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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023173908
(43)【公開日】2023-12-07
(54)【発明の名称】ペプチドの製造方法及び製造装置
(51)【国際特許分類】
   C07K 1/13 20060101AFI20231130BHJP
   C07K 1/04 20060101ALI20231130BHJP
   C08G 69/36 20060101ALI20231130BHJP
   G01N 21/27 20060101ALI20231130BHJP
【FI】
C07K1/13 ZNA
C07K1/04
C08G69/36
G01N21/27 A
【審査請求】未請求
【請求項の数】9
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022086460
(22)【出願日】2022-05-26
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構生物系特定産業技術研究支援センター「スタートアップ総合支援プログラム(SBIR支援)」、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(71)【出願人】
【識別番号】304036754
【氏名又は名称】国立大学法人山形大学
(74)【代理人】
【識別番号】100170874
【弁理士】
【氏名又は名称】塩川 和哉
(74)【代理人】
【識別番号】100160543
【弁理士】
【氏名又は名称】河野上 正晴
(74)【代理人】
【識別番号】100196209
【弁理士】
【氏名又は名称】松崎 義邦
(74)【代理人】
【識別番号】100196829
【弁理士】
【氏名又は名称】中澤 言一
(72)【発明者】
【氏名】今野 博行
【テーマコード(参考)】
2G059
4H045
4J001
【Fターム(参考)】
2G059AA03
2G059AA05
2G059BB20
2G059DD12
2G059DD16
2G059EE01
2G059EE02
2G059FF01
2G059FF05
2G059FF12
2G059KK04
2G059MM05
2G059MM09
2G059MM12
4H045AA10
4H045AA20
4H045BA10
4H045EA20
4H045EA34
4H045EA50
4H045FA34
4J001DA01
4J001DB04
4J001DD13
4J001EA33
4J001EA34
4J001EA35
4J001EA36
4J001FA07
4J001FA08
4J001FB01
4J001FC01
4J001GA20
4J001GB01
4J001GB11
4J001GD10
4J001GE01
4J001JA20
(57)【要約】
【課題】 本発明は、大量の反応試薬を用いる必要がなく、かつ高い収率でペプチドを製造することができる製造方法及び製造装置を提供することを目的とする。
【解決手段】 本発明は、自動合成装置を用いた固相合成法によるペプチドの製造方法であって、保護基を有するアミノ酸を反応系内に供給して、ペプチドの末端アミノ基と反応させる、ペプチド伸長工程、前記ペプチド伸長工程の後に、前記ペプチドの末端アミノ基と可逆的に反応して着色させることができる検査試薬を前記反応系内に供給する、反応確認工程、及び前記反応確認工程後に、脱保護剤を前記反応系内に供給する、脱保護工程を繰り返すことを含む、ペプチドの製造方法及びその製造方法を実行するためのペプチドの自動合成装置に関する。
【選択図】 図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
自動合成装置を用いた固相合成法によるペプチドの製造方法であって、
保護基を有するアミノ酸を反応系内に供給して、ペプチドの末端アミノ基と反応させる、ペプチド伸長工程、
前記ペプチド伸長工程の後に、前記ペプチドの末端アミノ基と可逆的に反応して着色させることができる検査試薬を前記反応系内に供給する、反応確認工程、及び
前記反応確認工程後に、脱保護剤を前記反応系内に供給する、脱保護工程
を繰り返すことを含む、ペプチドの製造方法。
【請求項2】
前記ペプチド伸長工程において、前記反応の化学量論量の3.0倍以下の量で、前記アミノ酸を供給する、請求項1に記載のペプチドの製造方法。
【請求項3】
前記反応確認工程の後に反応液が着色していたら、前記ペプチド伸長工程をさらに繰り返す、請求項1に記載のペプチドの製造方法。
【請求項4】
前記ペプチド伸長工程の後で、かつ前記反応確認工程の前に、前記反応系内を洗い出す第1の洗浄工程を含み、かつ
前記反応確認工程の後で、かつ前記脱保護工程の前に、前記反応系内を洗い出す第3の洗浄工程を含まない、請求項1に記載のペプチドの製造方法。
【請求項5】
前記脱保護工程の後に、前記反応系内を洗い出す第4の洗浄工程を含み、かつさらに前記ペプチドの末端アミノ基と可逆的に反応して着色させることができる検査試薬を前記反応系内に供給する、脱保護確認工程を含む、請求項1に記載のペプチドの製造方法。
【請求項6】
Fmoc法である、請求項1に記載のペプチドの製造方法。
【請求項7】
前記検査試薬が、N-ヒドロキシ環状イミド骨格を有する化合物である、請求項1に記載のペプチドの製造方法。
【請求項8】
請求項1~7のいずれか一項に記載の製造方法を実行するためのペプチドの自動合成装置であって、
光学的に透明な窓を有する反応容器、
前記反応容器に試薬を供給する複数の試薬供給容器、
前記窓から反応容器の内部の色を観察するための光学機器、及び
これらを制御するための制御機器、
を具備する、ペプチドの自動合成装置。
【請求項9】
前記反応容器が、前記検査試薬の供給位置に対応する位置に前記窓を有する、請求項8に記載の装置。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ペプチドの製造方法及び製造装置に関する。
【背景技術】
【0002】
アミノ酸のポリマーであるペプチドは、医薬品、機能性材料等として利用価値が高く、近年、最も注目されている化合物群である。
【0003】
ペプチドの化学合成方法として、固相合成法が知られている。固相合成法では、伸長させるペプチド鎖の他端を、樹脂担体に結合させた上で、伸長中のペプチド鎖のアミノ基に、新たに添加されたアミノ酸のカルボキシ基を連結させてアミド結合を形成し、ペプチド鎖を伸長させていく。そして、目的のペプチドが得られた後に、ペプチドを担体から分離させる。
【0004】
伸長反応の際には、アミド結合に使用される官能基以外の反応性の官能基を、保護基により保護しておくことで、副反応を抑えながらペプチド鎖を伸長させる。より詳細には、新たに添加されるアミノ酸のアミノ基を保護基で保護しておき、そのアミノ酸がペプチド鎖と連結した後に、保護基を除去する(脱保護)。このようにして露出されたアミノ基が、次に添加される新たなアミノ酸のカルボキシ基と連結される。これを繰り返すことによりペプチド鎖を伸長させていく。
【0005】
このようなペプチドの合成を実験室等で手動で行う場合には、ペプチド鎖末端のアミノ基と添加されたアミノ酸のカルボキシ基との縮合反応が終了しているかどうかを、カイザーテストと呼ばれる方法で確認することができる。カイザーテストとは、固相上でニンヒドリン反応を行い、末端アミノ基の残存を検出するという分析法である。ニンヒドリンは、末端アミノ基と反応してルーエマン紫という色素を生成するが、反応が終了している場合には、その色素が生成されないため、ニンヒドリンを加えても無色である場合には、反応が完了している目安となる。
【0006】
このカイザーテストは、検査試薬であるニンヒドリンが第一級アミノ基と特定の第二級アミノ基としか反応できず、プロリン、N-メチルアミノ酸等の第二級アミノ基には反応させることができない。また、カイザーテストは、ニンヒドリンを反応させるのに高温に加熱して5分程度の時間が必要であり、かつ使用したサンプルを再利用できない破壊試験であるという課題がある。カイザーテストが破壊試験となるのは、ニンヒドリンをペプチドの末端アミノ基に共有結合させる必要があり、その結合は可逆的には反応しないためである。
【0007】
それに対して、近年、カイザーテストに変わる新たな試験方法が提案された(非特許文献1)。この方法で用いる検査試薬によれば、第一級アミノ基及び第二級アミノ基のすべてと反応できるだけではなく、第三級アミノ基とも反応することができる。また、この試薬は、ペプチドと可逆的に反応することができるため、この試験方法は、試験に用いたペプチドを再利用することができる非破壊試験となり、その結果、カイザーテストと比較して、ペプチドの収率を高めることができる。ペプチドは、非常に高価であるため、この試験方法は、非常に有効である。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】Rio Suzuki et al.,Org.Lett.2020,22,3309~3312
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
ペプチドの合成を手動で行うのは実験室レベルの場合であり、ペプチドの合成は、通常は、市販されているペプチドの自動合成装置を用いて行われる。自動合成装置は、上記のような反応を短時間、高精度、かつ簡単な操作で行うことができる。
【0010】
ペプチドの自動合成装置では、アミノ酸の縮合反応の都度、内部からペプチドを取り出してカイザーテストを行ってはいない。そのため、自動合成装置では、脱保護時に生じる保護基をUV検出して、縮合反応を間接的にモニタリングしている。したがって、現行の自動合成装置では、アミノ酸とペプチドとの縮合反応のモニタリングを高い精度で定量的に行うことができず、大量の反応試薬を用いて、マイクロ波加熱で反応を進行させることによって、収率の向上を図っている。
【0011】
本発明は、大量の反応試薬を用いる必要がなく、かつ高い収率でペプチドを製造することができる製造方法及び製造装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者らは、以下の態様により、上記課題を解決できることを見出した。
《態様1》
自動合成装置を用いた固相合成法によるペプチドの製造方法であって、
保護基を有するアミノ酸を反応系内に供給して、ペプチドの末端アミノ基と反応させる、ペプチド伸長工程、
前記ペプチド伸長工程の後に、前記ペプチドの末端アミノ基と可逆的に反応して着色させることができる検査試薬を前記反応系内に供給する、反応確認工程、及び
前記反応確認工程後に、脱保護剤を前記反応系内に供給する、脱保護工程
を繰り返すことを含む、ペプチドの製造方法。
《態様2》
前記ペプチド伸長工程において、前記反応の化学量論量の3.0倍以下の量で、前記アミノ酸を供給する、態様1に記載のペプチドの製造方法。
《態様3》
前記反応確認工程の後に反応液が着色していたら、前記ペプチド伸長工程をさらに繰り返す、態様1又は2に記載のペプチドの製造方法。
《態様4》
前記ペプチド伸長工程の後で、かつ前記反応確認工程の前に、前記反応系内を洗い出す第1の洗浄工程を含み、かつ
前記反応確認工程の後で、かつ前記脱保護工程の前に、前記反応系内を洗い出す第3の洗浄工程を含まない、態様1~3のいずれか一項に記載のペプチドの製造方法。
《態様5》
前記脱保護工程の後に、前記反応系内を洗い出す第4の洗浄工程を含み、かつさらに前記ペプチドの末端アミノ基と可逆的に反応して着色させることができる検査試薬を前記反応系内に供給する、脱保護確認工程を含む、態様1~4のいずれか一項に記載のペプチドの製造方法。
《態様6》
Fmoc法である、態様1~5のいずれか一項に記載のペプチドの製造方法。
《態様7》
前記検査試薬が、N-ヒドロキシ環状イミド骨格を有する化合物である、態様1~6のいずれか一項に記載のペプチドの製造方法。
《態様8》
態様1~7のいずれか一項に記載の製造方法を実行するためのペプチドの自動合成装置であって、
光学的に透明な窓を有する反応容器、
前記反応容器に試薬を供給する複数の試薬供給容器、
前記窓から反応容器の内部の色を観察するための光学機器、及び
これらを制御するための制御機器、
を具備する、ペプチドの自動合成装置。
《態様9》
前記反応容器が、前記検査試薬の供給位置に対応する位置に前記窓を有する、態様8に記載の装置。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、大量の反応試薬を用いる必要がなく、かつ高い収率でペプチドを製造することができる製造方法及び製造装置を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
図1図1は、本発明の製造方法の1つの実施形態についてのフローチャートを概略的に示している。
図2図2は、本発明の製造装置の1つの実施形態を概略的に示している。
【発明を実施するための形態】
【0015】
《ペプチドの製造方法》
本発明の方法は、自動合成装置を用いた固相合成法によるペプチドの製造方法であって、保護基を有するアミノ酸を反応系内に供給して、ペプチドの末端アミノ基と縮合反応させる、ペプチド伸長工程、前記ペプチド伸長工程の後に、前記ペプチドの末端アミノ基と可逆的に反応して着色させることができる検査試薬を前記反応系内に供給する、反応確認工程、及び前記着色試薬供給工程後に、反応液が着色していない状態で脱保護剤を供給する、脱保護工程を繰り返すことを含む。
【0016】
本発明の方法によれば、ペプチドの自動合成装置において、アミノ酸とペプチドとの縮合反応の反応率を定量的にモニタリングすることができる。上記のような検査試薬を反応系内に供給すると、縮合反応が終わっていれば、ペプチドの末端アミノ基には保護基が結合しているため、末端アミノ基が存在していないためペプチドは着色しない。一方で、縮合反応が終わっていない場合には、ペプチドの末端にはアミノ基が存在しているため、検査試薬によってペプチドが着色される。ここで、検査試薬と供給されるアミノ酸との反応率(カイザーテストによる反応率)と色(光の反射率又は透過率)との検量線を事前に作成しておくことで、反応系内の色調を調べれば、反応率を定量的に観測することができる。
【0017】
しかも、この検査試薬は、溶剤を反応系に供給することによって簡単に洗い出すことができ、市販の自動合成装置でこの工程を簡単に組み込むことができる。
【0018】
さらに、従来の自動合成装置では、アミノ酸等の反応試薬を、縮合反応の化学量論量の5~10倍程度投入し、数分間のマイクロ波加熱を行うことによって、縮合反応を完了させていたが、本発明の方法によれば、アミノ酸等の反応試薬を大量に使用しないで、初期には反応試薬の量を化学量論量の1.0倍~3.0倍程度の量にしておいて、反応率をモニタリングして反応が完了していない場合には、さらに反応試薬を投入してペプチド伸長工程を行うということが可能になった。
【0019】
これにより、本発明の方法は、未反応の反応試薬を大量に廃棄する従来の方法と比較して、大幅なコスト削減が可能になった。具体的には、アミノ酸残基数が10のペプチドの場合で、本発明の方法を用いれば、従来の方法と比較して、合成にかかるコストを約80%削減という大幅なコストダウンが可能となることが分かった。ペプチドの合成は、コストが非常に掛かるというのが従来の大きな課題であったが、本発明の方法は、その極めて重要なブレイクスルーとなることが分かった。
【0020】
本明細書において、ペプチドとは、一方のアミノ酸のカルボキシ基と他方のアミノ酸のアミノ基とを結合させた3つ以上のアミノ酸からなる小さなタンパク質をいう。ペプチドの合成は、アミノ酸分子を反応系に繰り返し添加する工程を含み、例えば、ペプチド医薬品は、アミノ酸分子を5~30回、特に10~20回程度、繰り返して反応させて製造されることが通常である。本明細書において、自動合成装置とは、アミノ酸の添加を自動で制御して行う装置をいい、自動合成装置は、溶媒等も自動で添加して反応系内の洗浄を自動で行うことができることが好ましい。
【0021】
本明細書において、固相合成法とは、本分野において周知のペプチド合成法のとおりであり、固体担体にリンカー分子を介して固定されているペプチドの末端アミノ基に対して、アミノ酸を添加して反応させる合成法をいう。
【0022】
図1に本発明の方法の概略的なフローチャートを示す。
【0023】
〈開始〉
ペプチドの合成開始時では、出発アミノ酸を、必要に応じてリンカー分子を介して固体担体に結合させることができる。これにより、ペプチドのいわゆるC末端が保護される。この固体担体-(リンカー分子-)出発アミノ酸の組合せは、市販されており、それを用いてもよい。この製法方法の開始時においては、このペプチド伸長工程は、ペプチドの末端アミノ基ではなく、固体担体-(リンカー分子-)出発アミノ酸のアミノ基と反応させることができる。また、ペプチド伸長工程に移る前に、固体担体を溶媒で膨潤させる等の本分野で周知の準備工程を含むことができる。
【0024】
固体担体としては、ペプチドの固相合成に用いられる周知の固体担体を用いることができ、例えば、ポリスチレン系樹脂、ポリアクリルアミド系樹脂、ポリエチレングリコール系樹脂、ガラス、多糖(例えば、セルロース、アガロース)等を挙げることができる。固体担体は、多孔質であることができ、例えば、ビーズ、粒子、繊維の形態または他のいずれかの適した形態となることができる。
【0025】
リンカー分子も、ペプチドの固相合成に用いられる周知のリンカー分子を用いることができる。例えば、リンカー分子は、最終的にペプチドが固体担体から脱離することにより、C末端において遊離酸又は遊離アミドを提供するように設計される。リンカー分子は、4-ヒドロキシメチルフェノキシアセチル-4’-メチルベンジヒドリルアミンのようなペプチド酸、又はベンズヒドリルアミン誘導体のようなペプチドアミド、2-クロロトリルクロライド、4-(α-[2,4-ジメトキシフェニル]Fmoc-アミノメチル)フェノキシ等が挙げられる。
【0026】
出発アミノ酸については、下記のペプチド伸長工程で用いるアミノ酸と同様のものを使用することができる。
【0027】
〈ペプチド伸長工程〉
本発明の方法は、保護基を有するアミノ酸を反応系内に供給して、ペプチドの末端アミノ基と反応させる、ペプチド伸長工程を含む。アミノ酸のカルボキシ基とアミノ基とを縮合反応させて、ペプチド結合を形成することができる。
【0028】
アミノ酸は、ペプチドの合成に用いられる周知のアミノ酸を用いることができ、アミノ末端において保護基(主鎖保護基)を有しており、また側鎖においても側鎖保護基を有していてもよい。
【0029】
保護基とは、例えばアミノ基、カルボキシ基、ヒドロキシ基等の反応性の高い官能基を一時的に保護する目的で使用される原子団をいう。保護基としては、例えば、フルオレニルメトキシカルボニル(Fmoc)基、アセチル基、ベンジル基、ベンゾイル基、t-ブトキシカルボニル(Boc)基、t-ブチル基、t-ブチルジメチル基、シリル基、トリメチルシリルエチル基、N-フタルイミジル基、トリメチルシリルエチルオキシカルボニル基、カルバメート基等を挙げることができる。当業者は、反応の条件及び目的に応じ、種々の保護基を使い分けることができる。
【0030】
保護基が結合するアミノ酸残基としては、例えば、グリシン、アラニン、セリン、トレオニン、バリン、ロイシン、チロシン、イソロイシン、フェニルアラニン、ヒスチジン、システイン、メチオニン、リシン、アルギニン、プロリン、チロシン、アスパラギン、アスパラギン酸、グルタミン、グルタミン酸、トリプトファン等を挙げることができるが、その種類は限定されない。また、アミノ酸残基と糖残基とが、グリコシド結合、アミド結合又は炭素-炭素結合により結合している糖アミノ酸を用いることもでき、その場合、糖残基としては、N-アセチルグルコサミン、N-アセチルガラクトサミン、キシロース、マンノース、ガラクトース、グルコース、フコース、シアル酸、イズロン酸、グルクロン酸、これらの構成糖単位を含むオリゴ糖等を挙げることができる。
【0031】
この工程において、アミノ酸を反応させるために、さらにカップリング剤を用いることができる。そのようなカップリング剤は、本分野で周知であり、例えば、ホスホニウム系縮合剤、ウロニウム系縮合、In-Situ活性化剤(例えば、BOP、HATU、HOBt、HBTU、PyBOP、PyAOP等)等を挙げることができる。これらのカップリング剤は、組み合わせて用いられることが知られており、例えばFmoc法の場合には、さらにジイソプロピルエチルアミン等の有機塩基を組み合わせて用いることができる。
【0032】
また、アミノ酸を反応させるために、反応系内を加熱することができ、特にマイクロ波加熱を行うことで反応時間を短縮化することができる。
【0033】
本発明の方法においては、ペプチド伸長工程において、従来のようなアミノ酸の大過剰な供給を行う必要がない。例えば、アミノ酸の供給量は、ペプチドのアミノ基との反応の化学量論量の5.0倍以下、4.0倍以下、3.0倍以下、2.5倍以下、2.0倍以下、1.5倍以下、又は1.2倍以下であってもよい。また、カップリング剤も同様の量にすることができる。
【0034】
〈第1の洗浄工程〉
ペプチド伸長工程の後に、反応系内を洗い出す第1の洗浄工程を行うことができる。洗い出しには、ペプチドの合成に用いられる周知の溶媒を用いることができ、例えば、N,N-ジメチルホルムアミド(DMF)、メチレンクロライド、N-メチルピロリドン、ジメチルアセトアミド等の溶媒を用いることができる。本発明の方法において用いられる溶媒としては、この中でも特に、検査試薬の発色性を踏まえると、DMFが好ましい。
【0035】
なお、本明細書に記載の他の洗浄工程も、第1の洗浄工程と同様の方法で行うことができる。これにより、未反応のアミノ酸、カップリング剤等を洗い出すことができる。第1の洗浄工程を行うことによって、次の反応確認工程の色調の確認を確実に行うことができる。
【0036】
〈反応確認工程〉
本発明の方法は、上記工程の後に、検査試薬を反応系内に供給する、反応確認工程を含む。ここで用いる検査試薬は、ペプチドの末端アミノ基と可逆的に反応して着色させることができる試薬であり、例えば非特許文献1に記載のような試薬を用いることができる。
【0037】
この試薬を添加すると、ペプチドに末端アミノ基が存在している場合には、例えば茶褐色に着色するが、(ペプチドの末端に保護基を有するアミノ酸が結合したことで)ペプチドに末端アミノ基が存在していない場合には、着色しない。また、この着色は、ペプチドの末端アミノ基の残存量に応じて濃い色又は薄い色になるため、検査試薬と供給されるアミノ酸との反応率(カイザーテストによる反応率)と色(光の反射率又は透過率)との検量線を事前に作成しておくことで、反応系内の色調を調べれば、反応率を定量的に観測することができる。
【0038】
したがって、反応確認工程を行って反応率が低かった場合には、同一のアミノ酸を用いたペプチド伸長工程を繰り返すことによって、目的のペプチドの収率を向上させることができる。なお、自動合成装置においては、例えば光源、CCDカメラ及び画像処理装置等によって色調を判別し、ペプチド伸長工程を繰り返すか、又は次の工程に進むかの判定を制御機器に行わせることができる。
【0039】
ペプチドの末端アミノ基と可逆的に反応する検査試薬は、そのアミノ基とは共有結合では結合せずに、例えばイオン結合によって結合することができ、ペプチドの末端アミノ基と結合して着色したとしても溶媒で洗い出すことでペプチドの末端アミノ基から脱離して脱色することができる。そのような、検査試薬としては、N-ヒドロキシ環状イミド骨格を有する化合物を挙げることができる。そのような化合物としては、例えばN-ヒドロキシフタルイミド(NHPI)系化合物、N-ヒドロキシナフタルイミド系化合物等を挙げることができる。
【0040】
NHPI系化合物としては、NHPI及びそれに置換基を有する化合物を挙げることができ、例えば、以下の化学式を有する化合物及びこの化学式の構造をその一部に含む化合物を挙げることができる。
【0041】
【化1】
【0042】
ここで、R1~R4は、それぞれ水素;アルキル基;脂環式基;芳香族基;複素環基;ヒドロキシ基;カルボキシ基;チオール基;スルホン酸基;ホスホン酸基等;ニトロ基;アルキルアミノ基;フッ素、塩素、臭素、ヨウ素等のハロゲン原子からそれぞれ選択することができ、またこれらは共同して、上記のような置換基又は置換元素を含む環状基を形成することができ、例えば、R2及びR3が共同して芳香環、脂肪族環、又は複素環を形成することができ、またN-ヒドロキシコハク酸イミド基となってもよい。
【0043】
〈第2の洗浄工程〉
反応確認工程によって、ペプチド伸長工程が完了していないと判断されたら、検査試薬を洗い出すために第2の洗浄工程を行うことができる。ただし、この洗浄工程は行わなくてもよいことがわかった。ペプチドの合成においては、洗浄工程を非常に多く繰り返すのが通常であり、それにより廃液が多く出てコストが掛かる。特に、ペプチドの合成で用いる通常の溶媒は、そのまま廃棄すれば環境汚染の原因となる有害物質であり、その回収処理にも多額のコストがかかる。しかし、本発明者らの検討によれば、検査試薬の存在下であっても、アミノ酸の種類によってはペプチド伸長工程を行うことができた。洗浄工程を実施する必要がないという点は、目的のペプチドを製造するために、ペプチド伸長工程~脱保護工程を場合によっては数十回行う必要があることを考慮すれば、非常に有利である。
【0044】
第2の洗浄工程を行わずにペプチド伸長工程を行う場合、着色していた反応系内が反応率の向上にともなって色が失われていくということが分かった。ペプチドの合成は、各工程で徹底的に洗浄をして慎重に反応を進めるのが通常であるため、ペプチド伸長工程が、検査試薬の存在下であっても問題なく実行できたというのは非常に予想外であった。
【0045】
〈第3の洗浄工程〉
反応確認工程によって、ペプチド伸長工程が完了していることを確認したら、検査試薬を洗い出すために第3の洗浄工程を行うことができる。ただし、この洗浄工程は行わなくてもよい。洗浄工程を実施する必要がないという点は、上述のように非常に有利である。本発明者らの検討によれば、第3の洗浄工程を行わなくても、脱保護工程を問題なく行うことができたが、これも非常に予想外であった。なお、第3の洗浄工程を行わない場合、次の工程で投入される脱保護剤と検査試薬とが反応して反応系内が着色するが、第4の洗浄工程を行えば、反応系内も無色化できることがわかった。
【0046】
〈脱保護工程〉
本発明の方法は、上記工程の後に、脱保護剤を反応系内に供給する、脱保護工程を含む。これにより、ペプチド伸長工程によってアミノ酸由来の保護基を末端に含むペプチドの保護基を脱離させて、次のペプチド伸長工程の準備を行う。
【0047】
脱保護剤としては、ペプチドの合成に用いられる周知の脱保護剤を用いることができ、保護基の種類に応じて脱保護剤の種類も選択される。例えば、保護基がFmoc基である場合には、脱保護剤としてピペリジン等の弱塩基を選択することができ、保護基がBoc基である場合には、脱保護剤としてトリフルオロ酢酸(TFA)等の強酸を用いることができる。
【0048】
〈第4の洗浄工程〉
脱保護工程の後、脱保護剤を洗い出すために第4の洗浄工程を行うことができる。脱保護確認工程を行う場合には、この洗浄工程を行うことによって、次の脱保護確認工程の色調の確認を確実に行うことができる。
【0049】
〈脱保護確認工程〉
本発明の方法は、上記工程の後に、検査試薬を反応系内に供給する、脱保護確認工程を含むことができる。一般的に、ペプチドの合成においては、適切な脱保護剤を選択することで、ペプチド末端の脱保護を完全にできると考えられているため、脱保護確認工程をすることなく、次のペプチド伸長工程等に進むこともできるが、脱保護が確実に行われているかを確認することが好ましい。ここで用いる検査試薬は、上記の反応確認工程で用いられる試薬と同一とすることができる。
【0050】
この試薬を添加すると、(脱保護によってペプチド末端の保護基が脱離したことで)ペプチドに末端アミノ基が存在している場合には、例えば茶褐色に着色するが、脱保護が終わっておらずペプチドの末端に保護基が存在している場合には、着色しない。この工程でも、検査試薬と供給されるアミノ酸との反応率(カイザーテストによる反応率)と色(光の反射率又は透過率)との検量線を事前に作成しておくことで、反応系内の色調を調べれば、脱保護されている割合を定量的に観測することができる。
【0051】
脱保護確認工程において、脱保護が不十分であったことが確認された場合には、再度、脱保護工程を行うことができる。脱保護確認工程から脱保護工程に戻る際には、洗浄工程を含む必要がない。
【0052】
〈第5の洗浄工程〉
脱保護確認工程によって、脱保護工程が完了していることを確認したら、検査試薬を洗い出すために第5の洗浄工程を行うことができる。ただし、次のペプチド伸長工程に用いるアミノ酸の種類によっては、この洗浄工程は行わなくてもよい。本発明者らの検討によれば、検査試薬の存在下であっても、ペプチド伸長工程を行うことができた。洗浄工程を実施する必要がないという点は、上述のように非常に有利である。
【0053】
〈終了〉
ペプチドの合成終了時には、ペプチドの末端の脱保護だけではなく、側鎖保護基も脱離させる。また、同様にして、固体担体からも強酸等によって脱離させる。この工程は、用いられる保護基及び固体担体の種類に応じて、本分野で周知の方法によって行うことができる。ペプチドの回収についても、本分野で周知の方法によって行うことができる。
【0054】
《ペプチドの自動合成装置》
本発明のペプチドの自動合成装置は、例えば、上記のペプチドの製造方法を実行するための装置である。したがって、本発明のペプチドの自動合成装置において用いられる各構成については、上記のペプチドの製造方法に関して説明した構成を参照することができる。また、ペプチドの自動合成装置は市販されており、本発明のペプチドの自動合成装置の非特徴部分について、本明細書において各機器、機構、手段等について特に詳細な言及がない場合には、これらについては当業者であれば周知の自動合成装置からその構成を採用することができる。
【0055】
ペプチドの自動合成装置の1つの実施形態を、図2に示す。
【0056】
このペプチドの自動合成装置100は、光学的に透明な窓11を有する反応容器10、前記反応容器10に試薬を供給する複数の試薬供給容器20、前記窓11から反応容器の内部の色を観察するための光学機器30、及びこれらを制御するための制御機器40を具備する。
【0057】
反応容器10には、アミノ酸が結合した固体担体が充填されている。反応容器10には、光学的に透明な窓11が存在しており、それにより光学機器30によって、内部の着色状態を観察できるようになっている。
【0058】
反応容器10の窓11は、反応容器10の検査試薬が供給される位置に対応する位置に存在していることが好ましい。本発明者らの検討によれば、反応系内の全体に着色状態が拡がるには多少の時間がかかることが判明した。これは、検査試薬が反応容器10内に供給された場合、検査試薬が反応系に接触した直後に反応系が着色されるのに対して、内部の撹拌状態次第では、着色の拡がりに時間がかかるためと考えられる。それに対して、この実施形態では、検査試薬が供給される位置付近に窓11を設置する、又は窓11の付近に検査試薬を供給することによって、検査試薬の供給直後から、内部の色調を判別可能となるため好ましい。
【0059】
反応容器10は、廃液容器12とも接続することができ、各洗浄工程の際には、反応容器10内から溶媒等が廃液容器12に洗い出される。
【0060】
反応容器10は、不活性ガスを内部に供給するためのガス供給管13とも接続することができ、これにより反応容器10の内部に不活性ガスを供給して、内部を撹拌することができる。
【0061】
複数の試薬供給容器20は、例えば、アミノ酸用供給容器20a、カップリング剤用供給容器20b、溶剤用供給容器20d、検査試薬用供給容器20dを含むことができ、さらに脱保護剤用供給容器を含むほか、例えばアミノ酸用供給容器もアミノ酸の種類に応じた個数を含むことができる。これらの試薬供給容器20から反応容器10には、試薬供給管21a~21dを通じて試薬を投入することができ、試薬供給管は、図示されていないが、試薬供給装置の数だけ存在することができる。
【0062】
また、試薬供給容器20は、制御機器40とも接続されており、制御機器40によって制御されたタイミング及び供給量で、自動で薬液が反応容器10に供給できるようになっている。
【0063】
光学機器30としては、例えば、光源及びCCDカメラが組み合わされて用いられる。光学機器30は、制御機器40と接続されており、必要なタイミングで内部の色調を判別し、ペプチド伸長工程を繰り返すか、又は次の工程に進むかの判定を制御機器に行わせることができる。
【0064】
光学機器30は、さらにカメラで撮影した画像を処理する画像処理装置を含むことができる。画像処理装置は、制御機器40と共通していてもよく、独立した部品であってもよい。
【0065】
制御機器40は、ペプチドの自動合成装置の各機器を制御して、上記のペプチドの製造方法を実行する。制御機器40は、電子制御ユニット(ECU)であってもよく、これはCPUを中心とするマイクロプロセッサとして構成されており、CPUの他に、処理プログラムを記憶するROM、データを一時的に記憶するRAM、入出力ポート、通信ポートを備えることができる。これにより、制御機器40は、各機器の制御を実行することができる。
【0066】
このペプチドの自動合成装置100は、反応容器10の内部温度を調整するための反応促進システム50を有する。反応促進システム50は、単に温度調整機能を有するだけであってもよいが、好ましくは本分野で周知のマイクロ波加熱装置であることができる。また、この反応促進システム50は、反応容器10の周囲のジャケット52に冷却水を循環させるための冷却水循環装置51、及び光ファイバー等を用いた温度計測装置53と組み合わせて用いられることが好ましい。これらと制御機器40によって反応を制御することができる。
【0067】
本発明を以下の実施例でさらに具体的に説明をするが、本発明はこれによって限定されるものではない。
【実施例0068】
実験1:本発明の方法による収率の確認
以下の化学式のペプチドをFmoc法による固相合成法によって合成した。
【0069】
【化2】
【0070】
ここで、実施例1の方法では、各アミノ酸の反応終了時に、NHPIを反応系に添加して無色となっていることを確認した上で、脱保護工程、洗浄工程、及び次のペプチド伸長工程へと進み、これを繰り返すことで上記ペプチドを合成した。得られた収量は、16mgであり、収率は25%であった。この例においては、手動で合成を実行したが、自動合成装置で同様の方法で行えば、同様の収量及び収率が得られることが示唆された。また、ここでは、アミノ酸等の試薬量を、化学量論量の3.0倍用いて合成をした。
【0071】
比較例1の方法では、各アミノ酸の反応終了時に、カイザーテストによって反応が終了していることを確認したこと以外は、実施例1と同様にして上記ペプチドを合成した。得られた収量は、13mgであり、収率は20%であった。
【0072】
比較例2の方法では、市販の自動合成装置(EYELA GPS-1000CP、東京理化器械株式会社)を用いて、上記のペプチドを合成した。ここでは、出発アミノ酸の量は、実施例1と同量としたものの、各アミノ酸等の試薬量を、化学量論量の10倍用いて合成をする。得られる収量は、最大で16mgであり、収率は最大で25%となる。
【0073】
実験2:各検査試薬による着色の参考的検討
表1に示した検査試薬1のNHPIと、NHPIと比較的類似の構造を有する検査試薬2~8を用いて、Leu残基を有する各ペプチドの脱保護工程後に着色するかどうかの検討を行った。
【0074】
【表1】
【0075】
検査試薬2~8では、アミノ酸を反応させてペプチドのN末端に保護機がある状態と、脱保護後の状態とで、着色に大きな違いが見られなかったが、検査試薬1(NHPI)では、脱保護後でのみ鮮やかなオレンジ色に着色した。
【0076】
さらに、表2に示した検査試薬1のNHPIと、NHPIと比較的類似の構造を有する検査試薬9~17を用いて、Leu残基を有する各ペプチドの脱保護工程後に着色するかどうかの検討を行った。
【表2】
【0077】
検査試薬9~17では、アミノ酸を反応させてペプチドのN末端に保護機がある状態と、脱保護後の状態とで、着色に大きな違いが見られた。検査試薬9~12では、脱保護後では薄いオレンジ色に着色し、検査試薬13~17では、脱保護後に茶褐色~黒に着色した。
【0078】
これらの結果からは、検査試薬として機能するためには、芳香環とイミドのカルボニル部分との間の電子共鳴が重要であることが示唆された。
【符号の説明】
【0079】
10 反応容器
11 窓
12 廃液容器
13 ガス供給管
20 試薬供給容器
21 試薬供給管
30 光学機器
40 制御機器
50 反応促進システム
51 冷却水循環装置
52 ジャケット
53 温度計測装置
100 自動合成装置
図1
図2