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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023174595
(43)【公開日】2023-12-07
(54)【発明の名称】口臭判定方法
(51)【国際特許分類】
   G01N 33/497 20060101AFI20231130BHJP
【FI】
G01N33/497 B
【審査請求】未請求
【請求項の数】5
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023085822
(22)【出願日】2023-05-24
(31)【優先権主張番号】P 2022087090
(32)【優先日】2022-05-27
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(71)【出願人】
【識別番号】000000918
【氏名又は名称】花王株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000084
【氏名又は名称】弁理士法人アルガ特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】上原 千紗貴
(72)【発明者】
【氏名】竹谷 千晶
(72)【発明者】
【氏名】高瀬 鍛
【テーマコード(参考)】
2G045
【Fターム(参考)】
2G045AA33
(57)【要約】
【課題】嗅覚感受性を用いて、心理的なストレスなく、簡便に口臭を判定する方法を提供する。
【解決手段】下記のa)~c)の工程を含む、口臭の判定方法。
a)ユズ、マスカット、グアバ、スイカ、パッションフルーツ、ガラナ、巨峰及びクランベリーから選ばれるフルーツ系香料を含む香料サンプルAと、前記フルーツ系香料とジメチルジスルフィドを含む香料サンプルBを準備する工程
b)被験者に香料サンプルAと香料サンプルBの匂いをそれぞれ嗅がせる工程
c)両者の匂いが同じと感じる場合に該被験者を口臭あり、違うと感じる場合に該被験者を口臭なしと評価する工程。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
1)下記のa)~c)の工程を含む、口臭の判定方法。
a)ユズ、マスカット、グアバ、スイカ、パッションフルーツ、ガラナ、巨峰及びクランベリーから選ばれるフルーツ系香料を含む香料サンプルAと、前記フルーツ系香料とジメチルジスルフィドを含む香料サンプルBを準備する工程
b)被験者に香料サンプルAと香料サンプルBの匂いをそれぞれ嗅がせる工程
c)両者の匂いが同じと感じる場合に該被験者を口臭あり、違うと感じる場合に該被験者を口臭なしと評価する工程
【請求項2】
香料サンプルBがジメチルジスルフィドを0.01~1.0質量%含有する、請求項1記載の方法。
【請求項3】
前記c)工程による評価が、違い度合い(dissimilarity)を評価する方法、類似度合いを評価する方法、匂いを嗅いだときに想起される色や写真などのイメージを選択する方法、又は匂いを嗅いだときの生理的反応を計測する方法によってなされる、請求項1又は2記載の方法。
【請求項4】
Labeled magnitude scale(LMS)を用いたdissimilarityの値が0~21未満である場合に当該被験者を口臭ありと判定し、21以上の場合に口臭なしと判定する、請求項3記載の方法。
【請求項5】
香料サンプル及び/又は当該香料サンプルを被験者に提示するための媒体を含む、請求項1~4のいずれか1項に記載の方法を実施するための口臭判定キット。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、嗅覚感受性を利用した口臭判定方法に関する。
【背景技術】
【0002】
口臭の大部分は口腔内の気体由来であり、その主要原因物質は硫化水素、メチルメルカプタン、ジメチルスルフィド(DMS)、ジメチルジスルフィド(DMDS)、ジメチルトリスルフィド(DMTS)等の揮発性硫黄化合物(VSC:Volatile Sulfur Compounds)の他、脂肪酸類、アミン類、フェノールやクレゾール等の芳香族化合物、インドールやスカトール等の含窒素芳香族化合物である。このうち、揮発性硫黄化合物は、口の内に生息している嫌気性菌が唾液、血液、剥離上皮細胞、食物残渣等に含まれる含硫アミノ酸を分解・腐敗することで産生されると考えられている。
【0003】
口臭を判定又は測定する方法としては、例えば、だ液にシステインやメチオニンを加え、これを培養した後に揮発性含硫化合物を測定する方法や、口腔内の空気をガスタイトシリンジにて採取し、それを直接ガスクロマトグラフ分析装置にて分析することで揮発性含硫化合物を定量する方法などが知られている。
【0004】
一方、ある匂いを嗅ぎ続けていると、その匂いに対する感受性が低下する。この現象は匂いの順応と呼ばれる。匂いの順応は、短期的な順応と長期的な順応の二つに分類され、それぞれの順応を引き起こす分子メカニズムは異なると考えられている。短期的な順応では、匂い感受性は、数秒から数分の匂い物質への曝露により低下し、該匂い物質がなくなれば速やかに回復する。一方、長期的な順応は数週間の単位で起こり、その回復にも同等の時間がかかる。
【0005】
ヒトが最も高頻度に曝され続ける匂いは自らの体臭であり、体臭は当人の嗅覚に作用し続けて匂いの順応を起こしていると考えられていたが、最近、本出願人は、個体の体臭を減少させることにより、比較的短時間のうちに該個体を体臭に起因する匂いの順応から回復させ、その嗅覚感受性を向上できること、また、嗅覚感受性を指標として口臭を含む体臭の評価が可能であることを見出している(特許文献1)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2021-99326号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
嗅覚感受性を指標として口臭を測定する場合、不快な匂いである口臭原因物質を匂いサンプルとして用いることになり、被験者に精神的苦痛を与えることが予想される。本発明は、嗅覚感受性を用いて、心理的なストレスなく、簡便に口臭を判定する方法を提供することに関する。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者は、ジメチルジスルフィドに特定の香料を組み合わせた香料サンプルを用い、これを被験者に提示することにより、被験者に精神的苦痛を与えることなく、嗅覚感受性を利用した口臭の判定が可能であることを見出した。
【0009】
すなわち、本発明は以下の1)~2)を提供する。
1)下記のa)~c)の工程を含む、口臭の判定方法。
a)ユズ、マスカット、グアバ、スイカ、パッションフルーツ、ガラナ、巨峰及びクランベリーから選ばれるフルーツ系香料を含む香料サンプルAと、前記フルーツ系香料とジメチルジスルフィドを含む香料サンプルBを準備する工程
b)被験者に香料サンプルAと香料サンプルBの匂いをそれぞれ嗅がせる工程
c)両者の匂いが同じと感じる場合に該被験者を口臭あり、違うと感じる場合に該被験者を口臭なしと評価する工程
2)前記香料サンプル及び/又は当該香料サンプルを被験者に提示するための媒体を含む、前記1)の方法を実施するための口臭判定キット。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、口臭の有無を、容易且つ客観的に、しかも被験者に苦痛を与えずに、被験者が自己判定することができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
図1】呼気中DMS、DMDS、DMTS、インドール濃度の相関解析の結果。
図2】呼気中硫化水素、メチルメルカプタン、DMDS濃度の相関解析の結果。
図3】舌清掃前後のDMDS及びムスコンの匂い強度評価結果。
図4】呼気中DMDS濃度とDMDSに対する嗅覚感度の相関解析結果。
図5】口臭の判定に使用可能な香料の選抜(dissimilarity評価結果)。
図6】口臭の判定に使用可能な香料の選抜(A:dissimilarity評価結果、B:快・不快度評価結果)。
図7】香料サンプルAと香料サンプルBを用いた口臭有無の判定(dissimilarity評価結果)。
【発明を実施するための形態】
【0012】
本発明の口臭の判定方法は、下記のa)~c)の工程を含む。
a)ユズ、マスカット、グアバ、スイカ、パッションフルーツ、ガラナ、巨峰及びクランベリーから選ばれるフルーツ系香料を含む香料サンプルAと、前記フルーツ系香料とジメチルジスルフィドを含む香料サンプルBを準備する工程
b)被験者に香料サンプルAと香料サンプルBの匂いをそれぞれ嗅がせる工程
c)両者の匂いが同じと感じる場合に該被験者を口臭あり、違うと感じる場合に該被験者を口臭なしと評価する工程
【0013】
本発明において、「口臭」とは、個体の口腔内から発せられる、個体の口腔内に恒常的に存在する匂いをいう。
また、本発明において、「判定」という用語は、検出、検査、測定、評価又は評価支援という用語で言い換えることもできる。なお、本発明において、「判定」という用語は、被験者自身による自己判定を意味し、医師による判定や評価、及び診断を含むものではない。
【0014】
<工程a>
本工程で準備される、香料サンプルA及びBにおいて用いられるフルーツ系香料は、ユズ、マスカット、グアバ、スイカ、パッションフルーツ、ガラナ、巨峰及びクランベリーから選ばれる果物から香気成分を抽出した香料である。当該フルーツ系香料は、例えば、後述する実施例に示すようにT&M株式会社から販売されているものを用いることができるが、同系の香料であればこれらに限定されない。
斯かる7種のフルーツ系香料は、後述する実施例に示すように、ジメチルジスルフィド[(CH)S-S(CH)](DMDS)を添加した場合に、香りの心地よさが損なわれず(DMDS添加香料の快・不快度:-1.7以上)、且つDMDSを添加した場合としない場合で匂い質の違いを容易に判別できる香料として選択された香料である。
【0015】
香料サンプルBにおいて、フルーツ系香料と組み合わせて用いられるDMDSは、前述のとおり、口臭原因物質として知られる揮発性硫黄化合物(VSC)の一つである。DMDSは、後述する参考例に示すように、呼気中の口臭成分の相関解析により、他の揮発性硫黄化合物(ジメチルスルフィド[(CHS](DMS)、ジメチルトリスルフィド[(CH)S-S-S(CH)](DMTS))及び含窒素芳香族化合物(インドール)と相関する。また、口臭除去処置による順応緩和試験により、呼気中DMDS濃度とDMDSに対する嗅覚感度の間には負の相関が認められる。したがって、DMDSに対する嗅覚感度の程度は、口臭判定の指標となり得ると云える。
【0016】
香料サンプルBにおいて、DMDSの使用量は、フルーツ系香料の香りの心地よさが損なわれず、口臭のない人が嗅いだ場合に匂い質が判別できる量で使用されればよく、例えば、香料サンプル中0.01質量%以上、好ましくは0.03質量%以上、より好ましくは0.05質量%以上で、且つ1質量%以下、好ましくは0.8質量%以下、より好ましくは0.5質量%以下であり、また0.01~1.0質量%、好ましくは0.03~0.
08質量%、より好ましくは0.05~0.5質量%である。
【0017】
香料サンプルは、香料成分が気化し、被験者に匂いを提示できるものであれば、その状態や形態はどのようなものでもよく、液体、ゲル、固体、気体のいずれでもよい。香料サンプル中には、エタノール等の溶剤、シリカゲル等の香料担持体、着色剤、キサンタンガム等の増粘剤、甘味料、マイクロクリスタリンワックス等の固形ベース基材、ビーズやストーン等の装飾パーツ等匂いを妨げないものを配合してもよい。
【0018】
<工程b>
本工程では、被験者に香料サンプルAと香料サンプルBの匂いをそれぞれ嗅がせる。
ここで、被験者への香料サンプルの提示方法としては、例えば、試験紙、カード、綿球などの媒体に香料サンプルを付着させて間接的に提示すること、容器又はカード等の媒体に香料サンプルを封入して直接的に提示すること等が挙げられるが、被験者が香料サンプルの香りを嗅ぐことができれば、これらに限定されるものではない。
【0019】
<工程c>
本工程において、匂いの評価は、香料サンプルAと香料サンプルBの匂いが同じと感じるか、違うと感じるかが評価される。両香料サンプルの匂いが同じと感じるか、違うと感じるかを評価する方法としては、例えば、違い度合い(dissimilarity)を評価する方法、類似度合いを評価する方法の他、匂いを嗅いだときに想起される色や写真などのイメージを選択する方法、各匂いを嗅いだときの生理的反応(脳波等)を計測する方法等が挙げられる。
違い度合いや類似度合いを評価する方法としては、例えばVisual analog scale(VAS)を用いた違い度合い又は類似度合いの評価、Labeled magnitude scale(LMS)を用いた違い度合い又は類似度合いの評価、類似度合いを表現する言葉を付与した2、4、7、10件法による評価等が挙げられる。
【0020】
例えば、LMSでは、被験者は0から100の範囲で数値と違いの程度の関係が記載された(数値が大きいほど違いが大きい)以下に示す評価尺度に基づき、両香料サンプルのdissimilarityを連続的に評価され、dissimilarityの値が、例えば0~40未満、好ましくは30未満、より好ましくは21未満である場合に該被験者を口臭あり、40以上、好ましくは30以上、より好ましくは21以上である場合に該被験者を口臭なしと判定できる。
【0021】
<LMSによるdissimilarityの評価尺度>
【0022】
また、類似度合いを表現する言葉を付与した4件法による評価では、1.違いを感じない、2.少し違う、3.そこそこ違う、4.かなり違う4段階で評価し、「違いを感じない」である場合に該被験者を口臭あり、「少し違う」、「そこそこ違う」、「かなり違う」である場合に該被験者を口臭なしと判定できる。
【0023】
本発明の口臭評価用キットは、上述した口臭判定方法を実施するためのキットである。 該キットは、本発明の香料サンプル(A及びB)及び/又は当該香料サンプルを被験者に提示するための媒体、匂いを評価するためのガイダンス等が含まれる。
香料サンプルは、例えば、容器に格納された液状の香料サンプル、スティック状に成型された香料サンプルであり得る。当該香料サンプルを被験者に提示するための媒体は、例えば、試験紙、カード、綿球などが挙げられるが、被験者が香料サンプルの香りを嗅ぐことができれば、これらに限定されるものではない。
ガイダンスとしては、香料サンプルや当該香料サンプルを被験者に提示するための媒体の取り扱い方法や、匂いの違いを評価するための判断基準を示した指針が挙げられる。
【実施例0024】
以下、実施例を示し、本発明をより具体的に説明する。
参考例1 呼気中口臭成分量の相関
代表的な口臭成分であるジメチルスルフィド(DMS)、ジメチルジスルフィド(DMDS)、ジメチルトリスルフィド(DMTS)、インドールについて、呼気サンプルに含まれる量を測定し、相関解析を実施した。
1)呼気採取及び呼気分析方法
馴化のため座位にて3分間安静にしたのち、鼻から深く息を吸い、5秒息を止めて、10~15秒かけて大気捕集用サンプリングバッグ(2L、二口、ジーエルサイエンス株式会社)に呼気を吐き出し採取した。採取後ただちに空気吸引ポンプ(柴田科学、Σ30NII)を用いて1000mL(流速100mL/min)の呼気をTenax吸着管に濃縮し、DMDS、DMTS、インドール定量用サンプルとした。つづいて200mL(流速50mL/min)の呼気をTenax吸着管に濃縮し、DMS定量用サンプルとした。吸着後は室温で保管し、24時間以内にTDU-GCMS(TDU2(GERSTEL社製)、GC:7890A、MS:5675C(Agilent Technologies社製))分析に供した。分析条件を表1、2に示す。定量にはSIMの測定データの積分値を使用し、MassHunter定量解析ソフトで積分値を算出した。定量に用いたイオン質量を表3に示す。
【0025】
【表1】
【0026】
【表2】
【0027】
【表3】
【0028】
2)結果
呼気中に含まれる口臭成分(DMS、DMDS、DMTS、インドール)濃度を測定し、相関解析を行った結果、DMDSは、他の揮発性硫黄化合物(DMS、DMTS)及びインドールとの間に有意な相関が認められた(図1)。
【0029】
参考例2 口気中の硫化水素・メチルメルカプタン・DMDS濃度の測定
代表的な口臭成分である硫化水素、メチルメルカプタン、DMDSについて、呼気サンプルに含まれる量を測定し、相関解析を実施した。
1)硫化水素・メチルメルカプタン測定方法
オーラルクロマ(商標)(CHM-2、NISSHAエフアイエス株式会社)を用いて口気中の硫化水素及びメチルメルカプタン濃度を測定した。ディスポーザブルシリンジ(1mL容、TERUMO)を被験者の口腔内に挿入し、口唇を閉鎖させた後、鼻呼吸で1分間滞在させた。その後シリンジのピストンを吸引し口腔内の気体をシリンジ内に充満させた後、再度ピストンを押し戻す操作を2回行った。再度吸引して口腔内気体を採取し、そのうちの1mLをオーラルクロマに注入し、硫化水素及びメチルメルカプタン濃度を測定した。測定前日から測定まで、匂いの強い食物(タマネギ、ニンニク、ネギ類、柑橘類、アルコール、香辛料が多く含まれている食べ物)の摂取を避け、測定の1時間前から水以外の飲食と歯磨き、喫煙を禁止した。測定当日は、香水、デオドラント製品などの匂いの強い製品の使用を控えるよう指示した。
【0030】
2)DMDSの測定方法
馴化のため座位にて3分間安静にしたのち、鼻から深く息を吸い、5秒息を止めて、10~15秒かけて大気捕集用サンプリングバッグ(2L、二口、ジーエルサイエンス株式会社)に呼気を吐き出し採取した。採取後ただちに空気吸引ポンプ(柴田科学、Σ30NII)を用いて1000mL(流速100mL/min)の呼気をTenax吸着管に濃縮した。吸着管は室温で保管し、24時間以内にTDU-GCMS(TDU2(GERSTEL社製)、GC:7890A、MS:5675C(Agilent Technologies社製))分析に供した。分析条件を表4に示す。定量にはSIMの測定データの積分値を使用し、MassHunter定量解析ソフトで積分値を算出した。DMDSの定量に用いたターゲットイオンとクオリファイアイオンのイオン質量は、94と79である。
【0031】
【表4】
【0032】
3)結果
呼気中に含まれる硫化水素、メチルメルカプタン濃度を測定し、相関解析を行った結果、DMDSと硫化水素、メチルメルカプタンとの間に有意な相関が認められた(図2)。
【0033】
参考例3 舌清掃前後における呼気中DMDS濃度の変化とDMDSに対する嗅覚感度の変化
口臭を低減するオーラルケアの継続により、口臭への順応が解消されると、口臭成分の匂いに対する嗅覚感度が上昇し、嗅覚感度の変化に基づき自身の口臭を判定できると考えられる。そこで、口臭の由来の1つである舌苔を物理的に除去する舌ブラシの連用で口臭が低減し、口臭受容体の順応の緩和により、口臭成分の匂いに対する嗅覚感度が変化するかを検証した。
【0034】
1)介入方法
20~60代の男女20人を対象とした試験を実施した。参加者は舌ブラシ連用開始1週間前から終了日まで、指定の歯磨き剤(クリアクリーン ナチュラルミント)を使用した。試験参加期間は舌ブラシ(ピジョン、ケアしてあげる舌ブラシ)で1回/日、毎朝の歯磨き前に舌清掃を行い、これを2週間継続した。
【0035】
2)匂い強度評価
舌清掃前後の嗅覚感度変化を評価するため、DMDSと対照(口臭受容体を活性化しない匂い)のムスコンについて匂い強度の評価を行った。匂い溶液を入れた50mL容のバイアル(マルエム、No.7)の瓶口で評価した。被検品としてDMDSを10ppm、ムスコンを10000ppmの濃度のミネラルオイル溶液として調整し、1mLずつバイアルに入れた。評価者は瓶中に揮散した匂いを数秒間嗅ぎ、匂いの強さについて、以下に示す評価基準に基づき判定した。評価はすべてブラインドで行い、試験サンプルの評価順はランダムとした。
【0036】
<匂いの強さの評価基準>
6:極端に強く感じる
5:非常に強く感じる
4:強く感じる
3:やや強く感じる
2:弱く感じる
1:かすかに感じる
0:感じない
【0037】
3)結果
舌清掃前後の呼気中DMDS濃度を表5に示す。舌清掃後、呼気中DMDSは有意に減少傾向であることが確認された。
DMDS及びムスコンの匂い強度評価の結果を図3に示す。舌清掃前後で対照のムスコンの知覚強度は変化しなかったが、DMDSの知覚強度は舌清掃後に有意に上昇した。これらの結果より、2週間の舌清掃により、呼気中DMDS濃度が減少し、DMDSの知覚に寄与する嗅覚受容体の順応が緩和され、DMDSに対する嗅覚感度が向上したことが示唆された。
【0038】
【表5】
【0039】
参考例4 呼気中DMDS濃度とDMDSに対する嗅覚感度の関連性
参考例3で得られたデータを用いて、呼気中DMDS濃度とDMDSに対する嗅覚感度の相関解析を行った。
呼気中DMDS濃度とDMDSに対する嗅覚感度の相関解析結果を図4に示す。呼気中DMDS濃度とDMDSに対する嗅覚感度の間には負の相関が認められた。この結果より、DMDSに対する嗅覚感度を指標として口臭を判定できる可能性が示唆された。
【0040】
試験例1 試験香料の探索(1)
市販されている香料の中から、DMDSを加えても香りの心地よさが損なわれない(DMDS添加香料の快・不快度評価値の平均値が-2を超える香料)且つDMDS添加香料・未添加香料の質の違いを判別できる香料を探索した。
【0041】
1)香料サンプルの調製
各種香料にDMDSを1.0%の濃度で加えたDMDS添加香料を調製した。調製した香料を綿球(白十字株式会社、No.10)に1μLしみ込ませ、50mL容バイアル(マルエム、No.7)に入れた。DMDSを加えない香料も同様に綿球に1μLしみ込ませ、バイアルに入れ、これらを評価サンプルとした。
【0042】
2)匂い評価
各香りについて、香りの心地よさを評価するため、下記に示す評価尺度(LMS)に基づき快・不快度を評価し、さらにDMDS添加香料と未添加香料のdissimilarityを評価した。1組評価するごとに30秒以上休憩し、次のサンプルを評価した。口腔状態が健全な若年男性は口臭がないと予想されるため、20~30代の男性10人を対象に河村らが報告した口腔状態評価アンケート(河村ら, 日本保健医療行動科学会年報, 15: 252-267 (2000))を行い、アンケートの結果から口腔状態が健全であると予想された10人を評価者とした。
【0043】
<LMSによるdissimilarityの評価尺度>
【0044】
<快・不快度評価基準>
4:極端に快
3:非常に快
2:快
1:やや快
0:快でも不快でもない
-1:やや不快
-2:不快
-3:非常に不快
-4:極端に不快
【0045】
3)結果
各香料のdissimilarityの評価結果を図5に示す。DMDSを加えても香りの心地よさが損なわれず(DMDS添加香料の快・不快度:-1.7以上)、DMDS添加香料と未添加香料の質の違いが容易に感じられる香りとして7種類の香り(ユズ、マスカット、グアバ、スイカ、パッションフルーツ、ガラナ、巨峰)が選択された。対照的に、フルフリルアルコール(Furfuryl alcohol)を含むコーヒーの香りはDMDSを加えても香りの心地よさは損なわれなかったものの、DMDS添加香料と未添加香料の質が類似しており、dissimilarityは低く評価された。7種類の香りはコーヒーの香りと比較して、有意に高いdissimilarityであった。
【0046】
この結果より、7種類の香料はそのDMDS添加香料と未添加香料の類似度を評価することで、口臭を判定できる可能性が示唆された。
【0047】
試験例2 試験香料の探索(2)
1)香料サンプルの調製
巨峰、マスカット、クランベリー香料(T&M株式会社)にDMDSを0.5%の濃度で加えたDMDS添加香料を調製した。DMDS添加香料とDMDSを加えない香料の両方について蒸留水を用いて、巨峰、クランベリーは200倍希釈(香料終濃度:0.5%、DMDS終濃度:0.0025%)、マスカットは400倍希釈(香料終濃度:0.25%、DMDS終濃度:0.00075%)した。希釈した溶液を綿球(#20、ニチエイ)に1mL染み込ませ、バイアル(No.7, マルエム)に入れ、これらを評価サンプルとした。
【0048】
2)口気中のメチルメルカプタン濃度の測定
口腔から発せられる不快な匂いの成分として、VSC、揮発性窒素化合物、低級脂肪酸などが報告されている。これらのうち、VSCの一種であるメチルメルカプタンは官能試験の匂い強度・不快度と、口腔内から検出される濃度との間で強い相関を示すことが報告されている。そこで、被験者の口臭の有無を測定するため、口気中のメチルメルカプタン濃度の測定を行った。測定前日から測定まで、匂いの強い食物(タマネギ、ニンニク、ネギ類、柑橘類、アルコール、香辛料が多く含まれている食べ物)の摂取を避け、測定の1時間前から水以外の飲食と歯磨き、喫煙を禁止した。測定当日は、香水、デオドラント製品などの匂いの強い製品の使用を控えるよう指示した。オーラルクロマ(商標)(CHM-2、NISSHAエフアイエス株式会社)を用いて口気中のメチルメルカプタン濃度を測定した。ディスポーザブルシリンジ(1mL容、TERUMO)を被験者の口腔内に挿入し、口唇を閉鎖させた後、鼻呼吸で1分間滞在させた。その後シリンジのピストンを吸引し口腔内の気体をシリンジ内に充満させた後、再度ピストンを押し戻す操作を2回行った。再度吸引して口腔内気体を採取し、そのうちの1mLをオーラルクロマに注入し、メチルメルカプタン濃度を測定した。富田らの報告(富田幸代ら、日本歯周病学会会誌、55:15-23、2013)に基づき、口気中のメチルメルカプタン濃度が100ppb未満の被験者を口臭なし(106人)とした。
【0049】
3)匂い評価
各香りについて、香りの心地よさを評価するため、9段階快・不快度表示法で快・不快度を評価し、さらに下記に示す評価尺度(LMS)に基づきDMDS添加香料と未添加香料のdissimilarityを評価した。
【0050】
<LMSによるdissimilarityの評価尺度>
【0051】
<快・不快度評価基準>
4:極端に快
3:非常に快
2:快
1:やや快
0:快でも不快でもない
-1:やや不快
-2:不快
-3:非常に不快
-4:極端に不快
【0052】
4)結果
口気中のメチルメルカプタン濃度が100ppb未満であり、口臭がないと予想された被験者による、巨峰、マスカット、クランベリーとそれらにDMDSを加えた香料のdissimilarity評価結果とDMDSを加えた香料の快・不快度評価結果を図5に示す。巨峰、マスカット、クランベリーのdissimilarityスコアの平均値はそれぞれ、40、32、46であり、ユズ、マスカット、グアバ、スイカ、パッションフルーツ、ガラナ、巨峰香料のdissimilarityスコアの平均値(Min-Max:33-56、巨峰は33、マスカットは52)と同程度であった(図6A)。また、快・不快度の中央値は-1であった(図6B)。
以上の結果から、クランベリー香料はDMDSを添加した場合に、香りの心地よさが損なわれず(DMDS添加香料の快・不快度:-1.7以上)、且つDMDSを添加した場合としない場合で匂い質の違いを容易に判別できる香料であることが示された。
【0053】
試験例3 香料サンプルAと香料サンプルBを用いた口臭有無の判定
1)香料サンプルの調製
巨峰、クランベリー香料(T&M株式会社)にDMDSを0.5%の濃度で加えたDMDS添加香料を調製した。DMDS添加香料とDMDSを加えない香料の両方について、蒸留水を用いて200倍希釈(香料終濃度:0.5%、DMDS終濃度:0.0025%)した。希釈した溶液を綿球(#20、ニチエイ)に1mL染み込ませ、バイアル(No.7, マルエム)に入れ、これらを評価サンプルとした。
【0054】
2)口気中のメチルメルカプタン濃度の測定
口腔から発せられる不快なにおいの成分として、VSC、揮発性窒素化合物、低級脂肪酸などが報告されている。これらのうち、VSCの一種であるメチルメルカプタンは官能試験のにおい強度・不快度と、口腔内から検出される濃度との間で強い相関を示すことが報告されている。そこで、被験者の口臭の有無を測定するため、口気中のメチルメルカプタン濃度の測定を行った。測定前日から測定まで、においの強い食物(タマネギ、ニンニク、ネギ類、柑橘類、アルコール、香辛料が多く含まれている食べ物)の摂取を避け、測定の1時間前から水以外の飲食と歯磨き、喫煙を禁止した。測定当日は、香水、デオドラント製品などのにおいの強い製品の使用を控えるよう指示した。オーラルクロマ(商標)(CHM-2、NISSHAエフアイエス株式会社)を用いて口気中のメチルメルカプタン濃度を測定した。ディスポーザブルシリンジ(1mL容、TERUMO)を被験者の口腔内に挿入し、口唇を閉鎖させた後、鼻呼吸で1分間滞在させた。その後シリンジのピストンを吸引し口腔内の気体をシリンジ内に充満させた後、再度ピストンを押し戻す操作を2回行った。再度吸引して口腔内気体を採取し、そのうちの1mLをオーラルクロマに注入し、メチルメルカプタン濃度を測定した。富田らの報告(富田幸代ら、日本歯周病学会会誌、55:15-23、2013)に基づき、口気中のメチルメルカプタン濃度が100ppb未満の被験者を口臭なし(106人)、100ppb以上の被験者を口臭あり(25人)として群分けした。
【0055】
3)匂い評価
各香りについて、下記に示す2つの評価尺度に基づきDMDS添加香料と未添加香料のdissimilarityを評価した。
【0056】
<LMSによるdissimilarityの評価尺度>
【0057】
<4件法によるdissimilarityの評価尺度>
1.違いを感じない
2.少し違う
3.そこそこ違う
4.かなり違う
【0058】
4)統計解析
統計解析は、GraphPad Prism 6(GraphPad Software、USA)を用いて行った。口臭なし群と口臭あり群のdissimilarityスコアの差は、ノンパラメトリック法のMann-Whitney U testにより解析した。
【0059】
5)結果
各香料のdissimilarity評価結果を図7及び表6に示す。巨峰と巨峰+0.5% DMDSのdissimilarityをLMSで評価したときのdissimilarityスコアを口臭あり群と口臭なし群で比較した結果、口臭あり群で有意に低値であり(図7、p<0.05)、4件法で評価したときのdissimilarityスコアは口臭あり群で低い傾向が認められた(p<0.1)。
【0060】
【表6】
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7