(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023173873
(43)【公開日】2023-12-07
(54)【発明の名称】DNA薄膜の製造方法
(51)【国際特許分類】
C07H 21/04 20060101AFI20231130BHJP
C23C 14/28 20060101ALI20231130BHJP
【FI】
C07H21/04
C23C14/28
【審査請求】未請求
【請求項の数】5
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022086392
(22)【出願日】2022-05-26
(71)【出願人】
【識別番号】592218300
【氏名又は名称】学校法人神奈川大学
(71)【出願人】
【識別番号】301023238
【氏名又は名称】国立研究開発法人物質・材料研究機構
(74)【代理人】
【識別番号】100106002
【弁理士】
【氏名又は名称】正林 真之
(74)【代理人】
【識別番号】100120891
【弁理士】
【氏名又は名称】林 一好
(72)【発明者】
【氏名】松木 伸行
(72)【発明者】
【氏名】有賀 克彦
(72)【発明者】
【氏名】鯉沼 秀臣
(72)【発明者】
【氏名】佐藤 知正
(72)【発明者】
【氏名】森 泰蔵
(72)【発明者】
【氏名】南 皓輔
(72)【発明者】
【氏名】村田 朋大
【テーマコード(参考)】
4C057
4K029
【Fターム(参考)】
4C057AA30
4C057BB05
4C057DD01
4C057MM04
4C057MM08
4K029AA06
4K029AA24
4K029BA62
4K029CA01
4K029DB06
4K029DB20
(57)【要約】
【課題】制御性に優れ、良好に薄膜化できるDNA薄膜の製造方法を提供する。
【解決手段】DNAを含むターゲット材料に可視レーザーを照射し、前記ターゲット材料に対向配置される基板の表面にDNA薄膜を形成する、DNA薄膜の製造方法。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
DNAを含むターゲット材料に可視レーザーを照射し、前記ターゲット材料に対向配置される基板の表面にDNA薄膜を形成する、DNA薄膜の製造方法。
【請求項2】
前記ターゲット材料は、さらにグリセロールを含む、請求項1に記載のDNA薄膜の製造方法。
【請求項3】
前記可視レーザーは、可視パルスレーザーである、請求項1に記載のDNA薄膜の製造方法。
【請求項4】
前記DNA薄膜に対するフーリエ変換赤外分光光度計で測定される赤外吸収スペクトルにおいて、核酸塩基由来のピークおよびリン酸骨格由来のピークを有する、請求項1~3のいずれか1項に記載のDNA薄膜の製造方法。
【請求項5】
DNAに結合する蛍光物質を備えるゲルを用いた前記DNA薄膜に対するゲル電気泳動分析において、前記DNA薄膜を構成するDNAに応じた蛍光スペクトルを得る、請求項1~3のいずれか1項に記載のDNA薄膜の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、DNA薄膜の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
生物は、多様な物質の中から目的物質を少ない消費エネルギーで特異的に検出できたり、複雑な化合物を簡単に合成できたりするなど、エネルギー面、機能面で多くの長所があることが知られている。近年、このような生物の優れた機能をより幅広くより積極的に産業に活用しようとする考えが、バイオテクノロジーの発展を受けて高まっており、その対象は食料、化学品だけにとどまることなく、工業や健康・医療、更に環境・エネルギー分野まで広がっている。
【0003】
生物自体の不確定要素を除いて、生物の機能をより安定して効率的に利用する上では、生物機能を担う反応素子を電子システムや機械システムなどの非生物素材と融合させてデバイス化することが必要であり、いわゆるリビングデバイスとして、開発が進められている。
【0004】
このようなリビングデバイスにおいて中核となるものは、対象物質との生化学反応や相互作用を通じて対象物質の検出や変換を行い、生化学的なシグナル(分子立体構造変化、イオン濃度勾配など)やエネルギーを取得する、生物機能素子(以下、反応部ともいう)である。
【0005】
リビングデバイスの反応部である生体機能素子を作製する上では、一般的に、デオキシリボ核酸(DNA)、リボ核酸(RNA)、DNAやRNAのフラグメント、ヌクレオチド、ペプチドなどの生体分子を薄膜状に形成することが行われる。
【0006】
例えば、特許文献1では、陽極と陰極の間に少なくとも1層の有機薄膜を含有し、有機薄膜の少なくとも1層はDNAの薄膜で構成されている、情報記録素子が記載されている。特許文献1では、DNAを溶解した溶液を塗布乾燥してDNAの薄膜を作製している。
【0007】
また、特許文献2では、センシング素子として光応答性DNA薄膜を用いることが提案されている。特許文献2では、DNAの水溶液または疎水処理DNAの有機溶液を用い、スピンコート法、溶媒蒸発法、LB(Langmuir-Blodgett)法、交互吸着法などで光応答性DNA薄膜を作製している。
【0008】
しかしながら、特許文献1~2では、湿式法による成膜方法であるため、他の薄膜材料と多層化を行ってハイブリッド化したり、デバイスの形状に微細加工したりすることは、極めて困難であり、更なる薄膜化を実現することについても容易ではない。また、LB法では、薄膜形成速度や制御性の点で課題が多い。また、色素、指示薬、薬剤などの物質をDNAなどの生体分子に侵入させる場合、湿式法では水分子の介在による静電反発力により、生体分子に侵入可能な物質は正電荷を有する分子に限られるといった制約もある。
【0009】
また、非特許文献1~2では、真空蒸着法、プラズマ重合法、分子線エピタキシー法のような乾式法での有機化合物の薄膜形成技術が報告されている。しかしながら、非特許文献1~2では、これらの手法によりDNAなどの生体分子の薄膜を形成することに関する検討は何らなされていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】特開2007-73556号公報
【特許文献2】特開2003-344286号公報
【非特許文献】
【0011】
【非特許文献1】「有機機能性分子の薄膜化技術」、志村美知子、表面技術 1994年、45巻、12号、1189-1193頁
【非特許文献2】「選択吸着を利用した蒸着重合法によるキラル分子薄膜の作製」、久保野敦史、科学研究費助成事業データベース、23651090研究成果報告書、2013年
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
本発明の目的は、制御性に優れ、良好に薄膜化できるDNA薄膜の製造方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0013】
[1] DNAを含むターゲット材料に可視レーザーを照射し、前記ターゲット材料に対向配置される基板の表面にDNA薄膜を形成する、DNA薄膜の製造方法。
[2] 前記ターゲット材料は、さらにグリセロールを含む、上記[1]に記載のDNA薄膜の製造方法。
[3] 前記可視レーザーは、可視パルスレーザーである、上記[1]または[2]に記載のDNA薄膜の製造方法。
[4] 前記DNA薄膜に対するフーリエ変換赤外分光光度計で測定される赤外吸収スペクトルにおいて、核酸塩基由来のピークおよびリン酸骨格由来のピークを有する、上記[1]~[3]のいずれか1つに記載のDNA薄膜の製造方法。
[5] DNAに結合する蛍光物質を備えるゲルを用いた前記DNA薄膜に対するゲル電気泳動分析において、前記DNA薄膜を構成するDNAに応じた蛍光スペクトルを得る、上記[1]~[3]のいずれか1つに記載のDNA薄膜の製造方法。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、制御性に優れ、良好に薄膜化できるDNA薄膜の製造方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【
図1】
図1は、実施形態のDNA薄膜の製造方法で用いられるDNA薄膜製造装置の一例を示す概略図である。
【
図2】
図2は、実施例1で得られたDNA薄膜を上方から光学顕微鏡で観察した画像である。
【
図3】
図3は、実施例1で得られたDNA薄膜および比較例1で得られたDNA薄膜の紫外可視透過スペクトル結果である。
【
図4】
図4は、実施例1で得られたDNA薄膜および比較例1で得られたDNA薄膜をフーリエ変換赤外分光光度計で測定した赤外吸収スペクトル結果である。
【
図5】
図5は、実施例1で得られたDNA薄膜および比較例1で得られたDNA薄膜をゲル電気泳動分析した結果である。
【
図6】
図6は、実施例2で得られたDNA薄膜を上方から光学顕微鏡で観察した画像である。
【
図7】
図7は、実施例2で得られたDNA薄膜を触針式表面形状測定器で測定した結果である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、実施形態に基づいて詳細に説明する。
【0017】
本発明者らは、従来の湿式法による成膜方法では、他の薄膜材料と多層化を行ってハイブリッド化したり、デバイスの形状に微細加工したりすることは、極めて困難であり、更なる薄膜化を実現することについても容易ではないという課題に着目した。また、DNAにレーザーを照射すると、DNAは破壊されてしまい、DNAの分子構造を維持できない、という課題にも着目した。そして、本発明者らは、鋭意研究を重ねた結果、DNAを含むターゲット材料に可視レーザーを照射することによって、制御性に優れた製造方法で、DNA構造を維持するDNA薄膜を良好に製造できることを見出し、かかる知見に基づき本発明を完成させるに至った。
【0018】
図1は、実施形態のDNA薄膜の製造方法で用いられるDNA薄膜製造装置の一例を示す概略図である。実施形態のDNA薄膜の製造方法で用いられるDNA薄膜製造装置は、実施形態のDNA薄膜の製造方法を行うことができれば特に限定されるものではないが、
図1に示すDNA薄膜製造装置1であることが好ましい。
【0019】
実施形態のDNA薄膜の製造方法は、DNAを含むターゲット材料4に可視レーザー5を照射し、ターゲット材料4に対向配置される基板3の表面にDNA薄膜2を形成する。
【0020】
実施形態のDNA薄膜の製造方法では、ターゲット材料4に可視レーザー5を照射する。可視レーザー5がターゲット材料4に照射されると、ターゲット材料4が加熱されて、ターゲット材料4に含まれるDNAが気化される。気化されたDNAは、反応容器6内を移動し、基板3の表面に到達する。こうして、基板3の表面にDNA薄膜2を形成できる。
【0021】
ターゲット材料4中のDNAが可視レーザーによって気化されても、DNA薄膜2を構成するDNAは、大きく熱変性や分解を生じないことから、DNA薄膜2はDNAに基づく生体機能を有する。DNAの骨格構造や機能などの特性は、DNA薄膜2においても基本的に維持される。
【0022】
このように、実施形態のDNA薄膜の製造方法では、ターゲット材料4に可視レーザー5を照射する。そのため、DNAの分子構造を維持したDNA薄膜2を得ることができる。また、実施形態のDNA薄膜の製造方法では、可視レーザー5の照射を利用することから、制御性に優れ、良好にDNAを薄膜化できる。さらに、DNA薄膜2を他の薄膜材料と多層化を行ってハイブリッド化することが容易になることや、製造条件を調整することで、DNA薄膜2をデバイスの形状に微細加工することや、DNA薄膜2を極薄化することについても容易になる。
【0023】
以下、DNA薄膜製造装置1を用いたDNA薄膜の製造方法について詳細に説明する。
【0024】
図1に示すDNA薄膜製造装置1は、主に、基板3、ターゲット材料4、不図示のレーザー源から照射される可視レーザー5、反応容器6、反応容器6に設けられるレーザー透過窓7、膜厚計8、およびステージ9を備える。反応容器6の内部には、基板3、ターゲット材料4、膜厚計8、およびステージ9が設けられる。
【0025】
反応容器6の下方に設置されるステージ9上には、ターゲット材料4が設けられている。例えば、ターゲット材料4は、シリコンや石英などの基板上に膜の形態で設置される。反応容器6の内部は密閉されている。
【0026】
ターゲット材料4に含まれるDNAの状態は、特に限定されるものではなく、製造されるDNA薄膜の用途、機能などに応じて適宜選択される。好適には、DNA、DNAのフラグメントであることが好ましい。また、DNAは、二重らせん構造を形成可能であればよく、リボ核酸(RNA)を含む構造でもよい。例えば、ターゲット材料4は常温で固形状である。一例として、DNAを純水に溶解して乾燥させることで、常温で固形状のターゲット材料4を得ることができる。
【0027】
ターゲット材料4に含まれるDNAとしては、天然DNAおよび合成DNAのいずれも使用することができ、製造されるDNA薄膜の用途、機能などに応じて、適宜選択される。天然DNAとしては、細菌ウイルスのλファージDNA、大腸菌染色体DNA、仔牛胸腺DNA、サケ精子DNAなどが好ましい。また、合成DNAとしては、ポリ(dA)、ポリ(dT)、ポリ(dG)、ポリ(dC)、ポリ(dA-dT)、ポリ(dG-dC)などを用いて合成装置によって合成可能な合成DNAが好ましい。また、DNAは、塩基配列の異なる種々の合成RNA、相補的塩基対を有するDNA/RNAハイブリッドを含んでもよい。
【0028】
ターゲット材料4に含まれるDNAのサイズとしては、一般的には製造方法の種類に応じて制限されるものの、実施形態のDNA薄膜の製造方法では制限されるものではない。DNAのサイズは、例えば、1bp以上150Gbp以下である。
【0029】
また、ターゲット材料4は、DNAに加えて、さらにグリセロールを含むことが好ましい。ターゲット材料4がグリセロールを含むと、製造されるDNA薄膜の表面粗さ(Rms)を低下できる。そのため、ターゲット材料4中のグリセロールの含有量を調整することで、DNA薄膜の表面粗さ(Rms)を容易に制御できる。
【0030】
また、製造されるDNA薄膜がDNA骨格を有し、DNA薄膜の製造方法の制御性が低下しなければ、ターゲット材料4には、DNAに加えて、レーザー吸収材料などの添加物が含まれてもよい。レーザー吸収材料は、可視レーザーによる加熱効率を向上できる。
【0031】
また、DNA薄膜2に層間化合物を含ませる場合、DNA薄膜を構成するDNAに侵入させる色素、指示薬、薬剤などの物質についても、ターゲット材料4に含まれてもよい。このような物質について、スピンコート法のような湿式法による成膜方法とは異なり、正電荷を有する分子に限られるといった制約はなく、負電荷を有する分子を用いることも可能である。
【0032】
なお、
図1では、DNAに侵入させる物質がターゲット材料4に含まれる例について示しているが、この物質は、ターゲット材料4とは別個に反応容器6内に設けてもよい。この場合、この物質は、可視レーザー5ではなく、高周波誘導加熱や他のレーザーの照射などによって気化され、DNA薄膜2に混入させてもよい。
【0033】
ターゲット材料4に照射して気化させる可視レーザー5は、連続可視レーザー、可視パルスレーザー、周波数変調可視レーザー、振幅数変調可視レーザーであることが好ましく、複数のレーザーを組み合わせて用いてもよいし、1つのレーザーを単独で用いてもよい。そのなかでも、可視レーザー5は、可視パルスレーザーを含むことが好ましく、可視パルスレーザーのみであることがより好ましい。
【0034】
また、可視レーザー5は、500nm以上600nm以下の波長の光であることが好ましい。可視レーザー5が上記範囲内の波長の光であると、DNA薄膜の製造制御性が良好であり、製造されるDNA薄膜中のDNA構造が十分に維持される。また、不図示のレーザー源から照射される可視レーザーに対して、光学フィルターを用いて波長を制御して、波長を上記範囲内に調整してもよい。
【0035】
また、可視レーザー5が可視パルスレーザーである場合、DNA薄膜の製造制御性およびDNA構造の維持を向上する観点から、可視パルスレーザーの出力は、0.5W以上3.5W以下であることが好ましい。また、同様の観点から、可視パルスレーザーの繰り返し周波数は、5Hz以上15Hz以下であることが好ましい。
【0036】
DNA薄膜2を表面に形成する基板3は、反応容器6内でターゲット材料4に対向配置される。
図1に示すように、ターゲット材料4が反応容器6の下方に設けられる場合には、基板3は反応容器の上方に設けられる。
【0037】
基板3には、無機材料、有機材料、またはハイブリット材料などを用いることができ、DNA薄膜2の用途や機能に応じて適宜設定される。好適には、シリコン(シリコンウェハ)、石英などである。また、基板3は、電子デバイスや電子素子でもよい。基板3の形状としては、基板3の表面に良好なDNA薄膜2が形成できれば、平面状に限定されるものではなく、曲面状やメッシュ状でもよい。また、基板3としては、シリコーンオイルのような液状層やゲル状層、もしくはそれらの性状を表面に具備する支持体であってもよい。
【0038】
DNA薄膜の製造時における基板3の温度は、良好な製造制御性および成膜速度でDNA薄膜2を形成する観点から、15℃以上35℃以下であることが好ましい。例えば、反応容器6内に設けられる不図示の加熱器により、基板3の温度を所定範囲内に制御できる。
【0039】
反応容器6内の圧力は、好ましくは1×10-4Pa以下であることが好ましい。上記範囲内の圧力下でDNA薄膜の製造方法が行われると、DNA薄膜2を良好に薄膜化できる。例えば、DNA薄膜製造装置1に設けられる不図示の減圧ポンプにより、反応容器6内の圧力を所定範囲内に制御できる。
【0040】
反応容器6には、反応容器6の外側に設置される不図示のレーザー源から照射された可視レーザー5を透過するレーザー透過窓7が設けられる。例えば、
図1に示すように、レーザー透過窓7は、反応容器6の側壁の一部に設けられる。レーザー源から照射された可視レーザー5は、反応容器6の外部からレーザー透過窓7を透過して反応容器6の内部に進入し、ステージ9上のターゲット材料4に照射される。レーザー透過窓7は、上記したレーザーの波長を制御する光学フィルターで構成されてもよい。
【0041】
可視レーザー5は、ターゲット材料4の表面に対して、スポット状に照射することができる。ターゲット材料4の表面におけるスポット状の照射位置は、ターゲット材料4を搭載するステージ9の回転、可視レーザー5の照射角度や照射位置の変更などによって、適宜変更できる。
【0042】
ターゲット材料を全体的に加熱する場合には、多量のDNAが気化されることによって、反応容器6内の圧力変動が大きくなるため、DNA薄膜の成膜速度の制御が困難になる。一方、上記のように、可視レーザー5をターゲット材料4の表面に対してスポット状に照射し、ターゲット材料4中のDNAを局所的に気化できる。そのため、反応容器6内の圧力変動が小さいことから、DNA薄膜2の成膜速度を容易に制御できる。
【0043】
反応容器6の内部には、膜厚計8が設けられている。膜厚計8は、DNA薄膜2の厚さを測定できる。
【0044】
また、反応容器6の内部には、マスク10が設けられてもよい。マスク10は、DNA薄膜2が形成される側の基板表面の近傍に設けられる。マスク10は、不図示のモーターによって、基板3の表面に対して移動し、基板3の表面の露出状態を制御できる。
【0045】
マスク10で覆われている基板3の表面部分には、DNA薄膜2が堆積されず、マスク10で覆われていない基板3の表面部分には、DNA薄膜2が堆積される。マスク10を基板表面に対して適宜移動することによって、基板3の表面に堆積されるDNA薄膜2の膜厚を制御できる。このような膜厚制御は、コンビナトリアル膜厚傾斜サンプルの製造に好適である。コンビナトリアル膜厚傾斜サンプルとは、1つの基板上に設けられた、任意の膜厚を連続的に変化させた薄膜を備えるサンプルである。
【0046】
また、マスク10の移動や形状、可視レーザー5の照射条件を適宜設定することで、ナノメートルオーダー(例えば100nm2程度)の微細なDNA薄膜を形成できる。また、基板2を大きくすることで、メートルオーダー(例えば100nm2程度)の大型のDNA薄膜を形成できる。さらには、ナノメートルオーダーの微細なDNA薄膜をメートルオーダーのスケールにわたって形成できる。
【0047】
また、
図1では、1つのマスク10が設置されている例を示しているが、2つ以上のマスク10が設置されてもよい。
【0048】
膜厚計8で測定されるDNA薄膜2の厚さが所定範囲内に到達後、可視レーザー5の照射を停止して、DNA薄膜の製造を終了する。また、可視レーザー5の照射を停止後、反応容器6に窒素を供給して、DNA薄膜を窒素処理してもよい。
【0049】
また、用途や機能に応じて、DNA薄膜2を基板3から取り外してもよい。例えば、基板3を溶解する溶液に、DNA薄膜2を備える基板3を投入することで、DNA薄膜2が基板3から取り外される。続いて、溶液中からDNA薄膜2を取り出すことで、DNA薄膜2を得ることができる。
【0050】
また、基板3の表面に設けられているDNA薄膜2を別の基板(転写基板)に転写してもよい。例えば、離型剤を表面に備える基板3を用いる。離型剤の表面にDNA薄膜2を形成した後、離型剤の表面から転写基板の表面にDNA薄膜2を転写する。基板3には、例えばメッシュ状の基板が用いられる。
【0051】
また、得られたDNA薄膜2に対するフーリエ変換赤外分光光度計で測定される赤外吸収スペクトルにおいて、核酸塩基由来のピークおよびリン酸骨格由来のピークを有する。DNA薄膜2は、生体機能を有する。また、DNA薄膜2には、少なくともDNAの鎖長方向で切断されたDNAのフラグメントが含まれており、DNA(切断されていないDNA)が含まれていることが好ましい。核酸塩基由来のピークおよびリン酸骨格由来のピークとは、DNAに由来するものである。具体的には、核酸塩基由来のピークとは、C=Nの伸縮振動、C=Oの伸縮振動、C=Cの伸縮振動に由来するピークであり、リン酸骨格由来のピークとは、PO2
-の伸縮振動に由来するピークである。
【0052】
DNA薄膜2の赤外吸収スペクトルにおいて、核酸塩基由来のピークおよびリン酸骨格由来のピークを有すると、DNA薄膜2は、DNAの基本的な構造を有することから、DNAに基づく生体機能を十分に有する。そのため、リビングデバイスの反応部などに好適に用いられる。
【0053】
また、DNA薄膜2の表面粗さ(Rms)(二乗平均平方根粗さ)は、用途や機能に応じて適宜選択されるが、例えば500.0nm以下である。また、DNA薄膜2の表面粗さ(Rms)は、好ましくは10.0nm以下であり、より好ましくは9.0nm以下、さらに好ましくは7.0nm以下、最も好ましくは5.0nm以下である。DNA薄膜2の表面粗さ(Rms)の下限値としては、DNA薄膜を製造するときに用いる基板3の表面状態に影響されることがあるが、例えば0.1nm以上である。表面粗さ(Rms)が上記範囲内であると、DNA薄膜2の平坦性が良好であるため、リビングデバイスの反応部などに好適に用いられる。
【0054】
また、DNA薄膜2の厚さは、例えば1.0×10-3μm以上1.0×103μm以下、好ましくは0.2μm以上5.0μm以下である。DNA薄膜2の厚さが上記範囲内であると、リビングデバイスの反応部に好適に用いられる。ただし、DNA薄膜2の厚さは、特に限定されるものではなく、用途や機能に応じて適宜選択される。
【0055】
また、DNAに結合する蛍光物質を備えるゲルを用いたDNA薄膜2に対するゲル電気泳動分析において、DNA薄膜2を構成するDNAに応じた蛍光スペクトルを得る。このように、ゲル電気泳動分析において、DNA薄膜2を構成するDNAに応じた蛍光スペクトルが得られることから、DNA薄膜2はDNAの分子構造を安定して維持しているため、リビングデバイスの反応部に好適に用いられる。
【0056】
また、DNA薄膜2は、DNAとDNA中に侵入した物質とを有する層間化合物をさらに含んでもよい。DNA中に侵入する物質は、着色剤、蛍光物質などが好ましい。
【0057】
また、DNA薄膜2の面積は、特に限定されるものではなく、用途や機能に応じて適宜選択される。例えば、DNA薄膜2の面積は、100nm2(例えば10nm×10nm)以上100m2(例えば10m×10m)以下である。このように、DNA薄膜2は、ナノメートルオーダーの微細な薄膜から、メートルオーダーの大型の薄膜まで可能である。また、ナノメートルオーダーの微細なDNA薄膜2をメートルオーダーのスケールにわたって薄膜化できる。
【0058】
上記のように、DNA薄膜2は、DNA骨格を有する。さらには、DNA薄膜は、薄膜化に優れ、生体機能を有する。そのため、DNA薄膜2は、リビングデバイスの反応部などに好適に用いられる。リビングデバイスとしては、生物化学的な反応に基づいて物質を測定するセンサ、生物化学的な反応によりエネルギーや物質の生産を行うリアクタ、生物化学的な反応を使って物質を動かすアクチュエータ、生物化学的な反応を利用して情報を処理するプロセッサなどが好適である。例えばセンサとしては、アンペア測定電気化学的バイオセンサー、カロリー測定、音響、電位差測定、放射線検知センサ、光学およびISFET基礎バイオセンサーなどが好適である。
【0059】
以上説明した実施形態によれば、DNAを含むターゲット材料に可視レーザーを照射することで、制御性に優れた製造方法で、DNA構造を維持するDNA薄膜を良好に製造できる。
【0060】
以上、実施形態について説明したが、本発明は上記実施形態に限定されるものではなく、本発明の概念および特許請求の範囲に含まれるあらゆる態様を含み、本発明の範囲内で種々に改変することができる。
【実施例0061】
次に、実施例および比較例について説明するが、本発明はこれら実施例に限定されるものではない。
【0062】
(実施例1)
図1に示すDNA薄膜製造装置を用い、以下の条件により、基板上にDNA薄膜を作製した。
【0063】
基板:Si基板(100)(n型) (長さ42mm×幅19mm)
系内圧力:4×10-5Pa
ターゲット材料:精製サケ精子DNA(固形状)
基板温度:23℃(室温)
基板とターゲット材料の距離:2~5cm
可視パルスレーザーの波長:532nm
可視パルスレーザーの出力:1.0~3.0W
可視パルスレーザーの繰り返し周波数:10Hz
【0064】
(比較例1)
精製サケ精子DNA20gを精製水1mlに分散させたキャスト液を調製した。続いて、実施例1と同じ基板上に、キャスト液をスピンコート法により塗布した後、23℃(室温)にて1atm(=1013.25hPa)で96時間乾燥させて、DNA薄膜を作製した。なお、DNA薄膜が基板表面全体を覆い且つ最小膜厚となるように、比較例1を行った。
【0065】
図2は、実施例1で得られたDNA薄膜を上方から光学顕微鏡で観察した画像である。
図2において、下側はDNA薄膜表面であり、上側は基板表面を示す。このように、実施例1で得られたDNA薄膜では、DNAが凝集されていることがわかった。また、実施例1で得られたDNA薄膜を触針式表面形状測定器(触針式プロファイリングシステム)で測定した結果、表面粗さ(Rms)は536.6nmであった。また、
図3は、実施例1で得られたDNA薄膜および比較例1で得られたDNA薄膜の紫外可視透過スペクトル結果である。
図3の紫外可視透過スペクトルから、核酸塩基由来のピークである波長260nm近傍にピークを確認した。また、
図4は、実施例1で得られたDNA薄膜および比較例1で得られたDNA薄膜をフーリエ変換赤外分光光度計で測定した赤外吸収スペクトル結果である。
図4の赤外吸収スペクトルから、核酸塩基に由来する1704cm
-1と1667cm
-1のピーク、およびリン酸骨格に由来する1230cm
-1と1076cm
-1と1015cm
-1と967cm
-1のピークを確認した。これらの結果から、実施例1で得られたDNA薄膜について、DNAの構造を保持していることがわかった。また、
図5は、実施例1で得られたDNA薄膜および比較例1で得られたDNA薄膜をゲル電気泳動分析した結果である。
図5の結果から、実施例1で得られたDNA薄膜の蛍光分布は、原料DNAと同様の挙動であった。
【0066】
(実施例2)
固形状のターゲット材料にグリセロールを加えたこと以外は実施例1と同様にして基板上にDNA薄膜を作製した後、反応容器に窒素を供給してDNA薄膜を窒素処理することで、DNA薄膜を作製した。
【0067】
図6は、実施例2で得られたDNA薄膜を上方から光学顕微鏡で観察した画像である。
図6において、右側はDNA薄膜表面であり、左側は基板表面を示す。また、
図7は、実施例2で得られたDNA薄膜を触針式表面形状測定器で測定した結果である。実施例1に比べて、実施例2で得られたDNA薄膜の表面粗さ(Rms)を小さくできたことから、実施例2では、DNA薄膜をさらに平坦化できた。このように、グリセロールを含むターゲット材料を用いることで、DNA薄膜の表面粗さ(Rms)を容易に制御できた。
【0068】
以上の実施例から、DNA骨格を有するDNA薄膜を精度よく良好に薄膜化することができた。さらには、DNA薄膜の表面粗さを容易に制御することができた。例えば、表面粗さが小さいDNA薄膜は、反射率が小さいことから、オプティカルデバイスなどに好適に応用可能であり、表面粗さが大きいDNA薄膜は、表面積が大きいことから、センサなどに好適に応用可能であることが示唆された。