(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023174510
(43)【公開日】2023-12-07
(54)【発明の名称】クランクシャフト及びクランクシャフトの製造方法
(51)【国際特許分類】
F16C 3/08 20060101AFI20231130BHJP
C21D 9/30 20060101ALI20231130BHJP
B24B 55/02 20060101ALI20231130BHJP
B23P 15/00 20060101ALI20231130BHJP
B24B 5/42 20060101ALI20231130BHJP
C22C 38/00 20060101ALN20231130BHJP
C22C 38/60 20060101ALN20231130BHJP
【FI】
F16C3/08
C21D9/30 A
B24B55/02 Z
B23P15/00 Z
B24B5/42
C22C38/00 301Z
C22C38/60
【審査請求】未請求
【請求項の数】5
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023039837
(22)【出願日】2023-03-14
(31)【優先権主張番号】P 2022085647
(32)【優先日】2022-05-26
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(71)【出願人】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】日本製鉄株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100104444
【弁理士】
【氏名又は名称】上羽 秀敏
(74)【代理人】
【識別番号】100174285
【弁理士】
【氏名又は名称】小宮山 聰
(72)【発明者】
【氏名】安部 達彦
(72)【発明者】
【氏名】西原 基成
(72)【発明者】
【氏名】大川 暁
【テーマコード(参考)】
3C043
3C047
3J033
4K042
【Fターム(参考)】
3C043AC24
3C043AC28
3C043CC03
3C043DD06
3C047FF09
3C047GG19
3J033AA02
3J033AB03
3J033AC01
3J033CA01
3J033CA10
4K042AA16
4K042BA03
4K042BA04
4K042BA05
4K042CA03
4K042CA05
4K042CA06
4K042CA08
4K042CA09
4K042CA10
4K042CA12
4K042CA13
4K042CA15
4K042DA01
4K042DA04
4K042DB01
4K042DE02
4K042DF02
(57)【要約】
【課題】優れた疲労強度を有するクランクシャフトを提供する。
【解決手段】クランクシャフト10は、機械構造用鋼材からなるクランクシャフトであって、円柱形状の摺動部121と、フィレット部122と、スラスト部123と、を備え、スラスト部123は、表面に焼入れ硬化層を有し、スラスト部123の表面から深さ0.30mm及び0.50mmの2箇所の位置で測定したビッカース硬さの平均値Hbと、スラスト部123の表面から深さ0.02mm、0.04mm、0.06mm、0.08mm及び0.10mmの5箇所の位置で測定したビッカース硬さの平均値Haとの差Hb-Haが100以下である。ただし、スラスト部123のビッカース硬さは、摺動部121の径方向において、フィレット部123の端部から2.0mmの位置において測定するものとする。
【選択図】
図2
【特許請求の範囲】
【請求項1】
機械構造用鋼材からなるクランクシャフトであって、
円柱形状の摺動部と、
前記摺動部に隣接して形成されたフィレット部と、
前記摺動部に隣接して形成されたスラスト部と、を備え、
前記スラスト部は、表面に焼入れ硬化層を有し、
前記スラスト部の表面から深さ0.30mm及び0.50mmの2箇所の位置で測定したビッカース硬さの平均値Hbと、前記スラスト部の表面から深さ0.02mm、0.04mm、0.06mm、0.08mm及び0.10mmの5箇所の位置で測定したビッカース硬さの平均値Haとの差Hb-Haが100以下である、クランクシャフト。
ただし、前記スラスト部のビッカース硬さは、前記摺動部の径方向において、前記フィレット部の端部から2.0mmの位置において測定するものとする。
【請求項2】
請求項1に記載のクランクシャフトであって、
前記ビッカース硬さの平均値Haが520以上である、クランクシャフト。
【請求項3】
請求項1に記載のクランクシャフトであって、
前記ビッカース硬さの平均値Hbが550以上である、クランクシャフト。
【請求項4】
請求項1~3のいずれか一項に記載のクランクシャフトを製造する方法であって、
クランクシャフトの中間品を準備する工程と、
前記クランクシャフトの中間品に高周波焼入れをする工程と、
前記高周波焼入れされたクランクシャフトの中間品の前記スラスト部を研削する工程と、を備え、
前記スラスト部を研削する工程は、前記クランクシャフトの中間品を回転させながら、回転する砥石を前記スラスト部に接触させる工程を含み、
前記スラスト部の周速度Vaと、前記砥石の周速度Vbとの比Vb/Vaが100以下であり、
下記の式(1)で表される研削能率Z’が50mm3/(mm・s)以下である、クランクシャフトの製造方法。
Z’=R×v×π (1)
ここで、前記スラスト部の周速度Vaは、前記摺動部の中心軸から見た、前記砥石が前記スラスト部と最初に接触する位置での周速度とし、
式(1)のRは、前記摺動部の中心軸から、前記砥石が前記スラスト部と最初に接触する位置までの距離であり、vは前記砥石の切込速度である。
【請求項5】
請求項4に記載のクランクシャフトの製造方法であって、
前記スラスト部を研削する工程において、前記スラスト部の研削される部分に冷却液を噴射しながら研削を行い、
前記冷却液の流量が15.0L/分以上150.0L/分以下であり、
前記冷却液の圧力が0.01MPa以上1.00MPa以下であり、かつ、
前記流量(L/分)×前記圧力(MPa)が5.0<流量×圧力<150.0である、クランクシャフトの製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、クランクシャフト及びクランクシャフトの製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
クランクシャフトには、疲労強度向上のために高周波焼入れが行われる場合がある。
【0003】
特許第6969683号公報には、非高周波焼入れ部と高周波焼入れ部とを有する高周波焼入れクランクシャフトが開示されている。このクランクシャフトは、所定の化学組成を有し、非高周波焼入れ部の組織が、フェライト・パーライトの面積率が90%以上である組織からなり、かつ、フェライト分率Fαが所定の式を満たし、高周波焼入れ部の組織が、マルテンサイト又は焼戻しマルテンサイトの面積率が90%以上である組織からなり、かつ旧オーステナイト粒径が30μm以下である。
【0004】
特開2015-227707号公報には、クランクジャーナル、クランクピン、クランクアーム、及び、フィレットアール部を有するクランクシャフトが開示されている。このクランクシャフトのフィレットアール部の外周面は、焼入れすることで形成された焼入れ硬化層を有し、かつ、焼入れ硬化層の形成後に部分的に研削されており、焼入れ硬化層における研削されていない非研削外周面は、フィレットアール部の底からピンスラスト側に位置する外周面領域を含んでいる。
【0005】
クランクシャフトに関するものではないが、特許第6461478号公報には、所定の化学組成を有し、マルテンサイト組織の生成領域である焼入領域が、最表面から0.3~3.0mm深さの領域にある高周波焼入れ歯車が開示されている。この高周波焼入れ歯車は、最表面から50μm深さの位置における表層硬さがHV620~850の範囲内であり、焼入領域の深さの位置より内部の硬さ分布において、最も焼入領域側の極小値がHV300~550の範囲内であり、最表面から50μm深さの位置における旧オーステナイト粒に関し、平均径が5μm以下でかつJIS G 0551で規定する混粒が存在しない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特許第6969683号公報
【特許文献2】特開2015-227707号公報
【特許文献3】特許第6461478号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
クランクシャフトの疲労強度を向上させるためには、鋼材のC含有量を高くして焼入れ性を高め、焼入れ硬化層をより硬くすることが効果的と考えられている。しかし本発明者らの調査により、C含有量を高くしてもクランクシャフトの疲労強度が十分に向上しない場合があることがわかった。
【0008】
本発明の課題は、優れた疲労強度を有するクランクシャフトを提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明の一実施形態によるクランクシャフトは、機械構造用鋼材からなるクランクシャフトであって、円柱形状の摺動部と、前記摺動部に隣接して形成されたフィレット部と、前記フィレット部に隣接して形成されたスラスト部と、を備え、前記スラスト部は、表面に焼入れ硬化層を有し、前記スラスト部の表面から深さ0.30mm及び0.50mmの2箇所の位置で測定したビッカース硬さの平均値Hbと、前記スラスト部の表面から深さ0.02mm、0.04mm、0.06mm、0.08mm及び0.10mmの5箇所の位置で測定したビッカース硬さの平均値Haとの差Hb-Haが100以下である。ただし、前記スラスト部のビッカース硬さは、前記摺動部の径方向において、前記フィレット部の端部から2.0mmの位置において測定するものとする。
【0010】
本発明の一実施形態によるクランクシャフトの製造方法は、上記のクランクシャフトを製造する方法であって、クランクシャフトの中間品を準備する工程と、前記クランクシャフトの中間品に高周波焼入れをする工程と、前記高周波焼入れされたクランクシャフトの中間品の前記スラスト部を研削する工程と、を備え、前記スラスト部を研削する工程は、前記クランクシャフトの中間品を回転させながら、回転する砥石を前記スラスト部に接触させる工程を含み、前記砥石が前記スラスト部と最初に接触する位置での前記スラスト部の周速度Vaと、前記砥石の周速度Vbとの比Vb/Vaが100以下であり、下記の式(1)で表される研削能率Z’が50mm3/(mm・s)以下である。
Z’=R×v×π (1)
ここで、前記スラスト部の周速度Vaは、前記摺動部の中心軸から見た、前記砥石が前記スラスト部と最初に接触する位置での周速度とし、式(1)のRは、前記摺動部の中心軸から、前記砥石が前記スラスト部と最初に接触する位置までの距離であり、vは前記砥石の切込速度である。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、優れた疲労強度を有するクランクシャフトが得られる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【
図1】
図1は、本発明の一実施形態によるクランクシャフトの概略図である。
【
図2】
図2は、
図1のクランクシャフトのピン部の近傍を拡大して示す断面図である。
【
図3】
図3は、クランクシャフトの製造方法の一例のフロー図である
【
図4】
図4は、ピン部のスラスト部の研削の様子を模式的に示す図である。
【
図5A】
図5Aは、ピン部の回転に追随する砥石によってピン部のスラスト部を研削する方法を模式的に示す図である。
【
図5B】
図5Bは、ピン部の回転に追随する砥石によってピン部のスラスト部を研削する方法を模式的に示す図である。
【
図5C】
図5Cは、ピン部の回転に追随する砥石によってピン部のスラスト部を研削する方法を模式的に示す図である。
【
図5D】
図5Dは、ピン部の回転に追随する砥石によってピン部のスラスト部を研削する方法を模式的に示す図である。
【
図6】
図6は、ピン部の中心を回転軸として回転するピン部に砥石を接触させる場合を模式的に示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
本発明者は、C含有量を高くしてもクランクシャフトの疲労強度が向上しない原因を調査し、以下の知見を得た。
【0014】
クランクシャフトは、ピン部及びジャーナル部を有する。ピン部及びジャーナル部には、硬さを向上させるために高周波焼入れが施される場合がある。
【0015】
ピン部及びジャーナル部の各々は、円柱形状の摺動部と、摺動部に隣接して形成されたフィレット部と、フィレット部に隣接して形成されたスラスト部とを有する。クランクシャフトでは、焼付き防止のためにスラスト部を研削する必要がある。スラスト部は研削時に冷却液が届きにくく、発熱が大きくなりやすい。この発熱により、スラスト部の表面が焼き戻される場合がある。スラスト部の表面が焼き戻されると、表面硬さが低下し、表面近傍に引張残留応力が形成され、疲労強度の向上が妨げられる。また、研削時の発熱は、表面硬化層が硬いほど大きくなる。そのため、C含有量を高くしても疲労強度が十分に大きくならないか、疲労強度が却って低下する場合がある。
【0016】
クランクシャフトの疲労強度を向上させるためには、スラスト部での発熱を抑制し、スラスト部の最表層での軟化を抑制することが有効である。より具体的には、スラスト部の表面から深さ0.30mm及び0.50mmの2箇所の位置で測定したビッカース硬さの平均値Hbと、前記スラスト部の表面から深さ0.02mm、0.04mm、0.06mm、0.08mm及び0.10mmの5箇所の位置で測定したビッカース硬さの平均値Haとの差Hb-Haを100以下にすることが有効である。
【0017】
また、スラスト部での発熱を抑制するためには、研削能率Z’を50mm3/(mm・s)以下にし、かつ、スラスト部の周速度Vaと砥石の周速度Vbとの比Vb/Vaを100以下にして研削することが有効である。
【0018】
本発明は、以上の知見に基づいて完成された。以下、図面を参照し、本発明の実施の形態を詳しく説明する。図中同一又は相当部分には同一符号を付してその説明は繰り返さない。各図に示された構成部材間の寸法比は、必ずしも実際の寸法比を示すものではない。
【0019】
[クランクシャフト]
図1は、本発明の一実施形態によるクランクシャフト10の概略図である。クランクシャフト10は、ジャーナル部11、ピン部12及びアーム部13を備えている。
【0020】
クランクシャフト10は、機械構造用鋼材からなる。クランクシャフト10は、これらに限定されないが、JIS G 4051:2016の機械構造用炭素鋼鋼材、JIS G4053:2016の機械構造用合金鋼鋼材等からなるものを用いることができる。これらの鋼材の中でも、JIS G 4051:2016のS45C、S50C及びS53C、並びにJIS G 4053:2016のSMn438や、これらの鋼材に被削性を向上させるために0.20質量%以下のSを添加した鋼材が好適である。
【0021】
クランクシャフト10の化学組成は例えば、Fe及び不純物に加えて、質量%で、C:0.30~0.60%、Si:0.01~2.0%、Mn:0.1~2.0%、Cr:0.01~0.50%、Al:0.001~0.06%、N:0.001~0.02%、P:0.03%以下、S:0.20%以下を含む。クランクシャフト10の化学組成は、上記以外の元素を含有していてもよい。クランクシャフト10の化学組成は例えば、質量%で、Mo:0~0.50%、Cu:0~0.50%、Ni:0~0.50%、Ti:0~0.050%、Nb:0~0.050%、Ca:0~0.005%、Bi:0~0.30%、及びV:0~0.20%を含有していてもよい。
【0022】
C含有量の下限は、好ましくは0.35質量%であり、さらに好ましくは0.38質量%であり、さらに好ましくは0.40質量%である。C含有量が高いほど、後述するスラスト部の最表層の硬さを制御することによる効果が大きくなる。
【0023】
ジャーナル部11は、シリンダブロック(不図示)の軸受と連結される。ピン部12は、コネクティングロッド(不図示)の軸受と連結される。アーム部13は、ジャーナル部11とピン部12とを接続する。
【0024】
図2は、クランクシャフト10のピン部12の近傍を拡大して示す断面図である。ピン部12は、円柱形状の摺動部121と、摺動部121に隣接して形成されたフィレット部122と、フィレット部122に隣接して形成されたスラスト部123とを有している。フィレット部122は、摺動部121の軸方向において摺動部121の外側に形成されている。スラスト部123は、摺動部121の軸方向において、フィレット部122の外側に形成されている。
【0025】
摺動部121は、コネクティングロッドの軸受と摺動する部分である。フィレット部122は、摺動部121とスラスト部123とを繋ぐ部分であって、応力集中を緩和するために滑らかな形状に形成されている。スラスト部123は、摺動部121の軸方向と概ね垂直な表面を有している。
【0026】
スラスト部123の表面には、焼入れ硬化層が形成されている。焼入れ硬化層の厚さは、好ましくは1.0mm以上であり、さらに好ましくは2.0mm以上であり、さらに好ましくは3.0mm以上である。焼入れ硬化層と焼入れ硬化層以外の部分との境界は、硬さが、後述する平均値Hbと母材硬さ(例えば、摺動部の中心の硬さ)との平均値となる深さとする。また、スラスト部123の表面に加えて、摺動部121及びフィレット部122の表面にも焼入れ硬化層が形成されていることが好ましい。
【0027】
スラスト部123の表面の焼入れ硬化層は、好ましくは、表面から0.50mmの位置において、マルテンサイトの体積率が90%以上である組織を有する。表面の焼入れ硬化層の組織は、より好ましくは、表面から0.50mmの位置において、マルテンサイトの体積率が95%以上である。表面の焼入れ硬化層の組織は、表面から0.10mmの位置においてマルテンサイトの体積率が90%以上であることがさらに好ましく、表面から0.10mmの位置において、マルテンサイトの体積率が95%以上であることがさらに好ましい。
【0028】
図示は省略するが、ジャーナル部11も同様に、円柱形状の摺動部と、摺動部に隣接して形成されたフィレット部と、フィレット部に隣接して形成されたスラスト部とを有している。ジャーナル部11のスラスト部の表面にも焼入れ硬化層が形成されている。また、ジャーナル部11の摺動部及びフィレット部にも焼入れ硬化層が形成されていることが好ましい。
【0029】
本実施形態によるクランクシャフト10は、ピン部12及びジャーナル部11の少なくとも一方において、スラスト部の表面から深さ0.30mm及び0.50mmの2箇所の位置で測定したビッカース硬さの平均値Hbと、スラスト部の表面から深さ0.02mm、0.04mm、0.06mm、0.08mm及び0.10mmの5箇所の位置で測定したビッカース硬さの平均値Haとの差Hb-Haが100以下である。ビッカース硬さの平均値Ha及びビッカース硬さの平均値Hbを求める際のビッカース硬さは、摺動部の径方向において、フィレット部の端部からの距離dが2.0mmである位置Lにおいて測定するものとする(
図2を参照)。
【0030】
平均値Hbと平均値Hbとの差Hb-Ha(以下「ビッカース硬さの差Hb-Ha」という。)を100以下にすることで、優れた疲労強度が得られる。ビッカース硬さの差Hb-Haの上限は、より好ましくは50であり、さらに好ましくは20であり、さらに好ましくは10であり、さらに好ましくは5である。
【0031】
ビッカース硬さの平均値Haの下限は、好ましくは520であり、さらに好ましくは550であり、さらに好ましくは580であり、さらに好ましくは600であり、さらに好ましくは620であり、さらに好ましくは640であり、さらに好ましくは650である。ビッカース硬さの平均値Haの上限は特に限定されないが、例えば750であり、好ましくは700である。
【0032】
ビッカース硬さの平均値Hbの下限は、好ましくは550であり、さらに好ましくは580であり、さらに好ましくは600であり、さらに好ましくは620であり、さらに好ましくは640であり、さらに好ましくは650である。ビッカース硬さの平均値Hbの上限は特に限定されないが、例えば800であり、好ましくは750であり、さらに好ましくは700である。
【0033】
ピン部12及びジャーナル部11の少なくとも一方において、ビッカース硬さの差Hb-Haが100以下であれば、そうでない場合と比較して、疲労強度向上の効果が得られる。もっとも、より優れた疲労強度を得るという観点からは、ピン部12及びジャーナル部11の両方において、ビッカース硬さの差Hb-Haが100以下であることが好ましい。
【0034】
[クランクシャフトの製造方法]
次に、クランクシャフト10の製造方法の一例を説明する。以下に説明する製造方法はあくまでも例示であって、クランクシャフト10の製造方法を限定するものではない。
【0035】
図3は、クランクシャフトの製造方法の一例のフロー図である。この製造方法は、クランクシャフトの中間品を準備する工程(ステップS1)と、クランクシャフトの中間品に高周波焼入れをする工程(ステップS2)と、高周波焼入れされたクランクシャフトの中間品のスラスト部を研削する工程(ステップS3)とを備えている。
【0036】
クランクシャフトの中間品を準備する(ステップS1)。クランクシャフトの中間品は例えば、所定の化学組成を有する素材を熱間鍛造してクランクシャフトの粗形状にし、必要に応じて焼準し等の熱処理をした後、機械加工を施すことで製造することができる。
【0037】
クランクシャフトの中間品に高周波焼入れをする(ステップS2)。具体的には例えば、高周波誘導加熱によってクランクシャフトの中間品を所定の温度に加熱した後、急冷する。クランクシャフトへの高周波焼入れは、クランクシャフト全体に対して行ってもよいし、ピン部及びジャーナル部のみに対して行ってもよい。高周波焼入れは、ピン部及びジャーナル部の各々のスラスト部にも焼入れ硬化層が形成されるように行う。
【0038】
高周波焼入れされたクランクシャフトの中間品のピン部及びジャーナル部の各々のスラスト部を研削する(ステップS3)。具体的には、クランクシャフトの中間品を回転させながら、回転する砥石をスラスト部に接触させる。
【0039】
[スラスト部の研削方法の例1]
以下ではスラスト部の研削方法の一例として、
図4を参照して、ピン部のスラスト部を研削する場合を説明する。
図4は、ピン部12のスラスト部123の研削の様子を模式的に示す図である。以下の説明では、「クランクシャフトの中間品」を「クランクシャフト10A」と呼ぶ。
【0040】
ピン部12の摺動部121の中心軸A1を回転軸(回転中心軸)としてクランクシャフト10Aを回転させる。この回転は例えば、偏心チャックを用いて行うことができる。クランクシャフト10Aの回転方向は、砥石20の回転方向と同じ方向であってもよいし、反対方向であってもよいが、同じ方向であることが好ましい。クランクシャフト10Aを回転させながら、摺動部121の中心軸A1と平行な方向を回転軸A2として回転する砥石20をスラスト部123に接触させる。
【0041】
より具体的には、砥石20の回転軸A2と摺動部121の中心軸A1とが接近するように砥石20を移動させて、砥石20とスラスト部123とを接触させる。砥石20を移動させるのに代えて、クランクシャフト10Aを移動させてもよいし、両方を移動させてもよい。砥石20とスラスト部123とを接触させた後、回転軸A2と中心軸A1とをさらに接近させて、スラスト部123の表面を研削する。このとき、砥石20とスラスト部123との間に研削液(冷却液や潤滑液)を供給しながら研削することが好ましい。
図4では、摺動部121の軸方向の片側のスラスト部123を砥石20で研削する場合を図示しているが、二つのスラスト部123の両方を一度に研削するようにしてもよい。
【0042】
スラスト部123を研削する際、スラスト部123の周速度Vaと砥石20の周速度(より詳しくは、砥石20の表面の周速度)Vbとの比Vb/Vaを100以下にし、かつ、研削能率Z’を50mm3/(mm・s)以下にすることが好ましい。
【0043】
スラスト部123の周速度Vaは、砥石20がスラスト部123と最初に接触する位置L1でのスラスト部123の周速度とする。すなわち、砥石20とスラスト部123とを接近させていったとき、砥石20とスラスト部123とが最初に接触する位置L1でのスラスト部123の周速度を周速度Vaとする(
図4を参照)。周速度Vaはまた、中心軸A1から上述した位置L1までの距離をR、クランクシャフト10Aの回転速度(単位時間当たりの回転数)をnとしたとき、Va=2πRnとして表される。
【0044】
周速度Vbに対して周速度Vaを大きくすることで、スラスト部123の表面で発生する熱が周方向に分散されやすくなり、スラスト部123の温度上昇を抑制することができる。Vb/Vaの上限は、より好ましくは80であり、さらに好ましくは70である。Vb/Vaの下限は、特に限定されないが、例えば30であり、好ましくは50である。
【0045】
周速度Vaは、Vb/Vaが100以下であれば特に限定されないが、例えば0.50~5.00m/sである。周速度Vaの下限は、好ましくは0.60m/sであり、さらに好ましくは0.70m/sである。周速度Vaの上限は、好ましくは3.00m/sであり、さらに好ましくは2.00m/sである。
【0046】
周速度Vbは、Vb/Vaが100以下であれば特に限定されないが、例えば30~300m/sである。周速度Vbの下限は、好ましくは40m/sであり、さらに好ましくは50m/sである。周速度Vbの上限は、好ましくは200m/sであり、さらに好ましくは150m/sであり、さらに好ましくは100m/sである。
【0047】
研削能率Z’は、単位時間に、砥石の単位幅当たりにどれだけの体積が研削されるかを示す量である。本実施形態では、概算値として、下記の式(1)によって研削能率Z’を求める。
Z’=R×v×π (1)
ここで、Rは、中心軸A1から上述した位置L1までの距離(単位はmm)であり(
図4を参照)、vは砥石20の切込速度(単位はmm/s)である。
【0048】
砥石20の切込速度vは、中心軸A1と回転軸A2とが接近する速度である。砥石20の切込速度vは、中心軸A1を固定して砥石20の回転軸A2だけを移動させる場合には、砥石20の送り速度と一致する。
【0049】
研削能率Z’が大きすぎると、スラスト部123の温度上昇を抑制することが困難になる。研削能率Z’の上限は、より好ましくは45mm3/(mm・s)である。一方、研削能率Z’を小さくしすぎると生産性が低下する。研削能率Z’の下限は、好ましくは30mm3/(mm・s)である。
【0050】
Vb/Vaを100以下にし、かつ、研削能率Z’を50mm3/(mm・s)以下にすることで、スラスト部123のビッカース硬さの差Hb-Haを100以下にすることができる。既述のとおり、クランクシャフト10は、ピン部12及びジャーナル部11の少なくとも一方において、ビッカース硬さの差Hb-Haが100以下であればよい。そのためには、ピン部12のスラスト部123を研削する際、及びジャーナル部11のスラスト部を研削する際の少なくとも一方において、Vb/Vaを100以下にし、かつ、研削能率Z’を50mm3/(mm・s)以下にすればよい。もっとも、より優れた疲労強度を得るという観点からは、ピン部12のスラスト部123を研削する際、及びジャーナル部11のスラスト部を研削する際の両方において、Vb/Vaを100以下にし、かつ、研削能率Z’を50mm3/(mm・s)以下にすることが好ましい。
【0051】
[スラスト部の研削方法の例2]
上記の例では、ピン部12のスラスト部123を研削する方法の一例として、ピン部12の摺動部121の中心軸A1を回転軸としてクランクシャフト10Aを回転させながら、砥石20をスラスト部123に接触させる場合を説明した。ピン部12のスラスト部123を研削する方法として、上記の方法に代えて、以下に説明するように、ジャーナル部11(
図1)の摺動部の中心軸を回転軸としてクランクシャフト10Aを回転させながら、ピン部12の回転に追随する砥石によってピン部12のスラスト部123を研削する方法を用いることもできる。
【0052】
図5A~
図5Dは、ピン部12の回転に追随する砥石20によってピン部12のスラスト部を研削する方法を模式的に示す図である。
図5A~
図5Dでは、クランクシャフト10Aをジャーナル部11の摺動部の中心軸を回転軸として回転させた場合における、クランクシャフト10Aの軸方向から見たときの、ジャーナル部11及びピン部12の位置、並びに砥石20の位置を模式的に示している。以下の説明では、クランクシャフト10Aの軸方向をz方向と呼び、z方向と垂直な方向の一つをx方向と呼び、x方向及びz方向の両方に垂直な方向をy方向と呼ぶ。
【0053】
図5A~
図5Dに示すように、クランクシャフト10Aが一回転する間に、ピン部12はジャーナル部11の周りを一回転する。このとき、砥石20の表面がピン部12と接触し続けるように、砥石20をピン部12の回転運動に連動してx方向に往復運動させる。より正確には、砥石20の表面がピン部12と接触し続け、かつ、ピン部12の中心軸と砥石20の中心軸とが切込速度vで接近するように、砥石20をピン部12の回転運動に連動してx方向に往復運動させる。この間、z軸と平行な方向を回転軸として周速度Vbで砥石20を回転させる。
【0054】
図5A~
図5Dに示すように、クランクシャフト10Aが一回転する間に、ピン部12の全周が砥石20と接触する。クランクシャフト10Aの回転速度(単位時間当たりの回転数)をnとした場合、ピン部12は、単位時間に(ピン部12の周長)×nの長さだけ砥石20と摺動する。この場合におけるピン部12と砥石20との相対的な位置関係は、砥石20の径がピン部12の径に対して十分に大きければ、ピン部12の中心(ピン部12の摺動部121(
図4)の中心軸)を回転軸として回転速度nで回転するピン部12に砥石20を接触させる場合(
図6を参照)と等価であると近似できる。
【0055】
そこで、スラスト部123の周速度Vaを、「ピン部12の摺動部121の中心軸から見た周速度」と定義することで、周速度Vaと周速度Vbとの関係を、
図4を参照して説明した場合と同様に考えることができる。より具体的には、スラスト部123の周速度Vaを、ピン部12の摺動部121の中心軸から見た、砥石20がスラスト部123と最初に接触する位置でのスラスト部123の周速度とする。この場合、周速度Vaは、ピン部12の摺動部121の中心軸から砥石20がスラスト部123と最初に接触する位置までの距離をR、クランクシャフト10Aの回転速度(単位時間当たりの回転数)をnとしたとき、Va=2πRnとして表される。
【0056】
この場合においても、Vb/Vaを100以下にし、かつ、研削能率Z’を50mm
3/(mm・s)以下にすることが好ましい。Vb/Vaを100以下にし、かつ、研削能率Z’を50mm
3/(mm・s)以下にすることで、スラスト部123のビッカース硬さの差Hb-Haを100以下にすることができる。Vb/Vaのより好ましい範囲、及び研削能率Z’のより好ましい範囲は、
図4を参照して説明した場合と同様である。
【0057】
上記の例では、ピン部12の回転運動に連動して、砥石20をx方向に往復運動させる場合を説明した。これに代えて、ピン部12の回転運動に連動して、砥石20をx方向及びy方向の両方に移動させるようにしてもよい。
【0058】
[被削部の冷却]
高周波焼入れされたクランクシャフトの中間品のスラスト部を研削する工程(ステップS3)では、スラスト部の研削される部分(被削部)に冷却液を噴射しながら研削を行うことが好ましい。このとき、冷却液の流量が15.0L/分以上150.0L/分以下であり、冷却液の圧力が0.01MPa以上1.00MPa以下であり、かつ、流量(L/分)×圧力(MPa)が5.0<流量×圧力<150.0とすることが好ましい。冷却液は、潤滑液の機能を併せ持ったものであってもよい。
【0059】
上記の条件で冷却することによって、研削能率Z’を大きくした場合であっても、被削部の温度上昇を抑制し、スラスト部の最表層での軟化を抑制することができる。流量×圧力の下限は、より好ましくは8.0であり、さらに好ましくは10.0であり、さらに好ましくは15.0である。流量×圧力の上限は、より好ましくは120.0であり、さらに好ましくは100.0であり、さらに好ましくは80.0であり、さらに好ましくは60.0である。
【0060】
スラスト部を研削する工程(ステップS3)では、被削部の表面温度を200℃以下になるように冷却することが好ましい。研削時の被削部の表面温度は、より好ましくは180℃以下であり、さらに好ましくは160℃以下であり、さらに好ましくは120℃以下である。
【0061】
以上、本発明の一実施形態によるクランクシャフトの構成及びその製造方法の一例を説明した。本実施形態によれば、優れた疲労強度を有するクランクシャフトが得られる。
【実施例0062】
以下、実施例によって本発明をより具体的に説明する。本発明はこれらの実施例に限定されない。
【0063】
[実施例1]
表1に示す化学組成を有する鋼材からなるクランクシャフトの中間品に対して高周波焼入れを行った。高周波焼入れ後、ピン部及びジャーナル部に研削を施してクランクシャフトを製造した。高周波焼入れの条件及びピン部の研削条件等は一定とし、ジャーナル部のスラスト部の研削条件だけを変えて複数のクランクシャフトを製造した。
【0064】
ジャーナル部のスラスト部の研削は、研削方式:湿式プランジ研削、砥石周速度(Vb):60m/s、実取り代:φ12.18mm、研削幅:0.25mm(片側)を共通の条件とし、ワーク周速度(Va)及び切込速度を変えて行った。砥石の回転方向とワーク(クランクシャフトの中間品)の回転方向は同方向とした。
【0065】
【0066】
各クランクシャフトから硬さ測定用の試験片を採取し、ジャーナル部のスラスト部における、ビッカース硬さの平均値Ha及びビッカース硬さの平均値Hbを測定した。
【0067】
各クランクシャフトの1スローを切断し、ねじり疲労試験を行った。具体的には1スロー両端のピン部を試験機に固定して、ピン部に所定のトルクを繰り返しかけることによって、ジャーナル部にせん断力を繰り返し付与した。疲労破壊が認められるか、繰り返し数が1.0×107回となるまで試験を続行し、疲労強度(疲労限度)を求めた。
【0068】
結果を表2に示す。
【0069】
【0070】
表2の「硬化層組織」の欄には、表面から0.50mmの位置の組織を記載している。「硬化層最表層組織」の欄には、表面から0.10mmの位置の組織を記載している。括弧内の数値は、その組織の体積率である。
【0071】
表2に示すように、No.1~No.3のクランクシャフトは、ビッカース硬さの差Hb-Haが100以下であった。これらのクランクシャフトは、No.4~No.7のクランクシャフトと比較して、優れた疲労強度を有していた。
【0072】
No.4~No.7のクランクシャフトは、ビッカース硬さの差Hb-Haが100よりも大きかった。No.4のクランクシャフトのビッカース硬さの差Hb-Haが100よりも大きかったのは、研削能率Z’が大きすぎたためと考えられる。No.5~No.7のクランクシャフトのビッカース硬さの差Hb-Haが100よりも大きかったのは、Vb/Vaが大きすぎたためと考えられる。
【0073】
[実施例2]
次に、ワーク周速度(Va)を1.00m/s、ワーク周速度に対する砥石周速度の比Vb/Vaを60.00、研削能率Z’を45.00(mm3/mm・s)に固定し、冷却条件を変えて研削を行った。他は実施例1と同様にしてクランクシャフトを製造し、Ha、Hb及び疲労強度を測定した。結果を表3に示す。
【0074】
【0075】
表3に示すとおり、冷却条件が5.0<流量×圧力<150を満たしたNo.11~No.13及びNo.15では、研削時の被削部の表面温度が200℃以下であった。No.11~No.13及びNo.15のクランクシャフトは、Hb-Haが50以下であり、No.14及びNo.16のクランクシャフトと比較して、より優れた疲労強度を有していた。
【0076】
以上、本発明の一実施形態を説明したが、上述した実施形態は本発明を実施するための例示に過ぎない。よって、本発明は上述した実施形態に限定されることなく、その趣旨を逸脱しない範囲内で上述した実施形態を適宜変形して実施することが可能である。