(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023174123
(43)【公開日】2023-12-07
(54)【発明の名称】放電ランプおよび放電ランプ用電極の製造方法
(51)【国際特許分類】
H01J 61/073 20060101AFI20231130BHJP
H01J 9/02 20060101ALI20231130BHJP
【FI】
H01J61/073 B
H01J9/02 L
【審査請求】未請求
【請求項の数】10
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022086801
(22)【出願日】2022-05-27
(71)【出願人】
【識別番号】000128496
【氏名又は名称】株式会社オーク製作所
(74)【代理人】
【識別番号】100090169
【弁理士】
【氏名又は名称】松浦 孝
(74)【代理人】
【識別番号】100124497
【弁理士】
【氏名又は名称】小倉 洋樹
(72)【発明者】
【氏名】内山 満博
(72)【発明者】
【氏名】小平 宏
(72)【発明者】
【氏名】細木 裕介
【テーマコード(参考)】
5C015
【Fターム(参考)】
5C015JJ06
5C015KK00
(57)【要約】
【課題】ランプ点灯の間、コーティング機能を効果的に発揮することができるコーティングを電極表面に施した放電ランプを提供する。
【解決手段】電極30の胴体部34の表面に、セラミックスを含むコーティング層44を形成する。セラミックスは、窒化ジルコニウム(ZrN)から成り、窒素(N)の原子数濃度(%)が、ジルコニウム(Zr)の原子数濃度(%)よりも相対的に低い。
【選択図】
図2
【特許請求の範囲】
【請求項1】
放電管と、
前記放電管内に対向配置される一対の電極とを備え、
少なくとも一方の電極において、セラミックスを含むコーティング層が電極表面に形成され、
前記セラミックスが、窒化物、酸化物、ホウ化物、炭化物、ケイ化物のうち少なくともいずれか1つから成り、
前記窒化物、酸化物、ホウ化物、炭化物、またはケイ化物において、窒素(N)、酸素(O)、ホウ素(B)、炭素(C)、ケイ素(Si)の原子数濃度(%)が、窒素(N)、酸素(O)、ホウ素(B)、炭素(C)、ケイ素(Si)のそれぞれと化学結合する元素の原子数濃度(%)よりも低いことを特徴とする放電ランプ。
【請求項2】
前記窒化物、酸化物、ホウ化物、炭化物、ケイ化物において、窒素(N)、酸素(O)、ホウ素(B)、炭素(C)、ケイ素(Si)の原子数濃度と、窒素(N)、酸素(O)、ホウ素(B)、炭素(C)、ケイ素(Si)のそれぞれと化学結合する原子数濃度との比が、0.2~0.9の範囲にあることを特徴とする請求項1に記載の放電ランプ。
【請求項3】
放電管と、
前記放電管内に対向配置される一対の電極とを備え、
少なくとも一方の電極において、セラミックスを含むコーティング層が電極表面に形成され、
前記セラミックスが、少なくとも熱性能を有する機能性セラミックスから成り、
前記機能性セラミックスの電気陰性度が相対的に高い元素の原子数濃度(%)が、電気陰性度が相対的に低い元素の原子数濃度(%)よりも低いことを特徴とする放電ランプ。
【請求項4】
前記電極が、電極支持棒と接続する柱状の電極胴体部を備え、
前記コーティング層が、前記電極胴体部の電極先端側端部よりも電極支持棒側を端部として、前記電極胴体部の表面に形成されていることを特徴とする請求項1乃至3のいずれかに記載の放電ランプ。
【請求項5】
前記セラミックスが、窒化ケイ素、窒化アルミニウム、窒化ジルコニウム、酸化アルミニウム、酸化ジルコニウム、炭化ジルコニウム、炭化ケイ素、珪化タンタル、ホウ化ジルコニウムの少なくともいずれか1つから成ることを特徴とする請求項1乃至3のいずれかに記載の放電ランプ。
【請求項6】
前記コーティング層が、有彩色であることを特徴とする請求項1乃至3のいずれかに記載の放電ランプ。
【請求項7】
前記電極が、電極支持棒と接続する柱状の電極胴体部を備え、
前記コーティング層が、前記電極胴体部の周回りに沿って形成された溝の少なくとも一部の上に形成され、
前記コーティング層の放射率が、前記溝の放射率よりも大きいことを特徴とする請求項1乃至3のいずれかに記載の放電ランプ。
【請求項8】
前記電極が、電極支持棒と接続する柱状の電極胴体部を備え、
前記コーティング層が、前記電極胴体部の周回りに沿って形成された溝の少なくとも一部の上に形成され、
前記溝と前記コーティング層とを合わせた放射率が、以下の式で表されるときに0.8以上であることを特徴とする請求項1乃至3のいずれかに記載の放電ランプ。
ε=1/(1+(L/S)×(1/ε0-1))
ただし、Lは、溝の形成領域の軸方向長さを示し、Sは、総断面長さを示す。ε0は、コーティング層の放射率を示す。また、L/Sは、0.9以下に定められる。
【請求項9】
柱状の胴体部と先端側テーパー部を有する電極を成形し、
窒化物、酸化物、ホウ化物、炭化物、ケイ化物の少なくともいずれか1つから成る粒子の粉末を溶媒に入れ、
胴体部側面に対して前記溶媒を塗布し、熱処理することによって、セラミックスを含むコーティング層を形成する放電ランプ用電極の製造方法であって、
窒素(N)、酸素(O)、ホウ素(B)、炭素(C)、ケイ素(Si)の原子数濃度(%)が、窒素(N)、酸素(O)、ホウ素(B)、炭素(C)、ケイ素(Si)のそれぞれと化学結合する元素の原子数濃度(%)よりも低くなるように、セラミックスを含むコーティング層を形成することを特徴とする放電ランプ用電極の製造方法。
【請求項10】
前記胴体部側面に対し、電極周方向に沿った溝を形成し、
前記塗布によって、前記溝の放射率よりも大きい放射率の前記コーティング層を前記溝の上に形成することを特徴とする請求項9に記載の放電ランプ用電極の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ショートアーク型放電ランプなどの放電ランプに関し、特に、電極表面に対するコーティングに関する。
【背景技術】
【0002】
放電ランプは、点灯中に電極先端部が高温となり、タングステンなどの電極材料が溶融、蒸発し、放電管が黒化して、ランプ照度低下を招く。電極先端部を含めた電極の過熱を防ぐため、例えば、電極胴体部側面をネジ状の溝で表面積を大きくし、その溝の上に、タングステンの粉末を焼結させ、放熱層を形成する(特許文献1参照)。
【0003】
また、黒化抑制のため、電極表面に対してセラミックスを含む被膜を形成し、被膜の外表面一部にタングステンの粒子を付着させるコーティング手法が知られている(特許文献2参照)。そこでは、酸化ジルコニウムの溶媒を電極表面に塗布、熱処理することによって、セラミックスの被膜を形成するとともに、また、真空蒸着によってタングステンの粒子を所定の被覆率で付着させる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2000-306546号公報
【特許文献2】特開2022-23612号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
当業者にとって相当前から知られているように、タングステンを素材とする電極によって放電ランプを構成した場合、ランプ点灯による電極過熱によって電極材料であるタングステンが一部蒸発すると、その蒸発物の一部は電極表面に付着する。これは、電極表面を一部コーティングなどによって被膜している場合であっても生じる。
【0006】
そのため、ランプ製造時において付着させるタングステン粒子の被覆率を調整したとしても、放電空間を含めた放電管の構造、電極の大きさ、定格電力の値などによって、電極素材から蒸発したタングステンの一部が電極表面に付着する程度は、点灯開始からの測定時期によって相違し(最初に定めた被覆率でそのコーティング効果が定められるものではない)、過度な電極表面への付着によって、逆に放熱などのコーティング機能が低下し、照度変動(照度低下)を招く恐れがある。
【0007】
したがって、ランプ点灯の間、コーティング機能を効果的に発揮することができるコーティングを電極表面に施した放電ランプを提供することが求められる。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明の一態様である放電ランプは、放電管と、放電管内に対向配置される一対の電極とを備え、少なくとも一方の電極において、セラミックスを含むコーティング層が電極表面に形成されている。電極の形状、構造は様々であり、例えば電極は、電極支持棒と接続する柱状の電極胴体部を備える。
【0009】
ここでの「コーティング層」には、素材として1つまたは複数のセラミックスが含まれる単層のコーティング層と、複数のコーティング層が含まれる。また、複数のコーティング層に関しては、各層に対し、素材として1つのセラミックスが含まれる、あるいは、複数のセラミックスが含まれる構成となる。
【0010】
複数のコーティング層としての構成は様々であり、例えば、1つのコーティング層(例えば最下層)にセラミックスと電極素材(タングステン、モリブデンなど)が含まれる一方、他のコーティング層(例えば最下層の上に形成されるコーティング層)にはセラミックス成分のみ、あるいはセラミックスと電極素材以外の成分が含まれるように構成することが可能である。あるいは、ランプ軸方向に沿って電極先端側と後端側とで成分を変えた複数のコーティング層を構成することも可能である。
【0011】
本発明のセラミックスは、窒化物、酸化物、ホウ化物、炭化物、ケイ化物のうち少なくともいずれか1つから成る。すなわち、窒化物、酸化物、ホウ化物、炭化物、ケイ化物のいずれか1つのセラミックス、あるいは2つ以上のセラミックスから成る。
【0012】
そして、窒化物、酸化物、ホウ化物、炭化物、またはケイ化物において、窒素(N)、酸素(O)、ホウ素(B)、炭素(C)、ケイ素(Si)の原子数濃度(%)が、窒素(N)、酸素(O)、ホウ素(B)、炭素(C)、ケイ素(Si)のそれぞれと化学結合する元素の原子数濃度(%)よりも低い。
【0013】
セラミックスが、窒化物、酸化物、ホウ化物、炭化物、ケイ化物いずれかのセラミックスから成る場合、その原子数濃度(%)が上記条件を満たすように構成される。また、セラミックスが窒化物、酸化物、ホウ化物、炭化物、ケイ化物のうち2つ以上のセラミックスから成る場合、各セラミックスの原子数濃度(%)が上記条件を満たすように構成される、あるいは、コーティング層において最も支配的なセラミックスが上記条件を満たすように構成される。
【0014】
また、複数のコーティング層が形成される場合、すべてのコーティング層が上記条件を満たすように構成される。あるいは、ある特定のコーティング層(例えば最も外側のコーティング層)が上述した上記条件を満たすように構成される。
【0015】
このように、「窒化物、酸化物、ホウ化物、炭化物、またはケイ化物において、窒素(N)、酸素(O)、ホウ素(B)、炭素(C)、ケイ素(Si)の原子数濃度(%)が、窒素(N)、酸素(O)、ホウ素(B)、炭素(C)、ケイ素(Si)のそれぞれと化学結合する元素の原子数濃度(%)よりも低い」という記載は、以上説明したように定義される。また、コーティング層すべての箇所、任意の箇所において、このような原子数濃度(%)が満たされる構成だけでなく、一部が満たされる構成も含まれる。例えば、コーティング層の電極先端側端部から電極支持棒側端部の区間に渡って複数箇所において上述した条件が満たされる構成や、コーティング層全体に渡っておよそ全域が上述した条件が満たされていると判断可能なコーティング層を定義することが可能である。
【0016】
セラミックスの種類としては様々な素材が適用可能であり、例えば、セラミックスが、窒化ケイ素、窒化アルミニウム、窒化ジルコニウム、酸化アルミニウム、酸化ジルコニウム、炭化ジルコニウム、炭化ケイ素、珪化タンタル、ホウ化ジルコニウムの少なくともいずれか1つから成るように構成することができる。
【0017】
上述した原子数濃度(%)の条件(原子数濃度(%)の違い、差)は、僅かであってもよく、大きく相違してもよい。例えば、窒化物、酸化物、ホウ化物、炭化物、ケイ化物において、窒素(N)、酸素(O)、ホウ素(B)、炭素(C)、ケイ素(Si)の原子数濃度と、窒素(N)、酸素(O)、ホウ素(B)、炭素(C)、ケイ素(Si)のそれぞれと化学結合する原子数濃度との比が、0.2~0.9の範囲にあるように構成することが可能である。
【0018】
一方、機能性セラミックスの観点から提供される、本発明の他の一態様である放電ランプは、放電管と、放電管内に対向配置される一対の電極とを備え、少なくとも一方の電極において、セラミックスを含むコーティング層が電極表面に形成される。そして、セラミックスが、少なくとも熱性能を有する機能性セラミックスから成り、機能性セラミックスの電気陰性度が相対的に高い元素の原子数濃度(%)が、電気陰性度が相対的に低い元素の原子数濃度(%)よりも低い。
【0019】
コーティング層に関しては、上述したように定義される。また、「機能性セラミックス」に関しては、上述した「窒化物、酸化物、ホウ化物、炭化物、ケイ化物」と同様に定義される。すなわち、素材として1つの機能性セラミックスから成る、あるいは、すくなくとも2つ以上の機能性セラミックスから成る。また、窒化物、酸化物、ホウ化物、炭化物、ケイ化物は、本発明の「機能性セラミックス」に含まれる。
【0020】
電極におけるコーティング層の形成箇所は様々であり、電極胴体部の表面の一部または全面に形成することが可能である。例えば、コーティング層が、電極胴体部の周回りに沿って形成された溝の少なくとも一部の上に形成することが可能である。この場合、コーティング層の放射率が、溝の放射率よりも大きくなるように構成することができる。
【0021】
例えば、溝とコーティング層とを合わせた放射率が、以下の式で表されるときに0.8以上となるように、コーティング層を形成することが可能である。
ε=1/(1+(L/S)×(1/ε0-1))
ただし、Lは、溝の形成領域の軸方向長さを示し、Sは、総断面長さを示す。ε0は、コーティング層の放射率を示す。また、L/Sは、0.9以下に定められる。
【0022】
本発明の他の一態様である放電ランプ用電極の製造方法は、柱状の胴体部と先端側テーパー部を有する電極を成形し、窒化物、酸化物、ホウ化物、炭化物、ケイ化物の少なくともいずれか1つから成る粒子の粉末を溶媒に入れ、胴体部側面に対して溶媒を塗布し、熱処理することによって、セラミックスを含むコーティング層を形成する放電ランプ用電極の製造方法であって、窒素(N)、酸素(O)、ホウ素(B)、炭素(C)、ケイ素(Si)の原子数濃度(%)が、窒素(N)、酸素(O)、ホウ素(B)、炭素(C)、ケイ素(Si)のそれぞれと化学結合する元素の原子数濃度(%)よりも低くなるように、セラミックスを含むコーティング層を形成する。「コーティング層」および「窒素(N)、酸素(O)、ホウ素(B)、炭素(C)、ケイ素(Si)の原子数濃度(%)が、窒素(N)、酸素(O)、ホウ素(B)、炭素(C)、ケイ素(Si)のそれぞれと化学結合する元素の原子数濃度(%)よりも低くなる」構成については、上述した定義に基づいている。
【0023】
例えば、胴体部側面に対し、電極周方向に沿った溝を形成し、塗布によって、溝の放射率よりも大きい放射率のコーティング層を溝の上に形成することが可能である。
【発明の効果】
【0024】
本発明によれば、ランプ点灯の間、コーティング機能を効果的に発揮することができるコーティングを電極表面に施した放電ランプを提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0025】
【
図1】本実施形態である放電ランプの概略的平面図である。
【
図3】溝の形状とコーティング層の放射率との相関関係のテーブルを示した図である。
【
図5】実施例と比較例の電極における相対温度を示したグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0026】
ショートアーク型放電ランプ10は、高輝度の光を出力可能な大型放電ランプであり、透明な石英ガラス製の略球状放電管(発光管)12を備え、放電管12内には、タングステン製の一対の電極20、30が対向(同軸)配置される。放電管12の両側には、石英ガラス製の封止管13A、13Bが放電管12と連設し、一体的に形成されている。放電管12内の放電空間DSには、水銀とハロゲンやアルゴンガスなどの希ガスが封入されている。
【0027】
陰極である電極20は、電極支持棒17Aによって支持されている。封止管13Aには、電極支持棒17Aが挿通されるガラス管(図示せず)と、外部電源と接続するリード棒15Aと、電極支持棒17Aとリード棒15Aを接続する金属箔16Aなどが封止されている。陽極である電極30についても同様に、電極支持棒17Bが挿通されるガラス管(図示せず)、金属箔16B、リード棒15Bなどのマウント部品が封止されている。また、封止管13A、13Bの端部には、口金19A、19Bがそれぞれ取り付けられている。
【0028】
一対の電極20、30に電圧が印加されると、電極20、30の間でアーク放電が発生し、放電管12の外部に向けて光が放射される。ここでは、1kW以上の電力が投入される。放電管12から放射された光は、反射鏡(図示せず)によって所定方向へ導かれる。
【0029】
図2は、電極(陽極)30の概略的平面図である。なお、電極(陰極)20についても同様の構造にすることが可能である。
【0030】
電極30は、電極先端面32Tを有し、テーパー形状となる部分(以下、先端側テーパー部という)32と、電極支持棒17Bと繋がる柱状部分(以下、胴体部という)34から構成されている。ここでは、電極30が一体的に構成されているが、先端側テーパー部32を有する部材と胴体部34を有する部材とを、拡散接合などの固相接合によって接合し、電極30を構成することが可能である。また、中間部材を介して接合することも可能である。電極30は、タングステンやモリブデンあるいはこれらの合金などから構成することができる。
【0031】
胴体部34の側面34Sには、放熱構造40が設けられている(
図2の斜線部参照)。放熱構造40は、素地表面33、すなわち特別な放熱構造をあえて採用していない表面と比べて放射率が高く、放熱性を高める機能をもつ。
図2において、側面34Sの拡大部(符号B参照)に示すように、放熱構造40は、ここでは周方向(電極軸周り)に沿った溝42を所定ピッチで形成した構成となっている。溝42は、例えばレーザや切削などによって形成可能である。
【0032】
さらに、放熱構造40(溝42)を設けた胴体部34の側面34Sには、コーティング層44(
図2の塗りつぶし部分)が形成されている。ここでは、胴体部34の電極先端側端部34E1からランプ軸C方向に沿って所定距離Tだけ離れた位置をコーティング層44の端部44E1とし、その端部44E1から胴体部34の電極支持棒側端部34E2に渡って、コーティング層44が形成されている。コーティング層44の端部44E1と、胴体部34の電極先端側端部34E1との間では、放熱構造40(溝42)が形成される一方、コーティング層44は形成されていない。所定距離Tの値は、電極の大きさや定格電力の値などに応じて定められる。
【0033】
コーティング層44は、熱性能(耐熱性、放熱性を含む)のあるセラミックスを含むコーティング層として構成されている。特に2000℃以上の高融点であることが好ましく、セラミックスとしては、窒化ジルコニウム、窒化ケイ素、窒化アルミニウムなどの窒化物、酸化アルミニウム、酸化ジルコニウムなどの酸化物、炭化ジルコニウム、炭化ケイ素などの炭化物、珪化タンタルなどのケイ化物、または、ホウ化ジルコニウムなどのホウ化物によって構成することが可能であり、もしくはこれらの少なくとも2つ以上の組み合わせで構成することも可能である。ここでは、窒化ジルコニウムから成るセラミックスが、コーティング層44に含まれている。また、コーティング層44には、タングステンやモリブデンなど電極30と同じ金属を含有してもよい。
【0034】
窒化ジルコニウムから成るセラミックスを含んだコーティング層44では、Zr(ジルコニウム)元素の原子数濃度(%)が、N(窒素)元素の原子数濃度(%)よりも高くなるように定められている。ここでは、コーティング層44におけるこのようなジルコニウムリッチ状態が、ランプ軸Cに沿って全体に渡っている。
【0035】
また、窒化ジルコニウムの窒素とジルコニウムの原子数濃度の比が、0.2<N/Zr<0.9の範囲に定められるように、コーティング層44が形成されている。例えば、0.4<N/Zr<0.9の範囲に定められる。なお、原子数濃度、原子数濃度比は、胴体部34の表面を、例えばエネルギー分散型X線分析(EDS)を利用して測定、分析することにより、明らかにすることができる。
【0036】
以上説明したように、窒素(N)の原子数濃度(%)がジルコニウム(Zr)の原子数濃度(%)よりも相対的に低いセラミックスを構成することにより、熱性能の優れたセラミックスによるコーティング層44が形成される。
【0037】
すなわち、ランプ点灯中、電極30が高温となることによって、窒化ジルコニウムの一部では、窒素がコーティング層44から分離、放出される。しかしながら、分離、放出された窒素は、胴体部34の表面において相対的に多く存在するジルコニウムと再結合が容易になり、再びセラミックスとして機能する。
【0038】
したがって、コーティング層44が長期に渡って熱性能を発揮することが可能となり、放射率の高い電極構造にすることができる。また、窒化ジルコニウムの窒素とジルコニウムの原子数濃度の比が、0.2<N/Zr<0.9の範囲に定められることにより、ジルコニウムリッチの状態を保ちつつ、よりコーティング層44の機能を発揮させることができる。
【0039】
一方、胴体部34の放熱構造40(溝42)の形成領域全体にコーティング層44を形成せず、電極先端側の一部分においてコーティング層44を形成していない。すなわち、コーティング層44が、胴体部34の電極先端側端部34E1よりも電極支持棒側を端部として(端部44E1)として形成されている。これにより、アーク放電の熱によってコーティング層44が剥がれ、放電管12に付着して照度低下を招くのを抑制することができる。
【0040】
さらに、窒化ジルコニウムの特性により、後述するコーティング層44の形成工程を経ると、コーティング層44は有彩色のある側面領域として視認される。すなわち、電極素地33とは異なる色として識別される。そのため、色ムラや膜の具合を外観から確認することが容易となり、放射率測定、点灯実験を行うことなく、コーティング層44が適切に形成されているか否かを検査することが可能となる。
【0041】
特に、窒素とジルコニウムの原子数濃度の比が、0.2<N/Zr<0.9の範囲であれば、コーティング層44は茶系色の有彩色として形成される。例えば、窒素の原子数濃度が低いと、コーティング層44は黒系色となり、有彩色とはならない。そのため、外観から適切なコーティング層が形成されていないと判断できる。有彩色がコーティング形成によって現れる他のセラミックスについても、同様の効果が生じる。
【0042】
胴体部34に構成された放熱構造40(溝42)全体の形成領域に合わせて、コーティング層44を重ねるように形成してもよい。また、先端側テーパー部32および/または胴体部34において、溝42の形成されていない部分にコーティング層を形成してもよい。
【0043】
一方で、コーティング層44の上から別成分のコーティング層を重ねて、複数層のコーティング層を形成してもよい。例えば、窒化ジルコニウムから成る下層にタングステンやモリブデンなどを含有させて、同じく窒化ジルコニウムから成る表層にはタングステンやモリブデンを含有させないように、組成を変えた複数層にしてもよいし、炭化ジルコニウムから成るコーティング層の上に窒化ジルコニウムから成るコーティング層を形成し、素材の異なる複数層にしてもよい。複数層のうちいずれかのコーティング層にセラミックスを含むように構成することも可能である。
【0044】
また、上述した窒化ケイ素、窒化アルミニウムなどの窒化物、酸化アルミニウム、酸化ジルコニウムなどの酸化物、炭化ジルコニウム、炭化ケイ素などの炭化物、珪化タンタルなどのケイ化物、または、ホウ化ジルコニウムなどのホウ化物から成るセラミックスを含むようにコーティング層44を形成する場合、窒化ジルコニウム同様、電気陰性度の相対的に高い元素の原子数濃度が、電気陰性度の相対的に低い元素の原子数濃度より低くなるように、セラミックスを構成すればよい。このことは、列挙してないセラミックスであって、すくなくとも熱性能を有する機能性セラミックスについても、同様に原子数濃度、原子数濃度比を定めて適用することができる。
【0045】
例えば、窒化物、酸化物、ホウ化物、炭化物、またはケイ化物において、窒素(N)、酸素(O)、ホウ素(B)、炭素(C)、ケイ素(Si)の原子数濃度が、窒素(N)、酸素(O)、ホウ素(B)、炭素(C)、ケイ素(Si)のそれぞれと化学結合する元素の原子数濃度(例えば、酸化アルミニウムの場合、Al)よりも低いセラミックスを構成すればよい。また、窒素(N)、酸素(O)、ホウ素(B)、炭素(C)、ケイ素(Si)の原子数濃度と、窒素(N)、酸素(O)、ホウ素(B)、炭素(C)、ケイ素(Si)のそれぞれと化学結合する原子数濃度との比が、0.2~0.9の範囲に定められるセラミックスを構成すればよい。
【0046】
また、コーティング層44のランプ軸C全体に渡って上記原子数濃度、原子数濃度比を満たすように、セラミックスを含んだコーティング層44を形成することに限定されない。例えば、上記原子数濃度、原子数濃度比のうち少なくとも原子数濃度の条件を満たすような、コーティング領域の一部(例えば半分以上の領域)であってもよく、少なくとも上記原子数濃度の条件を満たす箇所が、ランプ軸Cに沿った周方向のいずれかの箇所で存在すればよく、例えばその周方向に半分以上の割合で条件を満たせばよい。あるいは、ランプ軸C方向に沿って原子数濃度の濃薄度合が徐々に変化するように構成してもよい。
【0047】
以上、コーティング層44の構成および機能について説明したが、以下述べるように、放熱構造40(溝42)とコーティング層44との組み合わせによってより効果的な放熱機能を発揮している。
【0048】
図2に示すように、コーティング層44で覆った溝42の頂部42Pの高さ、すなわち、ランプ軸(電極軸)Cから頂部42P(層表面)までの距離は、胴体部34の側面34Sより電極中心側に位置する。溝42の頂部42Pが胴体部34の側面34Sよりも引っ込んだ位置にあることによって、アークやフレアによるコーティングの剥がれや薄くなるのを効果的に抑制することができる。
【0049】
コーティング層44は、放熱構造40(溝42)の放熱機能をより高めるように機能し、ここでは溝42よりも大きな放射率をもつ。溝42から構成される放熱構造40、およびコーティング層44という2つの放熱機能を備えた部分(以下、この側面部分を放熱機能部Jという)が、胴体部34の側面34Sの一部に対して形成されている。溝の形成された表面の放射率εは、以下の(1)式によって近似的に表すことができる。
ε=1/(1+(L/S)×(1/ε
0-1)) ・・・(1)
ただし、Lは、溝の形成領域の軸方向(側面34Sに沿った)長さを示し、Sは、溝断面図での溝に沿った全長(総断面長)を示す(
図4参照)。材料固有の放射率ε
0を、コーティング層44の放射率(
図3では、εcoatと表す)に置き換えることによって、放熱機能部Jの放射率εを導出している(
図3では、εgroove+coatと表す)。ただし、コーティング層44は溝の大きさ(深さ)と比べて非常に薄いため、その厚さを無視できるものとする。
【0050】
溝42とコーティング層44とを組み合わせた放射率を導く上記(1)式を適用することによって、溝42の形状およびコーティング層44の成分とを適宜組み合わせ、胴体部34の放熱性(放射率)を効果的(協働的)に高めることができる。特に、コーティング層44の放射率を溝42の放射率より高く定めることにより、コーティング層44の放熱機能を主とし、溝42の放熱機能を従とする放熱機能部Jを構成することができる。
【0051】
溝42のL/Sの値によっては、コーティング層44の選択を誤ると、そのコーティング層44の放射率と大差のない放射率しか得ることができず、十分な放熱効果が得られない。しかしながら、
図3のテーブルを参照することにより、様々な溝形状(L/Sの値)に対しても、放射率εgroove+coatを高く維持することができる。
【0052】
このような放熱機能部Jを設けた胴体部34に対し、先端側テーパー部32のテーパー側面(表面)32Sには、溝のみを形成し、その上にコーティング層を形成しない放熱構造(非コーティング放熱構造)50が設けられている。なお、テーパー側面32Sの放熱構造50をコーティング層で覆っても構わない。
【0053】
このような放電ランプの電極30は、以下のように製造することができる。
【0054】
まず、柱状の胴体部と先端側テーパー部を有する電極を成形し、胴体部側面に対し、レーザや切削などの加工によって周方向に沿った溝を形成する。次に、塗布によってコーティング層を溝の上に形成する。このとき、
図2に示すように、胴体部の電極先端側端部から所定距離Tだけ離れた位置を端部とするように、コーティング層を形成する。なお、放電ランプの電力に応じてアーク放電の影響が小さいと判断できる場合、この所定距離Tを短くあるいは無くしてもよい。また、上述した原子数濃度、原子数濃度比を満たすように、上述したセラミックスを構成する材料の粉末を溶媒に入れ、塗布する。これを真空炉などの加熱装置で熱処理する。原子数濃度、原子数濃度比は、熱処理の時間や炉の雰囲気(真空度合やガス種)を設定することで調節してもよい。
【0055】
また、コーティング層の放射率を溝の放射率より高く定めることにより、放射率の高い放熱機能部を構成することができる。なお、スプレー、蒸着、スパッタ、CVDなどの均質に塗布される手段が採用可能である。塗布したコーティングは、レーザによって焼結させてもよい。
【0056】
本実施形態では、周方向に沿った溝によって放熱構造を構成しているが、電極軸方向に沿った溝で構成してもよい。また、溝以外の放熱構造を採用してもよい。例えば、サンドブラストなどによる梨地粗面や、黒化抑制体を放熱構造として構成することができる。黒化抑制を主目的とするならば黒化抑制体を採用し、放熱性向上を求めるならば溝を構成する。低コストを求めるならば梨地粗面を採用することが可能である。ランプ出力、電極形状、電極素材、切削などの加工容易性などに応じて放熱構造を定めればよい。また、溝の上からサンドブラストして、コーティング層の密着性をより高めることもできる。さらに、溝を形成せずにコーティング層を胴体部側面に形成した電極を製造してもよい。
【0057】
なお、上述したように、窒化ジルコニウムの場合、コーティング層は有彩色となる。すなわち、色味の違いを示す色相、色の明暗を示す明度、色の変化の度合いを示す飽和度の三要素すべてを含む色(色彩のある色)で視認されるコーティング層が電極に形成される。電極表面に対するコーティング層の適切な形成を確認、検証するといったことを技術的課題とすれば、上述したような窒化ジルコニウムの窒素(N)とジルコニウム(Zr)の原子数濃度(%)の条件に関係なく、窒化ジルコニウムを含むコーティング層を形成した電極を備えた放電ランプを提供することもできる。
【0058】
すなわち、放電管と、放電管内に対向配置される一対の電極とを備え、少なくとも一方の電極において、セラミックスを含むコーティング層が電極表面に形成され、セラミックスが、コーティング層を形成したときに有彩色が視認可能なセラミックスによって構成される放電ランプを提供することができる。少なくとも熱性能をもつセラミックス(例えば窒化ジルコニウムや炭化ジルコニウムなど)から成る、あるいは複数のセラミックスの場合にはそのようなセラミックスを含むように構成すればよい。コーティング層は、単層、あるいは積層させた複数のコーティング層で構成してもよい。
【実施例0059】
以下、実施例を用いて、コーティング層を形成した電極の熱性能について説明する。
【0060】
実施例の放電ランプは、上記実施形態に相当する構成の電極(陽極)を備えたショートアーク型放電ランプであり、電極は、ランプ軸方向に沿った胴体部長さが57mm、径35mmのサイズで構成される。電極の胴体部側面には、全体に渡って溝が形成される一方、胴体部の電極先端側端部から所定距離離れた位置を端部として、胴体部側面の一部にコーティング層を形成している。
【0061】
コーティング層は、窒化ジルコニウムの粉末を、エチルセルロースの含まれる溶媒に溶かして胴体部側面に塗布し、乾燥させた後、加熱処理することによって形成されている。エネルギー分散型X線分析(EDS)によってコーティング層の原子数濃度を測定、分析した。ここでは、胴体部の電極支持棒側端部から所定距離(具体的には、10mm、20mm、40mm)の箇所で、原子数濃度を測定した。
【0062】
エネルギー分散型X線分析(EDS)による分析の結果、Zr:Nの原子数濃度(%)は、10mm、20mm、40mmの箇所で、それぞれ、62.6:35.0、56.3:41.2、56.7:29.1であった。また、原子数濃度比(N/Zr)は、10mm、20mm、40mmの箇所で、それぞれ、56.0%、73.1%、51.4%であった。
【0063】
上述した実施例と、比較例として原子数濃度(%)を満たしていないコーティング層を形成した電極を備える放電ランプとの比較実験を行った。比較例の電極は、実施例と同様の製造方法によって、炭化ジルコニウムから成るコーティング層を形成している。電極形状に関しては、実施例の電極と実質的に等しい。エネルギー分散型X線分析(EDS)による分析の結果、比較例の電極におけるZr:Cの原子数濃度(%)は、10mm、20mm、40mmの箇所で、それぞれ、38.34:60.76、38.09:54.76、33.02:52.4であった。
【0064】
実施例と比較例それぞれの電極のコーティング層を形成した領域に対し、点灯初期(0時間)の電極温度と、600時間経過後の電極温度を測定し、その温度変化を確認した。
図5は、実施例と比較例の電極それぞれの温度変化を示したグラフである。
【0065】
図5のグラフの縦軸は、コーティング層の所定位置の温度を100としたときの相対温度、横軸は電極の温度測定位置を表す。ここでは、コーティング層の一部領域を測定領域と定め、その電極先端側の端部の温度を100として電極支持棒側までの測定温度を相対温度にしてグラフ化した。符号T1A、T1Bのラインは、実施例の電極の点灯初期、600時間経過後の相対温度をそれぞれ表す。符号T0A、T0Bのラインは、比較例の電極の点灯初期、600時間経過後の相対温度をそれぞれ表す。
【0066】
図5に示すように、実施例の電極の場合、点灯初期と600時間経過後を比較しても相対温度にあまり変化は無く、長期間に渡ってコーティング層が維持できていることが確認された。一方、比較例の電極の場合、点灯初期に対して600時間経過後の相対温度が測定領域全体に渡って高い。比較例の電極の場合、コーティング機能が低下し、コーティング層が維持できていないことが確認された。