、いずれの交点を閾値の決定に採用するかのみ、材料組織の種類と輝度の関係に関する事前の知見等に基づいて適切に決定しておけば、材料組織の識別のための閾値Tを、一意に定めることができる。カーブフィッティング等の回帰分析を輝度ヒストグラムに対して実施する場合とは異なり、分析者の裁量や用いるアルゴリズムの特性によって、使用されるパラメータの値が変化することがないので、分析者やアルゴリズムの違い等、本質的でない影響によって閾値が変動する事態が生じない。任意性を介在させずに各工程を実施できるため、閾値の設定を含めて、組織観察像における材料組織の識別を自動化することもできる。多数の組織観察像に対して材料組織の識別を行う場合にも、本実施形態にかかる材料組織方法を自動化して適用することで、簡便に、また組織観察像ごとの識別結果の揺らぎを排除して、材料組織の識別を行うことができる。
【0033】
上記のように、本実施形態にかかる材料組織識別方法は、具体的な材料組織の種類によらず適用可能であり、材料組織を識別するための輝度の閾値を、不定性なく決定することができる。ただし、1種類の材料組織の寄与を、未処理ヒストグラムf(x)の最頻値μおよび半値幅wを適用した正規分布g(x)によって近似することに対応して、組織観察像において、ある1種類の材料組織が大きな面積を占め、他の材料組織がそれと比較して小さな面積を占める場合の方が、設定した閾値による材料組織の識別を高精度に行うことができる。例えば、組織観察像中で、1種類の材料組織が占める領域の面積が、画像の全面積の80%以上、さらには90%以上となっていることが好ましい。
【0034】
[3種以上の材料組織を含む場合の例]
ここまで、組織観察像が2種の材料組織を含む場合を例として、本実施形態にかかる材料組織識別方法について説明した。しかし、本実施形態にかかる材料組織識別方法は、組織観察像が3種以上の材料組織を含む場合についても、同様に適用し、それら3種以上の材料組織を相互に識別することができる。
【0035】
組織観察像が、実質的に2種のみの材料組織を含む場合や、3種以上の材料組織を含んでいても2種にしか区分する必要がない場合には、上記に説明したとおり、上記各工程を一度ずつ実施することで、1つの閾値Tによって、材料組織を2種に区分すればよい。これに対し、組織観察像が3種以上の材料組織を含み、それら3種以上の材料組織を相互に区分する場合には、以下の(i),(ii)のいずれか少なくとも1つの方法を適用することで、複数の閾値を設定することができる。そして、それら複数の閾値のそれぞれを境界として、材料組織の区分を行えばよい。
(i)代表値抽出工程、正規分布作成工程、差分抽出工程をそれぞれ1回ずつ実施して、閾値決定工程において、1つの正規分布を用いて、複数の閾値を設定する。
(ii)代表値抽出工程、正規分布作成工程、差分抽出工程のサイクルを複数回繰り返し、複数の正規分布を得たうえで、それら複数の正規分布を用いて閾値決定工程を実施することで、複数の閾値を設定する。
以下、(i),(ii)の方法について、簡単に説明する。
【0036】
まず、図2に基づき、(i)の方法について簡単に説明する。図2(a)に示した未処理ヒストグラムf(x)は、図1(a)のヒストグラムよりも、低輝度側に裾を引いた分布を有している。そのことに対応して、最頻値μと半値幅wから作成した図2(b)の正規分布g(x)を未処理ヒストグラムf(x)から減じると、得られる差分分布d(x)は、図2(c)に破線にて示すように、高輝度側と低輝度側に分離した2つの領域を有している。つまり、差分分布d(x)は、最頻値μを挟んで高輝度側と低輝度側に、それぞれ連続した、山形の分布を示す2つの領域を有している。ここで、それら2つの領域を分離し、高輝度側の領域を第一差分分布d1(x)、低輝度側の領域を第二差分分布d2(x)とする。
【0037】
図2(c)に示すように、差分分布d(x)は、正規分布g(x)との間に、2つの交点c1,c2を有している。つまり、第一差分分布d1(x)と第二差分分布d2(x)がそれぞれ、正規分布g(x)との間に交点c1,c2を有している。ここで、それら2つの交点c1,c2のそれぞれに相当する輝度値を、閾値T1,T2とする。つまり、第一差分分布d1(x)と正規分布g(x)の交点c1に相当する輝度値を第一閾値T1とし、第二差分分布d2(x)と正規分布g(x)の交点c2に相当する輝度値を第二閾値T2とする。ここで、T1>T2である。このようにして、1回の閾値決定工程において、複数の閾値を決定することができる。
【0038】
複数の閾値が得られると、組織分離工程において、各閾値を境界として、低輝度側の領域と、高輝度側の領域とを、別の材料組織の寄与によるものとみなして、区分すればよい。上記のように、第一閾値T1と第二閾値T2が得られた場合には、第一閾値T1の高輝度側、第一閾値T2と第二閾値T2の間の輝度、第二閾値T2の低輝度側と、3つの材料組織の寄与に区分することができる。
【0039】
図3(a)に、上記第一差分分布d1(x)を拡大して表示しているが、この第一差分分布d1(x)は、正規分布に近い形状ではなく、高輝度側に裾を引いた形状を有している。つまり、第一差分分布d1(x)が、1種類のみの材料組織ではなく、2種以上の材料組織の寄与が複合されたものであることが示唆される。このような場合には、上記(ii)の方法を適用し、第一差分分布d1(x)から複数の閾値を定めればよい。
【0040】
(ii)の方法においては、差分抽出工程で得られた差分分布のうち、連続している領域を新たに未処理ヒストグラムとみなしながら、代表値抽出工程、正規分布作成工程、差分抽出工程のサイクルを複数回実施する。そして、複数回のサイクルを繰り返すことで得られた複数の正規分布の間の交点、および最後のサイクルで得られた正規分布と差分分布との交点に相当する輝度値を、それぞれ閾値とすることで、複数の閾値を定める。
【0041】
図3(a)の例の場合には、代表値抽出工程、正規分布作成工程、差分抽出工程のサイクルを1回実施して得られた差分分布d(x)において、連続している領域の1つである第一差分分布d1(x)を、新たに未処理ヒストグラムf(x)とみなす。ここで、連続している領域とは、頻度値が連続して正の値を有する領域を指す。そして、この新たな未処理ヒストグラムf(x)に対して、代表値抽出工程による最頻値および半値幅の抽出を行ったうえで、図3(b)に示すように、正規分布作成工程による正規分布の作成、差分抽出工程による差分分布の抽出を行う。ここで得られた正規分布を最終正規分布g1(x)とし、差分分布を最終差分分布d1a(x)とする。
【0042】
図3(c)に、上記解析過程で得られた各分布曲線、つまり1回目の正規分布作成工程で作成された正規分布g(x)、1回目の差分抽出工程で得られた差分分布の一部である第二差分分布d2(x)、そして2回目の差分抽出工程で第一差分分布d1(x)から得られた、最終正規分布g1(x)および最終差分分布d1a(x)を、合わせて表示している。閾値決定工程においては、1回目のサイクルで得られた正規分布g(x)と2回目のサイクルで得られた最終正規分布g1(x)の間の交点c1’に相当する輝度を、閾値T1’と定める。さらに、2回目のサイクルで得られた最終正規分布g1(x)と最終差分分布d1a(x)との交点c3に相当する輝度を、閾値T3と定める(図3(b)参照)。このようにして定められた2つの閾値T1’,T3に加え、1回目のサイクルで差分分布d(x)の一部として得られ、2回目のサイクルによる処理の対象とならなかった第二差分分布d2(x)と、1回目のサイクルで得られていた正規分布g(x)との交点c2に相当する輝度値として定められる閾値T2を合わせて、3つの閾値T2,T1’,T3が得られる(T2<T1’<T3)。最後に、組織分離工程において、それら3つの閾値T2,T1’,T3のそれぞれを境界として、組織観察像において、材料組織の区分を行う。つまり、輝度により、4種の材料組織に区分する。
【0043】
ここでは、代表値抽出工程、正規分布作成工程、差分抽出工程のサイクルを2回実施したが、3回以上実施してもよい。例えば、図3の形態では、2回目のサイクルで得られた差分分布である最終差分分布d1a(x)が、正規分布に近い分布をとっているが、この2回目のサイクルで得られた差分分布d1a(x)が、低輝度側または高輝度側に裾を引いている等、正規分布から遠い分布形状を有する場合には、この差分分布を新たに未処理ヒストグラムとみなして、3回目のサイクルを実施してもよい。このように、複数回のサイクルを繰り返し、最後のサイクルで得られた正規分布を最終正規分布とし、差分分布を最終差分分布とする。そして、閾値決定工程において、各サイクルで得られた複数の正規分布の間の交点、厳密には、1回目と2回目、2回目と3回目のように、連続する前後のサイクルの正規分布作成工程で得られた正規分布の間の交点に相当する輝度値を、それぞれ閾値として採用する。合わせて、最後のサイクルで得られた最終正規分布と最終差分分布との交点に対応する輝度値も、閾値として採用する。さらに、図3(c)の第二差分分布d2(x)のように、上記サイクルの実施を先に終えている差分分布があれば、その差分分布と、その差分分布を抽出するのに用いた正規分布(その差分分布を得たサイクルで作成された正規分布)との交点に相当する輝度値も、閾値として採用する。
【0044】
また、各サイクルにおける差分抽出工程で得られた差分分布に、図2(c)の第一差分分布d1(x)と第二差分分布d2(x)のように、相互に分離できる複数の連続した領域が存在する場合には、それら各領域の分布曲線を新たに未処理ヒストグラムとみなして、領域ごとに独立して、以降のサイクルによる閾値の設定を進めてもよい。例えば、図2(c)に示した形態では、第二差分分布d2(x)が正規分布に近い形をとっているが、もしこの第二差分分布d2(x)が正規分布から離れた形状をとっている場合には、第一差分分布d1(x)とは独立に、第二差分分布d2(x)に対しても、2回目、あるいはさらにそれ以降のサイクルを実施すればよい。
【実施例0045】
以下、実施例を用いて本発明をより具体的に説明する。ここでは、上記で説明した本発明の実施形態にかかる材料組織識別方法を用いることで、材料組織の識別における精度が向上するかを確認した。
【0046】
[試験方法]
マルテンサイト相とフェライト相を含む鉄基合金を、ナイタール液で腐食させた試料に対し、グレースケール像として光学顕微鏡像を撮影したものを、組織観察像とした。組織観察像としては、異なる試料個体について撮影した4つの像を準備した。
【0047】
各組織観察像の輝度ヒストグラムにおいて、二値化のための閾値を設定した。閾値としては、従来一般の判別識別法(大津の二値化法;以降、従来法と称する)による閾値Taと、上記で説明した本発明の実施形態にかかる方法(以降、新手法と称する)による閾値Tbの2とおりを設定した。そして、各閾値を適用して、組織観察像の二値化を行った。新手法においては、代表値抽出工程、正規分布作成工程、差分抽出工程、閾値決定工程、組織分離工程の各工程を1度ずつ実施し、閾値決定工程においては、最頻値よりも高輝度側に出現する、正規分布と差分分布の交点に相当する輝度値を、閾値Tbとして設定した。
【0048】
[試験結果]
図4に、1つの組織観察像について、組織識別の各工程を示す。図4(a)が、顕微鏡観察で得られた組織観察像である。画像内で大部分の面積を占める比較的暗いグレーの領域がマルテンサイト相に相当し、画像の上部に主に分布する、マルテンサイト相の中に比較的明るく点在する領域が、フェライト相に相当する。図4(b)は、分析者が目視により、マルテンサイト相とフェライト相を識別し、マルテンサイト相を黒色で、フェライト相を白色で表示した二値化像である。この二値化像において、フェライト相が全面積に占める面積率(フェライト面積率)は、3.4%となっている。
【0049】
図4(e)に、図4(a)の組織観察像から得られた輝度ヒストグラムを示す。ヒストグラムは、メインピークの高輝度側に、小さな肩状のサブピークを有する形状となっている。図4(f)に、新手法において得られる正規分布g(x)を実線で示すとともに、差分分布d(x)を点線で示す。差分分布は、低輝度側と高輝度側の2つの成分を有しているが、このうち高輝度側の成分に着目する。この成分と、正規分布との交点に相当する輝度値を、閾値Tbとする(矢印にて表示)。図4(e)のヒストグラム中にも、従来法による閾値Taと合わせて、閾値Tbを表示している。256階調のグレースケールにおいて、閾値Taは100、閾値Tbは129となっており、両者の間に差が存在する。
【0050】
図4(c)および図4(d)に、それぞれ従来法による閾値Ta、および新手法による閾値Tbを用いて図4(a)の組織観察像を二値化した画像を示す。各閾値を境界として、低輝度側の領域がマルテンサイト相に帰属され、高輝度側の領域がフェライト相に帰属される。閾値Taの方が閾値Tbよりも小さいことに対応して、図4(c)の方が、図4(d)よりも、フェライト相と識別される白い領域が多くなっている。図4(c)は、図4(a)の組織観察像および図4(b)の目視による二値化像におけるフェライト相の分布をあまり反映しておらず、フェライト相と識別される白い領域が明らかに過剰となっている。これに対し、図4(d)は、図4(a)の組織観察像および図4(b)の目視による二値化像と非常に近いフェライト相分布を示している。フェライト相が、主に画像の上部に、まばらに分散している状態も、よく再現されている。
【0051】
上記2種類の閾値を用いた二値化像と、目視による二値化像との対比は、フェライト面積率、およびDice係数として算出される画像一致率によって、定量的に行うことができる。まず、図4(c)の従来法の閾値を用いた場合には、フェライト面積率が60.1%となっており、図4(b)の目視による二値化像における3.4%との値の20倍近くにもなっている。画像一致率も10.7%と低くなっている。これに対し、図4(d)の新手法の閾値を用いた場合には、フェライト面積率が2.3%となっており、図4(b)の目視による二値化像における3.4%との値に近い値が得られている。画像一致率も78.0%と、図4(c)の場合よりも顕著に高くなっている。この結果より、新手法を用いて閾値を設定し、組織観察像の二値化を行うことで、従来手法を用いる場合よりも、人間の目視によって組織の識別を行う場合に近い二値化像が得られ、適切な閾値を設定できていることが確認される。
【0052】
図5に、別の組織観察像に対して、同様に、閾値の設定と二値化を行った結果を示す。この場合にも、上記の図4の場合と同様に、図5(c)の従来法による閾値Taを用いた二値化像と比較して、図5(d)の新手法による閾値Tbを用いた二値化像の方で、顕著に、図5(a)の組織観察像、および図5(b)の目視による二値化像におけるフェライト相の分布をよく再現できている。図5(c),(d)の下部に記載したフェライト面積率および画像一致率の値からも、図5(d)の方で、目視による二値化像との一致率が顕著に高くなっていることが確認される。
【0053】
さらに図6,7に、別の2つの組織観察像に対して、同様に、閾値の設定と二値化を行った結果を示す。ここでは、目視による二値化像は省略している。これらの組織観察像は、図4,5のものと、輝度ヒストグラムの形状がかなり異なっているが、それでも、(b)の従来法による閾値を用いた二値化像と比較して、(c)の新手法による閾値を用いた二値化像の方で、顕著に、(a)の組織観察像におけるフェライト相の分布をよく再現できている。これらの結果は、本発明の実施形態にかかる新手法を用いれば、多様な形態の輝度ヒストグラムを与える組織観察像に対して、組織の判別を高精度に行いうることを示している。
【0054】
以上の解析結果から、材料組織としてマルテンサイト相とフェライト相を含む鉄または鉄基合金に対して得られた、フェライト相の方がマルテンサイト相よりも高輝度を与える光学顕微鏡像に対して、本発明の実施形態にかかる材料組織識別方法を適用することで、適切に画像の二値化を行えることが確認された。具体的には、代表値抽出工程、正規分布作成工程、差分抽出工程、閾値決定工程、組織分離工程の各工程を1度ずつ実施し、閾値決定工程において、最頻値よりも高輝度側に出現する交点に相当する輝度値を、閾値として設定し、組織分離工程において、その閾値を境界として、低輝度側の領域をマルテンサイト相の寄与とみなし、高輝度側の領域をフェライト相の寄与とみなす方法で、マルテンサイト相とフェライト相を適切に識別した二値化像を得ることができる。
【0055】
以上、本発明の実施形態について詳細に説明したが、本発明は上記実施形態に限定されるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲で種々の改変が可能である。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7