(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023174105
(43)【公開日】2023-12-07
(54)【発明の名称】ガラスピペット及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
G01Q 60/44 20100101AFI20231130BHJP
【FI】
G01Q60/44 101
【審査請求】未請求
【請求項の数】4
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022086767
(22)【出願日】2022-05-27
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用申請有り 1.公益社団法人応用物理学会 薄膜・表面物理分科会が令和3年12月1日及び12月9日に「29th International Colloquium on Scanning Probe Microscopy(ICSPM29)」第35回特別研究会「走査型プローブ顕微鏡」を公開したウェブサイトのアドレス (1)https://dora.bk.tsukuba.ac.jp/event/ICSPM29/ja/account (2)https://dora.bk.tsukuba.ac.jp/event/ICSPM29/ja/index 2.公益社団法人応用物理学会が第82回 応用物理学会秋季学術講演会に関して公開したウェブサイトのアドレス (1)https://confit.atlas.jp/guide/print/jsap2021a/subject/13p-N301-2/detail (2)https://confit.atlas.jp/guide/event/jsap2021a/top (3)https://meeting.jsap.or.jp/jsap2021a/
(71)【出願人】
【識別番号】504160781
【氏名又は名称】国立大学法人金沢大学
(74)【代理人】
【識別番号】100114074
【弁理士】
【氏名又は名称】大谷 嘉一
(74)【代理人】
【識別番号】100222324
【弁理士】
【氏名又は名称】西野 千明
(72)【発明者】
【氏名】渡邉 信嗣
(72)【発明者】
【氏名】矢島 陸
(57)【要約】
【課題】従来手法のガラスナノピペットを作製するために広く使用されているレーザープラーによる作製法では不可能な程度に外径/内径比が小さく、且つ、内径の小さいガラスペットの提供を目的とする。
【解決手段】本発明に係るガラスピペットは、内径20nm以下で外径/内径比が1.8以下であることを特徴とする。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
内径20nm以下で外径/内径比が1.8以下であることを特徴とするガラスピペット。
【請求項2】
走査型イオン伝導顕微鏡用プローブであることを特徴とする請求項1記載のガラスピペット。
【請求項3】
請求項1又は2記載のガラスピペットの製造方法であって、
ガラスピペットの内側に酸溶液を充填した状態でアルカリエッチング処理することを特徴とするガラスピペットの製造方法。
【請求項4】
ガラスピペットの内側にHCl溶液を充填した状態でKOH溶液にてエッチング処理することを特徴とする請求項3記載のガラスピペットの製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はガラスピペットに関し、特に走査型イオン伝導顕微鏡(SICM:Scanning Ion Conductance Microscopy)のプローブとして用いるのに好適なガラスピペット及びその製造方法に係る。
【背景技術】
【0002】
プローブと試料表面との相互作用を用いて、試料の表面形状や特性を測定する走査型プローブ顕微鏡(SPM:Scanning Probe Microscopy)が知られている。
その内でSICMはプローブとしてガラスピペット(ガラスナノピペット)を用いたSPMである。
SICMでは電解質を満たしたナノピペット内外に電極を設けることでバイアス印加時にナノピペット先端開口部にイオン電流が流れる。
バイアス印加を一定に保ちながら、ナノピペットを試料表面に近づけるとナノピペット先端を流れているイオン電流値が変化する。
このイオン電流変化に閾値を設定し、閾値を超えた際のナノピペットもしくは試料の位置を記録することで、試料表面の形状を得ることができる。
また、ピペットと試料間の距離に対するイオン電流の変化を解析することで試料表面の電荷や機械特性の測定も行われている。
一般にSICMの空間分解能は、ナノピペット先端部と試料表面とを近接させるほど向上できる。
しかし、一方でSICMは、ナノピペットが試料表面と接触せずに低侵襲で表面計測できることを特徴としているため、SICM計測ではナノピペット先端が試料表面と接触することなく、できるだけ近接できることが重要な要素となる。
特にプローブとしてのナノピペットを試料表面に沿って走査させる際に凹凸のある表面での接触を避ける必要がある。
【0003】
非特許文献1には、プローブ先端(ナノピペット先端)の外径(OD)と内径(ID)のOD/ID比が小さいほど試料表面と接触しにくいとして、OD/ID比が1.72と1.28のプローブを用い、同じセットポイントで傾斜の大きな試料にアプローチした場合に、アプローチできる試料の最大傾斜には約20度の差がでるとのシミュレーション結果が報告されている。
【0004】
また、SICMの空間解像度の観点からはOD/ID比のみならず、プローブ(ナノピペット)の先端部のIDの値自体が小さいことも極めて重要であり、非特許文献2にはプローブ先端と試料表面がID程度の距離にあるとき、IDの1.5倍程度まで空間解像できることが報告されている。
そこで本発明は、IDが小さく、且つ、OD/ID比も小さいガラスピペット(ナノピペット)を検討した結果、本発明に至った。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】Del Linz,et al.Anal.Chem.86(5)2353(2014).
【非特許文献2】Rheinlaender and T.E.Schaffer,Anal.Chem.89,11875(2017).
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、例えば従来手法のガラスナノピペットを作製するために広く使用されているレーザープラーによる作製法では不可能な程度に外径/内径比が小さく、且つ、内径の小さいガラスペットの提供を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明に係るガラスピペットは、内径20nm以下で外径/内径比が1.8以下であることを特徴とする。
従来から知られているガラスピペット(ガラスナノピペット)においては内径(ID)を10nm程度に小さくしたものは外径(OD)が20nmを超え、OD/ID比が2以上となり、OD/ID比の充分に小さいガラスピペットは知られていなかった。
これに対して本発明に係るガラスピペットは内径を20nm以下に抑えつつ、外径/内径の比,OD/ID比が1.8以下であることから、従来にないナノサイズレベルのガラスピペットとなる。
【0008】
本発明に係るガラスピペットは、例えば走査型イオン伝導顕微鏡用プローブに適していて、空間分解能の向上に有効である。
この場合に本発明に係るガラスピペットは、内径(ID)を15nm以下にしつつ、OD/ID比1.6以下がより好ましい。
【0009】
本発明に係るガラスピペットは、ガラス製キャピラリーに所定の熱と引っ張り力を加えることでピペットを製作し、その後にこのガラスピペットの内側に酸溶液を充填した状態でアルカリエッチング処理する。
ここでは、このような手法を非対象エッチングと称する。
【0010】
ガラスピペットを単にエッチング処理液に浸漬した対称エッチングでは、ガラスピペットの外側がエッチングされると同時に内側もエッチングされるので、外径/内径比(OD/ID比)を小さく抑えるのが困難である。
そこで本発明は、ガラスピペットの内側に酸溶液を充填した状態で、このガラスピペット全体あるいは先端部をアルカリ溶液に浸漬することで、ガラスピペットの内側は酸溶液にて中和されながら外形をエッチングすることでOD/ID比を小さくすることができた点に特徴がある。
【0011】
ガラスピペット内側の充填液種やアルカリエッチング液種は、キャピラリーの材質に応じて選定されるが、ナノサイズレベルのエッチング制御が可能な液種としては、キャピラリーがガラスである場合に、内側の充填液をHCl溶液とし、エッチング処理液としてKOH溶液を使用することがコストと扱いやすさの点から実用的である。
【発明の効果】
【0012】
本発明に係るガラスピペットを用いるとOD/ID比が小さく、且つ、IDが小さいのでSICMにおいて、凹凸傾斜の大きい試料にもアプローチでき、優れた空間分解能が得られる。
一般的にこの種のナノプローブの先端先鋭化は、収束イオンビーム(FIB)装置を用いた微細加工により達成できる可能性があるものの、50nm程度以下の先端直径のガラス(ナノ)ピペットは、先端形状自体がFIB装置で観察することが極めて困難な上に、FIB装置では一本毎にガラスピペットの先端を加工することになり、加工工程に長い時間を要するため、極めてスループットの低い加工法になってしまい、コストを下げることが難しい。
これに対して本発明に係る手法では、ウェットエッチングを用いているため、加工法の一括処理が可能であり、上述した方法と比較して低コストに抑えることができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【
図1】ガラスピペットにおける内径ID(nm)と外径/内径比,OD/ID比の関係を示す。 回帰式(a)はガラスピペットの内側にHCl充填することなく全体を6M KOH水溶液に浸漬した場合を示す。 回帰式(b)はCO
2レーザープラー装置にて製作したガラスピペット素材を示す。
【
図2】(a)ガラスピペット素材の内部に何も充填することなく、そのまま6M KOH水溶液に浸漬した場合のエッチング時間と先端部形状変化を示す。 (b)ガラスピペット素材の内側に6M HClを充填し、ガラスピペット素材全体を6M KOH水溶液に浸漬した場合のエッチング時間と先端部の形状変化を示す。 (c)ガラスピペット素材の内側に6M HClを充填し、ガラスピペット素材の先端部を6M KOH水溶液に浸漬した場合のエッチング時間と先端部の形状変化を示す。
【
図3】
図2の(a),(b),(c)をそれぞれグラフに示す。
【
図4】(a)はPDMSグレーティングの広域イメージング像、(b)はPDMSグレーティングの模式図を示す。
【
図5】(a)は
図4においてナノスケールでのイメージング像、(b)はそのラインプロファイルを示す。
【
図6】(a)sp=1%、(b)sp=8%のイメージング像、(c)はその(a),(b)のラインプロファイルを示す。
【
図7】(a)sp=2%、(b)sp=4%、(c)sp=8%、(d)sp=12%のイメージング像、(e)は(a)~(d)のラインプロファイルを示す。
【発明を実施するための形態】
【0014】
本発明に係るガラスピペット及びその製造例を以下説明するが、本発明はこれに限定されない。
【0015】
<ガラスピペット素材の製作>
外径1.0mm,内径0.3mmの非結晶の石英ガラスキャピラリーを用いて、CO2レーザープラー装置(P-2000,Sutter Instrument)にて、所定の引っ張り力と加熱を与え、内径が10nmレベルであるが、外径が20nmレベルの外径/内径比(OD/ID比)が2.0レベルのガラスピペット素材を得た。
【0016】
<エッチング処理>
前記ガラスピペット素材の内側に超純水を注入し、80℃,30分間加熱することで先端部を超純水で充填した。
次に温度匂配法を用いて内部を6M HClの水溶液に置換し、次にガラスピペット素材全体あるいは、その先端部を6M KOH水溶液に浸漬しエッチング処理した。
なお、比較のためにガラスピペット素材の内部に何も充填せずに6M KOH水溶液に浸漬した。
図2(a)~(c)に代表的なTEM画像例を示し、
図3(a)~(c)にエッチング時間と内径(ID)nm,外径/内径比(OD/ID比)の推移をグラフに示す。
図2(a),
図3(a)はガラスピペット素材の内部に何も充填せずに、そのまま全体を6M KOH水溶液に浸漬したものである。
エッチング時間とともにOD/ID比が小さくなるものの、内径が非常に大きくなっている。
これに対して、ガラスピペット素材の内部に6M HClを充填して全体(b)、あるいは先端部(c)をアルカリエッチングしたものは内径が大きくなるのを抑えつつ、外側がエッチングされ、OD/ID比が1.5~1.3レベルになっている。
【0017】
<SICMによるイメージング>
上記の内側に6M HCl水溶液を充填し、ガラスピペット素材全体を6M KOH水溶液にて2時間エッチングしたガラスピペットを用いて、SICMにてPDMSグレーティングの観察を実施した。
図4(a)に広範囲のイメージング結果を示し、
図4(b)にイメージングに使用したPDMSグレーティングの模式図を示す。
また、
図5(a)にナノスケールでのイメージング結果、
図5(b)にラインプロファイルを示す。
これによりPDMSグレーティングがイメージングされているのが分かる。
【0018】
SICMにおいて高い分解能を得るには、プローブ(ガラスピペット)の先端部を試料表面に近づけた際に、この試料表面に接触しにくいことが必要となる。
通常のSICMイメージングでは、プローブ先端部を試料表面に近づけるとイオン電流が減少する閾値、セットポイント(sp)を1%未満に設定することが多い。
これは、SICMの時間分解能に関係するプローブ先端部の試料表面への近接速度を適切な値にしつつ、試料表面との接触を避けるためである。
本発明に係るガラスピペットを用いてセットポイントとイメージング画像の変化とラインプロファイルを比較した。
図6に(a)sp=1%,(b)sp=8%におけるPDMSのエッジ部分のイメージング画像,(c)にその(a),(b)のラインプロファイルを示す。
この結果、spが1%ではエッジ部分がぼけた画像になるか、8%に上げると境界部分が明確になることが分かる。
次に、さらにspを2%(a),4%(b),8%(c),12%(d)と徐々に上げたイメージング画像とラインプロファイルを
図7に示す。
この結果、
図7(a)のsp=2%では見えていなかった構造も(d)のsp=12%では、はっきり見えるのが分かる。
以上のことから、SICMイメージングにおいて高いspを設定できることは、ナノスケールの構造を観察する点において非常に重要であるのが分かる。
OD/ID比の大きいガラスピペットを用いると、試料表面にガラスピペットの先端部が接触することで、イメージングにノイズとして重畳したり、ときには試料もしくはプローブが破壊されてしまう恐れがある。
これに対して、本発明に係る小さい内径と小さいOD/ID比のガラスピペットを用いると、前述の危険性が下がるとともに分解能も向上する。
【0019】
以上の実験結果から有用なガラスピペットのサイズをまとめたのが
図1に示す図である。
図1に示したグラフで回帰式(a)はガラスピペットの内側に何も充填することなく全体を6M KOH水溶液にてエッチングした対称エッチングの内径(ID)nm(回帰式中のx)に対する外径/内径比OD/ID比(回帰式中のy)を示す。
回帰式(b)はCO
2レーザープラー装置にて製造した場合の、内径とOD/ID比の関係式を示す。
本発明に係るガラスピペットは回帰式(a)よりも左下側に位置する範囲である。
図中、Symmetricはガラスピペットの内部に何も充填せずに全体をアルカリエッチングしたもの、Asymmetricは内部に6M HClを充填し、全体をアルカリエッチングしたもの、Asymmetric(tip)は内部に6M HClを充填し、先端部をアルカリエッチングしたものである。
図1から好ましくは、内径20nm以下で外径/内径比が1.8以下の領域である。