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  • 特開-腎機能を改善する医薬組成物 図1
  • 特開-腎機能を改善する医薬組成物 図2
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023174200
(43)【公開日】2023-12-07
(54)【発明の名称】腎機能を改善する医薬組成物
(51)【国際特許分類】
   A61K 31/519 20060101AFI20231130BHJP
   A61P 13/12 20060101ALI20231130BHJP
   A61P 25/18 20060101ALI20231130BHJP
【FI】
A61K31/519
A61P13/12
A61P25/18
【審査請求】未請求
【請求項の数】4
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022086919
(22)【出願日】2022-05-27
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用申請有り 1.掲載アドレス:http://jsn65.umin.jp/ http://jsn65.umin.jp/data/jsn65_poster.pdf 掲載日:令和4年4月1日 2.刊行物名:日本腎臓学会誌 第64巻・第3号 学術総会号、第151頁、第301頁 発行日:令和4年5月24日
(71)【出願人】
【識別番号】504160781
【氏名又は名称】国立大学法人金沢大学
(74)【代理人】
【識別番号】110002572
【氏名又は名称】弁理士法人平木国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】和田 隆志
(72)【発明者】
【氏名】岩田 恭宜
(72)【発明者】
【氏名】大島 恵
(72)【発明者】
【氏名】小林 拓
【テーマコード(参考)】
4C086
【Fターム(参考)】
4C086AA01
4C086AA02
4C086CB09
4C086NA05
4C086NA14
4C086ZA18
4C086ZA81
(57)【要約】
【課題】腎機能の改善、腎機能の低下を防止する。
【解決手段】リスペリドン又はその類似体を有効成分とする。
【選択図】図2
【特許請求の範囲】
【請求項1】
リスペリドン又はその類似体を有効成分として含む、腎機能改善用医薬組成物。
【請求項2】
腎機能が低下した対象に投与される、請求項1記載の腎機能改善用医薬組成物。
【請求項3】
統合失調症患者に対して投与される、請求項1記載の腎機能改善用医薬組成物。
【請求項4】
統合失調症患者以外に対して投与される、請求項1記載の腎機能改善用医薬組成物。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、腎障害の予防又は治療、並びに腎臓の保護を可能とする医薬組成物に関する。
【背景技術】
【0002】
腎臓は、血液中の老廃物や余分な水分を濾過し、尿として排出することで、体液の恒常性を維持することに加え、内分泌機能により血圧、造血、骨代謝等を役割とする臓器である。腎臓は、免疫系の異常や薬剤、高血圧、糖尿病、出血や急激な血圧低下、感染症、熱傷に伴う脱水等の要因により障害を受け、機能が低下する。その状態を腎臓病といい、特に糖尿病を原因とするものは糖尿病性腎臓病という。
【0003】
慢性腎臓病(Chronic Kidney Disease:CKD)は、各種腎障害により、糸球体濾過量(推算GFR)で表される腎機能の低下があるか、もしくは腎臓の障害を示唆する所見が慢性的(3カ月以上)に持続する状態をいう。慢性腎臓病は、日本国の成人人口の約13%に相当する1,330万人が罹患する疾患で、末期腎不全に至るリスクが高く、国民の健康を脅かしている。慢性腎臓病に有効な治療法はなく、病状が進行して腎機能が低下すると尿毒症の症状を呈し、最終的には人工透析や腎移植等の腎代替療法が必要となるため、医療経済上も大きな負担となっている(非特許文献1)。したがって進行を抑制することにより、末期腎不全に至る患者をいかに減らすかが、生命予後および医療費の適正化の観点からも重要な課題となっている。
【0004】
一方、リスペリドンは統合失調症に対してすでに適用承認された薬剤である。成人の場合、通常、リスペリドンとして1回、1mg、1日2回より開始し、徐々に増量する。維持量は通常、1日、2~6mgを原則として1日2回に分けて経口投与する。なお、年齢、症状により適宜増減する。また、リスペリドンは小児期の自閉スペクトラム症に伴う易刺激性に対しても投与される。なお、リスペリドンに関して、臓器の障害や保護に対する影響については知られていない。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】KDIGO 2012 Clinical Practice Guideline for the Evaluation and Management of Chronic Kidney Disease, Kidney International Supplements 1 (2013)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
上述のように、慢性腎臓病に対する治療効果、予防効果のみならず、広く腎機能を改善できる有効な手段が求められているが、現在のところ当該有効な手段は実現できていないのが現状である。そこで、本発明は、腎障害の予防又は治療、並びに腎臓の保護を可能とする医薬組成物を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上述した目的を達成するため、本発明者らが鋭意検討した結果、リスペリドンについて、糖尿病性腎臓病モデルにおいて糖代謝の改善効果、統合失調症患者において腎臓の保護作用、腎臓病に対する治療・予防作用を有することを見出し、本発明に至った。
【0008】
本発明は以下を包含する。
〔1〕リスペリドン又はその類似体を有効成分として含む、腎機能改善用医薬組成物。
〔2〕腎機能が低下した対象に投与される、〔1〕記載の腎機能改善用医薬組成物。
〔3〕統合失調症患者に対して投与される、〔1〕記載の腎機能改善用医薬組成物。
〔4〕統合失調症患者以外に対して投与される、〔1〕記載の腎機能改善用医薬組成物。
【発明の効果】
【0009】
本発明に係る腎機能改善用医薬組成物は、統合失調症の罹患の有無に関わらず、腎機能に対する優れた改善効果を奏する。本発明に係る腎機能改善用医薬組成物は、既に承認されている医薬品であるリスペリドン又はその類似体を有効成分とするため、安全性に優れた薬剤として提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
図1図1は、糖尿病性腎症モデルマウスの1週目、2週目、6週目、10週目、14週目、18週目の6時間及び夜間空腹時血糖値を示す。水摂取群で2週目より血糖値が上昇する一方で、リスペリドン摂取群では血糖値の上昇が緩やかである。
図2図2は、統合失調症患者の推算GFR40%低下の発生率を示す。リスペリドン使用群では非使用群と比べて、推算GFR40%低下の発生率が減少していた。
【発明を実施するための形態】
【0011】
本発明に係る医薬組成物は、リスペリドン又はその類似体を有効成分として含んでいる。本発明に係る医薬組成物によれば、投与対象における腎機能を改善する又は腎機能の悪化を防止することができる。このため、本発明に係る医薬組成物は、腎機能の低下を示す疾患、例えば、慢性腎不全、急性腎不全、腎臓癌、急性糸球体腎炎、慢性糸球体腎炎、急速進行性糸球体腎炎、糖尿病性腎症、腎硬化症、多発性嚢胞腎等の治療及び/又は予防に使用することができる。なかでも、本発明に係る医薬組成物は、慢性腎不全、糖尿病性腎症の治療に使用することが好ましい。
【0012】
本発明に係る医薬組成物による治療とは、腎機能の回復又は腎障害を緩和することをいう。本発明に係る医薬組成物は、慢性腎臓病における腎障害の完全回復は期待できないものの、悪化を抑制する目的で投与することもできる。一方、本発明に係る医薬組成物は、急性腎障害における腎機能の回復を目的として投与することができる。
【0013】
ここで、本発明に係る医薬組成物が治療や予防の対象とする、腎機能の低下を示す疾患(腎臓病)は、タンパク尿や、糸球体濾過量(GFR)の低下により決定される。慢性腎臓病は、以下の(1)及び(2)で診断することができる。
(1)尿検査、画像診断、血液検査、病理等で腎障害の存在が明らかであり、特に0.15g/gCr以上のタンパク尿(30mg/gCr以上のアルブミン尿)がある。
(2)糸球体濾過量が、60ml/min/1.73m未満である。
【0014】
すなわち、診断対象者における上記(1)及び(2)を観察し、これらのうちのいずれか、又は両方が、3ヶ月以上持続することにより、慢性腎臓病と診断する。なお、糸球体濾過量は、血清クレアチニン値、年齢、性別から推算糸球体濾過量を算出することでも決定される。
【0015】
ところで、本発明に係る医薬組成物は、上述のように投与対象における腎機能を改善するだけではなく、腎機能の低下を予防することができる。本発明に係る医薬組成物による予防とは、腎機能障害を患うか、又は患うリスクのある対象に対して、腎障害の発生及び進行を抑制、又は回復することをいう。したがって、本発明に係る医薬組成物は、腎臓病のリスクを有する者を投与対象とすることができる。腎臓病のリスクを有する対象としては、糖尿病、高血圧、腎炎、多発性嚢胞腎、腎移植、脂質異常症、肥満を患っている対象が挙げられる。
【0016】
本発明に係る医薬組成物を腎臓病のリスクを有する対象に対して投与することで、腎臓病への進行を防止、又は遅延させることができる(腎臓病予防)。腎臓病のリスクを有する対象としては、健康診断により腎機能が低下していると判定された対象が挙げられる。健康診断では、一例として、尿タンパク、尿潜血、BUN、クレアチニン、推算GFR等に基づき、腎機能の検査が行われており、これらのうち少なくとも1の検査において、軽度異常が見つかった対象、経過観察等が必要となった対象が、腎臓病のリスクを有する対象としてもよい。また、腎機能は、血中のクレアチニン量、尿蛋白、及び糸球体濾過量を測定することで、判定することができる。クレアチニン量、尿蛋白、及び推算糸球体濾過量は、健康診断においても汎用されており、その数値が基準を下回るか、又は悪化傾向を示す対象に、本発明に係る医薬組成物を投与してもよい。
【0017】
リスペリドンは、成人では統合失調症に対して適用承認された非定型抗精神病薬(セロトニン・ドーパミン遮断薬)である。リスペリドンは、脳内のドーパミンD2受容体やセロトニン5-HT2受容体などの拮抗作用により、幻覚、妄想、感情や意欲の障害などを改善する作用を有する。本発明において、リスペリドンの類似体とは、上述したリスペリドンと同様な作用を有する化合物を意味する。リスペリドンの類似体としては、特に限定されないが、リスペリドンの活性代謝物(9-ヒドロキシリスペリドン)であるパリペリドンを挙げることができる。
【0018】
よって、本発明に係る医薬組成物は、統合失調症に罹患した患者に対して、腎機能を改善するため、及び/又は腎機能の低下を予防するために投与することができる。なお、本発明に係る医薬組成物は、統合失調症に罹患した患者に対する投与に限定されず、統合失調症に罹患した患者以外について腎機能を改善するため、及び/又は腎機能の低下を予防するために投与することができる。
【0019】
本発明に係る医薬組成物は、如何なる剤形であっても良い。本発明に係る医薬組成物は、細粒、錠剤及び内溶液剤とすることができる。本発明に係る医薬組成物は、任意の投与経路で投与することができる。投与経路としては、経腸投与(経口、経管、経注等)、非経口投与(経静脈、筋肉注等)が挙げられる。なお、統合失調症に対するリスペリドン投与については、傾眠、起立性低血圧、浮動性めまいが生じることが報告されている。
【0020】
後述する実施例では、マウスに34mMのリスペリドンを含有する水の自由飲水をさせることにより、この濃度にて糖代謝改善作用を発揮することができた。ヒトでは種の違い等の考慮も必要であるが、理論に限定されず、用量にかかわらず、腎障害の治療効果、保護効果、腎機能の回復効果を発揮しうる。
【0021】
また、本発明に係る医薬組成物は、リスペリドン又はその類似体の他に、薬理学的に許容され得る担体、希釈剤もしくは賦形剤を含んでいてもよい。本発明の医薬組成物は、リスペリドン又はその類似体に加えて、さらなる腎機能改善剤等を含んでもよい。このような医薬組成物は、経腸投与(経口、経管、経注等)、非経口投与(経静脈、筋肉注等)に適する剤形として提供されうるが、投与経路はこれらに限られるものではない。
【0022】
本発明の治療剤又は医薬組成物は、その投与経路に適した剤形を選択し製剤化することができる。経口投与に用いる場合、錠剤、カプセル剤、液剤、粉末剤、顆粒剤、咀嚼剤等、非経口投与の場合、注射剤、粉末剤、輸液製剤等の剤形が設計されうる。また、これらの製剤は医薬用に用いられる種々の補助剤、即ち、担体や他の助剤、例えば、安定化剤、防腐剤、無痛化剤、味剤、矯味剤、香料、乳化剤、充填剤、pH調整剤等が含まれてもよく、本発明の組成物の効果を損なわない範囲で配合することができる。
【0023】
本明細書において言及される全ての文献はその全体が引用により本明細書に取り込まれる。以下に説明する本発明の実施例は例示のみを目的とし、本発明の技術的範囲を限定するものではない。本発明の技術的範囲は特許請求の範囲の記載によってのみ限定される。本発明の趣旨を逸脱しないことを条件として、本発明の変更、例えば、本発明の構成要件の追加、削除及び置換を行うことができる。
【実施例0024】
以下、実施例を用いて、本発明を更に具体的に説明するが、本発明の技術的範囲は以下の実施例に限定されるものではない。
【0025】
〔実施例1〕糖尿病モデルマウスによる腎障害の誘導
1.材料及び方法
(1)研究倫理
全ての実験は施設のガイドラインに従い、該施設の動物実験委員会の承認を得て実施した。
(2)材料
リスペリドンは東京化成工業(東京)から購入した。水はMilli-QグラジエントA10システムを用いて精製したものを使用した。
(3)動物
動物はSPF環境、12時間ずつの明暗サイクルの条件下で、自由に水及び飼料を摂取できるようにして飼育した。C57BL/6Jマウスはニノックスラボサプライ(石川)から購入した。
(4)糖尿病性腎症モデルマウスの作製
7週齢のオスマウスに片腎摘を行った。麻酔はメデトミジン0.75mg/kg(Orion Corporation)、ミダゾラム4mg/kg(Sandoz)、ブトルファノル5mg/kg(Meiji Seika Pharma)により腹腔内投与を行なった。手術終了後、鎮静効果を戻すためにアティパメゾール0.75mg/kg(Orion Corporation)を使用した。マウスが、水(対照)と34mMのリスペリドン含有水を、自由に摂取できるようにして、飼育した。2週間後、マウスに0.1Mクエン酸ナトリウム緩衝液(pH4.5)に溶解したストレプトゾトシン50mg/kg(Sigma-Aldrich)を5日間連続で腹腔内投与した。投与1週目、2週目、6週目、10週目、14週目、18週目において体重、血圧、血糖値をモニターし、血液試料を採取した。血糖値はグルコメーターシステム(StatStrip Xpress、Nova Biomedical)を用いて測定した。
【0026】
2.結果
血糖値を測定した結果を図1に示した。図1における左側のグラフが6時間空腹時の血糖値を示す、右側のグラブが夜間空腹時血糖値を示している。図1に示すように、水摂取群で2週目より血糖値が上昇する一方で、リスペリドン摂取群では血糖値の上昇が緩やかである。また、図1に示すように、リスペリドン投与群は対照群と比べて、随時血糖並びに6時間及び夜間の空腹時血糖が低値で推移していた。インスリン負荷試験において、6週目と10週目にインスリンによる血糖低下作用を強く認めた。
【0027】
〔実施例2〕統合失調症患者におけるリスペリドンと腎機能低下の関連
1.目的
リスペリドンの代表的な適応疾患である統合失調症患者でリスペリドンと腎機能低下との関連を検討した。
【0028】
2.方法
(1)研究倫理
全ての研究は施設のガイドラインに従い、該施設の倫理審査委員会の承認を得て実施された。
(2)試験デザイン
後ろ向き患者対照研究を行った。
(3)対象患者
金沢大学附属病院の電子カルテデータを用いて、2010年4月~2020年3月に、統合失調症の病名登録があり、血清クレアチニンを2時点以上測定された患者を対象とした。リスペリドンを30日間以上処方された患者212例(リスペリドン使用群)と処方の記録がない患者1468例(非使用群)を抽出した。
(4)主要評価項目
末期腎不全の代替エンドポイントとされる、推算GFRのベースラインから40%以上の低下を設定した。
(5)統計解析
Cox回帰分析によりリスペリドン使用群と非使用群においてリスクを比較した。
【0029】
3.結果
先ず、本実施例で対象とした患者の背景を表1に示した。
【0030】
【表1】
【0031】
表1に示したように、平均年齢は55歳で、759例(45%)が男性であった。リスペリドン使用群の平均年齢(±標準偏差)は52±19歳であり、非使用群1468例(56±19歳)と比べて若年傾向であった。性別や平均推算GFRは両群で同等であった。リスペリドンの処方期間中央値は1.0年(四分位範囲0.3~4.6年)で処方用量中央値は1.3mg/日(四分位範囲1.0~2.5年)であった。
【0032】
観察期間における推算GFRを算出した結果を図2に示す。観察期間の平均1.6年で267例(16%)に推算GFRの40%低下を認めた。図2に示したように、推算GFRの40%低下の発生率は、リスペリドン使用群で60/1000人年であり、非使用群の104/1000人年に比べ低値であった。リスペリドン使用群では、非使用群と比べて、推算GFRの40%低下のリスク低下との関連を認めた(ハザード比0.54、95%信頼区間0.34~0.85、p=0.008)。その関連性は背景の年齢や性別、推算GFRで調整した後も有意であった(ハザード比0.54、95%信頼区間0.33~0.87、p=0.01)。
【0033】
また、推算GFRにより腎機能正常群(60ml/min/1.73m以上)と腎機能低下群(60ml/min/1.73m未満)に分けて、同様の解析を行った。結果を表2に示した。
【0034】
【表2】
【0035】
表2に示したように、リスペリドンと腎機能低下との関連性は腎機能によらなかった。これらの結果から、統合失調症患者においてリスペリドンの使用は、腎機能低下のリスク低下との関連が認められた。
図1
図2