(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023017499
(43)【公開日】2023-02-07
(54)【発明の名称】肝臓の薬物代謝能の活性化剤および評価方法
(51)【国際特許分類】
C12N 1/20 20060101AFI20230131BHJP
C12Q 1/02 20060101ALI20230131BHJP
A61K 35/742 20150101ALI20230131BHJP
A61P 1/16 20060101ALI20230131BHJP
A61P 39/02 20060101ALI20230131BHJP
C12Q 1/689 20180101ALN20230131BHJP
C12Q 1/6869 20180101ALN20230131BHJP
【FI】
C12N1/20 E
C12Q1/02
A61K35/742
A61P1/16
A61P39/02
C12Q1/689 Z
C12Q1/6869 Z
【審査請求】未請求
【請求項の数】9
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021121813
(22)【出願日】2021-07-26
【公序良俗違反の表示】
(特許庁注:以下のものは登録商標)
1.テフロン
(71)【出願人】
【識別番号】000006884
【氏名又は名称】株式会社ヤクルト本社
(74)【代理人】
【識別番号】100114775
【弁理士】
【氏名又は名称】高岡 亮一
(74)【代理人】
【識別番号】100121511
【弁理士】
【氏名又は名称】小田 直
(74)【代理人】
【識別番号】100193725
【弁理士】
【氏名又は名称】小森 幸子
(74)【代理人】
【識別番号】100163038
【弁理士】
【氏名又は名称】山下 武志
(74)【代理人】
【識別番号】100207240
【弁理士】
【氏名又は名称】樋口 喜弘
(74)【代理人】
【識別番号】100191086
【弁理士】
【氏名又は名称】高橋 香元
(72)【発明者】
【氏名】栂尾 正雄
(72)【発明者】
【氏名】田島 真之介
(72)【発明者】
【氏名】倉川 尚
(72)【発明者】
【氏名】川上 幸治
(72)【発明者】
【氏名】和穎 岳
(72)【発明者】
【氏名】大塚 純
(72)【発明者】
【氏名】角 将一
【テーマコード(参考)】
4B063
4B065
4C087
【Fターム(参考)】
4B063QA01
4B063QA19
4B063QQ03
4B063QQ06
4B063QQ22
4B063QQ50
4B063QR08
4B063QR58
4B063QR62
4B063QX02
4B065AA23X
4B065AC20
4B065BA21
4B065BD50
4B065CA41
4B065CA44
4C087AA01
4C087AA02
4C087BC68
4C087CA09
4C087MA52
4C087NA14
4C087ZA75
4C087ZC37
(57)【要約】
【課題】肝臓の薬物代謝能を活性化する因子を特定する。
【解決手段】Clostridium sensu stricto 1属菌を肝臓の薬物代謝能の活性化剤とし、該細菌を用いた肝臓の薬物代謝能の評価方法を提供する。
【選択図】
図6
【特許請求の範囲】
【請求項1】
Clostridium sensu stricto 1属菌を有効成分とする肝臓の薬物代謝能の活性化剤。
【請求項2】
前記活性化剤は前記肝臓の薬物代謝酵素の活性化剤である、請求項1に記載の活性化剤。
【請求項3】
前記活性化剤は前記肝臓の薬物代謝酵素のCyp3a、Cyp2bまたはCyp2cの活性化剤である、請求項1または請求項2に記載の活性化剤。
【請求項4】
前記活性化剤は経口投与剤または対象の腸管への直接投与剤である、請求項1~3のいずれか一項に記載の活性化剤。
【請求項5】
前記活性化剤を対象に投与した場合に、対象の腸内細菌叢における前記Clostridium sensu stricto 1属菌の占有率のカットオフ値は0.5%以上であり、腸内細菌叢において前記カットオフ値以上となるようにClostridium sensu stricto 1属菌を含むように調製される、請求項1~4のいずれか一項に記載の活性化剤。
【請求項6】
前記活性化剤を対象に投与した場合に、前記Clostridium sensu stricto 1属菌の糞便1g当たりの菌数のカットオフ値は1000万個以上であり、糞便中に前記カットオフ値以上となるようにClostridium sensu stricto 1属菌を含むように調製される、請求項1~4のいずれか一項に記載の活性化剤。
【請求項7】
Clostridium sensu stricto 1属菌を指標とする肝臓の薬物代謝能の評価方法。
【請求項8】
前記薬物代謝能の評価は、前記肝臓の薬物代謝酵素の活性を評価するものである請求項7に記載の評価方法。
【請求項9】
前記薬物代謝能の評価は、前記肝臓の薬物代謝酵素のCyp3a、Cyp2bまたはCyp2cの活性を評価するものである請求項7または8に記載の評価方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、肝臓の薬物代謝能の活性化剤および肝臓の薬物代謝能の評価方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、宿主の薬物代謝能へ腸内細菌叢が与える影響について、様々な研究が行われている。非特許文献1は、マウスを用いたin vivo試験において宿主の腸内細菌叢の存在がシトクロムP450、特にCyp3aの薬物代謝活性に影響することを示す。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【非特許文献1】Biopharmaceutics & Drug Disposition,2020,Vol.41,Issue7,p.275-282
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかし、非特許文献1では、細菌の総量、特定の菌種など、肝臓の薬物代謝能を活性化する因子を特定しておらず、該因子を用いた肝臓の薬物代謝活性の評価方法を確立するなど、研究・開発を行う余地が残っていた。
【0005】
そこで、本発明は該因子を特定し、肝臓の薬物代謝能の活性化剤を提供するとともに、該因子を指標とした肝臓の薬物代謝能の評価方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、鋭意研究を行った結果、意外にも腸内細菌叢に存在するClostridium sensu stricto 1(クロストリジウム センス ストリクト 1)属菌が肝臓の薬物代謝能の活性化と相関し、活性化因子となりえることを見出した。また、Clostridium sensu stricto 1属菌を肝臓の薬物代謝能の活性化剤とし、さらには、該細菌を指標とした肝臓の薬物代謝能の評価方法を確立した。本発明の特徴は以下の通りである。
【0007】
[1]Clostridium sensu stricto 1属菌を有効成分とする肝臓の薬物代謝能の活性化剤。
【0008】
[2]前記活性化剤は前記肝臓の薬物代謝酵素の活性化剤である、前記[1]に記載の活性化剤。
【0009】
[3]前記活性化剤は前記肝臓の薬物代謝酵素のCyp3a、Cyp2bまたはCyp2cの活性化剤である、前記[1]または[2]に記載の活性化剤。
【0010】
[4]前記活性化剤は経口投与剤または対象の腸管への直接投与剤である、前記[1]~[3]のいずれか1つに記載の活性化剤。
【0011】
[5]前記活性化剤を対象に投与した場合に、対象の腸内細菌叢における前記Clostridium sensu stricto 1属菌の占有率のカットオフ値は0.5%以上であり、腸内細菌叢において前記カットオフ値以上となるようにClostridium sensu stricto 1属菌を含むように調製される、前記[1]~[4]のいずれか1つに記載の活性化剤。
【0012】
[6]前記活性化剤を対象に投与した場合に、前記Clostridium sensu stricto 1属菌の糞便1g当たりの菌数のカットオフ値は1000万個以上であり、糞便中に前記カットオフ値以上となるようにClostridium sensu stricto 1属菌を含むように調製される、前記[1]~[4]のいずれか1つに記載の活性化剤。
【0013】
[7]Clostridium sensu stricto 1属菌を指標とする肝臓の薬物代謝能の評価方法。
【0014】
[8]前記薬物代謝能の評価は、前記肝臓の薬物代謝酵素の活性を評価するものである前記[7]に記載の評価方法。
【0015】
[9]前記薬物代謝能の評価は、前記肝臓の薬物代謝酵素のCyp3a、Cyp2bまたはCyp2cの活性を評価するものである前記[7]または[8]に記載の評価方法。
【発明の効果】
【0016】
本発明によれば、Clostridium sensu stricto 1属菌を有効成分とする肝臓の薬物代謝能の活性化剤を提供することができる。また、本発明によれば、Clostridium sensu stricto 1属菌を指標とした肝臓の薬物代謝能の評価方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【
図1】
図1は評価試験を介して肝臓の薬物代謝能に作用する因子を特定するフローである。
【
図2】
図2は肝臓の薬物代謝能を評価する手法を確立したフローである。
【
図3】
図3はマウスの肝臓の薬物代謝活能の強弱を判定するフローである。
【
図4】
図4はドナーマウスおよびレシピエントマウスから調製した肝臓のミクロソーム画分中のCyp活性を示す。
【
図5】
図5はドナーマウス、レシピエントマウスの糞便中の細菌に関するUnweighted Unifrac距離に基づいた主座標分析の結果を示す。
【
図6】
図6は各細菌数とCyp活性の間の相関性を示した、スピアマンの順位相関係数のヒートマップである。
【
図7】
図7はClostridium sensu stricto 1属菌の占有率1%および菌数1億個で分けた場合のCyp活性の群間比較の結果を示す。
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下、本発明の肝臓の薬物代謝能の活性化剤、および肝臓の薬物代謝能の評価方法について詳細に説明するが、以下に記載する構成要件の説明は、本発明の一実施態様としての一例であり、これらの内容に特定されるものではない。
【0019】
本発明は、マウスやヒトなどの哺乳類の腸管内の腸内細菌叢中に存在するClostridium sensu stricto 1属菌に対し、肝臓の薬物代謝能の活性化剤としての用途を見出し、さらに腸内細菌叢中のClostridium sensu stricto 1属菌の占有率または該細菌の菌数を測定することにより、肝臓の薬物代謝能の強弱を判定する方法を示すものである。
【0020】
Clostridium sensu stricto 1属菌はマウスやヒトなどの哺乳類の腸管内に存在する重要な嫌気性菌の一種であり、炭水化物、アミノ酸、アルコール、プリン体等の様々な化合物を代謝する腸内細菌として知られているが、肝臓の薬物代謝能との関連性やそのメカニズムについては知られていない。代謝産物としては、エタノール、プロパノール、またはブタノール等がある。
【0021】
肝臓の薬物代謝能は、主に、薬物代謝酵素の活性化により増強するものである。肝臓の薬物代謝酵素としては、シトクロムP450、Ugt等があげられ、特にCyp3a、Cyp2b、またはCyp2cが挙げられる。Cyp3aはシトクロムP450のファミリー3、サブファミリーAに属する薬物代謝酵素である。Cyp2b、Cyp2cは、ファミリー2、サブファミリーB、Cにそれぞれ属する薬物代謝酵素である。本発明の活性化剤は特に薬物代謝酵素の活性剤であり、さらに好ましくは、Cyp3a、Cyp2b、またはCyp2cの活性剤である。また、本発明の評価方法も、特に薬物代謝酵素の活性を評価するものであり、さらに好ましくは、Cyp3a、Cyp2b、またはCyp2cの活性を評価するものである。
【0022】
本発明の活性化剤は有効量のClostridium sensu stricto 1属菌を含んでいれば、特に制限はされず、乳酸菌等の他の腸内細菌、食品素材、医薬用無毒性担体等を含んでいてもよい。また、当該剤型として、例えば、液状、粉末、顆粒、ペレット、錠剤、カプセル剤、油状等が挙げられる。また、本発明の活性化剤は、生理食塩水、真水、その他の飲料水または動物用飼料などに添加して使用することができ、飲食品、健康食品、医薬品、動物用飼料等の経口用組成物または腸管などへの直接投与用の組成物とすることができる。また、Clostridium sensu stricto 1属菌は、死菌と生菌のどちらでもよい。
【0023】
活性化剤の投与方法は経口投与(本発明では経口投与によって投与する活性化剤を「経口投与剤」と称する)または注射器もしくはチューブを介する注射剤、浣腸もしくは座薬などにより腸管へ直接投与によって投与することもできる(本発明では、直接投与によって投与する活性化剤を「直接投与剤」と称する)。好ましい態様として、活性化剤を口すすぎ剤、ゲルまたは摂食可能な飲食品に含ませて経口投与することで、簡易な投与を提供することができる。
【0024】
活性化剤となるClostridium sensu stricto 1属菌の測定にはDNA解析を用いた評価試験を行う。例えば、宿主の糞便サンプルからDNAを抽出して、メタ16S解析を行う。メタ16S解析は、全ての細菌に共通して存在する必須遺伝子の1つである16SrRNA遺伝子を標的にしてPCR増幅を行い、増幅領域中に含まれる可変領域のDNA配列の差異に基づいて菌叢を構成する細菌の種類と相対的存在量を検討する解析手法である。これにより占有率が測定できる。
【0025】
また、宿主の糞便サンプルからqPCR(リアルタイムPCR)などにより腸内細菌叢の総菌数を測定し、腸内細菌叢中のClostridium sensu stricto 1属菌の占有率を総菌数と掛け合わせれば該細菌の菌数を求めることができる。腸内細菌叢中の総菌数を測定する手段は、上記に挙げたものの他、例えば適切な培地で腸内細菌を培養し菌数を計測する方法、選択液体培地中で腸内細菌を培養し濁度や吸光度を測定する方法、FISH法、遺伝子増幅法(LAMP法等)などを用いてもよい。また、選択的なプライマーを用いて遺伝子増幅法を行うことで直接、Clostridium sensu stricto 1属菌の菌数を測定することも可能である。
【0026】
肝臓の薬物代謝酵素が有意に活性化されているか否かのカットオフ値は、例えば、肝臓の薬物代謝能を有する酵素の活性と該細菌の占有率または菌数との関連性を解析することにより求めることができる。
【0027】
以下、図面を参照しつつ本発明の実施形態をより具体的に説明する。
図1は、評価試験を介して肝臓の薬物代謝能の活性(以下、「Cyp活性」と称することがある。)に作用する因子を特定するフローを示す。
【0028】
なお、実施例ではフローの前段階として通常化を行った。ただし、この工程はCyp活性に作用する因子特定においては必須ではない。通常化により、Cyp活性の多寡がマウスの遺伝子的要因、環境的要因に起因するのか、あるいは腸内細菌叢に起因するのか確認できる。実施例では経口投与により通常化を行っているが、マウスの腸管に腸内細菌を定着させることができれば、注射器もしくはチューブを介する注射剤を用いて、または浣腸もしくは座薬などにより腸管へ直接投与によって定着させてもよい。
【0029】
操作を開始すると、ステップS1001で、糞便を採取し、その後、肝臓を採材する。採材した肝臓のサンプルの取扱いは
図2のステップS2001で説明する。一方、採取した糞便はステップS1002でDNA抽出を行い、ステップS1003で各種の評価試験を行った後、操作を終える。
【0030】
ステップS1002の糞便からDNAを抽出する手段は特に限定はされないが、一般的なビーズ・フェノール法を用いることができる。ビーズ・フェノール法は、糞便サンプルの希釈液にガラスビーズを入れて激しく振とうし、菌体を破砕してDNAを抽出する方法である。
【0031】
ステップS1003の評価試験は、ステップS1001で取得した糞便サンプルおよび肝臓サンプルおよびS1002で取得したDNAを基に、糞便中の菌数測定、細菌の占有率、細菌叢構成等とCyp活性との関連について、統計的手法を用いた解析を行い、肝臓の薬物代謝能の因子を特定する。具体的な手法は実施例で説明するが、例えば、リアルタイムPCR(qPCR)、LAMP法等の遺伝子増幅法、メタ16S解析等のメタゲノム解析、吸光度測定、FISH法、または光学顕微鏡を用いた目視計測等を行う。Cyp活性の測定方法は後述する。
【0032】
図2は、
図1のステップのうち、肝臓の薬物代謝能を評価する手法を確立したフローである。操作を開始すると、ステップS2001で、
図1のステップS1001で採材した肝臓サンプルを基にCyp活性を測定する。次に、ステップS2002で、ステップS2001で得たCyp活性の結果と、ステップS1003で得た遺伝子解析の結果からCyp活性と正の相関を示した特定の菌種に関し、占有率・菌数等を基にカットオフ値の検討を行い、操作を終了する。なお、実施例では、占有率または菌数を基にカットオフ値を設定している。
【0033】
ステップS2001のCyp活性の測定は一般的な手法を用いる。例えば採材したマウスの肝臓サンプルをホモジナイズし、スクロース溶液に懸濁した後、遠心分離して上清を抽出する。次にその上清を超遠心分離し、ミクロソーム画分を抽出後、一般に使用されているタンパク質濃度測定用キットおよび活性測定用キットを用いて、規定のプロトコルに基づきCyp活性を測定する。
【0034】
カットオフ値は、Cyp活性の強弱を判定する統計的な指標の値を意味する。カットオフ値は、腸内細菌叢を有する生物種毎、個体群毎に任意に設定できる。設定したカットオフ値以上の値が算出された場合は、高いCyp活性を有すると判定することができる。反対に、設定したカットオフ値未満の値が算出された場合は低いCyp活性であると判定することができる。
【0035】
一例として、Clostridium sensu stricto 1属菌に関し、マウスの腸内細菌叢中の占有率を指標としてカットオフ値を設定した場合、占有率の下限は、0.1%以上となることが好ましい。より好ましくは、0.5%以上となることが好ましい。更に好ましくは、1%以上となることが好ましい。
【0036】
また、占有率の上限は、2%未満となることが好ましい。より好ましくは、1.5%未満となることが好ましい。
【0037】
さらに、マウスの糞便1g当たりの菌数を指標としてカットオフ値を設定した場合、菌数の下限は、1000万(107)個以上となることが好ましい。より好ましくは、5000万個以上となることが好ましい。更に好ましくは1億(108)個以上となることが好ましい。
【0038】
また、菌数の上限は、10億個未満となることが好ましい。より好ましくは、5億個未満となることが好ましい。
【0039】
本発明においてClostridium sensu stricto 1属菌を活性化剤の用途で用いる場合は、投与後の対象の糞便サンプルを採取した場合に、上述したカットオフ値以上の占有率または菌数となるように活性化剤を調製する。さらに、このようなカットオフ値を用いた判定例を
図3に示す。
【0040】
図3は、肝臓の薬物代謝能の強弱を判定するフローである。
図3は、実験動物から採取した糞便のサンプルから、当該対象の肝臓の薬物代謝能の強弱を判定する場合などに行う。
【0041】
これまで実験動物を安楽死させるなどして肝臓を採材しなければ肝臓の薬物代謝活性の強弱を判定することができなかった侵襲的手法と比べて、本発明の評価方法は、肝臓の薬物代謝能の強弱を非侵襲的に判定することができるため有利である。特に、実験用のマウスなど肝臓の薬物代謝能をそろえたい場合、本発明の評価方法を用いることで、事前に活性が同程度のマウスを選択して実験が可能となるため、実験の精度向上が期待できる。さらに、カットオフ値を適宜設定することで、カットオフ値を超える場合には十分に活性を有すると判定することも可能である。
【0042】
図3の説明に戻る。操作を開始すると、ステップS3001でマウスから糞便を採取し、ステップS3002でステップS1002と同様の手法で糞便サンプルからDNAを抽出し、ステップS3003で遺伝子解析を含む評価試験を行い、ステップS3004で、ステップS2002で得たカットオフ値から肝臓の薬物代謝能の強弱を判定して、操作を終了する。なお、上述のとおり、評価をする対象同士の比較に本願評価方法を用いる場合には、ステップS3004を行わずに、ステップS3003の評価試験の結果から、Clostridium sensu stricto 1属の占有率または菌数を比較し、肝臓の薬物代謝能の強弱を評価することが可能である。
【実施例0043】
(実施例1)
(動物)
糞便ドナーに用いるために日本クレア株式会社、日本エスエルシー株式会社および日本チャールス・リバー株式会社よりBALB/cAJcl(Jcl)、BALB/cCrSlc(Slc)およびBALB/cAnNCrlCrlj(Crj)マウス(ドナーマウス)を入手した。入手動物はドナーマウス毎にビニルアイソレータで飼育した。また、各ドナーマウスの糞便を投与して通常化するために無菌のBALB/cYitマウス(レシピエントマウス)の供給を受け、ドナーマウスに対応した3群(Yit-Jcl、Yit-SlcおよびYit-Crj)に分けた。レシピエントマウスは対応する各ドナーマウスのビニルアイソレータで飼育した。
【0044】
(実施例2)
(飼育環境)
ビニルアイソレータ内ではケージに床敷を入れ、集団飼育(2-3匹/ケージ)した。50kGyのガンマ線を照射した飼料を使用し、飲水は給水瓶でそれぞれ自由摂取させた。飼育室内環境は、明暗サイクルを12時間サイクル、室温23±3℃、相対湿度50±20%を許容範囲として維持した。
【0045】
(実施例3)
(通常化)
レシピエントマウスの通常化のために、ドナーマウスから採取した糞便を生理食塩水に懸濁し、糞便懸濁液を各マウスに経口投与した。その後レシピエントマウスは10週齢まで飼育した。
【0046】
(実施例4)
(採取および採材)
ドナーマウスおよびレシピエントマウスは10週齢時に採糞し、アイソレータから搬出し、体重測定後イソフルラン麻酔下で、後大静脈からの全採血により安楽死させ、肝臓を採材した。肝臓は重量を測定し、液体窒素で凍結後に使用まで-80℃で保存した。採取した糞便は菌叢解析に使用するまで-80℃で保存した。
【0047】
(実施例5)
(肝ミクロソームの調製)
肝ミクロソームの調製は、10倍量の250mMのスクロース溶液に肝臓を浸し、テフロンホモジナイザーでホモジナイズした。このホモジナイズした懸濁液を9000g、4℃で10分間遠心し、その上清を100000g、4℃で45分間超遠心した。超遠心によって得られた沈渣に10mM EDTA-2Kおよび20%グリセロールを含む0.1Mトリスバッファーを添加して再懸濁し、ミクロソーム画分とした。タンパク質濃度の測定はPierceTMBCA Protein Assay Kit(サーモフィッシャーサイエンティフィック)を用いて実施した。
【0048】
(実施例6)
(Cyp3a、Cyp2b、Cyp2cの活性測定)
P450-GloTMCYP Assay(プロメガ)を用い、当該プロトコルに従って肝ミクロソーム中のCyp3a、Cyp2bおよびCyp2cの活性を化学発光により測定した。データは発光量(Relative Light Unit;RLU)で示した。
【0049】
(実施例7)
(糞便のDNA抽出)
ドナーおよびマウス糞便は重量を測定後、9倍量のPBSを添加して、糞便10倍希釈液とした。糞便10倍希釈液200μLを用い、ビーズ・フェノール法(参考URL:https://www.jstage.jst.go.jp/article/jim/20/3/20_3_259/_pdf/-char/ja)を用いてDNAを抽出し、1mLのTE(Tris-EDTA Buffer)に溶解して-30℃にて保存した。
【0050】
(実施例8)
(qPCRによる総菌数測定)
総菌数は、適宜希釈したDNA5μLを10μLの2×TB Green Premix Ex Taq II(Tli RNaseH Plus)、それぞれ0.04μLの100μM Forward Primer(Uni-F:5’-GTGSTGCAYGGYYGTCGTCA-3’)、Reverse Primer(Uni-R:5’-ACGTCRTCCMCNCCTTCCTC-3’)および0.4μLの50×ROX Reference Dye II、ならびに4.52μLのNuclease Free Waterと混合し、総量20μLの反応液とした。qPCRはApplied Biosystems(登録商標)7500(アプライドバイオシステムス)を用い、PCR条件は、94℃/5min、(94℃/20sec、60℃/20sec、72℃/50sec)×40サイクルとした。標準菌株にはFaecalibacterium prausnitzii YIT 12316Tを用いた。各サンプルの増幅曲線から得られたCq値を検量線に代入して、糞便1gあたりの総菌数を算出した。
【0051】
(実施例9)
(メタ16S解析)
糞便より抽出したDNAを鋳型として、16SrRNA遺伝子のV4領域をTB Green(登録商標)Premix Ex TaqTMII(Tli RNaseH Plus)を用いて、PCRで増幅した。PCR条件は、95℃/30sec、(95℃/5sec、50℃/30sec、72℃/40sec)×40サイクルとし、DNAの増幅がプラトーに達する前に反応を停止させた。PCR産物は、Agencourt AMPure XP(ベックマン・コールター)により精製し、Quant-iT PicoGreen dsDNA Reagents and Kits(サーモフィッシャーサイエンティフィック)を用いて、2本鎖DNAを定量した。各サンプル等量のDNAを混合し、TEで4nMに調製した後、7μLを3μLの4nM PhiX control(イルミナ)と混合した。等量の0.2N NaOHを加え、1本鎖DNAに変性させた。Hyb Buffer(イルミナ)を加え、20pMに調製し、DNAライブラリとした。さらにHyb Bufferで9pMに希釈し、MiSeq Reagent Kit v2(イルミナ)の付属カートリッジにアプライし、MiSeqシステム(イルミナ)でシークエンシングを行った。得られた配列データは、QIIME2(2020.8版)を用いてsilva(138版)をレファレンスデータベースとして処理し、門および属レベルの構成細菌とその占有率を得た。また、各構成細菌数は、総菌数に占有率を乗じて算出した。
【0052】
さらに、QIIME2を用いて、多様性指数であるUnweighted Unifrac距離に基づいて、主座標分析を行った。
【0053】
(実施例10)
(統計解析)
ドナー間およびレシピエント間のCyp活性の比較にはボンフェローニ補正したt検定法を用いた。総菌数およびα多様性指数の群間比較にはSteel-Dwass法を用いた。Cyp活性と門および属レベルの構成細菌数の相関解析はスピアマンの順位相関係数を用いて行った。カットオフ値で2群に分けた場合の群間比較にはt検定法を用いた。有意水準はすべて5%とした。
【0054】
(実施例11)
(Cyp活性)
図4は、化学発光アッセイを用いて、ドナーマウスおよびレシピエントマウスから調製した肝臓のミクロソーム画分中のCyp活性を示す。データ中の矩形は平均値を示し、矩形から伸びるバーは標準偏差を示す。アルファベットa、bは、ドナー間またはレシピエント間の有意差を示す。例えば、同じグラフ内でアルファベットaと表示される個体群とアルファベットbと表示される個体群はCyp活性に有意差がある。なお、アルファベットabは、アルファベットaと表示される個体群とアルファベットbと表示される個体群どちらとも有意差がないことを示す。
【0055】
それぞれのグラフの縦軸は相対発光量RLU(Relative Light Unit)を示し、横軸はドナーマウスJcl、Slc、Crj(左列)およびレシピエントマウスYit-Jcl、Yit-Slc、Yit-Crj(右列)それぞれの個体群を示す。各グラフは、左上、左中央、左下、右上、右中央、および右下の順に、ドナーマウスのCyp3a活性、ドナーマウスのCyp2b活性、ドナーマウスのCyp2c活性、レシピエントマウスのCyp3a活性、レシピエントマウスのCyp2b活性、およびレシピエントマウスのCyp2c活性をそれぞれ示す。
【0056】
図4からいずれの個体群においてもCyp3a、Cyp2b、Cyp2cの全てのCypに関し活性が確認できた。ただし、ドナーマウス間、レシピエントマウス間におけるCyp活性を検討していくと、活性には有意差があることが確認された。例えば、Cyp3a活性について、ドナーマウスでは、SlcがJclおよびCrjと比べて有意な高値を示した。レシピエントマウスにおいては、Yit-SlcおよびYit-CrjがYit-Jclより有意に高値であった。
【0057】
また、Cyp2b活性について、ドナーマウスではSlcがJclおよびCrjと比べて有意な高値を示した。レシピエントマウスにおいては、Yit-SlcがYit-Jclと比べて有意に高値であった。
【0058】
また、Cyp2c活性については、いずれの個体群も活性を有していたが、ドナーマウス間およびレシピエントマウス間における活性に有意な差は認められなかった。
【0059】
(実施例12)
(細菌叢構成)
図5は、ドナーマウス、レシピエントマウスの糞便中の細菌に関するUnweighted Unifrac距離に基づいた主座標分析の結果を示す。縦軸が第2主成分得点でカッコ書きは寄与率、横軸が第1主成分得点(カッコ書きは寄与率)である。グラフ中の菌叢構成に関し、ドナーマウスは四角形、レシピエントマウスは三角形でそれぞれ示される。左からCrjとYit-Crjの個体群、中央上にSlcとYic-Slcの個体群、中央下にJclとYit-Jclの個体群がそれぞれ分布する。
【0060】
図5より、3つのドナー間およびレシピエント間においては腸内細菌叢構成に明らかな差異が認められた。一方で、ドナーおよび対応するレシピエントでは腸内細菌叢構成が類似していることが示された。従って、ドナーの菌叢構成は概ねレシピエントに引き継がれていることが示された。本試験では各レシピエントが同一の環境および遺伝的背景の下で生理的な範囲内の腸内細菌叢の差異を有していたことから、
図4に示される様なレシピエント間に認められたCyp活性の差異は、腸内細菌叢の構成の差異に起因する影響であることが示された。
【0061】
(実施例13)
(細菌叢構成細菌数とCyp活性の関連性)
Cyp活性と総菌数、門(Phylum)および属(Genus)レベルの細菌叢構成細菌数について相関解析を行った。結果を
図6に示す。
図6は、各細菌数とCyp活性の間の相関性を示した、スピアマンの順位相関係数のヒートマップである。いずれかのCypアイソフォームと有意な相関性を有した門および属のみを掲載した。有意な相関があった場合は、rs値を示した。表中、「*」は属名が不明であること、「**」は科名と属名が不明であることを示す。
【0062】
複数の門および多数の属においてCyp活性との間に正の相関が認められた。具体的には、Cyp3a活性について、門レベルではActinobacteriota、DeferribacterotaおよびProteobacteriaが有意な正の相関を示し、属レベルでは、Parabacteroides、Mucispirillum、Lactococcus、Bacilli RF39、Clostridia UCG-014、Clostridia vadinBB60 group、 Clostridium sensu stricto 1、およびIntestinimonasが有意な正の相関を示した。
【0063】
Cyp2b活性について、門レベルでは、ActinobacteriotaおよびDeferribacterotaが有意な正の相関を示し、属レベルでは、Mucispirillum、Lactococcus、Bacilli RF39、Clostridia vadinBB60 group、Clostridium sensu stricto 1、Dorea、IntestinimonasおよびOscillospirales UCG-010が有意な正の相関を示した。
【0064】
Cyp2c活性について、門レベルでは、正の相関を示した門はいなかった。属レベルでは、Bacilli RF39、Clostridium sensu stricto 1およびOscillospirales UCG-010が有意な正の相関を示した。
【0065】
なお、現在までにCypを修飾する可能性のある腸内細菌の代謝物として二次胆汁酸が報告されており、二次胆汁酸生産能を有する主要な菌としてClostridium scindensやClostridium hylemonaeなどのLachnoclostridium属菌が知られている。しかしながら、本試験ではLachnoclostridiumとCyp活性との間に正の相関は認められなかった。従って、本試験においては、二次胆汁酸のCyp活性修飾への関与は小さいことが示唆された。
【0066】
実施例13の結果から、Cyp3a、Cyp2bおよびCyp2cの全てのCyp活性において、Clostridium sensu stricto 1属菌は有意な正の相関を示した。そのため、当該細菌が肝臓の薬物代謝能の活性化に寄与しており、肝臓の薬物代謝能の活性化剤として使用できる可能性が示唆された。なお、Cyp活性の中でもCyp3aは最も主要であるため、Cyp3aとの相関が高い該細菌は活性化剤として非常に有用と考えられる。そのため、該細菌を用いてカットオフ値の検討を実施例14において行った。
【0067】
(実施例14)
(カットオフ値の検討)
実施例13の結果を踏まえて、
図1のステップS1003等の評価試験で取得したデータを用いて占有率または菌数とCyp3a,Cyp2b,Cyp2c活性について、目視にてカットオフ値のあたりを付けた。その後実際に候補となるカットオフ値で2群に分け、Cyp活性の群間差を評価した。
【0068】
Clostridium sensu stricto 1属菌の占有率1%もしくは、Clostridium sensu stricto 1属の菌数糞便1gあたり1億個(10
8)を目視で候補として、カットオフ値を検討した。結果を
図7に示す。
【0069】
図7は、Clostridium sensu stricto 1属菌の占有率1%および菌数1億個で分けた場合のCyp活性の群間比較を行ったものである。グラフの縦軸は相対発光量RLU(Relative Light Unit)を示し、横軸はClostridium sensu stricto 1属菌の占有率(上段)または菌数(下段)を示す。「*」はp<0.05、「***」はp<0.001を示す。
【0070】
占有率1%および菌数1億個で分けた場合いずれのCyp分子種においても有意な差が認められた。今回の実施例14の系では、Clostridium sensu stricto 1属菌の占有率1%もしくは、Clostridium sensu stricto 1属の菌数1億個(糞便1gあたり)でCyp活性に差が認められたことからカットオフ値として採用できることが確認された。
【0071】
また、カットオフ値は、腸内細菌叢を有する生物種毎、個体群毎に任意に設定できることから、例えば、Clostridium sensu stricto 1属に関し、占有率の下限を、好ましくは0.1%以上、より好ましくは0.5%以上、更に好ましくは、1%以上となるように設定してもよい。また、占有率の上限を、好ましくは2%未満、より好ましくは1.5%未満としてもよい。
【0072】
さらに、菌数の下限を、好ましくは1000万(107)個以上、より好ましくは、5000万個以上、更に好ましくは1億(108)個以上となるように設定してもよい。菌数の上限を、好ましくは10億個未満、より好ましくは5億個未満としてもよい。