(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023174257
(43)【公開日】2023-12-07
(54)【発明の名称】タングステン線
(51)【国際特許分類】
C22C 27/04 20060101AFI20231130BHJP
C22F 1/00 20060101ALN20231130BHJP
C22F 1/18 20060101ALN20231130BHJP
【FI】
C22C27/04 101
C22F1/00 625
C22F1/00 630A
C22F1/00 631B
C22F1/00 627
C22F1/00 621
C22F1/00 687
C22F1/00 628
C22F1/00 694A
C22F1/00 691B
C22F1/00 682
C22F1/00 683
C22F1/00 694Z
C22F1/00 685Z
C22F1/00 604
C22F1/00 685A
C22F1/00 694B
C22F1/18 B
C22F1/00 630K
【審査請求】未請求
【請求項の数】8
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022087006
(22)【出願日】2022-05-27
(71)【出願人】
【識別番号】314012076
【氏名又は名称】パナソニックIPマネジメント株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100109210
【弁理士】
【氏名又は名称】新居 広守
(74)【代理人】
【識別番号】100137235
【弁理士】
【氏名又は名称】寺谷 英作
(74)【代理人】
【識別番号】100131417
【弁理士】
【氏名又は名称】道坂 伸一
(72)【発明者】
【氏名】大條 和宏
(72)【発明者】
【氏名】神山 直樹
(72)【発明者】
【氏名】児玉 吉弘
(57)【要約】
【課題】真円率が良化したタングステン線を提供する。
【解決手段】タングステン線1は、タングステンを主成分として含む。タングステン線1の引張強度をT(単位:MPa)とし、線径をD(単位:mm)とした場合に、4758×D
2-7258.3×D+5275.5≦T≦4758×D
2-7258.3×D+6100を満たす。タングステン線1の真円率は、2.0%以下である。
【選択図】
図5
【特許請求の範囲】
【請求項1】
タングステンを主成分として含み、
引張強度をT(単位:MPa)とし、線径をD(単位:mm)とした場合に、
4758×D2-7258.3×D+5275.5≦T≦4758×D2-7258.3×D+6100
を満たし、
真円率は、2.0%以下である、
タングステン線。
【請求項2】
レニウムを含み、
前記タングステン線におけるレニウムの含有量は、0.1wt%以上3wt%以下である、
請求項1に記載のタングステン線。
【請求項3】
希土類元素を含み、
前記タングステン線における希土類元素の含有量は、0.03wt%以上0.3wt%以下である、
請求項1に記載のタングステン線。
【請求項4】
前記タングステン線における希土類元素の含有量は、0.03wt%以上0.09wt%以下であり、
前記タングステン線の真円率は、1.0%以下である、
請求項3に記載のタングステン線。
【請求項5】
前記タングステン線の引張強度は、5800MPa以上である、
請求項1~4のいずれか1項に記載のタングステン線。
【請求項6】
前記タングステン線におけるタングステンの含有量は、97wt%以上である、
請求項1~3のいずれか1項に記載のタングステン線。
【請求項7】
前記タングステン線の線径は、100μm以下である、
請求項1~4のいずれか1項に記載のタングステン線。
【請求項8】
前記タングステン線は、ソーワイヤの芯線として用いられる、
請求項1~4のいずれか1項に記載のタングステン線。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、タングステン線に関する。
【背景技術】
【0002】
特許文献1には、引張強度が4800MPa以上のタングステン線が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
上記従来のタングステン線では、引張強度が高くなること及び添加物の量が多くなると、ダイスを用いた線引き(伸線)の加工性が悪化する。このため、ダイスが摩耗しやすくなって、タングステン線の真円率が悪化する。
【0005】
そこで、本発明は、真円率が良化したタングステン線を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明の一態様に係るタングステン線は、タングステンを主成分として含む。引張強度をT(単位:MPa)とし、線径をD(単位:mm)とした場合に、4758×D2-7258.3×D+5275.5≦T≦4758×D2-7258.3×D+6100を満たす。タングステン線の真円率は、2.0%以下である。
【発明の効果】
【0007】
本発明によれば、真円率が良化したタングステン線を実現することができる。
【図面の簡単な説明】
【0008】
【
図1】
図1は、実施の形態に係るタングステン線の外観及び断面を示す模式図である。
【
図3】
図3は、実施の形態に係るタングステン線の製造方法の一例を示すフローチャートである。
【
図4】
図4は、実施の形態に係るタングステン線の製造方法の別の一例を示すフローチャートである。
【
図5】
図5は、レニウム又はセリウムを含有するタングステン線の線径と引張強度との関係を示す図である。
【
図6】
図6は、レニウムを含有する線径50μmのタングステン線について、レニウム含有量と引張強度及び真円率との関係を示す図である。
【
図7】
図7は、レニウムを含有する線径30μmのタングステン線について、レニウム含有量と引張強度及び真円率との関係を示す図である。
【
図8】
図8は、セリウムを含有する線径30μmのタングステン線について、セリウム含有量と引張強度及び真円率との関係を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0009】
以下では、本発明の実施の形態に係るタングステン線について、図面を用いて詳細に説明する。なお、以下に説明する実施の形態は、いずれも本発明の一具体例を示すものである。したがって、以下の実施の形態で示される数値、形状、材料、構成要素、構成要素の配置及び接続形態、ステップ、ステップの順序などは、一例であり、本発明を限定する趣旨ではない。よって、以下の実施の形態における構成要素のうち、独立請求項に記載されていない構成要素については、任意の構成要素として説明される。
【0010】
また、各図は、模式図であり、必ずしも厳密に図示されたものではない。したがって、例えば、各図において縮尺などは必ずしも一致しない。また、各図において、実質的に同一の構成については同一の符号を付しており、重複する説明は省略又は簡略化する。
【0011】
また、本明細書において、要素間の関係性を示す用語、要素の形状を示す用語、及び、数値範囲は、厳格な意味のみを表す表現ではなく、実質的に同等な範囲、例えば数%程度の差異をも含むことを意味する表現である。
【0012】
(実施の形態)
[タングステン線]
まず、実施の形態に係るタングステン線について、
図1を用いて説明する。
図1は、本実施の形態に係るタングステン線1の外観及び断面を示す模式図である。
【0013】
図1に示されるように、タングステン線1は、巻枠2に巻回されて保管される。巻枠2は、ボビン、リール、スプール又はドラムなどと称される場合がある。タングステン線1は、例えば、50km以上300km以下といったkmオーダーの全長を有する。
【0014】
図1に示されるタングステン線1は、タングステン製品の製造に利用される。例えば、タングステン線1は、ソーワイヤの芯線として用いられる。具体的には、ソーワイヤは、固定砥粒方式のワイヤであり、タングステン線1を芯線として備え、さらに、ダイヤモンド粒子又は立方晶窒化ホウ素(CBN)粒子などの砥粒を備える。砥粒は、タングステン線1の表面に固着される。固着は、電着でもよく、レジンボンドによる固着でもよい。また、ソーワイヤは、遊離砥粒方式のワイヤであってもよい。例えば、ソーワイヤは、砥粒を備えずにタングステン線1そのものであってもよい。
【0015】
ソーワイヤは、例えば、シリコン(Si)又はシリコンカーバイド(SiC)などの半導体インゴットの切断に利用される。ソーワイヤによって半導体インゴットをスライスすることにより、半導体ウェハを製造することができる。このとき、ソーワイヤの線径が小さい程、切り代が小さくなるので、ロスが減り、ウェハの取り数を増やすことができる。なお、切断対象物は、半導体インゴットに限定されず、ガラス、コンクリート、水晶又はセラミックスなどであってもよい。
【0016】
タングステン線1は、タングステン(W)を主成分として含む。「主成分」とは、元素の含有量(含有率)が50wt%より多いことを意味する。例えば、タングステン線1に含まれるタングステンの含有量は、97wt%以上である。タングステン線1に含まれるタングステンの含有量は、99wt%以上であってもよく、99.9wt%以上であってもよく、99.99wt%以上であってもよい。タングステン線1は、後述する添加物以外に、製造過程において混入が避けられない不可避的不純物が含まれていてもよい。
【0017】
タングステン線1は、例えば、レニウム(Re)を含む。タングステン線1におけるレニウムの含有量は、例えば0.1wt%以上3wt%以下である。レニウムは、タングステンと合金(固溶体)を構成する。
【0018】
レニウムの含有量が多い場合、タングステン線1の引張強度を高めることができる。一方で、レニウムの含有量が多すぎる場合には、タングステン線1の引張強度を高く維持したまま、細線化を行うことが難しい。具体的には、断線が発生しやすくなり、長尺での線引きが難しくなる。レニウムの含有量を少なくし、タングステンの含有量を97wt%以上にすることにより、タングステン線1の加工性を高めることができる。また、希少で高価なレニウムの含有量を少なくすることで、安価なタングステン線1を長尺で大量生産が可能になる。
【0019】
なお、タングステンとの合金に用いられる金属は、オスミウム(Os)、ルテニウム(Ru)又はイリジウム(Ir)であってもよい。オスミウム、ルテニウム又はイリジウムの含有量は、例えばレニウムの含有量と同様である。これらの場合もレニウムタングステン合金の場合と同様の効果が得られる。また、タングステン線1は、タングステンと、タングステン以外の2種類以上の金属との合金からなってもよい。
【0020】
タングステン線1は、カリウム(K)を含んでもよい。タングステン線1におけるカリウムの含有量は、例えば0.001wt%以上0.01wt%以下である。カリウムは、タングステンの結晶粒界に存在する。カリウムを含むタングステン線1でも、ピアノ線の一般的な引張強度よりも高い引張強度を実現することができる。
【0021】
また、タングステン線1は、希土類元素を含んでもよい。タングステン線1における希土類元素の含有量は、例えば0.03wt%以上0.3wt%以下である。タングステン線1における希土類元素の含有量は、例えば0.03wt%以上0.09wt%以下であってもよい。希土類元素は、例えばセリウム(Ce)、ランタン(La)、イットリウム(Y)又はサマリウム(Sm)などである。希土類元素は、タングステンの結晶粒界に存在する。希土類元素を含むタングステン線1でも、ピアノ線の一般的な引張強度よりも高い引張強度を実現することができる。
【0022】
一例として、タングステン線1の線径は、100μm以下である。タングステン線1の線径が小さくなる程、ソーワイヤの芯線として用いられた場合に、切断物のロスを減らすことができる。タングステン線1の線径は、80μm以下であってもよく、70μm以下であってもよく、60μm以下であってもよく、50μm以下であってもよく、40μm以下であってもよく、30μm以下であってもよく、20μm以下であってもよく、15μm以下であってもよい。また、後述する製造方法によれば、13μm以下の極めて細い線径のタングステン線1も実現される。タングステン線1の線径は、10μm以下であってもよく、8μm以下であってもよく、7μm以下であってもよい。タングステン線1の線径は、例えば5μm以上であるが、これに限定されない。
【0023】
また、一例として、タングステン線1の引張強度は、4800MPa以上である。引張強度は、4900MPa以上であってもよく、5000MPa以上であってもよく、5200MPa以上であってもよく、5500MPa以上であってもよい。また、5800MPa以上の極めて高い引張強度のタングステン線1も実現される。タングステン線1の引張強度は、5900MPa以上であってもよく、6000MPa以上であってもよい。引張強度は、例えば、日本工業規格の引張試験(JIS H 4460 8)に基づいて測定可能である。
【0024】
本実施の形態に係るタングステン線1は、引張強度をT(単位:MPa)とし、線径をD(単位:mm)とした場合に、所定の関係を満たす。具体的には、線径に応じた引張強度が従来よりも高いタングステン線1が実現されている。引張強度Tと線径Dとの具体的な関係については、具体的な実施例とともに
図5を用いて後で説明する。
【0025】
本実施の形態では、タングステン線1の真円率は、2.0%以下である。すなわち、タングステン線1の断面(線軸方向に直交する断面)の形状は、十分に真円に近い形状を有する。なお、
図1では、タングステン線1の断面と真円との差を誇張して図示している。
【0026】
ここで、真円率について、
図2を用いて説明する。
図2は、真円率を説明するための図である。真円率とは、タングステン線1の断面形状の、真円からのずれの大きさを表す指標である。真円率が小さい程、ずれが小さい、すなわち、タングステン線1の断面形状が真円に近いことを意味する。真円率が大きい程、ずれが大きい、すなわち、タングステン線1の断面形状が真円から遠ざかることを意味する。
【0027】
具体的には、真円率f(単位:%)は、以下の式(1)で表される。
【0028】
(1) f=(A-B)/((A+B)/2)×100
【0029】
A及びBは、
図2に示されるとおりである。具体的にはまず、タングステン線1の断面に対して、最大内接円と最小外接円とを定義する。最大内接円と最小外接円とは、同心円となり、かつ、互いの間隔が最小になるように定義される。すなわち、最小外接円の半径をr(A)、最大内接円の半径をr(B)とすると、r(A)-r(B)が最小となる。
【0030】
この場合において、Aは、最小外接円の直径であり、2×r(A)で表される。Bは、最大内接円の直径であり、2×r(B)で表される。真円率fは、上記式(1)に示されるとおり、最小外接円の直径と最大内接円の直径との平均値に対する、最小外接円の直径と最大内接円の直径との差の比を百分率で表したものである。f=0であれば、最小外接円と最大内接円とが一致することになるので、タングステン線1の断面が真円となる。
【0031】
本実施の形態によれば、線径に応じた引張強度が従来よりも高く、かつ、真円率が良化した(すなわち、断面が真円に近い)タングステン線1を実現することができる。例えば、タングステン線1がソーワイヤの芯線として利用される場合、真円率が良化することで、スライス物(ウェハ)の厚みのばらつきを抑制することができる。特に、真円率が2%又は3%を超えると、ウェハの厚みのばらつきであるTTV(Total Thickness Variation)は、急激に悪化する。
【0032】
[製造方法]
続いて、本実施の形態に係るタングステン線1の製造方法について、
図3及び
図4を用いて説明する。
図3及び
図4はそれぞれ、本実施の形態に係るタングステン線1の製造方法の一例を示すフローチャートである。
【0033】
図3に示されるように、まず、タングステンに添加物を加える(S10)。例えば、所定量のタングステン粉末に対して、添加物(ドープ元素)のみ、又は、添加物を含む化合物(例えば、酸化物又は水溶液)を添加する。ドープ元素は、レニウム、カリウム、又は、セリウム若しくはランタンなどの希土類元素である。化合物に含まれる不要な成分は、その後の焼結などにより除去される。得られたドープタングステン粉末に対して、タングステン粉末を所定の割合で加えることによって、ドープ元素の添加量を調整する。すなわち、目的とするドープ元素の含有量よりも多い量でドープ元素を添加してもよい。
【0034】
このように、少量のタングステン粉末に対してドープ元素の添加を行った後、タングステン粉末を加えてドープ元素を薄める(含有量を少なくする)ことができる。すなわち、ドープ元素の添加工程では、処理対象量が少なくて済むので、小型の添加装置を利用することができる。また、1回の添加工程で多くのドープタングステン粉末を得ることができるので、添加工程の必要工数を減らすことができる。これにより、タングステン線1の生産性を高めることができる。
【0035】
次に、得られたドープタングステン粉末の集合物に対してプレス及び焼結(シンター)を行うことで、タングステンインゴットを作製する(S12)。
【0036】
次に、作製したタングステンインゴットに対してスエージング加工を行う(S14)。具体的には、タングステンインゴットを周囲から鍛造圧縮して伸展させることで、ワイヤ状のタングステン線に成形する。スエージング加工の代わりに圧延加工が行われてもよい。
【0037】
例えば、スエージング加工を繰り返し行うことで、直径が約15mm以上約25mm以下のタングステンインゴットを、線径が約3mm以上4mm以下のタングステン線に成形する。スエージング加工の途中の工程においてアニール処理を実施することにより、以降の処理における加工性を確保する。例えば、直径が8mm以上10mm以下の範囲で、2000℃以上2400℃以下のアニール処理を実施する。ただし、結晶粒微細化による引張強度の確保のため、直径が8mm未満のスエージング工程では、アニール処理を実施しない。
【0038】
次に、加熱線引きを行う前にタングステン線を900℃で加熱する(S16)。具体的には、バーナーなどで直接的にタングステン線を加熱する。タングステン線を加熱することで、以降の加熱線引きで加工中に断線しないようにタングステン線の表面に酸化物層を形成する。
【0039】
次に、加熱線引きを行う(S18)。具体的には、1つ以上の伸線ダイスを用いてタングステン線の線引き、すなわち、タングステン線の伸線(細線化)を加熱しながら行う。加熱温度は、例えば1000℃である。なお、加熱温度が高い程、タングステン線の加工性が高められるので、容易に線引きを行うことができる。加熱線引きは、伸線ダイスを交換しながら繰り返し行われる。1つの伸線ダイスを用いた1回の線引きによるタングステン線の断面減少率は、例えば10%以上40%以下である。加熱線引き工程において、黒鉛を水に分散させた潤滑剤を用いてもよい。
【0040】
所望の線径のタングステン線が得られるまで(S20でNo)、加熱線引き(S18)が繰り返される。ここでの所望の線径は、線引き回数が残り2回になるときの線径であり、例えば、150μm程度である。
【0041】
なお、加熱線引きの繰り返しにおいては、直前の線引きで用いた伸線ダイスよりも孔径が小さい伸線ダイスが用いられる。また、加熱線引きの繰り返しにおいて、直前の線引き時の加熱温度よりも低い加熱温度でタングステン線は加熱される。つまり、加熱温度は、段階的に低くなる。最後の加熱温度は、例えば400℃であり、結晶粒の微細化に寄与させる。
【0042】
所望の線径のタングステン線が得られ、残りの線引き回数が2回である場合(S20でYes)、常温線引きを行う(S22)。なお、
図4に示されるように、常温線引き(S22)の前に電解研磨を行ってもよい(S21)。常温線引きでは、加熱をせずにタングステン線の線引きを行うことで、さらなる結晶粒の微細化を実現する。また、常温線引きにより結晶方位を加工軸方向(具体的には、タングステン線1の線軸に平行な方向)に揃える効果もある。
【0043】
常温とは、例えば0℃以上50℃以下の範囲の温度であり、一例として30℃である。具体的には、孔径が異なる複数の伸線ダイスを用いてタングステン線の線引きを行う。常温線引きでは、水溶性などの液体潤滑剤を用いる。常温線引きでは加熱を行わないため、液体の蒸発が抑制される。したがって、液体潤滑剤として十分な機能を発揮させることができる。従来の伝統的なタングステン線の加工方法である600℃以上の加熱線引きに対し、タングステン線への加熱を行わず、また、液体潤滑剤で冷却しながら加工することで、動的回復及び動的再結晶を抑制し、断線することなく、結晶粒の微細化に寄与させ、高い引張強度を得ることができる。
【0044】
常温線引きでの加工率は、例えば70%以上である。加工率は、常温線引き直前の線径Dbと常温線引き直後の線径Daとを用いて、以下の式(2)で表される。
【0045】
(2) 加工率={1-(Da/Db)2}×100
【0046】
式(2)から分かるように、常温線引きによって線径が大きく減る程、その加工率が大きな値になる。例えば、常温線引き直前の線径Dbが同じであっても、加工率が大きい程、常温線引き直後の線径Daが小さくなる。加工率を大きくすることで、常温線引きによるタングステン線の細線化の程度が大きくなる、つまり、より細いタングステン線が得られる。常温線引きの加工率は、70%以上であるが、80%以上であってもよく、90%以上であってもよく、95%以上であってもよい。常温線引き直後の線径は、例えば、おおよそ50μm以上120μm以下の範囲である。
【0047】
次に、常温線引きの後、低温熱間線引きを行う(S24)。つまり、低温で加熱しながら、タングステン線の最後の線引きを行う。このときの温度は、常温線引き(S22)の温度(常温)よりも高く、加熱線引き(S18)の温度よりも低い温度である。具体的には、低温熱間線引きの温度は、100℃以上300℃以下の範囲であり、一例として200℃又は300℃である。低温熱間線引き後の線径は、例えば、おおよそ20μm以上100μm以下の範囲である。
【0048】
最後に、低温熱間線引きを行うことで形成されたタングステン線に対して、直径を微調整するために、電解研磨を行う(S26)。電解研磨は、例えば、水酸化ナトリウム水溶液などの電解液に、タングステン線と対向電極とを浸した状態で、タングステン線と対向電極との間に電位差が生じることで電解研磨が行われる。
【0049】
以上の工程を経て、本実施の形態に係るタングステン線1が製造される。以上の工程を経ることで製造直後のタングステン線1の長さは、例えば50km以上の長さであり工業的に利用できる。タングステン線1は、使用される態様に応じて適切な長さに切断され、針又は棒の形状として使用することもできる。
【0050】
なお、タングステン線1の製造方法に示される各工程は、例えばインラインで行われる。具体的には、ステップS18で使用される複数の伸線ダイスは、生産ライン上で孔径が小さくなる順で配置される。また、各伸線ダイス間にはバーナーなどの加熱装置が配置されている。また、各伸線ダイス間には電解研磨装置が配置されていてもよい。ステップS18で使用される伸線ダイスの下流側(後工程側)に、ステップS22で使用される1以上の伸線ダイス及びステップS24で使用される1以上の伸線ダイスが、孔径が小さくなる順で配置され、最も孔径が小さい伸線ダイスの下流側に電解研磨装置が配置される。なお、各工程は、個別に行われてもよい。
【0051】
また、上述したタングステン線1の製造方法は一例に過ぎず、各工程における温度及び線径などは、適宜調整可能である。
【0052】
以上のように、本実施の形態に係るタングステン線1の製造方法では、高温である第1の温度で加熱線引きを行った後、常温である第2の温度で常温線引きを行い、その後、低温である第3の温度で低温熱間線引きを行う。第3の温度は、第2の温度(常温)より高く、第1の温度(高温)より低い。
【0053】
このように、タングステン線1は、低温熱間線引き(低温熱間加工とも呼ばれる)という新たな工程を実施することによって製造される。低温熱間線引きが行われることによって、線径が小さくて、引張強度が高く、真円率が良化したタングステン線1が実現される。
【0054】
[引張強度と線径との関係]
続いて、本実施の形態に係るタングステン線1の引張強度と線径との関係について、
図5を用いて説明する。
【0055】
図5は、レニウム又はセリウムを含有するタングステン線1の線径と引張強度との関係を示す図である。
図5では、横軸がタングステン線1の線径(単位:μm)を表し、縦軸が引張強度(単位:MPa)を表している。
【0056】
本願発明者らは、上述した製造方法に基づいて、タングステン線1のサンプル品を複数製造した。レニウムの含有量(Re含有量)は、タングステン粉末に添加するレニウム粉末の量を調整することで調整した。線径は、孔径の異なる伸線ダイスを用いて調整した。引張強度は、製造されたタングステン線1の引張強度を測定することで得られた実測値である。引張強度の測定は、例えば、日本工業規格の引張試験(JIS H 4460 8)に基づいて行った。なお、伸線工程における加熱温度及び/又は加工率を調整することで、同じRe含有量で、かつ、同じ線径であっても異なる引張強度のタングステン線1を得ることができた。
【0057】
図5に示したタングステン線1の複数のサンプル品のRe含有量、線径及び引張強度の具体的な数値を表1及び表2に示す。
【0058】
表1は、レニウム(Re)を所定量含むタングステン線1の線径と引張強度とを示す表である。
【0059】
【0060】
表2は、線径が50μm及び30μmのタングステン線1のRe含有量毎の引張強度を示す表である。
【0061】
【0062】
図5に示されるように、線径と引張強度とには負の相関関係が存在する。つまり、線径が小さい程、引張強度が高くなり、線径が大きい程、引張強度が低くなる。
【0063】
本実施の形態に係るタングステン線1では、線径をD[mm]とした場合、以下の式(3)の範囲が満たされる。
【0064】
(3) 4758×D2-7258.3×D+5275.5≦T≦4758×D2-7258.3×D+6100
【0065】
式(3)の不等式の左側の二次関数は、
図5の下側の破線で表される。
図5の下側の破線は、表1の各サンプルのうち、線径毎の引張強度が最も小さくなるサンプルを複数個用いて多項式近似によって求めたものである。式(3)の不等式の右側の二次関数は、
図5の上側の破線で表される。
図5の上側の破線は、表1及び表2で得られた各サンプルが2本の破線間に全て入るように、上記多項式を平行移動させることで求めたものである。
【0066】
また、
図5では、セリウムを含むタングステン線1の線径及び引張強度との関係についても示している。具体的な数値としては、表3に示されるとおりである。表3は、セリウム(Ce)を所定量含むタングステン線1の線径と引張強度とを示す表である。
【0067】
【0068】
図5及び表3に示されるように、セリウムを含むタングステン線1も同様に、上記式(3)で表される関係を満たしている。ここでは、セリウムを例に挙げたが、セリウムと同様の特徴を有するランタン(La)などの他の希土類元素を含んでも同様の結果が得られる。
【0069】
[引張強度と真円率]
次に、タングステン線1の引張強度と真円率との関係について説明する。
【0070】
<レニウム(Re)を含有する場合>
図6は、レニウムを含有する線径50μmのタングステン線について、Re含有量と引張強度及び真円率との関係を示す図である。表4は、レニウムを所定量含み、線径が50μmのタングステン線の引張強度と真円率とを示す表である。
【0071】
【0072】
図6及び表4に示されるように、Re含有量が0.1wt%から0.5wt%に増えるに従い、引張強度が5240MPaから5570MPaまで急激に上昇した後、Re含有量が1.0wt%から5.0wt%に増えるに従い、引張強度が5690MPaの近傍まで緩やかに上昇する傾向が得られた。また、Re含有量が0.1wt%から5wt%に増えるに従って、真円率は、0.4%から2.7%までほぼ一定の割合で増加していることが分かる。Re含有量が3.0wt%以下の範囲では、真円率が2.0%以下であるのに対して、Re含有量が5.0wt%になると真円率が2.0%より大きくなった。
【0073】
本実施の形態に係る線径50μmのタングステン線1では、5200MPa以上の引張強度と、2.0%以下の真円率とを両立させることができている。また、Re含有量が0.5wt%以上1.0wt%以下の範囲では、引張強度が5500MPa以上で、かつ、真円率1.0%以下を実現できている。すなわち、高い引張強度と、より良化した真円率と、を両立させることができている。
【0074】
図7は、レニウムを含有する線径30μmのタングステン線について、Re含有量と引張強度及び真円率との関係を示す図である。表5は、レニウムを所定量含み、線径が30μmのタングステン線の引張強度と真円率とを示す表である。
【0075】
【0076】
図7及び表5に示されるように、Re含有量が0.1wt%から0.5wt%に増えるに従い、引張強度が5420MPaから5770MPaまで急激に上昇した後、Re含有量が1.0wt%から5.0wt%に増えるに従い、引張強度が5890MPaまで緩やかに上昇する傾向が得られた。この傾向は、線径が50μmの場合と同様の傾向であるが、線径が小さくなることで、線径が50μmの場合に比べて、引張強度がより高くなっている。
【0077】
また、Re含有量が0.1wt%から5wt%に増えるに従って、真円率は、0.3%から3.2%までほぼ一定の割合で増加していることが分かる。Re含有量が3.0wt%以下の範囲では、真円率が2.0%以下であるのに対して、Re含有量が5.0wt%になると真円率が2.0%より大きくなった。この傾向は、線径が50μmの場合と同様の傾向であるが、線径が小さくなることで引張強度が高くなったため、線径が50μmの場合に比べて、真円率の増加の割合が大きくなっている。
【0078】
本実施の形態に係る線径30μmのタングステン線1では、5400MPa以上の引張強度と、2.0%以下の真円率とを両立させることができている。また、Re含有量が0.5wt%以上1.0wt%以下の範囲では、引張強度が5750MPa以上で、かつ、真円率1.0%以下を実現できている。すなわち、高い引張強度と、より良化した真円率と、を両立させることができている。
【0079】
このように、Re含有量が0.1wt%以上3.0wt%以下の範囲では、従来よりも真円率が良化していることが分かる。また、Re含有量が0.1wt%以上3.0wt%以下の範囲では、より高い引張強度を実現することができている。Re含有量が0.5wt%以上1.0wt%以下の範囲では、より高い引張強度と、より良化した真円率と、を両立させることができている。なお、線径を小さくすることにより、より引張強度を高めることができる。
【0080】
<セリウム(Ce)を含有する場合>
図8は、セリウムを含有する線径30μmのタングステン線1について、Ce含有量と引張強度及び真円率との関係を示す図である。表6は、セリウム(Ce)を所定量含み、線径が30μmのタングステン線の引張強度と真円率とを示す表である。
【0081】
【0082】
図8及び表6に示されるように、セリウムの含有量(Ce含有量)が0.02wt%から0.09wt%に増えるに従い、引張強度が5400MPaから5730MPaまで急激に上昇した後、Ce含有量が0.09wt%から0.50wt%に増えるに従い、引張強度が5920MPaまで緩やかに上昇する傾向が得られた。Ce含有量が0.03wt%以上であれば、引張強度が5500MPa以上になっている。特に、Ce含有量が0.30wt%以上になると、5900MPa以上の高い引張強度が実現されている。
【0083】
また、Ce含有量が0.02wt%から0.5wt%に増えるに従って、真円率は、0.4%から3.1%までほぼ一定の割合で増加していることが分かる。Ce含有量が0.30wt%以下の範囲では、真円率が2.0%以下であるのに対して、Ce含有量が0.50wt%になると真円率が2.0%より大きくなった。また、Ce含有量が0.03wt%以上0.09wt%以下の範囲では、真円率が1.0%以下であり、真円率が良化されていることが分かる。
【0084】
[効果など]
以上のように、本実施の形態に係るタングステン線1は、タングステンを主成分として含む。引張強度をT(単位:MPa)とし、線径をD(単位:mm)とした場合に、4758×D2-7258.3×D+5275.5≦T≦4758×D2-7258.3×D+6100を満たす。タングステン線1の真円率は、2.0%以下である。
【0085】
これにより、線径に応じた引張強度が従来よりも高く、かつ、真円率が良化した(すなわち、断面が真円に近い)タングステン線1を実現することができる。
【0086】
また、例えば、タングステン線1は、レニウムを含んでもよい。この場合のタングステン線1におけるレニウムの含有量は、0.1wt%以上3wt%以下である。
【0087】
これにより、真円率が良化し、かつ、引張強度がより高いタングステン線1を実現することができる。
【0088】
また、例えば、タングステン線1は、希土類元素を含んでもよい。この場合のタングステン線1における希土類元素の含有量は、0.03wt%以上0.3wt%以下である。
【0089】
これにより、真円率が良化し、かつ、引張強度がより高いタングステン線1を実現することができる。
【0090】
また、例えば、タングステン線1における希土類元素の含有量は、0.03wt%以上0.09wt%以下であってもよい。この場合のタングステン線1の真円率は、1.0%以下である。
【0091】
これにより、真円率がより良化し、かつ、引張強度がより高いタングステン線1を実現することができる。
【0092】
また、例えば、タングステン線1の引張強度は、5800MPa以上である。
【0093】
これにより、タングステン線1をソーワイヤの芯線として利用した場合に、ソーワイヤを強く張ることが可能になるので、インゴットの切断時のソーワイヤの揺れを抑制することができる。ソーワイヤの揺れが抑制されることで、インゴットの切り代を小さくすることができるので、ロスを低減することができる。
【0094】
また、例えば、タングステン線1におけるタングステンの含有量は、97wt%以上であってもよい。
【0095】
また、例えば、タングステン線1の線径は、100μm以下であってもよい。
【0096】
これにより、線径が小さいので、タングステン線1を例えばソーワイヤに利用してインゴットのスライスに利用した場合には、切り代を小さくすることができ、ウェハの取り数を増やすことができる。
【0097】
また、例えば、タングステン線1は、ソーワイヤの芯線として用いられる。
【0098】
これにより、真円率が良化したタングステン線1を利用して、例えばインゴットをスライスした場合、ウェハの厚みのばらつきを抑制することができる。つまり、品質の良いウェハを製造することができる。
【0099】
(その他)
以上、本発明に係るタングステン線について、上記の実施の形態に基づいて説明したが、本発明は、上記の実施の形態に限定されるものではない。
【0100】
例えば、タングステン線1は、レニウム、カリウム及び希土類元素のうちの2種類以上の元素を含有してもよい。
【0101】
また、例えば、タングステン線1は、ソーワイヤの芯線以外に利用されてもよい。例えば、タングステン線1は、メッシュのタテ糸及びヨコ糸として使用されてもよい。具体的には、タングステン線1を使用した製織加工が行われることで、タングステンメッシュが製造される。タングステンメッシュは、スクリーン印刷用のメッシュ又は耐切創用の衣類などに利用される。
【0102】
あるいは、タングステン線1は、撚り線の単線として使用されてもよい。具体的には、タングステン線1を使用した撚り加工が行われることで、撚り線が製造される。撚り線は、ロープ又はカテーテルなどに利用される。
【0103】
また、タングステン線1は、不織布、ナイロンなどの有機繊維との撚糸、又は、編み物に利用されてもよい。例えば、タングステン線1に対して所定の長さ以下になるように切断加工が行われた後、不織布加工が行われて、不織布が製造されてもよい。
【0104】
タングステン線1の真円率が良化することにより、加工時又は使用時にタングステン線1に加わる応力が均等になりやすい。すなわち、タングステン線1に対して局所的に大きい応力が加わるのが抑制されて断線などの発生を抑制することができる。
【0105】
その他、各実施の形態に対して当業者が思いつく各種変形を施して得られる形態や、本発明の趣旨を逸脱しない範囲で各実施の形態における構成要素及び機能を任意に組み合わせることで実現される形態も本発明に含まれる。
【符号の説明】
【0106】
1 タングステン線