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  • 特開-細胞凝集塊組成物の製造方法 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023173802
(43)【公開日】2023-12-07
(54)【発明の名称】細胞凝集塊組成物の製造方法
(51)【国際特許分類】
   C12N 5/071 20100101AFI20231130BHJP
【FI】
C12N5/071
【審査請求】未請求
【請求項の数】10
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022086298
(22)【出願日】2022-05-26
(71)【出願人】
【識別番号】000000941
【氏名又は名称】株式会社カネカ
(72)【発明者】
【氏名】神林 昌
(72)【発明者】
【氏名】宮下(原田) 美乃里
【テーマコード(参考)】
4B065
【Fターム(参考)】
4B065AA90X
4B065AB01
4B065AC12
4B065BB02
4B065BB03
4B065BC13
4B065BD09
4B065BD12
4B065BD22
4B065BD50
4B065CA44
(57)【要約】
【課題】 細胞凝集塊を、薬理的に許容される溶液で、簡便かつ低ダメージで冷蔵保存する。
【解決手段】 多能性幹細胞又は多能性幹細胞由来分化細胞により構成される細胞凝集塊を、ナトリウム塩、カリウム塩及びカルシウム塩を含む溶液中で、15℃以下の非凍結状態で保存する保存工程を含む、細胞凝集塊組成物の製造方法。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
多能性幹細胞又は多能性幹細胞由来分化細胞により構成される細胞凝集塊を、ナトリウム塩、カリウム塩及びカルシウム塩を含む溶液中で、15℃以下の非凍結状態で保存する保存工程を含む、細胞凝集塊組成物の製造方法。
【請求項2】
前記ナトリウム塩、前記カリウム塩及び前記カルシウム塩のいずれか一以上が塩化物である、請求項1に記載の製造方法。
【請求項3】
前記溶液がリンゲル液又はリンゲル液から調製される水溶液である、請求項2に記載の製造方法。
【請求項4】
前記リンゲル液が、乳酸リンゲル液、酢酸リンゲル液及び重炭酸リンゲル液からなる群から選択されるいずれか一以上のリンゲル液である、請求項3に記載の製造方法。
【請求項5】
前記リンゲル液から調製される水溶液が、ROCK阻害剤を含む、請求項4記載の製造方法。
【請求項6】
前記保存工程に供する細胞凝集塊の直径が300μm以下である、請求項1記載の製造方法。
【請求項7】
前記保存工程に供される細胞凝集塊が、単細胞を液体培地中に播種し、浮遊培養により細胞凝集塊を形成させることによって調製される浮遊培養工程をさらに有する、請求項1乃至6いずれか1項に記載の細胞凝集塊の製造方法。
【請求項8】
前記浮遊培養工程が攪拌方式で行われるものである請求項7記載の製造方法。
【請求項9】
前記浮遊培養工程が、24時間以上行われる工程である、請求項7記載の細胞凝集塊の製造方法。
【請求項10】
前記保存工程後、保存された細胞凝集塊を液体培地中で再度浮遊培養する工程をさらに含む、請求項7記載の細胞凝集塊の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、多能性幹細胞、又は多能性幹細胞由来分化細胞の細胞凝集塊組成物の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ES細胞やiPS細胞等の多能性幹細胞は、無限に増殖できる能力と様々な体細胞に分化する能力を有している。多能性幹細胞から分化誘導させた体細胞を移植する治療法の実用化は、難治性疾患や生活習慣病に対する治療法を根本的に変革できる可能性がある。例えば、多能性幹細胞から、神経細胞をはじめとして、心筋細胞、血液細胞、及び網膜細胞等の多種多様な体細胞に試験管内で分化誘導する技術が既に開発されている。また、分化誘導した体細胞を移植した際に、多くの人で免疫拒絶が生じないHLAホモ型のiPS細胞や、すべての人で免疫拒絶が生じないよう遺伝子編集されたユニバーサルiPS細胞を大量に培養し、共通原料として臨床用のiPS細胞ストックを作製する試みが実施されている。さらには、オフザシェルフでの細胞医療を可能とするために、それらiPS細胞ストックから特定の細胞に分化誘導した細胞をストックする試みも実施されている。
【0003】
しかし、そのような細胞ストックの作製にはいくつかの課題が残されており、大きな課題の一つは、細胞の保存形態である。従来、細胞の保存は凍結状態で行われており、長期保存が可能になっている。しかしながら、凍結および解凍には専用の設備が必要であり、小規模な医療機関等では取り扱いが困難となる場合がある。また、治療効果の高さから、細胞をシングルセルではなく、凝集させた凝集塊として治療に用いる試みが多くなされているが、現在の技術では凝集塊に過度のダメージを与えずに冷凍保存することが困難である。このような背景から、細胞凝集塊を簡便に、かつ低ダメージで保存することが可能な技術の開発が切望されている。
【0004】
例えば、特許文献1には、トロロックス、アデニン、必須アミノ酸、非必須アミノ酸、カリウムイオン、ナトリウムイオン、ラクトビオン酸、ラフィノース水和物、アロプリノール等を含む溶液で多能性幹細胞の胚葉体を冷蔵保存する方法が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】WO2021/090869 A1
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、前記特許文献1のような多数の添加物を含む溶液を用いた保存法は、保存した細胞を患者に投与する際の安全性の観点での問題が否定できず、また、多数の添加剤が保存中に細胞の特性を変化させるような影響を及ぼす可能性を否定できない。そこで本発明では、細胞凝集塊を安全性に問題のない薬理的に許容できる組成の溶液で、簡便に、かつ低ダメージで非凍結保存する技術を開発することを課題とした。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは上記課題を解決するために鋭意検討した結果、保存液を特定の組成とすることにより、患者に直接投与することが可能な薬理的に許容できる組成でありながら、細胞凝集塊を凍結することなく低ダメージで保存できることを見いだし、本発明を完成するに至った。
【0008】
本発明は以下を包含する。
(1)多能性幹細胞又は多能性幹細胞由来分化細胞により構成される細胞凝集塊を、ナトリウム塩、カリウム塩及びカルシウム塩を含む溶液中で、15℃以下の非凍結状態で保存する保存工程を含む、細胞凝集塊組成物の製造方法。
(2)前記ナトリウム塩、前記カリウム塩及び前記カルシウム塩のいずれか一以上が塩化物である、(1)に記載の製造方法。
(3)前記溶液がリンゲル液又はリンゲル液から調製される水溶液である、(1)または(2)に記載の製造方法。
(4)前記リンゲル液が乳酸リンゲル液、酢酸リンゲル液及び重炭酸リンゲル液からなる群から選択されるいずれか一以上のリンゲル液である、(3)に記載の製造方法。
(5)前記溶液がROCK阻害剤を含む、(1)から(4)のいずれかに記載の製造方法。
(6)前記保存工程に供する細胞凝集塊の直径が300μm以下である、(1)から(5)のいずれかに記載の製造方法。
(7)前記保存工程に供される細胞凝集塊が、単細胞を液体培地中に播種し、浮遊培養により細胞凝集塊を形成させることによって調製される浮遊培養工程をさらに有する、(1)から(6)のいずれかに記載の細胞凝集塊の製造方法。
(8)前記浮遊培養工程が攪拌方式で行われるものである(7)記載の製造方法。
(9)前記浮遊培養工程が24時間以上行われる工程である、(7)または(8)記載の細胞凝集塊の製造方法。
(10)前記保存工程後、保存された細胞凝集塊を液体培地中で再度浮遊培養する工程をさらに含む、(1)から(9)のいずれかに記載の細胞凝集塊の製造方法。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、薬理的に許容される単純な組成の溶液を用いて、細胞凝集塊を簡便かつ低ダメージで冷蔵保存することができる。凍結を要しないため、特別な設備を持たない小規模施設における細胞凝集塊の取り扱いや、セルバンクまたは細胞培養加工施設から医療機関への輸送を簡便に行うことができる。また、保存液が薬理的に許容される組成のため、本発明の細胞凝集塊組成物は、細胞凝集塊の洗浄や溶液置換を行うことなく、直接患者に投与、あるいは細胞製剤の調製に使用することもできる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
図1】各種の溶液で細胞凝集塊を保存した後の生存率を示す特性図である。
図2】各種の溶液で細胞凝集塊を保存した後に再培養した際の細胞数を示す特性図である。
図3】各種の溶液で細胞凝集塊を保存した後に再培養した際の細胞品質を示す特性図である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
1.細胞凝集塊組成物の製造方法
1-1.用語の定義
本明細書で使用する以下の用語について定義する。
≪細胞≫
本明細書において発明の対象となる「多能性幹細胞」とは、生体を構成する全ての種類の細胞に分化することができる多分化能(多能性)を有し、適切な条件下のインビトロ(in vitro)での培養において多能性を維持したまま無限に増殖を続けることができる細胞をいう。より具体的に、多能性とは、個体を構成する胚葉(脊椎動物では外胚葉、中胚葉及び内胚葉の三胚葉)に分化できる能力を意味する。このような細胞は例えば、胚性幹細胞(ES細胞:embryonic stem cell)、胚性生殖幹細胞(EG細胞:embryonic germ cell)、生殖系幹細胞(GS細胞:Germline stem cell)、そして人工多能性幹細胞(iPS細胞:induced pluripotent stem cells)等が挙げられる。
【0012】
「ES細胞」とは、初期胚より調製された多能性幹細胞である。「EG細胞」とは、胎児の始原生殖細胞より調製された多能性幹細胞である(Shamblott M.J.et al.,1998,Proc.Natl.Acad.Sci.USA.,95:13726-13731)。「GS細胞」とは、細胞精巣より調製された多能性幹細胞である(Conrad S.,2008,Nature,456:344-349)。また、「iPS細胞」とは、分化済みの体細胞に少数の初期化因子をコードする遺伝子を導入することによって体細胞を未分化状態にするリプログラミングが可能となった多能性幹細胞をいう。
【0013】
本明細書における多能性幹細胞は、多細胞生物に由来し、上記特性を有する細胞であればよい。好ましくは動物由来の多能性幹細胞、より好ましくは哺乳動物由来の多能性幹細胞である。例えば、マウス、ラット、ハムスター、モルモット等のげっ歯類、イヌ、ネコ、ウサギ、ウシ、ウマ、ヒツジ、ヤギ等の家畜又は愛玩動物、そしてヒト、アカゲザル、ゴリラ、チンパンジー等の霊長類が挙げられる。特に好ましくは、ヒト由来の多能性幹細胞である。
【0014】
本明細書における多能性幹細胞としては、ナイーブ型多能性幹細胞及びプライム型多能性幹細胞を含む。ナイーブ型多能性幹細胞は着床前の内部細胞塊でみられる多能性に近い状態であり、プライム型多能性幹細胞は着床後のエピブラスト内でみられる多能性に近い状態と定義される。プライム型多能性幹細胞は、ナイーブ型多能性幹細胞と比較して、個体発生への寄与が低頻度であり、X染色体の転写活性が一本のみであり、転写抑制ヒストン修飾が高レベルであるといった特徴がある。また、プライム型多能性幹細胞におけるマーカー遺伝子はOTX2であり、ナイーブ型多能性幹細胞のマーカー遺伝子はREX1、KLFファミリーである。さらに、プライム型多能性幹細胞のコロニー形成は扁平であり、ナイーブ型多能性幹細胞のコロニー形成はドーム状である。本発明でいう多能性幹細胞は、特にプライム型多能性幹細胞であることが好ましい。
【0015】
本明細書における多能性幹細胞は、市販の細胞又は分譲を受けた細胞でもよいし、新たに作製した細胞でもよい。なお、限定はしないが、本明細書の各発明に用いる場合、多能性幹細胞は、iPS細胞又はES細胞が好ましい。
【0016】
本明細書におけるiPS細胞が市販品あるいは研究用株の場合、限定はしないが、例えば253G1株、253G4株、201B6株、201B7株、409B2株、454E2株、606A1株、610B1株、648A1株、HiPS-RIKEN-1A株、HiPS-RIKEN-2A株、HiPS-RIKEN-12A株、Nips-B2株、TkDN4-M株、TkDA3-1株、TkDA3-2株、TkDA3-4株、TkDA3-5株、TkDA3-9株、TkDA3-20株、hiPSC 38-2株、MSC-iPSC1株、BJ-iPSC1株、RPChiPS771-2、WTC-11株、1231A3株、1383D2株、1383D6株、1210B2株、1201C1株、1205B2株等であればよい。
また、本明細書におけるiPS細胞が臨床用株の場合、限定はしないが、例えばQHJI01s01株、QHJI01s04株、QHJI14s03株、QHJI14s04株、Ff-l14s03株、Ff-l14s04株、YZWI株等であればよい。
【0017】
また、本明細書におけるiPS細胞が新たに作製されたあるいは自ら作製した細胞の場合、導入される初期化因子の遺伝子の組み合わせは、限定はしないが、例えばOCT3/4遺伝子、KLF4遺伝子、SOX2遺伝子及びc-Myc遺伝子の組み合わせ(Yu J,et al.2007,Science,318:1917-20.)、OCT3/4遺伝子、SOX2遺伝子、LIN28遺伝子及びNanog遺伝子の組み合わせ(Takahashi K,et al.2007,Cell,131:861‐72.)であってもよい。これらの遺伝子の細胞への導入形態は特に限定されないが、例えば、エピソーマルベクターなどのプラスミドを用いた遺伝子導入、合成RNAの導入であってもよいしタンパク質として導入したものでもよい。また、センダイウイルスベクター、microRNAやRNA、低分子化合物等を用いた方法で作製されたiPS細胞でもよい。さらに、免疫拒絶を抑えるためにHLA遺伝子を編集・除去したユニバーサルiPS細胞でもよい。
【0018】
本明細書におけるES細胞が市販品の場合、限定はしないが、例えばKhES-1株、KhES-2株、KhES-3株、KhES-4株、KhES-5株、SEES1株、SEES2株、SEES3株、SEES-4株、SEES-5株、SEES-6株、SEES-7株、HUES8株、CyT49株、H1株、H9株、HS-181株等であればよい。
【0019】
本明細書において発明の対象となる「多能性幹細胞由来分化細胞」とは、上述したような多能性幹細胞から、生体を構成する任意の組織細胞へと分化したものである。ここでいう分化とは、意図せず未分化状態から逸脱して例えば各胚葉系の幹細胞等になってしまうことであってもよいし、意図して任意の組織細胞へと誘導することであってもよい。任意の組織細胞への分化誘導方法は、各組織細胞を誘導することができる方法であれば特に限定はされない。多能性幹細胞由来分化細胞としては例えば、限定するものではないが、心筋細胞、神経細胞、網膜細胞、肝臓細胞、膵島細胞、等が挙げられる。また、これらの細胞に加えて、心筋前駆細胞等の前駆細胞や幹細胞であってもよく、分化した組織細胞の成熟度は特に限定されず任意である。本明細書中において多能性幹細胞由来分化細胞を、「分化細胞」「組織細胞」等と言い換えることがある。
【0020】
≪細胞凝集塊≫
本明細書において「細胞凝集塊」とは、浮遊培養において細胞凝集によって形成される塊状の細胞集団であって、スフェロイドとも呼ばれる。細胞凝集塊は、通常、略球状を呈する。細胞凝集塊を構成する細胞は、1種類以上の前記細胞であれば特に限定されない。例えば、細胞凝集塊を構成する細胞は、特に限定するものではないが、多能性幹細胞のみである場合もあり、特定の種の多能性幹細胞由来分化細胞のみである場合もあり、複数の種類の多能性幹細胞由来分化細胞である場合もある。例えば、ヒト人工多能性幹細胞又はヒト胚性幹細胞等の多能性幹細胞で構成された細胞凝集塊は、多能性幹細胞マーカーを発現している及び/又は多能性幹細胞マーカーが陽性を呈する細胞を含む。また、例えば、多能性幹細胞由来の神経細胞で構成される細胞凝集塊は、神経マーカーを発現している及び/又は心神経マーカーが陽性を呈する細胞を含む。また、例えば、多能性幹細胞由来の膵島細胞で構成される細胞凝集塊は、膵島マーカーを発現している及び/又は膵島マーカーが陽性を呈する細胞を含む。また、例えば、多能性幹細胞由来の心筋細胞で構成される細胞凝集塊は、心筋マーカーを発現している及び/又は心筋マーカーが陽性を呈する細胞を含む。
【0021】
多能性幹細胞マーカーは、多能性幹細胞で特異的に又は過剰に発現している遺伝子マーカーで、例えば、Alkaline Phosphatase、Nanog、OCT4、SOX2、TRA-1-60、c-Myc、KLF4、LIN28、SSEA-4、SSEA-1等が例示できる。神経マーカーは、神経細胞で特異的に又は過剰に発現している遺伝子マーカーで、例えば、PAX6、SOX1、CHX10等が例示できる。膵島マーカーは、膵島細胞で特異的に又は過剰に発現している遺伝子マーカーで、例えば、PDX1、NKX6.1等が例示できる。心筋マーカーは、心筋細胞で特異的に又は過剰に発現している遺伝子マーカーで、例えば、cTnT、ML2Cv、Actinin等が例示できる。
【0022】
多能性幹細胞マーカー、神経マーカー、膵島マーカー、心筋マーカー等は、当該技術分野において任意の検出方法により検出することができる。細胞マーカーを検出する方法としては、限定はしないが、例えばフローサイトメトリーが挙げられる。フローサイトメトリーにおいて、検出試薬として蛍光標識抗体を用いる場合、ネガティブコントロール(アイソタイプコントロール)と比較してより強い蛍光を発する細胞が検出されたときに、当該細胞は当該マーカーについて「陽性」と判定される。フローサイトメトリーによって解析した蛍光標識抗体について陽性を呈する細胞の比率は、「陽性率」と記載されることがある。また、蛍光標識抗体は、当該技術分野において公知の任意の抗体を使用することができ、例えば、イソチオシアン酸フルオレセイン(FITC)、フィコエリスリン(PE)、アロフィコシアニン(APC)等により標識された抗体が挙げられるが、これらに限定されない。
【0023】
細胞凝集塊を構成する細胞が多能性幹細胞である場合、多能性幹細胞マーカーの陽性率は、好ましくは80%以上、より好ましくは90%以上、より好ましくは91%以上、より好ましくは92%以上、より好ましくは93%以上、より好ましくは94%以上、より好ましくは95%以上、より好ましくは96%以上、より好ましくは97%以上、より好ましくは98%以上、より好ましくは99%以上、より好ましくは100%以下とすることができる。多能性幹細胞マーカーを発現する及び/又は多能性幹細胞マーカーが陽性を呈する細胞の割合が前記範囲内である細胞凝集塊は、未分化性が高く、より均質な細胞集団である。
【0024】
細胞凝集塊を構成する細胞が神経細胞である場合、神経マーカーの陽性率は、好ましくは80%以上、より好ましくは90%以上、より好ましくは91%以上、より好ましくは92%以上、より好ましくは93%以上、より好ましくは94%以上、より好ましくは95%以上、より好ましくは96%以上、より好ましくは97%以上、より好ましくは98%以上、より好ましくは99%以上、より好ましくは100%以下とすることができる。神経マーカーを発現する及び/又は神経マーカーが陽性を呈する細胞の割合が前記範囲内である細胞凝集塊は、均一性が高く、より安全で治療効果の高い細胞凝集塊であると考えられる。
【0025】
細胞凝集塊を構成する細胞が膵島細胞である場合、膵島マーカーの陽性率は、好ましくは80%以上、より好ましくは90%以上、より好ましくは91%以上、より好ましくは92%以上、より好ましくは93%以上、より好ましくは94%以上、より好ましくは95%以上、より好ましくは96%以上、より好ましくは97%以上、より好ましくは98%以上、より好ましくは99%以上、より好ましくは100%以下とすることができる。膵島マーカーを発現する及び/又は膵島マーカーが陽性を呈する細胞の割合が前記範囲内である細胞凝集塊は、均一性が高く、より安全で治療効果の高い細胞凝集塊であると考えられる。
【0026】
細胞凝集塊を構成する細胞が心筋細胞である場合、心筋マーカーの陽性率は、好ましくは80%以上、より好ましくは90%以上、より好ましくは91%以上、より好ましくは92%以上、より好ましくは93%以上、より好ましくは94%以上、より好ましくは95%以上、より好ましくは96%以上、より好ましくは97%以上、より好ましくは98%以上、より好ましくは99%以上、より好ましくは100%以下とすることができる。心筋マーカーを発現する及び/又は心筋マーカーが陽性を呈する細胞の割合が前記範囲内である細胞凝集塊は、均一性が高く、より安全で治療効果の高い細胞凝集塊であると考えられる。
【0027】
≪細胞凝集塊組成物≫
本明細書において「細胞凝集塊組成物」とは、任意の細胞凝集塊の集団が、冷蔵保存液中に懸濁された状態のものを言い、生体に投与される細胞製剤であっても良いし、細胞製剤調整のために更なる処理(培養、分化、細胞凝集塊を懸濁する液の置換や成分添加等)に供せられる中間段階のものであってもよい。本発明における冷蔵保存液は、それ自体が薬理的に許容可能で、生体に直接投与することができる。
細胞へのダメージを軽減する観点からは、「細胞凝集塊組成物」は低温であるのが好ましく、例えば、15℃以下の非凍結状態であるのが好ましい。
【0028】
また、「細胞凝集塊組成物」は、任意の量に小分けされ保存されている状態のものであってもよい。小分けし保存するための容器としては、例えばバイアルやバッグなどがある。細胞凝集塊を懸濁した状態の細胞凝集塊組成物は、液状でもよく、粘性液状でもよく、ゲル状でもよい。細胞凝集塊組成物中の細胞は、主に細胞凝集塊の状態であるが、一部に単細胞状態の細胞が混在した状態のこともある。なお本明細書中において、「細胞凝集塊組成物」のことを「凝集塊組成物」と記述することがあり、また細胞を複数の容器に小分けすることを「充填」、「分注」と記述することがある。
なお、本明細書において、細胞凝集塊組成物の製造方法とは、単純に細胞凝集塊を保存するだけのことを指す場合もある。
【0029】
≪接着培養≫
「接着培養」とは、細胞培養方法の一つで、細胞を培養容器等の外部マトリクス等に接着させて、典型的には単層で増殖させることをいう。外部マトリクスとは、特に限定されないが、例えば、Laminin、Vitronectin、Gelatin、Collagen、E-Cadherinキメラ抗体等を使用することができる。接着培養される細胞は、増殖すると細胞が密集した細胞コロニーを形成する。なお、前述の細胞は、通常、接着培養のみならず、浮遊培養での培養も可能である。
【0030】
≪浮遊培養≫
「浮遊培養」とは、細胞培養方法の一つで、細胞を液体培地中において浮遊状態で培養することをいう。本明細書において「浮遊状態」とは、培養容器等の外部マトリクスに対して細胞が非接着の状態をいう。「浮遊培養法」は、細胞を浮遊培養する方法であって、この方法での細胞は、培養液中で凝集した細胞塊で存在する。細胞を浮遊させる方法としては、特に限定されないが、攪拌、旋回、振盪等がある。なお、前述の細胞は、通常、浮遊培養のみならず、接着培養での培養も可能である。
【0031】
≪冷蔵保存液≫
本明細書において「冷蔵保存液」とは、細胞の冷蔵保存が可能な溶液を指す。本発明の冷蔵保存液は、細胞の冷蔵保存が可能であり、ナトリウム塩、及びカリウム塩、及びカルシウム塩を含んだ保存溶液である。例えば、リンゲル液、乳酸リンゲル液、重炭酸リンゲル液、酢酸リンゲル液、またはそれらのリンゲル系の液等に適宜追加成分を加えた液である。本明細書中において、しばしば「保存液」「保存溶液」等と言い換えることがある。
【0032】
本明細書において「ナトリウム塩、カリウム塩及びカルシウム塩を含む溶液(以下、本明細書においては、しばしば単に「溶液」と称する)」とは、ナトリウム塩、カリウム塩及びカルシウム塩を含む任意の水溶液を指す。浸透圧、イオン組成、及びpHは特に限定しない。溶液の具体例としては、リンゲル液等の細胞外液補充液、低張性電解質液、末梢静脈栄養輸液、高カロリー輸液、及び代用血漿増量剤等の輸液としても使用される溶液等が挙げられる。
【0033】
「ナトリウム塩」とは、陽イオンとしてナトリウムイオンを含む化合物及びその水和物を指す。具体的には、例えば、塩化ナトリウム、炭酸ナトリウム、炭酸水素ナトリウム、硫酸ナトリウム、酢酸ナトリウム、乳酸ナトリウム、リン酸一ナトリウム、リン酸二ナトリウム、リン酸ナトリウム、グルコン酸ナトリウム、クエン酸ナトリウム及びそれらの水和物が含まれる。
【0034】
「カリウム塩」とは、陽イオンとしてカリウムイオンを含む化合物及びその水和物を指す。具体的には、例えば、塩化カリウム、炭酸カリウム、炭酸水素カリウム、酢酸カリウム、乳酸カリウム、ヨウ化カリウム、臭化カリウム、硫酸カリウム、グルコン酸カリウム、クエン酸カリウム及びそれらの水和物が含まれる。
【0035】
「カルシウム塩」とは、陽イオンとしてカルシウムイオンを含む化合物及びその水和物を指す。具体的には、例えば、塩化カルシウム、炭酸カルシウム、炭酸水素カルシウム、酢酸カルシウム、乳酸カルシウム、硫酸カルシウム、リン酸カルシウム、リン酸二水素カルシウム、グルコン酸カルシウム、クエン酸カルシウム及びそれらの水和物が含まれる。
「塩化物」とは、陰イオンとして塩化物イオンを含む化合物及びその水和物を指す。具体的には、例えば、塩化ナトリウム、塩化カリウム、塩化カルシウム、塩化マグネシウム及びそれらの水和物が含まれる。
【0036】
本明細書において「リンゲル液」とは、塩化ナトリウム、塩化カリウム、及び塩化カルシウムを含み、細胞が生存可能な浸透圧を有する溶液を指す。リンゲル液には、典型的には、リンゲル基礎液、乳酸リンゲル液、酢酸リンゲル液、及び重炭酸リンゲル液が含まれる。リンゲル液には細胞の特性、性質に大きな影響を与える成長因子等が含まれておらず、本発明における保存液として好適である。
【0037】
本明細書において「リンゲル基礎液」とは、リンゲル液の一種であり、ナトリウム塩、カリウム塩及びカルシウム塩の全てが塩化物である溶液を指す。
【0038】
本明細書において「乳酸リンゲル液」とは、陰イオンとして乳酸イオンを含むリンゲル液を指す。典型的には、乳酸イオンを含む結果、ナトリウムイオン濃度が塩化物イオン濃度より高くなる。
【0039】
本明細書において「酢酸リンゲル液」とは、陰イオンとして酢酸イオンを含むリンゲル液を指す。典型的には、酢酸イオンを含む結果、ナトリウムイオン濃度が塩化物イオン濃度より高くなる。
【0040】
本明細書において「重炭酸リンゲル液」とは、陰イオンとして炭酸水素イオンを含むリンゲル液を指す。典型的には、炭酸水素イオンを含む結果、ナトリウムイオン濃度が塩化物イオン濃度より高くなる。
【0041】
≪培地及び培地交換≫
本明細書において「培地」とは、細胞を培養するために調製された液状又は固形状の物質をいう。原則として、細胞の増殖及び/又は維持に不可欠の成分を必要最小限以上含有する。本明細書の培地は、特に断りがない限り、動物由来細胞の培養に使用する動物細胞用の液体培地が該当する。
【0042】
本明細書において「基礎培地」とは、様々な動物細胞用培地の基礎となる培地をいう。単体でも培養は可能であり、また様々な培養添加物を加えて、目的に応じた各種細胞に特異的な培地に調製することもできる。本明細書でいう基礎培地としては、BME培地、BGJb培地、CMRL1066培地、Glasgow MEM培地、Improved MEM Zinc Option培地、IMDM培地(Iscove’S Modified Dulbecco’S Medium)、Medium 199培地、Eagle MEM培地、αMEM培地、DMEM培地(Dulbecco’S Modified Eagle’S Medium)、ハムF10培地、ハムF12培地、RPMI 1640培地、Fischer’S培地、及びこれらの混合培地(例えば、DMEM/F12培地(Dulbecco’S Modified Eagle’S Medium/Nutrient Mixture F-12 Ham))等の培地を含むが、特に限定されない。
【0043】
DMEM/F12培地としては特に、DMEM培地とハムF12培地の重量比を好ましくは60/40以上40/60以下の範囲、例えば58/42、55/45、52/48、50/50、48/52、45/55、又は42/58等で混合した培地を用いる。その他、ヒトiPS細胞やヒトES細胞の培養、または各組織細胞の培養に使用されている培地も好適である。
【0044】
本発明で用いる培地は、好ましくは血清を含まない培地、すなわち無血清培地である。
【0045】
本明細書において「培養添加物」とは、培養目的で培地に添加される血清以外の物質である。培養添加物の具体例として、限定はしないが、L-アスコルビン酸、インスリン、トランスフェリン、セレン、炭酸水素ナトリウム、増殖因子、脂肪酸又は脂質、アミノ酸(例えば、非必須アミノ酸)、ビタミン、サイトカイン、抗酸化剤、2-メルカプトエタノール、ピルビン酸、緩衝剤、無機塩類、抗生剤等が挙げられる。
【0046】
インスリン、トランスフェリン、及びサイトカインは、動物(好ましくは、ヒト、マウス、ラット、ウシ、ウマ、ヤギ等)の組織又は血清等から分離した天然由来のものであってもよいし、遺伝子工学的に作製した組換えタンパク質であってもよい。また、増殖因子は、限定するものではないが、例えば、FGF2(Basic fibroblast growth factor-2)、TGF-β1(Transforming growth factor-β1)、Activin A、IGF-1、MCP-1、IL-6、PAI、PEDF、IGFBP-2、LIF及びIGFBP-7を含んだものでよい。
【0047】
抗生剤は、限定するものではないが、例えば、ペニシリン、ストレプトマイシン、アンホテリシンB等を含んでよい。本発明で用いる培地の培養添加物として、多能性幹細胞の培養時に特に好ましい増殖因子は、FGF2及び/又はTGF-β1である。
【0048】
また、多能性幹細胞、および一部の分化細胞の培養初期に用いる培地には、ROCK阻害剤を含有することが好ましい。ROCK阻害剤としては、Y-27632が挙げられる。ROCK阻害剤を培地に含有することで、多能性幹細胞の基質や他の細胞への非接着状態、及び/又は高せん断ストレス下での細胞死を大幅に抑制することができる。
【0049】
本発明で用いる培地は、前記培養添加物を1種以上含むことができる。前記培養添加物を添加する培地としては、限定はしないが、前記基礎培地が一般的である。
【0050】
培養添加物は、溶液、誘導体、塩又は混合試薬等の形態で培地に添加することができる。例えば、L-アスコルビン酸は、2-リン酸アスコルビン酸マグネシウム等の誘導体の形態で培地に添加してもよく、セレンは亜セレン酸塩(亜セレン酸ナトリウム等)の形態で培地に添加してもよい。また、インスリン、トランスフェリン、及びセレンに関しては、ITS試薬(インスリン-トランスフェリン-セレン)の形態で培地に添加することもできる。また、L-アスコルビン酸、インスリン、トランスフェリン、セレン及び炭酸水素ナトリウムから選択される少なくとも1つが添加された市販の培地を使用することもできる。
【0051】
インスリン及びトランスフェリンを添加した市販の培地としては、CHO-S-SFM II(ライフテクノロジーズジャパン株式会社)、Hybridoma-SFM(ライフテクノロジーズジャパン株式会社)、eRDF Dry Powdered Media(ライフテクノロジーズジャパン株式会社)、UltraCULTURETM(BioWhittaker社)、UltraDOMATM(BioWhittaker社)、UltraCHOTM(BioWhittaker社)、UltraMDCKTM(BioWhittaker社)、STEMPRO(登録商標)hESC SFM(ライフテクノロジーズジャパン株式会社)、Essential8TM(ライフテクノロジーズジャパン株式会社)、StemFit(登録商標)AK02N(味の素社)、StemFit(登録商標)AK03N(味の素社)、mTeSR1(Veritas社)、TeSR2(Veritas社)、CarmyA培地(マイオリッジ社)等が挙げられる。
【0052】
本明細書において「培地交換」とは、細胞の生存・増殖のための栄養供給源としての培地の細胞への供給、及び細胞により栄養素が消費され代謝産物が蓄積された培地の除去のことを言う。培地交換の方式としては、特に限定されないが、例えば回分方式、灌流方式等がある。回分方式とは、任意の培養時間ごとに培養系中の培地の全量、半量又は任意量を新たな培地と交換することをいう。灌流方式とは、連続的に培養系中の培地を除去しつつ別途供給することで培地交換を行い続けることをいい、単位時間当たりの培地除去・供給量を灌流量という。培地の灌流は連続的に行ってもよいし、間欠的に行ってもよい。浮遊培養では灌流方式で培地交換を行うことが好ましい。
【0053】
1-2.細胞凝集塊組成物の製造方法
本態様の方法は、多能性幹細胞又は多能性幹細胞由来分化細胞からなる細胞凝集塊を冷蔵保存する工程を必須で含んでいる。また、本態様の方法は、多能性幹細胞又は多能性幹細胞由来分化細胞からなる細胞凝集塊を浮遊培養により作製する工程を含むものでもよい。さらに、本態様の方法は、冷蔵保存した後の細胞凝集塊を再度浮遊培養する工程を含むものでもよい。以下、それぞれの工程について、説明をする。
【0054】
1-2-1.細胞凝集塊作製工程
「細胞凝集塊作製工程」は、細胞凝集塊のもととなる単細胞状態の多能性幹細胞又は多能性幹細胞由来分化細胞を浮遊培養することで、細胞を凝集させて細胞凝集塊を効率的に作製するための工程である。浮遊培養は、当該分野で既知の動物細胞培養法を利用することができる。例えば、細胞を細胞非接着性の容器中で液体培地中に攪拌させる浮遊培養であってよい。
【0055】
(細胞)
本工程で使用する細胞は、浮遊培養において細胞凝集が可能な細胞である。また、接着培養が可能な細胞でもある。また、凍結されている状態の細胞を解凍して用いてもよい。前述の「1-1.用語の定義」における「培養及び培地」の項で記載したように、動物細胞が好ましく、ヒト細胞はより好ましい。また、細胞の種類は、多能性幹細胞、又は多能性幹細胞由来分化細胞である。多能性幹細胞である場合、iPS細胞やES細胞のような多能性幹細胞は特に好ましい。さらには、日本人の最頻度HLAホモのiPS細胞株であるQHJI14株が好ましい。
【0056】
本工程で使用する細胞は、複数細胞からなる細胞集団である。前記細胞集団が多能性幹細胞集団である場合、多能性幹細胞マーカー(例えばOCT4、SOX2、NANOG)を発現する、及び/または、多能性幹細胞マーカーが陽性を呈する細胞の割合(比率)は、例えば90%以上、91%以上、92%以上、93%以上、94%以上、95%以上、96%以上、97%以上、98%以上、99%以上、100%である。
【0057】
また、本工程で用いる単細胞は凍結状態等で保存されているものを使用することができる。この場合の解凍条件としては特に限定されないが、急速に加温することで細胞を解凍すればよい。また、本工程で用いる単細胞は、接着培養あるいは浮遊培養されたのちに酵素処理等によって単細胞化されたものでもよい。
【0058】
(培養容器)
浮遊培養に用いる培養容器は、特に限定されないが、攪拌型のリアクター、揺動型の培養バッグ、ディンプル加工がされた静置培養用のプレート等を用いることができる。また、pHセンサー、DOセンサー、温度センサー等のセンサーを備え付けられるポートがある容器が好ましい。また、ガスを供給できるポート、培地を供給・吸引できるポートがある容器が好ましい。培養容器の形状は特に限定されないが、例えば、ディッシュ状、フラスコ状、ウェル状、バッグ状、スピナーフラスコ状、攪拌翼を備えたバイオリアクター状等の形状の培養容器が挙げられる。様々な形状の攪拌羽をもったリアクターを用いることができ、特に限定されない。例えば、BioBLU 1c Single-Use Vessel(Eppendorf社)を培養容器として使用できる。
【0059】
使用する培養容器の容量は、適宜選択することができ、特に限定されないが、培地を収容し培養可能な体積の下限が、1mL、2mL、4mL、10mL、20mL、30mL、50mL、100mL、又は200mLで、上限が、1000L、100L、50L、20L、10L、5L、3L、1L、又は、500mLであることが好ましい。ただし、細胞凝集塊を同時に多数作製するためには、培養スケールが大きいことが好ましく、培養液量は100mL以上であることが特に好ましい。また、任意の容量の攪拌翼型リアクターを使用する場合は、各メーカー指定のワーキングボリュームの範囲内とすることができる。また、本明細書中で、実際に培養容器中に収容し細胞培養を行っている培地体積のことを培養体積、又は培養液量と表記する。
【0060】
(培地)
浮遊培養に使用する培地は、上記「1-1.用語の定義」で説明したような培地である。多能性幹細胞、または一部の分化細胞を培養する際は、基礎培地にROCK阻害剤を含む培地であることが好ましい。ROCK阻害剤を含むことで、せん断刺激に対する細胞凝集塊の強度を増大させより安定して浮遊培養することが可能となる。また、多能性幹細胞の浮遊培養に使用する培地は、好ましくはPKCβ阻害剤、及び/又はWNT阻害剤を含む培地である。PKCβ阻害剤、及び/又はWNT阻害剤を含むことで、多能性幹細胞の自発的分化や品質の悪化をより抑制し、場合によっては品質を向上させることが可能となり、本工程の後工程である保存工程での細胞の生存性等が向上すると考えられる。
【0061】
また、本発明で用いる培地としては、L-アスコルビン酸、インスリン、トランスフェリン、セレン及び/又は炭酸水素ナトリウムを含む液体培地であるのが好ましい。又、多能性幹細胞を用いる場合、少なくとも1つの増殖因子を含む液体培地であるのが好ましく、増殖因子としてFGF2及び/又はTGF-β1を含む液体培地であるのがより好ましい。特に好ましくは、L-アスコルビン酸、インスリン、トランスフェリン、セレン及び炭酸水素ナトリウムと、FGF2及びTGF-β1を含み、血清を含まないDMEM/F12培地である。
【0062】
本工程の培養開始時の液体培地中のROCK阻害剤の濃度の上限は、特に限定されず、細胞死を生じさせない範囲や未分化逸脱を生じさせない範囲、ROCK阻害剤の溶解度等に応じて決定することができる。例えば、本工程の培養開始時の液体培地中の終濃度として上限を50μM、40μM、30μM、20μM、又は10μMとすることができる。
【0063】
また、本工程の培地交換は、培地を全量交換する回分方式で行ってもよいし、少量ずつ連続的に培地を交換する灌流方式で行ってもよいし、培地交換を実施しなくてもよい。作業性や細胞凝集塊の安定性の観点から、培地を灌流させる灌流方式で行うのが好ましい。灌流方式で培地交換することで、培養環境を連続的に制御することができ、また回分方式で必要となる遠心分離操作等による細胞凝集塊へのダメージを省くことができる。
【0064】
(播種密度)
浮遊培養に際して、播種する細胞の密度(播種密度)は、播種に使用する細胞の状態、本工程での培養時間や、培養後に必要な細胞数(目標収量)、目標の凝集塊サイズ等を勘案して適宜調整することができる。限定はしないが、通常、下限は細胞が凝集塊を形成でき、細胞の状態が不安定にならない播種密度であればよく、例えば0.01×10cells/mL、0.1×10cells/mL、0.5×10cells/mL、1×10cells/mL、1.5×10cells/mL、又は2×10cells/mLであればよい。そして、上限は細胞の過凝集や傷害、培地成分の急速な消費が生じない細胞密度であればよく例えば100×10cells/mL、50×10cells/mL、10×10cells/mL、8×10cells/mL、6×10cells/mL、又は4×10cells/mLとすることができる。
【0065】
通常、播種密度が大きくなることで、形成される形成される細胞凝集塊のサイズが大きくなる。また、攪拌方式や旋回方式の際は、播種密度が大きくなることでサイズの増大とともに形成される凝集塊の個数も多くなる。さらには、播種密度が大きくなることで、細胞の接触頻度の増加や、自己分泌因子濃度の増加により、播種した単細胞から形成される細胞凝集塊の形成効率や、凝集塊の安定性等の品質が向上することもある。
【0066】
(培養条件)
培養温度、酸素濃度等の培養条件は特に限定しない。当該分野における常法の範囲で行えばよい。例えば、培養温度は下限が20℃、又は35℃、そして上限が45℃、又は40℃であればよいが、好ましくは37℃である。培養時の酸素濃度は、例えば、下限が3%、又は5%、そして上限が21%、又は20%とすることができ、21%とすることがより好ましい。培養時の炭酸ガス濃度の下限は0%、0.5%、又は1%が好ましく、上限は10%、9%、8%、7%、6%、又は5%が好ましい。
【0067】
培養時間は、播種した単細胞が凝集塊を形成するまでに要する時間、所望の凝集塊サイズ、形成される凝集塊が安定化する時間、凝集塊を形成させようとする細胞種等により適宜調整することができるが、例えば、下限が24時間、48時間、60時間、又は72時間であれば十分に単細胞を凝集させ細胞凝集塊を形成することができ、そして上限が168時間、144時間、120時間、96時間、84時間、又は78時間であれば、細胞凝集塊の過大化等による生存率や未分化性等の品質低下がなく培養できる。
【0068】
(培養方法)
本工程の浮遊培養において、ガス供給の方法は任意の方法を用いることができ、一般的な培養法で用いられる定法を用いればよい。限定するものではないが、例えば、ガスを細胞培養液の液面上に通気させ供給すればよいし、スパージャーを用いて培養液中でバブリングしてもよいし、培養液の周囲を所望のガスで満たし自然拡散的に供給してもよい。ただし、より好ましいのは培養液の液面上に通気させる方法である。
【0069】
供給ガスの量については、インキュベーターのような培養機器内で細胞を培養する場合であれば、その機器内部を十分満たす量であればよい。また、バイオリアクターのような容器を用いて細胞を培養する場合であれば、容器についているガス供給ポートから通気することになるが、その量は培養体積、培養液面の面積、培養細胞のガス要求性、培養液中のガス移動速度等を勘案して適切に決定すればよい。一例として、BioBLU 1c Single-Use Vessel(Eppendorf社)を用いて培養液量320mLで培養する場合、供給ガス量は例えば0.1L/分、あるいは0.2L/分、あるいは0.3L分が適切である。前記培養液量より増加する場合は供給ガス量を増加させてもよいし、前記培養液量より減少する場合は供給ガス量を減少させてもよい。
【0070】
本浮遊培養工程では、培養環境を一定に保つために、供給する炭酸ガス濃度を、リアクターシステムを用いて制御してもよい。例えば、pHを一定に保つ場合、pHセンサーからのフィードバック制御により炭酸ガス濃度を任意に調整することができる。この際、一定に保つべきpHの値は例えば7.25、7.24、7.23、7.22、7.21、7.20、7.19、7.18、7.17、7.16、7.15、7.14、7.13、7.12、7.11、7.10、7.09、7.08、7.07、7.06、7.05、7.04、7.03、7.02、7.01、7.00、6.99、6.98、6.97、6.96又は6.95とすることができる。これにより、細胞の増殖能や凝集能、生存率等を維持・向上させることが可能となる。
【0071】
本工程の浮遊培養において、培養中の培養液は静置状態、又は流動状態にある。「静置培養」とは、培地を流動させず、つまり容器を静置した状態で、攪拌翼等による攪拌もせずに培養することをいう。静置培養では、細胞が容器の底に沈降集積し、底面をディンプル加工等した容器を用いることで、任意の細胞凝集塊を形成させることが可能である。
【0072】
「流動培養」とは、培地を流動させる条件下で培養することをいう。流動培養の場合、単細胞状態で播種した細胞の凝集を促進するように、また細胞の過凝集を抑制するように培地を流動させる方法が好ましい。そのような培養方法として、例えば、旋回培養法、揺動培養法、撹拌培養法、又はそれらの組み合わせが挙げられる。本発明においては、多数のサイズが制御された細胞凝集塊を低フットプリントで一度に作製するという観点で特に好ましいのは、攪拌方式である。
【0073】
「旋回培養法」(振盪培養法を含む)とは、旋回流による応力(遠心力、求心力)により細胞が一点に集まるように培地が流動する条件で培養する方法をいう。具体的には、細胞を含む培地を収容した培養容器を概ね水平面に沿って円、楕円、扁平した円、扁平した楕円等の閉じた軌道を描くように旋回させることにより行う。
【0074】
旋回速度は特に限定されないが、下限は1rpm、10rpm、50rpm、60rpm、70rpm、80rpm、83rpm、85rpm、又は90rpmとすることができる。一方、上限は200rpm、150rpm、120rpm、115rpm、110rpm、105rpm、100rpm、95rpm、又は90rpmとすることができる。旋回培養に使用するシェーカーの振幅は特に限定されないが、下限は、例えば1mm、10mm、20mm、又は25mmとすることができる。一方、上限は、例えば200mm、100mm、50mm、30mm、又は25mmとすることができる。旋回培養の際の回転半径も特に限定されないが、好ましくは振幅が前記の範囲となるように設定される。回転半径の下限は例えば5mm又は10mmであり、上限は例えば100mm又は50mmとすることができる。特に、細胞凝集塊の形成においては、旋回条件を前記範囲にすることで、適切なサイズの均一な細胞凝集塊を製造することが容易となるため好ましい。
【0075】
「揺動培養法」とは、揺動(ロッキング)撹拌のような直線的な往復運動により培地に揺動流を付与する条件で培養する方法をいう。具体的には、細胞を含む培地を収容した培養容器を概ね水平面に垂直な平面内で揺動させることにより行う。揺動速度は特に限定されないが、例えば1往復を1回とした場合、下限は1分間に2回、4回、6回、8回、又は10回、一方、上限は1分間に15回、20回、25回、又は50回で揺動すればよい。揺動の際、垂直面に対して若干の角度、すなわち揺動角度を培養容器につけることが好ましい。揺動角度は特に限定されないが、例えば、下限は0.1°、2°、4°、6°、又は8°、一方、上限は20°、18°、15°、12°又は10°とすることができる。後述する細胞凝集塊の製造方法等では、揺動条件を前記範囲とすることで、適切なサイズの細胞凝集塊を製造することが容易となるため好ましい。
【0076】
さらに、上記旋回と揺動とを組み合わせた運動により撹拌しながら培養することもできる。
【0077】
「攪拌培養法」とは、攪拌翼により培養液を攪拌し、細胞、及び/又は細胞凝集塊等が培養液中に分散する条件で培養する方法をいう。攪拌は攪拌翼を円を描くように支柱の周りに回転させるものでもよいし、上下に攪拌するものでもよく、特に限定されない。攪拌翼による攪拌により培養中の培地を流動状態にする場合、特に限定されないが、その攪拌速度は下限が1rpm、5rpm、10rpm、20rpm、30rpm、40rpm、50rpm、60rpm、70rpm、80rpm、90rpm、100rpm、110rpm、120rpm、又は130rpmで、上限が200rpm、190rpm、180rpm、170rpm、160pm、150rpm、140rpm、130rpm、120rpm、110rpm、100rpm、90rpm、80rpm、70rpm、60rpm、50rpm、40rpm、又は30pmであることが好ましい。
【0078】
また、攪拌翼のついたリアクターなどを用いた攪拌方式での浮遊培養である「撹拌培養法」においては、培養中の細胞にかかる剪断応力を制御することが好ましい。多能性幹細胞や、成熟した分化細胞を含む動物細胞は、一般的に、他の細胞と比較して物理的ストレスに弱い場合が多い。そのため、攪拌培養に際して細胞に負荷される剪断応力が大きすぎると、細胞が物理的なダメージを受け、増殖能が低下したり、各組織特有の機能が低下したり、細胞凝集塊が崩れ細胞が死滅したり、多能性幹細胞であれば未分化性を維持できなくなったりする場合がある。一方、攪拌培養に際して細胞に負荷される剪断応力が小さすぎると、細胞が過凝集を起こしてしまう場合がある。
【0079】
攪拌培養において細胞に負荷される剪断応力は、限定されないが、例えば翼先端速度に依存する。翼先端速度とは、攪拌翼先端部の周速であり、翼径[m]×円周率×回転数[rps]=翼先端速度[m/s]として求めることができる。なお、翼径が、攪拌翼の先端形状により複数求められる場合には、最も大きな距離とすることができる。
また、翼先端速度は、特に限定されないが、下限は0.05m/s、0.08m/s、0.10m/s、0.13m/s、0.17m/s、0.20m/s、0.23m/s、0.25m/s、又は0.30m/sとすることが好ましい。翼先端速度をこの範囲とすることで、多能性幹細胞の未分化を維持しながら、細胞同士の過凝集を抑制することができる。
【0080】
さらに、翼先端速度は、特に限定されないが、上限は1.37m/s、1.00m/s、0.84m/s、0.50m/s、0.42m/s、0.34m/s、又は0.30m/s以下とすることが好ましい。翼先端速度をこの範囲とすることで、多能性幹細胞の未分化を維持しながら、培養系内の培地流動状態を安定化することができる。また、通常、攪拌速度を早くすることで栄養供給等の観点で好ましい小さいサイズの細胞凝集塊を形成させることができる。
【0081】
また、翼先端速度は攪拌培養中一定でなくてよく、培養中に変更してもよい。例えば、細胞凝集の進行度合いや、細胞増殖に伴い細胞凝集塊は大きくなるが、細胞凝集塊サイズの増大に伴い、攪拌速度を低下させるのが好ましい。例えば、培養の前半と後半で翼先端速度を変更してもよいし、培養24時間毎に翼先端速度を変更してもよい。このように培養中の翼先端速度を変更することで、細胞凝集塊に負荷される剪断応力による細胞へのダメージを小さく維持することができる場合がある。
【0082】
また攪拌培養において、特に限定するものではないが、培養スケールを変更する際はPv一定の式を用いて攪拌翼の回転数を決定すれば良い。Pvとは単位体積当たりの攪拌所要動力のことであり、Pvを同じにすることで異なるスケール間で同様に攪拌培養することができる。Pv一定の式は、単位時間当たりの回転数[rpm、又は、rps]×(翼径[m])2/3=定数と表すことができる。
【0083】
本浮遊培養工程では、培養途中の細胞の一部を取り出し、細胞数や凝集塊サイズを確認することができる。培養中に取り出した細胞の凝集塊を例えば酵素処理で単一細胞にほぐしトリパンブルー法などの方法で生細胞数を測定することができる。あるいは、培養中に取り出した細胞凝集塊の個数やサイズから細胞数を見積もることも可能である。また凝集塊サイズ、あるいは凝集塊体積は、特に限定しないが、レーザー方式によるサイズ測定、画像を取得し画像からサイズを算出する方法等により測定できる。またさらに、浮遊培養中の細胞数は培養液中の溶存酸素濃度から算出することも可能である。
【0084】
本浮遊培養工程で製造される細胞凝集塊のサイズとしては、限定しないが、顕微鏡で観察したとき、同一培養系中の細胞凝集塊の観察像での最大幅のサイズの平均直径が、下限は30μm、40μm、50μm、60μm、70μm、80μm、90μm、又は100μm、一方その上限は500μm、400μm、300μm、250μm、200μm、又は150μmとすることができる。この範囲の細胞凝集塊は、内部の細胞にも酸素や栄養成分が供給され易く細胞の増殖環境として好ましい。特に内部の細胞状態が良く維持でき、高い機能を発揮できると考えられる特に好ましい細胞凝集塊のサイズは、下限が40μm、上限が300μmである。なお、培養液中のすべての凝集塊のサイズが上記範囲内である必要はなく、例えば個数平均サイズが上記範囲内であればよい。
【0085】
本浮遊培養工程で製造される細胞凝集塊の集団のうち、体積平均サイズで下限が30%、40%、50%、60%、70%、75%、80%、85%、90%、95%、98%、又は100%が上記のサイズ範囲内の細胞凝集塊であることが好ましい。
また、本浮遊培養工程で作製した細胞凝集塊の集団を、特定の目開きのフィルター等に通すことで、所望のサイズの細胞凝集塊を選択して取得することができる。
【0086】
また、本浮遊培養工程では、灌流方式により培養系中から除去した培地を用いて、培地中の栄養素や代謝産物の濃度を測定することができる。例えば、限定するものではないが、酵素電極反応を用いた培地成分測定装置を用いて除去培地中のグルコース濃度や乳酸濃度等を測定することが可能である。
【0087】
(浮遊培養した細胞凝集塊の回収)
本工程の浮遊培養で作製した細胞凝集塊は、続く細胞凝集塊の保存工程に供するために回収する。浮遊培養した細胞凝集塊を回収する工程では、常法により培養液と細胞凝集塊とを分離し、分離した細胞凝集塊を回収する。
浮遊培養の工程の後、細胞は凝集塊の状態で培養液中に浮遊した状態で存在する。したがって、細胞凝集塊の回収は、静置状態又は遠心分離により上清の液体成分を除去することで達成できる。また、濾過フィルターや中空糸分離膜等を用いて回収することもできる。静置状態で液体成分を除去する場合、培養液の入った容器を静置状態に5分程度置き、沈降した細胞や細胞凝集塊を残して上清を除去すればよい。また遠心分離は、遠心力によって細胞凝集塊がダメージを受けない遠心加速度と処理時間で行えばよい。
【0088】
例えば、遠心加速度の下限は、細胞凝集塊を沈降できれば特に限定はされないが、例えば50×g、100×g、200×g、300×g、800×g、又は1000×gであればよい。一方、上限は細胞凝集塊が遠心力によるダメージを受けない、又は受けにくい速度であればよく、例えば1200×g、1500×g、又は2000×gであればよい。また処理時間の下限は、上記遠心加速度により細胞凝集塊を沈降できる時間であれば特に限定はされないが、例えば30秒、1分、3分、又は5分であればよい。また、上限は、上記遠心加速度により細胞凝集塊がダメージを受けない、又は受けにくい時間であればよく、例えば20分、10分、8分、6分、又は5分であればよい。
【0089】
フィルトレーションで液体成分を除去する場合、例えば、不織布やメッシュフィルターに培養液を通して濾液を除去し、残った細胞凝集塊を回収すればよい。また、中空糸分離膜で液体成分を除去する場合、例えば、細胞濃縮洗浄システム(カネカ社)のような中空糸分離膜を備えた装置を用いて培養液と細胞凝集塊を分離し、回収すればよい。
【0090】
回収した細胞凝集塊は、必要に応じて洗浄することができる。洗浄方法は、限定しない。洗浄液には、バッファ(PBSバッファを含む)、生理食塩水、次工程で使用する保存液、又は培地(基礎培地が好ましい)を使用すればよい。
【0091】
1-2-2.細胞凝集塊の冷蔵保存工程
「細胞凝集塊の冷蔵保存工程」は、多能性幹細胞、又は多能性幹細胞由来の分化細胞の凝集塊を冷蔵保存液に懸濁し、保存液が凍結しない低温で保存する工程である。なお、細胞凝集塊が本発明の冷蔵保存液中で本発明の温度帯に保持される限り、固定設備内での保存のみならず、保冷車や保冷容器を用いた細胞凝集塊の輸送過程についても、本発明の冷蔵保存工程と見なすことができる。
【0092】
(細胞)
本工程で使用する細胞凝集塊は、前記「1-2-1.細胞凝集塊作製工程」で浮遊培養により作製され回収された細胞凝集塊であることが好ましいが、それに限定されず、例えば他の製造方法によって作製された細胞凝集塊であっても良い。本工程で使用する細胞凝集塊のサイズは、限定しないが、顕微鏡で観察したとき、同一培養系中の細胞凝集塊の観察像での最大幅のサイズの平均直径が、下限は30μm、40μm、50μm、60μm、70μm、80μm、90μm、又は100μm、一方その上限は500μm、400μm、300μm、250μm、200μm、又は150μmとすることができる。この範囲の細胞凝集塊は、内部の細胞にも冷蔵保存液が均一に浸透しやすく、保存効率が向上するため好ましい。なお、培養液中のすべての凝集塊のサイズが上記範囲内である必要はなく、例えば個数平均サイズが上記範囲内であればよい。本浮遊培養工程で製造される細胞凝集塊の集団のうち、体積平均サイズで下限が30%、40%、50%、60%、70%、75%、80%、85%、90%、95%、98%、又は100%が上記のサイズ範囲内の細胞凝集塊であることが好ましい。
【0093】
(容器)
冷蔵保存液に懸濁した細胞凝集塊を充填し保存する容器は、特に限定されないが、密閉できるタイプの容器が好ましい。形態は、例えばバイアル型、バッグ型、チューブ型、シリンジ型等を用いることができ、市販の保存容器を用いることができる。市販の容器としては例えば、Nuncクライオチューブ(サーモフィッシャーサイエンティフィック社)、Nalgeneクライオバイアル(サーモフィッシャーサイエンティフィック社)、Bi.File ジャケットチューブ(エフ・シー・アール・アンドバイオ株式会社)等を用いることができる。容器の容量は、特に限定はしないが、細胞を懸濁した保存液を十分量充填できればよく、例えばその下限は0.1mL、0.5mL、又は1.0mLとすることができ、上限は1000mL、500mL、100mL、50mL、10mL、又は5mLとすることができる。
【0094】
(保存液)
細胞凝集塊を懸濁する保存液は、前述の「1-1.用語の定義」における「冷蔵保存液」の項で記載したように、ナトリウム塩、カリウム塩及びカルシウム塩を含む溶液であり、細胞凝集塊を冷蔵保存できるものを用いればよい。
本発明に使用されるナトリウム塩、カリウム塩及びカルシウム塩の種類は特に限定しない。それぞれの塩は、一種類の塩からなってもよく、複数種類の塩からなってもよい。それぞれの塩の具体例は用語の定義にて上述した通りであるが、それらに限定されない。
【0095】
本発明で使用する保存液に含まれる塩として、さらに塩化物を含むことができる。ナトリウム塩、カリウム塩及びカルシウム塩のいずれでもない塩として塩化物を含んでも、それらの塩の一以上が塩化物を含んでも、それらの塩全てが塩化物を含んでもよい。また、例えば、ナトリウム塩、カリウム塩及び前記カルシウム塩のいずれか一以上が塩化物であってもよい。塩化物の具体例は用語の定義にて上述した通りであるが、それらに限定されない。
【0096】
本発明で使用する保存液に含まれるナトリウム塩及び塩化物の濃度はいずれも特に限定しないが、それぞれ、例えば、30mM以上、35mM以上、40mM以上、45mM以上、50mM以上、60mM以上、70mM以上、75mM以上、77mM以上、80mM以上、85mM以上、90mM以上、100mM以上、109mM以上、110mM以上、115mM以上、120mM以上、125mM以上、126mM以上、127mM以上、128mM以上、129mM以上、又は130mM以上である。また、ナトリウム塩の濃度の上限は、例えば、160mM以下、155mM以下、154mM以下、150mM以下、147.5mM以下である。また、塩化物の濃度の上限は、例えば、180mM以下、170mM以下、165mM以下、160mM以下である。溶液中のナトリウム塩及び塩化物の電解質濃度は、それぞれ1mM=1mEq/Lにより算出することができる。
【0097】
本発明で使用する保存液に含まれるカリウム塩の濃度は特に限定しないが、例えば、0.5mM以上、1mM以上、1.5mM以上、2mM以上、2.5mM以上、3mM以上、3.5mM以上である。また、カリウム塩の濃度の上限は、例えば、40mM以下、35mM以下、30mM以下、25mM以下、20mM以下、15mM以下、10mM以下、8mM以下、7.5mM以下、7mM以下、6mM以下、又は5mM以下である。溶液中のカリウム塩の電解質濃度は、1mM=1mEq/Lにより算出することができる。
【0098】
本発明で使用する保存液に含まれるカルシウム塩の濃度は特に限定しないが、例えば、0.1mM以上、0.5mM以上、又は1mM以上である。また、カルシウム塩の濃度の上限は、例えば、10mM以下、8mM以下、7mM以下、6mM以下、5mM以下、4mM以下、3mM以下、2.5mM以下である。溶液中のカルシウム塩の電解質濃度は、1mM=2mEq/Lにより算出することができる。
【0099】
本発明で使用する保存液に含まれるナトリウム塩、カリウム塩及びカルシウム塩の濃度比は特に限定しない。ナトリウム塩の電解質濃度は、例えば、カルシウム塩を1とした場合に10~100、20~90、30~80、35~70、36~60、36.5~50、37~49、40~48、42~47、又は43~46.7である。また、カリウム塩の電解質濃度は、例えば、カルシウム塩を1とした場合に0.1~10、0.25~7.5、0.5~7、0.6~5、0.7~4、0.8~3、0.875~2、0.9~1.75、1~1.6、1.1~1.5、又は1.2~1.4である。
【0100】
塩化物とナトリウム塩の濃度比は特に限定しないが、例えば、塩化物イオンの濃度は、ナトリウムイオン濃度を1とした場合に0.5~1.5、0.75~1、0.8~1.09、0.81~1.08、0.82~1.07、又は0.83~1.06である。
【0101】
本発明で使用する保存液のpHは、保存する細胞が生存可能であれば特に限定しない。具体的なpHは、例えば、3.5~8.5、4~8、4.5~7.5、又は5~7.5である。
【0102】
本発明で使用する保存液の浸透圧は、保存する細胞が生存可能であれば特に限定しない。例えば、低張液(250mOsm/L未満)、等張液(250~380mOsm/L)、又は高張液(380mOsm/Lを超える)であることができる。具体的な浸透圧は、例えば、150mOsm/L~750mOsm/L、200mOsm/L~700mOsm/L、250mOsm/L~650mOsm/L、250mOsm/L~610mOsm/L、250mOsm/L~550mOsm/L、250mOsm/L~500mOsm/L、250mOsm/L~450mOsm/L、250mOsm/L~400mOsm/L、250mOsm/L~250mOsm/L、250mOsm/L~350mOsm/L、250mOsm/L~310mOsm/L、250mOsm/L~300mOsm/L、250mOsm/L~280mOsm/L、又は250mOsm/L~270mOsm/Lである。浸透圧は、生理食塩水(例えば、306mOsm/L)との浸透圧比で表されてもよい。
【0103】
本発明で使用する保存液の粘度は、保存する細胞が生存可能であれば特に限定しない。例えば、細胞の懸濁及び/又は保存時の温度において8mPas以上であることが好ましく、18mPas以下であることが好ましい。非凍結保存液の粘度は、例えば、TV-20形粘度計(東機産業社)を用いて回転数10rpmで測定することができる。
【0104】
また、本発明で使用する保存液は、これらの塩以外に、任意の他の塩を追加で含むことができる。具体的には、例えば、乳酸塩、酢酸塩、炭酸塩、炭酸水素塩、リン酸塩、リン酸一水素塩、リン酸二水素塩、硫酸塩、クエン酸塩、グルコン酸塩、コハク酸塩、塩酸塩、硝酸塩、シュウ酸塩、ホウ酸塩、マグネシウム塩、亜鉛塩及びその水和物等が挙げられる。
【0105】
また、保存液は細胞の性質や特性、治療効果等に大きな影響を与えうると考えられる分化誘導因子や活性をもつタンパク成分等は含まないことが好ましい。
本発明で使用する保存液は、自ら調製したものであっても、市販のものであってもよい。本発明の保存液として利用可能な成分の具体例は上述した通りであるが、これらに限定されない。例えば、保存液として好ましくはリンゲル液をそのまま、あるいはリンゲル液にさらに後述するような成分を添加して使用することができる。リンゲル液は、典型的には、ナトリウム塩、カリウム塩及びカルシウム塩の全てが塩化物を含み、浸透圧が150~750mOsm/L(例えば、260mOsm/L)、pHが3.5~8.5であり、ナトリウム塩の電解質濃度が125~150mEq/L、カリウム塩及びカルシウム塩の電解質濃度がそれぞれ2.5~5mEq/L、塩化物の電解質濃度が105~160mEq/Lの溶液である。
【0106】
また、溶液として、リンゲル基礎液や、ナトリウム塩濃度が塩化物濃度より高いリンゲル液、例えば、乳酸リンゲル液、酢酸リンゲル液、重炭酸リンゲル液、又はそれらの組合せ、あるいはそれらに追加の任意の成分を足したものを使用することができる。市販のものとしては、例えば、リンゲル液「フソー」(扶桑薬品工業(組成等は2011年3月改定(第7番)添付文書を参照))等のリンゲル基礎液、ニソリ輸液(ファイザー(組成等は2013年1月改定(第10版)添付文書を参照))、ラクテックD輸液(大塚製薬工場(組成等は2012年4月改定(第9番)添付文書を参照))又はラクトリンゲルS注「フソー」(扶桑薬品工業(組成等は2012年4月改定(第12版)添付文書を参照))等の乳酸リンゲル液、ヴィーン(登録商標)D輸液(扶桑薬品工業(組成等は2017年8月改定(第2版)添付文書を参照))又はフィジオ140輸液(大塚製薬工場(組成等は2011年4月改定(第9版)添付文書を参照))等の酢酸リンゲル液、ビカネイト(登録商標)輸液(大塚製薬工場(組成等は2011年4月改訂(第2版)添付文書を参照))又はビカーボン輸液(陽進堂(組成等は2016年10月改訂(第3版)添付文書を参照))等の重炭酸リンゲル液を挙げることができる。
【0107】
また、本発明に用いる保存液には、保存対象が多能性幹細胞である場合には特に、ROCK阻害剤を添加することが好ましい。ROCK阻害剤を添加することで、細胞凝集塊中の細胞の結合を増強し、細胞凝集塊の安定性や生存性を高めることができる。
ROCK阻害剤の濃度の上限は、特に限定されず、細胞死を生じさせない範囲や未分化逸脱を生じさせない範囲、ROCK阻害剤の溶解度等に応じて決定することができる。
例えば、保存液中の終濃度として上限を50μM、40μM、30μM、20μM、又は10μMとすることができる。ROCK阻害剤の濃度の下限は、特に限定されず、十分に細胞凝集塊の増強効果を発揮する濃度に応じて決定することができる。例えば、保存液中の終濃度として下限を0.1μM、1μM、2μM、3μM、5μM、7μM、又は10μMとすることができる。
【0108】
本発明で使用する保存液は、任意の糖をさらに含むことができる。具体的には、例えば、グルコース、スクロース、フルクトース、ソルビトール、マルトース、トレハロース、混合糖(例えばGFX等)又はその組合せ等が挙げられる。ただし、本発明の保存液は特定の糖、例えば、トレハロースの含有量が低いことが好ましく、例えばトレハロースの含有量として、1.5(w/v)%以下、1(w/v)%以下、0.5(w/v)%以下、0.1(w/v)%以下、0.05(w/v)%以下であり、より好ましくはトレハロース非含有である。
【0109】
本発明の保存液は、安定剤(例えば、ポリエチレングリコール等)、緩衝剤(例えば、リン酸塩緩衝液、酢酸ナトリウム緩衝液)、アミノ酸(例えば、グルタミン、アラニン、アスパラギン、セリン、アスパラギン酸、システイン、グルタミン酸、グリシン、プロリン、チロシン、ナイアシン等の非必須アミノ酸)、ビタミン類(例えば、塩化コリン、パントテン酸、葉酸、ニコチンアミド、塩酸ピリドキサル、リボフラビン、塩酸チアミン、アスコルビン酸、ビオチン、イノシトール等)、ヒト血清アルブミン等の添加物を必要に応じて適宜含んでいてもよい。ただし、その添加剤の種類は少ない方がより好ましい。
【0110】
本発明で使用する保存液は細胞製剤としての細胞凝集塊の保存液である場合もある。そのため、対象個体又は細胞等に有害な成分を含まないか、有害な影響を示さない量で含むことが好ましい。例えば、薬学的に許容可能な成分のみを含んでもよい。具体的には、例えば、凍結保護剤非含有であることが好ましい。また例えば、リンゲル液や乳酸リンゲル液のようなリンゲル系の溶液であれば、薬理的に問題がなく生体に直接投与できるため好ましい。
【0111】
「凍結保護剤」とは、凍結保存の際に氷の結晶の生成を抑制する作用を持つ化合物をいう。本明細書における凍結保護剤は凍結防止剤や抗凍結剤を含む。具体的な凍結保護剤としては、例えば、ジメチルスルホキシド(Dimethyl sulfoxide;DMSO)、グリセリン、ポリエチレングリコール(PEG)、エチレングリコール、トリメチレングリコール、ジメチルアセトアミド、ポリビニルピロリドン等が挙げられる。例えば、本発明の非凍結保存液はDMSO非含有であることが好ましい。
【0112】
(細胞密度)
保存液中に懸濁する細胞の密度は、細胞の生存率等の品質を特に低下させる密度や、細胞凝集塊の過凝集を引き起こす密度でなければよく、例えば下限は0.1×10cells/mL、0.2×10cells/mL、0.3×10cells/mL、0.4×10cells/mL、0.5×10cells/mL、0.6×10cells/mL、0.7×10cells/mL、0.8×10cells/mL、0.9×10cells/mL、又は1.0×10cells/mLが好ましく、上限は100×10cells/mL、50×10cells/mL、10×10cells/mL、9×10cells/mL、8×10cells/mL、7×10cells/mL、6×10cells/mL、5×10cells/mL、4×10cells/mL、3×10cells/mL、又は2×10cells/mLが好ましい。
【0113】
(温度)
保存液に細胞凝集塊を懸濁し保存する際の温度は、低温であり、かつ保存液が凍結されない温度であることが好ましい。例えば、0℃以下の環境であっても、添加剤等による凝固点効果が生じており凍結されていない状態であれば、冷蔵保存である。具体的には、例えば-3℃~15℃の範囲である。低温で細胞の活動を抑えることで、細胞の生存率等の品質の低下や、性質や特性の予期せぬ変化を抑制することが可能となる。この時、低温とは、例えばその下限は‐3℃、-2℃。-1℃、0℃、1℃、2℃、3℃である。上限は特に限定されないが、上記理由から例えば15℃、12℃、10℃、9℃、8℃、7℃、6℃、5℃、又は4℃が好ましい。また、このような温度を達成するための方法としては特に限定されないが、例えば氷上での保存、保冷容器での保存、クールインキュベーターでの保存、冷蔵庫での保存等の方法がある。
【0114】
(充填)
細胞凝集塊を懸濁した保存液の保存容器への充填方法は特に限定されないが、例えばマイクロピペットを用いて充填してもよいし、オートピペッターを用いて充填してもよいし、シリンジを用いて充填してもよいし、多連のマイクロピペットを用いて充填してもよいし、自動分注装置を用いて充填してもよい。
【0115】
(保存期間)
保存液に懸濁した細胞凝集塊を保存する期間は、任意である。例えば、その下限は、細胞凝集塊を輸送する際に要する時間分の保存に対応できる時間であればよく、2時間、4時間、8時間、16時間、又は24時間であることが好ましい。また、その上限は、例えば保存液が劣化して細胞凝集塊の品質が低下する時間であればよく、30日、25日、20日、16日、15日、14日、10日、7日、6日、5日、4日、3日であればよい。
【0116】
本工程において保存した細胞凝集塊は、例えば多能性幹細胞や任意の組織の前駆細胞である場合、「1-3-3.冷蔵保存後の細胞凝集塊の培養工程」に示すように再度培養に供すればよい。また、分化細胞である場合、任意の液に置換した後に例えば患者等に投与するために用いてもよいし、保存液のまま患者に投与するために用いてもよい。
【0117】
1-2-3.冷蔵保存後の細胞凝集塊の培養工程
本工程は、選択工程であり任意である。本工程は、「1-2-2.細胞凝集塊の冷蔵保存工程」にて冷蔵保存した後の細胞凝集塊を、浮遊培養することで、細胞凝集塊の増殖を再開させる、あるいは細胞凝集塊の機能を回復、向上させる工程である。本項で特に記載のない浮遊培養条件は「1-2-1.細胞凝集塊作製工程」に記載の条件と同様である。
【0118】
(細胞)
本工程で用いる細胞は、「1-2-2.細胞凝集塊の冷蔵保存工程」にて冷蔵保存した後の細胞凝集塊である。つまり、本工程の浮遊培養に播種する細胞は、「1-2-1.細胞凝集塊作製工程」とは異なり細胞凝集塊である。保存液に懸濁されている細胞凝集塊は、常法により保存液と細胞凝集塊を分離し所望の培地に懸濁した後に培養に供してもよく、あるいは、保存液と分離せず保存液ごと所望の培地と混合して培養に供してもよい。
【0119】
(培養)
本工程で再培養する細胞凝集塊は、多能性幹細胞や各組織細胞の前駆細胞である場合、非凍結保存されていた細胞凝集塊の形態のまま、分化誘導に供してもよい。分化誘導の方法としては特に限定されず、所望の組織細胞へと分化誘導可能な当該分野の常法を用いればよい。
【0120】
(回収)
本工程で培養する細胞凝集塊は、「1-2-1.細胞凝集塊作製工程」に記載の方法と同様の方法で回収することができる。ただし、「1-2-1.細胞凝集塊作製工程」と異なり、本工程で回収した細胞凝集塊はその後の細胞の所望の利用目的に応じて酵素処理等によって単細胞化を実施してもよい。
【0121】
単一細胞化には、酵素剤及び/又はキレート剤を使用する。酵素剤としては、特に限定しないが、例えば、トリプシン、コラゲナーゼ、プロナーゼ、ヒアルロニダーゼ、エラスターゼの他、市販のAccutase(商標登録)、Accumax(商標登録)、TrypLETMExpress Enzyme(ライフテクノロジーズジャパン株式会社)、TrypLETMSelect Enzyme(ライフテクノロジーズジャパン株式会社)、ディスパーゼ(商標登録)等を利用することができる。キレート剤としては、特に限定しないが、例えば、EDTA,EGTA等を利用することができる。
【0122】
例えば、単一細胞化にトリプシンを使用する場合、溶液中の濃度の下限は、細胞集合体を分散できる濃度であれば特に限定はされないが、例えば0.15体積%、0.18体積%、0.20体積%、又は0.24体積%であればよい。一方、溶液中の濃度の上限は、細胞そのものが溶解される等の影響を受けない濃度であれば特に限定はされないが、0.30体積%、0.28体積%、又は0.25体積%であればよい。
【0123】
また処理時間は、トリプシンの濃度によって左右されるものの、その下限は、トリプシンの作用によって細胞集合体が十分に分散される時間であれば特に限定はされず、例えば3分、5分、8分、10分、12分、又は15分であればよい。一方、処理時間の上限は、トリプシンの作用によって細胞そのものが溶解される等の影響を受けない時間であれば特に限定はされず、例えば30分、28分、25分、22分、20分、又は18分であればよい。
【0124】
なお、市販の剥離剤を使用する場合には、添付のプロトコルに記載の、細胞を分散させて単一状態にできる濃度で使用すればよい。例えば単一細胞化にEDTAを使用する場合、溶液中の濃度の下限は、細胞集合体を分散できる濃度であれば特に限定はされないが、例えば0.01mM、0.1mM、又は0.5mMが好ましい。一方、溶液中の濃度の上限は、細胞そのものが溶解される等の影響を受けない濃度であれば特に限定はされないが、100mM、50mM、10mM、又は5mMが好ましい。なお、単細胞化にあたり酵素剤とキレート剤の両方をそれぞれ少なくとも1種類以上使用することが好ましい。
【0125】
前記酵素剤及び/又はキレート剤による処理後に、細胞凝集塊に対して軽度の応力を加えることで単一細胞化を促進することができる。この応力を加える処理としては、特に限定しないが、例えば、細胞を溶液ごと複数回ピペッティングする方法や、細胞をストレーナーやメッシュに通過させる方法が考えられる。単一細胞化した細胞は、静置又は遠心分離等により剥離剤を含む上清を除去して回収することができる。回収した細胞は、そのまま、又は必要に応じてバッファ(PBSバッファを含む)、生理食塩水、又は培地等で懸濁後、所望の目的に供すればよい。
【実施例0126】
以下、実施例により、本発明に係る細胞凝集塊の製造方法を更に詳細に説明するが、本発明の技術的範囲は以下の実施例に限定されるものではない。
【0127】
(参考例1:ヒトiPS細胞の接着培養)
凍結された状態のヒトiPS細胞1383D6株(京都大学iPS細胞研究所)を解凍後、iMatrix-511(ニッピ社)を0.5μg/cmでコーティングした512cm培養フラスコに、1500cells/cmで播種し、37℃、5%CO雰囲気下で接着培養を行った。培地はStemFit(登録商標)AK02N(味の素社)を使用し、細胞を播種した日を培養0日目とし、培養1日目、培養4日目、培養6日目、培養7日目に全量培地交換を行った。培地量は102mLとした。細胞播種時のみY-27632(富士フイルム和光純薬社)を最終濃度が10μMとなるように培地に添加した。培養8日目に継代のため10μMのY-27632(富士フイルム和光純薬社)を添加したTrypLETMSelect Enzyme(ライフテクノロジーズジャパン株式会社)で細胞を15分間処理し、ピペッティングによって培養面から細胞を剥離しながら単一細胞に分散した。この細胞を最終濃度10μMのY-27632、及び20μMのIWR-1endo(富士フイルム和光純薬社)を含むStemFit(登録商標)AK02N(味の素社)で懸濁し回収した。
【0128】
(製造例1:ヒトiPS細胞の浮遊培養による細胞凝集塊の作製)
参考例1で培養し回収した細胞を、浮遊培養へと播種した。培養容器としてBioBlu 1c Single-Use Vessel(Eppendorf社)を用い、また培養を制御するためのリアクターシステムとしてBioflo(Eppendorf社)を用いた。Biofloに備え付けのpHセンサー、培地灌流用ポンプのキャリブレーションをメーカー指定の方法で行った。培養液量は320mL、培養開始時の細胞密度が2×10cells/mLとなるように細胞を播種し培養を開始した。播種時の培地は終濃度10μMのY-27632、終濃度20μMのIWR-1 endoを添加したStemFit(登録商標)AK02N(味の素社)を使用し、培養中、培養温度は37℃、供給ガス量は0.2L/minを保ち培養液の上面通気を行った。供給ガス中の炭酸ガス濃度は、培養開始時は5%とし、その後、培養液中のpHを7.15付近に維持(pHの低下を抑制)するようにセンサー値からのフィードバック制御で上下変動させて調整しながら減少させた。なお、供給ガスは空気に任意量の炭酸ガスを混合することで調製した。攪拌速度は75pmとした。培養開始した日を培養0日目として、培養1日目に培地を全量交換した。交換後の培地には、終濃度6.9μMのY-27632、終濃度20μMのIWR-1 endo、終濃度1μMのLY333531を添加したStemFit(登録商標)AK02N(味の素社)を使用した。培養2日目に、浮遊培養の培養液を全量回収し、遠心により細胞凝集塊と培地を分離して細胞凝集塊を回収した。このように浮遊攪拌培養により、冷蔵保存に適した均質な質の高い細胞凝集塊集団を簡便に大量に製造することが可能である。
【0129】
(比較例1:PBSによる細胞凝集塊の冷蔵保存)
製造例1で浮遊培養し回収した細胞凝集塊を、細胞密度が5×10cells/mLとなるようにPBSで懸濁し、バイアルに1mLずつ充填し4℃の冷蔵庫で静置して細胞凝集塊の非凍結保存を行った。
【0130】
(実施例1:リンゲル液による細胞凝集塊の冷蔵保存)
製造例1で浮遊培養し回収した細胞凝集塊を、保存液としてリンゲル液を用いたこと以外は比較例1と同様に非凍結保存した。
【0131】
(実施例2:乳酸リンゲル液による細胞凝集塊の冷蔵保存)
製造例1で浮遊培養し回収した細胞凝集塊を、保存液として乳酸リンゲル液を用いたこと以外は比較例1と同様に非凍結保存した。
【0132】
(実施例3:ROCK阻害剤添加乳酸リンゲル液による細胞凝集塊の冷蔵保存)
製造例1で浮遊培養し回収した細胞凝集塊を、保存液として終濃度10μMとなるようにY―27632を添加した乳酸リンゲル液を用いたこと以外は比較例1と同様に非凍結保存した。
【0133】
(評価例1:冷蔵保存後の細胞凝集塊の生存率測定)
比較例1及び実施例1~3でそれぞれ冷蔵保存した細胞凝集塊を、冷蔵保存開始から2日目に回収し、Accutase(イノベーティブセルテクノロジー社)で10分間処理して、ピペッティングによって単細胞化した。この細胞を最終濃度10μMのY-27632を含むStemFit(登録商標)AK02N(味の素社)で懸濁し、NC-200を用いて生存率を測定した。その結果を図1及び表1に示す。
【0134】
【表1】
【0135】
表1に示す通り、ナトリウム塩、カリウム塩及びカルシウム塩を含むリンゲル系の液を用いて細胞凝集塊を冷蔵保存することで、生存率を高く保つことが可能であると示された。
【0136】
(比較例2)
比較例1で冷蔵保存した細胞凝集塊を、冷蔵保存開始から2日目に回収し、浮遊培養に培養開始時の細胞密度が2×10cells/mLとなるように播種した。培養容器として30mLリアクター(ABLE社)を用い、培養液量は30mL、攪拌速度は100rpmとし、37℃、5%CO条件のインキュベーター内で培養を実施した。播種時の培地は終濃度10μMのY-27632、終濃度20μMのIWR-1 endoを添加したStemFit(登録商標)AK02N(味の素社)を使用し、培養開始した日を培養0日目として、培養1日目、培養2日目に培地を全量交換した。培養1日目の培地交換で使用した培地には、終濃度6.9μMのY-27632、終濃度20μMのIWR-1 endo、終濃度1μMのLY333531を添加したStemFit(登録商標)AK02N(味の素社)を使用し、培養2日目の培地交換で使用した培地には、終濃度3μMのY-27632、終濃度20μMのIWR-1 endo、終濃度1μMのLY333531を添加したStemFit(登録商標)AK02N(味の素社)を使用した。
【0137】
(実施例4)
実施例1で冷蔵保存した細胞凝集塊を用いたこと以外は、比較例2と同様に浮遊培養を実施した。
【0138】
(実施例5)
実施例2で冷蔵保存した細胞凝集塊を用いたこと以外は、比較例2と同様に浮遊培養を実施した。
【0139】
(実施例6)
実施例3で冷蔵保存した細胞凝集塊を用いたこと以外は、比較例2と同様に浮遊培養を実施した。
【0140】
(評価例2:冷蔵保存後に浮遊培養した細胞凝集塊の細胞数計測)
比較例2及び実施例4~6でそれぞれ浮遊培養した細胞凝集塊を、培養開始時を0日目として、培養3日目に回収し、Accutase(イノベーティブセルテクノロジー社)で10分間処理して、ピペッティングによって単細胞化した。この細胞を最終濃度10μMのY-27632を含むStemFit(登録商標)AK02N(味の素社)で懸濁し、NC-200(エムエステクノシステムズ社)を用いて回収できた細胞数を測定した。結果を図2及び表2に示す。
【0141】
【表2】
【0142】
表2に示すように、リンゲル系の液を用いて細胞凝集塊を冷蔵保存した条件では、冷蔵保存後に細胞の機能が損なわれておらず、再培養が可能なことが示された。さらに、ROCK阻害剤であるY―27632を併用して細胞凝集塊を冷蔵保存する場合、顕著に細胞の機能を高く保って冷蔵保存できることが示された。また、これらのデータは、再培養での効果のみでなく、例えば冷蔵保存後の多能性幹細胞由来分化細胞を生体投与する際に発揮する機能を高く保てるということも示していると考えられる。
【0143】
(評価例3:冷蔵保存後に浮遊培養した細胞凝集塊の性質評価)
比較例2及び実施例4~6でそれぞれ浮遊培養した細胞凝集塊を、培養開始時を0日目として、培養3日目に回収し、Accutase(イノベーティブセルテクノロジー社)で10分間処理して、ピペッティングによって単細胞化した。この単細胞をeBioscience Foxp3 Transcription factor staining buffer set(サーモフィッシャーサイエンティフィック社)を用いて固定・透過処理・ブロッキングを行った。その後、細胞のサンプルを分けてそれぞれ50μLずつにeBioscience Foxp3 Transcription factor staining buffer set(サーモフィッシャーサイエンティフィック社)付属のBufferを用いて再懸濁した。蛍光標識済抗OCT4、抗SOX2をそれぞれ加えて混合し、またそれぞれ対応するFMOコントロール条件も用意した。4℃、遮光状態で1時間染色した。使用した抗体とその添加量を表3に示した。
【0144】
【表3】
【0145】
そして、3%FBS(ウシ胎仔血清)/PBSで1回洗浄後、セルストレーナーに通過させた細胞をGuava easyCyte 8HT(ルミックス社)にて解析した。FMOコントロールサンプルについて、前記FSC/SSCドットプロットにて抽出した細胞集団において、より蛍光強度が強い細胞集団が0.5%以下となるすべての領域を選択した。抗OCT4、及び抗SOX2で処理したサンプルについて、前記FSC/SSCドットプロットにて抽出した細胞集団において、前記領域内に含まれる細胞の割合を算出し、これをOCT4、及びSOX2が陽性を呈する細胞の比率とした。その結果を図3及び表4に示した。
【0146】
【表4】
【0147】
表4に示すように、未分化マーカーであるOCT4、及びSOX2について、リンゲル系の液を用いて冷蔵保存したでは、いずれも陽性を呈する細胞の比率が非常に高く、一般に維持が難しい性質を維持しつつ冷蔵保存できていることが示された。
図1
図2
図3