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特開2023-173964サケ・マス類の当歳魚のスモルト化誘導方法
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  • 特開-サケ・マス類の当歳魚のスモルト化誘導方法 図1
  • 特開-サケ・マス類の当歳魚のスモルト化誘導方法 図2
  • 特開-サケ・マス類の当歳魚のスモルト化誘導方法 図3
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023173964
(43)【公開日】2023-12-07
(54)【発明の名称】サケ・マス類の当歳魚のスモルト化誘導方法
(51)【国際特許分類】
   A01K 61/10 20170101AFI20231130BHJP
【FI】
A01K61/10
【審査請求】未請求
【請求項の数】5
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022086541
(22)【出願日】2022-05-27
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)令和3年度、国立研究開発法人科学技術振興機構、研究成果展開事業 研究成果最適展開支援プログラム トライアウト、「能登里海資源の持続可能な利用をめざした共創的鮮魚流通技術開発」委託研究、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(71)【出願人】
【識別番号】504160781
【氏名又は名称】国立大学法人金沢大学
(74)【代理人】
【識別番号】100122574
【弁理士】
【氏名又は名称】吉永 貴大
(72)【発明者】
【氏名】松原 創
(72)【発明者】
【氏名】鈴木 信雄
(72)【発明者】
【氏名】永見 新
(72)【発明者】
【氏名】小木曽 正造
【テーマコード(参考)】
2B104
【Fターム(参考)】
2B104AA02
2B104BA06
2B104BA08
2B104BA11
2B104CA01
2B104CB22
2B104EC01
2B104FA07
(57)【要約】
【課題】通常、孵化したサケ・マス類の当歳魚のスモルト化に要する期間が丸2年かかるところを、約6ヶ月に短縮できる、サケ・マス類の当歳魚のスモルト化誘導方法を提供する。
【解決手段】飼育槽内を青色雰囲気とし、孵化後の当歳魚を淡水の飼育水で飼育する淡水飼育工程と、前記飼育水を、実用塩分0から10に変化にさせる第一馴致工程と、前記飼育水を、実用塩分10から20の範囲に維持する第二馴致工程と、を有する、サケ・マス類のスモルト化誘導方法。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
サケ・マス類のスモルト化誘導方法であって、
飼育槽内を青色雰囲気とし、
孵化後の当歳魚を淡水の飼育水で飼育する淡水飼育工程と、
前記飼育水を、実用塩分0から10に変化にさせる第一馴致工程と、
前記飼育水を、実用塩分10から20の範囲に維持する第二馴致工程と、
を有する、サケ・マス類のスモルト化誘導方法。
【請求項2】
前記当歳魚が、孵化から少なくとも1ヶ月が経過した当歳魚である、請求項1に記載のサケ・マス類のスモルト化誘導方法。
【請求項3】
前記第一馴致工程が、2~5日おきに実用塩分を5~8ずつ高める工程である、請求項1又は2に記載のサケ・マス類のスモルト化誘導方法。
【請求項4】
前記飼育水の温度が15℃以上20℃未満である、請求項1又は2に記載のサケ・マス類のスモルト化誘導方法。
【請求項5】
前記サケ・マス類の当歳魚として、サクラマス、ギンザケ、ニジマスからなる群から選択される少なくとも1種を用いる、請求項1又は2に記載のサケ・マス類のスモルト化誘導方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、サケ・マス類の当歳魚のスモルト化誘導方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
サケ・マス類は、河川で孵化し淡水域で一定期間過ごした幼魚が、河川を降河して海にて所定期間過ごして成魚となって元の河川に戻り産卵する生活史である。このような生活史を有するサケ・マス類の漁獲量は、産卵する河川の改修等により減少してきており、サケ・マス類の海面養殖での増産が望まれている。海面養殖によるサケ・マス類の増産は、河川で孵化した当歳魚を海水に適応した幼魚とする、いわゆるスモルト化をいかに促進できるかが肝要である。スモルト化した幼魚は、当歳魚の特有の模様が消失して体色が銀白色化する等の外部形態の変化が現れる。
【0003】
このようなスモルト化は、下記非特許文献1によれば、孵化したサクラマスの当歳魚(ヤマメ)を淡水中でスモルト化した稚魚とするには略2年ほどかかること、スモルト化の促進を図るには青色光が有効であることが記載されている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】北海道さけ・ますふ化場研究業績第281号「飼育されたサクラマス幼魚の銀毛化」
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、養殖されたサケ・マス類の漁獲量の更なる増産を図るには、孵化したサケ・マス類の当歳魚のスモルト化に要する期間の短縮が望まれている。そこで、本発明は、孵化したサケ・マス類の当歳魚のスモルト化に要する期間を短縮できる、サケ・マス類の当歳魚のスモルト化誘導方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
前記の目的を達成するためになされた本発明に係る、サケ・マス類のスモルト化誘導方法は、飼育槽内を青色雰囲気とし、孵化後の当歳魚を淡水の飼育水で飼育する淡水飼育工程と、前記飼育水を、実用塩分0から10に変化にさせる第一馴致工程と、前記飼育水を、実用塩分10から20の範囲に維持する第二馴致工程と、を有する、サケ・マス類のスモルト化誘導方法である。
【発明の効果】
【0007】
本発明に係るサケ・マス類のスモルト化誘導方法によれば、当歳魚を孵化から1年以内にスモルト化でき、完全に海水適応できる海面養殖の種苗を早期に生産することができる。
【図面の簡単な説明】
【0008】
図1】サクラマスの当歳魚(ヤマメ)とスモルト化した幼魚との体形形態を示す写真である。
図2】サクラマスの当歳魚(ヤマメ)の飼育開始から6月経過後の飼育環境によるスモルト化率を示すグラフである。
図3】サクラマスの当歳魚(ヤマメ)の飼育開始から1年経過後の飼育環境によるスモルト化率を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0009】
以下、本発明を実施するための形態について詳細に説明するが、本発明の範囲はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0010】
本発明の実施形態に係るサケ・マス類のスモルト化誘導方法は、飼育槽内を青色雰囲気とし、孵化後の当歳魚を淡水の飼育水で飼育する淡水飼育工程と、前記飼育水を、実用塩分0から10に変化にさせる第一馴致工程と、前記飼育水を、実用塩分10から20の範囲に維持する第二馴致工程と、を有する。
【0011】
以下、本発明の実施形態に係るサケ・マス類のスモルト化誘導方法を、工程に従って説明する。
【0012】
本実施形態のサケ・マス類のスモルト化誘導方法は、サケ・マス類を対象とする。サケ・マス類は、秋に淡水で産卵された卵から孵化した幼魚が淡水域で一定期間過ごした幼魚が、河川を降河して海にて所定期間過ごして成魚となってから、孵化した河川に戻り産卵するものであればよく、サケ属、タイセイヨウサケ属、イワナ属が挙げられる。具体的には、サケ属として、ギンザケ、ヤマメ(サクラマス)、アマゴ(サツキマス)、ビワマス、ニジマス(スチールヘッド)、ヒメマス(ベニザケ)などを挙げることができ、タイセイヨウサケ属として、タイセイヨウサケ、ブラウントラウト(シートラウト)を挙げることができ、イワナ属として、オショロコマ、イワナ、エゾイワナ(アメマス)などを挙げることができる。但し、孵化・浮上後、比較的短期間のうちに降海し、海洋生活を行うサケ(シロザケ)、カラフトマス、マスノスケ(キングサーモン)は対象としない。
【0013】
このようなサケ・マス類の「当歳魚」とは、秋に淡水で産卵された卵より孵化してから1年未満のサケ・マス類の幼魚をいう。
【0014】
本実施形態において、前記当歳魚は、孵化から少なくとも1ヶ月が経過した当歳魚であることが好ましい。
【0015】
孵化から少なくとも1ヶ月が経過すれば、孵化後の稚魚の腹部にある臍嚢(さいのう)が吸収されて消失し自力で餌を摂取するようになる。この時期を過ぎた当歳魚は体長が大きくなり始め、塩分の上昇に対する馴致に耐えられるようになる。
【0016】
本実施形態において、サケ・マス類を飼育する飼育槽内は青色雰囲気とする。飼育槽内を青色雰囲気とする手段は特に限定されず、飼育槽を青色塗料で塗装する、飼育槽に青色のパネルを敷設する、飼育槽を青色光を発する照明で照射する、などの手段を採用することができる。
【0017】
本実施形態において、淡水飼育工程は、孵化後の当歳魚を淡水の飼育水で飼育する工程である。
【0018】
淡水飼育工程における飼育条件は、一般的なサケ・マス類の飼育条件を適用することができる。また、淡水飼育工程は急激な水質変化によるサケ・マス類の歩留まり低下を抑制する観点で実施されるものであるため、孵化前の卵から飼育していてもよい。
【0019】
本実施形態において、第一馴致工程は、前記飼育水を、実用塩分0(すなわち淡水)から10に変化にさせる工程である。
【0020】
なお、本実施形態において「実用塩分」(PSU:Practical Salinity Unit)とは、塩水(1kg)中に溶けている固形物資量(g)であって、塩化カリウム(KCl)の標準液との電気伝導度の比率で測定されるものである。実用塩分は、例えば、東亜ディーケーケー株式会社製のCM-31P(商品名)の電気伝導度率計を使って測定することができる。なお、我が国の一般的な海水の実用塩分は地域により多少異なるが、30~35である。
【0021】
本実施形態において、前記第一馴致工程は、2~5日おきに実用塩分を5~8ずつ高める工程とすることが好ましい。
【0022】
2~5日おきに実用塩分を5~8ずつ高めることにより、飼育水中の塩分の急激な変化を未然に防止してサケ・マス類の歩留まりの低下を抑制するとともに、塩分上昇による馴致を効率よく実施することができる。このような塩分の調整は、海水を淡水で薄めて所定塩分濃度となるように調整してもよく、市販されている人工海水の素を淡水で所定塩分となるよう調整にしてもよい。また、当歳魚を飼育途中で、予め調製した異なる塩分の飼育水に移すことによって実施してもよい。
【0023】
第一馴致工程の後、前記飼育水を、実用塩分10から20の範囲に維持する第二馴致工程が実施される。
【0024】
飼育水の実用塩分が10未満ではスモルト化に長期間を要する。一方、飼育水の実用塩分が20を超えると、淡水で飼育された当歳魚が適応できず死に至る。但し、事前に第一馴致工程を実施すれば、実用塩分20以下は当歳魚が適応できるようになる。
【0025】
第二馴致工程を実施することで、サケ・マス類が河川残留型(パー)から遡河回遊型(スモルト)に外部形態が変化し、スモルト化を誘導することができる。パー(河川残留型)からスモルト(遡河回遊型)に変化した個体は、a)体色の銀白化、b)パーマークの消失、c)背びれ・尾びれの端の黒化、という形態変化が認められる。これらa)~c)の指標は目視観察で判断することができる。そして、a)~c)のすべての形態が変化した個体をスモルトと判断する。
【0026】
スモルト化したサケ・マス類は鰓のATPアーゼ活性が高まり血中ナトリウム濃度の調整が出来るようになる。つまり、海水中で浸透圧調節が可能となることから、海面養殖の種苗として利用することができる。スモルト化した個体は成長ホルモンの分泌も高まるため、適正量の餌を給餌することで河川残留型(パー)と比較して2~4倍の体長へと成長させることができる。
【0027】
本実施形態に係るサケ・マス類のスモルト化誘導方法おいて、飼育水の温度は15℃以上20℃未満であることが好ましい。
【0028】
水温を15℃以上20℃未満とすることで、当歳魚の成長を促し、短期間に効率よくスモルト化することができる。但し、サケ・マス類がスモルト化した後、海面養殖に移行した場合は、一般的な海面養殖の養殖条件が適用される。
【実施例0029】
以下、本発明を適用する実施例、及び本発明を適用外の比較例について詳細に説明する。なお、「塩分」は特に断りがない場合「実用塩分」(PSU:Practical Salinity Unit)を意味する。実用塩分は東亜ディーケーケー株式会社製のCM-31P(商品名)の電気伝導度率計を使って測定した。
【0030】
北海道産で孵化から約80日目のヤマメの当歳魚のスモルト化を試みた。ヤマメをランダムに6群に分割した各々を下記水槽で飼育した。水温はいずれも16℃を保つように調整した。淡水は井戸水、塩水は能登町九十九湾の紫外線殺菌濾過海水(塩分33)を淡水で所定塩分となるよう調整した。
【0031】
【表1】
【0032】
また、餌は各槽同一内容のもの同一時間に与えた。餌は日清丸紅飼料のマス用餌を1日4回飽食量与えた。
【0033】
尚、塩分10、20の塩水で飼育するヤマメには、塩水に適応させるべく、約3日おきに塩分を約5~8ずつ高めた。
【0034】
ヤマメのスモルト化は形態変化を観察して判断した。すなわち、パー(河川残留型)からスモルト(遡河回遊型)に変化した個体は、a)体色の銀白化、b)パーマークの消失、c)背びれ・尾びれの端の黒化、という形態変化が認められる。これらa)~c)は目視観察で判断した。そして、a)~c)のすべての形態が変化した個体をスモルトと判断し、全個体数に占めるスモルト化した個体の割合を求め、スモルト化率を算出した。
【0035】
図1は、パーP(河川残留型)からスモルトS(遡河回遊型)に変化した個体を示す画像である。サクラマスの当歳魚のスモルト化は、図1に示すように、河川残留型のサクラマスP(以下、単にヤマメと称する。)と比較して、スモルト化した幼魚Pは魚体表面が銀白色化(銀毛化)し(a)、縦縞模様のパーマーク(b)が消失して、且つ背びれ・尾鰭びれ(c)の一部が黒化した。また、同じ飼育期間であるにも関わらず尾叉長(びさちょう)も約1.3倍に大型化した。このようにヤマメのスモルト化は、魚体の形態変化から判別できた。
【0036】
孵化から6月経過後の当歳魚のスモルト化率をA水槽(比較例1)、B水槽(比較例2)、C水槽(比較例3)及びE水槽(実施例1)で求めた結果を図2に示す。黒色水槽では、淡水(比較例1)でのスモルト化率が19%であるのに対し、塩分10の塩水(比較例2)でのスモルト化率が7%、塩分20の塩水(比較例3)でスモルト化率が6%であった。これに対し、青色水槽(実施例1)では、塩分10の塩水でのスモルト化率が84%に達した。なお、D水槽(比較例4、塩分30)の水槽は魚がすべてへい死したため、データからは除外した。
【0037】
更に6月間飼育し、孵化から1年間経過後の当歳魚のスモルト化率を図3に示す。早熟オス率(スモルト化した雄の割合)は、黒色水槽ではA水槽(比較例1)8.2%、B水槽(比較例2)5.4%、C水槽(比較例3)4.2%であり、青色水槽のE水槽(実施例1)2.7%、白色水槽のF水槽(比較例5)では殆ど出現しなかった。いずれの水槽でも、早熟オスはあまり出現しなかった。
【0038】
上記の早熟オス率を除いた当歳魚のスモルト化率は、黒色水槽ではA水槽(比較例1a)44%、B水槽(比較例2)39%、C水槽(比較例3)40%であり、青色水槽のE水槽(実施例1)85%、白色水槽のF水槽(比較例5)37%であった。
【0039】
このように1年間飼育しても、黒色水槽では、スモルト化率が淡水において44%が最高であり、スモルト化が完了するまでに更なる飼育が必要である。この点、青色水槽のE水槽(実施例1)では、図2に示したように飼育開始から6ヶ月の飼育で略スモルト化率がすでに84%にも達しており、孵化から半月間の当歳魚の飼育でスモルト化を完了でき、スモルト化した当歳魚を出荷したり、海での養殖に供給できることが判明した。
図1
図2
図3